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2017年06月 アーカイブ

2017.06.08

教養教育とは何か

『大学ランキング』に教養教育について寄稿した。もう本が出てずいぶん経つから、ブログで公開してもいいだろうと思う。いつもの話ですけど。
教養教育とは何か

教養教育の目的は第一に「自分自身をマップすること」にある。それは、図書館のどの書棚にどんな本が配架されているかを示す案内板や、山歩きするときの地図の働きに似ている。案内板が教えてくれるのは、「自分が知っていること」よりはむしろ「自分が知らないこと」である。地図は「自分のいる場所」よりはるかに多くの情報を「自分がいない場所」について伝えてくれる。それが教養教育の本来の姿だと私は思う。
大学設置基準大綱化のあと、多くの大学が教養教育を止めた。1年生から4年間フルに専門教育を行えば卒業時点で社会が求める「即戦力」が出来上がると信じたのである。でも、しばらくして「即戦力」をうるさく求めた当の産業界から「教養教育をちゃんとやってほしい。教養のない専門家は使い物にならない」という泣訴が届いた。
当然だと思う。専門家というのは他の専門家との協働作業ではじめてその力を発揮する。協働するためには、自分には何ができて、何ができないのか、自分は何を提供できて、何を欠いているのかを言葉にできなければならない。非専門家に自分の専門について手際よく説明することができる人間のことを専門家と呼ぶのである
それができない人間は特定領域での知識や技術がどれほどあっても他の専門家との協働作業にかかわることができない。専門性とは自分が「地図上のどこにいるのか」を指示できることである。地図の見方を知らない人間にはそれができない。「地図を見る力」を養うこと、それが教養教育である。専門的な知識や技術を身につけることとは別の次元の仕事なのである。

日本の教育史上最も成功した教養教育は旧制高校だと私は思う。そこでは若者たちが起居をともにし、文字通り「同じ釜の飯を食う」生活をした。彼らはその生活を通じて、集団内部での自分の果たすべき役割を学んでいった。のちに大きな仕事をした人たちが高校時代を回顧して、「・・・に出会って、この分野ではこいつには歯が立たないとわかったので、自分は・・・を専門にすることにした」と述懐する言葉を私は何度も読んだことがある。
旧制高校が教育機関として成功したのは、それが同学齢集団の中でどういうふうに「ばらける」と集団としての知的パフォーマンスが最高になるかを十代の頃から熟慮させる仕組みだったからだと私は思っている。

今の学校教育では、学生たちを単一のある「ものさし」を使って格付けして、上位者を優遇し、下位者を処罰するという競争原理が幅をきかせている。けれども、精度の高い格付けを行うためには、それに先立って、できるだけ学生たちを均質化する必要がある。「それ以外の条件をすべて同じにする」ことでしか「ものさし」は当てられないからである。
精度の高い格付けと多様性は共存できない。どちらかをあきらめるしかない。日本の大学は格付けを優先して、多様性を捨てた。21世紀に入ってからの日本の大学の学術的アウトカムの劇的な劣化はそれが原因で起きたと私は思っている。

学生ひとりひとりの「学力」を査定して、点数化して格付けすることにはそれなりの意味はあるが、「それなりの意味」以上のものはない。むしろそれがいま私たちの社会と学校教育の場に及ぼしている害毒についてもっと自覚的でなければならないと私は思う。教育の成果は最終的には個人ではなく、集団単位で考量すべきものだからである。
私たちは学校教育を通じて、私たちの共同体の未来を担うことのできる次世代の成員たちを育てている。彼らの知性的・感性的な成熟を支援することによって、私たちの共同体が存続できるようにすることが学校教育の第一目的である。それ以外のことはどれも副次的なことに過ぎない。

『七人の侍』でも『スパイ大作戦』でも『ナバロンの要塞』でも(たとえが古くて申し訳ないが)、プロたちははそれぞれの「余人を以ては代えがたい」異能の持ち主である。あるものは変装の、あるものは外国語の、あるものは戦闘技術の才によって集団に参加し、彼らの貢献によって集団は爆発的なパフォーマンスを達成する。そういう英雄譚はおそらく古代から繰り返し語られてきたのだと思う。それは専門分化と協働が集団の存続にとって死活的に重要だということを人々に教えるために物語られてきたのである。
気づいている人もいるはずだが、20年ほど前から日本では「似たような能力を持っている若者たちを一堂に集めて、その優劣を格付けして、それに基づいて資源分配をする」という後味の悪い物語を人々は娯楽として大量に消費するようになった。おそらくは社会の実相をそのまま映し出しているのである。もう一度アカデミアは「多士済々」の場とならねばならない。それが果たせなければ日本に未来はない。

2017.06.11

対米従属テクノクラートの哀しみ

という標題の文章を「サンデー毎日」に寄稿した。発売日からだいぶ経ったから、ブログにも掲載しておく。


私たちが「問題」と呼んでいるものの多くは長期にわたる私たち自身の努力の成果である。だから、それは「問題」というよりむしろ「答え」なのである。
私見によれば、現代日本の問題点の多くは、私たちが久しく「ある現実」から必死に目を背けてきた努力の成果である。私たち目を背けてきた「ある現実」とは「日本はアメリカの属国であり、日本は主権国家ではない」という事実である。この事実を直視することを集団的に拒否したことから、今日のわが国の不具合のほとんどすべてが派生している。
日本は属国だというとすぐに怒り出す人たちがいるので、同じことをそれよりは穏やかな表現に言い換えてみる。日本国民は憲法制定の主体ではない
日本国憲法は1946年11月3日に公布された。公布時点では「上諭」というものが憲法の「額縁」として付されていた。その主語は「朕」である。
「朕は日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至つたことを、深くよろこび、枢密顧問の諮詢及び帝国憲法第七十三条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる」。
憲法改正を裁可し、公布したのは天皇陛下である。だが、当の憲法前文を読むと、その憲法を制定したのは日本国民だと書いてある。
「日本国民は・・・ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」
これを背理とか没論理と言ってはならない。憲法というのはそもそも「そういうもの」なのである。
憲法前文が起草された時点で憲法の制定主体となりうるような「日本国民」は存在しなかった。いなくて当然である。憲法施行の前日まで全日本人は「大日本帝国臣民」だったからである。憲法を確定するほどの政治的実力を有した「日本国民」なるものは、権利上も事実上も、憲法施行時点では日本のどこにも存在しなかった。
もちろんGHQと憲法草案について交渉をした日本人はいた。九条二項を提案したのが幣原喜重郎だったというのもおそらく歴史的事実であろう。けれども、そのことと「日本国民は・・この憲法を確定する」という条文の間には千里の径庭がある。
憲法の制定主体は憲法内部的に明文的に規定されない。現に、憲法の裁可主体が「朕」であり、大日本帝国議会が憲法改正を議決したという事実は日本国憲法の本文のどこにも書かれていない。同じように、憲法を制定したのは日本国民であるはずなのだが、その「日本国民」が何者であるかについては憲法内部には規定が存在しない(10条に「法律で定める」としてあるだけだ)。
でも、もう一度言うが、憲法というのは「そういうもの」なのだ。
憲法の事実上の制定主体は、いかなる合法的根拠もなしに憲法を強制できるほどの圧倒的な政治的実力を有しているものでなければならない。憲法を制定するのは超憲法的主体である。ふつうは戦争か革命かあるいはそれに準じる壊乱的事態を収拾した政治主体がその任を担う。日本国憲法の場合はダグラス・マッカーサーである。
米国務長官だったジョン・フォスター・ダレスは1956年に、日米安保体制とは「アメリカが、日本国内の好きな場所に、必要な規模で、いつでも、そして必要な期間基地を置くことができる」ことだと語った。これは「アメリカは超憲法的存在だ」ということを軍事用語に言い換えたものである。この言明は今に至るまで撤回されていない。
私たち日本国民は憲法制定の主体であったことはない。だから、正直に言って、私たちは自分たちがこの国の主権者であるという実感を持ったことがない。教科書では「主権在民」と教えられたけれど、ほんとうの主権者は太平洋の向こうにいるということを私たちはずっと知っていた。国に主権がないのに国民が主権者でありうるわけがない
けれども、日本がいつかアメリカから国家主権を奪還する日が来る、日本国民がいつか晴れて日本の主権者になれる日が来るのではないかということについては日本人は漠然とした期待だけは抱き続けていた。それが「対米従属を通じての対米自立」という国家戦略の意味である。
対米従属は敗戦国にとってはそれ以外に選択肢のない必至の選択であり、また十分に合理的なものであった。そのおかげで日本は1951年にサンフランシスコ講和条約で国際法上の主権を回復し、1972年には沖縄施政権を回復した。これはまさに対米従属の「成果」と呼ぶべきものである。このペースでこのまま主権回復・国土回復(レコンキスタ)が続けばいずれ日本が主権を回復する日が来る、日本人はそう希望することができた。
そのうちに思いがけなく高度成長期が到来して、「経済戦争でアメリカに勝つ」という途方もない希望がいきなり現実性を持ってきた。「エコノミックアニマル」と国際社会では蔑まれたが、あれは「もしかすると国家主権を金で買えるかも知れない」という敗戦国民の脳裏に一瞬浮かんだ夢がもたらしたものだったのである。
バブル当時に「今の日本の地価を合計すると、アメリカが二つ買える」という言い方がよくなされた。それを口にするときのビジネスマンたちの満足げな顔を私は今でも覚えている。それは「アメリカの頬を札びらで叩いて主権を買い戻す」という想像がその時期の日本人にそれなりのリアリティを持っていたことを教えてくれる。しかし、91年のバブル崩壊でその夢はついえた。
アジアで地政学的な存在感を増して、その外交的実力を背景にアメリカに国家主権を認めさせるというプランは2005年の国連常任理事国入りの失敗によって消えた。
このとき日本の常任理事国入りの共同提案国になってくれたアジアの国はブルネイ、アフガニスタン、モルジブの三か国のみだった。中国も韓国もASEAN諸国も日本の大国化を非とした。日本が常任理事国になってもそれは「アメリカの票が一つ増えるだけ」という指摘に日本の外交当局は反論できなかった。「日本がアメリカの忠実な属国であるのは、それによってアメリカからの自立を果たし、アメリカとは違う外交的ふるまいをするためなのだ」という、日本人にとっては自明に思えるのだが、非日本人にはまったく理解不能の国家戦略を日本はアジアの隣国に説明する努力を怠ってきた。その「つけ」を払ったのである。2005年時点で、「大国化を通じての対米自立」というプランは現実性を失った。
政治経済で打つ手がない以上、他に手があるはずがない。指南力のある未来像を提示して国際社会を牽引するとか、文化的発信力で世界を領導するなどという大仕事を、戦後ずっと「金儲け」と「対米従属」しか念頭になかった国に誰が望むことができよう。
だから、2005年時点で「対米従属を通じての対米自立」という戦後60年間続いた国家戦略は事実上終焉したのである。そして、それからあとは「対米自立抜きの対米従属」という国家の漂流と政治的退廃が日本を覆うことになった。
2012年のアーミテージ・ナイ報告書は「日本は一流国家であり続けたいのか、それとも二流国家に成り下がって構わないのか? 日本の国民と政府が二流のステータスに甘んじるなら、この報告書は不要であろう」という恫喝から始まる。日本政府はこの恫喝に縮み上がって「一流国でありたいです」と答えて、報告書のすべての要求に応じた(原発再稼働、TPP交渉参加、掃海艇ホルムズ海峡派遣、特定秘密保護法の立法、PKOの法的権限の拡大、集団的自衛権の行使容認、武器輸出の解禁などなど)。「一流国でありたければ、言うことを聞け」というような剥き出しの恫喝に叩頭する国を他国は決して「一流国」とも「主権国家」とも見なさないだろうということが頭に浮かばないほどに日本人はいつの間にか「従属慣れ」してしまっていた。
この急激な「腰砕け」は一つには世代交代のせいだと私は思っている。1980年代まで、政官財の主要なプレイヤーは戦前生まれであり、「日本が主権国家であった時代」を記憶していた。彼らが生まれた時に祖国は主権国家であった。そして、自国の運命にかかわる政策を(それが亡国的なものであってさえ)他国の許諾を求めることなく自己決定することができた。それが「ふつうの国」であり、敗戦国日本はそこに回帰すべきだという「帰巣本能」のようなものをこの世代までの人々は持っていた。
けれども、21世紀に入ってしばらくすると「主権国家の国民であった記憶」を持った人たちが国の要路にはいなくなった。今の日本の指導層を形成するのは「主権を知らない子どもたち」である。この世代(私もそこに含まれる)にとって「アメリカの属国民であること」は自明の歴史的与件であり、それ以外の国のかたちがありうるということ自体もううまく想像することができなくなっている。
敗戦国が戦勝国の属国になるというのは歴史上珍しいことではない。敗戦国がそのあと主権を回復することも同じく珍しいことではない。それができたのは、「われわれは属国という屈辱的な状況のうちにある。いつの日か主権を奪還しなければならない」という臥薪嘗胆・捲土重来という気概を人々が長期的に保持していたからである。
現代日本の危機はその気概そのものが失われたことにある。
今わが国の要路にある人々はおしなべて対米従属技術に長けた「対米従属テクノクラート」である。彼らはアメリカの大学で学位を取り、アメリカに知友を持ち、アメリカの内情に通じ、アメリカ政府や財界の意向をいち早く忖度できる。そういう人たちがわが政官財学術メディアの指導層を形成している。彼らは「対米従属」技術を洗練させることでそのキャリア形成を果してきた。そして、21世紀のはじめに「対米従属は対米自立のための戦術的迂回である」ということを知っていた世代が退場したあと、取り残されたエリートたちは自分たちが何のために対米従属技術を磨いてきたのか、その理由がわからなくなった。
もちろん彼らが対米従属技術に熟達したのは、たかだか個人的な「出世」のために過ぎなかった。だから、「対米自立」という大義名分が失われたとき、彼らは本能的に「対米従属こそが日本の国益を最大化する道だ」という新しい大義名分を発明し、それにしがみついたのである。これは宗教的信憑に類するものであった。
だが、「対米従属テクノクラート」たちのこの信憑を揺るがすものたちがいる。それは「アメリカから国家主権を奪還したい」という素朴な願いを今も持ち続けている人たちである。この「素朴な」人々は日本の国益とアメリカの国益はときに相反することを現実的経験として知っており、その場合には日本の国益を優先させるべきだと思っている。この人々の「常識」が開示されることを対米従属テクノクラートたちは何よりも恐れている。
それゆえ、「日本はすでに主権国家であるので、主権奪還を願うというのは無意味かつ有害なことである」というイデオロギーを国民に刷り込むことが対米従属テクノクラートにとっての急務となるのである。ここまで書けば、安倍政権に領導される極右の政治運動が沖縄の基地問題や日米地位協定や首都上空の空域主権の問題(つまり主権回復・国土回復の問題)が前景化しないようにあらゆる手立てを尽くしていること、「国民主権の廃絶」そのものをめざしている改憲運動が当の国民たちから一定の支持を受けているという不条理の意味が少し理解できるはずである。
先に書いたとおり、私たちは「日本には国家主権がないこと」を知っている。それは「日本国民は主権者ではない」ということを意味する。むろん国家主権がないがゆえに私たちは主権の回復を願っているわけだけれど、極右の政治思想はそこを痛撃してくるのである。「主権の回復を願うお前たちは権利上何ものなのだ?」と。
お前たちは主権者ではないし、かつて主権者であったこともない。アメリカによって「主権者」と指名されただけの空疎な観念に過ぎない。お前たちがいつ憲法制定の主体となるほどの政治的実力を持ったことがあるか? 
こう言い立てられると、私たちはたじろいでしまう。まさにその通りだからである。
彼らはこう続ける。お前たちはその実状にふさわしい地位と名を与えられなくてはならない。それは「非主権者」である。だから、これから憲法を改定し、基本的人権を廃し、日本国民は日本国の主権者ではないという現実を明文化する
極右の「廃憲」論の本質は約めて言えばそういうものである。空疎な理念を捨てて痛苦な現実を受け入れろと彼らは命じているのである。曲芸的な理路なのだが、なぜか妙な説得力がある。もちろん「日本の国益とアメリカの国益は完全に一致している」という命題そのものが偽なので、論理は土台から崩壊しているのだが、それでも「お前たちは主権者ではないのだからその無権力にふさわしい従属状態を甘受せよ」という決めつけには尋常ならざるリアリティがある。というのは、それがまさに対米従属テクノクラートたちがアメリカとのフロントラインで日々聞かされている言葉だからである。「お前たちは属国民だ。その地位にふさわしい従属状態を甘受せよ」と。それを言われると彼らも深く傷つくのだ。でも、ほんとうのことなので反論できない。そのフラストレーションを解消するために、対米従属テクノクラートたちは彼ら自身を傷つける言葉をそのままに日本国民にぶつけているのである。
日本人が国家主権の回復をめざす対米自立の道をもう一度たどり直すまで、この自傷行為は続くだろう。
病は深い。

2017.06.12

「愛国的リバタリアン」という怪物

金滿里さんが主宰する劇団「態変」の出している『イマージュ』という媒体が「相模原事件」を特集した。そこに事件についてのコメントを寄稿した。なかなか手に取ることのない媒体なので、ブログに採録しておく。

相模原の大量殺人事件のもたらした最大の衝撃は、植松聖容疑者が事前に安倍晋三首相宛てと大島理森衆院議長宛てに犯行を予告する内容の書簡を届けていたことにある。それは単に権力者を挑発するための犯行予告ではなく、自分の行為が政権と国会多数派には「好ましい」ものとして受け止められ、権力からの同意と保護を得られるだろうという期待をこめたものだった。逮捕後も容疑者は「権力者に守られているので、自分は死刑にはならない」という趣旨の発言をしている。
もちろん、これは容疑者の妄想に過ぎない。けれども、何の現実的根拠もない妄想ではない。彼の妄想形成を強化するような現実が今の日本社会内部にはたしかに存在しているからである。
アナウンサーの長谷川豊は事件の直後の2016年9月に自身のブログに「自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ!無理だと泣くならそのまま殺せ!今のシステムは日本を亡ぼすだけだ!!」というタイトルの記事を投稿した。これには批判が殺到し、専門医からも事実誤認が指摘されたが、この人物を日本維新の会は千葉一区から衆院の立候補者として擁立するということが先日発表された。
重篤な病人や障害者に対する公然たる差別発言にはまだ一定の社会的な規制が働いており、有名人の場合には、それなりの批判を受けて、社会的制裁が課されているが、在日コリアン、生活保護受給者やLGBTなどの社会的弱者に対する差別や攻撃の発言はほとんど何のペナルティもないままに垂れ流しされている。
際立つのが片山さつき議員で、生活保護受給者は「実質年収4百万円」の生活をしているという無根拠な都市伝説の流布に加担して、生活保護叩き発言を繰り返してきたが、最近も捏造投稿に基づいてNHKのニュース内容にクレームをつけて、生活保護受給者が社会福祉の「フリーライダー」だという世論の喚起に励んでいる。もちろん、本人がそう「信じている」という信憑の問題もあるのだろうが、「そういうこと」を公言すると選挙で票が集まるという現実的な打算も同時に働いているはずである。
アメリカではドナルド・トランプ大統領が「弱者叩き」の代表格である。「ラストベルト」のプア・ホワイトたちの輿望を担って登場したはずのトランプだが、就任後実施された政策は富裕層への厚遇措置ばかりで、移民排斥や、海外企業の国内移転への圧力などの「雇用対策」は今ここにいる社会的弱者のためには何の利益ももたらしてはいない。選挙公約だったオバマケアの廃止は、それによって2400万人が医療保険を失うという予測が公表されて、さすがに与党共和党も加担できず、改廃法案を撤回するという騒ぎになった。アメリカの有権者はそのような人物を大統領に選んだのである。
これはおそらく全世界的な傾向である。社会的弱者たちは、自己責任で弱者になったわけであり、いわばそういう生き方を選択したのだから、政府や自治体が、公金を投じて彼らを支援することは「フェアではない」というロジックは目新しいものではない。これはアメリカ社会においては「リバタリアニズム(libertarianism)」というかたちで、建国当初からつねに伏流していた考え方である。アメリカが世界に冠絶する覇権国家となり、その国の作法や価値観が「グローバル化」したことによって、アメリカ的な「リバタリアニズム」もまたグローバル化したということだと私は理解している。
「セルフメイドマン(self made man)」というのは建国以来、理想とされてきたアメリカ市民像だが、要するに誰にも頼らず独立独行で自己実現を遂げることである。「リバタリアン(libertarian)」というのは、その過激化したかたちである。
リバタリアンは、人間は自分の運命の完全な支配者であるべきであり、他者であれ公共機関であれ、いかなるものも自分の運命に介入する権利はないと考える。だから、リバタリアンは政府による徴税にも、徴兵制にも反対する。当然ながら、社会福祉のための原資の提供にも反対する。
ドナルド・トランプが徴税と社会福祉制度につよい嫌悪感を示すのは、彼がリバタリアンの伝統に連なっていることを示している。トランプは選挙期間中に対立候補から連邦税を納めていないことを指摘されて、「すべてのアメリカ人は納税額を最小化するために日々知恵を絞っている。私が連邦税を払っていないのは私が賢いからである」と述べて支持者の喝采を浴びた。これは別に露悪的な発言をしたわけではなく、ほんとうにそう思っているからそう言ったのである。彼に喝采を送ったプア・ホワイトたちは、自分たちとは桁が違う大富豪であるトランプの「納税したくない」というリバタリアン気質が「自分と同じだ」と思って、その発言に賛意を評したのである。
トランプは軍務の経験も、行政の経験もないはじめての大統領だが、それは軍務に就くことも、公共機関で働くことも、どちらもリバタリアンとしては「やらないにこしたことはない」仕事だからである。アメリカの有権者たちは彼の「公的権力を用いて私利私欲を満たすが、公益のためには何もしない」という態度がたいそう気に入ったのである。
今の日本で起きている「弱者叩き」はアメリカ原産のリバタリアニズムが日本に漂着し、日本独特の陰湿なしかたで退廃したものだと私は理解している。トランプのリバタリアニズムはこう言ってよければ「あっけらかん」としている。ロシアとの内通疑惑が暴かれたことによって、彼が「愛国者」であるかどうかについてはアメリカ人の多くが疑問を抱いているだろう。けれども、リバタリアンにおいて、愛国者であることは「アメリカ人的であること」のための必要条件ではない。国家や政府などというものは「ない方がいい」というのが正統的なリバタリアンの立場だからである。
けれども、日本では公的立場にある人間は「国よりも自分が大事」というようなことを(心で思っていても)口には出さない。仮に、安倍晋三が所得税を払っていなかったことが発覚したとしても、彼は「私は賢いから税金を払わずに済ませた」という言い訳をしないだろうし、その言い訳に喝采を送る有権者も日本にはいないはずである。日本ではリバタリアンも愛国的なポーズをすることを強いられる。
だから、日本では「リバタリアンでありながら、かつ愛国的」という奇妙な生き物が生まれてくる。現代日本に跋扈しているのは、この「愛国的リバタリアン」という(「肉好きのベジタリアン」とか「気前のいい吝嗇漢」というような)形容矛盾的存在である。
一方において、彼らは自分が獲得したものはすべて「自己努力によって獲得されたもの」だから、100%自分の所有に属し、誰とも分かち合う気がないと断言する。同じ理屈で、貧困や疾病や障害や不運などによって社会的弱者になった者たちについても「すべて自己責任で失ったもの」であるので、そのための支援を公的機関に求めるのは筋違いであると主張する。
ここまではリバタリアン的主張であるが、日本の「愛国的リバタリアン」はこれに愛国主義(というより排外主義、外国人嫌い(ゼノフォビア))をぱらぱらとまぶして、社会的弱者というのは実は「外国人」であるという奇妙な社会理論を創り出す。ここが日本のリバタリアニズムの独特の歪みである。
日本型リバタリアンによると、社会的弱者やあるいは社会的弱者を支援する人たちは「外国人」なのである。仮に血統的には日本人であったにせよ、外国渡来のイデオロギーや理説に「感染」したせいで、「外側は日本人だが、中身は外国人」になっているのである。
だから、社会福祉や教育や医療などの活動に公的な支援を求める組織や運動は本質的には「日本の国益よりも、彼らが忠誠を誓っている外国の利益に奉仕するもの」なのだという妄説が出来上がる。生活保護の受給者は多くが在日コリアンであるとか、日教組の背後にはコミンテルンがいるとか、朝日新聞は反日であるとか、沖縄県知事は中国に操られているといった類のネトウヨ的妄説はその典型的なものである。
語っている本人もさすがにほんとうだと思ってそう言っているわけではいないだろうが、それにもかかわらず、彼らが「反政府的な人間=外国人」というスキームに固執するのは、彼らにリバタリアンに徹底する覚悟がないからである。
リバタリアンであれば、話はすっきりしている。貧乏なのも、病気なのも、障害者であるのも、すべては自己責任である。だから、それについては他者からの同情や公的支援を当てにしてはならない。医療保険制度はいらない(医療は「サービス」なのだから金を出して買え。金がないやつは死ね)。公立学校も要らない(教育は「サービス」なのだから、金を出して買え。金がないやつは働いて学費を稼ぐか、有利子で借りろ)。社会福祉制度はいらない(他人の施しがないと生きていけないやつは死ね)と、ずいぶん非人情ではあるけれど、バケツの底が抜けたように「あっけらかん」としている。
しかし、さすがに日本では(心ではそう思っていても)そこまでは言い切れない。居酒屋のカウンターで酔余の勢いで口走ることはあるだろうが、公的な立場ではなかなか口にはできない。
その不徹底をとりつくろうために、日本的リバタリアンは「排外主義」的イデオロギーを装飾的に身にまとう。そして、貧乏人も、病人も、障害者も、生活保護受給者も、みな本質的には「外国人」であるという摩訶不思議な理説を噛ませることで、話のつじつまを合わせようとするのである。
相模原事件の植松容疑者はその意味では障害者支援をめぐる問題の本質をよく見抜いていたというべきだろうと思う。彼自身は生活保護の受給者であったが、その事実は「わずかな賃金を得るために、他人に顎で使われて、自分の貴重な人生を空費したくない」という彼のリバタリアン的な気質と齟齬するものではなかった。けれども、自分以外の生活保護受給者や障害者は彼の目には許し難い社会的寄生者に見えた。この矛盾を彼はどう解決したのだろうか。自分には公的支援を受けることを許すが、他人には許さないという身勝手な識別を可能にする境界線として最終的に彼が思いついたのは「私は日本人として日本の国益を優先的に配慮しているが、彼らはしていない」という「日本人/非日本人」スキームであった。
だから、植松容疑者がこれは「日本のために」したのだとか、「社会が賛同するはずだった」とかいう自己弁明を繰り返し、「国益を害するものたち」を「処分」する「官許」を首相や衆院議長に申請したことには論理的には必然性があったのである。彼は自分が「愛国的リバタリアン」という政治的奇形物であり、現在の日本の政界の指導者たちの多くが程度の差はあれ自分の「同類」だと直感していたのである。

2017.06.16

「内田樹の大市民講座・直感はわりと正しい」文庫版あとがき

「文庫版のためのあとがき」

みなさん、こんにちは。内田樹です。『大市民講座』が文庫化されることになりました。手に取ってくださったことについてお礼申し上げます。
単行本の「あとがき」を読むと、大瀧詠一さんが亡くなった翌年に単行本が出たことがわかります。それから3年経って、今度は文庫化されることになりました。単行本刊行時点で「過去6年半」分を収録したわけですから、現時点から起算すると、一番古いものは9年前に書かれていることになります。
「まえがき」でも「リーダビリティ」について少し書いていますけれど、それだけ時間が経ってしまった後になお時評がリーダブルでありうるのかどうか、僕にとってもたいへん気になるところです。
今回ゲラを読み返してみて一番経年変化が激しいのは「政治についての話」だということがわかりました。扱われている事件がどんな出来事だったのか書いた本人にも思い出せないというようなトピックさえ散見されます。それだけ主役の交代がめまぐるしかったということでしょう。この時評を書いていた時期の政局のキープレイヤーだったのは、麻生太郎、鳩山由紀夫、菅直人、小沢一郎、福田康夫、与謝野馨、安倍晋三、橋下徹、石原慎太郎といった人々でした。いまだに当時と同じくらいの政治的プレゼンスを保持しているのはもうその半数にも及びません。鬼籍に入った方もおられます。それだけでも、政治プロセスの変化がいかにめまぐるしいものかわかります。
そのせいもあって、この時評の中で僕が書いた政治についての未来予測は「これから日本の政治プロセスはますます劣化するだろう」ということ以外はほとんど外れました。政治についての未来予測のむずかしさが改めて身にしみます。
けれども、予測が当たらなかったということをこうやってちゃんと記録しておくことは、けっこう大事だと思います。過去のある時点では「未来は霧の中だった」ということを僕たちはつい忘れがちです。何の根拠もなく、過去から現在まで、歴史は一本道を予定通りに進行してきた・・・という印象を持ってしまう。でも、そんなことはないんです。明日は何が起きるかなんて、ほんとうに誰にもわからない。
映画『バック・トウ・ザ・フューチャー』で1985年から30年前の過去にタイムスリップしたマーティ(マイケル・J・フォックス)が、タイムマシンの発明者であるドク(クリストファー・ロイド)を探し出して、「未来のあなたによって過去に送り込まれたのだ」という話をなんとか信じさせようと悪戦苦闘する場面があります。そのときに、半信半疑(というより一信九疑くらい)のドクが「じゃあ聞くが、1985年のアメリカ大統領は誰だ?」と尋ねる場面があります。マーティがうれしそうに「ロナルド・レーガン!」と答える、ドクが「俳優の? よくそんな嘘がつけるな。だったら、副大統領はジェリー・ルイスだろう」とせせら笑うのです。たしかに1955年に「あと30年後にロナルド・レーガンがアメリカ大統領になるよ」と予言してとして、信じてくれる人はアメリカ市民の5%には達しなかったでしょう。
同じようにタイムマシンで今から5年前にタイムスリップして、「あと5年後のアメリカ大統領はドナルド・トランプだよ」と言ったらどうなるでしょう。「『アプレンティス』で『お前は首だ!』っているあいつが? よくそんな嘘がつけるな!」とアメリカ市民の99%が腹を抱えて笑ったでしょう。(たしか『ダークナイト』でも、パーティにブルース・ウェインが遅れて登場したときに誰かが「今までドナルド・トランプがいたのよ」と言うという場面がありました。「そういうにぎやかなパーティには必ず顔を出す人」だったんでしょうね)。
それくらいに先のことはわからないということです。ですから、こういうタイプの時評から得られる教訓の一つは、「なるほど、たしかに未来は霧の中なのだな」と深く得心して頂いて、3年後、5年後どころか1年後半年後に日本社会がどうなっているかでさえ、現段階で適切に予測している人なんかどこにもいないということを改めて思い知ることだと思います。
それからもう一つ。話がくるりと反転しますが、これくらいに長期にわたる時評を読み通すと、細部ではいろいろと「お門違い」なことを書いていますけれど、大筋において変わっていない現実もあるということがわかります。僕はそれを「強い現実」というふうに呼んでいます。
「強い現実」というのは、ある分岐点にさしかかって、右に行くか左に行くか迷ったとき、どちらの道を選んでも変わらない現実のことです。
一連の時評を通じて、僕がまったくぶれずに言い続けていることがあります。それは日本はアメリカの属国であり、主権国家ではない、ということです。主権国家でない国でありながら、主権を有していて、すべての政策を自己決定しているような「ふり」をしている。そいせいで、「国家主権の回復」という最優先の国家的課題は隠蔽され、果たされぬままに放置されている。これは集団的な自己欺瞞という他にありません。
日本人はこの現実から集団的に目を背けています。でも、現実から目を背けることができるのは、「それが現実だ」ということを知っているからです。知らなければ「目を背ける」というような芸当はできません。知らなければ、うっかり目を向けて、現実を知ってしまったということだって起こり得ますから。でも、そういう「事故」は起きません。だから、日本人はみんな知っているんです。自分たちがアメリカの属国民であり、主権国家の国民ではなく、国の運命を自己決定できないでいるということを知っている。
ですからもちろん「主権者」でもありません。国に主権がないのに、国民が主権者であるはずがないです
学校で憲法について学んだ時に「主権在民」と教えられても今一つぴんと来なかった方は多いと思いますが、それはどう考えても、自分がこの国の主権者だという実感がなかったからです。そして、その実感はたしかに正しいのです。
日本が主権国家でないことの証拠に、僕はさまざまな媒体を通じて「戦後の日本はアメリカの属国であり、主権国家ではない」と繰り返し書いていますけれど、かつて一度も反論を受けたことがありません
僕を論駁するのは実に簡単です。「ふざけたことを言うな、日本は主権国家である。現に、アメリカの国益よりも自国益を優先させ、アメリカの要望を退け、アメリカを憤激させ、両国間の関係がいっとき緊張したが、それに屈することなく最後まで要求を貫いたという、これこれこういう歴史的事実があるじゃないか」と、実例を一つでも挙げてくれればよろしい。それ一つだけで、僕の立論は土台からがらがらと崩れます。でも、これまで誰一人そのような歴史的事実を示してはくれませんでした。
日本人は自分たちが主権国家の国民ではないという事実を意識下に抑圧しています。事実を直視し、それを実践的に補正するという努力を放棄してしまった。抑圧されたものは症状として回帰する。まことにフロイト先生の言う通りです。この言葉は日本の現実をみごとに言い表していると思います。
日本社会が罹患しているさまざまな病は「抑圧されたものの効果」なのです。この点については、表層的な現象がどれほど多様であろうとも、本質は変わることがありません。僕はそれを日本における「強い現実」だとみなしています。とりあえず、そのことがこの時評を通読することで明らかになるのではないかと思います。
でも、それでもそろそろ日本の病態にも僕は飽きてきました。みなさんもけっこううんざりしてきているんではないでしょうか。そろそろ「新しいもの」が出てきてもいい頃です。「新しいもの」は、つねに思いがけないところから、それまでとはまったく違う文脈の上に登場する。これは大瀧詠一さんが音楽について述べた言葉ですけれども、政治でも、経済でも、社会現象でも、文化的な創造でも、同じことが言えると僕は思います。
「まさか、こんなものが、こんなところから出てくるとは思わなかったよ」という言葉を(できれば喜びにあふれた)嘆息と共に発することができますように。読者のみなさんと共に祈りたいと思います。

2017.06.30

『日本の覚醒のために』まえがき

みなさん、こんにちは。内田樹です。

本書は講演録です。中身はけっこうばらばらですけれど、全体のタイトルは『日本の覚醒のために』といういささか気負ったものになっています。
僕は個人的には「気負う」というのはあまり好きじゃないんです。
気負ってる人の話って、最初は気圧されても、そのうちにうんざりしてきますからね。僕だってそういうものを読まされると、「気負うの
はわかるけれど、そうのべついきり立っていると、読むのつらいです」という気分になります。にもかかわらずかなり気負ったタイトルをつけてしまったのは、僕の側にそれなりの緊張感があってのことです。

僕の眼にはいま日本のさまざまなシステムが劇的な劣化局面にあるように見えます。僕が直接に見聞して、事情を熟知しているのは大学教育ですけれども、これはもう「手が付けられない」というくらいにひどいことになっています。昨年の10月にはアメリカの政治外交研究誌である『フォーリン・アフェアーズ』が、今年の3月にはイギリスの科学誌『ネイチャー』が、相次いで「日本の大学教育の失敗」についての特集を組みました。21世紀に入ってからの日本の学術的発信力の劣化は、先進国唯一の事例であり、海外メディアの研究対象になるほどに例外的なものなのです。
でも、文科省もメディアもこれを無視しています。「それは違う、日本の高等教育は成功している」と思っていればきちんと反論すべきですし、「ご指摘の通りである」というのであれば、過去の教育政策の何が悪かったのかを自己点検し、修正すべきものを修正すべきでしょう。でも、どちらもしなかった。
現に失敗しており、それを当事者たちも知っているのだけれど、失敗を認めず、引き続き失敗の「上塗り」をしている。それが大学教育について僕が知っていることです。こんなことがもうしばらく続けば、日本の学校教育のインフラは破壊され、教育研究のレベルが20世紀末の水準に復活することはもうないでしょう。

こういう劣化現象はシステムの局所に単発的・例外的に発生するものではないはずです。おそらく政治経済学術を含めてシステム全体が壊死し始めている。そう診立てた方がいい。 ご存じの通り「失敗を認めず、失敗を検証せず、失敗を重ねた」というのは大日本帝国戦争指導部の「失敗」の構造そのものです。そのせいで、日本人は国家主権を失い、国土を失い、国民的な誇りを失った。その失敗から戦後日本は重要な教訓を得たはずでした。でも、今の日本を見ていると、この歴史的経験から学んだようには見えません。

現に、敗戦に至る政治過程の失敗を「失敗」と認めない人たちが政権の中枢を占めている。敗戦という近代日本最大の惨禍を正しく受け止め、なぜこれほどひどい失敗を犯したのかその理由を吟味し、二度と同じ失敗をしないようにシステムを補正するという作業を拒否する人たちが日本の国の方針を決定する立場にある。そこに僕は大日本帝国の破局的失敗から何一つ学ぶまいという強固な意思のようなものを感じます。

僕の考える「国を愛する」というのは、現代日本についてなら、「国家主権を回復する」「国土に外国軍隊を常駐させない」「不平等条約である日米地位協定を平等で双務的なものに改定する」といった散文的な課題を一つひとつこつこつと仕上げてゆくことに他なりません。日本は過去一度も失敗なんかしたことがないし、昔も今も世界中から敬愛されているというような夜郎自大な自己評価にしがみつくことでも、目を血走らせて「非国民」探しをすることでもありません。でも、主権国家として当然のこれらの重い政治課題を何よりも先に解決しようという強い意欲を今の日本人からは僕は感じることができません。

みんなはどうする気なのでしょう。
選ぶことのできる道は二つです。
一つは「日本はアメリカの属国である」という痛苦な現実をまっすぐ受け止めて、その上で、どうやって国家主権を回復し、国土を回復するかという困難な課題にクールかつリアルに取り組むという道。
もう一つは「日本はアメリカの属国である」という現実から眼を背け、国家主権の回復も国土の回復も諦めて、国家主権を持たないのに主権国家のようなふりをし、二流国なのに政治大国のような顔をするというファンタジーと自己欺瞞のうちで眠り込むという道です。

現代日本を見ていると、どうやら日本人の過半は「ファンタジーと自己欺瞞の道」を選ぼうとしているように見えます。それは「国家主権と国土を回復する」という国家目標があまりに重く、困難であり、とても今の日本の国力では担えそうにないという気がしているからです。達成目標があまりに困難なので、「私たちには達成すべき目標なんか、ないよ」というしかたで仕事をニグレクトしようとしている。外の世界を直視したくないので、頭からふとんをかぶってふて寝しているような感じです。

この本のメッセージは一言で言えば、「もう起きなよ」という呼びかけです。ふて寝しててもしかたがないでしょう。そんなこといつまで続けていても、いいことは何も起きないよ。誰もあなたの代わりに学校に行って勉強したり、仕事に行って生計の道を立てたり、家の中を掃除したり、洗濯したり、ご飯を作ってくれたりはしません。そういうことは面倒でも自分でやるしかない。

「主権の回復」という日本の国家的課題は、日本人の代わりに誰かがしてくれるというような仕事ではありません。僕たちが身銭を切ってやるしかない。72年かけてじりじりと失っていった主権なんだから、今さら起死回生の大逆転というようなシンプルで劇的なソリューションがあるはずもない。僕たち日本人は長い時間をかけて、日々のたゆみない実践を通じて、こんな「主権のない国」を作りあげてしまった。だから、主権を回復するためには、それと同じだけの時間をかけて、同じような日々のたゆみない実践を通じて働くしかない。毎日の平凡で、散文的な努力を通じてしか目標は達成されない。それが面倒だという人たちが「日本はもうとっくの昔から主権国家なのである。だから、主権回復のための努力なんか不要だし、ありえない」という夢想を語っている。

彼らの眼には「日本が属国である」という現実がどうしても見えてこないようです。自分たちが日米合同委員会や年次改革要望書やジャパン・ハンドラーたちからのレポートを一字一句たがえずに実現していることについても、「これは命令されてやっているんじゃなくて、自分で『そうしたい』から主体的にやっているのだ」というふうに人に説明し、自分にも言い聞かせている。沖縄に米軍基地があるのも、首都上空に米軍主権の空域が広がっているのも「『日本の安全保障のために必要』と日本政府が判断して、こちらからアメリカに要望してそうしてもらっているのだ」というふうに説明し、自分にも言い聞かせている。宗主国から属国に命じられてきたことを、一つひとつ「自分の意思でしていること」に書き換えるという手間のかかる詐術を通じて、彼らは「目覚める」ことを先送りしている。

この本はそういう「眠ったふりをしている」日本人に対する僕からの「もう、起きなよ」というメッセージです。目覚まし時計ほどやかましいと、「うるせえ」と言ってそこらへんに投げ捨てられるかもしれない。あまりに遠慮がちだと目を覚ましてくれない。その中間の、「目は覚めるが、それほど不機嫌にはならない」くらいの効果を狙っています。予定通りにそういう本に仕上がったかどうかはわかりませんが、とりあえずはそういう思いを託したタイトルであるということだけを「まえがき」で申し上げておきます。

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