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2015年09月 アーカイブ

2015.09.19

共同通信で配信されたコメント

安保法案が成立した。これほど瑕疵の多い法案を私は過去に見たことがない。
憲法学者も元最高裁判事も元内閣法制局長官もその違憲性を指摘した。歴代内閣が踏襲してきた憲法解釈は「安全保障環境の変化」という一語によって覆された。立法事実は次々と変遷し、どのような危機的事態に対応するための法律なのかはついに明らかにならなかった。廃案を求める多くの国民の声に政府はまったく耳を貸さなかった。そのようにして戦後日本を律してきた安全保障政策の決定的な転換が行われ、日本は「戦争ができる国」になった。
これほど否定的条件が整いながら、あえて安倍内閣が法案の早期成立にこだわった合理的な理由は一つしかない。それは四月の米議会での演説の中で、首相が「この夏までに、成就させます」と誓言したからである。
彼は「米国に対してなした誓約の履行義務はあらゆるものに優先する」と信じている。それが国内法に違反しようと、法的安定性を揺るがそうと、国民世論と乖離しようと、「米国との約束」は最優先されねばならないと信じている。
なぜか。
それは日本が米国の政治的属国だからである
勘違いして欲しくないが私はそれが「悪い」と言っているのではない。
日本が米国の従属国であるのは否定しようのない歴史的事実である。敗戦国が生き延びるためにはそれ以外の選択肢がなかったのだから仕方がない。戦後70年間、先人たちは「対米従属」を通じての「対米自立」の道を必死で模索してきた。この「対米従属を通じての対米自立」という国家戦略に一定の合理性があったことを私は喜んで認める。事実、その成果として、日本はサンフランシスコ講和条約で国際社会に復帰し、小笠原と沖縄の返還をかちとった。
けれども、沖縄返還後、わが指導者たちは「対米従属」の作法にのみ熟達して、それが「対米自立」という国家目的のための迂回に過ぎないことを忘れてしまった。政官財どこでも米国に人脈やチャンネルを持つことがキャリア形成の必須条件になった。ある時期から「米国の国益増大に資するとみなされた人」しか国内の重要な政策決定に与ることができないという仕組みが出来上がった。
安倍首相には、戦前の全体主義国家の再建という個人的な夢がある。彼の『1984』的な暗鬱なディストピア志向は、靖国参拝や特定秘密保護法やメディア支配や派遣法改定やマイナンバー制度への好尚からあきらかである。そして、何よりも「絶えず戦争をしている国」であることこそ『1984』的社会の基本条件なのである。
ただ、これほど大がかりな政治的ヴィジョンを実現するためにはどうしても米国の許諾を得なければならない。
逆説的なことだが、戦勝国が「押しつけた」憲法九条を空洞化し、「戦争ができる国」になるためには戦勝国の許可が要るのだ。そして、そのための必須条件は「米国と交わした約束を履行するためには自国民を裏切ることさえ厭わない人物である」という評価を得ることだった。
安倍首相はその誓言を誠実に履行した。そして、彼はかつて韓国の李承晩、ベトナムのゴ・ディン・ジエム、インドネシアのスハルト、フィリピンのマルコスを迎えた「開発独裁の殿堂」入りを本日果したのである。

2015.09.22

毎日新聞のインタビュー記事

9月21日の毎日新聞にインタビューが掲載された。こちらがロング・ヴァージョン

――各種世論調査では国民の6割が今国会での成立に反対する中、政府・与党は採決を強行しました。

国民が今一番感じているのは、「民主主義には欠点がある」ということでしょう。選挙で両院の多数派を占めれば、次の選挙まで、政権党はどんな政策でも強権的に実行できてしまう。その政策が現時点での民意とどれほど乖離していても、有権者には政権の暴走を止める手立てがない。
私たちが忘れているのは「民主制と独裁は共生可能だ」という事実です。独裁というのは別に「今日から私が独裁者である。逆らうやつは投獄する」というようなわかりやすいかたちを採るものではありません。「独裁」の定義は「法の制定者と法の執行者が同一である」という単純なものです。ですから、「独裁」の反対概念は「民主制」ではなく、「法の制定者と法の執行者が別である」制度すなわち「共和制」です。
現代日本のように、立法府が事実上空洞化し、議員たちが党議拘束をかけられて、官邸が作った法律がほとんど自動的に国会で承認されている状態は、形式的にはいまだ「民主主義的」ではありますが、もう十分に「共和的」ではありません。
先日、首相は委員会で野党委員に向かって「早く質問しろよ」というやじを飛ばしました。この言葉は、首相自身が国会審議を単なる「アリバイ作り」のセレモニーに過ぎないと思っていることをはしなくも露呈しました。法律を決めるのは官邸であり、国会はそれを追認するだけなら、それはもう限りなく「独裁」に近い政体になっているということです。

――他国軍の後方支援など自衛隊の活動は大きく拡大します。

自衛隊員に後方支援の大義名分が納得させることができるでしょうか。大義名分を信じている兵士は強い。自分が何のためにそこにいるのか、その意味を理解している兵士は、「どうしたらいいかわからない」状況でもその中で生き延びるための最適解を選択できる。でも、今の自衛隊員が例えば中東で米国の始めた戦争の後方支援に送られた場合、とっさの判断で最適解を選び取れるでしょうか。私は難しいと思います。そこにいる大義名分がないから。名前も知らない他国の都市を攻撃し、言葉も通じない非戦闘員に銃を向けることがなぜ日本の国防にとって必然性があるのか、現場の隊員は、いくら上官に説明されても、わからないでしょう。戦うことの意味がわからない兵士はとっさの判断に遅れます。敵味方の筋目が見えなくなる。非戦闘員に銃を向けることをためらう。むろん人間としてはその方が「まっとう」なのですけれど、兵士としては殺されるリスクが高い。
自衛隊員に死傷者が出たあと、おそらく日本のメディアは死者を英霊にまつりあげるでしょう。そして、「このように危険な派兵に大義はあったのか?」という常識的な責任論を語るものの声を「死者を犬死にさせる気か」というヒステリックな絶叫が黙らせることになるでしょう。米国のような言論の自由な国でさえ、9・11後はそれまで低迷していたブッシュ大統領の支持率が90%にまで跳ね上がり、政権批判がほとんど不可能になりました。日本なら、その程度では済まないでしょう。「派兵に大義はあったのか?」と問う者は「非国民」、「敗北主義者」と罵られ、石もて追われることになる。私はそう予測します。そして、安倍政権はまさにそういう状況の出現を期待して安保法制の制定を急いだのだと思います。

――学生らの反対活動は全国に波及しました。

特に運動が盛り上がってきたのは、法案が衆院で強行採決された後でした。立憲政治の手続きが踏みにじられたことに対する怒りです。学生たちのスピーチを聞いていると、彼らが心から怒っていることが分かります。学校名と氏名を名乗り、人々の前に生身をさらして、なぜ自分がここに立っているのか、その思いを、自分の言葉で語っている。その切実さに私は胸を打たれます。
久しく「若い人たちは非政治化している」と私も思っていたので、彼らの出現はほんとうに意外でした。徴兵されて、戦場で人を殺したり殺されたりするということは、彼らにとってもまだそれほどリアルに切迫した未来ではないと思います。でも、安倍政権の人権抑圧的な政策がこのまま次々施行されるなら、若者たちにとって耐えがたく息苦しい社会になるということについてははっきりとした身体的な違和感・恐怖感を感じていると思います。

――今回の学生たちの運動は今後の政治にどんな影響を与えるのか。

SEALDsは運動を続けてゆくと思います。彼らは一法案についてだけではなく、民意をくみ上げ、異論との合意形成をはかることができなくなった今の政治システムそのものに対して「NO」と言っているわけです。法律ひとつで終わるはずがない。
ですから、このあと「デモの次は選挙」という方向になると思います。来夏の参院選に向かって、彼らは「安保法案に賛成した議員は全員落とす」という運動に転換していくでしょう。
6月に選挙権年齢を18歳以上に下げる法改正が成立し、参院選から240万人の新有権者が登場します。安倍政権はこの集団の政治性を低く見積もって、「どうせ選挙権を行使しない」「メディアや広告を使えば簡単に自民党支持層に繰り込める」とたかをくくっていたのだと思います。でも、今は後悔しているはずです。というのは、この240万人に対して今一番影響力を持つ組織は、自民党でも民主党でもなく、SEALDsだからです。

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