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2016年07月 アーカイブ

2016.07.01

変わらないことの意味

神戸女学院を紹介している本の「あとがき」にこんなことを書いた。中高部のPRのための本なのでふつうの人はあまり手に取ることがないと思うので、ここに再録しておく。


神戸女学院時代の同僚たちと毎年スキー旅行に来ている。91年の春に着任一年目のシーズンに先輩たちに誘われて来てからだから今年で25回目になる。私は高校一年生のときから半世紀にわたってスキーをしてきた。本邦における「スキー文化」の消長を砂かぶりで眺めてきた。そして、ほんとうに風景が変わった、と思う。
一番変わったのは、若者がゲレンデにいないということである。レストランに入って、辺りを見回してもほとんど中高年者と外国人しか目に入らない。高齢化・インバウンド依存がこのまま推移すれば、いずれ高齢者たちが退場したときに大正時代にヨーロッパから扶植されて発展してきた「日本のスキー文化」それ自体が消滅することになる。百年以上の歴史を持つ、近代日本を彩ってきた一つの生活文化が消える日がかなり間近に迫っている。
スキーはアルピニズムやボートレースと同じように旧制高校・旧制大学を経由して日本社会に根付いたスポーツであり、それゆえに独特の「理想主義」と「教養主義」をこびりつかせていた。スキーとアルピニズムは60年代までは専門用語がほとんどドイツ語だった(ゲレンデも、ヒュッテも、ストックも、ザイルも、「シーハイル」もドイツ語である)。そのエリート主義的な「臭み」が気になったという人もいたかも知れない。けれども、外来の文物を日本に土着させて、「ハイブリッド」を創り出すというのは日本的知性の発動の仕方としてはごく正統的であり、かつ多産的なものであった。でも、約100年の歴史を持つこのスポーツ文化が今日本社会から消えようとしている。
理由は分かりきっている。若者たちが貧困化しているからである。経済的に貧しいだけでなく、精神的にも、文化的にも貧しくなっているからである。広く言えば、若者たちの生きる場である学校という場所そのものが貧しくなっているからである。

先日、大学の杖道会の合宿があった(私は退職後もクラブの師範を続けている)。部員は10名ほどいるはずだが、合宿に参加したのは2名だけだった。OGたちと私が主宰している合気道道場の門人が何人か来てくれたので合宿の体裁は整ったが、学生と私だけでの合宿だったらずいぶん寂しいものになっただろう。なぜ来られないのか訊いたら、「バイトのシフトが調整できなかったみたいです」ということだった。毎週曜日と時間の決まった稽古時間になら来られるけれど、合宿のようなイレギュラーな時間割には対応できない。
私が学生の頃も、もちろんアルバイトはしていた。けれども、事前に予告しておけば、自己都合で休むことも、時間を入れ替えることもできた。誰でもそうしていたし、それを咎めるような雇い主もいなかった。だが、今の学生たちの雇用環境はきわめてタイトである。売り上げノルマを達せなかったり、破損した商品の弁済を求められて、バイト先に借金を作ったというニュースを見かける。そのような「ブラックバイト」が珍しくないほどに雇用環境全体が劣化しているのである。
加えて、学費の高騰と奨学金の給付から貸与への切り替えによって、学生たちの貧困化に拍車がかかっている。貸与奨学金の負債が卒業時点で500万を超えるというケースはもう本学でも珍しくない。大学を卒業しても今では4割が非正規雇用である。学生どころか親たち自身がいまだに非正規雇用という家庭もある。奨学金を親が生活費に流用してしまって授業料が払えないというケースもある。

学生たちが貧しくなっているのは、国が教育への財政支援を削っているからである。授業料を無償化するか、給付奨学金を充実させれば、学生たちは貧困から脱出できる。だが、そのような若者支援のプランを真剣に語る政治家も財界人もジャーナリストもいない。
それは国が教育への支援を削減していることに国民の多くが反対していないからである。現に自分自身や自分の家族がそのせいで貧困化しているにもかかわらず、教育への公的支出はしなくていいと多くの国民が思っている。奇妙な話であるが、それは日本人たちがいつのまにか学校教育が提供するものを「商品」だと信じるようになったからである。
学校は「教育商品」を売る「売り手」であり、学生・保護者たちはその商品の「買い手」である、そういう商取引の図式で人々は今学校教育を捉えている。
学校教育は「自己利益を増大させるもの」であるがゆえに、学校に通うものは「受益者」であり、それゆえ「受益者負担」の原則によって、本人(あるいは保護者)が学費を負担すべきだと考えている人がいる。いるどころではない。たぶん日本人のほとんどがそう考えている。だから、税金を使って自分の学費を減免してくれというような「甘えたこと」を言うなと言い張る人がいる。そんなことは自己責任だと言い放つ人がいる。けれども、勘違いしてもらっては困るが、「学校教育に受益者負担の原則を適用すべきだ」というような信憑が支配的な意見であったことは近代にはないのである。
いや、それに似たことを言った人たちはたしかにいた。公教育導入時点のアメリカがそうだった。19世紀のアメリカでは、学校教育に税金を投入するという構想に多くの納税者たちが反発した。学校教育がもたらす知識・技術・教養・人脈などは教育を受けた個人に社会的上昇の機会を提供する。教育が自己利益を増大させるものであるならその費用は受益者負担であるべきだ、というのである。納税者たちはこう言った。「私たちは自己努力の結果として、子どもたちに学校教育を受けさせるだけの財産を築いた。私たちの子どもは親の努力の成果の恩恵に浴する権利がある。だが、なぜ私たちほど努力もせず、才能もなかった人たちの子どもの教育に私たちの納める税金を投じる必要があるのか。もし、税金で彼らの社会的上昇を支援すれば、それは努力しない者が得をすることになり、社会的倫理が崩れる。それに、税金で教育を受けて社会的上昇の機会を得た貧乏人の子どもたちは社会的なポスト争いで私たちの子どもたちの競争相手になる可能性がある。何が悲しくて自分たちの子どもの競争相手を増やすために私たちが身銭を切らなくてはならないのか。こんな理不尽な話はない。貧しい人間が学校教育を受けたいと言うなら、まず額に汗して働いて、自力で学資を稼いで、それを自己投資するのが筋だ」と。これは論破することの難しいロジックであった。
しかし、最終的にこの「リバタリアン」的な主張は退けられ、幸いにもアメリカに公教育システムは根づいた。そのときに公教育論者が必死で語ったのは「学校教育に税金を投入して、貧者にも教育機会を提供すれば、それによって利益を得るのは『あなたがた』だ」ということであった。学校を出たおかげで、四則計算ができ、文字が読め、社会的常識を身に付けた者たちは「あなたがた」の工場ではよい労働者になり、「あなたがた」の工場で作る製品の旺盛な消費者となるであろう。学校教育に税金を投入すれば、長期的には「あなたがた」が儲かるのである、と。そう説いたのである。この説得に公教育への税金投入に反対していた富裕層たちも最終的には折れた。けれども、それは公教育の理念そのものに同意したからではなく、そうした方が「自己利益が増大する」という算盤を弾いたからであることに変わりはない。
このときに語られた「リバタリアン」的な教育観は今もアメリカ社会には伏流している。けれども、それが支配的な意見になったことはない。もし、19世紀の段階で「リバタリアン」的教育観が勝利して、公教育への税金投入が抑制され、高等教育を受けられる者が富裕層の子弟に限定されていたら、それから後のアメリカは政治的にも、経済的にも、文化的にも世界の「二流国」にとどまっていただろう。アメリカが今日のような世界のスーパーパワーになりえたのは、出自にかかわらず子どもたちがその潜在能力を開花させ、社会的上昇を遂げることのできる機会を制度的に担保したことが深く関与している。
今でも富裕層・特権層にしか十分な教育機会が提供されていない国はいくらもある。それがフェアであるかどうかについてはそれなりの言い分があるだろうけれども、そういう「受益者負担」原理を貫いている国が、学校教育に潤沢に国民資源を投じる国と比べて、知的に優越するチャンスはきわめて低い(というよりゼロである)。教育への資源投入を惜しむ国が科学的なイノベーションを先導したり、未来社会のあるべきヴィジョンを提示したり、世界標準になるような社会制度を創り出すということはありえない

なぜ学校教育に優先的に国民資源を分配しなければならないのか。理由は言うまでもない。集団が生き延びるためである。生き延びるためには「使えるものはすべて使う」のは当然である。学校教育を受けられなかったために開花する機会を逸した才能は「社会的損失」としてカウントされるべきである。私はそう考えているし、18世紀の啓蒙思想家たちもそう考えている。けれども、そういう考えをする人は今の日本ではもう少数派である。
人々は学校教育は「商品」であり、それを獲得するためにはしかるべき「代価」を支払わなければならないと信じている。その「代価」を今ここで準備できない者は、その潜在的な才能や未開発の資源の有無にかかわらず、学校教育機会から排除されて当然だという意見が大声で語られている。子どもたちが教育機会を逸することを「社会的損失」だとはもう人々は思っていない。
ものが商品であれば、その通りだ。金のない人間が車を買えなくても、家を買えなくても、服を買えなくても、私たちは別にそのことを「社会的損失」だとは思わない。「車や家や服が手に入った場合になら開花したかもしれない美質、集団を救ったかもしれない才能」というようなものを私たちは思いつかないからである。そして、質の良い車や家や服が手に入った場合に、自分の身に「何が起きるか」は、どういう快楽がもたらされるかはほとんど確実に予測できる。だが、そこには何の意外性もない。
学校教育は違う。教育とは「そのようなものが人間のうちに潜在しているとは予測もできなかったもの」が見出され、爆発的に開花し、多様な展開を遂げるプロセスである。学校教育がもたらすアウトカムは原理的に予測不能である
だから、未来に希望を持っている社会では教育への資源分配は高い優先順位が与えられる。その反対に、人々が未来に希望を持つことのできない社会では教育への資源分配は最低の査定を受ける。勝っている人間が勝ち続け、負けている人間が負け続ける惰性的な社会、一部の特権集団に権力や財貨や情報や文化資本が排他的に蓄積される社会では、人々は教育への資源分配に敵対的になる。それは他に優先的に金の使い道があるからではなく(それもあるが)、何よりもアウトカムが予測不能なプロセスをそのような社会では人々が嫌悪するからである。
「制御できないもの」「既存の物差しで衡量できない価値」の出現を恐れるからである。

OECD調査によれば、GDPに占める教育機関への公的支出の割合で日本は比較可能な32カ国中最下位である。最下位はすでに5年連続である。この不名誉な記録はこれからも更新され続けるだろう。
だが、それを危機的な事態だと思っている人はきわめて少ない。学校教育の現場でさえ、毎年のように公的支援が削られてゆくことを「しかたがない」と思っている人が過半である。
政府が教育への資源分配を惜しむのは、一にも二にも「費用対効果が悪い」からである。平たく言えば、「金にならない」からである。19世紀に公教育への税金の投入を惜しんだアメリカの富裕な「リバタリアン」たちと同じことを政府も財界もメディアも主張している。
事実、私が大学在職していた最後の時期、文科省が最もうるさく要求していたことは何よりも「すぐに実用に役立つ研究教育をしろ」ということと「どういう努力を入力すると、どういう結果が出力されるか一覧的に示せるかたちで研究教育を行え」ということだった。もう一度同じことを繰り返すが、教育のアウトカムがどういうかたちで開花するかは予測不能である。何がトリガーになって、どのような才能が、どのタイミングで、どんな形態で開花するかは、本人にも教師にも親にも友人にも、誰にもわからない。人間知性はわずかな入力差が巨大な出力差をもたらす複雑系だからである
にもかかわらず、「制御できないものを制御したい」という不可能な望みを抱く人たちが日本の教育行政を仕切っている。
言うまでもないが、「制御できないもの」を制御することは誰にもできない。だから、選択肢は二つしかない。制御することを諦めて、「制御できないもの」がどういうかたちで発現してもあまり驚かされないような弾力的で可塑的なシステムを以て応じるか、硬直的な「制御するシステム」によって抑え込んで、抑え切れなくなったら自壊するか、二つしかない。
不幸なことに、今の日本の教育システムはすでに後の道を選んで歩き始めている。

こういう穏やかな趣旨の書物の「あとがき」に悲観的な言葉を書き連ねるのは不本意だしかなり不作法なことだと分かってはいるけれども、130年を超えて守り継がれてきた神戸女学院の教育理念と教育方法を私たちがこの先も守り続けることができるのかどうか、私にはわからない。
世の中には変化してよいもの、変化すべきものと、変化しない方がよいもの、変えてはならないものがある。それを識別することはきわめて難しい。あらゆる制度は、昨日できたものも、100年前から受け継がれているものも、現時的には「今ある制度」として目の前にずらりと並んでいる。昨日できた制度やルールの中にはただの思いつきやもののはずみでかたちになったものが(多数)含まれている。一方、100年前から受け継がれたものには歴史の風雪に耐えたという実績がある。これを同列に「今ある制度」と一括りにすることに私はつよい抵抗を覚える。けれども、現代日本社会では「歴史の風雪に耐えた」というような実績はほとんど評価されない。むしろ、それは社会の変化に抵抗し、「市場のニーズ」に対応することを嫌うという理由でしばしば「よくないもの」に類別される。学校もそうだ。次々と学部学科を新設し、教育プログラムを「ニーズ」に合わせて書き換え、校舎を新設し、組織をめまぐるしく改組する学校が「社会の変化に最適化するアクティビティの高い教育機関」として高い査定を受けている。愚かなことだと思う。

先日、私立医大の同窓会組織の集まりで講演したことがあった。講演に先立つ総会で「卒業生が同窓会活動に非協力的である」という事例が次々報告されていた。どうしたら卒業生たちに母校に対する帰属感や忠誠心を持たせることができるのか、報告者たちは沈痛な面持ちで問題提起していた。
私はその後に登壇して、用意していた草稿を読み上げるのを止めて、「なぜ卒業生たちは母校に帰属感や忠誠心を持たないのか」について私見を述べた。それは学校が「変わり過ぎた」からである。あなたがたはキャンパスを移転し、校舎を新築し、学部学科を新設し、教育プログラムを書き換えることを「高いアクティビティのあかし」だと信じてそうしているのだろうけれど、卒業生はそういうふうには評価しない。自分が学んだ学舎が取り壊されて跡形もなくなったキャンパスに「懐かしさ」を感じる卒業生はいない。自分が卒業した学科がなくなったり、受けた教育プログラムが廃止されたら、卒業生は母校から「あなたが受けた教育はもう時代遅れになった。あなたがこの学校で受けた教育はもう無価値だ」と宣告されたように感じるだろう。実際にそのような「仕打ち」をしておいて、「どうして卒業生たちは母校に愛着を持ってくれないのだろう」と泣訴するというのは筋違いである。
あなたがたの大学の中で、校舎を新築するときに「旧校舎のたとえ一部でも、卒業生のために『記念館』として残しておこう」という提案がなされたところがあっただろうか。たぶん一校もないだろう。少なくとも経営コンサルタントが入るような大学ではそのようなプランは「無駄」として一蹴されたに違いない。ビジネスマンには卒業生の母校に対する愛着や忠誠というようなものを考量する「ものさし」がないのだからしかたがない。そういう話をした。

神戸女学院は幸い校舎が文化財指定を受けたので、これからあと卒業生たちは岡田山に戻るたびに自分が学んだ学舎がそのまま残されているという特権を享受できる。それは「市場のニーズに対応してめまぐるしく変化することを是とする教育機関」が決して手に入れることのできない財産なのである。

もう指定された紙数を大幅に超えたので取り散らかった話をまとめるが、今の日本の教育は「社会の変化に合わせて息せき切って変化しなければならない」という圧力の下で急激に体力を失っている。「市場のニーズに合わせて変われ」とのべつ耳元でがなり続けられているうちに教育機関としての生命力が損なわれているのである。だが、学校教育は医療や司法と同じく定常的であることが手柄であるような制度なのである。経済学者の宇沢弘文はこれを「社会的共通資本」と呼んだ。集団が存続するためになくてはならない制度は、政治イデオロギーや市場の景況や株価の高下のようなものによって変化してはならない。生身の人間を守るための仕組みはまず定常的であることが最優先する。
当たり前のことだが、「学校制度の出来が悪いので、根本的に制度設計をやり直す」ということはできない(「制度が完成するまで、子どもたちは学校に来なくていい」とは言えないからだ)。私たちが相手にしているのは、生身の人間である。それもまだ自分を守る力の十分ではない子どもたち若者たちである。彼らを相手にするときには「これまでこうやってきて、比較的うまくいってきた」という経験知に基づいてふるまう他ない。それが最もリスクが少ないからである。学校教育においてはリスクを冒すということは許されないのである。

私が神戸女学院の教育について言いたいことはそれに尽くされる。変えてはならないものは決して変えてはならない。同語反復に過ぎないのだが、そういう自明の真理を語る人があまりに少ないので、寄稿の機会を奇貨としてここに書きとめるのである。

2016.07.08

僕のビートルズ

ビートルズ来日50周年を記念して『サンデー毎日』が小特集を組み、それに寄稿を求められた。昔のことを思い出しながら、いささか感傷的な文を草した。


「自分たちの世代のための音楽」とそうでない音楽は直感的に識別することができる。小説や美術や映画や演劇についてもそうだ。これは「自分たちの世代のためだけのものであって、他の誰のためのものでもない」ということは言われなくてもわかる。
もちろん、子どもたちのためには、そのつど「子ども向けの作物」というものが商業的には与えられている。でも、それを制作しているのは大人たちであり、彼らは、今どきの子どもが何を切望しているのかをほんとうは知らない。

村上春樹は「初めてビーチ・ボーイズの音楽に出会った」日のことをこう回想している。
「僕は14歳で、曲は『サーフィンUSA』だった。机の上にあった小さなソニーのトランジスタ・ラジオから流れてくるそのポップソングを初めて耳にしたとき、僕は文字通り言葉を失ってしまった。僕がずっと聴きたいと思っていたけれど、それがどんなかたちをしたものなのか、どんな感触を持ったものなのか、具体的に思い描くことができなかったとくべつなサウンドを、その曲はこともなくそこに出現させていたからだ。」(『意味がなければスイングはない』)
これに類した経験を、さまざまな時代に、多くの子どもたちが味わったはずである。僕もそうだ。僕は14歳で、曲はラジオから流れてきた『プリーズ・プリーズ・ミー』だった。残念ながら、僕には村上春樹のように「僕がずっと聴きたいと思っていた音楽」に出会ったというというほどの確信はなかった。でも、これが「これまで一度もラジオから流れてきたことのない音楽」だということは確信できた。だとしたら、これが僕たちの音楽でなければならない。そう思った。
それ以外の音楽については、ラジオのDJや音楽評論家たちの方が明らかに詳しい。圧倒的な情報量を誇る大人たちと、昨日今日音楽を聴き出した中学生ではまるで勝負にならない。でも、これまで一度もラジオから流れてきたことのない音楽、これまでのどんなポップスとも似ていない音楽、その起源や系譜が不分明な音楽についてなら、中学生にもわずかながら勝ち目がある。楽曲や演奏者について「誰だ、これ」という情報の欠如においては大人たちと対等であり、「ここにしか勝機がない」という切迫においては中学生の方に分がある。

いつの世でも子どもたちは最新流行に敏感で、(良し悪しにかかわらず)それに飛びつく。それは「新しすぎて、それが何だか誰にとってもよくわからないもの」を享受する競争でしか大人に勝つチャンスがないからである。
たぶん大人たちは、ビートルズの新しい音楽性について適切に語るためには「他のトラディショナルなポップスやジャズやブルーズを聴き込み、それと比較しないといけない」と思っている。でも、中学生にはそんな必要がない。中学生はレコード盤がすり切れるほどひたすらビートルズを聴いていればいいのである。
僕は級友たちと場末の映画館に繰り出して、『ア・ハード・デイズ・ナイト』 (『ビートルズがやって来るヤア!ヤア!ヤア!』という非常に発語しにくい邦題だった)を午後一杯観たことがある(その頃は「入れ替え」制度がなかったので、僕たちは段ボール箱にパンと牛乳を詰めたものをシートの下に置いて、休憩時間に食事をしながら繰り返し映画を見続けた)。
そういう愚行はまともな大人にはできない。とんまな子どもだけができる。
レコード盤をすり切れるまで聴き、酸欠で頭痛がしてくるまで映画館の暗闇に坐り込んでいることができるのが子どもたちの例外的な特権である。
中学三年までに僕はそれまでリリースされていたビートルズのヒット曲すべての歌詞を暗記した。それほど暇な大人はこの世にはたぶんいない。「勝った」とそのとき僕は思った。
でも、だいたい音楽について「勝った」とか「負けた」とか言うのはおかしな話だ。
正直に認めるけれど、僕のビートルズ経験は純粋に音楽的なものではなかった。あれは「新奇なもの」への理解度を競う、世代間でのヘゲモニー闘争の一種だったと今では思う。

1966年にビートルズが来日したとき、僕は彼らが投宿したヒルトンホテルの向いにある高校の1年生だった。直線距離にして数百メートルのところにビートルズがいた。だが、高校生の僕にとってその距離は絶望的に遠かった。それまで一度も足を踏み入れたことのない高層ホテルを銀杏の枝の隙間から見上げて、ビートルズはもう僕たちのアイドルであるより以上に、大人たちが仕切る巨大なエンターテインメント・ビジネスのプレイヤーなのだということを僕は思い知った。ビートルズが何であるかを大人たちはすでに僕たちとは別の仕方でよく理解し、彼らを潤沢に享受していたのである。
あの年、ビートルズの東京公演を生で聴くことのできた高校1年生がいったい何人いただろう。政治家や財界人や芸能人の関係者で、コネを使ってチケットを手に入れることのできた者はいただろうけれど、彼らはそういうことができるという点ですでに「小さな大人」であり、映画館の暗闇で頭痛と尻の痛みに耐えることが「熱狂すること」だと信じていた中学生とは無縁の衆生である。
皮肉なことだけれど、空間的にビートルズが僕にとって一番近くにいた1966年の6月に「僕のビートルズ」は無限に遠い存在になっていた。

だから、僕は1970年にビートルズが解散したときに、正直言って、少しほっとした。ビートルズはもういない。もう存在しないバンドの音楽をいつまでも哀惜するような暇はメディアにも音楽ビジネス業界にもない(でも、僕にはある)。事実、人々はすぐにビートルズのことを忘れた(四人の個人的な活動は続いたけれど、それはもう「ビートルズ」のものではない)。
僕が部屋の壁に四人の写真を貼ったのは73年に自由が丘の部屋に引っ越したときのことである。メディアは次のアイドルを探すことに忙しくて、もうビートルズについて言及することはまれになっていた。四人の写真は僕にとって「遺影」のようなものだった。そして、死者がしばしば生前より身近に感じられるように、ビートルズが存在するのを止めてから、人々がビートルズのことを忘れ始めてから、ようやく僕はジョンとポールとジョージとリンゴを再びとても身近に感じるようになった。

2016.07.09

「赤旗日曜版」の参院選インタビュー

先週の赤旗日曜版インタビューを再録しておく。
 
参院選の最大の争点は改憲です。与党は争点を隠していますが、これは自民党の改憲草案が参院選の議論の場で議論され、有権者の眼にさらされることを忌避するためです。あれを読んだら、自民党支持層の相当数が拒否反応を起こすことを与党は知っている。だから争点にしないで、選挙が終わってから「信認を得た」と言っていきなり最優先の政治課題に掲げる。そういう策略です。

安倍政権の次のねらいは自衛隊の海外派兵だと思います。治安の悪い地域で自衛隊員が死傷すれば「彼らの死を犬死にしてよいのか」という感情的な言葉がメディアを覆い尽くし、国民的規模で好戦的な気運が高まる。そういう事態を回避するためにも、何としても戦争法案を廃案に持ち込まなければならないと思います。

共産党は今回野党共闘を牽引しています。綱領的立場の違う政党同士でも、政策の一部が一致すれば一時的に共闘できることは民主主義の最もすぐれた点です。これを「野合」と否定する自民党ははしなくも彼らが理想とする体制が「全国民があらゆる政策で一致している状態」であることを露呈させました。国民全員が同じ顔つき、同じ口ぶりで、同じ政治的信条を棒読みするような全体主義的「ディストピア」を政治体制の理想と見なすような人々が政権の座にあり続けていることにこそ僕は深い恐怖を感じています。

2016.07.15

ルモンドの記事から(天皇退位について)

L’abdication de l’empereur évoquée
LE MONDE | 14.07.2016 à 07h37

天皇は退位の意向を持っていないと7月13日水曜日夕刻に宮内庁は断言した。同日の早い時間に、公共放送NHKと共同通信は数年以内に明仁が退位する可能性があることを報じた。
1989年に即位し、現在82歳になる天皇は、政府筋によると、以前から「この地位にあるものが果すべき責務」を十全に担い得る者に譲位したいという意向を洩らしていた。
「退位はない」と同日夜に宮内庁の山本信一郎次長は述べた。だが、観測筋によると、これほどのニュースが確かな筋からの裏づけなしにNHKや共同通信から報道されることはありえないという。さきに五月に宮内庁は君主の公務の削減を発表していた。
この情報の裏づけが取れれば、これは明仁の直系の祖である光格天皇(1771~1840)が1817年に退位して以来のこととなる。
その場合、皇位は皇太子徳仁(56歳)に継承される。皇太子はオックスフォードで学び、元外交官の雅子妃と結婚している。夫妻には愛子(14歳)という一女がある。
退位については法律に規定がない。この問題はただちにメディアと政界を揺るがすことになる。
「皇室典範の改定が必要になると思う」と与党自民党の佐藤勉国対委員長は述べた。皇室典範には退位の規定がなく、第四条には「天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する」としか書かれていないからである。
皇室典範の改定には全党派が支持している。ただし、共産党は小池晃書記長が退位の声明はまだ公式なものではないと述べて態度を保留している。
今上天皇は日本の125代天皇で、歴史上はじめて平民(日清製粉という食品業者の社長の娘)を皇后に迎えた。彼は率直で国民に親しい天皇というイメージを作り上げて、日本国民には非常に人気がある。
高齢に伴い、天皇は儀礼的な活動を抑制し、訪日する外国要人との公式会食や地方自治体の首長との会見などを減らして来た。2009年にも天皇皇后は日本各地訪問の際のスピーチを断っている。
明仁は今年の冬に風邪を引いた。2012年には冠状動脈のバイパス手術を受け、その1年前には肺炎に罹患し、2003年には前立腺腫瘍の手術を受けている。
退位についての情報は7月10日の参院選における安倍晋三総理大臣陣営の圧勝の三日後にリークされた。参院選の当日、安倍氏は日本経済の難問への取り組みを後回しにして、1947年制定の平和憲法の改定に言及した。
2012年に起草された自民党の改憲草案によれば、天皇の地位は現行憲法における「国家と国民の統合の象徴」から「国家元首」になる。
天皇には政治的権威はないが、天皇は安倍氏の政策選択に必ずしも同意していない。
第二次世界大戦時の役割についていまだに議論されている裕仁の後継者として、明仁は世界平和と、軍国主義日本の犠牲となった国々とりわけ中国と韓国との和解をつよく求めて来た。
2015年に明仁は終戦70年記念に際してさきの大戦に対する「深い反省」の意を表明した。後継者である徳仁皇太子も憲法に対する愛着と、「平和のはかりしれない価値を心に刻む」との意志を約束している。

2016.07.18

National Review の記事から「ファシズムに向かう日本」

JOSH GELERNTER July 16
日本の政治に津波
今週、日本の自民党とその連立パートナーは参議院で3分の2を制した。衆議院ではすでに3分の2の議席を擁している。国会両院の3分の2は日本国憲法の改定プロセスを開始するのに必要とされる議席数である。改憲は自民党綱領の中心的項目の一つである。
憲法は第二次世界大戦後にアメリカによって日本に押しつけられ、以後一度も改定されたことがない。なぜ、今改憲されなければならないのか?ブルームバーグによれば、自民党は「現行憲法条項のいくつかは自然権としての人権についての西欧的な理論に基づいているので、これらの条項は改定が必要だ」と指摘してきた。
自民党が反対している「自然権としての人権についての西欧的理論」とは何のことかと読者は当然疑問に思うだろう。お教えしよう。自民党の議員たち、大臣たち-安倍晋三総理大臣を含む-は日本会議と呼ばれるラディカルなナショナリスト組織のメンバーである。この組織は(最近まで文科相であった下村博文によれば)日本は第二次世界大戦中に犯した戦争犯罪を認めるという「自虐史観」を捨てなければならないと考えている。
日本会議の見解では、日本は戦争について不当な扱いを受けている。米議会のリサーチサービスによれば、日本会議は第二次世界大戦中に「日本は東アジア諸国を解放したことについて称賛されるべき」であり、「東京裁判は違法」であり、南京虐殺は「誇張され捏造された」ものであると信じている。日本会議は帝国陸軍による中国人朝鮮人“慰安婦”の強制的売春も否定している。そして、日本は現行憲法では憲法違反とされている軍隊を再び有すべきであり、天皇崇拝体制に戻すべきだと考えている。
ナチに類する非道な戦争犯罪に対する憤りゆえにアメリカは日本がリベラル・デモクラシーの政体になることを強要し、あわせて日本の天皇に自己の神格を否定する以下のような宣言をなさせた。「私と国民との間のむすびつきは、専ら相互の信頼と敬愛とによるものであって、単なる神話と伝説によって生まれたものではない。天皇は神であり、かつ日本国民は他民族に優越した民族であり、世界を支配すべき運命を有するとの架空なる観念に基づくものではない」。
だが、日本会議のメンバーの暴走は続いている。2013年、安倍晋三の新内閣の閣僚18人のうち15人が日本会議関係者であったことを祝うパーティではかつての「日章旗」が振られ、「戦後レジームからの脱却」が誓言され、国歌(たいへん短いものであるが、これまで論議の的になってきた)が斉唱された。日本の国歌は天皇に捧げられたものである。「あなたの治世が千年、八千年も続きますように。小石が苔の生す巨岩となるまで」。
自民党の改憲草案は政教分離原則を排除して、国家神道と天皇崇拝に戻る道をめざしている。
改憲草案はまた「日本国民は国権の発動たる戦争と武力による威嚇または武力の行使は国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」という条項と、「陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない」という条項も廃棄する。日本はこれまでのところこの特異なルールに従ってきたが、クレディ・スイスの戦力インデックスによれば、日本は現在世界第四位の軍事力を有している。これはアメリカ、ロシア、中国に次ぐものである)。
新憲法はまた政府は「公益及び公の秩序に違背する場合は」言論や表現を規制しうるとして、言論の自由も廃している(実際に、日本政府は過去何年か言論の自由には圧力を加えて続けている)。
『ジャパンタイムズ』によれば、2014年に総務大臣は、放送局に対して政府が「政治的に中立性を欠く」と判断した番組については放送中止を命じることができると警告した。日本の公共放送の会長-安倍総理の友人である-はNHK(日本におけるBBCに当たる)は「報道において政府の立場から離れるべきではない」というのが彼の立場であると公言した。
この五年間で日本の報道の自由ランキングは-国境なきレポーターが格付けするものだが-は世界11位から72位にまで転落した。
新憲法草案は「自由と権利の代償として責任と義務を負うことを自覚しなければならない」としている。この「義務」の中には新憲法の遵守義務と国歌尊重義務も含まれている。また、「国民は公益と公の秩序に従わなければならない」「非常事態」において「国民は政府の指示に従わなければならない」とも定められている。
しかし、すべての国民がこの義務を課せられているわけではない。天皇だけは憲法遵守義務を免ぜられる。天皇は新憲法下では内閣からの「助言」を求めることになっている。現行憲法では「内閣の助言と承認」である。
もし新憲法が国会の3分の2の賛成を得た場合、その採否は国民投票での単純過半数で決される。51%の日本の有権者が自分たち自身の市民権を制約する憲法に投票するというようなことを誰が予測ができるだろうか。そもそもそれ自体が不条理な話なのだが、にもかかわらず日本の有権者は自民党と改憲勢力に両院の3分の2を与えたのである。
五年前にオバマ大統領は「アジア旋回」政策を掲げた。中国が南シナ海を支配し、軍事化しており、北朝鮮は新たな核兵器のために運搬システムを実験しているおり、かつわれわれの最も重要なアジアにおける同盟国でありかつ自由世界で二番目に富裕な国がファシズムに方向転換しようとしている以上、アメリカが拱手傍観しているわけにはゆかないだろう。

2016.07.22

日弁連での講演の「おまけ」部分

日弁連の勉強会で「司法の役割と現代」というお題で講演をした。なが~い講演だったけれど、最後のほうで質疑応答があったので、その部分だけ採録(ただしコピーライトの関係で僕がしゃべった回答部分だけで、弁護士のかたたちからの質問はカット)。

【第一の質疑】
後の質問からお答えします。
道場やっていて、道場ではほぼ毎日稽古しています。それとは別に週に一回、寺子屋ゼミをやっています。これは大学院の授業の延長で、どちらでもいつでもお入りになれます。どなたでも、年齢制限はございません。
前の方の質問ですけれども、日本は反知性主義に支配されているというと、「じゃあ支配している人がいるんですね」というお話になりましたけれども、これは論理的には成立しません。ある破局的な事態が起きたときに、この事態を制御している人間がいると推論することはできません。すべてをマニピュレイトしている「オーサー」が存在するというのは、陰謀史観です。これは複雑な状況を単純化して把握したいと望む知性の怠慢がもたらすもので、むしろ反知性主義のひとつの現われです。
たしかに、今の世界は混乱しておりますし、その混乱から結果的に受益している人たちはいます。でも、別にこの受益者たちが世界の政治や経済をコントロールしているわけではありません。「風が吹けば桶屋が儲かる」からと言って、桶屋が気象をコントロールしていると推論することはできないのと同じです。今の世界は単一の「オーサー」によって操作されているわけではありません。それぞれの地域、それぞれの領域で、自発的に無数のファクターが運動している。もう人間のコントロールを離れている要素も多い。
例えば、今では株の売買というのはほとんどコンピュータのアルゴリズムがやっている。計算式が1秒間で千回というような速度で株の売り買いをしている。人間が株の売買やっているのであれば、いろいろ思惑があったり、みんながこっちを買うなら逆に張るとか、そういう個人的な経験則が関与するだろうし、大きな値動きがあったときに、うっかり居眠りしていて売買の機会を逃したというようなことだってあるでしょうけれども、もう今の株取引ではそういう個人的な「ノイズ」が関与する余地がない。機関投資家たちのコンピューター売買ではもうノイズが出ない。だから、わずかな入力で劇的な出力が結果することになる。わずかな値動きに反応して、世界中のコンピュータが同時に売り買いを始めて、株価が乱高下する。これはもう企業の事業内容とは無関係なんです。いきなり株価が急騰したり急落したりする。誰の責任でもない。この株価を誰が操作しているのだと言われても、別に誰も操作しているわけじゃない。コンピュータが勝手にやってるんですから。アルゴリズムを書いた人だって、別に世界経済を混乱に導くために邪悪な意図をもって設計したわけじゃない。すでに経済自体人間のコントロールを離れている。金融経済というのはそういうものです。もう生身の人間の生活とは関わりがない。
実体経済というのは人間の衣食住をベースにして動きます。人間の生理的欲求を満たすということが、経済活動のベースに、全部ではないけれど、重要な要素として関与している。こういう家に住みたい、こういう服を着たい、こういうものを食べたいというのは、どれほど幻想的であっても、ベースには身体があります。だから、実体経済で動いている限り、経済活動の規模には限度がある。人間の身体という限界がある。消費活動はどれほど倒錯的なものであっても、結局は身体という限度を超えることはできない。
イメルダ・マルコスは靴3,000足持っていたそうですけれど、そのあたりが個人所有できる財の数的な上限でしょう。一日三回履き替えて三年。それくらいが人間の想像力の及ぶ限界です。服だってそうです。一回に着られるのは一着だけです。重ねて何着も着るわけにはゆかない。飯だって一日に三度が適度であって、金があるからと言って、毎日四度五度とごちそうを食べていたらすぐに死んでしまう。家だってたくさんあってもしょうがない。夜寝られる家は一軒だけです。一時間おきに次の家に移動して、持ち家数を誇ってもいいけれど、寝不足で死んでしまう。消費活動には最終的に「身体というリミッター」がかかっている。実体経済は消費活動がベースです。消費活動である限り、それがどれほど幻想的な消費行動であっても、身体というリミッターは外せない。
でも、それではもう経済成長ができないということがわかった。身体というリミッターを外して、人間の経済活動を無制限のものにしようと考えた人がいた。それが金融経済です。
ここで起きている出来事はもう生身の人間の身体とは関わりがない。だって、これはもう消費活動じゃないからです。商品やサービスを買うわけじゃない。金で金を買うのです。株を買い、不動産を買い、国債を買い、石油を買い、金を買い、外貨を買う。これらはすべて金の代替物です。
もう現代の経済活動は人間の生理的要求を充たすためではなくて、お金の自己運動になっている。ただ、ぐるぐる回っているだけです。もう人間は関係ない。だから、極端な話、ある日パンデミックで世界の70億人が絶滅したとしても、その翌日に証券取引所ではアルゴリズムが元気よく株の売り買いをしているはずです。もう人間抜きで経済活動が行われている。
経済はもう成長しないのです。
経済活動には身体という限界があり、人間の頭数を無限に増やすことは地球環境というリミッターがあってできない。どこかでキャリングキャパシティを超えたら、人口は減り始める。
日本の場合は世界でも最も早く人口が減り始めた。これは自然過程なんです。でも、今のビジネスマンたちは無限に右肩上がりし続ける経済モデルでしか思考できない。だから、どうやって人口を増やすのか、ということしか考えない。でも、増えるわけないんです。このまま日本の人口は減り続けます。国土交通省が出している2100年の人口予測は6500万人から3800万人の間です。あと80年ちょっとで幕末くらいの人口にまで減る。経済成長なんかするはずがない。
この人口推移でなお経済成長しようとしたらできることはいくつもありません。
一つは戦争をすること。戦争というのは極めて活発な経済活動を導きます。どこでもいい、どこかに戦争を仕掛ける。戦争が始れば私的財産を洗いざらいひっかき出してマーケットに投じることができる。「欲しがりません勝つまでは」で社会福祉も医療も教育も、金にならないセクターには一文も投じなくて済む。軍需産業は大儲けできる。成金たちが車を買ったり、シャンペン飲んだり、豪邸建てたりすれば、そういう富裕層向けの小売り業も「トリクルダウン」に浴するかも知れない。
でも、戦争の場合は「負ける」というリスクがあります。ふつうどちらかが負ける。負けるとさまざまなもの失う。国土も国富も失う。その前に国民の生命財産自由が失われる。負けたら世界最貧国になるかも知れないけれど、もしかしたら勝つかも知れないから、とりあえず経済成長のために戦争をしようというような提案は、さすがどれほど愚鈍な政治家や官僚も(心で思ってはいても)恥ずかしくて口には出さないでしょう。
もう一つもこれに関連しますが兵器産業に産業構造をシフトすること。兵器産業というのは資本主義にとっては理想の商品です。ふつうの商品の場合、商品をマーケットに投下すると、ある時点でマーケットは飽和する。もう行き渡ったので、それ以上は要らないということになる。メーカーは付加価値をいろいろ付けて「新商品」を出すけれど、もうそれほどは売れません。でも、兵器には「飽和」ということがない。というのは、兵器の主務とは兵器を破壊することだからです。マーケットに兵器が投下されればされるほど、破壊される兵器の数が増える。対立や憎しみが激化すればするほど兵器へのニーズは増大する。「永久機関」という夢のテクノロジーがありますけれど、兵器は「永久商品」なんです。街を走っている自動車が他の自動車を壊すということは、交通事故以外ではありません。トヨタの車が日産の車見つけたら、車線を越えてぶつかって壊すというようなことは起こらない。でも、兵器の場合はそれが起こる。それどころか、自社製品だって手当たり次第に壊す。同類の商品を破壊するという機能に特化した商品ですから、経済成長が停滞した時代に製造業の人たちが兵器産業に最後の希望を見出して走り寄るのは当たり前なんです。経済合理性から言えば、それが当然なんです。僕が三菱重工の社員だったら「これからは兵器産業しかない」って社長に進言しますよ。実際にこの間経団連のえらい人が言っていましたね。「そろそろ戦争でも起こってもらわないと、経済が回らないから」って。それが本音だと思いますよ。
実際に経済成長率というのは、戦争や内乱やクーデタの国において非常に高いのです。2012年の経済成長率世界一はリビアです。前年にカダフィが死んで内戦状態のリビアが一位。2013年の一位が今話題の南スーダンです。内戦状態で統治機構が麻痺している国が一位。2014年の一位が内戦で荒廃したエチオピアです。どの年度でもトップ10の国名を見ればわかります。戦争や内乱やクーデタやテロで国内が荒れ果てた国ではその後急激に経済が成長する。当然ですね。そういう国では戦闘で社会のインフラが破壊されてしまったからです。社会的インフラというのは「それがなければ生きていけないもの」ですから、どんなことがあっても再建します。借金しても、税金上げても、とにかく作る。道路を通し、鉄道を通し、上下水道を通し、電気を通す。学校を作る、病院を作る、役所を作る。そして、戦争が起きるとまたそれが破壊される。また作り直す。その破壊と再建によって未来のために備蓄すべき国民資源はどんどん失われます。でも、共同体が生き延びるために長く使い延ばさなければならないストックを市場に投じればフローは増える。そして、驚異的な経済成長率を達成する。これが戦争経済の仕組みです。
もう一つ、経済成長のための秘策があります。それは日本の里山を居住不能にすることです。これも経済成長だけを考えたら、効率的な政策です。僕が今総務省の役人で、上司から「人口減少局面での経済成長の手立てはないか」と下問されたら、そう答申します。「里山を居住不能にすれば、あと30年くらいは経済成長できます」と。
国内の農業を全部つぶす。限界集落、準限界集落への行政サービスを停止して、里山を居住不能にする。故郷にこのまま住み続けたいという人がいても、もうそこにはバスも通らないし、郵便配達も行かないし、電気も電話も通りません。新石器時代の生活でもいいというのなら、どうぞそのまま住み続けてください。でも、犯罪があっても警察は来ないし、火事が起きても消防車は来ないし、具合が悪くなっても救急車も来ませんよ、それでいいんですね。そこまで言われたら、誰でも里山居住は断念するでしょう。みんな里山を捨てて都市部に出てくる。これで行政コストは大幅に削減できます。里山居住者は地方都市に集められる。離農した人たちには賃労働者になるしかない。仕事が選べないのだから、雇用条件はどこまで切り下げられても文句は言えない。そこで暮らすか、東京に出るしかない。そうすれば、人口6000万人くらいまで減っても、経済成長の余地がある。日本人全員を賃労働者にして、都市にぎゅうぎゅう詰めにして、消費させればいいんです。「日本のシンガポール化」です。
シンガポールの人には申し訳ないのですけれど、シンガポールという国は全く資源がないわけです。都市国家ですから。資源がない。土地もないし、水もないし、食べ物もない、自然資源もない。何もない。生きるために必要なものは全部金で買うしかない。だから、国是が「経済成長」になる。経済成長しなければ飢え死にするんですから、必死です。全国民が経済成長のために一丸となる。だから、効率的な統治システムが採用される。一党独裁だし、治安維持法があって令状なしに逮捕拘禁できる、反政府的な労働運動も学生運動も存在しないし、反政府的なメディアも存在しない。そういう強権的な社会です。日本もそういう社会体制にすればまだ経済成長できるかもしれない。
でも、日本にはシンガポール化を妨げる「困った」要素があります。それが里山の豊かな自然です。
温帯モンスーンの深い山林があり、水が豊かで、植生も動物種も多様である。だから、都市生活を捨てた若い人たちが今次々と里山に移住しています。移住して農業をやったり、養蜂をやったり、林業をやったり、役場に勤めたり、教師になったり、いろんなことをやっている。今はたぶん年間数万規模ですが、おそらく数年のうちに十万を超えるでしょう。都市から地方への人口拡散が起きている。政府としてはそんなことをされては困るわけです。限界集落が消滅しないで、低空飛行のまま長く続くことになるわけですから、行政サービスを続けなければいけない。おまけに、この地方移住者たちはあまり貨幣を使わない。物々交換や手間暇の交換という直接的なやりとりで生活の基本的な資源を調達しようとする。そういう脱貨幣、脱市場の経済活動を意識的にめざしている。ご本人たちは自給自足と交換経済でかなり豊かな生活を享受できるのだけれど、こういう経済活動はGDPには一円も貢献しない。地下経済ですから、財務省も経産省も把握できないし、課税もできない。これは政府としては非常にいやなことなわけです。
それもこれも「里山という逃げ場」があるせいだからです。だから、この際、この逃げ場を潰してしまう。総務省が主導している「コンパクトシティ構想」というのがありますけれど、これはまさに「里山居住不能化」のための政策だと思います。
すでに日本各地でコンパクトシティ構想が実施されていますけれど、農民たちを農地という生産手段から引き剥がして、都市における純然たる消費者にする計画です。それまで畑から取ってきた野菜をスーパーで買わなければならないようになる。もちろんGDPはそれだけ増えます。本人の生活の質は劣化して、困窮度が高まるわけですけれども、必要なものをすべて貨幣を出して買わなければいけないので、市場は賑わい、経済は成長する。
里山が居住不能になれば、地域共同体も崩壊します。伝統芸能とか祭祀儀礼もなくなる。そもそも耕作できなくなったら農地の地価が暴落する。ただ同然になるけれど、里山自体がインフラがなくなって居住不能なので、もう買う人はいない。自分で竈でご飯を炊いて、石油ランプで暮らすような覚悟のある人しか居住できない。でも、今政府が進めているのはまさにこの流れです。里山居住者をゼロにする。
別に総務省の誰かが立案しているわけじゃないと思います。人口減少局の超高齢社会においてさらに経済成長しようというような無理な課題を出したら、戦争するか、兵器産業に特化するか、里山を居住不能にして、都会に全人口を集めて賃労働と消費活動をさせるというくらいしか思い付かないからそうしているのです。経済合理性の導く必然的な結論なわけですよ。別にどこかに糸を引いている「オーサー」がいるわけじゃない。でも、経済成長「しかない」と信じているのなら、日本に許された選択肢はそれくらいしかないということです。
だから、われわれが言うべきなのは「もう経済成長なんかしなくていいじゃないか」ということなんです。今行われているすべての制度改革は、改憲も含めて、すべて「ありえない経済成長」のためのシステム改変なんです。経済成長をあきらめたら、こんなばかばかしい制度改革は全部止めることができる。でも、まだ言っている。民進党も相変わらず「成長戦略」というような空語を口走っている。SEALDsの若者たちでさえ「持続可能な成長」というようなことを言っている。若い人たちさえ経済成長しないでも生き延びられる国家戦略の立案こそが急務だということがまだわかっていない。
水野和夫さんのようなエコノミストがもう成長しないんだから、定常経済にソフトランディングすべきだと提案されていますけれど、政治家もメディアもそういう知見を取り上げない。でも、これは歴史的な自然過程なんです。どうしようもない。反知性主義的思考停止は「ありえない経済成長」のための秘策を必死に探し出して、国をどんどん破壊してゆくというかたちで症候化している。彼らは自分たちが閉じ込められているこの檻以外にも人間の生きる空間があることを知らない。そして、檻の強化のために必死になっている。
われわれが提示できるのは、このような状況においても、われわれの前にはまだ多様な選択肢があるとアナウンスすることです。われわれは歴史のフロントラインにいるわけです。これは人類がかつて一度も経験したことのない前代未聞の状況です。人口減少局面なんか、日本列島住民は古代から一度も経験したことがない。だから、どうすればいいかなんてわかるはずがない。この先何が起こるかわからない。分からない以上は「この道しかない」と言って「アクセルをふかす」ような愚劣なことをしてはならない。先が見えないときは、そっと足を出して、手探りで進む。過去の経験知に基づいて、「さしあたり、これは大丈夫」という手堅い政策だけを採択する。それくらいしかできなと思います。

【第二の質疑】
最初のご質問は政治学の話ですね。現代の政治過程の株式会社化、市場原理化について、政治学者たちがどう考えているか。僕もよく知りません。そういうような論文を書かれたりしている政治学者ってあまりいないんじゃないでしょうか。僕の今日の話も、全部素人の床屋政談の類です。別に政治学的な根拠があって話しているわけじゃありません。でも、素人でも、わかることはわかる。
僕が子どもの頃は、まだ日本の産業の半分は農業でした。勤労者の半数が農業従事者だった。都市サラリーマンはというのはまだ少数派でした。サラリーマン・マインドというのが、ここまで国民全体に広がっていって、それ以外の発想法もある、それ以外の組織原理もある、それ以外の意思決定プロセスもあるという平明な事実そのものが忘れられてしまった。それはほんとうにこの20年ぐらいですね。1980年代から後ですね。だから、マインドといっても、基本的には相対的な、数値の問題なんですよ。サラリーマンの数が増え過ぎて、生まれてからサラリーマンしか見たことがない、サラリーマン的な組織しか知らないという人たちが人口のマジョリティを占めたせいで、あたかも株式会社こそが社会のあるべき姿であって、それ以外の組織形態は「ありえない」と素朴に思い込む人が増えてしまった。それだけのことだと思います。ものを知らないというだけのことです。
サラリーマン・マインドの内面化という事態は、統計的に示すとか、エビデンスを示すことができません。だって、政治学者たち自身が株式会社化した大学の中でキャリア形成しているわけですから。それがふつうだと思っている人に「日本はおかしいよ」と言ってもきょとんとされるだけじゃないですか。
僕みたいな文学者とか武道家とか政治学と全く無関係な人間であれば、何を言っても相手にされないので、お目こぼしに与れる。
混乱期激動期に起きている「これまで見たことのない現象」はどういうふうに記述すべきか、どういうふうに測定すべきか、観察や計測の手段そのものがない。だから、学問的・客観的にそれについて語ろうと思うとむずかしい。でも、それでいいと思うんです。僕はもう大学教員じゃありませんから、学術的厳密性のないことをしゃべっても、特段のペナルティも負わない。そういうアドバンテージを持つ少数の人間が「そういうこと」を話せばいい。

あとの方の質問は対米従属ですね。対米従属のありようもどんどん時代とともに変わっていると思います。1945年から1972年の日中共同声明くらいまでの期間が「対米従属を通じて対米自立を獲得する」という戦後の国家戦略がそれなりの結果を出すことができた時期だと思います。米軍が出て行った後、安全保障についても、外交に関しても、エネルギーについても、一応国家戦略を自己決定できるような国になりたいという思いがあった。でも、72年の日中共同声明が結果的には日本政府が自立的に政策判断した最初で最後の機会になりました。
それまでは「対米従属を通じての対米自立」戦略はそれなりに成功してきたわけです。45年から51年まで6年間にわたる徹底的な対米従属を通じてサンフランシスコ講和条約で形式的には国家主権を回復した。その後も朝鮮戦争、ベトナム戦争でも、国際世論の非難を浴びながらアメリカの世界戦略をひたすら支持することによって、68年に小笠原、1972年に沖縄の施政権が返還された。講和と沖縄返還で、日本人は「対米従属によって国家主権が回復し、国土が戻って来た」という成功体験を記憶したわけです。
そのときに、田中角栄が出て来た。そして、主権国家としての第一歩を踏みだそうとして日中国交回復という事業に取り組んだ。もう十分に対米従属はした。その果実も手に入れた。そして、ホワイトハウスの許諾を得ないで中国との国交回復交渉を始めた。その前にニクソンの訪中があったわけですから、遠からずアメリカから日本政府に対して「中国と国交を回復するように」という指示が来ることは明らかだった。日中国交回復はアメリカの世界戦略の中の既定方針だったわけですから。そして、田中角栄は日中国交回復に踏み切った。
これについてアメリカが激怒するというのは外交的には意味がわからないんです。だって、いずれアメリカが指示するはずのことを日本政府が先んじてやっただけなんですから。でも、このとき、キッシンジャー国務長官は激怒して「田中角栄を絶対に許さない」と言った。その後の顛末はご存じの通りです。だから、あのときに日本の政治家たちは思い知ったわけです。たとえアメリカの国益に資することであっても、アメリカの許諾を得ずに実行してはならない、と。
対米自立を企てた最後の政治家は鳩山由起夫さんです。普天間基地の移転。あのときはすさまじい政官メディアのバッシングを喰らって、鳩山さんは総理大臣の地位を失った。理由は「アメリカを怒らせた」というだけ、それだけです。日本の総理大臣が日米で利害が相反することについて、日本の国益を優先するのは当然のことだと僕は思いますけれど、その当然のことをしたら、日本中が袋叩きにした。
もうこの時点になると、対米従属だけが自己目的化して、対米自立ということを本気で考えている政治家も官僚も財界人もジャーナリストも政治学者もいなくなった。
日本の指導層はアメリカのご意向を「忖度」する能力の高い人たちで占められている。その能力がないとキャリアが開けないんだから仕方がない。それぞれの持つしかるべき「チャンネル」から、アメリカはこういうことを望んでいるらしいということを聞き出してきて、それをしかるべき筋に注進して、それを物質化できる人間の前にしか今の日本では日本ではキャリアパスが開けない。そういうことです。
ですから、これからあと、アメリカが宗主国としての「後見人」の役を下りた場合に、日本はいったいどうする気なのか。僕には想像がつきません。今の日本には自立的に国防構想や外交構想を立てられる人物がいない。政治家にもいないし、官僚にもいない。どうやってアメリカの意図を忖度するのか、その技術だけを競ってきたわけですから、日本の国益をどうやって最大化するか、そのためにはどういう外交的信頼関係をどこの国と築くべきか、どういうネットワークを構築すべきか、指南力のあるメッセージをどうやって国際社会に向けて発信するか、そういうことを真剣に考えている人間は今の日本の指導層には一人もいない。とりあえず、身体を張ってそういうことを口にして、広く国民に同意を求めるというリスクを冒している人間は一人もいません。
この人たちのことをだらしがないとか言っても仕方がない。倫理的な批判をしても、彼らの「オレの出世が何より大切なんだ」というリアリズムには対抗できない。日本の国益って何だよ、と。そんなもののことは考えたことがない。アメリカに従属すれば自己利益が増大するということはわかる。だからそうやって生きている。そうやって財を築き、社会的地位を得て、人に羨まれるような生き方ができている、そのどこが悪いとすごまれると、なかなか反論できません。
でも、本当に新聞の記事には「日本の国益」という言葉がもうほとんど出てこない。一日に一回も出てこない日もある。外交や基地問題や貿易問題とかを論じている記事の中に「国益」という言葉が出てこないんです。国益への配慮抜きで政策の適切性について論じられるって、すごいアクロバットですよね。でも、日本のジャーナリストたちはそういう記事を書く技術だけには長けているんです。国益については考えない、と。国益を声高に主張すると、対米従属の尖兵になっている連中に引きずり下ろされて、袋叩きになるということがわかっている。そういうどんよりした空気が充満しているんですよね。いったいどうなるんでしょう、これから。

【第三の質疑】
破局願望というのは、少し強い言い方ですけれども、変化願望ですね。とにかくどんどん変化するのがいいんだ、と。目先のことに即応して変化すること自体が価値なんだ、と。
社会を早く変化させるファクターは二つあります。政治イデオロギーと経済です。ですから、社会の変化を加速するためには、社会的共通資本を政治イデオロギーや経済活動に結びつける。学校教育にイデオロギー教育を持ち込む、医療に市場原理を持ち込む、行政に「民間」を持ち込む。そういうことです。司法の場合、どういうかたちで「変化しろ」という圧力がかかってくるのか、僕にはわかりません。イデオロギー的な抑圧というかたちで来るのか、それとも法曹たちの活動はもっと市場原理に従うべきだという言い方で来るか、それはわかりません。たぶん経済活動との結びつきを強化しろというかたちで来るんだろうと思います。法曹は旧態依然としていて、社会の変化に対応していない。もっと社会の変化にキャッチアップできるようなレスポンスのいい組織に切り替えろ、と。たぶんそういう言い方をしてくると思います。実際にもう弁護士会の中にもそういう主張をしている人がいるかもしれませんけれど、それはグローバル資本主義への最適化ということを言っているのです。それに対して、皆さん方ができる抵抗というのは、とりあえず浮き足立って変化することをきっぱりと拒否するということです。
われわれの社会的責務は社会のいたずらな変化を抑制し、社会の常同性を担保することにある、と。だから、政治イデオロギーがどう変わろうと、経済システムがどう変わろうと、それに最適化して司法のシステムを変えるということは受け容れない。変えてはいけないものは変えてはいけない。変わってはいけないものを守護するのがわれわれ法曹の仕事である、と。きっぱりそう言うべきだと思います。
それが皆さんに真に求められているものではないかという気がします。社会制度の常同性を担保することのたいせつさを本当に現代日本人は軽んじていると思います。それがわれわれの職業的責務であるということをきちんと言い切り、そのための理論武装がないと,「社会のニーズに合わせて変化しろ」という圧力に抗して戦い抜くことは難しいと思います。

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