佐藤学先生の台湾速報(その4・最終報)

2014-03-29 samedi

佐藤先生の台湾情報最終報をお伝えします。
佐藤先生、貴重な情報をお伝えくださいまして、ありがとうございました。これからあと、私たちも台湾の学生たちへの連帯の気持ちをなんとか具体的なかたちにしてゆきたいと願っております。

台湾情報第4信(最終報)佐藤学

昨日、6日間の台湾への滞在を終えて、台北から東京に帰ってきました。立法院を学生が占拠してから10日目でした。学生による「パリコミューン」の状態が10日間、続いているわけです。これほどの歴史的事件に遭遇し、数々の感銘を受けるとともに、アジアの将来について深く考えさせられました。
現在、馬英九総統の国家権力と学生たちの関係は拮抗状態にあり、膠着状態に入っています。この闘いは、その当初から沈着で冷静で静かな闘いとして展開していました。11日前に立法院の委員会でわずか30秒の国民党内の議員の内輪話で法案が成立し、それに抗議するデモ隊の学生(台湾大学と精華大学の学生)が立法院(国会)の窓が一枚あいているのを発見して、そこから約100人の学生が乱入して立法院を占拠したのが始まりです。この学生たちは機動隊を40名に限って立法院に入れることを認め、機動隊も敵対関係ではなく協調的な関係で、立法院の占拠が続きました。
異変が起きたのは、23日、馬英九が国際記者クラブで学生たちを愚弄する発言を行い、それに激怒した学生の一部が行政院(政府)に突入して占拠。その深夜11時から午前4時にかけて馬英九は機動隊の暴力によって行政院から学生を実力で排除しました。この一連の動きで、明らかに馬英九は学生を挑発し「暴力学生」を演出させて、一挙に鎮圧する意図だったと思います。実際、私が確認した行政院の突撃舞台には、明らかにヤクザや暴力団と思われる人物が相当数、入っていました。(檳榔を食べ刺青をしている学生はいません。)
しかし、この謀略も馬英九の愚作と学生たちの賢明な行動によって、完全に破たんしました。あまりにも残虐な機動隊による流血事件は市民の怒りを呼び起こしました。(実は、台湾では数か月前に軍隊が若者を虐待死した事件があり、その時のデモは25万人に達していました。この怒りの延長線上に、今回の事件があります。)
馬英九は、もはや機動隊や軍隊によって学生たちを立法院から追い出すことは不可能です。前回の通信でお知らせしたように、世論調査では83%の市民が、馬英九は学生の対話要求に応じるべきだと主張していますし、約70%の市民が学生運動の支持を表明しています。この事態が膠着状態を生み出しています。
テレビや新聞の報道はエキセントリックに声を張り上げ、しかも虚偽の情報を発信し、事実を歪めて報道しています。それに対して、学生たちや市民たちの対話は柔らかく、思慮深く、知性的です。この対比こそ私が最も印象づけられたことです。
たとえば、街角の一つの光景です。焼き芋の屋台に一人の人が買いに行くと、その屋台の主人は「申し訳ないね。この焼き芋は今から立法院の集会に参加している学生たちに届けてやろうと思っているんだ」すると、そのお客は「あんたも貧しいだろうから、その焼き芋の代金を俺がはらってやるよ」と金を置いていったのです。こういう光景が、毎日、いたるところで展開されています。たとえば、夜遅く、集会やデモから帰る学生がタクシーをとめるとタクシーは無料で自宅まで送ってくれるそうです。
有名になったエピソードとしては、電気屋さんの協力があります。立法院は窓が締め切られ、内部の照明は煌々と照らされ、しかもエアコンは動かないようにされているので、空気が悪く、しかも外でも30度に達する気候で蒸しぶろ状態です。学生たちの健康を気遣って、医科大学や病院の教授や医師たちが何十人も常駐して健康管理にあたっていますが、それでも過酷な状態です。それを見かねた電気屋さんが立法院に入り、エアコンが作動するように工事をしてくれました。彼は一躍、台湾の人気者になっています。
そのような話は山ほどあります。学生運動のトップのリーダーの林飛帆(台湾大学大学院生)は、今や若者の英雄であり、彼が着ているジャケットは「民主ジャケット」としてたちまち売り切れなりました。大陸の中国で学生運動をなじっている元国民党議員が、テレビで「ほら見てごらんなさい。学生運動をそそのかしているのは民進党ですよ。あの黄色の山を見てください。あれは民進党が贈ったバナナですよ。」と報じたものだから、市民と学生の笑い話になっています。なぜなら、彼が指さした黄色の山は「バナナ」ではなく「ひまわり」で、彼は、今回の学生運動が「ひまわり革命」と呼ばれて展開している事実も知らないで、報道していたからです。これ以来、「バナナ=ひまわり」は、前の通信でお知らせした「太陽餅=太陽花(ひまわり)」と同じ、大うけのジョークになっています。これら、どのエピソードにも、悲愴感はありません。
一昨日、学生たちの間に緊張が走りました。学生たちは秘密の連絡網で情報を交換しているのですが、そこに「信頼できる議員からの秘密の情報で、今晩、馬英九は軍隊を準備して隙を伺っているので、決して一人で行動しないように」という情報でした。しかし、これも30分後には、学生たちを夜の集会に出させないための謀略情報であることが判明しました。すべては、このように緊迫した中で展開しています。
明後日の30日、台湾中の都市で市民と学生は集会とデモを行います。それに連動して、世界中の留学生たちが、台湾の危機と真実を訴えて集会とデモを行います。この学生たちの闘いに対して、どの教授も市民も「学生たちの勇気に感謝する」「学生たちの真摯で思慮深い行動を尊敬する」と述べています。私も同感です。彼らの闘いがアジアの民主主義の次の一歩を準備することは確実です。これからも、その歩みに学び続けたいと思います。(完)