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2018年07月 アーカイブ

2018.07.07

敗北主義について

ある地方紙に月一でエッセイを書いている。これは5月に書いたもの。

日替わりで行政の不祥事が報道されているので、この記事が新聞に出る頃に日本の政局がどうなっているのか皆目見当もつかない。だが、どちらに転ぼうとも「行き着くところまで行く」という流れに変わりはないだろう。
「行き着くところまで行く」というのは、言い換えると「このままの方向に進むととんでもないことになるということがわかっていても、手をつかねて何もしない」ということである。「最悪の事態が到来するまで何もしない」というのは日本人の宿痾である。
組織的危機の到来を警告する人間は日本社会では嫌われる。
事故を起こした原発でも、コンプライアンス違反や法令違反を犯した企業でも、「こんなことを続けていると、いつかたいへんなことになる」ということを現場の人間は知っていたはずである。自分たちがやるべき手順を抜かし、守るべきルールを守らず、定められた仕様に違反していたことは現場にいる人間は知っている。知らないはずがない。でも、それを上司に伝えると「嫌な顔」をされた。ここでそれを指摘すれば、経営陣はこれまでそれを放置してきたことの責任を問われる。壊れたシステムの補正のためにはそれなりのリソースを割かねばならない。仕事が増えるし、利益が減るし、外に漏れれば会社の評判に傷がつく。だったら「見なかったこと」にして、先送りした方がいい。人々はそう考えた。
いずれ「たいへんなこと」が起きるだろうが、その時には自分たちはもう満額の退職金を手に退職した後である。短期的に自己利益の多寡だけを見れば「見なかったこと」にする方がたしかに賢い生き方である。現に、「今すぐ非を認めて補正した方がよい」と諫言する人たちは嫌われ、排除され、「全く問題はありません」と言い募る人々が出世を遂げていった。
でも、そうやって、ある日気がついてみると、どれほど危機的な事態に遭遇しても、何もしないで先送りして、ますます事態を悪化させることに長けた人々ばかりで日本社会の指導層が占められるようになった。それが現状である。

「最悪の事態が到来するまで何もしない」というのは、日本の組織に限って言えば、実はそれなりに合理的な解である。そのことは残念ながら認めなければならない。
というのは、日本人は「最悪の事態」について考えると、とたんに思考停止して、絶望に陥り、使い物にならなくなるからである。
ほんとうにそうなのだ。
人口減少についてのデータに基づいて「これから経済成長を望むのは不可能だ」と書いたらたくさんの人に叱られた。「そういう衰亡宿命論を口にするな」「国民を悲観的にさせるな」と言うのである。
別に私は衰亡宿命論を語っているわけではない。私を個人的に知っている人はご存じのとおり、気質的にはたいへん楽観的な人間である。だから、人口が減り、超高齢化した日本でも、それなりに愉快で豊かな生活はできるはずだから、その手立てについてみんなで知恵を出し合おうではないかと申し上げているのである。
なのに「そういう話はするな」と言われる。それよりは原発再稼働とか五輪万博招致とかリニア新幹線とかカジノとか、そういう「景気のいい話」をしろ、と。
そういう話をしたい人はすればいいと思う。
でも、そういうのが全部失敗した後の「プランB」について私が考えても誰の迷惑にもなるまい。
だが、日本人は「今のプランAが失敗した場合のプランBを用意する」ことを「敗北主義」と呼ぶ。そして「敗北主義が敗北を呼び込む。景気の悪い話をする人間が景気を悪くするのだ。この後日本が経済成長しなかったら、それはお前の責任だ」とまで言う。
なるほど、悲観的になると思考能力が低下するという真理は夫子ご自身のそのご発言からあからさまに知れるのである。

大学の株式会社化について

科学技術白書がようやく日本の学術的発信力の低下を認めた。
それについて『サンデー毎日』に所見を寄稿した。もう2週間前なので、採録。

先日発表された科学技術白書がようやく「わが国の国際的な地位の趨勢は低下していると言わざるを得ない」ことを認めた。
「引用回数の多い論文の国際比較で日本は10年前の4位から9位に転落した。論文数も減って2位から4位になったが、4倍に増えた中国はじめ主要国は軒並み増加している。」(毎日新聞、6月14日)
各国の政府の科学技術関係予算の伸び具合を00年と比べると、中国が13.48倍(2016年)、韓国が5.1倍(同)、日本は1.15倍(2018年)。博士課程への進学者はピークの03年度を100とすると2016年度は83。海外派遣研究者の数も00年を100とすると2015年度で57にまで減った。注目度の高い研究分野への参画度合い(14年)では、米国91%、英国63%、ドイツ55%に対し、日本は32%。科学研究の全分野で壊滅的な劣化が進行している。
しかし、白書は遅きに失した。
日本の学術的発信力の低下が指摘され始めたのは2002年のことである。一国の科学研究のアクティヴィティの高さの最もわかりやすい指標である「人口当たり論文数」は2015年に世界37位(すなわち先進国中最低)をマークした。高等教育機関への公的研究資金の投入と論文数生産は相関するが、日本はこの対GDP公的支出ランキングでここ数年、先進国最下位を定位置としてキープしている(一度ハンガリーに「負けた」が、翌年すぐにめでたく最下位に復帰した)。
日本の学術論文の80%は高等教育機関が生産しており、そのさらに60%は国公立大学が生産している。国公立大学からの論文生産の停滞が日本の学術研究の停滞を招いていることは久しく指摘され続けていた。特に2004年の独立行政法人化以後の国立大学の学術的生産力の劣化が顕著である。
先日京都大学の山極壽一総長が「法人化は失敗だった」と断言して、話題を呼んだ。法人化以後、研究費と研究者数と研究時間が減らされているのだから、それで研究成果が上昇したら奇跡である。まことに愚かなことをしたものである。
国立大学の独立行政法人化は21世紀の初め頃から日本社会を覆い尽くした怒涛のような「株式会社化」趨勢の中で決定された。
「株式会社化」というのは、「すべての社会制度の中で株式会社が最も効率的な組織であるので、あらゆる社会制度は株式会社に準拠して制度改革されねばならない」というどこから出て来たか知れない怪しげな「信憑」のことである。いかなる統計的エビデンスも実証データもないままに、その頃羽振りのよかった新自由主義者たちが教育・医療・行政・・・あらゆる分野で「改革」を断行せねばならじと獅子吼したのである。
彼らの考えるた「株式会社化」はおおよそ次のような原理に基づいている。
(1)トップに全権を集約して、トップが独断専行する(上意下達)。
(2)トップの下す経営判断の適否は、組織内の民主的討議によって「事前」に査定されるのではなく、マーケットに選好されるかどうかで「事後」に評価される(市場原理主義)。
(3)組織のメンバーではトップの示すアジェンダに同意するものが選択的に重用され、トップの方針に非協力的なものはキャリアパスから排除される。公共的資源もこの「トップのお気に入り度」に基づいて傾斜配分される。(イエスマンシップと縁故主義)。
上意下達・市場原理主義・イエスマンシップ・縁故主義・・・と並べると、「今の日本の組織って、全部そうじゃないか・・・」と深く頷かれることと思うが、この四つが21世紀日本社会を覆い尽くした「株式会社化」運動の基本綱領である。
営利企業が株式会社という形態を選択することに別に異論はない。好きにされればよい。けれども、医療や教育や行政のような「社会的共通資本」を株式会社に準拠して改革されては困る。それらの制度は営利目的で設立されたものではないからである。
「社会的共通資本」とは「それなしでは人間が集団として生きてゆくことのできない制度」のことであり、専門家によって、専門的知見に基づいて、定常的に管理運営されるべきものである。収益を上げたり、株主への配当金を増やしたり、あるいは特定の政治イデオロギーを宣布するために存在するわけではない。そのことをまったく理解していない人が少なくない(どころではない)。だから、同じことを何度も言わねばならない。
前に地方自治のありようを見て、「民間ではありえない」と言って罵倒した政治家がいた。彼が「民間ではありえない」と言ったのは、行政が「株式会社のように運営されていない」ということだった。だが、少し考えればわかることだが、地方自治は決められた行政サービスを安定的・恒常的に供給するためにあるわけで、売り上げを増やしたり、存在しないニーズを創り出したり、納期に合わせて仕様を変えたりする必要がないし、何よりも政策の当否が「マーケット」の評価で事後的に決まるのを待つということをしない。事前に熟議して、さまざまなリスクを全部書き出して、それぞれについて対策を講じておいて、その上で「まあ、これなら大丈夫」だという政策をそろそろと実施するのが、地方自治であれ、医療であれ、教育であれ、そういう制度を管理する上での要諦である。当たり前である。「止まってしまったら、それでおしまい」なんだから。
「社運を賭けて起死回生の大バクチを打つ」ということは株式会社であればいくらでもおやりになればいい。失敗したって倒産して、株券が紙くずになるだけである。けれども、行政や医療や教育でそんなことをされては困る。取返しがつかない。水道が出なくなったとか、交通網が途絶したとか、病院が閉鎖されて医療機会がなくなったとか、学校が廃校になって子どもたちが行き場を失ったとかいうことと、市場である商品が流通しなくなるというのはまるでレベルの違う話である(ある商品がなくなってもあっというまに代替商品が市場を席捲するだけのことである)。
そんな簡単なことさえ理解できない人たちが「人間が集団として生きてゆくためにほんとうに必須のもの」と「(あってもなくてもよい)商品」を混同して、商品の開発・製造・流通と同じ要領で社会的共通資本も管理できると思い込んだ。そのせいで、今の日本は「こんなざま」になってしまったのである。
断言させてもらうが、大学の学術的生産力の劇的低下は大学の株式会社化の必然の帰結である
文科省の指示によって、大学はトップ(学長・理事長)に全権を集約して、大学教授会は諮問機関に格下げれた(もう人事や予算の決定どころか入学・卒業の判定さえできなくなった)。教育内容は卒業生の「買い手」たる産業界から要望された「グローバル人材」なるもの(英語でタフな交渉ができて、辞令一本で翌日から海外に赴任できて、安い賃金で無限に働き続けられるサラリーマン)の育成に偏することとなった。換金性の高い研究・成果がすぐに出る研究ばかりが選好され、海のものとも山のものともつかぬ先行きの不透明な研究(ほとんどのイノヴェーティヴな研究はそうやって始まる)には資源が分配されない。若い研究者たちは不安定な任期制の身分に置かれているため、プロジェクトのボスのやり方に疑義を呈することはただちに失職のリスクを伴う。このような息苦しい研究環境で、いったいどうすれば創造的な研究が生まれると言うのか。
日本の学校教育が「もうダメ」だということはすでに一昨年秋にForeign Affairs Magazineが伝えていた。日本の教育システムは「社会秩序の維持・産業戦士の育成・政治的な安定の確保」のために設計された「前期産業時代に最適化した時代遅れのもの」であり、それゆえ、教員も学生もそこにいるだけで「息苦しさ」「閉塞感」を感じている。文科省が主導してこれまで大学の差別化と「選択と集中」のためにいくつものプロジェクトが行われたが(COE、RU11、Global30など)、どれも単発の、思い付き的な計画に過ぎず、見るべき成果を上げていないというのが同誌の診断であった。
私がなによりも問題だと思うのは、このような海外メディアからの指摘に対して文科省が無言を貫いたことである。
文科省の過去四半世紀におよぶ教育行政の適切性に疑義を呈したのである。それを不当だと思うなら、正面から反論すべきだった。同誌に抗議して、記事の撤回や訂正を求めても罰は当たるまい。
けれども、文科省はこの記事を無視した。何もしなかった。文科省の教育政策をこれまで支持してきた大学人や教育学者もこの記事を無視した。日本の学校教育が失敗しているということを海外メディアから指摘されているという事実そのものを隠蔽したのである。
不誠実な対応だったと思う。
たしかに、英語の外交専門誌を手に取る日本人など数千人もいない。99・9%の国民は文科省とメディアが黙っていればそんな記事の存在を知らずに終わる。だから、黙っていたのである。反論したら、教育行政の失敗が海外メディアで指摘されているという事実が国内メディアでも取り上げられる。文科科省はそれを忌避したのである。
自分たちの政策の正当性・適切性を学的な手続きによって論証することそれ自体を放棄した人々が日本の教育行政を司っているのである。学術的発信力が急坂を転げ落ちるように劣化するのも当然である。
この趨勢はもう止まらないだろう。

文科省の最新のスキャンダルは2020年度からの国立大学入試への英語の民間試験の導入である。
これについては大学中学高校のほとんどすべての英語科教員が反対している。この決定は密室で、少人数の関係者による、ごく短期間の議論だけで、実証的根拠も示されず、英語教育専門家の意見を徴することなく下された。実施の困難さや問題漏洩リスクや公正性への疑念や高校教育への負の影響についても何の説明もなされていない。
民間試験導入の旗振り役だった当時の文科相が私塾経営者出身で学習塾業界からの資金援助を受けていたこと、有識者会議で民間試験導入を強く主張した委員の経営する会社が民間試験導入決定後に英語教育事業を立ち上げたことが、のちに報道された。
「私利のために受験者数十万人の試験制度の改変を企てたのではないか」というような疑念はかつて日本の大学入試で呈されたことはない。でも、そういうことが起きても不思議はないほどに日本の教育行政は劣化している。
では、どうしたらいいのかと言われても、私に妙案があるわけではない。手当てができるところから補正修復するしかない。
まずは被害の全容を開示すること。日本の学校教育がどれほど病んでいるのか、どれほど傷つけられたのかを点検してゆく。なによりもまず全国の教職員たちが、現場に侵入してきた「株式会社化趨勢」に対してきっぱりと「ノー」を告げるところから始める他ない。

という記事を寄稿した1週間後に、文部科学省の高級官僚が、「私立大学研究ブランディング事業」で大学側の便宜を図る見返りとして、息子の受験の点数に下駄を履かせてもらっていた受託収賄容疑で逮捕されるという「醜聞」が報道された。
逮捕されたのは科学技術・学術政策局長である。
委ねられた国富の分配を私利のためにさじ加減するようなろくでもない汚吏貪吏が政府部内にいることに驚いてみせるほど私はナイーブではないが、それにしても「そんなことをしたら大学受験の公平性についての信頼のみならず教育行政全体への信頼を致命的に傷つけること」に手を染めたのが「科学技術・学術政策」起案実施のトップであったという事実は重い。
それは文科省が「例外的に不道徳な人物」が異数の出世を遂げることができる組織であるということを意味するだけでなく、「それが暴露されたら教育行政に対する国民の信頼に傷がつくリスク」と私利をてんびんにかけて、私利を優先させるほどに判断力の不調な人物が(平たく言えば「頭の悪い人物」が)日本の科学技術と学術政策を起案していたということを意味するからである。

家庭科教育について

日本家庭科教育学会というところから講演を頼まれた。
家庭科教育というのはきっと今日の学校教育のなかでは「冷や飯を食わされている」のだろうなと想像した(現実はどうなのかよく知らないけれど、「スーパーグローバル」とかいうような看板を欲しがる中高一貫校で家庭科の先生の発言が優先的に傾聴されるということは考えにくい)。
でも、家庭科というのは、とても大切な教科だと私は思う。
だから、二つ返事で引き受けた。
学会では「皆さんのなされている教育は子どもたちの『生きる知恵と力』を高めるためには必須のものです」とエールを送るつもりでいた。
でも、数十年ぶりの大雨で西日本の鉄道ダイヤが大幅に乱れ、JRからも「鉄道旅行を見合わせるように」と勧告があったので、今回は学会出席を断念した。
欠席の知らせをしたら、座長の先生から「メッセージを代読するから、何か書いて送って欲しい」と頼まれたので、話すつもりだったことのマクラのあたりを3000字ほど書いて送った。
せっかくなので、事前に送った「抄録」と代読してもらった「メッセージ」をここに録しておく。
まず抄録。

僕が家庭科がだいじだと思ったわけ

子どもが6歳のときから18歳の時まで父子家庭だった。その間にはよく家事をした。
「父子家庭」という大義名分があったので、日々エプロンをして楽しく働いた。
でも、娘が大きくなって家を出て、男一人暮らしになったら、ぱたりと家事を止めてしまった。手の込んだ料理も作らないし、縫物をすることも間遠になった。能を稽古しているので、紋付の半襟を縫い付けるくらいのことはたまにやるけれど、どうせ自分の着物だと思っているせいで仕事がぞんざいになる。とても娘の体操着に名札を縫い付けた時の集中力には及ばない。

私はもともと家事仕事が好きだし、けっこう得意だけれど、いつでも時間を忘れて熱中できるというわけではない。「誰かに尽くす」とか「誰かを守る」というマインドセットにならないとこういう仕事にはうまく集中できないのかも知れない。
自分のためだけだと今ひとつやる気にならない。
友人に父親の介護をしている時、料理が好きになった男がいる。それまで料理なんかほとんど作ったことがなかったのだけれど、父がなぜか彼の作る料理を「美味しい美味しい」といって食べてくれるのでうれしくなって、料理本を買い、毎日新しい料理に挑戦しているうちに、すっかり料理好きになってしまった。包丁や鍋釜も各種調えた。でも、父親が亡くなったとたんに料理を作る意欲がぱたりとなくなってしまったそうである。
自分自身のためには凝った料理を作る気がしないのだと言っていた。その気持ちはよくわかる。

家事というのは、本質的に他人の身体を配慮する技術なのだと思う。
清潔な部屋の、乾いた布団に寝かせ、着心地のよい服を着せて、栄養のある美味しい食事を食べさせる。
どれも他者の身体が経験する生理的な快適さを想像的に先取りする能力を要求する。
家事においては、具体的な技術以上に、その想像力がたいせつなのだと思う。
 
私はいま武道を教えて生計を立てているが、武道の要諦もまた他人の内部で起きていることに感覚の触手を伸ばすことにある。
武道の場合は、そのようにして自他の心身の間の対立を取り去り、自他の境界線を消し、「眼前に敵はいるが、心中に敵はいない」「敵我を見ず、我敵を見ず」という「活殺自在」の境地に至ることをめざすわけであるが、その能力はまた他者との共生のためには必須のものだと私は思う。
だが、家庭科も武道も現在の学校教育では基礎科目とはみなされていない。
たぶん他者との共生には特別の技術など要らない、あるいは有限の資源を奪い合うラットレースの競争相手の心身の状態など配慮するに及ばない思っている人たちが教育制度を設計しているからだろう。

ここまでが抄録。代読して頂いたメッセージは以下の通り。

みなさん、こんにちは。内田樹です。
学会で講演とシンポジウムに出席する予定でしたが、西日本の大雨で、鉄道ダイヤが大幅に乱れ、「鉄道での旅行は見合わせるように」というJRからの勧告を受けて、今日の学会出席を諦めることにしました。
一年以上前からご準備頂いたのに、申し訳ありません。
座長の荒井先生から代読するから、何かメッセージを送って欲しいという依頼がさきほどありましたので、今日の講演で申し上げたかったことをすこし短くまとめて申し上げます。
抄録にも書きましたように、私は家事というのは、本質的には、「他人の身体を配慮する技術」であると思っています。
ともに生活するひとたちに清潔な住環境を提供し、着心地のよい服を着せて、栄養のある美味しい食事を食べさせる・・・。それらの作業はどれも他者の身体が経験する生理的な快適さを想像的に先取りする能力を要求します。
私は家事においては、料理や裁縫といった個々の具体的な技術以上に、他者の身体が経験していることについて想像力を働かせることがたいせつだと考えています。
そういう発想法は私がいま武道を教えて生計を立てているということと関係があるのかも知れません。
武道の要諦は何よりも「他人の身体の内部で起きていること」へ感覚の触手を伸ばすことにあります。
というような説明では理解しにくいと思いますので具体的な例を挙げます。
伝統的な技芸には「内弟子」というシステムがあることはご存じだと思います。
内弟子というのは、師匠のそばについて、起居を共にし、稽古を手伝い、旅のお供をしたりするものです。その内弟子について一番必要な能力は「師匠の生理過程に同期できることだ」と以前、観世流のお家元、観世清和先生からうかがったことがあります。
かたわらにいる師匠がどれくらい空腹か、どれくらい疲れているか、どれくらい眠いのか、それが察知できないものには内弟子は務まりません。
内弟子には、師匠が「あれ」と言ったら、それだけで師匠が求めているものを過たず差し出すような「勘の良さ」が求められます。
そのような能力は人に教えてもらって身につけるものではありません。文字通り「起居を共にし、常住坐臥かたわらにあって、師匠の生理過程に同期する訓練をする」ことでしか身につきません。
内弟子というのは、師匠から直接お稽古をつけてもらうということがありません。師匠が他人につけている稽古を横で見て、そのアシスタントをするだけです。けれども、10年なり15年なり内弟子として師匠の傍らにあった後、修業が終わったから家に戻ってよいと言われて、そこで舞台に立つと、まるで師匠そっくりの芸風になっていると言います。
呼吸の仕方、立ち方歩き方、発声法、着付け・・・そういうものがいつの間にか師匠に酷似している。
そのようにして伝統的な技芸は何百年にわたって継承されてきたのです。

いまあげたのは技芸の伝承における生理過程の同調の実例ですけれど、これに限らず、他者の生理過程への想像的な同期というのは人間が集団的に生きてゆくためには必要不可欠のものだと私は考えています。
私の友人である津田塾大学教授の三砂ちづる先生は「おむつなし育児」というものを進めています。
これは幼児が尿意を催したときに、母親がそれを事前に察知して、排尿させられるような敏感な身体感覚の育成をめざすものです。
前にこんなエピソードをうかがいました。
三砂先生がアフリカでフィールドワークに携わっていたときに、現地の女性が背負っていた赤ちゃんを抱きおろして排尿させているのを見て、「どうして子どもがおしっこがしたいとわかるんですか?」と聞いたら、逆に「どうして、わからないの?」と驚かれたそうです。
僕も父子家庭で娘と毎日起居をともにしていた時期に、それに似た経験をしたことがあります。
朝から頭の中で、ずいぶん昔の「CMソング」がなぜか繰り返し聞こえてくるということがありました。声に出して歌っていたわけではありませんが、頭の中で同じメロディがリフレインする。
食事が終わって、台所で皿洗いをしているときに、またその「CMソング」が頭のなかで鳴り出しました。「またかよ」と思っていたら、少し離れたところにいた娘がその歌の「続き」を鼻歌で歌い出しました。
これにはびっくりしました。
皿洗いの手を止めて、「いま、どうしてその歌うたったの?」ときいたら、不思議な顔をして、「なんとなく」と答えました。
僕の頭の中で鳴っていたのは、娘が生まれるはるか前の1950年代のテレビドラマで使われていたCMソングでした。娘は知るはずのない歌を歌っていたのです。

でも、このような他者の中で起きていることに同期する能力はほんらいすべての人間に潜在的には具わっていると思います。そして、それは人間が共同的に生活するためにたいへんに重要な能力ではないかと私は思います。そのような能力があったからこそ、人類は、単独では、他の野生獣のような強さも敏捷さもない種であるにもかかわらず、地上における支配的な種として生き延びることができた。私はそういうふうに考えています。爪もない、牙もない、空も飛べない、水中でも生きられない。でも、人類は他の野生獣にはできないことができた。それは同種の他の個体と「つながる」ことです。何人も、何十人も、場合によっては何百人、何千人ものの個体が集まって、一つの「共同的な身体」のようなまとまり形成して、まるでひとつの生き物のように感じ、判断し、行動する。
それができたことが人間のきわだった特徴であったと私は考えています。

私はいまは武道の稽古を通じて、この「他者と同化する力」を育てるプログラムを作り上げようと努力しております。でも、それはやればやるほど、日常の家庭生活、共同生活に通じたものであることがわかります。
だからこそ、現代においても武道の修業に必然性があるのです。
現代社会では、よほどのことがなければ、武道の術を用いて誰かを投げたり、抑えたり、関節を決めたりというような機会はありません。私は合気道という武道を40年以上間稽古しておりますけれど、最後に「護身術的」に技を使ったのはもう四半世紀ほど前のことです。
むしろ、私たちは、武道の修業を通じて、術を護身術的に用いなければならないような剣呑な状況に立ち入ることがないように、事前に危険を察知して、危機を回避することができる感受性を洗練させようとして、日々稽古に励んでいるのです。
武道が目指すのは「いるべきところに、いるべき時にいて、なすべきことをなす」ことです。
それは誰かが教えてくれることではありません。マニュアルもガイドラインもありません。
武道のことばでは「座を見る。機を見る」という言い方をすることもあります。いるべき場所、いるべき時、なすべきことを自分で選択し、決断しなければならない。誰も自分に代わって選択し、判断してはくれません。
いるべきところ、いるべき時、なすべきことを決めるのは、私の自由意志ではありません。そうではなくて、私たちに対する他者からの「呼びかけ」です。「呼びかけ」、英語で言えば、vocationとか callingということになるでしょう。これらは「呼びかけ」とともに「天職」「召命」を含意する語です。

他者からの呼びかけに応えて、私たちは自分がいつどこでなにを果たすべきかを知る。
「呼びかけ」のうち、もっとも受信しやすいのは、「救い」を求める声です。
飢餓、寒さ、痛みなどは、どれもそれを放置すると命にかかわる身体感覚ですが、それはいずれも他者の緊急な介入を求めています。ですから、非常に発信力が強い。

人倫の基本は「惻隠の情」ですが、この「惻隠の情」というのは、いささか堅苦しい言い方に言い換えると「緊急な介入を求める他者からの救援信号を感知すること」ということになろうかと思います。
先ほど、家事に必要なのは、他者の身体で起きている出来事に対する想像力だということを申し上げました。
もちろん日々の穏やかな生活において、私たちは共に暮らす人たちからの「生活な住環境」や「着心地のよい衣服」や「美味しい食事」などを求める穏やかな「呼びかけ」を聞き取ることができれば、それで十分です。
でも、その呼びかけを聴き取れる能力は「緊急な介入を求める他者からの救援信号を感知できる能力」と同質のものです。「惻隠の情」と同根のものです。それは人間が他者と共生できるために、必須の能力です。

学校教育とは、子どもたちが「他者と共生できる能力」を身につけることができるように支援することだ、というのが私の個人的な定義です。
この場合の「他者と共生できる能力」の中には、言語によるコミュニケーション能力や、合意形成能力や、「公共意識」など、さまざまなものが含まれますが、どれほど高度な社会的能力にせよ、その基本には、「惻隠の情」すなわち「他者からの緊急な介入を求める呼びかけを聴き取る力」、そのさらに基本には「他者の身体経験、生理過程に想像的に同期できる能力」がなくては済まされません。
家庭科教育はまさにそのような能力の開発にフォーカスした教科であろうと私は考えています。生活をともにする人たちの身体の内側で起きていることに想像的に触手を伸ばすこと。
そのような能力がどれほどたいせつなものであるか、それについての社会的な合意はまだまだ不足しているように私には思われます。

以上、講演でお話しようと思ったことの一部を抜粋しました。
学会のご盛会を祈念しております。

家庭科教育と武道修業の内的なつながりについて、講演ではもっとあれこれ話すつもりだった。また機会があったら、それについても書き残しておきたい。

2018.07.08

死刑について

オウム真理教の死刑囚たち7人が死刑執行された。
解説記事を読むと、改元や五輪の日程に合わせて「このタイミングしかない」ということで執行されたと書いてあった。
死刑については、いくつものレベルの問題があり、軽々に適否を論じることはできない。
「国家が人を殺す死刑という制度そのものの存否」にかかわる原理的な問いがあり、「死刑は犯罪の予防に有効なのか」という統計的な問いがあり、「被害者遺族の怒りや悲しみはどうすれば癒されるのか」という感情の問題があり、それらが入り組んでいる。
死刑の存否について、「どちらか」に与して、断定的に語る人を私はどうしても信用することができない。
死刑は人類の歴史が始まってからずっと人間に取り憑いている「難問」だからである。
世の中には、答えを出して「一件落着」するよりも、「これは答えることの難しい問いである」とアンダーラインを引いて、ペンディングにしておくことの方が人間社会にとって益することの多いことがある。同意してくれる人が少ないが、「答えを求めていつまでも居心地の悪い思いをしている」方が、「答えを得てすっきりする」よりも、知性的にも、感情的にも生産的であるような問いが存在するのである。
そういう問いは「喉に刺さった小骨」のように、刺さったままにしておく。そうしているうちに、いつのまにか「小骨」は溶けて、喉を含む身体そのものの滋養となる(ことがある)。

あらゆる制度は人間が共同的に生きることを支援するために存在する。私はそう考えている。それ以外の説明を思いつかない。
もちろん司法制度もそうである。
その制度をどう運用すれば、人間たちが共同的に生き延びてゆくために有効か。
それを思量するためには、ことの理非をためらいなく、截然と決するタイプの知性よりもむしろ理非の決断に思い迷う、「計量的な知性」、「ためらう知性」が必要である。

「計量的知性」ということばを私が知ったのはアルベール・カミュの書き物からである。
どうふるまうべきか決定し難い難問を前にしたときは、そのつど、ゼロから根源的に吟味する知的な態度のことを指してカミュはこのことばを選んだ。「この種のことについては、これまでずっとこう対応してきたから、今回もそれを適用する。細部の異同については考慮しない」という原理主義的な態度に対抗するものとして、このことばを選んだのだ。

原則に揺るぎがないのは、経験的には「善いこと」である。そうでなければ日常生活は営めない。あらゆる問題について、いちいち細部の異同を言い立てて、そのつど判断を変える人とはいっしょに仕事をすることはできない。「予測」ができないからである。人間は「あの人はこれまでこういう時にはこうしてきたから、今度もこうするだろう」という他者からの「期待の地平」の中で行動するものである。そうしないと共同作業はできない。とりあえず私は社会生活上、できるだけ「期待の地平」の内側で行動するようにしている。

けれども、死刑はふだん私たちがしている「仕事」とは水準の違うことである。もっと「重たい」ことである。だから、人を死刑にすべきかどうかの判断には、人間関係のもつれやビジネス上のトラブルを解決する時のような効率や速度を求めるべきではない。

カミュにとって、死刑は久しく「死刑に処せられる側」から見た制度であった。
アルジェリアの経験豊かな法廷記者であった時代、カミュは「死刑宣告を受ける側」の立場から死刑という制度を観察してきた。
『異邦人』はその時の実体験を踏まえた「死刑小説」である(実際の事件に取材している)。
人は「こんなことをしたら死刑になるかもしれない」という予測をしながらも罪を犯すことがある、なぜそんなことをするのか。裁判官は殺人者をあるときは死刑に処し、あるときは有期刑で済ませるが、その量刑の根拠は何なのか。死刑を宣告された人間はそれにどう対応すべきなのか、不当だと告発すべきなのか、「それが正義だ」と受け入れるべきなのか。
無数の問いが『異邦人』を構成している。
『異邦人』をガリマール書店から刊行したとき、カミュ自身はレジスタンスの地下活動にコミットしていた。それはゲシュタポに逮捕されれば高い確率で死刑に処せられる活動だった。
法廷記者としては「捕まって死刑にされる人たち」の横から死刑を考察していたカミュは、このとき「捕まれば死刑にされる人」として、それと同時に「ドイツ兵を殺すことを本務の一部とするレジスタンスの活動家」として死刑とテロルについて考察していた。
その時、カミュが定式化した原則は「自分が殺されることを覚悟している人間は人を殺すことができる」というものだった。
レジスタンスのテロ活動はドイツ兵たちを殺していた。
政治的理由でそれを合理化することはできる。けれども、レジスタンスの闘士たちは軍服を着てそうしていたわけではない。私服で、市民生活のかたわらにサボタージュを行い、ドイツ兵を殺していたのである。
その行動を合理化するためには、政治的理由のほかに、個人的な、倫理的な理由づけがどうしても必要だった。
それが「殺される覚悟があれば、殺すことができる」という「トレードオフの倫理」「相称性の倫理」だったのである。
いわばこういうことだ。
私は自分の命をあらかじめ公的な境位に「供託」しておく。「あなた」が私を捕らえたら、「あなた」には私の命を奪う倫理的権利がある。それを認めた上で、私はあなたを殺す倫理的権利を手元にとどめておく。
そういうロジックである。
その「相称性の倫理」をカミュはレジスタンスの活動の中で書き綴った『ドイツの一友人への手紙』を通じて基礎づけようとしていた。
その時点でカミュはいくぶんか「すっきり」していた。

しかし、「解放後」はそうはゆかなくなった。
レジスタンスの勝利のあと、今度は「対独協力者」たちの処刑が始まったからである。
カミュは最初は彼らの死刑に賛成した。まさに彼らとの戦いの中で多くの仲間が殺されたのである。死者たちの無念を思えば、「私には彼らを赦す権利がない」とカミュが書くのも当然である。
しかし、対独協力派の旗頭であったロベール・ブラジャッックの死刑について助命嘆願を求められたカミュは寝苦しい一夜を過ごしたあと、嘆願書に署名することになる。
その理由についてカミュが書いていることはわかりやすい話ではない。
それはおそらくカミュがその「寝苦しい一夜」の間に「死刑を待つブラジャックの側」に立って、想像力を用いてしまったからだろうと私は思う。
かつて法廷記者として死刑囚の思いを想像した時のように、レジスタンスの活動家として自分自身の銃殺の場面を想像した時のように、このときは「殺されるブラジャック」の思いを想像してしまったのである。
ナチス占領下のパリでは、ブラジャックはカミュたちを捕え、殺す側にいた。「解放後」のパリではカミュには「ブラジャックに殺される」可能性はゼロである。
相称性の倫理はここでは働かない。

カミュは「私は原理的な非暴力主義者ではない」と書いている。
「ある場合には暴力は必要だし、私は必要な場合に暴力をふるうことをためらわない。」
しかし、カミュはブラジャックの助命嘆願書に署名した。
権利上ブラジャックがカミュを殺すことが「できる」なら、カミュはそれに暴力をもって立ち向かうことを辞さない。けれども、無抵抗の「罪人」を殺すことには「ためらい」がある。
カミュはその「ためらい」を最後の足がかりにして、死刑に反対したのである。
論理的な根拠があったわけではない。「そういう気分にならない」から反対したのである。

私はこのカミュの判断を「人間的」なものだと思う。
私たちは生きている限り、さまざまな非道や邪悪さに出会う。時には信じられないほどの残酷さや無慈悲に出会う。それに相応の処罰が与えられるべきだと思うのは人性の自然である。
けれども、その非道なものたちが捕えられ、死刑を宣告された時には、そこに一抹の「ためらい」はあって然るべきだろうと思う。
人が正義を求めるのは、正義が行われた方が「人間社会が住み良いものになる」と信じるからである。
ことの適否の判断はつねに「それによって人間社会がより住みやすいものになるかどうか」によってなされるべきだと私は思っている。

オウム真理教の死刑囚たちは非道で邪悪な行いをした。そのことに議論の余地はない。
けれども、彼らの死刑執行にはつよい違和感を覚える。「それで、ほんとうによかったのか」という黒々とした疑念を拭うことができない。
「制度がある限り、ルールに沿って制度は粛々と運用されるべき」だという形式的な議論に私は説得されない。それは「そもそもどうしてこの制度があるのか」という根源的な問いのために知的リソースを割く気のない人間の言い訳に過ぎないからだ。
そんな言い訳からは何一つ「よきもの」は生まれない。
世の中には効率よりも原則よりも、ずっと大切なものがある。

死刑の存否についても、今回の死刑の妥当性についても、国民的な合意はない。
けれども、国民的合意を求める努力は必要だ。
努力すれば国民的合意がいつか形成されると期待するほど私はナイーブな人間ではない。
そうではなくて、「国民的合意がなくては済まされない」という切実な願いだけが、国民国家という冷たい制度に、政治的擬制に「人間的な手触り」を吹き込むからだ。
そこでしか人間は生きられない。そこからしか人間的なものは生まれない。


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