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2013年12月 アーカイブ

2013.12.01

石破発言について

毎日新聞にこんな記事が出ていた。

自民党の石破茂幹事長は29日付の自身のブログで、国家機密を漏えいした公務員らに厳罰を科す特定秘密保護法案に反対し、国会周辺で行われている市民のデモについて「単なる絶叫戦術はテロ行為とその本質においてあまり変わらないように思われます」と批判した。国会周辺では連日、市民団体が特定秘密保護法案に反対するデモを行っているが、これを「テロ行為」と同列視する内容で反発を招くのは必至だ。石破氏はブログで「今も議員会館の外では『特定機密保護法絶対阻止!』を叫ぶ大音量が鳴り響いている。どのような主張であっても、ただひたすら己の主張を絶叫し、多くの人々の静穏を妨げるような行為は決して世論の共感を呼ぶことはない」と指摘。「主義主張を実現したければ、理解者を一人でも増やし支持の輪を広げるべきだ」と主張した。(毎日新聞12月1日)

重要な発言である。
彼の党が今採択しようとしている法案には「特定有害行為」の項で「テロリズム」をこう規定しているからだ。
「テロリズム(政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要し、又は社会に不安若しくは恐怖を与える目的で人を殺傷し、又は重要な施設その他の物を破壊するための活動をいう)」(第12条)
森担当相は国会答弁でこの条文の解釈について、最初の「又は」は「かつ」という意味であり、「政治上」から「殺傷し」までを一つ続きで読むという珍妙な答弁を行った。
しかし、この条文の日本語は、誰が読んでも、「強要」と「殺傷」と「破壊」という三つの行為が「テロリズム」に認定されているという以外に解釈のしようがない。
そして、現に幹事長自身、担当相の解釈を退けて、「政治上の主義主張に基づき、国家もしくは他人にこれを強要」しようとしている国会周辺デモは「テロ行為とその本質においてあまり変わらない」と断言しているのである。
幹事長の解釈に従えば、すべての反政府的な言論活動や街頭行動は「政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要」しようとするものである以上、「テロリズム」と「その本質においてあまり変わらないもの」とされる。
「テロリズム」は処罰されるが、「テロリズムとその本質においてあまり変わらないもの」は「テロリズム」ではないので原理的に処罰の対象にならないと信じるほどナイーブな人は今の日本には(読売新聞の論説委員以外には)たぶんいないはずである。
このブログでの幹事長発言は公人が不特定多数の読者を想定して発信したものである以上、安倍政権が考える「テロリズム」の定義をこれまでになく明瞭にしたものと私は「評価」したい。
石破幹事長によれば、私が今書いているこのような文章も、政府要人のある発言についての解釈を「政治上の主義主張に基づき他人にこれを強要」しようとして書かれているので「テロリズム」であるいう解釈に開かれているということになる。
私自身はこれらの言葉は「強要」ではなく「説得」のつもりでいるが、「強要」か「説得」かを判断するのは私ではなく、「国家若しくは他人」である。
特定秘密保護法案では、秘密の漏洩と開示について議論が集中しているが、このように法案文言に滑り込まされた「普通名詞」の定義のうちにこそこの法案の本質が露呈している。

2013.12.04

12月3日の「特定秘密保護法案に反対する学者の会」記者会見

12月3日の記者会見の様子を今回も集英社の伊藤君が文字起こししてくれました。
いつもありがとうございます。
僕は行けませんでしたが、平田オリザさんや平川克美くんや安藤聡さんも行ってくださって、たいへんな熱気で、メディアも驚いていたそうです。

では、その熱気を感じてください。(文中の強調は内田によるものです)

■2013年12月3日特定機密保護法案に反対する学者の会記者会見@学士会館■

●司会挨拶●
司会・佐藤学(学習院大学教授、教育学): 特定機密保護法案に反対する学者の会、本日2006名の学者の声明をもって、私どもで記者会見を行いたいというふうに思っております。
最初にですね。第一列に並んでいる方々のご紹介をちょっとご紹介を致します。
向かって左側から、東京大学教授,政治学がご専門の宇野重規先生。続きまして、慶応大学教授の小熊英二先生。それから専修大学教授の廣渡清吾先生。それから立教大学名誉教授の栗原彬先生。それから大阪大学教授の平田オリザ先生。東京大学教授の大沢真理先生。それから、東京大学教授の小森陽一先生であります。本日司会は、私、学習院大学の佐藤学が行います。専門は教育学です。
去る28日ですね。11月28日、私ども、特定機密保護法案に反対する学者の会として31名でございましたけれども、連名で記者会見を行いました。報道関係の方達に広く報道して頂いたことを心から感謝申し上げます。この31名はノーベル賞受賞者2人(白川英樹、益川敏英)を含む、さまざまな学問領域の中で、今日の事態に非常に危惧を抱いた学者の声として発表したわけでございます。市民としての学者の声と言った方がよろしいでしょうか。それまで、各学会等々ですね。法学界とか、あるいは政治学関係で開かれた等々の学会意見に於いてはさまざまな取り組みが行われましたけれども、学会を横断的に行うという意味で31名の声明は意味があったというように考えています。ちょうど強行採決が行われた2日後でございました。そういうこともございまして、私どもも緊迫した中で声明を発表することができました。

そのときですね。当初、率直に申し上げて予定していなかったんですが、その28日頃ですね。その当日頃から、賛同人というのがどんどんどんどんメールに飛び込むような事態になりまして、急遽、28日の場で、第二次発表を行おう、と。12月3日、本日ですね。午後4時まで、この声明に賛同する方々を募って、第二次発表を行おうということを急きょ決めまして、今日に至ったわけでございます。わずか5日間でございました。そのわずか5日間の間に、ご覧頂きますように、2006名の学者の方々、さらには、大学院生、学生多々、あるいは専門職関係の方々の市民の方々を含め、このほかに483名の方が、本日の正午までですね。賛同頂きまして、本日の記者会見に至ったわけでございます。
非常に短期間でありながら、非常に急速な声が上がっていることをまずご理解頂きたいと思います。それほど、声を上げなかった方々も含め、我々、学問に携わるものは、今日の事態に極めて危機感を抱いています
戦後最大の民主主義の危機というふうに私たちは呼んでいるわけですけれども、そういう危機感を抱いて本日に臨んでおります。なお。私どもの後ろにいる方々は、この賛同人の2006名の中から、本日一緒に列席をすることでご一緒させて頂いている方々でございます。それでは、まず、私の方から声明文を読み上げます。そのあと、何人かの方々に、発言を求めていきたいというふうに思っています。

(声明文読み上げ)*声明文は特定秘密保護法に反対する学者の会公式サイトをご覧ください。

●賛同人の見解●
佐藤学: それではですね、この賛同に、本日からですね。前回は31人の会でございましたが、本日、この場をもってですね、2006人の会というふうにさせて頂きたいというふうに思います。最初にですね、この31人にも加わって頂きました栗原彬先生の方から一言お願いしたいと思います。

栗原彬(立教大学名誉教授、政治社会学): 栗原彬と申します。わたしは政治社会学者ですけれども、学者としてよりも一人の市民としてこの法案に反対致します。その理由を申し上げます。
この法案というのは、この私たちの声明の中にもありましたように、特定秘密の範囲を無限にたてかえにすることはできる訳ですね。それで、その結果、つまり、例えばテロの抗議を巡って、昨今話題になっていますように、行政府が恣意(しい)的に、これを取り締まろうと思えば、もう簡単に取り締まりができる。そういうふうな法案である訳ですね。
これは、私たちがよく知っている山口県の上関町の上関原発を巡っての中国電力の最近の対応が、なんといいますか。行政府とか企業と、それが加害者であって、それで市民が被害者であるという、そういう構図が逆転しているんですね。これは30年間にわたって、原発立地に反対してきた人たちがいる訳ですけれども、その中から4人の市民を選んで、それを裁判に訴える。つまり企業が、工事を妨害したと、そういう理由をくっつけてですね。異議申し立てをする市民を訴訟に持って行く。こういう逆転現象ですね。これをスラップ訴訟というふうにいう訳ですけれども、これと同じ事がこの本案によって行われようとしている。
それで、監視されるべきなのは、行政府であるのに、逆に、市民が、とりわけ、異議申し立てをする市民が、取り締まりの対象になっていく。そういう逆転が行われている訳ですね。しかも上関原発のように、訴訟に持って行かなくても、取り締まりができるという、ですね。そういう恫喝(どうかつ)的なものです。
実際、これは公聴会の意見を無視する、それから国際的な人権団体の異議申し立てを、また無視する。これはある意味では当然であります。なぜならば、そういう市民の意見を聞いて、行政府が自分たちの政策を変えていく、法を変えていくというふうなことではなくて、逆にこの法っていうのが、が市民を取り締まる。そういう方向に向かっている。そういう逆転した法って言いますか、そういうものですね。
これは現代の治安維持法です。つまり、これは、やっぱり治安立法なんですね。治安立法なんですよ。それで、しかも、これはナチの全権委任法に限りなく近いんです。つまり行政府が、これが特定秘密だ。これは特定秘密に触れているというふうに判断すれば、何でもそれが取り締まりができるっていうね。ちょっとものすごい法な訳ですね。
こういうふうな法を認める訳にいかない。市民として、この異議申し立て、デモンストレーションとか意見表明っていうのはですね。こういう公的に認められている市民参加の、私たちの権利の一端なんですよね。これが取り締まりの対象になるような、こんな法なんて冗談じゃないと言えます。私は、これは反対です。

佐藤学: それでは宇野重規さん。次にお願いします。

宇野重規(東京大学教授、政治学): 私は、このような場に立つ資格はないものと思っておりますが、2000人を超える全国の研究者と共に、声を上げたい、意思表示をしたいという一念で、この場に参りました。私は政治学者です。政治学者としていろいろな問題点に関してより個人的に意見を持っておりますが、必ずしもこういう形で意思表明をしようとは思いません。ただ、私、今回に関しては、これは政治、あるいは民主主義の基盤そのものを危うくしかねない。こういうものを座視するならば、それは政治学者として自らの任務を座視することになると思って参りました。
今年になって私は、差別撤廃の東京大行進というヘイトスピーチに対抗するデモにも賛同致しましたが、あれは、要するに民主政治に於いて、所属、意見の違いのある人間を認めない、おまえはいなくなれ、という。これは民主政治の基本ルールの違反である。これを許す訳にはいかない。
そして今回、この特定機密保護法案とはまさに政治における、あえて言えば政治における真実というのは、どのようにして明らかにされねばならないのか。さらに三権分立。こういう政治における基本的な土台がこの法案によって危ぶまされるのではないのか。そのような危惧をどうしても私は否定することができません。政治において、秘密が必要だ。すべてを公開することはできない。このように政治家は言います。確かに、少なくとも同時代的には公にできない、そういうような秘密もあるのかもしれません。
しかしながら、私は、これは極めて限定的に解釈されるべきだと思っております。これが無限に解釈されたとき、市民が政治を判断する上で最も重要な情報、これが市民に与えられない。そのような中で政治に意思決定を行われるということは、我が国の歴史を振り返るまでもなく、大きな不幸の原因となろうとしている。その意味で、無限に秘密を拡大することは許されない。さらにそれは、仮に同時代的には公開できないとしても、それは歴史の中で必ず検証されねばならない。その意味で、果たして、この法案を推進する政治家たちが、自らが歴史において、裁かれる。歴史という法廷の前に立つ。それぐらい、どうしても秘密にしなければいけない。自分は政治的生命を賭けても、そう判断する。それだけの覚悟があって、やっているのか。そうではなく、ただ、普通にやっていればいい。当たり前のことをやっていれば処罰されない。こういうふうに、多くの政治家は言います。しかし私は何が普通か、何が当たり前かを、政治家によって判断されたくはありません
もう一つ、権力分立です。私は特に政治学の中の政治思想史を研究しております。政治思想史を研究している人間として、権力というものは、他の権力によってチェックされない限りかならず暴走する。この政治学の教えを大切に思っております。
今回の法案、もしこのまま通りますと、一つ目はまず、立法権の側からによる、例えば国政調査権、あるいは議会に於いて秘密をもし明らかにした場合、それに対する議員の付帯特権を含め、果たして立法権が、行政権の暴走を防ぐことができるのか。行政権が秘密立法的に判断するかつ、それをチェックするシステムは行政権内部にしかない。そして最終的にそれが司法の場に於いて、果たしてもたらされるのか。そして司法の場に持ち込まれた時に、果たしてそれは、秘密という名の下に、いろいろなところが黒字で消されたままになっているのではないか。それが権力というシステムの崩壊につながりかねない。
そういう意味で私はこの三権分立というのを、昨今の風潮ではますます軽視されがちですが、大切にしたいと思っております。そのような意味でも私はこの法案は、このまま通すことを許す訳にはいかないと思っております。以上です。

佐藤学: 続きまして、大阪大学の平田オリザさんです。

平田オリザ(大阪大学教授、劇作・演出): 大阪大学の平田です。諸先輩、専門の方々を前にして、私がここに座らせていただいているのは、私が学術の世界と芸術の世界、両方に籍を置いているからだと思っております。私たち芸術家はよく、炭鉱のカナリアに例えられる訳ですけれども、悪政が広がる時、一番最初に表現の場を失うのが、私たち芸術家です
この演劇の世界に昔から道化というのがよく出てくる訳ですね。この道化っていうのは、「王様は裸だ」と秘密を、おちゃらけながら、暴いたりするのが役割なんですけれども、それで大様の癇(かん)に触れて、よく首をチョンッとはねられたりする訳ですけれども、これは道化が生きられない世の中みたいなのは、やっぱりよくない訳ですよね。そういうことは社会にどうしても必要な存在だったと思っております。
世の中の多くの方は、特定秘密保護法案、これが通ったからといってすぐに何か、その圧迫されるようなことはないだろうと思われているところもあるかもしれませんが、私は今日、大阪大学から来ておりますので、皆様もご承知のように、大阪市、大阪府は、ですね。もうこの2年間、圧政の状態にある訳です
例えば、先週ある大阪市役所の職員から、非常に厚い、長いお手紙を頂きました。便箋7枚くらいの封書です。なぜ封書なのかご理解頂けますよね。要するにもう、大阪市、大阪府に於いては、それが個人のアドレスであってもメールは検閲される可能性があると、大阪市、大阪府庁の職員は、もう萎縮をしてしまっている訳です。こういう状態がもうすでに起こっている。
これがこの、秘密保護法が通れば、これが加速されて、要するに行政で、要するに学術は芸術にあるいは表現の世界との重要な交流というのも、ほとんどなくなって、今先生方がおっしゃられた、私たちがその行政をチェックする。あるいは行政が暴走したときに、それに対して異議申し立てをする機能というのが、明らかに失われる。失われるどころか、その萌芽(ほうが)さえも、摘み取られてしまう。萎縮させられてしまう。そういう現状にある大阪の人間としては、この法案は非常に危険であると思っております。これに反対し、抗議したいと思います。

大沢真理(東京大学教授、経済学、社会政策研究): 東京大学の大沢と申します。経済学部出身の社会政策研究者です。近年では、所得格差や貧困の問題に発言をして参りました。その経験から申し上げます。つまりですね、貧困率。貧困の程度というような、権力者にとっては往々にして不都合なデータが、いかに長年の間封じられてきたかということを、身をもって痛切に知っているという立場から、やや特定秘密保護法案というスペスティックなテーマにしたら広げすぎているかもしれませんけれども、申し上げたいと思います。
それは今、平田さんがおっしゃった、窓口の、一線の役人を萎縮させ、ガードを強めさせるという事が、特定秘密というような、おどろおどろしいと、一般市民の方は思われるかもしれません。ですけれども、そのコアの秘密を取り巻いて、幾重にもいかに不都合な例だというのが封じられていくかということを知っているからでございます。
貧困率については、そもそも、「調査をするな」という圧力が研究者に対してはかかっておりましたし、国が集めた統計の中から計測をしようと思っても、その計算をするなという圧力が、公然・隠然と絶えず掛かっておりました。それから、国際機関や研究者が行った貧困率の計測に関しては、「統計が悪い」という批判、「使っている統計が間違っている」という批判が行われております。国会答弁も行われました。しかし、これは白を黒とまではいわなくても、実は緑のデータを赤と言いくるめてでも、こういう貧困問題を直視したくないということが、長年、60年以上続いてきた。この風向きが変わったというのは、民主党政権が発足をしたら一ヶ月のうちに厚生労働省が貧困率を計測して、大臣記者会見で発表をした。それから生活保護基準以下の所得しかないのに、生活保護を受けている人は、そのうち何%しかないかというようなことも、厚生省・厚生労働省は60年以上計測してきませんでしたけれども、この計測というのもやられることになりました。やっと風穴があいたと思った間もなく、今の状況ですから、こうやって一度風穴があいて、また呼び戻しという中で、一線の窓口のお役人たち。それからそのお役人たちと接触をする研究者の中でも管理的な立場にある人たちが、いかに萎縮していくかということは、もう容易に想像がつくかと思います。
このことに限らず、研究、あるいは大学教育の世界で、最近、ボトムアップよりもトップダウンというものを強く進めようという動きが、非常に急テンポで進んでいます。高等教育、それからそれと結びついて切り離せない学問研究というものに対して、非常に圧力が掛かる恐れがあるということを感じる中で、この特定秘密保護法案は何としても廃案にしていかなければならないと考えて賛同人になりました。以上です。

佐藤学:それでは、小熊英二さんです。

小熊英二(慶應義塾大学教授、社会学): 3つのことを申し上げます。
第一にこの法案は不備が多く、外交や防衛の情報を扱った実務経験者からも、これでは外交・防衛の交渉に繋がらないという批判があること。
第二に、この法案が半世紀以上を規定するにもかかわらず、あまりにも審議・議論が形式的、かつ拙速であり、議論が深まっていないこと。
第三にこの法案を運用する可能性のある政治家の方が、非暴力でのデモンストレーションをテロと同一視するような感覚でいるとすれば、運用にたいへんに不安が残ると、以上のことから反対に表明をすることに致しました。なお、(12月)5日と6日の、国会の正面の所で抗議集会が開かれる事が、外で詳細が配られますので、受け取って帰って頂ければ幸いです。

佐藤学: それではですね、続きまして、東京大学の小森陽一先生、お願いします。

小森陽一(東京大学教授、文学): 私は文学研究者です。文学研究は、なによりも、言葉を自由に使って表現する事が前提になります。そしてその事はまた、民主主義の重要な前提として、今の日本国憲法の前文の第一文で強調されていることを改めて思い起こす必要があると思います。つまり自由をもたらす恵沢を闊歩(かっぽ)するということが政府の行為によって二度と戦争の起こることのないように決意するということに繋がっている。この文脈が、私は、日本国憲法の起草の中で、最も重要な指標のひとつだ、というふうに考えています。
しかし、私どもが出した声明にもあるように、この特定秘密保護法は、取材・報道の自由、表現・出版の自由、そして学問の自由。つまり、私たちが憲法第二十一条で保障されている民主主義の一番根本にある、同時にまた、日本が戦争を遂行し続けた大日本帝国憲法下において、治安維持法が維持されていた体制において、とことん権力によってつぶされ、命まで奪われていった、そうした表現の自由を明らかに踏みにじるものだというふうに考えて、私は、文学という自らの専門の立場からも、この特定秘密保護法を断固として廃案に追い込みたいと思います。
そして何より大事なことは、3.11以降、多くの普通の人たちが、自分たちの思いが、立法府で実現されていないと思えば、直ちに立法府に駆けつけて発言をする。また行政府がきちっと自分たちの意向を代表しないのなら、首相官邸前で発言する。そして司法がおかしい判決を出したら、直ちに抗議する。こういう直接民主主義的な当たり前の行動が、行われ始めている中での、この特定機密保護法は、明らかに声を裏切っている。すべての主権者である国民を圧殺する、そういう法律に他ならないと思います。

佐藤学: それでは廣渡先生。

廣渡清吾(専修大学教授、法学): 廣渡でございます。私は法律はやっておりますので、法案を読んで、ほとんどもう、欠陥商品なので、いちいちを取り上げると、解釈にきりがない。これについては、刑事法学者の声明がすでに出ておりまして、詳細に分析をしておりますけれども、特徴的な、私が今、特に遺憾だと思っていることは、政府の活動によって政府が保有する情報、あるいは政府の活動から生ずる情報は、国民のものであるという原則が、情報公開の原則の下で確立したはずなのです。
それで、小熊さんがおっしゃったように、今、政府が外国と交渉しているとか、いろいろなクリティカルな状況の中で、秘密にしなければならない事項は、全くない訳ではなくて、あると思います。
けれども、原則と例外を逆にしてはいけないんですね。
ですから、なぜ情報公開の原則があるか。それは民主主義の基本であるからです。したがって、国民の知る権利との調和を考えながら、もし、守らなければいけない秘密があるとすれば、非常に厳格なシステムを作って、秘密の保護をはかるというのが普通の考え方です
諸外国の立法はそういう考え方を元につくられていると思います。しかし今回の特定機密保護法案は、そういう水準に全く乗らない法案であって、私は、提案すること自体が間違っている法案だと思います。
そこで、憲法の問題とちょっと引っかけてお話ししたいと思うんですけれども、一番誰が見ても問題なのは、これは処罰をする法律ですね。秘密を漏らしたり、秘密にアクセスしようとしたりする人を処罰する法律です。ですから、刑罰を科する法律です。
日本国憲法の三十一条は、法律の手続きによらなければ刑罰を科すことはできない。いわゆる罪刑法定主義の原則を定めています。これは、この特定機密保護法案はどういうシステムをそこで採ろうとしているか。行政の長が、秘密を特定すると、それで一つの犯罪構成要件ができる事になっています。国民は何が特定された秘密か、わかりません。「不特定特定秘密」です(苦笑)。したがって、これはもっぱら、国民に対する関係、あるいは国会に対してもそうですし、裁判所に対してもそうですけれども、行政、これは政府が都合の悪いことを隠すための法案になっている訳ですね。それでひとつの犯罪構成要件ができることになっています。そして、犯罪構成要件が不明確なままで処罰をしようとしている。従って、法律学者は、この法案は日本国憲法31条に違反している、というふうに言ってます
政府の活動を国民が批判的に検証するというのは、これは民主主義の基本です。ですから、情報の管理は、さっきから何度も皆さんおっしゃってるように、民主主義の基本です。従って、これにふさわしいものでなければならない。全く落第の答案だと思います。
最後にもうひとつ。この憲法違反の法案が、このまま参議院で可決され、日本の法律になったら、これは、憲法改正をせずに憲法を改正をしたのと同じことになりますですね。憲法に違反した法律が国会で通ったら、それは憲法改正しないのに憲法改正したことになります。
ちょっと話が飛びますけれども、安倍内閣が憲法9条の解釈を変えて、集団的自衛権を認めようとしています。これは元の法制局長官、歴代の法制局長官も、それは憲法9条を無視することになると。集団的自衛権を認めるならば、憲法9条を改正するのが筋であると言っています。従って、明示的に憲法を改正しないで、憲法の内容を形骸化するということに、この特定秘密保護法案も、集団的自衛権も、同じ筋道のものになると思います。実は、これが、つまり、明示的に憲法を改正しなくても、憲法を実質的に形骸化させるという道が、麻生副総理が言った、「ナチスの手口」です。以上です。


佐藤学:もう、私もひとことだけ。特定秘密保護法案が現実に発効する。そういう事態をちょっと想定してみてください。一番発効する可能性が高い状態、これは、集団的自衛権の行使です。その集団的自衛権の行使、つまり、日本の自衛隊が海外で戦争を行う、あるいは、戦争を誘発してしまう、そういう事態が生じたときに、それがいったいどういう根拠で、その判断がなされてるのか、どういう情報に基づいてなされているのか自体が、国民には知らされない。そうしますと、国民の知らないところでですね、あるいは、国民の意思決定の関わらないところで、戦争を起こすことが可能になるわけですね。また、そこに巻き込まれることが可能になるのでありまして、これは最も、今回の特定秘密保護法案の、危険性の一番頂点にある問題だろうというふうに理解しています。

それではですね、これだけの参列者がいらっしゃったものですから、全員というわけにはちょっといかないんですけれども、何人かの方で、ぜひここでとおっしゃる方、挙手いただけますか。短くお願いします。2名から3名でお願いしたいんですが。はい。所属とお名前お願いします。

●参列者意見●
タケウチ(科学者会議学会):科学者会議学会のタケウチと申します。なんか、ちょっと1年休会になって名簿には入ってませんけれども、科学者会議学会のタケウチと申します。私は、手短かに言いますが、この法案というのはですね、まさしく「亡国の法案」である。国を滅ぼす。それは3点ある。
1つとして、今まで諸先生方が言ってきましたけれども、これは民主主義を根本から否定するものであるということ。
2つ目として、多分、もしこの法案が通るということになるとすればです、なるとすればですよ、日本から離れる人がどんどんどんどん増えてくるでしょう。そういう意味の亡国です。
あと、第3点としまして、これはあってほしくはないのですが、理性ではなくてですね、数の力で、数の暴力でもって決めた法案が通るっていうことになると、理性が蹂躙されるということになります。ということは、極左と極右のですね、テロの応酬が将来出てくることが十分考えられる。これ非常に内戦状態に近いようなですね、危惧すべき状況です。この法案っていうのは、この3つの点でですね、まさしく亡国の法案であって、デモクラシーの法案ではありません。以上です。

佐藤学:それでは続いて、お願いいたします。よろしいでしょうか。ぜひ、遠慮なさ…はいどうぞ。

木下ちがや(明治学院大学非常勤講師、政治学):木下ちがやと申します。政治学を専攻しています。私はこの3年間、ずっと、脱、反原発のほうに関わってきたんですが、その視点からして、何人かの発言がありましたけど、まさに今回の法案と、そしてまぁ、石破さんの発言に対してですけども、やっとですね、この日本の社会の中で少しずつ、本当に直接、自分で声を上げていくっていうことをですね、地道に積み上がったきたわけですね。本当にそれをですね、真っ向から突き崩すっていう内容に、ますます、時間が経つごとに明らかになってくるっていうのが今の現状だと思います。本当にもうこの数週間、今、特にSNS、ツイッターが発達しまして、いろんな議論がなされてますけども、この2日ぐらい、急速にですね、この法案について危険だという(ことが)、一斉に広まってます。恐らく、この数日に渡って、マスコミの方々も、恐らく、去年の官邸前抗議のように、どんどん人が増えてくる、どんどん人が集まってくるという光景を必ず目にすると思います。ですから、そのことを絶対見逃さないで、それを、そうした民主主義というのを、ぜひこれから数日間、最後の焦点の視点で取り上げていってほしいというふうに強く要望します。

佐藤学:では、あと、おひとりぐらいということで、よろしくお願いします。

岡田憲治(専修大学教授、政治学):専修大学の岡田憲治と申します。政治学を専攻しております。短いメッセージをひとつだけ、贈らせていただきます。この会合を報道なさっている報道関係者の皆さん、マスメディアの方々は、我々の友人です。言葉を使って、世界をきちんと切り分けて、世界に何があるか、どんな問題があるか、そのことをえぐり出して、共に考えるための素材を提供する、言葉をめぐって働く友人です。あなた方が、この世の中に、なぜ存在する意味があるかということをもう一度考えて、お互い励まし合いながら、この問題をきちんと世界に伝えてもらいたいと思うし、我々もそのために協力するので、頑張ってほしいのです。以上です。

●報道機関質疑応答●
佐藤学:以上、限られた声ではございますけども、2006名の声の一端というふうに考えております。最後の発言にありましたように、まさに我々は、なぜ我々が学者でありうるのか、また学問の自由というものを欲しいのか、それはどこに由来するのかということを、本当に考えつつ、詰めた結果としてですね、今日ひとりひとりが声を上げた、というふうに私は理解をしております。それではですね、報道の方々のご質問にお答えする時間に入りたいと思います。よろしくお願いいたします。

東京新聞:東京新聞の●●●と申しますけれども、前回の会見のほうにも参加させていただきまして、あのときは出席者の皆様の名前に驚いたんですけど、今日は名前ももちろんですけど、この2000名という、この厚みに驚いておりますけれども、1週間でこの2006名の方が、こういう賛同を示されたという、過去にはちょっと思いつかない出来事だと思うんですけども、このことの持つ意味というの、特に、学者の方がこれだけ敏感に反応された、ということについての持つ意味というのを教えていただけますでしょうか。

廣渡清吾:すでに先ほどからもご発言でもありますように、学問研究の立場からすると、政府の活動を材料にしながら学問研究をする、これはもう成り立たなくなりますね、はっきり。もちろん、そういう直接的な利害関係、利害監視にあり、学者が立ち上がっているということでもあると思うんですが、私は一番大きなものは、「不安」、不安ではないかと思います。この国が、いったいどういう方向に引っ張られようとしているのか、ということについての非常に大きな不安が、これは市民も含めてだと思いますけれども、学者の中にも大きい。
皆さんご承知のように、安倍政権は4年間の間、「全権委任された。私たちが皆さんの安全を守ります。国を発展させます。ですから私たちが言うように、皆さんについてきていただければ」という発想で、今、政策を展開していると思うんですね。けれども、一回の選挙で政権が誕生したときに、政権に与えられているのは、選挙を戦ったときの公約についての信義であって、ひとつひとつの提案については、その提案の都度に、国民にきちんと説明をして、信を問うということが必要だと思います。今回のやり方は、明らかに、そういう立場を放棄して、安倍さんが「この法案は国民を守るものです」。どこで国民を守るんですか。それについて具体的な答えは聞けているでしょうか。そこに対する不安です。つまり政権の政治姿勢に対する根本的な不信が、これだけの短期間に声明が集まった一番大きな理由だと思う。
そして、直接的に、学問はもうできない。政権の活動を評価し分析し、これが社会科学の役割ですよね、基本的な。政治なんかでも本当にそうです。経済学でも同じです。先ほど大沢さんがおっしゃったように、データは取れない。政府が集めてるデータを利用できなくて、どうして政府の活動について、学問の立場から、民主主義的な調査をし、批判をすることができるでしょうか。これは、ほとんど全ての学者に共有されていて、今日は2006名でしたけれども、まだ届いていないので、この数です。多くの学者に、私たちの呼びかけが届けば、もっともっとたくさんの数が集まっています。しかしそれにしても、この短期間に2000名以上の数が集まったのは、私にとっても、とても大きな驚きで、この驚きは、いかに皆さんの今の政治の動向に対する不安が大きいのかということを、如実に示していると思います。

佐藤学:ひとこと、私のほうからも。我々学者はですね、こういうこと、政治的な…非常に苦手でございます。これほんとに、ひとつひとつですね、メールで送ったりですね、切り貼りしながら、ほんとにこの5日間はですね、不眠不休の状態でございました。その中でですね、私個人が感じたことを申し上げますと、今回の科学者、学者たちの2006名の声明、これは新しい要素を持っていると思います。政党が動いたわけではございません。学会が動いたわけではございません。皆、個人です。学者ひとりひとりがですね、ひとりの市民として、また、学問に携わる者の良識として声を上げたということでございます。今も届いていると思います。そのような形で、これほどのですね、声が上がったことを重く受け止めていただきたいというふうに思います。続いてご質問をお願いします。

毎日新聞:毎日新聞の●●●と申します。この問題をですね、我々も伝える上で、非常にやっぱり、先ほども何度かお話出ましたけど、自分の生活に関係のあることかどうかっていうところで、なかなか、こちらも表現するのが難しいし、なかなかまだ伝わりきってないという感じを受けてるんですけども、その辺りを、先生方はですね、ごく普通の生活をしている方に対して、なんていいますか、呼びかけるとしたら、どういうふうに呼びかけられるかなと思いまして、その辺りを聞かせてください。

佐藤学:それでは、これはですね、文学とか、やっぱり演劇とかの世界の方にお伺いすればいいと思うので、まず小森先生、それから平田先生に。

小森陽一:この前も記者会見で申し上げましたが、私たち主権者である国民が、国家権力に縛りを掛けるための最も大事な情報、つまり、国家の情報が隠蔽される法律なんです。だから「国家情報隠蔽法」だというふうに捉えなければならないし、隠蔽された瞬間、私たちは主権者じゃなくなるということですね。だから、国民の主権者性を抹殺する法律でもある。じゃ、平田さん。

平田オリザ:もう冷戦の時代ではありませんので、オール・オア・ナッシングではないと思うんですね。今回のことに関しては、相当保守派とみられていた方たちでも、相当の、この法案に対して疑問を持っていらっしゃる。で、2つ、やはり分けて考えたほうがいいと思うんです。確かにこの法律がですね、戦前の治安維持法のように、ものすごく圧政で機能するのは、「ない」かもしれないし「ある」かもしれない、としか言いようがない。で、それが「ない」ように、望むしかないわけですけれども、しかし「ある」可能性がある。
しかしですね、先ほども申し上げたように、現実にはですね、真綿で首を絞めるようにですね、公務員たちの、まず、表現あるいは、データの出し方っていうのを、もう鈍るっていうことを、もう大阪で実例として出てきている。そのことをですね、ぜひ実感として、持っていただきたいと。ま、これ、ほんとに関西にいないと、ちょっと分からないところがあるんですよ。もう、ほんとにね、なんというか、「ものを言えば唇寒し」って、あぁ、こういうことなんだなぁっていうのがですね。僕、たまたま東京の人間で、今、大阪にいるんで、すごく温度差があるんですよね、東京にいるときと大阪にいるときでですね。これはなかなか伝わりにくい。ほんとに、マスコミの方にもですね、ご苦労があると思うんです。マスコミの方もですね、多分、大阪市長の方たちから、そういう話を聞いてると思うんですね。「嫌~な感じ」。「嫌~な感じ」としか言いようがない。そしてすごく高圧的に。
ま、今でこそね、もう橋下さん、そんなに力ないですけれどもね。2年前、皆さん、ひどい目に遭ったわけでしょ。それを思い出していただきたいんです。どんなふうに封殺されたか。どんなふうに恫喝されたか。あれが合法的になるんです。局所的なことではなく、国政で当たり前のようなことになるんです。それがいいんですか?っていうことなんだと思います。なかなかこれがですね、そうなってみないと実感ができないものなので、まさに、それをなってみないと実感ができないことを表現するのが、私たち芸術家の仕事ですから、それはもう、私たち芸術家にも責任があると思ってます。

佐藤学:では続きまして、ご質問…。

集英社:集英社新書の●●と申します。前回も参加させていただき、非常に危機感を持ったんですけれども、司法に、違憲立法審査権というのがありますね。ちょっと考えたくはないんですけど、仮にこの法案が、通ってしまった場合に、事後闘争的な話ですけど、違憲立法審査権は、どの程度この法律に対する国民主権の防波堤になりえるとお考えでしょうか。以上です。

宇野重規:私、今回の法案が仮に参議院通ったとしても、それで終わりではないと思っております。おっしゃるように、このあとには違憲立法審査権を通じて、憲法違反ということで、この法律を問うチャンネルが残っていると思っております。もちろん、現実にこのまま法案が違憲の判決を受け、無効になる可能性がどれだけ大きいか、と言われれば、(…)としません。しかしながら、チャンネルは少なくとも開かれていると。これが残ってるとされてる以上、ありとあらゆる手段を通じてでも、この法案を廃案に追い込む、これは、長いプロセスだと思っております。
もちろん、これ、法律をつくる側も、そんな危険立法はないんだと言っております。しかし、長い時間経っていけば、どういう人間がこの法律を使うか分からない。要するに、今回の問題というのは、短期間で決着のつく問題ではないと思っております。もちろんこれで廃案に追い込めれば一番いいわけですけれども、仮に廃案になったとしても、また違う形で入れてくるかもしれません。そういう意味で、いずれにせよ、これは長期的な形で問題にしていかなければいけないと思っております。

廣渡清吾:実際に考えて、自公が多数派を占めていて、その自公、与党が提案した法案ですから、何もなければ通る、ということになってしまいそうなので、大変遺憾なんですけれども、今のご質問は、「通ったらどうなるのか」っていうことですよね。通ったら、この法律が発動できないようにする、っていうしかない
発動できないようにするっていうのは、国民がこの法律にどれだけ多くの批判を持っているかっていうことが示されなければならない、と思うんです。
ですから、今日、今日まだ法案が通ったわけではありませんから、このあとも、どれだけ多くの批判が国会の審議に対して寄せられるかということが、ひとつの決定的なポイントだと思います
で、もし通って、この法律が適用されて、具体的な案件が裁判所に掛けられ、機密を漏らした、機密に不法にアクセスした、ということで、刑事事件になる。そのときには当然、被告は、この特定秘密保護法が憲法違反であるというふうに争うことになると思います。そうすれば、裁判所はどうするか。特定の審議になったときにですね、「じゃ、どういうことが秘密であるの」という話になる。これは非常に形式的な話だけど、「特定したら秘密だ」と言ってるわけです。「じゃ、どういう秘密を特定したのか」って、「裁判所の前に出しなさい」っていうふうに行政機関の長が言われたときに、「いや、これは出せません」。あるいは、出すとしても、「これこれこれ、こういう内容のフォームで、こういう内容のものです」と言って、具体的にその文章を出すか出さないかっていう争いになると思います。
元最高裁判事の方は、そのときに「インカメラ審査」つまり、裁判所にだけはそれを見せる、その情報そのものを裁判所にだけは見せる。裁判官はそれを見て、本当にこれは法律に基づいて特定するに値する秘密なのかどうかを、裁判所が判断する、ということがなければ、裁判所では審理ができませんが、特定秘密保護法案は、それを裁判所に保証していません。裁判所がそういう権限を持つということを保証していません。ですから、「特定した」ということだけによって、「犯罪だ」とされて処罰されるという可能性があるので、これは罪刑法定主義違反の法律だと言ってるんですけれども、実際にとても困難な戦いになるかと思いますが、でも結局は最終的にこの法律が通ってしまえば、そういう戦いを国民の側でやって、具体的にこの法律が効力を持たないように追い込むしかないと思います。

佐藤学:一度通ってしまえば、法案をですね、無効化するのは大変な戦いになると思うんですね。その意味で申し上げますと、現段階ではですね、(12月)6日に会期末になるってことは絶対に許さない、そういう状況を刻々とつくりあげていくしか方法はないというふうには考えています。続けてお願いいたします。

NHK:NHKの●●といいますが、もう、ひとつのグループというふうには括(くく)れないぐらいの大きな、本当に大変な規模になっていらっしゃると思うんですけど、具体的に今後、おっしゃっていることを実現するためにですね、皆さんとして、皆さんという…どうか…ちょっと括…そういう個々にですね、もちろんいろいろ発信されるところではあると思うんですけども、ご予定というか、考えてらっしゃることはありますか。お願いします。

佐藤学:現在ですね、この特定秘密保護法案に反対する学者の会、申し上げましたように、当初は31名。これだと合議が可能だとなったんですね。もちろん、このように2006名になるにあたっては、合議の上でなっております。31名全員が加わっております。今後のことでございますけれども、これは、この声明の一点で一致している。これですね。この声明に、皆で一致したということでございますので、その限りにおいて行動する、となったんですね。例えばですね、仮に万が一、今度参議院での採決が行われたとするならば、直ちにこれは抗議声明として2006名、もっと増えてくると思いますが、ここまでは皆さんもご協力してくれると思うんです。ですから、私どもとしては、現在、現段階で、現在も届いてると思いますが、どんどんね、数が増えてると思いますが、引き続きですね、この、何名、学者何名のアピールというものを、様々な手段を通じてですね、社会的にアピールするっていうふうに、万が一ですね、採決がなった場合には、その時点で抗議声明を出します。そこまでは考えております。

信濃毎日新聞:すみません、長野県の新聞社で信濃毎日新聞の記者の●●と申します。お伺いしたい点なんですが、一般の市民の方が、例えば反対したいというふうに考えていても、実際に、「じゃあ、どうすればいいんだよ」と、取材をしていて聞かれることが多いんですが、結局、デモやインタビューなんかの形を紙面で掲載することが多くなってしまって、読者のほうとしても、ちょっと飽きられてしまうというのか、またこういう形かというふうになってしまうんですが、その点で、皆さんのほうで、こういうふうに疑問を持った方は、こういうふうに行動したらいいんじゃないか、というような形を、紙面を通して読者の方に助言などあればお願いしたいんですが、よろしいでしょうか。

小熊英二:地元の議員の方の事務所に行ってください。議員さんは、有権者を非常に気にしておられます。地元の議員の事務所に1人でも2人でも、20人30人ならもっと効果があると思いますが、それで、「この法案について、どうお思いなんでしょうか」と。所属政党はともかくとしても、個人としてどうお考えになっていて、お考えを聞かしていただいた上で、「あなたはどう行動なさるおつもりですか」と聞いてみるのが一番早いと思います。

佐藤学:私どもがいい例だと思うんですね。先ほど言いましたように、こういう行動をほとんどやったことのない連中がみんな集まりながら、これまでも何回かは私もセミナー出たことはありますが、これほどの形は取ったことがございません。そこで言えることは、この学者の会と申しますか、実はこの学者の会をモデルに、今あちこちで学者の会とかですね、市民の会とか、なんとか市民の会とかですね、いうのがブログで立ち上がっていて、同じような行動が起こったというのは聞いております。ですから、声をですね、ひとつにつくりあげていくっていう様々な方法があるのだということを、私たちは身をもって示したというふうにご理解いただければと思います。

栗原彬:やはり、地元でデモンストレーションをやる、これはかなり意味があると思います。一昨日、吉祥寺でそういうデモがあったわけですけどね。そういうところで市民の、街の方たちに、これは、「大音量で迷惑になってますか?」、とか、「このデモで恐怖を感じましたか?」って。誰ひとり「恐怖感じました」なんて、ひとりもいませんでした。多分、石破さんだけなんでしょうね、恐怖感じるのは。てことは、何かやっぱり、デモについて後ろめたいことがあるんだなぁっていうふうに思いましたね。実際やっぱり、あちらこちらで、やはり地方でも今はデモンストレーションが起こってるわけでしょ。そういうことが、やっぱり、この法案に反対するっていう、アンケートを取ってみれば、そういう数字になって跳ね返ってくるわけで、これはやはり、メディアの方がやっぱり、それを伝えていただくことがかなり大事なことですけれども。そういうふうにして、市民レベルでね、この反対が拡大していくっていうことが非常に大事だと思います。

佐藤学:おひとり手が上がった。はい、お願いします。

東京新聞:東京新聞の●●です。先ほど、選挙の公約の話が出ていたんですけれども、自民党は衆院選でも参院選でも、国家安全保障会議については、小さく触れてますけれども、秘密保護法案については全然触れていなくて、選挙が終わって半年も経たないうちに、国のありようを大きく変えるような法案について、いきなり出してくるということについての問題点を、ちょっと改めてご指摘いただければと思うんですが。

宇野重規:ご指摘の通りだと思います。しばしば国会議員さん、議会の人というのは、議会外での発言に対して、よくナーバスになります。「自分たちだけが民意を代表して法をつくる権限があるのである」と。「自分たち以外の回路でものを言うのはけしからん」と言うことはしばしばあります。しかしながら、人々は、市民は、みずからの意見を常に表明する権利があります。まして、今ご指摘のように、本来、特定秘密保護法案というのは、何ら公約にも入っていなかったこのような民意を、現在の議員に託した覚えはない、というのが、我々市民の素朴な感想です。そのような意思を表明することは当たり前のことであって、「このような授権をした覚えはない」と。このことを強く示すことのほうが、代議制民主主義をよりよく機能させるものであると思っております。

佐藤学:もう、予定の時間、そろそろ来てるんでございますけれども、ほかにご質問あれば、遠慮なく。

集英社クリエイティブ:集英社クリエイティブの●●といいます。昨日・一昨日の答弁を、国会の答弁を聞いていますと、森(雅子・特定秘密保護法案)担当大臣が、必ず、「これは重層的な仕組みが設けられていて、恣意的な指定とか拡大解釈を許さない」と。そのときに必ず言われるのが、「有識者の意見を聞く」という言葉があります。それで、この2006名の学者としてですね、ここにいらっしゃる方、有識者の方々だと思いますので、それに対して、ひとこと、お聞かせ願えますでしょうか。有識者会議っていうのが、本当に機能するのか、ということです。

廣渡清吾:有識者の意見を聞くというのは、特定秘密、どういうものを特定秘密にするか、といったようなことについて、これ、行政機関の長が勝手にやるんですよね。だから、防衛大臣が勝手にやるし、外務大臣がやるし、警察庁長官がやるんです、勝手に。でも勝手にやられたんじゃ、全体の見通しが利かなくなるので、一応、こういう基準で特定秘密をしなさい、という基準づくりを有識者に聞くと言ってるだけです。じゃあ、有識者会議がその基準通りに特定秘密が特定されているか、ということを審査する権限も何もありません。ですから、そういう意味では、「権威付けをするだけ」の「有識者への意見を聞く」と。つまり、「目くらましのものであって、実効性はない」と。というふうに思います。ですから、「第三者機関をつくれ」という民主党からの意見が出てるんですけれども、これも、政府の外にちゃんと第三者機関をつくるわけではなくて、そこは非常に曖昧にしていますね。「内閣総理大臣がチェックをするときのアドバイスをするための機関です」とか、いろいろ言ってるので、これも極めて曖昧。もし第三者機関をつくるとしたら、法案を撤回して、新しい法案の中にきちんと第三者機関を明示すると、すべきだと思います。

佐藤学:ほか、いかがでしょうか。それではですね、またいろいろご質問がある場合は、こちらの連絡先書いておりますので、いろいろお問い合わせいただければ、我々の担当、個人個人が、それぞれ多様な意見はもちろんあるわけでございますけれども、お答えしていきたいというように思っています。なおですね、この2006名の意味、繰り返しになりますけど、非常に大きいということをご理解ください。ノーベル賞受賞者が2人、芥川賞受賞者の学者の方も含まれております。さらに、国公私立大学の学長の方々も含まれております。そういう広範囲な方々が、この2006名の中に加わり、さらにですね、本来学者ではない、多分取り上げてもらえないんだろうと思いながらも、賛同人の中に加わられた方が483名いらっしゃいます。本日、また列席された方々、私どもとしては30名も列席していただければですね、本当に最高だというふうに思いながら、列をつくったんですけど、ご覧ください。満席でございます。49名ならびに、その学生たちですね、が7名参加されているそうでございます。このような形で、今日の記者会見ができたこと、また、報道の方々も前回に増してですね、2倍3倍という方々に来ていただいたことを厚く御礼申し上げます。
最後でございますけども、まだ日がございます。我々学者の良識、あるいは、今日おいでいただいた報道関係の方々のジャーナリストとしての良識、これを束にしてですね、この事態に向かっていきたいというふうに今は考えております。今後ともですね、我々と報道関係の方々が友好的かつ協力的にですね、こういう問題を議論しあえる、そういう場を考えて、連帯をつくっていきたいと思いますので、今後ともよろしくお願いします。今日はどうもありがとうございました。(おわり)

2013.12.07

特定秘密保護法への学者の会からの抗議声明

「特定秘密保護法案に反対する学者の会」は会の名称を「特定秘密保護法に反対する学者の会」に変更した上で、下記抗議声明への賛同人を引き続き募っております。
ご賛同頂ける方は、こちらまで署名をお願いします。

http://anti-secrecy-law.blogspot.jp/

3181名学者の抗議声明

特定秘密保護法の強行可決に強く抗議します


 特定秘密保護法案は、憲法の定める基本的人権と平和主義を脅かす立法であり、日本の民主主義を戦後最大の危機にさらすものです。この法案に対して広く市民の間に反対や懸念の声がかつてなく広がったにもかかわらず、審議を尽くさないまま衆議院にひきつづき参議院においても強行採決が行われたことに、私たちは深い憂慮と強い憤りを覚え、この暴挙に対する抗議の意思を表明します。
 特定秘密保護法は、指定される「特定秘密」の範囲が政府の裁量で際限なく広がる危険性を残しており、指定された秘密情報を提供した者にも取得した者にも過度の重罰を科すことを規定しています。この法律によって、市民の知る権利は大幅に制限され、国会の国政調査権が制約され、取材・報道の自由、表現・出版の自由、学問の自由など、基本的人権が著しく侵害される危険があります。さらに秘密情報を取り扱う者に対する適性評価制度の導入は、プライバシーの侵害をひきおこしかねません。
 民主政治は市民の厳粛な信託によるものであり、情報の開示は、民主的な意思決定の前提です。特定秘密保護法は、この民主主義原則に反するものであり、市民の目と耳をふさぎ秘密に覆われた国、「秘密国家」への道を開くものと言わざるをえません。
 さらに、特定秘密保護法は国の統一的な文書管理原則に打撃を与えるおそれがあります。公文書管理の基本ルールを定めた公文書管理法が2011年に施行され、現在では行政機関における文書作成義務が明確にされ、行政文書ファイル管理簿への記載も義務づけられて、国が行った政策決定の是非を現在および将来の市民が検証できるようになりました。特定秘密保護法はこのような動きに逆行するものです。何が何でも特定秘密保護法を成立させようとする与党の政治姿勢は、思想の自由と報道の自由を奪って戦争へと突き進んだ戦前の政府をほうふつとさせます。
 いったい今なぜ特定秘密保護法を性急に立法する必要があったのか、安倍首相は説得力ある説明を行いませんでした。外交・安全保障等にかんして、短期的・限定的に一定の秘密が存在することを私たちも必ずしも否定しません。しかし、それは恣意的な運用を妨げる十分な担保や、しかるべき期間を経れば情報がすべて開示される制度を前提とした上のことです。行政府の行動に対して、議会や行政府から独立した第三者機関の監視体制が確立することも必要です。
困難な時代であればこそ、報道の自由と思想表現の自由、学問研究の自由を守ることが必須であることを訴えたいと思います。そして「秘密国家」・「軍事国家」への道を開く特定秘密保護法案の強行可決に、私たちは学問と良識の名において強く抗議します。

2013年12月7日
            特定秘密保護法案に反対する学者の会

浅倉 むつ子(早稲田大学教授、法学)
池内 了  (総合研究大学院大学教授・理事、天文学)
伊藤 誠  (東京大学名誉教授、経済学)
上田 誠也 (東京大学名誉教授、地震学)
上野 千鶴子(立命館大学特別招聘教授、社会学)
内田 樹  (神戸女学院大学名誉教授、哲学)
内海 愛子 (大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター特任教授、歴史社会学)
宇野 重規 (東京大学教授、政治学)
大沢 真理 (東京大学教授、社会政策)
小熊 英二 (慶応義塾大学教授、社会学)
小沢 弘明 (千葉大学教授、歴史学)
加藤 節  (成蹊大学名誉教授、政治学)
加藤 陽子 (東京大学教授、歴史学)
金子 勝  (慶応大学教授、経済学)
姜 尚中  (聖学院大学全学教授、政治学)
久保 亨  (信州大学教授、歴史学)
栗原 彬  (立教大学名誉教授、政治社会学)
小森 陽一 (東京大学教授、文学)
佐藤 学  (学習院大学教授、教育学)
佐和 隆光 (京都大学名誉教授、経済学)
白川 英樹 (科学者・市民)
杉田 敦  (法政大学教授、政治学)
高橋 哲哉 (東京大学教授、哲学)
野田 正彰 (元関西学院大学教授、精神医学)
樋口 陽一 (東北大学名誉教授、憲法学)
廣渡 清吾 (専修大学教授、法学)
益川 敏英 (京都大学名誉教授、物理学)
宮本 憲一 (大阪市立大学・滋賀大学名誉教授、経済学)
鷲田 清一 (大谷大学教授、哲学)
鷲谷 いづみ(東京大学教授、生態学)
和田 春樹 (東京大学名誉教授、歴史学)
以上の31氏を含む3181名(2013年12月7日9時現在)
ほかに賛同者(院生・学生・市民) 746名


  

2013.12.11

「街場の憂国論」号外のためのまえがき

みなさん、こんにちは。内田樹です。
『街場の憂国論』に「号外」として、特定秘密保護法案審議をめぐる一連の書き物をまとめて付録につけることに致しました(安藤聡さんからのご提案です)。
単行本に付録をつけるというのは珍しいことですけれど、今回の法案審議をめぐる政治の動きについて、僕たちはそれだけ例外的な緊張感を持ってしまったということだと思います。

改めて言うまでもないことですが、この法案は、2012年暮れの衆院選でも、2013年5月の参院選でも、自民党の公約には掲げられていなかったものです。それがいきなり9月に提出されて、重要法案としては異例の短時間審議で、両院での委員会強行採決を経て、会期ぎりぎりに走り込むように国会を通過してしまいました。この原稿を書いている段階で、世論調査では80%以上が国会審議のありようについてつよい不安と不満を表明しています。
なぜ、これほど急いで、法案の外交史的意味についての説明も、運用上の懸念の解消のための説得もなされないままに法案が採択されたのか、わからないという声は議員自身からも、メディアからも聞こえてきます。僕はそれはいささかナイーブにすぎる反応だろうと思います。
政権がこれほど強権的に法案採択を強行したのは、まさにこのようなものごとの進め方そのものがこれからデフォルトになるということを国民に周知させるためだったからです。
政体の根幹にかかわる法律、憲法の理念にあきらかに背く法律の強権的な採択が「合法的だった」という事実そのものが法案以上に安倍政権にとっては「収穫」だったということです。彼らはみごとにそれを達成しました。もう、これからは何でもできる。
次の国政選挙まであと3年あります。その間に政権は解釈改憲による集団的自衛権行使(つまりアメリカと共に海外への軍事行動にコミットすること)をできれば実現し、その過程でのアメリカとの交渉や密約をすべて「特定秘密」として完全にメディアからブロックするでしょう。
多くの人たちは前の民主党政権に対してしたように「自民党が暴走したら、選挙でお灸を据える」ということができると信じているようです。僕はそこまで楽観的になれません。そのような自由な選挙の機会がもう一度巡ってくるかどうかさえ、僕には確信がありません。
次の選挙までに日本を戦闘の当事者とする戦争が始まってしまったら、その結果、国内外で日本人を標的とするテロが行われるようなことがあったら、もう次の選挙はこれまでの選挙のような牧歌的なものではありえないからです。そして、現在の自民党政権は彼らの支配体制を恒久化するシステムが合法的に、けっこう簡単に作り出せるということを、今回の経験で学習しました。
安倍政権にこれ以上の暴走を許さないという国民の決意は「次の選挙」ではなく、今ここで、ひとりひとりの現場でかたちにする他ないと僕は思っています。
僕のこの文章が「妄想的だ」という批判はあるでしょう。そして、僕はあと3年後に、この文章を読み返して、「なんて妄想的なことを書いていたのだろう。すべては杞憂だったのに」と自分が恥じていることをほんとうに心から願っています。

2013.12.29

コミュニケーション能力とは何か?

土木学会というところから「コミュニケーション能力について」の寄稿を頼まれた。
9月に書いて送稿したものが活字になって今日届いた。
学会誌なので、一般読者の目に触れる機会はないと思うので、そこに書いたものを採録しておく。

「コミュニケーション能力」とは何か

就活している学生が「これからはもっとも重視されるのはコミュニケーション能力だそうです」と言うので、「うん、そうだね」と頷きながらも、この子は「コミュニケーション能力」ということの意味をどう考えているのかなとちょっと不安になった。
たぶん「自分の意見をはっきり言う」とか「目をきらきらさせて人の話を聞く」とか、そういう事態をぼんやり想像しているのだろうと思う。
もちろん、それで間違っているわけではない。でも、どうしたら「そういうこと」が可能になるかについてはいささか込み入った話になる。
例えば、どれほど「はっきり」発語しても、まったく言葉が人に伝わらないときがある。
個人的な話をする。
何年か前にフランスの地方都市に仕事でしばらく滞在したときの話。スーパーに行ってマグカップを買った。レジに行ったら、女性店員に何か訊ねられた。なんとなく聞き覚えのある単語なのだが、意味がわからない。「え?何です?」と聞き返してみたが、それでもわからない。二度三度と「え?」を繰り返しているうちに店員は諦めたらしく、肩をそびやかしてマグカップを包みだした。
どうも気持ちが片づかないので、カップを手渡された後に、レジの上に身を乗り出して、ひとことひとことゆっくり噛みしめるように「さきほど、僕に何を訊いたのですか?」と問いかけた。
すると店員もゆっくり噛みしめるように「郵便番号を訊いたのだ」と答えた。「なぜ、郵便番号を?」と重ねて訊くと「どの地域の人がどんな商品を買っているのかデータを取っているのだ」と教えてくれた。
 郵便番号(code postal)というのは基本的な生活単語である。もちろん私も知っている。でも、それがスーパーのレジでマグカップを買うときに訊かれると、聞き取ることができない。ふつうレジで訊かれるはずの質問のリストの中にその単語が存在しないからである。

これはコミュニケーション不調の一例である。一方において意味が熟知されたこと、当然相手も理解してよいはずのことを口跡明瞭に発語しても、相手が聞き取ってくれないことがある。文脈が見えないからである。「スーパーのレジでは買い物に際して顧客情報をとることがある」という商習慣を知っていれば、文脈がわかる。知らなければ、わからない。
このときに私が肩をすくめた女性店員に向かって、あえてレジに身を乗り出して、ひとことひとこと区切って発語したことで、意味のわからない単語の意味が明かされた。これが「コミュニケーション能力」である。そういうことを顧客はふつうレジのカウンターではしない。
店員は私がフランスの商習慣になじみのない外国人であることを察知して、なぜマグカップを買うのに郵便番号を訊くのか、その理由を教えてくれた。そういうことはふつうレジのカウンターで店員はしてくれない。私は彼女が私のためにこの説明の労をとってくれたことを多とする。これが彼女の側の「コミュニケーション能力」である。

つまり、コミュニケーション能力とは、コミュニケーションを円滑に進める力ではなく、コミュニケーションが不調に陥ったときにそこから抜け出す力だということである
それは今の例でおわかり頂けるように、「ふつうはしないことを、あえてする」というかたちで発動する。私たちは二人それぞれに「客や店員がふつうはしないこと」をして、それによって一度は途絶しかけたコミュニケーションの回路は回復した。
「ふつうはしないこと」は「ふつうはしないこと」という定義から明らかなようにマニュアル化することができない。それは臨機応変に、即興で、その場の特殊事情を勘案して、自己責任で、適宜、コードを破ることだからである。
そして、コードを破る仕方はコード化できない。当たり前のことである。
同じような例をもう一つ。これもスーパーで買い物をしたときの話(今度は日本。スーパーのレジというのはどうもコミュニケーション不調の多発地点のようである)。
夕食の材料を買い込んでお金を払おうとすると若い男の店員に「ホレーザ、ゴリヨスカ」と言われた。意味がわからないので、「え?」と聞き返した。店員は同じ言葉を同じ口調で繰り返した。三度目で、それが「保冷剤、ご利用ですか?」だということがわかった。
同じような「聞き取りそこね」は日々各所で多発していると思う。でも、考えてみれば、このコミュニケーション不調は、客に聞き返されたときに、例えば「傷みやすい食材を冷やすために、保冷剤お入れしますか?」と言い換えれば済むことである。「冷やす」という語が先に来れば、彼の滑舌の悪い「ホレーザ」が「保冷剤」であることはおおかたの日本人にはわかる。その手間を惜しんだところに彼のコミュニケーション能力の低さが露呈している。
でも、これを彼の属人的な資質の問題と言い切ることはできない。
おそらくそのような「言い換え」を必要に応じて店員が自己責任でしても構わないということはこの店の「商習慣」にはないのである。
わが国には店員たちが顧客に対して自己責任でコミュニケーションを取ろうとすることを忌み嫌う商文化がある。チェーン店というのはすべてそうである。そんなことをされると現場の秩序が乱れると信じている人たちが管理部門にいるのである。
こういう店のマニュアルを書いている管理職は顧客と店員の間で取り交わされる対話はすべて予見可能であり、店員はそこに指示された以外の言葉を口にすべきではない、日本中どこのチェーン店でもまったく同じ応答がなされることこそが真のサービスだと信じている。
これこそ私たちの社会に取り憑いた「コミュニケーション失調」の主因の一つだと私は思っている。

大学を辞めたのでもうセンター入試の試験監督というものをしなくてよくなった。これが私にとっては退職したことの最大の喜びである。
監督者は事前に1センチほどの厚さのマニュアルを渡されて、それを熟読し、そこに書かれている通りに入試業務を進行することを求められる。私は退職前には入試部長という職にあったが、私が読むことを求められた「責任者用マニュアル」は全6冊、片手では持てない厚さと重さだった。
その中で、年々頁数が増してゆくのが「トラブル対応マニュアル」であった。
「試験中奇声を発する受験生」や「『必勝』はちまきをしている受験生」や「強烈な香水をつけている受験生」をどう処遇すべきかが書いてある。前年版からの増加分は「前年にどこかの会場で本当にあった事例」だということである。このペースで毎年改定を続けてゆくと、やがて「トラブル対応マニュアル」だけで数百頁、重さ数キロの物量になってしまうことに誰かが気づいて、「センター入試はもうやめよう」ということになったのではないかと私はひそかに疑っている。
この笑えない事態は、日本中の受験生に同一の環境を確保するために、監督者は決してマニュアルに書いてあること以外の言葉を試験会場では口にしてはならないし、想定外の出来事に自己裁量で対応することもまかりならないというルールがもたらした事態である。
マニュアル主義者は「想定外の事態に遭遇した場合にも、現場で自己裁量することは許されない」と深く信じ込んでいる。現代日本のシステムがことごとく機能不全に陥っているのは、私の見るところ、この病的なマニュアル主義のせいである。
「臨機応変で事態に処することのできる力」は生物にとって必須の能力であり、それを涵養することが教育の本務であるという合意は私たちの社会にはもう存在しない。求められているのは「すべてを列挙した網羅的マニュアル」の整備と、「決して自己決定しないで、逐一上位者に諮って、その指示を待つ」人間の育成である。
まことに愚かなことと言わねばならない。この病が蔓延したことによって「どうしてよいかわからないときに、適切にふるまう」という人間が生き延びるためにもっとも必要な力が致命的に損なわれたからである。

わが国のエリート層を形成する受験秀才たちはあらかじめ問いと答えがセットになっているものを丸暗記して、それを出力する仕事には長けているが、正解が示されていない問いの前で「臨機応変に、自己責任で判断する」訓練は受けていない。むしろ誤答を病的に恐れるあまり「想定外の事態」に遭遇すると、「何もしないでフリーズする」方を選ぶ。彼にとって「回答保留」は「誤答」よりましなのだ。だが、ライオンが襲ってきたときに「どちらに逃げてよいか、正解が予示されていないから」という理由でその場に立ち尽くすシマウマは最初に捕食される。だから、秀才たちに制度設計を委ねると、その社会が危機を生き延びる可能性は必然的に逓減する。

今回私に与えられた課題は「土木技術者対社会といった、立場が大きく異なる者同士が互いに分かり合えずにいる現状」にどう対処したらよいのかについて原理的な考察を加えて欲しいというものであった。ここまで読まれたら、私からの提言はもうおわかり頂けたであろう。
「立場が大きく異なる者同士が互いにわかり合えずにいる」のはそれぞれがおのれの「立場」から踏み出さないからである。「立場」が規定する語り口やロジックに絡め取られているからである。「わかり合う」ためには「立場」が定めるコードを適宜破ることが必要だというコミュニケーションについての基礎的知見が共有されていないからである。
「あなたは何が言いたいのですか。わからないので、しばらく私の方は黙って耳を傾けますから、私にわかるように説明してください」と相手に発言の優先権を譲るというのが対話のマナーであるが、このマナーは今の日本社会では認知されていない。
今の日本でのコミュニケーションの基本的なマナーは「自分の言いたいことを大声でがなり立て、相手を黙らせること」である。相手に「私を説得するチャンス」を与える人間より、相手に何も言わせない人間の方が社会的に高い評価を得ている。そんな社会でコミュニケーション能力が育つはずがない。

「相手に私を説得するチャンスを与える」というのは、コミュニケーションが成り立つかどうかを決する死活的な条件である。それは「あなたの言い分が正しいのか、私の言い分が正しいのか、しばらく判断をペンディングする」ということを意味するからである。
ボクシングの世界タイトルマッチで、試合の前にチャンピオンベルトを返還して、それをどちらにも属さない中立的なところに保管するのに似ている。真理がいずれにあるのか、それについては対話が終わるまで未決にしておく。いずれに理があるのかを、しばらく宙づりにする。これが対話である。論争とはそこが違う。論争というのはチャンピオンベルトを巻いたもの同士が殴り合って、相手のベルトをはぎ取ろうとすることである。
対話において、真理は仮説的にではあれ未決状態に置かれねばならぬ。そうしないと「説得」という手続きには入れない。
「説得」というのは、相手の知性を信頼することである。
両者がともに認める前提から出発し、両者がともに認める論理に沿って話を進めれば、いずれ私たちは同じ結論にたどりつくはずだというのが「説得」を成り立たせる仮説である。
「私が正しく、お前は間違っていた」という事態と「あなたは私の意見に合意した」と事態は、遠目で見ると、ありようは似ているが、アプローチが違う。
説得するためには対面している相手の知性に対する「敬意」をどんなことがあっても手放してはならない。そして、先ほどから述べている「コードを破る」というふるまいは相手の知性に対して敬意を持つものによってしか担われない。
コミュニケーションの失調を回復するために私たちは何をするか。
私がスーパーのレジでしたように、「身を乗り出す」のである。相手に近づく。相手の息がかかり、体温が感じられるところまで近づく。相手の懐に飛び込む。「信」と言ってもよいし、「誠」と言ってもよい。それが相手の知性に対する敬意の表現であることが伝わるなら、行き詰まっていたコミュニケーションはそこで息を吹き返す。

かつて凡庸な攘夷論者であった坂本龍馬は開国論者である幕臣勝海舟を斬り殺すために勝の家を訪れたことがあった。勝は龍馬を座敷に上げて、「お前さんたちのようなのが毎日来るよ。まあ、話を聴くがいいぜ」と世界情勢について長広舌をふるった。龍馬はたちまち開国論に転じ、その場で勝に弟子入りしてしまった。龍馬を「説得」したのは、勝の議論のコンテンツの正しさではない(龍馬には勝が語っていることの真偽を判定できるだけの知識がなかった)。そうではなく、自分を殺しに来た青年の懐にまっすぐ飛び込み、その知性を信じた勝の「誠」である。

幕末の逸話をもう一つ。
山岡鐵舟が江戸開城の交渉のために駿府に西郷隆盛を訊ねて東海道を下ったときの話。薩人益満休之助ひとりを伴った鐵舟は、六郷川を渡ったところで篠原國幹率いる官軍の鉄砲隊に遭遇した。鐵舟はそのままずかずか本陣に入り「朝敵徳川慶喜家来山岡鐵太郎総督府へ通る」と大音あげて名乗った。篠原は鐵舟のこの言葉を受け容れて、道を空けた。
鐵舟と篠原では立場が違っていた。ロジックが違い、コードが違っていた。コミュニケーションが成立するはずのない間柄であった。けれども、鐵舟はそこに奇跡的に架橋してみせた。
鐵舟はあえて「朝敵」と名乗ることによって、篠原に次のようなメッセージを送ったのである。あなたがたから見たら私は殺すべき相手であろう。私はそれを理解している。あなたの立場であれば、それは当然だろう。だが、その判断を機械的に適用することを今いっときだけ停止してはもらえまいか。判断を留保して、「目の前にいるこの男の言い分にもあるいは一理あるのかもしれない」という仮説的な未決状態を採用してはもらえまいか。現に私は幕臣であれば決して口にすることのない「朝敵家来」という名乗りをなしているではないか。私は私のコードを破った。あなたはあなたのコードを破ってはくれまいか
篠原に向かって鐵舟はそう言って「身を乗り出して」みせたのである。コミュニケーションを架橋したのは鐵舟の「赤誠」である。
私はこのような力をこそコミュニケーション能力と呼びたいと思うのである。

2013.12.30

農政について

JAの雑誌に農政について書いた。これもふつうの方はあまり手に取る機会のない媒体なので、ここに採録しておく。

食糧安保とグローバルビジネス

現在の日本の状況をおおづかみに表現すれば、「過経済化」という言葉で形容することができる。
すべての政策や制度の適否が「収益」や「効率」や「費用対効果」という経済用語で論じられている事態のことである。
経済を語るための語彙を経済以外の事象、例えば政治や教育や医療のありかたについて用いるのは、用語の「過剰適用」である。
むろん、ある領域の術語やロジックがそれを適用すべきでない分野にまで過剰適用されることは、歴史的には珍しいことではない。過去には宗教の用語がそれを適用すべきではない分野(例えば外交や軍事)に適用されたことがあった(十字軍がそうだ)。政治の用語がそれを適用すべきではない分野(例えば文学)に適用されたことがあった(プロレタリア文学論というのがそうだ)。
人間はそういうことをすぐにしてしまう。それは人間の本性であるから防ぎようがない。私たちにできるのはせいぜい「あまりやりすぎないように」とたしなめるくらいのことでだけある。
「神を顕彰するための建築を建てよう」というのは宗教の過剰適用ではあるが、まずは常識的な企てである。「神を顕彰するために、異教徒を皆殺しにしよう」というのは常識の範囲を逸脱している。どちらも過剰適用であることに変わりはないのだが、一方は常識の範囲で、他方は常識の範囲外である。
どこに常識と非常識を隔てる線があるのか、いかなる原理に基づいて適否を判断しているのか。そういうことを強面で詰め寄られても、私に確たる答えの用意があるわけではない。
常識と非常識の間にデジタルな境界線は存在しない。にもかかわらず、私は神殿の建築には反対しないが、異教徒の殲滅には反対する。
これを「五十歩百歩」と切り捨てることは私にはできない。この五十歩と百歩の間に、人間が超えてはならない、超えることのできない隔絶があるからである。私はそう感じる。そして、その隔絶を感知するセンサーが「常識」と呼ばれているのだと思う。私たちはこの隔絶を感じ取る皮膚感覚を備えている。
その話を聞いて「鳥肌が立つ」ようなら、それは非常識な話なのだ。

今日本社会で起きている「過経済化」趨勢はすでに常識の範囲を大きく逸脱している。それは見ている私の鳥肌が立つからわかる。そういう場合には「もういい加減にしたらどうか」と声を上げることにしている。
すでに経済はそれが踏み込むべきではない領域に土足で踏み込んでいる。大阪の市長は「地方自治体も民間企業のように経営されなければならない」と主張してメディアと市民から喝采を浴びた。
だが、よく考えて欲しい。行政の仕事は金儲けではない。集めた税金を使うことである。もし採算不芳部門を「民間ではありえない」という理由で廃絶するなら、学校もゴミ処理も消防も警察も民営化するしかない。防災や治安を必要とする市民は金を払ってそれらのサービスを商品として購入すればいい(アメリカにはそういう自治体がもう存在している)。そういう仕組みにすれば行政はみごとにスリム化するだろう。でも、それは金のない市民は行政サービスにもう与ることができないという意味である。
学校教育も経済が踏み込んではならない分野である。だが、「教育コンテンツは商品であり、教員はサービスの売り手であり、子供や保護者は消費者である、だから、消費者に選好される商品展開ができない学校は市場から淘汰されて当然だ」と考える人たちが教育についての言説を独占して久しい。彼らにとって学校は教育商品が売り買いされる市場以外の何ものでもない。学校教育の目的は「集団の次世代を担うことのできる若い同胞の成熟を支援すること」であるという常識を日本人はもうだいぶ前に捨ててしまった。
医療もそうである。金になるから医者になる、金になるから病院を経営する、金になるから薬品を開発する。そういうことを平然と言い放つ人たちがいる。傷ついた人、病んだ人を癒やすことは共同体の義務であり、そのための癒しの専門職を集団成員のうちの誰かが分担しなければならないという常識はここでももう忘れ去られつつある。

農業も「過経済化」に吹き荒らされている。
最初に確認しておきたいが、食糧自給と食文化の維持は「生き延びるための人類の知恵」であって経済とは原理的に無関係である。
農業が経済と無関係だというと驚く人がいるだろう。これは驚く方がおかしい。農業は「金儲け」のためにあるのではない、「生き延びる」ためにある。今の農政をめぐる議論を見ていると、誰もがもう農業の本質について考えるのを止めてしまったようなので、その話をしたい。

人類史を遡ればわかるが、人類が農業生産を始めたのは、「限りある資源を競合的に奪い合う事態を回避するためにはどうすればいいのか」という問いへの一つの解としてであった。
農業はなによりもまず食資源の確保のために開発されたのである
食糧を集団的に確保し、生き延びること。それが農業生産のアルファでありオメガであり、自余のことはすべて副次的なものに過ぎない。
食糧を、他者と競合的な奪い合いをせずに、安定的に供給できるために最も有効な方法は何か?
人類の始祖たちはそこから発想した。
最初に思いついた答えはまず食資源をできるだけ「散らす」ということだった。小麦を主食とする集団、イモを主食とする集団、トウモロコシを主食とする集団、バナナを主食とする集団・・・食資源が重複しなければ、それだけ飢餓のリスクは減る。
他人から見ると「食糧」のカテゴリーに入らないものを食べることは食資源の確保にとって死活的に重要なことである。自分たちが食べるものが他集団の人々からは「ジャンク」にしか見えないようであれば、食物の確保はそれだけ容易になる。お互いに相手の食べ物を見て「よくあんなものが食える」と吐き気を催すようであれば、食糧の奪い合いは起こらない。他者の欲望を喚起しないこと、これが食資源確保のための第一原則である。
食資源確保のための次の工夫は「食えないものを食えるようにすること」であった。不可食物を可食的なものに変換すること。水にさらす、火で焼く、お湯で煮る、煙で燻す・・・さまざまな方法を人間は開発した。
それでも同じような生態系のうちに居住していれば食資源はいやでも重複する。その場合には競合を回避するために、人々は「固有の調理法」というものを作り出した。調理はもともとは「不可食物の可食化」のための化学的操作として発達した。だから、「できるだけ手間を掛けずに可食化する」ことがめざされたわけであるが、人々はすぐにできるだけ手間を掛ける方が調理法としてはすぐれているということに気づいた。「ジャンク化」と同じアイディアである。特殊な道具を用いて、特殊な製法で行わない限り、可食化できない植物(例えば、とちの実)は、その技術を持たない集団からみれば「ただのゴミ」である。「ただのゴミ」には誰も手を出さない。
主食の調味料に特殊な発酵物を用いる食習慣も同じ理由で説明できる。発酵物とはまさに「それを食用にしない集団から見れば腐敗物にしか見えない」もののことだからである。
食文化が多様であるのは、グルメ雑誌のライターたちが信じているように「世界中の美食」に対する欲望を駆動するためではない。まったく逆である。他集団の人からは「よくあんなものが食える(気持ち悪くてゲロ吐きそう)」と思われるようなものを食べることで他者の欲望を鎮め、食糧を安定的に確保するために食文化は多様化したのである。

農業について考えるとき、私たちはつねに「何のために先人たちはこのような農作物を選択し、このような耕作形態を採用したのか」という原点の問いに戻る必要がある。
原点において、農業生産の目的はただひとつしかない。それは食資源の確保である。それだけである。そして、人類の経験が教えてくれたのは、食資源の確保のためにもっとも有効な手立ては「手元に潤沢にある(そのままでは食べられない)自然物」を可食化する調理技術を発達させることと、「他集団の人間が食べないもの」を食べること、この二つであった。

現在の日本の農政はこの原点から隔たること遠い。
TPPが目指すのは「手元にない食資源」を商品として購入すること、食文化を均質化することだからである。
世界中の70億人が同じものを、同じ調理法で食べる。そういう食のかたちを実現することが自由貿易論者の理想である。そうすれば市場需要の多い商品作物だけを、生産コストが安い地域で大量生産して、莫大な収益を上げることができる。
原理的には、世界中の人がそれぞれ違う主食を食べ、調理法を異にし、他文化圏から輸出されてくる食物を「こんなもの食えるか」と吐き出すというありようが食の安全保障(つまり70億人の延命)という点からは最適解なのだが、グローバル経済はそれを許さない。「全員が同じ食物を競合的に欲望する」というありようがコストを最小化し、利益を最大化するための最適解だからである。
例えば、世界中の人間が米を食うようになれば、最低の生産コストで米を生産できるアグリビジネスは、競合相手を蹴散らして、世界市場を独占できるし、独占したあとは価格をいくらでも自由にコントロールできる。自前の食文化を失い、「市場で商品として売られているものしか食えない」という規格的な食生活にまず人類全体を追い込んでおいて、それからその商品の供給をコントロールする。人々が希少な単一食資源を奪い合い、「食物を手に入れるためには金に糸目をつけない」という世界こそ、アグリビジネスにとっては理想的な市場のかたちなのである
だから、グローバル経済はその必然として、世界中の食生活の標準化と、固有の食文化の廃絶という方向に向かう。これを「非人間的だ」とか「反文明的だ」批判しても始まらない。ビジネスというのはそういうものなのだからしかたがない。アグリビジネスは目先の金に用事があるだけで、人類の存続には特別な関心がないのである。
私が農業について言っていることはたいへんシンプルである。それは、人間たちは「金儲け」よりもまず「生き延びること」を優先的に配慮しなければならないということである。生き物として当たり前のことである。その「生き物として当たり前のこと」を声を大にして言わないといけないほど、私たちの社会の過経済化は進行しているのである。
これまで人類史のほぼ全時期において、食糧生産は金儲けのためではなく、食資源を確保するために行われてきた。でも、今は違う。人々はこんなふうに考えている。食糧の確保のことは考えなくてもいい(金を出せばいつでも市場で買えるのだから)。それよりも、どういうふうに食糧を作れば金になるのかをまず考えよう。だから、「食糧を作っても金にならないのなら、もう作らない」というのが正しい経営判断になる。
だが、これは国内市場には未来永劫、安定的に食糧が備給され続けるという予測に基づいた議論である。こんな気楽な議論ができる国が世界にいくつあるか、自由貿易論者たちは数えたことがあるのだろうか。21世紀の今なお世界では8億人が飢餓状態にある。「費用対効果が悪いから」という理由で食糧自給を放棄し、製造業や金融業に特化して、それで稼いだ金で安い農作物を中国や南米から買えばいいというようなことを考えられる人は「自分の食べるもの」の供給が停止するという事態をたぶん一度も想像したことがない。日本の国債が紙くずになったときも、円が暴落したときも、戦争が起きてシーレーンが航行不能になったときも、原発がまた事故を起こして海外の艦船が日本に寄港することを拒否したときも、食糧はもう海外からは供給されない。数週間から数ヶ月で日本人は飢え始める。それがどのような凄惨な光景をもたらすか、自由貿易論者たちは想像したことがあるのだろうか。たぶんないだろう。
彼らにとって食糧は自動車やコンピュータと同じような商品の一種に過ぎない。そういうものならたとえ輸入が止っても、それはむしろ在庫を高値で売り抜けるチャンスである。でも、食糧はそうではない。供給量があるラインを割った瞬間に、それは商品であることを止めて、人々がそれなしでは生きてゆけない「糧」というものに変容する。たいせつなことなので、もう一度書く。食糧は供給量があるラインより上にあるときは商品としてふるまうが、ある供給量を切ったときから商品ではなくなる。そういう特殊なありようをする。だから、食糧は何があっても安定的に供給できる手立てを講じておかなければならないのである。食糧を、他の商品と同じように、収益や効率や費用対効果といった用語で語ることは不適切であり、それに気づかずビジネスの用語で農業を語る風儀を私は「過経済化」と呼んでいるのである。
同胞が飢えても、それで金儲けができるなら大歓迎だと思うことをグローバルビジネスマンに向かって「止めろ」とは言わない(言っても無駄だ)。でも、お願いだから「日本の農業はかくあらねばならぬ」というようなことを言うのだけは止めて欲しい。他は何をしてもいいから、農業と医療と教育についてだけは何も言わないで欲しい。

2013.12.31

大瀧詠一の系譜学

2013年12月31日、大瀧詠一さんが亡くなられた。
むかしばなしを一節語って供養に代えたい。
1976年の3月に野沢温泉スキー場で『楽しい夜更かし』を聴いたのが最初の大瀧音楽経験だった。スキー場から戻ってすぐにレコード店に行って『Niagara Moon』を買い、以後37年忠実なナイアガラ-として過ごした。
大瀧さんとはじめてお会いしたのは2005年8月21日。そのときの感動については当時の日記に詳しいので再録。

「行く夏や明日も仕事はナイアガラ

長く生きているといろいろなことがある。
まさか大瀧詠一師匠にお会いできる機会が訪れようとは。
お茶の水山の上ホテルの玄関で、キャデラックで福生にお帰りになる大瀧さんを石川くんとお見送りして、ただいまホテルの部屋に戻ってきたところである。
午後3時から始まった対談は二次会のホテルのレストランから「営業時間終わりです」と言われて追い出されるまでなんと8時間半続いた。
いやー、話した話した。
30年間のナイアガラーとして大瀧さんに訊きたかったあのことこのこと、もう訊ける限り訊いた。
8時間半の話はとても文藝別冊『大瀧詠一/大滝詠一』特集号には収録しきれないだろうから、残念ながらみなさんにお読み頂けるのはそのごくごく一部である。
小学四年生のときの「右投げ左打ち」転向のことから始まって、中学高校時代のレコードライフへの耽溺、布谷文夫さん細野晴臣さんとの出会い、はっぴいえんど時代、『Each Time』からの15年の音楽活動、『幸せな結末』録音秘話、山下達郎、伊藤銀次両君にまつわる逸話の数々、音韻論にもとづく歌唱法、エルヴィスのオリジナリティ、楽曲を提供した数々の歌手の話、遠藤実、船村徹、星野哲郎、小林信彦、ムッシュかまやつ、高田渡、植木等、ハナ肇、上岡竜太郎さんらとのインタビュー・バックステージ話、竹内まりやとのSomething stupid 録音の経緯、太陽族映画と現代政治との関連性・・・と話頭は転々奇をきわめて録することがかなわない。
敬して止まない師匠の「分母分子論」以来の系譜学的思考のほとばしるような叡智のおことばを全身に浴びて、私はこの希有の人と同時代を生き、まみえることのできた喜びに手の舞い足の踏むところを知らなかったのである。
昨年の『ユリイカ』の「はっぴいえんど」特集に私は「大瀧詠一の系譜学」と題する短文を寄せた。
大瀧さんはこれをお読みになって私の述べるところを諒とされて、私と石川くんという「ナイアガラー第一世代」との交歓のひとときを快諾せられたのである。
実際にお話しを伺ってみて、私は自分がいかに大瀧さんのものの見方に深い影響を受け、その思想を知らぬまに血肉と化していたことを改めて思い知った。
このような機会を恵んで下さった編集の足立さん、ソニー・ミュージックの城田さんはじめ関係者のみなさんに御礼を申し上げたい。
なにより、『ユリイカ』に「大瀧詠一について書くなら、ウチダさんでしょう」と推輓の労をとってくれた増田聡くんにお礼を申し上げる。彼は私の人生の節目節目に登場して思いがけない出会いへと私を導いてくれる守護天使のような人であることがだんだんわかってきたよ。
そして、私のナイアガラー・ライフを30年にわたって支えてくれた石川茂樹くんの友情ある忍耐に感謝。」

上に記した「大瀧詠一の系譜学」も再録しておく。


大瀧詠一の系譜学

1・
「大瀧詠一の系譜学」と言っても、別に大瀧さんの故事来歴をご紹介するわけではありません(ご紹介したくても、知らないし)。そうではなくて、これは一「ナイアガラー」によるところの、大瀧さんの(ふつうはこういう文章では敬称を略するのですが、どうにも抵抗感があるので、敬称つきで続けさせて頂きます)系譜学的な音楽史の卓越性を讃える試みであります。
私は大瀧詠一さんの音楽史こそは(ミシェル・フーコーを学祖とする)構造主義系譜学の日本における最良の実践例の一つだとつねづね考えてきました。
今回、縁あって、いささかの紙数を『ユリイカ』編集部からお借りすることができましたので、この論件について、広く日本全国の皆さまのご理解を賜るべく、以下に思うところを述べたいと思います。
最初に、二点だけ確認させて頂きます。
第一に、本稿は冒頭で名乗っております通り、「ナイアガラー」という党派的立場からなされる論考です。はなから「ナイアガラの擁護と顕彰」のために書かれたテクストでありますから、「そういうもんだ」と思ってお読み下さい。「学術的中立性が欠けている」とか言われても困ります。
第二に、本稿が扱うのは、大瀧さんの音楽史の方法でありまして、その音楽そのものではありません。大瀧さんはみずからの方法についてきわめて自覚的な人で、83年の「分母分子論」以来、折々にその理論的基礎づけを行ってきていますけれど、ナイアガラーの皆さんの中に、大瀧さんの方法の卓越性について検証された向きは、これまではおられないようです。私はさいわいフランス現代思想が専門ですので、そのささやかな知見を動員して、いまだなされていない方面からのアプローチを試みてみたいと思います。
『ユリイカ』の「はっぴいえんど特集号」をご購入のみなさんの中に、「ナイアガラー」の語義をご存じない方はたぶんおられないと思いますが、一応念のためにひとこと解説しておきます。
「ナイアガラー」というのは、大瀧詠一さんが実践してきた音楽活動(には限定されないもろもろの活動)をフォローすることを人生の一大欣快事とする人々の総称です。
ナイアガラーが通常の音楽ファンと違うところは、この「フォロー」行為が、新譜購入や追っかけやツァーでも「出待ち入り待ち」といった定型的なファン活動のかたちを取らない(というより「取れない」)点にあります。
というのは、ご承知のとおり、歌手「大滝」詠一氏は『Each Time』のあと『幸せな結末』まで13年間作品をリリースしませんでしたし、コンサートも『ナイアガラ・ツァー』を最後に20年以上停止してきているからです。
ナイアガラーたちを「失望を織り込み済みの期待」のうちにとどめおいていた17年ぶりのニューアルバム企画『2001年 ナイアガラの旅』(仮題)も発売されることなく終わりました。けれども、それに不満をもらすような狭量な人間は、そもそも「ナイアガラー」とは呼ばれないのであります。
では、ナイアガラーたちは何で「満たされている」のかと言いますと、大瀧さん自身のことばを借りて言えば、大瀧さんの「広義における音楽活動」によってなのであります。
「広義における音楽活動」とは何のことでしょうか?
山下達郎さんとの『新春放談』(99年)で、大瀧さんは「音楽活動」について独特な定義を下しています。同じ年の1月にNHKで放送されるラジオ番組『日本ポップス伝2』について論じたときのことです。大瀧さんはこう語っています。

「大瀧:自慢じゃないんだけどさ。あれは今回、自分のアルバム以上のものなんだよ(笑)。音楽活動ということがアルバムづくりとかシングル製作だけに集約されるということ自体がね、おれは非常に偏った考え方だと思ってるわけ。音楽なんてそんな狭義なものじゃないんだよ。ものすごく、広義のもんなんだよ。だからあれがおれのニューアルバムなんだけど、どうせ分ってもらえないだろうな、とはなから思ってるんだ(笑)。」(『新春放談』、1999年、1月3日)

 『日本ポップス伝』は大瀧詠一さんの「ライフワーク」とでもいうべき仕事で、明治以来の近代音楽史の読み直しをめざした壮大な企図のものです。その全五回、八時間に及ぶ音楽史講義は、大瀧さんの持論であるところの「分母分子論」を実際の楽曲を資料に、徹底的に考究したものです。ですから、ナイアガラーの条件は、このような学術的講義を「大瀧詠一のニューアルバム」として満腔の歓びをもって享受することができる人、ということになります。録音テープをすり減るまで繰り返し聴くのでは足りず、テープ起こしを「写経」と称して楽しむナイアガラーまでいたんですから。

2・
では、本題に入りましょう
大瀧詠一さんの音楽史の方法は構造主義系譜学の方法を実践している。私は上にそのように書きました。
「構造主義系譜学」とはどういう方法のことなのか。具体的な方が話が早そうなので、ピーター・バラカンさんとのラジオ対談の中での、次のような発言からご紹介しましょう。
「ビートルズって、今見ると、変なスーツ着てるし、別に大騒ぎするほどロングヘアーでもないし、不良っぽくないじゃないですか。あれをどうして当時のイギリスの人はショッキングに感じたんですか」というリスナーからの質問にピーターさんはこう答えました。
「バラカン:ショッキングになんか感じませんでしたよ。だから、ショッキングに感じないように、マネージャーのブライアン・エプスタインがわざわざあんなスーツ着せていたわけですから。ジョン・レノンは非常に嫌っていたようですけどね。髪の毛の長さは、そりゃ90年代の基準から考えれば、もちろん短く見えますけどね。ビートルズ以前のことを考えれば、それは長かったんですよ。」
 大瀧さんはそれにこう続けています。
「今の基準で考えれば短いけれども、って言うけれど、何でも今基準にして考えちゃいけません。どちらかというと、昔から流れて来ているから今があるんですからね。歴史を逆に見ちゃいけないということですよ。」(FM横浜、『我が不滅のリバプール』、1997年2月7日)
ここで大瀧さんは若いリスナーに発想の切り替えを要求しています。
それは「今・ここ・私」を中心としてものを見ることを自制せよ、ということです。系譜学的思考の第一条件は何よりもまずこの「節度」です。
学問的方法の条件が「節度」であるなんて言うと変に聞こえるでしょうけれど、「節度」というのは実は学問的にはとても大切なことなのです。というのは、人間は例外なく自分の判断の客観性を過大評価する傾向にあるからです。それはことばを言い換えると、「今・ここ・私」の批評性を過大評価するということです。
「ビートルズの髪はそれほど長くない」という判断を自明のものとするためには、かなりの自己中心性と愚鈍さが必要です。大瀧さんはラジオ放送のときに、きびしい口調でこのリスナーの自己中心性をたしなめました。おのれにとって「自明」であり「自然」と思えることを、そのまま「現実」と思い込まないこと。自分の「常識」を他の時代、他の社会、他の人間の経験に無批判的に適用しないこと。それが系譜学者にとって、第一に必要とされる知的資質です。

3・
私たちの自己中心性と愚鈍さの核にあるのは、判断基準のでたらめさではありません。むしろ、判断基準のかたくなさです。
マルクス主義が支配的なイデオロギーである時代が終わった今でも、多くの人々は依然として歴史は「鉄の法則性」に従って粛々と「真理の実現」に向かって流れていると信じています。これは、ほんとうです。
さすがに人間社会が「未開」から「文明」へ直線的に進化していると素朴に信じている人は少なくなりましたけれども、いまここにあるものだけが存在するに値するものであり、存在するに値しないものは消滅した(あるいは、消滅したものは、存在するに値しなかったものだ)という「歴史の淘汰圧」についての信頼はにわかには揺るぎません。
「これからは・・・の時代だ」とか「・・・はもう古い」ということばづかいの前提にあるのは、この歴史の淘汰圧への盲信であると言ってよいでしょう。
このような考え方を本稿では「歴史主義」と呼ぶことにします。
歴史主義は音楽史を語るときの私たちの考え方にも深く浸透しています。現に、いまだに「今・ここで・私が」聴いている楽曲こそ、歴史の審判と市場の淘汰を生き延びた、もっとも洗練され、もっとも高度で、もっとも先端的な音楽であると、何の根拠もなく信じているリスナーは少なくありません。人々の嗜好が変わり、ひとつの音楽ジャンルが衰微すると、それにつれて、それまで我が世の春を謳歌していたプレイヤーもソングライターもプロデューサーも・・・次世代に席を譲って、表舞台から退場する・・・という諸行無常盛者必衰の歴史主義が声高に語られ、リスナーはそれを信じ込まされています。もちろん、音楽商品が短期的に無価値になる方が資本主義的にはベネフィットが大きいからです。
けれども、音楽の「変化」(それは決してレコード会社や音楽評論家たちが信じさせようとしているように「進化」ではありません)はほんらいもっとランダムで、もっとワイルドなものだったのではないのでしょうか?
キャロル・キングの音楽的遍歴について山下達郎さんと語った中で、大瀧さんは「ひとりの音楽家にひとつの音楽ジャンルでの活動しか認めない」硬直した歴史主義に鋭い批判を突きつけています。

「山下:大瀧さんは『ロコモーション』から始まってずっと来て、自分でプロになって、はっぴいえんどをやるときにバッファロー・スプリングフィールドになるわけじゃないですか。だけど、結局あの、バーズとあの周辺のウェストコーストのああいうもので、いきなりあそこで出てくるじゃないですか、キャロル・キングが再び。
大瀧:再び出てきたわけよ。何なんだ!と思ったよ、だから。『ユーヴ・ガッタ・フレンド』で。キャロル・キングでしょ。
山下:どう思いました?
大瀧:何してんのと思ったよ。ずうっと、お化粧変えてさ。何なんだと思って(笑)。でも、その曲って、ヒットしてるじゃない。知らなかったから。それでキャロル・キングって言うからさ。はあっと思ったよ。あ、歌っていうのは歌なんだ。つまりさ、『ロコモーション』はダンスナンバーだ、『ユーヴ・ガッタ・フレンド』はシンガーソングライターだ。そんなことはどうでもいいんだ(笑)。なあんだ、歌は歌じゃねえか。そう思ったのよ。(・・・) だからさ、同じ人間がいろんなタイプの曲作っていいわけよ。(・・・) 船村(徹)さんがね、自分だって、『ダイナマイトが百五十屯』とか、いろんなああいうの作っていたんだと。やっていくうちに『王将』が出て、『王将の船村、船村の王将』ってことになって、まわりがみんな、ああいう曲じゃなきゃあ、という感じになってきて・・・というのがよくわかったんだよ。」(『新春放談』、2002年1月13日)

ここで大瀧さんは「同傾向の楽曲を繰り返し聴きたい」というリスナーたちの欲望(とそこから利益を引き出すビジネスの要請)が、音楽家をひとつのジャンルに縛り付け、彼らの「曲を作る自由」を抑圧し、ジャンルと運命を共にすることをほとんど強要することで成立しているという事情を指摘しています。
音楽家たちは収益の高そうなジャンルに縛り付けられます。例えば、演歌というジャンルの収益率が高ければ演歌ジャンルにリソースが集中され、それが売れなくなれば、ジャンルごと「歴史のゴミ箱」に棄てられる。そして、収益の高そうな次のジャンルに人々は雪崩打つ・・・音楽ビジネスはそんなふうに、ジャンルを短期的に使い捨てにすることで収益を上げてきました。そして、そのビジネス戦略のためには、「音楽史はそのつど最高の音楽ジャンルが継起的に出現する不可逆的な進化のプロセスである(つまり、最新の音楽が最高の音楽である)」というほとんどヘーゲル的な歴史主義イデオロギーをリスナーと分かち合うことが必要だったのです。
大瀧さんの音楽史のねらいの一つはこの素朴な進歩史観を退けることにありました。
歴史主義への痛烈な反証として、大瀧さんは、ジャンルの消長にもかかわらず、つねに「同じ音楽家」が、そのつど異なるジャンルで良質の作品を提供し続けているという(業界内部的には熟知されているけれど)リスナーにはあまり知られていない事実を示します。
60年代のボビー・ヴィーやクッキーズのアイドル歌謡から、エヴァリー・ブラザーズの『クライング・イン・ザ・レイン』、『ロコモーション』、スティーヴ・ローレンスのバラード、70年代の『タペストリー』まで、ジャンルにとらわれず縦横無尽の活躍をしたキャロル・キングは、ご存じの通り、大瀧さんの変わることのない敬愛の対象です。そのことは、大瀧さんの伝説的なDJ番組『Go! Go! Niagra』(ラジオ関東)がキャロル・キング特集から始まったことからも窺い知ることができます。
その敬意の理由は、もちろんキャロル・キングの音楽性(大瀧さんのカテゴライズによると「教条主義的・啓蒙主義的な匂いのある」曲想)に対する嗜好もありますけれど、彼女が「歌っていうのは歌なんだ」というきっぱりとした主張を貫いて、音楽における歴史主義に対する「生きた反証」となっていることへの共感もおそらくはかかわっているのではないでしょうか。
『ロング・ヴァケーション』がキャロル・キングへのオマージュであることは、大瀧さん自身も認めています。

「山下:ぼくこのあいだキャロル・キング特集、自分で三週間やってみて、何がいちばん面白かったかというと、いかに大瀧さんがね。キャロル・キングに、とくに『ロンバケ』。ナチュラルにぱっとああいうふうに出したときに。キャロル・キングをいかに大瀧さんがよく取っているかと思う。そう思うほどにキャロル・キングがよくわかっているんだなということが、ぼくはよくわかった。だって、聴くとわかるんだもん。
大瀧:1、2、3は完璧にキャロル・キングですよね。」(『新春放談』、2002年)

大瀧・山下ご両人の伝説的プログラム『新春放談』(これはナイアガラーにとっては20年来の、年に一度の「お年玉」です)でもっとも頻繁に言及されるミュージシャンの名前は、キャロル・キングとエルヴィスと小林旭とフィル・スペクターですが、私の記憶が正しければもう一人います。それはハル・ブレインです。
ハル・ブレインは、存じの通り、ロネッツの『ビー・マイ・ベイビー』以後のフィル・スペクターのほとんどのセッションに参加し、ビーチ・ボーイズ、アソシエイション、ママス&パパス、バーズ、サイモン&ガーファンクルに至るまで、60年代―70年代にかけて数百のヒットナンバーのレコーディングに参加した伝説の「レッキング・クルー」ドラマーです。何度も聴いているうちにヴォーカルもギターもだんだん印象が薄くなって、いつしかドラムばかり聞こえるようになる・・・という不思議な経験はハル・ブレインならではのものです。
このハル・ブレインに対する大瀧・山下ご両人の高い評価はもちろん何よりもまずその卓越した技量に対するものなのですが、それと同時に(キャロル・キングの場合と同じく)、「ジャンルの消長に伴って、古いミュージシャンは新しいミュージシャンによって駆逐される」という歴史主義イデオロギーをハル・ブレインの存在そのものがきっぱりと否定していることへの共感によるものではないかと私は思います。
系譜学者の第二の条件、それは「歴史はある法則性に従って、粛々と進化している」という物語を決して軽々に信じないこと、これです。

4・
すぐれた音楽家は、どのような音楽的リソースからも自由に楽想を引き出すことができる。「歌は歌だ」という大瀧さんのことばを私なりに書き換えると、こんなふうになります。「どのような」に傍点をふったのは、ぜひその点を強調したいからです。
大瀧さんは前出のピーター・バラカンさんとの対談の中で、(ピーターさんの嫌いな)ハーマンズ・ハーミッツの『ヘンリー八世くん』を掛けたあとに、次のような驚くべき指摘をしています。
「大瀧:皆さん、お聴きになりましたか、いまのエンディング。『シェー』いうてまんねん、これ。(笑)ほんとだよ。ちょうど『おそ松くん』がはやっているとき、日本に来たのよ。それで、『シェー』が気に入って、帰って行ったの。いや、マジ、マジ。ほら、これ見て、日本に来たとき、みんな『シェー』してるでしょ。写真、証拠写真。来日したとき、『シェー』が気に入って。『ヘンリー八世くん』のエンディングは『シェー』なんですよ。知らなかったでしょう?」
大瀧さんはここで、全米、全英のヒットチャートをにぎわした『ヘンリー八世くん』(ほんとにひどい曲だけど)のエンディングが赤塚不二夫からの「盗用」であったというトリビアな情報を披露しているのではありません。そうではなくて、私たちが「ロックは英米発のもので、日本人リスナーはそれを受動的に享受することしかできない」という前提に立って、「だからなんとかして英米の流行にキャッチアップしなきゃいけない」という歴史主義の論法を(それは今日では「グローバリズムの論法」というのとほとんど同じことですね)無反省的に採用していることについて、自制を求めているのです。
音楽の伝播というのは、人々が思っているほど一方向的なものではないし、時代とともに「進化する」というものでもありません。それは時間と空間を行きつ戻りつし、さまざまな非音楽的なファクターをも吸い寄せて、絶えざる変容と増殖を続ける不定形的でワイルドな運動なのです。
ピーター・ヌーンがおのれの「出っ歯」的風貌の戯画的な達成を赤塚が造型した「イヤミ」の図像のうちに見い出して、深い親しみを覚え、そこから音楽的アイディアを得て、全世界に発信した・・・というようなことは「ロック英米渡来説」を素朴に信じる限り、なかなか理解しがたいことです。けれども、「イヤミ」のモデルがトニー谷であり、トニー谷がアメリカのボードヴィリアンの戯画であったことを考え併せると、そこにはおそらく俗眼には見えにくい「因果の糸」が紡がれているのです。

5・
大瀧さんの音楽史の真骨頂は、この「目に見えない因果の糸」を自在に取り出す手際にあります。この名人芸を支えるのは、もちろん大瀧さんの膨大な音楽史的知識であるわけですが、通常の音楽評論家と大瀧さんの違いは、その音楽史が過去から未来にではなく、しばしばそこでは時間が現在から過去へ向けて逆走する点にあります。そして、このような逆送する時間意識こそ、系譜学者の第三の条件なのです。
歴史学者と系譜学者の発想の違いを一言で言うと、歴史学者は「始祖」から始まって「私」に達する「順-系図」を書こうとし、系譜学者は「私」から始まってその「無数の先達」をたどる「逆-系図」を書こうとする、ということにあります。
歴史学的に考えると、祖先たちは最終的には一人に収斂します。『船弁慶』の平知盛が「われこそは桓武天皇九代の後胤」と告げるのは典型的に歴史主義的な名乗りです。
しかし、これはよく考えるとかなり奇妙な計算方法に基づいたものです。というのは、私たちは誰でも二人の親がおり、四人の祖父母がおり、八人の曾祖父母・・・つまり、私のn代前の祖先は2のn乗だけ存在するはずだからです。平知盛の九代前には計算上は512人の男女がいます。にもかかわらず、知盛が「桓武天皇九代の後胤」を名乗るとき、彼は残る511人をおのれの「祖先」のリストから抹殺していることになります。
たしかに、歴史学的な説明はすっきりしています(しばしば「すっきりしすぎて」います)。系譜学はこの逆の考え方をします。「私の起源」、私を構成している遺伝的なファクターをカウントできる限り算入してゆくのが系譜学の考え方です。ファクターがどんどん増えてゆくわけですから、これをコントロールするのは大仕事です。けれども、まったく不可能ということはありません。それは、炯眼の系譜学者は、ランダムに増殖するファクターのうちに、繰り返し反復されるある種の「パターン」を検出することができるからです。
歴史学者がレディメイドの「ひとつの物語」のうちにデータを流し込むものだとすれば、系譜学者は一見すると無秩序に散乱しているデータを読み取りながら、それらを結びつけることのできる、そのつど新しい、思いがけない物語を創成してゆくことのできる人のことです。
『日本ポップス伝2』で、大瀧さんは遠藤実さんの曲を時間を逆送しながら聴くことで、それまでどのような音楽史家も思いつかなかったような「物語」を提出してみせます。
千昌夫の『星影のワルツ』をかけた後、大瀧さんは「この曲の前に、遠藤さんはこのタイプの曲をつくっています」として、同じワルツ形式の舟木一夫の『学園広場』に遡航します。
「こうなると遠藤さんのその前の曲というのを聴きたくなってきますね。島倉千代子さんの『襟裳岬』というのをちょっと聴いてみましょう。」(『襟裳岬』をかける)
「これが島倉千代子さんの『襟裳岬』ですけれど、『襟裳岬』というと、みなさんはこちらの方の曲を思い起こすのではないかと思われます。」(森進一の『襟裳岬』をかける) 
「誰が聴いても、『襟裳岬』というと、今はもうこれを思い出すと思うんですけれども、島倉さんのヴァージョンの方が先な訳ですよね。(・・・)偶然だと思うんですけれど、私思うには、これは決して偶然じゃないんですね。偶然なんですけど、歴史的な必然が実はあるんです。なぜか、襟裳岬を選んでしまったと思うんですね、岡本おさみさんは。実はそのオリジナルが遠藤実さんだったんですよ。で、この吉田拓郎ヴァージョンと島倉ヴァージョンに何の関係があるかというと・・・次の曲を聴くと分る、ということになっています。」(千昌夫『北国の春』をかける)
「『北国の春』、千昌夫なんですけど。これ遠藤実さんなんですよね。(・・・)70年代の日本の若者によって作られたフォークというジャンルがあるんですけれど、島倉さんよりも拓郎ヴァージョンの方が有名になりました。けれど、実は本家は遠藤実さんだったんですよ。で、遠藤実さんも、負けてはいられないのというので、『襟裳岬』の後に『北国の春』でその位置を奪還したんじゃないかなと思います。
70年代フォークというと吉田拓郎さんですけれど、その前に岡林信康さんがいて、その前にさらに千昌夫さんがいたんですよ。日本のフォークというのは遠藤実さんが創始者である、と私は思います。
といいながらもね・・・実は千昌夫さんにも先達がいるんです。歴史というのはそういうものですね(笑)。千昌夫さんの先達はこの人です。」(『新相馬節』をかける)
「これが三橋美智也さんの『新相馬節』です。(・・・) この人が歌謡曲に本格的な民謡の小節を入れた最初の人なんですね。この人以上にうまく入れてる人は他には後は出てこないんすね。最初の人のすごいところというんでしょうか。で、結局、日本のフォークはこの人が原点だったんですよ。三橋美智也が。『北国の春』は70年代の一つの頂点でしたけれど、三橋さんの頂点はこの曲でした。」(『達者でナ』をかける)
「これがもう日本のフォークの祖ですね。(・・・)日本のフォークはこれです。これが原点なんです。誰が何て言っても。」
日本のフォークの中興の祖には岡林信康さんがいて、はっぴいえんどはそのバックバンドとして活動した時期があります。ですから、大瀧さんが概括したこの流れには、大瀧詠一さん自身を含む風景が描かれているわけです。よく知られている通り、はっぴいえんどはバッファロー・スプリングフィールドをドメスティックに解釈するところからスタートしたわけですが、大瀧さん自身は、そのはっぴいえんどの代表曲『春よ来い』が三橋美智也さんの『リンゴ村から』に深いところでインスパイアされたものであり、それゆえに70年代の(尻尾にいまだ「前近代」をひきずっていた)聴衆に支持されたのだという音楽史の「必然」を過たず見据えています。
このようなファクターは、「ジャンルの消長」という「単純な物語」で音楽史をとらえる立場に立つ限り、決して主題化されえないものだと私は思います。
系譜学者の第四の、そしてもっとも重要な条件は、自分自身を含む風景を俯瞰する視座に立つ知性です。

『ユリイカ』編集部から与えられた紙数をすでに大幅に超過してしまったので、「分母分子論」と系譜学の関連についてさらに論及することはできなくなりました。最後に大瀧さんのみごとなことばで私の論考を締めさせて頂きます。
「分母でも地盤でもいいけど、思ったのは、その下のほうにあるものをカッコにしてしまわないで、常に活性化させることが、やっぱり上のものがあるとすれば、そこがまた活性化する原因だと思うんですよ。だから、そのひとつとしてパロディ作品にトライしてみるとか、確認作業とか、そういうことをやってるんですよね。だから、常に一面的な見方の地盤というんじゃなくて、その地盤も変幻自在に変わっていく部分もあると思う。そこを見つめていくことが大事じゃないかって考えてるんです。」(「分母分子論」、『FM fan』、83年4月号)
 過去を歴史のなかに封印することなく、つねに活性化させ続けること。大瀧さんのこの方法論的自覚こそ、系譜学的思考の核心をひとことで言い切っていることばだと私は思います。

(ナイアガラ関連の資料提供につきまして、30年来のナイアガラー・フレンドである石川茂樹くんのご協力に深く感謝いたします。) 

 


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