機の感覚

2008-01-20 dimanche

甲南合気会に入門希望者が毎週のようにやってくる。
鏡開きのときは 40 人を越す人で、70畳余の柔道場が狭く感じたほどであった。
今年中に「50 人の壁」を突破するかもしれない。
それだけ合気道に対する関心が高まっているということであろう。
よいことである。
合気道が開発するのは武道的なデリケートな身体感覚、「機」ということである。
「石火の機」「啐啄の機」、呼び方はいろいろあるけれど、散文的に言えば「情報入力と運動出力のあいだに時間差がない」ということである。
通常の中枢的なシステムでは、身体環境にかかわる情報入力について「これは何を意味するか」について推理がなされ、「これにどう対処すべきか」という判断が下され、それが運動系に「こう動け」という指令として伝わる・・・というふうにリニアなプロセスが考想される。
武道的な身体運用では、こんなことをしていると「夜が明けてしまう」。
「入力即出力」というのが武道的身体運用の標準であり、理想を言えば「出力即入力」である。
「出力即入力」というのは、「なにげなく刀を振り下ろしたら、そこに首を差し出してくる人がいる」ということである。「なにげなく手を差し出したら、そこに顔面を差し出してくる人がいる」ということである。
実際に達人の技を見ていると、そうとしか形容しえないということがある。
合気道開祖植芝盛平先生はそれゆえ武道を戦闘技術として用いることを忌避された。
それは「人間が鬼になる」ことだからであると大先生は言われたそうである。
戦後、合気道は「愛と和合の武術」としてよみがえった。
技術的には変わらない。変わったのはマインドである。
私なりの理解はこうである。
武道が涵養するのは「機」の感覚である。
さきほど「石火の機」「啐啄の機」と書いたが、これは「火打ち石で叩くと同時に火を発する」「幼鳥が卵の殻を内側からつつく(啐)動作と、母鳥が卵の殻を外から割る(啄)動作が同時に生起する」ことである。
武道を強弱勝敗というスキームで論じていると見落とすことがある。
それは「石火の機」という状況は「石」の側からだけでなく、「火」の側においても起きているということである。「啐啄の機」という状況は母鳥によっても幼鳥によっても経験されるということである。
「石火の機」は「石を打ち下ろす」しかたとしても「火を発する」しかたの訓練としても行うことができるということである。
「啐啄の機」は「啐」の稽古としても「啄」の稽古としても学ぶことができるということである。
格闘技において見落とされがちなのは、この「入力即出力」というプロセスそのものの本然的重要性である。
本田秀伸さんは非常にディフェンスの感覚にすぐれたボクサーで、彼の特技は相手のストレートと同じ速度で、相手の拳との「間髪を容れず」にスウェーバックすることであった。
「石火の機」の理想のような身体運用であるが、そのせいで彼はしばしば判定で敗れた。
ジャッジや観客から見ると、「まるでクリーンヒットしているように見える」からである。
「まるでクリーンヒットしているように見える」けれど「当たっていない」ように動く身体感覚はきわめて高度のものであるけれど、格闘技ではそのような感覚そのものは「ポイント評価」の対象にならない。
「ディフェンスがいくらうまくてもチャンピオンにはなれない」と言われる。
たしかにそうなのだろう。
しかし、「他者の動きと同期する能力」は総合的に見れば「一発で倒すハードパンチ」や「いくら殴られても倒れないタフネス」よりもはるかに汎用性の高い人間的能力だと私は思う。
「機の感覚」は基礎的には「他者の動きと同期する能力」として訓練される。
だから、相手のかける技に抵抗したり、すかしたり、返し技をかけたり、ということは合気道では原則として禁じられている。
それでは「機が抜ける」からである。
形稽古で相手のかける技が十分に決まっていないときには、これを受けなくてもよいという「請けの残り」というのは、18世紀に起倒流で始まった稽古法である。
それがやがて「乱取り」に変化し、講道館柔道に採り入れられた(嘉納治五郎先生は「乱取り」中心の稽古法だけでは武道的な身体感覚は開発できないと繰り返し苦言を呈したが受け容れられなかった)。
今日、「機の感覚」を錬磨する稽古法をとどめている武道はほんとうにわずかである。
もちろん「機の感覚」の重要性には武道家なら誰でも同意するだろうけれど、それと初心者から体系的に「機の感覚」を稽古させるということは別の話である。
私のこのところの合気道の技術的な課題は「受けの重要性」ということである。
自分が教えるばかりで人の技の受を取る機会がなくなってしまってからようやく「受けの重要性」に気がついたというのが恥ずかしいが。
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