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2013年01月 アーカイブ

2013.01.12

就活についてのインタビュー

朝日新聞デジタルというところからインタビューを受けた。
お題は「就活」。
「就活なんか、するな。卒業するまでは大学生として大学での活動に全力を尽くし、卒業してから、その先のことは考えなさい」というのが私の年来の主張である。
今していることをおざなりにして「ここではない場所で、あなたではない他の人たちとする仕事」に前のめりになっているような人間をあなたは重用する気になるか。
私はならない。
そんな人間はどこにいっても使い物にならないということを経験的に知っているからである。
でも、同意してくれる人はきわめて少ない。
マスメディア上では「ゼロ」である。
珍しく朝日新聞(ただしWEB版)からこの件でお座敷がかかった。
でも、それは「息子が内田樹の書いたものを読んで『就活をやめる』と言い出したので、ちょっと腹を立てた母親」がインタビュアーという、ちょっと不思議な趣向のものであった。
インタビュアーの渡部さんは最初のうち、「警戒心」と「好奇心」の中間くらいのところで質問をしてきたが、そのうちだんだん深くうなずきだした。
母親の直観は「いまの就活には何か人間の生きる力を損なうものが含まれている」ということを理解しているのだと思う。
そのインタビューの一部を採録する。

実は、筆者の次男は大学3年生。1ヵ月半前のこと、彼は突然、夫と私に言いました。「僕は就活しない。休学する」と。えっ、どうして!? 「もっと本も読みたいし」。何を? 「内田樹」――。息子の心の変化に迫り、あわよくば休学阻止をねらって、息子が私淑する武道家で思想家の内田樹さんにインタビューを敢行。さて、その結果は?

――息子の休学宣言には困惑しましたが、取材を進めていくと、いま、就活をしない学生が少しずつ増えていることが分かってきました

もう10年くらい前からの傾向です。何十社、何百社にエントリーし、勝ち抜いた者が成功者で、負けた者は二十歳少し過ぎたところで人生の敗残者、というような競争にさらされてきた先行世代を見て、揺り戻しが来ている。そんな競争に勝ち残ってもたいして明るい未来が開けるわけでもない。こんなやり方がいつまでも続くはずがないと直感しているんです。
就活をしない若者たちは、概して無欲です。車やバイクも洋服もいらない。海外旅行もしない。ミシュランの星つきフレンチで高いワインを飲みたいとも別に思わない。
いま、センスのいい若者で、バリバリ上昇志向っていう人はほとんど見かけませんね。大学院に行ったり、仲間と起業したり、ボランティア活動に携わったり、農業をやったり。昔のようにイデオロギーや宗教に凝り固まるわけでもなく、ナチュラルに、でも、堅実に生きているように見えます。

――でも、大多数は就活に必死で取り組み、親も社会もそれを後押ししています

だから、ますます若者が苦しい立場になっていくんです。
いまの就活は、とにかく狭い市場に学生を押し込もうとする。当然、買い手市場になり、採用する企業はわずかなポストに群がる求職者たちの中から、能力が高く賃金の安い労働者をよりどりみどりで選べる。『キミの代わりはいくらでもいる』という言葉を採用する側が言える。
これが一番効くんです。
でも、本当は、若者の手助けを求めている職場はいくらでもあるんです。中小企業もうそうですし、農業林業漁業のような第一次産業、武道でも能楽でも伝統文化も継承者を求めている。
でも、そういう無数の就職機会があることを就職情報産業は開示しない。そして従業員1000人以上の一部上場企業に就職しないと敗残者であるかのような幻想をふりまいている。
大学を卒業したら、スーツを着て毎日満員電車で出勤して、朝から晩まで働く以外に仕事はないと教え込んでいる。

――何だか、わが子が大きな罠に絡め取られていくようです

就活は、能力が高くて安い賃金で働く若年労働者を大量に備給して欲しい経済界の要請により、経済産業省や文部科学省と就職情報産業が共謀して作り出した仕組みです。
大量の学生たちを希少な就職機会に押し込むから、倍率ははね上がる。何十社も採用試験に落ち続けた学生たちは自尊感情を損なわれ、自己評価が下がり、最後は『どんな条件でも働きます』と採用側にすがりつくようになる。
文科省と経産省が仕掛けている『グローバル人材育成戦略』を読むと、気分が滅入ってきます。グローバル人材というのは、要するに英語ができて、タフなネゴシエーションができて、辞令1本で翌日から海外に赴任できるような人間のことだと言われています。
でも、辞令1本で翌日から海外勤務ができる人間って、要するに『その人がいなくなると困る』という人が周りにひとりもいない人間のことですよね。その人を頼りにしている家族も友人もいない、地域社会でも誰からも当てにされていない。I cannot live without you と言ってくれる人がひとりもいない人間になるために努力をしろというのが『グローバル人材育成戦略』なんです。

――いいえ、子どもには、社会から必要とされる人間になれと言ってきました

そうでしょう。それが親として当然のことです。
でも、政府も企業も若者たちの市民的成熟や個人的な幸福には何の関心もない。
彼らが求めているのはいくらでも替えの効く、使い捨て可能の『人材』なんです。
政治家もビジネスマンもメディアも『国際競争力を高めなければ日本は生き残れない』と盛んに言い立てますけれど、彼らが言っている『国際競争』というのは平たく言えばコストカットのことなんです。
中国や韓国やインドとの競争というのは要するにコスト削減競争のことなんです。同じ品質の製品をどれだけ安く製造できるかを競っている。その競争での最大の障害になっているのが日本の人件費の高さです。これを切り下げないと世界市場では戦えない。そういう話になっている。
今、大学生が多すぎる、大学数を減らせという話が出ていますが、低学歴・低学力の若者たちを作り出していったいどうするのかと言うと、低賃金の労働力がほしいからです。
たしかに国内の人件費を中国やインドネシアなみにまで切り下げられれば企業は海外に生産拠点を移す必要がなくなる。国際競争に勝つためには日本の労働者の賃金を下げるというのがいちばん簡単なんです。すでに低賃金化は深刻になっています。
先日ゼミの卒業生が僕のところに相談に来たんですが、ある生命保険会社の正社員なのに、手取りが10万円台半ば。営業用のDMの切手代もバレンタインのチョコ代も自分持ち。それどころかデスクのパソコンのリース料2万5千円も月給から天引きされていました。営業成績は同期でトップなのに、二年目の夏のボーナスが7万円。あまりに気の毒なので、転職を勧めました。

――ああ、あまりにも若者が気の毒で、これからどうしたらいいですか?

だから、僕は若者に、不安に駆られて、やみくもに就活に走り回るのは止めなさいと言っています。
就活する人が少なくなれば、雇用する側はそれなりの処遇を約束しなければならない。就活する学生が多いほど雇用条件は下がり、減れば雇用条件は上がる。
言っておかなければならないのは、学生の不安をあおっている元凶のひとつが保護者だということです。
とくに母親。
母親は自分の子どもが『弱い』生き物だと思っている。これは懐妊し、出産し、育児してきたことの実感ですから、否定しようがない。
母親は子どもが『他の子どもと同じようなものであること』ことを本能的に願う。子どもが悪目立ちすることを恐れる。だから、他の学生たちが就活していれば、自分の子どもにも就活して欲しいと思う。みんなが大企業狙いなら、自分の子どもにも『お願いだから、大企業に就職して』とすがりつく。
たしかに多くの場合に『群れと行動を共にする』というのは安全な生存戦略です。
でも、ときには群れそのものがリスクの高いふるまいをするということもある。群れから離れた方が生き延びる確率が高いということもある。
いまの就活という集団行動はあきらかに集団の成員たちひとりひとりの生命力を損なっています。浮き足立って自分を見失っている。
あなたの息子さんが、休学して少し考えたいというのは、危険から身を守ろうとする生物としてごく自然な感覚だと思います。
21歳や22歳で人生を決める必要はありません。焦るな、不安がるな、自分を安売りするな、そうお伝えください。

――はい、休学もいいです…(涙)。ところで内田さんご自身の就職活動はいかがでしたか?

僕は就活なんてしてません。僕の学生時代は学生運動のさなかでしたから、みんな長髪で、ヘルメットをかぶって、棒を振り回していた。そう言っていた連中が4年生になったら急に髪を刈って七三分けにして、スーツ姿で就職活動を始めた。
『お前ら、革命はどうしたんだよ』って思うじゃないですか。
仮にも革命性があるとかないとかいう理由で他の学生を罵倒したり、殴ったりしてきた連中が、『やはり東大卒の肩書きは活用しないと』と言って『ウチダも、もっと大人になれ』なんて説教してくるわけですから、僕だって怒りますよ。
僕は我慢ということができない人間なので、卒業するまで髪はずっとライオンみたいに伸ばしたままで、汚れたジーンズにアーミージャケットという格好で過ごしました。
そのまま卒業即ルンペン。2年間は“プータロー”でした。
でも、翻訳の下訳したり、ラジオドラマの台本書いたり、家庭教師をしたり、友だちが持ち込む仕事だけでけっこう愉快に過ごしていました。
大学の助手に採用されて毎月給料がもらえるようになったのは32歳でしたから、他の人たちより10年遅れの就職でした。

――10年かけて天職を見つけられたわけですね。最後に若者にメッセージを

皆さんは就職を考え始めた、『自分に何が向いているのか』『自分は何がしたいのか』と考えたと思います。
でも、それが大間違い。
自分がどんな仕事に適性があるかなんて、誰にも分からないからです。
適性というのはやってみて、あとからわかる。
僕が無職で、頼まれ仕事だけで暮していた頃に気づいたことがあります。それは僕に仕事を頼んでくる人の方が僕の能力や適性について僕以上によくわかっているということ。向こうは僕にならそれができると思うから頼んでくるわけです。
だから、頼まれた仕事は何でもやりました。経験のないことでも二つ返事でやりました。
他者に呼ばれること、calling には『天職』という意味もあります。自分のすべき仕事は自分でみつけるのではありません。仕事の方が呼びに来るのです。もしあなたを呼んでいる声がまだ聞こえないのであれば、とりあえず『猫の手も借りたいくらいに人手を求めています』という現場を探して、そこで働いてみてください。とりあえず呼び声が聞こえない就活生は全員被災地のボランティアに行けばいいんじゃないですか。

2013.01.16

体罰と処分について

大阪市立桜宮高校バスケットボール部主将の男子生徒が顧問の男性教諭の体罰を受けた翌日に自殺した問題で、橋下徹市長は15日に記者会見を開き、「(男子生徒が所属していた)体育科は生徒の受け入れ態勢ができていない」として、今春の体育科とスポーツ健康科学科の入試を止めるべきだと市教委に伝えたことを明らかにした。
入試を変更する権限は市教委にあり、長谷川恵一委員長は「非常に大きな問題であり、今すぐには受け入れがたい」と、21日に改めて判断する考えを示した。
橋下市長は午後4時から約3時間20分にわたり市教育委員と意見交換。その後、長谷川委員長らと共同で記者会見し、再発防止策を発表した。その中で市長は、桜宮高の体育科は「指導において体罰が黙認され、歯止めがかけられない状態」と指摘。「いったん入試は止めてもらって、実態解明をする」「そのまま入試をすれば大阪の恥」として、体育系2学科の入試中止を強く市教委に求めた。ただし「入試が迫っているので混乱を最小限にとどめる」ため、体育科とスポーツ健康科学科の計120人を普通科の定員へ振り替えることを提案したという。
体育科とスポーツ健康科学科の入試は、2月20日に学力検査と運動能力検査、21日に運動技能検査が予定されている。(朝日新聞1月16日)

市長は「廃校も検討」とまで踏み込んだ発言をしているが、二学科の入試が中止になるかどうか、まだわからない。
この時期における入試の変更は受験生への影響が大きい。
おそらく市長の指示通りにはならないだろうと私は予想している。
「あんな学校は廃校しろ」というような声が市民から澎湃として湧き出てくるとも思わない。
当然だろう。
「不適切な指導の結果、生徒が自殺したら生徒在籍の学科は入試中止、場合によっては学校そのものを廃校とする」ということが行政の判断として適切であるということになれば、そのロジックに基づいて、「いじめ」や「体罰」で自殺者を出した学校はことごとく廃校候補になるからである。
もちろん、それでも構わないという人もいるだろう。
そのせいで、日本の学校が三分の一に減っても構わないという人もいるだろう。
それでも構わないという人は、どういう「大義」に基づいてそう考えているのだろうか。
「生徒の人権保護はあらゆることに優先する」ということなのだろうか。
なるほど。人権主義の立場からそうおっしゃっているわけだ。
では、そういう人にお訊きしたい。
そのルールを敷衍すると、「上司の不適切な管理の結果、部下が自殺したら、そのものが在籍した組織は活動停止、場合によっては廃業」ということがコロラリーとして導かれる。
違うだろうか。
生徒が不適切な教育指導の結果自殺するのは学校の失態だというロジックが成り立つなら、社員が不適切な業務指導の結果自殺するのは組織の失態だということになる。
そうでなければ話の筋目が通るまい。
だが、自殺者を出した企業に対して行政がきびしい訓告を与え、場合によっては営業停止や廃業を示唆したという前例のあることを私は知らない。
そんなのは行政の仕事ではないと思っているからだろう。
大阪府でも大阪市でも公務員の自殺者はあった。だが、それについて府知事や市長が市民に陳謝し、辞表を出したという前例のあることを私は知らない。
社員や役人が自殺するのはあくまで「自己責任」であり、「組織の失態」ではない。
たぶんそういうことなのだろう。
「ひとりの人間の命は地球より重い」という黄金律は汎用性があるわけではないということである。
「命が重い場所」があり、「命が軽い場所」がある。
市立高校は「命が重い場所」で、企業や役所は「命が軽い場所」である、と。
命の重力が場所によって違うというのは、あるいはほんとうなのかも知れない。
では、いったいどういう基準でそれは分別されているのだろうか。
誰かその基準をご存じだろうか。
自殺が「組織の失態」とされる場所と「自己責任」として放置されるかの分岐線はどこに引かれるのだろう。
私はそれを知りたい。
「教育機関は営利企業や役所とは別だ」ということなのだろうか。
教育機関には一般企業より厳しいルールが適用されて当然だということなのだろうか。
ほんとうにそうなのか。
少し前に、大阪府下の大学で、学生が同じ大学の学生を殺して埋めるという事件があった。
その大学に対して、どのような行政的な処分がなされたのか、私は知らない。
募集停止や廃校勧告がなされたという話は聞いていない。
大阪の国立大学でも、在学生が殺人事件を起こしたことがあった。
このときも学長以下の謝罪記者会見はあったが、「組織的失態」の責任を問うて、在学していた学科の廃止や大学廃校を論じたものはいなかった。
刑事上の重罪を犯す構成員がいることは「組織的失態」としては重く問わないというのが日本の教育機関についてはどうやら「常識」のようである。
良いか悪いかは別にして、これまでは、そういうことになっている。殺人については、教育機関にその組織的瑕疵を問わない、と。
今回は、自殺した生徒が出たことが教育機関としてきわめて不適切であるとされている。
その判断に基づいて、入試中止や廃校、さらには教育委員会の改組や、政治家の教育行政への関与の必要性など、「学校内で殺人事件があったときも議論にならなかったトピック」が論じられている。
それほどまでに常軌を逸した大罪がなされたという話になっている。
この判断は適切なのであろうか。
今回事件を起こした教員の行為がどこまで重い罪を問われるべきか、軽々には判断することができない。
現に、この教員がスポーツ指導ではなやかな実績を上げていた限りでは、その体罰行為は同僚のみならず生徒や保護者を含む関係者から黙認されてきていたからである。
同じような体罰をいまも日常的に繰り返しているスポーツ指導者は日本中に何千人何万人といる。
市長自身、この事件が起きるまでは学校における体罰を支持する立場を明らかにしていたし、政治的同志である石原慎太郎は人も知る「体罰有用論者」である。
「自分は潔白であると思う人間だけが石もて打て」という条件を課した場合、「この教員は社会通念を逸脱しており、許しがたい大罪を犯した」という批判をほとんどの人は口にする権利がないだろう。
誤解して欲しくないが、私はこの教員を擁護しているのではない。
体罰によって、あるいは心理的な抑圧によって短期的に心身を追い込んで「ブレークスルー」をもたらすというのは頭の悪いスポーツ指導者の常套手段であり、その有効性を信じている人間が日本には何十万人もおり、私はそういう人間が嫌いである。
ほとんど憎んでいる。
けれども、それでも、この教員「だけ」が、この教員のいる学校「だけ」が、この教員の在籍している自治体の教育機関「だけ」が政治的処罰の対象になるという事実に対しては「それはフェアではない」と言わざるを得ない。
そのような教員を野放しにしてきた人々、それをむしろ支援してきたような人々がここを先途と「処罰する側」に回って、ひとを罵倒しているさまを形容するのに「アンフェア」という言葉はあまりに穏やかすぎる。
この「組織的失態」をレバレッジにして、市長は教育行政に対する自己の支配力をさらに強化することをめざしている。
この生徒の自殺は、政治的水準では、教育現場への強権的干渉を正当化する「千載一遇の好機」として功利的に活用されようとしている。
「ひとの痛み弱みを功利的に利用して成果を上げる」技術の有効性を信じているという点で、この人々は私の眼には重なって見える。
私たちが批評的に対象化すべきなのは「処罰の恐怖のもとで人間はその限界を超えて、オーバーアチーブを達成する」という人間観そのものだと私は思う。


2013.01.23

裁判員制度の「成功」について

寺子屋ゼミでは前田さんの「裁判員制度」についての発表。
この制度の趣旨は理解可能なのだが、いったいどういう歴史的文脈の中で策定されたものなのか、ほんとうのところいったい「何を」実現しようとしているのか、そこがよくわからないと発表者は言う。
たいへんな手間暇とコストをかけた制度改革であるし、裁判員に選任された市民たちの負担も軽いものではない。そうである以上「こんな『いいこと』がある」あるいは「こんな『悪いこと』が除去される」というメリットの開示があってよいはずである。
それが、ない。
私自身もこの制度の議論ははじめのころから追ってきているが、「裁判員制度が始まると、司法はもっと身近になります」(法務省HP)以上の「よいこと」を示された記憶がない。
司法が市民の身近になるのはよいことである。
司法判断と市民感情のあいだの乖離はできるだけ少ない方がいい。
それに反対する人はいない。
でも、それは「これだけのコスト」に見合う成果なのか?
いつも口うるさく「効率」とか「費用対効果」とかいう官庁がどうしてこれほどわずかの「いいこと」のために、司法制度の基礎部分に手をつける気になったのか。
法務省はほんとうに「司法制度はこのままではダメになる」と思っていたのだろうか。
裁判員制度は、法科大学院や検察審査会と同じく、80年代からの行政改革の中に位置づけられる。
97年、橋本内閣の行政改革会議の最終報告でははっきりと「事前チェック・調整型社会から事後監視・救済型社会への転換を図るために」司法制度改革の必要性が指摘された。
90年代に大学改革にかかわった人間にはおなじみのフレーズである。
官庁が事前規制し、調整するいわゆる「親方日の丸・護送船団方式」から「規制緩和・事後チェック」への制度改革があらゆる領域で進められた。
今にして思うと、どうしてあれほどヒステリックに「事前審査から事後チェックへ」のシステム変換が求められたのか、その理由がよくわからない。
それまでの行政制度に「行き詰まり感」があったのは事実である。
もっと自由に、もっとフレキシブルに制度が動かせる方がいい。そうしないと「急速なグローバル化」に対応できないという言い分も、それだけ聞くとごく常識的である。
反対するいわれはない。

だが、それからの20年の経緯を私はとりあえず大学制度については「砂かぶり」で拝見していた。
大学の設置基準を緩和し、さまざまなプレイヤーが高等教育に参入できる門戸を開き、自由な競争をさせる。そうすれば、その中でもっとも効率よく、質の高い教育機関だけが生き残り、あとは「市場が淘汰する」という「適者生存説」が唱えられた。
大学の場合は「18歳人口の急減」と「大学急増」という二つのことが同時に起きたわけで、大学教職員たちの最優先課題は「どうやって市場の淘汰に耐えて生き残るか?」ということになり、研究教育は「どういう研究教育をすれば市場に好感されるか?」という問いの枠組の中で、つまり「商品開発やマーケティング」の用語で語られる副次的事案になった。
その結果日本の大学は「失われた20年」を経験することになったのである。
この間に「市場の淘汰圧」はもっぱら日本の学術レベルを引き下げることにしか働かなかった。
たしかに、「市場に選別されて生き残った大学」はある。
けれども、それは「学術的に高いアクティヴィティを発揮している大学」と同義ではない。
例えば、金を払えば学位だけ出す、いわゆる「degree mill」は学術的価値はゼロだが、市場からのニーズはある。教育コンテンツ・教育システムを規格化・標準化した「コンビニ大学」は格安授業料を実現できるから学士号を「教育投資」というタームで考える保護者はそういう大学を選好するだろう。
だが、それらは学術とも知性とも何の関係もない次元の出来事である。
とりあえず20年にわたる教育改革は、誰が読むのかわからない膨大なペーパーワークと、なぜあるのかわからない無数の委員会を作り出すことには成功した。
だが、それを相殺してあまりあるほどのどんな「よいこと」があったのか、私には思いつかない。

司法制度改革もまた同じ「外からのグローバル化圧・内からの市場淘汰圧にさらすことによる制度の改善と強化」という期待の文脈のうちに提案された。
だとすれば、結果も大学改革とあまり変わらないはずである。
司法制度改革審議会ではとりあえず「制度改革をする」ということについてだけは委員たちは合意した。
だが、英米型の陪審制度を導入するか、大陸型の参審制度を導入するかでは、意見がわかれた。
議論が膠着するなかで、あるヒアリングで「裁判員」という言葉が口にされた。
陪審制でも参審制でもないでもない「折衷」案である。
市民の評決参加に反対していた最高裁の抵抗がこれですこし軟化した。
2001年の1月のことである。
その5ヶ月後に、審議会は司法制度改革の答申を出している。
誰かが、あるいはある集団が、積極的に「これは素晴らしい制度である」と訴えて、情理を尽くして委員を説いて回り、粘り強く合意をとりつけて策定された制度ではない。
まあ、ナカとって、この辺ですかね・・・という「例のアレ」で決まった話なのである。
つまり、この制度改革には「ヴィジョンを持った提案者」がいないということである。
「ヴィジョンを持った提案者」がいないということは、それを是が非でも成功させねばならないというつよい使命感を持っている人間がいないということである。それが失敗したときに「すべては私の責任である」と思う人間がいないということである。
さいわい、裁判員制度ではまだそれほどの失敗は報告されていない。
どういう「いいこと」があるのか、よくわからないという程度で済んでいる。
ということは90年代以降の制度改革のうちでは、もしかすると「大成功」の部類に数えていいのかも知れない。

同じ文脈の中で2004年から始められた法科大学院制度はすでに破綻を来している。
全国20~30校程度を予定していたが、現実には74校が名乗りを上げ、いきなり供給過剰となった。合格率(5年間に3回受験した場合の累積合格率)も70~80%を予定していたが、現実には20~30%。さらに合格者は名門校に集中し、合格率の低いところは続々と定員割れを起こし、第三者機関から「不適切」の査定を受けた大学院も2010年度で22校に及んだ。2011年には入学者ゼロのために姫路獨協大学の法科大学院が廃校になったが、いずれ適正規模になるまで法科大学院の廃校の流れは止らないだろう。
ずさんな制度設計の結果、高額の授業料(私学だと、卒業時まで1000万に達する場合がある)を払った末に、30歳で無業者となる人々を量産するこの制度改革について、「私が悪かった」と言って陳謝した人のいることを私は知らない。

検察審査会は「訴訟の権限を独占していた検察官から市民が権利を取り戻す」という「いいこと」があるはずだったが、陸山会事件で明らかになったように、判断基準があいまいであり、「民意」という得体のしれないものが司法を混乱させている。これを「すばらしい制度だ」と評価する声を私自身は誰からも聞いたことがない。

私が知っているのは司法制度改革のこれらごく一部についてに過ぎない。
でも、それでもこの制度改革がほとんど「いいこと」をもたらさなかったらしいことは推定できる。
いったい、これらの改革は何を実現しようとしていたのか?
その所期の目的のうちの何が実現されて、何が実現できなかったのか?
それについて責任ある回答をする人が見当たらない。
「とりあえず始めてみて、うまくゆかなかったら、そのときに緻密に成否の経緯を吟味して、誤りを正し、うまくいった点を強化してゆく」というのが「事後チェック」ということの趣旨ではなかったのか。
お訊きしたいのは、その場合、「事後チェック・救済型社会」モデル導入の成否についての「事後チェックと救済」は誰が行うことになっていたのかということである。
もしかして、このときの制度改革論者たちは、自分が導入した「事後チェック・システム」の成否についての事後チェック・システムを何も講じないままに、制度を導入したのだろうか・・・


2013.01.24

「14歳の子を持つ親たちへ」韓国語版への序文


みなさん、こんにちは。内田樹です。
『14歳の子を持つ親たちへ』の韓国語版が出ることになりました。
これで、『下流志向』、『街場の教育論』、『先生はえらい』、『若者よマルクスを読もう』、『私家版・ユダヤ文化論』、『日本辺境論』、『寝ながら学べる構造主義』に続いて、僕の本の8冊目の韓国語訳ということになります。短期間にこれだけ集中的にひとりの外国人の著述家の本が韓国語に訳されるというのは、かなり珍しい現象ではないかと思います。
訳されたのは僕が書いた本のうち、「学校教育にかかわる書物」と「ヨーロッパの哲学にかかわる書物」の2ジャンルに属するものです(『日本辺境論』だけがこの二つのカテゴリーのどちらにも入りません)。
それはたぶん「学校教育への市場原理の導入に対して批判的なテクスト」と「西欧哲学をわかりやすく解説するテクスト」の二種類のものが、韓国においては「ニーズがある」ということを意味しているのだと思います。「ニーズがある」と言ってもいいし、「サプライがない」と言ってもいい。たぶん、そこに韓国と日本の言説状況の「ずれ」があるのだと思います。序文として、すこしだけその「ずれ」について私見を述べておきたいと思います。

「学校教育への市場原理の導入に対して批判的なテクスト」と「西欧哲学をわかりやすく解説するテクスト」は扱っている主題もアプローチもずいぶん違いますけれど、共通する点があります。それは「そういうことを書くのは主として西欧哲学の専門家である大学の先生である」ということです。
「学校教育をいかに市場から守るか?」という問いに日頃から思い悩み、それと同時に「自分が専門的な知識を持っている哲学の『読み方』と『使い方』を、できるだけ多くの非専門家に伝えるにはどうすればいいか」をつねづね工夫している大学の教師がいれば、たぶん僕が書いているような書物を書くはずです。そして、そういう先生が一定数いれば、「サプライは足りている」わけで、何も日本人の書いた本を手間暇かけて韓国語訳することはありません。ということは、どうやら今の韓国の言説状況においては、「そういう人」が足りていないらしい。
僕はそんなふうに推論します。とりあえず、そのような仮説を立てた上で話を進めさせて頂きます。

「学校教育をどうやって市場原理から守るか」というのは、どうやら今の韓国ではあまり「人気のある主題」ではない。これはたぶん間違っていないと思います。それは「学校教育は市場原理に従属すべきだ」と思っている人が韓国のメディアではたぶんその反対の立場の人たちよりもつよい影響力を持っているということです。
僕が使っている「市場原理」というのは「学校とは子どもたちに市場から要求される知識や技術やふるまい方を教えるところだ」という考え方のことです。
英語を使える人がたくさん欲しいという社会的要請があるなら、学校では英語を集中的に教えるべきである、コンピュータの知識が必要ならコンピュータを教えるべきである、金融の知識が必要なら金融工学を教えるべきである、介護技術が必要なら介護技術を教えるべきである・・・などなど。それだけ聞くとなかなか合理的に聞こえますけれど、この「市場の要請」はあくまで「市場の要請」であって、学校で学ぶ子どもたちの都合のことは配慮していません。例えばアメリカが没落して、軍事的にも経済的にも覇権を失い、中国が超大国になった場合に「北京官話ができる人がたくさん欲しい」という社会的需要が出てきたら、どうなるでしょう。「英語使いはもう不要」ということになる。学校で英語習得のために必死に努力してきたあげくに「あ、もう要りません」と言われた子どもたちはどうすればいいのか。それに対しては何の支援も言い訳も用意されていません。
別に僕は極端な話をしているわけではありません。日本の大学で1960年代から70年代にかけて理科系でいちばん履修者の多かった第二外国語はロシア語でした。当時、ロシアは宇宙開発でも軍事研究でもアメリカと競争関係にあり、分野によってはアメリカをリードしていました。ですから、最新の科学的知見にアクセスしたいと願っている理系の学生たちは進んでロシア語を学んだのです。その後のソ連の没落によって理系のロシア語履修者は激減しました。たぶん今は限りなくゼロに近いでしょう。
原子力工学も金融工学もそうでした。市場のニーズがあるときはどの大学でも飛ぶ鳥落とす勢いの看板学科でしたが、どちらももう昔日の栄光の影はありません。
そういうものです。ニーズに合わせて教育プログラムをそのつど作り替えてゆくことを市場は学校に要求します。会社の経営者ならそう考えて当然です(僕だって会社の経営者ならそう要求します)。そうすれば、企業が自力で専門家を養成するときにかかるコストを「外部化」できるんですから。そのつど必要な専門的知識を教育するコストを大学に外部化すれば、企業はその分だけ収益を増やすことができる。
企業側からすれば合理的な要求ですけれど、僕は、そういうしかたで学校が市場に従属することには反対です。学校は自律的に教育プログラムをコントロールし、卒業生たちがさまざまな危難に遭遇しても、それを切り抜け、末永く幸福で充実した人生が送れるように、汎用性の高い「生きる力」を身に付けされるところだと思っています。「とりあえず市場が必要とする」知識や技術をオン・デマンドで送り出すファクトリーではありません。
でも、僕のように考える人は日本の教師たちの中にも決して多くはありません。僕は日本でもかなり孤立した立場にいますが、韓国ではもっと孤立しているでしょう。でも、そういう少数の孤立した人たちが僕の本を読んでくれている。そして、「韓国でも日本でも、教育が直面している危機の構造は同じだ」と知って、ちょっとだけほっとしている。同じ危機感を持ち、解決のための方途を探っている人の数は一人でも多い方がいいから。そういうことではないかと思います。
もう一つの僕の仮説は「哲学の『読み方』と『使い方』をできるだけ多くの非専門家に伝える」仕事を引き受けようという人が韓国の知識人の中にはあまりいないというものです。
僕は韓国の大学の実情をほとんど知らないので、これは当て推量ですけれど、こういう「専門家と一般読者の間の架橋をする人」、「二つの界域に同時に共属するもの=トリックスター」的知識人が韓国社会ではあまり高い威信を得られないのではないかと僕は想像しています。もちろん、日本でも事情はそれほど変わりません。トリックスター型の学者には学問的な威信は認められませんし、専門家からはしばしばあらわに侮られます。でも、「そういう仕事を誰かがやらなければいけない」ということがわかっている編集者や読者は少なからずいます。そういう環境があるから、僕のような中途半端な学者でも生きてこられたわけです。
前に聞いた話ですけれど、韓国の大学の先生たちは最近は国内学会でも英語で発表や質疑応答をされるそうですね。グローバルスタンダードが英語なんだから、「世界に向けて発信」するためには英語が公用語で当然だという考え方なんでしょうけれど、それは英語がよくわからない同国民に対していささか敬意を欠いた態度ではないかと僕は思います。
「英語ができる人」は「英語ができない人」のためにその能力を使うべきであって、「英語ができる人」たちだけの閉じられた知的交換の場を設けるというのは、ことの筋目が違うんじゃないかと僕は思います。
専門的知識があるというのは「目がいい」とか「鼻がきく」とか「力持ちである」とかと同じようなたぐいの能力です。「目がいい人」は遠くに見えるものを見えない人に教えて上げられるし、「鼻がきく人」は他の人が気づかないうちに火災の発生に気がついて避難指示ができるし、「力持ちの人」は非力な人のために重いものを持って上げられる。それと同じように、自分が持っている能力は、それを持ってない人のためにこそ優先的に用いるべきだと僕は考えています。「目がいい人」ばかりが集まって「どこまで遠くが見えるか」競うようなことをするより、「目が悪い人」のために遠くを見てあげることの方がずっとたいせつな仕事だ。僕はそう思っていますけれど、こういう考え方をする人間は世界どこでも少数派です。もちろん日本国内でも僕は少数派です。そういう少数派に共感してくれる人が韓国にもたぶんいるんだと思います。
僕と韓国の読者のみなさんとは海を隔てていますけれど、「教育を通じて次世代を守りたい。彼らを市場の消耗品にしたくない」と願っている、「専門知識はまず非専門家のために用いるものであって、専門家同士で優劣を競うために習得するものではない」と思っている。どちらもそれぞれの社会で少数派ではありますけれど、この点については、ボーダーを超えて共感し、連帯することはできる。そういうタイプの「グローバルなつながり」というのがあってもいいと僕は思います。
以上、「最近韓国語訳が多く出た」ことについてひとこと感想を申し上げました。長くなってすみません。

本についてひとことだけ。
この本は精神科医の名越康文先生との対談を収めたものです。対談が行われたのは8年前、僕はまだ大学に勤めていましたし、名越先生はクリニックで思春期の子どもたちのカウンセリングをしていました。教育と医療のそれぞれの現場での知見に基づいて、「日本の家族」について、いまどういう病的症状が出ているのか、なぜそれが発症するに至ったのかについて意見の交換をしました。最終的に二人が到達した結論は、「日本人全体の心理的な未成熟がこれらすべての現象に共通する原因らしい」ということでした。
「心理的な病の理由は心理的な未成熟である」というだけでは同語反復のようですけれど、微妙に違います。「未成熟」は「病的」な様態をとることはありますけれど、それ自体は病気ではありません。成熟すればいいんですから。日本人に必要なのは「治療」ではなくて「成熟」である、というのがたぶんこの本から僕たちが引き出した実践的な結論ではなかったかと思います。日本社会には人を成熟に導くための教育過程がない。そのことを深刻な危機だと思っている人がほとんどいない。ほんとうにいないのです。少なくとも教育行政の当局者にはいません。英語ができるようになれとか、上司の言うことには黙って従えとか、愛国心を持てとか、体力をつけろとかいうことはがみがみ口やかましく言いますけれど、「大人になれ」ということは言いません。一言も言いません。
「大人」というのは、ものごとを自分の個人的な基準に基づいて判断し、その責任をひとりで引き受けることのできる人のことです。でも、それだけではありません。「大人じゃない人たち」の不始末や手抜きを黙って片付ける人のことです。「子どもたち」よりも「大人」である分だけ「よけいな仕事」をしなければいけないということがわかっている人のことです。そういう「大人」が一定数いないと共同体は長くは保ちません。でも、そういう「大人」を育てるための教育システムが存在しないのです。この本で僕と名越先生が話しているのは、そのような危機的状況の諸相についての報告です。そう思ってお読みいただければと思います。

長い序文ですみませんでした。たぶんこの本の後には、朴聖焌先生が訳された『レヴィナスと愛の現象学』が出版されることになると思います。その序文でまたお会いできることを楽しみにしております。
最後になりましたが、翻訳の労をとってくださったPark Dongseop 先生の丹念なお仕事にお礼を申し上げます。いつもありがとうございます。

2013年1月
内田樹

2013.01.25

改憲のおねがい

「知への好奇心」の打ち上げで、ワルモノ先生を囲んでわいわい飲んでいるうちに、安倍政権の改憲についてのロードマップが話題になった。
7月の参院選でそれなりの議席を獲得したら、秋から改憲の動きが加速するだろうから、それに備えて「護憲の全国的なムーブメント」を組織化する必要があるのでは・・・という話だった。
私の考えは、少し違う。
最終的に護憲運動の柱になるのはアメリカだろうと思っているからである。
常識的に考えればわかることだが、改憲論者がうるさく主張しているように、現行憲法は「アメリカが押しつけた憲法」である。
なぜ「押しつけた」かといえば、アメリカの建国理念が「普遍的に正しい」とアメリカ人たちが信じてたからである。
日本国憲法はその前文から全条文に至るまで、「アメリカの作品」である。
それも「きわめてできのよい作品」である。
これと自民党の改憲草案を読み比べて「自民党案の方がいいじゃないか」という判断を下す人間は少なくともホワイトハウスにはいない。
たぶん一人もいないと思う。
集団的自衛権については「日本が『アメリカ軍のお手伝いをした』と進んで言ってくれるのなら、断ることはないじゃないの」いう意見がホワイトハウス部内でも過半だろう。
でも、「日本人が改憲したいというなら、させればいいじゃないか。だいたい自国でも実現できないようない高邁な政治的理想を他国に武力で押しつけるというのがアメリカの一番いけないところなんだよ!」と声高に進言する人がホワイトハウスのスタッフになっている蓋然性はきわめて低い。
天文学的に低い。
だから、集団的自衛権については「好きにしたら」という放任の構えのアメリカも、「改憲」ということになると、「ちょっと待った」をかけてくる可能性が高い。
キミたちは自分が何をしているのかわかっているのか、と。
もしそれが「改憲しないと、集団的自衛権を縦横に駆使してアメリカのお手伝いをすることができない」という理由からであるなら、それはご心配には及ばないよ。
集団的自衛権は行使していただく。でも、改憲はしなくてよろしい。
アメリカのために集団的自衛権を行使してくれるのは「アメリカの世界戦略を断固支持する」という日本政府の意思表示としてありがたく受け取ろう。
でも、改憲が「アメリカが日本に与えた国家理念を廃棄する」という意思表示である以上、われわれとしてはそれほどにこやかには受け容れられない。
われわれが諸君に求めているのは「いついかなる場合でもアメリカが求める要求に『イエス』という国であること」であるということは先刻ご承知であろう。
だとすれば、われわれが諸君に何を要求しているかはおわかりの筈だ。
集団的自衛権は行使していただく。アメリカのために戦争はしていただく。でも、「交戦権を放棄する」というアメリカの作った憲法はそのまま保持していただく。
なにしろあれはアメリカ人の「理想」を文書化したものだからね。
粗略に扱ってもらっては困る。
キミたちに許されているのはあくまで「アメリカの指揮下に戦闘行動をとる権利」までであって、「アメリカを含めて世界のどの国とでも戦争できる権利」ではない。
そのへんの筋目はきちんと通してもらわんとね。
というようなことを改憲が政治日程に上ってきたときのどこかの時点でアメリカが「やんわり」と言ってくるはずである。
日本に向かってというのではなく、政治用語でいう「廊下(couloir)」で、ホワイトハウス高官の誰かがぼそっと呟くのである。
もちろん「アメリカのご意向を忖度することのプロ」である外務省や防衛省の官僚たちがこれを聞き逃すはずがない。
「やばいっすよ、総理。アメリカ、改憲あまり喜んでないみたいですよ。総理から、大統領にひとことお願いしますよ。」と安倍さんに耳打ちすることになる。
総理はやむなく大統領に電話をかけて、こう言うことになる。
「あ、どうも。こんばんは。安倍です。まことに申し上げにくいことではありますが、あのアメリカにせっかく作って頂いた憲法の件ですが。急速なグローバル化の進む昨今においては時代遅れの感が拭えません。ここはひとつ『廃品』ということにさせて頂きたい、と。いやいや、これまでこのアメリカ製憲法によってわたくしどもがこうむった多大の恩恵についてはこの通り叩頭して感謝するにやぶさかではありません。はい、日本国憲法ばんざい。憲法さま、ありがとうという気持ちにおいて私、人後に落ちるものではございません。ですが、政治経済のですね、この急速なグローバル化に憲法が対応できないということは、これは時勢のしからしむるところでありまして。何より、この憲法がジャマをしてこころゆくまでアメリカのお手伝いができないということが頻繁にある。私どもとしては、これからも粉骨砕身アメリカのお役に立ちたい、と。これはもう私どもの赤誠を信じて頂きたい。で、そのためにもアメリカ手作りのこの憲法にはこのあたりで消えていただかねばならぬわけです。は、いや、自分でも言っていることが前後相矛盾しているような気がしてますけれど・・・とにもかくにも、アメリカの建国理念が世界を席巻し、世界中の国々がついに残らずアメリカの建国の理想を体現するに至る未来社会の実現のためにも、まず日本がアメリカの建国理念を体現したこの憲法を廃絶するところから始めたい、と。こう考えているわけです。なんか言ってること、おかしいですね」
というあたりのシミュレーションを内閣官房の諸君はどれくらい細部にわたって行っているのであろうか。ちょっと知りたい。

2013.01.28

江弘毅さんの新刊書評

江さんの新刊『飲み食い世界一の大阪』(ミシマ社)の書評を週刊現代に寄稿した。
こんなの。

前に大学の授業で、ふと思いついて、小説の任意の一節から「視覚情報」に依拠して書かれている箇所だけ抜くと、文章はどう変わるかを実験したことがある。
ほとんどの小説は文章の態をなさないものに変じた。だが、中に一つだけ「目に見えるもの」についての描写を削り落としても、骨格が揺るがない小説があった。その文章は音と匂いと味と肌触りについての記述だけで満たされていたのである。
村上龍の『限りなく透明に近いブルー』である。
江さんのこの本から「視覚情報」を抜いても、たぶん文章の魅力はほとんど減じることがないだろう。文章をぐいぐいと前に進めているのは、江さんのがっちりとした筋肉と太い骨と消化力旺盛な内臓である。
例えば元町の餃子店の話。
「席に着くや二人前あるいは三人前とビールを注文して、早速『でへへ』とばかりに『マイたれ』を調合しだすのだが、箸でかき混ぜて味を見て、『お、もうちょっと味噌やなあ』とか『今日は酢多めの方がうまい』とか、餃子が焼き上がってくる前に、すでに箸を舐めながらビールを飲んでいる」(143頁)
こういう文章を書ける人は今の日本には江さんしかいない。
「後味」という言葉はあるが「前味」という言葉はない。でも、ここで「箸を舐めながらビールを飲んでいる」江さんは、あきらかにこのあと出てくる、カリッと焼き上がり、じわっと脂のしみ出した餃子の「前味」を想像的に先食いしている。食べ始める前に「これから食べるもの」への期待で身体が前のめりになっている状態(かつて椎名誠が「胃袋がカツ丼のかたちに凹んでいる」と称した状態)こそ私たちが経験できる美味の極致だと私は思っている。
グルメの美味自慢が面白くないのは、それが所詮「食べたあとの感想」だからである。
ほんとうの美味は「食べる前」に、これから匂いを嗅ぎ、舌に載せ、歯茎を押しつけ、奥歯で噛み砕き、喉を嚥下する「もの」への期待で身体が小刻みに震えているときに経験される。
幾千もの夜と昼を街場の風にさらして歩き続けてきた「生身」だけが「これから食べるもの」をその細部に至るまで先駆的に想像して、美味の極致を経験できるのだということを江さんに教えてもらった。

2013.01.29

教育について思うこと

先週末に日教組の教育研究全国集会で基調講演をした。
何度か依頼されていたのだが、在職中は入試のハイシーズンで都合がつかず、今回はじめて登壇することになった。
日教組は現在組合員27万人、組織率30%を切るまで力を失ったが、依然として国内最大の教職員組合である(ほかに共産党系の全教、自民党系の全日教連がある。全教が組合員7万人、全日教連はさらに少ない)。
私が子どもの頃、日教組の組織率は90%近かったから、高校生の私でも宮之原貞光の名は知っていた。
加藤良輔委員長に槇枝元文以降の委員長名を訊いてみたが、私は誰の名も知らなかった。
槇枝が委員長を辞めたのが83年。バブルの始まる頃である。おそらく、その頃から日教組の社会的影響力は急激に低下することになったのだろう。
私自身は1982年から90年まで日教組大学部の組合員だった。
都立大学の組合は代々木系の人たちが仕切っていたので、私は同期の助手たちと「助手会」という自主的な組織をつくって、研究室横断的に情報交換ネットワークをつくってはいたが、組合費を納めていただけで、組合活動には何もコミットしなかった。
神戸女学院大学では管理職になるまで15年間組合員で、執行委員長を2期つとめた。
神戸女学院大学は私の就任したころには、山口光朔先生のような反骨のエートスを持った方たちが学風を形成していたし、歴代の大学執行部の多くも組合経験者で占められていたから、労使間の不信や対立というようなことを私は経験しないですんだ。
それが私のさしたる波乱のない「組合員」キャリアの全部である。

日教組については「日本の教育をダメにした諸悪の根源」というタイプの言説が行き交っている。
その人たちがどういう根拠でそういうことを言っているのか、私にはよくわからない。
前にテレビで「日教組の偏向教育のせいで、日本はダメになった」ということを三人の論客が口角泡を飛ばして述べ立てていた。
私が不思議に思ったのは、そういう彼ら自身年齢的にはあきらかに「日教組の偏向教育」なるものを受けて育った人のはずだったからである。
イデオロギー教育のバイアスが彼らの言うとおり強い力を持つものなら、彼らは今もそのイデオロギーの支配下になければならない。
もし、彼らがその支配を無事に脱することに成功したのだとしたら、イデオロギー教育のバイアスは彼らが言うほど強いものではなかったことになる。
ひとによって教育から受ける影響はさまざまであり、どんな影響を受けるかは最終的には人によって異なるということであれば、「教職員組合が諸悪の根源である」という説明はあまり説得力を持たないだろう。
日教組の教育理念や方法が「間違っている」ということと、それが「強力な社会的影響力を有している」ということは別の次元の話である。
この二つのことは個別に論証しなければならない。
だが、日教組批判者は「間違っていること」の証明には熱心だが、「強力な社会的影響力の存否」についてはそれほど証明に熱心ではない。
「諸悪の根源」が存在し、それがすべての悪を分泌している。だから、それを除去しさえすれば、社会は浄化されるという話形にすがりつきたい人の気持ちは私にもわからないではない。
そういう説明で話が済むなら、社会問題を考察する上での知的負荷は劇的に軽減するからである。
だから、複雑な知的操作が苦手な人は「諸悪の根源」仮説を好む。
残念ながら、今日の学校教育が直面している危機は無数の行為の複合的効果である。
そして、たぶんそのほとんどの行為は「善意」に基づいて行われている。
日本の教育をダメにしてやろうと陰謀を画策している好都合な「張本人」はどこにもいない。
文教族も、文科省の官僚も、教育委員会も、自治体の首長も、現場の教師も、保護者も、メディアも、教育学者も、もちろん子どもたちも・・・全員が「日本の教育を良くしたい」と思ってさまざまなことを行ってきた、その集積が今日のこのありさまなのである。
私たちが目の前にしているのは「問題」ではなく、「答え」である。
私たちの誰かの悪意や怠惰の結果ではなく、私たち全員の勤勉なる努力の結果なのである。
戦後68年間、私たちは教育現場に有形無形さまざまな干渉を行い、その算術的総和として、教育の現状を現出させたのである。
単一の「有責者」を名指して、それを排除すれば話が終わると言うような知性の怠惰が許される場面ではない。
その簡単な話がなかなか通じない。
国家や自治体が管理し、教育行政が箸の上げ下ろしまで指示し、政治家がそれぞれの教育理念をかざして介入し、メディアが口やかましくコメントし、保護者や地域社会がそれぞれ注文をつけてきた結果、教育の現場は「こんなふう」になった。
今の教育はあまりに多くの人々の要求を受け容れたせいで、「誰の要求も満たしていないもの」になったのである。
教育に関係している人間の誰一人として教育の現状を「私の要求が実現した結果だ」と思っていない。
だから全員が教育の現状に対して腹を立てている。
でも、これは「みなさんの要求」が無文脈的・断片的に実現した結果なのである。
現状がご不満であることはよくわかる。
でも、だからといって、また「みなさん」がそれぞれの立場からこれまでの要求をさらにエスカレートさせても、それは混乱をより深める結果をしかもたらさない。
最終的には、全員が「オレ以外の全員を黙らせろ」ということになる。
「オレ以外のものの教育への干渉が教育を悪くしているのである。みんなひっこんで、オレひとりで仕切れば、教育はよくなる」とみなさんおっしゃっている。
なるほど。論理的には筋が通っている。
でも、それはできない相談である。
考えればわかる。
安倍さんは日本の教育にたいそうご不満のようだが、そうはいっても、今ある学校を全部廃校にして、教員を全部解雇して、まったく新しい学校システムを作り出すことはできない。
その理想の教育が実現するまでの数年間、日本の子どもたちは事実上の「無学校状態」に放置されることになるからである。
財界はうるさく「グローバル人材育成」というようなことを要求しているが、自分で教育コストを負担する気はない。
企業の収益を高める人材を求めることには熱心だが、身銭を切って、自力で日本の子どもを教育する気はない。そんな無駄なことをするくらいなら社内公用語を英語にして、東アジアから頭のいい若者を雇用する方がはるかに安上がりだし、効率的だからだ。
マスメディアも「教育はこれでいいのか」というようなことを毎日のように書いているが、それほどご不満なら、「朝日新聞大学」でも「フジテレビ高校」でも作って「これが教育の理想の姿だ」と世間にお示しすればよいと私は思う。
たいして金のかかることではないのだし。
でも、どなたもやらない。
たぶん、「朝日新聞大学」で科研費の流用があったり、「フジテレビ高校」でいじめや体罰があったりしたら、もう新聞もテレビも、教育についてはひとことも偉そうなことがいえなくなるからであろう。
どなたもそうなのである。
教育について文句は言うが、「私の作った学校」ではこんなふうにして成功したという話はしない。
成功しなかったら、黙るしかないからである。
教育についての発言権を確保するためにはできるだけ教育実践は自分では行わない方がよいということをみなさんご存じなのである。
できることなら、石原慎太郎閣下にはぜひ「体罰塾」を作って、物理的暴力と心理的恫喝がいかにすばらしい若者を育ててみせるか、それを世に問うて欲しいと私は思っている。
安倍晋三総理には「愛国塾」を作って、彼の愛国心教育を思う存分実施されて、どれほどすばらしい愛国的若者が育つかを満天下に明らかにすればよろしいかと思っている。
グローバル企業の経営者たちには、彼らの新人研修がどれくらいすばらしい若者を生み出しているか、離職者や鬱病罹患者や自殺者についてのデータも添えて全面公開して頂きたいと思っている。
「オレ以外のやつを黙らせろ」という言い分は申し訳ないがどこでももう通らない。
誰も黙らないからである。
そうである以上、「誰からも干渉されず、100%自分のやりたいようにできる教育機関」を自分で身銭を切って作り、その教育成果を世に問う以外に、自分の教育理論と実践の有効性を証明する方法はない。
私はそう思う。
実際に私と同じように思っている人がたくさんいる。
そうでなければ、「なんとか塾」という名前の教育機関が「雨後の竹の子のごとく」全国津々浦々に生まれているはずがない。
もう口説はいい、と。
実際に自分で教育をやってみて、自分の仮説を検証するしか方法がない、と。
そう思っている人が増えている。
私はこれは現状に対する健全なリアクションだと思う。
「船頭多くして舟山に登っている」なら、「船頭ひとりで」漕いでみせるしか、海に出る手立てはない。
合理的な推論である。
本務がお忙しくて「そんなことをしている暇はない」という方たちにはそこまで面倒なことは要求しない。
その代わり、そういう方たちは教育について発言する際には「机上の空論だが」という断り書きをまずしてからご意見を述べて頂きたいと思う。
いかがだろう。

2013.01.30

陸軍というキャリアパスについて

寺子屋ゼミでは1936年の二・二六事件と現在の「空気」の近さが話題になった。
統制派と皇道派の対立の賭け金は何だったのか?
なにが蜂起した青年将校たちの「政治的正しさ」を主観的には根拠づけていたのか?
資料的なことは私は知らないが、大筋はわかる。
二・二六はテロリズムだから、皇道派の「求めたもの」が浪漫的に脚色されすぎて、見えにくくなっているものがある。
このテロ事件にはもっとリアルなものが伏流していた。
ポストである。
その前年に相沢事件というものがあった。
統制派の首魁、永田鉄山陸軍少将が皇道派の相沢三郎中佐に軍務局長室で斬殺された事件である。
陸軍内部に二つの勢力があり、そのポスト争いは平時に軍人同士が殺し合うほど深刻なものだったというのは冷静に考えるとかなり異常なことである。
ふつうの組織でも、派閥はあるし、ポスト争いもある。
でも、人は殺さない。
軍内部の人事異動(直接には真崎甚三郎教育総監の更迭)の「黒幕」だという風説を信じて相沢は永田を殺した。
これを説明するためには、「教育総監」というポストが軍内部でどれほどの意味を持っていたのかを考えなければならない。
統帥権というものがある。
陸海軍への統帥権で大日本帝国憲法では天皇に属していた。
戦略の決定、軍事作戦の立案、指揮命令、陸海軍の組織編制・人事職務の決定にかかわる権限である。
形式的には天皇に属するけれども、まさか天皇が軍内部の人事異動まで起案できるはずがない。そういうものは軍で作って、「こんな案でいかがですか?」と上奏する。
通常はそのまま裁可される。
この権限を「帷幄上奏権」という。
この権限を持つのが陸軍参謀総長、海軍軍令部総長、陸海軍大臣、そして陸軍教育総監であった。
帷幄上奏によって軍事にかかわるすべての勅令は下るわけであるが、政府や帝国議会はこれに介入することができなかった。
軍縮条約への調印とか、軍事予算の審議まで、政府が行うことを「統帥権の侵犯」と言って、軍部がクレームをつけることがしばしば行われた。
1930年のロンドン海軍軍縮条約は兵力編制にかかわる決定であるが、浜口雄幸総理大臣は海軍軍令部からの「統帥権干犯」という抗議を抑えて議決し、天皇の裁可を得た。これは当時国論を二分する論争となり、そのために浜口はテロに遭った。
その後、西園寺公望の推挽で総理になった犬養毅も軍縮に手をつけようとして五・一五事件で殺害された。
以後、政府や議会による統帥権干犯は絶対の禁忌となった。
軍事費が毎年の国家予算の50~70%を占めるような国家において、帷幄上奏権をもつものはもはや総理大臣よりも大きな権力を行使できたのである。
そのような強大な権力の座に、軍内部での「出世競争」を勝ち抜きさえすれば、手が届いたのである。
これほど狭い集団内部での競争で国家権力の中枢までの「キャリアパス」が通ったことは歴史上希有のことである。
この時期のとくに陸軍に関する記述を読んだ人は陸軍軍人たちの「略歴」に必ず「陸軍士官学校の成績順位」と「陸軍大学での成績順位」が記載されていることに気づいたはずである。
日本の近代史に登場する無数の人々のうちで、「学校の成績順位」がその人の最も重要な属性の一つであり、その人の行動の意味を説明する重要な根拠となっているような人物は陸軍軍人の他にない。
略歴に「陸大を首席で卒業」と書いてあれば、私たちは「なるほど」と思う。
それは彼が順調に出世すれば、いずれ参謀総長か陸軍大臣か教育総監か、帷幄上奏権の保持者になることを高い確率で意味していたからである。
「勉強がめっぽうできる」ということが「天皇の君側で総理大臣以上の権限をふるう」ことに直結するような職業は戦前の日本には陸軍しかなかった。
私たちは「軍隊」という言葉から、つい「武略」とか「士魂」というような浪漫的な気質を想像するが、戦前の日本について言えば、陸軍こそは「勉強ができること」がそのまま国家中枢への道に直接つながる、「すばらしくコスト・パフォーマンスのよいキャリアパス」だったのである。
そして、その「合理的なキャリアパス」の合理性を阻んでいるのが、陸軍の「長州閥」、海軍の「薩州閥」であった。
統制派も皇道派も、いずれも藩閥によるポスト独占にははげしく批判的であった。
皇道派の重鎮荒木貞夫は旧一橋家の出、真崎甚三郎は佐賀、相沢は仙台藩、前出の永田は信州諏訪、統制派の東条英機は岩手。どれも藩閥の恩恵に浴する立場にない。
1921年に永田ら陸軍16期の秀才たちがひそかに合意した「バーデンバーデン密約」は軍制の近代化をめざしたものだが、人事的には「陸軍における長州閥打倒」ということに尽くされた。
その長州閥は1922年の山縣有朋の死で後ろ盾を失い、1929年、田中義一の死によって途絶えた。
このときに、陸軍内部にはある種の「人事上のエアポケット」が生じた(のだと思う。専門家じゃないから資料的な根拠はないので、以下は私の暴走的思弁である)。
その中で人事上のヘゲモニーをめぐって統制派と皇道派の対立が急速に過激化する。
だから、両派はイデオロギー上の違いによって截然と分かたれたゲマインシャフトというよりはむしろ「パイの分配」をめぐってアドホックに形成されたゲゼルシャフトだったと考えることができる。
現に、林銑十郎のように、皇道派と統制派の間に立って、どちらの派閥についたら「有利か」を考えていた軍人は少なくなかった。
この推理にどれほど妥当性があるのか、わからない。
でも、一般論として、「強大な権限にアクセスするための『ショートカット』が存在する」という場合に、人間はだいたいろくなことはしないというのは経験的に真である。
強大な権限にアクセスする資格は、いくつもの「修羅場」を生き残り、その人格識見のたしかさについてたかい評価を得てきた人に限定する方が国は安全である。
私たちがとりあえず覚えておくべきなのは、統帥権という擬制によって、軍内部での人事異動という「内輪のパワーゲーム」に勝ち残りさえすれば、一般国民がその人物についてほとんど知るところのない軍人たちが帷幄上奏権を保持して、国政を左右できるというシステムが1930年頃に成立して、わずかな15年でそのシステムが国を滅ぼしたという事実である。

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