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2018年04月 アーカイブ

2018.04.02

憲法についての鼎談から

2月に西宮で行った憲法をめぐる鼎談がブックレットになって刊行されることになった。
「予告編」として、その中のなかほどのところの内田の発言をあげておく。


内田 今、石川さんが政治が急速に劣化してきて、前近代的で破壊的で、軍事力信仰をするというタイプの政権ができてしまったと話されました。その通りだと思います。本当に政治が劣化している。なぜ劣化したのか。小選挙区制のマジックも理由の一つでしょうし、官邸がメディアを抑えているということも理由の一つでしょう。でも、それらは言わば戦術です。なぜそのような戦術が採択されたのか、「何を実現するために?」という問いが立てられなければならないと僕は思います。
僕の暴論的仮説を申し上げます。敗戦後の日本の基本的国家戦略は、「対米従属を通じて対米自立を果たす」ということでした。これは敗戦国としてはそれ以外の選択肢がない必至の国家戦略でした。だから、後知恵で良い悪いを言ってもしかたがない。とにかく徹底的な対米従属を貫くことによって同盟国として米国に信任され、結果的に国家主権を回復し、国土を回復するというのが敗戦時の日本人の総意だったわけです。
そして、実際にこの「対米従属を通じての対米自立」というトリッキーな国家戦略は成功しました。1951年にサンフランシスコ条約で国家主権を回復し、68年に小笠原諸島が返ってきて、72年には沖縄の施政権が返還されました。だから、45年から72年までについて言えば「対米従属を通じての対米自立」というシナリオはそれなりの成果を上げたのです。
日本は50年代には朝鮮戦争を支持し、60年代、70年代は世界的な反戦機運の中で、「大義なき」ベトナム戦争でもアメリカを支持し、アメリカの世界戦略に従うことで、結果的には大きな果実を得たのです。
このことは「成功体験」として記憶されたわけですから、その後も対米従属路線に変更の出るはずがなかったのです。でも、対米従属路線に伏流していた日本人の心性には変化があった。
60年、70年の安保条約反対闘争は本質的には反米愛国闘争でしたけれど、これとまったく無縁なところにいたはずの一般のサラリーマンたちも実は別のかたちで愛国的な情念に駆られて対米経済戦争を闘っていた。あの時代の戦中派のラリーマンたちを衝き動かしていたのは「次の戦争は勝つ」というものでした。今度はアメリカに勝つ。経済で勝つ。
江藤淳は63年にプリンストン大学に留学している時に、ニューヨークで酌み交わした中学時代の同級生からこう言われたと書いています。
「うちの連中がみんな必死になって東奔西走しているのはな、戦争をしているからだ。日米戦争が二十何年か前に終わったなんていうのは、お前らみたいな文士や学者の寝言だよ。これは経済競争なんていうものじゃない。戦争だ。おれたちはそれを戦っているのだ。今度は敗けられない。」
当時はこういうマインドを持っていたビジネスマンは決して少数派ではなかったはずです。60年代以降の日本の高度経済成長を駆動してきた動機のうちには言葉にはされなかったけれど、反米的なセンチメントが含まれていた。
そして、そのような思いに駆動されて、70年代以後も日本の経済発展は止まるところを知らず、80年代にはもうアメリカの背中が見えてくるところまで来ました。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と持ち上げられ、「日本式経営」が世界標準になり、そしてバブル時代を迎えます。
もう遠い昔のことでみんな忘れてしまっていて、何であんなに浮かれていたのか馬鹿みたいだったと冷笑的に回顧する人が多いですが、僕はあの時の日本人があれほど興奮したのは、もしかするとこのままの勢いで経済力が増大すると、いずれアメリカから国家主権をお金で買い戻せるんじゃないかという途方もない夢を見たからじゃないかという気がするんです。
1989年は昭和が終わり、平成が始まった年であり、ベルリンの壁が崩壊したエポックメイキングな年でしたが、バブルの絶頂であったその年に、三菱地所がマンハッタンのワールドトレードセンターを購入し、ソニーがコロンビア映画を購入しました。日本の企業が摩天楼とハリウッド映画を買ったのです。あの頃よく言われた言葉に「日本の地価を合計するとアメリカが2つ買える」というのがありました。日本の地価の高騰に困惑する文脈で口にされたはずの言葉ですが、それを人々がどれほど自慢げに口にしていたのか、僕はまだ覚えています。それは単に金があってすごいだろうという成金自慢に止まらず、ここまで来たらアメリカも日本に対していつまでも宗主国面ができなくなるんじゃないか、うまくしたら札ビラでアメリカの頬をはたいて国家主権を金で買い戻せるんじゃないかという妄想を日本人が抱いたからではないかと思います。
80年代半ばから90年代はじめにかけてのバブル期の日本人があれほど高揚していたのは、単にお金の万能性を国民全体が狂ったように信じただけではなく、その「万能の金」で自分たちが最も欲しいもの、すなわち「アメリカの手にある国家主権」を買い戻すことができるんじゃないかと思ったからではないか。僕にはなんとなくそう思えるのです。
外交的には対米従属に徹しながら、金儲けに勤しむことで、国家主権をアメリカから取り戻す。日本人にとって、これは実にクレバーな国家戦略でした。アメリカで当時日本車を壊すような烈しいジャパン・バッシングがありましたけれど、アメリカの市民は市民で直感的に分かっていたんだと思います。「日本人は良からぬことを企んでいる」ということを。だから、さまざまなかたちでアメリカが日本経済に干渉したこともあってバブル崩壊に至った。
バブル崩壊後の日本人の脱力感を僕は覚えています。多くの日本人はバブル期の数年間に生涯で最も贅沢な日々を送ったはずですから、その分だけ脱力感も深かった。「失われた20年」と言われますけれど、これは別にお金がなくなって気落ちしたというだけではないと思います。お金がなくなったので、もう「国家主権をお金で買い戻す」という夢のような解決策の可能性がなくなった。その無力感が国民全体に無言のうちに共有されていた。
小泉純一郎の登場もその文脈で考えるべきだと思います。彼の最大の政治的賭けは郵政民営化ではなく、2005年に国連の常任理事国に立候補したことだと僕は思います。経済大国だった時代に世界各国からもてはやされた記憶がまだ生々しく、日本は国際社会で高く評価されていると勘違いした。政治大国としての声望を支えに、安保理の常任理事国となって、アメリカと「タメ」になるという夢を見た。そうではないかと思います。経済大国として宗主国と五分になる夢がついえたので、今度は政治大国として五分となる夢を見た。
でも、安保理の常任理事国に手を挙げたものの、日本はアジア諸国の支持をほとんど得ることができませんでした。アジアで日本の提案を支持してくれたのはアフガニスタンとモルジブとブータンだけでした。隣国はどこも支持してくれなかった。その時に、日本は自分たちが国際社会ではただの「アメリカの属国」としか見られていないという痛切な事実を思い知らされた。
対米自立のための対米従属を徹底してきたせいで、固有の政治的見識やヴィジョンを有した主権国家「ではない」という声望を国際社会のうちに定着させてしまったのです。アメリカの属国を常任理事国に据えても、アメリカの票が一つ増えるだけで、国際社会のありようについて「日本からしか出てこない独自のアイディア」が提示されるということはありえない、と。国際社会はそう判断したのです。その時点までの戦後60年間の「対米従属」がこの決定的瞬間において「対米自立」という夢そのものを不可能なものにしてしまった。
そして、2011年の福島原発事故で政府の危機管理能力の欠如が全世界に知られて、以後、今に至るまで、日本は「国際社会からまともに相手にされるためにはどうしたらいいのかがわからない」という呆然自失状態のうちにあります。
今も惰性的に対米従属を続けてはいますが、沖縄返還以降、日本はもう何一つアメリカから獲得していません。沖縄の米軍基地は縮小されず、横田空域も返還されず、日米地位協定も改定されるず、日米合同委員会を通じてのアメリカの日本の政官支配は続いている。このまま半永久的に米軍が日本国内に「領土」を持ち、駐留し続けることはほぼ確実です。だから、もう「対米従属を通じての対米自立」ということは自民党の政治家でさえ信じていない。もう未来について語るべきヴィジョンがなくなってしまったのです。
でも、アメリカがそれまで日本に主権を「小出しに」返してきたのを止めて、もう日本には何もやらないと(口に出さぬまま)腹を決めたのは、日本には未来についての何のヴィジョンもないということが明らかになったからです。日本はもうアメリカから主権を回復する気概を失ってしまったということが明らかになったからです。
だったら、もう遠慮は要らない。むしれるだけむしればいい。
とりあえずトランプ大統領はそう考えています。彼が訪日した時にまっすぐ横田基地に来たのは、そこが「アメリカ領土」だということを日本政府と日本国民にアピールするためです。キューバのグァンタナモ基地と同じです。他国の領土内に治外法権の「飛び地」を領土的に保有しており、それを返還する気がまったくないことをそうやって誇示してみせたのです。
もう対米従属は日本の国益を増すためには何の役にも立たない。
対米従属が有効だったのは、日本が「面従腹背」していたからです。腹の中では「いつかアメリカから主権を奪還する」つもりでいた。バブルの頃はアメリカの「寝首を掻く」くらいの気概があった。だから、アメリカも日本を侮ることができなかった。
今の日本はもうそんな意欲も気概もありません。腰抜けの属国です。日本はまだ世界第三位の経済大国ですし、世界第七位の軍事大国ですけれど、もうどの国からも敬意を持たれていない。世界のこれからのありようについて日本政府がどういうヴィジョンを持っているか、それを注視している国など世界のどこにもありません。日本が何をするかはアメリカが決める。日本が何を考えればいいのかもアメリカが決める。そう思われている。
今の日本の政治が劣化した最大の原因は「語るべきビジョンがないこと」だと僕は思います。安倍政権やその周辺が語る「戦前回帰」や軍事力信仰や「日本スゴイ」キャンペーンは、未来に何も見るべき希望がなくなった人たちが過去の栄光のようなものを妄想的に作り出して、それを崇拝するという苦し紛れの、深く病んだソリューションです。未来に何も期待できないので、妄想的に「美しい過去」を脳内で構成して、そこに回帰しようとしている。20年後、30年後の日本はどういう国になるべきなのか、どういう国にならなれるのか、それを語る冷静で具体的な言葉を政治家も、官僚も、学者も、誰も持っていない。
今でも日本人が国民を統合できる唯一の国家目標があるとすれば、それは「国家主権の回復」です。それしかない。アメリカの属国であることを止めて、国家主権を回復し、国防も外交もエネルギーも食糧も教育も医療も、自分たちの国家戦略は誰にも諮らず、自分たちで決める。そのことはどんな対米従属主義者も内心では願っているはずです。でも、その主権回復のためのロードマップが存在しない。
今も日本は豊かな自然資源に恵まれ、安定的な社会的インフラを備え、教育でも医療でも文化資本の厚みでも、決して世界のどの国にも引けを取りません。でも、この20年間、そのすべてがすさまじい勢いで劣化している。異常事態です。それは制度設計の問題ではありません。制度の中にいる人たちがこれから何を目指していいか分からなくなっているのです。未来が見えなくなっている。
未来の見えない日本の中の未来なき政治家の典型が安倍晋三です。安倍晋三のありようは今の日本人の絶望と同期しています。未来に希望があったら、一歩ずつでも煉瓦を積み上げるように国のかたちを整えてゆこうとします。そういう前向きの気分の国民なら安倍晋三を総理大臣に戴くはずがない。自信のなさが反転した彼の攻撃性と異常な自己愛は「滅びかけている国」の国民たちの琴線に触れるのです。彼をトップに押し上げ、その地位に止めているのは、日本の有権者の絶望です。

京都府知事選に寄せて

4月1日日曜に、京都府知事選に出馬している福山和人候補の応援のために、京都に行った。
河原町三条でのスピーチを頼まれていたので、いちおう原稿を作っていった。
実際にしゃべった言葉づかいはだいぶ違うが、だいたい「こんなこと」を申し上げた。

京都のみなさん、こんにちは。
ご紹介頂きました、内田樹です。
僕は神戸市民なので、京都府政とは直接関係がないのですけれど、今回は福山和人候補に一言応援の言葉を送るために、こちらまで参りました。
僕は今回のこの京都府知事選は、ふだんの知事選とはずいぶん意味が違うものだと思っております。
どんな選挙でも、それがどのような歴史的文脈の中において起きているのかによって意味が変わってきます。
今回の選挙は、有権者が先月初めから大きく転換を遂げてきた現在の政治的状況に対して、投票を通じて意思表示をすることのできる最初の機会です。
みなさんご存知の通り、先月の2日、朝日新聞が「森友学園」への国有地格安売却問題をめぐり、財務省が学園との契約に関する決裁文書を書き換えた疑いがあるという衝撃的なスクープを行いました。それから一か月にわたって、手の着けられない政治的混乱が続いています。
今の時点ではっきりわかっていることは、財務省の官僚たちが、総理大臣夫妻の個人的な、イデオロギー上の同志であった人物の便宜をはかるために、公務員としての本務を忘れて、行政を歪めた疑いが濃密にあるにもかかわらず、当の財務省も、かかわった政治家たちも、誰一人その疑いを晴らすことができずにいるということです。
国有財産の私物化という、公人としてあってはならない重い罪を犯している疑いが公人たちにかけられているのです。本来であれば、全力を尽くして、自分の身の潔白を明らかにしようと努力するはずです。けれども、実際に行われているのは、まったく逆のことです。
政府与党は真相を解明するどころか、真相の解明につながるすべての証拠を隠蔽し、事実を知る証人たちに沈黙を強要している。
事件を隠蔽しようとして、うやむやのうちに幕引きに持ち込もうする政府与党の見苦しい策動のせいで、日本の政治はこの一年間致命的な停滞を続けています。
外交でも、経済政策でも、この一年間の安倍政権は失策に失策を重ねています。
安倍政権は朝鮮半島情勢の危機を不必要なまでに煽り立てて、それによって政治的延命をはかってきたわけですけれど、その朝鮮半島問題の解決が、アメリカ中国韓国の周旋によって具体化しつつあるという外交的な決定的な局面を迎えながら、安倍政権はなすところがない。朝鮮半島問題の解決のための話し合いのテーブルに招かれないどころか、そこで何が起きているのか情報さえ提供されていない、完全に「蚊帳の外」に置かれている。
そこまで国際社会における日本の存在は軽くなっているということです。東アジア諸国はもう日本を一人前の外交プレイヤーとして見ていない。
日本の国際社会における地盤沈下は急激に進んでいます。日本の国力はみるみるうちに低下しています。それはみなさんも実感していると思います。
国力というのは、単に経済力や軍事力のことではありません。経済力で言えば、日本はいまでも世界第三位の経済大国ですし、軍事力でもアメリカの格付け機関の評価では世界七位です。にもかかわらず日本の国際社会における重要なプレイヤーと見なされていない。なぜか。それは日本が世界に向けて発信できるようなメッセージを持っていないからです。
国力というのは、数値的、外形的に示せるものではありません。そうではなくて、世界がこれからどうなるべきかについての説得力のある未来像を提示できる力のことです。世界の人々に向かうべき方向を指し示すことのできる力のことです。
その力が日本にはもうありません。
そして、もっと深刻なのは、そのようなかたちで国力が衰えていることについての危機感が政権与党にはまったくない、ということです。
森友加計問題を「くだらない問題」だと言い捨てる人たちがいます。そんなことよりももっと重大な政治的課題があるだろうと。その通りです。でも、このような「くだらない問題」一つ解決できないような政治家たちに、それよりもさらに重要な政治課題が解決できるというのは推論としてまったく合理性がありません。
「この程度の問題」についてひたすら真相解明を妨害して、メディアがこの話題に飽きるのを待つというような頭の悪い解決策しか思いつけない政治家たちに、国難的状況を切り抜ける力があるはずがない。
今日本はほんとうに「瀬戸際」にいます。あらゆる社会制度の土台が崩れ始めている。
どこかで食い止めないと、ほんとうに取返しがつかない。
地方自治体の首長選挙は、たしかに国政に直接つながるものではありません。地域住民が日々の生活を穏やかで、気分よく過ごせるように配慮するのが、地方自治の仕事です。
ですから、市民からすれば、行政官として能力の高い人だったら、誰でもいいというふうに考えるかもしれません。平和な時だったら、そういう判断でもいいでしょう。でも、今は平時ではありません。非常時です。
日本の統治システムが壊れ始めている。地方自治もそれにもう無縁ではいられません。
地方自治の仕事は、いまある手持ちの資源をどうやりくりして、どうやって住民たちに快適で安全で穏やかな生活を保障するかということに尽くされます。
その仕事のために地方自治の首長がなすべき最優先のことは、自治体で働く職員たちの働く「モチベーションを高める」ということです。誇りを持って、公的使命を果たすことができるような健全で、開放的な職場を作り出すことです。
森友問題で露呈したのは、政府与党が政治的圧力によって行政を歪め、それによって公務員たちのモラルを深く損なったという現実です。
地方自治は、民主主義の最後の砦です。ここを崩してはならない。
府知事選でどういう候補を選ぶべきか、僕の基準は一つです。
それは現在の日本が危機的状況にあることを自覚しており、崩れつつある統治システムを再建することの緊急性を理解している人が首長になるべきだということです。
政権与党の推す候補者は、その人が個人的にどれほど能力が高かろうと、見識があろうと、安倍政権がこれまで五年間行ってきた政治を「それでよかった」「これで正しい」という判断に与したということです。
僕はその危機感の欠如に強い不安を抱くのです。
僕が福山候補の応援をするのは、今の日本が危機的状況にあるということ、地方自治の現場で優先的に何をなすべきかを福山さんがよく理解していると信じるからです。
有権者のみなさまの支援をお願いします。

2018.04.03

『街場の憂国論』文庫版のためのあとがき

文庫版のためのあとがき

みなさん、こんにちは。内田樹です。
文庫版お買い上げ、ありがとうございます。お買い上げ前でこの頁を立ち読みしているかたにも「袖すり合ったご縁」ですので、ひとことご挨拶を申し上げます。できたら、この「あとがき」だけ読んでいってください。
この文章を書いているのは2018年の3月です。
少し前の頁にある「号外のためのまえがき」が時間的には収録されたものの中で一番新しいテクストですが、その日付は2013年12月10日です。ということは、それを書いてから今日まで4年半が経ったということです。
その間に何があったか。
巻末に僕が不安げに予測した通り、「現在の自民党政権は、彼らの支配体制を恒久化するシステムが合法的に、けっこう簡単に作り出せるということ」を特定秘密保護法案の採決を通じて学習しました。その結果、2014年夏には集団的自衛権行使容認の閣議決定があり、2015年夏には国会を取り巻く市民の抗議の声の中で、安全保障関連法案が採決され、2017年には共謀罪が制定されました。
そうやって着々とジョージ・オーウェルが『1984』で描いたディストピアに近い社会が現実化してきました。
その間ずっと安倍晋三がわが国の総理大臣でした。ほんの一週間ほど前までは、彼が自民党総裁に三選され、年内にも改憲のための国民投票が行われるということが高い確度で予測されていました。でも、3月に入って森友学園問題についての公文書改竄が暴露されて、今は再び政局が流動化しております。ですから、この本が出る頃に日本の政治状況がどうなっているか今の時点では予測がつきません。そういう政局を横目にしつつ、文庫版あとがきとしてはもう少し一般的な話として「国の力とは何か」ということについて一言私見を述べておきたいと思います。

率直に言って日本は急激に国力が衰えています。国力というのは、経済力とか軍事力とかいう外形的なものではありません。国の力をほんとうにかたちづくるのは「ヴィジョン」です
「ヴィジョン」とは、自分たちの国はこれからどういうものであるべきかについての国民的な「夢」のことです。かたちあるもののではありません。「まだ存在しないもの」です。でも、それを実現させるために国民たちが力を合わせる。そして、そのような夢を共有することを通じて人々は「国民」になる。そういうものなんです。まず国民が「いる」のではありません。「あるべき国のかたちについて同じ夢を見る人たち」が国民に「なる」のです。その順逆を間違えてはいけません。
日常の動作と同じです。ある動作を達成しようとする(ドアノブを回すとか、包丁でネギを刻むとか)。そのごく限定的な「はたらき」のためにさえ全身が一つ残らず動員されます。ドアノブを回すだけのような単純な動作でさえ、ノブを視認し、手触りを確かめ、回転させ、解錠する「かちり」という音に聞き耳を立て・・・という動作を成り立たせるためには五感のみならず、重心の移動も、腰の回転も、呼吸の制御も、すべてが参加します。すべてが「ドアノブを回す」という目的があるおかげで整然と、みごとに調和した連携プレーを果たす。
目的がなければ身体は動きません。動かないから、そこに身体があるということさえ実感されない。それは「身体がない」というのと同じことです。
それと同じように、国には国で「果たすべき動作」がなければならない。それがなければ、国は動かない。国民の「はたらき」が始まらなければ、人口統計上は存在していても、国民として実感されることがない。
日本の国力が衰えているというのは、そのような国民を遂行的に形成してゆく「夢」がなくなったということです。

戦後日本にはそのつどの「夢」があり、それゆえすべての国民をひとまとまりに作動させるような「はたらき」がありました。
敗戦直後の日本人には瓦礫から祖国を復興するという喫緊の事業がありました。まず国民の衣食住を調えなければならない。その作業に国民全員が携わった。「共和的な貧しさ」というのはこの時代を指した関川夏央さんの名言ですが、たしかに僕が記憶している1950代の東京の町内は共和的な共同体でした。防犯、防災、公衆衛生の維持といった切羽詰まった課題を共同体全員で担いました。アウトソースすることができなかったからです。行政がまだ十分に機能していない段階では、住民たちが自分たちで自分たちの生活を守る他なかった。
焼け跡から立ち直った1960年代以降の日本人には次は「豊かになる」という目標がありました。さしあたりは「戦前の生活水準を超える」ことが目標でした。「もはや『戦後』ではない」というフレーズを当時の為政者はしばしば口にしましたが、それは国民にとっては「生活レベルが戦前に戻る」ことを意味していました。そして、たしかに60年代の中ごろにその悲願は達成されました。
その次に日本人が抱いたのは新しいかたちの「夢」でした。それは「アメリカの属国身分から脱して、国家主権を回復する」という「夢」です。ただし、それを公然と言挙げすることはできませんでした。というのは、日本は形式的にはサンフランシスコ講和条約で国家主権を回復したことになっていたからです。ただし、それにもかかわらず、米軍は日本国内のどこでも好きな場所に、好きな期間だけ駐留することができ、そのエリアは日本の統治が及ばない治外法権でした。日本は事実上はアメリカの軍事的属国だったのですが、アメリカからの国家主権の回復プログラムは(いわば一種の独立運動ですから)無言のうちに遂行されなければなりませんでした。
世界中から「エコノミック・アニマル」という蔑称を投げつけられながらも、日本は全国民が一丸となって達成した驚異的な経済成長によって、ついに世界第二位の経済大国となりました。経済力でアメリカに肉迫し、マンハッタンの摩天楼を買い、ハリウッド映画を買うところまでゆきました。バブル期には、アメリカから「国家主権を金で買い戻す」という奇想天外なプランがほとんど実現可能かと思われました。でも、バブル崩壊によって、その夢は潰えます。
それから後の時代が「失われた20年」というふうに呼ばれます。いずれ「失われた30年」になり、「失われた40年」になり・・・年数がひたすら加算されてゆくことになるでしょう。
この喪失感は単なる経済力の喪失がもたらしたわけではありません。日本が42年にわたって維持してきた「世界第二位の経済大国」というポジションを中国に譲ったのは2010年のことです。91年のバブル崩壊以後も20年の間、日本は世界でも例外的に豊かな国であり続けたのです。でも、それにもかかわらず「夢」を失った日本人はどこに向かって進んでよいかわからないまま失速し迷走を続けた。
2005年、小泉政権の時、日本は国連の安保理常任理事国になろうとしてみじめな失敗を喫しました。その時に、国際社会から日本は「主権国家」だとみなされていないという痛苦な事実を日本人は思い知らされました。日本を支持することを拒んだ国々の論拠は「日本が常任理事国になっても、アメリカの票が一つ増えるだけだから」というものだったからです。そして、その指摘に日本政府はひとことも反論することができませんでした。
2009年には「夢」を取り戻すために、起死回生の民主党への政権交代がありました。でも、その鳩山政権は、米軍基地の縮小という「軍事的属国が口にしてはならないこと」を言挙げしたとみなされて、日本国内の「対米従属勢力」から猛攻を受け、四面楚歌のうちに瓦解してしまいました。
それから後はずっと仄暗い絶望感が日本を覆い続けています。「日本を取り戻す」という安倍政権の回顧的なスローガンは「日本にはもう未来がない」ということの言い換えに他なりません。それはアメリカのトランプ大統領の掲げたMake America great again というスローガンの「未来のなさ」とよく似ています。アメリカ人も「このままでは未来がない。過去に還ろう」と思い始めている。それが国力衰退の徴候だということに気づきながらも、風通しのよい、向日的な未来社会を描く想像力がもう作動しなくなった。ロシアのプーチンや中国の習近平の「終身独裁者」システムの採用は、それらの国々の政策決定者たちが「変化を恐れている」ことの徴候です。未来に希望がないから変化を恐れるのです。

今の日本には国民的な目標がありません。何もない。「経済をなんとかしてほしい」と選挙前の街頭インタビューでは有権者は言いますけれど、「なんとかしてもらった後」に何をしたいのかについては言葉が続かない。生活に困窮している人が「まともな生活ができる程度の金が欲しい」というのはわかります。でも、すでにずいぶんリッチに見える人たちまでが「金が欲しい」というのが僕にはよくわからない。「その金で何をする気なんですか?」と訊いてみたい。きっと株を買ったり、不動産を買ったり、仮想通貨を買ったりしたいんでしょう。でも、それはどれも「金を増やすため」の活動です。それは「金が欲しい」ことの理由にはなりません。でも、今の日本ではほとんどのビジネスマンが「金が欲しいのは金が欲しいからだ」という循環論法に陥っている。
「金が欲しいのは金が欲しいからだ」というループにはまり込んだのは実は経済活動をする目的が見えなくなったからです。かつては復興と主権回復という明確な国民的目標がありました。自分たちの日々の経済活動がそのまま国運の興隆とリンクしているという実感があった。自分が額に汗して働けば、国が豊かになり、国民が幸福になり、やがて国家主権が回復されて、晴れて独立国になれるという夢があった。それがなくなった。
リーディング・カンパニーで次々と信じられないような不祥事が続くのも偶然ではありません。経営者たち自身、自分たちが何のためにビジネスをしているのか、それがわからなくなっている。どれほど東奔西走しても、汗を流しても、それによって国力が増大し、国運が上昇するという「リンケージ」が見えない。顔を見たこともない海外の株主が租税回避地に持つ個人口座の残高が増えるだけで、彼らから別に「ありがとう」というねぎらいの言葉が届くわけでもない。経営者が実感できるのは、周りからの阿諛追従の言葉と、高い給料で可能になった贅沢のもたらす「つかの間の気持ちよさ」だけです。リアルなものはそれくらいしか見つからない。それなら、いっそ肚を括って、おのれひとりが出世すること、自己利益を最大化することだけに努めよう。さまざまな組織で、人々がそういうふうに考え始めた。
その結果が今の日本の「ていたらく」です。別に日本人そのものが倫理的に劣化したわけではありません。「夢」を持てなくなってしまったことの、これは帰結です。「自分ひとりがよければ他の人のことはどうでもいい。今さえよければ先のことはどうでもいい」という考え方について国民的な黙契が成立したのです。「日本にはヴィジョンがない」というのはそういうことです。

これから日本はどうなるのでしょう。先ほど「潮目の変化」が来ていると書きました。僕はそう感じます。それでもまだ日本人は「次の夢」を見つけることができずにいます。
「日本スゴイ」とか「嫌韓嫌中」とか「クール・ジャパン」とかいう復古的なイデオロギーが人々を惹きつけるのは、「落ち目の日本」からそれでも必死になって搔き集めて来た「夢の残骸」がそこに展示されているからです。「夢の残骸」でもないよりましだという考え方を僕は理解できないわけではありません。でも、それは「夢」ではない。
国運が衰微しているのは「異物」が外部から侵入してきたせいだから、それを排除して、国を純化すれば国運は再びV字回復するというタイプの社会理論は危機に遭遇した社会がしばしば採用してきたものです。それを信じた政治指導者たちは「異物」の排除による国家の浄化を企てました。でも、それがもたらしたのは粛清と強制収容所と国民の分断だけでした。ですから、そういう「国民を浄化すれば国運が回復する」というタイプの社会理論に僕は反対です。それがもたらす暴力と道徳的退廃の底知れなさは歴史が教えています。

日本人はこれからどんな「夢」を見るべきなのでしょう。そもそも果たして「次の夢」を見ることができるのでしょう。この問いに軽々に答えることは自制しなければなりませんけれど、それでも一言だけ言わせてください。そのような国民を統合できる「夢」がもし存在し得るしたら、それは「これまで誰も思いついたことのないようなまったく新しいもの」であると同時に「あ、それね。その手があったか」と聞いた全員がたちまち笑顔で得心できるような「懐かしいもの」でなければならないということです。新しくて、そして懐かしいもの。そういうものを見つけ出すのはたいてい若い人たちです(老人にはいささか荷が重い仕事です)。
この本の読者の若い人たちにぜひそのたいせつな仕事を託したいと思います。僕もできる限りご協力致しますから一緒にがんばりましょう。みなさんのご健闘を祈ります。


2018.04.28

中国の若者たちよ、マルクスを読もう

中国の新華社からメールで質問状が届いた。
中国でもマルクス生誕200年がにぎやかに祝われるようだけれど、その中で「マルクス再読」の機運が高まっている。その流れの中で石川先生との共著『若者よマルクスを読もう』も中国語訳が出て、ずいぶん売れている(らしい)。
質問状には6つの質問があった。僕の方はこんなお答えをした。

1.『若者よ、マルクスを読もう』が出版され以来、日本ではベストセラーになり、中国でも大好評となり、愛読されています。その原因はどこにあるのでしょうか。なぜ資本主義社会の日本にはマルクス主義を愛読する人がこんなに多く存在しているのか、その原因は何だと思われますか。

日本では、マルクスは政治綱領としてよりはむしろ「教養書」として読まれてきました。つまり、マルクスのテクストの価値を「マルクス主義」を名乗るもろもろの政治運動のもたらした歴史的な帰結から考量するのではなく、その論理のスピード、修辞の鮮やかさ、分析の切れ味を玩味し、テクストから読書することの快楽を引き出す「非政治的な読み方」が日本では許されていました。マルクスを読むことは日本において久しく「知的成熟の一階梯」だと信じられてきました。人はマルクスを読んだからといってマルクス主義者になるわけではありません。マルクスを読んだあと天皇主義者になった者も、敬虔な仏教徒になった者も、計算高いビジネスマンになった者もいます。それでも、青春の一時期においてマルクスを読んだことは彼らにある種の人間的深みを与えました。
政治的な読み方に限定したら、スターリン主義がもたらした災厄や国際共産主義運動の消滅という歴史的事実から「それらの運動の理論的根拠であったのだから、もはやマルクスは読むに値しない」という推論を行う人がいるかも知れません。けれども、日本ではそういう批判を受け容れてマルクスを読むことを止めたという人はほとんどおりませんでした。「マルクスの非政治的な読み」が許されてきたこと、それが世界でも例外的に、日本では今もマルクスが読まれ続け、マルクス研究書が書かれ続けていることの理由の一つだろうと思います。

2.マルクス主義の日本への影響についてご説明いただけますか。特に現在の日本への影響について。

戦後の社会運動の多くはマルクス主義の旗の下に行われました。特に学生たちの運動はほとんどすべてがマルクス主義を掲げていました。ラディカルな社会改革のための整合的な理論としてはそれしか存在しなかったからです。しかし、60年安保闘争でも、60年~70年代のベトナム反戦闘争でも、実際に日本の学生たちを深いところで衝き動かしていたのは反米ナショナリズムだったと思います。対米自立をめざすこの国民感情はその後「経済力でアメリカを圧倒する」という熱狂的な経済成長至上主義にかたちを変えて存続しました。そこにはもうマルクス主義の影響は見る事ができません。
ですから、現代日本にマルクス主義がどう影響しているのかという問いには「政治的理論としては、ほとんど影響力を持っていない」と答えるしかありません。
日本共産党はマルクス主義政党ですが、選挙で共産党に投票する人たちの多くはその綱領的立場に同調しているというよりは、党の議員たちが総じて倫理的に清潔であり、知性的であり、地域活動に熱心であるといった点を評価していると思います。
ただ、日本では1920年代以後現代にいたるまで、マルクス主義を掲げる無数の政治組織が切れ目なく存続し続け、マルクス主義に基づく政治学や経済学や社会理論が研究され、講じられてきました。マルクス主義研究の広がりと多様性という点では東アジアでは突出していると思います。そのせいで、マルクス主義者でなくても日本人の多くはマルクス主義の用語や概念を熟知しており、そのスキームで政治経済の事象が語られることに慣れています。それは間違いなくわれわれのものの考え方(とくに歴史をとらえる仕方)に影響を与えているはずですけれど、それを「政治的影響」と呼ぶことは難しいと僕は思います。
 
3.先生はいつごろからマルクスの著作を勉強し始めたのでしょうか。先生が考えられているマルクス主義の偉さを何点か挙げていただけますか。

最初にマルクスを読んだのは高校一年生の時です。『共産党宣言』でした。マルクスの著作で一番好きなのは『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』です。これはロンドンにいたマルクスが、ニューヨークの友人に依頼されて、アメリカのドイツ語話者のための雑誌に書いた、フランスの政治的事件についての分析記事です。この入り組んだ執筆事情のせいで、マルクスの天才的な「説明能力の高さ」が遺憾なく発揮されています。同じ条件の下でこれだけ明快で深遠な分析記事を書くことのできたジャーナリストが果たしてその時代のアメリカやヨーロッパにいたかを考えてみるとマルクスの偉大さが分かると思います。

4.「マルクスを読めば人々がより賢くなる」とおっしゃいましたが、具代的な事例を挙げていただけますか。

クロード・レヴィ=ストロースは論文を執筆する前に必ずマルクスの著作を書架から取り出して任意の数頁を読んだそうです。そうすると「頭にキックが入る」のです。
この感じは僕にもよくわかります。マルクスを読むと「賢くなる」というより、「脳が活性化する」のです。マルクスの文体の疾走感や比喩の鮮やかさや畳み込むような論証や驚くべき論理の飛躍は独特の「グルーヴ感」をもたらします。マルクスの語りについてゆくだけで頭が熱くなる。いささか不穏当な比喩ですけれど、ロックンロールなんです。マルクスのテクストは。

5.マルクス思想を使って、現代社会における矛盾を解決する事例を挙げていただけますか。

マルクスの理論的枠組みをそのまま機械的に適用して解決できる矛盾などというものはこの世に存在しません。シャーロック・ホームズが難事件を解決した時の推理をそのまま当てはめても次の事件が解決できないのと同じです。ホームズから僕たちが学べるのはその推理の「術理」だけです。
僕たちはマルクスを読んで、広々とした歴史的展望の中で、深い人間性理解に基づいて、複雑な事象を解明することのできる知性が存在するということを知ります。そのような知性がもしここにいて、今のこの歴史的現実を前にしたときに、どういう分析を行い、どういう解を導き出すかということは自分で身銭を切って、自力で想像してみるしかありません。それはマルクスをロールモデルにして自分自身を知的に成熟させてゆくということであって、「マルクス思想を使って」ということではありません。

6.中国の若者たちが学校からマルクス主義に触れ始めています。マルクス生誕200周年を迎える今、中国の学生の皆さんに、または世界の若者たちに送りたいメッセージはありますか。

「マルクス主義に触れる」ということと「マルクスに触れる」と言うことは次元の違うことです。僕たちがこの本で若者たちに向けて語ったのは「マルクスを読もう」であって「マルクス主義を知ろう」とか「マルクス運動にコミットしよう」ということではありません。それもそれで価値ある政治的実践でしょうけれども、僕はマルクスを読むことの意味は「政治的」に限定されないと考えています。若い人たちが知性的・感性的に成熟して、深く豊かな人間理解に至るためにマルクスはきわめてすぐれた「先達」だということを申し上げているだけです。このアドバイスはどの時代のどの国の若者たちに対しても等しく有効だろうと僕は信じています。

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