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2008年11月 アーカイブ

2008.11.01

悲しい知らせ

悲しい知らせがある。
私にとって悲しい知らせであるばかりか、私と遊びたがっている友人のみなさんにとっても、私に仕事をさせたがっている編集者のみなさんにとっても悲しい知らせである。
昨日、「恐怖の役職者選挙」があり、その結果、私は入試部長に選ばれてしまったのである。
入試部長というのは入試事務全体を統括する仕事である。
入試に関する全業務(はんぱな量じゃないんだよ)に直接、具体的にコミットしなければならない。
ましてや現在は「大学淘汰」の戦国時代である。
実働時間も拘束時間もこれまでより増えることはあっても減ることはない。
どうやら大学を退職する日まで、老骨に鞭打ってフルタイムで働くことを余儀なくされそうである。
というわけで、今日より退職の日まで、これまで約束したものを除いて、執筆、講演その他もろもろのお仕事はすべてお断りしなければならない。
これまでも何度も「断筆宣言」をしているので、私のことを「オオカミ少年」だと思っている方も多いであろうが(ほんとに嘘つきだし)、今度は本気である。
たぶん無理すれば本務とかねてあれこれの仕事も出来るかもしれないが、そんなタイトな仕事の仕方のままいきなり「どん」と仕事のなくなる日を迎えた場合、高い確率で人間は「鬱」になることを私は知っているからである。
私はこれまで非人間的にタイトに働いて、「ほっと一息」ついたときに二度たいへんきびしい「鬱」状態に陥ったことがある。
一度目は東京から芦屋に移って、めまぐるしい生活がようやく落ち着いた92年の秋、二度目は震災の片付けが終わって、狂乱怒濤の生活がようやく落ち着いた96年の秋。
心身の疲労を「気の張り」だけで保たせてきた場合、「張り」が抜けたとたんに、無理にためこんでいた疲労が雪崩のように押し寄せるのである。
専門医はこれを「見返り症候群」と呼ぶことがある。
絶壁を必死でよじ登ってきたアルピニストが断崖の途中に休憩できる場所を探り当て、そこに腰を下ろして下を見下ろした瞬間に、これ以上壁を登る気力を失って呆然自失してしまうようなものだと説明してもらった。
この状態から「鬱」に落ち込む。
発症しやすいのは「大きな仕事を成し遂げたあと」「昇進した後」「引っ越しした後」「家を新築した後」などだそうである。
私の場合は2011年4月に「サラリーマン生活とオサラバ」し、そのときにおそらく家(というか道場)を新築し、そこに引っ越すわけであるから、これはもう狙い澄ましたように「見返り症候群」の発症原因が並んでいる。
60歳で深い鬱のうちに落ち込み、生きる気力を失った場合に、そこから離脱するためには、これまでの二度とは比較にならないほどのエネルギーと時間を要するであろう。
はたしてそれだけの時間が私に残されているかどうか。
それを考えて、ぼちぼちと退職に向かって、ゆっくり仕事を減らし、さまざまの責任から逃れ、「無為の生活」にソフトランディングしようと計画していたのであるが、それが今回の選挙で事実上不可能となった。
となれば、本務以外の仕事を減らすしかない。
以上の理路はどなたにもおわかりいただけるであろう。
たしかに無理すれば物書き仕事は続けられる。
書き下ろしも書けば書けるだろうし、講演もやればできるだろうし、連載もやればできるだろう。
けれど、その結果、非生産的で暗鬱な日々が2年後か3年後に到来することが高い確率で予測される以上、「やればできるけれど、やらない」という選択は「あり」だと思う。
というわけで心を鬼にして、私は何度目かの「断筆宣言」(今度は2011年までの期間限定ですけど)をここに公にするのである。

2008.11.03

人を見る目

山形浩生さんが少し前にノーベル賞について、「ノーベル賞受賞者数を政策目標に使うような発想は、ぼくはゆがんでいると思う」と書いている。
「それは自分では評価できませんという無能ぶりを告白しているに等しい。だからぼくは日本に必要なのは、ノーベル賞受賞者そのものより、研究や業績を王立科学アカデミー並みの見識と主張をもって評価できる人や組織の育成じゃないかと思うのだ。日本でも、何かノーベル賞に比肩するような世界的な賞を作ってみてはどうだろうか?(・・・)
もちろん・・・おそらく無理だろう。日本ではそんな賞はすべて地位と経歴と学閥内の力関係で決まり、下馬評は事前にだだ漏れとなり、受賞目当てのロビイングが横行し、結果としてだれも見向きもしないつまらない賞になりはてるだろう。それが日本の問題なのだ。」(「論点」、毎日新聞、10月31日)
山形さんの言うとおりだと私も思う。
私たちの社会のたいへん深刻な問題のひとつは「人を見る目」を私たちが失ってしまったということである。
誰にでも見えるものなら「人を見る目がある」とか「ない」とかいうことは言われない。
ごく例外的に見識の高い人にだけ「見えて」、そうではないひとには「見えない」からこそ、「人を見る目」という熟語が存在するのである。
というのは「人を見る目」というのは、その人が「これまでにしたこと」に基づいて下される評価の精密さのことではなく、その人が「これからするかもしれない仕事」についての評価の蓋然性のことだからである。
「この人はもっさりしているが、いつか大きな仕事をするに違いない」「この人はずいぶん羽振りのいい様子をしているが、そのうちに大失敗するに違いない」「この人はずいぶん恭順な様子をしているが、そのうち私の寝首を掻く気でいるのであるな」などなど、「まだ起きていないこと」についての予測の確かさのことをもって「人を見る目」と称するのである。
だから、「人を見る目がある人」には「見える」ものが「人を見る目がない人」には見えない。
だから、「目のある人」には見えるものが自分に見えない場合には「不明を恥じる」と言って、肩身が狭い思いをするというのがつねであった。
しかるに、この風儀はアメリカン・グローバリズム(というのは「ローカルな普遍性」と同じく形容矛盾だが)の到来とともに消失した。
グローバリズムというのは、「誰にでもわかるもの」を基準にして、すべての価値を考量することである。
「わかる人にはわかるが、わからない人にはわからない」ようなものは、グローバリズムの風土では「存在しないし、存在してはならない」のである。
そのようなものを感知する能力をいくら高めても、社会的能力としては評価されない。
であれば、そのような能力の開発にリソースを注ぐ人間はいなくなるのが道理である。
結果的に、私たちの社会では、家庭でも学校でも企業内でも、「人を見る目」の涵養プログラムには指一本動かさなくなった。
あらゆる場合に、私たちは判断の当否について客観的根拠(言い換えれば「数値」)を要求される。
数値をもって示すことのできない「知」は知としては認知されない。
Evidence based という考え方それ自体はむろん悪いことではない。
けれども、evidence で基礎づけられないものは「存在しない」と信じ込むのは典型的な無知のかたちである。
というのは、私たちが「客観的根拠」として提示しうるのは、私たちの「手持ちの度量衡」で考量しうるものだけであり、私たちの「手持ちの度量衡」は科学と技術のそのつどの「限界」によって規定されているからである。
顕微鏡の倍率が低かった時代には、顕微鏡で見えない病原体が存在すると考えている人は誰もいなかった。
福岡伸一先生の『生物と無生物のあいだ』を読むと、細菌よりはるかに微少な病原体が存在することを発見したのはディミトリ・イワノフスキーであると書いてある。
彼は陶板を使って、当時の顕微鏡の解像度では見ることが出来ない感染粒子が存在することを「証明」した。19世紀末の話である。
ただし、イワノフスキーの証明は「何かが存在すること」を実定的に証明したわけではない(だって当時の科学技術の枠内ではウイルスは「見えない」んだから)。
「見えないもの」が存在すると仮定しないと、「話のつじつまが合わない」ということを証明したのである。
このような態度を「科学的」と呼ぶのだろうと私は思う。
そこに「何か、私たちの手持ちの度量衡では考量できないもの」が存在すると想定しないと、「話のつじつまが合わない」場合には、「そういうものがある」と推論する。
「存在する」と想定した方がつじつまがあうものについては、それを仮説的に想定して、いずれ「話のつじつまが次に合わなくなるまで」使い続ける、というのが自然科学のルールである。
そうやって分子も、原子も、電子も、素粒子も、「発見」されてきた。
ところが、いま私たちに取り憑いている「数値主義」という病態では「私たちの手持ちの度量衡で考量できないもの」は「存在しないもの」とみなさなければならない。
同じように、私たちの現在の自然科学では、「未来はわからない」ということになっている。
だから、「人がなしたこと」については評価は可能だが、「人がこれからなすこと」についての評価は不可能であるということになっている。
しかし、「人がこれからなすこと」については現に高い確率でそれを言い当てている人が存在する。
「人を見る目がある人」というのは、まさにそのような人のことである。
そういう人が現に存在し、その能力により、災厄を未然に防ぎ、リソースの重点配分に成功しているなら、「どうしてそういうことができるのか?」をまじめに問うべきではないのか。
「なぜ、ある種の人は時間を『フライング』することができるのか?」と問うべきではないのか。
先日、ある新聞に宗教について書いた。
その中で「『超能力』や『霊能力』のようなものは現に存在する」と書いたら、科学部の編集委員からたちまちクレームがついた。
「と思う」を付け加えろという。
ふだんなら、「あ、いいすよ」と応じるのであるが、このときはなに「かちん」と来たので、断った。
「と思う」を入れろというのなら、原稿はボツにしてくれと申し上げた。
別に私はその新聞の社説を書いているのではない。
署名原稿で自説を書いているのである。
私がいくら「存在する」と断言しようと、それは私の「私念」であり、国民的合意を得るまでにはまだ長い道のりが必要である。
私は「そういう能力が存在する」ということを前提にしないと「話のつじつまが合わない」事例があまりに多い場合には、自然科学の骨法に倣って、仮説として「存在する」ということにして話を進めているのである。
誰かが、「存在しない」という条件でも、これらの事例のすべてを説明できることを証明してくれたら、私はもちろんただちに自分の仮説を書き換えるであろう。
あらゆる科学的命題はそのつどの科学技術の(おもに計測技術の)限界によって規定された暫定的な仮説であり、(しばしば計測技術の進歩によって)有効な反証が示されれば自動的に「歴史のゴミ箱」に棄てられる。
「超能力」とか「霊能力」と呼ばれる能力は現に存在する。
ただ、私はそれを別にそれほどスペクタキュラーな能力だと思っていない。
潜在的には誰にでもあり、それが開花するきっかけを得た人において顕在化している、ということだと思っている。
せっかく万人に共有されている潜在能力であるなら、開発して、「災厄を未然にふせぎ、限られたリソースを重点配分する」ことに役立てればよいと思うので、「そのような能力」の成り立ちと操作方法について研究しているのである。
別にいばって言うほどのことではなく、5万年ほど前から、人類の先達たちがずっとやってきたことである。
ただ、この数十年マスメディアではこの件についてはまったく報道しなくなったというだけのことである。
それはメディアの側の事情であって、私のあずかり知らぬことである。
けれども、私たち日本人の「霊的感受性」が驚くべき劣化を遂げたことにメディアは共犯的に関与していると私は思っている(新聞はそれを組織的に無視することによって、テレビはそれを「見世物」に貶めることによって)。
たまたま新聞から宗教の問題について問われたから、メディアが宗教と、ひろく霊にかかわる問題を組織的に無視してきたことが、現代人の「見えないものを見る」能力の劣化の重大な原因であるという私見を述べたのである。
結局、原稿はもとのままで掲載されることになった。
話をもとに戻そう。
日本人は「人を見る目」を失ったという話をしていたのであった。「人を見る目」というのは、突き詰めて言えば、目の前にいる人の現実の言動を素材にして、その人の「未来」のある瞬間における言動をありありと想起することである。
別にむずかしいことではない。
それは「こういう状況でこういうことを言っていた人間」が「それとは違う状況」に置かれた場合にどのようにふるまうかについての先行事例の膨大な蓄積がこちらにあれば、数年後のその人の表情や口ぶりくらいは簡単に想像できる。
私たちは根拠にもとづいて「推理」しているのである。
しかるに、この推理の根拠は数値的にはお示しすることができない。
推理の根拠が存在しないからではない。推理の根拠が限られた時間内に列挙するには「あまりに多すぎる」からである。
シャーロック・ホームズは事件の解決後にワトソン君にうながされて「ホームズ、どうして君は彼が犯人だとわかったんだ」という問いに答えを与える。
ホームズは理由を教える。
「ちょっと『ひっかかったこ』とがあってね」
その「ひっかかり」を手がかりにホームズは真相を明かす、動かぬ証拠にたどりつく。
ホームズが「ひっかかる」のは、そこに「あるべきものがない」か「あるはずのないものがある」からである。
はじめて立ち寄った現場で、ホームズは「あるべきもの」と「あるはずのないもの」の膨大なリストを瞬間的に走査する。
どうして「そんなこと」ができるのか、それをホームズは説明しない。
それはマルクスやウェーバーやフロイトが現に世界のすべてのできごとを説明しておきながら、「どうして自分には世界のすべてのできごとを説明できるのか」を説明できないのと同じである。
ポランニーはこれを「暗黙知」と呼んだ。
フッサールは「先験的直観」と呼んだ。
何と呼んでも構わない。
哲学者たちが言っているのは、「見えないはずのもの」が私たちには現に見えている、ということである。
その「直観」の構造を解明しようとして、先人たちはたいへんなご苦労をされてきた。
私はその先哲の偉業を多とし、せめて「人を見る目」の涵養プログラムくらいは学校教育に取り入れたいと念じているのである。
慎ましい望みだとは思うのだが、山形さんの悲観的見通しに与するならば、これもまた不可能な企てのようである。

2008.11.04

密息と原腸

『考える人』の「日本人の身体」シリーズ、今回のお相手は尺八奏者で「密息」呼吸法で知られる中村明一(なかむら・あきかず)さんである。
「密息」とはどういう呼吸法かというと…それをすらすらと説明できるようであれば、苦労はないのであるが、あえて説明させていただくと、腹部の深層筋を用いて、瞬間的に大量の(おどろくほど大量の)空気を肺に取り込み、それを自在に吐き伸ばすという呼吸法である。
実際に、その呼吸法で尺八を演奏して頂いた。
驚くべきことに、いつ息継ぎが行われたのか、外から見ているとまったくわからない。まるでノンブレスで延々と尺八が吹かれているように見える。実際には音と音の間に瞬間的な空白があって、そのときに大量の吸気がなされているのだそうである。
『密息で身体が変わる』(新潮選書)を読んで、ぜひこの呼吸法を習得して、合気道に応用しようと、「日帰り東京ツァー」に出かけた。
仕切りは新潮社のアダチさんとハシモト・マリさんといういつものふたり。
この二人と組んで仕事をするのはたいへん楽しく、またお気楽である。
どうやら私は彼女たちといると、急速に女性化(というよりは「おばさん」化)して、それが「身体文化論的『徹子の部屋』」という本連載のコンセプトにジャストフィットするせいらしい。
南烏山の中村さんのスタジオに結集したわれわれは、中村さんの音楽修業の話から始まり、倍音の魅力、呼吸法と風土、深層筋の操作方法、小津安二郎のローアングルと「水平線」など、きわめて興味深い論件について、3時間にわたりお話をうかがったあと、密息のお稽古をつけて頂いた。
呼吸法というのは要は「どの筋肉を使って、横隔膜を上下させるか」という解剖学的問いに集約される。
胸筋を使うか、腹筋を使うか、深層筋を使うか、選択肢はそれほど多くはない。
中村さんの説では、骨盤が後傾している日本人は、呼気も吸気も下腹部をしっかり張って、横隔膜を下に落とす「密息」がもっとも適している。
理屈は簡単だが、これができるようになるためには、深層筋を操作できなければならない。
表層筋は目に見えるから操作することが比較的容易であるが、深層筋は文字通り目に見えないし、家庭でも学校でも、その使い方を主題的に指導されるということもない。
「運動感覚」(kinesthesia)という術語を使うこともある。
だが、先般のブログでも書いたように、現代人は「目に見えないもの」は「存在しない」という信憑に冒されているので、深層筋の操作のような外形的には見えない身体運用には関心を示さない。
「呼吸していることが外形的にはわからない呼吸法」の習得に何の意味があるのか、現代人にはよく理解できないであろう。
それよりは、「腹筋が何段に割れる」とか「上腕二頭筋の断面直径が何センチである」とかいう可算的なものによって身体能力の向上を計測することを喜ぶ。
しかし、呼吸法が変わると、身体の編成そのものが変わる。
どう変わるのか。
これについては、福岡先生にご登場願って、説明をお願いすることにする。
福岡伸一先生の新著『できそこないの男たち』(光文社新書、ソフトなタイトルにもかかわらず、読めば賢くなる科学史本)によると、トポロジー的に言うと、人間の身体は「ちくわ」と変わらない。
消化管は「ちくわの穴」のようなものである。
「口、食道、胃、小腸、大腸、肛門と連なるのは、身体の中心を突き抜ける中空の穴である。空間的には外部とつながっている。私たちが食べたものは、口から入り胃や腸に達するが、この時点ではまだ本当の意味では、食物は身体の『内部』に入ったわけではない。外部である消化管内で消化され、低分子化された栄養素が消化管壁を透過して体内の血液中に入ったとき、初めて食べ物は身体の『内部』、すなわちチクワの身の部分に入ったことになる。」(福岡伸一、『できそこないの男たち』、光文社新書、2008年、148頁)
人間の身体に開口している穴は実はすべて一種の「袋小路」なのであり、「本当の内部」ではない。
「耳の穴もそうだし、汗腺や涙腺のように体液が出てくる穴も、その穴に周囲の壁から液がにじみ出てくるだけで、その穴の底は閉じている。(・・・)したがって、トポロジー的に考えたとき、人間の身体は単純化すると本当にチクワのような中空の管に過ぎない。消化管以外の穴はすべてチクワの表面に爪楊枝を刺して作った窪みでしかないことになる。」(149頁)
しかし、これは少しも驚くには当たらないのである。
というのは人間の遠い祖先はミミズやナメクジのような動物だからである。
「彼らはまさに1本の管である。口と肛門があり、その間を中空の穴が貫いている。わずかに眼の原型のようなものがあり、進む向きがあり、土を食べる側があるので、かろうじて、どちらが口でどちらが肛門かが判別できる。脳と呼ぶべき中枢の場所は全く定かではない。むしろ、神経細胞は、消化管に沿って、それを取り巻くようにハシゴ状に分布している。」(149頁)
にもかかわらずミミズは「思考する」ことが実験的に確かめられている。
ミミズの生命活動は消化管に沿って分布する神経ネットワークによってコントロールされているわけであるから、「もし、彼らに、君の心はどこにあるの?と訊ねることができ、その答えを何らかの方法で私たちが感知することができたとすれば、彼らはきっと自分の消化管を指すことだろう。」(150頁)
生物の生命活動の中枢は消化管にある。
チクワがどうした、といわれそうであるが、まあ、聴いて下さい。
昨日の中村さんとの話で福岡先生の話との符合に驚いたのは、密息では、骨盤を後傾させて、鼻腔から仙骨までを貫く1本の「管」を作り、そこに吸気を落とす、という比喩を使われたからである。
身体を上下にまっすぐ貫く1本の管に空気が吸い込まれ、また吐き出される。
その図像的比喩は腹式呼吸でよく用いられる「風船が膨らみ、しぼむ」という比喩とはトポロジー的にずいぶん異なる。
風船は「袋小路」だが、管は「突き抜け」だからである。
「密息」という語感から、この呼吸法を何か体内の秘密の場所で秘密裏になされる呼吸のように感じる人もいるかも知れないけれど、私が中村さんの密息呼吸法と、そのお人柄とたたずまいの全体から感じたのは爽快なほどの「突き抜け」感であった。
もちろん、中村さんは紋付袴姿であり、着物の着付けが骨盤の後傾のコントロール上の重要な指標となることを指摘されていた。
前に三砂ちづる先生から聞いたけれど、「着物の着付け」の要諦は「一本の管に布を巻き付ける」ように着る、ということだそうである。
あら、ここでも「管」が。
そういえば、尺八というのも、1本の竹の「管」に穴を開けた楽器である。
あら、ここでも「管」が。
生物の分節は「管」より始まる。
まず「管に還れ」と。話はそれからだ。
中村さんも福岡先生も三砂先生も、なんだか「同じこと」を言っているような気がしているのは私だけであろうか。

2008.11.05

お掃除と仕事中毒

水曜日が久しぶりのオフとなった。
とりあえず懸案のお掃除をする。
机の上に危機的な状況で積み上げられていた書物やCDを片付けて書架に戻す。
机が少し広くなる。
やれやれ。
床に散乱している書物や書類を整理して、要るものは本棚に戻し、要らないものはゴミ箱へ。
だいぶすっきりする。
ゴミの山の下からゲラの束らしき封筒がいくつも出てくる。
数えると4つある。
文藝春秋、人文書院、光文社、講談社。
どれも開封していないので、中身はどれがなんだかよくわからない。
このところ一ヶ月に3冊ペースでばたばたと校正をしていたのであるから、これらのゲラが久しく日の目を見ずに来たことについて、私を責める方はおられまい。
とりあえず数秒間「日の目」を見せてから、パソコンデスクの下にまたしまいこむ。
『街場の教育論』の次は新潮社の「日本辺境論」の予定である。
これはクロダくんが夏休みにきちんとテープ起こししてくれたので、その努力を多として、まずこれから始めるのである。
取りかかる順番は受付順ではない。
「最近あまり考えてないこと」を扱う本が優先的に選択される(同じような話柄が続くと書いている本人が自分に飽きてしまうからである)。
原稿を待っている編集者の皆様は、そのあたりの事情をどうぞご斟酌いただきたい。
お掃除のあとは、明日の『山姥』の立廻りのおさらいの他には急ぎの仕事がないので、今日はこれから久しぶりに「昼寝」というものをして、それから三宮に買い物に出かけることにする。
大丸とジュンク堂に行って、スーツとマンガを買うことにしよう。
わーい。
スーパーで野菜と肉を買う以外の使途でお金を使うのはたいへんに久しぶりである。
「仕事をしなくてよい」と思うと、なんだか不安になる。
「ほんとうに仕事をしなくてよいのであろうか。何か重大な約束を失念しているのではないだろうか・・・」と考えてしまう。
こうなると立派なワーカホリックである。
「アディクトする」とはどういうことか。
これについては検査項目がある(町山さんのポッドキャストで仕込んだ知識である)。
うろ覚えだけれど、こんなの。
「ふと気がつくと○○のことを考えていることがある」
「○○のことを考え出すと、ほかのことが考えられなくなることがある」
「休みの日でも、朝から○○のことを考えている」
「人目のあるところで○○をしたことがある」
「はやく○○がしたいと思って、他人との会話を打ち切ろうとすることがある」
「○○以外の話題をしているときにでも、つい○○を連想してしまうことがある」
「知らない人と会ってすぐに○○をしたことがある」
「一度だけ○○をして、その後まったく縁が切れてしまった人がいる」
○○に「セックス」を入れると堂々たる「セックス中毒」である。
ただちに入院加療が必要だそうである。
○○に「仕事」を入れると、そのまま私の毎日である。
ただちに入院加療が必要だと思うのだが、どうであろう。

2008.11.06

アメリカはどこへ行くのか

民主党のバラク・オバマ上院議員が第44代アメリカ大統領に決定した。
衰退期に入ったアメリカが”Change the world”とあらゆる社会集団の統合を掲げた理想主義的なタイプの若い大統領を選択したことはこの国の「復元力」を証示したと言えるだろう。
しぶとい国である。
なぜ、この国が8年にわたってジョージ・W・ブッシュのような人物を大統領に戴いていたのか、私にはよく理解ができなかったが、今にして思うと「オバマが大統領になる」ためには、「直前がブッシュ」という条件が必須のものであったかも知れない。
もし、8年前の大統領選でアル・ゴアが勝っていたら(実際に票数では勝っていたんだけど)、バラク・オバマに出番はなかっただろう。(最初「4年前」と書いたけれど、新聞を読んでいるうちに思い出した。ゴアは8年前で、4年前はケリーでしたね。ケリーさん、影薄い・・・)
アメリカはテキサス「根付き」のカウボーイの「本音の政治」に飽き飽きしたので、アメリカの建国理念を教科書的な言葉でわかりやすく語る「建前の政治家」に乗り換えた。
この「揺れ戻し」はたいへん自然なものに思われる。
前に町山智浩さんから、アメリカではすべてのイノベーションが「外部から来たもの」によってもたらされ、非アメリカ人たちが「アメリカ的価値」をそのつど創造する構造になっているという話を聞いた。
『ラスヴェガスをぶっつぶせ』という映画ではカジノを出し抜くMITの学生は白人という設定になっているが、実話ではアジア系の学生たちだったそうである。
アメリカの大学院ではアジア系の院生たちが定員の過半を超えたという記事も最近読んだ。
アメリカというのは不思議な国である。
どんどん外部の「資産」を導入して、それを自分のところの帳面につけている。
「価値あるものの受け入れ」についてはきわめて開放的であり、それを「アメリカの収益」に計上する点ではきわめて閉鎖的である。
極端な閉鎖性と極端な開放性が同居している。
だから、私はアメリカがこのあと外交戦略などでこれまでより「開放的」になるというふうには考えない。
アメリカ国民は自己利益を確保するために「開放的なタイプの政治家」を指導者に選んだのであり、当然彼は全力を尽くしてブッシュが失った「国益」の回収に乗り出すはずであり、有権者はそれを期待している。
オバマは95%のアメリカ国民に減税を約束した。
でも、その原資はどこから調達するのであろうか?
アメリカの富裕層からであろうか?
まさかね。
彼は白人も黒人も、貧しいものも豊かなものも、「すべてのアメリカ人」の統合を訴えたのである。
富裕層に課税するような政策はこれと平仄が合わない。
アメリカを豊かにするための原資はおそらく「アメリカ以外の国」から調達されるのであろう。
現に学術領域でしているように。
麻生首相はオバマの大統領決定の報に苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。
彼はアメリカの新大統領が「内側にいい顔」をする分だけ、「同盟国に渋い顔」をすることをおそらく予感しているのであろう。
どうなるのだろう。
アメリカの急速な没落にブレーキがかかったことを私は国際社会の一員として言祝ぎたい(アメリカのクラッシュは世界にとっての悪夢であるから)けれど、「統合されたアメリカ」が「非アメリカ」に対してこれまでより非利己的にふるまうという見通しには軽々には与することができないのである。

2008.11.07

マルクスはいいぞお

新規の仕事は受け付けないと言っておきながら、木曜の午後に仕事の打ち合わせの予定が入っていた。
本学で経済学を講じている石川康宏先生(このブログでは「ワルモノ先生」という通称で繰り返し登場しているが)と共著で本を出そうという企画が持ち込まれたのである。
ワルモノ先生は人も知るマルクス主義者である。
それも“代々木の森の”マルクス主義者である。
『前衛』に資本論について研究論文を寄稿するような、「保証書付き」の正統派のマルクス主義者である。
そういう方から私に「いっしょにマルクスについての本を書きませんか?」というオッファーがなされたのである。
これはお受けせざるを得まい。
私は社会理論としてのマルクス主義の政治的有効性にはひさしく懐疑的であるが、カール・マルクスというひとの天才的知性には高校生のときから変わらぬ敬意を抱いているからである。
その人の立てた理論が歴史的反証事例によって失効しても、その人が独力で美しいほど端正な理論体系を打ち立てた力業に対する敬意は失効しない。
そもそも「社会主義圏が崩壊したという歴史的事実がマルクス主義の終焉を告知しているではないか」という言葉遣いそのものが、「歴史という審級において理論の当否は検証される」という“俗流マルクス主義”にのど元まで浸かった人間の言い草だからである。
歴史はものごとの当否を検証することもあるし、そうでないこともある。
100年単位で見た場合に、人類の選択はおおむね適切な方向に向かっているが、10年単位で見た場合には、そうではない。
そして、私たちはふつう個人としては100年生きることができない。だから、短期的な歴史を参照しているかぎり、私たちはしばしば過去の解釈を誤り、未来予測を誤る。
しかし、「100年待たないとことの当否がわからないので、当面する選択について私は決断できない」とうやむやにしているだけでは、市民としての責務は果たせない。
「確信は持てないが腹を決める」ということがどこかでなされねばならぬ。
「どこで」腹を決めるか、その「損益分岐点」の判断は個人に委ねられている。
問題は「さじ加減」である。
「さじ加減」についての社会理論というものは存在しない。
社会理論は「あるべき社会」と「あるべき社会に導くための方法」については語るが、「どういうタイミングで」「どの程度の範囲に」「どれくらいの手加減で」といったことについては何も教えれくれない。
けれども、私たちにとって真の実践的関心は実は「さじ加減」にある。
果たして「さじ加減」についての学知というものは存立しうるのか。
それが私の刻下の関心事である。
私たちに共通するのは高校生や大学生たちにマルクスを読んでもらいたいという熱い思いである。
「マルクスはいいぞ。マルクスを読みたまえ」というおじさんたちのおせっかいが若者たちに受け容れられるとよいのだが。

2008.11.09

入試の季節

入試の季節が始まった。
これから2週間、週末は面接試験で出勤である。
私が受験生だったころ、大学入試は「1回勝負」であった。
今は10月から3月まで、何回もある。
どこの大学もAO入試からセンター入試まで10種類以上のメニューを備えている。
「受験生フレンドリー」であるとも言えるが、実情は「死にものぐるいの志願者確保」であり、さらにひどい場合には「みかけの志願者数」の水増しである。
だから、各大学の志願者データは今ではあまりあてにならない。
去年、ある大学は「見かけの志願者数」を前年の3倍近く伸ばした。
でも、受験者の実数は変わっていない。
どうしてそういうことが起きるかというと、1学科分の受験料で複数の学科にも同時に志願できるシステムを採用したからである。
結果的にいくつも学科で同一人物が合格者にカウントされた。
だから、「合格者数が受験生数よりも多い」というケースが出てくる。
『大学ランキング』の小林さんがこんな話を教えてくれた。
「1つの願書で第二希望、第三希望の学部を記入できる大学が増えました。同じ大学でも、文学部が第一希望、法学部が第二希望であれば、第二希望の大学は受験料が半額になると言うところもあります(3学科以上受験は受験料免除というところもありました)。これを『バリューセット』と呼んでいます。入試がマクドナルドになってしまいました。」
バリューセットですか・・・
去年、中学受験の学習塾が「見かけ上の合格者数」を増やすために、勉強のできる子どもに、入学する気のない学校も含めて複数回受験をさせた(もちろん受験料は塾の負担)というニュースを見た。
たしかにその学習塾の在籍者がその学校に合格したという事実は嘘ではない。
けれども、それを「ナントカ中学にX人合格、ナントカ中学にはY人合格」というふうに公開するのは見た人がその塾の実績を「誤って過大評価する」ことを求めているからである。
自分の能力を高く評価されたいという気持ちは誰にでもある。
自分の能力を(「世間のやつらはわかっていないが」)と自分ひとりで過大評価するのも、人としてはありがちなことである。
けれども、自分の能力がどの程度であるか知っていながら、それが他人によって誤って過大評価されるように仕掛けるのは種類の違うふるまいである。
者数を水増しして、「受験生に人気のある大学」を数字の上で偽装することはいわば「大本営発表」である。
受験生は最初のうちは数字を信じて「これは人気のある大学に違いない」と思うかも知れないが、そのような虚報の賞味期限はそれほど長くはない。
一時的な偽装の代償として、以後、その大学が発信する「受験情報」の信頼性は取り返しのつかないかたちで損なわれることになるだろう。
こんなことは長くは続かない。
さいわい、本学の秋季入試の志願者状況は堅調である。
昨日私が面接を担当した30人ほどの高校生たちはみんな元気で聡明なお嬢さんたちであった。
この子たちが来春から入学してくれると、楽しそうだなと思う。
本学は別に何万人もの志願者をかき集めなければならないような規模の大学ではない。
「ぜひこの大学で学びたい」と思う少女たちが毎年数百人いてくれれば、それでなんとかなる。
その「数百人」に、この学校が何をしているのか、何をしようとしているのかについて、適切な情報が伝われば、それでいいのではないかと私は思っている。
若いときにジャズバーの経営者だった村上春樹さんはお店をやるコツについてこう書いている。
「『みんなにいい顔はできない』、平ったく言えばそういうことになる。
店を経営しているときも、だいたい同じような方針でやっていた。店にはたくさんの客がやってくる。その十人に一人が『なかなか良い店だな。気に入った。また来よう』と思ってくれればそれでいい。十人のうちの一人がリピーターになってくれれば、経営は成り立っていく。逆に言えば、十人のうちの九人に気に入ってもらえなくても、べつにかまわないわけだ。そう考えると気が楽になる。しかしその『一人』には確実に、とことん気に入ってもらう必要がある。そしてそのために経営者は、明確な姿勢と哲学のようなものを旗じるしとして掲げ、それを辛抱強く、風雨に耐えて維持していかなくてはならない。それが店の経営から身をもって学んだことだった。」(村上春樹、『走ることについて語るときに僕の語ること』、文藝春秋、2007年、59頁)
店をやることと小説を書くことは同じであるというのが村上さんの考え方である。
大学を経営することもそれと変わらないだろうと私は思う。

2008.11.10

日曜日なので呼吸法をしてみる

ひさしぶりの日曜日。
朝寝をして、ゆっくり朝ご飯を食べて、少し原稿(「日本辺境論」)の続きを書いて、昼過ぎから合気道のお稽古。
ふだんは土曜が稽古日だけれど、たまたま日曜の午後まるまる体育館がとれたので、特別稽古。
時間がたっぷりあるので、まず中村明一さんに習ったばかりの「密息」で呼吸法をやる。
表層筋を使わずに、深層筋だけで深く、沈み込むような呼吸をする。呼気はそれほど違和感がないのだけれど、吸気のやり方がふだんと違う。容れ物の底が抜けたような感じで息がすうっと落ちてゆく。
密息を習った翌日がちょうど能のお稽古の日だった。謡の稽古(『安宅』と『山姥』)をつけていただいたあと、下川先生から「呼吸の仕方がよくなったね」と言われた。さすが専門家である。わずかな変化でも見落とさないのである。
謡はどういう呼吸法なのかお訊ねしてみた。
改まって習ったことはなく、子どものころから大人の能楽師たちの立ち居振る舞い発声法を見聞きしているうちに自然に身につくものだと教えていただいた。
そうでしょうね。
密息は身体を「管」化するわけだから、ふだんから着物をきちんと着付けていれば、着崩れしないように気をつけて呼吸するだけで密息のかたちは整う道理である。
合気道だって道着をつけて稽古しているわけであるから、着付けの乱れを意識して呼吸していれば、自然に深層筋をつかった呼吸法になるはずである。
というわけで、20分ほど呼吸法を行い、それから体術(中段突き)と杖取り。
たちまち4時間が経つ。
呼吸法をよくやると動きに「甘み」が出てくると多田先生はよくおっしゃっている。
「甘み」というのは言い得て妙である。
「柔らかさ」と言うのとは違う。
「甘み」というのは「これから甘いものを食べる」という予感のもたらす「前味」(という日本語はないけど)があり、「甘いものを口中に投じ、咀嚼し、嚥下している」リアルタイムの経験があり、最後に「口中の甘みの記憶」という事後の「後味」が残る。
つまり、「甘み」というのはすぐれて時間的な現象なのである。
これを武道的な動きに適用していうなら、動き出す前に「すでに」技が始まっており、動き終わった終わったあとにも「まだ」技が続いているように感じられるのが「甘み」のある動きだということになる。
その境域内にはいったものを活殺自在に操れる空間のことを「結界」と言う(ふだんの稽古では、体軸を中心にしたおよそ半径2メートルの円錐形の空間を「結界」とみなす)。
その理屈からいえば、「甘みのある動き」というのは「時間的な結界」ということになる。
「まだ」何も始まっていない段階で、「すでに」相手を「時間的な結界の中」に取り込んでしまうことができれば、たしかに理屈の上では活殺自在である。
呼吸法がたいせつだということを多田先生から長いこと教えられていながら、それが武道的にどうして重要なのかということの意味がなかなかわからなかった。
ここでも問題はおそらく「時間意識の操作」なのである。
「結界」というのは別に物質的に「はいよ」と示せるものではない。
私の脳内にのみ存在するものである。
私の脳内にのみ現象的に存在するものが、どうして「活殺自在」というような現実的効果を持ちうるのか。
ここが面白いところである。
ちょうどそのことを稽古に行く前に「日本辺境論」に書いていた。

自分の時間意識を騙す。これは可能です。時間意識は脳内現象ですから、操作できる。
「既視感」というのがそうですね。「あ、これはどこかで見たことがある風景だ」ということが私たちの身にはよく起こります。目の前にいる人が次に言う言葉までわかる。その通りの表情をして、その通りの言葉が実際に口にされる。でも、これは私たちが脳内で時間を操作しているから起きていることです。「はじめて見た風景」を「意識というスクリーン」に映写するとき、そこにわずかな「タイムラグ」を入れているのです。「邯鄲の夢枕」と同じで、わずか数十分の一秒程度の「タイムラグ」を私たちの時間意識は1分にでも100年にでも「解釈」することができます。だから、数十分の1秒前に見た景色を遠い昔に(まれには「前世で」)見た景色だと確信するということさえ起きる。
それと同じ「トリック」を自分自身の身に起きている「不測の事態」に対して適用する。はじめて経験することを「はるか以前にすでに経験したことがあり、それがどういう経緯で起きて、どういう経過をたどって推移し、最後にどうなるかまで、私はすべて知っている」という既知の枠組みの中に取り込んでしまう。実際には知らない。でも、「知っていること」にする。それによってある種の「予知能力」を手に入れることができる。何しろ、「これからどうなるか私は知っている」という前提で行動するわけですから。打つ手打つ手がすべてぴたりと当たる。もちろん実際にはこれからどうなるかなんて知らないんですよ。神ならぬ身に未来のことがわかるはずがありません。しかし、知らないけれど知っているかのようにふるまうことはできます。そして、その(詐取された)全能感はあきらかに私たちの心身のパフォーマンスを向上させる。だから結果的に「打つ手打つ手がぴたりと当たる」ような気になるようなことも起きる。
さきほど例を挙げたように、私たちが想定していたのは「いきなり斬りかかられる」というような危機的状況です。そういう状況を生き延びるためには、とにかく心身のパフォーマンスを最大化することが必須です。ふだんの実力の120%とか150%を発揮しないと生き延びられない。そういうときは「詐取」でもなんでもいいから、とにかく満腔の自信を以て危機に対処するという構えが絶対に必要なんです。
ですから、武術というのは、平たく言えば、心身のパフォーマンスが例外的に低下するような状況において、心身のパフォーマンスを例外的に向上させる技術のことです。そして、伝書が教えているのは、そのためには身体能力の向上には限りがあるから、どこかで時間を自在に行き来する術を身につけなければならない、ということです。

「時間を自在に行き来する術」などというものは外形的には存在しない。
けれども、自分の脳内の時間意識を操作して、「ためたり」、「食ったり」、「加速したり」、「制動をかけたり」することはできる。だって、自分の脳なんだから。
おそらく呼吸法はそのための「コントローラー」なのである。
「呼吸問題」は奥が深そうである。
体育館を出るともう暗くなっている。
肌寒いので、今夜は鍋にすることに決定。こたつも出したしね。

2008.11.11

不思議なアンケート

少し前に某誌からアンケートがあった。
「人生の中で一度は読み
たい未読の本」というものである。
なかなか興味深い趣向である。
「読みたい」と思っていながら、なぜか手に取ることや読み通すことに抵抗が働くような種類の書物が存在する。
そのリストを示すことは、その人の無意識の心的傾向を知る上の重要な手がかりになるであろう。
私は『大菩薩峠』を選んだ。
白井喬二の『富士に立つ影』と並ぶ「めちゃめちゃ長い時代小説」の双璧であり、主人公の机竜之助がとちゅうでいなくなって、別の人が主人公になる(らしい。読んだことがないからよく知らないのである)。
故・今村仁司先生が激賞されていたので、ぜひいつかは読みたいものだと思っていたので、回答にこんな文章を寄稿した。

「一生に一度は読んでみたいと思いつつ読んでいない本」という企画は、やってみたらあまり個性的なセレクションにならなかったのではないかと思う(編集者はちょっとがっかりしただろうけれど)。たぶん『失われた時を求めて』と『ユリシーズ』と『源氏物語』がトップ10にランクインしていると思う。もちろん『大菩薩峠』も。これはいずれも私自身未読でいつか読まないとなあと思っている本なのである。理由は「長い」というだけではなく、「一度読み始めたが、読み続けられなくて途中で断念した」という事実がトラウマ的経験としてあるからである。
いずれについても、途中下車した個人的にいちばん大きな理由は「焦点的人物に感情移入できない」ということではないかと思う。机竜之介について言えば、これほど共感できない主人公は珍しい(『悪霊』のスタブローギンの方がまだましである)。どうしてかというと、なんか「悪い」だけじゃなくて、「狭量」な感じがしたのである。もしかすると巻が進むと「正邪一如」的なスケールの人物に成長するのかも知れないけれど、そこにたどりつく以前に机くんに興味をなくしてしまった。私の器がもう少し大きくなって、「悪くて狭量」な主人公でも愛せるようになったら再度挑戦してみたい。

毒にも薬にもならないような文章であるが、他の人たちはどんな本の前で足踏みをしているのであるのかに興味があったので、本の出るのを楽しみに待っていた。
その雑誌が届いて、頁をめくってびっくりした。
タイトルが「死ぬまでに絶対読みたい本 読書家52人生涯の一冊」となっていたからである。
アンケートを見ると、ほとんどの方が「オールタイムベストワン」の本をご推奨されているのである。
「読んでない本」を回答している人はほとんどいない。
え、まさかオレ一人・・・と顔面蒼白となったが、よくよく読むと、私に他にも「まだ読み終えていない本」を挙げている人が中野翠さん、ねじめ正一さん、土屋賢二さんなど数人いた(ああ、よかった・・・)
ほとんどの方はアンケート文面の「未読の」という形容詞を見落とされたようで、結果的にその集計は「私の座右の一冊」と「座右にない一冊」が混在する不思議なアンケートになった。
アンケートの解説も「限りある人生で、もう一度読み直したい本は?死ぬまでにいつか読みたいと願いつづけた一冊とは?」に変更されていた。
だが、「もう一度読み直したい本」と「未読だけれど読みたい本」というのはふつう同一のカテゴリーには含まれまい。
「すでに読んだ本」の定性的な吟味をする仕事と、「まだ読んでいない本」の中身を妄想する仕事では、脳内の使用部位が違うからである。
「まだ読んでいない本」のリストを作るというのは、言い換えれば、「自分の知らないこと」について考えるということである。
「自分の無知」や「自分の短見」や「自分の無学」についての自己評価を内外に開示するということである。
つねづね申し上げているように、「自分の賢さ」をショウオフすることよりも、「自分の愚かさ」の成り立ちを公開することの方が、世界の成り立ちや人間のありようを知る上ではずっと有用だと私は思っている。
だから、この「未読書アンケート」の趣旨をすぐれた着眼のものと思ったのである。
しかし、残念ながら、「52人の読書家」のほとんどはアンケートの「未読の」という限定条件を(故意か無意識にか)見落とした。
編集会議では、これらの回答者に対して「アンケートの趣旨はそういうことじゃなくて・・・」と書き換えを求めるべきかどうかについて苦しい議論がなされたはずである。
でも、結果的に「自分の無知」の様態について回答してしまった数名に「ここは、泣いてもらう」ということに話は落ち着いたのである(想像ですけど)。
もちろん、私はそんなことに腹を立てるほど狭量な人間ではない(そう誓ったばかりだし)。
それに、このアンケートは結果的に日本の読書人の無意識についての興味深いデータを提供してくれていると思うのである。
日本のインテリゲンチャたちの圧倒的多数が「自分の知性の限界や不調を主題化する作業からはほとんど反射的に目をそらす」という事実を開示してくれているという意味では、これは貴重な精神分析的=民族誌的資料だからである。
もちろん、オールタイムベストの読書ガイドとしても有用である。

2008.11.12

日教組の”影響”と言論の自由について

テレビの政治討論番組で「日の丸・君が代」の強制について批判的に言及した人に向かって、別のスピーカーが「あんた、日本人止めなさい」と怒鳴りつけた。
不思議なロジックである。
「日の丸・君が代」が国旗国歌であるということはいわゆる「国旗国歌法」によって9年前に定められた。
国法に疑義を唱える人間に向かって「だったら日本人を止めろ」ということが適法的であるとするなら、国憲に疑義を唱える人間についてはどうなるのであろう。
たしか私たちの国の政権与党はひさしく「改憲」を党是として掲げいる。
憲法は片々たる法律とは違う上位規定である。
憲法98条にはこう記してある。
「この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない」
下位規定である法律に「疑義がある」という人に向かって「それなら日本人を止めろ」と言うことができるなら、論理的には改憲派の全員に対してはさらに強い口調で「日本人を止めろ」と言うことができるはずである。
そうでなくてはことの筋目が通るまい。
この番組ではひさしぶりに教育問題が論じられていた。
「ヤンキー先生」という通り名で知られたという人が日教組が日本の教育をダメにした、ということをさかんに言っていた。
日教組の元書記長という人が別にダメにしていないとあまり迫力のない反論をしていた。
「ダメ」というのはどういうことかがよくわからない。
というのは、この討論の場にいた人たちは全員が「日教組が日本の教育をダメにしていた」時代に学校教育を受けた人たちだからである。
もし「日教組が日本の教育をダメにしたせいで、日本の子どもは全部ダメになった」というのが本当なら、その論を立てている当の本人が日教組によって知的に致命的に損なわれたはずであるので、その人の言うことはたぶん支離滅裂であり、その議論には信憑性がないことになる。
逆に、その人の主張が正しいなら、彼は正しく推論ができるほどに知的だということになる。先天的才能や後天的な努力や「もののはずみ」でその影響が簡単に払拭しうるものであるならば、日教組のイデオロギー的バイアスは論ずるに足るほどの力を持っていなかったということになる。
とりあえずその場にいた全員は自分たちは「日教組の教育」からまったく影響を受けていないということを前提にしゃべっていた。
私はその前提でよろしいかと思う。
「日教組の教育」はたぶん誰にもたいした影響を及ぼしていないのである。
私はエドゥアール・ドリュモンという反ユダヤ主義者の書いたものをずいぶん熱心に読んだ時期がある。
ドリュモンは「近代反ユダヤ主義の父」と言われたイデオローグである。
しかし、さすが盛名をうたわれただけあって、その反ユダヤ主義は「捨て身」の構えのものであった。
ドリュモンによれば、19世紀フランスの政府機関も財界もメディアもすべてはユダヤ人によって支配されていた。
フランス人は誰も自分たちがユダヤ人に支配されてることを知らないくらい完璧にユダヤ人に支配されていた。
現にドリュモン自身、ユダヤ人がオーナーである新聞社でたいそう気分よく働いていたくらいである。
そしてある日、フランスのすべてがあまりに根深くユダヤ人に支配されていたために当のドリュモン自身が「ユダヤ人の走狗」として、ユダヤ人支配の実相を隠蔽する作業に前半生を捧げていたという「事実」を「発見」したのである。
「私自身が40年間完全に騙されていたくらいにユダヤ人のメディア支配は徹底していた」というロジックをドリュモンは採用した。
「自分の無知」という事実をカミングアウトすることによって「自分の明察」を基礎づけたのである。
そうやってドリュモンは「反ユダヤ主義の父」になった。
私はドリュモンという人は知的にかなり問題を抱えていた人だと思うけれど、その捨て身の構えには一目を置く。
「陰謀史観」をそれなりに説得力のあるものにしたいと望むなら、人はその「陰謀」によって、どれくらい自分自身の明察が損なわれていたかという「おのれのバカさの構造の吟味」から始める他ない。
そして、そのような離れ業を実際にやってみせたイデオローグは思想史上ほとんど存在しないのである。
そこまでする気がないなら、「日本の子どもを組織的にダメにしている政治結社が存在する」というような妄説は口にしない方がいい。
翌日、前航空幕僚長が参院外交防衛委員会に参考人招致されて、自説を述べていた。
彼もまた自分の明察に基づいて発言していた。
「正しいこと」を言って何が悪いと彼は言い放った。
言い放つのは構わないが、そういう人間は「言論の自由」というような大義名分を口にしてはならない。
つねづね申し上げているように「言論の自由」というのは、「自分の持論の当否について検証できるのは私ではなく他者である」という「場への信認」のことである。
『大人のいない国』でしつこく書いたことだけれど、「言論の自由」とは何のことか、もう一度繰り返す。

メッセージはその正否真偽を審問される場に差し出されるとき、「その正否真偽を審問する場」の威信を認めなければならない。それを認めない人間はそもそも「言論の自由」の請求権がないと私は思う。
「私は誰がどう思おうと言いたいことを言う。この世界に私の意見に同意する人間が一人もいなくても、私はそれによって少しも傷つかない。私の語ることの真理性は、それに同意する人間が一人もいなくても、少しも揺るがないからである」と主張する人間がいたとする。彼は果たして「言論の自由」を請求するだろうか。私はしないと思う。「私は誰の承認も得なくても、つねに正しい」と主張する人がその上なお「言論の自由」を求めるのは、「すべての貨幣は幻想であり、無価値である」と主張する人間が、その主張を記した自著の印税支払いをうるさく求めるのと同じように背理的である。というのも、「言論の自由」とはまさに「他者に承認される機会を求めること」に他ならないからである。
「言論の自由」は、自分の発する言葉の正否真偽について、その価値と意味について、それが記憶されるべきものか忘却に任されるべきものかどうか吟味し査定するのは私ではなく他者たちであるという約定に同意署名することである。自分が発する言葉は、他者に聴き取られなくても、同意されなくても、信認されなくても、その意味と価値をいささかも減じないと言い張る人間が請求しているのは「言論の自由」ではなく、「教化する自由、洗脳する自由、他者の意見を封殺する自由」である。彼は「自由な言論が行き交う場」の威信を構築するために汗をかく気はない。なぜなら、彼の言葉は他者たちによる吟味の場に差し出されるに先立って、すでに真理であることが確定しているからである。もし、「言論の正否真偽を審問する場の成立に先立ってすでに真理である言葉」が存在しうるというのなら、「自由な言論の場」に存在理由はない。その場合には、「言論の自由」は真理を語る人間だけに許され、それ以外のすべての人間は「同意」か「沈黙」のいずれかを選択すべきであろう。もし、真理が「言論の自由に行き交う場」とは違う審級で、その場に差し出されるに先んじて、すでに決定されうるなら、そういうことになる。
言論の自由とは端的に「誰でも言いたいことを言う権利がある」ということではない。発言の正否真偽を判定するのは、発言者本人ではなく(もちろん「神」や独裁者でもなく)、「自由な言論の行き交う場」そのものであるという、場の威信に対する信用供与のことである。言論がそこに差し出されることによって、真偽を問われ、正否を吟味され、効果を査定される、そのような「場が存在する」ということへの信認抜きに「言論の自由」はありえない。「聴き手が同意しようとしまいと、私は言いたいことを言う」という態度に、場の威信と場の判定力対する信認を認めることはむずかしい。

「言論の自由」を自説を公開することの根拠とする人間に何より求められるのは「情理を尽くして説得する」という構えだろうと私は思う。
自説に反対するであろう人たちとも「ここだけ」は共有できるというプラットフォームを探り当て、「とりあえず、ここまではよろしいですね」という同意をどれほど迂遠であろうとも、一歩一歩積み重ねて、そうやってはじめて「説得」という営みは成り立つ。
だから、「説得」とは「私は正しい、おまえは間違っている」という話型を取らない。
「私も永遠の真理を知らず、あなたも知らない。だから、私たちはたぶんどちらも少しずつ間違っており、少しずつ正しい。だとすれば、私の間違いをあなたの正しさによって補正し、あなたの間違いを私の正しさによって補正してはどうだろうか」というのが「言論の自由」が要求するもっとも基本的な「ことばづかい」であると私は考えている。
誤解している人が多いが、「言論の自由」に基づいて私たちが要求できるのは「真理を語る権利」ではなく、「間違ったことを言っても罰されない権利」である。
その権利の請求の前件は「私は間違ったことを言っている可能性がある」という一項に黒々と同意署名することである。
だから、「私は正しく、おまえは間違っている」という前提から出発する人は「言論の自由」の名において語る権利を請求できないだろうと私は思う。
彼は「絶対的真理」の擁護者なのであるから「絶対的真理」の名において自説を語るべきだろう。
それがことの筋目ではないのか。

2008.11.13

かっちゃん

隔週で短いエッセイを連載をしているので、『AERA』が毎週送られてくる。
寝転がって今週号をぱらぱら読んでいたら、なかほどのグラビアに「特別企画21世紀大学」というタイアップ記事があって、そこに昭和大学が取り上げられていた。
あら・・・と思って、半身を起こして頁に目をこらしたら、小口勝司理事長が笑ってこちらを向いていた。
「かっちゃん」は日比谷高校の一年生のときの級友である。
ぼくは大田区のはずれのカントリーフレイバーな中学から日比谷高校に入って、がちがちに緊張していて、一年生のときから勉強ばかりしていた。
「かっちゃん」は神田明神の境内に住んでいる江戸っ子で、ぱりっとしたシティボーイだった。
ぼくはなんとなく敬して遠ざけ、前期の半年の間、たぶん一度も口をきいたことがなかった。
後期になってぼくは生徒議会の議員というものに選出され、その集まりが昼休みにあり、午後の授業に数分遅刻して教室に入った。授業はもう始まっていた。
「生徒議会で遅れました」と担当のコジマ先生に言うと、「ああ」と鷹揚にうなずいて着席を許してくれた。でも、前の方には空いている席がない(日比谷高校は大学と同じく、生徒たちは授業のたびに指定された教室に移動して講義を受けたのである)。
結局、一番後ろの席が一つだけ空いていたので、そこに座った。
教科書とノートを取り出して、遠くの方の教卓を眺めていたら、教室の後ろの扉が開いて、ぼくよりさらに遅刻してきた「かっちゃん」が入ってきた。
彼は最後列に空いている席を探して、そのまま隣に座った。
「一つだけ空いていた」はずなのに彼がぼくの隣に座れたのは、教室の後ろに置いてあったゴミ箱をひきずってきて、その上に当然のように自分の鞄を置いて、その上に座ったからである。
ぼくはびっくりして隣の「かっちゃん」の横顔をまじまじと見つめた。
「かっちゃん」はぼくの方を振り向いて、AERAのグラビアにあるのとそっくりな笑顔でにこっと笑って、「ウチダ君、そんなに勉強して、どうするの?」と訊いてきた。
ぼくは授業中に急に話しかけられて、どぎまぎしてしまい、でも、「授業中だから静にしてよ」みたいな優等生的なことは言いたくなかったので、「そ、それはね・・・」とつい本気で考え込んでしまった。
そのとき生物のコジマ先生が「そこ、うるさいぞ。しゃべるなら出て行け」と怒鳴ったので、ぼくはなんだかがっくりしてしまった。
それが高校に入って教師に怒られた最初の経験だったからである。
「最長不倒距離」がここで終わったか・・・と思ってなんだか気落ちしてしまったのである。
ぼくは恨みがましく「かっちゃん」の方を見たが、彼は平気な顔でにこにこしていた。
その生物の時間のあとぼくたちはなんとなく、校庭の銀杏の木の下までいっしょに歩いて、そこでそのまましゃべり続け、どういうわけか翌日いっしょにアメ横に行くということになった。
ぼくが中国製の「英雄」という「パーカーもどき」のペンを買いたいと思っているのだといったら、彼がアメ横に案内してあげると言ったのである。
翌日、ふたりでアメ横に行き、そのあとお茶の水の彼の家に行き、彼のフルートを聴いたりして、そのまましゃべり続けて、そのうちに夜になっても話が終わらず、ついでに晩ご飯をごちそうになり、そのまま彼の家に泊まってしまった。
いったい何をそんなに話すことがあるの、と「かっちゃん」のお母さんがびっくりしていたけれど、もう止まらなくなってしまったのである。
その日から高校二年の夏までの半年ほどぼくはほとんど「かっちゃん」としゃべり続けていた。政治について、文学について、音楽について、革命について、恋愛について、高校生が話しそうな話題の全領域にわたってしゃべり続けた。
ぼくが「かっちゃん」から受けた影響ははかりしれない。
なにしろぼくはまだ16歳になったばかりで、ほんとうに「スポンジ」が水を吸うように、未知のことに対して開放的だったからである。
ぼくが彼から学んだいちばん大きな教訓は「こども」のままでは「おとな」になれない、ということだったと思う。
ぼくは「こども」でも知識や技能や身につけ、経験を積むと「おとな」になれると思っていた。
「かっちゃん」はそれは違うと言った。
「こども」と「おとな」の間には乗り越えがたい「段差」がある。
そして、その段差を超えるときに、「こども」のもっている最良のものは剥落して、もう二度と取り戻せない。
その「段差」はだんだん迫っている。いまのこの時間は「こどもでいられる最後の時間」なんだ。だから、その時間を味わい尽くなければならない。
「かっちゃん」は16歳ですでに自分のもっているもののうちで「限りあるもの」のリストを作っていた。
ぼくはその理路がよく理解できなかったけれど、それから半年ほど他の仲間たち(それはほとんど全員「かっちゃん」の友だちだった)と「限りあるもの」を味わい尽くすというプロジェクトに熱中した。それはめちゃくちゃに楽しい日々であった。
そして、ある日「かっちゃん」は「おしまい」を宣言した。
ぼくにはその意味がよくわからなかった。「もっと遊ぼうよ」とぼくはごねた。
かっちゃんは「おしまいがあるから楽しいんだよ」とちょっと悲しそうな眼をした。「さあ、おとなになろうぜ」
ぼくはそのあともなかなか「おとな」になれず、ずいぶん苦労をすることになった。
「かっちゃん」はちゃんと「おとな」になって、祖父が建学した昭和大学医学部に入り、卒業して大学に残って、研究者になり、やがてその大学の先生になり、理事長になった。
だから、58歳になった「かっちゃん」の笑顔は17歳のときに見たのとあまり変わらないのである。

2008.11.16

費用対効果教育

全国私立大学付属・併設中学校高等学校教育研究集会という長い名前の集まりに呼ばれて一席演じる。
教授会がある時間帯なので、ほんとうは断るべき学外バイトであるのだが、なにしろお相手が全国の中高名門校の先生方である。
大学案内をかかえて「あの~、進路指導の先生にお会いしたいんですけど~」と腰を低くして職員室にうかがっても、「あ、そのへんに資料だけ置いて帰っていいです」というような扱いを受けてきた身としては、「まとめて営業」できる機会というのはこちらからお鳥目を差し出しても伺いたいところである。
研究集会のテーマは「教育の不易と流行-多様化する社会における一貫教育の役割」というものである。
ちょうど『街場の教育論』が出たところなので、「学校教育は惰性の強い制度であり、社会の変化に即応すべきではない。変化しないことこそが教育の社会的機能なのである」という持論を述べる。
直前の教務委員会で来年度の学年暦を審議していた。
半期15週を確保するために、国民の休日を4日つぶして、その日も授業をするというのが教務からの原案である。
何が何でも15週確保しろ、というのは政府筋からのつよい指導である。3年ほど前、厚労省が資格関連の科目についてほんとうに15週授業をしているかどうか実地検査を行い、不足が指摘された大学は次年度に補講を義務づけられた。「次年度に」というのは前年度の補講を4月以降にやったということである。すでに卒業した学生まで呼び集めて補講をした。
これで近畿一円の教務関係者はパニックに陥り、翌年からすべての大学が15週確保のために休日を削り、夏休みを短縮するようになった。
文科省はいまのところ次年度に補講を要求するようなことはしていないが、過年度におけるシラバス表記の不備を指摘して、助成金の返還を求めた前例に照らすと、過年度の学年暦を点検して、15週を満たしていない場合には、過去に支給した助成金の返還を求めるというような「おしおき」に踏み切る可能性は高い。
だが、このような外形的な数量的な規制に何の意味があるのか、私には理解できない。
大学生の「学力低下」というのは印象的にはたしかにそのとおりである。
けれども、これは、彼らの知的関心が手持ちの大学の教育プログラムや教育言語ではうまく掬い取れない活動に向けられているせいである。
「世代の知性の総量というのは変わらない。それが向かう先が変わるだけである」(@村上春樹)という考えに私も同意する。
「授業時数を増やせば学力が上がる」と文科省のお役人たちは考えているらしい。だから、初等中等教育でも「週6日制に戻す」というような動きになっている。
けれども、いまからはっきり予告しておくけれど、授業時数を増やしても学力は上がらない。
彼らの学力が低下しているのは、彼らが「どれほど費用対効果のよい仕方で学校教育という“苦役”の対価として教育商品を手に入れるか」という「賢い消費者」になるためにそのある限りの知力を投入しているからである。
このような心的傾向の人々に向かって「苦役」の絶対量を増やして負荷をかけるということは、さらに集中的に「費用対効果のよい仕方」の探求に知的リソースが投下されるだけの結果しか生み出さない。
「費用対効果」だけが問題なのだといイデオロギーのせいで、子どもたちの学力が回復不能的に低下しているときに、さらに「費用対効果」への気遣いを強化するような施策を行って文科省は何をする気なのであろう。
いささか先走ったが、子どもたちの学力が低下した理由は「この世でたいせつなものは『学力そのもの』ではなく、『学力をもつことでもたらされる利益』である」という考え方が支配的になったからである。
学力なんかあってもなくてもどうでもよろしい。
学力があることによって得られるとされている利益(競争における相対優位、威信、権力、財貨、情報、などなど)が得られるなら「何をしてもよい」というのが私たちの時代の風儀である。
子どもたちは「いかに少ない努力で多くの報酬を手に入れるか」ということにその知力の限りを尽くしている。
これはまさしく過去30年間本邦の教育行政がたかだかと掲げてきた教育理念である。
そんなことはしていないと額に青筋を立てる文科省官僚もおられるやもしれぬ。
そうですかね。
では、「シラバスの表記が不備なので、助成金を削る」というのはどういうことなのか。
それは要するに「なあに、大学を動かすのなんか簡単だよ。『助成金を削るぞ』と脅せば、たちまち顔色を変えるんだから」と彼らが思っているからである。
「欲得づくでしか人間は動かない」と彼ら自身が信じているから「そういうこと」ができるのである。
そして、その信憑は経験的には正しいのである。
「助成金のひもを握っているものが教育をコントロールできる」という文科省の考え方は「あらゆる問題は金で解決できる」という私たちの時代に取り憑いている「金の全能性」イデオロギーが行政の中枢までをも犯していることをはしなくも露呈している。
「あらゆる問題は金で解決できる」という前件から導かれる実践的結論は「だから、もっと金を」である。
そして、ひさしく文科省までもが無意識的に宣布してきたせいで「あらゆる問題は金で解決できる。だから、もっと金を(できるだけ少ない努力で)」イデオロギーは日本の子どもたちの中に深く内面化してしまったのである。
その結果、さまざまな徴候的な出来事が起きた。
何回か取り上げた「単位未履修問題」がそうである。
「できるだけ覚えることの少ない教科で受験することは費用対効果がよい」という命題に高校生も教師も保護者もメディアも全員が同意した。
教育を語るときにはまず「費用対効果」というビジネスのワーディングが用いられる「べき」だということが国民的合意に達したことのこれは破滅的な徴候だったと私は思っている。
だから、「できるだけ少ない知識、少ない学習時間によって、高い得点を得るものこそが競争勝者である」というルールを内面化した子どもたちの学力が地滑り的に崩壊するのは理の当然である。
子どもたちはいかに少ない知識、少ない学習時間、少ない知的負荷で、成績を上げ、競争に勝ち、社会的価値の高い学歴を手に入れるか、その「費用対効果」だけを今競っている。
先般ノーベル賞受賞者たちが口を揃えて「もう日本の教育はダメだ」といったのは、授業時間が少ないとかいうレベルのことではない。
官民一体となって「子どもたちが学習内容そのものにではなく、学習した場合に得られる報酬の獲得に熱中している」という教育システムに対して、「それではバカしか生まれない」とおっしゃっていたのだと私は理解している。
現に、超難関校といわれる大学を出た若者と話していて、あまりにものを知らないので、びっくりすることがよくある。
教養がないというレベルにとどまらず、専門課程で学んだはずの知識さえおぼつかない。
どうして、そんなにものを知らないのかと訊ねると、破顔一笑して、「いやあ、大学では全然勉強しなかったですから」と誇らしげな様子をする。
どうして、勉強しなかったことをこれほど自慢するかというと、それでも超一流校の学位記を獲得した自分のふるまいが「クレバー」だと思っているからである。
だって、わずかな苦役で大きな報酬を手に入れたわけだからである。
「ぜんぜん勉強しないで東大出ちゃいました」というのは、キーボードをちゃかちゃか叩いただけで1分間で数億円稼いだとか、1000円でベンツを買ったとか、それに類する「スーパー・クレバーな商品取引」なのである。
消費者マインドに立てばそういうことになる。
「学校なんかぜんぜん行ってねっすよ」「教科書なんか開いたことない」「試験なんか、ぜんぶ一夜漬けで、あとカンニング」というような言葉が「ほとんど誇らしげ」に口にされるのは学校教育で競われているのが「何を学んだか」ではなく「いかに効率よく競争に勝つか」だと彼ら自身が信じているからである。
日本の高校生の50%以上が自宅学習時間ゼロである。
ほかに用事があるから自宅学習をしないのではないと私は思っている。
いかに少ない自宅学習時間で進級し、卒業し、あわよくば有名大学に入学し、学士号を手に入れるか、それが彼らの「知的価値」の賭け金である以上、「どうやってできるだけ勉強しないですませるか」ということが喫緊の課題となる。
日本の子どもたちは日々死力を尽くして「勉強しないで競争に勝つ」ための工夫を凝らしている。そこにある限りの知的リソースを投じている。
その前提には、「勉強をしないで競争に勝つ人間がいちばん賢い」という価値観が同学齢で共有されているということがある(もし、うっかり「勉強って楽しい」とにこにこ勉強する子どもがいたりすると、大変なことになる)。
そのための子どもたち内部での「勉強するなイデオロギー」の宣布運動の熾烈さはいかなる宗教の勧誘も及ばない。
子どもたちが級友たちの勉強を組織的に妨害し、そのことを自分の「得点」に数え、それが「賢いふるまい」として賞賛される・・・というループの中で、日本の子どもたちの学力は構造的に低下している。
さて、どこから手をつけていいのか、私にもわからない。
いま政界では解散時期と定額給付金の「費用対効果」について政治家たちが狂躁的な論議を繰り広げている。
どのような政策についても、どうすることがもっとも「費用対効果がよいか」(今の場合は「票になるか」)という計算に夢中になっている政治家たちの脳裏に「費用対効果だけで教育を考えてはいけない」という発想が去来する可能性はゼロである。
そのような政治家や官僚たちが立案するものである限り、その教育施策が日本の子どもたちに「勉強することそのもの」の楽しさに気づかせることになるということは原理的にありえないのである。

2008.11.18

Let's downsize

久しぶりに平川くんが遊びに来て泊まっていったので、朝ご飯を食べながら、日本の経済の現況とゆくえについて平川くんの見通しを聴いてみた。
中小企業の窮状は予想以上のものらしい。大企業の生産調整のしわよせを押しつけられた下請けでは前年度比30%の減収というようなのは当たり前だそうである。
彼の周囲でもばたばたと倒産が続いている。
アメリカン・モデルが崩壊した以上、このあと世界は多極化と縮小均衡の局面を迎えるという予測については私も同意見である。
日本社会がこれから採用する基本戦略は「ダウンサイジング」である。
平川くんのリナックス・カフェではこのところ「企業のダウンサイジング支援」というのが主力のサービスだそうである。
巨大なオフィスを引き払って狭いオフィスに移り、ネットワークを簡略化し、商いのスケールを縮めるためのノウハウを「教えてください」とお客が列をなす時代なのである。
企業は「縮む」ということについてノウハウを持っていない。
ひさしく資本主義企業は「巨大化する」か「つぶれる」かの二者択一であり、「現状維持」とか「ダウンサイジングによる安定の回復」ということは経営者のオプションには含まれていなかったからである。
彼らが「ダウンサイジング」というときに想像するのは、「労賃の切り下げ」とか「レイオフ」とか「非正規雇用への切り替え」といった雇用調整戦略か、「別社化」や「アウトソーシング」による採算不芳部門の切り離しか、下請けや仕入れ先からの「コストカット」などの「ハード」な戦略だけである。
体力のある部分だけが生き残り、ないところは死ぬ。
勝つものがすべてを取り、負けるものはすべてを失い。
ホッブズのいう「万人が万人にとって狼である。万人が万人と闘争する」自然状態への逆戻りしか「縮む」という言葉から思いつかないのがグローバリスト的ビジネスマンである。
彼らはパンの総量が減ったときには、「他人の口からパンを奪い取らないと生きていけない」と考える。
彼らは「自分の食べるパンの量を減らしても快適に生きていける方法」という選択肢が存在することをたぶん生まれてから一度も想像したことがないのである。
例えば、「少子化問題」というのは幻想的なかたちでしか存在しない。
「人口が右肩上がりで増え続けることを想定して作られたビジネスモデル以外の生存戦略はありえない」と信じている人間の脳内だけに「少子化問題」は存在する。
もし1億3000万人の人口が維持できなければ国が滅びるなら、とうに日本は存在していないであろう(江戸時代の人口は3000万人、明治40年でも5000万人だったのだから)。
「少子化」問題は、それだけの頭数の人間が税金を払い、保険料を払わないと「現行の行政システム」が維持できないと思っている官僚と、それだけの頭数の消費者と労働者が確保できないと「現行のビジネスモデル」が維持できないと思っているビジネスマンの脳内だけに存在しており、それ以外の場所には存在しない。
「現行のシステム」を不可疑の前件にして、その上で考えるから人口減は「少子化問題」に「見える」だけである。
前件を変えれば、人口減は「問題」ではなく、「ソリューション」である。
環境への負荷や食糧自給の観点から見れば、人口減は「最適ソリューション」以外のなにものでもない。
どう考えても、地球上に65億も人間がひしめいているのは「種として」危機的な徴候だからである。減らせるところから減らした方がいいに決まっている。
「自分の食べる分のパン」の量をあらかじめ決めており、それを「神聖不可侵」の権利だと信じている人間の眼にだけ市場の縮小は危機的なものに見える。
けれども、「自分の食べる分のパン」を抑制する術を知っている人間にとっては市場の減少や人口減や経済活動の失速は「いつか見た風景」である。
かつて小さな市場、乏しい人口、ぱっとしない経済活動の下でも、私たちの父祖たちはそれなりに快適に威厳をもって社会生活を営んできた。
どうして、私たちに限ってそれができないと断定できるのか。
経済条件の切り下げによって、人間はたちまちその矜恃を失い、生きる希望まで失うということがメディアでは「当然」のように語られる。
失職した人間や労働条件を切り下げられた人間がどれほどみじめで、どれほど絶望的な状況になるかをメディアは毎日のようにこわばった筆致で報道している。
そうすることでメディアの諸君は何をなしとげようとしているのか。
彼らを支援しているつもりなのだろうか。
私にはよくわからない。
よく人々は「一度生活レベルを上げると、下げることができない」という言葉を口にする。
その言葉は実感の裏付けがあって言われているのか。
私は違うと思う。
一度も「生活レベルを下げる」という経験をしたことのない人間がそういうことを断言できるのは、「みんながそう言っている」からというだけのことである。
「一度生活レベルを上げると、下げることができない」というのは資本主義市場が消費者の無意識に刷り込み続けてきた「妄想」である。
そう信じているせいで、人々は給料が減ると、アイフルやプロミスから金を借りてまで「今の生活レベル」を維持しようとする。
金を借りることを合理化できるのは、「いずれ給料が上がる」と(無根拠だとわかっていながら)信じたがっているからである。
そうやって市場における貨幣の流動性は高まり、商品取引は活性化し、その代償に人々は自己破産や夜逃げや自殺に追い込まれてゆく(同じロジックでサブプライムローンも破綻した)。
私はこれまで何度も「生活レベルを下げた」ことがある。
仕事がなくなると収入が減る。収入の内側に生活レベルを下方修正する。同じ貧しい仲間たちと相互扶助、相互支援のネットワークを構築する。
だから、私はどんなに貧乏なときも、きわめて愉快に過ごしてきた。
「今の生活レベル」などはいくらでも乱高下するものである。
そんなことで一喜一憂するのはおろかなことだ。
自分の今の収入で賄える生活をする。
それが生きる基本である。
「ありもの」を使いのばし、「ありもの」で「要るもの」を作り置きしておいて、いざというrainy dayに備える。
私たちはこれから窮乏の時代に入る。
「右肩上がり以外の生存戦略は存在しない」と信じている人間が生き残ることのきわめて困難な時代に入る。

2008.11.20

いいまつがい

麻生首相がまたまた舌禍事件を起こした。
官邸での知事会議の席で、医師不足についてコメントしてこう述べたと毎日新聞は伝えている。
「自分で病院を経営しているから言うわけではないが、医者の確保はたいへんだ。(医師には)社会的常識がかなり欠落している人が多い。うちで何百人扱っているからよくわかる」と地方の医師不足の原因をもっぱら医師側の「常識の欠落」に求めた。
さらに首相は「正直これだけ(医師不足が)はげしくなれば、責任はお宅ら、お医者さんの話ではないのか。しかも、お医者さんを『減らせ減らせ、多すぎだ』と言ったのはどなたでしたか」と過去の医師会の立場を批判した。
1970年代に一県一医大構想と私立医学部の新設で医学部定員が急増し、「医師過剰」による競争激化が懸念されたのは事実である。そのときに医学部定員を最大時の7%削減し、以後20年以上抑制傾向が続いていた。それが、このところの医師不足で先般50%の定員増に踏み切ったばかりである。
私は医療行政については門外漢であるが、過去四半世紀にわたる医学部定員抑制に過当競争を嫌う医師会の意向が反映していたというのは事実であろう。
けれども、医師会が医師数を減らすことで、医療環境を劣化させることを望んだということは常識的に考えてありえない。
競争が過当にならない程度、医療水準の質が高く維持できる程度の医師数を現場は望んでいたはずである。
その数値はおりおりの状況を勘案して、「さじ加減」で決めるしかない。
「さじ加減」をするのは厚労省の仕事であり、もし「さじ加減」が失敗して今日の医師不足があるのだとしたら、その責めは法理的には歴代の総理大臣が負うべきものであろう。
麻生太郎首相の言い分はいつも構造的に似ている。
それ自体はたしかに根拠のある一つの「事実」だけをうるさく言い立て、それ以外の(彼が言い立てる「事実」とうまく整合しない)諸「事実」は無視する。
先般の「定額給付金」における「地方分権」という言い分も「それだけ」を取り出すと、部分的には整合的である。
けれども、全体的コンテクストの中ではきわめて奇矯なものに映る。
たとえて言えば、前日学校を早退した友人に「昨日はなんで帰ったの?」と質問したときに「電車で」と答えられたような違和感が麻生首相の発言にはつねにつきまとう。
たしかに「昨日はなんで帰ったの?」という質問を「帰宅の手段」についての問いと解することは可能であるから、この問答には何ら論理的瑕疵がないと言い立てることは可能である。
でも、ふつうは「そんなことを訊いているんじゃない」ということは誰にでもわかる。
前後の「文脈」というものがあるからだ。
だから私たちは問いに答える前に「この人はこのことを問うことによって、何を問おうとしているのか?」と自問する。
問う人がどういう口調で、どういう表情で、どういう姿勢で、どういう立場から、どういう利益を求めて(あるいはどういう不利益を回避するために)それを問うのかを考える。
手がかりは文言それ自体のうちにはない。
文言の外に遊弋する無数の「非言語的なシグナル」を熟視して、「そう問うことを通じて問いたいこと」を言い当てる。
麻生太郎というひとはこの「非言語的シグナル」を読み当てる能力にどうやら致命的な欠陥があるようだ。
それはこの人の「言い間違え」に端的に表れている。
彼が「踏襲」を「ふしゅう」と読み、「未曾有」を「みぞゆう」と読み、「頻繁」を「はんざつ」と読んだことをメディアは「無教養」のしるしだと理解している。
私は違うと思う。
「頻繁」を「はんざつ」と読み違えたのはただのケアレスだろうけれど、「踏襲」とか「未曾有」を読み違えるというのは、それとは種類の違う誤り方である。
首相も70歳近い人間である。これまでの生涯で他人の口から「とうしゅう」という言葉を聞いた機会は数千回、数万回あったはずである。「みぞう」はそれほど多くないにしても、議会の演説でも、テレビのニュースでも数千回は耳にしているはずである。
にもかかわらずその語の読みを誤ったということは、彼が小学生の頃から60年ほど、自分の知らない言葉を耳にしたときに「これは私の知らない言葉だが、どういう意味なのだろう?」と考えて辞書を引くという習慣をもたなかった子どもであったと推察して過たない。
どうして、知らない言葉の意味を考えなかったかというと、「自分が知らないことは、知る価値のないことだ」というふうに推理したからである。
「無知」というのはそのような自分の知力についての過大評価によって構造化されている。
「人の話を聴かない人間」は他人の話のなかの「自分にわかるところ」だけをつまみ食いし、「自分にわからないところ」は「知る価値のないたわごと」であると切り捨てて、自分の聞き落としを合理化している。
けれども、それでは「危機的状況」は乗り越えることができない。
「危機的」というのはふつう「自分に理解できないこと」が前面にせり出してきて、それが私たちの社会の秩序を根底的に壊乱させつつあるような事態のことだからである。
危機に対処するためには、「自分に理解できないこと」を「理解する」というアクロバシーが必要である。
「自分の知らないこと」の意味を探り当てるためには、「自分の知っていること」だけを組み合わせても追いつかない。
どこかで「自分の知らないこと」の「意味がわかる」という力業が演じられければならない。
私たちは非言語的なシグナル(「意味以前」)を手探りすることで「自分には意味がわからないことの意味」に触れようとする。
政治家には荒海を進む船の船長のような資質が求められる。
それは「なんだかわからない事態」に適切に対処できる能力である。
「何がなんだかわからない事態」に遭遇したときに、「私は一貫して正しい操船をしており、何かが起きたとすれば、それは『何か』の方の責任だ」と言ってはばからない人では船長は務まらない。
私たちの政治指導者はどうやら「船長」タイプの人間ではなさそうである。
これからあとも麻生首相はさまざまな「シグナル」を組織的に読み落とし続けて、舌禍事件を繰り返すであろう。
そして、「自分はちゃんと問いに答えているのに、どうして世間の連中はそれに対して文句を言うのか」と憤慨し続けることだろう。
このようなコミュニケーション感度の低い政治家をあとどれくらいの期間私たちは宰相としていただかねばならぬのであろう。

2008.11.23

東京日帰りツァー

東京日帰りツァー。
親鸞仏教センターというところで「現代日本の呪いと祝福」というお題で講演。
同じような話をもう三回か四回しているので、ちょっと飽きてきたなあと講演中に思ったら絶句してしまう。
絶句というのは「自分が何を話しているのかよくわからなくなる」ということではなく、自分が話していることはよくわかっているのだが、それがどうして他ならぬこの場でこの人たちを前に言わなければならないことであるのかの必然性がふとわからなくなるときに現象する。
このところ絶句して、座が重苦しい沈黙につつまれる・・・ということが何度か続いている。
これはもう「講演をやめろ」ということなのかなと思う。
続いて、丸の内ホテルで茂木健一郎さんと「ビジネス・アスキー」という月刊誌のための対談。
茂木さんがホストで、私がゲスト。「笑い」がテーマ。
茂木さんとお会いするのはひさしぶりである。
でもテレビでときどきお顔を拝見しているので、そんな気がしない。
座敷で焼酎を飲み、はりはり鍋をつつきながら、ほっこり気分で、笑いと政治、ユダヤ人の知性について、漱石と女性語について、武道の身体運用とブリコラージュについて、談論風発、時の経つのを忘れてしまう。
途中から桑原茂一さんもやってくる。
私たちの世代にとってはわすれがたい「スネークマンショ−」の、あの桑原さんである。
茂木さんとは仲良しで、私の本もご愛読くださっており、今回は「合気道について訊きたい」ということで対談の場に遊びに来られたのである。
環界とあるいは他者と身体的なレベルでコミュニケーションするためにはどういう理論、どういう技術が有効なのかというテクニカルな問題に桑原さんはいまつよい関心を持っているらしい。
私たちの話の落ち着き先は「具体的な手触りがある、節度のあるコミュニケーションの場が懐かしい」というものであった。
マスメディアの時代は終わったような気がすると私が言うと、SNSやネットコミュニケーションも期待したほどには人間のアクティヴィティを高めなかったというやや悲観的な見解を茂木さんが示した。
私も茂木さんもネットを十分に利用し、そこからたしかな利益を得ている人間であるけれど、それでもトータルでは「ちょっとだけプラスの方が多い」くらいにしか査定できないというのはさびしい話である。
それほどにネットコミュニケーションが解発した「邪悪なもの」の災厄は大きいのだ。
コミュニケーションが汚れるのは、スケールの大小の問題ではないし、どんな手段で伝達されているかという問題でもない。
規模にかかわらず、手段にかかわらず、骨肉を備えた人間が、その生身を差し出して、自分の言葉の「債務保証」をしているのかどうかという問題なのだ。
身体に担保されない言葉はどれも空語である。
茂木さんは某新聞のパーティで評論家たちが内向きの言葉しか話していないことにびっくりしたという経験を語っていた。
内向きというのは符丁ということである。
どれほどはためからはインティメイトな場であっても、そこでゆきかうのが符丁であるかぎり、それは誰の身体によっても担保されていない。
そのことに気づかない人々によって現代日本の言論が編成されているのである。
私もはやくマスメディアの仕事を止めて、「路地裏の駄菓子屋」のような小商いに戻りたい。
もう言いたいことはだいたい本に書いたし、ブログという便利な媒体だってある。
既存のメディアからお座敷がかかるのこのこ出かけて行って、見ず知らずの読者相手に言挙げすることはもう止めてもよい頃合いである。
それがなかなか止められないのは、「茂木さんに会える」とか「養老先生と会える」とか、そういう「おいしい」話には抵抗できないからである。
茂木さんとはまた来月養老先生の忘年会でお会いするので、またねと手を振って、お別れる。

2008.11.27

大瀧詠一師匠来臨

先週今週はたいへんタイトなスケジュールである。
金曜日、ゼミのあと13時から19時半まで連続6時間半の会議。そのあとミシマ社の三島くんとご飯。土曜日、東京日帰り。親鸞宗教センターで講演、そのあと茂木健一郎さんと「アスキー」対談。日曜日、講演の打ち合わせのあと合気道の審査。月曜日、授業だけだと思って帰ったら、夜会議(忘れてました)。火曜日、ゼミ二つ、そのあいまに「新潮45」のインタビュー、終わってから野木さん足立さんとご飯。水曜日、東京日帰り。大瀧詠一さんを囲むラジオ収録。木曜日は授業と合気道だけで何もない日(ほっ)。金曜日、大垣日帰り。IAMASで小林昌廣さんと対談。土曜日、下川先生の稽古と合気道の稽古のあと東京へ移動。日曜日、午前中に全国学生相談研修会で講演。そのあと「週刊現代」の取材。月曜日からゼミ面接が始まる。1週間で80人くらいの学生と面談。そのあいだに締め切りが4つ。
どうしてそんな無茶なスケジュールを組むのかと訝しがられるけれど、気がついたらこんなふうになってしまっているのだから、仕方がない。
でも、茂木さんなんかこんなもんじゃないらしい(聴いた話では、飛行機から降りたとたんにテレビ局差し回しの車に拉致され、控え室の廊下に各誌の編集者が原稿待ちの列を作り、タクシーの中で原稿を書くそうである)。
そんな超多忙の茂木さんとお会いしたあと、その対極ともいうべき「仕事始めがこのラジオ収録で、仕事納めが山下くんの『新春放談』」という(1年に2コしかメディアに出ない)大瀧詠一さんとお会いする。
すごい落差。
今年山下達郎さんはツァー中なので、「新春放談」の収録日程はまだ決まっていないそうである。
仕事はそれだけだよ、と大瀧師匠は破顔一笑されていた。
去年も同じ頃に収録があった。
今年も平川くんからのオッファーにご快諾いただいたそうであるから、このラジオ出演は大瀧さんの「年末恒例行事」にご登録願えたのかもしれない。
ともあれ、去年今年と、全国のナイアガラー諸氏は「年始の新春放談」と「年末のラジオデイズ」http://www.radiodays.jp/の二度、大瀧さんのお話が楽しめることになった。まことに慶賀の至りである。
今回はスタジオで平川くん、石川くんとテーブルを囲んでの収録だったので、「なんか麻雀みたいだね」というところから話が始まる。
そこで話そのものを麻雀として進行することにする。
つまり、誰かの話を引き取って「まとめ」たら「栄和」。自分の話に自分でオチをつけたら「自摸」。
平川くんが1300点で安上がりしたところで東場が終わる。
スタジオ内は大爆笑だったけれど、麻雀知らない人にはわからないよなあ。
相撲の話、映画の話、そして音楽の話。大瀧さんのマシンガントークを堪能した2時間半でありました。
最後に、私としては個人的に今回ぜひお聞きしようと思っていた『幸せな結末』と「はっぴいえんどの日本語」について大瀧さんに質問をする(「はっぴいえんどの日本語」には『街場の教育論』の国語教育編でも言及したから、その「裏」を取りたかったのである)
そして、驚くべきインサイドストーリーをわれわれは知ることになったのである。
どんな話かはラジオで聴いてね。
「また来年もこの季節に」という私たちの挨拶を背ににこやかに師匠は福生にお帰りになられたのである。

2008.11.29

近江路は帰りも雨だった

IAMASへ。
前回は新快速で米原まで行って、大垣までの東海道線在来線に乗り換えて、大垣まで小林先生に迎えに来ていただいた。
今回もそのパターンのつもりだったが、朝空を見上げるといい感じで晴れている。
関ヶ原あたりの紅葉がきれいだろうなと思って、車で行くことにする。
カーナビでチェックすると所要時間は2時間半ほど。電車で行くよりちょっと早い。
大津あたりから小雨が降り出したが、大垣に着く頃にはその雨も上がり、きれいな虹が見えた。
途中、伊吹のPAでラーメンを食べて一服。
ひとりでドライブしていて、ひとけのないPAでラーメンずるずる食べたあと、ふだんは吸わない昼食後の一服をしていると、不思議な「解放感」がある。
このままずっと車を走らせて、北陸あたりの温泉を泊まり歩いたらさぞや気分いいだろうな・・・と思う。
旅館の窓から重い灰色の空の下の荒れた日本海をぼんやり眺めながら、どてらの襟を立てて、燗酒なんか飲むのである。
あ、楽しそう。
何もかも捨てて旅に出たいと思う人の気持ちがわかる。
でも私はカタギの勤め人なので、きちきちと定刻にIAMASに着いて、さくさくと講演を始める。
お題は「イマドキの大学生」(といってもお相手は大学院生なんだけど)
そういう話をするつもりでマクラに「ありものの使い回し」というネタを振ったら、そのまま「ブリコラージュ」の話になり、『太平洋ひとりぼっち』の話になり、武道の身体運用の話になり、時間をフライングする技術の話になり・・・最後はなんとか現代の教育では「先駆的に未来を直感する」能力開発が組織的に阻害されているというところに落とす。
後半90分はそのへんから始めて、小林先生とふたりでおしゃべり。
居酒屋のカウンターでぐだぐだしゃべっているのを聴いていただくような感じの対談であるが、小林先生はたいへんテンポのよい語り手=聞き手なので、気分よく話が進んで、クリエティヴであるとはどういうことかについてわいわい話しているうちに、あっというまに午後5時になる。
もう外は真っ暗である。
聴講に来た方に大垣のICまで道案内をお願いして、名神に乗って帰宅(ご案内ありがとうございました)。
帰りも近江路は小雨。


2008.11.30

握らない一教

死のロードの最終日一日前。
楽しい合気道のお稽古。
なんだかやたらたくさん人が来ていて、40人近くいる。
このところ、みんな上り調子なのである。
合気道がおもしろくてしょうがないという顔をしている。
たぶん、きっかけの一つは「握らない一教」からである。
正面打ち一教、とくに裏のとき、腕の力を使いがちになる。
これがどうもよくないのだけれど、なかなか修正が効かない。
がばっと相手の肘を握って、引き倒すようなかたちになると、「斬り」にならない。
原理的にいうと、ものを「斬る」ためには刃筋がつねに体の正中線上になければならない。
しかし、徒手の武術しか経験のない人たちに「刃筋」という概念を理解してもらうのはなかなかむずかしい。
ふと思いついて、取りは肘を握らない、手首も握らない、掌を当てるだけの稽古をすることにした。
発想の転換である。
「受けの身体運用」を中心に稽古するのである。
手首、肘に受ける圧力を全身に均等に分散するような身体の使い方をする。原理的にはふだんの稽古のときもそうしているわけなのだが、強い圧力を感じると、反射的に身体が硬直することは避けがたい。
けれども、圧力が弱いと、それに柔らかく応じることは心理的にも生理的にもそれほどむずかしくない。
手首も肘も掌が当たっているだけであるから、相手の体感が微弱である。
微弱な信号を察知して、それを「受け流す」稽古の方が身体感度を上げるためには効果的ではないか。
そう思ったのである。
「方便」としての稽古だから、取りの弱い動きはむろんそのまま武術的に有効ではない。
それでも、「握らない」と正中線の意識ははっきり向上する。腕力の使用を禁じると、斬りの線の精度以外に「使える道具」がないからである。
受けの感度を上げ、取りの運動精度を上げる、という二点でこれはなかなかよくできた型である。
ふだんからばんばん投げ合い、ぎしぎし関節を決めるような稽古をしている人から見たら、「なんか軟弱」と思えるかもしれないが、計画的なプログラムの中でだと、こういう種類の稽古は十分に有効である。
初心者の術技の向上はあきらかに早いし、上級者も気づかないうちに身についた癖を補正できる。
長く指導してわかったことのひとつは、「既知の技」を「既知のパターン」で繰り返す稽古で「壁を破る」よりも、「既知の技」を「未知のパターン」に書き換えて「おお、この技には『こういう意味』もあったのか・・・」と気づくことの方が「ブレークスルー」には効果的だということである。
言い換えると「頭と身体の両方を使う」稽古の方が「身体だけを使う稽古」よりも「使っている身体部位が多い」ということである。
頭だって身体の一部なんだから。
「ややこしいこと」をするときの方が「簡単なこと」をするよりも身体の使用部位が多い。これは必ずそうなる。
逆に言えば、生物は「簡単な動き」を「複雑に行う」ということができない。
それは野生動物をみているとわかる。
彼らは最小限のエネルギー消費で身体を動かす方法を知っている。
もちろんそれは「窮乏」ベースの環境を生き延びる上では死活的に重要なことだ。
だから、合気道でも、簡単な動きを単調に反復練習していると、いつのまにか「できるだけ他の身体部位を使わないで、最小エネルギー消費で、最小の運動で、局所的に処理する」という回路ができてしまう。
これはエネルギー効率的には合理的な判断なのだが、それはあくまで「窮乏ベース」の話で、「生き死にベース」になると話は変わってくる。
生き死にがかかわるときは、後先考えずに、使える限りの身体的リソースを総動員する身体運用でないと対応できない。
私たちは「できるだけ楽に生きる」技術と「何が何でも生きる」技術を同時に学ばなければならないのであるが、この二つは別の体系に属している。
武道は「楽に生きる」ための技術ではない。最短時間に最大エネルギーを支出できる「回路」を形成するための技術である。
「合理的な生き方」と、「最大限の力を発揮する生き方」は、どちらも必要であるが、訓練のやり方が違う。
「握らない一教」はわずかな入力に最大の出力を以て応じる身体回路を作るための稽古である。
いわば、「鶏を割くに牛刀を以てする」ようなものである。
「合理的に生きる」技術と「何が何でも生き延びる」技術は目的が違い、訓練法が違う。
私たちの社会は「合理的に生きる技術」を教えることには熱心だが、「何が何でも生き延びる技術」を教えることには教育的リソースをほとんど投じない。
だから、「全力を尽くさなければ生き延びることができない状況」に備えて心身の訓練をしている若い人を見ることは絶望的にまれである。
今、ほとんどの若者にとって「生き延びることができない」状況というのは「金がない」状況のことである。
金がないから絶望し、金がないから盗み、金がないから人を殺し、金がないから自殺する。
そういう考え方が「あり」だと思っている人たちは「骨の髄まで合理主義者」なのである。
というのは、貨幣というのは「より合理的に生きる」ために発明された制度だからである。
「大量の貨幣」は「より合理的に生きられる」ことを保証しはするが、「何が何でも生きられる」ことは保証しない。
それは「タイタニック号沈没のとき」とか「ゴジラ来襲のとき」を想像すれば子供にもわかる。
私たちが稽古しているのは「沈みそうな船には乗らない」稽古、「ゴジラが来そうな町には住まない」稽古なのであるが、こんな説明でわかってくれる人はあまりいない。

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