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2011年02月 アーカイブ

2011.02.16

1月26日から2月16日まで

長いことブログを更新していない。
「演説」のネタがなくなったわけではなくて、ブログの更新は時間が決まっていて、朝起きてから仕事に出かけるまでの隙間に書くのだが、その時間が取れなかったのである。
朝起きてそのまま仕事に出かけないと間に合わないか、朝起きてから郵便物に目をとしてメールに返信しているだけでタイムアップという日々が二週間ほど続いたせいである。
ブログの更新は私にとって「できごと」の意味をゆっくり時間をかけて吟味するたいせつなプロセスであるので、これができないとほんとうに人生が「薄っぺら」なものになったような気がしてくる。
備忘のため、前回の更新からあとの日々について記録しておく。
これは読者のためというより、自分自身のためである。
物忘れが激化している私のような老人は「あのとき何してたんだっけ・・・」という回顧的な問いにたいして壊滅的に答えることができない。だから、キーワードを打ち込めば、それが瞬時に検索できるブログほどありがたいものはないのだ。
1月26日
後期授業終了。午後から大阪支庁にて平松市長と会談。
これは「現代ビジネス」という講談社がやっているネット媒体で公開中。http://gendai.ismedia.jp/articles/-/2086
そのまま雨の中を家に戻る。
1月27日
毎日新聞から高野山大学への出講依頼。出ることにする。高野山という「かほどの霊場」に行ったことがないので、これはちょっと恥ずかしい。
神戸新聞取材。え・・・と何だったけな。すごく面白い話だった記憶はあるのだが。
それから夜遅くまで大学企画評価会議。
1月28日、29日
一般入試前期AB日程のため終日大学入試本部詰め。
1月30日
例会。みんなが麻雀やってる横でひとりこりこりと『新潮45』の原稿を書いていた。
1月31日
下川先生稽古、三宅先生の治療のあと、伊藤歯科にて6時間治療。
疲れる。
2月1日、2日
滝野にて杖道会合宿。楽しかった・・・
帰宅してそのまま大学で合否判定の打ち合わせ。
2月3日
朝10時から地鎮祭。新潮社のみなさん、週刊現代のみなさん、甲南合気会のみなさん、甲南麻雀連盟のみなさん、どうもありがとうございました。無事に鍬入れの儀も終了。
中島工務店のみなさん、棟梁、左官の井上さん、そして光嶋くんたちとお昼。
そのまま大学へ向かって合否判定会議。もどって下川先生の稽古。それから優秀論文査読。
2月4日
朝から合否判定会議。午後の判定教授会までのあいだに『One piece』解説の上巻分を送稿。15000字。そのあと合否判定教授会。引き続き科別教授会。それから愛蓮にて学科送別会。
同席のチャプレンの同志社大学応援團團長時代のさまざまな武勇伝に驚嘆する。
以後、中野“赤道”敬一先生と尊称することに決する。
2月5日
損傷したBMWをガレージに持ち込む。
久しぶりの(1月8日以来)合気道稽古。週刊現代取材付き(そのうちグラビアページに出るそうです)。
それから「ふるふる」にて大迫くんによる取材。
19時より三宮KOKUBUにて池上先生、吾朗さん、三宅先生ご一家とステーキディナー。池上先生から「赤いダウンベスト」を頂く。還暦のお祝いの由。退職のお祝いのために長野からおいでくださったのである。池上先生ありがとうございました。三宅先生、カルマ落としお手伝いさせていただきまして、ありがとうございました。
それからResetへ。同日、甲南合気会の「男子会」と「女子会」が別個に開催されており、それが合流して二次会をやっている。
なんか、意味わかんない。
意味わかんないまま注がれるワインをくいくい飲む。
2月6日
内田ゼミバリ島社員旅行。
ここからは日記の断片が残っているので、それを貼り付けておく。

一昨日からバリ島でバカンスを過ごしている。
ツイッターで逐次報告が上がっているだろうから、どんなふうになっているからはツイッターのフォロワーのみなさんはおおかたごぞんじであろう。
私の方はiPad もgalaxy もうまくアクセスができず、メールだけは読めるのだが、ツイッターはどちらも二日目の朝だけつながって、あとは接続不能。
インドネシアは電波の状態が不安定なようである。
というわけで、ブログにてバリ島旅行のご報告をする。
今年度末で、8年続いた大学院のゼミが終わるので、その聴講生のみなさんを中心にしたゼミ旅行を企画した。
「8年生」の渡邊仁さんが最年長(私と同い年)。
同じ第一期生の光安さん、ジュリー部部長はじめ聴講生の「おねいさま」たち、各代の青年たち。最年少は徳嶺姉妹(「可愛い〜。ぬいぐるみにして持ち帰りたいわ」とおねいさまの一人が言っておられました)
内田ゼミの卒業生はIT秘書室長のフジイ、福田さん、青子ちゃん、ムネイシ、タムラ君(お母さんといっしょ)、フルタ君(妹さんと一緒)、唯一の現役生ゴトウ君(お母さんと一緒)(敬称の有無は特に意味なし)。
甲南合気会からはキヨエさん。甲南麻雀連盟からはジロー先生、ゼミ二期生でもある、かんきち、サニー。
銀婚式を迎えるスーさんご夫妻、結婚20年目の守さんご夫妻は家庭サービスを兼ねてのご参加である。
田川ともちゃんは「先生枠」でご参加。
「バリ島でバカンスしたい人ならゼミ生の友人、知人、家族、誰でも参加OK」で募集したので、総勢33人のうち、関空に集まった時に、私が存じ上げない人が4人いた。
でも、今回のコンセプトは「社員旅行」なので、それでよいのである。
知らぬ同士が小皿叩いてチャンチキおけさなのである。
そういう一期一会的な集団性によって原子化したポストモダン社会を再びゆるやかに再統合したいと私は願っている。
甲南合気会も甲南麻雀連盟も極楽スキーの会もバリ島社員旅行も帰するところは一つである。
地域共同体の再構築という喫緊の政治課題のためとあらば、バリ島でバカンスを過ごすくらいの努力を私はいささかも惜しむものではない。
むろんハワイでバカンスでも、城崎温泉一泊旅行でも、私は老骨に鞭打って馳せ参じるであろう。
たいへん喜ばしいことに、今回のバリ島社員旅行によってこれまで個別に活動して来た各組織体は緊密な連携を形成するに至った。
井上清恵さんと藤井洋子さんが並んで旧知の友人のように談笑しているのを見ると、私は軽いめまいに似た感動を覚えるのである。
藤井さんは前回のバリ島旅行にゼミ生オークラ君の「お母さんとの友人」という資格で参加されてはじめて登場されたのだ、その後、大学院ゼミを拠点に共同体横断的「ジュリー部」ネットワークを形成して、一大勢力を築き上げたことは周知の通りである。
一方のキヨエさんは巨大組織甲南合気会を束ねる辣腕マネージャー。この二人が談笑しているのを見ると、ふっと『仁義なき戦い 代理戦争』で松永(成田三樹夫)と武田(小林旭)が村岡組の跡目相続について話している様子を私はつい連想してしまうのである。
バリ島社員旅行もはや三日目となり、9名は今日の夜の便で帰国する。

バリ島、4日目。
9名帰って、残りは25名。さすがにみなさん観光疲れしたらしくて、今日は朝から海辺のテラスでのんびりしている。
朝ご飯を食べてから、私も「おねいさま」たちと2時間ゆったりおしゃべり。
この手のガールズトークは私のもっとも好むところである。
テラスを行き交う各国観光客の観察から始まり、なぜ夫婦ものの観光客の妻たちはあのように定形的に不機嫌な表情をするのかについて、中国、ロシアのニューリッチな方々、およびアラブのスーパーリッチな方々の消費行動とその審美的な適否について、東京都知事と大阪府知事の政治的パフォーマンスの病的傾向について、ヨーロッパの階層社会の構造とそこで選出される統治者たちのタイプの共通性について、会衆派教会の構造とKCの教授会の成り立ちについて、それぞれの母校の近年の経営方針について、などなど話頭は転々として奇を究めて、摘要しがたいのである。
メールにはあちこちから仕事のメールが数十通来ている。
バカンス先にまでじゃんじゃん仕事の打ち合わせや依頼が届くということは、バカンスということの本質に違うのではないかという気もしないではないのだが、こんなところまでiPad を持参して、仕事をしないと約束が果たせないような引き受け方をした本人が悪いのであるから恨みごとを言う筋合いではないのである。
今日はこれからOnepiece 論の下巻分を書かねばならない。
それを書き上げたら、プールサイドでお昼寝である。
さ、仕事しよ。

というところで現地で書いた日記はおしまい。
やっぱりブログ日記はリアルタイムで書かないと「勢い」というものが出ないですね。

2月11日
常夏のバリ島から寒風吹きすさぶ関空へ。温度差30度。
阪神高速が積雪で通行止めのため、電車で帰る。
機内で足の中指が痛み出す。
げ、痛風の発作ではないか。
帰宅して、荷物を片付けて、大学へ。地方入試監督者の送り出し。
家に戻って豚汁を作成。味噌味のものと白いご飯が猛烈に食べたい。
飽食後、深夜胃痙攣の発作。
2月12日
一般入試前期CD日程。
朝から大学入試本部詰め。
指の痛み、胃の痛みに加えて風邪の発熱。
本学での入試が終わったところで、地方入試部隊の帰着を待たずに帰宅させていただく。
帰ってベッドへ。改源のんで、13時間眠る。
2月13日
下川正謡会の新年会。
早起きして、着物の支度。謡と舞の稽古を少しだけする。
まだふらふらするが、熱は下がっており、指の痛みと胃の痛みはだいぶ軽減している。
下川先生のお宅へ。
ドクター佐藤、飯田先生、ウッキー、大西さん、東川さんご夫妻など、「新世代」の進出が著しい。
舞囃子『蘆刈』、仕舞『笠之段』素謡『安宅』のほか、『卒塔婆小町』、『木賊』の地謡、仕舞の地謡がついてほぼ出ずっぱり。
終わって、冷たいビールを飲んで、ほっとする。
胃の痛みはどうもこの会の稽古が十分に出来ていなかったことについてのストレスが原因だったようである。
弱気なオレ。
2月14日
三宅先生のところでぐりぐりして頂く。
雪が降りだす。
大学でダイヤモンドの取材があったのだが、雪で下山できそうもなかったので、取材クルーを拉致して、取材場所を自宅に変更。
お題は「内定もらった学生たちの入社まで半年間の心の準備」
employable という言葉がある。「雇用できる」「雇用するだけの価値がある」という形容詞である。
「いかにして雇用するだけの価値のある労働者になるか」
そういう問題設定である。
当然、私は頭から湯気を吹きあげることになる。
何を手抜きなことを言っているのか。
企業は社会教育のための機関である。
学校を出た若者たちを受け容れて、成熟した市民への育て上げることが企業に託された重大な社会的使命である。
そういう「教育する責任」を感じている雇用者からはそのような言葉は出てこないはずである。
「即戦力」といい「コミュニケーション能力」といい、どうして日本の企業人は「自分の都合」しか言わないのか。
荒削りの、未加工の素材を受け容れて、それをゆっくり時間をかけて磨き上げるというのがほんらい「大人の組織」が通過儀礼を終えて参入してきた新メンバーを迎えるときの構えではないのか。
それをやる気がない。
もう「できあがった既製品」を買いたいという理由として企業側は「国際競争力が落ちているので、若い人を育てているだけの余裕がないのだ」という言い訳を口にする。
こっちだって切羽詰まってるんです、と。
でも、私はそれは副次的な理由にすぎないと思う。
最大の理由は「育てる力」が雇用者側にない、ということである。
「育てる力」がないのは、採用する側も「子ども」だからである。
「子ども」に「子ども」は育てられない。
シンプルな話である。
刻下の雇用危機の本質はそこにある。
日本のエスタブリッシュメントの急速な「幼児化」こそが日本社会の制度的劣化の実相なのである。
というような話をダイヤモンドのみなさんにする。
読者は「幼児化している」と私に名指されている日本の企業人のみなさんである。
彼らはどれほどこれを読んで怒り狂うことであろうか。
でも、ほんとなんだから仕方がない。
2月15日
午後から大学院の修士論文の口頭試問。
広中るみなさんの論文をめぐって、日本史の真栄平先生とふたりで一時間ほどあれこれと議論をする。
論題は「日本の産業界はなぜ今頃になって『リベラルアーツの重要性』などということを言い出したのか?」という話。
ご案内のとおり、1991年の大学設置基準の大綱化によって、大学の教養教育は解体された。
それは「一般教養などというものは不要である。18歳から4年間びっちり専門教育した方が、使いでのある新入社員ができる」という産業界からの強い要請があったからである。
そうやって10年間専門に特化した大学教育をしたら、当然ながら、卒業生は「使えない新入社員」ばかりになってしまった。
自分の専門のことだけは詳しいが、それ以外のことには何の興味も示さない若者が量産されたからである。
彼らは同一の価値観を共有し、同一の語法で語る「内輪のサークル」でかたまることを好み、年齢や立場や職種の違う人々とのコミュニケーションにぜんぜん興味を示さなかった。
でも、「そういう学生が欲しい」と産業界の方が言ったのだから、いまさら「困る」と言っても私は聴く耳持たない。
18歳から専門特化しても、いいことなんかないぞ。それより文学とか哲学をやったほうがいいって、と私は声高に呼びかけていたのだが、だあれも聴いてくれなかったのである。
いまさら経団連や日経連が「やはり大学では文学や哲学を勉強して、幅広い視野をみにつけていただきたい」などと言い出しても、私は返す言葉を持たない。
それにここに透けて見えるのは、やはり「高いスペックの既製品が欲しい」という切実な欲求であり、未加工の素材を受け容れて、それを育て上げてゆくところで企業文化の底力の差が出る、という考え方は見られない。
現代の若者を取り巻く劣悪な雇用状況の原因はここにある。
非力で無能な若者たちを育てるのは社会全体の責任だという考え方がここにはない。
若者の社会的未成熟は自己責任であり、それゆえ就活でさんざん苦しまなければならないという一見合理的な発想の根本にあるのは、企業の社会的責任の放棄である。
企業の社会的責任の放棄は雇用者の側の「社会的未成熟」の結果である。
あ、修論審査でもつい昨日と同じ話をしてしまった・・・
でも、修論はたいへん面白かったです。
そのあと16時から18時半まで学部長会。
たいへん眠い。
19時から光嶋くんと設計の打ち合わせ。
打ち合わせのあと、阪神御影のペルシエにて奥さんもまじえて三人で晩御飯。
とっても美味しくて、copieux な晩御飯だったので、三人とも「ぷふ~」状態となる。
というところでやっと2月16日までたどりつきました。
やれやれ。

2011.02.23

方便について

鳩山前総理の「方便」発言へのメディアのバッシングが続いている。
普天間基地の県外移転構想が破綻したときに、前総理が口にした「海兵隊の抑止力」という言葉がその場しのぎの方便だったと、琉球新報へのロングインタビューで答えたことへの批判である。
海兵隊の沖縄駐留には抑止力などという軍事的な理由付けはなかった、ということを外交交渉の当事者がカミングアウトしたのである。
このことがどうして批判の対象になるのか、私にはその理由がよくわからない。
現に、琉球新報の解説記事は、この発言が基地問題の本質を露呈させたとして、一定の評価を与え、単なる失言問題に矮小化しようとしている中央のメディアに対してあらわな不信感を示している。
鳩山前総理がインタビューで暴露したのは
(1)海兵隊の沖縄駐留には軍略上の必要性はない
(2)前総理の県外(できれば国外)移転構想に複数の閣僚と官僚たちが激しく反対した
という二点である。
これは沖縄における基地問題を考察する上で、今後の議論の基本になるべき情報だと私は思う。
だが、その発言について、中央のメディアは内在的な吟味抜きに、「鳩山またも失言」という論調で冷笑的に扱い、鳩山談話全体を「まともに論じるに値しないもの」と印象づけようとしている。
私は前に鳩山前総理の「抑止力」発言について、これは「沖縄の基地には核があるかもしれない」という外交的な「ブラフ」の有効性について、在沖繩米軍の司令官クラスから説明を受けたのではないかと推測した。
その推測は鳩山さんには裏付けていただけなかったが、「とても国民にはいえないような理由で」沖縄に米軍基地が置かれているという推理そのものは間違っていなかったようである。
「とても国民には言えないような理由」とは何か。
それが「非核三原則により、ないことになっている」核兵器でないとすれば、残りは一つしかない。
それは「沖縄がアメリカの在外基地の中でもっとも快適で、もっとも安全で、もっともコストの安い基地だから」というものである。
米軍基地は東アジア全域で縮小されているが、その大きな理由は、駐留先からの「出て行ってくれ」という激しい要求に屈服したせいである。
基地の外に出るとどこでも敵意にみちた視線を浴びる、というのが今のアメリカの在外基地兵士たちのの実情である。
前にも書いたが、アメリカの軍事的パートナーである韓国の軍人たちへのアンケートで「一番嫌いな国」の第一位はアメリカであり、「これから戦争する可能性がある国」の第一位もアメリカである。
それが38度線を抱えた臨戦国家の兵士たちの、同盟国に対するリアルな感情である。
他国においておや。
だから、フィリピンでも、韓国でも、1990年代から米軍基地は急ピッチで縮小されることになったのである。
その中にあって、一人日本だけがいまだに「在日米軍基地は必要だ」ということを政治家も官僚もメディアも言い募っている。
そんな国はもう東アジアでは日本しかない。
アメリカ軍にとって、日本列島はいまや「世界で一番居心地のいい場所」、たぶん世界で最後に残されたアメリカ軍ご用達の「リゾート」なのである。
ここを追い出されたら、もう行くところがない。
だから、いる。
その程度の理由で米軍は沖縄に基地を置いている。
それを知って、鳩山さんは 呆然としたのである。
というのが、私の推理である。
まさか、「沖繩は快適なリゾートだから、出たくない」というような「本音」を公的にアナウンスするわけにはゆかない。
それは「日本はアメリカの属国です」という天下周知で、日本人だけが知らないふりをしている「事実」を認めることになるからである。
しかたがないので、「抑止力」という手垢のついた用語を一時の方便に使った。
そういうことではないかと思う。
もちろんこれは素人の床屋政談に過ぎない。
けれども、「方便」の語義について、私の解釈以上に説得力のある解釈があれば、誰か教えて欲しい。
メディアの解釈は「鳩山の言うことには何の意味もない」というところで停止している。
沖縄のことについては何も考えたくない、というメディアの気持ちは私にもわかる。
日米がイーブンパートナーではないということを受け容れない限り、沖縄で起きていることは説明できないからだ。
そのことを認めるのが日本のエスタブリッシュメントにとってはたぶんきわめて不快なのであろう。
だが、どれほど不愉快であろうと、そこから話をはじめなければ、私たちはどこへも行けない。


2011.02.24

東京死のロード対談四連発

死のロード、対談4連発ツァーを終えてようやく帰宅。
疲れました。
あまりに忙しかったので、何をしたのかツイッターでもぜんぜん報告できなかったので、備忘のためにここに記す。
2月22日
昼から東京へ。渋谷のセルリアンタワーホテルにて、まず『芸術新潮』の取材の続き。足立真穂さん、光嶋裕介くんももちろんいっしょ。
どのようにして光嶋くんを建築家に選ぶことになったのかについて、同じ話を4回目くらいだけど、またする(そのつど内容が変わるが)。
しかし、「麻雀の負けっぷりがよかったから」というのはほんとうである。
人間は病んでいるとき時、衰弱しているとき、元気がないとき、負けが込んでいるとき、長期の敗退局面などにおいて、その本性を露呈するというのは長く生きていて学んだたいせつな経験則の一つである。
ツキのあるとき、勢いに乗じて勝つことは少しもむずかしいことではない。
ツキのないとき、さっぱり芽が出ないときに、それでもまわりを愉快にすることができる人間は本物である(そういう点でいうと、連盟総長はまるで贋物だということになるが、あれは「さっぱり芽が出ないで腐り果てているが、いつも威張ってばかりいるので、まわりからはひそかに『ザマミロ』と思われている初老の男」というものをやや過剰に演技することによって、それなりにまわりのみなさんを愉快にしているのであるから、あれはあれでよろしいのである)。
とまれそのときの光嶋君の負け方は尋常のものではなかったように記憶していたのである、さいわい今はエクセルで記録が残っているのでこれを繙くと、光嶋くんは実はそんなに負けてなかったのである。
四半荘やって、1位プラ35,2位マイナ1,2位プラ3,4位マイナ48で、その日のトータルはわずかマイナ11にすぎず、勝率だって0.250だったである。
それが私には「ボロ負け」したと記憶されている。
なぜか。
思うに、それは、私と直接対決した2度の半荘において、光嶋くんが最初は私を抑えてトップを取ったのだが、二度目には私に報復されて2チャに沈んだ、この二度目の勝負を私がおのれの「歴史的大勝利」として大本営発表的に記憶したからではないかと推察されるのである。
つまり、私に負けた人間はつねに「私に歴史的大勝利をもたらしたもの」すなわち「歴史的大敗北を喫したもの」として記憶されるということである。
なんと人間とは業の深いものであろう。
おそらく光嶋くんはこの二度目の半荘のどこかで、たぶん南場において私のトップを確定せしむるような放銃をなしたのであろう(おそらくは南三局において「立直平和一並刻高めの5800点くらい」)。
それによって「がはは、はいゴッパ。はい、二百点お返しね。ぐふふ、よっしゃよっしゃ、これでオレのトップは確定だな。おい、コウシマくん、君、なかなか新参にしてはいいやつじゃないか」という印象を強く私にもたらしたのではないかと推察されるのである。
すでに1年以上も前のことですべては記憶の彼方なのであるが、彼がマイナ48のとき、カウンターのしたの席で、にこにこ笑いながらなけなしの点棒を払っていたことはいまでも私の記憶に深く残っている。
あれは実によい笑顔であった。
点棒を払うときの表情で人間の質は決まる。
連盟会員諸君はよろしく拳々服膺するように。
おっと、こんなことをかいていたのでは夜が明けてしまう。
その後、最上階のフレンチにおいて、『Sight』のためのトークセッション。
オマール海老、鴨などを食し、三鞭酒のグラスを傾けつつ、高橋源一郎、渋谷陽一ご両人と北アフリカ情勢および地域政党について語る。
何を話したのか忘れてしまったが、それは(例によって)源ちゃんが「明日までXX枚書かなくちゃいけないんだ、もう校了三日過ぎてて、印刷所待たしてるんだ・・・」というタイトロープ締め切り人生を送っているという話を聴いただけで血圧が上がってしまったからである。
源ちゃんの担当編集者の方は(誰かは存じ上げないが)どれほど命の縮む思いをされているのであろうか。
学士会館に投宿。爆睡。
2月23日
学士会館にて7時半起床。朝食ののち、前夜源ちゃんからうかがった「方便の内幕」について琉球新報の記事を読んでブログを更新(源ちゃん、いつもネタ提供ありがとう~)。
マトグロッソの浅井愛ちゃん登場。単行本の打ち合わせ。ボーナストラックで柴田元幸さんと「ナショナル・ストーリー・プロジェクト アメリカと日本の違い」という対談をするという企画を立てる。
よい企画であるが、柴田さんがつかまるかどうか。
でも、もとはと言えば、柴田さんに持ち込まれた企画を柴田さんが「ぼく忙しいから、こういうのはウチダさんに頼んだら」と私にパスした仕事なのである。私は「ほかならぬシバタさんの頼みなら・・・」と泣く泣く引き継ぎ、そのときちょうど新書大賞のパーティの席で隣にいた源ちゃんを掻き口説いて、選考のパートナーになっていただいたのである。
これは柴田さんに出てきていただかねば。
そこに松井孝治さんと平田オリザさんがお迎えに来てくださったので、新築の議員会館へ行く。
議員会館というのは、あれですね。「有名人の巣窟」みたいなところですね。私は数歩あるいただけで佐藤ゆかり議員と高市早苗議員とすれちがってしまい、一瞬ミーハーになってしまった。
その後議員のみなさまと名刺交換。寛也さんや安藤聡さんが来ている。
正午から1時過ぎまで民主党BBL(Brown Box Lunch,つまり「茶色い袋に入れたランチ」(コンビニおにぎりのようなもの)を食しつつ、カジュアルに議論するという趣向の催し)で『平成の攘夷論』という演題でお話をする。
司会は松井さん。途中から仙谷由人さんがおいでになって演壇にふたり並んだ恰好で、私が講演をして、仙谷さんがさらさらとメモを取る、というかたちになる。
「平成の開国論」とりわけTPPについて、「いかがなものか」という持論を申し上げる。
TPPに限らず、アメリカのグローバリズム戦略の基本には、「最終的に人間は自己利益を最大化するように行動する」という人間観が伏流している。
つまり、市場に国産品より1円でも安い外国製品があれば、消費者は迷わずそちらを買う、という人間観である。
自国産業の保護育成なんか知ったことではない。1円でも安いものを買うのが消費者の権利であり、かつ義務である、と。
国が亡びても、自分の財布が潤うなら、アイドンケアー。
そういうのが人間の天然自然の姿である、と。
そういう人間たちばかりで世界市場は構成されているという前提から「国際競争力」という概念が導出されている。
私はそれは違うだろうと思う。
すべての人間が「金で動く」わけではない。
中には「金では動かない人間」もいる。
そして、「人間が金で動く仕方」は世界共通であるが、「人間が金で動かない仕方」は国ごと、地域ごとに異なっている。
私は「人間が金では動かない仕方」(言い換えれば「金以外のファクターで動く仕方」)にローカリティというものは宿ると考えている。
例えば、私は安い洋材を使わず、割高な国産の美山杉と飛騨檜を使って家を建てるのだが、それは「日本の林業を守るのは、日本人ひとりひとりの義務である」と思っているからである。
「日本の林業を守る」などというと一般論じみているのでやめるが、もっとスペシフィックに言えば、「美山の哲学するきこり」小林直人さんの育てた美山の杉で家を建てるという約束を20年前にしたからである。
こういう約束ごとは景況とも市場価格とも関係がないし、日本の木材の国際競争力とも関係がない。
私と小林直人さんとのあいだの信義の問題である。
そういうごくごく個人的あるいは地域限定的な要素によって市場における消費者の行動は変化する。
そういうものだと思う。
そして、グローバルな消費者行動パターンから逸脱する個体が多ければ多いほど、その国の市場は「成熟している」と考えてよいと私は思っている。
消費者全員が同じような規格の同じような商品に雪崩打つというのは、企業からすれば最低のコストで最高の利潤が得られる夢のような消費行動であるが、そういうのは「未成熟な消費者」である。
市場が成熟すると消費者はそのような行動を取らなくなる。
そうすると少数の独占的な企業が市場を支配したり、投機マネーによって商品価格が乱高下するということも起こりにくくなる。
市場の成熟とは消費行動における「パーソナルな要素」の増大のことである。
それを私は「人が金だけで動くわけではない仕方」と呼んだのである。
TPPやFTAが前提にしているのは、「金だけで動く消費者」、つまり「つねにもっとも安い価格でもっとも高い質の商品を選択する消費者」というモデルである。
繰り返し言うが、成熟した市場はそのような人々だけによって構成されているわけではない。
「金では動かない」人はローカルな存在であり、その行動をグローバル経済のスペシャリストたちは予測することができない。
私はこれから先、景況とも物価とも無関係な消費行動、「非経済的な」消費行動をする人が増えてくるだろうと思っている。
それは国のローカリティの個人レベルでの表出であり、いささかオーバーな表現を許していただければ、その共同体の唯一無二性の現れだろうと思う。
日本の森林資源を守るために投資しませんかという詐欺に多くの人がひっかかった。中には数千万円を失った人もいるそうである。
この詐欺師は「日本の貴重な森林や水資源が外国の投資筋に買いあらされています。日本の国土を守るのはあなたがたしかいません」というアオリにくらくらして大枚を投じたのである。
もちろんそこにいくばくかの射幸心がなかったとは言わない。けれども、「日本の森を守る」というような非経済的な動機づけによって貯金を取り崩した人々の行動には「ローカルなものへの固着」がたしかに含まれている。
ある意味ではこの詐欺師たちは、TPP派の人々よりも日本人の心性に通じていると私は思うのである。
というような話をした(もっと違うことも言ったのであるが、それはまたいずれ)。
それから松井さん主催のランチへ。
仙谷さん、前原誠司さん、松本剛明さん、鈴木寛さん、細野豪志さん、古川元久さんがご一緒。
ずるずると中華そばを啜り、餃子をつまみつつ、前原外相と松本外務副大臣に沖縄の基地返還の可能性と東アジア防衛構想についてお訊ねし、仙谷代表代行には解散総選挙の時期とその後の政界再編についてお訊ねするなど、たいへん貴重な時間を過ごす。
ここで公開できないのがたいへん残念なのであるが、解散は●月。選挙の結果は●党の辛勝。むろんそのあと合従連衡の政界再編が始まる。なんとその場合の与党勢力は反●派連合というかたちで組織されるのではないかというのが仙谷さんの予測であった。
みなさんは自分で考えて、適当な●を入れてくださいね。
続いて、某社の某君と事業計画について密談。
メールを開くと、「明日の午前中が校了です」という原稿の督促が二つ来ていて、軽く卒倒する。
続いて、神保町の三省堂に移動して、今度は池田清彦先生とのトークセッション。
池田先生については養老先生から何度もうかがっているし、「野蛮人の会」のメンバーであるので、ほんとうはずいぶん前にお会いしていてよいはずなのだが、ご縁がなくて、この日がはじめてだったのである。
もう池田先生のお話が面白すぎて、会場はずっと爆笑の渦。
虫屋だからというべきか、「なまもの」を扱っている生物学者だからというべきか、養老先生とも深いところで通じる、「いきものってのは、よくわからねえ」という涼しい諦観が池田先生のラディカリズムを駆動しているようである。
「いきものっては、よくわからねえ」から、もちろん「わかりたい」と思う。それが学術的な探求心をドライブしているのだが、同時に、「いきものとは・・・である」というシンプルな定型に収めて話を済ませようとする知性の怠惰に対しては烈しい抵抗を示す。
「煙草は身体に悪い」というのも「CO2排出が地球温暖化の原因だ」というのも、たしかにそうかもしれない。でも、「それだけ」ではないだろう。それだけじゃないから、他にどんなことが起きているかを探るべきなのに、手近のところに説明をみつけたら、それに居着く。そういう知性の怠慢と、知性の怠慢が導き出す教条主義(「煙草を吸うな」とか「CO2を出すな」)とかに養老先生も池田先生も烈しく反発するのである。
たぶん世間の人は両先生を「へそまがり」とか「横車」とかいうふうにとらえているのだろうが、私は違うと思う。お二人ともきわめてまっとうな科学的知性にもとづいて、「よくわからないことは、『よくわからない』でいいじゃないか。それによってオープンクエスチョンを保持することが科学的ということなんじゃないかい」と言われているのである。
その「常識」が通らない世の中のほうがよほどどうかしていると私は思う。
講演のあと、新潮社の足立さん、野木さん、秋山さん、『増補版・街場の中国論』の営業に来ていたミシマ社の三島くん、大越くん、筑摩の吉崎さんと地下でビール。
池田先生の舌鋒がさらに冴えてきたところで私をピックアップに平川くんが登場。そのまま座り込んで、池田先生とわいわいしゃべり始める。
おしゃべりを堪能してから、二人でみなさんとお別れして、久が原へ。
そこから後の話についてはツイッターに書いたので、以下省略。
とにかくたいへんな三日間でした。

2011.02.28

成惠卿さんとお話しする

成惠卿(ソン・ヘギョン)さんと能楽についてのセッションの打ち合わせのあとに1時間ほどお話をした。
たいへん興味深い話だったので、忘れないうちにここに記すのである。
ソンさんはSeoul Women’s University の日本語日本文学学部の教授、韓国の女子学生たちに日本語と日本文学を講じている。
長く日本におられたので、流暢で響きのよい日本語をお話しになる。
最初の話題は南北統一について。
これまでも何度も書いてきたように、朝鮮半島の南北統一以外に北朝鮮のハードクラッシュを回避する手立てはないと私は思っている。
「一民族・一国家・二制度・二政府」を掲げた「高麗民主連邦共和国」構想は1980年に金日成が提唱した。
北に有利な制度であったので、このときは韓国側に拒絶されたが、その後の2000年の南北共同宣言ではあらためて連邦の可能性が言及されている。
「落としどころ」はこのへんにしかないだろうということは、韓国民の大半は無言のうちにでも理解していると私は思っているので、ソンさんにはそのことをお訊ねした。
ソンさんのお答えは意外なものであった。
南北の連邦型の統一(一国二制度)しかソリューションはないということはたぶん国民のほとんどがわかっているはずだが、それについて政府もメディアも積極的に議論する様子がない。
特に若い学生たちの間では、南北統一というような大ぶりの政治的イシューはほとんど論じられることがないそうである。
彼ら彼女らの喫緊の関心事は就活と英語力の向上。
韓国の若い諸君の英語熱はすごいそうである。
もちろん国策としての英語普及政策がある。
日本でもそうだが、大学では「英語で行う授業」の時数によって助成金配分が変わる。だから、どの大学でも必死で「英語で行う授業」数を増やしている。
大義名分は「留学生にも受けられる授業」だが、実際には「英語ができる学生」と「できない学生」を差別化するために開講されている。
これは私の個人的意見だが、韓国社会は「階層化」については心理的な抵抗がない。
むしろ、「わかりやすい指標」に基づく階層化を好む傾向にあるように思われる。
年収と学歴への「こだわり」において、韓国民はたぶん世界でも最高水準にある。
その点では、アメリカ発のグローバリズムと親和性が高い。
日本はそれに比べると階層化圧に対するつよい心理的抵抗が存在する。
平準化圧といってもいい。
「ぜんぶならして平らにしよう」という趨勢が、日本国民のDNAのうちには存在する。
こんなDNAを持っているのは、たぶん世界で日本人だけである。
それなりの人類学的必然性があって開発された遺伝形質だろうから、頭ごなしに「だから日本人はダメなんだ」と決めつけないほうがいいと私は思う。
前にも書いたが、NSP(National Story Project)の日本版を試みて、いちばん驚いたのは、寄せられた数百のエッセイの文体に「階層性・地域性」がまったく反映していなかったことである。
ポール・オースターのNSPはたしかに通読すると、そこからは「アメリカの声」が聴き取れる。
アラスカからテキサスまで、Redwood forest からGulf stream water までカウボーイからウォール街のストックブローカーまで、それぞれの集団固有の語法で語られた物語が聴き取れる。
語彙が違い、価値観が違い、美意識が違い、総じて、そこから立ち上ってくる空気の匂いが違う。
でも、日本版NSPを読んでも、そういう意味での「日本の多様性」はまったく感じられない。
みんな同じ言葉を使って、自分の経験を語っている。
語彙が同じ、リズムが同じ、比喩が同じ、改行のしかたが同じ、ユーモアのセンスも同じ・・・
これはある意味「すごいこと」である。
国民の使用する言語がこれほど斉一的である国は世界に他には存在しないであろう。
そもそも欧米の場合は、識字率が低いという前提がある。
文字がうまく読めない書けないという人たちが、多いところでは国民の20%に及ぶ。
それに加えて移民集団・社会階層ごとに使用言語が違う。
アメリカの場合、ヒスパニックはスペイン語を主に使う。ロサンゼルスなど都市の黒人の間にはエボニクスという固有の言語が存在するが、これは標準的な英語とは語彙も文法も音韻も違う。ヨーロッパでも上流階級とワーキングクラスでは発音も語彙も違う。
だからこそ、人が話すのを聴くと「同じ国の中に多様な人々が共生している」ことが実感されるのであるが、日本の場合は、それが感じられないのである。
みんなおんなじだから。
だが、繰り返し言うがこれは「すごいこと」である。
これを「個性がない」とか「画一化されている」と否定的にのみとらえることに私は反対である。
だって、「個性がない言語環境」を作り上げた社会が世界に日本しかないとしたら、それって「きわめて個性的な社会」だということだからである。
特殊性というのは(おおかたの生物種においてそうであるように)個体ではなく集団単位に発現するから意味がある。
「個性なき社会」という「きわだって個性的な社会」を形成した集団がいったい何を考えてそんなことをしたのか、これは腰を据えて分析する甲斐のある論件だと私は思う。
閑話休題。
韓国民は社会成員の差別化・階層化を嫌わないどころかむしろ好ましく思う傾向にあるのでは、という私の指摘にソンさんはややためらってから同意した。
そして、たしかにFTAにそれは見られると言われた。
FTAというのは、要するに「国際競争力のある産業分野」に資源を集中し、「国際競争力のない分野」は切り捨てるという「合理的」な資源分配のことである。
ヒュンダイ、サムスン、LGといった韓国のブランドは世界的な競争力を持っている。
そこに国家資源を集中する。
その代償に、競争力のない韓国の農業は切り捨てられる。
農民たちは必死の抵抗活動を行っているが、都市住民からのモラルサポートはほとんどないそうである。
力のあるものが生き残り、ないものは下層に釘づけにされる。
そういうグローバリズム的な「フェアネス」に対して、日本人は「そういうのって、なんかしらないけど、ちょっとまずいんじゃないの」とぐずぐず抵抗する心的傾向をもっているが、韓国民にはそういう抵抗が少ない。
それは「平準化」、言い換えれば「非階層化」を志向する集団心理の強弱の問題ではないかと思われる。
ソンさんからは、南北統一のロードマップの他に、この機会に日韓の知識人たちがもっと連携を深めて、「対中国」のブロックを作るべきだというご意見をうかがった。
これは私もおおすじでは同意見である。
日・韓そして台湾の三国による南北のラインは、東アジアで、中国とアメリカという二大強国に十分に拮抗しうる唯一の同盟関係である。
これをアメリカの構想する環太平洋的な中国封じ込め構想の中に位置づける限り、中国は全力で反対するだろうし、中国を盟主とする東アジア共同体構想にはアメリカが徹底的に反対するだろう。
ということは論理的には「中国にもアメリカにも加担しない」同盟関係以外には東アジアに「共同体的なもの」は構築しえないということである。
そういうリアルな選択について、隣国の人々の率直な意見を聴く機会があればと思う。
というわけでソン・ヘギョンさんには次に日本に来た機会に、「辺境ラジオ」か平川くんの番組にゲストで来ていただいて、そういう日本のメディアがしない話題をごりごり論じてみたいなあと思ったのである。
ソンさん、ぜひきてくださいね。
MBSの伊佐治さん、ラジオカフェの平川くんも、このプロジェクト、よろしくご検討ください。

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