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2014年12月 アーカイブ

2014.12.05

共同通信のインタビュー

共同通信のインタビューがあり、配信が始まった。地方紙が主なので、お読みになれない方もいると思うので、こちらに再録。選挙を前にして政治状況を俯瞰する「いつもの話」であるが、今回は「脱市場」という点にすこし軸足を置いて話している。
どぞ。


―景気の足踏みを理由に消費税引き上げが先送りされた。

個人消費が冷え込んでいるが、その背後には「生活に必要なすべての財を、市場で商品として購入する」という私たちが知っている以外の経済活動、「非市場的交易」が広まりつつあるという事実がある。
メディアはほとんど報じないが、原発事故以降「帰農」が大きなムーブメントになっている。それと並行して生産者と消費者が市場を介さないで、「顔と顔」のネットワークの中で財やサービスを交易するという動きが広まっている。
貨幣を介さない経済活動が広まることを政府は嫌う。それは政府のコントロールを離れた経済活動であり、経済指標にも捕捉されないし、課税することもできないからだ。政府がここに来て慌てて「地方創生」を言い始めたのは、地方の経済的てこ入れという目的以外に、政府・自治体・企業主導で地方の経済活動を抑え、個人や中間共同体主導の「顔と顔の」交易活動の広がりを許さないという狙いもあると私は見ている。
けれども、生きるために必要なすべての財は賃労働で得た貨幣をもって市場で購入しなければならないという仕組みの不合理性に都市部の若い労働者は気づき始めた。都市部で労働力を売ることではもう食えない、家族も持てないというところまで雇用条件が劣化したのである。帰農する人たちは、より人間的な生活を求めて都市部から地方へ「押し出され」ているのである。

―アベノミクス効果は届かないか。

安倍政権はグローバル企業の収益増大のことしか考えていない。そのためには「国家は株式会社のように運営されるべきだ」と信じている。特定秘密保護法の制定も解釈改憲もその文脈で理解されると思う。経済活動にとって、民主制は意思決定を遅らせる足かせでしかない。だから、株式会社のCEOがトップダウンで決定を下すような、トップが専決する仕組みをめざしている。表現の自由を制約する特定秘密保護法も、行政府による解釈改憲で「戦争ができる」道を開いたことも、「行政府への権限集中」という大きな流れの中で起きている。
国家の株式会社化に国民が反対しないのは、人口の過半が株式会社の従業員となり、彼ら自身、組織モデルとして株式会社しか知らないからである。株式会社には民主主義も合意形成もない。トップがすべてを決めて、経営判断の適否は従業員ではなく市場が決める。株式会社従業員マインドが日本国民の「常識」となった時点で、国民は国家もまた株式会社のように管理運営されるのが「当然」だと思うようになった。彼らが安倍政権を支持している。
農村人口が50%を超えていた時代なら「国家の株式会社化」などという構想に共感する人はほとんどいなかっただろう。なぜなら村落共同体では集団の目的は「成長する」ことではなく「存続する」ことだったからである。政策判断の適否は「この共同体が100年後も存続していること」という事実によって事後的に判断された。単年度の成長率やGDPの前年比などでは、自分たちの下した決断の正否は判定できなかったのである。
政策の適否を決定する「マーケット」は株式会社にはあるが、国家にはない。国家は50年100年なり後になって「健全に機能している」ときに、「今から50年前、100年前に選択された政策は適切だった」と事後的に確認しうるのみである。国家には入力した瞬間に、タイムラグなしにその適否判断を下すような便利な「マーケット」は存在しない。

―集団的自衛権の行使は防衛、つまり国家の存続のためではないのか。

そうではない。日本はアメリカの許可なしに独自の軍事行動を行うことができない以上、関連立法の狙いはむしろ「非常事態を宣言し、行政府が立法府の権限を停止して、超憲法的にふるまうことができる」仕組みを整備することにある。
安倍首相の憲法改正への動きに、米国は2013年春の段階ではっきりと「NO」という意思表示をした。やむなく安倍政権は正面突破による改憲をあきらめ、代案として「アメリカの軍機漏洩を防ぐため」と称して特定秘密保護法を採択し、「アメリカの海外派兵を支援する」ために集団的自衛権の行使を容認した。明文改憲という「名」を捨てて憲法9条、憲法13条、憲法21条を実質空洞化するという「実」を取ったのである。
だが、この二つの対米「譲歩」によって日本が得る国益はなにもない。ただ民主制の土台が崩され、70年の平和主義の蓄積が失われだけである。それと引き替えに、政治家たちは権力と財貨を、官僚たちは行政府への権限集中を、財界人たちは企業の収益増大を手に入れた。彼らはそれぞれ日本の国益をアメリカに安値で売り払った代償に、個人の利益を手に入れようとしたのである。それはかつて植民地において宗主国におもねって、自国の国益を犠牲に供して、自己利益をはかった「買弁」のふるまいに酷似してきている。

「対米従属を通じて対米自立を目指す」という戦後日本の外交戦略は、戦後しばらくは合理的な選択であった。だが、72年の沖縄返還以降、「主権の回復」、「国土の回復」という点では何一つ見るべき成果を上げていない。42年間二世代にわたって「対米従属はしたが、何一つ国益は増大していない」という状態が続いているうちに、対米従属というポーズそのものが自己目的化してしまった。
現代日本社会では「対米従属的である人間の方がそうでない人間よりも政官財メディアどの世界でも出世できる仕組み」が完成してしまった。だから、おのれ一身の立身出世をめざす人間は、ほとんど自動的に対米従属のしかたを身につけ、「買弁」的メンタリティを内面化してゆく。

米国の映画監督オリバー・ストーンが昨年、広島で行った講演で「日本はアメリカの衛星国であり、従属国である。日本の政治家はいかなる立場も代表していない」と語った。これがおそらくは米国のリベラル派知識人の常識である。だが、日本のメディアはその発言を報道しなかったし、反論もしなかった。従属国的マインドは完成してしまったのだと思う。

―戦後の日本のいびつさを、日本人も気づき始めているのではないか。

今の日本で、わが国が米国の従属国だということをリアルに認識しているのは沖縄だけだと思う。その沖縄知事選で、基地反対を掲げて勝った事実は大きい。今回の選挙の真の争点は「対米従属を通じての対米自立」という国家戦略をこれからもまだ続けてゆくのか、それともそれとは別の道を探るのか、という外交戦略の選択であり、「国家の株式会社化」という独裁制の進行をこのまま手をつかねて許すのかという政体の選択である。「アベノミクス選挙」などというのは問題の本質を隠蔽するための偽りの争点設定でしかない。

2014.12.10

週刊プレイボーイインタビュー記事

週刊プレイボーイから『街場の戦争論』についてのインタビューを受けた。
かなり長い行数を割いてくれたので、こちらに転載。


“本”人襲撃でも以前取り上げた白井聡氏の『永続敗戦論』や赤坂真理氏の『愛と暴力の戦後とその後』、そして矢部宏治氏の『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』など、ここ最近、日本の戦後史を再検証する本が数多く出版され、大きな注目を集めている。
今回紹介する内田樹氏の最新刊『街場の戦争論』もまた、「日本の戦後史」や日本人の「戦争観」に、独自の角度から切り込んだ、話題の一冊だ。
現代フランス哲学の研究者でありながら武道家としての顔も持つ内田氏は、昨年末から今秋にかけて10冊以上という驚異的なペースで著書を刊行するが、なぜ今、「戦争論」をテーマに選んだのか? 神戸にある自宅兼道場「凱風館」で話を聞いた。

黙して語らぬ戦中派と断絶された歴史の罠

――『街場の……』シリーズや、憲法論など、このところ立て続けに新刊を出されている内田さんですが、今回はなぜ「戦争論」なのでしょう?

内田 僕たちが今いるのは、ふたつの戦争、「日本が負けた先の戦争」と「これから起こる次の戦争」に挟まれた「戦争間期」なのではないかという気がなんとなくしています。実際に、近年に僕よりずっと若い書き手たち、例えば白井聡、赤坂真理、中島岳志、片山杜秀といった方たちが申し合わせたように「先の戦争の負け方」について独自の論考を展開している。現代日本の本質的な弱さを「戦争の負け方」の総括が間違っていたからではないかというのが彼らの問いかけだと思いますが、僕自身もそれを共有しています。
1950年生まれの僕は戦争を経験していませんが、戦争を経験してきたばかりの父親たち世代のたたずまいを記憶しています。「証人」として、戦争についての語る世代的な責務も感じています。

――世代的な責務とは?

内田 父親たちの世代、「戦中派」には「戦争経験について語らない」という一種「暗黙の了解」のようなものがあったように思います。戦地で実際に行なわれたことや見たことについては子どもたちには語らない。もとは「善意」から出たことだと思います。「戦争がどれほど醜悪で過酷なものか、自分たちがどれほど残酷で非情だったか、そういうことは子供たちには伝えまい。無言で墓場まで持って行こう。子供たちは無垢な戦後民主主義の申し子として未来の日本を担って欲しい」そういう思いだったのではないかと思います。だから「黙して語らず」を貫いたのだと思います。
しかし、そのせいで「戦争の記憶」は次世代に語り継がず、僕たち世代は戦争を「済んだこと、早く忘れるべきこと」として、戦争について深く踏み込んで総括する機会を逸してしまった。そのことの負の側面が、現代日本の足腰を致命的に劣化させている、そう感じます。
なぜ「戦中派」は戦争を語らなかったのか? あるいは語れなかったのか? そしてそれが戦後70年にどんな影響を与えたのか?世の中から「戦中派」がどんどんといなくなっている今、少なくとも「沈黙を貫いた父親世代」の屈託した表情だけは記憶している僕たちの世代が証人として、その〝沈黙の意味〟を再構成しなければならない、そう思ったのです。

――「戦争」が語り継がれなかったことによる歴史の断絶によって表面化した「負の側面」とは、具体的にどういうことですか?

内田 最も顕著なのは「歴史修正主義」の登場でしょう。これは日本に限らず、ドイツやフランスでも同じなのですが、戦争経験者世代が社会の第一線から退場しはじめると、どこでも「歴史修正主義者」が現れます。
彼らは歴史の「生き証人」がいなくなった頃を見計らって登場します。「戦中派の沈黙」ゆえに戦争の記憶が伝えられなかった戦後日本では、とりわけ歴史修正主義は暴威をふるいました。現場を見た生身の人間がいなくなった頃になって、断片的な文書だけに基づいて、戦争について言いたい放題の「事実」を語り出した。
従軍慰安婦の問題にしても、実際に戦地で慰安所に通っていた兵隊たちが生きていた間は「強制性はなかった」「軍は関与していない」などということをうるさく言い立てる人間はいなかった。慰安婦がどういう制度であるかを誰でも知っていたからです。証人たちがいなくなった頃になってはじめて「慰安婦問題は捏造だ」と言い出した。ヨーロッパにも「極右」の政治家はいますけれど、安倍晋三のような極右が総理大臣になれたのは世界で日本だけでしょう。

――なぜそうなってしまったでしょう?

もともとの自民党はイデオロギー政党ではありません。党内に極右からリベラルまで含んだ「国民政党」でした。国民の生活実感を汲み上げることで長期政権を保ってきた。
そして外交戦略は「対米従属を通じての対米自立」一本槍だった。従属することで主権を回復するというトリッキーな戦略ですが、それが戦後日本の戦略として最も合理的で現実的だったわけです。現に、その戦略のおかげで日本は敗戦から6年後にはサンフランシスコ講和条約で主権を回復し、1972年には沖縄返還で国土を回復した。対米従属は「引き合う」というのは自民政権の歴史的成功体験だったわけです。しかし、この成功体験への固執がそれから後の日本外交の劣化をもたらした。
沖縄返還後の42年間、日本はひたすら対米従属を続けましたが、何一つ回復できていない。世界中から「アメリカの属国」だと思われているけれど、その見返りに「対米自立」としてポイントを獲得できた外交的成果は一つもない。ゼロです。米軍基地は縮小も返還もされない。年次改革要望書を通じてアメリカは日本の政策全般についても細かい指示を続けている。
対米従属は本来は主権回復のための手段だったはずですが、それが三世代にわたって受け継がれているうちに「自己目的化」してしまった。対米従属を手際よく効率的にこなすことのできる人たちが政治家としても官僚としても学者としても「出世できる」システムが出来上がってしまった。
自民党が国民政党からイデオロギー政党に変質したことは、この「対米従属の自己目的化」の帰結だと僕は見ています。安倍首相はじめ対米従属路線の主導者たちがその見返りに求めているのは日本の国益の増大ではなく、彼らの私的な野心の達成や、個人資産の増大です。
今回の解散・総選挙はどのような国益にもかかわりがありません。政権の延命が最優先している。かつての自民党政権は列島住民の雇用を確保し、飯を食わせることを主務とする「国民政党」たらんとしていましたけれど、現在の自民党は限定された支配層の既得権益を維持するための政治装置に変質してしまいました。

――実際、日中関係や日韓関係はこじれたままですし、集団的自衛権の行使容認や秘密保護法の制定などで、日本が「戦争の出来る国」になろうとしているという声があります。近い将来、この国が「戦争」に巻き込まれる可能性はあるのでしょうか?

内田 現実的にはあり得ないと思います。安倍さんや石破さんは日本を「戦争の出来る国」にしようとしていますけれど、本気で戦争になるとは思っていません。一体どこと戦争するんです?
韓国には米韓相互防衛条約があります。今も韓国軍の戦時作戦統制権を持っているのは在韓米軍司令官です。日本と韓国が戦争するということはアメリカと戦争するということです。そんな覚悟がある人がいますか?
日中が戦争することをアメリカは全く望んでいません。
日本と中国が例えば尖閣問題で軍事衝突を起した場合、日本人は安保条約に基づく米軍の出動を期待しますが、アメリカは中国と戦争する気なんかない。だから、調停は試みるでしょうけれど、同盟軍として中国と戦うことはない。だから、何としても軍事的衝突そのものを事前に抑え込もうとする。
日本で対中国で好戦的な発言をしている人たちは、うしろから羽交い締めにされている酔っ払いが怒号しているようなものです。止めてもらえると思って安心しているので、威勢の良いことを言っていられるのです。
そもそも、安倍さんも石破さんも、今の日本の政治家に実際の戦争を指揮できるだけの基礎的な能力がありません。
戦争というのは国の根幹に関わる死活問題ですから50年後、100年後のこの国をどうするのかという長期的なヴィジョンがなくてはすまされない。ところが「領土」や「国威」にこだわるナショナリストたちの発想は、市場でのシェアを競争しているビジネスマンと同一の発想しかしていない。自分たちの「シェア」が増えたか減ったか、そういう二次元的な、空間的な数値の変化しか見ていない。経済戦争とほんとうの戦争を同じものだと思っている。株式会社の経営者の発想です。ビジネスマンに戦争ができるはずがない。

――つまり、本気で戦争をする気も、またその能力もない人たちが、この国を「戦争ができる国」にしようとしていると? 

彼らは戦争の生き証人である「戦中派」の退場を狙って、あるいは「語られなかった歴史」の断絶を利用して、知りもしない戦争を語り、自己都合で書き換えた歴史を信じさせようとしている。そして、その目的が国益の増大ではなく、私的利益の増大であることが問題なのです。
安倍さんたちが目指しているのは、北朝鮮とシンガポールを合わせたような国だと思います。
政治的には北朝鮮がモデルです。市民に政治的自由がなく、強権的な支配体制で、自前の核戦力があって国際社会に対して強面ができる国になりたいと思っている。
経済的な理想はシンガポールでしょう。国家目標が経済成長で、あらゆる社会制度が金儲けしやすいように設計されている国にしたい。
万が一、日中が戦争状態になったときに米軍が出動しなければ、日本はこれまでの対米従属の反動で、間違いなく極端な「反米」路線に走るでしょう。安保条約即時廃棄、米軍基地即時撤去となれば、日本はアメリカ、中国、韓国、ロシア、すべてを仮想敵国とみなすハリネズミのように好戦的な「先軍主義」の国になるしかない。先の世界大戦前と同じです。そういう北朝鮮のような国になることを無意識的に願っている日本人は少なくないと僕は思っています。

現実には「強い現実」と「弱い現実」がある

――一方、内田さんは今回の著書で、「もし、日本の敗戦が決定的となったミッドウェー海戦の直後にアメリカと講和を結んでいたら……」という仮定の下に、今とはまるで異なる「日本の戦後」があり得たと書かれています。そして「現実」には、この「もし」で大きく変わり得た「弱い現実」と、「何があっても、結局はこうなっただろう」という「強い現実」があるという視点を示されています。

内田 ミッドウェー海戦に敗れて太平洋戦争の帰趨がほぼ決した直後に、すでに吉田茂や木戸幸一は対米講和を考えていました。でも、ずるずるしているうちに機会を失した。
 もし44年までに対米講和が成っていれば、本土への空襲も、玉砕も、特攻もなく、広島や長崎への原爆の投下もなかったはずです。そう考えると今、我々が直面している現実も、過去の小さな「もし」によって、大きく違っていたかもしれない「弱い現実」だということがわかります。

――それが「弱い現実」である以上、我々の行動次第で変えることもできるということですか?

内田 歴史のなかに「もし」という視点を置くことで、少なくとも、「結局、日本はこうなるしかなかったんだ……」という宿命論からは逃がれられます。何かの要素がほんの少し違っていただけで「もっとましな今になっていたチャンスはあった」と考えることで、少しは希望が持てる。
もちろん、先の戦争が証明しているように、いくつかの「偶然」がもたらした「弱い現実」によって、国が壊滅的な危機に直面するということもあります。たとえそれが「弱い現実」であっても、ものを破壊することはできるからです。
安倍政権もそうです。歴史的必然性があって誕生したわけではない政権ですが、それでも日本社会の根幹部分を破壊するだけの力はある。でも、この痛ましい現実も、所詮は偶然が重なって生じた「弱い現実」に過ぎませんから、わずかの入力変化で大きく変化するでしょう。
目の前に迫った衆議院選もひとつの「分岐点」です。これが日本の歴史を大きく変える「節目」になる可能性はあると僕は思っています。


2014.12.20

東京新聞のロングヴァージョン「選挙の総括」

東京新聞のインタビューで選挙の総括をした。ラフの原稿が届いたのだが、締め切りに気づかず、リタッチしていたら、もう掲載された後だった。
せっかく書いたので、ここに再録する。

今回の選挙で有権者が示した判断は「判断保留」ということでした。エコノミストたちのあるものは経済指標は悪化しているといい、与党はどんどん良くなっていると言う。どちらのデータ解釈が真実なのかは私たち素人には判定できません。ですから、有権者は判断を保留した。いずれ判断できる時点まで、今は「中腰」の姿勢で見守っているという感じだと思います。
有権者数を分母にした全国の比例代表の得票数でみれば、自民党は1770万票で、全有権者の17%にすぎません。それを「圧勝」と表現するのは不適切でしょう。
戦後最低の投票率が意味するのは「政権の政策の成否の結果が出るまで、もう少し待つ」という有権者の「中腰のまま、大きな変化を望まない」傾向です。有権者は「大きな変化を望む」ならば投票所に向かうし、「自分の一票で政治が変わるかもしれない」と思えば、投票所に向かう。有権者の過半にはそのどちらの気持ちもなかった。「大きな変化を望まない」という現状維持と、「自分の一票くらいで政治は変わらない」という無力感が、この歴史的な低投票率の意味するところでしょう。

自民党は「争点はアベノミクス」と言い張りました。要は経済成長である、と。経済成長に利するような政策を展開するから見ていてくれ、と。有権者の多くも「争点は経済だ」という言い分に頷きました。それは「政治の最優先事は金だ」という考え方に同意したということです。
とにかく金がいる。官民挙げてそれが国民の総意であるならば、結論は簡単です。国家を金儲けに特化したかたちで制度改革すればいい。国のしくみを営利企業に準拠して作り替えればいい。それが「国民国家の株式会社化」ということです。

国家を株式会社化する上で民主主義はもとより無用のものです。株式会社のCEOは独断専行で即断即決する。従業員や株主の合意を得てからはじめて経営判断を下すような鈍くさい経営者はいません。株式会社は民主的に運営されているわけではない。ワンマン経営でもトップダウンでも構わない。なぜなら、経営判断の適否はただちにマーケットが下すからです。「マーケットは間違えない」。これはすべてのビジネスマンの信仰箇条です。これに異を唱えるビジネスマンはいません。経営判断の適否は、タイムラグなしに、ただちに、売り上げ、シェア、株価というかたちで目に見える。どれほど非民主的で独裁的なCEOであっても、経営判断が成功している限り経営者に反対することは誰にもできません。
安倍首相がめざしているのは、そのような「株式会社化した国家を支配する、CEOのような統治者」です。

彼らが理解していないのは、政治にはビジネスにおける「マーケット」に対応するものが存在しないということです。
国政の適否の判断は今から50年後、100年後も日本という国が存続しており、国土が保全され、国民が安らぎのうちに暮らしているという事実によって事後的にしか判定されない。新製品がどれくらい市場に好感されたか、というような「マーケットの判断」に相当するものは国政については存在しない。
政府が行っている政策の適否がわかるのが自分たちの死後かも知れないという予測の不確かさを実感しているからこそ、民主制国家は独裁を認めないのです。
民主制国家でどれほど時間をかけても合意形成が即断即決よりも優先されるのは、採択された政策が「失敗」したとわかったときに、「CEOを馘首する」というソリューションがとれないからです(たいていの場合、失政の張本人はとっくに引退するか、死んでいます)。
そのとき失政の後始末をするのは国民国家の成員たちしかいない。誰にも責任を押しつけることができない。先祖がした失敗の尻ぬぐいは自分たちがするしかない、そういうマインドを国民の多くが持つための仕組みが民主制なのです。
政策を決定したのは国民の総意であった、それゆえ国民はその成功の果実を享受する権利があり、その失政の債務を支払う義務がある。という擬制を支えるのが民主制です。

安倍政治がめざしているのは、そういうものではありません。彼らは自分たちの政策が歴史的にどう検証されるかということには何の興味もない。彼らにとって政策の成否判断の最高審級は「次の選挙」です。次の選挙が彼らにとっての「マーケット」なのです。そして、「マーケットは間違えない」以上、次の選挙で当選するということは、それまで行った政策の適否についての歴史的判断はその時点で確定したということになる。5年後、10年後にその政策判断がどういう結果をもたらしたか、そんなことは与り知らない。
彼らが「文句があれば次の選挙で落とせばいい」とか「みそぎは済んだ」というような言い回しを好むのは、そうすることによって「直近の選挙結果が政策の適否を判定する最終審級であり、歴史的な審判などというものは考慮するに及ばない」というイデオロギーを国民に刷り込むためです。

ですから、安倍政権はある政策を採用すれば、株価がどう上がるか、次年度のGDPはどうなるかということには興味があるけれど、その結果、数年後に日本がどうなるかということにはほとんど想像力を用いない。
その点で、歴代でもっとも「知性と想像力を欠いた政権」と評するしかないでしょう。
集団的自衛権を行使して、米国の海外派兵に随行して米軍の戦闘行為の下請けをするようになれば、自衛隊が殺傷した人々の同胞たちは日本を「敵国」と認定し、いずれ日本人をテロの標的にすることでしょう。それによって失われる人命や破壊される財産や失われる社会的コストを彼らはゼロ査定しています。とりあえず、そのようなコストは「次の選挙」の前には発生するはずがないので、考えない。彼らの政策の適否を判定する「マーケット」は5年後10年後に日本がこうむるリスクを勘定に入れる商習慣がないマーケットだからです。

安倍政権が進めている政策は日本の戦後七十年の平和主義と民主主義の政体を根本から変えるものです。与党はそれを隠したまま争点を「金の話」に限定した。そして、「金が欲しいんでしょう、みなさんも」と叫び続けた。
これから先も、政府は自分たちが何をしようとしているのか、それが未来の日本にどのような影響を及ぼすかについては、何も語らないでしょう。
先のことは考えなくていい。目先の銭金だけが問題なのだ。それが国民の総意だったはずだ。そういう言い訳で彼らは自分たちの政体変革の歴史的意味を隠蔽し続けることでしょう。
私たちにできるのは「国家は金儲けのためにあるわけじゃない」という常識に立ち戻ることです。株式会社なら、経営に失敗しました。倒産しますで話は済む。株式会社は有限責任体ですから。株券が紙くずになっただけで終わりです。
でも、国家はそうはゆきません。失政のツケを国民は何十年も何百年も払い続けなければならない。私たちは国家の株主なんかじゃないし、むろん従業員でもない。私たちの90%以上はこれからもずっと日本列島に住み、日本語を話し、日本の宗教や生活文化の中で生きることを宿命づけられている。逃げる先はどこにもない。次の選挙より先のことを考えない人たちに自分たちの運命を委ねることはできません。

2014.12.29

2014年の十大ニュース

今年の十大ニュース

年末吉例の「今年の十大ニュース」の時間のタイムがやって参りました。
毎度あまり変わりのないニュースではありますが、「無音は息災のしるし」ですから、そのこと自体を言祝ぎたいと思います。

1 今年もたくさん本を出した。いや~、出した出した。すごい数ですよ。
単著は:『街場の共同体論』(潮出版社)、『街場の戦争論』(ミシマ社)、『内田樹の大市民講座』(朝日新聞出版)、『憲法の空語を充たすために』(かもがわ出版)。
対談・共著本:『竹と樹のマンガ文化論』(小学館、竹宮惠子先生との対談)、『一神教と国家』(集英社新書、中田考先生との対談)、『日本霊性論』(NHK出版、釈徹宗先生との共著)、『若者よマルクスを読もうII』(かもがわ出版、石川康宏先生との共著)、『日本の身体』(新潮社、多田宏先生ほかたくさんの方々との対談を収録)、『街場の憂国会議』(晶文社、平川克美、小田嶋隆、鷲田清一、中島岳志、孫崎享、高橋源一郎、想田和弘諸氏との共著)、『街場の五輪論』(朝日新聞出版、平川克美、小田嶋隆両氏との鼎談)、『医療につける薬』(筑摩選書、岩田健太郎、鷲田清一両氏との共著)、『ほんとうの仕事の作法』(ダ・ヴィンチブックス、名越康文、橋口いくよ両氏との鼎談)、『学校英語教育はなんのため』(ひつじ英語教育ブックレット、鳥飼久美子さんとの対談を収録)。
文庫化されたもの(ボーナストラックつき)は:『僕の住まい論』(新潮文庫)、『もう一度村上春樹にご用心』(文春文庫)、『呪いの時代』(新潮文庫)、『邪悪なものの鎮め方』(文春文庫)、『沈む日本を愛せますか』(文春文庫、高橋源一郎さん、渋谷陽一さんとの鼎談)、『街場のマンガ論』(小学館文庫)
締めて20冊。
このほかすでにゲラを渡しているのは安田登さんとの能楽対談本、鈴木邦男さんとの対談本、『聖地巡礼・熊野編』、鎌田東二さんのスピリチュアル講座に書いた「武道と芸能論」などなど。さすがに「来年はもう仕事はしないよお」と叫びたくなるのも当然ですよね。

2 今年も韓国語訳がいくつか出ました。『邪悪なものの鎮め方』『贈与と評価の経済学』(岡田斗司夫さんとの対談)『街場の共同体論』『ひとりでも生きられないのも芸のうち』『修業論』。
どういう基準での選書かよくわかんないですね。
この二三年、10冊くらい集中的に韓国語訳が出ています。でも、「どうして、ウチダ本がこれほど韓国で読まれているのか?」という疑問を持つ人は日本のメディアには一人もいないようで、ついに一度も取材が来ませんでした。

3 翻訳がらみでもう一つ。『日本辺境論』は昨年中国語に翻訳されて、かなり売れました。今年は中国共産党中央紀律委員会というところの指定する「党幹部が読むべき本」56冊リストに入れてもらいました。委員会の委員長は習近平主席。「習近平がお勧めしてくれた日本人の本」はこれ一冊だそうです。でも、「どうしてウチダ本は隣国で評価されるのか?」という疑問を持つ人は(以下同文)

4 出不精のウチダが珍しく海外に行きました。2月はバリ島でバカンス、6月に韓国で講演旅行(ソウルと大邱)、7月にマレーシア合気会創立20周年記念講習会・演武会&祝賀会、11月にイタリア合気会創建50周年記念講習会・演武会&祝賀会。マレーシアでは演武をさせていただき、ローマでは多田先生にいきなり演武と講習の担当を指名されてびっくりしました。各地でお世話くださったみなさん、ご指導たまわった先輩諸氏に心からお礼申し上げます。

5 1月4日に、福生での大瀧詠一さんのご葬儀に参列しました。細野晴臣、松本隆、鈴木茂、坂本龍一、伊藤銀次、鈴木雅之、佐野元春さんたちがいらしてました。坂本教授とはその前に何度か「特定秘密保護法」に反対する市民運動の立ち上げについてメールを交わしていたのですが、この日にはじめてお会いしてご挨拶をしました。さすがにピアニストですね、握手した手がとっても柔らかく、暖かでした。
この日から今日まで、カーラジオでは「アメリカンポップス伝」の全シリーズ20回をエンドレスで聴き続けています。大瀧さんの追悼の文章をいくつかの媒体に書きました。先日はNHKラジオでサエキけんぞうさんと大瀧さんの思い出を語り合いました(放送は12月30日19:00から)。
大瀧さんは僕が個人的に最大の影響を受けた同時代人だったと思います。あらためて師匠の偉大さを噛みしめる一年でした。

6 第一回凱風館寄席を開催。笑福亭たまさんに二席語っていただきました。前座の釈先生の小咄「アムステルダム」が絶品でした。西靖さんも出演予定でしたが、VOICEのリハーサルのため無念の欠席。たまさんにはぜひ来年もお出で頂きたいです。
それから、青山さん主宰の浪曲部がプロデュースする春野恵子さんの浪曲会。安田登さん、玉川奈々福さん、山本紗由さん、新井光子さんによるこわくない怪談「耳なし芳一」。
第一回凱風館シネマは纐纈あや監督をお招きして「ある精肉店のはなし」の上映会とアフタートーク。上映会のために暗幕とスクリーンをセットして、本格的な映画館仕様。本日(12月29日)が第二回凱風館シネマです。水ちゃんとこの劇団の舞台風景の上映と、ウチダの秘蔵映像を公開します。11月はヨーロッパ計算の旅から帰ったばかりの森田真生くんをお招きして、第一回凱風館「数学の演奏会」。
来年もいろいろな新しいイベント企画が目白押しです。

7 凱風館身体技法研究シリーズがほぼ定例化しました。甲野善紀先生の武術講習会、光岡英稔先生の武学と站樁の講習会、守伸二郎先生の意拳講習会、岡田慎一郎先生の介護技法講習会、高橋佳三先生の身体技法講習会とス道会。これだけ多様な「他芸」の講習会を開催している合気道専門道場はかなり例外的だと思います。

8 能『羽衣』のシテをつとめました(大阪能楽会館、6月1日)。一年半ほど頭は『羽衣』のことばかりでしたが、終わるとほんとうに「肩の荷をおろしたような」爽快な気分でした。
本番ではちょっと道順を間違えかけて「頭がまっしろ」になりましたが、安田登さんがワキ座からじっとみていてくれて動きをサポートしてくれました。ワキというのがあれほど頼りになるものだとは能のシテを舞うまで知りませんでした。
ものすごく緊張しているはずなのですが、面のわずかな目の隙間から見所がよく見えるんです。「あ、タ○ミーが居眠りしてる・・・」とか。

9 スキーにちょっと開眼。ス道会での高橋佳三さんの講習で薄目が開いて、丸山貞治さんの白馬山楽荘での「スパルタンスキー教室」で半眼開眼。極楽スキーでもいい感じで滑ることができました。来年も、ス道会・スパルタン・極楽とスキー三連続。スキー道にもさらに精進いたします。

10 大学の合気道部、杖道会に新入部員がたくさん入ってきてくれました。合気道部はなんと部員数が20名を超えました。いったい何が起きているのでしょう? 若い人たちの地方回帰・帰農志向が目立ってきましたが、「身体を取り戻す」ことの緊急性に日本人が気づき始めたのだとしたら、うれしい徴候だと思います。

以上、めずらしく10個集まりました。「個人的にしみじみした話」が少なくて、「公共的な活動報告」が増えてきているのは、僕の日常生活から「プライベート」な要素がだんだん減っていって、生活自体が「パブリック」なものになってきているからでしょう(今日も上映会の仕込みで、昼から書斎の机の横を人々がぞろぞろ歩いています)。
年を取るというのは、どうも「私的」なものが逓減していって、生活の隅々までが「公共化」してゆくプロセスなのかも知れません。
考えてみたら、自分の家を公共的な空間に造り替えて人々の出入りを自由にするばかりか、自分の頭の中身を活字にしてじゃんじゃん公開し、自分の身体の仕組みや働きを稽古で開示しているわけですから、少年の頃に比べると「自分という人間の成り立ち」の開示度は何十倍にも増えている。
年を取るとどんどん「自分がなくなる」。
「自分のもの」だと思っていたものが実はほとんど「他者から贈与されたもの」それゆえ「他者と共有されるべきもの」であることに気づいて、「なんだ、『自分だけのもの』なんて、この世にないんじゃん」という涼しい諦観に至る。そういうことなんでしょうか。まだ年の取り方が足りないので、よくわかりませんけど。

みなさんもどうぞよいお年をお迎え下さい。

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