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2014年05月 アーカイブ

2014.05.10

NewYork Times 「日本の平和憲法」

5月8日付けのNew York Times の社説Japan's Pacifist Constitution が、日本の民主制がいよいよ危機的状況に直面していると報じた。
改憲の動きにアメリカはこれまでもつよい警戒心と不快感を示してきたが、官邸はアメリカの反対をかわす意図で、「憲法をいじらずに解釈改憲で実質的に九条を空洞化する」戦術を選択した。
これまでのところ、ホワイトハウスは解釈改憲が専一的にアメリカの軍事戦略への協力をめざすものであるという説明を受け入れてきたが、ニューヨークタイムズに代表されるアメリカのリベラル派の世論は安倍内閣の「積極平和主義」路線がその本質においてアメリカの国是である民主主義そのものを否定するモメントを含んでいることを指摘している。
アメリカの政治理念を否定する政権がアメリカの戦略的パートナーであるということは、開発独裁や対露、対中戦略を見るとありうることである。
ニューヨークタイムズの懸念は理解できるが、「あの国は嫌いだけれど、利用できるなら利用する」というマキャベリズムをホワイトハウスはいずれ採用するだろう。その点、アメリカはドライである。
ただ、アメリカの知識階級から日本は「自ら進んで成熟した民主主義を捨てて、開発独裁国にカテゴリー変更しようとしている歴史上最初の国」とみなされつつあることは記憶しておいた方がいいだろう。


記事は以下のとおり。

日本の安倍晋三首相は日本軍の役割を拡大して、領土外で同盟国とともに戦う方向に突き進んでいる。彼のいわゆる「積極的平和主義」によってより広汎な地球規模での安全についての責任を担うことをめざしている。
しかし、彼の前には巨大な障害がある。憲法九条である。この条項は今年ノーベル平和賞候補にノミネートされたばかりであるが、「国権の発動たる戦争を永久に放棄する」と謳っている。軍事力行使の変更という安倍氏の目的は憲法の改定を必要とするが、これは両院での三分の二の賛成と、その後の国民投票を意味している。きびしい注文である。それゆえ、改憲ではなく安倍氏は憲法の内閣解釈を変えることで憲法九条を空文化することをめざしている。しかし、このような行為は民主的なプロセスを根底的に掘り崩すことになるだろう。
安倍氏の最終的な目標は第二次世界大戦後に米軍によって起草され、日本国民に押しつけられた憲法を別のものと置き換えることである。過去67年間、憲法はその一語も改定されていない。憲法が日本の主権にとって邪魔くさい制約であり、時代遅れのものだと感じてる。しかし、批判勢力が指摘しているように、彼は憲法の第一の機能が行政府の力を制御することにあるということを知るべきである。憲法というのはときの政府の恣意によって改定されてよいものではない。それで構わないというのであれば、そもそも憲法などという面倒なものを持つ理由がなくなる。
このままことが進むなら連立政権の相手であり、平和主義的傾向の強い公明党だけしか安倍氏の野心を抑制することはできない。公明党抜きでは安倍政権は参院での過半数を制することができないからである。安倍氏が公明党にも受け入れられるような憲法解釈を必死で探っているのはそのためである。他の八野党は混迷のうちにある。
安倍氏は強い政治力を発揮しており、日本は民主制の真の試練に直面している。(Japan is facing a genuine test of its democracy)

ここまで。

文中で興味深いのは「積極的平和主義」を記事がwhat he calls proactive pacifism と訳している点。「彼のいわゆる先取り的平和主義」。まだ何も起きていないうちに「これはいずれ平和を乱すことになるかもしれない」と判断したら他国への武力攻撃を含む干渉を行う立場というニュアンスがこのproactive pacifism にこめられている。
語の選択に安倍政権が東アジアで戦争を始めるリスクファクターになりつつあることへの懸念が表明されている。

2014.05.14

半分あきらめて生きる

半分あきらめて生きる

「半分あきらめて生きる」という不思議なお題を頂いた。「あるがままの自己を肯定し、受け入れるためには、上手にあきらめることも必要なのでは。閉塞感漂う現代社会でどう生きていけばいいのか」という寄稿依頼の趣旨が付されていた。 
 『児童心理』という媒体からのご依頼であるから、不適切な(過大な)自己評価をしている子供たちの自己評価を下方修正させることの効用と、そのための実践的な手順についてのお訊ねなのであろうと思った。
 なぜ私にそのような原稿発注があったかというと、ずいぶん前に学校教育について論じた中で、「教師のたいせつな仕事のひとつは子供たちの過大な自己評価を適正なレベルにまで下方修正することにある」と書いたことがあるからである。これはたしかにほんとうの話で、「宇宙飛行士になる」とか「アイドルになる」とか「サッカー選手になる」とかいうことを「将来の夢」として小学生が卒業文集に書く分には可憐だが、二十歳過ぎて仕事もしないで家でごろごろしている人間が語ると少しもかわいげがない。そういう人はどこかで「進路修正」のタイミングを失したのである。むろん、そういう人の中にも10万人にひとりくらいの割合で、それからほんとうにNASAに就職したり、グラミー賞を受賞したり、セリエAにスカウトされたりする人も出てくることがあるので、あまり断定的には言えないが、そういう「起死回生の逆転劇」を演じられるような大ぶりな若者は年寄りの説教など端から耳を貸さないので、こちらががみがみ言ったくらいで「大輪と咲くはずだった才能が開花せずに終わった」というような悲劇は起きないから、いささかも懸念するには及ばないのである。
というようなことを書いたかに記憶している。その意見は今も変わらない。才能というのはまわりの人間がその開花を妨害しようとすればつぶせるようなやわなものではない。むしろ「自分をつぶしにかかっている」という現実そのものを滋養にして開花するのである。説教くさい一般論ですぐにつぶれてしまうような才能は「才能」とは呼ばれない。
真にイノベーティブな才能は、その人の出現によって、それまで「旧いシステム」に寄食していた何千人か何万人かの面目を丸つぶれにしたり、失業に追いやってしまうものなのであるから、その出現が「既得権益者」によって妨害されて当然なのである。万人がその出現を諸手を挙げて歓迎する才能などというものはこの世に存在しない。
かつて白川静は孔子を評してこう書いたことがある。
「孔子の世系についての『史記』などにしるす物語はすべて虚構である。孔子はおそらく、名もない巫女の子として、早くに孤児となり、卑賤のうちに成長したのであろう。そしてそのことが、人間についてはじめて深い凝視を寄せたこの偉大な哲人を生み出したのであろう。思想は富貴の身分から生まれるものではない」。(白川静、『孔子伝』、中公文庫、2003年、26頁)
思想は富貴の身分から生まれるものではないというのは白川静が実存を賭けて書いた一行である。「富貴の身分」というのはこの世の中の仕組みにスマート適応して、しかるべき権力や財貨や威信や人望を得て、今あるままの世界の中で愉快に暮らしていける「才能」のことである。「富貴の人」はこの世界の仕組みについて根源的な考察をする必要を感じない(健康な人間が自分の循環器系や内分泌系の仕組みに興味を持たないのと同じである)。「人間いかに生きるべきか」というような問いを自分に向けることもない(彼ら自身がすでに成功者であるのに、どこに自己陶冶のロールモデルを探す必要があるだろう)。富貴の人は根源的になることがない。そのやり方を知らないし、その必要もない。そういう人間から思想が生まれることはないと白川静は言ったのである。
同じようなことを鈴木大拙も書いていた。『日本的霊性』において、平安時代に宗教はなく、それは鎌倉時代に人が「大地の霊」に触れたときに始まったという理説を基礎づける中で大拙はこう書いている。
「享楽主義が現実に肯定される世界には、宗教はない。万葉時代は、まだ幼稚な原始性のままだから、宗教は育たぬ。平安時代に入りては、日本人もいくらか考えてよさそうなものであったが、都の文化教育者はあまりに現世的であった。外からの刺激がないから、反省の機会はない。(・・・)宗教は現世利益の祈りからは生まれぬ。」(鈴木大拙、『日本的霊性』、岩波文庫、1972年、41-42頁)
白川静が「思想」と呼んでいるものと、鈴木大拙が「宗教」と呼んでいるものは、呼び方は違うが中身は変わらない。世界のありようを根源的にとらえ、人間たちに生き方を指南し、さらにひとりひとりの生きる力を賦活する、そのような言葉を語りうることである。思想であれ宗教であれ、あるいは学術であれ芸術であれ、語るに足るものは「富貴の身分」や「享楽主義」や「現世利益」からは生まれない。二人の老賢人はそう教えている。
これが話の前提である。私が問題にしているのは「真の才能」である。なぜ、私が「自己評価の下方修正」についての原稿をまず「真の才能とは何か?」という問いから始めたかというと、「真の才能」を一方の極に措定しておかないと、「才能」についての話は始まらないからである。というのは、私たちがふだん日常生活の中でうるさく論じ、その成功や失敗について気に病んでいるのは、はっきり言って「どうでもいい才能」のことだからである。
「富貴」をもたらし、「享楽主義」や「現世利益」とも相性がよいのは「どうでもいい才能」である。それは思想とも宗教とも関係がない。そんなものは「あっても、なくても、どうでもいい」と私は思う。
ところが現代人は、まさにその「あっても、なくても、どうでもいい才能」の多寡をあげつらい、格付けに勤しみ、優劣勝敗巧拙をうるさく言挙げする。
今の世の中で「才能」と呼ばれているものは、一言で言ってしまえば「この世界のシステムを熟知し、それを巧みに活用することで自己利益を増大させる能力」のことである。「才能ある人」たちはこの世の中の仕組みを理解し、その知識を利用して、「いい思い」をしている。彼らは、なぜこの世の中はこのような構造になっているのか、どのような与件によってこの構造はかたちづくられ、どのような条件が失われたときに瓦解するのかといったことには知的資源を用いない。この世の中の今の仕組みが崩れるというのは、「富貴の人」にとっては「最も考えたくないこと」だからである。考えたくないことは、考えない。フランス革命の前の王侯たちはそうだったし、ソ連崩壊前の「ノーメンクラトゥーラ」もそうだった。そして、「考えたくないことは考えない」でいるうちに、しばしば「最も考えたくないこと」が起き、それについて何の備えもしていなかった人たちは大伽藍の瓦礫とともに、大地の裂け目に呑み込まれて行った。
この世のシステムはいずれ崩壊する。これは約束してもいい。いつ、どういうかたちで崩壊するのかはわからない。でも、必ず崩壊する。歴史を振り返る限り、これに例外はない。250年間続いた徳川幕府も崩壊したし、世界の五大国に列した大日本帝国も崩壊した。戦後日本の政体もいずれ崩壊する。それがいつ、どういうかたちで起きるのかは予測できないが。
私たちが「真の才能」を重んじるのは、それだけが「そういうとき」に備えているからである。「真の才能」だけが「そういうとき」に、どこに踏みとどまればいいのか、何にしがみつけばいいのか、どこに向かって走ればいいのか、それを指示できる。「真の才能」はつねに世界のありようを根源的なところからとらえる訓練をしてきたからだ。
問題は「すべてが崩れる」ことではない。すべてが崩れるように見えるカオス的状況においても、局所的には秩序が残ることである。「真の才能」はそれを感知できる。
カオスにおいても秩序は均質的には崩れない。激しく崩れる部分と、部分的秩序が生き延びる場が混在するのがカオスなのである。どれほど世の中が崩れても、崩れずに残るものがある。それなしでは人間が集団的に生きてゆくことができない制度はどんな場合でも残るか、あるいは瓦礫の中から真っ先に再生する。どれほど悲惨な難民キャンプでも、そこに暮らす人々の争いを鎮めるための司法の場と、傷つき病んだ人を受け容れるための医療の場と、子供たちを成熟に導くための教育の場と、死者を悼み、神の加護と慈悲を祈るための霊的な場だけは残る。そこが人間性の最後の砦だからである。それが失われたらもう人間は集団的には生きてゆけない。
裁きと癒しと学びと祈りという根源的な仕事を担うためには一定数の「おとな」が存在しなければならない。別に成員の全員が「おとな」である必要はない。せめて一割程度の人間がどれほど世の中がめちゃくちゃになっても、この四つの根源的な仕事を担ってくれるならば、システムが瓦解した後でも、カオスの大海に島のように浮かぶその「条理の通る場」を足がかりにして、私たちはまた新しいシステムを作り上げることができる。私はそんなふうに考えている。
自分の将来について考えるときに、「死ぬまで、この社会は今あるような社会のままだろう」ということを不可疑の前提として、このシステムの中で「費用対効果のよい生き方」を探す子供たちと、「いつか、この社会は予測もつかないようなかたちで破局を迎えるのではあるまいか」という漠然とした不安に囚われ、その日に備えておかなければならないと考える子供たちがいる。「平時対応」の子供たちと「非常時対応」の子供たちと言い換えてもいい。実は、彼らはそれぞれの「モード」に従って何かを「あきらめている」。「平時対応」を選んだ子供たちは、「もしものとき」に自分が営々として築いてきたもの、地位や名誉や財貨や文化資本が「紙くず」になるリスクを負っている。「非常時対応」の子供たちは、「もしものとき」に備えるために、今のシステムで人々がありがたがっている諸々の価値の追求を断念している。どのような破局的場面でも揺るがぬような確かな思想的背骨を求めつつ同時に「富貴」であることはできないからである。
人間は何かを諦めなければならない。これに例外はない。自分が平時向きの人間であるか、非常時向きの人間であるかを私たちは自己決定することができない。それは生得的な「傾向」として私たちの身体に刻みつけられている。それが言うところの「あるがままの自己」である。だから、「あるがままの自己」を受け入れるということは、「システムが順調に機能しているときは羽振りがよいが、カオスには対応できない」という無能の様態を選ぶか、「破局的状況で生き延びる力はあるが、システムが順調に機能しているときはぱっとしない」という無能の様態を選ぶかの二者択一をなすということである。どちらかを取れば、どちらかを諦めなければならない。
以上は一般論である。そして、より現実的な問題は編集者が示唆したとおり、今私たちがいるのが「閉塞感漂う現代社会」の中だということである。
「閉塞感」というのは、システムがすでに順調に機能しなくなり始めていることの徴候である。制度が、立ち上がったときの鮮度を失い、劣化し、あちこちで崩れ始めているとき、私たちは「閉塞感」を覚える。そこにはもう「生き生きとしたもの」が感じられないからだ。壁の隙間から腐臭が漂い、みずみずしいエネルギーが流れているはずの器官が硬直して、もろもろの制度がすでに可塑性や流動性を失っている。今の日本はそうなっている。それは上から下までみんな感じている。システムの受益者たちでさえ、このシステムを延命させることにしだいに困難を覚え始めている。一番スマートな人たちは、そろそろ店を畳んで、溜め込んだ個人資産を無傷で持ち出して、「日本ではないところ」に逃げる用意を始めている。シンガポールや香港に租税回避したり、子供たちを中学から海外の学校に送り出す趨勢や、日本語より英語ができることをありがたがる風潮は、その「逃げ支度」のひとつの徴候である。彼らはシステムが瓦解する場には居合わせたくないのである。破局的な事態が訪れたあと、損壊を免れたわずかばかりの資源と手元に残っただけの道具を使って、瓦礫から「新しい社会」を再建するというような面倒な仕事を彼らは引き受ける気がない。
だから、私たちがこの先頼りにできるのは、今のところあまりスマートには見えないけれど、いずれ「ひどいこと」が起きたときに、どこにも逃げず、ここに踏みとどまって、ささやかだが、それなりに条理の通った、手触りの優しい場、人間が共同的に生きることのできる場所を手作りしてくれる人々だということになる。私はそう思っている。
いずれそのような重大な責務を担うことになる子供たちは、たぶん今の学校教育の場ではあまり「ぱっとしない」のだろうと思う。「これを勉強するといいことがある」というタイプの利益誘導にさっぱり反応せず、「グローバル人材育成」戦略にも乗らず、「英語ができる日本人」にもなりたがる様子もなく、遠い眼をして物思いに耽っている。彼らはたしかに何かを「あきらめている」のだが、それは地平線の遠くに「どんなことがあっても、あきらめてはいけないもの」を望見しているからである。たぶんそうだと思う。

2014.05.23

世阿弥の身体論

というお題での寄稿を「観世」から頂いた。
書いてはみたけれど、ぜんぜん世阿弥の身体論が出てこない文章になってしまった・・・
観世流の広報誌という一般の方が読む機会のない媒体なので、ブログに転載して、ご高覧に供したい。
「いつもの、あの話」ですので、あまり期待しないように。

世阿弥の身体論

平安末期から室町時代にかけて能楽と武芸と鎌倉仏教が完成した。それらは日本列島でその時期に起きたパラダイムシフトの相異なる三つ相であるという仮説を私にはしばらく前から取り憑かれている。そういうときには「同じ話」をあちこちで角度を変え、切り口を変えながら繰り返すことになる。今回は能楽の専門誌から「世阿弥の身体論」というお題を頂いたことを奇貨として、「同じ話」を能楽に引き寄せて論じてみたい。

武道と能楽と鎌倉仏教を同列に論ずる人が私の他にいるかどうか知らない。たぶんいないと思う。私の鎌倉仏教についての理解はほとんどが鈴木大拙の『日本的霊性』からの請け売りだが、武道と能楽については自分の身体実感に基づいている。身体は脳よりも自由である。だから、ふつうはあまり結びつけられないものについても、「これって『あれ』じゃない?」という気づき方をすることがある。武道と能楽と鎌倉仏教が「同一のパラダイムシフトの三つの相」だという直感も、頭で考えたものではなくて、身体が勝手に気づいたことである。居合の稽古中に、門人に剣の操作について説明しているときに、能楽の「すり足」の術理に思い至り、それが鈴木大拙の『日本的霊性』の中の鎌倉仏教についての説明につながって、「ああ、そういうことなのか」と腑に落ちたのである。などという説明ではどなたにも意味がわからないはずなので、順を追って話すことにする。
薩摩示現流の流祖に東郷重位(しげかた)という人がいた。城下に野犬が出て人々が困っているという話を聞きつけて、重位の息子が友人と野犬を斬りに行った。何十匹か斬り殺してから家に戻り、刀の手入れをしながら、「あれだけ野犬を斬ったが、一度も切先が地面に触れなかった」と剣をたくみに制御できたおのれの腕前を友に誇った。隣室で息子たちの会話を聞いていた東郷重位はそれを聞き咎めて、「切先が地面に触れなかったことなど誇ってはならない」と言って、「斬るとはこういうことだ」と脇差で目の前にあった碁盤を両断し、畳を両断し、根太まで切り下ろしてみせた。
私の合気道の師である多田宏先生は稽古で剣を使うときには必ずまずこの話をされる。剣技の本質をまっすぐに衝いた逸話だからである。重位が息子に教えたのは剣技とは「自分の持つ力を発揮する」技術ではなく、むしろ「外部から到来する、制御できない力に自分の身体を捧げる」技術だということである。
剣というのは、扱ってみるとわかるが、手の延長として便利に使える刃物のことではない。そうではなくて、剣を手にすると自分の身体が整うのである。私が剣を扱うのではなく、剣が私を「あるべきかたち」へ導くのである。
「身体が整う」「身体がまとまる」というのが剣を擬したときの体感である。ひとりではできないことが剣を手にしたことでできるようになる。構えが決まると足裏から大きな力が身体の中に流れ込んで来て、それが刀身を通って、剣尖からほとばしり出るような感じがすることがある。そのとき人間は剣を制御する「主体」ではもはやなく、ある野生の力の通り道になっている。
東郷重位は「斬るとはこういうことだ」と言って、地面に深々と斬り込むほどの剣勢を示してみせたが、人間の筋力を以てしては木製の碁盤を斬ることはできない。むろん鉄製の甲冑を斬ることもできない。できないはずである。でも、それができる人がいる。それらの剣聖たちの逸話が教えるのは、彼らは「人間の力」を使っていなかったということである。
解剖学的にも生理学的にも人間には出せるはずのない力を発動する技術がある。良導体となって野生の力を人間の世界に発現する技術がある。それが武芸である。今のところ私はそのように理解している。
それが能楽とどう繋がるのか。
古代に「海部(あまべ)」「飼部(うまかひべ)」という職能民がいた。「海部」は操船の技術、飼部は騎乗の技術を以て天皇に仕えた。それぞれ「風と水の力」「野生獣の力」という自然エネルギーを人間にとって有用なものに変換する技術に熟達していた人々である。この二つの職能民がヘゲモニーを争って、最終的に「騎馬武者」が「海民」に勝利したのが源平合戦である。
この戦いで、騎馬武者たちは馬の野生の力をただ高速移動のために利用しただけでなく、「人馬一体」となることで人間単独では引くことのできぬほどの強弓を引き、人間単独では操作することのできないほど重く長い槍を振り回してみせた。
那須与一が屋島の戦いで船に掲げられた扇を射抜いた話は広く知られているが、与一はこのとき騎射をしている。的は揺れる船の上にある。砂浜に立って静止して射る方が精度が高いのではないかと私は思っていたが、たぶんそうではないのだ。騎射するとき、乗り手は馬の筋肉をおのれのそれと連結させて、人間単体にはできないことをし遂げる。だから騎射の方が強度も精度も高いのである。そのような技術の到達点を那須与一は示したのである。
他にも、源氏の側の軍功にはその卓越した「野生獣の制御技術」にかかわるものが多い(義経は難所鵯越(ひよどりごえ)を騎馬で下り、木曾義仲は倶利伽羅(くりから)峠の戦いで数百頭の牛を平家の陣に放った)。
それも源平の戦いが、海民と騎手が「自然力の制御技術」の強さと巧みさを競ったのだと考えると筋が通る。戦いは「野生獣のエネルギーを御する一族」が「風と水のエネルギーを御する一族」を滅ぼして終わった。けれども、能楽にはにこのとき敗れ去った海民の文化を惜しむ心情がゆたかに伏流している。
古代に演芸を伝えた職能民たちは「獣の力」よりもむしろ「風と水の力」に親しみを感じる海民の系譜に連なっていたのではあるまいか。海幸彦・山幸彦の神話でも、戦いに敗れ、おのれの敗北のさまを繰り返し演じてみせる「俳優(わざおぎ)」の祖となったのは漁(すなど)りを業とする海幸彦の方である。
今さら言うまでもなく、能楽には『敦盛』『清経』『船弁慶』をはじめ『平家物語』の平家方に取材した曲の方が多い。そればかりか龍神・水神が水しぶきを上げて舞い(『竹生島』『岩船』)、船が海を勇壮に進む情景を叙し(『高砂』)、海浜の風景や松籟の音を好む(『松風』『弱法師』)。ここにかつて「風と水のエネルギー」を御して列島に覇を唱えた一族への挽歌を読むのはそれほど無稽な想像ではないのではないか。

「飼部」が体系化した「弓馬の道」はわれわれの修業している武芸のおおもとのかたちである。それは野生の力と親しみ、身を整えてその力を受け入れ、わが身をいわば「供物」として捧げることでその強大な力を発動させる技法である。能楽に通じた人なら、この定義がシテに求められている資質ときわめて近いことに気づくはずである。
能楽は起源においては呪術的な儀礼であった。その断片は今日でも『翁』や『三番叟』に残っている。シャーマンがトランス状態に入って、神霊・死霊を呼び寄せ、彼らにその恨みや悲しみや口惜しさを語らせ、その物語を観衆たちともども歌い、舞い、集団的なカタルシスとして経験することで「災いをなすもの、祟りをなすもの」を鎮める。おそらくはそのようなものであったはずである。起源的に言えば、シテは巫覡(ふげき)であり、祭司である。おのれの「自我」を一時的に停止させ、その身を神霊に委ねる。ただ、その巨大なエネルギーは能舞台という定型化された空間に封じ込められ、美的表象として限定的に発露することしか許されない。それが舞台からはみ出して、人間の世界に入り込まないように、人間の世界と神霊の世界を切り分ける境界線については、いくつもの約束事が能楽には定められている。
例えば、シテは舞い納めて橋懸かりから鏡の間に入るとき、自分で足を止めてはならない。後見に止められるまで歩き続ける。それはあたかもシテに取り憑いた神霊が、後見が身体を止めた瞬間に、そのまま惰性で身体から抜け出すのを支援するかのような動作である。あるいは演能中にシテが意識を失ったり、急な発作で倒れたりした場合も舞台は止めてはならない。後見はシテを切り戸口から引き出した後、シテに代わって最後まで舞い納めて、舞台におろした霊をふたたび「上げる」責任がある。

私がなにより能楽のきわだった特徴だとみなすのは「すり足」である。「すり足」の起源については諸説あるが、温帯モンスーン地帯で泥濘の中を歩むという自然条件が要求したごく合理的な歩行法であるという武智鉄二説には十分な説得力がある。膝をゆるめ、股関節の可動域をひろく取り、足裏全体に荷重を散し、そっと滑るように泥濘の上を歩む。たしかにヨーロッパ人が石畳を踵から打ち下ろすような仕方で泥濘を歩めば、脚を泥にとられ、身動きならなくなるだろう。しかし、「すり足」を要求したのは、そのような物理的理由だけにはとどまらない。
温帯モンスーンの湿潤な気候と生い茂る照葉樹林という豊穣で、宥和的な生態学的環境は、そこに住む人々にある種の身体運用の「傾向」を作り出しはしなかったであろうか。「すり足」は言い方を換えれば、足裏の感度を最大化して、地面とのゆるやかな、親しみ深い交流を享受する歩行法である。そうやって触れる大地は、そこに種を撒くと、収穫の時には豊かな収穫をもたらす「贈与者」である。列島における私たちの祖先たちは、その泥濘の上を一歩進むごとに、「おのれを養うもの」と触れ合っていた。贈与者との直接的な触れ合いを足裏から伝わる湿気や粘り気から感じ取っていたはずである。おのれを養う、贈与者たる大地との一歩ごとの接触という宗教的な感覚が身体運用に影響しないはずがない。
能楽には「拍子を踏む」という動作がある。強く踏みならす場合もあるし、かたちだけで音を立てない場合もあるが、いずれにせよ「地の神霊への挨拶」であることに違いはない。土地の神を安んじ鎮めるために盃にたたえた酒を地面に振り注ぐ儀礼は古代中国では「興」と呼ばれたと白川静は書いているが、それは「地鎮」の儀礼として現代日本にも残っている。酒を注ぐと地霊は目覚める。そして、儀礼を行った人間の思いに応えて、祝福をなす。この信憑は稲作文化圏には広くゆきわたっているものであろう。
足拍子もまた、神社の拝殿で鈴を鳴らすのと同じく、地霊を呼び起こすための合図であったのだと思う。それは逆から言えば、足拍子を踏むとき以外、人間は地霊が目覚めぬように、静かに、音を立てず、振動を起こさぬように、滑るように地面を歩まねばならぬという身体運用上の「しばり」をも意味している。「すり足」とはこの地霊・地祇の住まいする大地との慎み深い交流を、かたちとして示したものではあるまいか。一歩進むごとに大地との親しみを味わい、自然の恵みへの感謝を告げ、ときには大地からの祝福を促すような歩き方を、日本列島の住民たちはその自然との固有なかかわり方の中で選択したのではあるまいか。

私が「すり足」に特にこだわるのは、この「すり足」的メンタリティから鎌倉仏教が生まれたというのが鈴木大拙の「日本的霊性」仮説の核心的な命題だからである。
大拙はその『日本的霊性論』において、古代においても、平安時代においても、日本人にはまだ宗教を自前で作り出すほどの霊的成熟には達していなかったと書いている。日本において本格的に宗教が成立するのは鎌倉時代、親鸞を以て嚆矢(こうし)とする。というのが大拙の説である。その親鸞も京都で教理を学問として学んでいたときには宗教の本質にいまだ触れ得ていない。親鸞が日本的霊性の覚醒を経験するのは大地との触れ合いを通じてである。

「人間は大地において自然と人間との交錯を経験する。人間はその力を大地に加えて農産物の収穫に努める。大地は人間の力に応じてこれを助ける。人間の力に誠がなければ大地は協力せぬ。誠が深ければ深いだけ大地はこれを助ける。(・・・)大地は詐らぬ、欺かぬ、またごまかされぬ。」(鈴木大拙、『日本的霊性』、岩波文庫、1972年、44頁、強調は鈴木)
「それゆえ宗教は、親しく大地の上に起臥する人間-即ち農民の中から出るときに、最も真実性をもつ。」(45頁)
 
大宮人たちの都会文化は洗練されてはいたが、「自然との交錯」がなかった。『方丈記』に記すように、「京のならひなに事につけても、みなもとは田舎をこそたのめる」のが都会文化の実相である。都会には「なまもの」がない。加工され、人為の手垢のついた商品しかない。そして、大拙によれば、自然との交流のないところに宗教は生まれない。

「大地を通さねばならぬ。大地を通すというのは、大地と人間の感応道交の在るところを通すとの義である。」(45頁)

だから、都市貴族は没落し、農村を拠点とする武士が勃興する必然性があったと大拙は説く。
 
「平安文化はどうしても大地からの文化に置き換えられねばならなかった。その大地を代表したものは、地方に地盤をもつ、直接農民と交渉していた武士である。それゆえ大宮人は、どうしても武家の門前に屈伏すべきであった。武家に武力という物理的・勢力的なものがあったがためでない。彼らの脚跟(きゃっこん)が、深く地中に食い込んでいたからである。歴史家は、これを経済力と物質力(または腕力)と言うかも知れぬ。しかし自分は、大地の霊と言う。」(49頁)
 
流刑以後、関東でひとりの田夫として生きた親鸞は「大地の霊」との出会いを通じて一種の回心を経験した。「深く地中に食い込む脚跟」の、その素足の足裏から、大地から送られる巨大な野生の力、無尽蔵の生成と贈与の力が流れ込んでくるのを経験した。そのような力動的・生成的なしかた超越者が切迫してくるのを感知したとき、日本的霊性は誕生した。大拙はそう仮説している。
そして、「大地の霊」との霊的交流は、能楽の誕生、武芸の体系化とほぼ同時期の出来事であった。この三つの出来事の間には深いつながりがある。列島住民が経験したある地殻変動的な文化的土壌の変化がこの三つの領域ではっきりしたかたちを取った。他にもこのパラダイムシフトが別のかたちで露頭した文化現象があるのかも知れないが、私の思弁がたどりついたのは、はとりあえずここまでである。
世阿弥の能楽は海民文化をどのように受け継いでいるのか、世阿弥の技術論において「大地の霊」との交錯はどのように表象されているのか、興味深い論件はまだいくつ手つかずのまま残されている。いずれそれらについても語る機会があるだろう。

2014.05.27

GQの人生相談6月号

Q1 抽象的な質問なんですけど、漠然たる不安を感じています。これを打ち払うにはどうすればよいでしょうか。

「漠然たる不安」というのは、未来が見通せないということなんでしょうね、きっと。でも、未来はいつだって不透明ですよ。僕の知る限り、僕の生まれた1950年からあと63年間、先行きがクリアーに見通せたことなんか、一度もないですよ。
50年代の終わりは、いつ核戦争が起きて世界が滅びるかわからなかったし、60年代は世界中で革命闘争が展開していて、体制は全部崩れそうだったし、80年代はやけくそな蕩尽に浮かれていたし・・・、そしてそのつど「思いがけないこと」が起きて、時代ががらりと方向転換したのでした。
確かに原発事故処理も震災からの復興も遅れているし、首都圏直下型地震や南海トラフ地震がいつ来るかわからないし、解釈改憲で戦争に巻き込まれるリスクも高まっているし、国の赤字は積もる一方だし……。いろいろ不安のたねはあります。でも、この程度の国なら他にいくらもありますよ。だから、そんなに心配しなくても大丈夫です。
心配しているような「思いがけないこと」が来ないと言っているんじゃありません。それはやっぱり来るんです。そして、システムががたがたになる。これは避けようがない。でも、日本は他の国とくらべると「負けしろ」の厚さがだいぶ違いますから。地震が来ようが、国債が暴落しようが、年金制度が崩壊しようが、そのときはそのとき、国が破れても山河が残っている限りは大丈夫です。なんとかなります。
「負けしろ」が日本にはあります。
それは豊かな自然です。国土の68%が森林なんです。これほどの森林率の国は先進国にはノルウェー以外にありません。多様な植生があり、さまざまな動物が繁殖し、きれいな水があふれるように流れ、強い風がよどんだ大気を吹き払う。日本のこの自然環境には値札がつけられません。
経済の話をするとき、エコノミストはみんな「フロー」の話しかしません。でも、日本には「眼に見えないストック」があります。目の前にあるのでありがたみがわからないのですけれど、改めてそれを金を出して買おうとしたら1000兆円出しても買えないような資産です。それはまず自然資源です。飲料水がいくらでも湧き出ている。水のほとんどをマレーシアから輸入しているシンガポールから見たら羨ましくなるほどの資産です。
でも、日本人は自分たちがそんな豊かな資産を享受していることを知りません。
第二が銃による犯罪がほとんどないこと。アメリカは銃で年間3万人が死んでいます。一昨年、日本では銃による死者は年間4人でした。殺人発生件数もほぼ世界最低です。このレベルの治安を仮にアメリカやメキシコやブラジルで実現しようとしたら国が破産するほどの天文学的なコストを要するでしょう。
それだけの資産がとりあえずここにある。
その他に温泉もあるし、神社仏閣もあるし、伝統芸能もあるし、ご飯は美味しいし、接客サービスは世界一だし・・・、国民的な「ストック」はさまざまにあるわけです。
でも、経済成長論者の方たちはこのストックをゼロ査定しておいて、フローがないカネがないと騒いでいる。日本がほんとうは豊かな国であること、みんなでフェアにわかち合えば、ずいぶん愉快に暮らせることをひた隠しにしている。そして、経済成長しなかったらもすぐに国が滅びるというような煽りをしている。
だから、原発は再稼働するしかない、消費増税もするしかない、賃金も下げるしかない・・・と勝手なことを言っています。でも、彼らは日本には豊かな山河と文化的蓄積があることを故意に言い落とします。それをたいせつに使っていれば、別にシンガポールのような自転車操業をする必要なんかないということは決して言わない。水も食べ物もエネルギーもすべて金を出して買わないと生きてゆけない国と比べて「経済成長への熱意が足りない」と言うのははなから無理なんです。
麻雀で点棒が5万点ある人と、箱シタの人では打ち方が違うじゃないですか。箱シタは「後がない」から、ハイリスク・ハイリターンな打ち方をするしかない。点棒がざくざくある人はリスクは冒さないで、高い手も安手も自由自在に打ち回せる。「金持ち喧嘩せず」です。でも、だいたい金持ちが勝つんです。経済成長論者は「それがイヤだ」と言っているんです。もっとひりひりするようなバクチを打ちたい、と。そのためには「点棒」を一度全部失った方がいいと(無意識に)思っている。
だからこそ彼らは原発を稼働したがるんです。うまくすればもう一度事故が起きて、国が破れたとき「帰るべき山河」さえ失われるから。だからこそ移民を入れたがるんです。うまくすれば国内の治安が悪化して、暴力的な排外主義運動や民族対立が起きるから。だからこそカジノを作りたがる。うまくすれば勤勉な労働者たちが一攫千金を夢見て、眼を血走らせてバクチにのめりこみ家産を失ってホームレスになるから。
ほんとうにそうなることを経済成長論者は願っているんです。そうなれば日本の「負けしろ」はなくなり、彼らが夢見る「シンガポールみたいな国」になる他なくなりますから。
ですから、どうせ 「不安」を抱くとしたら、日本が向っているこのような未来について不安を抱く方がいいと思いますよ。

Q2 20代男子です。やっぱり年金には入っておいた方がよいでしょうか? 年金制度は崩壊する、ということを耳にしたのでおたずねします。

年金というのは「政府に対する信用」に基づいているという意味では通貨と同じです。「日本円が使えなくなるらしい」と聞いた日本人たちが「じゃあもう日本円をドルに換えよう」と一斉に動いたら、日本円はたちまち紙くずになります。日本銀行券が通貨として機能しているのは、日本銀行が発行するこのぺらぺらな紙切れに価値があると「みんなが思っている」からです。1万円札の製造コストは40円ですから、残り9960円は幻想なんです。その幻想が機能するのは要するに「日本国はこれからも健全に機能する」と日本人たちが何の根拠もなく信じているからです。
年金だって同じです。年金制度が成り立つのは無窮の国民国家という幻想です。日本国は100年後も200年後も存在していて、まともに統治されているということを前提にして年金制度は設計されているし、日本円で貯金もできる。もしかすると、あと10年か20年くらいで日本は破産国家になるかもしれないと思っていたら、日本円なんか誰も買いません。
日本の年金制度や健康保険制度は世界で最も優れている制度の一つだと思います。制度自体は。ただし、国民の信用供与によって成立しているので、みんなが国を信用しなくなったらその瞬間に崩壊する。
オレは年金なんか払わない。自分の尻は自分で拭く。だから、政府はオレのカネに手を出すなと言う人がいたとします。でも、この人が守ろうとしている「カネ」が日本円なら、彼は自分のカネを守るために、そのカネの価値を担保している日本国の信用を破壊しているんです。年金は「税金のようなもの」です。税金をみんなが払うのをやめちゃったら国家財政は破綻し、日本円は紙くずになる。
100年後も日本はあると思いますか? と問われると、僕も「あります」とは断定できません(彗星が衝突するかも知れないし、地殻変動があるかも知れないし)。でも、どんなことがあろうと、国家というのは国民からの信用供与によってはじめて成立するものです。国民が国に対して信用供与すれば、信用に値する国家ができあがり、誰も信用しないと、なるほど信頼に値しない国家ができあがる。その点では株と一緒です。みんなが買えば高くなる。みんなが売れば安くなる。国民と国家の関係はそんなふうにダイナミックで生成的な関係なんです。国民とは別に自存しているわけじゃありません。
「この国を住み易い国にしたい。そのためには身銭を切ってもいい」と思っている人の数が多ければ多いほどその国は住み易くなり、「この国は住みにくいし、先行きもわからないので、無駄に年金も税金も払いたくない」と思う人の数が増えれば増えるほど、その国はますます住みにくくなる。それだけのことです。

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