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2016年06月 アーカイブ

2016.06.16

ルモンドの記事から

ルモンドの記事から。タイトルは「贅沢のツケ。都知事辞職」。
自国で起きていることの「文脈」を知るために逐一海外のメディアを参照しなければならないという恥ずべき現実を日本のメディアはどれくらい実感しているのだろうか。
原文はこちら。http://www.lemonde.fr/asie-pacifique/article/2016/06/15/victime-de-ses-gouts-de-luxe-le-gouverneur-de-tokyo-demissionne_4951065_3216.html

公金を私的流用したことについて厳しい批判を浴びて、舛添要一東京都知事が6月15日に辞職した。4月に贅沢な旅行について最初に暴露されて以来日増しに強まっていた辞職のアピールについに屈服したことになる。舛添氏は2007年から9年にかけての第一次安倍晋三内閣の厚労相であり、2014年に東京都知事に選出された人物だが、とりわけその贅沢さへの際立った好みを咎められた。
東京大学を卒業し、フランス語を含む複数の言語を操り、馬と美術に造詣が深い舛添氏は政治資金を千葉県の三日月ホテルの最上級の部屋で新年を家族で過ごすために使用したことを特に厳しく告発された。
これらの金の使途を明らかにするために舛添氏によって委託された二人の弁護士によれば、知事は2009年から14年にかけて440000円(3700ユーロ)を「不適切な仕方」で支出したが、違法ではないとされる。政治資金の使途について定めた条項の曖昧さのせいで、知事はこれらの支出が違法だという認識はなかったようである。
公金の私的流用の他には、知事の移動における贅沢好きが問題にされた。知事は海外旅行ではつねにファーストクラスを利用し、最高額のホテルに宿泊した。費やした旅費総額は2億円(170万ユーロ)に達すると言われている。2015年10月にはロンドンのコンラッド・セイント・ジェームズの譜レジデンシャル・スイートに宿泊したが、こちらは一泊3350ユーロ(40万円)。これらについて繰り返し説明を求められたが、知事はそのつど「記憶が定かでない」と言って質問をかわしてきた。
都議会の多くの会派からの攻撃にさらされた舛添氏は、当初は給与の返納によってそのポストに留まろうとした。だが、6月14日になって、野党会派と、それまで知事を支持してきた都議会与党の自民党までが不信任案に賛成したことで、事態は急転した。
東京都民の80%が望んだ知事の辞職によって、都知事選挙は7月31日から8月7日の間に行われる見通しである。彼の離職によって、彼が関わってきた2020年の東京オリンピックの運営にも影響が出ると見られている。
舛添氏の奇癖は以前から知られていた。「2014年の知事選以来、舛添は会計上の規則違反を繰り返してきたと言われている」と都政に詳しいある人物は指摘している。民放テレビやスキャンダル専門紙で連日のように荒れ狂ったメディアの暴風について、この専門家は「攻撃は周到に用意されていたもので、タイミングを計って行われた」と言う。情報筋によれば、この攻撃は計画的なもので、官邸の暗黙の同意を得て行われた。
メディアが知事問題一色に染まったために、報道された場合に政府にとって不都合ないくつかのニュースが結果的に報道されなかった。知事についての報道の開始は、英紙「ガーディアン」が2013年にブラック・タイディングに対してなされた130万ユーロの資金流入についてのフランス当局の捜査について報じた5月11日と同時期である。シンガポールに拠点を置くこの会社はパパ・マサタ・ディアク−1999年から2013年までIOC委員、前国際陸連会長で、現在は汚職で捜査中のラミーヌ・ディアクの息子−の所有するものであり、この資金は日本の五輪誘致チームから出たものと見られている。
日本では、このニュースは二人の人物を巻き込む可能性があった。一人は現在も政界に力を持つ森喜朗元首相。彼は五輪の東京招致を推進し、現在も五輪組織委員会のトップにいる。もう一人はJOCの委員長で、皇族の竹田恒和である。
同じように、舛添氏に対する攻撃は「パナマ文書」の暴露とも同時期だった。日本の400の個人名と企業名がそこに言及されているというのに、日本のメディアはこれについてほとんど何も報道していない。
「さらに、舛添事件によって、7月10日の参院選の選挙選のスタートが丸ごと隠蔽された。これはさまざまな批判、とりわけ経済政策の失敗についての批判を回避しようとしていた政府にとってはまことに好都合なことだった」と専門家は語っている。

2016.06.22

大学のグローバル化が日本を滅ぼす

今年度の『大学ランキング』の「グローバル化」の項目を執筆した。
こんな挑発的な文章を載せてくれた『大学ランキング』の小林さんの剛胆にまず感謝したい。でも、ここに書かれていることは、全大学人の70%くらいは支持してくれると思う。

日本の大学の価値がグローバル化の進度によって決められようとしていますが、これはすでに相当数の現場の教員が実感しているとおり、大学教育の空洞化をもたらすものです。
グローバル化の指標は、①留学生派遣数、②外国人留学生受け入れ数、③外国人教員数、④英語による授業数、⑤海外提携校数、⑥TOEFL目標スコアなどすべて数値的に示されるものです。これを足し算すれば、電卓一つで日本中の750大学が「グローバル度進捗ランキング」で1位から750位まで格付けが可能となります。
グローバル化度と大学の教育研究の質の間にどのような相関があるのか、私は知りません。その間に相関関係があるという統計的根拠を文科省が開示したこともありません。にもかかわらず、この数値的に表示可能なグローバル度による大学の格付けを文科省は急いでいる。大学淘汰を加速するためです。
「大学が多すぎる。もはや大学の体を成していない教育機関もあるし、不要不急の非実学を教えているところもある。そんなところに限りある教育資源を投入するのは無駄だ」という声が財界から聞こえ、メディアもそれに賛同している。「市場」の需要がない「プレイヤー」は退場するのが当然に思えるのでしょう。
しかし、文科省は明治以来「国民の就学機会を増大させる」ことを最優先課題としてきた省庁です。どこに優先的に教育資源を分配するかについてのノウハウなら持っていますが、どの大学は要らないという「切り捨て」のロジックは持っていない。それはどう言いつくろっても「国民の就学機会を減少させる」ことだからです。これは文科省の設置目的そのものを否定することに等しい。
それに、「学ぶ資格がないのは誰か、教える資格がない学校はどこか」という問いを突き詰めてゆけば、日本人の相当数は高等教育を受けるだけの知的な備えがないという驚愕すべき現実に直面せざるを得なくなる。それは過去数十年の文科省の教育政策が根本的に間違っていたということを認めるに等しい。
「グローバル化度」が「大学の質を表示する数値」であるという偽りの信憑を振りまくことで、「要らない大学」を淘汰することへの国民的合意をとりつけ、かつ教育行政の歴史的失敗を糊塗すること、これが「グローバル化」なるものの実相だと僕は見ています。
もちろん、その結果、就学機会は減少し、国民の知的水準は低下する。官僚にもそのような暗い未来は見えているはずです。でも、他にこれまでの自分たちの失態を取り繕う施策がない。たぶん彼らも絶望的な気分で全国の大学に向かって自殺的な教育プログラムの実施を要請しているのだと思います。

グローバル化によって国民の知的水準が低下するのは、全国の大学が互いに見分けがたく似てしまうからです。数値による格付けは「他の条件が全部同じ場合」にしか成立しません。つまり客観的な格付けを可能にするためには、すべての大学の教育目的や教育方法やを規格化・標準化し、その上で量的差異を検出しなければならない。比較される項の多様性・個性を消さないと定量的に精密な査定はできない。現に、日本中の大学は格付けを受け容れて、建学の理念も独特な教育方法も捨てようとしています。
 
グローバル化のスコアを上げるために「1年間の留学必須」を掲げる大学が増えています。4年間の教育のうち1年分を「アウトソーシング」する。留学先に支払った残りは大学の懐に入る。大学にすれば教育せずに授業料だけ徴収できる。キャンパスに通う学生実数が減るわけですから、人件費も設備費も消耗品も、全てのコストが25%削減できる。大学にとっては「おいしい話」です。いずれ「4年間のうち2年間の留学必須」を言い出す大学が出て来てもおかしくない。そして、そのときになってはじめて人々は「それならいっそ『4年間留学必須』にすればいい。そうすれば大学業務は留学手続きの代行だけになるから、PC1台バイト2人くらいで全業務が回せる。もう教員もキャンパスも要らない」ということに気がつくはずです。そして、その「何もしていない大学」の「グローバル度化」がどれくらいのハイスコアになるかを知って驚愕することになるでしょう。
 
英語による授業数もグローバル化度の重要な指標ですが、日本語で最先端の高等教育が受けられる環境を100年かけて作り上げたあげくに、なぜ外国語で教育を受ける環境に戻さなければいけないのか。僕には理由がわかりません。
研究者の立場から言えば、母語で研究できることには圧倒的なアドバンテージがあります。研究上の新しいアイディアはしばしば「自分でも何を言っているのかわからない言葉が口を衝いてほとばしってくる」というかたちを取ります。これは母語でしかできない。僕は外国語では「自分がこれから何を言うのかわからないまま話し始める」という芸当はできません。
そして、母語でしか「新語」を造語することはできない。それは、どれほど新しい概念でも既存の言葉の新しい用法でも、母語話者同士ではただちに意が通じるからです。外国語ではそんなことはできない。日本語話者が思いついた英語の新語が広く流布して英語のボキャブラリーに登録されるということはまず起らない。現に、「ワープロ」も「パソコン」も「エンゲージリング」も「ナイター」も英語辞書には登録されなかった。
 けれども、母語話者たちは新語・新概念を駆使して、独特の文化的創造を行うことができます。その知的な可塑性に駆動されて、知的探究が始まり、学問的なブレイクスルーが達成される。後天的に習得した外国語で知的なブレイクスルーを果すことは不可能とは言わないまでもきわめて困難です。公用語として外国語使用を強いられた旧植民地からいったい何人のノーベル賞受賞者が出たか、それを見ればわかることです。

繰り返し言いますが、大学のグルーバル化は国民の知的向上にとっては自殺行為です。日本の教育を守り抜くために、「グローバル化なんかしない、助成金なんか要らない」と建学の理念を掲げ、個性的な教育方法を手放さない、胆力のある大学人が出てくることを僕は願っています。

2016.06.29

英国のEU離脱について

英国のEU離脱についてある通信社からコメントを求められた。すこし長めのものを書かせてもらったので、ここに採録する。


EU構想の起源は16世紀のルネサンス期に誕生した「文芸共和国」に遡る。その当時、ヨーロッパ各国の学者たちは、それぞれの学術研究の成果を、彼らの共通語であるラテン語でしたためて、頻繁な手紙のやりとりを行った。
そうして形成されたクロスボーダーな「人文主義者のネットワーク」はそれから後も形態を変えながらヨーロッパにつねに存在し続けいる。クーデンホーフ=カレルギー伯爵の「汎ヨーロッパ主義」も、オルテガ・イ・ガセットの「ヨーロッパ合衆国」構想も、ピエール・ド・クーベルタン男爵の「近代五輪」構想も、いずれも「文芸共和国」のアイディアに由来している。共通するのは、「そういうこと」を考え出す人たちがみな「貴族」だったということである。
ヨーロッパにおいて、「貴族たち」は国民国家内部的な存在ではない。彼らはたいていの場合、自国の労働者階級よりは、他国の貴族たちに親しみを感じているし、自国語よりむしろ世界共通語(リンガフランカ)で思想や感懐を語ることを好む。クロスボーダーな連帯を育むことができるのはこれらの「貴族たち」である。「一般市民」は自国の国境内に釘付けにされ、自国語だけを語り、自国の生活文化に胸まで浸かっている。
この二極構造は、「文芸共和国」からEUまで本質的には変わることなくヨーロッパの政治と文化に伏流している。
17世紀ウェストファリア条約を契機に国民国家システムが始まってからは、それぞれの国民国家は「自国益を最優先する立場と(本音)」と「ヨーロッパ全体の生き残りを優先する立場(建て前)」を二極として、その間のどこかに「おとしどころ」を求めるという仕方で国家運営をしてきた。

英国のEUをめぐる国民投票では、富裕層・高学歴層が「残留」を求め、労働者階級や低学歴層が「離脱」を求めたという統計が公開されている。ヨーロッパ共同体に軸足を置く志向と、国民国家の威信や主権を優先する志向はもともと食い合わせが悪いのだ。その調整がヨーロッパ列国における統治者の力量と見識の見せどころなのだが、英国のキャメロン首相はそれに失敗した。ヨーロッパ諸国の共生という「理想主義」と「自分さえよければそれでいい」という「現実主義」を対比させての国民投票なら、あるいは結果は違ったかも知れない。だが、残留派はEUに残ることのもたらす経済的「実利」を表に出して、EUに制約されない主権国家でありたいという政治的「幻想」に屈服した。これは国民投票を仕掛けたキャメロンの失着だったと思う。
転換期において統治者に求められるのは、見晴らしのよいヴィジョンであって、目先の銭金の話ではない。そのことを日本人も「他山の石」として学ぶべきだろう。
ただ、「ヨーロッパ共同体」と「国民国家」の葛藤は今に始まった話ではない。だから、これで終わるわけでもない。
ジャン・ルノワールの『大いなる幻影』は第一次世界大戦中の、ドイツ人貴族とその捕虜となったフランス人貴族間に芽生えた国境を越えた友愛が戦闘的なナショナリズムによって打ち砕かれるという物語だった。
カズオ・イシグロの『日の名残り』は第一次大戦後、敗戦国ドイツに救いの手を差し伸べようとする英国人貴族の「スポーツマン精神」が武力と金しか信じない新興国アメリカの政治家によって打ち砕かれる物語だった。
物語の中では、つねに理想は現実に打ち砕かれる。けれども、そのつど理想は甦ってきた。だからこそEUも今存在しているのだ。
「文芸共和国」の構想は国民国家の発生より古い。この二つの原理の葛藤はまだ長くかたちを変えて続くはずである。

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