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2011年06月 アーカイブ

2011.06.04

ル・モンドならこう言うね

一昨日の『ル・モンド』の記事を訳してみた。
これが辞任問題についてのフランスの新聞のもっとも新しい報道である。左翼紙『リベラシオン』にはこの問題についての言及はなかった(興味ないのね)
解説部分を訳す。

不信任案否決によって菅直人の政治的延命は果たされたが、この試練によって政権基盤はいっそう脆いものとなった。
3・11以前にすでに不人気であった菅は原発事故処理、10万人におよぶ被災者のための仮設住宅建設の遅れについて、さらに反対派によれば選挙公約の否定についてきびしい批判を受けていた。支持率は20%を切っている。
ぎりぎりの局面で任期前に辞任すると約束したことで民主党内の反対派が不信任案に投票することは阻止したものの、この誓言によって彼の立場はいっそう弱いものとなった。
「震災対応における私の役割がはっきりしたら、私は責任をより若い世代に手渡すつもりである」"Une fois que j'aurai assumé mon rôle dans la gestion du désastre, je transmettrai mes responsabilités à une génération plus jeune",と彼は採決の前に宣言した。彼の前任者鳩山由紀夫によれば、菅は秋に辞任すると約束したとされる。
もう一つ首相を支える要素がある。それは1945年以来もっとも深刻な災害に国が遭遇しているときに、議員たちが政治的なゲームに夢中になっていることを非難する世論である。
メディアはこの憤慨を伝えている。「河を渡っているときには馬を乗り換えない」と朝日新聞はその社説に書いて、政治家たちにこんな「つぶし合い」にかまけている暇があったら被災地に行けと命じている。(記事はここまで。)

興味深い点がいくつかある。
実際に口にしたのは「震災に一定のめどがついた段階、私がやるべき一定の役割が果たせた段階で、若い世代の皆さんにいろいろな責任を引き継いでいただきたい」というものである。
「震災に一定のめどがついた段階、私がやるべき一定の役割が果たせた段階」という日本語を『ル・モンド』の東京特派員はune fois que j’aurai assumé mon rôle と訳した。私はそれを「震災対応における私の役割がはっきりしたら」と訳した。
「めどがついた」という日本語独特の動詞の訳語としてフランス人はassumer を選んだ。
assumer は「果たす」という意味ではない(「果たす」ならaccomplir とかremplir そういう完了的なニュアンスを持つ動詞がある)。
assumer は「引き受ける、負う、受け止める、わがものとする」ということである。
assumer la direction d’un service 「ある部局の指揮を執る」とかassumer le risque de l’investissment 「投資のリスクを負う」とかいうときに使う。
つまり、このフランス人は菅総理の使った「めど」という語を「震災対応において総理大臣が何をすればいいかが明らかになった時点」と理解したのである。
だからこの訳語には二重の皮肉が込められているというべきだろう。
それは、「震災対策として総理大臣が何をすればいいかがわかったところで、(まだ何もしていなくても)総理は辞めるつもりでいる」という解釈をしたことと、「総理大臣が何をすればいいかを総理大臣はまだ知らない」という現状認識を示したことである。
日本の報道では鳩山さんは菅総理の辞任を「六月末」というふうに理解していたという点では一致しているので、「秋」とあるのは、特派員の勘違いだろう。
それにしても、この「めど」の解釈は味わい深い。

2011.06.11

ポピュリズムについて

『Sight』のために、平松邦夫大阪市長と市庁舎で対談。
相愛大学での「おせっかい教育論」打ち上げ以来である。
今回は「ポピュリズム」についての特集ということで、市長と「ポピュリズム政治」について、その構造と機能について論じることとなった。
「ポピュリズム」というのは定義のむずかしい語である。
私はアレクシス・ド・トクヴィルがアメリカ政治について語った分析がこの概念の理解に資するだろうと思う。
トクヴィルはアメリカの有権者が二度にわたって大統領に選んだアンドリュー・ジャクソンについて、その『アメリカのデモクラシーについて』でこう書いている。
 「ジャクソン将軍は、アメリカの人々が統領としていただくべく二度選んだ人物である。彼の全経歴には、自由な人民を治めるために必要な資質を証明するものは何もない。」
トクヴィルは実際にワシントンでジャクソン大統領に会見した上でこの痛烈な評言を記した。
そして、この怜悧なフランスの青年貴族はアメリカの有権者がなぜ「誤った人物を選択する」のか、その合理的な理由について考察した。
この点がトクヴィルの例外的に知的なところである。
ふつうは、「資質を欠いた人物を大統領に選ぶのは、有権者がバカだからだ」と総括して終わりにするところだが、トクヴィルはそうしなかった。
ジャクソンは独立戦争に従軍した最後の大統領である(ほとんどの期間を捕虜として過ごしたが)。のちテネシー州市民軍の大佐となり、インディアンの虐殺によって軍歴を積み、クリーク族を虐殺し、その土地93,000㎢領土を合衆国政府に割譲させた功績で少将に昇進した。
米英戦争のニューオリンズの戦いでは、5,000名の兵士を率いて7,500名以上のイギリス軍と戦い、圧勝をおさめて、一躍国民的英雄となった。
さらにセミノール族との戦いでも大量虐殺を行い、イギリス、スペインをフロリダから追い出し、フロリダの割譲を果たした。
「軍功」というよりはむしろ「戦争犯罪」に近いこの経歴にアメリカの有権者たちは魅了された。
建国間もないこの若い国は「伝説的武勲」の物語を飢えるように求めていたからである。
ナポレオンを基準に「英雄」を考えるトクヴィルは、ジャクソン程度の軍人が「英雄」とみなされるアメリカの戦史の底の浅さに驚嘆し、そこにつよい不快を覚えた(それがジャクソンに対する無慈悲な評言に結びつく)。

けれども、トクヴィルはそこから一歩踏み込んで、むしろアメリカの統治システムの卓越性はそこにあるのではないかという洞察を語った。
それはアメリカのシステムはうっかり間違った統治者が選出されても破局的な事態にならないように制度化されているということである。
アメリカの建国の父たちは表面的なポピュラリティに惑わされて適性を欠いた統治者を選んでしまうアメリカ国民の「愚かさ」を勘定に入れてその統治システムを制度設計していたのである。
不適切な統治者のもたらす災厄を最小化するために、一つ効果的な方法が存在する。
それがポピュリズムである。
統治者の選択した政策が最適なものであるかどうかを判断することは困難である(少なくともその当否の検証にはかなりの時間がかかる)。
けれども、それが「有権者の気に入る」政策であるかどうかはすぐに判断できる。
それゆえ、アメリカでは、被統治者の多数が支持する政策、「最大多数の福祉に奉仕する」ものが(政策そのものの本質的良否にかかわらず)採択されることが「政治的に正しい」とされることになったのである。
「重要なのは、被支配者大衆に反する利害を支配者がもたぬことである。もし民衆と利害が相反したら、支配者の徳はほとんど用がなく、才能は有害になるからである」
そうトクヴィルは書いている。
統治者の才能や徳性は被統治者と同程度である方がデモクラシーはスムーズに機能する。
なぜなら、徳や才があるけれど、大衆とは意見の合わない統治者をその権力の座から追い払うのは、そうでない場合よりもはるかに困難だからである。
だから、あきらかに資質に欠けた統治者を選ぶアメリカの選挙民を「バカだ」と言うのは間違っている。
統治者は選挙民と同程度の知性、同程度の徳性の持ち主で「なければならない」という縛りをかけている限り、その統治者がもたらす災厄は選挙民が「想定できる範囲」に収まるはずだからである。
ポピュリズムは一つの政治的狡知である。
そこまで見通したという点で、トクヴィルはまことに炯眼の人であったと思う。
このポピュリズム理解はそのまま私たちが直面しているポピュリズム政治にも適用できる。
ポピュリストを選ぶ有権者たちは、彼らよりも知的・道徳的に「すぐれた」統治者がもたらすかもしれない災厄に対して、無意識的につよい警戒心を持っているから、たぶんそうしているのである。
知性徳性において有権者と同程度の政治家は、まさにその人間的未成熟ゆえに「ある程度以上の災厄をもたらすことができない」ものとみなされる。
けれども、そのような「リアリスティックなポピュリズム」が私たちの国の政治風土をゆっくり、しかし確実に腐らせてきた。
彼我の違いを形成するのは、アメリカのポピュリズムは“建国の父”たちのスーパークールな人間理解に基づく制度設計の産物であるのだが、日本のポピュリズムの場合には、それを設計し運営している人間がどこにもいないという点である。
日本のポピュリズムは法律や政治システムという実定的なかたちをとることなく、「空気」の中で醸成された。
日本の政治家たちが急速に幼児化し、知的に劣化しているのは、すべての生物の場合と同じく、その方がシステムの管理運営上有利だと政治家自身も有権者も判断しているからなのである。
チープでシンプルな政治的信条を、怒声をはりあげて言い募るものが高いポピュラリティを獲得する。
私たちの政治環境は現にそのようなものになりつつある。
社会システムを作り上げるためには成熟した思慮深い人間が一定数必要である。けれども、社会システムを破壊するためには、そのような人間的条件は求められない。
だから、全能感を求める人間は必ず「壊す」ということを政治綱領の筆頭に掲げることになるのである。
そして、現に壊している。
そんなふうにして、いま日本のシステムはあちこちでほころび始めている。

2011.06.12

personal power plant のご提案

関西電力は10日、大企業から一般家庭まで一律に昨夏ピーク比15%の節電を求めた。
どうして、一律15%削減なのか。関電がその根拠を明示しないことに関西の自治体首長たちはいずれもつよい不快を示している。
関電の八木誠社長は会見で、節電要請は原発停止による電力の供給不足であることを強調した。
しかし、どうして首都圏と同じ15%で、時間帯も午前9時から午後8時までと長いのか。
会見では記者からの質問が相次いだが、関電から納得のいく説明はなかった。
関電は経産省からの指示で、今夏を「猛暑」と予測し、電力需要を高めに設定している。
だが、同じ西日本でも中国電力などは「猛暑」を想定していない。
また、震災で関西へ生産拠点が移転することによる電力需要増や、逆に、震災で販路を失った関西企業の生産が減少する場合の電力需要減などの増減予測については、これを示していない。
15%の積算根拠としては、猛暑時の電力不足分6・4%に「予備力」として5%、さらに3.6%の「余裕」を見込んで設定したそうである。
平年並みであれば、いずれも不要の数字である(そもそも「予備力」と「余裕」の違いが私にはわからないが)。
東電の「計画停電」と同じで、原発を止めると「こんなこと」になりますよ、と国民を脅かしつけて、原発の早期再稼働を求める世論形成をしようという経産省と財界のつよい意向を体したものだと考えるべきだろう。

「節電」というのは根本的な矛盾を含んだ要請である。
というのは、電力会社は営利企業であり、電気は彼らの売る「商品」だからである。
「節電」とは要するに「うちの商品をあまり買わないでください」と企業が懇願しているということである。
ふつうそういうことは起こらない。
そういうことを言われたら、「あ、そう」と言って、ほかの店に行って代替商品を買うに決まっているからである。
電気の場合は独占企業なので、それがむずかしい。
でも、できないわけではない。
自家発電システムに切り替えてしまえばいいのである。
大手の企業の多くは自家発電設備を備えている。ただし、ほとんどが化石燃料を使う火力発電であるから、原油価格が高いと電力会社から買う方が安い。
でも、電力会社から必要量が買えなければ、自分で電気を作ることになる。
95年の「電力自由化」によって、それが可能になった。
ポテンシャルとしては、全国の認可自家発電設備は3000箇所以上あり、火力発電の総出力は5380万KW、水力が440万KW。
原発54基の総認可出力(4900万KW)を超える。
これらの発電者を「特定規模電気事業者」と法律ではいう。
英語だと簡単で、PPS:Power Producer and Supplier 「動力を作って供給するもの」。
電力会社が「うちの商品を買わないでください。お出しするものがないのです」と消費者に懇願するのであれば、「よそで買ってくださるか、ご自身で調達してください」というのが筋だろう。

今問題になっている「発送電分離」というのはこの話である。
PPSは発電はできるが、送電のためのネットワークを持っていない。
送電については電力会社の送電線を借りるしかないのだが、その使用料と使用条件がきびしい。
だから、送電部門を発電部門から切り離せば、競争原理が働いて、コストも下がり、経営も透明化するだろうというのである。
むろん電力会社はほかの事業者が電力事業に参入することを喜ばない。
発送電分離についても、激しく反論している。
その論拠は理解できないわけでもない。
だが電力会社はどこかで「独占企業に消費者が依存するしかない」という制度を手放すべきではないかと思う。
その営利企業の収益への固執が、むしろエネルギー政策の新たな、大胆な展開を阻害しているように私には思われるのである。

例えば、ガス会社が開発した「エネファーム」という家庭用の発電設備がある(凱風館にはこれが装備されている)。
これはガス中の水素と酸素を反応させて発電するシステムだが、停電するとモーターが停止して、発電できなくなる。
自家発電装置が電力会社からの送電が切れると止まる・・・というのでは意味がないではないか、とお思いになるだろう(私も思う)。
でも、実際には外部電力が停止しても、自家発電できるテクノロジーをガス会社はもっている(当たり前である)。
しかし、法律上の制約があって、電力会社からの送電が止まると、自家発電装置も止まるようにメカニズムが設計されているのである。

そういう話を聞くと、電力会社の「節電のお願い」をどうしてもまじめに聴く気にはなれないのである。
電力会社がこれまで「オール電化」とかさんざん電力を浪費するライフスタイルを提唱してきた責任を感じるなら、「電気を使わないでください」というだけでなく、「電気はうちから買う以外の方法でも調達できます」という方向に消費者を案内すべきではないのか。

私自身は電力浪費型のライフスタイルよいものだと思っていないので、節電が15%でも50%でも、最終的には100%になっても「それはそれでしかたがないわ」と思うことにしている(それこそはあのフレドリック・ブラウンの『電獣ヴァヴェリ』描くところの牧歌的世界だからである)。
だから、電力会社が「これからはできるだけ電気を使わないライフスタイルに国民的規模で切り替えてゆきましょう」というご提案をされるというのなら、それには一臂の力でも六臂の力でもお貸ししたいと思っているのである。
でも、この15%節電は「そういう話」ではない。
電力依存型の都市生活の型はそのままにしておいて、15%の節電で不便な思いを強いて、「とてもこんな不便には耐えられない。こんな思いをするくらいなら、原発のリスクを引き受ける方がまだましだ(それにリスクを負うのは都市住民じゃないし)」というエゴイスティックな世論を形成しようとしているのである。

繰り返し言うが、私は節電そのものには賛成である。
電力に限らず、有限なエネルギー資源をできるだけていねいに使い延ばす工夫をすることは私たちの義務である。
そして、その工夫はそのまま社会の活性化と、人々の未来志向につながるようなものでなければならない。
70年代に、IBMの中央集権型コンピュータからアップルのパーソナル・コンピュータという概念への「コペルニクス的転回」があった。
同じように、電力についても、政官財一体となった中枢統御型の巨大パワープラントから、事業所や個人が「ありもの」の資源と手元の装置を使って、「自分が要るだけ、自分で発電する」というパーソナル・パワー・プラント(PPP)というコンセプトへの地動説的な発想の転換が必須ではないかと思うのである。
ドクター・エメット・ブラウン(in Back to the future)の考案した「ゴミ発電機」なんか、すごくいいと思う。
誰でもそう思うだろう。
でも、国民の総力をあげてPPP革命による世界のエネルギー地図の塗り替えを企てるという方向に日本が進むことで、むしろ不利益をこうむる人たちが依然としてわが国ではエネルギー政策の決定権を握っている。
それが私たちの不幸なのである。

2011.06.13

メルトダウンする言葉

神戸大学都市安全研究センター主催、岩田健太郎さんがコーディネイターをつとめる「災害時のリスクとコミュニケーションを考えるチャリティー・シンポジウム」が日曜にあった。
参加者は岩田健太郎(神戸大学都市安全研究センター、神戸大学医学部教授)、上杉隆(ジャーナリスト)、藏本一也(神戸大学大学院経営学研究科准教授)、鷲田清一(哲学者、大阪大学総長)と私。
チャリティ・シンポジウムなので、そこで発生するあれこれの収益は被災地に寄付される。
上杉さんの名前は茂木さんのツイッターでよくお見かけするが、私は初対面。記者クラブの閉鎖性と日本の既存メディアの退嬰性を徹底的に批判している独立系ジャーナリストである。
藏本先生はビジネスにおけるリスク・マネジメントの専門家。
私はいったい何の専門家として呼ばれたのか、よくわからない。
「どうしていいかわからないときに、どうしていいかわかるための能力開発」の専門家ということかも知れない。この5年くらい、そういう話ばかりしているから。

どなたのお話もたいへんに興味深いものであった。
原発情報については、この90日間で、官邸・霞ヶ関・東電そしてマスメディアの発信する情報に対する国民の信頼性が深く損なわれたというのが、全員の共通見解だった。
今回の原発事故をめぐる情報管制・情報隠蔽は制度的・構造的なものであって、偶発的・属人的なものではない。
そのすべてに共通するのは、「嘘をついても、ごまかしをしても、無限に言い逃れをして、時間稼ぎをしているうちに『嵐は去る』。なぜならば人間はそれほど長期にわたって同一の論件について注意を向け続けることができないからだ」という、ある意味きわめて洞察に富んだ人間理解である。
それが原発をめぐる情報発信に伏流している。
例えば「メルトダウン」というのがその好個の適例である。
事故発生後、テレビに出て来た「原子力の専門家」たちも、もちろん東電も官邸も、「メルトダウンはありえない」と断言していた。
原子力安全・保安院の中村幸一郎審議官は事故直後の3月12日の記者会見で「炉心溶融の可能性がある」と発言して、更迭された。
その後も保安院が可能性を示唆した後も(4月19日)、官房長官は「冷却は行われており、メルトダウンは起こらないだろう」という見通しを語っていた。
東電がメルトダウンを認めたのは5月12日。その後に、枝野長官は早い段階からメルトダウンの可能性があるということを官邸はアナウンスしていたと述べた。
ネット上と週刊誌ではこの発言のぶれはずいぶん叩かれたけれど、マスメディアではストレートニュース扱いであった。
マスメディアは「全炉心溶融」(total meltdown)というそれまで使われなかった術語を持ち出して、「炉心溶融」はしたが、「全炉心溶融」はしていないという不思議な言葉づかいで結果的に官邸を側面支援した。
つまり、官邸が「炉心溶融」という言葉でこれまで意味していたのは「全炉心溶融」のことであって、「部分的な炉心溶融」の可能性は事故直後から排除したことがないから嘘は言っていないというのである。
不思議なロジックであるが、政治的には有効な方法であった。
現に、「メルトダウン」という言葉は3月12日から5月20日にかけて、「言った言わない」「定義が違う」「全炉心溶融と部分的炉心溶融では意味が違う」といった煩瑣な議論に繰り返し使われているうちに、だんだん言葉としての喚起力を失った。
私たちはもうその言葉を聴くことに飽きてきている。
その言葉を口にする人間は言い逃れか告発かごまかしか揚げ足取りか、いずれにせよバイアスのかかった文脈でしかその言葉を使わなくなったからである。
「メルトダウン」という語を冷静で科学的で実効的で「にべもない」口調で語る人が必要なのだが、そういう人だけが不在である。

震災と原発事故の後に、さまざまな制度的な欠陥が露呈したけれど、「言葉の軽さ」もその一つだろう。
そして、たしかに言葉が軽くなればなるほど、いったい何が起きたのか、これから何が起きるのか、誰が何をしたのか、何をしようとしているのか、私たちは何をしてしまったのか、これからどうすればいいのかといった一連のリアルで切実な問いの答えもますます不分明になってゆくのである。

わかっていることの一つは、今回の震災と事故に対して多少とでも「有責者」の側に立つ可能性のある人々は一貫して「言葉を軽くすること」に必死になっているということである。
彼らはあるときは無根拠に断言し、あるときは知っていることを隠し、あるときは言ったことを「言わない」と言い、あるときは言っていないことを「言った」と言い、あるときは一方的にまくしたて、あるときは「ノーコメント」の壁を立て、自分の言葉に対する「とりつく島」をひたすら減らすことによって、批判や攻撃を避けようとしている。
そして、それは確かに有効に機能しているのである。
言葉がどんどん軽くなり、人々はどんどん「とらえどころ」がなくなっている。
たぶん彼らは「言葉を軽くすること」でそれぞれの職務上の、あるいは倫理上の責任が軽減できるということを直感的に知っているのである。
その直感は正しい。
けれども、総理大臣からリーディングカンパニーの経営者まで、国立大学の教授から全国紙の社説まで全員が「私の言葉の意味をうるさく訊かないでくれ、言ったことの責任を追及しないでくれ、私が言ったことをいつまでも記憶しないでくれ」と言い出したら、この国の言葉はどうなってしまうのか。
どこかで踏みとどまって、「自分で責任が取れる範囲のことしか言わない、言ったことには自分で責任を取る」という規矩を自分の発言に課すという節度を立て直さなければ、私たちの社会の言論状況はさらにとめどなく劣化してゆくほかないだろう。

2011.06.16

小国寡民のエネルギー政策

先週、中津川市加子母というところを訪れた。
凱風館の工事をお任せしている木造建築専門の中島工務店の中島紀于社長にお招き頂いたのである。
中島工務店は「知る人ぞ知る」木造建築技術のトップランナーであるが、私はもちろんそういうことをまるで「知らない人」なので、光嶋くんから「こういう業者もありますけど」と紹介してもらって知ったのである。
そのとき、中島工務店がこれまで作ってきた建築物のカタログを見せてもらって、「おおお、ここだ」と内心勝手に決めてしまった。
どこがどう「びびび」と来たかのかを言うのはむずかしい。
あえて言えば中島工務店の作る建物には「もどかしさ」があったのである。
何かひどく「言いたいこと」があるのだが、与えられた条件ではそれがうまく言えないので、じたばたと地団駄踏んでいる・・・というような感じがしたのである。
われわれが外国語で話すときに、言いたいことがうまく言えないで、もどかしい思いをしているときの、あの「思い余って言葉足らず」感が中島工務店の作った建物に常ならぬ「生命感」を与えていた。
これらの建物は「言葉」を必要としているように私には思われた。
この場合の「言葉」とは、「そこに住む人間」のことである。
そこに住む人間が「参加」して、家と対話を始め、家そのものがそれまで持っていなかった語彙や音韻をそこに響かせると、それに呼応してはじめて建物が生き始める。
そういう感じがしたのである。
それは申し訳ないけれど、大手の住宅会社が作る既製品的な住宅には感じることのできないものだ。
それらは人間が住み始める前に、商品としてすでに完結している。
そこにリアルな身体をもつ人間が住み、手垢のついた家具が置かれることで、家はむしろその完成度を損なわれる。
だから、住宅雑誌のカメラマンが家の撮影をするときには、そこから住民の生活感を意識させるものは組織的に排除される。
住宅雑誌のグラビアの中に「やきそばUFO」とか「ビッグコミック」とか「さつま白波」とかが写り込んでいるのを見ることができないのはそのせいである。
でも、中島工務店の建てる建物は逆に「そういうもの」が参加しないと成り立たないような「マイナスワン」感を私にもたらした。

でも、そのことは今日の本題とは直接の関係がない。
その中島工務店の中島紀于社長に招かれて加子母に行ったのである。
加子母(「かしも」と読んでください)は人口3300人。そのうち中島工務店の従業員が200人以上。家族を含めると、たぶん人口の3分の1くらいが中島工務店の関係者である。社長が村の中のどこを歩いても知らない人がいない。
それが私に老子の「小国寡民」の理想郷のことを考えさせた。
老子は「小国寡民」についてこう書いている。
「其の食を甘しとし、其の服を美とし、其の居に安んじ、其の俗を楽しまん。隣国相望み、鶏犬の声相聞こえて、民は老死に至るまで、相往来せず」
「相往来せず」どころか、中島工務店は全国展開している。
でも、それは資本主義企業の「右肩上がりの経済成長」とはめざすところが違うようである。
どうやら、中島社長は加子母における「自給自足」的な共同体実践を全国に「布教」するためにその企業活動を行っているように私には見えた。
加子母の奧の渡合温泉(「どあい」と読んでください)の宿のランプの灯りの下で、中島社長は岩魚の骨酒を呷りながら、「もう電気は要らない」と呟いたからである。
私は岩魚の刺身と岩魚の煮付けと岩魚の塩焼きを貪り喰いながら、社長のその言葉を聞いて、半世紀ほど前に読んだフレドリック・ブラウンの『電獣ヴァベリ』を思い出した(『電獣ヴァヴェリ』は「SFマガジン」掲載時のタイトルで、『天使と宇宙船』に収録されたタイトルは「ウァヴェリ地球を征服す」)。
フレドリック・ブラウンは中学生の私にとってのアイドルであったが、今読み返してみても(昨夜読み返した)、すばらしく面白い。
『ウァヴェリ』は宇宙から飛来した「電気を主食とする生物」のせいで地球上から電気がなくなってしまうという話である。
ラジオのCM作家であった主人公のニューヨーカーは田舎の村に家を買い、19世紀の人々のように、蒸気機関で工作し、馬で移動し、牛で土地を耕し、活字を組んで印刷し、夜になると楽器を手に集まってきて室内楽を楽しむ生活をしている。
それだけの話。
でも、読んでから45年間、私はヴァヴェリのことを一度も忘れたことがない。フレドリック・ブラウンが描いた「電気のない生活」にはげしく惹きつけられたのである。
私はある意味では「精神的なラダイト」だったのかも知れない。
だから、きっと中島社長の「もう電気は要らない」発言に「びびび」と来たのである。
誤解を避けるためにあらかじめお断りしておくけれど、中島社長のいう「電気は要らない」は電力の大量生産・大量消費システムを廃し、生活に必要な電気は自給自足する方がよいという考え方のことであって、それほど過激なことを言われているわけではない(現に、工務店の工場には電動工具がひしめいている)。
それにしても、現役のビジネスマンの口から「もう電気は要らない」という言葉を聞いたのはショックであった。
自分がいかにエネルギー政策について、既存の思考枠組みにとらえられていたのかを思い知らされたからである。
ことの当否や実現可能性や根拠の有無はわきへ置いて、「そういう発想」がなかったおのれの思考の不自由を恥じたのである。

そのあと少し調べているうちに、現在のエネルギー政策がどれほど「時代遅れ」なものであるかがしだいにわかってきた。
コンピュータの場合は、IBM的な中央集権型コンピュータシステムから、1970年代にアップルの離散型・ネットワーク型コンピュータ・システムへの「コペルニクス的転回」があった。
あらゆる情報をいったん中枢的なコンピュータに集積し、それを管理者がオンデマンドで商品として配達して、独占的に設定された代価を徴収する。
そういう情報処理モデルが時代遅れとなった。
今、情報はネットワーク上に非中枢的に置かれて、誰でも「パーソナル」な端末から自由にアップロード・ダウンロードできる。
「中枢型・商品頒布型」モデルから「離散型・非所有型」モデルへの移行、これはひろく私たちの世界の「基本モデル」そのものの転換を意味している。
IBMモデルからアップルモデルへの移行は「情報」そのものの根本的な定義変更を含んでいたからだ。
IBMモデルでは情報は「商品」だった。
だから、退蔵し、欲望や欠乏を作り出し、価格を操作し、高額で売り抜けるべき「もの」としてやりとりされた。
アップルモデルでは情報はもう商品ではない。
それは誰によっても占有されるべきものではなく、値札をつけて売り買いするものでもなくなった。
情報はそれが世界の成り立ちと人間のありようについて有用な知見を含んだものである限り、無償で、無条件で、すべての人のアクセスに対して開かれているべきである。
というのが離散型・非中枢型・ネットワーク型のコンピュータモデルの採用した新しい情報概念である。
そうした方が、情報を商品として市場で売り買いするよりも、人間たちの世界は住み易いものになる可能性が高いという見通しにイノベーターたちは同意したのである。
この基本的趨勢はもう変えることができないだろうと私は思う。

エネルギーもそうなるべきなのだ。
それは本来は商品として売り買いされるべきものではなかった。
「共同体の存立に不可欠のもの」である以上、電力もまた社会的共通資本として、道路や鉄道や上下水道や通信網と同じように、政治ともビジネスとも関係なく、専門家の専門的判断に基づいてクールにリアルに非情緒的に管理され、そのつどの最先端的なテクノロジーを取り込んで刷新されるべきものだったのである。
けれども、電力を管理したのは実質的には政治家と官僚とビジネスマンたちであった。
彼らは「共同体の存立と集団成員の幸福」というものを「自分たちの威信が高まり、権力が強化され、金が儲かる」という条件を満たす範囲内でしか認めなかった。
テクノロジーの進化は、当然電力においても、パーソナルなパワープラントとその自由なネットワーキングを可能にした。
環境負荷の少ない、低コストの発電メカニズムの多様で自由なコンビネーションによって、「電気は自分が要るだけ、自分で調達する」という新しいエネルギーコンセプトが採用されるべき時期は熟していたのである。
電力においてもIBMモデルからアップルモデルへの、中枢型から離散型へ、商品から非商品へのシフトが果たされたはずだったのである。
それが果たされなかった。
旧来のビジネスモデルから受益している人々が既得権益の逸失を嫌ったからである。
原発は彼らの「切り札」であった。
国家的なプロジェクトとして、膨大な資金と人員と設備がなければ開発し維持運営できないものに電力を依存するという選択は、コストの問題でも、安全性の問題でもなく、「そうしておけば、離散型・ネットワーク型のエネルギーシステムへのシフトが決して起こらない」から採用されたのである。
もうこの先何も変わらない、変わらせないために、彼らは原発依存のエネルギー政策を採用したのである。
人々は忘れているが、原発というのは「イノベーションがもう絶対に起こらないテクノロジー」なのである。
原子炉の恐ろしいほどシンプルな設計図からもわかるように、あれは「もう原理的には完成していて、(老朽化と故障と人為的ミスと天変地異とテロが招来するカタストロフ以外には)改善の余地のないメカニズム」なのである。
人々が原発に群がったのは、それが最新のメカニズムだからではなく、「進化の袋小路に入り込んでしまった」メカニズムだったからである。
私たちは原発事故でそのことを学んだ。
私たちは「最新のテクノロジーの成果を享受している」という偽りのアナウンスメントを聞かされることで、「エネルギー・システムでもまた中枢型から離散型へのシフトがありうる」という(コンピュータを見れば誰でもわかるはずの)ことから眼をそらしてきたのである。
今回の原発事故で「節電」ということを電力会社が言い出したことで、多くの市民は「どうして発電送電を民間事業者が独占していなければいけないのか?」という当たり前の疑問を抱いた。
どうして、自家発電してはいけないのか?
サイズも、形式も多様なパワープラントがゆるやかに自由にネットワークしているシステムの方が、単独の事業者がすべてを抱え込んでいるよりも、リスクヘッジ面でもコスト面でもテクノロジーのイノベーション面でも有利ではないのか?
そういう問いを発したときにはじめて、私たちがこの問題についてきわめて不自由な思考を強いられてきたことに気づいたのである。
ツイッター上で紹介したように、すでにさまざまの離散型のパワープラントの開発は30年前から(つまりコンピュータにおけるアップル革命の時点から)始まって、技術的にはもう完成している。
その実用化をきびしく阻害しているのは、端的には「古いビジネスモデルから受益している人たち」である。
原発事故はこの人々が退場すべきときが来たことを意味している。

原発については、さまざまな意見が語られているが、「モデルそのもの」の刷新についての吟味が必要だということを言い出す人はまだいない。
私のような門外漢がこういうことを言わなければいけないという事実そのものが、この論点についての抑圧がどれほど強いものであるかをはしなくも露呈しているのではあるまいか。

2011.06.18

祈りと想像力

名越康文先生と橋口いくよさんとの『ダ・ヴィンチ』鼎談を新大阪のホテルでお昼ご飯を食べながら4時間。
テーマは「原発と祈り」。
先般の橋口さんの「原発供養」に触発され、また「うめきた大仏」構想(これも発案したのは若い女性でした)に「辺境ラジオ」で出会い、21世紀の日本の霊的再生の方向について、だんだん見通しが見えてきた。
「そういう話」のときはなぜかいつも名越先生といっしょというのがさすがに奇縁である。
名越先生はこの数年真言密教の修行に励んでおられ、仏教書を耽読されているので、話はいきなり「祈り」とは、「瞑想」とは、「成仏」とは、「リアル」とは、「居着き」とは・・・といったハードコアな話題に突入。
想像と現実は位相が違うのか、地続きなのか。
私たちは「地続き」だという考えである。
すみずみまで克明に、細密に想像しえた経験からは、私たちは現実の経験とほとんど同じだけの経験知を得ることができる。
実年齢がどれほど幼くても、想像の世界ではセックスしたり、子どもを育てたり、仕事に成功したり、友に裏切られたり、老いたり、死んだことがあるものは、実生活でそれをほんとうに経験した人間と、原理的には同じ質量の(場合によっては、それを超える)経験知を獲得することが可能である。
能の『邯鄲』が教えるように、宿屋で粟粥が煮えているあいだのつかのまに廬生は夢の中で皇帝の地位にのぼりつめ、この世の栄華をきわめ、ついには仙薬によって千年の齢を得て、終わるとも思えぬ時間を過ごす。もう最後の方は時間がすさまじい勢いで経過して、「謡う夜もすがら。日はまた出でて、明らけくなりて。夜かと思へば、昼になり、昼かと思へば、月またさやけし。春の花咲けば、紅葉も色濃く。夏かと思へば、雪降りて、四季折々は目の前にて。春夏秋冬萬木千草も一日に花咲けり。面白や、不思議やな」というSF的狂躁となる。
はっと目が醒めた廬生は千年プラス五十年分の人生を生きた気になって、「夢の世ぞと悟り得て、望み叶へて、帰りけり」と故郷に戻ってしまうのである。
さて、このとき廬生はほんとうに悟りを得たと言えるのかどうか。
私は「得た」と思う。
夢の中で生きた時間は「主観的には」それだけの密度を持っているからである。
夢の中で経験した快楽は快楽であり、苦痛は苦痛である。
現に、今に伝わる古流武道の多くは「夢想神伝」という出自を語っている。
「夢の中で会得した術技は実際の戦場でも使うことができる」ということについての合意がひろく存在していなければ、こういう言葉遣いが定型になるはずがない。
現実というのは私たちが「現実」と名づけているよりもかなりひろい範囲を含んでいる。
私たちは生物学的実体としてはたかだか80年ほどの寿命と、手足を拡げたほどの可動域のうちしか持たないが、脳内現象的には、時空の制約をはずれて、桁外れの拡がりを「経験する」ことができる。
いま、この瞬間、日本にいる二人の人間のうち一方が、想像できるのはせいぜい前後四半期だけであり、他方が想像的に1000年前をリアルに経験できる人間(橋本治さんみたいな人)だとしたら、彼らを「同時代人」としてくくることはあまり合理的ではない。
「彼らは所詮同じ現実のうちにいるのだから、考えていることもだいたい同じである」と推論することは適切ではない。
同じ現実を見ていても、それを前後半年の射程の中で眺めている人間と、前後1000年の幅の中で見ている人間とでは、見えているものが全く違う。
その人が「主観的・想像的に経験したことの沖積土」の上にとりあえずの現実は置かれる。
「楚の国の羊飛山におはします尊き知識」に会って「これから人生どうしたらいいんでしょう」と訊ねようと思っていた廬生の等身大の願いは、邯鄲の夢という巨大な時空の拡がりの上に置かれたときに、その切実さを失った。
自分としてはけっこう切羽詰まっていたつもりでいたけれど、夢を見たあとは、「なんか、もう、どうでもいいや」になってしまったのである。
たぶんそのあとの廬生は故郷の村で、「ぼおっとしたおじさん」になったと思う。でもときどきあのおじさん妙に遠い目をして「栄華などというのはむなしいものだよ」とか呟くんだよね・・・と村の子どもたちに言われるような。

「祈り」の話をしていたのである。
祈りは、遠いものをめざす。
ふつうは現実の目の前には存在しないものをめざす。
私たちは死者を鎮魂するために祈り、未来に実現してほしいことを祈り、つねに今ここにはいない「遠くのもの」をめざして祈る。
祈りを向ける対象が「遠ければ遠いほど」、私たちが祈りを通じて経験するものは深まり、広がる。
多くの人が勘違いしているが、祈りの強度は「切実さ」によるのではない。
それがめざすものの「遠さ」によって祈りは強まり、祈る人間を強めるのである。
だから、おのれの幸福を願う祈りよりも、他者の幸福を願う祈りの方が強度が高く、明日の繁栄を願う祈りよりも、百年後の繁栄を願う祈りの方が強度が高いのである。
そこから如来と瞑想の話になるのだが、もう時間がないので、続きは本文で。

2011.06.22

ひさしぶりに授業をしました

難波江さんの「メディア・コミュニケーション演習」の授業にゲストでお呼ばれした。今週来週二回にわたって『街場のメディア論』を素材に、学生たちとおしゃべりをする。
これまで授業のテキストにこの本を使っていただいたので、その総括的な書評を学生さんたちに書いてもらうというのが課題。
なかなか面白い議論だった。
「マスメディアはもうダメなんでしょうか?」という学生からの質問があったので、「はい」とお答えする。
もうダメです。
よほど心を入れ替えたらなんとかなるかも知れないけれど、これまで通りやっていたら、各新聞の「毎年5万部」の売り上げ減少ペースに歯止めはかからないだろう。
毎年5万部ということは、800万部の朝日新聞の発行部数がゼロになるまで160年かかるということである。
「100万部減るまでにあと20年かかるわけですから」と先日朝日新聞のOBの方がため息をついていた。
それじゃあ、今いる社員たちは根本的な立て直しをしようという気にはならんです。彼らが退職するまでは会社は保ちそうなんだから。
そうですよね。
でも、「こんなこと」をしていたら、「毎年5万部減」で済む保障はない。
惰性の強い宅配制度が支えているので、部数はまだ高いレベルを保っているが、これが「駅売り」だけになったら、とてもこんな数字は出てこないだろう。
マスメディアへの需要はすでに不可逆的に「なくなりつつある」のである。
当のマスメディアだけが、それを直視していない。
みんなが「新聞もテレビももう終わりだ」となんとなくわかっている。
「みんながわかっていること」をメディアが報道しない。分析もしない。解決策を提言もしない。
そうやって、メディアの「知性」への信頼をメディア自身が掘り崩している。
端的な事例は平田オリザさんの「汚染水の廃棄はアメリカの要請」発言である。
そのあと、平田さんは「そのようなことを知る立場になかった」という謝罪のステートメントを発したが、言ったことが「口から出任せ」だったと言ったわけではない。官邸周辺の「どこか」で聞いたのだが、それは「言わない約束」だということまでは確認しなかったのである。
当然、メディアとしては、「アメリカの要請」があったのかどうかについて、発言の真偽について裏づけ調査をするはずだった。
どの新聞もしなかった。
続報は一行もなかった。
鳩山時代から内閣参与として長く官邸に詰め、さまざまな情報を「知る立場にあった」平田オリザさんが「ぽろり」と漏らした情報について、「もしかすると、それに類する指示がアメリカからあったのかもしれない」と仮定して「裏を取る」という作業をした新聞もテレビもなかった。
一つもなかったのである。
それどころか、アメリカは今回の福島原発の事故処理に、どのようなかたちでコミットをしているのか、どのような処理プランを提言しているのか、それはアメリカの中長期的な原子力政策とどういうふうにリンクしているのかといった射程のもう少し広い解説さえ、私は読んだ覚えがない。
「アメリカは何を考えて、何をしているのか」という問いそのものをメディアは自分に禁じている。
そうとしか思えない。
アメリカはつねに自国の国益を最優先させて戦略を起案する。
その「国益の最大化」路線の中で日本の原発事故はどういうふうに位置づけられているのか。
ブログでも繰り返し書いたように、日本の脱原発、段階的廃炉、火力発電への緊急避難、代替エネルギーへの切り替えは、どれもアメリカの国益の増大に資する。
だから、必ずアメリカはそのような方向に向けて日本を誘導するはずである。
その過程で必要とあらば原発処理を技術的に支援して「恩を売り」、必要とあらばあえて日本政府が失敗するに任せて「日本人には原子力テクノロジーをハンドルする能力はない」という国際的評価を定着させるだろう。
そういう大きな文脈でとらえたときにはじめて、浜岡原発の停止も、汚染水の海洋投棄も「アメリカからみると合理的なソリューション」だということがわかる。
アメリカは日本に憲法九条と自衛隊を同時的に与え、それによって日本人を思考停止させることに成功した。
「アメリカは自分たちがしていることの意味をわかっているが、私たちはアメリカがしていることの意味がわからない」という知の非対称によって、私たちはアメリカの属国というステイタスに釘付けにされている。
グレゴリー・ベイトソンのダブルバインド理論そのままである。
日本政府をコントロールするのはアメリカにとってたいへん簡単なのである。
あるときは「優しい顔」を向け、まったく無文脈的に「無関心な顔」や「怒りの顔」を向ける。
それをランダムに繰り返すだけでいい。
それだけで日本人は思考停止し、アメリカへの全的依存のうちに崩れ落ち、ひたすらアメリカの「指示待ち」状態に居着いてしまう。
アメリカの植民地支配のうちでもっとも成功したのは日本支配である。
だから、マスメディアは「日本の対米従属の集団心理的メカニズム」については絶対論じない。
論じることができない。
マスメディア自身がその思考停止の「症状」そのものだからである。
何度も書いたことだが、2005年にEU議会がロシアに北方領土の返還を命じる決議をしたとき、日本のメディアは一紙を除いてこれを報道しなかった。
日本の外交政策を側面支援する決議を欧州議会がしたときに、なぜそれが全国紙の一面トップにならなかったのか。
それは「そのニュースを日本人が知ることを好まない国がある」とメディアが忖度して、その怒りをはばかって「自粛」したからである。
その理路については、何度も書いたので、もう繰り返さない。ブログの記事か、『最終講義』の第三講をご参照願いたい。
私たちの国は過去66年間ずっと、そうやって「アメリカの気持ち」を忖度して、右往左往してきた。
そして、マスメディアはそのもっとも際だった症状である。
自分が病んでいるということ自体を自覚できないほどに深く病んでいる。
だから、たぶん私の書いていることの意味をジャーナリストたちはうまく理解できないだろう。
というような話を学生たちにする。
そのあと、「尖閣諸島問題」や「竹島問題」や「沖縄問題」について、さまざまなご質問をいただく。
これらの問題が解決しないのは、「領土問題が解決しないstatus quo から最大の国益を得ている第三者が解決を妨害しているからだ」という、「いかにもありそうな」仮説については誰も検証しないからであるとお答えする。
どうして他のイシューでは「いくらなんでもそれは無理筋」なヨタ仮説を飛ばしまくる週刊誌も月刊誌も、この「いかにもありそうな」仮説については、そのようなものが存在すること自体を無視するのか。
それについて学生諸君はよく熟慮していただきたい。
では、また来週ね~。

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