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新刊

現代霊性論
現代霊性論/講談社
釈先生との共著、『現代霊性論』です。
装幀は・・・な、なんと井上雄彦さん。
ダメモトで頼んでみたら、ご快諾くださり、すばらしい作品を描いてくれました。
釈先生もぼくも井上さんの大ファンなので、これはほんとうにうれしいです。
というわけで、「ジャケ買い」もありの『現代霊性論』です(でも、表紙だけ剥がして中身捨てたりするの、なしですよ)。
『邪悪なものの鎮め方』に続きまして、「神さま仏さま」系のお話。
ひさしぶりに『いきなり始める浄土真宗』以来の釈先生とのセッション。
面白いよ。

邪悪なものの鎮め方
邪悪なものの鎮め方/バジリコ
「邪悪なもの」についての学的考察。
考えてみたら「邪悪なもの」についての学術的考察って、あんまりないですね。
べつに「悪魔学」とか、そういうゴシックホラー的な話じゃありません。
私たちのふだんの生活にふつうに存在する「生きる知恵と力を(ちょっとずつ、ゆっくり)損なうものたち」
にどうやって対処するか、というお話です。
バカにできませんよ。そういうものが原因で命が失われることだってあります。
ですから、ある意味たいへんプラクティカルな本です。
「生き方本」というのはありますけれど、これはむしろ「犬死にしないための本」。
邪悪なものを祓うために必要な人間的資質は
「礼儀正しさ」「身体感度」「オープンマインド」の三つです。
どうしてそうなるのかは本書をお読みください。

東京ファイティングキッズ・リターン
東京ファイティングキッズ・リターン―文庫版/文春文庫
平川克美くんとのインターネット往復書簡を『ミーツ・リージョナル』に連載していたもの。
最初の想定読者が当時『ミーツ』の編集長だった江弘毅さんなので、なんとなく平川くんと江さんと三人でバーのカウンターでわいわいしゃべっているような雰囲気です。
実際に、そのバーの隣の席(『ミーツ』連載時の隣の頁)には鷲田清一先生と永江朗さんがいらして、その『てつがくこじんじゅぎょう』(バジリコで単行本化されました)には江さんと僕が「乱入」しています。
そのご縁で、鷲田先生に、胸の熱くなるような、すばらしい「解説」を書いていただきました。

日本辺境論 (新潮新書 336)
日本辺境論/新潮新書
ほぼ一年ぶりの書き下ろし新刊『日本辺境論』。
平川くんと三砂先生から「これまでのウチダ本でいちばん面白かった」というご感想をいただきました。
みんな読んでね~


今日:
昨日:

2010.03.17

不安というセンサー

ひさしぶりのオフ。
何日ぶりだろう・・・カレンダーを見たら、1月27日以来のオフでした。
極楽スキーとか温泉麻雀とか杖道会合宿とか、そういう「楽しい」系のイベントはオフに数えないのか、というトガリ眼のご指摘もあろうかと思うが、「オフ」というのは「予定がない」という状態のことであって、イベントのときの私はとっても忙しいのである。
だから、オフの日にしか「これまでやる時間がなくて積み残してきた仕事」を処理することがかなわない。
そして、そのような仕事の量はすでに1日や2日のオフでどうこうなるような限界をはるかに超えているのである。
10週間ほど「オフ」の日をいただければ、おそらく「不良在庫化」しているバックオーダーもことごとく処理され、担当編集者の顔に笑顔が戻ることになるとは思うが、10週間のオフを私が享受できるのは、おそらく臨終の床について後のことであろう。
私のカレンダーの「To do リスト」には現在11項目が記載されている(今日の午前中に1コ消した)。
このうちの5項目を今日のうちに消去したいと思う。
その前にまず掃除とアイロンかけしなきゃ。
BGMはツイッターでお知らせしたとおり、Randy Vanwarmer の軽快なI’m in a hurry である。
I’m in a hurry to get things done.
I rush and rush until life’s no fun
And I really got to do is live and die
But I’m in a hurry and don’t know why
「ああ忙しい やることたくさん
ぼくはひたすら急いでいるばかり
どうせ生まれて死ぬだけなのに
どうしてこんなに忙しい」
ランディくんも私と同じような感懐を抱いた日々があったのであろう(Just when I need you mostがチャートインした頃に)。
気持ちはわかるぞ、ランディ。

ツイッターを見ると、平川くんの父上と江さんが立て続けに体調不良の報。
お父上は集中治療室から出て退院できるそうである。江さんの全身じんましんは原因不明。
リアルタイムで、友人知人の発信する「アラーム」が共有されるのが、もしかすると、このメディアのいちばんすぐれている点かも知れない。

昨日、そういえば『婦人公論』の取材があった。
お題は「不安」。
政治経済の先行きの不安とか、老後の蓄えについての不安とか、結婚生活についての不安とか、子育ての不安とか、そういう不安に囲まれている現代女性はいったいどうしたらいいんでしょうというご下問である。
いつものように「不安をいたずらに持ってはならない」ということをお話する。
不安とか恐怖とか痛みというものは「危機」についてのセンサーである。
「漠然とした不安」というのは「このままの道を進むとたいへん危険なことに遭遇する可能性が高い」という予測シグナルである。
不安を感じたら、立ち止まり、様子を見て、場合によったら針路を変えるというのが生物としての本筋の行動である。
不安を感じないような生物は、無防備に危機の中に突っ込んでしまう。
運が悪ければ死ぬ。
だから不安を感じることは生き延びる上できわめて重要な能力なのである。
けれども、センサーである以上、それはつねに敏感な状態にキープしておかなければならない。
だが、「365日24時間不安である」ような個体において、不安はセンサーとして機能しない。
致死的な危機が接近していても、「いつも不安」である生物はそれを異常事態として分節することができない。
だから、不安というのは、恐怖や嫌悪や痛みと同じように、ふだんは「ニュートラル」にキープしておく必要がある。
私が悲観論者や不安症の人を信用しないのは、彼らが「ほんとうに悲観しなければならない状況」や「ほんとうに不安になるべき場面」に機敏な反応をしないからである。
私はルーティンの厳守とHappy go lucky をつねづね心がけているが、それは危機対応仕様なのである。
「同じルーティンの繰り返し」をしていると、わずかな兆候の変化から、異常事態に気づくことができる。
昭和30年代まで多くのサラリーマンたちは、毎日同じ時間の同じ電車の同じ車両に乗って出勤した。
それはパンクチュアリティということ以上に、「危機」についてのセンサーを高感度に維持する必要を彼らの戦闘経験や空襲経験が要請していたからだと今になると思う。
サラリーマンが通勤電車への固執から解放されたのは、1960年代半ば以後である。戦争が終わって20年経ってからである。
今でも、暗殺の危機にある独裁者は出勤退勤のコースを変えない(複数のコースをランダムに変えるだけである)。
それは毎日同じコースをたどっていると「昨日はなかったもの」の存在と「昨日はあったもの」の不在が際立つからである。
危機はつねにそのどちらかの様態を取る。
そのことを高感度のセンサーを必要とするものは知っている。
イマヌエル・カントは異常にパンクチュアルな散歩者であり、ケーニヒスベルクの人々は彼の通るのを見て、家の時計の狂いを直したと伝説は伝えている。
けれども、これは哲学者としてはある意味当然のことだと私は思う。
毎日判で押したように同じ生活をしている人間の脳内では、暗殺者をスキャンするSPの場合と同じように「昨日はなかったものがある」ことと「昨日はあったものがない」ことが際立つからである。
哲学者の哲学者性とは、畢竟するところ、自己の脳内における無数の考想の消滅と生成を精密にモニターする能力に帰すのである(そういうことを言う人はあまりいないが、実はそうなのである)。
だから、「ルーティンを守る」というのは命を守る上でも、イノベーションを果たすためにも、実はとってもたいせつなことなのである。
ルーティンの最たるものは「儀礼」である。
つねづね申し上げているように、だから家庭は儀礼を基礎に構築されるべきなのである。
家庭を愛情や共感の上に築こうと願ってはならない。
愛情や共感は「儀礼」についている「グリコのおまけ」のようなものである。
あればうれしいが、なくてもどうってことないのである。
Happy go lucky がなぜ危機対応であるかについてもお話したのであるが、そろそろアイロン掛けを始めないといけないので、続きはまた今度ね。


2010.03.15

井上雄彦最後のマンガ展

天保山のサントリーミュージアムに井上雄彦「最後のマンガ展・重版・大阪編」を見に行く。
三回目。今日が最終日。
上野、熊本、天保山と回って、次の仙台で終わり。
家から車で天保山までは20分。海岸線に沿って阪神高速を走るとすぐ。大学より近い。
でも駐車場はいっぱい(当然ですね)。はるか突堤の先の方のパーキングスペースにかろうじて停める。駐車している車のナンバーを見ると名古屋や岐阜や岡山からも来ている。
絵を見る環境を整えるために、1日あたりの入館者を2600人に制限しているので、14時に着いたときはもう本日のチケットはソールドアウト(当然ですね)。
小学館の川口さん(『街場のマンガ論』の担当編集者で、高校の先輩クスミさんの姪御さん。もちろんヘビー・リーダーである)と講談社の加藤さんがごいっしょ。
チケットは手配済みだったので、無事入館して、展示を拝見。
それから別室にて井上雄彦さんとお会いする。
『現代霊性論』の装幀をお願いしたお礼のためである。
日本でいちばん忙しいマンガ家に貴重な時間を割いて頂いた作品である。
画法についてお訊ねしてみる。
あれは和紙に墨を塗って、濃淡をつけて、胡粉で「にょろにょろ」を描いたのだそうである。
井上さんもマンガではまだこの手法を使ったことがない。
「はじめての試みだったので、やれて楽しかったです」と言ってくださった(気配りの行き届いた井上さんである)。
温顔に接して、すっかり楽しくなって、この展覧会の企図の話、『バガボンド』の話、『スラムダンク』とその社会的影響について、ちょっとつんのめり気味にいろいろお訊ねする。
この展覧会については当然海外からオッファーが来てますよねとお訊ねすると、「いろいろ来てます」というお答え。
やるならパリのポンピドゥーセンターかニューヨークの近代美術館でしょうねと私が言うと、井上さんも深く頷いて、「ぼくもやるならその二つかなと思ってます」。
というふうに気の合う二人なのである(ニューヨークの近代美術館なんか私は映画でしか見たことないんだけど)。
展覧会の構成とそのもろもろの効果についてもお訊ねする。
暗い部屋(例えば「父」の部屋)では微妙に室温が下がり、明るい部屋(「母」の部屋や「小次郎」の部屋)では室温が上がる。これは偶然空調の関係でそうなったらしい。ライティングのせいもあるけれど、結果的に視覚だけでなく、皮膚感覚も動員して「マンガを読む」ということになった。
最後の「砂」もそうで。これも「踏む触覚」と、じゃりじゃりという人が砂を「踏むのを聴く聴覚」が動員される。
あの砂は「いい音」を出すために、珊瑚の砂を敷き詰めたのだそうである。
ほとんどすべてのアイディア(木刀とか棘とか壁にじか書きにょろにょろとか)は井上さん自身の発案(「砂」は別の人の案で、はじめは「どうかな~」と思っていたけど、やってみたらけっこうよかったとのこと)。
「空間の中を歩きながら、五感を動員して、マンガを読む」というアイディアは私の知る限り、井上雄彦以外に思いついた人はいなかったと思う。
これまでもマンガをアニメ化したり、ノベライズしたり、実写版の映画にしたり、原画を絵画的に展示したり画集にしたりということは多くのマンガ家がやっているけれど、「ジオラマ」で読むというのは井上さんが世界最初だと思う。
井上さんはあくまで「マンガを読む」という行為にこだわっている。
マンガはふつうは書籍のかたちになっているけれど、どんなかたちであってもマンガはマンガであり、マンガ・リテラシーのある読者は「あ、これマンガだ」ということがわかり、ただちに読み始めることができる。
校舎の黒板にチョークで描いても、都市の壁にペンキで描いても、道路に蝋石で描いても、そこに「マンガを描く」という意志があり、読み手にマンガ・リテラシーがあれば、「マンガを読む」という行為は成立する。
今回の展覧会では壁に描かれた3センチほどの「にょろにょろ」から、現代美術館エントランスに置かれた7メートルの武蔵まで、素材も画法もサイズも違うけれど、すべては一篇の「マンガ」に収まる。
もちろんマンガが原理的にそういうふうに自由闊達なジャンルであるということは技法に意識的なマンガ家たちにはわかっていただろうけれど、それを実際に殺人的なスケジュールの中で「やろう」と思って、「やってしまった」マンガ家は井上雄彦の前にはいなかった(そして、たぶん当分後続する人も出てこないだろう)。
「最後のマンガ展」というネーミングにはその自負がすこしだけ透けて見えるような気がする。
どちらにしても、井上さんのこの仕事によって、マンガというジャンルの奥行きと可能性についての私たちの理解は格段に深まった。
井上雄彦はこのプロジェクトによって、マンガ史(日本の、にとどまらず、世界のマンガ史)に巨大な足跡を残したと私は思う。
そのことは私がこんなところで言葉を連ねるより、展覧会に来た若者たちの食い入るようなまなざしと、深いため息から実感されるのである。
いま、このような真率なレスペクトを若者たちから向けられる大人がどれだけ存在するであろう。
同時代に井上雄彦のようなクリエイターを得たことを私は幸運だと思う。

神戸女学院大学
入試部長のひとり言

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