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2008年01月 アーカイブ

2008.01.02

シティボーイは『LOST』的状況を生き延びられるか?

あけましておめでとうございます。
旧年中はいろいろとお世話になりました。本年もどうぞよろしくお願い致します。
年末に届いた卒論を大晦日にまとめて読む。
どれもなかなか面白い。
学生諸君のアンテナにヒットした「最近なんとなく変なもの」についての分析である。
どんな主題でもかまわない。好きなものを選んでいいよと言ってあるのだが、やはり全体的趨向性というものはあって、「家族」と「日本の若者」がこれからどうなるのか・・・というのが彼女たちの多くにとっては焦眉の論件のようである。
家族論は大学院の今期のテーマでもある。
社会を再構築するために、いろいろなアイディアは提出されてはいるけれども、やはり家族を住み心地のもう少しよい場所に再構築することがもっともコスト・パフォーマンスのよいソリューションであろうと私は思う。
「おひとりさま」論も卒論にあったが、「おひとりさま」というライフスタイルが成り立つのは養老先生風に言えば「脳化・都市化・情報化」された社会においてだけである。もちろん現代日本社会はその方向に驀進しているのだから、その趨勢に棹差す生き方としてはそれでよろしいのである。
けれども、それは生きてゆく上に必要なすべてのリソースが「すでにパッケージされ、商品化され、値札がついた」状態でしか可能ではない。
脳だけでは人間は生きてゆけない。
身体が必要である。
身体はいわば「脳から見た自然」、「なまもの」である。
同じように、「おひとりさま」というのはルールを熟知した人が都市を生きる限りはきわめて効率的でスマートな生き方だけれど、いささかでも自然的なものが介入してきたときにはきわめてリスキーで非効率な生き方になる可能性がある。
社会が完全に脳化・都市化・情報化した状態だけを選択して生きたいという人にとって「おひとりさま」はクレバーな選択である。
そして、自慢じゃないけど、私もまた「そういう人」である。
美山町のコバヤシ家に行くと、いつも私の「シティボーイ」的脆弱性は失笑の対象となる。
ワイルドライフはぜんぜんダメなのである。
「ワイルドライフはぜんぜんダメ」であるという点について、私は適切な自己評価を下している。
私は脳化・都市化・情報化した社会以外では「まるでつぶしの利かない」人間である。
できるだけ、自分の生存によって有利な環境だけを選択して生きてゆきたいとは思うけれど、人生そうそう思い通りにはゆかない。
だから、私は「保険をかける」。
つまり、「脳化・都市化・情報化」されていない環境において適切に生きる術を知っているみなさんと「コラボレーションする」のである。
『LOST』を見るとわかるけれど、無人島に漂着した場合に、私のような脆弱なシティボーイは何の役にも立たない。
そこであわてて漁撈やら狩猟やら銃器の扱いやら内燃機関の修繕の技術やらをにわか勉強しても追いつかない。
サバイバル上手のみなさんのご温情におすがりするしかない。
でも、こちらも何かのお役に立たねば相済まない。
そこで、彼らが補填できない種類の「ニッチ」を探すことになる。
まあ、私なら役どころとしては「カウンセリング」とか「物語作家」か、うまくゆけば「宗教家」あたりのニッチを狙う。
『十五少年漂流記』的状況でも人間関係に苦しむ人はちゃんといるし、ファンタジックでおおぶりの「物語」に対するニーズはなくならないし、もちろん霊的飢餓は必ず訪れる。
カウンセリングやストーリーテリングの代価としてお魚一匹とか椰子の実一個とかと交換すれば露命をつなぐことは可能であろう。
教祖になれれば、『蝿の王』的状況でも王侯暮らしだって夢ではない。
とまあ、そのような状況の到来を勘案しつつですね、都市生活者としても日々研鑽しているわけである。
しかし、無人島にみんな「私みたい」なやつばかりでは困る。
やはり漁撈やら狩猟やら内燃機関の修繕やらに特技を発揮するかたがたがおられて、そのみなさんとの信頼関係というか、共依存関係を取り結ばねば、生きてはゆけぬのである。
そして、そのようなかたがたとの信頼関係というか共依存関係というものは都市生活のさなかにおいて万一に備えてつねづね育成してゆくことが必要ではないかと私は考えているのである。
「お多人数さま」というのが私の基本的な生存戦略である。
これなら脳化・都市化・情報化社会でも生きていけるし、それが破綻してもまあなんとかやりくりできる、と。
これをして私は「保険をかける」と申し上げたのである。
家族というのは、この共生戦略のきわめてプリミティヴな訓練の場ではないかと私は考えている。
というのは、家族というのはある程度の同一性が担保されており、かつ年齢・性別・社会的立場・政治意識・価値観・美意識などにおいて構造的に異なる個体が共生することを強いられている場だからである。
共生の訓練場としてこれ以上のものはあるまい。
子どもはここで親子関係を通じてある程度コラボレーションの基礎テクを身につけ、その上でさらに同一性の低いむずかしいコラボレーションである「結婚」にグレードを上げる。
家族が現在の社会問題の焦眉の論件であるのは、そこが「脳化・都市化・情報化」されることに最後まで抵抗する「都市の中の荒野」だからである。
「荒野を生き延びるための能力を涵養する類的装置」であるところの家族が都市生活になじむはずがない。
都市生活は家族の成員が全員「すでにパッケージされて、スペックが明記されて、値札がついた状態」であることを要求する。
そのような成員の均質化がある程度以上進行すると、家族は共生の訓練の場ではなく、ヘゲモニー闘争とリソースの競争的争奪の場になるほかない。
そのような場ならないほうがよほどましである。
けれども、それを「家族なんかないほうがましだ」という結論に短絡させてはならないと私は思う。
ある歴史的条件の下では「家族なんかないほうがまし」であり、他の条件下ではそうではない。
そして、「家族があり、相互支援するほうがよい」状態というのはさきほど私が例に挙げたように「ワイルドライフ」ということであり、私たちの文明が全力を挙げてそこから遠ざかろうとしている当のものなのである。
ここがさじ加減のむずかしいところである。
何度も書いていることであるが、「ひとりでも生きられる社会」というのは人類史的に例外的に安全でフェアな社会であり、そのような社会に生きられることは幸福なことである。
けれども、それが「例外的に幸福なことである」ということを忘れない方がいいと思う。
それを忘れるとやがて私たちのうちでもっとも都市化した個体は「ひとりでも生きられる」から「ひとりでなくては生きられない」に移行するだろう(すでにその傾向は徴候化している)。すでに私たちの社会は「ひとりでなくては生きられない(他者との共生が苦痛である)」という人々を構造的に生み出し始めている。
というわけなので、私としてはもう一度「ひとりでは生きてゆけない」という(安全でフェアな社会においては無意味というよりむしろ不利な)「無能力を育てる」ことが必要ではないかと考えているのである。(注:この箇所オリジナルでは「ひとりでなくては生きていけない」とありましたが、これは誤記ですね。バンクーバーのタタラさんからご指摘をいただきましたので、あわてて訂正をしておきます。でも、こういう間違いはフロイトによると「抑圧された無意識の効果」なわけで、このあたりにウチダの本質的な「シティボーイ的脆弱性」が露出しておるとご理解いただければ、本稿はますます滋味深いものとなるでありましょう。タタラさん、どうもありがとうございました)。
「無能力を育てる」というのは奇妙な言い方だが、そういうことはたしかにある。
これについては『女は何を欲望するか』新書版の「あとがき」に詳述したので、そちらを徴されたい。
というわけで、今月末に出る文藝春秋からの新刊のタイトルはあ『ひとりでは生きられないのも芸のうち』と定まったのである(後知恵だけど)。
はい、新年早々お騒がせいたしました。今年もどうぞよろしく。

2008.01.03

麻雀アゲイン

お正月なので、るんちゃんと会う。
授賞式以来。
いつものように自由が丘の不二屋書店で待ち合わせをしてから、ハイアニス・ポートでお茶。
ここは1950-60年代のポップス「だけ」をかけ続けるという「こだわり」のお店である。
ご存知のようにHyannis Portはケネディ家の別荘があったマサチューセッツの避暑地である。
J・F・ケネディ大統領が在任中にも繰り返し訪れたために、当時のニュース映画では大統領がここでヨットに乗っている映像がよく流れたものである(J・F・ケネディ二世は奇しくもこの沖で飛行機事故死した)。
というわけで、ハイアニス・ポートはケネディ大統領の時代(つまり1960年から63年)のアメリカが「好き」という日本人のある世代にとってはわりと思い入れのある地名なのである。
ドアを開けるとリッキー・ネルソンのねっとりした声が聞こえる。
そういえば、私が幹事だったときに、自由が丘道場の納会をここでやったことがあった。もう20年前くらいのことである。
60年代ポップスを聴きながら、バドワイザーを飲んで、BLTサンドイッチを食べるというたいへんアーベインな納会だった。
るんちゃんとおたがいに近況報告をする。
年末に『婦人公論』の取材があったけれど、そのときにも私とるんちゃんの父子関係についてずいぶんあれこれと訊かれた。
18歳で親離れ子離れするのがどうすれば可能なのか、と世間の親御さんがたはいろいろ悩んでいるようである。
30代なかば過ぎまで子どもを手元に引き止める親たちが増えているかららしい。
たしかに、そんなに引っ張っては子様も成長のきっかけがつかめまい。
18歳でも家を出すには遅すぎたのではないかとさえ思っている。
私自身は16歳でランナウェイした。
その半年後には尾羽打ち枯らして家に戻ったのだけれど、それはもう「子ども」ではなく、「三杯目にはそっと出しの居候」というステイタスにおいてであった。
そして大学に入ったとたんに、入学手続きをするより先に家を飛び出して駒場寮にもぐりこんでしまった(そういうことができたのである。よい時代であった)。
でも、それくらいが「ふつう」の成熟の歴程ではなかろうか。
るんちゃんも家を出てはや7年。すっかり大人のおねいさんである。
高円寺の「素人の乱」は2年勤めたけれど、ここを大晦日をもって退職し、今年から新しいビジネスをご自身で始められるそうである。
要るなら出資するよ、と申し上げておく。
私は友人が起業して「お金出して」と頼まれたときはこれまですべて出資している。
うまくいったときもあるし、あまりうまくいかなかったときもある。
でも、どれもずいぶん愉快な思いをしたから、それでよいのである。
世間では「相談には乗るが、金は貸さない」というポリシーの方が多いが、私は「相談には乗らないが、金なら貸す」というポリシーである。
こんなことを書くと「じゃあ、貸して」と言ってくる人がいるであろうが、これは内田百閒先生の「禁客寺」と一般で、「とはいうもののお前ではなし」なのである。期待させてごめんね。
1時間ほどおしゃべりをしてから武蔵小山のAGAINにでかける(そういえばAGAINも私と平川君が出資した事業である)。
るんちゃんもひさしぶりに石川さんに挨拶したいからと同行する(るんちゃんは去年3月のAGAINの立ち上げのときにお手伝いをしたのである)。
兄ちゃんと平川君も来ているのでみなさまがたにお年始のご挨拶をする。
毎年この「温泉麻雀」面子でお正月をする。
今年はAGAINというたまり場があるので、さきほど録音したばかりの大瀧詠一師匠のラジオ放送を聴きながら、にぎやかに正月麻雀。
AGAINでは去年の暮れに大瀧師匠の録音があり、伊藤銀次さんにはライブ来ていただいているので、山下達郎さんが来てくれるとナイアガラ・トライアングルが完成する(今度お茶のみにきてくださいね、山下さん)。
石川君は大瀧さんに来店してもらったので、もういつ死んでも悔いはないと遠い目をしている。
ナイアガラーとしては当然の感懐であろう。
このときの大瀧さんと平川君と石川君と私の四人の座談会はラジオデイズからダウンロードできる。
12月28日にダウンロード開始となったので、さっそく買い求めて、元日に新幹線の中でiPodで聴いた。
もう面白すぎて車内で笑いをこらえきれずにくすくすと噴き出してしまった。
ラジオデイズでは、去年、私と平川君がホストになってゲストに来てもらってお話しをするという連続企画で三本の収録をした。
最初が高橋源一郎さん、次が養老孟司先生、最後が大瀧詠一師匠である。
高橋さんと養老先生はお願いすればラジオには出てくれると思ったけれど、師匠は出てくれるかどうかかなり心配だったのだけれど、頼んでみたらご快諾くださった。
ラジオデイズに「大瀧さんオッケーだって」というメールを送ったとき、社内で「わお~」と歓声が上がったそうである。
大瀧さんが去年ラジオに出たのはお正月恒例の山下達郎さんとの新春放談とこの座談会だけである。
アミーゴガレージでの大瀧さんの年頭のご挨拶の中で、このときの話をちょっとだけ書かれている。
というレア音源である。
三本ともどれもほんとにめちゃめちゃ面白いので、これはぜひ皆様にお聴きいただきたいと思う。
ラジオデイズにアクセスして、会員登録をすれば、すぐにダウンロードできる。
私の笑い声が飽きるほど聞けます。

2008.01.04

年頭に武道について考える

1月3日。恒例の多田宏先生のところでの新年会。
例年と同じく、東京大学合気道気錬会の諸君やかなぴょん、ウッキーたちといっしょに吉祥寺の多田先生のお宅を訪れる。
先生の秘蔵のワインを頂き、先生手作りの「天狗舞雑煮」を食し、談論風発。
先生のとなりに座って、武道談義、合気道のこれからのありかたについて、お話を聴く。
中教審答申「武道の必修化」について、このところ立て続けに取材されたので、改めて先生のご意見をお聴きすることにする。
多田先生によれば、武道の競技化とその弊についての批判はつとに江戸時代から(熊沢蕃山や『天狗芸術論』でもう)始まっているそうである。
ルールが決められた場で術の巧拙を競うことと、ルールがない状況でなお最適な行動を選択することは違うことである。
どちらが正しいとかよいとかいうことでなく、「違うこと」である。
武道が涵養しようとするのは個別的な身体技法ではなく、どのような状況であっても適切なふるまいを選択して「生き延びる」能力の方であると私は理解している。
喩えて言えば、「ちゃぶ台」の上で限定的な能力を競うことと、「ちゃぶ台」をひっくり返すことの違いである。
以前、多田先生にお聴きした話を思い出した。
古武道大会の控え室で、ある流派の武道家がその家伝の術の妙であることを述べていた。やはり控えの席でそれを聴いた人が、「そちらの流派では手首をとられたときにはどう返すのですか?」と訊ねたところ、くだんの武道家はではやってみましょうと片手を差し出した。質問をした武道家はその小指をつかんでぽきりと折った。
話はこれだけである。
先生は「これは折られた方が悪い」とだけ短くコメントして、話を終えられた。
この逸話は端的に「スポーツ」と「武道」の差を表しているということが今になるとわかる。
折られた武道家は初期条件を決めておいて(それ以外に危害を加えるようなことはしないという約束の下での)効果的な身体運用の巧拙を競うことが武道だと思っていた。
折った武道家は両者を共扼するような条件がないときになお最適なふるまいをすることが武道だと思っていた。
だから、こういう状況について、べつに正解があるわけではない。
「あのね、うちではこうやるんです」と言って「はあ、そうですか。それは一つ勉強になりました。どうもありがとうございます」と穏やかな情報交換がなされて、これがきっかけで仲良くなるということだってあるだろう(現に「そういうこと」の方が多いから「こういうこと」が起きるのである)。
「いやいや他流の方にご教示するほどのものではございません。ひらにご容赦を」とにこやかに拒絶するという法もあるだろう。
「教えて差し上げてもよいが、そのためには入門を願わねばなりません」と教条主義的に対応するという手もあるだろう。
いろいろある。
どれがよいというのでもない。
相手の表情や口調や場の雰囲気など、総じて「文脈」から推して、どう応ずべきか瞬時に判断する。
自分たちがたまたま身を置いている「ちゃぶ台」の脚部の安定性やテーブルの表面積や材質を勘定に入れる習慣があれば、そうそうやすやすと小指を折られることはないはずである。
武道とは本来そのような種類の「デインジャー」に適切に対処するための術のことではないのか。
アメリカは議会に戦争経験者が減ると戦争を始めるという歴史的傾向がある。
戦争をしたことのない人間は戦争というのをコントロール可能な外交ゲームの一種だと考える傾向があるからである。
「勝ち負け」と「生き死に」は次元の違うできごとであるということを私たちはすぐに忘れてしまう。
話がだいぶ逸れてしまった。
もちろん多田先生は必修化の有効性には懐疑的であった。
仮に必修化が実施されても、柔道や剣道にしてもそれを専門的に教えられる先生がそれだけの数いない。ピアノやバイオリンをしたことのない先生を集めて短期の講習会をやって「はい、明日から生徒たちに教えなさい」というのが無理なのは誰でもわかるだろうと先生は苦笑されていた。
他の武道団体からも「どうして剣道柔道だけで、ほかの武術は必修化されないのか」という声が出ている。
武道必修化は前途多難のようである。
もう一つ、先生からたいへん愉快な企画をうかがった。
工藤くんやノブちゃんら気錬会OBの研究職や専門職の諸君とのコラボレーションで、合気道の現代的汎用性について語り合うという企画である。
「合気道を稽古したおかげで、ぼくたち仕事も研究もこんなにうまくゆきました」という本だと、なんだか新興宗教の宣伝パンフみたいであるが、これがほんとうなんだから仕方がない。
しかし、この本を「合気道であなたもサクセス」というような惹句で売ると、「サクセスする、しない」という相対的な競争そのものを揚棄するはずの合気道の本義に悖る。
うーむ、困った。
やはりここは「町田流超然の構え」でゆくしかないか。
驚いたことに(知っているのだから驚くことではないが)、多田先生は今年79歳になられるそうである。
「俺ももう80だよ」と先生は破顔一笑されていたが、ご本人も「80歳になる」ということがぴんと来ないようである。
現に私から見ても、先生のたたずまいは私が入門した32年前とあまり変わっていない。
あの頃先生はまだ40代だったのである。
それどころか、なんだか先生の動きは年々速くなっているような気さえする。
「あの~」とそう申し上げたら、あっさり「そうなんだ」という答えが返ってきた。
年々動きが速くなって、冴えが出てきているというのは先生ご自身の実感でもあるそうである。
すごい話である。
門人一同、先生の教えを拳拳服膺して、なんとか80歳まで術技向上を目指したいものである。
多田先生、同門のみなさま、今年もどうぞよろしくご鞭撻のほど、拝してお願い申し上げます。

2008.01.05

ぼた餅道とウワノソラー

お正月の恒例行事の仕上げは家族三人で箱根で湯治。
露天風呂に浸かりながら、「棚からぼた餅の食べ方」について鳩首協議する。
家族の中で「ぼた餅の食べ方」についてある程度修練を積んでいるのは兄上だけなので、残る二人はそのレシピを拝聴するかたちになる。
一気に食うと腹をこわすし、ちびちび食うとかびが生えるし、自慢げに食うと妬まれるし、こそこそ食うと下品に堕す。
なかなか「ぼた餅道」も奥が深い。
吉田健一や白洲正子が書いているのかも知れないが、寡聞にして「ぼた餅道」奥義書のあることを知らない。
たいへんよい機会であるので、さらに修練を重ねて、いずれ「ぼた餅道精髄」「棚からぼた餅、瓢箪から大吟醸」などというタイトルの本を書いてみたいと思う。
そんな斯道新参未熟の私であるが、あたかもこのぼた餅あることを予見していたかのような予言的な文章を年末に書いていた。
題して「転んでもただでは起きない症候群」。
これは「私の研究」というタイトルで寄稿依頼されたものである。
以下に引用しておく。

率直に申し上げて、今の私には「研究時間」というものは事実上存在しない。
研究したいテーマはいくつもあり、調べてみたい資料もいくらもあるけれど、時間がないので一つとして実現しない。
教務部長に選ばれたときに、しばらくは研究に集中する時間はとれないだろうと覚悟はしていたが、「研究できない状態」が3年続くと(まだ任期はあと1年残っている)、さすがに研究者を名乗ることに対して疚しさを覚えるようになってきた。
メディアに寄稿すると、専門分野のところに「フランス現代思想」とか「哲学」とか印字されていることがあるが、これは今の私には、ほとんど職名詐称に近い。  
しかし、そんな私にもなけなしの時間とエネルギーを投じて「研究」していることが一つだけある。
それは「高等教育の現場の疲弊の現状とその構造」である。
これについては私自身がインフォーマントであり、日々の会議やネゴやペーパーワークがそのまま研究の第一次資料である。
先日、阪大の鷲田清一学長とお会いしてお話しする機会があったが、そのときも話題の半分くらいは「管理職はほんと疲れますよね問題」であり、幸いにもその原因の解明と対処法について、鷲田先生と有意義な意見交換ができたのである。
というわけで、私はそれまでの専門分野の研究時間を失った代償として、「大学管理職教員の疲弊」という思いがけない分野の専門家となり、メディアからの出稿依頼や講演演目に対しても、「教育再生会議はいかに教育現場について無知であるか」とか「評価活動が大学教育にもたらす弊害について」とか「ピア・ストレス」(同僚の存在それ自体がストレス要因となる症候群)といった論件について生々しくもリアルなご報告を行ことができる研究者になったのである。

はい、ここまで。
先般、研究者である卒業生から就職相談を受けた。
研究を続けたいのであるが、今度応募しようとしているポストは研究プロパーの職ではない。どうしましょう、というものである。
それに対して私は次のように答えた。
研究者というのは、実体的なものではなくてマインドのことである。研究室があり、研究予算がつき、研究時間がなければ研究ができないという人間はもともと研究者に向いていないのである。
研究者マインドのある人間は眼に触れるありとあらゆるものについて、ただちにその成り立ち、それが出現してきた歴史的文脈、なぜそれは「そのようなしかたで」われわれの前に現前しており、「そのようではないしかたで」は現前しないのかなどについて深く後戻りのきかない考察のうちに踏み入ってしまって忘我の境をさまよってしまうのである。
そういう人間が語の本来の意味における「研究者」であると私は思う。
研究室があって、研究予算がついて、研究時間が確保されないと探究心がアクティヴェイトしないというような人間はもともと研究に向いていないので、ほかの仕事を探すほうがよろしいであろう。
と書いたら、だいぶ元気になったようである。
以前にもご紹介したが、ノーバート・ウィナーは二六時中研究のことばかり考えていて、それ以外のことにはほとんど脳の領域をセーブしなかった。
ウィナー一家が引越しをしたことがあった。
もちろん、ウィナーはつねに上の空であったので、一家が引越しをした事実そのものをすぐに忘れ、大学の仕事が終わるとまっすぐに無人の旧居に戻り、ドアをとんとんとノックして「ただいま!」と告げた。
もちろん何の返事もない。
しかたがないので通りかかった女の子に「ねえ、ウィナーさんのうちの人はいないのかな?」と訊ねた。すると女の子はこう答えた。
「このうちの人たちは昨日引越ししたのよ。でも、大丈夫。私、このうちの引越し先知っているからそこまでつれてってあげるわ。パパ。」
こういう種類の集中力が研究者には絶対に必要である。
だから、研究者向きかどうかはこの「ノーバート・ウィナー度」を基準に算定するのが適切であると私は考えている。
私は自慢じゃないけど、NW度(めんどくさいから略すね)は3級というところである(人文系の大学教授としてはわりといい線である)。
夏休みが終わるとだいたいゼミ生の名前を半分がとこ忘れているというのが3級の目安である。
卒業して1年経つと、誰がゼミ生だったか、あらかた忘れていて、道で挨拶されても「どちらさまでしたか?」とぼんやり訊ねるようになると晴れて初段。
本学の同僚では、I教授がさすが一流の研究者だけあって際立ってNW度が高い。
彼は西宮北口から乗った電車で学生に話しかけられ、そのまま門戸厄神の駅から大学まで話し続けた。坂を上り、JD館の研究室に向かったが学生はいっかな離れる気配がない。ついに研究室のドアの前まで来たが、くだんの学生はそのままついて入ろうとする。先生、彼女を制して、「あ、ごめんね。これからゼミなんだ」と言った。学生、答えて曰く。「私ゼミ生なんですけど・・・」
現役のゼミ生の顔を忘れるというほどにスペクタキュラーな事例を私は他に知らない。この偉業ゆえに私はI先生にNW道(なんでも道にしちゃうのね、オレ日本人だから)二段を允可することにしたのである(いつのまにか家元になっている)。
何をふざけたことを言う。私のNW度はそのようなレベルではないよ、という「上の空」自慢の方がおられれば(あまたおられるであろう)是非「全国NW度検定」にアプライしていただきたいと思う。
NW度検定では、ウワノソラー5級から8段までの段級があり、3段で「NW道師範代」、5段になったら「NW道師範」の免状を発行する。
検定料・登録料はちょっと高いですけど、教員公募書類の「特技」の欄に「財団法人日本ノーバート・ウィナー協会認定ウワノソラー初段」と書けることを考えれば安いものである。

恐怖のシンクロニシティ

鈴木晶先生が年末にたいへん興味深いことを書かれていた。
ゲームとルールをめぐる考察である。
http://www.shosbar.com/
少し長いけれど、引用させていただくことにする。ある小説に出てくる「I Pass the Scissors」(はさみを渡す)というゲームの話である。
ハサミを使う。数人が輪になってすわり、ハサミを次々 に隣の人にわたす、というだけのゲームである。ハサミを受け取った人は、ハサミを開いて、あるいは閉じて、次の人に渡す。そのときに「私はハサミを開いて 渡す(これを「クロス」と呼ぶ。ハサミを開くと、十字架の形になるからだ)」あるいは「閉じて渡す」と宣言する。問題は、その「開いて」と「閉じて」は、 ハサミが開いているか閉じているかとは関係がないということだ。初心者はルールを知らないから、ハサミを開いて隣りに渡し、「私はハサミを開いて渡す」と 宣言し、まわりから「まちがい!」と指摘されるのである。つまり、初心者は、何が「開いて」であり何が「閉じて」であるかについてのルールを発見しなければならないのである。
 ネタバレになるが、ハサミが開いているか閉じているかは重要ではなく、ハサミを渡すときに脚を開いているか閉じているかによるのだ。小説の最後のほう で、このルールをすぐに見抜いてしまう青年が出てくるが、それまでは、新たにこのゲームに加わった人は残らず、最後までルールがわからない。
 本来、ゲームというのは参加者全員がルールを知っていることを前提にしているのであるから、この「ハサミを渡す」というゲームは、本来のゲームではない。ルールを知っている者たちが、ルールを知らない者をからかうための遊びである。好意的にいえば、ルールを知らない者がいかにそのルールを発見できるか を見守る遊びである。
 だからこのゲームは、その場にいるほとんど全員がルールを知っていて、それよりも少数の人がルールを知らない場合にのみ、おこなわれる。全員がルールを 知っていたら、意味がないし、反対に、ひとりだけルールを知っている場合は、ゲームができないわけではないが、そのルールを知っているひとりがみんなから の敵意の的になる。
 すでにおわかりのように、これはある小さな共同体が侵入者をからかい、屈辱感を与え、排除するためのゲームである。
 「メンソレータム」というのも、これとまったく同じ意図にもとづくゲームだった。ひとりが「タム・タム・タム・タム・メンソレー・タム」と言いながら、 右手の人差し指で、開いた左手の指先を、小指から順番にさわっていき、「メンソレー」の部分で、人差し指と親指の谷間をなぞり、最後に親指の先にさわって、「タム」で閉める。そして相手に「やってごらん」と言い、相手(初心者)に反復させる。相手は忠実に反復するのだが、「だめ」と言われてしまう。何度 やっても、「だめ」と言われる。そこで「親」が、別のだれかにやってみさせる。その別の誰かはルールを知っているので、ちゃんとできる。初心者は、どうして自分のがだめで、別の誰かのが合っているのか、その理由がわからない。
 詳しくは覚えていないが、たしか、「タム」と言った後に、腕を組んで「やってごらん」と言えば、「正解」なのだった。
 つまり、どちらのゲームも、「ゲームの範囲」がどこまでかをめぐるトリックなのである。初心者は必死に規則を見つけ出そうとする。だが「正解」は、その 規則が適用される範囲、つまりゲームの範囲の外にある。ルールを知っている者は、ゲームの範囲に関して、初心者にまず誤解を与える。前者であればハサミ、 後者であれば指でなぞるという行為が「ゲームの範囲」であると思い込ませる。だから、そのゲームの範囲の外に、本来のゲームの範囲があることを発見すれ ば、初心者の勝ちなのである。
 これはスラヴォイ・ジジェクが挙げている例に似ている。ジジェクは最新著『ラカンはこう読め!』のなかで、こんな例を挙げている。
「窃盗を疑われている労働者をめぐる古い小話を思いだそう。毎夕、工場から帰るとき、警備員たちは彼が押している手押し車を丹念に調べたが、何も見つから なかった。手押し車はいつでも空だった。ついに警備員たちは突き止めた。彼が盗んでいたのは手押し車だったのだ」
 ジジェクがこの例を挙げたのは、コミュニケーションの再帰的機能について説明するためである。「これはコミュニケーションですよ」というためのコミュニ ケーションのことである。ヤコブソンのいう「交感的言語使用」である。「いい天気だねえ」「そうですねえ」
 ゲームに話を戻すと、先に、このゲームは共同体から侵入者を排除するためのものだと述べた。先に触れたように、ヴァインの『煙突掃除の少年』では、この ルールをすぐに見抜いてしまう青年が登場する。ルールを見抜いた「初心者」は、その共同体に喜んで迎えられるのだろうか。ルールがばれた時点で、そのルー ルのくだらなさ、というか「悪意」があらわになる。要するに、ルールが適用される範囲をめぐる一種のトリックだったのだということがばれる。知力をふりし ぼってルールの規則を改名しようとしていた「侵入者」は、拍子抜けして、あるいは、ばかばかしさに激高して、その共同体を見捨てることになるであろう。い や、すんなりとその共同体に加わり、新たな「餌物」を探すのかもしれない。(・・・) 
 じつは、「場の空気が読めない」という最近流行の表現をきいて、このゲームのことを思い出したのである。
 KYが「空気が読めない」の意味だと知ったのは1年ほど前。教えてくれたのは学生(大学生)だったが、彼らは「最近の高校生はこんな略字を使うんだって。もうついていけないね」と話していた。
 「場の空気を読む」という、本来は「おとな」の言葉が、高校生の間で流行しているという事実にまず驚いた。というか、気持ちがわるかった。
 次に、KYが「空気を読む」とか「空気を読め」という意味ではなく、「空気が読めない」という否定形の略だということに、いやな気がした。本来、この表 現は「空気を読め」という「心得」であろう。それに対して、「空気が読めない」というのは、「排除」の表現である。排除に対象にたいするレッテルである。
 いうまでもないが、本来、場の空気を読むというのはひじょうに重要なことである。空気の読めない人は「困ったもん」である。
 だが、その「空気」の中身がひじょうに下らないものだとしたら? 先に挙げたゲームのように、下らない中身によって、たんに侵入者を排除しようとしているだけだとしたら?
 といったことを考えると、高校生がこんな表現を多用していると聞いて、いい気はしない。
 空気が読めないのは困るが、ちゃんと空気を読み取ったうえで、あえてその空気に亀裂を入れることも、時として必要になる。いや、あまりに素朴で純真なために空気が読めないということも多い。が、そういう空気の読めない素朴な視点が、その空気の邪悪さ、あるいはくだらなさを暴露することがある。アンデルセ ンの「はだかの王様」を思い出してみればいい。「空気が読めない」というレッテルは、いじめの道具としか思えないのである。
ここまでが鈴木先生からの引用である。
実に面白い話である。
奇しくも、この少し前に平川くんも違う文脈だけれど「空気が読めない」という物言いの排他性について言及していた。これも引用しておく。
http://plaza.rakuten.co.jp/hirakawadesu/
KYなる言葉が流行しているらしい。「空気が読めない」の頭文字だそうである。夜郎自大な政治家を揶揄する場合にも使われるし、仲間うちの飲み会などで も使われる。仲間内で使われるときは、異分子排斥の合言葉のような棘のある意地の悪いニュアンスを伴っている。(確かに世界は自分のためにあると思ってい る場の読めないやつはいる)。しかし、これが流行語になるということに対して、私は違和感を持つ。文明批評をするつもりはないが、私はこの流行語には、少なからず当今の批評精神の劣化を感じる。そこには「空気」という言葉で表現される「仲間意識」そのものが持つ脆弱性への批評がすっぽりと欠落しているから である。別の言葉で言えば付和雷同と、他罰的な言葉遣いが、若い人たちの間に瀰漫してきている。自分がKYの同類でないことを証明するために、彼/彼女ら はますます仲間内の背後から石を投げる。
 いや、こんなしゃっちょこばった話をしたいわけではなかった。先日、神田茜の講談をまとめて聞いた。そのときに、ああ、これは「空気」を読みたくて焦れば焦るほど「空気」を乱してしまう女の話なんだと思ったのである。さらに言えば、彼女の十八番である「切ないおんなの嘆き節」とは、「空気が読める」「読 めない」といった風潮そのものを相対化し、笑いの中に溶解させてしまう不思議な薬効を持っている。そう、神田茜とは、全国のKYたちに向かって、市井の片 隅からエールを送り続けてきたのである。
 まいったな。こんな固い話をしたいわけじゃない。しかし、彼女が意識的にか、無意識的にか加担している「だめおんな」「からまわりなやつ」「引っ込み思案」「口べた」たちをひとつの時代がどのように遇してきたのかということについて語ろうとすると、どうしても批評的な語り口になってしまう。つまり、彼女が照準している世界は、正面切って論ずれば、結構ヘヴィな社会的な課題でもあるということである。
 神田茜は、もっとずっとうまくやっている。憤怒もなければ、韜晦もない。ただ、自分こそが、そのKYのひとりであり、KYだって存在する意味があり、 けっこう愛おしい生き物であることを物語の形式で語る。もちろん、その物語は、大声よりはつぶやき、怒りよりは笑い、論理よりは心持ちといった微細な繊維 で編まれている。彼女の処女小説『フェロモン』には、そんなせつないおんなが、ふとした街角や、仕事場、家庭の団欒、学校の教室に姿を現す。彼女たちは、 世知辛い渡世を、目立たぬように、ひっそりと渡っているが、それでも時々我知らず表舞台に引きずり出されてしまう。小説家、神田茜は、彼女たちの違和は、 本当は誰もが持っていたけれど、誰もが忘れ去ってしまった根源的な恥じらいや、優しさや、慎み深さであることを、彼女たちに代わって告げている。KYとい う言葉には、味方なしというニュアンスが含まれているが、神田茜は、せつないおんなたちの味方として、いつも泪の半歩手前の場所で踏みとどまって耐えている。そこに、何がある?たぶん、「すこしばかりほろ苦いが、結構しぶとい笑いのツボがある」と彼女は言っている。
というのが平川くんのKY論である。
そして、これとはちょっと切り口が違うけれど、今日読んだ町山さんのブログにはこんなことが書いてあった。ルース・レンデルにJudgment in Stoneという小説について言及したものである。
http://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/
この本は、ミステリであるにもかかわらず、いきなり書き出しでこんな風に犯人と動機を割っていることで有名だ。
ユーニス・パーチマンがカヴァディール一家を殺したのは、読み書きができなかったためである。
 主人公ユーニスは中年過ぎた家政婦さんで、金持ちのカヴァデイール家に雇われるが、文盲であることを隠していた。
 そして彼女は、必死の努力と知恵で、文字が読めるように振舞うのだ。
「そこまで苦労するなら読み書き習えばいいじゃん!」と思ってしまうが、コンプレックスと裏腹に妙なプライドがあるユーニスは無学である事実をひたすら隠し、カンニング的方法で切り抜けることばかり巧みになっている。

 ところが、そんな綱渡りにも破局が訪れる。
 ユーニスは主人が書いたメモが理解できずに蘭の花を枯らしてしまったり、いくつかの失敗を重ね、それをごまかしていくうちにホコロビは雪だるま式に大きくなり、とうとう家族の一人に文盲であることを知られてしまう。それがカヴァディール家皆殺しへと発展していく……。
町山さんの話はここまで。
これも「怖いKY論」として読むことができる(とりあえず私はそうやって読んだ)。
ところで私がこの三人のブログから引用したのは、他でもない、この三人のブログ(と小田嶋さんのブログ)が私の「日参ブログ」だからなのであるが、それより何よりびっくりしたのは、鈴木先生が紹介していた「小説」がルース・レンデルのChimneysweeper’s Boy だったからなのである。
この方々はいったい「どんな空気」を読んでいらっしゃるのであろう・・・


2008.01.06

ゲームと知性

というわけで昨日はKY症候群についての同時代の賢者たちの知見をご紹介したわけだけれど、読むにつけ、これはなかなか哲学的な拡がりをもった主題であるということが私にもわかってきた。
鈴木晶先生が書かれている中で私がいちばん興味深かったのは次の箇所である。

どちらのゲームも、「ゲームの範囲」がどこまでかをめぐるトリックなのである。初心者は必死に規則を見つけ出そうとする。だが「正解」は、その規則が適用される範囲、つまりゲームの範囲の外にある。

この種のゲームは無数に存在する。
けれどもこのようなゲームが好まれる集団には共通性がある。
一定期間メンバーが固定されており、そのメンバーたちに斉一的なふるまいが強要されるような集団だということである。
例えば学校。
学校はメンバーが固定されており、ふるまいに斉一性がある。
そのせいで、学校の生徒たちは自分たちの集団に「外部」があるということをふだんは意識させられない。
ごくトリヴィアルな集団内部的差異(成績がどうであるとか、スカートの丈がどうであるとか)に対して過剰にコンシャスであるせいで、「自分たちがそこに決定的な差異があると思っている以外のところで差異づけがなされている」という可能性を吟味する能力が損なわれているのである。
私がいちばん最近見たこのゲームは『気まぐれコンセプト』においてであるけれど、これはご存じのとおり広告業界の話であり、ここはトリヴィアルな差異の検出に敏感であることで飯を食っているような業界であるから、この種のゲームが繰り返し流行する理由はよくわかる。
だから、「私のような人間」のいる場所ではこういうゲームは絶対に流行らない。
こういうゲームは「親疎の差があるだけでメンバーが固定されていて、他にすることがない」ときにしか始まらないからである。
そして、私のような人間がいる場所では、絶えず人が出入りしており、何かさわがしいことが行われているので、そこで「ねえ、ゲームしない?」というような発言がさしはさまれるのはかなり希有のことである。
というのは、私のような人間が主宰する場では、「ゲーム」というのは、「今私がやっている当のことより面白い」ということが高い確率で保障されている場合以外には絶対に開始されないという「ゲーム外的規則」に支配されているからである。
「ゲーム外規則がゲームの規則に優先する場」においては、「ゲームの規則の範囲がどこまでかを見誤るゲーム」はそもそも始まることができない。
もちろん、何かのマチガイで私が「I pass the scissors」のようなゲームに巻き込まれる可能性は絶無ではない。
でも、たぶんそのときも私はゲームが始まって10秒くらいで「え~、なんだかわかんねーからもうやめよーぜ。オレ的につまんないから」とさっさと席を立って「みんなを仲間はずれにして」しまうであろう。
つまり、このゲームは集団力学を応用した心理テストなのである。
これはその人が集団とどうかかわっているかを見るためのゲームなのである。
このゲームのルールはだからかなり逆説的である。
「集団のインサイダーでありたい」という欲望が強ければ強い人ほどこのゲームに簡単に負ける。
自分は自分がテンポラリーに帰属しているある集団のルール(正確に言えば、この集団では何を以て記号として認知しているのかの規則)をまだよくわかっていないという控えめな立場をとっている人の方がゲームのルールを見当てる確率は高い。
そういう点ではなかなか複雑に構造化されたゲームである。
ポウが『盗まれた手紙』で紹介している「地図の地名あてクイズ」に少し似ている。
これは地図のなかの任意の地名を言って、相手にそれがどこにあるか当てさせるゲームである。町でも、河でも、帝国の名でも何でもかまわない。ゲームの素人は、相手を困らせようと思って、いちばん細かい字で書かれた地名を選ぶ。ところがある程度慣れてくると、本当に見つけにくい地名は、小さく印字してあるものではなく、地図の端から端までひろがっているようなものだということがわかってくる。そのような文字は「極端にめだつせいでかえって見逃されてしまう」からである。
同じ指摘をオーギュスト・デュパンは『モルグ街の殺人』でも繰り返す。無能な警官を評して、デュパンはこう言う。
「あいつは、対象をあんまり近くからみつめるせいで、よく見えなくなっているんですよ。(・・・)つまり深く考えすぎるというわけですよ。真理はかならずしも、井戸の底にあるわけじゃない。それに、真理よりももっと大切な知識ということになると、こいつは常に表面的なものだとぼくは信じるな。」(『モルグ街の殺人』)
おそらくI pass the scissors でもゲームの素人は、途中からプレイヤーは「はさみ」にどんなふうに指を添えているかとか、「はさみ」の向きはどちらであるかとか、そういう「はさみの開閉」よりもさらにトリヴィアルな差異の方に目を向けたはずである。
記号が「はさみ」よりももっと大きいものの開閉にかかわっているという発想に切り替えること(つまりゲームの範囲を広げること)はその反対よりもずっと困難なのである。
「真理よりももっと大切な知識」はつねに表面的である。
よい言葉である。
「真理よりももっと大切な知識」とは何か。
それは「私は何を以て『真偽』を判定しているのか。その基準の正当性を私自身は基礎づけることができるか?」という問い、つまり自分の知性の「不調」についての知識のことである。


2008.01.07

”ダイナマイト”なイノベーター

バラク・オバマ上院議員が5日のアイオワ州の民主党党員集会で勝利を収めた。本命だったヒラリー・クリントン上院議員は意外にも第三位。
さて、アメリカ大統領選挙はどうなるんだろう。
という話を温泉に浸かりながら兄と話した。
兄も私も、現段階ではオバマさんが選ばれるだろうと予測している。
こういうところではアメリカの「底力」は侮れないよ、というのが私たちの共通見解である。
町山さんと前にお会いしたときに、アメリカで文化的なイノベーションを担っているのはつねにマイノリティであるという話を伺った。
音楽もファッションはほとんどが黒人かヒスパニック起源のものだし、現在のコンピュータ業界は中国系とインド系で持っている。
WASPは何もクリエイトしていない。
でも、この人たちは全員が「アメリカ人」なのである。
あの国は「後から来た人」がイノベーションを担うように構造化されているのである。
既存の業界は既得権益を死守する人々でがっちりブロックされているから、「新参もの」はニッチ・ビジネスで勝負するしかない。
最初に来たイギリス系に東海岸を押さえられて、その後から来たアイルランド系は荒野の開拓者になるしかなかった。イタリア系が来た頃にはもう開拓の余地はなく、あとは商売をするしかなかった。ユダヤ系が来たときにはもうあらかたの商圏は押さえられており、あとは金融とジャーナリズムとショー・ビジネスしか残っていなかった・・・そういうふうに「ところてん」式にそのつど後からやってきた「食い詰め組」が生き延びるために開発したビジネスモデルでアメリカは繁栄してきたのである。
アメリカという国には国民のエートスを斉一化しようというモメントは存在しない。
大枠としての「星条旗に対する忠誠」と「ドルへの信仰」があれば、誰でもアメリカ国民として受容される。
「楽な道」は全部既得権の受益者によってふさがれているが、「つらい道」は全員に開放されている。
生き延びようと思ったら、自力で自前の「生きるモデル」を作り出さなければならない。
きびしい淘汰圧をかけて「サバイバー」だけを選別して、それに牽引されるようにして社会編制を変えてゆく。
手荒なやり方だけれど、アメリカはそれでこれまで成功してきた。
日本のいわゆる「構造改革」なるものはこのアメリカ・モデルを無批判に導入しようとしたものだが、国情の違いを勘定に入れ忘れたので大失敗した。
日本には「外から来たもの」が文化的イノベーションを連続的に担うことを想定した社会プログラムなんか存在しないからである。
日本は、アメリカとは逆に、「均質性が異常に高い」という事実を国力の培養基にしてきた。
阿吽の呼吸、腹芸、寝技、瀬踏み、根回し、ツーと言えばカー、肝胆相照らす、魚心あれば水心、越後屋おぬしも悪よのう、といった一連のコミュニケーション技法はどれも「英訳不能」であるが、この技法を習得していることが本邦では一人前のビジネスマンの条件である。
このところ論件によく上がっているKYにしても、アメリカなら「契約書、読めよ」であろう。
「空気を読む」リテラシーなんか、アメリカのビジネスマンには要求されない。
アメリカはゲームのルールを誰にでもわかるように単純にすることで「新参もの」への参入障壁を下げ、プレイヤーの数を増やすことでビジネスチャンスを拡大してきたからである。
そういえば、『ナポレオン・ダイナマイト』というのは大変面白い高校生映画であった(邦題は口にしたくない)。
主人公のナポレオン君(たぶんアシュケナジーム系ユダヤ人)もペドロ君(メキシコ系)もまったく「空気の読めない」とんちんかん高校生であったが、アメリカの高校でサクセスするためのルールはきわめて単純に設定してあるので、彼らはちゃんとサクセスしてしまう。
日本の高校でナポレオン君ペドロ君のペアがエスタブリッシュメントに参入できるチャンスはゼロである。
ナポレオン=ペドロ的なKY少年がそれでもサクセスできる回路が確保されている社会と、彼らのような異分子を排除する技術の洗練が競われる社会は(どちらがよい悪いという以前に)「成り立ち方が違う」のである。
日本にアメリカ・システムを導入したら、「みんなが同じように考え、同じようにふるまう」という事実を利用して大金をもうけて一人だけ群れから抜け出そうとする人間が出てくるだけである。
もちろん、彼は一時的には成功する。
けれども、その成功は残る日本人たちに「できるだけ多くの日本人ができるだけ同じように考え、同じようにふるまうこと」が自己利益につながる(言い換えれば、「社会の大半がイノベーティヴな人間でない方がオレの利益は大きい」)という逆向きの信憑を刷り込む結果しかもたらさない。
事実、そうなった。
国難のときに「一億火の玉」「一億総懺悔」で個体識別不能のダマになることで応じる国と、国難のときにそれまでにいないタイプのイノヴェイティヴな指導者を求める国は別ものである。
アメリカの有権者はおそらくオバマさんを選ぶだろう。
アメリカはこれまでそうやって生き延びてきたからである。
そして、もう一つ不吉な予言を私たちはしたのであるが、これは予言に遂行性があることを勘案して、ここには記さないのである。

2008.01.09

変革が好きな人たち

関西電力のInsightの取材がある。
お題は「変革」。
オバマさんもChangeを掲げて、ヒラリーさんと激しいバトルを演じているので、時宜にかなったご選題である。
しかし。
私は実は「変革には反対」なのである。
とりあえず、現代日本で「根底的な変革を」という言い方をしている人に対しては不信感をぬぐえないのである。
「根底的な変革」をすることが喫緊の課題であるためには、制度が「根底まで腐っている」ということが前提にある。
でも、ほんとうにそうなのだろうか?
どのようなトラブルについても、最初にしなければならないのは「被害評価」である。
システムのどの箇所が、どの程度の損害を蒙っており、それは今後どのようなかたちで他に波及するおそれがあり、とりあえずどのような補修を必要としているのか。
これはきわめてテクニカルで計量的な仕事である。
悲壮な表情で、悲憤慷慨しつつやる仕事ではない。
過剰な感情はほとんどの場合、評価をより正確にすることには役立たない。
例えば、私たちの国のさきの総理大臣は「戦後レジームからの脱却」ということを優先的な政治課題に掲げた。
私はこの課題を聴いて「変なの」と思った。
というのはこの人は他ならぬその「戦後レジーム」の中で政治的キャリアを積み上げて、晴れて最大政党の総裁になり、総理大臣になった人だからである。
彼を国政のトップに押し上げた「レジーム」がもしきわめて不調であり、早急に棄却すべきものであるのだとしたら、それは論理的には「このレジームの中で選ばれた総理大臣はなるべきではない人が間違って選ばれた可能性が高い」ということを意味するからである(実際にそうだったんだけど)。
でも、そういうことを本人がふつう言うだろうか?
もし彼が自分はそのポストに適任であるという自己評価を下していたのであるなら(たぶん主観的にはそうだったと思うのだが)その場合には当然「私を総理大臣に選んだという事実から推して、日本社会のシステムはとりあえず人材登用に関してはきわめて適切に機能している」と宣言すべきだった。
しかし、彼はその反対のことを言った。
「美しい国へ」というのは、「私を総理大臣にするような国は『醜い国』であるから、これを美しい国に作り替えねばならない」ということを意味している。
かつてグルーチョ・マルクスは「私を入会させるようなクラブに私は入会したくない」と言ったが、安部晋三が言ったのはそれと同じことである。
「変なの」と私が思ったのは、そのせいである。
彼はものごとを誇大に表現したのである。
厳密には、私たちの社会システムには「ちゃんと機能している部分」と「あまりちゃんと機能していない部分がある」というのがこの場合の正しい言い方である。
だから、「あまりちゃんと機能していない部分」を補修しましょう、と話は進むべきであると私は思う。
けれども、そのようなピースミール工学的な言葉づかいで社会システムを語る習慣を私たちはもう失って久しい。
みんな「根底的変革」を望んでおり、「小手先の手直し」でどうにかなるところをどうにかしましょうという提案はまるで不評である。
とりあえず、マスメディアではぜったい相手にされない。
しかし、「小手先の手直し」で補修できるところを「根底的変革」することはコスト・パフォーマンス的に無意味であるし、「順調に機能しているところ」についてはそもそも変革さえ必要ではない。
だとしたら、「どこがどのくらい壊れているのか?」ということが喫緊の問いになるはずである。
しかし、誰もそういう問いを発しない。
年金制度にしてもたしかちょっと前に当時の厚労相は「100年安心な制度です」と広言した。
年金制度のボロが出たときに、当時の総理大臣は「1年間ですべてのデータを精査し、最後の1円まで払います」と豪語した。
言っている当人はそれが真実ではないことを知っていて、そう言っているのである。
「どれくらいこの年金制度が持つかわからない」と正直に言えば、どのような問題があるのかについての被害評価が始められたはずである。「いつまでかかるかわかりません」と正直に言えば、それに備えた洗い直しのシステムが設計されたはずである。
制度にガタが来ているときに「制度は100%健全である」と誇大な物言いをし、制度がいかれてくると「全部リセットします」とまた誇大な物言いをする。
どうして「そこそこ機能しているけれど、そこそこ機能していません」という正直な申告をしないのか。
船が座礁したときにまっさきにするのは被害評価である。
どこに穴が空いて、どれくらい浸水していて、あと何時間もつのか。
そういうときに「この船はまるっと無事です」などと嘘を言ってもしかたがない。そんなこと言っているうちにみんな溺死してしまうからである。
「この船はもうダメですので、これは廃棄して、新しい船に乗り換えましょう」などと言ってもしかたがない。電話したら新しい船を配達してくれるというような状況じゃないんだから。
今ある機能不全の船をなんとか補修して、もう少しだけでも航行してもらうしかない。
船の場合も社会システムの場合も同じだろうと私は思う。
けれども、そういうアプローチで社会システムの不調を語る人はきわめて少ない。
誰もが「根底的な変革を」と呼号する。
でも、何が壊れているのか、何がまだ使えるのかを点検しないで、いったいどういう変革と再生のグランドデザインを描くのか?
「なんとかしろ」と怒鳴っていると、「誰か」が私たちの代わりに「世の中をよくするプログラム」をさらさらと書いてくれると思っているのだろうか?
そんな「誰か」はどこにもいない。
社会成員の全員が、自分でコントロールし、自分でデザインできる範囲の社会システムの断片(ピースミール)をとりあえず「ちゃんと機能している」状態に保持すること。
私たちが社会をよくするためにできるのは「それだけ」である。
「社会を一気によくしようとする」試みは必ず失敗する。
それは歴史が教えている。
「社会を一気によくする」ためにはグランドデザインを考えて、それを中枢的に統御する少数(「いいから黙ってオレの言う通りにしろ」)と、何も考えないで上意下達組織の中で「へいへい」と言われたことだけをやる圧倒的多数に社会を編制し直すしかない。
少数の主人と多数の従順な奴隷たちに社会を二極化して、反抗する人間を片っ端から粛清できるシステムでなければ、「社会を一気によくする」ことはできない。
社会をよくするには「一気」と「ぼちぼち」の二つしか方法がない。
私はあらゆる「一気に社会をよくする」プランの倫理性についても、そのようなプランを軽々に口にする人の知的能力に対しても懐疑的である。
とりあえずメディアは「ただちに変革を」というような定型的な言い方をこそひとつ「ただちに変革」されてはいかがであろうかとご提案する。

2008.01.13

情報と情報化

「メディアと知」というタイトルの授業をしている。
メディア・コミュニケーション副専攻の学生15名対象の半期科目で、私の後の半年は江弘毅さん、そのあとの半年は関川夏央さんと続く。
一年半にわたってこんなに濃いメンバーにさらされたら、学生たちはどうなってしまうのであろうか。想像するのがコワイ(そればかりか、学生たちのうちの何人かは四月から内田ゼミである。彼女たちの繊細な知性はこのシュトルム・ウント・ドラングに耐えられるであろうか)。
先回のお題は「メディアと身体」。
同一タイトルで三人の学生に10分ずつのプレゼンテーションをしてもらう。
これが意外に面白かった。
それは同一テーマについて短いプレゼンをするだけであるにもかかわらず、「抵抗」が働く箇所が三人に共通していたからである。
「抵抗」というのはそこに「直視したくない/直視してはならない何かがある」ということである。
人はみな何かから目を背ける。でも、自分が何かから目を背けているという当の事実は主題化されない。
素人はその「何か」に意味があると考える。その「何か」を暴露すれば、「抵抗」の理由が判明し、「抑圧」による症状は緩解すると考える。
でも、話はそれほどシンプルなものではない。
というのは、もし私たちが「何か」から目を背けるとしたら、それは「そこから目を背けるべき何か」としてすでに認知されていたことになるからである。だが、それが「そこから目を背けるべきもの」として認知されたということは「そこに目を向けた」からできたことである。
これは矛盾している。
目を向けた上で、「これは目を向けない方がいいな」と判断できるような経験は実は「目を背けたくなる経験」ではない。
ほんとうに「目を背けたくなる経験」とは、一度見た上でそう判定されたものではなく、一度も見られていないにもかかわらず、「そこから目を背けなければならないということだけはわかる」ような経験のことである。
ややこしい話ですまない。
例えば、幼児期に精神外傷的事件を経験したが、それがあまりに痛苦な記憶であったので、それが忘却されたという説明がよくなされる。
しかし、フロイトの誘惑理論は「話はそれほどシンプルなものではない」ということを私たちに教えてくれた。
私たちは「私たちが経験していない事件」を抑圧することがあるからである。
ほんとうに深刻な抑圧は「実際には経験していない出来事」にかかわるのではないかと私は考えている。
「目を背ける」という行為だけがあって、「目を背ける対象」がないという事態があるのではないか。
チェシャ猫の「笑い」だけがあって、猫の本体が存在しないというような様態で「抑圧」というのは働いているのではないか。
まだ見ていないものについて「見てもいい/見ちゃだめ」の判断が下せるというのは、やはりある種の「能力」といういうべきであろう。
そのような特異な能力を人間が開発してきたのは、なぜか。
進化論的には理由は一つしかない。
「まだ見ていないものから目を背ける能力を持つこと」が生存戦略上有利だからである。
それは単に「不快な体験を忘却する」ということには尽くされない。
というのは、どう考えても、不快な体験については、そこから目を背けるよりも、その原因を究明し、再発を防ぐ手だてを講じる方が生き延びるためには有利だからである。軽々に目を背けた場合には、同じ不快な経験で繰り返し傷つく可能性がそうでない場合よりも高い。
にもかかわらず「目を背ける」ということがこれほど追求され、「経験していない不快な出来事」からさえも目を背けることができる以上、生存戦略上必要な能力は「不快な出来事から選択的に目を背ける」能力ではなく、実は「不快であるか快であるかがまだ判定できない対象について、快不快を判定できる能力」であるということが推論されるのである。
「不快な出来事と知って、そこから目を背ける」と「いきなり目を背ける」の間には千里の逕庭がある。
「いきなり」目を背けるというのは、「悟性的な判断になじまないもの」に対処するときの仕方である。
「それ」を入力すると判断装置そのものが壊れてしまうようなものについては、入力する前にはじき飛ばしてしまうのである。
これを禅家では「石火の機」とか「啐啄の機」呼ぶ。
入力と出力の間に「間髪を容れない」ということである。
学生たちがある種のトピックに対して一斉に驚くべき無関心を示すのを私は最初「知的怠慢」の徴候だろうと思っていたけれど、これは私の不明を恥じなければならない。
あんなにすばやく、ほとんど間髪を容れずにある種の論件から目を背けることができるというのは、これはすでに「芸」の域に達しているとみるべきであろう。
話が長くなってすまない。
学生たちが「メディアと身体」という論件を与えられて、何から目を逸らしたかという話をしていたのであった。
それは「身体」である。
「メディアと身体」というのはたしかに論じることのむずかしい論件ではあるけれど、3人の学生が誰一人メディアと身体のあいだの二項対立的な関係について言及しなかったことに私は一驚を喫したのである。
簡単に図式化してしまえば、メディアに載っているものは情報である。
情報は「生のもの」ではない。それはすでに「調理されたもの」である。
そして「生のもの」を「調理されたもの」に変換するプロセスのことを「情報化」と呼ぶ。
人間の身体なのである。
脳はすでに「食材」に加工された情報を巧みに調理することはできるけれど、生きて動いているものを殺して、皮を剥いで、毛をむしって、不可食部位を削り取って、細切れにするというようなワイルドなプロセスには関与できない。
学生たちに「メディアと身体」という論件を振ったときに、私が漠然と考えていたのは、「情報と情報化」のレベル差ということを学生はどう考えているだろうかということであった。
結論は、学生たちは「情報化」プロセスからは「間髪を容れずに」目をそらすべきことを刷り込まれていたということである。
なるほど、と私は深く得心したのである。
自分の中で情報化プロセスが起動することを彼女たちは禁圧しているのである。
そして、私がさきにくどくど書いてきたのは、「情報化プロセスが起動することを禁圧できる」というのは、すでに情報化のひとつのありようだ、ということである。
「情報化プロセスを起動してはならない」というのはすでに情報化が行われているということである(だって、当事者たちは「情報化」というのが何であるかを「まだ知らない」にもかかわらず、「間髪を容れず」にすでに動き始めているからである)。
繰り返し述べているように、無知というのは知性のひとつの様態である。
知性のある部分だけを選択的に活性化して、他の部分を停滞させておくという知性の活動のことを「無知」と言うのである。
無知は単なる怠慢や停止ではない。
だから、わずかな入力システムの変化で、「停滞」していた部分にいきなり動力が伝わるということが起きる。
教育というのは、「眠ってる子どもを起こす」ことではなく、「ぐるぐる走り回っている子どもの背中を軽く押して、ドアの外に押し出してやる」ことに近いのだろうと思う。
わかりにくい話ですまない。
いずれもう少しわかりやすいかたちでこの話を続けることにする。

2008.01.14

Back to 1960s

宝塚南口の光安さんのところで髪をカットしてもらうことにしたので、日曜に阪急を乗り継いで宝塚まで行く。
光安さんは大学院で男子聴講生を募集したときにやってきた「内田ゼミ共学一期生」である。
渡邊さんや江さんやスーさんやゑびす屋さんやドクター佐藤やミヤタケ(敬称略)や大迫力と書いて「おおさこちから」と読む大迫くんら錚々たる諸君が一期生の中にはおられたのであるが、光安さんもその一人である。
光安さんは加えて「ナイアガラー」である(加えて三宅先生のところの患者仲間でもある)。
ナイアガラーは「日本のフリーメーソン」であるから、どこで知り合っても「私、ナイアガラーなんです」とカミングアウトすればたちまち百年来の知己となることができる。
これは他のミュージシャンにはあまりないことである。
ナイアガラーたちはそれぞれの専門領域でパーソナルに「ナイアガラ的なるもの」を実現してきた。
ひとりひとりにとって「ナイアガラ的なるもの」は違う。
「これが真のナイアガラ性である」というようなことを断言できる人は誰もいない。
「人の好みは十人十色」と師匠が垂訓されている通りである。
ひとりひとりのナイアガラ経験があまりにパーソナルであるために、この「ナイアガラー・ネットワーク」における出会いはつねに発見と喜びに満ちているのである。
というわけで私は「ナイアガラ的なカット」を求めて同志のもとを訪れたのである。
私の頭髪再構築計画は半年くらいかけてベースから作り直し、完成した暁には、「髪を洗ってそのまま乾かした状態で櫛も通さないでもかっこいい頭」が実現することになっている。
楽しみである。
行き帰りの電車の中で橋本治先生から送っていただいた『日本の行く道』を読む。
おおお。これは吃驚。
なんと橋本先生は「地球温暖化対策として日本は1960年代前半のライフスタイルに戻るべきである」ということをご提言されているのである(ほんとうは「産業革命以前」に戻るのがいちばん良いのであるが、それだと「江戸時代に戻る」ことになり、国内的合意形成にやや手間取りそうなので、イラチの橋本先生は「じゃあ、1960年でいいや」とさくさく手を打たれたのである)。
1960年前半でいいじゃないかという橋本先生の説が「合意形成できそう」なのは、もう「けっこういろんなものがある」からである。
飛行機は飛んでいる。新幹線も走っている。ビートルズもいる。ヌーヴェル・ヴァーグもあるし、「怒れる若者」たちもいる。エルヴィス・プレスリーもジェームス・ディーンもいる。人工衛星も飛んでいるし、コンピュータもある。
それくらいあれば文化的には十分でしょうというのが先生のお考えである。
60年代と現在のあいだの景観の最大の違いは「超高層ビル」である。
これをぜんぶ壊すと、だいたいその頃の景色に戻る。
さらに先生は首都への一極集中が弊害のもとであるので、首都機能の地方分散。すなわち「幕藩体制の再構築」さえも提言されているのである。
ご存じのように「江戸時代の統治スタイルは日本人が発明したもっとも効率的なシステムである」というのは私の持論であり、この政治プランを私は「廃県置藩」と名づけて、かねてから大学の教場を中心に布教にいそしんでいたのであるが、ここに橋本先生という強力な味方を得たのである。
近代世界でもっとも成功した統治システムは50の州に国を分割し、それぞれが固有の州法、軍隊を持ち、教育、警察などの行政権も有しているアメリカ合衆国であるが、幕藩体制の分権のありかたもそれに劣らない。
300の藩に国内を分割し、それぞれが固有の国法をもち、軍隊をもち、教育、警察、徴税のシステムを持ち、原則自給自足であり、幕末には独自に外交をしたり、外国と戦争をしたりしていたのであるから、これこそUnited States of Japan というにふさわしいであろう。
橋本先生のご本はまだ途中までしか読んでいないのであるが、はたしてこのあとどうやって橋本先生は日本を1960年代に送り返す方法を提言されるのか、まことに楽しみである。

2008.01.15

突発性仏文学者症候群

『困難な自由』の未訳箇所の翻訳が終わった。
国文社に送信。
『困難な自由』は既報のとおり76年版を7年かけて全訳を終えたのであるが、翻訳権を取り忘れており、発売できなくなってしまった。
あら残念でした・・・とあきらめていたのであるが、稀覯本である1963年版が発見され、ここには76年版には未収録の論文がいくつか収録されていたので、これを底本に訳しなおしたのである。
わずかな頁数の仕事だったのだが、去年はまったく時間が取れず、年明けに角川新書のデータを送り終わったあとにできた奇跡的な空白の間に訳し終えたのである。
やれやれ。
いずれ76年版がどこかの出版社から出るはずで、収録論文の大半は重複するので、今76年版を一生懸命訳している訳者の方にはいささか申し訳ないのだが、原理的には翻訳はいくつか種類があって、読者に選択権がある方がよいと私は思っている。
続いてカミュ論を書く。
これは鷲田先生が編集している『哲学の歴史』の現代思想編のコラム記事。
他ならぬ鷲田先生から頼まれたお仕事であるから、きりりと表情を改めて、まじめに書く。
ひさしぶりに「学者らしい」仕事をしている2008年の初春である。
それにしても20世紀を代表する哲学者リストの中にアルベール・カミュの名がないことが私にはいささか悲しく思われた。
カミュの『異邦人』は20世紀でもっとも読まれたフランス語の書籍である。
15年前ほどに調べたとき、『異邦人』のフランスでの発行部数は650万部。これはダントツの一位であった。
二位は同じカミュの『ペスト』。
ミステリーとかトレンディ恋愛小説とか映画の原作本とかベストセラーはいくらもあるわけだが、それらをぶっちぎっての堂々のオールタイムベストワンである。
翻訳を含めて考えれば、アルベール・カミュは間違いなく「世界でその著作がもっとも読まれている哲学者」である。
にもかかわらず、その生前からアルベール・カミュの哲学史的な業績についての評価はきわめて低かった。
ほとんど「無視」されていたというに近い。
とりわけジャン=ポール・サルトルの『反抗的人間』に対する仮借ない筆誅ののち、パリの知識人サークルでは「カミュ」の名はほとんど禁句となっていた。
それから半世紀経った。
私はサルトルの著作のうちで今日でもまだリーダブルなものはきわめて少ないと思う。そのあまりにクリアカットでオプティミスティックな歴史主義から人間についての深い理解を得ることは(少なくとも私には)ほとんど不可能である。
しかし、サルトルは哲学史の「上席」に定位置を占め、カミュには哲学者たちはほとんど関心を示さない。
この「玄人たち」による評価の低さと「一般読者」からの支持の対比は村上春樹のケースに何となく似ているような気がする。
カミュが哲学史家たちに不人気なのは、その中心にある考想が出自不明の「なんだかよくわからない」ものだからである(これも村上春樹といっしょだ)。
平たく言えば、それは一人の人間のリアルな「身体実感」である。
身体実感は、ワイルドでレアな「生もの」である。
西欧の哲学は「生もの」を嫌う。
でも、私はこの言葉になりにくい身体実感を哲学の言語に載せようとしたカミュの野心的な「情報化」の企図を高く評価するのである。
カミュの著作でもっとも評価されていないのは『反抗的人間』である。
これははっきり言ってタイトルの訳語が適切ではないせいもある。
Homme révolté は「反抗的人間」というようなわかりやすい存在ではない。
いちばん近い訳語を当てれば「むかついている男」である。
フランス語の動詞se révolter には「反乱する、反抗する」という意味もあるけれど、「気分が悪い、むかむかする」という意味もある。そして、カミュがその著作で繰り返し言及したのはこの「なんだかわかんないけど気分が悪い」という心的状態の方なのである。
例えば、自分の掲げている政治理論が正しいと思っていて、相手に絶対的な非があると思っていても、「じゃあ、こいつ殺しちゃおう」という局面になると、「ちょっと待ってね」と腰が引けるということがある。
別に宗教的理由から「どのような極悪人にも慈悲をかけねばならない」と思っているからではない(それならすっきりしている)。
そうではなくて、たしかにすげー悪いやつで、いくら殺しても殺したりないくらい憎いのだけれど、でも殺せない・・・という「抵抗」が不意に訪れることがある。
カミュの言う「反抗的人間」は、この「抵抗」に直面して、どうしていいかわからないまま状況が切迫しているために決断せざるを得ない人間のことである。
「反抗する」のであれば話は簡単だ。
反抗する相手がいて、こちらに反抗する大義名分があるんだから。
でも、カミュの「むかついている男」はそうではないのである。
何にむかついているのか自分でもよくわからないのである。
それをすることが理屈では正しいとわかっているし、みんなもそうしろと口々に言うのだけれど、「どうもその気になれない」。あるいは、「そういうこと」をしてはいけないと自分でも思い、みんなもそう言うのだけれど、「そういうこと」がしたくてたまらない・・・という根源的な乖離感が「むかつき」を構成している。
いわば自分の脳が下した正否の判断と身体の判断のあいだに合意形成ができない状態である。
そしてこのようなときには「身体の声を聴いた方がいい」とカミュは考えているのである。
でも、どうして「身体の声を聴いた方がいい」のかの理屈を立てるためには脳の協力をお願いしないといけない。
つまり脳に向かって「脳なんかなくても大丈夫という説を考えてくれませんか」とお願いしているわけである。
書くことがわかりにくくなるのも当たり前である。
「はたして人は正否の判断基準がないときにもなお適切な判断を下すことができるか?」
そうカミュは問うているのである。
あるいは「正しい答えのない問いを正しく立てることは可能か?」
そう問うているのである。
これは西欧哲学の専門家たちにすれば、とりあげようのない問いであろうけれども、私の眼にはきわめて武道的な、あるいは禅的な問いのように思われるのである。
そのことについて書いてみたいと思っている。

2008.01.16

3Bと三上(「みかみ」と読むのではありません)

前回、脳と身体の乖離ということを書いたけれど、この二元論をあまり実体的に捉えてはならない。
脳といえどもリアルな臓器であり、身体は身体で自前で考える回路を持っているからである。
酸欠になれば脳の思考は混濁するし、点滴を打つと数学の問題がすらすら解けたりする。
同じように、身体も好調を維持していると適切な選択を無意識のうちに行うが、バランスが崩れたり、緊張やこわばりがあると間違った推論をすることがある。
脳を中心に生きるか、身体に軸足を置いて生きるかというのは二元論的な問いのように見えるけれど、このような問いを発し、それに適切な回答を処したりするのは実は脳がひとりでやっているのである。
つまり脳という臓器は「脳を中心に生きるか、脳の関与をすこし抑制するか」という脱自的な判断ができるのである。
「身体」というのは脳がつくりだした「脳の自己中心性を抑制するサブシステム」のことである。
「あまり考えるのは止めよう」ということを「考える」ことができるのである。そして、実際に「考えない」工夫をすることができるのである。
たいしたものである。
この脳の自己中心的=利己的な働きと脱自的=批評的志向は左脳とと右脳によって機能的に分担されているのではないかというのが「本日の暴論」である。
あまりに当たり前であまり気づかれないことだが、脳は「左右対称形」である。
眼や耳や歯や手足といっしょである。
臓器が二個でワンセットあることの生存戦略上の意味は一つしかない。
それは「かたっぽがダメになっても(なんとか)生きていける」ということである。
リスクヘッジである。
「かたっぽがダメになっても(なんとか)生きていける」ためにはこのペアのそれぞれが「だいたい同じ」働きをしていることが必要である。
しかし、まったく同じ働きをしている臓器が二個あってもあまり意味がない。「ちょっと専門領域をずらして」みるとぐっとトータル・パフォーマンスがよくなる。
脳の場合もたぶんそういうことになっているのではないかと私は思うのである。
この右脳と左脳の機能分化論の極北がジュリアン・ジェインズの『神々の沈黙』(紀伊國屋書店、2005)である。
この本は前にもご紹介したことがあると思うが、ジュリアン・ジェインズは「意識よりも速く活動する思考」が人間の思考や判断を導いているという経験則から出発する。
こんなエピソードが紹介されていた。
ある心理学の授業で「無意識の学習と訓練」について学んだ学生たちがその当の心理学の教授の無意識の訓練をするといういたずらを思いついた。
教授が教壇の右側に立って発言すると、深くうなずいて、ジョークに爆笑し、左側によってしゃべるときはうなずきを減らして、笑いを控えめにしたのである。
結果的にその心理学の教授はずっと教壇の右側で授業をするようになった。
教授は「学習」をしたわけであるが、自分自身がその場の「ルール」を学習をしていることをまったく意識していなかったのである。
ジェインズはこう書いている。
「意識の介在しないより複雑な推理も、たえず行われてる。心の活動は速すぎて、意識にはついていけないのだ。私たちは通例、過去の経験に基づいて自動的に一般論を導き出す。その一般論の基礎となった経験をいくつか想起できることもあるが、それはあくまで後から振り返った場合に限られる。正しい結論にたどり着きながら、その根拠を示せないことがどんなにか多いだろう。それというのも、推理に意識は働いていないからだ。」(56-57頁)
アインシュタインの偉大なアイディアのいくつかは髭剃りの最中に到来した(だから、彼はたいへん髭剃りに際してカミソリの扱いに慎重であった。「あ、そうか!」と言った瞬間に顔を切ったことがあまりに多かったせいである)。
ゲシュタルト心理学のウォルフガング・ケーラーによれば、「偉大な発見は三つのBでなされる」。
三つのBとは「Bus,Bath,Bed」である。(おそらくケーラー自身もこの洞見をバスかバスルームか寝台のどこかで得たのであろう)。
本邦には「鞍上、枕上、厠上」という言葉がある。
インスピレーションがひらめくのは、「馬に乗っているとき、布団の中にいるとき、雲古をしているとき」である。
ケーラーの言うBathもおそらくは欧米のバスルームの形態から推してバスタブと便器の双方を含意しているのであろうから、どこでも賢者は同じことを言っているのである。
これらに共通するのは、「リズミカルな運動(ヴィークルの震動、呼吸、蠕動運動など)のせいで、頭がうすぼんやりしていること」である。
これは「ベッドの中で、裸体で、リズミカルに動いているせいで、頭がうすぼんやりしている」状態からエロス的要素を完全に除去した状態ということができるであろう。
その種の行為が本来「再生産」のために行われるべきものであるという事実を勘案するに、「3B」も「三上」も「新しい生命をこの世界にもたらしきたす」という人間の根源的志向を賦活する条件とみなしてよろしいであろう。
閑話休題。
ジェインズの話をしているところであった。
ジェインズは私たちの取る重要な行動や判断には意識は関与していないと考える。
別に意識なんかなくても生きてゆく上ではたいして不自由はない。だとすれば「意識を持たない文明」がかつて存在したということも十分に考えられる。
そして、ジェインズは古代ギリシャというのは「そういう文明」ではないかという大胆な推理をするのである・・・
おっと大学に行かねば。続きはまた明日ね。