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新刊

転換期を生きるきみたちへ
転換期を生きるきみたちへ(編著)/晶文社
中高生向けのアンソロジー。寄稿者は鷲田清一、高橋源一郎、加藤典洋、平川克美、小田嶋隆、白井聡、想田和弘、仲野徹、岡田憲治、山崎雅弘のみなさん。いま中高生に一番言いたいことを書いてもらいました。僕を入れて11人が「中高生の知的レベル」の設定が全員微妙に違うのが面白いです。

困難な結婚
困難な結婚/アルテスパブリッシング
今年の出版物のうちの唯一の「書き下ろし単著」。筐底に眠っていた旧稿の埃をはらって全面的に書き換えました。結婚したい人はしたくなり、結婚している人は日々が楽しくなるという画期的な結婚論です。こんな本空前絶後です。

属国民主主義論
属国民主主義論/東洋経済新報社
政治学者の白井聡さんと属国政治について語り合いました。二人とも「歯に衣着せぬ」点では人後に落ちないので、もうすごいことに。

内田樹の生存戦略
内田樹の生存戦略/自由国民社
『GQ』に連載されていた人生相談コラムを単行本化しました。 相談者がほぼ全員男性なので、相談者が女性であった『困難な結婚』と比較すると回答が「わりと冷ややか」です。だって「そんなこと訊いてどうすんのよ」というような質問が多いんですもの。

街場の五輪論/文庫版
街場の五輪論/朝日文庫
平川克美・小田嶋隆との暴走鼎談の文庫化。ボーナストラックとして五輪醜聞がぞろぞろ出て来たあとに鼎談をもう一回やってそれをおまけに付けました。帯に「やっても地獄 やらなくても地獄」とありますが、これは編集者がつけた名コピーです。ほんとにそうだよな。

世界「最終」戦争論
世界「最終」戦争論/集英社新書
姜尚中さんとの現代国際政治をめぐる対談。姜さんとお会いして話すのはこれがはじめてでしたけれど、話が合うんですよ。二人で「そうそう」と言い合っているうちにだんだん話頭は転々として奇を究め。

嘘みたいな本当の話 みどり/文庫版
嘘みたいな本当の話 みどり/文春文庫
僕と高橋源一郎さんと二人でネットに投稿された「嘘みたいな本当の話」を何千篇か読んで選び出した珠玉の変な話集。ポール・オースターの『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』の日本版をねらったのですが、ロッド・サーリングの『トワイライト・ゾーン』の日本版みたいになってしまいました。

僕たちの居場所論
僕たちの居場所論/角川新書
平川克美・名越康文ご両人と「これほど無駄な話ってあるかしら」というくらい無駄な話を延々とした鼎談本。僕と平川君は「こんな無内容な話、本にならないよ」と太鼓判を捺したのですが、本になったのを読んでみたらこれがめっぽう面白く・・・

やっぱりあきらめられない民主主義
やっぱりあきらめられない民主主義/水声社
大田区議の奈須りえさんの主宰した集まりで、僕が講演して、平川君も入れて三人で鼎談したイベントの記録です。どこにゆくにも平川君と僕は一緒ですね。交替で腹話術師と人形を交互にやっているみたい。

教えて!校長先生
教えて!校長先生 「才色兼備」が育つ神戸女学院の教え/中公新書ラクレ
神戸女学院の広報本(じゃないんだけれど、結果的には)。同窓会のお支えがあってたいへんよく売れました。共著者の林真理子さんはあの林真理子さんじゃなくて、中高部長の林先生です。僕はエッセイ2篇を寄稿しております。間違えて「あの林真理子と内田樹の対談本」と勘違いして買った人、けっこういるみたいです。

2017.06.30

『日本の覚醒のために』まえがき

みなさん、こんにちは。内田樹です。

本書は講演録です。中身はけっこうばらばらですけれど、全体のタイトルは『日本の覚醒のために』といういささか気負ったものになっています。
僕は個人的には「気負う」というのはあまり好きじゃないんです。
気負ってる人の話って、最初は気圧されても、そのうちにうんざりしてきますからね。僕だってそういうものを読まされると、「気負うの
はわかるけれど、そうのべついきり立っていると、読むのつらいです」という気分になります。にもかかわらずかなり気負ったタイトルをつけてしまったのは、僕の側にそれなりの緊張感があってのことです。

僕の眼にはいま日本のさまざまなシステムが劇的な劣化局面にあるように見えます。僕が直接に見聞して、事情を熟知しているのは大学教育ですけれども、これはもう「手が付けられない」というくらいにひどいことになっています。昨年の10月にはアメリカの政治外交研究誌である『フォーリン・アフェアーズ』が、今年の3月にはイギリスの科学誌『ネイチャー』が、相次いで「日本の大学教育の失敗」についての特集を組みました。21世紀に入ってからの日本の学術的発信力の劣化は、先進国唯一の事例であり、海外メディアの研究対象になるほどに例外的なものなのです。
でも、文科省もメディアもこれを無視しています。「それは違う、日本の高等教育は成功している」と思っていればきちんと反論すべきですし、「ご指摘の通りである」というのであれば、過去の教育政策の何が悪かったのかを自己点検し、修正すべきものを修正すべきでしょう。でも、どちらもしなかった。
現に失敗しており、それを当事者たちも知っているのだけれど、失敗を認めず、引き続き失敗の「上塗り」をしている。それが大学教育について僕が知っていることです。こんなことがもうしばらく続けば、日本の学校教育のインフラは破壊され、教育研究のレベルが20世紀末の水準に復活することはもうないでしょう。

こういう劣化現象はシステムの局所に単発的・例外的に発生するものではないはずです。おそらく政治経済学術を含めてシステム全体が壊死し始めている。そう診立てた方がいい。 ご存じの通り「失敗を認めず、失敗を検証せず、失敗を重ねた」というのは大日本帝国戦争指導部の「失敗」の構造そのものです。そのせいで、日本人は国家主権を失い、国土を失い、国民的な誇りを失った。その失敗から戦後日本は重要な教訓を得たはずでした。でも、今の日本を見ていると、この歴史的経験から学んだようには見えません。

現に、敗戦に至る政治過程の失敗を「失敗」と認めない人たちが政権の中枢を占めている。敗戦という近代日本最大の惨禍を正しく受け止め、なぜこれほどひどい失敗を犯したのかその理由を吟味し、二度と同じ失敗をしないようにシステムを補正するという作業を拒否する人たちが日本の国の方針を決定する立場にある。そこに僕は大日本帝国の破局的失敗から何一つ学ぶまいという強固な意思のようなものを感じます。

僕の考える「国を愛する」というのは、現代日本についてなら、「国家主権を回復する」「国土に外国軍隊を常駐させない」「不平等条約である日米地位協定を平等で双務的なものに改定する」といった散文的な課題を一つひとつこつこつと仕上げてゆくことに他なりません。日本は過去一度も失敗なんかしたことがないし、昔も今も世界中から敬愛されているというような夜郎自大な自己評価にしがみつくことでも、目を血走らせて「非国民」探しをすることでもありません。でも、主権国家として当然のこれらの重い政治課題を何よりも先に解決しようという強い意欲を今の日本人からは僕は感じることができません。

みんなはどうする気なのでしょう。
選ぶことのできる道は二つです。
一つは「日本はアメリカの属国である」という痛苦な現実をまっすぐ受け止めて、その上で、どうやって国家主権を回復し、国土を回復するかという困難な課題にクールかつリアルに取り組むという道。
もう一つは「日本はアメリカの属国である」という現実から眼を背け、国家主権の回復も国土の回復も諦めて、国家主権を持たないのに主権国家のようなふりをし、二流国なのに政治大国のような顔をするというファンタジーと自己欺瞞のうちで眠り込むという道です。

現代日本を見ていると、どうやら日本人の過半は「ファンタジーと自己欺瞞の道」を選ぼうとしているように見えます。それは「国家主権と国土を回復する」という国家目標があまりに重く、困難であり、とても今の日本の国力では担えそうにないという気がしているからです。達成目標があまりに困難なので、「私たちには達成すべき目標なんか、ないよ」というしかたで仕事をニグレクトしようとしている。外の世界を直視したくないので、頭からふとんをかぶってふて寝しているような感じです。

この本のメッセージは一言で言えば、「もう起きなよ」という呼びかけです。ふて寝しててもしかたがないでしょう。そんなこといつまで続けていても、いいことは何も起きないよ。誰もあなたの代わりに学校に行って勉強したり、仕事に行って生計の道を立てたり、家の中を掃除したり、洗濯したり、ご飯を作ってくれたりはしません。そういうことは面倒でも自分でやるしかない。

「主権の回復」という日本の国家的課題は、日本人の代わりに誰かがしてくれるというような仕事ではありません。僕たちが身銭を切ってやるしかない。72年かけてじりじりと失っていった主権なんだから、今さら起死回生の大逆転というようなシンプルで劇的なソリューションがあるはずもない。僕たち日本人は長い時間をかけて、日々のたゆみない実践を通じて、こんな「主権のない国」を作りあげてしまった。だから、主権を回復するためには、それと同じだけの時間をかけて、同じような日々のたゆみない実践を通じて働くしかない。毎日の平凡で、散文的な努力を通じてしか目標は達成されない。それが面倒だという人たちが「日本はもうとっくの昔から主権国家なのである。だから、主権回復のための努力なんか不要だし、ありえない」という夢想を語っている。

彼らの眼には「日本が属国である」という現実がどうしても見えてこないようです。自分たちが日米合同委員会や年次改革要望書やジャパン・ハンドラーたちからのレポートを一字一句たがえずに実現していることについても、「これは命令されてやっているんじゃなくて、自分で『そうしたい』から主体的にやっているのだ」というふうに人に説明し、自分にも言い聞かせている。沖縄に米軍基地があるのも、首都上空に米軍主権の空域が広がっているのも「『日本の安全保障のために必要』と日本政府が判断して、こちらからアメリカに要望してそうしてもらっているのだ」というふうに説明し、自分にも言い聞かせている。宗主国から属国に命じられてきたことを、一つひとつ「自分の意思でしていること」に書き換えるという手間のかかる詐術を通じて、彼らは「目覚める」ことを先送りしている。

この本はそういう「眠ったふりをしている」日本人に対する僕からの「もう、起きなよ」というメッセージです。目覚まし時計ほどやかましいと、「うるせえ」と言ってそこらへんに投げ捨てられるかもしれない。あまりに遠慮がちだと目を覚ましてくれない。その中間の、「目は覚めるが、それほど不機嫌にはならない」くらいの効果を狙っています。予定通りにそういう本に仕上がったかどうかはわかりませんが、とりあえずはそういう思いを託したタイトルであるということだけを「まえがき」で申し上げておきます。

神戸女学院大学
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