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2008年01月 アーカイブ

2008.01.02

シティボーイは『LOST』的状況を生き延びられるか?

あけましておめでとうございます。
旧年中はいろいろとお世話になりました。本年もどうぞよろしくお願い致します。
年末に届いた卒論を大晦日にまとめて読む。
どれもなかなか面白い。
学生諸君のアンテナにヒットした「最近なんとなく変なもの」についての分析である。
どんな主題でもかまわない。好きなものを選んでいいよと言ってあるのだが、やはり全体的趨向性というものはあって、「家族」と「日本の若者」がこれからどうなるのか・・・というのが彼女たちの多くにとっては焦眉の論件のようである。
家族論は大学院の今期のテーマでもある。
社会を再構築するために、いろいろなアイディアは提出されてはいるけれども、やはり家族を住み心地のもう少しよい場所に再構築することがもっともコスト・パフォーマンスのよいソリューションであろうと私は思う。
「おひとりさま」論も卒論にあったが、「おひとりさま」というライフスタイルが成り立つのは養老先生風に言えば「脳化・都市化・情報化」された社会においてだけである。もちろん現代日本社会はその方向に驀進しているのだから、その趨勢に棹差す生き方としてはそれでよろしいのである。
けれども、それは生きてゆく上に必要なすべてのリソースが「すでにパッケージされ、商品化され、値札がついた」状態でしか可能ではない。
脳だけでは人間は生きてゆけない。
身体が必要である。
身体はいわば「脳から見た自然」、「なまもの」である。
同じように、「おひとりさま」というのはルールを熟知した人が都市を生きる限りはきわめて効率的でスマートな生き方だけれど、いささかでも自然的なものが介入してきたときにはきわめてリスキーで非効率な生き方になる可能性がある。
社会が完全に脳化・都市化・情報化した状態だけを選択して生きたいという人にとって「おひとりさま」はクレバーな選択である。
そして、自慢じゃないけど、私もまた「そういう人」である。
美山町のコバヤシ家に行くと、いつも私の「シティボーイ」的脆弱性は失笑の対象となる。
ワイルドライフはぜんぜんダメなのである。
「ワイルドライフはぜんぜんダメ」であるという点について、私は適切な自己評価を下している。
私は脳化・都市化・情報化した社会以外では「まるでつぶしの利かない」人間である。
できるだけ、自分の生存によって有利な環境だけを選択して生きてゆきたいとは思うけれど、人生そうそう思い通りにはゆかない。
だから、私は「保険をかける」。
つまり、「脳化・都市化・情報化」されていない環境において適切に生きる術を知っているみなさんと「コラボレーションする」のである。
『LOST』を見るとわかるけれど、無人島に漂着した場合に、私のような脆弱なシティボーイは何の役にも立たない。
そこであわてて漁撈やら狩猟やら銃器の扱いやら内燃機関の修繕の技術やらをにわか勉強しても追いつかない。
サバイバル上手のみなさんのご温情におすがりするしかない。
でも、こちらも何かのお役に立たねば相済まない。
そこで、彼らが補填できない種類の「ニッチ」を探すことになる。
まあ、私なら役どころとしては「カウンセリング」とか「物語作家」か、うまくゆけば「宗教家」あたりのニッチを狙う。
『十五少年漂流記』的状況でも人間関係に苦しむ人はちゃんといるし、ファンタジックでおおぶりの「物語」に対するニーズはなくならないし、もちろん霊的飢餓は必ず訪れる。
カウンセリングやストーリーテリングの代価としてお魚一匹とか椰子の実一個とかと交換すれば露命をつなぐことは可能であろう。
教祖になれれば、『蝿の王』的状況でも王侯暮らしだって夢ではない。
とまあ、そのような状況の到来を勘案しつつですね、都市生活者としても日々研鑽しているわけである。
しかし、無人島にみんな「私みたい」なやつばかりでは困る。
やはり漁撈やら狩猟やら内燃機関の修繕やらに特技を発揮するかたがたがおられて、そのみなさんとの信頼関係というか、共依存関係を取り結ばねば、生きてはゆけぬのである。
そして、そのようなかたがたとの信頼関係というか共依存関係というものは都市生活のさなかにおいて万一に備えてつねづね育成してゆくことが必要ではないかと私は考えているのである。
「お多人数さま」というのが私の基本的な生存戦略である。
これなら脳化・都市化・情報化社会でも生きていけるし、それが破綻してもまあなんとかやりくりできる、と。
これをして私は「保険をかける」と申し上げたのである。
家族というのは、この共生戦略のきわめてプリミティヴな訓練の場ではないかと私は考えている。
というのは、家族というのはある程度の同一性が担保されており、かつ年齢・性別・社会的立場・政治意識・価値観・美意識などにおいて構造的に異なる個体が共生することを強いられている場だからである。
共生の訓練場としてこれ以上のものはあるまい。
子どもはここで親子関係を通じてある程度コラボレーションの基礎テクを身につけ、その上でさらに同一性の低いむずかしいコラボレーションである「結婚」にグレードを上げる。
家族が現在の社会問題の焦眉の論件であるのは、そこが「脳化・都市化・情報化」されることに最後まで抵抗する「都市の中の荒野」だからである。
「荒野を生き延びるための能力を涵養する類的装置」であるところの家族が都市生活になじむはずがない。
都市生活は家族の成員が全員「すでにパッケージされて、スペックが明記されて、値札がついた状態」であることを要求する。
そのような成員の均質化がある程度以上進行すると、家族は共生の訓練の場ではなく、ヘゲモニー闘争とリソースの競争的争奪の場になるほかない。
そのような場ならないほうがよほどましである。
けれども、それを「家族なんかないほうがましだ」という結論に短絡させてはならないと私は思う。
ある歴史的条件の下では「家族なんかないほうがまし」であり、他の条件下ではそうではない。
そして、「家族があり、相互支援するほうがよい」状態というのはさきほど私が例に挙げたように「ワイルドライフ」ということであり、私たちの文明が全力を挙げてそこから遠ざかろうとしている当のものなのである。
ここがさじ加減のむずかしいところである。
何度も書いていることであるが、「ひとりでも生きられる社会」というのは人類史的に例外的に安全でフェアな社会であり、そのような社会に生きられることは幸福なことである。
けれども、それが「例外的に幸福なことである」ということを忘れない方がいいと思う。
それを忘れるとやがて私たちのうちでもっとも都市化した個体は「ひとりでも生きられる」から「ひとりでなくては生きられない」に移行するだろう(すでにその傾向は徴候化している)。すでに私たちの社会は「ひとりでなくては生きられない(他者との共生が苦痛である)」という人々を構造的に生み出し始めている。
というわけなので、私としてはもう一度「ひとりでは生きてゆけない」という(安全でフェアな社会においては無意味というよりむしろ不利な)「無能力を育てる」ことが必要ではないかと考えているのである。(注:この箇所オリジナルでは「ひとりでなくては生きていけない」とありましたが、これは誤記ですね。バンクーバーのタタラさんからご指摘をいただきましたので、あわてて訂正をしておきます。でも、こういう間違いはフロイトによると「抑圧された無意識の効果」なわけで、このあたりにウチダの本質的な「シティボーイ的脆弱性」が露出しておるとご理解いただければ、本稿はますます滋味深いものとなるでありましょう。タタラさん、どうもありがとうございました)。
「無能力を育てる」というのは奇妙な言い方だが、そういうことはたしかにある。
これについては『女は何を欲望するか』新書版の「あとがき」に詳述したので、そちらを徴されたい。
というわけで、今月末に出る文藝春秋からの新刊のタイトルはあ『ひとりでは生きられないのも芸のうち』と定まったのである(後知恵だけど)。
はい、新年早々お騒がせいたしました。今年もどうぞよろしく。

2008.01.03

麻雀アゲイン

お正月なので、るんちゃんと会う。
授賞式以来。
いつものように自由が丘の不二屋書店で待ち合わせをしてから、ハイアニス・ポートでお茶。
ここは1950-60年代のポップス「だけ」をかけ続けるという「こだわり」のお店である。
ご存知のようにHyannis Portはケネディ家の別荘があったマサチューセッツの避暑地である。
J・F・ケネディ大統領が在任中にも繰り返し訪れたために、当時のニュース映画では大統領がここでヨットに乗っている映像がよく流れたものである(J・F・ケネディ二世は奇しくもこの沖で飛行機事故死した)。
というわけで、ハイアニス・ポートはケネディ大統領の時代(つまり1960年から63年)のアメリカが「好き」という日本人のある世代にとってはわりと思い入れのある地名なのである。
ドアを開けるとリッキー・ネルソンのねっとりした声が聞こえる。
そういえば、私が幹事だったときに、自由が丘道場の納会をここでやったことがあった。もう20年前くらいのことである。
60年代ポップスを聴きながら、バドワイザーを飲んで、BLTサンドイッチを食べるというたいへんアーベインな納会だった。
るんちゃんとおたがいに近況報告をする。
年末に『婦人公論』の取材があったけれど、そのときにも私とるんちゃんの父子関係についてずいぶんあれこれと訊かれた。
18歳で親離れ子離れするのがどうすれば可能なのか、と世間の親御さんがたはいろいろ悩んでいるようである。
30代なかば過ぎまで子どもを手元に引き止める親たちが増えているかららしい。
たしかに、そんなに引っ張っては子様も成長のきっかけがつかめまい。
18歳でも家を出すには遅すぎたのではないかとさえ思っている。
私自身は16歳でランナウェイした。
その半年後には尾羽打ち枯らして家に戻ったのだけれど、それはもう「子ども」ではなく、「三杯目にはそっと出しの居候」というステイタスにおいてであった。
そして大学に入ったとたんに、入学手続きをするより先に家を飛び出して駒場寮にもぐりこんでしまった(そういうことができたのである。よい時代であった)。
でも、それくらいが「ふつう」の成熟の歴程ではなかろうか。
るんちゃんも家を出てはや7年。すっかり大人のおねいさんである。
高円寺の「素人の乱」は2年勤めたけれど、ここを大晦日をもって退職し、今年から新しいビジネスをご自身で始められるそうである。
要るなら出資するよ、と申し上げておく。
私は友人が起業して「お金出して」と頼まれたときはこれまですべて出資している。
うまくいったときもあるし、あまりうまくいかなかったときもある。
でも、どれもずいぶん愉快な思いをしたから、それでよいのである。
世間では「相談には乗るが、金は貸さない」というポリシーの方が多いが、私は「相談には乗らないが、金なら貸す」というポリシーである。
こんなことを書くと「じゃあ、貸して」と言ってくる人がいるであろうが、これは内田百閒先生の「禁客寺」と一般で、「とはいうもののお前ではなし」なのである。期待させてごめんね。
1時間ほどおしゃべりをしてから武蔵小山のAGAINにでかける(そういえばAGAINも私と平川君が出資した事業である)。
るんちゃんもひさしぶりに石川さんに挨拶したいからと同行する(るんちゃんは去年3月のAGAINの立ち上げのときにお手伝いをしたのである)。
兄ちゃんと平川君も来ているのでみなさまがたにお年始のご挨拶をする。
毎年この「温泉麻雀」面子でお正月をする。
今年はAGAINというたまり場があるので、さきほど録音したばかりの大瀧詠一師匠のラジオ放送を聴きながら、にぎやかに正月麻雀。
AGAINでは去年の暮れに大瀧師匠の録音があり、伊藤銀次さんにはライブ来ていただいているので、山下達郎さんが来てくれるとナイアガラ・トライアングルが完成する(今度お茶のみにきてくださいね、山下さん)。
石川君は大瀧さんに来店してもらったので、もういつ死んでも悔いはないと遠い目をしている。
ナイアガラーとしては当然の感懐であろう。
このときの大瀧さんと平川君と石川君と私の四人の座談会はラジオデイズからダウンロードできる。
12月28日にダウンロード開始となったので、さっそく買い求めて、元日に新幹線の中でiPodで聴いた。
もう面白すぎて車内で笑いをこらえきれずにくすくすと噴き出してしまった。
ラジオデイズでは、去年、私と平川君がホストになってゲストに来てもらってお話しをするという連続企画で三本の収録をした。
最初が高橋源一郎さん、次が養老孟司先生、最後が大瀧詠一師匠である。
高橋さんと養老先生はお願いすればラジオには出てくれると思ったけれど、師匠は出てくれるかどうかかなり心配だったのだけれど、頼んでみたらご快諾くださった。
ラジオデイズに「大瀧さんオッケーだって」というメールを送ったとき、社内で「わお~」と歓声が上がったそうである。
大瀧さんが去年ラジオに出たのはお正月恒例の山下達郎さんとの新春放談とこの座談会だけである。
アミーゴガレージでの大瀧さんの年頭のご挨拶の中で、このときの話をちょっとだけ書かれている。
というレア音源である。
三本ともどれもほんとにめちゃめちゃ面白いので、これはぜひ皆様にお聴きいただきたいと思う。
ラジオデイズにアクセスして、会員登録をすれば、すぐにダウンロードできる。
私の笑い声が飽きるほど聞けます。

2008.01.04

年頭に武道について考える

1月3日。恒例の多田宏先生のところでの新年会。
例年と同じく、東京大学合気道気錬会の諸君やかなぴょん、ウッキーたちといっしょに吉祥寺の多田先生のお宅を訪れる。
先生の秘蔵のワインを頂き、先生手作りの「天狗舞雑煮」を食し、談論風発。
先生のとなりに座って、武道談義、合気道のこれからのありかたについて、お話を聴く。
中教審答申「武道の必修化」について、このところ立て続けに取材されたので、改めて先生のご意見をお聴きすることにする。
多田先生によれば、武道の競技化とその弊についての批判はつとに江戸時代から(熊沢蕃山や『天狗芸術論』でもう)始まっているそうである。
ルールが決められた場で術の巧拙を競うことと、ルールがない状況でなお最適な行動を選択することは違うことである。
どちらが正しいとかよいとかいうことでなく、「違うこと」である。
武道が涵養しようとするのは個別的な身体技法ではなく、どのような状況であっても適切なふるまいを選択して「生き延びる」能力の方であると私は理解している。
喩えて言えば、「ちゃぶ台」の上で限定的な能力を競うことと、「ちゃぶ台」をひっくり返すことの違いである。
以前、多田先生にお聴きした話を思い出した。
古武道大会の控え室で、ある流派の武道家がその家伝の術の妙であることを述べていた。やはり控えの席でそれを聴いた人が、「そちらの流派では手首をとられたときにはどう返すのですか?」と訊ねたところ、くだんの武道家はではやってみましょうと片手を差し出した。質問をした武道家はその小指をつかんでぽきりと折った。
話はこれだけである。
先生は「これは折られた方が悪い」とだけ短くコメントして、話を終えられた。
この逸話は端的に「スポーツ」と「武道」の差を表しているということが今になるとわかる。
折られた武道家は初期条件を決めておいて(それ以外に危害を加えるようなことはしないという約束の下での)効果的な身体運用の巧拙を競うことが武道だと思っていた。
折った武道家は両者を共扼するような条件がないときになお最適なふるまいをすることが武道だと思っていた。
だから、こういう状況について、べつに正解があるわけではない。
「あのね、うちではこうやるんです」と言って「はあ、そうですか。それは一つ勉強になりました。どうもありがとうございます」と穏やかな情報交換がなされて、これがきっかけで仲良くなるということだってあるだろう(現に「そういうこと」の方が多いから「こういうこと」が起きるのである)。
「いやいや他流の方にご教示するほどのものではございません。ひらにご容赦を」とにこやかに拒絶するという法もあるだろう。
「教えて差し上げてもよいが、そのためには入門を願わねばなりません」と教条主義的に対応するという手もあるだろう。
いろいろある。
どれがよいというのでもない。
相手の表情や口調や場の雰囲気など、総じて「文脈」から推して、どう応ずべきか瞬時に判断する。
自分たちがたまたま身を置いている「ちゃぶ台」の脚部の安定性やテーブルの表面積や材質を勘定に入れる習慣があれば、そうそうやすやすと小指を折られることはないはずである。
武道とは本来そのような種類の「デインジャー」に適切に対処するための術のことではないのか。
アメリカは議会に戦争経験者が減ると戦争を始めるという歴史的傾向がある。
戦争をしたことのない人間は戦争というのをコントロール可能な外交ゲームの一種だと考える傾向があるからである。
「勝ち負け」と「生き死に」は次元の違うできごとであるということを私たちはすぐに忘れてしまう。
話がだいぶ逸れてしまった。
もちろん多田先生は必修化の有効性には懐疑的であった。
仮に必修化が実施されても、柔道や剣道にしてもそれを専門的に教えられる先生がそれだけの数いない。ピアノやバイオリンをしたことのない先生を集めて短期の講習会をやって「はい、明日から生徒たちに教えなさい」というのが無理なのは誰でもわかるだろうと先生は苦笑されていた。
他の武道団体からも「どうして剣道柔道だけで、ほかの武術は必修化されないのか」という声が出ている。
武道必修化は前途多難のようである。
もう一つ、先生からたいへん愉快な企画をうかがった。
工藤くんやノブちゃんら気錬会OBの研究職や専門職の諸君とのコラボレーションで、合気道の現代的汎用性について語り合うという企画である。
「合気道を稽古したおかげで、ぼくたち仕事も研究もこんなにうまくゆきました」という本だと、なんだか新興宗教の宣伝パンフみたいであるが、これがほんとうなんだから仕方がない。
しかし、この本を「合気道であなたもサクセス」というような惹句で売ると、「サクセスする、しない」という相対的な競争そのものを揚棄するはずの合気道の本義に悖る。
うーむ、困った。
やはりここは「町田流超然の構え」でゆくしかないか。
驚いたことに(知っているのだから驚くことではないが)、多田先生は今年79歳になられるそうである。
「俺ももう80だよ」と先生は破顔一笑されていたが、ご本人も「80歳になる」ということがぴんと来ないようである。
現に私から見ても、先生のたたずまいは私が入門した32年前とあまり変わっていない。
あの頃先生はまだ40代だったのである。
それどころか、なんだか先生の動きは年々速くなっているような気さえする。
「あの~」とそう申し上げたら、あっさり「そうなんだ」という答えが返ってきた。
年々動きが速くなって、冴えが出てきているというのは先生ご自身の実感でもあるそうである。
すごい話である。
門人一同、先生の教えを拳拳服膺して、なんとか80歳まで術技向上を目指したいものである。
多田先生、同門のみなさま、今年もどうぞよろしくご鞭撻のほど、拝してお願い申し上げます。

2008.01.05

ぼた餅道とウワノソラー

お正月の恒例行事の仕上げは家族三人で箱根で湯治。
露天風呂に浸かりながら、「棚からぼた餅の食べ方」について鳩首協議する。
家族の中で「ぼた餅の食べ方」についてある程度修練を積んでいるのは兄上だけなので、残る二人はそのレシピを拝聴するかたちになる。
一気に食うと腹をこわすし、ちびちび食うとかびが生えるし、自慢げに食うと妬まれるし、こそこそ食うと下品に堕す。
なかなか「ぼた餅道」も奥が深い。
吉田健一や白洲正子が書いているのかも知れないが、寡聞にして「ぼた餅道」奥義書のあることを知らない。
たいへんよい機会であるので、さらに修練を重ねて、いずれ「ぼた餅道精髄」「棚からぼた餅、瓢箪から大吟醸」などというタイトルの本を書いてみたいと思う。
そんな斯道新参未熟の私であるが、あたかもこのぼた餅あることを予見していたかのような予言的な文章を年末に書いていた。
題して「転んでもただでは起きない症候群」。
これは「私の研究」というタイトルで寄稿依頼されたものである。
以下に引用しておく。

率直に申し上げて、今の私には「研究時間」というものは事実上存在しない。
研究したいテーマはいくつもあり、調べてみたい資料もいくらもあるけれど、時間がないので一つとして実現しない。
教務部長に選ばれたときに、しばらくは研究に集中する時間はとれないだろうと覚悟はしていたが、「研究できない状態」が3年続くと(まだ任期はあと1年残っている)、さすがに研究者を名乗ることに対して疚しさを覚えるようになってきた。
メディアに寄稿すると、専門分野のところに「フランス現代思想」とか「哲学」とか印字されていることがあるが、これは今の私には、ほとんど職名詐称に近い。  
しかし、そんな私にもなけなしの時間とエネルギーを投じて「研究」していることが一つだけある。
それは「高等教育の現場の疲弊の現状とその構造」である。
これについては私自身がインフォーマントであり、日々の会議やネゴやペーパーワークがそのまま研究の第一次資料である。
先日、阪大の鷲田清一学長とお会いしてお話しする機会があったが、そのときも話題の半分くらいは「管理職はほんと疲れますよね問題」であり、幸いにもその原因の解明と対処法について、鷲田先生と有意義な意見交換ができたのである。
というわけで、私はそれまでの専門分野の研究時間を失った代償として、「大学管理職教員の疲弊」という思いがけない分野の専門家となり、メディアからの出稿依頼や講演演目に対しても、「教育再生会議はいかに教育現場について無知であるか」とか「評価活動が大学教育にもたらす弊害について」とか「ピア・ストレス」(同僚の存在それ自体がストレス要因となる症候群)といった論件について生々しくもリアルなご報告を行ことができる研究者になったのである。

はい、ここまで。
先般、研究者である卒業生から就職相談を受けた。
研究を続けたいのであるが、今度応募しようとしているポストは研究プロパーの職ではない。どうしましょう、というものである。
それに対して私は次のように答えた。
研究者というのは、実体的なものではなくてマインドのことである。研究室があり、研究予算がつき、研究時間がなければ研究ができないという人間はもともと研究者に向いていないのである。
研究者マインドのある人間は眼に触れるありとあらゆるものについて、ただちにその成り立ち、それが出現してきた歴史的文脈、なぜそれは「そのようなしかたで」われわれの前に現前しており、「そのようではないしかたで」は現前しないのかなどについて深く後戻りのきかない考察のうちに踏み入ってしまって忘我の境をさまよってしまうのである。
そういう人間が語の本来の意味における「研究者」であると私は思う。
研究室があって、研究予算がついて、研究時間が確保されないと探究心がアクティヴェイトしないというような人間はもともと研究に向いていないので、ほかの仕事を探すほうがよろしいであろう。
と書いたら、だいぶ元気になったようである。
以前にもご紹介したが、ノーバート・ウィナーは二六時中研究のことばかり考えていて、それ以外のことにはほとんど脳の領域をセーブしなかった。
ウィナー一家が引越しをしたことがあった。
もちろん、ウィナーはつねに上の空であったので、一家が引越しをした事実そのものをすぐに忘れ、大学の仕事が終わるとまっすぐに無人の旧居に戻り、ドアをとんとんとノックして「ただいま!」と告げた。
もちろん何の返事もない。
しかたがないので通りかかった女の子に「ねえ、ウィナーさんのうちの人はいないのかな?」と訊ねた。すると女の子はこう答えた。
「このうちの人たちは昨日引越ししたのよ。でも、大丈夫。私、このうちの引越し先知っているからそこまでつれてってあげるわ。パパ。」
こういう種類の集中力が研究者には絶対に必要である。
だから、研究者向きかどうかはこの「ノーバート・ウィナー度」を基準に算定するのが適切であると私は考えている。
私は自慢じゃないけど、NW度(めんどくさいから略すね)は3級というところである(人文系の大学教授としてはわりといい線である)。
夏休みが終わるとだいたいゼミ生の名前を半分がとこ忘れているというのが3級の目安である。
卒業して1年経つと、誰がゼミ生だったか、あらかた忘れていて、道で挨拶されても「どちらさまでしたか?」とぼんやり訊ねるようになると晴れて初段。
本学の同僚では、I教授がさすが一流の研究者だけあって際立ってNW度が高い。
彼は西宮北口から乗った電車で学生に話しかけられ、そのまま門戸厄神の駅から大学まで話し続けた。坂を上り、JD館の研究室に向かったが学生はいっかな離れる気配がない。ついに研究室のドアの前まで来たが、くだんの学生はそのままついて入ろうとする。先生、彼女を制して、「あ、ごめんね。これからゼミなんだ」と言った。学生、答えて曰く。「私ゼミ生なんですけど・・・」
現役のゼミ生の顔を忘れるというほどにスペクタキュラーな事例を私は他に知らない。この偉業ゆえに私はI先生にNW道(なんでも道にしちゃうのね、オレ日本人だから)二段を允可することにしたのである(いつのまにか家元になっている)。
何をふざけたことを言う。私のNW度はそのようなレベルではないよ、という「上の空」自慢の方がおられれば(あまたおられるであろう)是非「全国NW度検定」にアプライしていただきたいと思う。
NW度検定では、ウワノソラー5級から8段までの段級があり、3段で「NW道師範代」、5段になったら「NW道師範」の免状を発行する。
検定料・登録料はちょっと高いですけど、教員公募書類の「特技」の欄に「財団法人日本ノーバート・ウィナー協会認定ウワノソラー初段」と書けることを考えれば安いものである。

恐怖のシンクロニシティ

鈴木晶先生が年末にたいへん興味深いことを書かれていた。
ゲームとルールをめぐる考察である。
http://www.shosbar.com/
少し長いけれど、引用させていただくことにする。ある小説に出てくる「I Pass the Scissors」(はさみを渡す)というゲームの話である。
ハサミを使う。数人が輪になってすわり、ハサミを次々 に隣の人にわたす、というだけのゲームである。ハサミを受け取った人は、ハサミを開いて、あるいは閉じて、次の人に渡す。そのときに「私はハサミを開いて 渡す(これを「クロス」と呼ぶ。ハサミを開くと、十字架の形になるからだ)」あるいは「閉じて渡す」と宣言する。問題は、その「開いて」と「閉じて」は、 ハサミが開いているか閉じているかとは関係がないということだ。初心者はルールを知らないから、ハサミを開いて隣りに渡し、「私はハサミを開いて渡す」と 宣言し、まわりから「まちがい!」と指摘されるのである。つまり、初心者は、何が「開いて」であり何が「閉じて」であるかについてのルールを発見しなければならないのである。
 ネタバレになるが、ハサミが開いているか閉じているかは重要ではなく、ハサミを渡すときに脚を開いているか閉じているかによるのだ。小説の最後のほう で、このルールをすぐに見抜いてしまう青年が出てくるが、それまでは、新たにこのゲームに加わった人は残らず、最後までルールがわからない。
 本来、ゲームというのは参加者全員がルールを知っていることを前提にしているのであるから、この「ハサミを渡す」というゲームは、本来のゲームではない。ルールを知っている者たちが、ルールを知らない者をからかうための遊びである。好意的にいえば、ルールを知らない者がいかにそのルールを発見できるか を見守る遊びである。
 だからこのゲームは、その場にいるほとんど全員がルールを知っていて、それよりも少数の人がルールを知らない場合にのみ、おこなわれる。全員がルールを 知っていたら、意味がないし、反対に、ひとりだけルールを知っている場合は、ゲームができないわけではないが、そのルールを知っているひとりがみんなから の敵意の的になる。
 すでにおわかりのように、これはある小さな共同体が侵入者をからかい、屈辱感を与え、排除するためのゲームである。
 「メンソレータム」というのも、これとまったく同じ意図にもとづくゲームだった。ひとりが「タム・タム・タム・タム・メンソレー・タム」と言いながら、 右手の人差し指で、開いた左手の指先を、小指から順番にさわっていき、「メンソレー」の部分で、人差し指と親指の谷間をなぞり、最後に親指の先にさわって、「タム」で閉める。そして相手に「やってごらん」と言い、相手(初心者)に反復させる。相手は忠実に反復するのだが、「だめ」と言われてしまう。何度 やっても、「だめ」と言われる。そこで「親」が、別のだれかにやってみさせる。その別の誰かはルールを知っているので、ちゃんとできる。初心者は、どうして自分のがだめで、別の誰かのが合っているのか、その理由がわからない。
 詳しくは覚えていないが、たしか、「タム」と言った後に、腕を組んで「やってごらん」と言えば、「正解」なのだった。
 つまり、どちらのゲームも、「ゲームの範囲」がどこまでかをめぐるトリックなのである。初心者は必死に規則を見つけ出そうとする。だが「正解」は、その 規則が適用される範囲、つまりゲームの範囲の外にある。ルールを知っている者は、ゲームの範囲に関して、初心者にまず誤解を与える。前者であればハサミ、 後者であれば指でなぞるという行為が「ゲームの範囲」であると思い込ませる。だから、そのゲームの範囲の外に、本来のゲームの範囲があることを発見すれ ば、初心者の勝ちなのである。
 これはスラヴォイ・ジジェクが挙げている例に似ている。ジジェクは最新著『ラカンはこう読め!』のなかで、こんな例を挙げている。
「窃盗を疑われている労働者をめぐる古い小話を思いだそう。毎夕、工場から帰るとき、警備員たちは彼が押している手押し車を丹念に調べたが、何も見つから なかった。手押し車はいつでも空だった。ついに警備員たちは突き止めた。彼が盗んでいたのは手押し車だったのだ」
 ジジェクがこの例を挙げたのは、コミュニケーションの再帰的機能について説明するためである。「これはコミュニケーションですよ」というためのコミュニ ケーションのことである。ヤコブソンのいう「交感的言語使用」である。「いい天気だねえ」「そうですねえ」
 ゲームに話を戻すと、先に、このゲームは共同体から侵入者を排除するためのものだと述べた。先に触れたように、ヴァインの『煙突掃除の少年』では、この ルールをすぐに見抜いてしまう青年が登場する。ルールを見抜いた「初心者」は、その共同体に喜んで迎えられるのだろうか。ルールがばれた時点で、そのルー ルのくだらなさ、というか「悪意」があらわになる。要するに、ルールが適用される範囲をめぐる一種のトリックだったのだということがばれる。知力をふりし ぼってルールの規則を改名しようとしていた「侵入者」は、拍子抜けして、あるいは、ばかばかしさに激高して、その共同体を見捨てることになるであろう。い や、すんなりとその共同体に加わり、新たな「餌物」を探すのかもしれない。(・・・) 
 じつは、「場の空気が読めない」という最近流行の表現をきいて、このゲームのことを思い出したのである。
 KYが「空気が読めない」の意味だと知ったのは1年ほど前。教えてくれたのは学生(大学生)だったが、彼らは「最近の高校生はこんな略字を使うんだって。もうついていけないね」と話していた。
 「場の空気を読む」という、本来は「おとな」の言葉が、高校生の間で流行しているという事実にまず驚いた。というか、気持ちがわるかった。
 次に、KYが「空気を読む」とか「空気を読め」という意味ではなく、「空気が読めない」という否定形の略だということに、いやな気がした。本来、この表 現は「空気を読め」という「心得」であろう。それに対して、「空気が読めない」というのは、「排除」の表現である。排除に対象にたいするレッテルである。
 いうまでもないが、本来、場の空気を読むというのはひじょうに重要なことである。空気の読めない人は「困ったもん」である。
 だが、その「空気」の中身がひじょうに下らないものだとしたら? 先に挙げたゲームのように、下らない中身によって、たんに侵入者を排除しようとしているだけだとしたら?
 といったことを考えると、高校生がこんな表現を多用していると聞いて、いい気はしない。
 空気が読めないのは困るが、ちゃんと空気を読み取ったうえで、あえてその空気に亀裂を入れることも、時として必要になる。いや、あまりに素朴で純真なために空気が読めないということも多い。が、そういう空気の読めない素朴な視点が、その空気の邪悪さ、あるいはくだらなさを暴露することがある。アンデルセ ンの「はだかの王様」を思い出してみればいい。「空気が読めない」というレッテルは、いじめの道具としか思えないのである。
ここまでが鈴木先生からの引用である。
実に面白い話である。
奇しくも、この少し前に平川くんも違う文脈だけれど「空気が読めない」という物言いの排他性について言及していた。これも引用しておく。
http://plaza.rakuten.co.jp/hirakawadesu/
KYなる言葉が流行しているらしい。「空気が読めない」の頭文字だそうである。夜郎自大な政治家を揶揄する場合にも使われるし、仲間うちの飲み会などで も使われる。仲間内で使われるときは、異分子排斥の合言葉のような棘のある意地の悪いニュアンスを伴っている。(確かに世界は自分のためにあると思ってい る場の読めないやつはいる)。しかし、これが流行語になるということに対して、私は違和感を持つ。文明批評をするつもりはないが、私はこの流行語には、少なからず当今の批評精神の劣化を感じる。そこには「空気」という言葉で表現される「仲間意識」そのものが持つ脆弱性への批評がすっぽりと欠落しているから である。別の言葉で言えば付和雷同と、他罰的な言葉遣いが、若い人たちの間に瀰漫してきている。自分がKYの同類でないことを証明するために、彼/彼女ら はますます仲間内の背後から石を投げる。
 いや、こんなしゃっちょこばった話をしたいわけではなかった。先日、神田茜の講談をまとめて聞いた。そのときに、ああ、これは「空気」を読みたくて焦れば焦るほど「空気」を乱してしまう女の話なんだと思ったのである。さらに言えば、彼女の十八番である「切ないおんなの嘆き節」とは、「空気が読める」「読 めない」といった風潮そのものを相対化し、笑いの中に溶解させてしまう不思議な薬効を持っている。そう、神田茜とは、全国のKYたちに向かって、市井の片 隅からエールを送り続けてきたのである。
 まいったな。こんな固い話をしたいわけじゃない。しかし、彼女が意識的にか、無意識的にか加担している「だめおんな」「からまわりなやつ」「引っ込み思案」「口べた」たちをひとつの時代がどのように遇してきたのかということについて語ろうとすると、どうしても批評的な語り口になってしまう。つまり、彼女が照準している世界は、正面切って論ずれば、結構ヘヴィな社会的な課題でもあるということである。
 神田茜は、もっとずっとうまくやっている。憤怒もなければ、韜晦もない。ただ、自分こそが、そのKYのひとりであり、KYだって存在する意味があり、 けっこう愛おしい生き物であることを物語の形式で語る。もちろん、その物語は、大声よりはつぶやき、怒りよりは笑い、論理よりは心持ちといった微細な繊維 で編まれている。彼女の処女小説『フェロモン』には、そんなせつないおんなが、ふとした街角や、仕事場、家庭の団欒、学校の教室に姿を現す。彼女たちは、 世知辛い渡世を、目立たぬように、ひっそりと渡っているが、それでも時々我知らず表舞台に引きずり出されてしまう。小説家、神田茜は、彼女たちの違和は、 本当は誰もが持っていたけれど、誰もが忘れ去ってしまった根源的な恥じらいや、優しさや、慎み深さであることを、彼女たちに代わって告げている。KYとい う言葉には、味方なしというニュアンスが含まれているが、神田茜は、せつないおんなたちの味方として、いつも泪の半歩手前の場所で踏みとどまって耐えている。そこに、何がある?たぶん、「すこしばかりほろ苦いが、結構しぶとい笑いのツボがある」と彼女は言っている。
というのが平川くんのKY論である。
そして、これとはちょっと切り口が違うけれど、今日読んだ町山さんのブログにはこんなことが書いてあった。ルース・レンデルにJudgment in Stoneという小説について言及したものである。
http://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/
この本は、ミステリであるにもかかわらず、いきなり書き出しでこんな風に犯人と動機を割っていることで有名だ。
ユーニス・パーチマンがカヴァディール一家を殺したのは、読み書きができなかったためである。
 主人公ユーニスは中年過ぎた家政婦さんで、金持ちのカヴァデイール家に雇われるが、文盲であることを隠していた。
 そして彼女は、必死の努力と知恵で、文字が読めるように振舞うのだ。
「そこまで苦労するなら読み書き習えばいいじゃん!」と思ってしまうが、コンプレックスと裏腹に妙なプライドがあるユーニスは無学である事実をひたすら隠し、カンニング的方法で切り抜けることばかり巧みになっている。

 ところが、そんな綱渡りにも破局が訪れる。
 ユーニスは主人が書いたメモが理解できずに蘭の花を枯らしてしまったり、いくつかの失敗を重ね、それをごまかしていくうちにホコロビは雪だるま式に大きくなり、とうとう家族の一人に文盲であることを知られてしまう。それがカヴァディール家皆殺しへと発展していく……。
町山さんの話はここまで。
これも「怖いKY論」として読むことができる(とりあえず私はそうやって読んだ)。
ところで私がこの三人のブログから引用したのは、他でもない、この三人のブログ(と小田嶋さんのブログ)が私の「日参ブログ」だからなのであるが、それより何よりびっくりしたのは、鈴木先生が紹介していた「小説」がルース・レンデルのChimneysweeper’s Boy だったからなのである。
この方々はいったい「どんな空気」を読んでいらっしゃるのであろう・・・


2008.01.06

ゲームと知性

というわけで昨日はKY症候群についての同時代の賢者たちの知見をご紹介したわけだけれど、読むにつけ、これはなかなか哲学的な拡がりをもった主題であるということが私にもわかってきた。
鈴木晶先生が書かれている中で私がいちばん興味深かったのは次の箇所である。

どちらのゲームも、「ゲームの範囲」がどこまでかをめぐるトリックなのである。初心者は必死に規則を見つけ出そうとする。だが「正解」は、その規則が適用される範囲、つまりゲームの範囲の外にある。

この種のゲームは無数に存在する。
けれどもこのようなゲームが好まれる集団には共通性がある。
一定期間メンバーが固定されており、そのメンバーたちに斉一的なふるまいが強要されるような集団だということである。
例えば学校。
学校はメンバーが固定されており、ふるまいに斉一性がある。
そのせいで、学校の生徒たちは自分たちの集団に「外部」があるということをふだんは意識させられない。
ごくトリヴィアルな集団内部的差異(成績がどうであるとか、スカートの丈がどうであるとか)に対して過剰にコンシャスであるせいで、「自分たちがそこに決定的な差異があると思っている以外のところで差異づけがなされている」という可能性を吟味する能力が損なわれているのである。
私がいちばん最近見たこのゲームは『気まぐれコンセプト』においてであるけれど、これはご存じのとおり広告業界の話であり、ここはトリヴィアルな差異の検出に敏感であることで飯を食っているような業界であるから、この種のゲームが繰り返し流行する理由はよくわかる。
だから、「私のような人間」のいる場所ではこういうゲームは絶対に流行らない。
こういうゲームは「親疎の差があるだけでメンバーが固定されていて、他にすることがない」ときにしか始まらないからである。
そして、私のような人間がいる場所では、絶えず人が出入りしており、何かさわがしいことが行われているので、そこで「ねえ、ゲームしない?」というような発言がさしはさまれるのはかなり希有のことである。
というのは、私のような人間が主宰する場では、「ゲーム」というのは、「今私がやっている当のことより面白い」ということが高い確率で保障されている場合以外には絶対に開始されないという「ゲーム外的規則」に支配されているからである。
「ゲーム外規則がゲームの規則に優先する場」においては、「ゲームの規則の範囲がどこまでかを見誤るゲーム」はそもそも始まることができない。
もちろん、何かのマチガイで私が「I pass the scissors」のようなゲームに巻き込まれる可能性は絶無ではない。
でも、たぶんそのときも私はゲームが始まって10秒くらいで「え~、なんだかわかんねーからもうやめよーぜ。オレ的につまんないから」とさっさと席を立って「みんなを仲間はずれにして」しまうであろう。
つまり、このゲームは集団力学を応用した心理テストなのである。
これはその人が集団とどうかかわっているかを見るためのゲームなのである。
このゲームのルールはだからかなり逆説的である。
「集団のインサイダーでありたい」という欲望が強ければ強い人ほどこのゲームに簡単に負ける。
自分は自分がテンポラリーに帰属しているある集団のルール(正確に言えば、この集団では何を以て記号として認知しているのかの規則)をまだよくわかっていないという控えめな立場をとっている人の方がゲームのルールを見当てる確率は高い。
そういう点ではなかなか複雑に構造化されたゲームである。
ポウが『盗まれた手紙』で紹介している「地図の地名あてクイズ」に少し似ている。
これは地図のなかの任意の地名を言って、相手にそれがどこにあるか当てさせるゲームである。町でも、河でも、帝国の名でも何でもかまわない。ゲームの素人は、相手を困らせようと思って、いちばん細かい字で書かれた地名を選ぶ。ところがある程度慣れてくると、本当に見つけにくい地名は、小さく印字してあるものではなく、地図の端から端までひろがっているようなものだということがわかってくる。そのような文字は「極端にめだつせいでかえって見逃されてしまう」からである。
同じ指摘をオーギュスト・デュパンは『モルグ街の殺人』でも繰り返す。無能な警官を評して、デュパンはこう言う。
「あいつは、対象をあんまり近くからみつめるせいで、よく見えなくなっているんですよ。(・・・)つまり深く考えすぎるというわけですよ。真理はかならずしも、井戸の底にあるわけじゃない。それに、真理よりももっと大切な知識ということになると、こいつは常に表面的なものだとぼくは信じるな。」(『モルグ街の殺人』)
おそらくI pass the scissors でもゲームの素人は、途中からプレイヤーは「はさみ」にどんなふうに指を添えているかとか、「はさみ」の向きはどちらであるかとか、そういう「はさみの開閉」よりもさらにトリヴィアルな差異の方に目を向けたはずである。
記号が「はさみ」よりももっと大きいものの開閉にかかわっているという発想に切り替えること(つまりゲームの範囲を広げること)はその反対よりもずっと困難なのである。
「真理よりももっと大切な知識」はつねに表面的である。
よい言葉である。
「真理よりももっと大切な知識」とは何か。
それは「私は何を以て『真偽』を判定しているのか。その基準の正当性を私自身は基礎づけることができるか?」という問い、つまり自分の知性の「不調」についての知識のことである。


2008.01.07

”ダイナマイト”なイノベーター

バラク・オバマ上院議員が5日のアイオワ州の民主党党員集会で勝利を収めた。本命だったヒラリー・クリントン上院議員は意外にも第三位。
さて、アメリカ大統領選挙はどうなるんだろう。
という話を温泉に浸かりながら兄と話した。
兄も私も、現段階ではオバマさんが選ばれるだろうと予測している。
こういうところではアメリカの「底力」は侮れないよ、というのが私たちの共通見解である。
町山さんと前にお会いしたときに、アメリカで文化的なイノベーションを担っているのはつねにマイノリティであるという話を伺った。
音楽もファッションはほとんどが黒人かヒスパニック起源のものだし、現在のコンピュータ業界は中国系とインド系で持っている。
WASPは何もクリエイトしていない。
でも、この人たちは全員が「アメリカ人」なのである。
あの国は「後から来た人」がイノベーションを担うように構造化されているのである。
既存の業界は既得権益を死守する人々でがっちりブロックされているから、「新参もの」はニッチ・ビジネスで勝負するしかない。
最初に来たイギリス系に東海岸を押さえられて、その後から来たアイルランド系は荒野の開拓者になるしかなかった。イタリア系が来た頃にはもう開拓の余地はなく、あとは商売をするしかなかった。ユダヤ系が来たときにはもうあらかたの商圏は押さえられており、あとは金融とジャーナリズムとショー・ビジネスしか残っていなかった・・・そういうふうに「ところてん」式にそのつど後からやってきた「食い詰め組」が生き延びるために開発したビジネスモデルでアメリカは繁栄してきたのである。
アメリカという国には国民のエートスを斉一化しようというモメントは存在しない。
大枠としての「星条旗に対する忠誠」と「ドルへの信仰」があれば、誰でもアメリカ国民として受容される。
「楽な道」は全部既得権の受益者によってふさがれているが、「つらい道」は全員に開放されている。
生き延びようと思ったら、自力で自前の「生きるモデル」を作り出さなければならない。
きびしい淘汰圧をかけて「サバイバー」だけを選別して、それに牽引されるようにして社会編制を変えてゆく。
手荒なやり方だけれど、アメリカはそれでこれまで成功してきた。
日本のいわゆる「構造改革」なるものはこのアメリカ・モデルを無批判に導入しようとしたものだが、国情の違いを勘定に入れ忘れたので大失敗した。
日本には「外から来たもの」が文化的イノベーションを連続的に担うことを想定した社会プログラムなんか存在しないからである。
日本は、アメリカとは逆に、「均質性が異常に高い」という事実を国力の培養基にしてきた。
阿吽の呼吸、腹芸、寝技、瀬踏み、根回し、ツーと言えばカー、肝胆相照らす、魚心あれば水心、越後屋おぬしも悪よのう、といった一連のコミュニケーション技法はどれも「英訳不能」であるが、この技法を習得していることが本邦では一人前のビジネスマンの条件である。
このところ論件によく上がっているKYにしても、アメリカなら「契約書、読めよ」であろう。
「空気を読む」リテラシーなんか、アメリカのビジネスマンには要求されない。
アメリカはゲームのルールを誰にでもわかるように単純にすることで「新参もの」への参入障壁を下げ、プレイヤーの数を増やすことでビジネスチャンスを拡大してきたからである。
そういえば、『ナポレオン・ダイナマイト』というのは大変面白い高校生映画であった(邦題は口にしたくない)。
主人公のナポレオン君(たぶんアシュケナジーム系ユダヤ人)もペドロ君(メキシコ系)もまったく「空気の読めない」とんちんかん高校生であったが、アメリカの高校でサクセスするためのルールはきわめて単純に設定してあるので、彼らはちゃんとサクセスしてしまう。
日本の高校でナポレオン君ペドロ君のペアがエスタブリッシュメントに参入できるチャンスはゼロである。
ナポレオン=ペドロ的なKY少年がそれでもサクセスできる回路が確保されている社会と、彼らのような異分子を排除する技術の洗練が競われる社会は(どちらがよい悪いという以前に)「成り立ち方が違う」のである。
日本にアメリカ・システムを導入したら、「みんなが同じように考え、同じようにふるまう」という事実を利用して大金をもうけて一人だけ群れから抜け出そうとする人間が出てくるだけである。
もちろん、彼は一時的には成功する。
けれども、その成功は残る日本人たちに「できるだけ多くの日本人ができるだけ同じように考え、同じようにふるまうこと」が自己利益につながる(言い換えれば、「社会の大半がイノベーティヴな人間でない方がオレの利益は大きい」)という逆向きの信憑を刷り込む結果しかもたらさない。
事実、そうなった。
国難のときに「一億火の玉」「一億総懺悔」で個体識別不能のダマになることで応じる国と、国難のときにそれまでにいないタイプのイノヴェイティヴな指導者を求める国は別ものである。
アメリカの有権者はおそらくオバマさんを選ぶだろう。
アメリカはこれまでそうやって生き延びてきたからである。
そして、もう一つ不吉な予言を私たちはしたのであるが、これは予言に遂行性があることを勘案して、ここには記さないのである。

2008.01.09

変革が好きな人たち

関西電力のInsightの取材がある。
お題は「変革」。
オバマさんもChangeを掲げて、ヒラリーさんと激しいバトルを演じているので、時宜にかなったご選題である。
しかし。
私は実は「変革には反対」なのである。
とりあえず、現代日本で「根底的な変革を」という言い方をしている人に対しては不信感をぬぐえないのである。
「根底的な変革」をすることが喫緊の課題であるためには、制度が「根底まで腐っている」ということが前提にある。
でも、ほんとうにそうなのだろうか?
どのようなトラブルについても、最初にしなければならないのは「被害評価」である。
システムのどの箇所が、どの程度の損害を蒙っており、それは今後どのようなかたちで他に波及するおそれがあり、とりあえずどのような補修を必要としているのか。
これはきわめてテクニカルで計量的な仕事である。
悲壮な表情で、悲憤慷慨しつつやる仕事ではない。
過剰な感情はほとんどの場合、評価をより正確にすることには役立たない。
例えば、私たちの国のさきの総理大臣は「戦後レジームからの脱却」ということを優先的な政治課題に掲げた。
私はこの課題を聴いて「変なの」と思った。
というのはこの人は他ならぬその「戦後レジーム」の中で政治的キャリアを積み上げて、晴れて最大政党の総裁になり、総理大臣になった人だからである。
彼を国政のトップに押し上げた「レジーム」がもしきわめて不調であり、早急に棄却すべきものであるのだとしたら、それは論理的には「このレジームの中で選ばれた総理大臣はなるべきではない人が間違って選ばれた可能性が高い」ということを意味するからである(実際にそうだったんだけど)。
でも、そういうことを本人がふつう言うだろうか?
もし彼が自分はそのポストに適任であるという自己評価を下していたのであるなら(たぶん主観的にはそうだったと思うのだが)その場合には当然「私を総理大臣に選んだという事実から推して、日本社会のシステムはとりあえず人材登用に関してはきわめて適切に機能している」と宣言すべきだった。
しかし、彼はその反対のことを言った。
「美しい国へ」というのは、「私を総理大臣にするような国は『醜い国』であるから、これを美しい国に作り替えねばならない」ということを意味している。
かつてグルーチョ・マルクスは「私を入会させるようなクラブに私は入会したくない」と言ったが、安部晋三が言ったのはそれと同じことである。
「変なの」と私が思ったのは、そのせいである。
彼はものごとを誇大に表現したのである。
厳密には、私たちの社会システムには「ちゃんと機能している部分」と「あまりちゃんと機能していない部分がある」というのがこの場合の正しい言い方である。
だから、「あまりちゃんと機能していない部分」を補修しましょう、と話は進むべきであると私は思う。
けれども、そのようなピースミール工学的な言葉づかいで社会システムを語る習慣を私たちはもう失って久しい。
みんな「根底的変革」を望んでおり、「小手先の手直し」でどうにかなるところをどうにかしましょうという提案はまるで不評である。
とりあえず、マスメディアではぜったい相手にされない。
しかし、「小手先の手直し」で補修できるところを「根底的変革」することはコスト・パフォーマンス的に無意味であるし、「順調に機能しているところ」についてはそもそも変革さえ必要ではない。
だとしたら、「どこがどのくらい壊れているのか?」ということが喫緊の問いになるはずである。
しかし、誰もそういう問いを発しない。
年金制度にしてもたしかちょっと前に当時の厚労相は「100年安心な制度です」と広言した。
年金制度のボロが出たときに、当時の総理大臣は「1年間ですべてのデータを精査し、最後の1円まで払います」と豪語した。
言っている当人はそれが真実ではないことを知っていて、そう言っているのである。
「どれくらいこの年金制度が持つかわからない」と正直に言えば、どのような問題があるのかについての被害評価が始められたはずである。「いつまでかかるかわかりません」と正直に言えば、それに備えた洗い直しのシステムが設計されたはずである。
制度にガタが来ているときに「制度は100%健全である」と誇大な物言いをし、制度がいかれてくると「全部リセットします」とまた誇大な物言いをする。
どうして「そこそこ機能しているけれど、そこそこ機能していません」という正直な申告をしないのか。
船が座礁したときにまっさきにするのは被害評価である。
どこに穴が空いて、どれくらい浸水していて、あと何時間もつのか。
そういうときに「この船はまるっと無事です」などと嘘を言ってもしかたがない。そんなこと言っているうちにみんな溺死してしまうからである。
「この船はもうダメですので、これは廃棄して、新しい船に乗り換えましょう」などと言ってもしかたがない。電話したら新しい船を配達してくれるというような状況じゃないんだから。
今ある機能不全の船をなんとか補修して、もう少しだけでも航行してもらうしかない。
船の場合も社会システムの場合も同じだろうと私は思う。
けれども、そういうアプローチで社会システムの不調を語る人はきわめて少ない。
誰もが「根底的な変革を」と呼号する。
でも、何が壊れているのか、何がまだ使えるのかを点検しないで、いったいどういう変革と再生のグランドデザインを描くのか?
「なんとかしろ」と怒鳴っていると、「誰か」が私たちの代わりに「世の中をよくするプログラム」をさらさらと書いてくれると思っているのだろうか?
そんな「誰か」はどこにもいない。
社会成員の全員が、自分でコントロールし、自分でデザインできる範囲の社会システムの断片(ピースミール)をとりあえず「ちゃんと機能している」状態に保持すること。
私たちが社会をよくするためにできるのは「それだけ」である。
「社会を一気によくしようとする」試みは必ず失敗する。
それは歴史が教えている。
「社会を一気によくする」ためにはグランドデザインを考えて、それを中枢的に統御する少数(「いいから黙ってオレの言う通りにしろ」)と、何も考えないで上意下達組織の中で「へいへい」と言われたことだけをやる圧倒的多数に社会を編制し直すしかない。
少数の主人と多数の従順な奴隷たちに社会を二極化して、反抗する人間を片っ端から粛清できるシステムでなければ、「社会を一気によくする」ことはできない。
社会をよくするには「一気」と「ぼちぼち」の二つしか方法がない。
私はあらゆる「一気に社会をよくする」プランの倫理性についても、そのようなプランを軽々に口にする人の知的能力に対しても懐疑的である。
とりあえずメディアは「ただちに変革を」というような定型的な言い方をこそひとつ「ただちに変革」されてはいかがであろうかとご提案する。

2008.01.13

情報と情報化

「メディアと知」というタイトルの授業をしている。
メディア・コミュニケーション副専攻の学生15名対象の半期科目で、私の後の半年は江弘毅さん、そのあとの半年は関川夏央さんと続く。
一年半にわたってこんなに濃いメンバーにさらされたら、学生たちはどうなってしまうのであろうか。想像するのがコワイ(そればかりか、学生たちのうちの何人かは四月から内田ゼミである。彼女たちの繊細な知性はこのシュトルム・ウント・ドラングに耐えられるであろうか)。
先回のお題は「メディアと身体」。
同一タイトルで三人の学生に10分ずつのプレゼンテーションをしてもらう。
これが意外に面白かった。
それは同一テーマについて短いプレゼンをするだけであるにもかかわらず、「抵抗」が働く箇所が三人に共通していたからである。
「抵抗」というのはそこに「直視したくない/直視してはならない何かがある」ということである。
人はみな何かから目を背ける。でも、自分が何かから目を背けているという当の事実は主題化されない。
素人はその「何か」に意味があると考える。その「何か」を暴露すれば、「抵抗」の理由が判明し、「抑圧」による症状は緩解すると考える。
でも、話はそれほどシンプルなものではない。
というのは、もし私たちが「何か」から目を背けるとしたら、それは「そこから目を背けるべき何か」としてすでに認知されていたことになるからである。だが、それが「そこから目を背けるべきもの」として認知されたということは「そこに目を向けた」からできたことである。
これは矛盾している。
目を向けた上で、「これは目を向けない方がいいな」と判断できるような経験は実は「目を背けたくなる経験」ではない。
ほんとうに「目を背けたくなる経験」とは、一度見た上でそう判定されたものではなく、一度も見られていないにもかかわらず、「そこから目を背けなければならないということだけはわかる」ような経験のことである。
ややこしい話ですまない。
例えば、幼児期に精神外傷的事件を経験したが、それがあまりに痛苦な記憶であったので、それが忘却されたという説明がよくなされる。
しかし、フロイトの誘惑理論は「話はそれほどシンプルなものではない」ということを私たちに教えてくれた。
私たちは「私たちが経験していない事件」を抑圧することがあるからである。
ほんとうに深刻な抑圧は「実際には経験していない出来事」にかかわるのではないかと私は考えている。
「目を背ける」という行為だけがあって、「目を背ける対象」がないという事態があるのではないか。
チェシャ猫の「笑い」だけがあって、猫の本体が存在しないというような様態で「抑圧」というのは働いているのではないか。
まだ見ていないものについて「見てもいい/見ちゃだめ」の判断が下せるというのは、やはりある種の「能力」といういうべきであろう。
そのような特異な能力を人間が開発してきたのは、なぜか。
進化論的には理由は一つしかない。
「まだ見ていないものから目を背ける能力を持つこと」が生存戦略上有利だからである。
それは単に「不快な体験を忘却する」ということには尽くされない。
というのは、どう考えても、不快な体験については、そこから目を背けるよりも、その原因を究明し、再発を防ぐ手だてを講じる方が生き延びるためには有利だからである。軽々に目を背けた場合には、同じ不快な経験で繰り返し傷つく可能性がそうでない場合よりも高い。
にもかかわらず「目を背ける」ということがこれほど追求され、「経験していない不快な出来事」からさえも目を背けることができる以上、生存戦略上必要な能力は「不快な出来事から選択的に目を背ける」能力ではなく、実は「不快であるか快であるかがまだ判定できない対象について、快不快を判定できる能力」であるということが推論されるのである。
「不快な出来事と知って、そこから目を背ける」と「いきなり目を背ける」の間には千里の逕庭がある。
「いきなり」目を背けるというのは、「悟性的な判断になじまないもの」に対処するときの仕方である。
「それ」を入力すると判断装置そのものが壊れてしまうようなものについては、入力する前にはじき飛ばしてしまうのである。
これを禅家では「石火の機」とか「啐啄の機」呼ぶ。
入力と出力の間に「間髪を容れない」ということである。
学生たちがある種のトピックに対して一斉に驚くべき無関心を示すのを私は最初「知的怠慢」の徴候だろうと思っていたけれど、これは私の不明を恥じなければならない。
あんなにすばやく、ほとんど間髪を容れずにある種の論件から目を背けることができるというのは、これはすでに「芸」の域に達しているとみるべきであろう。
話が長くなってすまない。
学生たちが「メディアと身体」という論件を与えられて、何から目を逸らしたかという話をしていたのであった。
それは「身体」である。
「メディアと身体」というのはたしかに論じることのむずかしい論件ではあるけれど、3人の学生が誰一人メディアと身体のあいだの二項対立的な関係について言及しなかったことに私は一驚を喫したのである。
簡単に図式化してしまえば、メディアに載っているものは情報である。
情報は「生のもの」ではない。それはすでに「調理されたもの」である。
そして「生のもの」を「調理されたもの」に変換するプロセスのことを「情報化」と呼ぶ。
人間の身体なのである。
脳はすでに「食材」に加工された情報を巧みに調理することはできるけれど、生きて動いているものを殺して、皮を剥いで、毛をむしって、不可食部位を削り取って、細切れにするというようなワイルドなプロセスには関与できない。
学生たちに「メディアと身体」という論件を振ったときに、私が漠然と考えていたのは、「情報と情報化」のレベル差ということを学生はどう考えているだろうかということであった。
結論は、学生たちは「情報化」プロセスからは「間髪を容れずに」目をそらすべきことを刷り込まれていたということである。
なるほど、と私は深く得心したのである。
自分の中で情報化プロセスが起動することを彼女たちは禁圧しているのである。
そして、私がさきにくどくど書いてきたのは、「情報化プロセスが起動することを禁圧できる」というのは、すでに情報化のひとつのありようだ、ということである。
「情報化プロセスを起動してはならない」というのはすでに情報化が行われているということである(だって、当事者たちは「情報化」というのが何であるかを「まだ知らない」にもかかわらず、「間髪を容れず」にすでに動き始めているからである)。
繰り返し述べているように、無知というのは知性のひとつの様態である。
知性のある部分だけを選択的に活性化して、他の部分を停滞させておくという知性の活動のことを「無知」と言うのである。
無知は単なる怠慢や停止ではない。
だから、わずかな入力システムの変化で、「停滞」していた部分にいきなり動力が伝わるということが起きる。
教育というのは、「眠ってる子どもを起こす」ことではなく、「ぐるぐる走り回っている子どもの背中を軽く押して、ドアの外に押し出してやる」ことに近いのだろうと思う。
わかりにくい話ですまない。
いずれもう少しわかりやすいかたちでこの話を続けることにする。

2008.01.14

Back to 1960s

宝塚南口の光安さんのところで髪をカットしてもらうことにしたので、日曜に阪急を乗り継いで宝塚まで行く。
光安さんは大学院で男子聴講生を募集したときにやってきた「内田ゼミ共学一期生」である。
渡邊さんや江さんやスーさんやゑびす屋さんやドクター佐藤やミヤタケ(敬称略)や大迫力と書いて「おおさこちから」と読む大迫くんら錚々たる諸君が一期生の中にはおられたのであるが、光安さんもその一人である。
光安さんは加えて「ナイアガラー」である(加えて三宅先生のところの患者仲間でもある)。
ナイアガラーは「日本のフリーメーソン」であるから、どこで知り合っても「私、ナイアガラーなんです」とカミングアウトすればたちまち百年来の知己となることができる。
これは他のミュージシャンにはあまりないことである。
ナイアガラーたちはそれぞれの専門領域でパーソナルに「ナイアガラ的なるもの」を実現してきた。
ひとりひとりにとって「ナイアガラ的なるもの」は違う。
「これが真のナイアガラ性である」というようなことを断言できる人は誰もいない。
「人の好みは十人十色」と師匠が垂訓されている通りである。
ひとりひとりのナイアガラ経験があまりにパーソナルであるために、この「ナイアガラー・ネットワーク」における出会いはつねに発見と喜びに満ちているのである。
というわけで私は「ナイアガラ的なカット」を求めて同志のもとを訪れたのである。
私の頭髪再構築計画は半年くらいかけてベースから作り直し、完成した暁には、「髪を洗ってそのまま乾かした状態で櫛も通さないでもかっこいい頭」が実現することになっている。
楽しみである。
行き帰りの電車の中で橋本治先生から送っていただいた『日本の行く道』を読む。
おおお。これは吃驚。
なんと橋本先生は「地球温暖化対策として日本は1960年代前半のライフスタイルに戻るべきである」ということをご提言されているのである(ほんとうは「産業革命以前」に戻るのがいちばん良いのであるが、それだと「江戸時代に戻る」ことになり、国内的合意形成にやや手間取りそうなので、イラチの橋本先生は「じゃあ、1960年でいいや」とさくさく手を打たれたのである)。
1960年前半でいいじゃないかという橋本先生の説が「合意形成できそう」なのは、もう「けっこういろんなものがある」からである。
飛行機は飛んでいる。新幹線も走っている。ビートルズもいる。ヌーヴェル・ヴァーグもあるし、「怒れる若者」たちもいる。エルヴィス・プレスリーもジェームス・ディーンもいる。人工衛星も飛んでいるし、コンピュータもある。
それくらいあれば文化的には十分でしょうというのが先生のお考えである。
60年代と現在のあいだの景観の最大の違いは「超高層ビル」である。
これをぜんぶ壊すと、だいたいその頃の景色に戻る。
さらに先生は首都への一極集中が弊害のもとであるので、首都機能の地方分散。すなわち「幕藩体制の再構築」さえも提言されているのである。
ご存じのように「江戸時代の統治スタイルは日本人が発明したもっとも効率的なシステムである」というのは私の持論であり、この政治プランを私は「廃県置藩」と名づけて、かねてから大学の教場を中心に布教にいそしんでいたのであるが、ここに橋本先生という強力な味方を得たのである。
近代世界でもっとも成功した統治システムは50の州に国を分割し、それぞれが固有の州法、軍隊を持ち、教育、警察などの行政権も有しているアメリカ合衆国であるが、幕藩体制の分権のありかたもそれに劣らない。
300の藩に国内を分割し、それぞれが固有の国法をもち、軍隊をもち、教育、警察、徴税のシステムを持ち、原則自給自足であり、幕末には独自に外交をしたり、外国と戦争をしたりしていたのであるから、これこそUnited States of Japan というにふさわしいであろう。
橋本先生のご本はまだ途中までしか読んでいないのであるが、はたしてこのあとどうやって橋本先生は日本を1960年代に送り返す方法を提言されるのか、まことに楽しみである。

2008.01.15

突発性仏文学者症候群

『困難な自由』の未訳箇所の翻訳が終わった。
国文社に送信。
『困難な自由』は既報のとおり76年版を7年かけて全訳を終えたのであるが、翻訳権を取り忘れており、発売できなくなってしまった。
あら残念でした・・・とあきらめていたのであるが、稀覯本である1963年版が発見され、ここには76年版には未収録の論文がいくつか収録されていたので、これを底本に訳しなおしたのである。
わずかな頁数の仕事だったのだが、去年はまったく時間が取れず、年明けに角川新書のデータを送り終わったあとにできた奇跡的な空白の間に訳し終えたのである。
やれやれ。
いずれ76年版がどこかの出版社から出るはずで、収録論文の大半は重複するので、今76年版を一生懸命訳している訳者の方にはいささか申し訳ないのだが、原理的には翻訳はいくつか種類があって、読者に選択権がある方がよいと私は思っている。
続いてカミュ論を書く。
これは鷲田先生が編集している『哲学の歴史』の現代思想編のコラム記事。
他ならぬ鷲田先生から頼まれたお仕事であるから、きりりと表情を改めて、まじめに書く。
ひさしぶりに「学者らしい」仕事をしている2008年の初春である。
それにしても20世紀を代表する哲学者リストの中にアルベール・カミュの名がないことが私にはいささか悲しく思われた。
カミュの『異邦人』は20世紀でもっとも読まれたフランス語の書籍である。
15年前ほどに調べたとき、『異邦人』のフランスでの発行部数は650万部。これはダントツの一位であった。
二位は同じカミュの『ペスト』。
ミステリーとかトレンディ恋愛小説とか映画の原作本とかベストセラーはいくらもあるわけだが、それらをぶっちぎっての堂々のオールタイムベストワンである。
翻訳を含めて考えれば、アルベール・カミュは間違いなく「世界でその著作がもっとも読まれている哲学者」である。
にもかかわらず、その生前からアルベール・カミュの哲学史的な業績についての評価はきわめて低かった。
ほとんど「無視」されていたというに近い。
とりわけジャン=ポール・サルトルの『反抗的人間』に対する仮借ない筆誅ののち、パリの知識人サークルでは「カミュ」の名はほとんど禁句となっていた。
それから半世紀経った。
私はサルトルの著作のうちで今日でもまだリーダブルなものはきわめて少ないと思う。そのあまりにクリアカットでオプティミスティックな歴史主義から人間についての深い理解を得ることは(少なくとも私には)ほとんど不可能である。
しかし、サルトルは哲学史の「上席」に定位置を占め、カミュには哲学者たちはほとんど関心を示さない。
この「玄人たち」による評価の低さと「一般読者」からの支持の対比は村上春樹のケースに何となく似ているような気がする。
カミュが哲学史家たちに不人気なのは、その中心にある考想が出自不明の「なんだかよくわからない」ものだからである(これも村上春樹といっしょだ)。
平たく言えば、それは一人の人間のリアルな「身体実感」である。
身体実感は、ワイルドでレアな「生もの」である。
西欧の哲学は「生もの」を嫌う。
でも、私はこの言葉になりにくい身体実感を哲学の言語に載せようとしたカミュの野心的な「情報化」の企図を高く評価するのである。
カミュの著作でもっとも評価されていないのは『反抗的人間』である。
これははっきり言ってタイトルの訳語が適切ではないせいもある。
Homme révolté は「反抗的人間」というようなわかりやすい存在ではない。
いちばん近い訳語を当てれば「むかついている男」である。
フランス語の動詞se révolter には「反乱する、反抗する」という意味もあるけれど、「気分が悪い、むかむかする」という意味もある。そして、カミュがその著作で繰り返し言及したのはこの「なんだかわかんないけど気分が悪い」という心的状態の方なのである。
例えば、自分の掲げている政治理論が正しいと思っていて、相手に絶対的な非があると思っていても、「じゃあ、こいつ殺しちゃおう」という局面になると、「ちょっと待ってね」と腰が引けるということがある。
別に宗教的理由から「どのような極悪人にも慈悲をかけねばならない」と思っているからではない(それならすっきりしている)。
そうではなくて、たしかにすげー悪いやつで、いくら殺しても殺したりないくらい憎いのだけれど、でも殺せない・・・という「抵抗」が不意に訪れることがある。
カミュの言う「反抗的人間」は、この「抵抗」に直面して、どうしていいかわからないまま状況が切迫しているために決断せざるを得ない人間のことである。
「反抗する」のであれば話は簡単だ。
反抗する相手がいて、こちらに反抗する大義名分があるんだから。
でも、カミュの「むかついている男」はそうではないのである。
何にむかついているのか自分でもよくわからないのである。
それをすることが理屈では正しいとわかっているし、みんなもそうしろと口々に言うのだけれど、「どうもその気になれない」。あるいは、「そういうこと」をしてはいけないと自分でも思い、みんなもそう言うのだけれど、「そういうこと」がしたくてたまらない・・・という根源的な乖離感が「むかつき」を構成している。
いわば自分の脳が下した正否の判断と身体の判断のあいだに合意形成ができない状態である。
そしてこのようなときには「身体の声を聴いた方がいい」とカミュは考えているのである。
でも、どうして「身体の声を聴いた方がいい」のかの理屈を立てるためには脳の協力をお願いしないといけない。
つまり脳に向かって「脳なんかなくても大丈夫という説を考えてくれませんか」とお願いしているわけである。
書くことがわかりにくくなるのも当たり前である。
「はたして人は正否の判断基準がないときにもなお適切な判断を下すことができるか?」
そうカミュは問うているのである。
あるいは「正しい答えのない問いを正しく立てることは可能か?」
そう問うているのである。
これは西欧哲学の専門家たちにすれば、とりあげようのない問いであろうけれども、私の眼にはきわめて武道的な、あるいは禅的な問いのように思われるのである。
そのことについて書いてみたいと思っている。

2008.01.16

3Bと三上(「みかみ」と読むのではありません)

前回、脳と身体の乖離ということを書いたけれど、この二元論をあまり実体的に捉えてはならない。
脳といえどもリアルな臓器であり、身体は身体で自前で考える回路を持っているからである。
酸欠になれば脳の思考は混濁するし、点滴を打つと数学の問題がすらすら解けたりする。
同じように、身体も好調を維持していると適切な選択を無意識のうちに行うが、バランスが崩れたり、緊張やこわばりがあると間違った推論をすることがある。
脳を中心に生きるか、身体に軸足を置いて生きるかというのは二元論的な問いのように見えるけれど、このような問いを発し、それに適切な回答を処したりするのは実は脳がひとりでやっているのである。
つまり脳という臓器は「脳を中心に生きるか、脳の関与をすこし抑制するか」という脱自的な判断ができるのである。
「身体」というのは脳がつくりだした「脳の自己中心性を抑制するサブシステム」のことである。
「あまり考えるのは止めよう」ということを「考える」ことができるのである。そして、実際に「考えない」工夫をすることができるのである。
たいしたものである。
この脳の自己中心的=利己的な働きと脱自的=批評的志向は左脳とと右脳によって機能的に分担されているのではないかというのが「本日の暴論」である。
あまりに当たり前であまり気づかれないことだが、脳は「左右対称形」である。
眼や耳や歯や手足といっしょである。
臓器が二個でワンセットあることの生存戦略上の意味は一つしかない。
それは「かたっぽがダメになっても(なんとか)生きていける」ということである。
リスクヘッジである。
「かたっぽがダメになっても(なんとか)生きていける」ためにはこのペアのそれぞれが「だいたい同じ」働きをしていることが必要である。
しかし、まったく同じ働きをしている臓器が二個あってもあまり意味がない。「ちょっと専門領域をずらして」みるとぐっとトータル・パフォーマンスがよくなる。
脳の場合もたぶんそういうことになっているのではないかと私は思うのである。
この右脳と左脳の機能分化論の極北がジュリアン・ジェインズの『神々の沈黙』(紀伊國屋書店、2005)である。
この本は前にもご紹介したことがあると思うが、ジュリアン・ジェインズは「意識よりも速く活動する思考」が人間の思考や判断を導いているという経験則から出発する。
こんなエピソードが紹介されていた。
ある心理学の授業で「無意識の学習と訓練」について学んだ学生たちがその当の心理学の教授の無意識の訓練をするといういたずらを思いついた。
教授が教壇の右側に立って発言すると、深くうなずいて、ジョークに爆笑し、左側によってしゃべるときはうなずきを減らして、笑いを控えめにしたのである。
結果的にその心理学の教授はずっと教壇の右側で授業をするようになった。
教授は「学習」をしたわけであるが、自分自身がその場の「ルール」を学習をしていることをまったく意識していなかったのである。
ジェインズはこう書いている。
「意識の介在しないより複雑な推理も、たえず行われてる。心の活動は速すぎて、意識にはついていけないのだ。私たちは通例、過去の経験に基づいて自動的に一般論を導き出す。その一般論の基礎となった経験をいくつか想起できることもあるが、それはあくまで後から振り返った場合に限られる。正しい結論にたどり着きながら、その根拠を示せないことがどんなにか多いだろう。それというのも、推理に意識は働いていないからだ。」(56-57頁)
アインシュタインの偉大なアイディアのいくつかは髭剃りの最中に到来した(だから、彼はたいへん髭剃りに際してカミソリの扱いに慎重であった。「あ、そうか!」と言った瞬間に顔を切ったことがあまりに多かったせいである)。
ゲシュタルト心理学のウォルフガング・ケーラーによれば、「偉大な発見は三つのBでなされる」。
三つのBとは「Bus,Bath,Bed」である。(おそらくケーラー自身もこの洞見をバスかバスルームか寝台のどこかで得たのであろう)。
本邦には「鞍上、枕上、厠上」という言葉がある。
インスピレーションがひらめくのは、「馬に乗っているとき、布団の中にいるとき、雲古をしているとき」である。
ケーラーの言うBathもおそらくは欧米のバスルームの形態から推してバスタブと便器の双方を含意しているのであろうから、どこでも賢者は同じことを言っているのである。
これらに共通するのは、「リズミカルな運動(ヴィークルの震動、呼吸、蠕動運動など)のせいで、頭がうすぼんやりしていること」である。
これは「ベッドの中で、裸体で、リズミカルに動いているせいで、頭がうすぼんやりしている」状態からエロス的要素を完全に除去した状態ということができるであろう。
その種の行為が本来「再生産」のために行われるべきものであるという事実を勘案するに、「3B」も「三上」も「新しい生命をこの世界にもたらしきたす」という人間の根源的志向を賦活する条件とみなしてよろしいであろう。
閑話休題。
ジェインズの話をしているところであった。
ジェインズは私たちの取る重要な行動や判断には意識は関与していないと考える。
別に意識なんかなくても生きてゆく上ではたいして不自由はない。だとすれば「意識を持たない文明」がかつて存在したということも十分に考えられる。
そして、ジェインズは古代ギリシャというのは「そういう文明」ではないかという大胆な推理をするのである・・・
おっと大学に行かねば。続きはまた明日ね。

「神々」の声

学校から帰ってきたので、さきほどの続き。
ジュリアン・ジェインズの「脳機能分化論」である。
630頁もある大冊なので、内容を要約することはむずかしいので、最初の方の「さわり」だけご紹介する。
ジェインズが資料に使うのはホメロスの『イーリアス』である。
この古典には「意識」とか「意志」とか「精神」とかいう語が存在しない。
ジェインズによると、それは「『イーリアス』に出てくる人々は自らの意思がなく、何よりも自由意思という概念そのものがない」(94)からである。
古代ギリシャというのは「意識」という概念がない世界なのではないかとジェインズは推論する。
「意識」がない人間はではどうやって思考したり判断したりするのであるか?
答えは聞いてびっくり。
彼らは「神々」が命じるとおりに生きるのである。
古代ギリシャにおいては「神々が意識に代わる位置を占めている」(96)のである。
「行動は、はっきり意識された計画や理由や動機に基づいてではなく、神々の行動と言葉によって開始される。」(96)
物語の登場人物たちはさまざまな激しい感情に突き動かされて、きわめて活動的にふるまっているけれど、彼らがそのようなことをするのは「神々に心を狂わされ」たせいであり、人間を「神々がつねにおもいどおりになされる」せいなのである。
ジェインズはアガメムノンには自我というものがないと主張する。
彼らにおける意識の地位は「神々」が占めており、その声を彼らは統合失調症患者やジャンヌ・ダルクが聴いたようにはっきりと聴くのである。
「遠い昔、人間の心は、命令を下す『神』と呼ばれる部分と、それに従う『人間』と呼ばれる部分に二分されていた」(109)とジェインズは考える。
ちょうど上院下院、衆院参院の二院制のように、二つのセクションが同一の議案について別の立場から審議するので、この心の働きをジェインズはbicameral mind(二院制の心)と術語化する(邦訳では「二分心」)。
例えば、私たちは無意識に自動車を運転しながら、隣の座席の人と複雑な哲学的議論をすることができるが、その逆はできない。
この「無意識に運転している脳」は実際には路上の歩行者や周囲の車の流れや信号や路面状況に対して膨大な情報を収集し、瞬時のうちに分析し、最適な行動でそれに対処しているにもかかわらず、私たちはそのプロセスをまったく意識しないで、運転とまるで無関係に哲学的私見を理路整然と述べることができる。
しかし、例えば挙動の怪しい車が前方を蛇行していたり、タイヤがバーストしたり、不意に警官が停止の合図をした場合など、私たちは口をつぐむ。
「あれ、何だろう」とか「おい、勘弁してくれよ」というようなことはぼそっと言えるけれど、「私」を主語にして「私が思うには・・・」というような命題文を述べることはもうできない。
「それが何を意味するのか。どうふるまうべきか」について判断するためには、これまでに経験したそれに類した出来事を想起し、それらの経験から導出した訓戒的知見を参照する必要がある。
そして、これは現代人においては「自我」の果たすべき機能なのである。
「私はこれまでこういう場合にはこうしてきた、だから今回も・・・」とか「私は前回にこうして失敗した、だから今回は・・・」というような推論は「私の同一性」に担保されている。
ジェインズの仮説は、この「自己同一的な私」というものが人類史に出現してきたのは、私たちが想像するよりはるかに近年になってからであろうというものである。
「自己同一的な私」が登場する以前には、「それまでの人生で積み重ねてきた訓戒的な知恵をもとに、何をすべきかを告げる」機能は「神々」が果たしていた。
だから、その時代の人々は、何か非日常的な事件に遭遇して、緊急な判断を要するとき、「神々」の声がどうすべきかを「非意識的に告げるのを」待ったのである。(111)
これは現代の統合失調症患者の聴く「幻聴」にきわめて近い。
患者たちはそれを「神、天使、悪魔」のようなものが発しているのだと感じている。
声は一人のこともあれば、複数のこともある。何人もが患者についてあれこれと話し合い、激論のあまり患者自身にも話の内容が聞き取れないこともある。
幻聴は固有の「疾病利得」を伴っている。
それは「正否の判断ができないことについてとりあえず判断が下る」ということである。
私たちをもっとも苦しめる心的ストレスは「どう判断してよいかわからないにもかかわらず判断を迫られ」、かつ「その判断が正しかったのかどうかがわかるまでにかなりのタイムラグがある(場合によっては最後までわからない)」というかたちで出現する。
身体的なものであれ、精神的なものであれ、単なる苦痛はそれほど大きなストレッサーではない(私たちは痛みにすぐ慣れる)。
けれども、その苦痛がどういう理由で私たちに与えられ、苦痛の量は私たちのどういう行動と相関しているのかがわからない場合、心的ストレスは耐えられる閾値を超える。
そういう心的ストレスに耐える方法は一つしかない。
私たちに決然たる行動を命じるのだが、その理由を明らかにせず、その行動が私たちにどのような利得や不利益をもたらすのか教えようとしない「もの」に私たちの主体の座を明け渡すことである。
「不条理なストレッサー」にはそれと同じくらい「不条理なエージェント」で対抗するしかない。
ある種の宗教や政治イデオロギーがつねにかわらず多くの人を魅了するのは、その不条理性が人々の陥っている状況の不条理性と「釣り合っている」からである。
細木数子のような人が高いポピュラリティを誇るのは、彼女の告げることの支離滅裂さや非論理性が、彼女を信じる人々の落ち込んでいる状況の支離滅裂さや非論理性と同質だからである。
「二分心」を持った古代人において、この「不条理なエージェント」の呼び出しを解錠するストレス閾値は現代の統合失調症患者のそれよりずいぶん低かったのではないかとジェインズは推理している。
古代人は正否の決断ができない意思決定機会に出会うたびに強いストレスを感じ、そのストレスが「神々」を呼び出した。
「神々の声」は意思決定できない人々にとっての救済だったのである。
このメカニズムはそのあとも本質的にはあまり変わっていないのではないかと私は思う。
井上雄彦の『バガボンド』で一乗下り松での吉岡一門との死闘のさなかにあって、武蔵の頭の中で柳生石舟齋と宝蔵院胤栄が対話を始める。
七十人の敵を前にどのようにふるまうのがもっとも適切であるのかという答えの出ない問いに苦しんでいた武蔵はここでこの二柱の「武神」(と彼が信じるもの)に自我の席を明け渡して、彼らが告げる「なんだか意味のわからないことば」に聴き従うことで、自己決定の呪縛から解き放たれる。
さきほどの運転の比喩で言えば、「自分はどういうふうに車を運転するのがもっとも適切であるのか、手はどう動かすべきか、足はどう踏むべきか、眼はどこにつけるべきか・・・」ということを主題的に意識しているドライバーと、横から話しかけてくるよく意味のわからない(けれどたいへん重要な情報を含んでいるらしい)謎の言葉を聴き取るのに夢中で、無意識に運転しているドライバーとではどちらの身体操作がスムーズか、ということである。
ジュリアン・ジェインズはたいへん刺激的な思想家であるが、私が個人的にいちばん面白いなと思ったのは、「自我」の起源的形態が「神々」だというアイディアである。
私はこの考想はきわめて生産的なものだと思う。
だから、「自分探し」が「聖杯探し」とまったく同一の神話的構造をもっているのも当然なのである(地の果てまで行ってもやっぱり聖杯はみつからないという結論まで含めて)。
私につねにもっとも適切な命令を下す「私だけの神の声」を現代人は「ほんとうの自分」というふうに術語化しているわけである。
自己利益の追求とか自己実現とか自己決定とかいうのは、要するに「『ほんとうの私』という名の神」に盲目的に聴従せよと説く新手の宗教なのである。
なるほど。

2008.01.17

「ふつう」のススメ

卒論を四年生たちは全員無事にご提出されたようである。
めでたし、めでたし。
最後のゼミで、ひとりひとりから卒論の自己採点をうかがいながら、私の感想を申し述べる。
読んでわかったことがある。
それは、学生諸君は卒論において個人的に切迫した問題に迂回的に触れている、ということである。
なもん当たり前じゃないかと言うなかれ。
そうでもないよ。
というのは、ご本人にとって切迫した問題に触れているなら、どうしてその卒論主題を選んだかをすらすらと言えるはずである。
それが意外なことに、それを自分では言えないのである。
それが「自分にとって切迫した問題である」ということをご本人が意識していないのである。
そういうものを何と呼ぶのか、みなさんにはもうおわかりであろう。
そう、「トラウマ」である。
抑圧された心的過程は症状として顕在化する。
卒論はその意味で学生諸君の「症状」なのである。
聞いてびっくりですね。
とはいえ、病態にはかなり個人差がある。
「なるほど、私が心にかかっていたのは『このこと』だったのか」ということを卒論を書いている過程で意識化できた学生がおり、結局自分が何を書いているのかわからなかった学生もいる。
そして、この意識化の程度は、論文の「論理性」とほぼ相関している。
その論題を選んだ「ほんとう理由」を意識化すことに強い抵抗が働いている場合は、彼女たちの筆が問題の本質に近づくたびに、議論は必ずあらぬ方向に逸脱する。
だから、論述はひたすら水平的に拡散し、しばしば「トリビア的知識」が漫然と羅列されたり、支離滅裂な展開になったりする。
しかし、自分でうまく処理することのできないトラウマ的問題に取り組んでいる勇気を私は論理性と同じくらいに高く評価する。
卒業に際しての「むまのはなむけ」として、トラウマ的主題へのアプローチの仕方についてひとことアドバイスを差し上げたいと思う。
総じて、彼女たちにとっての「トラウマ的主題」は自分の存在根拠にかかわっている。
当たり前と言えば当たり前である。
平たく言えば、「ほんとうの私」と「みんなが見ている私」のあいだの「ずれ」、自己評価と外部評価の齟齬に彼女たちは苦しんでいる。
もっと若いときであれば、「みんなが見ている私」の欺瞞性や演技性をカミングアウトして、「『ほんとうの私』を知って!」というような定型的な書き物になるのであろう。
だが、さすがに大学卒業時となってくると、そんな「中学生ドラマ」みたいな台詞は恥ずかしくて口にはできない。
「『ほんとうの私』を知って!」という語法そのものがあまりに定型的で手垢のついたものあることがわかってきたせいで、「定型的な言葉づかいでしか記述できない『ほんとうの私』って・・・・ほんとうに『ほんとう』なんだろうか」という疑念が兆すのである。
それよりはむしろ「みんなが見ている私」「演技している私」の方がはるかに「個性的な人間」だということがだんだんとわかってくる。
「あなたって変わってるわね」とよく言われる。
本人的には「ふつうの人」に見られるように、必死に「演技」をしているはずなのであるが、周りの人はなかなか「ふつうの人」に見てくれない。
ということは、ご本人が「ふつう」と思っている標準値の取り方が「『ふつう』じゃない」ということである。
意外なことに、個性というのは「私ってこんなところが変わってるでしょ?」というかたちでは決して表現されず、「これが『ふつう』よね?みんな、そうよね?」という無反省的な確信を通じて露呈するのである。
そのこと二十歳くらいで気がつく。
そこではじめて「みんなが見ている『ふつうのふりをしている私』」とはどういうものであるか?」というかたちの自己点検が始まる。
卒業論文はその仕上げのためのものである。
卒業論文というはフォーマットが厳密に決まっている。
どうしてフォーマットが厳密に決まっているかというと、そういう外形的なしばりをかけた方が個性が露呈しやすいからである。
「自由に書いていいよ」というようなことを言ったら、学生たちはそれぞれの「個性ゆたかな」ものを書いてくるであろうが、それはしばしば死ぬほど退屈なものになるリスクがある。
卒業論文は学術論文であるから、多くの人から(少なくとも指導教員からは)「たしかにこれはだいじな問題だよね」という同意が取り付けられる見通しがないと書き始められない。
そして、「この問題にはみんなも関心を持っているに違いない」という「ふつうの選択」において個性は際だつのである。
というわけであるから、これから卒業する諸君に申し上げたいのは、「心おきなく『ふつう』にしていなさい」ということである。
諸君にとっての「ふつう」は諸君のいちばんすなおな演技であり、けれんのない作品である。
「ふつう」を通じて諸君の「唯一無二性」はもっとも鮮やかにその輪郭を表すであろう。
グッドラック。


2008.01.19

モラルハザードの構造

興味深い記事を見た。
NHK記者ら三人がインサイダー情報による株取引容疑で取り調べを受けているという話である。
この三人は報道局のテレビニュース制作部記者、岐阜放送局の記者、水戸放送局のディレクター。三人の間に連絡を取り合った形跡はない。
それはつまりこのインサイダー取引が「自然発生的・同時多発的」にNHK内で行われたということである。
ということは、「このようなこと」が当該組織内ではごく日常的に行われていた蓋然性が高い。
不正利用されたのはある牛丼チェーンが回転ずしチェーンを合併するというもの。
3人はニュースの放送前にこれを知り、うち2人は「放送までの22分の間に専用端末で原稿を読み」回転ずしチェーンの株を購入。株価は一日で1720円から1774円に上がり、3人は翌日売り抜けて10-40万円の利益を得ていた。
この金額の「少なさ」が私にはこの不祥事の「日常性」をむしろ雄弁に物語っているように思われた。
もし、このインサイダー取引で1億とか2億とか儲けたという話なら、一サラリーマンが千載一遇の機会に遭遇して、ふと魔が差して、してはならないことに手を染めた・・・という解釈も成り立つが、NHKの職員がまさか10万やそこらで「人生を棒に振る」ようなリスクは犯すまい。
ということは、彼らにとってこれはごく日常的な「小遣い稼ぎ」であって、リスクを冒しているという感覚が欠如していたということを意味している。
ニュース原稿は放送前に約5000人のNHK職員が閲覧するそうである。
近年のNHKの不祥事の質を徴する限り、「こういうこと」をしているのが5000人のうちの3人だけであり、かつ今回だけであると信じる人はたぶん日本国民のうちに一人もいないだろう。
私はとくにNHK職員のモラルが世間一般のそれより低いとは考えていない。
たぶん彼らの非常識と非倫理性は「世間並み」であろうと思う。
だから、この事件は現代日本社会に瀰漫しているモラルハザードの構造を理解する格好の手がかりになるはずである。
この3人は取り調べを受けたときに、「え?どうして、こんなことで事情聴取されなきゃいけないの・・・」と不満顔をしただろうと思う。
いったい自分たちはどんな悪事をはたらいたというのか、彼らにはぴんと来なかったからである。
企業活動の変化を市場に先んじて察知した投資家が短期間に莫大な利益を得るというのは合法的な経済活動である。「どうやって知ったか」というようなことは副次的なことではないか、と。
彼らはそう考えたはずである。
だいたいインサイダーというのは、「インサイドにいることでアウトサイドの人間には手が出せない種類の利益を得ることのできる人間」という意味じゃないの?と。
たぶんそうだと思う。
私が興味をもつのは、この「インサイダーはアウトサイダーとの情報差を利用して金儲けをしてはいけない」という「常識」がたぶん彼らにはまるで身体化されていなかったということである。
彼らは「フェア」ということの意味を根本的に誤解しているのだと思う。
おそらく、彼らは子どもの頃から一生懸命勉強して、よい学校を出て、むずかしい入社試験を受けてNHKに採用された。
その過程で彼らは自分たちは「人に倍する努力」をしてきたと考えた。
だから、当然その努力に対して「人に倍する報酬」が保障されて然るべきだと考える。
合理的だ。
だが、「努力と成果は相関すべきである」というこの「合理的な」考え方がモラルハザードの根本原因であるという事実について私たちはもう少し警戒心を持った方がよいのではないか。
前にも書いたことだけれど、当代の「格差社会論」の基調は「努力に見合う成果」を要求するものである。
これは一見すると合理的な主張である。
けれども、「自分の努力と能力にふさわしい報酬を遅滞なく獲得すること」が100%正義であると主張する人々は、それと同時に「自分よりも努力もしていないし能力も劣る人間は、その怠慢と無能力にふさわしい社会的低位に格付けされるべきである」ということにも同意署名している。
おそらく、彼らは「勝ったものが獲得し、負けたものが失う」ことが「フェアネス」だと思っているのだろう。
しかし、それはあまりにも幼く視野狭窄的な考え方である。
人間社会というのは実際には「そういうふう」にはできていないからである。
何度も申し上げていることであるが、集団は「オーバーアチーブする人間」が「アンダーアチーブする人間」を支援し扶助することで成立している。
これを「ノブレス・オブリージュ」などと言ってしまうと話が簡単になってしまうが、もっと複雑なのである。
「オーバーアチーブする人間」が「アンダーアチーブする人間」を支援するのは、慈善が強者・富者の義務だからではない。
それが「自分自身」だからである。
「あなたの隣人をあなた自身のように愛しなさい」というのは『マタイ伝』22章39節の有名な聖句である。
それは「あなたの隣人」は「あなた自身」だからである。
私たちは誰であれかつて幼児であり、いずれ老人となる。いつかは病を患い、傷つき、高い確率で身体や精神に障害を負う。
そのような状態の人間は「アンダーアチーブする人間」であるから、それにふさわしい社会的低位に格付けされねばならず、彼らがかりにその努力や能力にふさわしからぬ過剰な資源配分を受けていたら、それを剥奪して、オーバーアチーブしている人間に傾斜配分すべきであり、それこそが「フェアネス」だという考え方をするということは、自分がアンダーアチーブメントの状態になる可能性を(つまり自分がかつて他者の支援なしには栄養をとることもできなかった幼児であった事実を、いずれ他者の介護なしには身動きもできなくなる老人になる可能性を)「勘定に入れ忘れている」からできるのである。
モラルハザードというのは「マルチ商法」に似ている。
自分はつねに「騙す側の人間」であり、決して「騙される側の人間」にはならないという前提に立てば、マルチ商法は合理的である。
騙される側の人間が無限に存在するという前提に立てばこの推論は正しい。
しかし、残念ながら、地球上に人間は無限にはいない。
どこかで地球上の全員が「騙す側の人間」になるというのがマルチ商法が禁忌とされる本来の理由である。
今回のようなモラルハザードは「ルールを愚直に守る人間たちが多数派である場所では、ルールを破る少数派は利益を得ることができる」という経験知に基づいている。
だから、ルール違反をした本人は彼以外の人々はできれば全員が「ルールを遵守すること」を望んでいる。
そうであればあるほど利益が大きいからである。
高速道路で渋滞しているときに、ルール違反をして路肩を走っているドライバーは「自分のようにふるまうドライバー」ができるだけいないことを切望する。
それと同じことである。
しかし、この事実こそがモラルハザードの存在論的陥穽なのである。
「自分のような人間」がこの世に存在しないことから利益を得ている人は、いずれ「自分のような人間」がこの世からひとりもいなくなることを願うようになるからである。
その願いはやがて「彼自身の消滅を求める呪い」となって彼自身に返ってくるであろう。
何度も申し上げていることであるが、もう一度言う。
道徳律というのはわかりやすいものである。
それは世の中が「自分のような人間」ばかりであっても、愉快に暮らしていけるような人間になるということに尽くされる。
それが自分に祝福を贈るということである。
世の中が「自分のような人間」ばかりであったらたいへん住みにくくなるというタイプの人間は自分自身に呪いをかけているのである。
この世にはさまざまな種類の呪いがあるけれど、自分で自分にかけた呪いは誰にも解除することができない。
そのことを私たちは忘れがちなので、ここに大書するのである。


2008.01.20

機の感覚

甲南合気会に入門希望者が毎週のようにやってくる。
鏡開きのときは40人を越す人で、70畳余の柔道場が狭く感じたほどであった。
今年中に「50人の壁」を突破するかもしれない。
それだけ合気道に対する関心が高まっているということであろう。
よいことである。
合気道が開発するのは武道的なデリケートな身体感覚、「機」ということである。
「石火の機」「啐啄の機」、呼び方はいろいろあるけれど、散文的に言えば「情報入力と運動出力のあいだに時間差がない」ということである。
通常の中枢的なシステムでは、身体環境にかかわる情報入力について「これは何を意味するか」について推理がなされ、「これにどう対処すべきか」という判断が下され、それが運動系に「こう動け」という指令として伝わる・・・というふうにリニアなプロセスが考想される。
武道的な身体運用では、こんなことをしていると「夜が明けてしまう」。
「入力即出力」というのが武道的身体運用の標準であり、理想を言えば「出力即入力」である。
「出力即入力」というのは、「なにげなく刀を振り下ろしたら、そこに首を差し出してくる人がいる」ということである。「なにげなく手を差し出したら、そこに顔面を差し出してくる人がいる」ということである。
実際に達人の技を見ていると、そうとしか形容しえないということがある。
合気道開祖植芝盛平先生はそれゆえ武道を戦闘技術として用いることを忌避された。
それは「人間が鬼になる」ことだからであると大先生は言われたそうである。
戦後、合気道は「愛と和合の武術」としてよみがえった。
技術的には変わらない。変わったのはマインドである。
私なりの理解はこうである。
武道が涵養するのは「機」の感覚である。
さきほど「石火の機」「啐啄の機」と書いたが、これは「火打ち石で叩くと同時に火を発する」「幼鳥が卵の殻を内側からつつく(啐)動作と、母鳥が卵の殻を外から割る(啄)動作が同時に生起する」ことである。
武道を強弱勝敗というスキームで論じていると見落とすことがある。
それは「石火の機」という状況は「石」の側からだけでなく、「火」の側においても起きているということである。「啐啄の機」という状況は母鳥によっても幼鳥によっても経験されるということである。
「石火の機」は「石を打ち下ろす」しかたとしても「火を発する」しかたの訓練としても行うことができるということである。
「啐啄の機」は「啐」の稽古としても「啄」の稽古としても学ぶことができるということである。
格闘技において見落とされがちなのは、この「入力即出力」というプロセスそのものの本然的重要性である。
本田秀伸さんは非常にディフェンスの感覚にすぐれたボクサーで、彼の特技は相手のストレートと同じ速度で、相手の拳との「間髪を容れず」にスウェーバックすることであった。
「石火の機」の理想のような身体運用であるが、そのせいで彼はしばしば判定で敗れた。
ジャッジや観客から見ると、「まるでクリーンヒットしているように見える」からである。
「まるでクリーンヒットしているように見える」けれど「当たっていない」ように動く身体感覚はきわめて高度のものであるけれど、格闘技ではそのような感覚そのものは「ポイント評価」の対象にならない。
「ディフェンスがいくらうまくてもチャンピオンにはなれない」と言われる。
たしかにそうなのだろう。
しかし、「他者の動きと同期する能力」は総合的に見れば「一発で倒すハードパンチ」や「いくら殴られても倒れないタフネス」よりもはるかに汎用性の高い人間的能力だと私は思う。
「機の感覚」は基礎的には「他者の動きと同期する能力」として訓練される。
だから、相手のかける技に抵抗したり、すかしたり、返し技をかけたり、ということは合気道では原則として禁じられている。
それでは「機が抜ける」からである。
形稽古で相手のかける技が十分に決まっていないときには、これを受けなくてもよいという「請けの残り」というのは、18世紀に起倒流で始まった稽古法である。
それがやがて「乱取り」に変化し、講道館柔道に採り入れられた(嘉納治五郎先生は「乱取り」中心の稽古法だけでは武道的な身体感覚は開発できないと繰り返し苦言を呈したが受け容れられなかった)。
今日、「機の感覚」を錬磨する稽古法をとどめている武道はほんとうにわずかである。
もちろん「機の感覚」の重要性には武道家なら誰でも同意するだろうけれど、それと初心者から体系的に「機の感覚」を稽古させるということは別の話である。
私のこのところの合気道の技術的な課題は「受けの重要性」ということである。
自分が教えるばかりで人の技の受を取る機会がなくなってしまってからようやく「受けの重要性」に気がついたというのが恥ずかしいが。

2008.01.21

受験の季節になりました

センター入試の二日目に試験監督に大学に出かける。
センター入試の試験監督をやるのもあとこれを入れて4回と思うと、この仕事もなんとなく「いとおしい」感じがする。
マニュアル通りに説明をして、あとは60分間黙って試験監督である。
居眠りをするわけにもゆかないし、本を読むわけにもゆかない、原稿を書くわけにもゆかない。
黙って虚空をにらんで60分間過ごすのである。
しかたがないので空想をする。
でも、このときにあまり愉しい空想をして「ぐふふ」などと含み笑いなどするとすぐに受験生からセンターに電話があって、「うちの試験会場の監督者は試験中に『ぐふふ』などと気色の悪い笑い声を発していたので、気になって試験に集中できませんでした」というようなタレコミがなされて、学長が陳謝せねばならない仕儀に立ち至ったりする可能性があるので、無表情で空想をせねばならぬ。
空想というものをした方はご存じであろうが(世の中には「空想が不得手」という方が意外に多いのだが)、空想というのは表情や身体の動かし方が「空想中の登場人物」と同調していないとうまくはずまない。
ハワイの紺碧の青空を見上げながら、iPodで『フィガロの結婚』を聴きながら、ピナコラーダを飲んでいると、かたえの美女が・・・というような空想をまったくの無表情で行うことは至難のわざである(嘘だと思うならやってみたまえ)。
しかたがないので合気道の技のイメージトレーニングをする。
しかし、これもつい手足が動いてしまい、近場の受験生から「じろり」と睨まれる。
やむなく、頭を完全に空にする稽古をすることにする。
ただちに睡魔が襲ってくる。
受験生諸君も気の毒だが、監督者もとっても気の毒なのである。
以前、どこかの試験場で、携帯電話の電源を切らずに会場に持ち込んだ監督者がいて、その人はあろうことかその場で電話に出て応対してしまった。
あるいは試験監督中に居眠りをして、そのいびきがうるさくて試験に集中できなかったという抗議を受けた人もいた。
そういう話がたくさん「監督者心得」に「やってはならない事例」として紹介されている。
毎年監督者心得でおのれの失態を全日本数万人の大学教職員に周知徹底される立場になったこの方々の心の内を思うといささか胸が痛む。
それにしてもいろいろな受験生がいる。
駿台予備校にいた頃、模試は座席指定なのだが、私の隣にいたお兄ちゃんは試験がむずかしくて難渋してくると、「うお~」と叫びながらシャツを脱いで、下着一枚になるという癖があり、これには閉口した。
私は試験ができてもできてなくても、退室してよい時間になると「すっく」と立ち上がり、がりがり書いている同輩たちを睥睨して、いかにも「なんだよ、こんな簡単な問題に何時間かけてんだよ」といわんばかりの厭味な表情で教室をみまわして、「がちゃり」とドアを開けて出て行ったものである。
そうやって同輩諸氏の「やる気」を減殺することの方がない知恵を絞って答案を埋めるよりも模試の順位を上げる上では効果的であろうと判断してのことであったのだが、果たしてほんとうに効果があったかどうかはわからない。
いずれにしても「合法的にはた迷惑」であるということは受験生にとっては受験を勝ち残るための一つの技術であるのだから、この方面について選択的に能力が高まることは避けがたいのである。
昨日の試験会場でも散見されたが、休憩時間に「余裕をかます」というのも「合法的はた迷惑」のリファインされた様態の一つである。
防寒のためと称してザブトンとか膝掛け毛布とかドテラとか妙に生活感のあるものを持ち込むのも効果的である。
私は東大の二次試験のときに(真冬なのに)サングラスに葉巻を咥えて、タクシーで東大正門前に乗り付けた。
だから「そういうこと」をする人の気持ちがよくわかるのである。
がんばれ受験生!

2008.01.22

ビジネスマンに大学は経営できるのか?

ご案内のとおり、日本の大学は数年前から淘汰プロセスに入っている。
その一方、大学設置基準が緩和されたせいで、新設大学、新設学部学科はラッシュ状態である。
しかし、私自身はこの数年に相次いで登場した新設大学、新設学部の相当数は遠からず経営破綻するだろうと予測している。
2007年4月に開学したばかりのサイバー大学(ソフトバンクが出資した、すべての授業をインターネットで行う大学)に文科省から勧告が入った。
620人いる在学生のうち180人について本人確認をしないで単位を与えようとしていたせいである。
いちいち福岡まで来てもらって、面接をして本人確認をするような手間ひまをかけるならインターネットを活用しているメリットがないと判断して、本人確認を怠ったのであろう。
なるほど。
ごもっともな判断である。
だが、サイバー大学の経営者にひとつお聞きしたいことがある。
みなさんだって、本人確認をしないでクレジットカードを渡すクレジット会社とか、本人確認をしないで書留を手渡す郵便局とか、本人確認をしないで定期預金の解約をする銀行とかは「信用できない」と判断されるであろう。
私だって信用しない。
ではどうしてみなさんは本人確認しないで大学の単位(それは学位とともに、大学の信用供与のしるしである)を出したのか?
理由は簡単である。
単位を「商品」だと思っていたからである。
値段が折り合うならその商品を買い取りたいというクライアントがいる。
買いたいというのだから、売ればよい。
スーパーにキュウリを買いに来た客に「本人確認したいから身分証明書を見せろ」とは誰もいわない。
キュウリをどう料理しようと、刻んでパックにしようと、河童釣りの餌にしようと、それはクライアントさまのご自由であって、売り手のあずかり知らぬことである。金さえきちんと払ってくれれば、ノープロブレムである。
「単位が欲しい」という客に単位を売って何が悪いという理屈である。
それは「学位が欲しい」という客に学位を売って何が悪い・・・という理屈で「ディプロマ・ミル」(学位工場)というものがアメリカにたくさんあるのと同断である(日本にも出店がある。先週の『週刊現代』でそういう大学で学位を買った大学教授たちの実名リストが出ていた・・・そういえばサイバー大学の学長もそのリストに名前があった)。
ビジネス的にはそれでぜんぜん悪くない。
ご案内のとおり、単位なんてただの数値である。
それを124コ集めると「学士号」というものと交換できる。
コープさんのポイントカードみたいなものである。
ただの数値を金を出して買いたいという奇特な買い手が現にいる。
だから、売りましょうという人が出現する。
市場の自然である。
それは合法的かどうかは知らないが、間違いなく「ビジネス」である。
けれども、私はそれを「教育」とは呼ばない。
教育というのは知識や技術を「ばら売り」することではないからだ。
知識や技術の伝授という外形的な関係を経由して、「それとは違うこと」を学ぶのが教育である。
知識や技術は商品化できる。単位も学位も商品化できる。
けれども、「それとは違うこと」は商品化できない。
それは師弟の対面的な関係の中で一回的に生起し、師弟二人のほかに誰もが経験することのできない唯一無二の「出来事」だからである。
誰にとってもその有用性や価値がわかっているものだけが「商品」になる。
一方、弟子はその師から「私以外の誰にもその有用性や価値が理解されないもの」を学ぶ(そうでなければ、「私」がこの世に存在し、その人の弟子である必要がないからである)。
だから、師弟関係で授受されるものは原理的に商品にならない。
そういう基礎的な知見をわきまえないビジネスマンたちが教育事業に参入してきた。
教育の真のコンテンツは「商品化」できないということに彼らはいつ気づくのだろうか。
たぶん自分たちの大学がつぶれたあとになっても、気づかないだろう。

2008.01.23

学校の怪談ほか

朝一で大学のチャペルアワーでお話をする。
いかにもころりと忘れていたのだが、前日たまさか宗教センターのおねいさんに廊下で「明日よろしくお願いします」とぺこりと頭を下げられたので、私はそのような礼を言われるいわれはないのである旨を申し上げたら、翌日のお話の担当に決まっていて、私はそれをグーグル・カレンダーに入力し忘れていたのである。
危ういところであった。
朝ご飯を食べながらぱらぱらとコンコルダンスをめくって「学びと畏れ」にかかわる箇所を探して申命記4-10を「本日の聖句」に選ぶ。
インターネットというものがなかった時代の遺物であるが、便利なものである。
大学で10分間「学びと畏れ」についてお話をする。
どうして「学校の怪談」というものがあれほど広く普及しているのに、「会社の怪談」というものは存在しないのか。
それは学校の「建築物としての構造」が「学びの構造」の比喩になっているからである。
小学校一年生で入学してきた子どもにとって学校は未知の空間であり、どの廊下を回ればどこに出て、どのドアを開くと何があるかを知らない。
だから新入生は「学校探検」をするときにどきどきする。
新入生にとって学校は「くらがり」に満ちているが、比喩的な意味における「くらがり」とは、子どもがその有用性や意味をまだ理解していないところの学知のことである。
学年が進み、6年生になるころには、学校の中のどこに何があり、どの先生がどんなキャラクターで、どのボタンを押せばどんな機能が起動するかがだいたいわかるようになる。
学校というシステムを理解するころに、学習指導要領の学習すべき範囲を理解し終えるように学校というシステムは構造化されている。
昔の人たちは無意識的にであれ、そのことを知っていた。
だから、学校の仕組みを新規参入者に「一望俯瞰的」に開示しないように制度設計したのである。
学校の建物は謎に満たされていなければならない。
思いがけない隠し扉や、隠し階段や、隠し部屋が構造的に含まれていること、そのしくみは学校に通っているうちに「メンター」の手引きによって開示されることが制度的に要請されているのである。
本学を設計したヴォーリズは「校舎が人を育てる」という名言を残した。彼はそのことを熟知していたと私は思う。
ご存じのように(ご存じない方も多いが)、本学の理学館と文学館は「双子」の建物であるが、理学館には「隠し三階」があり、「隠し屋上」がある(人間科学部の先生たちは以前はそこでバーベキューなんかしていたらしい)。
私はそのことを震災のときまで知らなかった。
土木作業のために、ふだんは入らない理学館の「くらがり」に入り込んだときにそのことを知ったのである。
理事室の「隠しトイレ」の存在を知ったのは着任してから15年目のことである。
たいしたものだと思った。
学びの場は構造的に「謎めいたもの」でなければならない。
これは私の経験則である。
今の学校の建物を設計する建築家たちの多くは、「誰にでもその構造が一目瞭然であり、どのフロアもどの棟も同一の設計であり、使い勝手が一瞬で理解できる」コンビニチェーンのような建物をおそらく学校建築の理想としているであろう。
それはまったくの間違いである。
人と人が出会う場所、未知のものと出会う場所は、それにふさわしくさまざまな「くらがり」によって彩られていなければならない。
というような話をする。
昼から4年生最後のゼミ。
もう卒論を出した後なので、することがない。
みんなでピザを取って昼食会をしたあと、「お楽しみ会」をすることになった。
ゼミ室で「色紙をくるくるまるめた飾り物」でデコレーションして、みんなで「ゲーム」をする。
ジェスチャーと花いちもんめとトランプ。
みんな小学生気分になって、楽しそうである。
ジェスチャーで「内田先生」というのが二度も出題され、秒殺的に当てられる。
私の立ち居振る舞いというのはそのように真似しやすいものなのであろうか。
少し悩む。
講演とテレビ出演について電話がある。
講演はお引き受けし、テレビはお断りする。
断られたテレビのデスクの人が「そうですよね。出ませんよね」と納得している。
「こういっては変ですが、『テレビには出たくない』という人の方がなんとなく信用できるんです」
テレビマンがそういうことをおっしゃってよろしいのであろうか。
大学院今季最後の授業。
家族論のまとめとて、発題をいただいた「お墓の話」をする。
家族についての議論は今大きく変化しようとしている。
その潮目の変化を学者やメディアはまだとらえていないように見える。
橋本治先生が『日本の行く道』で示唆されているように、日本人の過半はもうこれ以上の豊かさや利便性を、あるいはこれ以上の自由や孤立を、あるいはこれ以上の逸脱や冒険をもう求めてはいない。
多少可処分所得が目減りしようと、多少自己決定の範囲が限定されようと、多少隣人から厄介ごとを持ち込まれても、相互に扶助し、支援し合うぬくもりのある共同体に安定的に帰属したいと考えている。
このような反-進歩主義的な政治的目標が先駆的な思想家の口から語られたことは近代日本では例外的なことである。
しかし、橋本先生の先駆的知見は遠からず日本人の相当数によって共感を以て迎えられるようになるだろう。
もちろん、それからのちも「私はいかなる共同体にも属さず、100%の自己決定しその結果を100%自己責任において処理するスタンドアローンでな生き方を貫きたい」という方はいるだろう。
けれども、「ローンウルフの会」という笑話が教えるように、「私はいかなる共同体にも属さず、スタンドアローンを貫きたい」という方はそれならばどうして「そんなこと」を声高に主張されるのか、その理由をすこしは自省されてもよいと思う。
そういう方々でも「自説の賛同者」が欲しいのである。
その人の活動を支援し、その人に然るべきポストを提供し、その人の書いた本を読み、講演を聴いてくれる「共同体」の支えがなければ、彼または彼女は遠からず餓死してしまうであろう。
スタンドアローンの人間などというものは存在しない。
私たちはみんな支え合ってかろうじて生きているのである。
「インディペンデントに見える人間」というのは、権力をもっていたり、巨額の定期預金をもっていたり、華やかな名声をもっていたりするから、そのように見えるのである。
彼らは「権力のまえに萎縮する人々」や「お金の前で揉み手してしまう人々」や「有名人を崇拝してしまう人々」の共同体によって支援されている。
そのような「共同体」はあまりにメンバーが多いために、ご本人の気に入らない五人や十人をそこからたたき出しても「いくらでも換えが効く」ので、「まるで孤立しているようにふるまう」ことができるのである。別にインディペンデントなわけではない。
私たちに欠けているのは、「共同的に生きるためのマナー」である。
その大切さを教える制度的基盤がないし、その大切さについての国民的合意もない。
それは家庭と学校でまず学ぶべきことだと私は思う。
けれども、いまはその二つの制度がもっぱら「自己利益の追求を最優先することの大切さ」を学習する場になっていることに私は深い懸念を抱くのである。
演習終了後、我が家に移動して、一品持ちよりの大学院打ち上げ宴会。
講談社(大学院の教育論はこちらから本になって出版される)のオザワさんとアサカワさんも来る(オザワさんはモエ・エ・シャンドンのロゼご持参)
ご近所の川上牧師もパイとギターをもって飛び入り参加。
ジョンナム長光も久しぶりに登場し、またまた高歌放吟談論風発のうちに御影の夜は更けてゆくのでありました。

2008.01.27

美食の国へ

「メディアと知」の最終回のゲストスピーカーに卒業生でエディターをしている「だからどうだっていうのよヒロコ」が来てくれて、彼女が作っているさまざまな「美味本」について話してくれる。
話を聞いているうちに、「美味本」というようなジャンルの本がこれほど大量に供与されているのは世界で日本だけではないかということにふと思い至った。
むろんヨーロッパにもアジアにも「好事家のための美食文化」は豊かに存在する。
けれども、それはあくまで料理人がいたり、地下にワインセラーを持っていたりする選ばれた少数のためのものである。
本邦の美食本のマーケットはそうではない。
これらの雑誌の読者たちはビジネス街のランチや「こなもん」の美食情報を求めるヴォリューム・ゾーンな人々である。
そのような日常的食物(カツサンドとかオムライスとかおでんとかについての)美食情報が国民的規模で熱い関心をもって探求され、かつこれほどに情報精度が高い出版文化を持つ社会が他にあることを私は知らない。
山本画伯によれば日本のベトナム料理はベトナムのベトナム料理よりも美味いそうである。フレンチについて言えば、同じ金額なら本邦のフレンチレストランの出す料理の方が確実にパリで食べるそれよりはクオリティが高い。
この数年のあいだにもしかすると日本は世界一の「食大国」になったのではないか。
先般ミシュランの東京版が出て大騒ぎになったのはご案内の通りであるが、ミシュランの採点で3つ星8店、2つ星25店、1つ星117店。星数トータル191。
この評価は本家に続いて世界二位であるらしい。
これは東京だけの話である。
西日本の食文化の厚みは底知れないので、日本版ミシュランが出たらおそらく本家を凌駕するであろう。
このことの歴史的意味に多くの日本人はまだ気づいていない。
美食情報誌に対する市場のニーズがこれだけ高いということは「食についての教養」が我が国においては現在すでにきわだった文化資本として機能し始めているということである。

文化資本についてはこれまでも何度か本欄で言及してきたけれど、要するに社会の階層格差を記号的に表示する「教養の差」のことである。
食についての教養の文化資本的機能についてピエール・ブルデューはプレサックの『料理についての省察』から次のような言葉を引いている。

「味覚(goût)を美食学(gastronomie)と混同してはならない。味覚とは完璧さを認知しこれを愛する自然の才能であるのにたいし、美食学はこれと反対に、教養と味覚教育とを支配するもろもろの規則の全体である。美食学の味覚に対する関係は、文法や文学研究が文学的意味にたいして持っている関係に等しい。(・・・)美食家(gourmet)とは繊細な通人(connaisseur)であるとすれば、美食研究家(gastronome)とは料理の衒学者ということになる。」

ブルデューの術語で言えば、味覚は「身分資本」である。
それは生育環境で身体化したものである。
「この身分資本は、テーブルマナー、会話術、音楽的教養、礼儀作法、テニスをすること、言葉の発音などといったさまざまな文化習得に関して、正統文化を早期に身につけているがゆえに得られるもろもろの利点によって倍加される。(・・・)そのおかげでこの家に新たに生まれた者は自分にとって親しみ深いモデルのうちに実現された文化の例をはじめから一挙に与えられ、生まれたそのときからすぐに、(・・・)正統的文化の基本要素を身につけはじめることができるのである。」(ピエール・ブルデュー、『ディスタンクシオンI』、石井洋二郎訳、藤原書店、1999年,112頁)
身分資本を潤沢に蔵している人の特権は「無知状態に安住する余裕」を持っている。なぜなら身体化した文化資本は「彼らがその正当な相続人をもって任じている家族財産のようなもの」(103頁)だからである。
一方、「美食研究家」は後天的な努力(おもに学校制度を通じて)文化資本を獲得しようとする。ブルデューの卓越した比喩を使えば、彼らは「映画愛好家たちが自分の見たことのない映画についても知っておかなければならないことはすべて知っているのと同じように、経験を犠牲にしても知識を特権化し、作品そのものを熟視することをおろそかにしても作品について語ることを優先させ、感覚(aisthesis)を犠牲にしても訓練(askesis)を重んじるようにしむけてゆく禁欲主義的な堕落の諸形態にいつも直面しているのである。」(104頁)
喩えて言えば、あるワインを飲んだときに、そのワインをはじめて飲んだときのグラスの手触りや隣にいた女性の香水や自分の着ていたシャツの肌触りといった「生な経験」が甦る人間は美食家であり、頭の中にそのラベルと価格と「合わせる料理」のリストが記号的に浮かぶ人間は美食研究家である。
美食家はそれが市場的にどれほどの価値があるかはあまり知らない(彼が興味をもつ「自分にとっての価値」だけである)。
身体化された文化資本の持ち主は自分が何を知っているのかを知らない。
「生まれついての文化資本」を有している人間は自分が身体化しているものの何がそれを「学校で学ぼうとする」人々の欲望を励起しているかを知らない。
この欲望の非対称性が階層格差を決定づけるのである。

日本の食文化はかつては「後天的に獲得される文化資本」であった。
美食ブームが言われたバブルの頃、テレビに登場してきた美食家とか料理研究家と称する人々のうちに「上品な育ちの人」はほとんど見ることがなかった。
それは彼らが努力の末に体得した料理の技術や味覚の鋭さの「市場価値」をどうやってつり上げようかと必死になっていたからである。
だが、そのあとの10年のあいだに美食文化についてはある種の「洗練」があったと私は思う。

江さんが『街的ということ』で「いなかもの」と「街的」という二項を対比させて書こうとしていたことは、ブルデューの理説にかなり近い。
「人より先んじて情報を手に入れたり、人より多く情報を得ること。それを消費に直結させ誇示することが、他人より優位な位置につくことであり、それが『都会的』であると信じて疑わない類の感性が『いなかもの』をつくりだしている。」(江弘毅、『街的ということ』、講談社現代新書、2006年、47頁)
江さんが「いなかもの」の美食研究家たちやそのフォロワーに対抗して立てたのは「街的」という概念である。
それは「生もの」に触れる経験の唯一無二性を、記号的な知識の蓄積よりも優先させる生活態度のことである。誰にでもその経験の意味や有用性がわかる経験ではなくて、その経験の切実さやかけがえのなさを他人にはうまく言葉では伝えられないような種類の経験をどうやって言葉にしようかじたばたすることである。
そこには「パッケージ済みのもの」を相手にしているのか、「生もの」を相手にしているのかの違いがある。
「生もの」を相手にするときの「正しいやり方」の一般解は存在しない。
だから、「どうやっていいかわからないときに、どうやるのがいいかわかる人」にしかこの仕事はできない。
「どうやっていいかわからないときに、どうやるのがいいかわかる」のはその知識が主題的には意識されないままに身体化していた人だけである。
私たちはさまざまな知識を主題的には意識しないまま身体化している。
江さんは『ミーツ』時代に「最高、の店」六軒を選んだことがある。
リーチバー、白雪温酒場、スタンド、イノダコーヒ、クック・ア・フープ、ジャック・メイヨール。
その選択がどういう基準で行われたのかを江さんは本の中で私たちにわかるようには説明してくれていない。
江さんはこう書いている。
「店は何一つ変わらないけれど、わたしが変わったから、わたしに見える店はかわるのである。それが結果的にわたしにとっていい店であればあるほど、わたしが変わるたびに幸せな発見があるから、通うたびにその店がどんどん好きになる。」(159頁)
これはきわめて個人的な経験なのであるが、この経験には汎通性があることが確信される。
江さんはそう書いたのである。
江さんはこのとき20世紀末から21世紀初頭にかけて実現した「食文化のイノベーション」を(ご本人はそれと知らずに)体現していたのだと私は思う。
江さんは、それまでのバブリーな「美食研究者」とそのフォロワーたちよりも高い位階に「街的通人(connaisseur)」を位置づけた。
これはブルデューの採用する文化資本による位階化が「ブルジョワを上位におく」という因習的な序列には手をつけないのに対して、大きな変化である。
すごく変な言い方をすれば、文化資本の「民主化」といってもよい。
文化資本のキャリアパスが一本しかないと、「文化貴族」と「文化平民」が差別化される。
その階段を必死ではいのぼろうとする様子があまりに「野暮」くさくてうんざりした江さんは、みんな「わたしが変わるたびに幸せな発見がある」ような身体知を個人的に登録していけばいいじゃないかという対抗命題を立てたのである(たぶん)。
そのような対抗命題が許容され、それがメインストリームになりつつあるほどに熟した食文化を有している社会はおそらく世界で日本だけである。

日本が格差社会であることはさまざまなかたちで徴候化している。食文化の格差もその一つである。
岩村暢子さんの食文化論三部作(「変わる家族変わる食卓」「〈現代家族〉の誕生」「普通の家族がいちばん怖い」)はこの食文化において急激に進行している階層化の二極化の下層についての詳細なレポートである。
岩村さんの本が教えるのは、食文化のレベルの低さは、現代日本ではダイレクトに家族のバインドの弱さ、情緒の未発達、社会的地位の低さの指標となりつつあるという現実である。
一方に食文化の洗練と食教養の文化資本化があり、他方に食文化からの疎外があり、その二極化は階層の二極化に対応している。
だから私たち日本人は現在おそらく世界でもっとも「美食コンシャスネス」の高い国民である。
それは頽廃期のローマの美食コンシャスネスとは違う。
だって、これは全国民的規模で「食についての教養」にもとづく階層再編が進行しつつあるという事態だからである。
歴史上存在したことのない事件である。
私自身はこの地殻変動的な変化に日本の「未来」を見ている。
「温泉国家・食道楽国家」として国際社会において余人をもっては代え難い卓越した一国となること、それが「日本の行く道」ではないかと私は考えているのであるが、それはまた明日。


2008.01.28

雀神さまに問う

2008年度甲南麻雀連盟の「打ち初め」がにぎにぎしく行われた。
総長、画伯、老師、だんじりエディター&鉄火場姐御、牧師、ドクター&E田先生、ラガーマン、ホリノ社長、シャドー影浦、弱雀小僧、そして次期総長と、ほぼフルメンバーに近い会員が参集して、2008年度年間チャンピオンを目指す一年間にわたる過酷なレースの開戦が高らかに宣言されたのである。
結果についてはあまり申し上げたくない(最近こればっか)。
5戦して5敗。4位2回、3位3回。マイナス121。
これをして「歴史的敗北」という以外に呼称する術を私は知らない。
確かに私もミスは犯した。
明らかな打ち間違いを私は2回犯したことを正直に認めよう。
でも、い~たかないけど「2回だけ」である。
あとはきわめてクールにかつロジカルに、攻めるときには攻め、退くときには退く、いつに変わらぬ自在な麻雀を打っていたのである。
南三局まで悠々トップということも二度あった。
にもかかわりませずの歴史的敗北である。
天を仰いでヨブのごとくに神意を問いたいところである。
雀神さま、あなたは私にいかなる試練を与えようとされているのでしょうか。
この仕打ちのうちに私はいかなる雀神の愛の徴を見出せばよろしいのでしょうか?
雀神さま、私はあなたを誉め称えるための会堂を私財を抛って打ち立てました。あなたのために祈りを捧げる会衆たちを呼び集めるために雨の日も嵐の日も東奔西走いたしました。そして「もっとも信仰篤きもの」として、兄弟姉妹たちを統べる「総長」の名を贈られ、その責務を粛々と果たしてきたものであります。
おお、それなのに、どうして雀神さまは東一局でかんちきくんに親の四暗刻を自摸らせたり、画伯の「立直だけ」のゴミ手に「即ツモ・裏ドラ3発」というような慈悲を添えられるのに、私には(それから私とともに会衆を久しく率いてきたわが信仰の友であるだんじりエディターにも)ついにそのようなみめぐみの徴を最後までお与えくださらなかったのでしょう。
いいえ、恨んでなどはおりません。
私とても雀神信仰の道に入ってすでに42年。
16半荘連続一位という奇跡もこの身に味わいました。
あれは人間の賢しらの及ぶことではございません。
私が雀神さまに嘉されたものであるという深い信仰を得たのはそのときのことでございます。
そして、それはまた私が静に牌を置いて、学究の道に進む決意をしたときでもありました。
あれから幾星霜。
私に奇跡をお示しになることによって私を四半世紀にわたり麻雀から遠ざけられた神は、今またこの奇跡を通じて私に「残る余生を雀道一途に邁進せよ」というメッセージを送られたのでしょうか?
そうです。きっとそうに違いありません。
おお、雀神さま。
私はみことばをたしかに聴き取りました。
残る人生を麻雀に賭けることを会衆たちを前にここに誓約いたします。
それはおそらく「歴史的敗北」をひたすら繰り返すような試練の日々になることでありましょう。
けれども、私はその試練のうちに雀神さま、あなたの深い愛を見出すでありましょう。
ではご唱和願います。
麻雀において「人はいかに勝つかではなく、いかに負けるか」を通じてその信仰を証しする。
雀力が諸君とともにあらんことを。

2008.01.29

演芸場国家ニッポン

広州に留学中のぴんちゃんが一時帰国したので、三回のゼミ生たちとプチ歓迎会をする。
オリンピックを目前にした現代中国事情について興味深い現地レポートを拝聴する。
そのときふと思い出して、大阪府民である学生諸君に日曜はちゃんと投票したかねと訊いてみた。
「はあ」と返事はあるのだが、声に勢いがなく、知事選の話題に誰も乗ってこない。
選挙権を得て最初の選挙というような方もいるはずなのに、これはどういうことであろうか。
そういえば、日曜の例会のときも、いくたりかの大阪府民会員は投票をすませてから例会に来られたはずであるのに、知事選の話題は忌避されていた。
例会中も「開票結果どうなったかな」と私が話題を振ったが、誰も返事をしてくれない。
橋下徹が圧勝するであろうという予想が彼らの気持ちを重たいものにしていたのであろう。
しかし、私はどのような現象についても「サニーサイド」を見るように努めている。
橋下新知事に与えられたこの圧倒的信任を一つの大きな社会的変化の徴候と私は解釈したい。
先回の話題の続きになるが、21世紀ニッポンが粛々と向かっている「食堂国家・温泉宿国家」のもうひとつの特質は、そこから当然想像されることであるが、「演芸国家」というものである。
「世界の食堂」「世界の湯治場」「世界の演芸場」それが21世紀ニッポンが国際社会でおそらくは引き受けることになる機能である。
われわれはそのような国家に特化するという無意識の選択を「すでに行っている」というのが私の考えである。
「世界の食堂」ニッポンの異常な食文化の爛熟ぶりについてはつとに報告した。「世界の湯治場」の市場価値についてはゴールドマンサックスがすでにAAAの格付けを示して温泉の買収を進めていることはご案内の通りである。
となれば、飯美味し、温泉よろしの湯治場が次に求めるものは、ザッツ・エンターテインメント、「世界の演芸場」である。
芸人というのは、人類学的には「河原乞食」と蔑まれると同時に「秩序にまつろわぬ遊行の人」として、日本社会の流動性とイノベーションを担保し、かつ天皇制とダイレクトに繋がっていると網野善彦先生はつとに道破されていた。
遊行の人々は、他方にある定住農民という巨大集団との相互関係でそのときどきの社会的機能を変化させてきたが、政治的にはつねに「カウンター・カルチャー」を担う少数派にとどまっていた(後醍醐天皇が全国の「秩序にまつろわぬもの」を糾合した建武の中興を唯一の例外として)。
だが、芸能人やタレントたちがカウンター・カルチャーを担う少数派である時代はどうやら終わったように私は思う。
今や彼らはメインカルチャーの批判者ではなく、その主たる担い手となりつつある。
多くの人々が指摘するように、その最初の徴候は「タレント議員」第一号藤原あき1962年に参院全国区でトップ当選した事件である。
以後、テレビでのポピュラリティを基盤に政界進出した事例は、文字通り枚挙に暇がない。
青島幸男、横山ノック、石原慎太郎、八田一朗、大松博文、高橋圭三、今東光、コロムビア・トップ、田英夫、木島則夫、中山千夏、八代英太、山東昭子、野末陳平、山口淑子、扇千景、西川きよし、田中康夫、大橋巨泉、江本孟紀、中村敦夫、森田健作、小池百合子、松浪健四郎、蓮舫、大仁田厚、馳浩、神取忍、喜納昌吉、舛添要一、田嶋陽子、橋本聖子、丸川珠代、丸山和也、横峯良郎、そのまんま東・・・
テレビのバラエティやトーク番組にこまめに出演して、「辛口」のコメントをすることがたぶん現在では国会議員になるためにもっとも効率のよい方法である。
私はそれを「非常識」であるとか、そのような頭の固いことを申し上げたいのではない。
地方議員からこつこつとキャリアを積もうと、代議士の秘書として「雑巾がけ」の修業時代を送ろうと、大学教授から転身しようと、政治家になるためにはどれが本道で、どれが裏道というような区別はない。
政治家になるキャリアパスがランダムに存在する社会の方が、限定された人間にしかそのチャンスがない社会より、政治的な成熟度は高いと評価されるべきだと私は思う。その点で、日本は政治的成熟度がきわめて(ほとんど異常に)高い国であると評してよろしいであろう。
テレビ出身の政治家たちの共通の特色はポピュリスト的な「有権者フレンドリーネス」である。
彼らは無党派浮動層の「気分」で選ばれた代表者であるから、その最優先の使命はときどきの民意に敏感に反応して、とにかく「受ける」政策を選択することである。
私はそういう政治家たちが一定数存在することは悪いことではないと思う。
「賢明な有徳な人物」よりもむしろ「選挙民と同程度の知性と道徳性の持ち主」を選ぶというのはアレクシス・ド・トックヴィルによればアメリカン・デモクラシーの生命線である。
トクヴィルはアメリカン・デモクラシーの最良の点は「失敗の矯正が容易であること」のうちに見た。
「一見して明らかに、アメリカのデモクラシーにおいて、民衆はしばしば権力を託する人物の選択を誤る。」(アレクシス・ド・トクヴィル、「アメリカのおけるデモクラシーについて」、岩永健吉郎訳、中央公論社、『世界の名著33』、1970年、456頁)
しかし、アメリカは現に「誤って選ばれた指導者」の下で例外的な繁栄を達成した。
その理由をトクヴィルはきわめて明快にこう記している。
「疑いもなく、支配者に徳と才とが備わっていることは、国民の福祉にとって重要である。しかし、それにもまして重要なのは、被支配者大衆に反する利害を支配者がもたぬことである。もし民衆と利害が相反したら、支配者の徳はほとんど用がなく、才能は有害になろうからである。」(457頁)
有徳で才能豊かな指導者と、それほどではない被支配大衆の利害が対立した場合、そのような指導者を「厄介払い」することはきわめて困難である。しかし、あまり頭が良くなく、徳性にもやや瑕疵のある指導者の場合、彼らをその席から逐うことはそれほどむずかしくない。
アメリカの建国の父たちは、彼らの後継者たちに高い徳性や知性を求めなかった。その代わりに、それほど有徳でも有能でもない指導者でもそれなりに統治できるシステムを作ることに工夫を凝らしたのである。
それは「大衆的人気」にもっぱら依拠する指導者を「短期間」のみ登用するという制度である。
「アメリカの人々は立法部の構成員が人民によって直接に任命され、その任期をきわめて短期に限られることを望んだ。議員がその選挙民の一般的意見のみならず、日々の感情にも服するようにさせるためである。」(471頁)
アメリカの人々は、明確な政治的理念を持たず、つねに有権者の顔色を窺ってその意に迎合しようとする指導者に権限を委ねることを望んだ。
それはたいていの場合、確固不抜の政治的理念を持ち、有権者の意向など意に介さない指導者の方がそうでない指導者よりも国民を苦しめる確率が高いことを彼らが知っていたからである。
トクヴィルがこの文章を書いたのはアメリカ建国後わずか60年のことであった。その省察の正しさは以後200年のアメリカの歴史が証明している。
日本は「アメリカ化」しているのであろうか。
そうなのかも知れない。
しかし、トクヴィルの時代のアメリカ人が「権力を託する人間」として誤って選んだのはアンドリュー・ジャクソンやデイビー・クロケットのようなタイプの「やたらに闘う男」であった。
それに比べると、21世紀ニッポンの有権者の嗜好はずっと柔弱である。
だから、私にはこの事態は「アメリカ化」というよりは「演芸場化」という方がことの本質を言い当てているような気がするのである。
そして、繰り返し言うように、私はそれを別に悪いことだと思っていない。
もし演芸場で国政を議しても、とくに大きな支障がないというような統治システムを私たちが完成させたのだとすれば、それは政治史上に残る達成として久しく言祝がれるべきであろう。
いや、ほんとに。

2008.01.30

業務連絡

本ブログでも何度かご紹介した岩村暢子さんのイベントがあります。
新潮社のアダチさんから告知協力お願いねと言われたので、みなさまにアナウンスいたします。
アダチさんが司会をするそうですので、この機会に「生アダチ」をみたいという方は必見です。
ぼくも行きたいんですけれど、2月1日は教授会があるんです。すみませんね、アダチさん。
ではアダチさんからのメッセージをご紹介します。

『普通の家族がいちばん怖い』刊行記念
対談 松原隆一郎さんVS岩村暢子さん  「幸せな家族って?」

新潮社の足立真穂と申します。いつも内田先生には愉快にお世話になっています。
さて、この場を借りての告知ですが、日記でも何度か評価してくださった『普通の家族がいちばん怖い』という本について、著者の岩村暢子さんの講演会があります!
調査の裏話や刊行後の反響などが聞ける貴重な機会ですので、ぜひご来場くださいませ。
当日は、なんと私が司会をしておりますので、お楽しみに(!?)。「普通の司会がいちばん怖い」……。当日券も用意しております。

内容紹介
正月とクリスマス――家庭で最大の二つのイベントから、家族の実像を探る話題作、『普通の家族がいちばん怖い』。常に綿密なデータ検証から見えない真実を解き明かして来た岩村氏が223世帯に徹底リサーチし、歪んだ幻想を解体していく過程は圧巻だ。そして、処女作以来、その手法に注目していたという気鋭の社会経済学者、松原氏が、その手法と導き出される現状に切り込む!

日時 2008年2月1日(金) 19:00開演(18:30開場)
会場 紀伊國屋ホール(紀伊國屋書店新宿本店4F)(新宿区新宿3-17-7)
入場料 1,000円(全席指定・税込)
予約&お問い合せ先 紀伊國屋ホール(03-3354-0141)
※1月12日(土)よりチケット発売予定
※詳細は、以下でご覧いただけます。
http://www.shinchosha.co.jp/event/index.html#20080201_01(新潮社)
http://www.kinokuniya.co.jp/01f/event/shinjukuseminar.htm#seminar_0201(紀伊國屋書店)

東京在住のみなさん、どうぞよろしく。

2008.01.31

吉川宏志とスラヴォイ・ジジェク

入試の採点が当たっているので、昼過ぎに出勤。
採点を終えてから、「メディアと知」のレポートを読んで、成績をつけて提出。
後期の仕事がこれで終わる。とりあえず形式的には今日から春休みである。
とはいえ、私にはその間もほとんど休日はない。
机の上にはゲラが4つ積み上げられている。そのうち二つは今週中に返送しなければならない。
これを送り出しても、近日中にさらに3つ4つゲラが届くことになっている。
ということは、夏前には6冊ほど本が出るということである。
何の因果でこんなにたくさん本を出さなければならないのであろうか。
しかし、それは真夏に「暑いよお」と泣訴しているのと同じで、言っても何もならないのである。
わかっている。
黙って働こう。

吉川宏志さんという若い歌人の書いた『風景と実感』(青磁社)という本が届く。
帯文を頼まれたので、ゲラを読んで、暮れに短い推薦の言葉を書いた。
知らない人の書いた本の帯文を書くということはあまりしない。
ゲラを読んでみて断ることの方が多い。
吉川さんの本は歌論である。
歌学について私はまったくの門外漢であるが、この本は面白かった。
吉川さんは「どんな歌になまなましさを感じるか」ということを論じている。
「なぜそのようななまなましい感触が生まれてくるのかを説明することは非常に難しい」(10頁)
歌において「リアリティ」や「実感」が出来するのはどういうことかという、あまりに根源的で、それゆえ回答しがたい問いに吉川さんはさまざまな事例を挙げて、まっすぐに取り組んでいる。
私はこの姿勢を高く買うのである。
真率ということを美徳にあげる習慣は廃れて久しいけれど、私は若い書き手についていちばん評価するのはこの「まっすぐ感」である。
真率それ自体に価値があるわけではない。
真率である人間は自分の誤まりに気づく可能性がそうでない場合よりはるかに高いからである。
気取った文体で飾る若い人に注意しておくけれど、若いときはそれで通るけれど、中年期にさしかかる頃には自分の誤謬と愚鈍さを吟味する回路が機能しなくなる。
十代のころにはたしかに「オーラ」があったのに三十過ぎる頃にそれがあとかたもなく消えてしまう早熟な少年たちを私はたくさん見てきた。
彼らは知的に洗練されているせいで、「私はどうしてこのことを知らないのか?私はどうしてこのことをうまく説明できないのか?私の無知と無能はどのように構造化されているのか?」という形式で問いを立てることを嫌う。
彼らはそれよりは「自分がどれほど賢く有能なのか」をショウオフすることの方に知的リソースを投じて、ある日気がつくと狷介で孤独な中年男になっている。
真率というのは、そのピットフォールを避けるためのたいせつな気構えである。

大学からの帰り道に鈴木晶先生から送ってもらったジジェクの『ラカンはこう読め!』(紀伊国屋書店)を読む。
ラカンとジジェクをともに熟知している鈴木先生の訳文は実に読みやすい。すらすらと読んでいるうちにあっというまに読み終わってしまった。
読み終えて、私自身がいかにラカンとジジェクに影響されてきているのか、よくわかった。
物語をラカン的に解釈するというアイディアはそういえばジジェクの真似をして始めたのである。
最初にトライしたのがカミュの『カリギュラ』のラカン的解釈で、これは面白いほどうまく行った。
そのあと『エイリアン』にラカン的解釈を施して、これまたツボにはまったので、五回近くあれこれの本で使い回ししたのはご案内の通りである。
その『エイリアン』についてもこの本でジジェクは書いているが、「なるほど」と唸る。
「ラメラ」とラカンが術語化したものについての記述である。
ジジェクはラカンの『精神分析の四基本概念』でラメラについて述べられたつぎのような箇所を引く。
「何か特別に薄いもので、アメーバのように移動します。ただしアメーバよりはもう少し複雑です。しかしそれはどこにも入っていきます。そしてそれは性的な生物がその性において失ったものと関係がある何物かです。(・・・)それはアメーバが性的な生物に比べてそうであるように不死のものです。なぜなら、それはどんな分裂においても生き残り、いかなる分裂増殖的な出来事があっても存続するからです。そしてそれは走り回ります。
 ところでこれは危険がないものではありません。あなたが静かに眠っている間にこいつがやって来て顔を覆うと想像してみてください。
 こんな性質をもったものと、われわれがどうしたら戦わないですむのかよくわかりません。もし戦うようなことになったら、それはおそらく尋常な戦いではないでしょう。このラメラ、(・・・)それはリビドーです。」(ジャック・ラカン、『精神分析の四基本概念』)
ジジェクはラカンを承けてこう書く。
「この映画に出てくる怪物エイリアンはラカンのラメラにあまりによく似ているので、ラカンはこの映画ができる前にこの映画を観たのではないかとさえ思えてくる。この映画にはラカンが述べていることが全部出てくる。」(112頁)
エイリアン=リビドーという公式は私も「エイリアン・フェミニズム」で採用した。
ラカンを説明するときには『エイリアン』が最良の素材なのである。
『アイズ・ワイド・シャット』についてもジジェクは驚くべき分析をしている(この映画にはついては「貨幣=糞」というアイディアを軸にした分析を私もしたことがある)。
私たちが「現実」として認識しているものはさまざまな「幻想」によって構造化されている。
凡庸な哲学者たちは、この「幻想」を引き剥がして、「真正な対象」と向き合う方法を探る。
けれども、もしかするとこの「幻想」は「われわれを守っている遮蔽膜」であるのかも知れない。
私たちが間違って「現実」と呼んでいるものは、「〈現実界〉との遭遇からの逃避として機能しているのかもしれない」(101頁)
ジジェクはこう続ける。
「夢と現実の対立において、幻想は現実の側にあり、われわれは夢の中で外傷的な〈現実界〉と遭遇する。つまり、現実に耐えられない人たちのために夢があるのではなく、自分の夢(その中にあらわれる〈現実界〉)に耐えられない人たちのために現実があるのだ。」(101頁)
これがジジェクの本の中でピンポイントで私に「来た」箇所である。
いや、ほんと、その通りだと思う。
ジジェクはフロイトの『夢判断』に出てくるよく知られた「息子の棺のかたわらで通夜しているうちに眠ってしまった父親の見た夢」の例を引く。
夢の中で息子があらわれて父親にこう告げる。
「お父さん、ぼくが燃えているのが見えないの?」
父親が目を覚ますと、ロウソクが倒れて、棺を覆っている布に火がついていた。
通常の夢解釈であれば、「まず」ロウソクの転倒という事実があり、そこから発する臭気や熱で父親の睡眠が妨げられるのだが、夢は欲望充足のために、それらを取り込んだ物語を編制して、睡眠の継続をはかる、という説明がつく。
だが、ラカンはさらに興味深い解釈を施す。
「何が目覚めさせるのか?」という問いをラカンは立てる。
「目覚めさせるもの、それは夢『という形での』もう一つの現実にほかなりません。『子どもが彼のベッドのそばに立って、彼の手を掴み、非難するような調子で呟いた-ねえ、お父さん、解らないの?僕が燃えているのが?』
このメッセージには、この父親が隣室で起きている出来事を知った物音よりも多くの現実が含まれているのではないでしょうか。この言葉の中に、その子の死の原因となった出会い損なわれた現実が込められているのではないでしょうか。」(ラカン、『精神分析の四基本概念』)
「彼が夢の中で遭遇したのは、現実よりももっと強い(息子の死に対する自分の責任という)外傷だった。そこで彼は〈現実界〉から逃れるために、現実へと覚醒したのである。」(103頁)
なんと。
ブレヒトの「異化効果」は、「幻覚的な見世物」の中に突然「現実的なもの」が闖入することで(例えば、俳優同士の内輪の話を台詞のあいだに挟むとか-こちらの方は歌舞伎でも宝塚でもやるけど、観客席に水をかけるとか-これは昔のテント劇場ではよくあった)夢の中に安らいでいるブルジョワ的な観客たちを「現実に覚醒させる」政治的効果をねらったものだが、ジジェクはこれをきっぱりと否定する。
話は逆なのだ。
「彼らのやっていることは、彼らの主張とは裏腹に、〈現実界〉からの逃避であり、幻覚そのものの〈現実界〉から逃げようとする必死の企てにすぎない。〈現実界〉は幻覚的な見世物の姿をとって出現するのである。」(104頁)
現実への覚醒は夢の中で遭遇する〈現実界〉からの逃避である。
あまりに恐ろしい夢を見たときに、私たちはそこに蠢くあまりにおぞましいものから逃れるために覚醒する。
夢から逃避するのだ。
現実では夢の中で遭遇するような「おぞましいもの」に遭遇する可能性はほとんどないからである。
だから、『エルム街の悪夢』というのはラカン的にはまことによく出来た映画だったということになる。
あの映画では夢の中でフレディが表象する〈現実界〉に遭遇すると人は死ぬ。だから、主人公たちは繰り返し現実に覚醒することで夢から逃避しようとする。
人間存在の根源を脅かす外傷的経験はつねに「幻覚的な見世物」のかたちをとって出現する。

吉川宏志は塚本邦雄のこんな歌を引いている。
「醫師は安樂死を語れども逆光の自轉車屋の宙吊りの自轉車」
それについてこう書いている。
「医師から、患者の苦しみを長びかせるよりは安楽死させたほうがよい、というような話を聞いた。その後ぼんやりと町を歩いていると、暗い自転車屋の中にぶらさがっている自転車が見えた。その金属製のフォルムが妙に黒くつやめいて、無生物のもつ実在感の強さに圧倒されるように感じられた-
 そのような場面を読み取ればいいのであろうか。生きているものよりも、生命のない物体のほうがなまなましく感じられることは、私たちの日常でもしばしば起こる。おそらくこの歌はそんな一瞬の感覚をとらえているのだろう。」(15-16頁)
「安樂死」という「現実」よりも、「逆光の自轉車屋の宙吊りの自轉車」という「幻覚的な見世物」の方がより深く、回復不能なまでに外傷的であるような「一瞬の感覚」があることを歌人は知っている。

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