”ダイナマイト” なイノベーター

2008-01-07 lundi

バラク・オバマ上院議員が5日のアイオワ州の民主党党員集会で勝利を収めた。本命だったヒラリー・クリントン上院議員は意外にも第三位。
さて、アメリカ大統領選挙はどうなるんだろう。
という話を温泉に浸かりながら兄と話した。
兄も私も、現段階ではオバマさんが選ばれるだろうと予測している。
こういうところではアメリカの「底力」は侮れないよ、というのが私たちの共通見解である。
町山さんと前にお会いしたときに、アメリカで文化的なイノベーションを担っているのはつねにマイノリティであるという話を伺った。
音楽もファッションはほとんどが黒人かヒスパニック起源のものだし、現在のコンピュータ業界は中国系とインド系で持っている。
WASPは何もクリエイトしていない。
でも、この人たちは全員が「アメリカ人」なのである。
あの国は「後から来た人」がイノベーションを担うように構造化されているのである。
既存の業界は既得権益を死守する人々でがっちりブロックされているから、「新参もの」はニッチ・ビジネスで勝負するしかない。
最初に来たイギリス系に東海岸を押さえられて、その後から来たアイルランド系は荒野の開拓者になるしかなかった。イタリア系が来た頃にはもう開拓の余地はなく、あとは商売をするしかなかった。ユダヤ系が来たときにはもうあらかたの商圏は押さえられており、あとは金融とジャーナリズムとショー・ビジネスしか残っていなかった・・・そういうふうに「ところてん」式にそのつど後からやってきた「食い詰め組」が生き延びるために開発したビジネスモデルでアメリカは繁栄してきたのである。
アメリカという国には国民のエートスを斉一化しようというモメントは存在しない。
大枠としての「星条旗に対する忠誠」と「ドルへの信仰」があれば、誰でもアメリカ国民として受容される。
「楽な道」は全部既得権の受益者によってふさがれているが、「つらい道」は全員に開放されている。
生き延びようと思ったら、自力で自前の「生きるモデル」を作り出さなければならない。
きびしい淘汰圧をかけて「サバイバー」だけを選別して、それに牽引されるようにして社会編制を変えてゆく。
手荒なやり方だけれど、アメリカはそれでこれまで成功してきた。
日本のいわゆる「構造改革」なるものはこのアメリカ・モデルを無批判に導入しようとしたものだが、国情の違いを勘定に入れ忘れたので大失敗した。
日本には「外から来たもの」が文化的イノベーションを連続的に担うことを想定した社会プログラムなんか存在しないからである。
日本は、アメリカとは逆に、「均質性が異常に高い」という事実を国力の培養基にしてきた。
阿吽の呼吸、腹芸、寝技、瀬踏み、根回し、ツーと言えばカー、肝胆相照らす、魚心あれば水心、越後屋おぬしも悪よのう、といった一連のコミュニケーション技法はどれも「英訳不能」であるが、この技法を習得していることが本邦では一人前のビジネスマンの条件である。
このところ論件によく上がっているKYにしても、アメリカなら「契約書、読めよ」であろう。
「空気を読む」リテラシーなんか、アメリカのビジネスマンには要求されない。
アメリカはゲームのルールを誰にでもわかるように単純にすることで「新参もの」への参入障壁を下げ、プレイヤーの数を増やすことでビジネスチャンスを拡大してきたからである。
そういえば、『ナポレオン・ダイナマイト』というのは大変面白い高校生映画であった(邦題は口にしたくない)。
主人公のナポレオン君(たぶんアシュケナジーム系ユダヤ人)もペドロ君(メキシコ系)もまったく「空気の読めない」とんちんかん高校生であったが、アメリカの高校でサクセスするためのルールはきわめて単純に設定してあるので、彼らはちゃんとサクセスしてしまう。
日本の高校でナポレオン君ペドロ君のペアがエスタブリッシュメントに参入できるチャンスはゼロである。
ナポレオン=ペドロ的なKY少年がそれでもサクセスできる回路が確保されている社会と、彼らのような異分子を排除する技術の洗練が競われる社会は(どちらがよい悪いという以前に)「成り立ち方が違う」のである。
日本にアメリカ・システムを導入したら、「みんなが同じように考え、同じようにふるまう」という事実を利用して大金をもうけて一人だけ群れから抜け出そうとする人間が出てくるだけである。
もちろん、彼は一時的には成功する。
けれども、その成功は残る日本人たちに「できるだけ多くの日本人ができるだけ同じように考え、同じようにふるまうこと」が自己利益につながる(言い換えれば、「社会の大半がイノベーティヴな人間でない方がオレの利益は大きい」)という逆向きの信憑を刷り込む結果しかもたらさない。
事実、そうなった。
国難のときに「一億火の玉」「一億総懺悔」で個体識別不能のダマになることで応じる国と、国難のときにそれまでにいないタイプのイノヴェイティヴな指導者を求める国は別ものである。
アメリカの有権者はおそらくオバマさんを選ぶだろう。
アメリカはこれまでそうやって生き延びてきたからである。
そして、もう一つ不吉な予言を私たちはしたのであるが、これは予言に遂行性があることを勘案して、ここには記さないのである。
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