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2013年07月 アーカイブ

2013.07.06

『聖地巡礼』まえがき

釈先生との『聖地巡礼』がいよいよ刊行の運びとなりました(ぱちぱち)。
つきましては、みなさんに「予告編」ということで、「まえがき」をご紹介いたします。
どぞ。

みなさん、こんにちは。内田樹です。
今回は釈徹宗先生との『聖地巡礼』というちょっと変わった対談本でおめにかかることになりました。
「ちょっと変わった」というのがどういうことであるかについてご説明して、「まえがき」に代えたいと思います(この「・・・に代えたいと思います」っていう言い方って、いつごろから日本語の語彙に登録されたんでしょうね。記憶する限り、僕の少年時代に大人が挨拶の最後にこんな定型句を入れたことはありませんでした。だいたい「おめでとうございます」って言っておいて「これを以てお祝いの挨拶に代えたいと思います」っておかしくありません? お祝いの挨拶、あなた現にしているじゃないですか。何を何に代えたんですか!って心の中で思うことありませんか? ないですか。じゃあ、いいです・・・)。
僕の「代えたいと思います」はその語の正しい意味における「代えたいと思います」で、以下「まえがきのようなもの」を書きますけれど、それを以て「まえがき」としてご嘉納頂きたい、と。そういうことであります。
 
この本が対談本として「ちょっと変わっている」のは次のような理由によります。
その一、ふつう対談というのは静かな部屋でテーブルを囲んで対話者がみつめあって行うものです。公開の場所でやることもありますけれど、原則として静止した状態で行う。ところが、この対談では全体のほぼ90%が移動しながらに行われております。止った状態で話しているのは、巡礼の終わりに毎回釈先生がしてくださる法話とその後の短いやりとりだけで、あとはバスの中、道を歩きながら、神社仏閣をめぐりながら、つまりA地点からB地点に移動しながらなされている対談なのであります。
これはけっこう珍しいことです。
あまり指摘する人がいませんが、人間というのは移動しながらおしゃべりをしていると、「突拍子もないこと」を思いつくという傾向があります。これはほんとうです。僕はときどきドライブしながらあれこれと助手席の人とおしゃべりをしますけれど、そういうときって、ふだんならまず思いつかないような「変なアイディア」が口を衝いて出ることがあります。
なんていうんでしょう、ある場所から別の場所に向かって確実に移動していると思うと、ふっと気持ちが解放される。「やるべきことはちゃんとやっているんだからさ、多少は勝手なことさせてもらってもいいじゃないですか」というようなちょっとアナーキーな気分になる。
むかし、村上春樹さんが『村上朝日堂』で食堂車について心に残る文章を書いていました。食堂車ってもうすっかりなくなってしまいましたが、あれはなかなかいいものでした。村上さんはこんなことを書いています。

「食堂車には何かしら『かりそめの制度』とでもいうべき独特な空気が漂っている。つまり食堂車における食事は『つめこむ』ための食事でもないし、かといって『味わう』ための食事でもない。我々はその中間あたりに位置するぼんやりとした暫定的な想いをもって食堂車にやってくるのである。そして食事をとりながら、何処かへと確実に運ばれていく。せつないといえば、かなりせつない。」(村上春樹/安西水丸、『村上朝日堂』、新潮文庫、1992年、86頁) 

村上さんの言い回しをお借りするなら、釈先生と僕の対談は「とりあえず時間をつぶす」ためのおしゃべりでもないし、かといって「ひとつの主題について徹底的に掘り下げる」ためのおしゃべりでもなく、「その中間あたりに位置するぼんやりとした暫定的なアイディア」の交換という風情のものであったかに思います。これが、なかなか悪くない。
この「聖地巡礼」というプロジェクトで僕たちがめざしたとりあえずの目的は霊的感受性を敏感にして「霊的なものの切迫を触覚的に感じること」でありました(そうだったんですよ、企画の説明が遅くなってすみません)。
ものが「霊的なものの切迫」ですから、あまり「ぼけっ」としているわけにもゆかない。かといって眉間にしわを寄せて、奥歯を噛みしめて虚空をはったとにらみつけるというような肩肘張った構えをとるわけにもゆかない。肩の力は抜けている。でも、感覚は研ぎ澄まされている。口は思いつくままにおしゃべりをしているのだが、五感のセンサーの感度は上がっている。これって、「運転しながらおしゃべりしている」ときの状態にちょっと似ていますよね。口ではどうでもいいようなことを話しているんだけれど、五感は路面の状況や風向きや雨に濡れたタイヤのグリップの変化やエンジン音を休みなくモニターしている。
たぶん、そういう「どっちつかず」の「かりそめ感」がわれわれの聖地巡礼という企図にふさわしいものだったのではないかと思います。
移動しているふたりが「とりあえず移動すること」を主務として、そのあいまに思いつくまましゃべった言葉を全部録音して、それを編集して作品に仕上げるということになると、わが国にはかの『水曜どうでしょう』という輝かしい先例があります。移動中のふたりに好き勝手にしゃべらせておいて、それをあとから編集するというこの本の進め方は東京書籍の岡本知之さんからのご提案ですが、もしかすると彼は心ひそかに『水曜どうでしょう』の活字版を構想していたのかも知れません。違うかも知れませんけど。

この本が「変わっている点」のその二。
もう書いてしまいましたけれど、この本は「聖地を歩く」という実践の記録です。もともとは釈先生と僕が神戸女学院大学で「現代霊性論」という授業をしたときに始まります(この講義録はその後同名の書籍となって講談社から出版されました)。その学期の最後に「では、これまで勉強してきたことの実践編として、実際に聖地を歩いてみましょう」と釈先生が提案されました。それは楽しそうだというので、学生たちやその友人家族まで引き連れて、観光バスを仕立てて遠足気分で京都に繰り出すことになりました。
釈先生のご案内で、東寺の立体曼荼羅を拝観し、五重塔にのぼり、三十三間堂で千手観音の見方を教わり、締めは南禅寺で湯豆腐に昼酒というたいへん楽しいイベントでした。
「これ、楽しいですね」ということで、そのあとカルチャーセンターの仕事にからめて今度は奈良の興福寺で二度目の聖地巡礼を行いました。それからしばらくインターバルがあったのですが、凱風館に「巡礼部」が設立されたことで、再び巡礼活動が活性化してきました。
巡礼部というのは、この本の中で、僕たちといっしょに歩いているみなさんです。これは僕が主宰する「武道と哲学研究のための学塾」凱風館の「部活」のひとつです。
凱風館のメインプログラムは合気道と寺子屋ゼミという僕が直接コミットしている二つの活動なのですが、その他に、塾生たちの自主企画による無数のスピンオフ活動が「部活」として行われています。
公認非公認含めてあまりにたくさん部があるので、もう数え切れないくらいです。創設8年目を迎える甲南麻雀連盟をはじめとして、老舗のうな正会、最大派閥のジュリー部、おでん部、フットサル部、昭和歌謡部、不惑会、ス道会、シネマ部、蹴球廃人連盟、ちはやふる部、そしてラテンバンド江弘毅とワンドロップと、名前からだけでは活動内容が知れないものもありますが、このあまたある部活の中でずんと重い存在感を持っているのが「巡礼部」です。
これはサンチャゴ・デ・コンポステラ巡礼を生涯の悲願とする二人の塾生(前田真理さんと青木真兵くんが)が発起人となって始まったクラブです。「聖地巡礼に行きたいね」と遠い眼をして語りあうだけの文系の部活なのかなと思っていたら、いつのまにかこの「聖地巡礼企画」のアクティブな共同企画者となっておりました。この本の中でおしゃべりが盛り上がっているのは、巡礼部のみなさんと一緒だからです。感度のよいオーディエンスがいてくれると、対談のクオリティはぐっと向上します。その点でも、巡礼部のみなさんはこの本の「三人目の著者」と申し上げてよいと思います。みなさん、ありがとうございます。
そのようにして始まった第二次聖地巡礼は、初回が上町台地縦走、次が京都パワースポット巡り、第三回がまほろばの三輪山、第四回が熊野詣でと続きました。本書には第三回までが収録されています。大阪、京都、奈良と関西の三都をめぐったわれわれ巡礼たちがそれぞれの土地での霊的なもののありようについて熱く深く語り合っております。
なお、大阪の上町台地縦走は中沢新一さんの『大阪アースダイバー』に強くインスパイアされた企画です(釈先生はこの「大阪アースダイバー」の「現地ガイド」として中沢さんと多くの行程に同行されたのだから当然といえば当然ですけれど)。この場を借りて「土地と霊性」というアイディアについてこれまで多くのヒントを与えて下さった中沢さんにもお礼を申し上げます。
われわれの聖地巡礼の旅はこのあと長崎に隠れキリシタンの跡をたずね、佐渡に渡って親鸞と世阿弥と佐渡という土地の関連について考え、出羽三山で山伏のみなさんと語らい、恐山では南直哉さんのお導きで異界との境界線に立ってみたいと、さまざまに夢を膨らませています。いずれルルドとかサンチャゴ・デ・コンポステラもぜひこのメンバーで訪れてみたいと思っております。
というふうに、現在進行中の「部活」の記録であるというのが、本書の「変わった点」その二であります。

ほかにも「ちょっと変わったところ」は多々あります。「おお、来ますね」「来ましたか」というように僕と釈先生がパワースポットでの「ざわざわ感」を語り合っておりますが、このような感覚にはもちろんいかなるエビデンスも存在しません。ですから「勝手なこと言ってないで、どこがどう『ざわざわ』するのか、科学的なエビデンスを出せ」というような野暮を言われても困る。
グルメ本で美食家たちが「おお、このソースのまったりとしてそれでいて・・・」というような読者には経験できない感想を交わしているのに向かって「それを食っていないオレにも実感できるエビデンスを出せ。それが出せないなら感想とか言うな」とか凄まないでしょ、ふつう。それと一緒です。美味しいものを食べたときに背筋に戦慄が走るのも、すばらしい音楽を聴いたときに深く癒やされるのも、「霊的切迫」と経験としては変わりません。その外部からの感覚入力がどういう経路を経てある種の身体感覚を生み出すのかその理路を生理学的に述べよとか言われたって、知りませんよ、そんなこと。

「まえがき」が切りなく長くなりそうなので、この辺で「巻き」にしたいと思います。
たぶん「あとがき」では釈先生が聖地巡礼の意味について、宗教学者としてまた聖職者としてのお立場から、きちんとした学術的なご説明をしてくださっていると思いますので、この「まえがき」を読んだだけではさっぱり本の出版意図がわからないという方はそちらをお読み頂けたらと思います。
では。

2013.07.12

私の憲法論

2周刊ほど前に、ある媒体に『私の憲法論』を寄稿した。
いつもの話ではあるけれど、採録しておく。
このときは「参院選の争点は改憲だ」というようなことをメディア関係者は言っていたけれど、私は「アメリカが反対している限り、安倍内閣は改憲の争点化を回避する」と考えていた。
現にそうなっていると思う。
とりあえず、どぞ。
 

日本は戦後六八年間、国家として他国民を誰一人殺さず、また殺されもしなかった。これは、先進国のなかでは極めて例外的である。非戦を貫けたのには戦争の放棄を定めた憲法の理念的な支えがあったからである。戦後日本が「近親者を日本兵に殺された」経験を持つ国民を海外に一人も生み出さずに済んでいるという事実は憲法がもたらした動かしがたい現実である。 
 しかし、自民党は改憲で戦争をできる権利を確保して、集団的自衛権の行使によってアメリカの軍略に奉仕する方向をめざしている。
「現行憲法では国を守れない」というのが改憲の理由の一つであるが、その主張には説得力のある論拠が示されていない。ほんとうに現行憲法のせいで殺された国民、奪われた国土があるというのなら、改憲派にはそれを挙証する義務がある。でも、彼らは「この憲法では国を守れない」と言い募るだけで、「この憲法のせいで国を守れなかった」事実を一つとして挙げていない。
にもかかわらず集団的自衛権の行使に改憲派がこだわるのは、米国の軍略に協力するならば、その返礼として同盟国として信認され、それが日本の国益を最大化することになるという方程式を彼らが信じているからである。親米的でなければ長期政権を保てないという教訓を安倍晋三首相は戦後保守党政治史から学んだのである。
しかし、米国は改憲によって日本がこれまで以上に米軍の活動に協力的になることは歓迎するが、日本が軍事的フリーハンドを持つことには警戒的である。今の日本のような国際感覚に乏しい国が軍事的フリーハンドを手に入れた場合、近隣諸国と無用の軍事的緊張を起こす可能性がある。そうなると、日本そのものがアメリカにとって西太平洋における「リスク・ファクター」と化す。
「改憲後日本」の軍事的協力のもたらすメリットと「改憲後日本」の「リスク化」がもたらすデメリットを考量した場合に、ホワイトハウスが改憲に対してリラクタントな表情を示す可能性は高い。
皮肉なことだが、今の国際関係の文脈では、アメリカが護憲勢力となる可能性があるということである。
現に、安倍首相が二月の訪米でオバマ政権から異例の冷遇を受けたのも、米国の主要メディアから「歴史認識問題で韓国や中国ともめ事を起こすな」と釘を刺されたのも日本に対する「調子に乗るな」というメッセージと理解すべきだと私は思う。
ホワイトハウスはすでに自民党の改憲草案の英訳を読んでおり、その内容のひどさにかなり腹を立てているはずである。
現行憲法はアメリカの信じる民主的な政治のある種の理想をかたちにしたものである。近代市民革命以来の立憲政治の英知を注ぎ込んで制定して、「日本に与えた」つもりの憲法を自民党の改憲草案のような前近代的な内容に後退させることは、民主国家アメリカにしてみると、国是を否定されたことに等しい。だから、改憲によって日本が軍事的フリーハンドを手に入れることには好意的なアメリカ人であっても、草案の内容そのものを支持しているわけではない。改憲草案の退嬰性を歓迎するという心理的文脈は米国内には存在しないであろう。
改憲草案は現行憲法が定めた国のかたちを全面的に変えることをめざしている。本来なら革命を起こして政権を奪取した後にはじめて制定できるような過激な変更である。条文の区々たる改訂ではなく、国のかたちそのものの変更であるからこれはたしかに「革命」と呼ぶべきであろう。だから、私は今の自民党を「保守」政党とはみなさない。きわめて過激な政治的主張を掲げた「革新」政党だと思っている。
改憲草案は現行憲法と何が違うのか。
たとえば現行憲法の二一条は「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保証する」とされているが、改憲草案には「前項の規定に、かかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない」との条件が追加されている。
「公益及び公の秩序」なる概念が、公共の福祉、国民の安寧より上位に置かれているわけだが、この「公益・公の秩序」が何であるか、誰がどのような資格で、何を基準に規定するのかについては何も書かれていない。
このような恣意的なものに基本的人権を抑制する全権を付与することの危険性は何度指摘してもし過ぎるということはない。
この改憲草案には復古主義、偏狭なナショナリズムが伏流しているという批判があるが、私はそれだけではないと思う。改憲草案はグローバル化の推進と国民国家解体のシナリオでもあるからである。
現在のグローバル企業の多くは、株主も経営者も多国籍化しており、生産拠点は人件費の安い国に置き、法人税も税率の低い国に納めて租税回避することが常識化している。その意味で、グローバル企業はもう「○○国の企業」と言うことができなくなっている。
グローバル企業は、資本・商品・情報・人間がいかなる障壁にも妨げられず、超高速で移動する状況を理想とする。だから、グローバル企業にとって最大の妨害者は国民国家だということになる。なぜなら、国民国家は他国との間に無数の障壁を立てることで維持されているからである。国境線、固有の言語、固有の通貨、固有の度量衡、固有の商習慣、固有の生活文化などはいずれもグローバル化を阻む「非関税障壁」として機能している。
しかし、実質的には「無国籍企業」でありながら、グローバル企業は「日本の会社」であるという名乗りを手放さない。あたかも世界市場で韓国や中国等の企業と「経済戦争」を戦っており、日本国民はこれらの企業が国際競争に勝ち残るために「奉仕する義務」があるかのような語り方をする。いやしくも日本国民なら日本を代表する企業の活動を全力で支援すべきではないのか、と。
そういうロジックに基づいて、グローバル企業は国民国家に向かって、法人税を減免せよ、雇用を流動化せよ、規制を緩和せよ、原発を稼働して電力コストを下げよといった一連の要求を行う。「われわれはお国のために戦っているのだ」という幻想をふりまくことで、国民が低賃金に耐え、原発のリスクに耐え、TPPによる第一次産業の壊滅に耐えることを要求している。
それは民間企業がそのコストを国民国家に押し付けているということである。企業がコストを負担すべきことを税金で行うことを要求しているということである。言い換えれば、国富を私財に転換しているということである。
このような怪しげな言説がメディアに流布し、国民がぼんやりとうなずいてしまうのは、「グローバル企業は国民国家の代表として世界で戦っている」というナショナルな幻想が国民の間に深く浸透しているからである。
グローバル化の進行(すなわち国民国家の解体)と、ナショナリズムの亢進(国民の「一蓮托生幻想」の強化)が同時的に、同一の政治的主体によって担われているというパラドクスはこの文脈ではじめて理解可能となる。
改憲草案の「国民国家解体」趨勢のはっきりした徴候は第二二条に見ることができる。
現行憲法の二二条は「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する」というものである。草案はここから「公共の福祉に反しない限り」という限定条件を削除した。
自民党草案で私権の制約条件が削除されたのはこの一カ所だけである。草案があらゆる私権について付している「公益及び河の秩序」による制約も、居住・移動・職業選択の自由についてだけは課されていない。なぜか。それはこの草案が、国境を超えて自由に移動し、転職を繰り返す生き方を「絶対善」だと見なしているからである。それが仮に「公共の福祉」に反することがあっても、「障壁を超えて移動する自由」は擁護されなければならない。それが自民党草案の本音なのである。それは二二条第二項の「全て国民は外国に居住し、又は国籍を離脱する自由を有する」と読み合わせるとはっきりと意味がわかってくる。グローバリストの脱領域的生き方は公共の福祉より上位に置かれなければならない。一見すると復古調の自民党草案の隙間からはこのようなグローバリズム=脱国民国家志向が露出しているのである。
この改憲草案は遠からず二種類の人間たちに日本社会が二極化することを想定している。一方は国民国家の制約を逃れて、ボーダーを越えて自由に世界を行き来するグローバリストたちがいる。この「機動性の高い人々」が日本社会における上層を形成する。他方に圧倒的多数の「機動性の低い人たち」がいる。日本列島から出ることができず、日本語しか話せず、日本に土着したかたちでしか生計を営むことができない人たち、彼らが下層を形成する。
改憲草案は、一方で「上層」のグローバル・エリートたちに国民国家に制約されないフリーハンドを提供し、他方で、「下層」の労働者たちは私権を制限し、国家のために滅私奉公することを義務づける。草案そのもののうちに、来るべき階層社会を先取りした「ダブル・スタンダード」が仕掛けられているのである。
しかし、これはいったいどういう政策なのであろう。世界各地に住む家があり、ビジネスのネットワークがあり、必要とあらば他国の国籍を取ることも厭わないという人たちが日本の国政の舵を取り、国家資源の分配を決定しているのである。日本列島から出ることができない圧倒的多数の人々は「日本列島の外では暮らせない」という理由で「下層民」に類別され、上層民に奉仕することだけを義務づけられている。これはいわば「船が難破したときには上空に待機しているヘリコプターでひとりだけ逃げ出せるように手配済みの手際のよい船長」に船の操舵を任せるようなものである。 
有権者にはぜひ自民党草案を熟読して欲しいと思う。それがどれほどひどいものかは読めばわかる。
日本以外の国で、中学生に社会科のテストで、現行憲法と自民党草案の二つを並べてみせて「どちらが改憲後のものでしょう?」という問いを出したら、100%が現行憲法を「こちらです!」と大声を上げて選ぶはずである。
改憲派の人々のうちに例えばアメリカの中学生たちに向かって「あなたがたの判断は間違っている。あなたがたが『時代遅れの憲法』だとみなしたものこそが実はグローバルスタンダードに合致した新しい憲法なのだ」と説得する自信があるという人がいたらぜひ名乗り出て欲しいと思う。たぶん一人もいないだろう。

関川夏央『昭和三十年代演習』書評

関川さんの新刊『昭和三十年代演習』(岩波書店)の書評をある新聞に寄せた。
お読みでない方が多いと思うので、採録する。


明治生まれの私の父は雪が降ると必ず「降る雪や明治は遠くなりにけり」と小さな声で詠じた。自分の生まれた時代が遠ざかってゆくことへの感懐がどんなものだか子どもの私にはわからなかったが、今は何となくわかる。
関川さんは私と同年である。昭和が遠くなり、そのときの「空気」を知らない人々に戦後の日本社会のさまを説明しなければならないときにしばしば(私同様に)深い徒労感を覚えて、小さな声で「昭和は遠くなりにけり」と嘆じているはずである。
けれども、それに耐えて、関川さんは作家的使命感によって昭和を回想し、証言する心にしみる文章をたくさん書いた。『家族の昭和』『昭和が明るかった頃』『昭和時代回想』など、どれも戦後世代は胸の詰まる思いをせずには読み進められない。
関川さんの回想のきわだった特徴は、主観的印象は(自分の記憶でさえ)軽々には信じないという点にある。私たちは記憶を捏造する。経験したことを忘れ、経験していないことを思い出す。事後的に大きな意味をもつことになった出来事にはリアルタイムでもつよい関心を持っていた(場合によってはコミットしていた)ことになっているし、当時は大事件だったがその後忘れられた事件は、リアルタイムでもまるで興味がなかったという話に作り変えられる。私たちはつねに無意識のうちに記憶の事後操作を行っている。
関川さんはそのように操作される前の、無垢の過去、過去のリアリティに触れようとする。別にそれがすばらしいものだったからではない(変造される記憶の多くは、嫌悪感や苦痛や生理的不快を伴っているがゆえに変造される)。そうではなくて、過去を現時点での価値観や評価に基づいて回想しないこと、過去の出来事をリアルタイムの切実さと息づかいのまま再生することが重要なのだ。現在によって過去を見ることを自制する禁欲に関川さんは作家としての賭け金を置いているのである。私はそのことに敬意を抱く。

2013.07.23

参院選の総括

朝日新聞の本日のオピニオン欄に参院選の総括を寄稿した。
日曜の夜の開票速報を見てから、月曜の朝起きて必死に4000字。
時間がなかったので、掘り下げが浅いけれど、それはご容赦頂きたい。
もう朝日のウェブでも公開されているので、ブログでも公開。


参院選の結果をどう解釈するか、テレビで選挙速報を見ながらずっと考えていた。
最近の選挙速報は午後8時ぴったりに、開票率0%ではやばやと当確が打たれてしまう。角を曲がったところで出合い頭に選挙結果と正面衝突したような感じで、一瞬面食らう。日曜の夜もそんな気分だった。
とりあえず私たちの前には二つの選択肢がある。「簡単な解釈」(これまで起きたことが今度もまた起きた)と「複雑な解釈」(前代未聞のことが起きた)の二つである。
メディアは「こうなることは想定内だった」「既知のことがまた繰り返された」という解釈を採りたがる。それを聴いて、人々はすこし安心する。「明日も『昨日の続き』なのだ」と思えるからである。「うんざりだ」とか「やれやれ」という言葉は表面上の不機嫌とは裏腹に、内心にひそやかな安心を蔵している。「何も新しいことは起きていない」という認知は生物にとっては十分に喜ばしいことだからだ。
だが、システマティックに「やれやれ」的対応を採り続けた場合、私たちは「安心」の代価として、「想定外の事態」に対応できないというリスクを抱え込むことになる。そういう場合に備えて、「私たちは今想定外の局面に突入しており、日本人は(政治家も学者もメディアも含めて)今何が起きつつあるのかをあまりよく理解していない」という仮説を立てる人間が少数ではあれ必要だろうと思う。別に全員が「複雑な解釈」にかまける必要はない。だが、リスクヘッジのためには、少人数でも「みんなが見張っていない方向」に歩哨に立てておく方がいい(それに、どうせボランティアだ)。

今回の参院選の結果の際立った特徴は「自民党の大勝」と「共産党の躍進」である(それに「公明党の堅調」を加えてもいい)。
この3党には共通点がある。
いずれも「綱領的・組織的に統一性の高い政党」だということである。「あるべき国のかたち、とるべき政策」についての揺るがぬ信念(のようなもの)によって政治組織が統御されていて、党内での異論や分裂が抑制されている政党を今回有権者たちは選んだ。私はそう見る。
それは民主党と維新の会を支持しがたい理由としてかつての支持者たちが挙げた言葉が「党内が分裂気味で、綱領的・組織的統一性がない」ことであったこととも平仄が合っている。つまり、今回の参院選について、有権者は「一枚岩」政党を選好したのである。
「当然ではないか」と言う人がいるかもしれないが、これは決して当然の話ではない。議会制民主主義というのは、さまざまな政党政治勢力がそれぞれ異なる主義主張を訴え合い、それをすり合わせて、「落としどころ」に収めるという調整システムのことである。「落としどころ」というのは、言い換えると、全員が同じように不満であるソリューション(結論)のことである。誰も満足しない解を得るためにながながと議論する政体、それが民主制である。
そのような非効率的な政体が歴史の風雪を経て、さしあたり「よりましなもの」とされるにはそれなりの理由がある。近代の歴史は「単一政党の政策を100%実現した政権」よりも「さまざまな政党がいずれも不満顔であるような妥協案を採択してきた政権」の方が大きな災厄をもたらさなかったと教えているからである。知られる限りの粛清や強制収容所はすべて「ある政党の綱領が100%実現された」場合に現実化した。
チャーチルの「民主制は最悪の政治形態である。これまでに試みられてきた他のあらゆる政治形態を除けば」という皮肉な言明を私は「民主制は国を滅ぼす場合でも効率が悪い(それゆえ、効率よく国を滅ぼすことができる他の政体より望ましい)」と控えめに解釈する。政治システムは「よいこと」をてきぱきと進めるためにではなく、むしろ「悪いこと」が手際よく行われないように設計されるべきだという先人の知恵を私は重んじる。だが、この意見に同意してくれる人は現代日本ではきわめて少数であろう。
現に、今回の参院選では「ねじれの解消」という言葉がメディアで執拗に繰り返された。それは「ねじれ」が異常事態であり、それはただちに「解消されるべきである」という予断なしでは成り立たない言葉である。だが、そもそもなぜ衆参二院が存在するかと言えば、それは一度の選挙で「風に乗って」多数派を形成した政党の「暴走」を抑制するためなのである。選挙制度の違う二院が併存し、それぞれが法律の適否について下す判断に「ずれ」があるようにわざわざ仕立てたのは、一党の一時的な決定で国のかたちが大きく変わらないようにするための備えである。言うならば、「ねじれ」は二院制の本質であり、ものごとが簡単に決まらないことこそが二院制の「手柄」なのである。
 その法律が国民生活を守るために絶対に必要なものだと信じているなら、発議した政党は情理を尽くして野党を説き、できる限りの譲歩を行い、取引材料を駆使して、それを可決しようとするだろう。その冗長な合意形成プロセスの過程で、「ほんとうに必要な法律」と「それほどでもない法律」がふるいにかけられる。二院制はそのためのシステムである。だからもし二院間に「ねじれ」があるせいで、与党発議の法律の採決が効率よく進まないことを端的に「よくないことだ」と言う人は二院制そのものが不要だと言っているに等しい。「参院廃止」という、政体の根本にかかわる主張を「ねじれの解消」という価値中立的(に見える)言葉で言い換えるのは、あまり誠実な態度ではあるまい。
 この「ねじれの解消」という文言もまた先の「綱領的・組織的に統一性の高い政党」への有権者の選好と同根のものだと私は思う。現在の自民党は派閥が弱体化し、長老の介入が制度的に阻止され、党内闘争が抑圧された「ねじれのない政党」になっている。公明党、共産党が鉄壁の「一枚岩」の政党であるのはご案内の通りである。おそらく日本人は今「そういうもの」を求めているのである。そして、「百家争鳴」型政党(かつての自民党や、しばらく前の民主党)から「均質的政党」へのこの選好の変化を私は「新しい傾向」だとみなすのである。
では、なぜ日本人はそのような統一性の高い組織体に魅力を感じるようになったのか。それは人々が「スピード」と「効率」と「コストパフォーマンス」を政治に過剰に求めるようになったからだ、というのが私の仮説である。
採択された政策が適切であったかどうかはかなり時間が経たないとわからないが、法律が採決されるまでの時間は今ここで数値的に計測可能である。だから、人々は未来における国益の達成を待つよりも、今ここで可視化された「決断の速さ」の方に高い政治的価値を置くようになったのである。「決められる政治」とか「スピード感」とか「効率化」という、政策の内容と無関係の語が政治過程でのメリットとして語られるようになったのは私の知る限りこの数年のことである。そして、今回の参院選の結果は、このような有権者の時間意識の変化をはっきりと映し出している。
私はこの時間意識の変化を経済のグローバル化が政治過程に浸入してきたことの必然的帰結だと考えている。政治過程に企業経営と同じ感覚が持ち込まれたのである。
国民国家はおよそ孫子までの3代、「寿命百年」の生物を基準としておのれのふるまいの適否を判断する。「国家百年の計」とはそのことである。一方、株式会社の平均寿命ははるかに短い。今ある会社で20年後に存在するものがいくつあるかは、すでに私たちの想像の埒外である。だが、経営者はその短命生物の寿命を基準にして企業活動の適否を判断する。
「短期的には持ち出しだが、長期的に見れば孫子の代に見返りがある」という政策は、国民国家にとっては十分な適切性を持っているが、株式会社にとってはそうではない。企業活動は今期赤字を出せば、株価が下がって、資金繰りに窮して、倒産のリスクに直面するという持ち時間制限のきびしいゲームである。「100年後には大きな利益をもたらす可能性があるが、それまでは持ち出し」というプロジェクトに投資するビジネスマンはどこにもいない。
学術研究でも話は変わらない。「すぐには結果を出せないが、長期的には『大化け』する可能性があるプロジェクト」には今は科学研究費補助金もおりないし、外部資金も手当てがつかない。研究への投資を回収するまでのデッドラインが民間企業並みに短くなったのである。
その「短期決戦」「短命生物」型の時間感覚が政治過程にも入り込んできたというのが私の見立てである。
短期的には持ち出しだが100年後にその成果を孫子が享受できる(かも知れない)というような政策には今政治家は誰も興味を示さない。
原発の放射性廃棄物の処理コストがどれくらいかかるか試算は不能だが、それを支払うのは「孫子の代」なので、それについては考えない。年金制度は遠からず破綻するが、それで困るのは「孫子の代」なので、それについては考えない。TPPで農業が壊滅すると食糧調達と食文化の維持は困難になるが、それで苦しむのは「孫子の代」なので、それについては考えない。
目先の金がなにより大事なのだ。
「経済最優先」と参院選では候補者たちは誰もがそう言い立てたが、それは平たく言えば「未来の豊かさより、今の金」ということである。今ここで干上がったら、未来もくそもないというやぶれかぶれの本音である。
だが、日本人が未来の見通しについてここまでシニカルになったのは歴史上はじめてのことである。
それがグローバル化して、過剰に流動的になった世界がその住人に求める適応の形態である以上、日本人だけが未来に対してシニカルになっているわけではないにしても、その「病識」があまりに足りないことに私は懸念を抱くのである。
古人はこのような未来を軽んじる時間意識のありようを「朝三暮四」と呼んだ。
私たちが忘れてはならないのは、「朝三暮四」の決定に際して、猿たちは一斉に、即答した、ということである。
政策決定プロセスがスピーディーで一枚岩であることは、それが正しい解を導くことと論理的につながりがないということを荘子は教えている。

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