「ロハス」ってご存じだろうか?
以前『ソトコト』という雑誌にインタビューされたことがあって、そのときに「どんな雑誌なんですか?」と訊いたら「ロハス系です」と言われた。
意味わからなくて、「ロハスって何ですか?」と重ねて訊いたら、「あのですね・・・」と説明してもらったことがある。
そのときの説明をうかがって、漠然と「ソフト・エコ」というか「アウトドア志向」というか「自然派」というか、そういう記号的なものにからめて新しい消費ニーズをつくり出そうという(広告代理店が一枚噛んだ)マーケティング戦略の一つなのかと思っていて気にしなかった。
その後、ゼミでロハスについての発表が続いたので、ちょっと考えてしまった。
ロハスというのは LOHAS(Lifestyle of Health & Sustainability)「健康で持続可能なライフスタイル」というものである。
10年ほど前にアメリカで新しいライフスタイルとして提唱されたものである。
オーガニック食品を食べ、ヨガや瞑想法をし、木造りの家に住み、週末には自然に親しみ、フローベールを読みながら、モーツァルトを聴くような生活のことらしい。
流れとしては60年代のヒッピー・ムーヴメントやニュー・エイジやエコロジーと同一視されそうだが、政策的に重要なのは「sustainability」の一語である。
「持続可能な生活」というときの「持続可能」というのは何のことか。
「毎朝五時に起きて、乾布摩擦をする」というような生活プランをだらけた都会人が立てても「三日と続かない」という意味での「持続」のことではない。
「持続可能」を求められているのは「人間」ではない。
持続可能性が問われているのは「環境」である。
地球環境がこのまま持続できるように、環境を破壊する大量消費大量廃棄型の生活は慎みましょうというご提言なのである。
いい話じゃないか、とみなさんも思われるだろう。
たしかに「いい話」だ。
でも、ただの「いい話」に電通は噛まない。
電通が噛むのはそこにビジネス・チャンスがある場合だけである。
「人間にやさしく、環境にやさしく」というのがロハスのスローガンである。
これはエコロジーと違う。
ディープ・エコロジーは「人間にやさしく」ということをあまり(ほとんど)考慮しない。
エコロジカルにたいせつなのは地球環境であって、地球のためならできれば人類は存在しない方がいい、というのがヘビー・ディープ・エコな考え方である。
私はこの考え方は一理あると思う。
少子化傾向とかジェノサイドというのはどこかに「人類なんかいなくなった方がましだ」という虚無的な欲望を伏流させていて、その点ではディープエコに通じている。
しかし、そう言われてはわれわれ人間どもの立場というものがない。
電通だってトヨタだってソニーだってマクドナルドだって、人間がいなくなったら困る。
商売にならないからだ。
人間の頭数は多ければ多いほど商売になる。
これは資本主義の基本原則である。
しかるにあまり人間の頭数が増えると、地球はそれだけの人口を支えきれなくなり、人間的秩序が崩壊する。
水がなくなり、食い物がなくなり、お互いに出会い頭に相手ののど笛に食いつくようになっては資本主義も市場経済もない。
どこかで資本主義の要請する市場の無限拡大をおしとどめ、地球環境の破壊を停止しなければならない。
資本主義をおしとどめるためには一つしか方法がない(もう一つマルクスが考えたものがあるのだが、これはうまくゆかないことが歴史的に証明されてしまった)。
それは「あまり金金と言わない方が儲かりまっせ」という逆説的処方である。
リソースが有限である世界では、資本主義は過度に資本主義的でない方が安定的に機能する。
サラ金の取り立て屋たちが債務者を囲んで殺気立っている時に、訳知りの金貸しが「ちょっと待って下さいよ。ここでこいつをぶち殺しちまったんじゃ元も子もありません。どうですみなさん、こいつをしばらく生かしておいて、少しずつでも借金を返させた方が結局はお得なんじゃないないですか?」というのと同じ理屈である。
「持続可能」というのはそういうことである。
地球環境も「生かしておいた方が結局はお得」だから、生かしておくことにしようということでアメリカの業界のみなさんが衆議一決されたのである。
問題は「どうしてアメリカが?」ということである。
それはあまり知られていないことだが、アメリカの環境が危機的状況になりつつあるからである。
北米大陸はご存じのとおり「新世界」である。
近世に至るまで、あの宏大な土地にほとんど人間がいなかった。
だからヨーロッパ人はアメリカを見てびっくりした。
手つかずの自然というものを15世紀のヨーロッパ人は見たことがなかったからだ。
西ヨーロッパには森というものがない。
フランスにもイギリスにもない。
全部切り倒してしまったからである。
ペロポネソス半島はかつて深い緑に覆われていた。
今は岩山にオリーブが寒々と生えているだけである。
古代の製鉄が大量の燃料を要求したために、ギリシャ人がみんな切り倒してはげ山にしてしまったからである。
だから、北米を見たときのヨーロッパ人の感動は深かった。
「ここには神が創造したままの原初の自然が残っている」と彼らは思った。
シャトーブリアンを読むと、ロマン派の詩人の目に北米の自然がどれほど神々しいものに映ったかよくわかる。
で、その神々しい自然を見てどうしたかというと、彼らは「これを破壊し尽くすのに、たっぷりあと1500年くらいはかかる。ばんざーい」と思ったのである。
だったら遠慮はいらない。
アメリカ開拓のフィーバーはほとんど「狂気」というのに近いものであった。
開拓民たちは「荒野」を開拓し(それは要するに森林を消滅させるということである)、何年もかかってつくりあげた開拓地を棄てて、次の「荒野」へ向かった。
そして、わずか数十年で大陸を横断して、太平洋までフロンティア・ラインを伸ばしてしまった。
これはトックヴィルならずとも「ある種の狂気」という他に形容のしようがないだろう。
彼らは「破壊しても破壊しても破壊しきれないほど豊穣な自然」を前にして病的に興奮してしまったのである。
そのメンタリティはそのあともずっとアメリカ人に取り憑いている。
フロンティア・ラインの消滅の後、アメリカ人が向かったのは太平洋の反対側の小さな列島であった。
そこの囲みを砲艦でこじあけ、原爆を落として紙と木でできた文明を破壊し、その次には朝鮮半島の半分とインドシナ半島の半分を焼き払った。それからアフガニスタン、イラクとアメリカの破壊のフロンティア・ラインは西漸を続けている。
この「アメリカの西漸」を説明するために国際政治のスキームなんか使ってもあまり意味がない。
「西へ向かって、自然を破壊せよ」というのは最初に北米大陸を見たときのヨーロッパ人に点火され、それ以来消えたことのない根源的欲望なのである。
そうやってアメリカは自然を破壊してきた。
それでも北米では200年にわたって、破壊しても破壊しても尽くせないほどに豊穣な自然を人々は享受していた。
それがそろそろ「おしまい」になってきた。
地下水を汲み上げてスプリンクラーでじゃあじゃあ撒きちらすというアバウトな農業を100年やったら、ロッキー山脈の麓ではとうとう表土が流出して塩が出てきたのである。
牧畜というのはそれよりもっと環境破壊の激しい営為である。
牛一頭が育つためには膨大な量の植物が消滅する。
アメリカの牛肉が安いのはそこで消滅した「膨大な量の植物」のコストをゼロにカウントしているからである。
破壊された植生が再生しなくても、「じゃ、次行こう」でまるでオッケーだったのである。
そうやって200年やってきて、アメリカのさすがに豊穣な自然も砂漠化し始めてきた。
そりゃそうだろう。
自然破壊した分を商品のコストから控除して国際競争力を確保してきたんだから。
『夕鶴』の織物の国際競争力が強かったのは「つるの生命の減耗」というコストを「与ひょう」がゼロ査定していたからである。
アメリカがしてきたことは「与ひょう」のそれと同じである。
まあ、そんなこんなでアメリカも「これではマズイ」ということに気づいて、大量生産・大量消費・大量廃棄の文化を少しスピードダウンすることになった。
けれども、いきなり自然破壊を止めるわけにはゆかない。
それぞれの業界にはそれぞれの「お立場」というものがある。
というわけで、「人間にやさしく、環境にやさしい」(より厳密に言えば「資本主義にやさしく、環境にもやさしい」)ライフスタイルをアメリカ人は模索することになったのである。
何となく「もう手遅れ」じゃないかという気が私はする。
自然を破壊することをナショナル・アイデンティティの基盤に組み込んでしまった社会集団がそれを否定することは、彼らの存在そのものの否定につながるからである。
「本当のことを言うと、私たちの祖先は北米大陸に来るべきではなかった」ということをアメリカの多数が認めるようになったら、アメリカにもアメリカの自然にも再生のチャンスはある。
「ロハス」がその予兆であればよいが、たぶん、違うだろう。
投稿者 uchida : 2006年06月09日 09:02
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日々生活していると、さーっと流れていく情報がほとんどだけれど その中でも最近気に入ったもの、深く共感したもの、シンクロしたもの などなど ☆大江健三郎さん ... [続きを読む]
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はじめまして。
ロハス。「リサイクル」とか「消費の節制」「お茶のだしガラで部屋掃除!」みたいな類のキーワードがセットにされていたロハスという言葉をはじめて耳にしたとき、そういえば昔、無料(タダ)になることを「ロハになる」とか言ってたなあ、的なことを思い出し、なるほど「ロハす」か、というか「ロハっす」か、などととんちんかんな合点をしてしまいました。
その後は先生がおっしゃるようにタダというよりもむしろ金の匂いを感じるようになったものですが、そういえば昔、「タダより高いものはない」なんて言葉があったなあ、風味なことも思い出したのでした。
投稿者 fumieda
: 2006年06月09日 10:46
「ロハス」って商標登録されているってことからも商売臭い(というか商売そのもの)ですよね。
たとえば「ロハス」という名前で「医薬品・化粧品又は食品の試験・検査又は研究」をすると電通に、
「ロハス」という名前の「金属製のきゃたつ及びはしご」を売るとトド・プレスにお金が行くわけですよ。
http://www2.ipdl.ncipi.go.jp/beginner_tm/TM_DETAIL_FRAME.cgi?36&1&1149914555033887
http://www2.ipdl.ncipi.go.jp/beginner_tm/TM_DETAIL_FRAME.cgi?6&1&1149914555033887
投稿者 friendsromanscountrymen
: 2006年06月10日 13:50
私個人としては、ロハスなるものは、もう目前に到来することが確実になっている格差社会をごまかすための言葉のマジックじゃないかといぶかっています。ビンボー生活もエネルギー消費の少ない地球に優しいロハスな生活って言っときゃ、なんか最先端のように見えるって寸法。お金持ち勝ち組の皆様は、本当に良いものは一生ものだから結局お得で環境にも優しい、ってんでブランドもの買ってロハス。ビンボー負け組の皆様は田舎暮らしってお金がかからなくって健康的、ってんでロハス。とりあえずロハスにしとけばその差が見えなくなるので、ノープロブレムな階級社会のできあがり。
投稿者 Island
: 2006年06月11日 00:12
10年前、私の通う大学に技術ポリシーという授業があった。
建築学科の授業だったが講師はトヨタの元役員で、日経新聞を読みながらあれこれ解説をしてくれるというものだった。
その授業での年間を通したキーワードが「持続可能性」だった。電通が『エコ』だったころ、自動車、建築、食品、真っ当なもの作り業界の人が心血を注いでいたのは『サスティナビリティー』だった。
10年後、プリウスができてLOHAS層に売れているらしい。アメリカ車はここに太刀打ちできないでいる。
資本主義の旗振りがアメリカの業界であることは間違いのないところだが、LOHASがアメリカの業界の衆議一決を得るのには随分と時間を要したように思う。否、牛肉の輸入問題をみるとアメリカの人々がLOHASというありように真に同意するのはまだまだ先のことなのかもしれない。
ディカプリオの本国での活躍に期待するばかりである。
投稿者 hal*
: 2006年06月12日 11:48
どなたか教えてください。
ロハスな生活っていけないんですか?
エコな生活っていけないんですか?(時代遅れだから?)
陰で企業は儲けを狙ってる、ワシらをのせようとしていると云う大人の事情があるのを知っているから?
アメリカに移住した白人には壮絶な自然破壊の血が流れているから、アメリカ人には自然の回復は無理なの?
日本人は海外の技術を取り入れて経済発展したから、独自技術は開発できないの?
そこいらを呑んで、「持続可能」な生活を目指すのは大人の判断じゃなくて、のせられているだけなの?
それとも、「もー手遅れじゃ、ワシゃ呑んだくれて、博打うって、女買って、太く短く生きるんじゃ」?
のせられる事はそんなにいけない事なの、サッカーワールドカップは見ないの?
階級社会はノープロブレムでもいけないの?
私は軽薄な人間と謂われてもロハス(エコでも可,これとて「持続を可能ならしめるための態度」として流布されたはず)な生活を目指すべきだと思います。
(何かの特撮戦隊テレビシリーズで、公害解消のために作られたコンピュータが、人類抹消を決断して敵になると云うのがあったそうですが、もちろんそんなエコではありません。)
なるほど、与ひょうですか。
ロハスが悪いこととは思いませんが、この手の話を聞くと、それより、「戦争をなくす」ための手立てを考え、実行する方がはるかに環境にやさしい、と反応してしまいます。
人を、文化を、自然を破壊し、エネルギーをむちゃくちゃ使うものでしょ。
http://tail-tale.blogspot.com/2006/06/blog-post_11.html
エコはいいけど、LOHASは胡散臭い。
予防医療はいいけど、代替医療は、胡散臭い。
お金を持っている人が、証拠をともなわない代替医療で、自腹を切って治験してくれるというのは、それはそれでありがたいし、下手に長生きしないで、自分の有り様を見つめて人生の終止符をうつなら、代替医療は構わないが、LOHASだからというレッテルだけで消費者を幻惑する「忍法」は困り者。
既にマーケッティングに成功している筈の坂本龍一がLOHASのレッテルを使わないといけない理由ってなんだろう?LOHAS抜きで他人を力付ける立場の人が自分が理事をしている賞を自分で勝ち取る(まぁ人気投票だから)って?
投稿者 pongchang
: 2006年06月14日 09:20
サイン・インを確認しました、 さん。コメントしてください。 (サイン・アウト)
(いままで、ここでコメントしたとがないときは、コメントを表示する前にこのウェブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)