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2014年03月 アーカイブ

2014.03.03

NewYork Times 3月2日の記事から

アメリカの対日世論はしだいに疑惑と不信の論調に傾きつつある。
New York Times の昨日の記事「安倍氏の危険な歴史修正主義」を訳してみた。
安倍首相の「真意」を記者が読み切れないのは、つねづね申し上げているとおり、「対米従属を通じての、対米自立」という自民党の伝統的な戦略の「意味」と、それを支える「心性」がアメリカ人には理解しにくいものだからである。
記事は首相の真意を「hard to decipher」と評しているが、decipher というのは「意味不明の言葉・暗号・古文書などを解読する」というかなり特異な含意の動詞である。
首相の対米姿勢は友好的なのか対立的なのか、よくわからないという先方の当惑がよく伝わってくる記事である。
なにより「does not want to be dragged into a conflict between China and Japan」(アメリカは「日中間の紛争に巻き込まれたくない」)というのは私が知る限りこれまでアメリカのメディアでここまではっきり書かれたことのない文言である。
そこまでアメリカは「日中間の紛争」の可能性について真剣に危惧し始めている。

(訳はここから)
安倍晋三首相のナショナリズムの旗印は今や日米関係に対するかつてなく深刻な脅威となりつつある。彼の拠る歴史修正主義的立場は、東シナ海、南シナ海における中国の攻撃的な態度によって混迷を深めているこの地域で、危険な挑発と見なされている。
しかし、安倍氏はこの現実を一向に気にとめる様子がなく、条約上の責務によって日本防衛を約束しつつ、日中間のトラブルに巻き込まれることを望んでいないアメリカの国益に対しても配慮する様子が見られない。
安倍氏のナショナリズムは理解が困難である。というのは、それはどの国に対して向けられたものでもなく、彼自身恥ずべきものとみなしている日本そのものの戦後史に向けらたナショナリズムだからである。「戦後レジーム」と彼が呼ぶところの体制の廃棄と、新たな愛国主義の創出を安倍氏はめざしている。
問題は彼が日本の戦後文化に手を着けるより先に、戦争の歴史を改竄している点にある。彼とナショナリストたちはいまだに1937年の日本軍による南京虐殺はなかったと主張している。彼の政府は金曜日に、日本軍によって性的奴隷労働を強制された韓国女性たちに対する謝罪を再検討し、場合によっては廃棄すると述べた。
そして、安倍氏は戦争犯罪人を含む戦死者を慰霊する靖国神社参拝の意図を祖国のため命を犠牲にした人々に対する敬意を表するためだけのものであると説明している。ワシントンからの参拝を自制して欲しいという明瞭なシグナルにもかかわらず、安倍氏は12月に神社を参拝した。
中国との対立的な関係が生じたため、平和主義的な日本国民の間でも国防力強化の必要性を説く安倍氏の主張は説得力を持ちつつある。軍事力の強化を求める人々がしばしば歴史修正主義と重複するのが日本の特徴である。しかし、安倍氏のナショナリズムは別にして、今のところは彼も他の日本のメインストリームの指導者の誰も日本の軍事力をアメリカの同意抜きに増強しようとする動きは示していない。彼ら自身が日米の安全保障同盟に深くコミットしているためである。

2014.03.04

中野晃一先生の安倍政権論

Australian national university の出しているAustralia and Japan in the region という英字媒体の3月号に上智大学の中野晃一先生が寄稿している。原文が英語なので、例によって訳文を付す。
中野先生の状況解釈のすべてに私は同意するわけではないが、今日本で起きていることが安倍晋三という人政治的個性に帰しうるような属人的な出来事ではなく、長期的な政治過程そのものの変化のうちの現象であるという意見には深く同意する。
(訳文はここから)
2012年12月に安倍晋三の自民党が政権に復帰して以後、日本が右傾化しているからどうかについては活発な議論が展開されている。ある人々は、安部の側近を含めて、彼はアベノミクスの三本の矢の追求だけに目的を限定しているプラグマティストであると主張する。また別の人々は第一次政権以前からの全期間を通じて彼がなしてきた歴史修正主義者としての言動の長大なリストを根拠に、彼を極右的な見解を持つ「信念の」政治家であると見なしている。
2013年12月、彼の政権発足1年を期しての彼の突然の靖国神社参拝によって、この議論は後者の見解に最終的に決したように思われる。しかし、今でもまだ安倍と彼の擁護者たちはこの参拝は戦死者を慰霊し、不戦の誓いをなすためのものであると主張して、安倍が軍国主義を復活させようとしているという批判を退けている。私は安倍と彼の友人たちのこのような主張は不実なものであり、彼は日本を右傾化させているという判断に与する。それだけにはとどまらない。私の考えでは、日本政治の右傾化傾向はすでに20年前から始まっている。言い換えると、安倍の右翼的な政策はここ何十年かにわたって日本の政治を変容させてきた右傾化傾向の一部(それが重要な一部であるにせよ)に過ぎない。安倍が政権にある間に日本をさらに日本を右傾化させるにせよ、しないにせよ、この右傾化傾向は彼によって始められたものではなく、彼が退場すれば終るというものでもない。そのことが重要なのである。

2014.03.05

毎日新聞のインタビュー

3月5日の毎日新聞朝刊にインタビューが載りました。
お読みでないかたのためにオリジナル原稿をアップしておきます。ちょっと紙面とは文言が変わっているかも知れませんが大意はそのままです。


ー中国、韓国との関係改善が進まず、米国も懸念しています。

内田 長い歴史がある隣国であり、これからも100年、200年にわたってつきあっていかなければならないという発想が欠けている。安倍政権は外交を市場における競合他社とのシェア争いと同じように考えているのではないか。韓国や中国との「領土の取り合い」と経済競争における「シェアの取り合い」は次元の違う話だということを理解できていないように見える。

昨年12月の靖国神社の参拝も、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移転先の名護市辺野古への埋め立てについて沖縄県知事との話し合いがついた直後に行われた。米国に「貸し」を作ったので、今度は米国が厭がることをする「権利」が発生したと考えたのだ。本人はクールな取引をしているつもりだろうが、米国は同盟国としての信頼を深く傷つけられた。安倍政権はアメリカを「パートナー」ではなく、市場における「取引相手」だとみなしている。その「実のなさ」が米国を不安にさせ、苛立たせている。

ーなぜ短期的な発想になるのですか。

内田 民主主義は政策決定にむやみに時間がかかる政体である。時間がかかるかわりに集団成員の全員が決定したことに責任を引き受けなければならない。「そんな決定に私は与っていない」という権利が誰にもない。政策決定が失敗した場合でも、誰かに責任を転嫁することができない、それが民主制の唯一のメリットだということをたぶん首相は理解していない。
民主制が政策決定の遅さと効率の悪さに首相は苛立っている。たぶん彼は株式会社と同じように、経営者に権限も情報も集約して、経営者の即断即決ですばやくものごとが決まる仕組みを政体の理想としているのだろう。会社経営の失敗はせいぜい倒産で済むが、国家の失政は国土を失い、国民が死ぬことさえある。その違いを理解していないのだと思う。

そのような「楽観的な」政権運営を可能にしているのは国民的規模での反知性主義の広がりがある。教養とは一言で言えば、「他者」の内側に入り込み、「他者」として考え、感じ、生きる経験を積むことである。死者や異邦人や未来の人間たち、今ここにいる自分とは世界観も価値観も生活のしかたも違う「他者」の内側に入り込んで、そこから世界を眺め、世界を生きる想像力こそが教養の本質である。そのような能力を評価する文化が今の日本社会にはない。

—ただ、中国も韓国も理解するには難しい国です。

内田 どこの国のリーダーも「立場上」言わなければいけないことを言っているだけで、自分の「本音」は口にできない。その「切ない事情」をお互いに理解し合うリーダー同士の「めくばせ」のようなものが外交の膠着状況を切り開く。外交上の転換はリーダー同士の人間的信頼なしには決してありえない。相手の「切ない事情」に共感するためには、とりあえず一度自分の立場を離れて、中立的な視座から事態を俯瞰して議論することが必要だ。自分の言い分をいったん「かっこに入れて」、先方の言い分にもそれなりの理があるということを相互に認め合うことでしか外交の停滞は終らない。

—外交において相手に譲るのは難しいことです。

内田 外交でも内政でも、敵対する隣国や野党に日頃から「貸し」を作っておいて、「ここ一番」のときにそれを回収できる政治家が「剛腕」と呼ばれる。見通しの遠い政治家は、譲れぬ国益を守り切るためには、譲れるものは譲っておくという平時の気づかいができる。多少筋を曲げても国益が最終的に守れるなら、筋なんか曲げても構わないという腹のくくり方ができる。大きな収穫を回収するためにはまず先に自分から譲ってみせる。そういうリアリズム、計算高さ、本当の意味でのずるさが保守の智恵だったはずが、それがもう失われてしまった。
最終的に国益を守り切れるのが「強いリーダー」であり、それは「強がるリーダー」とは別のものである。

2014.03.11

隣人としてのイスラーム 収奪から共生へ

2014年2月24日集英社新書『一神教と国家 イスラーム、キリスト教、ユダヤ教』
刊行記念トークイベント@スタンダードブックストア心斎橋
中田考&内田樹
隣人としてのイスラーム 収奪から共生へ

――今日はたくさんの方にお運びいただきありがとうございます。今日は「隣人としてのイスラーム 収奪から共生へ」というようなテーマ設定でお話いただければと思います。
最近、イスラームに関しては、ハラール認証ビジネスというものがたいへん盛り上がっているという報道が目立つようになってきましたね。イスラームといえば「いろいろなタブーがある」というイメージが一般にはあると思うんですけれども。このトークの皮切りの話題として、ハラールというものに我々日本人はどう理解し、接したらいいのかということをイスラーム学者である中田先生からまず、お話いただきたいのですけれども。

ハラール認証ビジネスの問題点

中田 「ハラール」の反意語の「ハラーム」という言葉はですね、この『一神教と国家』を読んでいただいた方は一応ご存じだと思うんですけれども、「禁じられたもの」ということですね。皆さんご存知のとおりイスラームは戒律といいますか法の宗教ですので、「禁じられたもの」とか「許されたもの(ハラール)」という概念があるわけです。

けれども、「禁じられたものが何であるか」ということ以前にもっと重要なことは、そもそも許されたもの、ハラールというものをどのように認証するかという、こちらのほうがずっと問題なのですね。

我々みんな世界史などで習ったと思いますけれども、なぜキリスト教で宗教改革運動が起こったのか。カトリック教会が「我々が罪を許す」という「免罪符」を売るということが問題となり、これが宗教改革の原因になったわけです。

イスラームというのは、そもそもカトリック教会やローマ教皇のようなそういった宗教的権威を有する機関のようなものがないんですね。皆さんご存知のとおりイスラームは聖俗一致が基本ですので、そういう聖職者階級がいない、すべての人間は平等であるというのがイスラームなわけです。

ですので、もちろん戒律として「禁じられたもの」「許されたもの」はあるのですけれども、それはすべてのイスラーム教徒が個人として神の啓示であるところの『クルアーン(コーラン)』、神から与えられた聖典、あるいは預言者の言葉を記した『ハディース』、それを見てムスリム(イスラーム教徒のこと)個人が判断すべきというものであって、本来、どこかの機関が神の権威をかりて認証するということは歴史的には存在しなかったのです。これはたいへん重要な問題なのですけれども、そうした検証がまったく抜けたままに、ハラール認証ビジネスなどといういかがわしい議論がひとり歩きしている、これが一番の問題だというふうに思っております。

内田 宗教にビジネスが絡んでくるのってすごく胡散(うさん)臭い気がするのですよね。そのハラール認証ビジネスの問題も、今はイスラーム圏だけの問題ですけれども、多分これから日本でも絶対、目ざといビジネスマンは「これからイスラームが金になります」ということを言ってですね、そういう性質(たち)の悪いコンサルティングをあちこちでもうやっていると思うのですよ。「これからはイスラーム金融ですよ」とかね。ロンドンなどでもやりますでしょう、「ドバイと並んで世界の金融、イスラーム金融のセンターになるんだ」って。だから、今アベノミクスとか言っている人たちは「これから東京を世界のイスラーム金融のセンターにしよう」なんていずれ絶対言い出しますよ。その状況を思うと今から腹立ってくるのですよね。

彼らは中田先生がおっしゃったイスラームの考え方自体には何の興味もない。これまでずっと「イスラームは聖戦原理主義テロリスト」などと言っておいて、急に「人口は16億人」「平均年齢20代」「経済成長している」と聴いて、「おい、じゃあ、お得意様じゃないか」って。イスラームに関するイメージって今激変しているのですよね。

この本はですから、かなり広く受け入れられると思うんです。「なんかもしかしたらイスラームの風が吹いているかもしれないから、ここで一発イスラーム専門家になっちゃおうか」、「イスラームで金儲けしようか」という人がね(苦笑)。そういうあざとい人間がこれからわらわらと出てくるような気がするのですけど、どうでしょう。

中田 そうですね、今はとくにオリンピックですね。内田先生も私もオリンピック反対派なわけです(参照『街場の五輪論』朝日新聞出版)。そのオリンピックで特にイスラーム系、ムスリムの多い国が世界中に150カ国ほどあるわけですね(本を読んでいただいた方は分かると思いますが「イスラーム国家」という言い方私はしません)。

そういう国からたくさん人が来る。これをビジネスチャンスと考える人がたくさんいて、今本当にそのホテルとかショッピングセンターとかみんなでイスラーム教を取り込もうとイスラーム展などを始めているわけです。それ自体は構わないのですが、それをビジネスチャンスと便乗してハラール認証の売り込みに来るコンサルタントがいっぱいいるわけですね。

これが先ほども言ったとおり、本来イスラームとは真逆の考え方で、イスラームには本来ハラール認証機関というものはない。個人ひとりひとりが認証機関によってではなく、『クルアーン』や『ハディース』に照らして判断するのがイスラームなわけで、それをそういう機関が代行するというのは、これもやはりある意味での西洋化ですね。内田先生がよくご存じですけど、コシェルという、ユダヤ教の食事既定はイスラームよりもっと食物規制きついですのでそれの認証というのは昔からあったのですね。ハラール認証機関というのもそれを真似したものとして始めたものになりますし、こういうそもそも認証機関を作るというのもヨーロッパ的な発想ですので、キリスト教的な発想なのです。そういったものに今度イスラームが侵されていくのが私も非常に不愉快に思っているわけですけれども。なかなかこういうこと言えるところがないので、今日は非常にありがたいです。

内田 日本にはまだないのですか、そのハラール認証機関というのは。

中田 それが実はあるのです。

内田 それは日本人がやっているのですか。

中田 日本人がやっているのもありますし、それが日本人だけだと権威がないというふうに考えるので、マレーシアとかその辺の政府の認証機関は、そっちのほうから来ているのです。現在はインドネシアとマレーシアが競合しておりまして。

内田 それぞれ政府認証なのに「俺たちのほうが本家だ」とか。なるほど、国家的なビジネスとしてやっているわけですね。でも、日本には進出しても現在のところ日本のムスリムの数というのは数万人規模ですよね? もっといます?

中田 在日のイスラーム教徒全体を合わせると多分10万人くらいいると思いますけど、そんなものですね。むしろどちらかといえば焦点は輸出ですね。

内田 日本で作ったものを輸出する場合。なるほど。本でも触れておりますがインドネシアはこれから急成長する市場ですからね。

中田 インドネシアとマレーシア。この二国はかなり国のあり方が違うのですが、どちらも国家が強いというのは同じです。しかもそれが何て言うのですかね、物欲の問題のもとになっているということなのです。認証ビジネスはある意味日本でもそうですけれども、「国家がこれを認証しなければ禁止」という形にすればいくらでももうかるのですよね。ですからハラール認証は、「うちの国にはそれがなければ入れない」と言ってしまえば輸出貿易する側は認証を受けざるをえなくなりますから。一番おいしいビジネスなのですね。

内田 なるほどね。それでそのインドネシア向けにそのハラール認証をした即席メンとかそういうものを作っているわけですね。ところで、先生は結構ジャンクフードお好きですよね。

中田 大好きです。

内田 先生、すごくまめに自分の食べられたものを写真で撮って、夜中によくツイッターにあげてらっしゃいますけれども。見ているとかなり悪食といいますか、体に悪そうなものが結構好きですよね。でも、あれは全部戒律的には正しいものなわけですよね、先生の基準では。

中田 そうですね。基本的に奇特な方々がいろいろと差し入れしてくださる。差し入れされたものは基本的にすべていただくというのは、お布施をいただく仏教のお坊さん的な精神にも通じているかもしれませんね。

内田 先生は今、基本的に人々の差し入れ、喜捨によって生活の基盤を作ってらっしゃるんですか。

中田 最近、喜捨をいただくことが多いですね。明らかに豚肉とかとんかつとかそういう戒律に明白に反するもの以外は基本的には私は大丈夫だと考えております。ありがとうございます。

収奪される側の若者にメッセージを発信する理由

内田 そうですか。そういえば昨年の五月にカリフメディアミクスという会社を作られたそうですが、「カリフメディアミクス」というのが一体どういう意味なのか、名前を聞いても全然わからない。ライトノベルとアニメーションとそれから最終的にゲームを作ろうということだそうですが。どんな戦略なのでしょう?

中田 もともとは本当に「瓢箪(ひょうたん)から駒」というか神様のお導きというか、たまたま私の中学高校時代の同級生が京大のアニメ研究会の創設者でして、何年かぶりにメールが来たのです。「脱サラしていて、アニメ脚本家になるんだ」と。

そのころ、カリフ制を再興するためには若者が動かないといけない。若者が動かすにはやはり若い人が見るメディアを使わないといけない、ということを考えていたので、カリフ再興についてのアニメを作ろうというアイデアがあったのですね。それを話したら、彼のほうから「一緒にやろう」ということになりまして。そのためには会社を作らないといけないというふうに言われてですね。「じゃあ、まあ作ろうか」ということで作った会社なのですね。

なかなか設立するのは大変だったんですが、一応それを立ち上げまして。しかし、基本的にはアニメを作るには億単位の金がかかるのですね。でも、千里の道も一歩からなので、とりあえずはやろうと。

内田 とりあえずはラノベから。先生、ラノベはもう完成したのでしょう?

中田 実は書いたのです。『俺の妹がカリフなわけがない』という作品ですね。

内田 それは舞台は日本なのですか。

中田 舞台は日本です。あらすじはですね、お兄さんが主人公なのですね。妹がいきなりカリフになってしまう。

内田 そこがちょっと無理がある(笑)。

中田 ツイッターで発信して原稿用紙に換算して500枚くらい書きました。まだ刊行の予定はありませんが。

【中略】

中田 アニメやコミックに関しては、日本のアニメとかゲームは日本で通用するクオリティがあれば自然に海外に流れていきますので、我々がそういう外国にわざわざ翻訳して発信する必要がないのですよね。ですから日本で通用すればそれでいいのですよ。日本の中でやるわけですけど、日本で通用する物は外国でも視聴されるわけですから。

内田 結局、先生のお話うかがっていて改めて思ったんですけど、先生は本当に若い人に注目していますね。自分たちより年齢上の方たちはある種、投げているというか、この辺はもう駄目だろう、ということで今は10代20代、もっと若い世代の人たちがこれから先、世界の運命を変えていく。だから彼らに向けて語りかけようという、そのポジションの取り方が今の日本の知識人にはないですよね。見たことないです、そんな10代の若者をターゲットにして自分の思想を語ろうとする人なんて先生くらいですよ。

中田 単純に、私の暮らしていたイスラーム世界は人口構成が若いんですよね。

内田 すごく若いのですね。

中田 以前、私は京都に住んでいたのですけど、その家を学生に譲って今、放浪生活をしているんです。その家を譲った彼が今年、インドネシア人と結婚したのですよ。それでその奥さんが先週日本に来て京都の町を見て、「なんで日本はこんなに若い人がいないの。老人ばかりなの?」と言ったのですね。本当にそうなんですね。これは単純にこのままだと滅びますので…。

それがイスラーム世界へ行きますと見ただけで若い人が圧倒的に多いので、それがすごく印象的で、何も考えなくても若者の存在、大切さを実感できるんですね。やはり若い人たちが変えていかないと、というのは、向こうにいると普通の感覚なのですけど、日本にいると若者の存在自体が希薄といいますか。

内田 今の日本の逼迫(ひっぱく)感というのは単純に言ってしまうと、若い人の数が少ないということですよね。数が少ないので、孤立し、分断されている。年長者が若い人に対して支援するっていう感じがまったくなくて、むしろ「どうやってこの人たちを利用したり収奪したりしようか」っていうことばっかり考えている。

だから世の中が、なんとなくどんよりした感じなのは、若い人たちの顔にあまり希望がないからですね。ここ(会場)は若いほうかもしれませんけれども、イスラーム圏の16億人の平均年齢が20代ってすごいですよね。日本って今どのくらいでしたっけ、平均年齢って。うっかりしたら40才を越してるのですよね。

中田 日本だと「子供を作れない」ってよく言うわけですね、我々の生活が苦しくて。それで思い出す話があります。私の生徒のひとりに、ヨルダンで社会活動をしている人がいるのです。そうすると、例えばイラクから難民がヨルダンに流れてくるわけです。流れてくるのですけど、領域国民国家はそれを切るのです、それを入れないと。するとイラクとヨルダンの国境の間に緩衝(かんしょう)地帯があるんですね。

これ「ノーマングラウンド」というんですけれども、そこに住み着いている人間が結婚してしまうんですね。結婚して子供をつくってしまうのです。ノーマングラウンドですからどちらの統治権もありませんので、生活のためにですね、そこを通る車がたまたま置いてってくれる物資以外なんの収入もないわけですね。でも、そうした人も平気で結婚してしまって子供を作っていくわけです。

そういう事例を知っておりますので、日本のように、生活が苦しいから、定職がないから結婚できないというのは、事実ではなく、思い込み、洗脳でしかありえないと。事実として知っていますので、日本の若者はやはりそういうマインドを変えていかないといけない、と私なんかは考えるわけですけど、日本にいるとなかなか難しいのですね。

漂泊するホームレス博士の共生と贈与の精神

内田 今、ネットで調べていただいたのですが、日本人の現人口の平均年齢は44.9歳でございまして、イスラーム圏より20歳くらい年上なのですね。日本は恐らく世界でもっとも高齢化が進行している国なのですけれども、この後、韓国も中国もヨーロッパもアメリカも、日本に続いて高齢社会に突入していく。大体20年から30年日本がアドバンテージというか、先を切って高齢化しているわけです。この高齢化とか人口減少とかいうことを経験する先進国は日本が近代で最初なわけです。人類史上こういう形でピークアウトしていきだんだんと人口が減っていき社会の活力がなくなっていく国っていうのは非常に珍しいケースなんです。けれども、先生はこのような力がなくなっていく日本の中で何かまったく新しいオルタナティブという形でカリフ制という、それは誰も思いつかなかったというようなオルタナティブを提示されている。

そして主に若い方たちに「こっち来ないか」という形で呼びかけている。その一番根本にあるメッセージが贈与することなんです。なにしろ、ご自分のおうちをあげちゃったんですもんね、学生さんに(笑)。それで、住む所なくなっちゃって、施しで生きているホームレス博士になっているという…。すばらしい生き方だと思うんですけれども、そういう形を日本人ムスリム方は実践されているものなのですか。

中田 そういうことはないですね、私の場合、個人的な事情があって、何も縛られるものがないので。大学にいる必要もありませんし、実際に日本は物価が高いとはいえですね、そういうもの(しがらみ)がなければあまりお金っていらないのですよね。必要なのは食べるものだけですので。ですから、住む所もいろんなところを居候(いそうろう)して歩いておりますし、奇特な人が食べ物を恵んでくれたりしますのでね。

内田 あの、差し入れというのは複数の方たちが絶えずお餅とかそういうものを持ってきてくださるんですか。

中田 そうですね。わざわざアマゾン(インターネット通販)で送ってくれる人もいるもので。

内田 アマゾンで送ってくるのですか。じゃあ、あとで僕、先生の住所を聞いて、僕もアマゾンで何か定期的に送りますよ(笑)。

中田 ありがとうございます。

食物、金…。身体ベースというコモンセンス

内田 我々、非常に宗派の違いといいますか、大分違うのですけれども、衣食住ベースというのが一番近い身体ベースではないでしょうか。「何を食べるのか、何を着るのか、どこで寝るのか」。結局この身体って6尺くらいの体で体重が70キロとかそういうような身体があって、この身体を維持できるというのが一番基本でして、これをベースにして考えようと。

「どうやって食っていこうか?」 文字通り我々が「食っていく」とき、ついメタフォリカル(隠喩的)に考えて年収何百万とかあればいいのかと考えますよね。でも、「食っていく」というのはそういう数値的なことじゃなくて、文字通りご飯を食べて、生命を維持するためにどれくらいのものがいるかということですよね。生物学的なベースをまず設定して、そこから発想していかないといけないと思っているので、そこは先生と深く共感するところがあります。特にあの本の中で、先生が金貨の伝道師ということに触れられていますが、貨幣はゴールド(金)でなければならないということを先生から伺って、その話僕は非常に感動したのですけれども、できたらその話をもう一度お願いできますでしょうか。

中田 基本的にイスラームは自由なので何を商売に使ってもいいわけで、そういう意味では物々交換でも何でもいいんですけど、いけないのは自由を奪うことなのです。今の日本というのは、これはもちろん歴史的には意味があるわけですけれども、現物で本屋さんで従業員に本を支給して、「これ給料」というのはいけないわけですよね。それ自体は意味があるわけですが、じゃあどうするかといったら国の作った貨幣というもので払わないといけないことになっているんです。ですから国が強制力を持って、実は紙切れなのですけれども(紙幣は1枚刷っても40円くらいの紙切れなのですけれども)、そういったものを強制的に通用させていくと。これは間違いであると考えるわけです。

金と銀とかはもともとなぜだかわかりませんが、実は1400年前から同じ価値なのでした。例えばですね羊一頭に対して(の金の対価)だと実は全然変わってないのですね。昔も1ディナール150ドルくらい、今でもそうなのです。まったく変わらないのです。それで見ると金の値段というのはそういうものなのですね。金というのはもともと価値を持っていますので希少性もありますし、キラキラしていたら嬉しいというのもあります。みんなそれなりに欲しいわけです。本来の値段を持っていると。

ところが貨幣というのは完全に記号なわけですね。本でも触れましたが、それが銀行のお金だともっと記号になっていく、そうすると逆に金というのは、確かに金を持っていると喜んでいるとこれを捨てるのかと思うわけですけど、あまりたくさん持っていても仕方ないわけです。むしろ邪魔なのです。しかも盗まれますから。邪魔ですから使ってしまおうと思う、ところがデジタルのお金っていうのはいくら持っていても邪魔にならないわけですね。しかも楽しいわけです。何兆円とかそういうふうになってしまうわけです。そういうのは恐ろしいところでして、そういうところが金というのはもともとの金貨という意味でまず持っていると邪魔になるということだと思います。

内田 すばらしいですね。貨幣を金貨で持っていると重くてたくさんは持てないと。紙幣というものが発明されたのは、自力で持ち運びできる財産の量を増大させるためでしたから、もう一度生身の身体で運べる重量を自分の所有しうる財産の上限にしてしまう、と。それ以上持ち歩けないわけですし、どこかに隠しておいても、誰かに取られるんじゃないかという心配でしょうがない。それだったら、いっそ誰かにあげるか、ぱあっと使っちゃったほうがいいと。

僕は金本位主義ではないですけど、金貨はある程度以上は「重くて邪魔になる」というお話を聴いて、目からうろこが落ちました。個人が持ちうる財産には上限があって、それを超えてまで所有してもしかたがないといういうのは、極めて優れたアイディアですよ。兌換(だかん)紙幣というときまでは、「金だと持って歩くのが邪魔だ」という身体感覚がまだリアルに残っていたから、紙幣に代えたんでしょうけど、経済活動がヒューマンスケールを超えて活動するようになると、貨幣が数字と記号で表象されるようになった。電磁パルスとしての財産はいくらあっても邪魔にならないわけですよね。結局、お金がいくらあっても邪魔にならないという仕組みが完成したことで貧富格差が拡大することになった。金本位制度に戻そうと言うと何を馬鹿なことをと思う人が多いのでしょうけど、僕はこっちの方が直感的に正しいような気がします。

それで、イスラーム圏というのは金本位制度にいくのですか。

中田 そこが難しいところですね。実際そういう動きはありますけど、これは金本位制に限らずハラール認証もそうですし、そもそも「国」自体がイスラームに反しているのでそれに反する動きはあるんですけれども、やはり心ある人はそういう動きはしているのですね。

内田 どういう形で動くんですか。

中田 まずは今言ったとおり、もともと金は固有価値を持っていますので必ずしも国が賛同しなくても自分たちで作れるわけですね。自分たちで金貨を作っている、そういう運動があります。

内田 個人が、プライベートにつくっちゃった金貨。

中田 ですからこれは信用に支えられているんですね。結局、金(きん)は持っていてもしょうがないとなると最後はお金を持っていてもしょうがないということで貸すわけですね。それが国家の支えになっている、個人の信用でお金を貸していると。それがイスラームのシステムなのですね。持っている全部貸してしまう。利子ありませんもんで。利子がないだけでなくてですね、イスラームの教えだとお金を貸して、なければ返さなくていいのですね。もちろんあったら返さないといけないですが、なかったら無限に待たないといけないのですね。無限に待っていても仕方ないです。最後のほうあげちゃうのですね。

内田 いいよって。


中田 そういうシステムなのですね。この意味でイスラームは個人の信用に支えられていますので、そういう個人のレベルで金貨をつくっているところはいくつかあります。
これはですね、もともと始めたのがスペインのバスクの人。それが広がっているのはインドネシアとマレーシアです。

内田 やっぱりそうなのですか。

中田 もともと特にインドネシアは経済が悪いので紙幣を信用してない。いまは多少よくなってきていますが。

内田 ゼロが多すぎるんですよね。インドネシアルピアって。100万ルピアと言われてもちょっと待ってね、ゼロ2個とって・・・「あ、1万円」ね(笑)。

中田 もともと今のシリアとかイラクもそうなんですけど、国のお金は信用していませんので金(きん)でもって。今はその中で金貨をつくって復興しようという動きは個人だけがやっていますね。

内田 それは何かグローバル資本主義の暴走を抑制するために我々が金を買って重たいから人にあげちゃうっていう。だって金の延べ棒1個ってこれいくらくらいですかね。

中田 1キロで今450万円くらいですね。

内田 2個で900万くらい。じゃあ人間が持って運べる量は上限、これ4本で1800万円くらいですね。それが人間が持ち歩ける金額の金の上限である、と。それだって長く背中に背負って歩くと腰痛になりますよ。人間、貯めるのはそれくらいにしといて、余った分はあげちゃう。

【中略】

その、資産運用とか投資とか「持っているお金を失いたくない」というそういう動機で貨幣について論じるのって、僕は大嫌いなのです。でも、先生のおっしゃる「持っていると邪魔になる」というのがいいですよね、悪い人が人を買収するときに「まあ、いくらあっても邪魔になるものじゃありませんから」っていいながら懐にねじこむじゃないですか。あれがいけないんですよね。「いや、そんなにもらっても持ち歩けませんから」ということになればいいんだ。

僕は貯金を金貨に換える気はないのですけど、なんとなく実感として自分が持っていられるお金、自分がコントロールできるお金の上限ってわかるんですよ。2000万円くらいが上限かな。2000万円超えたお金は、もうどう使っていいかわからない。それ以上だと不動産買うとか、株買うとか、国債買うとか思いつかないけれど、それって要するに「カネでカネを買っている」わけで「使っている」わけじゃない。僕が使い道を思いつくのは2000万円までですね。それを超えた金額で「欲しいもの」を思いつかない。
自分自身の身体実感から言って、買える最大のものが家ですよね。ちょっと小さくて車。家はもう建てちゃったし、車にはあまり興味ない。今の車をあとあと10年くらい乗ってると、もう買い換える機会もなくなる。そうすると本当に買うものがないんですよ。普段から買い物しないし。半年に一度、元町の大丸に行って、パンツと靴下を買うくらいですね。このセーターもこの間クリーニングに出したら、「お客さん襟(えり)のところほつれてますけど」って言われて。「うんいいんだよ」って(笑)。ほつれたところを糸でつくろって着てます。全然買わないですね、服も買わないし。食べ物も先生のように健啖(けんたん)家ではないし。今日だって晩ご飯あれですよ、梅田の立ち食いそばで月見そば330円です。けっこう美味しいですよ。
じゃあ、どうやって余ったお金を回していくか。先生は若い人たちのために使う。こうやてカリフメディアミクスをだんだん大きくしていって、やがて利益をあげたところで、どーんとこれをカリフ制再興のために使われるわけですね。

カリフ制再興までのロードマップ

内田 今日はあらためてカリフ制再興の先生のロードマップについてお話を伺いたいのですけれども。大体どのようなカリフ制再興の展望があるのでしょうか。

中田 アラブの春といいますか、状況はもう春でなくて冬になっちゃいましたけれども、あれも実は誰も予想できないときに起きたことなのです。これはもちろん我々イスラーム学者にも中東研究者もそうですし、イスラーム運動家も民主主義の運動家も誰ひとり予想できませんでした。それは多分ベルリンの壁の崩壊とかソ連の崩壊も同種のそういう問題もそうですよね。あれも直前まで、基本的にはまったく予想外だったんですね。そういう意味では具体的にどこで、いつ起こるかはわかりません。はっきり言ってわからないのですけれども、その時は多分同時発生的に起こるだろうと思っています。

その前にこれは今もグローバリゼーションに対する反抗として、地域ブロック化が進んでいますのでそういう意味でやはりイスラーム圏をブロック化しないといけない、と。この動きはあります。特には今シーア派のイランの台頭がすごく強いのですね。それに対してスンナ派のアラブがまとまらないと、そもそもアメリカなどに対抗する以前に、イランの脅威に対抗できないということもありまして、かなり地域ブロック化が進んでいます。これ自体はカリフ制ではないのですけれども、数ある動きの中で注目されるべき動きです。特にアラブ圏では3億人くらい同じアラビア語を使っていますし。我々イスラーム教徒もアラビア語を勉強していますので、アラビア語は共通語ですから、文化的国境がなくなりつつあります。

ですから、そういう動きと政治的なグローバリゼーションに対抗する地域ブロック化が進む中で、アラブの資本と人間の力と物ですね。それがうまく回ってかないと再興できませんので、そういう動きを進めていく。それをいずれひとつにまとめないといけない。ひいてはブロック内の国境をつぶしてしまう、という動きになるとは思っています。それは今がまさにそうですね、若い人が動かないといけないわけで。そういう意識を高めるのがカリフメディアミクスの仕事なわけです。それを特にそういう意味では日本は先進国ですので、アニメでそれを広げていくと。そういうことを考えていると。

【中略】

もともとイスラームは組織というものをつくらない、これは本の中にも書いてあるんですけど基本的には個人と個人がつながっていく。それは共通するイスラーム法というそういうコードがあるので、別に組織がなくても人間がつながっていけるというのが基本でありますので。国境も超えて非常に個人と個人のネットワークがつくりやすいのですね。
ですからそれで逆に組織の重要性ありませんし、指導者もあまり必要ないんですね。基本的には法がある、法に従うのがイスラームですので。ある日突然その動きが始まってしまえば、一気にカリフ制ができてしまっても不思議はありません。そこで無名な人間がカリフになるという可能性もなくはありません。

内田 先生のラノベ『僕の妹がカリフなわけない』も、ある意味そういうことなのですね。

中田 そうですね。

内田 意外な人が出てくる。僕、この言葉は、亡くなられた大瀧詠一さんからうかがったのです。「新しいものっていうのは、必ずこんなところから出てくるとは思ってもいなかったところから出てくるものだ」と。時代を書き換えるような新しいものって、「まさかこんなところから」というところから出てくる。その言葉が印象に残っています。

イスラーム圏について「人口16億のイスラーム圏」という言葉が新聞紙面にぱらぱらと出てきたのって、ほんのこの1年くらいです。北アフリカのモロッコから東南アジアのインドネシアまでイスラーム圏共同体が存在していて、同一の祈りの言語をもち、独自の倫理観を持っている。僕はそのことをまったく考えたこともなかったです。イスラーム圏といっても、仏教圏とかキリスト教圏と同じように、そういう宗教を信じている国民を含む国民国家ばらばらにあって、それぞれ勝手に国益を追求しているのだと思っていた。でも、どうもそうではないらしい。
アメリカ主導のグローバリズムが進行していった結果、イスラーム圏がグローバリズムに抵抗するかたちで残った。イスラーム圏が「残った」ということで、グローバル資本主義とは違う仕方でグローバルに結ばれた共同体が存在するということに気がつかされた。
これまで中東専門家の話がまったく理解できなかったのは、彼らがイスラーム圏というグローバルな共同体のレベルで起きている出来事を国民国家の国益対立という古い枠組みで説明しようとしていたからだ、と。国民国家同士が競合的に国益を奪い合っている。そういうゼロサム的な国家対立の図式をあてはめると、イスラーム圏で起きていることはぜんぜん意味がわからない。みんなクロスボーダーで移動していますしね。誰が国民で、誰が外国人なのか、誰が市民で、誰がテロリストなのか、識別できないという状況が各国であるのですね。

結局、中東専門家の政治学者たちの現状分析というのが僕にはまったく意味がわからなかった。意味がわからないというより、ロジックがわからなかった。僕は決してそれほど歴史や宗教について無知ではないし、理解力だってふつうにあります。それがわからないというのは、彼らが使っている標準的な学問的な道具そのものがここには適用できないものじゃないのかという気持ちが出てきたのですよ。そのときに先生と出会って、カリフ制再興という運動を知ったわけなのです。そのとき、近現代の中東の出来事を、カリフ制と領域国民国家の間の熾烈(しれつ)な戦いとして見ると、イスラームの問題が急にクリアカットに見えてきた。考えてみたら、イスラーム圏の人たちにしてみたら、日常的に「イスラーム圏の政治問題」を生きているわけで、専門家以外には理解不能というくらいに複雑怪奇なものであったら、そんな世界では誰も生きていけない。でも、16億の人たちはその世界を毎日ふつうに生きている。ということは、そこに展開している物語はそれほど複雑でも怪奇でもなく、実際はかなりシンプルなものだということになります。
なにしろ1924年までカリフがいたなんてことは、中田先生言われるまで知りませんでしたので。カリフの空位期間はわずか90年なのですよね。これを「カリフ制が終わってから90年」と数えるか、「カリフが空位になって90年」と数えるかでは、イスラーム世界の風景はまったく違ったものとして見えてくるんじゃないか。
だったら、「じゃあ、またカリフが戻ってくるかもしれない」と考えておいた方がいい。そういう可能性はどれほど少なくても勘定に入れておきたい。僕は武道家なので、予想外のことに遭遇して、驚かされるということが嫌なんです。武道家は驚かされてはいけない。腰を抜かしちゃいけない。慌てちゃいけない。そのためにどうするかというと、「起こりそうにないこと」も列挙できるだけ列挙して備えておく。そして、こまめに驚く。人が驚かないようなときにもまめに驚いておく。これ、とても大事なんです。人が「たいしたことないよ」と無視するような変化でも、「なんか想定外のことが起きるのかなあ・・・」とびくびくしながら見守っている。すると、「ここ一番」という変化に遭遇したときにもあまり驚かされない。これは僕の経験則なのです。幸い、僕は中田先生と出会って「びっくりした」ので、この「びっくり」のおかげで、これから後、イスラームの問題で「そんなことが起きるとは思わなかった」と不意打ちを食らって腰を抜かすリスクが劇的に軽減したと思うのです。
どう考えても、イスラーム問題で、西側世界の人間が一番びっくりするのは「カリフ制再興」ですからね。これ以上に過激な話というのは僕は思いつかない。
カリフ制が再興して16億のイスラーム共同体がそこに成立して、これまでイスラーム諸国として区切られていた国民国家が段階的にではあれ、消滅してしまう。
このシナリオは決して「ありえない」ものではない。極端ではありますけれど、政治的な選択としては想定可能です。少なくとも、今起きている中東の政治的混乱を「カリフ制」と「領域国家」の間の根本的矛盾というスキームでとらえると、見通しはきわめてすっきりしたものになります。
ですから、局所的なカリフ制、不十分なカリフ制というような過渡的形態が出現する可能性は十分にあると思うのです。そのようなものが最終的に16億のムスリムがグローバルな共同体を形成するカリフ制に移行する過渡的なものとして局所的、部分的に実現されていると見立てるというのは、イスラーム世界で起きている出来事を理解する上でたいへん有効な仮説だと思います。

ヨルダンのクリスチャンもカリフを求めてる」(アフタートークから)

中田 実はあの今日のトークでお話できなかったのですけども、ヨルダンから帰ってきた留学生の話があるのです。ヨルダンにはクリスチャンが結構いるのですが、ヨルダンのクリスチャンのアラブ人が、「我々はカリフ制を求めているんだ。カリフ制が復活してくれれば、我々クリスチャンも安心して暮らせる」と言っているのだそうです。

――それは、とても重要なメッセージではないですか。

中田 カトリックなのですね。本来はカトリックも共同体を持っていますので、その辺はやっぱり、アラブという地域的な視点でも領域国民国家は間違っていると思っていますから、やはり論理的に話すとみんな納得してくれるという。クリスチャンでもそう思っているのか、と思ってすごく面白かったですけどね。本来はユダヤ教もカトリックも一神教はそういう領域国民国家という偶像や国家崇拝の偶像化と戦ってきたわけで、それが今はイスラームに変わっているわけですよ。というようなところから考えていけば西洋の方でもカリフ制の理路は理解できると思うのですけど。

――やっぱり偶像化と戦ってきたわけですよね。

中田 そうなのですよね。でもやっぱり今は勝利者史観なので、全ての教科書は国民国家の立場なんて言いはじめていますから。

――その根底から疑うというのはすごいですね。まさにパラダイムシフト。

内田 国民国家というのは一つのオプションに過ぎないわけです。アメリカにしても中国にしても、少し前のソ連にしても、そういう国家形態は一定の歴史的条件が整ったせいで成立した。それがたまたま世界の覇権国家になったために、これが唯一の正しい政治単位のかたちだとみんな信じ込まれたのですね。

中田 日本の場合は、それを信じ込ませやすい、いろいろな条件があるので、なかなかそこから自由になるのも難しいですよね。そう言っていると本当に、先生がふだんおっしゃっている通り、戦争が起きかねないという状況になっていますから。そんな悠長なことを言っていられないですよ。【了】

2014.03.16

赤旗日曜版のインタビュー

3月16日付け、『赤旗日曜版』にインタビューが掲載されました。
こちらには少し加筆したロングバージョンを転載しておきます。

安倍晋三首相は本音はもちろん改憲して、憲法9条を廃棄したい。だが、それはアメリカ政府の強い抵抗があって実現がむずかしい。それゆえ、アメリカの軍事活動を支援するという、アメリカから正面切って反対できない口実を掲げて、解釈改憲による「集団的自衛権」の行使容認を持ち出してきたのです。
しかし、日本が集団的自衛権を行使するというのは、政治史的に見てありえない想定です。
集団的自衛権は、同盟国が武力攻撃を受けたとき、国連が介入するまでの緊急避難的な措置として認められた権利ですが、実際にそれを行使したのは軍事的超大国ばかりです。米ソのような超大国が自国の勢力圏で起きた反政府運動、独立民主化運動を弾圧するためにこの権利を行使しました。
これまで集団的自衛権が行使された実例を見ればわかります。1960年代に始まったアメリカによるベトナム戦争、ソ連によるハンガリー(56年)、チェコスロバキア(68年)、アフガニスタン(79年)への軍事介入など、大国による勢力圏への武力干渉の事例ばかりです。日本のような「勢力圏を持たない」国が行使するような筋のものではありません。
本当に日本が集団的自衛権を行使しても「アメリカを守りたい」というのなら、まず日米安保条約を双務的なもの変えるのがことの筋目でしょう。日本が攻撃されたらアメリカが助けに来てくれる。それが片務的で恥ずかしいというのなら、アメリカが攻撃されたときに日本が助けにゆけるように日米安保条約を改定すればよろしい。
日米安保条約を「日米相互防衛条約」に変える。難しいことはありません。現行の安保条約第五条の「日本における、日米いずれか一方に対する攻撃が自国の平和及び安全を危うくするものであるという位置づけを確認し」の「日本」を「日米」に一字書き換えるだけでよい。
そうすれば、アメリカ国内への武力侵攻にも日本がただちに援軍を出すことができます。
でも、そのためにはまず米国内に自衛隊基地を展開する必要があります。自国だけ米軍基地で守ってもらって、相手の国土には自衛隊基地を置かないというのでは双務的な防衛条約とは呼べないでしょう。
片務的な日米安保を放置しておいて、集団的自衛権を行使するというのは法理的に矛盾しています。アメリカに「手伝いに来い」と呼ばれたときだけ自衛隊を出すという約束なら、それは「集団的自衛の権利」の行使ではなく、「集団的自衛の義務」の履行と呼ぶべきでしょう。言葉は正確に使ってほしい。

安倍政権の政体改革は行政府への権力の集中をめざすものです。
特定秘密保護法は立法府が国政調査権を制約される点に三権分立上の大きな問題点があります。
世界史を見ればわかるとおり、独裁というのは行政府が重要な政策を立法府の審議に委ねず、閣議決定だけで実行してしまう政体のことです。行政府への権力の過剰な集中のことを「独裁」と呼ぶのであれば、安倍政権はあきらかに独裁を志向していると言わざるを得ない。
民主主義というのは意思決定に長い時間のかかる仕組みです。それが非効率だから権限をトップに委ねて「決められる政治」を実現しようと言う人々がいます。彼らは統治システムを株式会社のような組織に改組しようとしている。
しかし、民主制を株式会社のように制度改革することはできません。「文句があるなら次の選挙で落とせばいい」というのは企業経営者なら言えることですが国の統治者が口が裂けても言えないことのはずです。
株式会社は有限責任ですからどれほど経営上の失策があっても、株主の出資額以上のものは失われない。でも、国家は無限責任ですから、失政によって私たちは国土も国富も生命までも損なうリスクがある。だからこそ時間をかけた議論と合意形成が必要なのです。
安倍首相は政治とビジネスの違いが理解できていないようです。

2014.03.27

佐藤学先生の台湾情報第三報

台湾滞在中の佐藤学先生から速報の第三報が届きましたので、お伝えします。Twitterだと読みにくいので、ブログにあげておきました。できるだけ多くの方に読んで頂きたいと思います。

台湾情報第三報(佐藤学)

一昨日の「台湾情報第2報」は、ブログ発信のアクセス数で日本一になりました。また、その文章は直ちに翻訳されて台湾でもツィターで広がり、学生たちにも共有されています。アジアの民主化を希求する人々を繋ぐ役割をはたせたことを喜んでいます。
行政院の学生たちへの機動隊による暴力以後の情報を伝えます。26日の昨日は、朝から機動隊の学生に対する暴力への批判が強まりました。立法院を占拠している学生たちは「学生の暴動」ではなく「国家の暴力」であると訴えました。学生たちはフェイスブックの顔写真の部分を黒く塗って、機動隊の暴力の事実を伝えあい、その全貌を明らかにする作業を続けています。ところが、このフェイスブックの情報が何者かによって次々に消去される暴挙が起こっています。
立法院を占拠している学生たちの冷静で賢明な闘いは市民の支持を獲得しています。先の「台湾情報」で、学生運動が53人の学長の支持表明を獲得していること、世論調査で83%の人々が、立法院を占拠する学生たちの対話要求に馬英九が応じるべきだと回答していることをお知らせしました。昨日の世論調査では、70%の人々が学生運動を支持すると回答しています。さらに、中国との自由経済協定立法の前に中国政府と馬英九との「秘密交渉」を許さないために政府間の交渉を公開する管理法を学生たちは提案しているのですが、この提案について75%の人々が支持すると回答しています。
これら広範な支持を背景として、学生運動は一定の勝利を収めつつあります。一つは、行政院への突入を指導した責任者として逮捕された学生が無罪として釈放されました。学生たちの要求する馬英九との「対談」については、馬英九はこの要求を無視できなくなり、総統府での「会話」に応じると返答しました。また警察は、機動隊の暴力行為の事実を認めて謝罪しました。さらに民進党は、立法院の委員会で成立した自由経済法案がわずか30秒の国民党議員内部の一方的決議であったことから、「違法」であると言明しました。これらは学生運動の成果です。
しかし、本格的闘いはこれからです。立法院(国会)は国民党が多数を占めているので、立法院を占拠している学生たちが排除されれば、自由経済協定は簡単に可決されてしまいます。そうなると中国の巨大な資本が台湾を買い上げてしまうでしょう。馬英九は総統府で「会話」に応じると学生に伝えましたが、学生たちが求めているのは公開の場における「対話」です。学生たちは馬英九の承認した「会話」には応じないと返答しています。賢明な判断です。
学生たちの冷静沈着で賢明な闘いは、大学生たちのほぼ全員の支持と大多数の参加、大多数の市民の支持を獲得しています。名物の夜市の屋台が立法院のまわりに集まって、闘う学生たちに無料で食事を提供しています。昨日は、タクシー協会が学生支持を表明し、タクシーのデモを行いました。ほとんどの国民が「学生たちを尊敬する」「学生たちの勇気に感謝する」と語っています。私は台北教育大学大学院で講演と集中講義を行っているのですが、ほぼすべての教授が学生運動を支援し、「素晴らしい学生たちだ」「学生たちを尊敬する」「学生たちに感謝する」と語っています。立ち上がったすべての学生たちは、私から見ても感動的なほど素晴らしい学生たちです。私も学生の正義と勇気と民主主義と祖国を愛する姿に心からの敬意を表明しています。
大学の動きですが、台湾全土の大学で学生たちが立ち上がりました。ほとんどの学長、教授たちは学生たちを支持しています。それに対して、国家教育部は緊急に全国の学長を集め、教授が学生を扇動しないよう忠告し、学生運動の抑圧策を講じています。しかし、ほとんどの学長と教授たちの学生運動の支持は崩れることはないと思われます。
テレビと新聞のニュース報道は毎日24時間、学生運動の情報を伝えていますが、情報は混乱していますし、真実を伝えていないので、学生たちはブログとフェイスブックのネット通信で事実と真実を見極めています。しかし、ニュースを通じて愉快な話題が台湾市民の間で話題になっています。一つは、「太陽餅」(台中市の名物)の話題です。行政院の副秘書官が占拠した学生の[暴力]の証拠として「私の部屋の餅が一つ食べられた」とテレビで語った(笑)のですが、翌日、匿名の市民が「太陽餅」150箱(1500個)を贈ったのです。1990年の学生運動が「野百合革命」と呼ばれたのに対して、今回の学生運動は「太陽花(ひまわり)革命」と呼ばれています。「太陽餅」は「太陽花革命」のシンボルになりました。副秘書官はテレビで「贈り物には感謝する」というピンボケの応答をして笑ってしまいましたが、受け取りは拒否し立法院に送ったものだから、学生運動の学生たちは「ありがとう!」と笑顔で叫んで食べました。(太陽餅は民主餅として大人気になり、売りきれ。)
そのほかに、いろいろな話題がニュースで報道されています。立法院の院長はもと台湾大学の政治学者ですが、これまでの政治学者としての格好いい発言に対して今回の政治対応はひどいものでした。それを憤った学生たちは院長のリコール署名を始めましたが、その書名に彼の娘が署名して話題になっています。
まだまだ闘いは続きます。今日のNJKテレビは「立法院は民主主義の象徴であるため、占拠している学生の排除は難しいと考えられ、まだ解決の見通しはたっていません」という趣旨の報道をしていましたが、まったくまちがっています。立法院の学生占拠が続いているのは、国民の大多数が学生たちを支持しているからです。そして、学生たちの勇気ある闘いが敗北すれば、台湾の民主主義と独立が破壊されてしまうからです。
台湾の学生たちは今月30日に、世界各国の留学生たちが連帯してデモを行い、報道の虚偽を批判して真実を伝える行動を行います。日本の留学生も立ち上がるでしょう。ぜひ彼らと対話し、台湾と日本の民主主義者の連帯を築き上げましょう。
最後に、何度も繰り返しますが、祖国と民主主義のために立ち上がった台湾の学生たちの思慮深い勇気ある闘いを尊敬し、支持します。

2014.03.29

佐藤学先生の台湾速報(その4・最終報)

佐藤先生の台湾情報最終報をお伝えします。
佐藤先生、貴重な情報をお伝えくださいまして、ありがとうございました。これからあと、私たちも台湾の学生たちへの連帯の気持ちをなんとか具体的なかたちにしてゆきたいと願っております。

台湾情報第4信(最終報)佐藤学

昨日、6日間の台湾への滞在を終えて、台北から東京に帰ってきました。立法院を学生が占拠してから10日目でした。学生による「パリコミューン」の状態が10日間、続いているわけです。これほどの歴史的事件に遭遇し、数々の感銘を受けるとともに、アジアの将来について深く考えさせられました。
現在、馬英九総統の国家権力と学生たちの関係は拮抗状態にあり、膠着状態に入っています。この闘いは、その当初から沈着で冷静で静かな闘いとして展開していました。11日前に立法院の委員会でわずか30秒の国民党内の議員の内輪話で法案が成立し、それに抗議するデモ隊の学生(台湾大学と精華大学の学生)が立法院(国会)の窓が一枚あいているのを発見して、そこから約100人の学生が乱入して立法院を占拠したのが始まりです。この学生たちは機動隊を40名に限って立法院に入れることを認め、機動隊も敵対関係ではなく協調的な関係で、立法院の占拠が続きました。
異変が起きたのは、23日、馬英九が国際記者クラブで学生たちを愚弄する発言を行い、それに激怒した学生の一部が行政院(政府)に突入して占拠。その深夜11時から午前4時にかけて馬英九は機動隊の暴力によって行政院から学生を実力で排除しました。この一連の動きで、明らかに馬英九は学生を挑発し「暴力学生」を演出させて、一挙に鎮圧する意図だったと思います。実際、私が確認した行政院の突撃舞台には、明らかにヤクザや暴力団と思われる人物が相当数、入っていました。(檳榔を食べ刺青をしている学生はいません。)
しかし、この謀略も馬英九の愚作と学生たちの賢明な行動によって、完全に破たんしました。あまりにも残虐な機動隊による流血事件は市民の怒りを呼び起こしました。(実は、台湾では数か月前に軍隊が若者を虐待死した事件があり、その時のデモは25万人に達していました。この怒りの延長線上に、今回の事件があります。)
馬英九は、もはや機動隊や軍隊によって学生たちを立法院から追い出すことは不可能です。前回の通信でお知らせしたように、世論調査では83%の市民が、馬英九は学生の対話要求に応じるべきだと主張していますし、約70%の市民が学生運動の支持を表明しています。この事態が膠着状態を生み出しています。
テレビや新聞の報道はエキセントリックに声を張り上げ、しかも虚偽の情報を発信し、事実を歪めて報道しています。それに対して、学生たちや市民たちの対話は柔らかく、思慮深く、知性的です。この対比こそ私が最も印象づけられたことです。
たとえば、街角の一つの光景です。焼き芋の屋台に一人の人が買いに行くと、その屋台の主人は「申し訳ないね。この焼き芋は今から立法院の集会に参加している学生たちに届けてやろうと思っているんだ」すると、そのお客は「あんたも貧しいだろうから、その焼き芋の代金を俺がはらってやるよ」と金を置いていったのです。こういう光景が、毎日、いたるところで展開されています。たとえば、夜遅く、集会やデモから帰る学生がタクシーをとめるとタクシーは無料で自宅まで送ってくれるそうです。
有名になったエピソードとしては、電気屋さんの協力があります。立法院は窓が締め切られ、内部の照明は煌々と照らされ、しかもエアコンは動かないようにされているので、空気が悪く、しかも外でも30度に達する気候で蒸しぶろ状態です。学生たちの健康を気遣って、医科大学や病院の教授や医師たちが何十人も常駐して健康管理にあたっていますが、それでも過酷な状態です。それを見かねた電気屋さんが立法院に入り、エアコンが作動するように工事をしてくれました。彼は一躍、台湾の人気者になっています。
そのような話は山ほどあります。学生運動のトップのリーダーの林飛帆(台湾大学大学院生)は、今や若者の英雄であり、彼が着ているジャケットは「民主ジャケット」としてたちまち売り切れなりました。大陸の中国で学生運動をなじっている元国民党議員が、テレビで「ほら見てごらんなさい。学生運動をそそのかしているのは民進党ですよ。あの黄色の山を見てください。あれは民進党が贈ったバナナですよ。」と報じたものだから、市民と学生の笑い話になっています。なぜなら、彼が指さした黄色の山は「バナナ」ではなく「ひまわり」で、彼は、今回の学生運動が「ひまわり革命」と呼ばれて展開している事実も知らないで、報道していたからです。これ以来、「バナナ=ひまわり」は、前の通信でお知らせした「太陽餅=太陽花(ひまわり)」と同じ、大うけのジョークになっています。これら、どのエピソードにも、悲愴感はありません。
一昨日、学生たちの間に緊張が走りました。学生たちは秘密の連絡網で情報を交換しているのですが、そこに「信頼できる議員からの秘密の情報で、今晩、馬英九は軍隊を準備して隙を伺っているので、決して一人で行動しないように」という情報でした。しかし、これも30分後には、学生たちを夜の集会に出させないための謀略情報であることが判明しました。すべては、このように緊迫した中で展開しています。
明後日の30日、台湾中の都市で市民と学生は集会とデモを行います。それに連動して、世界中の留学生たちが、台湾の危機と真実を訴えて集会とデモを行います。この学生たちの闘いに対して、どの教授も市民も「学生たちの勇気に感謝する」「学生たちの真摯で思慮深い行動を尊敬する」と述べています。私も同感です。彼らの闘いがアジアの民主主義の次の一歩を準備することは確実です。これからも、その歩みに学び続けたいと思います。(完)

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