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2011年03月 アーカイブ

2011.03.03

賛美歌と国歌について

高橋源一郎さんが賛美歌と国旗と国歌についてツイッターで書いている。
私はほとんどの政治的論件について高橋さんと意見を同じくするけれど、この問題については、ちょっとだけ「う~ん」と唸ってしまったところがある。
もちろん、どのような政治的イシューについても「私は正しい、お前は間違っている」という語法では語らない、というのは高橋さんと私が共有する原則なので、以下に書くのは高橋さんの考え方への異議ではなく、同一の問題についての「別の見方もあるよ」というふうに読んで貰いたいと思う。
私は賛美歌と国旗国歌は同一の水準では論じられないと思う。
もちろん、高橋さんも同一の水準では論じていない。
賛美歌や校歌を歌うことについて違和感を覚えるというひとりの同僚の所論を紹介し、そこから高橋さん自身の国旗国歌論へ転じているのであって、その先生の所論に同意しているわけではない。
でも、私はこの先生の意見には簡単には呑み込むことのできないものを感じたので、それについて書きたいと思う。
繰り返し言うけれど、これは高橋さん自身の意見に対するものではなく、高橋さんが紹介して(その適否についてはコメントしていない)ある人の発言の引用に対するものである。
読む人はそのあたりを取り違えないでくださいね。

国旗国歌について、私は高橋さんと同意見である。
国旗国歌については、私たちはその制定の場に立ち会っていないし、自分の判断でその採否を決定することも許されていない。
だから、国旗国歌については、「私はそれを受け容れられない」という権利は全国民に認められるべきだと私は思っている。
高橋さんが書いている通り、アメリカ合衆国の最高裁は国旗損壊を市民の権利として認めた。
自己の政治的意見を表明する自由は国旗の象徴的威信より重いというアメリカ最高裁の判決はさすが「理念の上に作られた国」の首尾一貫性を感じさせる。
私もこのアメリカ最高裁のロジックを支持する。
それは、国旗国歌の良否について国民ひとりひとりの判断の自由を確保できるような国家だけが、その国旗国歌に対する真率な敬意の対象になりうるだろうと思うからである(私はご存じの通り、国民国家はできうるならば国民の自然な敬愛の情の対象であるほうがいいという立場である)。
強権を以て政治的象徴への敬礼を市民に強いるような社会では、しばしばそれは憎しみを込めた毀損の対象となる。旧ソ連のレーニン像もリビアのカダフィ大佐の肖像もその運命を免れることができなかった。
「敬意を表しないものを罰する」というやり方は恐怖を作り出すことはできるが、敬意そのものを醸成することはできない。

けれども、賛美歌は国歌とは成り立ちがずいぶん違うように思う。
国民国家というものは私たちの生まれる前からすでにあり、私たちは諾否の意思を問われぬままにその国民として登録された。
でも賛美歌は違う。
それを歌う場所には近づかない権利はノンクリスチャンの国民全員に認められている。
私は高橋さんと同じくミッションスクールの教員であり、私の大学でもさまざまな式典がキリスト教の礼拝の形式で行われている。
私は礼拝では賛美歌を歌う。
賛美歌どころか、教務部長として式では『マタイによる福音書』を拝読する役目を16回もやった。
本学の学院標語がそこに由来するからであり、私自身その学院標語をたいへん気に入っているからである(だから最終講義でも朗読した)。
私自身はキリスト教徒ではない。
ふつうの日本人の宗教的態度はそのまま私のうちに再現されている。
仏閣に詣でれば合掌し、神社では柏手を打ち、教会では十字架の前に跪いて、土地の聖人にお灯明を上げる、宗教的には無節操・無原則な人間である。
でも、それが悪いとは別に思っていない。
「祈る」という構えは人類に共通であり、「存在しないものからのメッセージを聴き取る、存在しないものへ訴える」ということが人間性を基礎づけていると考えているからである。
祈りの様態は集団ごとに、時代ごとにさまざまであるし、儀礼の中にはずいぶん奇矯に見えるものもある。けれど、私はそのどれについても固有の尊厳を認めたいと思っている。
先日、私は大谷大学に招かれて講演をした。
講演は開学の式典の一部だったので、私も礼拝に参加した。
読経や歌には加われなかったが(詞章を知らないから)、静かに瞑目して拝聴した。
歌詞を知っていれば、きっと唱和しただろうと思う。
この点について、私はわりとオープンマインドである。
しかし、ミッションスクールの式典で専任教員が賛美歌や校歌を歌うか歌わないかの決定はオープンマインドかどうかということとは原理的にはかかわりがない。
それは雇用契約の一部に含まれているからである。
どの大学でも就職希望の人には「建学の理念」に対する理解を確認する。
そして、どれほど研究業績があっても、「貴学の建学の理念には賛同できない」と明言する候補者は採択されない。
私はノン・クリスチャンだけれど、就職に際しては建学の理念とキリスト教教育への理解を誓約した。
それゆえ式典に参列し、賛美歌を歌い、会議の前には黙祷を求め、合気道の合宿でも食前の祈りを欠かさず、乞われればチャペルアワーで聖書についての奨励も語る。
もちろん、建学の精神への理解を約束しながら、何もしない教職員もいる。
社会契約について私なりに突き詰めて考えた結果、私はこのような態度を採択した。
市民の誓言というのはそれなりに重いものでなければならないと思ったからである。

私が着任したときの院長だった山口先生は「学院歌」の歌詞のうちに軍国主義的なものがあるという理由で、式典への出席を拒否していた。
先生は「その歌詞は本学の建学理念に違背する」という理由で拒否されたのである。
アメリカ国旗への損壊の罪を問わないという判決が、アメリカの建国理念に基づいてなされたように、ミッションスクールにおける儀礼への異議申し立ては、「ミッション」の名において行われるのが筋目だと私は思う。
本学の学院歌はその後山口先生の申し出に従って歌詞変更され、先生はふたたび式典に参列するようになった。

2011.03.13

未曾有の災害のときに

3月13日
東日本巨大地震から三日目。
朝刊の見出しは「福島原発で炉心溶融の恐れ」と「南三陸町で1万人行方不明」。
16年前の大震災を超える規模の国家的災厄となった。
これからどうするのか。
このような場合に「安全なところにいるもの」の基本的なふるまいかたについて自戒をこめて確認しておきたい。

(1)寛容
茂木健一郎さんも今朝のツイッターで書いていたけれど、こういう状況のときに「否定的なことば」を発することは抑制すべきだと思う。
いまはオールジャパンで被災者の救援と、被災地の復興にあたるべきときであり、他責的なことばづかいで行政や当局者の責任を問い詰めたり、無能力をなじったりすることは控えるべきだ。彼らは今もこれからもその公的立場上、救援活動と復興活動の主体とならなければならない。不眠不休の激務にあたっている人々は物心両面での支援を必要としている。モラルサポートを惜しむべきときではない。
「安全なところにいる人間」と「現地で苦しんでいる人間」を差別化して、「苦しんでいる人間」を代表するような言葉づかいで「安全なところにいる人間」をなじる人間がいる。
そういうしかたで自分自身の個人的な不満や攻撃性をリリースすることは、被災者の苦しみを自己利益のために利用していることに他ならない。
自制して欲しい。

(2)臨機応変
平時のルールと、非常時のルールは変わって当然である。
地震の直後から各地では個別的判断で、さまざまな施設やサービスが被災者に無料で提供されたし、いまも次々と申し出が続いている。
こういうときこそルールの「弾力的運用」ということに配慮したい。
16年前の震災のとき、雑貨屋で私がガソリンストーブ用の燃料を買い求めてレジに立っていたとき、「屋根が落ちて雨漏りがする」というのでブルーシートを買いに来た女性がいた。店員は私の燃料代は定価で徴収したが、彼女には無料でブルーシートを手渡し「困ったときはお互いさま」と言った。
彼のふるまいは「臨機応変」のすぐれた実例だろうと思う。

(3)専門家への委託
オールジャパンでの支援というのは、ここに「政治イデオロギー」も「市場原理」も関与すべきではない、ということである。
国民国家という共同体が維持されるために必要な根源的な資源のことを「社会的共通資本」と呼ぶということは、これまでもここで繰り返し書いてきた。
森林や湖沼や海洋や土質といった自然資源、上下水道や通信や道路や鉄道といった社会的インフラ、あるいは司法や医療や教育といった制度資本については、管理運営を専門的知見に基づいて統御できる専門家に「委託」すべきであり、これを政治的理念の実現や市場での取引の具に供してはならないという考え方のことである。
災害への対応は何よりも専門家に委託すべきことがらであり、いかなる「政治的正しさ」とも取引上の利得ともかかわりを持つべきではない。
私たちは私たちが委託した専門家の指示に従って、整然とふるまうべきだろう。

以上三点、「寛容」、「臨機応変」、「専門家への委託」を、被災の現場から遠く離れているものとして心がけたいと思っている。
これが、被災者に対して確実かつすみやかな支援が届くために有用かつ必須のことと私は信じている。
かつて被災者であったときに私はそう感じた。
そのことをそのままに記すのである。

2011.03.16

「疎開」のすすめ

「疎開」を勧めている。
政府や自治体の方からいずれ公式にアナウンスがあると思うけれども、東北関東の大震災の被災地への救援活動を効率的に実施するためにも、被災地や支援拠点となる東北関東の都市部から、移動できる人は可能な限り西日本へ移動することを勧めたいと思う。
いま被災地と、その周辺には限られた資源しかない。特に燃料の不足が顕著である。東日本一円では自動車による移動がしだいにむずかしくなりつつある。東海地方にまで地震が広がって、新幹線をふくむ交通インフラの運転も安定していない。
できれば、移動手段に十分な余力があるうちに、移動できる人は西に移動することが望ましいと思う。
福島の原発については、危機的状況をすみやかに脱することを私も願っているが、主観的願望と客観的状勢判断は混同すべきではない。万が一、放射性物質の広域への飛散が始まったときに起こるパニックを想定すれば、「パニックがまだ起こらないうちに」できる限りのことをした方がいい。
その備えが結果的に無駄だったとしても、それは非とされるべきではない。むしろ喜ぶべきことである。
放射性物質への耐性の脆弱な妊婦や幼児を第一とし、次に春休み中の児童生徒学生で、被災地や支援拠点にとどまる喫緊の必要がないものへ西への移動を組織的にすすめる。
文科省や厚労省はすでにそのような疎開プランの立案に取り組んでいると私は信じているが、まだ西日本の自治体や学校や公共施設に「疎開者」受け容れの可能性を打診するところまでは来ていない(少なくとも本学には届いていない)。
大学はそれぞれある程度の宿泊施設を備えており、給食設備もあり、図書館も体育施設もあるし、情報環境も高いレベルにある。ボランティアで受け容れ支援をする学生たちの数も十分にある。
被災地および支援拠点都市からの学生生徒の「疎開」先として大学はもっとも適切なものの一つだろうと思う。
私はまず神戸女学院大学が、政府や自治体から要請があったときに即時対応できるように準備に入るべきだと考えている。
たぶん教職員や学生院生の多くも、現在の事態がさらに長期化するなら、それくらいの備えは必要だという考え方に同意してくれるだろう。
もちろん大学ごとにかかわりの深い学校へ「受け容れ」を申し出て、個別に調整するという単発の事業でもよいのだが、できれば文科省の組織的な指揮のもとに「受け容れ」は進められるべきだと思う。そのための官庁なのだから。
もし、文科省筋の方で、このブログを読んでいる方がいたら、「疎開」プランについてのご意見をお聞かせ願いたいと思う。
まさか「余計なことをするな」というリアクションはないと思うが。

Liberation の記事から

フランスの新聞「リベラシオン」の16日のネット版に福島の原発についての記事があった。
日本のメディアの論調とはだいぶ温度差がある。


日本における核事故は深刻さの段階を一段進めた。
「これはレベル6である」とフランスの原子力保安局局長のアンドレ=クロード・ラコストはさきほど終了した記者会見の席で語った。
レベルの悪化は福島第一原発を襲った核カタストロフ(catastrophe nucleaire) における新たな二つの事故によってもたらされた。
水素による爆発が第二原子炉の建物内部で起きたが、この爆発は原子炉内にあるタンクを覆っている厚さ16センチの鋼鉄製の容器およびその下部のコンデンサーを損傷し、穴をあけたものと思われる。これによって、内部の放射能が大量に漏出することになった。これまでは汚染された水の水蒸気の計画的な放出が周辺地域の放射能拡散の原因であったが、これはそれとは別のものである。
第四号機では火災が発生した、のち鎮火された。
こちらの問題は地震と津波以前に停止状態にあった原子炉そのものではなく、使用済み核燃料の貯蔵プールである。
日本政府は津波の後このプールの冷却が停止したことが何をもたらすかを甘く見ていた。
水は過熱された。建物の一部が焼失したこのプールが以後新たな放射能の発生源の可能性の高い箇所である。
今のところ日本の当局は放射の可能性についてしか言及していないが、燃料が今後とも露出し続けた場合には核分裂にともなう物質(キセノン、クリプトン、セシウム137,ヨウ素131)の大気中への放出は止めることができなくなる。
これらの状況を考慮するなら、現在の原発事故は事故の重大性にかかわる国際基準のレベル6に位置づけることが論理的である。
日本の原子力保安院はレベル6への格付けを拒否し、二号機の格納容器には穴は開いていないと主張している。
フランス原子力保安局はあくまで放射能測定値に基づいて格納容器の損傷を推論しているわけであって、容器そのものを実見しているわけではない。

2011.03.19

読者からのメール

内田樹先生

お忙しい中、お返事本当にありがとうございます。
一主婦として、この状況に立ち向かう術がなく、無力感に襲われていました。

夫は現在、避難を希望しているのにも関わらず、勤務先が営業している為に避難出来ない状況です。
上司・並びに会社側は、行政判断の30キロ圏外であるため、避難の必要がないとの判断を下しています。
自主的に避難すれば解雇となるでしょう。

こうしている間に最悪の事態になったらと思うと、本当に怖い。
夫同様に、本人と家族が避難を希望しているのに、勤務先の判断で留まっている方が沢山おられるのではないでしょうか。

行政判断の区域になるまでは、本人の意思に関わらず避難出来ない異常な状況なのです。
30キロ圏外の方が県外へ避難されたニュースを見る度に、この僅か20キロが恨めしくさえ思えます。

原発・放射能に関して、個人で感じ方が違うのは無理のない事です。
問題は、今回の様な異常事態に、あまりにも個人の判断にまかせ過ぎている点にあるように思います。

もし夫が被爆したら、会社側は行政判断に従ったので問題ないと言うでしょう。
上司が危機感を持つ方であれば、夫はすでに避難出来ているのです。

もはや個人の判断に委ねるレベルではないと思うのです。

郡山市では、かなり高い値の放射線量が観測されています。
現時点で高い値になる地域は、次に何か起きた時にも、被害が大きい可能性があるのではと怯えています。

早急に、避難すべき圏内を再検討して頂きたい。
個人の判断に委ねても100%安全と断言出来る地域までは、全てを避難対象にして頂きたい。

郡山市内では、赤ちゃん連れの買い物客・散歩をしているお年寄り、そして避難先の小学校の校庭で遊ぶ子供達が見受けられました。
これらの人達も自己責任という名の元で被爆していたらと思うと、怒りで胸が張り裂けそうです。

避難圏内か圏外かの違いが僅かな距離であるなら、普通の生活をおくっていて安全と言える根拠が分からないのです。

夫が一日でも早く避難出来るよう、毎日を祈るような気持ちで過ごしています。

追伸
避難区域の見直しを待たずに、解雇される事なく夫が避難出来る手段があれば、どうかアドバイスをお願い致します。

2011.03.24

兵站と局所合理性について

兵站についてツイッターに昨日少し思うことを書いた。
まず、それを再録しておく。

昨日言い忘れたことのひとつを思い出しました。logistics のこと。兵站学。本義は「輸送、宿営、糧食、武器、人馬の補給管理、傷病者の処置などに関する軍事科学の一分野」。日本陸軍は伝統的に兵站を軽視したことで知られています。
司馬遼太郎が書いていましたが、日露戦争のとき、兵士は数日分の食糧しか持たされず前線へ送られたそうです。「あとは現地で調達(強奪)せよ」ということです。伝統的に日本陸軍はそうだった。
今回の震災の危機管理を見て、「これは日本陸軍だ」と思いました。
「輜重輸卒が兵隊ならば 蝶々トンボも鳥のうち」という戯れ歌のうちに大日本帝国戦争指導部の兵站軽視は反映していますが、同じことが今も続いている。前線の「兵士」の活躍は大きく報じるけれど、それを支える兵站の仕事を高く評価する習慣はない。だから、みんな「兵士」になりたがる。
震災の危機対応の中で、logisticsは最優先の課題であるはずです。本来なら国家戦略局がその任に当たるべきなのでしょうが、それが機能しているように見えない。仙谷さんが官房副長官に入ったのは、たぶんその「誰もやらない」仕事を委託されてのことでしょう。
兵站を管理するためには「豪腕」が要ります。「豪腕」というのは、なにも現場に行って職員を怒鳴りつけることではありません。「無理が通る」ということです。「ルールの弾力的運用を求められる」ということです。
もちろん法的な裏づけが第一には必要なのですけれども、それ以上に必要なのはさまざまなセクションに横断的に「assets」を有しているということです。個人的な信頼関係です。「この人の頼みじゃ断れないよ」と思う人間を、枢要なポジションに網羅的に配備していること。それが「豪腕」の本質です。
兵站の仕事はですから危機対応ではない。危機の到来に先んじて、assets の形成に長い時間と手間暇をかけてきた人間だけがこの任に当たることができる。そういうタイプの政治家や行政官を重用することを怠ってきたことをもう少し重く受け止めるべきでしょう。

というのがその文章である。
投稿したあとに、それは日露戦争ではなく、太平洋戦争だろうという誤記についての指摘があった。
私も司馬遼太郎の原典に当たって調べたわけではなく、うろおぼえのまま書いたので、指摘の通りかも知れない。日露戦争の頃の日本の軍人は大山巌にせよ、児玉源太郎にせよ、合理的な思考ができる人たちだったはずである(そうでなければ、ロシアを相手の戦争に勝てたはずがない)。
どなたか「食糧数日分」の出典をご存じのかたがいたらご教示願いたい。
いずれにせよ、日本陸軍が伝統的に兵站を軽視していたという知見は司馬遼太郎からの請け売りである。
もうひとつ「戦力の逐次投入」というのも日本軍の宿痾だったはずという指摘があった。
まったくご指摘の通りである。
ノモンハンもガダルカナルもこれで歴史的な敗北を喫した。
福島原発の処理を見て「戦力の逐次投入」という「必敗のパターン」を踏んで官邸と東電が動いているのを見て、不安になった人は多いはずである。
「いまのところ問題はありません。事態は好転しています」という「大本営発表」的な楽観論を繰り返す原子力学者たち(そのほとんどが東大教授)の顔つきにも私たちは気鬱な既視感を覚えたはずである。
どうして日本は「こんな国」になってしまったのか。
それが司馬遼太郎につきまとった生涯の問いだった。
明治40年代まではそうではなかった。日本人はもっと合理的で、実証的で、クールだった。あるときから、非合理的で、原理主義的で、ファナティックになった。
たぶん、その両方の資質が日本人の国民性格には含まれていて、歴史的状況の変化に応じて、知性的にふるまう人と、狂躁的に浮き足立つ人の多寡の比率が反転するのだろう。
おおづかみに言うと、「貧しい環境」において、日本人は知性的で、合理的になる。「豊かな環境」において、感情的で、幼児的になる。
幕末から明治初年にかけて、日本は欧米列強による植民地化の瀬戸際まで追い詰められていた。そのとき日本人は例外的に賢明にふるまった。東アジアで唯一植民地化を回避し、近代化を成し遂げたという事実がそれを証している。
敗戦から東京オリンピックまでの日本人もかなり賢明にふるまった。マッカーサーから「四等国」という烙印を押され、二度と国際社会で敬意をもって遇されることはないだろうと呪われた日本人は、科学主義と民主主義という新しい国家理念を採用することで、わずかな期間に焦土を世界の経済大国にまで復興させた。
近代150年を振り返ると、「植民地化の瀬戸際」と「敗戦の焦土」という亡国的な危機において、日本人は例外的に、ほとんど奇蹟的と言ってよいほどに適切にふるまったことがわかる。
そして、二度とも、「喉元過ぎれば」で、懐具合がよくなると、みごとなほどあっという間にその賢さを失った。
「中庸」ということがどうも柄に合わない国民性のようである。
今度の震災と原発事故は、私たちが忘れていたこの列島の「本質的な危うさ」を露呈した。
だから、私はこれは近代史で三度目の、「日本人が賢くふるまうようになる機会」ではないかと思っている。
私たちは地球物理学的にも、地政学的にも、つねに一歩誤れば国を失うような危険のうちで生きている。
そのことを念頭に置いて社会システムを制度設計していれば、「こんなこと」は起こらなかった。
「こんなこと」が起きたのは、そのことをすっかり忘れていたからである。
だから、日本人はこれで「眼を覚ます」だろうと私は思っている。
私たちにとってもっともたいせつなものが何かを思い出すだろう。思い出さねばならない。
それは国土の保全と民生の安定である。
自余のことはそれに比べれば論じるに足りない。
総人口の10%が国土の0.6%に集住し、そこに政治権力も、財貨も、情報も、文化資本もすべてが集中し、それを維持するためのエネルギーも食糧も水もほとんど外部に依拠しているといういびつな一極集中構造が「火山列島」で国家を営んでゆくというプログラムにおいて、どれほどリスキーなものかは小学生にもわかる。
小学生にもわかる「リスクヘッジ」を誰も実行しようとしないのは、一極集中したほうが「効率的だ」と思っているからである。
もちろん「金儲け」にとっての効率である。
その判断は間違っていない。
けれどもそれはいわゆる「局所合理性」に基づけば、ということである。
短期的・局所的に考えれば合理的なふるまいが長期的・広域的に考えると不合理であるということはよくあることである。
集団の中で一部の人間だけがやる場合には利益を得るものがいるが、集団のほとんどがやりだすと誰も利益を得ないという営為は局所合理性の典型である。
泥棒という行為は、ほとんどの人が泥棒をしない社会では、しばしば多くの利益を泥棒にもたらす。だから、泥棒は局所的には合理的なふるまいである。しかし、ほとんどの人が泥棒をする社会では、全員が自分の財貨を護るためにある限りの時間とエネルギーを費やさねばならず、どうせ盗まれるものを生産する人もいなくなるので、遠からず全員が餓え死にすることになるから、全体的には不合理なふるまいだということになる。
原発はそれが「事故を起こさない」限りにおいては電力会社にも消費者にも地元民にも多くの利益をもたらすテクノロジーである。だから原発をどんどん建設することは局所的には合理的なふるまいである。
けれども、いったん事故が起きた場合には、被曝での死傷者が大量発生し、国土の一部が半永久的に居住不能になり、電力会社は倒産し、政府が巨額の賠償を税金をもってまかなう他なくなる。原発事故によって失われるものは、貨幣に換算しても(人の命は貨幣に換算できないが)、原発の好調な運転が数十年、あるいは数百年続いた場合にもたらされる利益を超える。
火力発電や水力発電や太陽光発電や風力発電と比べたとき、原発は局所的には(費用対効果という点でも、環境負荷という点でも)きわめて合理的な選択だが、全体的には合理性に乏しい選択である。
短期的・局所的な「金儲け」に限定すれば、原発は正解である。より長期的・広域的な「国土の保全と民生の安定」を基準に採れば、原発は正解ではない。
日本人は、そのような小学生にもわかる単純な理屈がわからなくなっていた。
日本人はようやくそのことに気づいただろうと思う。
だから、これからの中長期的な国土復興のプランはかなりわかりやすいものとなるはずである。
思いついたことをランダムに列挙する。
(1) すべての原発の即時停止と廃炉と代替エネルギー開発のための国家的プロジェクトの始動
(2) 「できるだけエネルギーを使わないライフスタイル」への国民的シフト
(3) 首都機能の全国への分散
(4) 首都圏に集中している人口の全国への分散
とりあえず、これからだろう。
震災と原発事故の被災者に対する支援は、それぞれの地域、組織の「カウンターパート」が引き受ける。
私は大学支援については、西日本にいるそのカウンターパートが分担するのがよいということを提案したが、このシステムが「対口支援」と呼ばれていることを昨日のニュース解説で知った。
対口支援についての説明をグーグルで求めたところ、中国新聞に武吉次朗という方が書いている記事があった。
平明な説明なので、これを貼り付けておく。平たく言えば、被災しなかった自治体が被災した自治体を一対一で支援するシステムである。
http://www.toho-shoten.co.jp/business/gakushu/singoga/singoga_23.pdf
このロジックを拡大してゆけば、本学が試みているように、被災しなかった大学が、教育理念や教育方法において共通点の多い同規模の被災大学の教育活動を支援するというソリューションや、被災しなかった企業が被災した同規模の同業企業を経営的に支援し、従業員を受け入れ、資材の調達や販路の確保に協力するという手立てもありうるはずである。
要は「困ったときはお互いさま」というマインドでの支援である。
私はこのプログラムは政府主導の上意下達的・中枢的な支援策よりもずっと効率的できめ細かい支援を実現しうるだろうと思っている。
支援者の側が継続的・安定的に支援を続けられるためには、支援負荷が長期的にも十分に担えるレベルのものであること、それが自分たちの組織に「利潤」ではないかたちでのメリットをもたらすものであることが必要であるが、「対口支援」はこの条件に合致する(被災地学生の受け入れは大学にほとんど教育上の負荷をもたらさず、また受け入れ側の学生にとって市民的成熟の好個の機会である)。
まなじりを決して、自己犠牲的に行う支援は、パセティックではあるが、永続的に行うことはむずかしい。
必要なのは全国民的な相互支援・相互扶助のマインドである。
長くなりすぎたので、このへんでおしまいにする。
ロジスティックスのためにどのようなシステムを構築すべきか、「ロジスティック・マインド」をどのように開発涵養すべきかという長期的な射程で語るべき論件がまだ残されているが、それはいずれの吟味する機会があるだろう。

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