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2009年09月 アーカイブ

2009.09.01

夏の終わりに

夏休みらしいことが何も起こらないうちに、夏が終わってしまった。
切ない。
温泉に二回ゆき、麻雀を14半荘やった。
試写会で『サブウェイ123』を観た。
演武会をやり、うちで宴会をやった。
歯を13本抜いた。
特記事項はそれくらい。歯を抜いたのは「休み中じゃないと無理」だからで、その意味で「いかにも夏休みらしい」イベントとしてここに記したのであって、別に「楽しかった」という意味ではない(楽しいわけないよね)。
あとは講演と原稿書きで明け暮れた。
『日本辺境論』初稿を書きあげて、ただいま推敲中。
この「推敲」という仕事はわりと楽しい。
もう原稿は書き上がっていて、締め切りまで一週間残しているから、その点ではいらいらしたり、不安になったりということはない。
これなら本にして世に問うてもよろしいであろうという程度のクオリティには達している。
あとは、できうるかぎり「リーダーフレンドリー」に書き直す。
「リーダーフレンドリーネス」というのは、コンテンツの問題というよりは「呼吸」の問題である。
易しい話でも、書き手と読み手の呼吸が合わないと意味がわからない。
逆に、ややこしい話でも、呼吸が合えば、一気に読める。
「一気に読める」というのと「わかる」というのは次元が違う出来事である。
わからなくても読めればいいのである。
何の話かよくわからないのだが、するすると読めてしまうということはある。
意味はわからないが、フィジカルには「入る」。
ロックミュージックで、歌詞は聞き取れないが、サウンドには「乗れる」というのと似ている。
そのような読みの方がむしろ「深い」とも言える。
歌詞は忘れても、サウンドの方はお風呂に入っているときにふと鼻歌に出たりする。
同じように、誰のどんな本で読んだのか忘れてしまったけれど、何かのおりにふと口を衝いて「だって、日本て、ほら辺境だし」というような言葉がすらすらと出てしまうということはある。
私はどんな論件についても、自分の知見にオリジナリティがあると思っていない(今回の本も、ほとんど先賢からの受け売りである)。
だから、真似するなとかコピーライトが蜂の頭とかややこしいことは言わない(というより言えない)。
印税はいただきますけど、それはコンテンツについてプライオリティがあるということではなく、読者への差し出し方に「工夫」があり、それについての「手間賃」ということでご了承願っているのである。
今回の『日本辺境論』で私が読者のみなさんにお伝えしたいのは、おもに、丸山眞男の超国主義論と、澤庵禅師の「石火の機」、養老孟司先生の「マンガ論」である。
それぞれを「辺境人の性格論」「辺境人の時間論」「辺境人の言語論」として私がまとめてみたのである。
日本人の国民性格を「辺境」という視点から論じたものは多いが、日本人の時間意識や言語構造までをも「辺境」がらみで論じたものは管見の及ぶ限り読んだことがない。
けれども、お読みいただければ、「そういわれてみれば、そうかも・・・」というアイディアがいくつかはみつかると思う(希望的観測)。
アイディアそのものはもう書いてしまったので、あとはそれを「一気読み」できるようにつなぐ仕事が残っている。
頭から一気に書き直して、細かい話はともかく「ぐいぐい」読めるように「道を通して」しまうのである。
この作業は毎日「頭から」始める。
「昨日の続き」から始めるとうまくゆかない。
それを書くと袋小路に入り込んでしまうことがある。
袋小路は袋小路で、それなりに面白いことがあるのだが、「ぐいぐい」の邪魔になる。
だから、毎日1頁目から書き直す。
廊下にワックスがけをしているようなもので、繰り返しているうちにだんだん最初の方は「通り」がよくなる。
先の方まで滑って行って、滑りが悪くて雑巾がひっかかるところに来たら、そこに腰をすえて、ごしごし磨く。
磨いたら先に進む。
それを毎日繰り返す。
理論的には、それで最後までワックスをかけ終わったら、読者もまた1頁目を開いたら、あとはずるっと一気に最後まで滑るはずである。
そういう本を書きたい。

台風の予兆の中で

台風の予兆の中、東京へ。
アルテスのお仕事で、鈴木・船山さんの吉祥寺の新居におじゃまして、リビングのテーブルでコーヒー飲みながら加藤典洋さんとお気楽対談。
対談のテーマは特になく、ひたすらおしゃべりをする。
連合赤軍の話、幻の深作欣二監督笠原和夫脚本『実録・日本共産党』の話、アメリカ連合国の「敗戦」経験がアメリカにもたらしたトラウマの話、『大菩薩峠』と『1Q84』の共通点の話などなど、話頭は転々奇を究めて要約を許さないのである。
それにしても、加藤さんの繰り出す「アイディア」は意表を衝くものばかりで、ほんとにびっくり。
私は「ほお」とか「はあ」とか間抜けな相槌を打つばかりで、どうも芸がないように見えるかもしれないけれど、これはこれで「受け」の芸を発揮して、加藤さんが話し易いようにいろいろ工夫をしているのである。
話は翌日も続き、これで一冊本になる。面白い本になりそうである。
それからワインを飲みつつ、船山さんの手作り料理をぱくぱく食べながら、猫談義。
9時ごろからテレビで開票速報を見る。
予想通り、民主の圧勝。自民党は結党以来の第二党転落。
鳩山由紀夫民主党代表が深夜記者会見。
これまでとうって変わって、落ち着いた質疑応答ぶりに驚く。
記者たちの質問に「全部」答えたのである。
ふつう政治家は答えにくい質問に答えない。違う話にすり替える。
鳩山代表も選挙戦のあいだはそうだった。
それが総理大臣のポストが目の前に見えてきたら、態度を改めた。
意外に名宰相になるかもしれない。

31日。朝から台風の影響で風雨つよし。
11時から『第三文明』のインタビュー、「共同体をどう構築するか」という話。
「ハーバーライト」のたいせつさについて語る。
12時半から毎日新聞のインタビュー、選挙の総括。
「大山鳴動して鼠一匹」という総括をする。
「大山が鳴動するほどのエネルギー」が費消されたが、起きた変化は「鼠一匹」程度のものである。
私はそれが悪いと言っているのではない。
それでよいのではないかと申し上げる。
国民は大きな変化を望んでいない。
現に自民党と民主党の公約の内容はほとんど違わなかった。
だから、どちらが政権を担当しても、マニフェストどおりにことが進むなら、国民生活は安定し、雇用状況は改善され、少子化問題も年金問題もみな解決するはずである。
でも、もう私たちは自民党に飽き飽きしていた。
麻生太郎があの見下したような目線で、記者の質問にまったく答えようとしない横柄な態度をこれからまたテレビで見せられるのかと思うとげんなりしたのである。
だから「チャンネルを換えた」のである。
いずれ似たような番組であることに違いはないのだが、こちらの役者にうんざりしたのである。違う芸風の芝居が見たくなったのである。
麻生政権では連立与党の党首も、自民党の幹事長も、官房長官も、みんな「ワルモノ」の顔をしていた。
『水戸黄門』だったら必ずや悪代官をキャスティングされるべき顔つきとふてぶてしい物言いの政治家ばかりを中枢に集めた。
どうしてこんなに顔の人ばかり・・・と不思議に思ったのだが、あれは「気分悪かったら、早くチャンネルを換えてください」という、与党サイドからの無意識のシグナルだったのかも知れない。
彼らももう「こんなクサイ芝居」には自身でうんざりしていたのだと思う。
それから雨の中を移動して、早稲田大学へ。
加藤典洋さんの研究室で、昨日の続き。
今回はふたりの大学生活を語る。
加藤さんは今でこそずいぶん温和な紳士であるが、若い頃は「野性児」だったらしい。
がお。
6時までお話しする。
この対談はアルテスから本になって出ます。面白いよ。
雨の中を今度は代官山に移動。本日最後の仕事は『Sight』の総選挙総括特集で、高橋源一郎さん、渋谷陽一さんと鼎談。
この三人は前の号で「さよなら自民党、そしてこんにちは自民党」というテーマで、日本の政権与党は「言葉をもたない政党」でなければ勤まらないという結論に達した。
その話の続きで、自民党と民主党はこれからどうなるのかについて勝手な予測を立てる。
自民党はこのままジリ貧で党勢を失い、やがてかつての社会党のように民主党に埋没するであろうというのが大筋での合意。
高橋さんが「自民党戦後文学説」「自民党家父長説」「自民党熟年離婚説」など奇論怪説をつぎつぎと繰り出すので、私と渋谷さんはひたすらげらげら笑うばかり。
いや、ほんとうにおもしろかった。みなさん、9月発売の『Sight』ぜひ買って読んでくださいね。私はこの鼎談以外に、渋谷さん相手の「結婚について」ロング・インタビューにも出てます。同人誌じゃないのにね。
大笑いして、痛飲して、学士会館に戻り、爆睡。

2009.09.04

夏の終わりに

毎日締め切りに追われている。
『日本辺境論』の締め切りまであと3日だが、明日は稽古、明後日は歌仙会で終日ふさがっているので、書けるのは実質今日一日しかない。
でも、今日締め切りの『プレジデント』の書評があるので、それをまず書かなければいけない。
毎日のように講演依頼と取材依頼と寄稿依頼が来る。手紙で来て、ファックスで来て、メールで来て、電話で来て、本人が来る。
もちろん片端から断っているのだが、それでも断り切れないものが澱のように堆積して、気がつくとスケジュール表は醜く汚れている。
結果的にひとつひとつの仕事の質は劣化するばかりで、こんな手抜き仕事ばかりしていれば、遠からず私に対する業界的評価は地に落ちるであろう。
それで仕事の依頼が減るのは大歓迎なのであるが、本が売れなくなると退職後のたずきの道が立ちゆかぬ。
仕事は減らしたいが、本は売りたい。
「痩せたい、でも、食べたい」という二律背反と同じである。
結局、「自分がやりたいこと」を断念して、その時間を「頼まれた仕事」の質の劣化をおしとどめるために投じるということになる。
夏休みになったら淡路島のタチバナさんの農園を見に行くつもりでいたのだが、「夏休み」というのが結局ないことがわかったので、断念せざるを得ない。
甲南麻雀連盟の例会ももう二ヶ月開催していない。
海にも山にも高原にも湖にも、どこにも行っていない。
池上先生が私のことを「日本でいちばん不幸な人」とお呼びになるのももっともである。
でも、こんなに働くのもあと半年だけである。
2010年度は大学在職最後の年であるから、本務に専念する。
学外の仕事は一切お断りである。
最後の一年は授業と会議とクラブの指導「だけ」に専念する。
あなたは会議をあんなに嫌っていたじゃないかと言われる人もいるであろうが、教授会というようなコンベンションとかかわりをもつのも考えればこれが生涯最後なのである。
そう思うと、あの不条理かつ無意味な時間がたまらなく愛おしく思えてくるから不思議である(ほんとに)。
2011年度からは晴れて天下無用の人である。
毎日武道の稽古をして、あとは小説とマンガを読んで、駄文を書き散らして、遊び暮らすのである。
そんな生活を夢見て、今日も「最後の一鞭」を自分に当てているのである。
がんばれ私。あと半年の辛抱だ。
スケジュール表を見ると、もう一つ月曜締め切りの原稿がある。
財務省から頼まれたものらしい。
なんで、財務省の広報誌の原稿なんか引き受けてしまったのかまったく記憶にないが、引き受けてしまったものは仕方がない。
とりあえず書く。
さらさら。
民主党と自民党は旧田中派と旧福田派からのスピンオフであるから、この政権交代は福田派から田中派への政権交代として理解すると、理路が通るという「いつものネタ」である。
ご存じのとおり、福田赳夫と田中角栄は1970年代から80年代にかけて15年にわたって「角福戦争」と呼ばれる激烈な党内闘争を展開した(日本の政党政治史で派閥間抗争が「戦争」と呼ばれたものはかつて存在しない)。
福田は一高-東大-大蔵省という典型的な都市エリートコースを歩み、田中は雪国の尋常小学校卒業、土建屋から叩き上げた生粋の党人派である。
両者の対立は一政党内における派閥抗争というにとどまらず、ある種の「疑似階級闘争」でもあった。
それぞれの国家戦略は彼らの固有の「成功体験」を反映している。
福田は都市エリートに資源を集中し、エリートたちが権力と財貨と情報を占有することで日本を牽引してゆく「一点突破」型の国家戦略を選び、田中は列島全体に広く資源を分配し、弱者の社会的上昇を支援する「ばらまき」型の戦略を選んだ。
これは中国における鄧小平の「改革開放路線」と毛沢東の「農村が都市を包囲する」路線の対立とほとんど同型的である。別に驚くほどのことではなく、国家経営の方法としては結局この二つしかないのである。「上」を引っ張り上げるか、「下」を押し上げるか。
どちらもめざしているところは同じであり、その過程で生じる問題点が違うだけである。
「都市型」戦略は過渡的に地域間・階層間格差を拡大し、競争を激化し、能力主義的に社会を再編する。
「地方型」のばらまき的公共事業では道路や新幹線やハコモノはできるが、政官業の癒着が進み、贈収賄がはびこる。
エリート主義者は権力の一極集中をめざすのだが、個人崇拝に対してはナーバスであり、エスタブリッシュメント内での「フェアな」利益分配と強者間での合意形成を重んじる。
反エリート主義者は「自分はエリートではない」という被害者意識の前段から推論するので、「だから私ひとりにいくら権力や財貨を集中しても、それで『とんとん』である」というふしぎな算盤を弾く。その結果、政治目的は「分権的」だが、政治手法は「中央集権的」になる。

どちらが「いい」というものではなく、両方を適宜按配するしかないのだが、綱領的整合性ということを考えると、どちらか一方の政略「だけがいい」ということにしておかないと政治組織は保たない。
今回の選挙で有権者は「田中派政治」への回帰を選んだ。
ただ、道路やハコモノについては飽満感があり、それだけの財政的余裕ももうない。
だとすれば、育児支援とか、教育負担の軽減とか、雇用環境の改善とか、高齢者障害者への支援といった弱者支援策に特化するしか独自性の余地はない。
けれどもこれらの施策には景気を浮揚させる力はない。
自民党と財界はいずれ「民主党のせいで経済がダメになった」と言いだし、「そうかもしれない」と思った有権者はまた福田派政治に回帰する道を選ぶことになるだろう。
それが「政治的成熟」ということではないか(「成熟」というより「老衰」と言った方がいいかもしれないが)。
同じようなことを昨日どこかの新聞からの電話取材でも話したので、それをそのまま書く。
でも、こんな話を財務省の広報誌の「巻頭言」にほんとうに掲載してよろしいのであろうか。
激怒のあまり脳溢血で倒れる政治家や官僚や財界人が出ても私は知らんよ。
平川くんがブログで今回の総選挙の総括をしている。
http://www.radiodays.jp/blog/hirakawa/
みごとな分析である。
これまでのところ新聞や雑誌で読んだどの分析よりも深くまで切り込んでいる。
ぜひお読み頂きたい(っていっても、だいたい私のブログに来る人は平川くんのも読んでるんだよね)

2009.09.08

ふた仕事終わる

歌仙会が終わる。
内輪の会だけれど、やはり緊張する。
仕舞『野守』と素謡『玄象』のシテ。
地謡は『遊行柳』、『船弁慶』、『駒之段』、『安宅』、『井筒』などなど。最後の祝言の『高砂』まで終日ほとんど謡い続け。
終わってほっとする。
寝ころんでワインを飲みながらマンガを読む。微妙に夏休み気分となる。
朝起きて、『日本辺境論』を書き上げて、新潮社に送稿する。
去年の秋くらいから少しずつ書きためていたものである。
新書だから、ほんとうは「一気書き」して、読む方も「一気読み」というのがふつうの作り方なのだろう。
新書の場合、ものによっては一日対談して、それをそのまま本にする、というようなインスタントな作り方をすることもある(その方が標準的なのかもしれない)。
あまり時間をかけたせいで、話はあちらへ飛び、こちらへ戻り、文体も悲憤慷慨したり、ひねくれたり、眦を決したり、悪ふざけしたり、その日の気分で変わるので、まるで統一性がない。
とにかくこれが今年最初の単著である。出るのは11月くらい。
一つ仕事が終わったので、次はワルモノ先生との往復書簡『若者よマルクスを読め』にとりかかる。
今回は『経哲草稿』。
7月はじめにいただいた書簡の返信をまだしていなかったのである。
これは9月中にご返事しないといけない。
それが片づいたら、ようやく『街場の家族論』にとりかかる。
これをなんとか年内に片付ける(希望的観測)。
それくらいで今年は終わってしまいそうである。
どうしてこんなに仕事がベタ遅れになったかというと・・・もちろん、ほかの仕事が異常に多かったためである。
書きもの仕事は家でさくさくできるから、それほど負担にはならないのであるが、講演がきつい。
日時が指定してあると「あ、その日はあいにくダメなんです」という言い訳が通るのであるが、「先生のご都合のいい日で」と言われると「一年365日、都合のいい日など一日もありません」とは答えられない。
結局、空いている日(それは家にこもって本を書くための日なのであるが)が次々とつぶされてゆくことになる。
10月、11月、12月も週末はほとんど講演。ウィークデーに入っている場合もある。東京日帰りとか福岡日帰りとか福井日帰りとか、タフな日程が続く。
一日おきに週3回講演をすることもある。
そんなに引き受けなきゃいいじゃないかとおっしゃるであろう。
私もそう思う。ほんとに、心から、そう思う。
一年近くかかった本をようやく仕上げたので、気分がだいぶ楽になったので、杖道の稽古に大学まででかける。
暑い中、4人部員たちが来ている。
体育館で形稽古。みんなずいぶん上達した。
全剣連に加盟して審査を受ければ、それなりの段位が得られるのだろうが、加盟すると「試合」というものに出場しなければならない。それが厭なのである。
私は競争的環境に置けば人間の心身の能力が高まるということをあまり信じていない。
もちろん一時的には高まる。劇薬的な効果がある。
でなければ、これほど「試合」が繁昌するはずはない。
けれどもそれはあくまで「劇薬」である。
生きる知恵と力を高めるということを目的とするなら、「劇薬」を投与して、一時的にパフォーマンスを向上させるということは避けた方がいい。
たいていの場合、劇的効果をもたらすあらゆる薬物がそうであるように、その「支払い」のための長期的な苦痛は、効果がもたらした一時的な快楽上回るのである。
私に同意してくれる人はきわめて少数であろうが。


2009.09.09

マルクスを読む

財務省の広報誌に巻頭言の寄稿を頼まれたという話を少し前に書いた。
総選挙について、政権交代の意味について私見を記して送稿したところ「使えない」という返答があった。
「大変残念ではございますが、財務省広報誌という性格上、政治の現状について直接言及するものは、従来より掲載を控えております。本来であれば予め原稿をお願いする際にお断りをすべきところ、失念しておりました失礼をお詫び申し上げるとともに、掲載が難しいと申し上げざるを得ないことを併せて深くお詫び申し上げます。」
ということであった。
あ、そうですか。
書いた物がボツになることは珍しくないから、別に憤慨するわけではないが、驚いたのは「財務省広報誌という性格上、政治の現状について直接言及するものは、従来より掲載を控えております」という一文に接したことである。
「政治の現状」という以上はそこには外交内政全般のトピックが含まれる。
およそこの世の出来事で「政治の現状」にかかわりのないものはない。
教育を論じれば教育行政に言及せざるを得ないし、医療を語れば医療政策に触れずに済ますわけにはゆかない。
私は今回別に特定の党派的立場を支持したり、批判したわけではなく、総選挙の結果について、「日本の政治プロセスが成熟(というより老衰)したこと」と論じただけである。
ふだんブログに書いていることをそのまま書いた。
これがボツになるということから推論される事態のうちでいちばん蓋然性が高いのは、「私に寄稿を頼んできた人物は私の書いたものを実は読んでいない」ということである。
寄稿を頼まれたとき、どうして私なんかに頼むのか意味不明だったが、ボツにされて腑に落ちた。
当然ですよね。
終日、「マルクス書簡」を書く。
今回は『経哲草稿』である。
「疎外された労働」のところを何十年ぶりかで読み返す。
マルクスは熱い。
あらゆるテクストは想像的にそれが書かれたリアルタイムに身を置いて読まねばならないと私は思っている。
『経哲草稿』は1844年に書かれた。
エンゲルスの『イギリスにおける労働者階級の現状』は1845年に書かれた。
この二人を労働問題に引き寄せたのは、産業革命後の資本家たちによるおそるべき労働者の収奪である。
以下は『資本論』から。
「1836年六月初頭、デューズブリ(ヨークシャー)の治安判事のもとに告発状が届いた。それによるとバトリー近郊の八大工場の経営者が工場法に違反したという。これら紳士たちの一部が告発されたのは、彼らが十二歳から十五歳までの五人の少年を金曜の朝六時から翌日の土曜日午後四時まで、食事時間および深夜一時間の睡眠時間以外にはまったく休息を与えずに働きつづけさせたからだという。しかも少年たちは『くず穴』と呼ばれる洞窟のような場所で休息なしに30時間労働をこなさねばならない。そこでは毛くずの除去作業がおこなわれるが、空中には埃や毛くずが充満し、成人の労働者でさえ肺を守るためにたえず口にハンカチを結びつけておかねばならない。」(「資本論(上)」、今村仁司他訳、筑摩書房、2005年、354頁)
この経営者たちにはそれぞれ2ポンドの罰金が課されただけであった。「夜中の二時、三時、四時に九歳から十歳の子供たちが汚いベッドのなかからたたき起こされ、ただ露命をつなぐためだけに夜の十時、十一時、十二時までむりやり働かされる。彼らの手足はやせ細り、体躯は縮み、顔の表情は鈍磨し、その人格はまったく石のような無感覚のなかで硬直し、見るも無残な様相を呈している。」(357頁)
あるマッチ製造業における調査では、聴き取りを行った労働者のうち、「270人が十八歳未満、四十人が十歳未満、そのうち十人はわずか八歳、五人はわずか六歳だった。」(361頁)
宮廷用の婦人服を製造工場で死んだ少女の検死報告には「他の六十人の少女たちとともに二十六時間休みなく働いた。三十人ずつ、必要な空気量の三分の一も供給されない部屋におしこまれ、夜は夜で二人ずつ一つのベッドに入れられる。しかもベッドがおかれているのは一つの寝室をさまざまな板壁で所せましと仕切った息の詰まる穴蔵のような場所だった」(373頁)とある。
マルクスが「疎外された労働」という言葉で言おうとしていたのは、こういう現実である。
「労働者が骨身を削って働けば働くほど、彼が自分の向こうがわにつくりだす疎遠な対象的世界がそれだけ強大になり、彼自身つまり彼の内的世界はいっそう貧しくなり、彼に属するものがいっそう乏しくなる」(『経哲草稿』、310頁)というのは単なるレトリックではない。
先ほどの婦人服工場の少女が死ぬまで働かされたのは、「外国から迎え入れたばかりのイギリス皇太子妃のもとで催される舞踏会のために、貴婦人たちの衣装を魔法使いさながらに瞬時のうちに仕立てあげなければならなかった」からである。
痩せこけた少女たちが詰め込まれた不衛生きわまりない縫製工場で作られた生産物がそのまま宮廷の舞踏会で貴婦人たちを飾ったのである。
その現実を想像した上で次のようなマルクスの言葉は読まれなければならない。
「労働者はみずからの生命を対象に注ぎこむ。しかし、対象に注ぎこまれた生命はもはや彼のものではなく、対象のものである。(・・・)労働者がみずからの生産物において外化するということは、彼の労働がひとつの対象に、ひとつの外的な現実存在になるというだけではなく、彼の労働が彼の外に、彼から独立したかたちで存在し、彼に対して自立した力となり、彼が対象に付与した生命が彼に対して敵対的かつ疎遠に対立するという意味をもつのである。」(310頁)
労働は「宮殿をつくるが、労働者には穴蔵をつくりだす。それは美をつくるが、労働者には奇形をつくりだす」という言葉における「穴蔵」や「奇形」はレトリックではなく、マルクスの時代においてはリアルな現実だったのである。
マルクスは「科学」や「教条」ではなく、むしろ「文学」として読まれるべきだろうと私は思っている。
それは「絵空事」としてということではむろんない。
逆である。
教条や社会科学は「汎通性」を要求する。あらゆる歴史的状況について普遍的に妥当する「真理」であることを要求する。
だが、その代償として失うものが多すぎる。
マルクスの理論が普遍的に妥当すると主張してしまうと、なぜ他ならぬマルクスが、このときに、この場所で、このような文章を書き、このような思想を鍛え上げたのか、という状況の一回性は軽視される。
だが、マルクスが生きた時代、マルクスが見たもの、触れたもの、それを想像的に再構成することなしに、マルクスの「熱さ」を理解することはできないのではないか。
それは科学というよりむしろ文学の仕事である。
夕方になったので、三宮に出かける。
神戸大のドクター岩田とその婚約者の土井さんから晩ご飯にお呼ばれしたのである。
岩田先生と先日医学書院の仕事で対談をしたときに土井さんが『ため倫』以来の読者であると教えていただいた。
美味しいものをぱくぱく食べてお酒を飲んで、清談。
ごちそうさまでした!

2009.09.10

教育のもたらす利益について

経済協力開発機構(OECD)は8日、加盟国の06年国内総生産(GDP)に占める教育費の公財政支出割合について調査結果を公表、比較が可能な28カ国で日本は3・3%と下から2番目だった。
平均は4・9%。1位はアイスランドの7・2%、デンマーク、スウェーデンが続き、北欧が上位を占めた。日本は最下位だった05年調査の3・4%より0・1ポイント減少。
日本は小中高までの初等中等教育は2・6%で下から3番目、大学などの高等教育は0・5%と各国平均1%の半分で最下位。
全教育費に占める私費負担の割合は33・3%と韓国に次いで2番目に高く、平均の2倍以上だ。

日本は、高等教育への財政支出対GDP比率が先進国最低の国である。
文科省はこれを5%にと要望したが、財務省に一蹴された。
教育は私事であるから、公的支援には及ばないというふうに考えておられるのであろう。
教育は自己責任で行え、と。
行政を頼るな、と。
別にこれは財務省の創見ではない。
これは公教育という制度が発足した当初から、ずっと言われ続けてきたことである。
すべての子どもたちにできるかぎりの教育機会を提供するのは国家の義務である、という考え方を提示したのは、18世紀のフランスの啓蒙思想家たち、なかんずくコンドルセである。
理論ではフランスが先行したが、制度的に定着したのはアメリカが早かった。
しかし、そのときにアメリカの市民たちの中に、公教育制度につよく反対したものがいた。
ブルジョワたちである。
彼らはこういうロジックを立てた。
公教育を受けるのは貧乏人の子弟である(私らの子どもは高い授業料をとる私立学校に通っている)。
貧乏人が貧乏であるのは、能力がないか努力が足りなかったか、いずれにせよ自己責任である。
なぜ、自己責任で貧乏になった人間の子どもたちの面倒を私らが納めた税金でせにゃならんの。
ブルジョワたちはそう言って公教育制度の導入に反対した。
勉強したい人間は自分の金で勉強しろ。金がないならあきらめろ、と。
これに対して公教育制度の導入を求めた思想家たちは苦肉の説得を試みた。
いや、それは短見というものである。
ちょっとお考えいただきたい。
みなさんがここでちょっと我慢して税金で公教育を支援してくだされば、文字も読めるし、四則計算もできるし、基礎的な社会的訓練もできている若い労働者がそのあとどんどん供給されるようになります。
高いスキルをもった若年労働者がこの先のみなさんのビジネスにどれくらいの利益をもたらすと思いますか。
ここで1ドル損して、あとで10ドルにして取り返す。それがイタチボリのアキンドつうもんでしょうが。
まあ、そういうふうなことを言ってブルジョワたちを説得したわけである。
さきゆき自己利益を増大させるという保証があるなら、公教育に税金を投じるにやぶさかではない。そういう経済合理性に基づいて、アメリカのブルジョワたちは公教育の導入を受け容れたのである。
その図式をわが国に適用すれば、どうして文科省が支援の増額を求め、財務省が反対するのか、そのロジックがわかる。
文科省は古典的な啓蒙理論の立場から「教育は公的な仕事である」と考えている(だから、あれこれわれわれのやっていることに口を出しもするのである)。
財務省は財界の言い分を代弁して、「教育は私事であり、教育目的は自己利益の増大であるなら、『受益者負担』の原則を貫くべきで、公的資金を投じるべきではない」と考えている。
この言い分もそれなりに筋が通っている。
教育にこれまでずいぶん国費を投じてきたけれど、その結果が「このざま」じゃないかと言われると、われわれはつい絶句する。
学力も先進国最低レベル、校外学習時間も最低、高等教育まで受けたが、英語が読めない、四則計算ができない、漢字が書けないという「学士」が現にたくさんいる。
あれだけ税金使って、これかよ。
そんなものにこれ以上金は出せん。
勉強したければ自己責任でやりなさい。
自分の金で学校に通うようになれば、少しはまじめに勉強するようになるであろう。
そう言われると、それなりに筋が通っている。
そもそもの最初に「公教育にいま金を出しておくと、あとでがばっと回収できますよ」というロジックで納税者を納得したのであるから、「『がばっ』とならないじゃないか」と言われるとプラグマティックな公教育論者は立場を失う。
もちろん、反論は可能である。
「出し方が足りないから、『こういうこと』になったのである」という反論である。
高等教育は予算逓減のせいで、「勝ち組・負け組」の二極化が急速に進行し、危険水域に向かっている。
これは事実である。
いまここで教育に投資しなければ、わが国の明日はない。
というのも、かなりほんとうである。
財務省の反論は「おい、それは破産する前の企業の言い分だろ」というものである。
「おたくが融資してくれないから潰れかけている。潰したくなかったら、追加融資してくれ」という言い分を許してどれほどの不良債権を抱え込んだか、おいらは忘れていないぜ、と財務官僚は悪夢のバブル崩壊を思い出して目の前が怒りで暗くなっている。
どちらの言い分も私には理解できる。
しかし、これはこの「教育はペイする」というロジックそのものが内包していた背理であると私は考えている。
教育をビジネスの語法で語ってはならない、というのは私の年来の主張である。
公教育導入のときにも、ほんとうは「教育を国家的な事業として行えば、あとで私人の自己利益が増大する」という利益誘導型ロジックを利用すべきではなかったのだ。
このロジックを使う限り、「オレは公教育制度から何の利益も受けていない」と言いだした人間がいて、「オレ的には公教育なんか要らないね」と言いだしたときに、これを抑止することができなくなるからである。
教育は私人たちに「自己利益」をもたらすから制度化されたのではない。
そのことを改めて確認しなければならない。
そうではなくて、教育は人々を「社会化」するために作られた制度である。
私人を公民に成熟させるために、自己利益の追求と同じくらいの熱意をもって公共の福利を配慮する人間をつくりだすために、マルクスの言葉を使って言えば、人々を「類的存在」たらしめるために作られた制度なのである。
私たちの国の教育支出の対GDP比がきわめて低位であるのは、これを非とする人も是とする人もどちらも教育の意義を「利益」という語で語ろうとすることに由来する。
教育は利益をもたらさない。
教育はむしろ「利益」という概念の根本的な改定を要求するのである。

2009.09.11

密約について

民主党の鳩山由紀夫代表は10日、核持ち込みに関する日米間の密約に関して「いろいろと疑いが出ているわけで、当然、真相、事実を国民に明らかにし たい。国内とアメリカを含めた調査が必要になると思う」と述べ、改めて究明する意向を示した。
鳩山氏が密約について話すのは、衆院選後初めて。
また、鳩山氏は同日、共産党の志位和夫委員長と国会内で会談した際、共産党が入手した密約に関する米国側の資料を手渡された。
鳩山氏が「真相究明が大切だ。何よりも事実が大事だ」と述べると、志位氏は「国民を欺いてきた問題だ。可能な協力は何でもする」と応じた。
以上、10日の毎日新聞の記事から。
週刊文春から電話取材で、「どう思います?」と訊かれた。
「もちろん秘匿するよりは公開した方がいいでしょう」とお答えする。
でも、ある種の外交的な約束が非公開になっていたのは当然「それなりの理由」があるわけで、その「それなりの理由」の当否についての検証が伴わなければならない、と付け加える。
外交に関する情報の公開非公開一部公開は高度の政治判断がかかわることである。
すべての政府は「自分がほんとうは何を考えているのか、見えないところで何をしているかを教えない」ことを重要な外交上のカードにしている。
ただ、この政治判断そのものの当否について定期的に検証を行わないと、「誤った規準によって、公開・非公開が判定されていた」というリスク(平たく言えば、「バカが高度な政治判断を任されていた」というリスク)を避けることができない。
だから、一定期間が経過したら、非公開情報はすべて公開し、「非公開にした政治判断に妥当性があったかどうか」が吟味されなければならない。
私はそういうに考えている。
今回の核持ち込み艦の入港を「事前協議外」とするという「密約」の存在については、すでにエドウィン・ライシャワー元駐日大使が、1981年に毎日新聞のインタビューで明らかにしている。
それ以前にも、 1974年にラロック退役海軍少将が米議会で「核兵器搭載可能な艦船は日本あるいは他の国に寄港する際、核兵器を降ろすことはしない」と証言している。
1999年には日本人の研究者が、アメリカで、1963年に当時の大平正芳外相がライシャワー大使に対して、「日本国内への核兵器持ち込みを了承した」という駐日大使館から国務省あての通信記録を発見した。
ライシャワー自身は核兵器搭載艦の寄港そのものは「持ち込む」に抵触しないという解釈をしており、それゆえ、1966年に揚陸艦が岩国基地に停泊していたときは核兵器が陸上に移動する可能性を重く見て、これを「日米安保条約違反」として、国務省につよく抗議している。(この二つのエピソードは、8月に経新聞に出たジョージ・パッカード元米駐日大使補佐官の談話から)
つまり、日米安保体制には、条約の文言以外の秘密規定があるということについては、すでに30年以上前から私たちは「知っていた」のである。
そのときどきの日本政府がその確認を拒否していただけである。
だから、これは厳密に言えば「密約があったかどうか」という事実関係にかかわる問題ではなく、「政府が密約の存在を認めるか認めないかの判断基準は何か」という、「統治にかんする技術問題」として考察されなければならない。
私たちはこう問いを立てるべきなのだ。
「なぜこれほど明らかな事実を政府は公式に認めないのか?彼らはそれによってどのような利益を得ることを期待しているのか?」

81年の毎日新聞へのインタビューに応じた理由として、ライシャワーは「日本人は賢明だから、なぜこの密約が必要だったかを理解するだろう」と言っていたそうである。
私たちが思量すべきなのは、エドウィン・O・ライシャワーはどういう理路で「日本人は賢明だから、この密約の必要性を理解するだろう」と考えたのかである。
わからないときは、逆を考えればよい。
この密約が1963年段階で「公開」された場合に何が起きたか、である。
それは一言で言えば、「日本はアメリカの軍事的属国である」という「事実」が公開されるということである。
この「事実」はアメリカはもちろん、世界中の国が知っている。
知らない(知らないふりをしている)のは日本国民だけである。
だから、この「密約」は誰に対しての「秘密」かといえば、日本国民に対する秘密なのである。
「日本はアメリカの軍事的属国である」という「事実」から目を背けて、「日本は独立国である」という虚偽のアイデンティティをもつことで、日本人は「敗戦というトラウマ」から身を守ってきた。
日米関係はきわめて良好であり、アメリカは日本に一方的に「核の傘」をさしかけて気づかうだけであり、その恩恵に対して日本は何の反対給付の義務も負っていない、アメリカは敗戦国日本にいかなる隷従も求めていないという「ありえない物語」を日本人は必要としていた。
ライシャワーが言った「賢明」ということは、日本人はそれについて多少の「病識」はもっているだろうということだったと私は思う。
この「ありえない物語」を信じるという一種の狂気を病むことによって、「平和と繁栄」という疾病利得を得ることを選んだ日本人の「狡知」をライシャワーは「賢明」と評したのだと思う。
『九条どうでしょう』に書いたように、私は「狂う」ことによって失ったものと、「苦痛を逃れた」ことで得たものは差し引き、得たものの方が多いと思っている。
この「密約」のときの総理大臣は池田勇人である。「所得倍増」と「低姿勢」と「寛容と忍耐」の宰相である。
池田勇人は徹底的に「実利の人」だった。だから、イデオロギー的に筋目が通り、独立的で、アメリカを敵に回して歯を剥き出すことを厭わない「正気の国」であるよりも、現実感覚を失っても、平和と繁栄を享受できる「鼓腹撃壌」の民であることを選んだ。
私はこの政治判断には合理性があったと思う。
1963年段階で、もし国民の過半がアメリカへの軍事的従属を非とし、それに対してアメリカが剥き出しの強権的態度で臨んだ場合、青年たちの多くは当時唯一のアメリカ対抗勢力であったソ連、中国の国際共産主義運動に連帯する道を選んだであろう。そのとき、日本列島がその2,3年後のインドシナ半島と似た状況になった可能性は決してゼロではなかったのである。
「密約」がどのような政治的帰結を回避するために選択されたものであるのかについては、63年のリアルタイムの日本の為政者の身になってみないとわからない。できることなら、私はそれが知りたい。
繰り返し言うが、外交に関する情報を公開しないことを私は非とはしない。けれども、公開非公開の判定の妥当性の根拠は(つまり、為政者の知性が正常に作動しているかどうかの点検は)定期的に、徹底的に、検証されなければならないと思っている。
さきほどの問いに戻る。
「なぜこれほど明らかな事実を政府は公式に認めないのか?彼らはそれによってどのような利益を得ることを期待しているのか?」
現在までの自民党政府がこの密約の存在を秘匿してきたのは、別に何の考えもなく、「ただ前任者が隠していたので、私も隠す」というだけのことである。
どうして、30年も前の前任者がやったことの尻ぬぐいを「私」がせにゃならんのだと憤慨していただけである。
不良債権でつぶれた銀行の頭取たち年金記録を改竄した社保庁の役人の言い分といっしょである。
私の在任中に事件化しなければ、次に申し送るだけだと彼らは考えていたのである。
このようなものは「政治判断」とは言わない。
ただのサラリーマン根性である。
最初に密約をした政治家たちの判断には妥当性があった。すくなくとも主観的には合理的な論拠があった。
そのあとこれを申し送ってきた歴代の政治家たちの判断には妥当性がない。
あるのは保身だけである。
というのが私の「密約」についての個人的評価である。

2009.09.13

増子化対策

共同通信の取材。
テーマは少子化・未婚化・婚活。
同じテーマで何度もしゃべっている。
同じことを何度も書くのも疲れるけれど、基本的なことなので、繰り返す。
「少子化問題」というものは存在しない。
例えば、新石器時代に「少子化問題」というものは存在しなかっただろう(その時代に生きたことがないので想像だが)。
その時代の集団において、「最近、みんな結婚しないし、子供が生まれないのはまことに困ったことだ」というような問題があったとは思えない。
そんな問題をかかえた集団は数世代で(はやければ一世代で)消滅してしまったはずだから、そもそもそれが「問題」として意識される暇さえなかった。
「親族を形成する」というのは人間が人間である基礎条件の一つだからである。
それは「労働する」とか「言語を話す」ということとほとんど同レベルの「当為」である。
「最近、みんな労働ないので、困ったものだ」というような悠長なことを言っていた集団はたちまち全員餓死しただろう
「最近、みんな言語を発しないので、困ったものだ」というような集団はコミュニケーションができないのでたちまち瓦解しただろう。
人間たちがほんとうに「親族を形成したくない」と思い始めたら、それはもう人間集団である条件を失っている。
何かうごめいているものがそこにいたとしても、それもう人間ではない。
だから、今起きているのは、「親族を形成したくない」という集団解体めざす流れではなく、「子供の数を減らす」ことが集団の維持にとって必要だという判断に基づいた行動である。
私はそう理解している。
親族形成が「したい」という人はするし、「したくない」という人はしない。
一見すると、それぞれの人の自由意思の結果のようであるけれど、親族形成が類的宿命である以上、それに逆らう行動をとることには、個人の意思を超えた強い規制力が働いていると考えなければならない。
人口の増減はその社会の「キャリング・キャパシティ」によって決定される(これは人口社会学の古田隆彦さんに教えてもらった)。
carrying capacity というのは一定の環境の中に一種類の生物がどれだけ棲息できるか、その上限数のことである。「環境収容力」とも「環境許容量」ともいう。
グッピーの雌雄50匹を栄養の十分な養魚鉢に入れておくと、卵が孵化するたびに成魚が幼魚を食べ、個体数の増加を抑える。さらに成魚同士が共食いを始め、九匹になったところで個体数が安定する。(古田隆彦、『日本人はどこまで減るか』、幻冬舎新書、2008年、47頁)
人間もこの法則から自由ではない。
列島の環境収容力は1億3000万人で上限に達した。
だから、これから安定的な個体数になるまで減り続けるであろう。
古田さんの予測では2042年に1億人を割る。
いろいろな予測値が他からも示されているが、どれも人口が減ることについては意見が一致している。
人口減少が始まったということは、私たちの集団がその集団の意思として「人口が多すぎるから個体数を抑制しよう」と判断したからである。
この個体数抑制行動を促したのは、グローバル資本主義である。
資本主義というのは、その本性からして、すべての労働者とすべての消費者の均質化・標準化を要求する。
標準的な労働を行うことのできる能力をもつ労働者が増えれば増えるほど、賃金は安くなる。
いくらでも換えが効くからである。
標準的な欲望をもつ消費者が増えれば増えるほど、商品は高く売れる。
全員が同一の商品に殺到すれば生産コストは最低になり、売り上げは最大になるからである。
資本主義は年齢、性別、国籍、人種、信教、政治イデオロギーにかかわらず、標準的な労働をこなし、標準的な欲望をもつ個体をできる限り大量に供給することを制度的な宿命としている。
みんなそっくりの個体が地上を覆い尽くすのがグローバル資本主義の理想郷である。
その流れの中で、まず性差が解消された。
一方の性に特化した職種はほとんどなくなった。
これを雇用機会の拡大と考えた人もいたようだが、繰り返し書いているように、財界や政府が男女雇用機会の均等化を推進した最大の理由はそのような人道的なことではない。
それが劇的な労働条件の切り下げをもたらすからである。
一ポストあたりの求職者数が二倍になるのである。
より良質な労働者をより安い賃金で雇用することが理論上は可能になる。
実際にそうなった。
それから年齢差が解消された。
これは気づいていない人が多いけれど、実際に私たちの社会で起きていることである。
子供の成熟が急速に遅くなった。まったく成熟しないまま成年に達し、さらに中年に達し、ついには老年に達する人々が大量に出現してきた。
それは小学生から老人たちまでが「同一の商品」の顧客たりうるということである。
年齢別に商品展開するコストと、年齢にかかわりなく同一商品がつねに売れるという場合のコストを考えれば、資本主義が成熟を忌避する理由はよくわかる。
そして、その場合に「成熟した消費者」ではなく、「未成熟な消費者」を標準とする理由もわかる。
なにしろ「子供だまし」という言葉があるくらいで、無価値でハリボテで装飾過多な商品に子供はたちまち魅了される。
成熟した消費者を対象にものを作るより、「赤子の手をひねる」方がずっとコストが安い。
とりあえず、グローバル資本主義の進行とともに、市場内では、男女の性差が解消され、子供と老人の年齢差が解消され、すべての個体がどんどん標準的な社会行動をとるようになった。
そんなふうにして、「同一種(子供)の個体数」が爆発的に増えたのである。
私たちの社会システムはグッピーの養魚鉢ほどシンプルな構造ではない。
一定比率の大人がいないとシステムは回らない。
子供だけではシステムは崩壊する。
しかたがないので、とりあえず「子供の数を減らす」ことで比率を挽回することにしたのである。
「外側は中高年だが、頭の中は子供」を今さら「大人」にするにはコストがかかりすぎる。
だから、生物学的な意味での子供を減らすことにして、出生数を抑制したのである。
子供の数が減ったのは、子供の数が増えすぎたからである。
簡単な理路だ。
少子化ではなく、実は今起きているのは「増子化」(@古田隆彦)なのである。
だから、私たちが緊急に立てるべきなのは「増子化」対策である。
どうやって、子供たちを大人にするか。
どうやって集団内部に、それぞれ生態学的地位と社会的行動を異にする多様な種を作り出し、それによって環境負荷を軽減するか。
それが最優先の課題であると私は思う。
私が思うんじゃなくて、私たちはすでに無意識的にそう判断して、それに添うように行動し始めている。
しかし、行政やメディアが前提にしているのは、単に労働者と消費者と納税者の数を維持しなければならないということである。
「マーケット」を巨大化し続けることが彼らの目標なのである。
だが、それが不可能だということはもういい加減にわかっていいはずである。
「マーケットを巨大化し続ける」ために資本主義は個体の差を消滅させるということに全力を尽くしてきた。
その結果、同一種の個体数が増えすぎて、「喰う成魚」と「喰われる幼魚」の間の残酷で血腥い「格差」が生じたのである。
少子化対策と称して「子供を産んだら金をやる」というかたちの利益誘導をするということは、要するにその施策を企画している当の本人たちが「子供はいずれ金になる」と思っているということを露呈している。
もし、「子供を産んだら金をやる」と言われて、「それなら産む」という親がいたら、そのような親から生まれた子供は誕生の瞬間に「金が人間の生き死にを決める」という「金の全能性のイデオロギー」を焼き印されたことになる。
この「金の全能性のイデオロギー」を内面化したせいで成熟を止めてしまった「標準的な個体数」があまりに増えたことが「増子化」(すなわち行政のいう「少子化」)の実態だということに人々はいつ気がつくのであろうか。


2009.09.14

ウェブと書籍とコピーライト

ひさしぶりに(ほんとうにひさしぶりに)日曜の午後にぶらりと能を見に行く。
長田の上田能楽堂で神戸観世会。
能は『東方朔』と『花筐』。仕舞で下川先生の『山姥』と家元の『井筒』を見ているうちになんだか、急に稽古がしたくなる。
家に戻って、『考える人』のアンケートに回答。
「インターネットと出版と著作権」について。
いつものようなことを書いて送る。
質問のうちに、これまで考えたことのなかったことがあった。
ひとつは「読む媒体」としてネットは使えるかという問い。
私の答えは以下の如くである。
「個人的な趣味で言えば、小説や哲学書を電車の中でモバイルで読む気にはなりません。どうしてなのかはわかりません。何となくです。文庫本の形をしていて、縦書きで読める読書専用モバイルができたら、とりあえず買うとは思いますけれど。」
新聞は将来消えるのではないかという見通しについて。
「ウェブと新聞の一番の違いは、新聞は『読む気がないのに目に入る』情報があるけれど、ネット上の情報検索では『読む気のある情報』しか目に入らないことだと思います。例えば、『くだらない広告』とか、見出しだけ見てスキップする『くだらない記事』は新聞でしかその存在を知ることができません。新聞は『今、世間ではこのようにくだらない情報に対するニーズがあるのか・・・』ということを教えてくれる重要な情報源です。」
誰でもブログに書くことができるようになったので、物書きの質が変わったかどうかについて。
「誰でも書き手として全世界に個人的メッセージを発信できることになり、参入条件が劇的に緩和されたわけですけれど、それによって従来の出版文化からは排除されていたタイプの書き手や文体が登場してきたということはあまりなかったと思います。真にイノベーティヴな書き手は『参入障壁が低くなったから書き始める』というようなことはふつうないからです。ほんとうに書きたい人は『書くな』と言われても書きます。」
プロの書き手とアマチュアの書き手の壁はもはや「単行本化」されるかどうかしかなくなった観があるけれど、書物という媒体そのものもいずれ消滅するのか。
「『プロの書き手』と『アマチュアの書き手』の違いというのは客観的基準があるわけではありません。本人が『俺はプロだ』と言えば、それでプロです。
ぼくは自分のことを『アマチュアの書き手』だと思っていますが、それはべつに単行本の有無とは関係ありません。『著作物で生計を立てている』ということでもありません。
だって、あらゆる出版社から『あなたの本はもう出しません』と言われたらそのときは『あ、そうですか。じゃ、自分で出すからいいです』って言うはずですから。
ぼくは言いたいことがあるので書いているわけで、『止めろ』と言われても書きたいことは書く。『お金をくれる』から書く、くれないなら書かないというような基準で書いているわけではありません。
『金にならないなら、書かない』ときっぱり断言できるのが真の『プロの書き手』だと思います。
その意味で言えば、今の日本のメディアに物を書いている人間の中に『プロの書き手』と言える人はそれほど多くはいないんじゃないですか。」
などなど。
私は著作権にかかわる議論については、一貫して懐疑的である。
テクストを「商品」だと考えていれば、著作権は保護されねばならないであろう。
けれども、テクストは本来的には「商品」ではない。
それが商品性をまとうのは、「商品として扱った方がよいものがたくさんの人に読まれる可能性が高い」という判断が成り立つ限りにおいてである。
商品扱いすれば、質の良否についてかなりきびしい査定が行われる。良質の商品であるとみなされれば継続的かつ広範に供給される。良質な商品を提供する書き手には「他の仕事を止めて物書きに専念しても大丈夫」なだけの経済的支援ができる。
そのような条件がクリアーされるなら、テクストは商品として扱うことが許される。
逆に言えば、商品扱いしないでも、これらの条件が満たされるなら、あえて市場に投じる必要はない。
現在の著作権についての議論の問題点は、書き手の生計をどう支えるか、商品の売り上げをどう確保するかというテクストの「経済」ばかりが論じられ、「ひとりでも多くの読者に私の書いたものを読んでもらいたい」という書き手の本来的欲求が軽視(ほとんど無視)されていることにある。
何度も書いているように、「本を読む」ということと「本を買う」ということは別次元の出来事である。
かつてアメリカで「ジャガイモの皮むき器」を商品化したメーカーがあった。
たいへん使い勝手がよく、堅牢な商品であったので、よく売れた。
よく売れたが、はやり廃りがあるでなし、すぐに壊れるというものでもないし、一通りゆきわたったら、あまり売れなくなった。
一計を案じた社員がいて、この皮むき器のカラーリングを「茶色」にした。
そしたら、売り上げが一気に向上した。
ジャガイモの皮といっしょに棄てられてしまったからである。
こういうのはどこかが「間違っている」と私は思う。
自社製品がまだ使えるのにどんどん廃棄され、それで売り上げが伸びて、作り手はうれしいのだろうか。
あまりうれしくないだろうと思う。
著作権論者が言っていることは、この「ジャガイモ皮むき器」のセールスマンに似ている。
本の商品性を強調すれば、いつか「買わないけど、読む」という読者よりも「読まないけれど、買う」という購入者の方を優先するようになる。
本が商品なら、「お前の出した本は全部買ってやる。そのまま読まずに燃やしちゃうけど」という顧客にも「まいどおおきに」と頭を下げなければならないのがことの筋目である。
私は本は商品ではないと思っている。
私にとって用事があるのは私の書いたものを読む人であって、本は購入するが中身は読まないという人に、私の方からは特段の用事はない。
こう考えるのは間違っているのだろうか。
でも、私に同意してくれる「プロの書き手」は驚くほど少ない。

2009.09.15

歯が割れた

奧歯が割れた。
割れてギザギザになっているので、それが舌を擦るととっても痛い。
痛いとうまくしゃべれないし、もちろんご飯も食べられない。
しかたがないので予約より5日早めに歯科医へ行って、削ってもらう。
また仮歯をはずして、奥歯の奧の方をごりごりといじっている。
歯のすわりはよくなったけれど、いじったせいで歯茎(というか歯肉)が痛い。
ものを食べると痛い。
このあと、10月の中旬にもう一度手術をして、歯槽骨を形成して、それから半年くらいしてから、できた骨にインプラントを扶植するのだそうである。
手術のあと一週間くらいは歯茎が腫れてしゃべれないから授業はできませんと言われる。
え、そうなんですか。
休講したり会議を休むのはぜんぜん構わないが、引き受けてしまった講演はどうしたらよろしいのか。
一週間のあいだに一度も人前でしゃべる用事がないのは12月3日までない。
カレンダーを見てびっくりである。
よくもこれだけ講演を詰め込んだものである。
これでは風邪も引けない。
まだ新学期が始まっていないけれど、すでに冬休みの来るのを指折り数えて待っている。
それまで病気にもなれないし、歯の治療もできない。
人間として間違った生き方だと思う。
ほんとに。
このブログを読んでいる方々にお願いします。
お願いだから、私にこれ以上用事を言いつけないでね。
歯科医から家に戻って、次の原稿書き。
『街場の家族論』(講談社)と『邪悪なものの鎮め方』(バジリコ)を並行して書き直してゆく。
『邪悪なもの・・・』というタイトルはその昔甲野善紀先生と名越康文先生と飯田祐子先生と冬弓舎の内浦さんとで有馬温泉に一泊して、22時間にわたってひたすら「あっち系の怖い話」だけをした企画があり(思えば私がプロデュースした唯一の出版企画であった)、それをテープ起こしして本にしようと思ったのである。
あまりに怖い上に、放送禁止用語が飛び交い、かつ関係各位のうちに激怒なさるかた続出の内容であったので、ひさしくお蔵入りしていたのである。
今度の本はタイトルだけはそれを借りているけれど、内容はいつものブログ・コンピ本である。
オリジナル『邪悪なもの・・・』は未来永劫書籍化されることはないであろう。ちょっと残念である。

2009.09.16

井上雄彦の天才性について

茂木さんが司会をしているNHKテレビの「プロフェッショナル」に井上雄彦さんが出るというのでテレビを見る。
井上さんがマンガについて語る言葉があまりに素直で深いので胸を衝かれる。
今、日本の作家でも思想家でも、自分の仕事について、これほどまっすぐに本質的な言葉を語れる人がいるだろうか。
私は思いつかない。
井上さんは外部評価を得るために描いているわけではないし、読者の共感を得るために描いているのでもない。
キャラクターたちはある段階からは固有の生命をもって動き始めており、彼らにそのときどきに最適な言葉と表情と動きを与えることがマンガ家の仕事だと井上さんは思っている。
「登場人物が勝手に動き出して・・・」ということは作家でもマンガ家でもよく言うことである。
たしかに、ある程度技術にすぐれたクリエイターなら、彼らが造形した虚構の人物が、物語の中で勝手に動き始め、勝手にしゃべり始めるということはあるだろう。
けれども、それで終わりではない。
「キャラ」たちもまた生身の人間の場合と同じで、物語の中で無数の選択を前にする。
何を言うべきか、何をなすべきか、彼らも迷う。
彼ら自身にとって、もっとも必然性のある言葉は何か、行為は何か。
それを言うことで過去から解放され、それをすることで未来が拡がるようなものがあり、そうならないものがある。
わずか一言で「キャラ」が同一人物でありながら、まったくの別人になってしまうことがある。
今の井上さんの技術的な関心は、一人の登場人物の生身から絞り出されて来る決定的な一言をつかまえること、その語の奥行きと深さを担保する顔を描くこと、この二点に集中している。
「顔を描く」画力において、日本のみならず世界のマンガ家の中でも井上雄彦に伍する描き手はもういない。そのことは誰でもが認めるだろう。
でも、井上雄彦の天才性は、その「キャラ」以外の誰も口にすることがなく、それを口にしたことによって、その「キャラ」が「その人」自身になるような決定的な一言を探し求める真摯さのうちにむしろ存すると私は思う。
もう一つ気がついたことがあった。
井上さんは『スラムダンク』でも『バガボンド』でも『リアル』でも、「短期間内に急速に成熟しなければならない少年の成長のドラマ」という話型を選んだ。
この「時間的切迫」のもたらすサスペンスは井上雄彦に限らず、多くのすぐれた少年マンガに見ることができる。
それが「締め切り」を前にして、短期間のうちに、自分で納得のゆく物語を作り上げ、絵を描き上げなければならないマンガ家自身の切迫と同型的なのだということに気づいた。
「描き手自身が成長しない限り、登場人物が成長することもない」と井上さんは語っていたけれど、それは言い換えると「締め切りまでに自分が人間的に成長しなければ、登場人物が前回よりも人間的に成長することはありえない」ということである。
これほどタイトな条件を自分に課して仕事をしている人間は、いまの日本にはほとんどいない。
このまま行くと井上雄彦のために「ノーベル漫画賞」を創設しなければならなくなるかも知れない。
いや、ほんとに。
それにしても、このような天才を生み出し得た日本のマンガ文化の土壌の厚みと豊穣性は正しく評価されなければならないだろうと思う。
どうして、日本のマンガはこれほどクオリティが高いのか。
それについては『日本辺境論』の終わりの方に書いたので、読んでね。
それから、テレビを見ていたら、井上さんのアトリエの仕事机の後ろの書棚に『死と身体』があった。
わお。

2009.09.17

デモクラシーのコスト

鳩山由紀夫内閣が成立した。
新閣僚の所信表明の記者会見を遅くまで見る。
これまでの三代の自民党内閣では、新閣僚の所信表明なんか、一度も見たことがなかったのだが、やはり政権交代ということになると、何を言うのか興味がわく。
閣僚名簿を見て、世の中大きく変わったなあと思う。
会ったことのある人が二人(仙谷由人さんと福島瑞穂さん)閣僚に入っているからである。
お二人とも、わりと長時間、政治についてお話しした。
仙谷さんとは松井孝治、松本剛明、細野剛志という四人の民主党代議士のみなさんと、福島さんとは差し向かいで。
「ウチダと会って話がしたい」というような奇特な人が大臣になってしまうご時世なのだと思うと、まことに時代が変わったことが実感されるのである。
And the first one now will later be last
For the times they are a-changin'.
事務次官会議は廃止され、事務次官の記者会見の習慣も廃止された。
省庁を代表して公式な見解を述べるのは行政官ではなくて大臣であるべきだと藤井財務省が気色ばんで言っていた。
それを聴いて、「霞ヶ関支配」といわれる言葉が「行政官の横暴」ではなくむしろ「政治家の劣化」のことを指しているのだなあとしみじみ思った。
官僚のレクチャーを受けて、ペーパーをもらわないと答弁ができない大臣たちの姿を私たちはずっと見てきた。
予算委員会で野党議員に質問されて「これは専門的な問題ですので、担当官に答弁させます」と言って役人に答弁を譲って座ってしまった大臣がいた。
正直な人である。
ただ、こういう事態を「官僚支配」というのは日本語の使い方として間違っている。
「政治家の劣化」というべきだろう。
このような事態をなんとかしたいという民主党の意気込みはわかる。
でも、「政治家の劣化」を解決する方策として、「政治主導」を提唱するのは、論理的にはつじつまが合っていない。
「政権交代が実現した」ということから「政治家の質が変わった」と推論することは可能だが、「政治家の質が上がった」と推論することはできない。
間違いないのは一つだけで、それは選挙で選ばれた政治家たちは「直近の民意」を代表しているということである。
だから、「民意」を以て「質保証」に代えると新政権は告知すべきだろうと思う。
私たちは「ただしい政策」であるかどうかはわからないが、「有権者が求める政策」を実施する。
新政権ははっきりそう宣言すべきだろうと私は思う。
それでいいと思う。
デモクラシーというのは「そういうもの」だからである。
トクヴィルは『アメリカのデモクラシー』の中で、デモクラシーはアリストクラシーに比べて不完全な制度であるが、それでも美点があると書いている。
「アメリカのデモクラシーにおいて、民衆はしばしば権力を託する人物の選択を誤る。」
しかし、そのような「間違って選ばれた統治者」たちの手で現にアメリカは繁栄している。
なぜか。
それは「デモクラシーにおいて、公務員が他より権力を悪用するとしても、権力をもつ期間は一般に長くはない」からである。(アレクシス・ド・トクヴィル、 「アメリカにおけるデモクラシーについて」、岩永健吉郎訳、『中央公論世界の名著33』、中央公論社、1970年、456頁)
デモクラシーが前提にする人間観は、人間はたいていの場合、権力を長くもつと「悪いこと」をするという経験則である。
だから、統治者を定期的に交替させるルールが必要である。
統治者が非常に有能であった場合、彼に交替を要求することは心理的にも、制度的にも困難になる。だから、できれば、統治者は最初からそれほど有能でない人間を選んだ方がいい。
統治者はただ民意の代表者でありさえすればよい。
それがアメリカのデモクラシーの本質だとトクヴィルは看破するのである。
「疑いもなく、支配者に徳と才とが備わっていることは、国民の福祉にとって重要である。しかし、それにもまして重要なのは、被支配者大衆に反する利害をもたぬことである。もし民衆と利害が相反したら、支配者の徳はほとんど用がなく、才能は有害になろうからである。」(457頁)
トクヴィルがこの文章を書いたのはアメリカが建国して60年ほどのことである。
その時点でトクヴィルはよくデモクラシーの本質を見抜いたと思う。
有能で有徳だが、「民衆の利害と相反する」政策を行う統治者よりは、さして有能でも有徳でもないが、「民衆と利害を共にする」統治者の方が好ましい。「賢い統治者」よりは「身の丈にあった統治者」の方が好ましい。
それがデモクラシーの公理である。
私は「官僚主導」から「政治主導」へというのは、その意味でデモクラシーの「本道」だと思う。
日本の官僚たちは、必ずしも有徳ではないが、多くの場合政治家たちよりも有能である。
そして、自分たちが構想した国家ヴィジョンが「民意」に従うよりも国益の増大に資すると判断した場合には、「民意」に抵抗することを厭わない。
何が悲しくて「有能な官僚」が「無能な政治家」や「愚鈍な選挙民」の風下に立たなければならぬのか、と官僚たちは不満げに言うであろう。たしかに理屈に合わない。
だが、それがデモクラシーなのだ。
「ただしい官僚」の意見よりも「間違った民衆」の意見を優先する。
それはその方が「ただしい」からではない(「ただしい」のは官僚の方なのだから、民衆の意見は間違っているに決まっている)。
けれども、短期的にはそれで失敗があっても、長期的に見た場合にはその方が利得が大きいのである。
というのは「官僚」たちは自説に固執するが、「民衆」はころころ意見を変えるからである。
官僚の判断が仮に99%ただしくても、1%の誤りを犯すことがある。だが、そのとき彼らは「勝率99%」を理由にして、その1%の誤りを決して認めない。
民衆の判断は多くの場合誤るが、彼らは「何だかこの政策はうまく行っていない」と感じたら、100%の確率で意見を変える。
ビューロクラシーとデモクラシーの差はこの1%の差にしかない。そして、その1%が国家存亡の分岐点になることがあるという経験知が私たちをデモクラシーに導いたのである。
このあと、メディアは新政権の掲げる「政治主導」に対して、かなり批判的な態度で臨むと思う。
「政治主導」というが、当の「政治家の質」は誰が担保するのか。政治資金やら下ネタスキャンダルやらワキの甘い与党政治家についての報道がなされて、「こんな連中に統治者の資格があるのか」という論を立てるものが出てくるだろう。
その指摘はまことに「ただしい」。
でも、それは「デモクラシーのコスト」として受け容れなければならないのである。

2009.09.18

いま、学校教育に求められているもの

兵庫県立教育研修所にて、去年に続き、県立高校の二年次校長のための研修会で講演。
県下の高校の校長先生たちにまとめて「営業」できる機会なのであるが、今回は入試部長として行っているわけではない。
お題は「今、学校教育に求められているもの」。
鳩山内閣の教育政策への期待から始まり、公教育への財政支出の対GDP比の話、消費文化と原子化の話、ブリコルールの話と、話頭は転々したが、メインテーマは「学校は子どもを成熟させる場である」ということである。
学校教育についての評言のほとんどは、それがどういう「利益」を「受益者」である子どもたち、および「金主」である家父長たちにもたらしているかを基準になされている。
けれども、学校教育の本義は「利益」によって表示されることはできない。
その人類学的使命は「子どもを大人にする」ということに尽くされている。
「大人」とは人間の社会的活動の意味を考量するときに「それをするといくらになるの?」というような「子どもじみた」問いを発しない人間のことである。
なぜ、そのことをしなければならないのか、その理由を「それがもたらす利益」によって実定的に言うことはできないが「どうしても、そのことをしておかないと、 『よくないこと』が起こりそうな気がする」という直感に基づいて、誰にも命じられず、誰にも責任の分担を求めず、固有名において「そのこと」を敢行できる人間、それが「大人」である。
カミュが言ったように「いかなる上位審級も規矩として機能していない局面で、なお適切に行動することができる能力」が人間の真の人間性を構築しているのである。
「大人」というようなむずかしいものに定義の決定版があるはずはないのだが、とりあえず、これが今日の「大人の定義」である。
学校教育を「子どもを成熟させる制度」という観点から見ると、今日の学校教育をめぐる「ねじれた」構造が理解できる。
学校教育の意義を「それがもたらす利益」によってしか考量できないものは、語の定義に従えば「子ども」である。
そういう人間は年齢がいくつであろうと、総理大臣であろうと経団連会長であろうと教育学者であろうと、「子ども」である。
そして、きびしい言い方だが、学校教育が「子どもを大人にする」機能を担っている以上、「子ども」には学校がどうあるべきかを言うことができない。
それでもぜひ言いたいことがあるというのなら、言うのは当人の自由だが、耳を傾けるべき知見がそこに含まれている可能性はきわめて低い(原理的にはゼロである)。
だが、年ばかり食った「子ども」たちが「学校教育はこうあるべきだ」ということをうるさく議論してきたせいで、学校教育は「こう」なった。
そろそろ学校教育の機能をその本義に戻すべき時だと私は思う。
学校で子どもが経験すべきなのは、「なんだか訳のわからないもの」に取り囲まれ、「ルールがわからないゲーム」にプレイヤーとして参加しつつ、その中で適切にふるまうという試練である。
どのような不条理な状況の中にも、「それでも比較的条理の通った部分」はある。それを見つけ出すのが第一の仕事である。
私たちがどこでもそうしているように、「いったいここでは人々はどういうルールでゲームをしているのだろう」と当惑したときに、教えてくれそうな人を探して、その人に訊く。
「この人に訊けばわかりそうな人」を目を凝らして探し出す。
「私がどこに行けばいいのか教えてくれる」人のことを「メンター」という。
私自身は自分がどこに行けばいいのか知らない。
けれども、その人は私の行き先について知っている。
そういう人を見出さなければならない。
だが、どうやって?
自分の行き先があらかじめわかっていれば、「ここに行く道を知っている人、いますか?」と訊ねることができる。
でも、子どもは自分の行き先を知らない。
にもかかわらず自分をあやまたず行き先に導いてくれる人を捜し当てなければならない。
それが「正しい行き先」であったかどうかは、着いてみなければわからない。
でも、感度のよい子どもはそこに行く道を、とりあえず途中まででも、先に進めてくれそうな人を探り当てることができる。
現に、すぐれた探偵小説は必ず「そういう話」である。
できの悪い探偵小説だと、「目的地」まで連れて行ってくれる「謎の人物」が開巻早々いかにも「謎の人」のような顔をして登場してしまう。「あ、こいつが事件の鍵を握っているのだな」と読者にすぐわかる。
できのよい探偵小説の場合、大団円へ続く最後のドアを開けるのはたいてい「意外な人物」である。
探偵のかたわらにずっといた「凡庸な人物」や背景に紛れていた「二流の登場人物」(執事とかね)が事件解決の鍵を握っている。
さらにすぐれた探偵小説においては、探偵自身が(それと知らずに)事件のもっとも重要な鍵を握っている。探偵は自分自身が事件の鍵そのものであったことに、事件解決の最後の瞬間にまで気づかない。
実は「私自身」が私を導いていたのだ・・・というのがよくできた探偵小説に繰り返し見られる説話構造である。
どうして、このような話型が好んで繰り返されるのかというと、それが「メンター」に出会う構造と相同的だからである。
私たちの世界では、あらゆる人が潜在的には「メンター」として機能する。
すべての人が何らかの仕方で、「私」がどこにいて、何をしているのかについて、その人しか与えてくれることの出来ない唯一無二の情報を持っている。
その人を経由したせいで、目的地に早く着く場合もあるし、長い迂回を強いられることもある。
けれども、いずれにせよ、彼らに出会う必然性が私にはあったのである。
だから、すぐれた作家は探偵小説に惹きつけられる。
それが「成熟の物語」だからである。
筒井康隆は以前『罪と罰』は推理小説である(でも、犯人が最初からわかっている点が問題)と書いたことがあったが、これは洞見というべきであろう。
『罪と罰』をペトローヴィチ予審判事が探偵で、彼が狡猾にして純真という(厄介な)犯人、ラスコーリニコフを「落とす」までの長編探偵小説として読むと、きわめてすぐれた探偵小説の構造になっていることがおわかりいただけるはずである。
学校が成熟の場であるということは、平たく言えば、学校で、子どもたちは「すぐれた探偵」になるための訓練を受けるということである。
手がかりは現場に残された意味不明の断片と、つじつまの合わない証言だけ。
それを手がかりに、一人また一人と「行き先を教えてくれそうな人」を探り当て、彼らからそのつど有用な情報と支援を引き出し、最後に関係者全員を前にして、「ここでほんとうは何が起きたのか」についてつじつまのあった物語を一篇語る。
探偵小説の本質的なアポリアは、「そこでほんとうに起きたこと」は時間が不可逆である以上、どのような名探偵も実は言うことができないということである。
それはいずれにせよ「つじつまのあった一篇の物語」に過ぎない。
同じ事態を説明できる、「それとは違う物語」が実はそれ以外にもいくつも(潜在的には)存在するのである。
だから、すぐれた探偵小説の中には、探偵が事件を鮮やかに解決したあとに、実は「本当に起きたことは、そうではなかったのだ」という一言をぽろりと漏らす・・・というツイストの効いたエンディングが用意してあることがしばしばある。
「私の目的地」というのは「お話しである。
それはそこに着いたときに「こここそ『私の目的地』だったのだ」と誓言をなすものにとってだけ存在する。
その誓言によって、それまでのすべての旅程が輝かしいものに変わる。すべての出会いの意味、すべての試練の必然性が理解される。
けれども、意味や必然性はそれらの出来事に内在していたのではない。「こここそ『私の目的地』だったのだ」と誓言した人間が事後的に構築したものである。
「大人」というのは自分が生きたことの意味を担保するものは自分の外部や上位には存在しないということを知っている人間のことである。
それは先ほど書いた。
自分が生きたことの意味を自分で構築するというのは、いわば、自分の全人生の価値を「私造貨幣」で表示するようなものである。
あらゆる貨幣がそうであるように貨幣の価値を決定するのは、それが現に貨幣として流通しているという原事実である。
だから、「私造貨幣」に貨幣としての価値をあたえるのは、それが現に有用であるという事実だけである。
「これを学ぶことが何の役に立つんですか?」という問いを教育の場で許してはならないということはこれまで何度も書いてきた。
学んだことが「役に立つ」かどうかを決めるのは学ぶもの自身である。
価値は知識や情報や技術に内在するのではない。
それを用いる人間が構築するのである。

2009.09.19

新学期がそろそろ始まる

三宅接骨院で治療。
週一ペースで三宅先生に身体のメンテナンスをしていただいている。
少し前に右の背中が痛かったのだけれど(体調が悪くなると、必ずここが痛み出す)、歪みをなおしてもらったら右膝と右背中の痛みが消えた。
『Sportiva』の取材で御影の高杉で刈部さんインタビューを受ける。
お題はイチロー。
先日、9年連続200本安打の記録を立てた偉大なベースボールプレイヤーであるが、記録に言及されることをあまり喜ばないのはどういうわけか。
それは彼の卓越したパフォーマンスを数値的にしか表示しようとしない日本のスポーツメディアの能力の低さにうんざりしているからではないかという話をする。
アスリートのパフォーマンスを数値でしか語れないというのは、現代日本を覆い尽くしている「幼児化」の端的な徴候である。
スポーツメディアが書くのは「数字」と「どろどろ人間模様」だけである。
アスリートについて書かれていることは、記録や順位や回数について、ローカルな人間関係についてか、ほとんどそのどちらかである。
ベースボールプレイヤーについて書くときに、打率や打点や本塁打数や出塁率やにしか言及できないというのは、喩えて言えば、バレーダンサーのパフォーマンスについて論じるときに、ピルエットの回数とかジュテの高さとかリフトしたバレリーナの体重だけを書き、「舞踊そのもの」については何も書かないようなものである。
野球もまた身体的パフォーマンスであり、それが与える喜びはダンスを見る場合と変わらない。
それは卓越した身体能力をもった人間に「共感する」ことがもたらす快感である。
長嶋茂雄という選手はもう記録においてはほとんどすべてを塗り替えられてしまったけれど、彼がプレイするときに観客に与えた快感に匹敵するものを提供しえたプレイヤーはその後も存在しない。
長嶋茂雄はただ「守備しているときに来たボールは捕って投げる。攻撃しているときに来たボールはバットで打ち返す」ということだけに全身全霊をあげて打ち込んだプレイヤーである。
長嶋のプレイを見ているときに、私たちは彼の身体に想像的に嵌入することを通じて「野球そのもの」に触れることができた。
その意味で長嶋は一種の「巫者」であったと思う。
長嶋がそうであったように、卓越したパフォーマーに私たちが敬意を払うのは、その高度な能力を鑑賞することを娯楽として享受できるからではない。
そうではなくて、私たちの日常的な感覚では決して到達できない境位に想像的に私たちを拉致し去る「involveする力」に驚嘆するからである。
刈部さんとのインタビューではイチローと井上雄彦さんの「相貌上の相似」がひとつのトピックになった。
ふたりとも若いときは、「ふつうの青年」だったが、今やまるで禅僧のような、武道家のような透き通った面立ちになっている。
それは「遠くを見ている人」に固有のおもざしである。
ひとりは野球という「興行」をつうじて、ひとりはマンガという「娯楽」をつうじて、ある境界線を突き抜けてしまった。
あらゆる職業には「これくらいでよかんべ」というラインがある。
99%の人間は、そのラインをみつけると、そこに居着く。
1%(もっと少ないかも知れない)の人だけが、それを超える。
「そこまで行くことなんか誰も君に要求していない。いまのままで十分じゃないか。これ以上自分に負荷をかける必要はないだろう」という制止の声を振り切って、歩み続ける。
歩み続けることを止められないその人たちをみていると、人間はどのような職業の、どのような知識や技能を通じても、「行けるところまで行こう」とすると、「向こう側」に突き抜けてしまうのだなということがわかる。
そして、私たちは凡庸な人間には決して達することが出来ない境位に私たちを導いてくれた人々に対して敬意を払うことを禁じ得ないのである。
というような話をする。
そのほか部屋にある花を咲かせてしまう橋本治さんの「熱いオーラ」の話とか、面白い話がいろいろあったのだが、それについては『Sportiva』を買って読んでね。
取材後、大学へ。ひさしぶりの教授会。
会う人ごとに「とうとう始まってしまいましたね」「やですね・・・」と挨拶を交わす。
新学期が始まるときに、開口一番「いやですね」という言葉をみんなが言い交わすというのもちょっと問題だよなと思うが、ほんそうにそう思うのだからしかたがない。
『日本辺境論』のゲラがもどってきたので、初校に手を入れる。
少し時間をあけて読むと、わりと読みにくいものである。
少しいじりこねくり回しすぎたのかもしれない。
一気に書いたものは、あまり推敲しないで、そのままにしておいた方が読みやすいのかもとちょっと反省して、わかりにくいところをざくざくと削る。
リーガロイヤルに移動して、久田舜一郎先生の12月の公演の打ち合わせに参加。
久田先生の他にお嬢さんの小鼓方の陽春子さん、ご主人のシテ方の寺澤幸祐さん、そしてヨメと私で今回のイベントにゲスト出演していただく河内厚郎さんと玉岡かおるさんにご挨拶をするのである。
私はべつに制作企画とは関係ないのであるが、玉岡さんにはご挨拶せねばならない筋がある。
ご存じのとおり、玉岡さんは本学の卒業生(お嬢さんも卒業生)で、大学広報にさまざまなかたちでご協力いただいている。
つい先日“Four Seasons” というタイトルの岡田山の四季を撮った写真集を出したのであるが、玉岡さんが「春」について書き、私が「夏」について書いた。
そういうご縁のある方なので、入試広報の責任者である入試部長としてはこの機会に親しくお礼とご挨拶を述べねばと思ったのである。
玉岡さんはヴォーリズの奥さんの一柳満喜子の伝記をご執筆中とのこと。
一柳満喜子は小野藩藩主一柳子爵の娘で、神戸女学院音楽部の卒業生である。
いま、ウィリアム君と満喜子さんの最初の出会いをどこに設定しようか苦労しているところだそうである。
能楽堂で見合いというのは「あり」でしょうかという質問があり、久田先生と陽春子さんが昔の能楽堂の「御簾席」の構造について説明してくれる。
ついでに私も小津安二郎の『晩春』で笠智衆と三宅邦子が「杜若」を見る場面のカメラワークについてご説明をする。
河内さんが途中から加わって、阪神間のさまざまな歴史的トピックについて(OSKの話、香櫨園にあったアミューズメントパークの話、高砂から住江を見た景色の話、室津の遊女の話などなど)きわめてディープな話が始まる。
話し込んでいるうちに吉兆の客は私たちだけになってしまった。


2009.09.24

夢の合気道合宿

19日土曜日から日記の更新をしていなかった。
忙しかったのである。
忙しかったと言っても「楽しいイベント」であるが。
19日は合気道の稽古のあと、夕方から京都オークラホテルで養老孟司先生と対談。
養老先生とお話ししていると脳が暴走しはじめてくる。
私がしたのは、ハリウッドバカ映画に見るアメリカのセルフイメージの変化の話。
ご案内のとおり、ハリウッドのヒーロー映画の主人公が「悪と戦う」説話構造はアメリカそのものの国際社会におけるセルフイメージを映し出している。
最近のこの手の映画で出色の出来のものは『ウォッチメン』。
自分はヒーローだと思っている人間が実は諸悪の根源で、世界に秩序をもたらしているつもりで、世界を破滅に導いているというストーリーはアメリカの自意識がかなり健全の機能していることを証示している。
「ベスト・アンド・ブライテスト」こそがアメリカを危機に陥れているリスク・ファクターであるという物語構造はこの20年くらいほとんど定番化している。
それに代わるヒーロー像が興味深い。
「できることからこつこつと」足元のゴミを拾う「どぶさらい」型の人なのである。
「トラブルを一気に解決」型のソリューションに対するひそやかな不信がこのような人物造型に反映しているように私には思われるのである。
養老先生とは11月8日に京都国際マンガミュージアムで対談をすることになった。
お題はもちろん「マンガ」である。
詳細がきまりましたら、またブログのイベント欄で告知しますね。
日曜日は朝から原稿書き。夕方から六甲アイランドで、大倉源次郎先生の会で『安達原』をやるのでヨメに連れられて見に行く。
終わってから先生方に楽屋でご挨拶する。帰りに住吉の吉芳でラーメンと唐揚げと餃子を食す。
月曜から水曜までは合気道の秋季合宿。いつもの神鍋高原。
観光バスを仕立てて、遠足気分ででかけたのはよいのだが、これがシルバーウィークの中日で、高速道路1000円デ―。
行きの阪神高速の入り口からすでに渋滞。名谷まで延々と大渋滞、ほとんど車はそこから明石海峡大橋を通って淡路島へ分岐する。
おそらくは四国うどんツァーに向かう人々と推定される(これだけの胃袋を香川、徳島のうどん在庫が満たしうるのであろうか、心配)。
うどんツァーの諸君と別れてやれやれと思ったのもつかのま、日ごろはがらがらの播但道も大渋滞。
いつも「黒豆ソフト」を食べる朝来SAも車が駐車場からあふれていて停車できず。
和田山で降りたときにはすでに稽古開始予定時刻の2時を回っていた。
しかし、いったいこの民族大移動的な自動車の列はどこへ向かっているのであろうか。
まさかみなさん出石にそばを食いにゆくわけではあるまいに。
やむなく、近場のコンビニに緊急停車して、コンビニご飯で車中飯。
2時間半おくれて現地着。
さっそく稽古の支度にかかるが、またもトラブル発生。
畳にガラス破片が散乱していたのである。
畳を運んでいる私が手を切って、そこで畳についていた白い破片がゴミではなくて、ガラス破片であることに気づくという粗忽な話であるが、まさか畳にガラスをつけたまま積み上げておくような非常識な使用団体があるとは思わなかった。
直前にこの畳を使ったのは京都の某大学の合気道部である。
ガラス窓を割ったということだけは宿の人に申告したようだが、ガラスの破片を畳に散らしたまま掃除せずに帰ったのである。
かつて武道家の心得を多田先生のお伺いしたとき、先生は「照顧脚下」と即答された。
「足元を見よ」と。
足元を見ずに帰った諸君は武道家としての資格が自分にあるかどうか熟慮願いたい。
ガラス破片拾いでずいぶん時間が遅れてしまったが、さいわい切り傷は二人だけで済んだ。
二日目午後に審査。
“社長”が三段、キヨエさんが二段、ババさん、ムカイさん、タカハシさんが入段、晴れて栄光のブラックベルツ入りを果たした。
みなさん、おめでとう。さらなる精進を期す。
1級にタハラさん、ハシモトさん。二人は来春のブラックベルツ入りめざしてがんばってもらいたい。
オカヤマさんとサキヤマカナコが2級。
“会長”とユアサくんが4級。
ハヤカワさん、ヤナガワさん、サカグチさん、タナカさん、タカミーはこれでザ・ハカマーズ入り。
“社長”の昇段で三段の人数がだいぶ増えたので、三段取得者を今後「スリーディグリーズ」と呼称することに勝手に決定。
別に名前があるだけで何をするわけでもないが、まあ、そういうことである。
四段昇段者もこれからクラブ化することにした。
クラブ名は「ザ・ディグレッションズ」
別に他意はないが、「ザ・プレコンセプションズ」よりは言いやすい。
例によって、稽古、風呂、飯、酒、寝る、風呂、稽古、風呂、飯、寝る、稽古、風呂、飯、酒、寝る、風呂、稽古、飯、寝る、稽古、風呂、飯というシンプルな二泊三日で、全員ニルヴァーナ状態となって帰途に就く。
帰りはどういうわけか播但道も山陽道もからからに空いていて、2時間半ほどで三宮着。
合宿のあれこれを仕切っていただいた、事務局のキヨエさん、タニオさんに感謝です。
ウッキー、バスガイドありがとう。オカヤマも「しおり」作ってくれてありがとね。


2009.09.28

AO入試が始まった

AO入試の第一次選考。
これから3月半ばの後期試験の判定教授会まで、半年にわたる長い入試シーズンが始まる。
入試部長として、この入試業務の全体を統括しなければならない。
もちろん実務は入学センターの職員がやってくれるので、決定したことについて(とくに失敗したことについて)責任を取るのが私の仕事である。
立場上責任を取ったり謝ったりすることはさっぱり気にならない。
世の中には、「立場上」であれ、責任をとることを好まぬ人もおられるけれど、「立場上」というのは要するに「命までは取らない」ということである。
そういう機会に「取れるものは取っておく」というのはずいぶんと大事なことである。
予定納税のようなものである。
そのうち「どかん」と来るかもしれないものを小出しに払っておくと後で助かる。
私が「わりとどうでもいい局面」ですぐに謝るのは、「絶対譲れない局面」で絶対謝らないための「貯金」をしているのである。
8月のオープンキャンパスの来場者が前年比110%と堅調であったので、今年の志願者確保について私の見通しは楽観的である。
とはいえ、大手私学が軒並み新学部新学科を創設し、高校の系列化(“囲い込み”)を進めている中で受験生の動向についてはやはり見通し不良と言わねばならない。
だが、巨大私学のスケールメリットは裏返せば「スケール・デメリット」でもある。
それは「数を集めること」がどうしても施策上優先するということである。
経営規模がある線を越えると、「こういう教育をしたいので、学生を集める」ということから「学生を集めたいので、こういう教育をする」という方向に発想そのものが変わる。
「教育を継続するためには収支が黒字でなければならない」という考え方が放棄され、「収支が黒字になるような教育をしなければならない」という考え方が「ふつう」になる。
それは大学が「教育」の場ではなく、「ビジネス」の場に変わったということである。
学校が教育サービスの「売り手」になり、学生たちがその「買い手」になるということである。
そして、需給関係では、いまは「供給過剰」であるから、市場のルールに基づき、商品の選択権は志願者たちの側にある。
当然、大学は入りやすくなる。
受験生にとっては喜ばしい状況のように見える。
だが、それは短見というものである。
それは「商品」の売り買いにおいて、買い手の属人的なファクターは誰も気にしないからである。
商品を買ってくれれば「誰でもいい」というのが市場のこれもルールである。
志願者は「買い手」の立場で学校にかかわるときに、消費者として商品を選択する権利の代償に、「買ってくれるなら誰でもよい」という買い手における「属人性の消去」という重い事実を引き受けなければならない。
金さえ出せば、幼児でも、大人と同一の商品を買い、同一のサービスを享受することができる。
属人性を一切顧慮されないということは、しばしば社会的立場の弱い人間にある種の全能感をもたらす。
けれども、どんな場合でも先取りされた全能感はそれと等量の無能感によっていずれトレードオフされるのである。
「商品を買ってくれさえすれば買い手は誰でもいい」ということは言い換えれば、学校がその入学者に向かって、「ここにいるのは君でなくてもよかったのだ」と宣言しているということである。
そのメッセージは執拗低音のようにつきまとって、学生たちのアイデンティティの基盤を腐食させる。
学びの場を活性化するのは「私はここにいるべき人間である」という「選び」の意識である。
「私が今、ここで、この人から、このことを学ぶことは生まれたときから決定されていたのである」という妄想に近い断定によって学びは劇的に進捗する。
「私がどうしてここにいるのか」の理由を実定的に列挙できる場合には、そのような断定はもとより不要のものである。
「私がこの学校にいる理由」としてもっとも説得力があるのは、「ここしか受からなかったから」と「ここなら受かりそうだったから」である。
これに対して「そういう理由で学校を選んではいけない」と叱る親や教師はいない。
「まあ、それじゃ仕方がないよな」と頷く。
しかし、ここで「まあ、それじゃ仕方がないよな」と言わせたら「終わり」なのである。
どうしてここにいるのか、その理由が本人にもよく理解できるし、まわりの人間も理解しているような場にいる人間は、「自分が他ならぬその場にいる理由」を自力で構築する必要がなくなるからである。
非合理的な話だが、「どうしてこの学校を選んだのか、その理由がうまく言えない」ということが学びにおいてはしばしば決定的に重要なのである。
それは武道を教えているとよくわかる。
合気道に入門してくるときに、入門の理由を妙になめらかに説明する人間がいる。
あれこれの武道や身体技法を遍歴し、さまざまな武道書などを読み漁り、「やはり合気道しかないと思いまして」と言って訳知り顔で来た入門者は、経験的に言って、まず長続きしない。
入門動機をぺらぺらと言い立てたあげくに一回来ただけで止めてしまった人間を何度も見た。
それよりは、合気道って何だか知らないけれど、「友だちについてきて、つい勢いで」というような「あくび指南」的動機で入門した人の方がたいてい長続きする。
それは「どうして自分がここにいて、こんなことをしているのか、よくわからない」からである。
よくわからないから、なんとかして理由づけをしようと思う。
これは「学び」のすべてについて起きていることである。
人間はまったく無動機的に何かをするということはない。
だから、「あくび指南に通おうと思うんだけど、お前も来ない?」と誘われたときに、なんとなく「うん、いいよ」と頷いたことには、実は本人もわかっていない何らかの意味があったはずなのである。
「やだよ」という即答だって十分ありえたはずだし、その拒絶には十分な基礎づけがあったのである(なにしろ「あくび指南」なんだから)。
にもかかわらず来てしまった以上、そこには明示されていない理由、本人も「まだ知らない理由」があったのである。
どれほど自分の内側を覗き込んでも「学ぶ」ことへのつよい内発的な理由を見出すことはむずかしいときには、とりあえず「学んでみる」というのが古来の常識である。
その仕事が何を意味するのかわからないけれど、とりあえず「ご縁」があった以上はまじめにやるというのは、職業倫理の基本である。
もし、自分にその有用性と意味がわかっていることしかやらないということをルールにしていたら、ほとんどの仕事はそもそも始めることさえできないであろう。
シャーロック・ホームズは恒産のある高等遊民であったので、その探偵活動は報酬を求めてのものではなかった。
だから、仕事を好きに選んだのかというと、そうではない。
ホームズは仕事を選ばなかった。
シャーロック・ホームズの冒険譚のうち、「依頼人が来たが、探偵を引き受けなかったので何も起こらなかった」という話はひとつもない(当たり前だけど)。
「手間の割には報酬が少ない」とか「私のような名探偵が出張るまでもないゴミ事件である」とか「なんか、身体がだるいし」というような理由でホームズが依頼人を追い返した事例を私は知らない。
どんな事件でも、どんな依頼人でも、ホームズは引き受けた。
彼がその推理を始めるきっかけは、「その事件が何を意味するのか、よくわからない」からである。
「よくわからない」のだけれど、「なんだかわかりそうな気がする」のである。
問題がある。まだ解いていないのだけれど、いずれ解けそうな気がする。
その「感じ」にホームズは抵抗できなかった。
だから、ホームズは『まだらの紐』や『バスカーヴィル家の犬』のようなおおがかりな事件も、『赤毛クラブ』や『白銀号事件』のようなしょぼい事件もひとしなみに扱った。
「ご縁」があったからである。
そして、どの事件においても、そこで行われることは、「よく意味のわからない断片」と「説明のつかない出来事」をとりまとめ、説明できる「文脈」を探り当てるという点については、まったく同形的なのである。
これは私たちが日々行っているすべての知的活動について妥当する。
このような知だけが真に実践的に有用な知なのである。
スペクタキュラーな事件においてのみホームズの推理が例外的に活発に機能し、どんくさい事件では脳の一部しか使われなかったというようなことはない。
どれほどしょぼい事件でも、「説明のつかないこと」を説明するために稼働する知的装置は同じである。
だから、どんな事件を推理しても、そのつどホームズの推理能力は不可逆的に向上し続けるのである。
閑話休題。
私が申し上げたかったのは、あらかじめその有用性と意味が一覧的に開示されない限り、知性を活動させないというような横着なことを言っている人間は生涯知性と無縁である他ないということである。
「おれは意味のあることしかやらない」「自己利益が増大することが確実であることしかやらない」というようなことをうそぶいている人間はついに無為のうちに人生を終えることになるであろう。
学びを起動させるもっとも効果的な動機は、「なんだかわからないけれど、ここに来てしまった」、「ここに呼ばれたような気がした」という感じである。
固有名において学生たちに呼びかけること。その余人を以ては代え難い固有性において呼びかけること。
それは「商品を売る」という行為と隔たること遠い。

土曜日はお稽古をお休みにして、長久手にある愛知県立大学に講演に行く。
たいへん気配りの行き届いたおもてなしを受ける。
ずいぶん前から図書館に私の著書のコーナーを設けて貸し出しするのみならず、発達心理学の加藤義信先生が私の著作について懇篤な「解説」を書いて(なんと「内田樹讃」という驚倒しそうなタイトルで)配布してくださったのである。
加藤先生の内田論は私がこれまで読んだ書評中で「これほどほめてもらったことがない」ほどに好意的なもので、このようなものばかり読まされていたら、私のような弱い人間はたちまち人間としてダメになってしまうことが必定と思われるほどに甘美なものであった(もちろん座右に置いて、日々繙読しているのであるが)。
聴衆は900人ほど。学生さんたちもまだ夏休み中なのに多数お集まりくださった。
ありがたいことである。
お題はいつものように教育の話。上で書いたようなことをお話しする(だって上の部分は行きの新幹線の中で書いたのである)。
第二部が加藤先生との対談と質疑応答。
それにしても自分の書いた本のことについてひとと話をするというのは奇妙な気分のものである。
関川夏央さんがうちの大学の文学の授業で、「自分が書いた本(書いてないんだけど、将来作家になって書いたと仮定して)の書評を他人である批評家になって書いてみる」というSF的宿題を課したことがあったそうである(伝聞なので、細部は違っていたかもしれない)。
私だったら嬉嬉として20枚くらい書いちゃいそうであるけれど、自分の著作についてひとと話すというのは「そういう感じ」である。
実は存在しない空想上の書物について、あたかもそのようなものが存在するかのように演技している。
そんな、ふしぎな非現実感がある。
佐々木学長、宮崎学術情報センター長はじめ、愛知県立大学のみなさん、ご歓待に感謝申し上げます。

2009.09.29

業務連絡

みなさん!業務連絡です。

その1:10月6日(火曜日)大学院休講です。
すみません。9月29日に引き続き、6日も休講です。
明治学院大学で高橋源一郎さんと対談する仕事がはいっていたのを告知するのを忘れておりました。
ごめんね。
通常、学期中の週日に学外での仕事は引き受けないのですが、高橋源ちゃんとは「お互いに、頼まれた仕事には『ノー』といわない」協定をしているので・・・

その2:「ナカノシマ大学」キックオフイベント、まだ席の残りがあるそうで、オーサコくんから「ブログで告知してください」ととりすがって頼まれたので、再度告知いたします。
とき:10月1日19時より
ところ:中之島公会堂
詳細はこちらへhttp://www.140b.jp/blog/2009/09/post_474.htmlhttp://www.140b.jp/blog/2009/09/post_474.html

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