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2013年04月 アーカイブ

2013.04.07

学校教育の終わり

大津市でのいじめ自殺、大阪市立桜宮高校でバスケットボール部のキャプテンの体罰自殺など、一連の事件は日本の学校教育システムそのものがいま制度疲労の限界に達していることを示している。
機械が壊れるときは、金属部品もプラスチックもICもすべてが同時に劣化する。それに似ている。学校教育にかかわるすべてが一斉に機能不全に陥っている。
これを特定のパーツを取り替えれば済むと考えている人は「どこが悪いのか?」という「患部」を特定する問いを立てようとする。だが、それは無駄なことだ。日本の学校制度はもう局所的な手直しで片付くレベルにはない。
「日本の学校制度のどこが悪いのでしょうか」と訊かれるならば、「全部悪い」と答えるほかない。
けれども、学校教育は「全部悪い」からといって、「全部取り替える」ことができない。自動車なら、新車が納車されるまで、バスで通う、電車で通うという代替手段があるが、学校にはない。新しい学校システムができるまで子どもたちを収容する代替機関が存在しない。
学校を全部変えるということは「無学校状態」に子どもたちを放置するリスクを負うことであり、私たちはそんなソリューションを採択することができない。
つまり、学校教育システムを全部変えなければいけないのだが、部品は今あるものをそのまま「使い回し」てゆかなければならない。
いわば、自動車を走らせながら修理するようなことを私たちは求められているのである。
これが学校教育についての私の基本的な立場である。「走りながら修理する」ために、何をすればいいのか? 何ができるのか?

日本の近代学校教育システムは「国民形成」という国家的プロジェクトの要請に応えるかたちで制度設計された。つまり、学校の社会的責務は「国家須要の人材を育成すること」、「国民国家を担うことのできる成熟した市民を作り出すこと」ことに存したのである。サラリーマンになるにしても兵士になるにしても学者や政治家であっても、教育の目的はあくまで「国家須要の人士」の育成である。成否は措いて、この目的そのものは揺るぎないものだった。
1945年の敗戦でも、学校教育の目的が国民国家の未来の担い手を育てることであるという目的そのものに疑いは挟まれなかった。戦後生まれの私たちの世代は「民主的で平和な日本の担い手」たるべく教育された。
明治維新以来、学校教育は「国民国家を維持存続させるため」のものであり、教育の受益者がいるとすれば(そういう言葉は使われていなかったが)、端的に共同体それ自身だったのである。

この合意が崩れたのは一九七〇年代以降のことである。
歴史的理由については贅言を要すまい。歴史上例外的な平和と繁栄である。私たちは「平和と繁栄のコスト」をいろいろなかたちで支払うことになったが、学校教育の目的変更もそのひとつである。
このとき、学校教育の目的は「国家須要の人材を育成すること」から、「自分の付加価値を高め、労働市場で高値で売り込み、権力・財貨・文化資本の有利な分配に与ること」に切り替えられた。
教育の受益者が「共同体」から「個人」に移ったのである。

もちろん、明治に近代学制が整備されたときから、人々は自己利益のために教育を受けた。ほとんどの場合はそれが「本音」だった。だが、「おのれひとりの立身出世のために教育を受ける」という生々しい本音を口に出すことは自制された。あくまで学校教育の目的は「世のため人のため」という公共的なレベルに維持されていたのである。
七〇年代以降、それが変わった。人々はついに平然と学校教育を「自己の付加価値を高め、自己利益を増大するための機会」だと公言するようになった。教育の受益者が「共同体」から「個人」にはっきりと切り替わったのである。
だが、その根本的な変化が学校教育をどのように変容させることになるのか、どのように「破壊する」ことになるのか、そのときの日本人は想像していなかった。
その後、教育はつねに「教育を通じてどうやって個人の利益を増大させるか?」という問いをめぐって論じられた。教育改革も教育批判もその点では同じだった。その前提そのものが設定の間違いではないかという反問をなす人はいなかった。 
もちろん文科省の発令する文書には依然として「愛国心」や「滅私奉公」的な言辞がちりばめられていた。だが、そこで言われる「愛国心」は実際には単に「上位者の命令に従うこと」しか求めていなかった。「滅私奉公」してまで何をするかというと、「グローバルな経済競争に勝ち残ること」つまり「金儲け」なのである。
このとき、国民国家はほぼまるごと「営利企業モデル」に縮減されたのである。上司の言うことを黙って聞いて、血尿が出るまで働いて、売り上げノルマを達成すること、それが学校教育の事実上の目標に掲げられる時代になったのである。

「公教育」という理念を考え出したのは啓蒙主義の時代のフランス人だが、行政制度として実現してみせたのはアメリカ人の方が早かった。だが、そのときも公教育の導入には強い抵抗があった。というのは、アメリカ社会は伝統的に「自己教育・自己陶冶」を重んじる国だったからである。
学校教育に税金を投入すると聞かされたアメリカの裕福な市民たちはこう言って抗議した。
「もし教育を受けたものが、そこで得た知識や技術のおかげで出世し、高い地位を求めるのであれば、それは自己負担でやるべきことではないのか。なぜ、私が刻苦勉励して納めた税金を他人の子どもの教育に投じて、自分自身の子どもたちの競争相手を作り出さなければならないのか?」
この反対論は強固なものだった。
公教育論者たちはこれを説得するために苦肉の理屈に訴えた。
あなたがたが税金を投じて学校教育を整備してくれれば、文字が読め、四則計算ができ、基礎的な社会的訓練ができた子どもたちを作り出すことができる。それは長期的にはビジネスマンのみなさんにとっても「よいこと」であるはずだ。彼らは優秀な労働力となり、活発な消費活動を行う消費者になるだろう、と。
市民たちはこの言い分を受け入れた。とりあえずアメリカの高額納税者たちは「労働者の質向上と市場の成熟」という長期的な利益を「今期の税額の多寡」という短期的な利益に優先させるくらいの計算能力を備えていたのである。
日本の教育改革論はどれも公教育への税金投入に反対したこのときのアメリカの納税者のロジックを下敷きにしている。すなわち、「教育の受益者は本人だ。そうであるならば、教育のコストは自己負担すべきだ」というものである。
貴重なる公金を支出するなら、学校は目に見えるかたちで、今すぐにその「見返り」を示さねばならぬ。それはとりあえず能力が高いが、安い賃金と長時間労働を受け入、上司の命令に従順な労働者を量産して、納税者の金儲けを支援させよというものである。
ここには「次世代の共同体を担う成熟した公民を育成する」という長期的な国益への配慮はもう見られない。企業の収益が今すぐに増大するような教育的アウトカムばかりが求められている。そして、「短期の損得を先にして、共同体が瓦解するリスクを冒すな」とそれを抑制する対抗的なロジックを語る人はもはやメディアにはほとんど登場しないのである。

近代の学校教育が「国民国家内部的」な制度である以上、学校教育の衰退が国民国家の衰退と歩調を揃えるのは当然のことである。
経済のグローバル化に伴って、いま世界中で国民国家はその解体過程にある。領土があり、官僚組織と常備軍を整え、その土地と文化につよい帰属意識をもつ「国民」を成員とするこの統治システムそのものが終わりつつある。
グローバル資本主義は人、資本、商品、情報が超高速でクロスボーダーに移動することを要求する。この要求は不可逆的に亢進し続ける。クロスボーダーな運動にとって最大の障害は国境、ローカルな国語、ローカルな法律、ローカルな商習慣である。これらすべてをすみやかに排除することをグローバル資本主義は求める。
経済のグローバル化を強力に牽引しているのはアメリカという国家だが、アメリカの国家戦略を実質的にコントロールしているのはすでに政治家ではなく、グローバル企業である。
国民国家はグローバル資本主義にとって、クロスボーダーな経済活動を妨害するローカルな障壁だが、利用価値がある限りは利用される。
国家資源は、政治家も官僚組織も軍隊もメディアも、もちろん学校教育も総動員される。
だから、グローバル化の進行過程で「国民国家の次世代の成員を育成する」といった迂遠な目的を掲げる公教育機関が存続できるはずがない。
グローバル資本主義は国民国家とも、学校教育とも「食い合わせが悪い」のである。

だから、「グローバル化に最適化した学校教育」はもう学校教育の体をなさない。教育にかかわるすべてのプレイヤーが「自己利益の最大化」のために他のプレイヤーを利用したり、出し抜いたり、騙したりすることを当然とするようなれば、そこで行われるのはもう教育ではないし、その場所は「学校」と呼ぶこともできない。
現に、学校のグローバリスト的再編を求めている当のグローバリスト自身、日本の学校がもう学校としては機能していないことをよく理解している。だから、彼らは平気で自分の子どもには「スイスの寄宿学校で国際性を身につけろ」とか「ハーバード大学で学位をとってこい」というようなことを命じる。日本の学校が「もうダメ」なら、外国の学校で教育を受ければいい。そう言い切れるのは、「学校教育の受益者は本人である」という信憑が彼らのうちに深く身体化しているからである。優秀な人間はどんどん海外に雄飛すればいい。日本なんかどうせ「泥舟」なんだから、沈むに任せればいいというのはひとつの見識である。
だが、そういう人は学校教育については発言して欲しくない。
繰り返し言うが、学校教育は国民国家内部的な「再生産装置」であり、ほんらい自己利益の増大のために利用するものではないからである。

残念ながら今の日本の支配層の過半はすでにグローバリストであり、彼らは「次世代の日本を担う成熟した市民を育てる」という目的をもう持っていない。
ご本人たち自身が子弟を外国の学校に通わせており、国内での雇用創出にも地域経済の振興にも興味がなく、所得税も法人税もできれば納めずに済ませたく、彼らがその収益を最優先に配慮する企業の株主も社員もすでに過半が外国人なら、それも当然である。
だが、不思議なことだが、「正直なところ、日本なんかどうなってもいい」と思っている人間しか社会的上昇が遂げられないように今の社会の仕組みそのものが再編されつつあるのである。
だから、まことに絶望的なことを申し上げなければならないのだが、今の日本では学校教育を再生させるために打つ手はないのである。
教育改革をうるさく言い立てる政治家やメディア知識人はいまだに「勉強すれば報償を与え、しなければ処罰する」という「人参と鞭」戦術で子どもたちの学びを動機づけられると信じているようだが、それがもう破綻していることにいい加減に気づいたらどうかと思う。
利益誘導は、高い学歴や社会的地位や高い年収といった「人参」に魅力を感じない子どもたち、「欲望を持たない子どもたち」には何の効果も持たない。「そんなもの、欲しくないね。僕は家に引きこもって、ゲームをしている方がいいよ」と言う子どもに利益誘導はまったく無効である。
同じように、あまりにスマートであるために、学校に通って付加価値を高めるというような遠回りを「かったるい」と思う子どもたちにも利益誘導は無効である。彼らは学校に通う時間があったら、起業したり、ネットで株を売買したりして、若くして巨富を積む生き方を選ぶだろう。学校に通う目的が最終的に「金をたくさん手に入れるため」であるなら、自分の才覚で今すぐ金が手にできる子どもがどうして学校に通うだろう。  
「人参と鞭」で子どもたちを学校に誘導しようとする戦略はこうして破綻する。「欲望のない子ども」たちと「あまりにスマートな子どもたち」が学校から立ち去ることをそれはむしろ推進することになる。
引きこもりや不登校の子どもたちは別に「反社会的」なわけではない。むしろ「過剰に社会的」なのである。現在の教育イデオロギーをあまりに素直に内面化したために、学校教育の無意味さに耐えられなくなっているのである。
だから、ひどい言い方をすれば、今学校に通っている子どもたちは「なぜ学校に通うのか?」という問いを突き詰めたことのない子どもたちなのである。「みんなが行くから、私も行く」という程度の動機の子どもたちだけがぼんやり学校に通っているのである。

欧米の学校教育は、まだ日本の学校ほど激しく劣化していない。「何のために学校教育を受けるのか」について、とりあえずエリートたちには自分たちには「公共的な使命」が託されているという「ノブレス・オブリージュ」の感覚がまだ生きているからである。パブリックスクールからオックスフォードやケンブリッジに進学するエリートの少なくとも一部は、大英帝国を担うという公的義務の負荷を自分の肩に感じている。そういうエリートを育成するために学校が存在している。
だが、日本の場合、東大や京大の卒業者の中に「ノブレス・オブリージュ」を自覚している者はほとんどいない。
彼らは子どもの頃から、自分の学習努力の成果はすべて独占すべきであると教えられてきた人たちである。公益より私利を優先し、国富を私財に転移することに熱心で、私事のために公務員を利用しようとするものの方が出世するように制度設計されている社会で公共心の高いエリートが育つはずがない。
 
結論を述べる。
日本の学校教育制度は末期的な段階に達しており、小手先の「改革」でどうにかなるようなものではない。そこまで壊れている。
唯一の救いは、同じ傾向は世界中で見られるということである。
学校教育が国民国家内部的な装置である以上、グローバル化の進行にともなって、遠からず欧米でもアジアでも、教育崩壊が始まる(もう始まっている)。だから、日本の学校教育の相対的な劣位がそれほど目立たなくはなるだろう。

もう一つだけ救いがある。それは崩壊しているのが「公教育」だということである。国民国家が解体する過程で、公教育は解体する。だが、「私塾」はそうではない。
もともと私塾は公教育以前から、つまり国民国家以前から存在した。懐徳堂や適塾や松下村塾が近代日本で最も成功した教育機関であることに異議を唱える人はいないだろうが、これらはいずれも篤志家が「身銭を切って」創建した教育機関である。
このような私塾はそれぞれ固有の教育目的を掲げていた。「国家須要の人材」というような生硬な言葉ではなく、もっと漠然と「世のため人のために生きる」ことのできる公共性の高い人士を育てようとしていた。
それがまた蘇るだろうと私は思っている。隣人の顔が見え、体温が感じられるようなささやかな規模の共同体は経済のグローバル化が進行しようと、国民国家が解体しようと、簡単には消え失せない。そのような「小さな共同体」に軸足を置き、根を下ろし、その共同体成員の再生産に目的を限定するような教育機関には生き延びるチャンスがある。私はそう考えている。そして、おそらく、私と思いを同じくしている人の数は想像されているよりずっと多い。

2013.04.22

東北論

ご近所の灘校の文化祭で東北研究のパネル発表をするということで、インタビューを受けた。なかなか白熱したインタビューで、「東北とは」という切り口でものを考えたことがあまりなかったので、新鮮だった。
インタビュアーは高校生。

―まず先生は震災当時はどこにいらっしゃったのですか。

3月11日はスキーに信州に行った帰りで、電車が止まって、直江津で足止めを食らってました。よく事情が分からなくて、夜中も余震が凄かったし。阪神大震災以来だから恐怖心を感じました。翌日電車が動いて1日遅れでこっちに帰ってきました。

―先生は阪神淡路大震災も経験なさってるわけですよね。その時と比べてみてどうですか。

何が違うかと言うと、天変地異のレベルの話じゃなく、それに対処するときの政治と社会の問題だと思います。今回の対応の悪さって、桁外れなんじゃないかな。日本の社会全体としての復興に対する、支援に対する態度っていうのがひどいんじゃないですか。
阪神の時は、半年ぐらいで大体瓦礫の片もついて、日常生活は回復したわけでしょう。その時も行政の不手際にはずいぶん文句がつけられたけれど、被災した人間の実感としては、行政はそこそこよくやったんじゃないかと思います。
でも、今回は、まだ16万人ぐらいの人が家に帰れないでいる。東電からの補償もほとんどされてない。本当だったら革命が起こるくらいの怒りが住民の側にはたまっているはずなんだけど、じっと耐えてる。
その一方で、政府はTPPだとか改憲だ原発再稼働だとかいう話ばかりしている。被災地支援よりも、「まず経済成長」という話になっている。被災地は見捨てられているというのが僕の実感です。東北のことなんか、もう考えたくないというのが政府の本音なんじゃないかな。
1995年と2011年を比べると、政府と自治体の初動のまずさと、被災者に対する情の薄さが際だっていると思います。災害のスケールが違うから一律には論じられないけれど、それでもこの間に、日本の統治機構が激しく劣化したのは事実だと思います。政治家と官僚と財界人と、それとメディアですね、劣化したのは。

―具体的に例えばどんなこととかを問題に思いますか。

津波や地震の被害の復興のような物質的な手当はたとえ緩慢ではあっても、やるべきことはやってはいると思うんです。一番遅れているのは、原発事故の被災者に対するケアですね。本気で支援しているのだろうかと思う。
一番遅れているのは情報開示です。被害状況を包み隠さず開示していない。あのとき一体原発で何が起きたのか、今は何が起きつつあるのか、どんなリスクをわれわれは負っている、そのことをきちんと開示することが最優先だと思う。
第二に、なぜこんな事が起きたのかを問うこと。「想定外」では済まされません。十分な危機管理ができていなかったから、こんなことが起きた訳で、ではいったいなぜ十分な危機管理がなされなかったのか、その理由が問われなければいけない。コストの問題なのか、政策判断の問題なのか、単なる怠業や責任放棄なのか。でも、その問いも棚上げされたままです。とりあえずは追求をかわして、あれこれ言い訳して、適当にごまかして、ほとぼりが冷めるのを待とうという態度が東電も経産省もあらわです。基本的な態度が「ごまかす。ほとぼりが冷めて、メディアや国民の関心が薄れるのを待つ」ということなんです。
特に自民党政権になってからは、原発は再稼働を前提にしていますから、どうやって原発のリスクを有権者に過小評価させるかが今は政策的に優先されている。
いまも福島第一原発は危険な状態にあるわけですけれど、そのことはもう報道しないで欲しいと政府は思っている。政府も忘れるから、国民のみんなも忘れてください、って。
被曝のリスクもそうですよね。甲状腺異常などがすでに報告されているけれど、政府はこれは原発事故には関係ない、誤差の範囲であるという判断に固執している。どんなリスクを日本人が負わされているのか公開しない。
国民の健康のためには行政はある程度ナーバスになっていいと思います。国民の健康についてのリスクを過大評価したせいで失うものと、過小評価して失うものは桁が違うんですから。
でも、リスクを過剰にアナウンスすると、今度は被災地産の農産物とか水産物とか国内外で売れなくなってしまう。経済的にはたしかにダメージがあります。それでも、情報は全面的に開示すべきだと思う。
そのせいで被災地の生産物が売れなくなったのなら、その経済的な損失は一億三千万の国民で分かち合う、ということでいいと思うんです。だって、福島の農作物が売れなくなったのは、福島の農家の自己努力の不足とか、経営の失敗とかじゃなくて、原発事故という国策のせいなんだから。そして、その国策を黙って支持してきたんなら、国民全体の責任でもあるわけです。
でも、東北の被災地への復興支援は日本人全体が引き受けるべきことだという挙国一致的な支援体制ができるためには、福島で今何が起きているのかを全国民の前に明らかにしなければならない。被曝リスクがどれくらいの規模のものか、福島はどれほどの痛手を負ったのかを明らかにしなければならない。政府も東電も、それがしたくないのです。できるだけ被害を軽微なものだと思わせておきたい。そうじゃないと、原発再稼働の道筋が通りませんから。その結果、全国民的な被災地支援機運が盛り上がらない。
それどころか、アベノミクスとか言って、株価とか金融の話に話題が一気に振れて、もう震災のことも津波のことも原発事故のことも、はやく忘れたいという気分になっている。メディアでももうほとんど被災地の情報は奉じられない。そんな景気の悪い話ばかり取り上げていると売れないと思っているんでしょう。そして、どの銘柄の株を買えば濡れ手で粟の金儲けができるかとか、そういう「景気のいい話」に話題を移している。
本来であれば国を挙げてどうやって被災地を支援していくか、どうやって復興の手だてを考えるかということに集中すべき時期なのに、みんな考えたくない。問題を直視しようという意欲を日本人自身がなくしているということだと思います。安倍政権の支持率は70%ですよ。東北の問題をばっさり切り捨てている人を国民の70%が支持している。東北の復興が日本にとっての最優先のイシューであるという認識がもう国民にはないんだと思います。それよりもTPPと株価と改憲と尖閣問題とか優先してきている。

―今回の東日本大震災と阪神淡路大震災では規模が全然違うと思うのですが、だからこそ、対応が遅くなったとかいうわけでもなく、根本的にレベルが下がったということですか。

日本の統治機構のレベルは下がってます。今回、は自衛隊が際立っていました。95年も自衛隊は活動したけれど、今回は突出していた。練度が高いし、被災者救援のインターフェイスがやわらかい。多分こういうレベルの災害出動を想定した訓練を受けて来たんだろうなということがわかります。有事を想定してふだんから訓練している行政組織って、今や自衛隊とか海上保安庁とか、そういうところしかなくなってしまった。それ以外の官僚機構は、「不測の事態にどう備えるか」という訓練をしていない。ライフラインが止まる、通信や交通が途絶する、情報が来ない、そういうときに手持ちの資源だけを使って何ができるか、そういう種類のシミュレーションを官僚たちは全くしていない。総理官邸の危機管理室には電話が2回線しか通っていなかったとか、地下なので携帯の電波が届かなかったということが後から報道されましたけれど、そういう基本的なミスが起きるということは、「危機管理室を実際に使う場合」を設計した人間が想定していなかったということですよね。危機を想定していない危機管理って、何ですか。

―じゃあ逆に行政のなかではそういうことは失敗と捉えきれてないということですか。

ないと思う。災害対応って、マニュアルなしでどう最適な判断をするかってことでしょう?そういう訓練を今の日本人は誰もやっていないから。

―どうやったら鍛えられますか

だから武道やってるの(笑)。

―どういうことですか、武道の意味みたいなのって。

武道というのは、危機的状況をどうやって生き延びるか、その能力を開発するためのプログラムですから。ルールがあるところでライバルと競争するためのものじゃない。危機を生き延びる力を養っている。
だからよく「どうして合気道では試合がないんですか?」って訊かれるけど、あるわけがない。試合があるのはスポーツでしょう? アリーナがあって、レフェリーがいて、ルールがあって、時間制限があって、何月何日何分試合開始って決まっていてやるのはスポーツ。
武道というのは、いつ、どこで何が起こるかわからないという条件で、そのときに生き延びるための心と体の使い方を学ぶものなんです。

―今までの日本のどこに問題があると先生はお考えですか。

原発について言うと、戦後の原子力行政全体に問題があると思います。原子力テクノロジーって、はっきり言って、人間が完全にはコントロールすることが出来ないものなんですよ。現に、放射性の廃棄物については最終的な処理方法が確立してない。どんどん出てくる汚染物質をどう処理するか、そのテクノロジーが確立されていないうちに稼働を始めた。それがもたらす環境汚染のリスクや、廃棄物処理のコストを勘定に入れないで、「コストの安い発電機」としてと原発を導入していった。
原子力は人知を超えた、想定外のふるまいをするかもしれない危険なテクノロジーであるという覚悟を持った科学者もいたはずですけれど、その人たちの声は押しつぶされた。そして、原子力は人間が管理制御できる、安全な発電装置ですという宣伝で国民を洗脳してきたわけです。
原発がどうも危険だし、高コストのテクノロジーらしいということはときどき報道されてきましたけれど、こちらとしてももう原発が出来ちゃった以上は、「なるべく事故が起こらないで欲しい」という願望があるわけで、その願望のせいで、いきおい原発の安全性を過大評価するようになる。「安全に操業してほしい」という主観的な願望が「安全に操業されているはずだ」という客観的情勢判断と混同されてしまう。そういうすり替えが国民的規模で行われていたと思います。
非専門家は原発の現場がどういうふうになっているのかなんて知りようがない。だから、せめてフロントラインの人たちだけは原発の危険性を自覚しているべきだったと思います。仮に一般市民に対して「原発は安全ですよ」って嘘をついても、内部的には非常に危険な物を扱っていて、一度事故を起こしたら、その被害は計り知れないものになるという緊張感を維持すべきだったと思うんです。でも、その緊張感が東電にあったようにはどうしても思えない。最大限の警戒心と恐怖心を持って原発を制御しようとしていたという覚悟がさっぱり伝わってこない。たぶん、一般市民に向かって「原発は安全ですよ」と言って騙しているうちに、自分たちも自分たちがついている嘘を信じ始めたからじゃないかと思います。嘘ってそうなんですよ。あまり習慣的に嘘をついていると、言っている本人が自分の嘘を信じ始めてしまう。たぶんそうやって、事故が起こらない時間が続けば続くほど、警戒心も恐怖心も鈍化していったんだと思います。
原発も初期の人たちは強い警戒心を持って仕事をしていたはずです。だって1945年の原爆を日本人はリアルに体験したわけですから。
原子爆弾というのは、広島長崎の以前から理論的には作れることがわかっていたんだけれど、実験ができなかった。核爆発が一箇所で起きたら、それが連鎖反応を起こして、地球全体が吹っ飛ぶかもしれないというリスクがあったから。それが怖くて原爆実験できなかった。だから、マンハッタン計画が成功したときにわかったのは「どうやって原爆を作るか」じゃなくて、「核爆発しても地球は吹っ飛ばない」ということだったんです。
原子力テクノロジーって、最初からそういうものだったんですよ。実験してみたら何とかなったから、使ってみようという。そういう自転車操業みたいなものなんです。原理はなんとかわかる。やってみたら、お湯は沸かせることがわかった。でも、条件が変わるとどんなふるまいをするか分からない。とりあえずお湯は沸かせる。じゃあ、沸かして、蒸気でタービン回して、発電してみよう、と。そういうテクノロジーなわけですよ。
だから、原子力第一世代のエンジニアたちは自分たちが扱っているテクノロジーについて、「自分たちもよくわかっていない」ということはわかっていた。でも、続く第2世代、第3代目になると、「原発って、ただのコストの安い発電機じゃないか」という緩んだ気分になってきた。それなら火力や水力と同じ程度の扱いでいいんじゃないか、と。年が経つにつれて、原発に対する扱いがぞんざいになっていった。その結果、福島の事故が起きたということだと思います。

―こういうことがあった後にこれから原発政策という面ではどういう風に向き合っていけば良いんでしょうか

今回、福島の原発事故でいったいどれぐらいの国富を失ったのかまだ試算してないですよね。国土の何分の一かが、これから向こう何百年間か居住不能になるんです。尖閣とか竹島とか言っているけど、そんなのただの岩礁でしょう? でも、福島って、そこに何十万も生活者がいて、そこを生活基盤にしていた国土なんですよ。それが原発一個で失われた。われわれは国土を失ったんです。
その被害を考えたら、原子力発電が火力発電に比べて多少発電コストが安いからと言って、そんなの桁違いじゃないですか。被災者にまともに補償しようとしたら、これまで火力との差額で原発が稼いだ分なて、全部吹っ飛んじゃう。経済的に考えても、原発はまったく間尺に合わないビジネスだったことが明らかになった。
とくに国土の喪失。これに関しては誰も何も言わない。尖閣とか竹島とかいう話になると「寸土も譲らず」とか息巻く人たちも、福島で失われた国土については何も言わない。でも、どう考えても福島で失われた国土の方が巨大な損失なわけでしょう? 
この損失は原子力行政がもたらした被害なわけですよ。愚かな原子力行政が国土喪失をもたらした。仮に今からもう一回大きな地震が福島を襲ったら、次は東京も居住不能になるかも知れない。原発再稼働派の人たちは「東京も住めなくなっても、まだ原発をやる」という覚悟があるんでしょうか。原発再稼働って、巨大地震が起きないことを前提にした「幸運頼み」のプロジェクトなんです。地震が来て、原発がつぶれた後も、「再稼働それ自体は正しい政策判断でしたが、想定外の地震のせいで事故が起きました」って言い訳が通ると思っているんでしょうか?
原発続けたいって言ってるのは、グローバル企業なんですよ。彼らは先のことは考えてないから。彼らの政策適否の判断基準は四半期なんです。3ヶ月。とりあえず四半期の収益のことだけしか考えない。
ご存じじゃないと思うけれど、株式会社の平均寿命って7年なんです。アメリカの会社は5年。長期的に会社が継続することそれ自体は、グローバル資本主義では特に重要なことだと思われていない。投資家にしてみれば、株買って高値で売り抜けることが最優先なわけで、株を買った会社があと何年生き延びるかなんてどうでもいい。理想的には、一回の株取引で、一生かかっても使い切れないくらいの個人資産を手に入れたい。企業がいつまで存続するかなんて、投資家にしてみたら、どうでもいいことなんです。
長期的に考えてみた場合、原子力発電を使うと日本の国土が汚染されて、取り返しのつかない損害をこうむるおそれがある。これは間違いない。だから、長期的にみたら「割に合わない」と考える方が合理的なんです。でも、グローバル資本主義者はそうは考えない。原発をいま再稼働すれば、今期の電力コストがこれだけ安くなる。それだけ今期の収益が出る。配当が増える。だったら、原発再稼働を要求するのが当然、というのが彼らの思考回路なんです。日本列島がどれほど汚染されようとも、個人資産が増えるなら、ぜんぜん問題ない。クオーターベースで損得を考える投資家にしてみたら、向こう三ヶ月間に巨大な地震が起きないなら、原発動かした方が利益が出るんです。だから再稼働を要求する。それは彼らにしてみたら合理的な判断なんです。反対する人間の気が知れない。投資家たちは個人資産の増減だけを気にしていて、どこかの国の国土が汚染されようと、どこかの国の人たちが故郷を失おうと、そんなことはどうでもいいんです。
僕たち日本国民は日本列島から出られない。ここで生きていくしかないと思っている。だから、国土が汚染されたら困るし、国民の健康が損なわれたら困る。でも、グローバル企業には気づかうべき国土もないし、扶養しなければいけない国民もない。誰のことも気づかわなくていい。株価のことだけ考えていればいい。
それはそれでしかたがないんです。そういう商売なんだから。でも、問題なのは、そういう人たちが国民国家の政策決定に深く関与しているということです。「国民国家なんてどうなっても構わない」と思っている人たちが、国民国家の政策を決定している。これはちょっとひどい話でしょう? 
大飯の原発再稼働のときの財界のロジック覚えてますか? 原発を動かさないと、火力だと製造コストが高くなる。だったら、もう日本を出てゆくしかない、と言ったんですよ。こんなコストの高い国ではもう製造業なんかやってられない。生産拠点を中国とかインドネシアとかに移すぞって、政府を脅しをかけた。グローバル企業にしてみたら、どこの国で操業してもいいんですよ。どこでも生きていける。どこの国にも義理なんかない。
でも、「電力コストが高い」という程度の理由で、外国に出て行くと公言している企業が、「原発事故で環境が汚染された」というときに日本にとどまると思いますか? 当然、真っ先に出てゆくでしょう。自分たちで環境汚染リスクの高いテクノロジーの稼働を要求しておきながら、いざ環境汚染が起きたら、「こんな汚いところでは操業できない」と言って出てゆく。出てゆくに決まっています。自分たちが原発再稼働を要求したんだから、原発事故が起きても、頼んだ義理がある以上、日本にとどまって操業するというようなけなげなグローバル企業があると思います?
グローバル企業には国土も国民もないんです。金儲けにしか興味がない。それは彼らの本性だから変えようがないけれど、そういうものが国民国家の重大な国策の決定に与ることに、僕は反対しているんです。

―そういう状態っていうのを改善できるんでしょうか。

できませんね。これがグローバル化ってことの実質だから。安倍自民党政権というのは「グローバル化推進政権」ですから、このあともどんどんグローバル化が進行するでしょう。守るべき国土、扶養すべき国民という概念が空洞化するだけじゃなくて、国富という概念も空洞化する。つまり、人々がいかにして国富を私財に移し替えるか夢中になるということです。どうやって自分たちの私的なビジネスを税金で支援させるか、どうやって私用のために公務員を使うか、そういうことを日本人全員が考えるようになる。

―原発の話にもどるんですが、原発って、東京で消費する電力を、福島で作ってたわけですよね。東京の犠牲になっていたわけですよね。なんでそういうシステムが生まれてしまうのでしょう。

戊辰戦争ですよ!決まってるじゃないですか。戊辰戦争で、奥羽越列藩同盟が賊軍になって、それからあと150年間、中央政府によって有形無形の差別を受けてきたからですよ。東北の出身者は中央に上がっていけなかったんですよ。政界でも官界でも財界でも・・・。明治の藩閥政治の間は、東北出身者にはエリートへのキャリアパスは存在しなかったんです。だから、原敬は爵位を拒否したんです。あれは東北人の意地なんです。私は薩長藩閥が作った政府が出す勲章なんか要らないって。原敬の号は「一山」っていうんだけど、あれは「白河以北一山百文」、東北地方は地価ただ同然という明治の東北差別に対する原の抗議のしるしなんです。
僕は、四代前が庄内藩士、三代前が会津藩士という賊軍の系譜の直系ですから、東北人の悔しさはよくわかるんです。東北人の屈託は内田家の家風ですから。「われわれは日の当たらないところに置かれている」という。東北人である限り、いくら努力しても報われないっていう。
だって考えてみてくださいよ、東海道新幹線の開通が1964年でしょ。東北新幹線の開通は2010年ですよ。半世紀遅れてる。
福島も地元が原発を誘致したわけだけれど、それは地元に産業がないからでしょう。産業がないのは福島県人の自己努力が足りないからじゃなくて、戊辰戦争以来150年間の、東北に対する政治的・経済的な制裁の結果なんですよ。東北にはチャンスが与えられなかった。
六ヶ所村ってあるでしょ。あれは昔の斗南藩の領地なんです。会津藩が戊辰で負けた後に、改封されて極寒の下北半島の原野に移された。不毛の荒地に。吹雪が吹いて、食べるものもろくに採れないところに会津藩士たちは追いやられ、そこでずいぶん餓え死にした。その斗南藩のところに今六ヶ所村の再処理施設があるわけですよ。産業が何もないところに。農作物も育たないし、自然資源もない。そこで生きていかなきゃいけない人たちがいる。だから、「よごれもの」を引き受けるという誘いに手を上げざるを得なかった。他に生きる道がないんだから。
 そういうふうに、ある種政治的な意図をもって、政府のどんな要求に対しても断ることができないくらい貧しい地域が作り出されているんですよ。そこに嫌なことを全部押し付けられるように。

―それは今の官僚であるとか政治家とかも、意識して政治を行ってるのですか。

いや、意識はしてないでしょう。むしろ無意識だからこそ、こんなひどいことができる。150年間、ずっと無意識なまま東北は抑圧されてきた。君たちも東北人の証言には耳を傾けるべきだと思う。ぜひ読んでおいて欲しい本がある。『ある明治人の記録』。旧会津藩士ではじめて陸軍大将に昇進した柴五郎の伝記。会津が明治政府にどんな目に遭わされたか、わかるよ。

―ということはそのシステム自体は、たとえば自分たちがそのシステムを認知したとしても、そうそう変わらないということですか。

だって150年かかって作り込んでいるんだから。福島とか新潟とか福井とか、原発があるのは戊辰戦争で負けた藩のところばかりでしょう。戊辰戦争で勝った側にあるのは・・・玄海が佐賀にあって、それから川内が鹿児島にある。佐賀も佐賀の乱で中央政府に反抗してるし、薩摩は西南戦争で反抗しているから。だから、長州には原発がない。今、一つだけ上関に計画だけあるけれど、地元の反対運動で結局まだできていない。調べればわかるよ。戊辰で勝った側と負けた側の原発設置比率は。歴然とした差がある。要するに、賊軍にされた地域は貧しいままにとどめおかれたということですよ。
話がそれるけれど、元老山縣有朋と田中義一が死んだときに陸軍の長州閥が実質的に解体する。そのとき長州閥の重しがとれると同時に、東北出身の、陸士陸大出の人たちが陸軍内部で急激に大きな勢力を作り出す。彼らが中心になって皇道派・統制派が形成されるんだけれど、彼らの主要な関心事は軍略じゃなくて、実は陸軍内部のポスト争いなんだよ。長州閥が独占していた軍上層部のポストが空いたので、それを狙った。
陸海軍大臣・参謀総長・軍令部長・教育総監といういわゆる「帷幄上奏権」をもつポストを抑えれば、統帥権をコントロールできる。政府より官僚よりも上に立って、日本を支配できる。そのキャリアパスが1930年代の陸軍内部に奇跡的に出現した。そこに賊軍出身の秀才軍人たちが雪崩れ込んで行った。真崎甚三郎は佐賀、相沢三郎は仙台、ポスト争いで相沢に斬殺された永田鉄山は信州、統制派の東条英機は岩手、満州事変を起こした石原莞爾は庄内、板垣征四郎は岩手。藩閥の恩恵に浴する立場になかった軍人たちが1930年代から一気に陸軍の前面に出てくる。
だから、あの戦争があそこまで暴走したのは、東北人のルサンチマンが多少は関係していたかもしれないと僕は思う。結果的に近代日本を全部壊したわけだから。ある意味で大日本帝国に対する無意識的な憎しみがないと、あそこまではいかないよ。戦争指導部は愚鈍だったと言われるけれど、僕はここまで組織的に思考停止するのは、強い心理的抑圧があったからじゃないかと思う。
一人ひとりは普通に、合理的に生きているつもりでいても、長いスパンで見ると、そういうふうにふるまわざるをえないような集団心理的な方向づけって、あるんだと思う。人形つかいに操られる人形のように動かされてしまう。
福島に原発ができ、六カ所村に再処理施設ができるのは、個別的に見ると、そのつどの政治判断とか自治体の都合とかがあって選ばれたように見えるけれど、そういう個別の選択とは違うレベルでは、もっと大きな歴史的な流れが見えてくるんじゃないかな。

―東北の人たちは第二次世界大戦の少し前に上り詰めていって、で、第二次世界大戦が起きた後、またそこで排除されたんですか。

2.26事件とか5.15事件の関係者には東北諸藩の出身者が多いでしょ。農本主義的なテロリズムには東北の怨念に通じるものがあるんじゃないかな。現に、故郷では親族が飢えているとか、身内が娼婦に売られるとか、そういうことが青年将校たちの場合はあった。だから、都市ブルジョワジーが政治を壟断するのは許せない、と。そういう怒りがあったんだと思う。青年将校たちが求めた社会資源の再分配というのは、ブルジョワジーが独占している資源を貧しい国民に還流せよという、一種社会主義的な匂いがあるわけです。日本軍国主義って、アーシーなの。地面に近いんです。だから、戦前の右翼思想って、一筋縄ではゆかない。
軍国主義者を輩出したという事実がまた、東北が戦後社会で無意識のうちに差別される理由の一つにもなったんじゃないかと僕は思う。東北の問題って、根が深いんですよ。

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