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2015年04月 アーカイブ

2015.04.03

「沖縄の孤独な戦い」ル・モンド

『ル・モンド』が3月25日に「沖縄の孤独な戦い」と題するレポートを掲載した。
ヨーロッパから見た沖縄の状態についてのレポートである。ヨーロッパからは日本は「こういうふうに見えている」ということである。
とくに、最後の方の「日本政府の無関心が沖縄独立気運を強めている」という観察はたぶん欧米の読者には腑に落ちる説明だろう(植民地においての無数の苦い経験が彼らにはある)。
なぜ日本政府がそのような愚かな選択に固執するのか、その理路が記者にはどうしても理解できないようだ。
日本のメディアでは自明として扱われていることが、海外メディアからは理解不能であるという場合に、対応は二通りある。ひとつは海外メディアは「何も事情がわかっていない」と無視すること。ひとつは「事情がわかっていないのは自分たちかもしれない・・・」と疑ってかかること。
知的負荷が大きいのは後者である。

沖縄の孤独な戦い
フィリップ・ポンス、
中央政府に抗って、沖縄知事は3月23日月曜日に大浦湾での新米軍基地建設の予備工事の停止を命じた。11月に選出された翁長雄志知事は彼の前任者によって許可を与えられた地域外への4トンのコンクリートブロック投下によって政府が珊瑚礁を傷つけたことを糾弾している。
反対派から歓呼で迎えられた知事の決定は来週からの工事許可を無効にする可能性がある。官房長官は「遺憾」の意を表し、工事を続行する意思を示している。これは沖縄タイムズの前編集長長元朝浩によると「県と政府の間の最初の公式な対決」である。沖縄タイムズはもう一つの地域紙琉球新報とともに沖縄県民の頑強な抵抗の声を伝えている。
知事の決定は大浦湾岸において21日土曜日に行われたデモの後になされた。このデモでは、カヤック、カヌー、小型船舶からなる小型船団は広大な軍基地建設予定地域を示すオレンジ色のブイの列にそって展開するゾディアックボートと海上保安庁の巡視艇の間をジグザグに進み、乗り込んだ4000人以上の人々が抗議の声を上げた。それぞれ2キロ長のV字型の滑走路を含むこのコンクリート製の「空母」は広さ200ヘクタールに達する。
米軍基地の運命は沖縄知事選の最大の争点であった。沖縄には在日米軍兵士47000人の半分以上が駐留しているからである。
海兵隊が駐留しているキャンプシュワブの前では建築機材を搬入するトラックに対してデモ隊が24時間虚しい阻止行動を続けている。
警官隊とガードマンとデモ隊の間では衝突が繰り返されているが、ガードマンたちの一部はマスクで顔を隠しているが米軍基地に雇用されている。すでに複数の活動家たちが負傷している。「警官たちは数では私たちの五倍いますけれど、しだいに暴力的になってきています。ボートを転覆させたり、逮捕者を出したり」とカナイ・ハジメ牧師は語っている。彼は船に乗り込んで、沖縄諸島の中で最も海洋資源豊かなこの湾の生態系の破壊に抵抗している。ここには珊瑚礁があり、未知の貝類があり、絶滅に瀕している海生の哺乳類であるジュゴンがいる。
「世界の人々には、米国と日本が何をしているのかを見て欲しい。大浦湾を破壊させるがままにすることはできません」、デモ隊の掲げるプラカードにはそう書いてある。
2013年に前知事によってこの工事計画に対して与えられた承認は沖縄住民によって裏切り行為と見なされている。そして去年、沖縄の人々は彼らの反対の意思を選挙で示した。名護市(大浦湾がある地)の反対派市長が再選され、同じく反対派の知事が選出された。
翁長沖縄県知事は3回にわたって上京したが、首相からは面談を拒否された。菅官房長官は沖縄住民の見解は工事計画の実施に関与しないと述べた。
沖縄の人々は日本政府の沖縄の要請に対する無関心を侮辱として受け止めている。「これは差別です。たとえ核問題で日本の世論が二分されているとしても、沖縄は新基地建設に対してははっきりノーを告げました」と糸数慶子参院議員は述べている。
これまでのところ、日本の国内メディアは沖縄の緊張状態をほとんど伝えていない。讀賣新聞は知事の「妨害」を批判しており、朝日新聞は「住民の反対を押し切って建設される基地の国防上の貢献」についての問いを発するにとどまっている。地元紙は地域の問題について詳細な報道をしており、これを地方自治にかかわる問題としてとらえている。
沖縄では問題は19世紀末に独立王国であった琉球の日本への併合以来、二級の市民とみなされてきた住民たちの怨恨をかたちにしている。太平洋戦争における米軍との激戦地となり、戦後は沖縄は国土の0・6%であるにもかかわらず日本に展開する米兵47000人の3分の2を受け容れることを強要されてきたのである。なぜか?他の都道府県が望まなかったからであると中谷元防衛相はいささかシニカルに答えている。
結論:基地は沖縄にあり続けるだろう。住民たちはそれを受け容れなければならない。「私の身体には米軍の火炎放射器による火傷の跡が残っています。ですから、私は父祖の土地を譲る気はありません。」とシマブクロ・フミコは断言する。85歳のこの女性はすべてのデモに参加しており、最近も軽傷を負ったばかりである。
新基地の造営によって普天間基地は閉鎖されることになる。宜野湾市の市内にある普天間基地のせいで、近隣の学校の教員たちは飛行機の離陸時の耳をつんざくような騒音のために授業の中断を余儀なくされている。普天間基地の移転は1995年に三人の米兵による少女暴行事件の直後から計画されてきた。しかし、名護市の住民たちは彼らの市内への基地移転に抵抗している。
「私たちの活動は非暴力的なものです」と沖縄平和運動センターを率いる山城博治は言う。「しかし、日本政府はわれわれの要求に耳を貸さない。」「われわれの声に耳を傾けてもらうためには怒りが爆発する必要があるのでしょうか?」と名護市議会の東恩納琢磨は問う。東京の無関心はいずれにせよ沖縄のアイデンティティにかかわる要求を強めることになる。その予兆はすでにさきの知事戦に見られた(「イデオロギーにノー、沖縄のアイデンティティにイエス」)。東京の無関心はむしろ住民の側からの沖縄独立を求める声を高めている。

2015.04.04

New York Times AIIBについての記事から

4月2日のNew York Times の記事を訳した。
AIIBの意味について、日本のメディアは取材も分析も足りないと思う。
AIIBへの不参加が客観的な情勢判断に基づいて「国益に資する」としてなされた決定であるなら、それがひとつの政治的見識であることは私も認める。
けれども、その決定の根拠が「アメリカによく思われること」であるというのなら、それは主権国家のふるまいとは言いがたい。
主権国家はまず自国の国益を配慮する。
韓国も台湾もオーストラリアもそうした。日本だけがしなかった。というかできなかった。
それはこれまで中国を敵視し、メディアを通じて中国のガバナンスは不安定であり、経済的にも後退局面に入っているという「主観的願望」を垂れ流してきたせいで、現実が見えなくなってきたからである。
中国がアジアにおける日本の最大のライバルであるというNYTの評価は客観的には適切なものだと思いたい。
けれども、これからも「ライバル」であり続けたいと思うなら、願望を語るより現実をみつめる方がいい。

中国の開発銀行への雪崩的参加に中国も驚愕
Jane Perlezapril 
北京発
中国の新しいアジア開発銀行の月末での参加締め切りに突然のラッシュが起きた。中には中国政府の親しい友人とはとても思えない国の駆け込み参加申請まであって、中国人自身が驚いている。
北京の政府部内には台湾からの参加要請があると思っていた人はほとんどいなかった。台湾はいまだに中国から離脱した地域と見なされているからである。ノルウェーもそうだ。両国の関係は5年前に中国人作家にノーベル平和賞を授与したときから冷え切っている。
しかし、申請締め切り後、中国政府はAIIBには46国の参加があったとアナウンスすることになった。アジア隣邦の参加は想定していたが、最終的に参加国名簿にはG20のうち14カ国の先進国が含まれ、うちブラジル、フランス、ドイツなどはアジア以外からの参加であった。
「これほど広汎かつ好意的な支持は想定外だった」とJin Canrong(Renmin 大学国際関係論教授)は語っている。
最終局面での雪崩的な参加表明は、アジア地域における影響力を中国と競合しているアメリカに対する中国の圧勝と見なされている。経済的な現実が認知されたということである。中国は深いポケットを持っている。そして、アメリカが後押ししている制度ではアジアにおける道路、交通、パイプラインなどに対する急増する需要にはもう応えることができない。
アメリカの当局者は新制度をアメリカと日本が支配している国際的な金融制度である世界銀行とアジア開発銀行を切り崩すための企てであると見なしている。オバマ政権筋は新しい銀行の貸与条件が中国のリーダーシップの下で緩和されたために、例えば、開発ラッシュのために地域の貧しい住民が追い出されたりすることを懸念していた。
中国のアジア地域における主要なライバルである日本はオバマ政権の側に残った最後の同盟国となった。一方で韓国、オーストラリアといった通常はアメリカの忠実な同盟国である諸国が当初の決定を覆して参加表明をした。
締め切り直前になっての諸国の雪崩的な参加表明はまず英国によって開始された。アメリカの最も信頼されている友邦である英国は最終的に中国がこれほど巨大な輸出先、投資先である以上、その政府の重要政策のひとつに対して傍観者の立場を貫くことはできないと結論したのである。
ヨーロッパ、アジアにおけるアメリカの同盟国がAIIBに参加しないようにというアメリカの呼びかけを踏みにじったという事実に、中国の当局者や学者たちは、中国はアメリカの指示を受けることなしに世界規模の制度を構築しうる力量があることを証明したとして勝利感を味わっている。
「この事実は中国がアメリカとは独立したかたちで、アジア地域諸国とさらにはアジア以外の諸国とともに活動することができるということを示した。」とWu Xinbo(上海Fudan大学アメリカ研究センター所長)は語っている。
「諸国民が、それが自分たちの利益になり、公共の福利に資すると判断することであるなら、人々はもうアメリカの承認を必要としなくなったのだ。」
「ワシントンは世界銀行とIMFにおける中国の発言権を抑制したことで結果的に墓穴を掘ることになった」とDavid Daokui Li (前中国人民銀行アドヴァイザー、ハーヴァード大学経済学博士)は言う。
「アメリカはナーバスになって、同盟国にこう告げた。『おまえたち、中国に加担するな。あいつらは信用できん』。しかし、結果的にアメリカの忠実な同盟国たちはAIIBに参加してしまった。これにいちばん驚いているのはアメリカ人ではなく、中国人だ」とLi は言う。
「ワシントンは同盟国にAIIBには参加しないように警告を発していた。オバマ大統領は中国がアジア地域で勢力を拡大することに対抗して強硬路線を取ると今年の一般教書で明らかにしていたからだ」とBonnie Glaser(ワシントンの戦略国際研究センターアジア担当アドバイザー)は言う。「オバマは中国にはルールを書き換える能力はないと述べた。ルールを決めるのはアメリカである、と」
だが、アメリカはこの戦いに敗れた。一夜明けて態度を軟化させたアメリカは世界銀行とアジア開発銀行に対して、いくつかの基準をクリアーするなら、AIIBと協力関係を結ぶように促している。
財務長官Jacob J.Lewは今週北京に飛び、李克強首相に親書を手渡した。だが、いささか遅きに失した。もうアメリカはこのプロジェクトで建設的な立場にシフトすることはむずかしいだろう。ワシントンのハンドリングが拙劣であったと多くの人々がみなしているが、その影響はすでに出て来ている。先週中国南部でのBoaoアジアフォーラムで、習近平主席は彼のアジアについての展望を1000人の出席者たちの前で語ったが、参加者の多くは中国以外の国から人たちであった。
「中国に対する賞賛が他国からこれほど寄せられたことに、そしてアメリカの存在感が失われたことに私は驚いている」とGlaser は言う。
これから中国の担当者たちには、AIIBを透明性、貸与条件、環境への影響などについての基準をクリアーし、多様なアジェンダを持つ多様なメンバーたちの要求に応えることのできる制度たらしめるという重責が課せられた。
AIIBの暫定トップであるJin Liquiは世界銀行とアジア開発銀行での勤務経験がある。「経験豊富だし、仕事がわかっている男だ」とNicholas R. Lardy(ワシントン、ピーターソン国際経済研究所シニアフェロー)は評する。「彼は40名の有能なスタッフを採用した。半分は中国財務省から、半数は中国以外からだ。手に入れる限りベストの陣容で臨むと彼は言っている。」

2015.04.10

ドイツのあるジャーナリストの日本論

ドイツのある新聞の東京特派員が過去5年間の日本の政府と海外メディアの「対立」について記事を書いている。
安倍政権の国際的評価がどのようなものかを知る上では貴重な情報である。
でも、日本国民のほとんどは海外メディアが日本をどう見ているのかを知らない。
日本のメディアがそれを報道しないからである。
しかたがないので、私のような門外漢がドイツの新聞記者の書いたものをボランティアで日本語に訳して読まなければならない。
このままでは「日本で何が起きているのかを知りたければ、海外のメディアの日本関連記事を読む」という傾向は止まらない。
そんなことまで言われても日本のジャーナリストは平気なのか。

「ある海外特派員の告白 5年間東京にいた記者からドイツの読者へ」
Carsten Germis

さて、荷造りも終わった。ドイツの日刊紙Frankfurter Allgemeine Zeitungの特派員として東京で5年以上を過ごしたあと、私はもうすぐ東京から故国へ旅立つ。
私が今離れてゆこうとしている国は、2010年1月に私が到着したときに見た国とはもう別の国になってしまった。表面的には同じように見える。けれども社会の空気は緩慢に、だがあらわに変化しつつある。その変化は過去1年間の私の書いた記事にしだいに色濃く反映するようになった。
日本の指導層が考えていることと海外メディアが伝えることの間のギャップは日々深まっている。それによって日本で働く海外ジャーナリストたちの仕事が困難になっていることを私は憂慮している。もちろん、日本は報道の自由が保障された民主国家であり、日本語スキルが貧しい特派員でも情報収集は可能である。それでもギャップは存在する。それは安倍晋三首相のリーダーシップの下で起きている歴史修正の動きによってもたらされた。
この問題で日本の新しいエリートたちは対立する意見や批判をきびしく排除してきた。この点で、日本政府と海外メディアの対立は今後も続くだろう。
日本経済新聞は最近ドイツ首相アンゲラ・メルケルの2月の訪日についてベルリンの同社特派員のエッセイを掲載した。特派員はこう書いた。
「メルケルの訪日は日本との友情を深めるよりも日本との友情を傷つけるものになった。日本の専門家たちを相手に彼女はドイツの原発廃止政策について議論し、朝日新聞を訪問したときも安倍と会談したときも彼女は戦争をめぐる歴史認識について語った。野党第一党民主党の岡田克也代表とも対談した。彼女が友情を促進したのはドイツ企業が経営している工場を訪れて、ロボット・アシモと握手したときだけであった。」
これはドイツ人にとってはかなり気になる発言である。百歩譲ってこの言い分に耳を傾けるとして、彼の言う「友情」とは何のことなのか? 友情とはただ相手の言い分を鵜呑みにすることなのか? 友人が間違った道に踏み込みそうなときに自分の信念を告げるのは真の友情ではないというのか? それにメルケル訪日にはいくつかの目的があり、単に日本を批判するために訪日したわけではない。
私自身の立場を明らかにしておきたい。五年を過ごした日本に対する私の愛着と好意は依然として揺るぎないものである。出会った多くのすばらしい人々のおかげで、私の日本に対する思いはかつてより強いものになった。ドイツ在住の日本人の友人たち、日本人の読者たちは、私の書いた記事に、とりわけ2011年3月11日の出来事からあとの記事のうちに、私の日本に対する愛を感じると言ってくれた。
しかし、残念ながら、東京の外務省はそういう見方をしていないし、日本メディアの中にも彼らと同じように私をみなしている人たちがいる。
彼らにとって私は、他のドイツメディアの同僚たち同様、日本に対して嫌がらせ的な記事を書くことしかできない厄介者らしい。日経のベルリン特派員の言葉を借りて言えば、日独両国の関係が「フレンドリーなものでなくなった」責任は私たちの側にあるようだ。
本紙は政治的には保守派であり、経済的にはリベラルで市場志向的なメディアである。しかしそれでも本紙は安倍の歴史修正主義はすでに危険なレベルに達しているとする立場に与する。これがドイツであれば、自由民主主義者が侵略戦争に対する責任を拒否するというようなことはありえない。もしドイツ国内にいる日本人が不快な思いをしているとしたら、それはメディアが煽っているからではなく、ドイツが歴史修正主義につよい抵抗を覚えているからである。
私の日本での仕事が始まった頃、事情は今とはまったく違っていた。2010年、私の赴任時点で政権党は民主党だった。私は鳩山、菅、野田の三代の内閣をカバーし、彼らの政策を海外メディアに伝えようした。私たちはしばしば政治家たちがこう言うのを聴いた。「まだまだなすべきことは多く、もっとうまく国政運営ができるようにならなければならない。」
例えば、海外ジャーナリストは頻繁に意見交換のために岡田克也副総理に招待された。首相官邸では毎週ミーティングが開かれ、当局者は程度の差はあれ直面する問題について私たちと議論することを歓迎していた。問題によっては私たちは政府の立場をきびしく批判することをためらわなかった。しかし、当局者たちは彼らの立場をなんとか理解させようと努力を続けた。
反動は2012年12月の選挙直後から始まった。新しい首相はフェイスブックのような新しいメディアにはご執心だったが、行政府はいかなるかたちでも公開性に対する好尚を示さなかった。財務大臣麻生太郎は海外ジャーナリストとはついに一度も話し合おうとしなかったし、巨大な財政赤字についての質問にも答えようとしなかった。
海外特派員たちが官僚から聴きたいと思っていた論点はいくつもあった。エネルギー政策、アベノミクスのリスク、改憲、若者への機会提供、地方の過疎化などなど。しかし、これらの問いについて海外メディアの取材を快く受けてくれた政府代表者はほとんど一人もいなかった。そして誰であれ首相の提唱する新しい構想を批判するものは「反日」(Japan basher)と呼ばれた。
五年前には想像もできなかったことは、外務省からの攻撃だった。それは私自身への直接的な攻撃だけでなく、ドイツの編集部にまで及んだ。
安倍政権の歴史修正主義について私が書いた批判的な記事が掲載された直後に、本紙の海外政策のシニア・エディターのもとをフランクフルトの総領事が訪れ、「東京」からの抗議を手渡した。彼は中国がこの記事を反日プロパガンダに利用していると苦情を申し立てたのである。
冷ややかな90分にわたる会見ののちに、エディターは総領事にその記事のどの部分が間違っているのか教えて欲しいと求めた。返事はなかった。「金が絡んでいるというふうに疑わざるを得ない」と外交官は言った。これは私とエディターと本紙全体に対する侮辱である。
彼は私の書いた記事の切り抜きを取り出し、私が親中国プロパガンダ記事を書くのは、中国へのビザ申請を承認してもらうためではないかという解釈を述べた。
私が? 北京のために金で雇われたスパイ? 私は中国なんて行ったこともないし、ビザ申請をしたこともない。もしこれが日本の新しい目標を世界に理解してもらうための新政府のアプローチであるとしたら、彼らの前途はかなり多難なものだと言わざるを得ない。当然ながら、親中国として私が告発されたことをエディターは意に介さず、私は今後も引続きレポートを送り続けるようにと指示された。そしてそれ以後、どちらかといえば私のレポートは前よりも紙面で目立つように扱われるようになった。
この二年、安倍政権の偏りはますます増大してきている。
2012年、民主党がまだ政権の座にあった頃、私は韓国旅行に招待され、元慰安婦を訪ね、問題になっている竹島(韓国では独島)を訪れた。もちろん韓国政府によるPR活動である。しかし、それは議論の核心部分に触れるための得がたい機会でもあった。私は外務省に呼ばれ、食事とディスカッションを供され、その島が日本領であることを証明する10頁ほどのレポートを受け取った。
2013年、すでに安倍政権になっていたが、三人の慰安婦へのインタビュー記事が掲載されたあと、私は再び召喚された。今回もランチ付きの招待だったし、今回も首相の見解を理解するための情報を受け取った。
しかし、2014年に事態は一変した。外務省の役人たちは海外メディアによる政権批判記事を公然と攻撃し始めたのである。首相のナショナリズムが中国との貿易に及ぼす影響についての記事を書いたあとにまた私は召喚された。私は彼らにいくつかの政府統計を引用しただけだと言ったが、彼らはその数値は間違っていると反論した。
総領事と本紙エディターの歴史的会見の二週間前、私は外務省の役人たちとランチをしていた。その中で私が用いた「歴史をごまかす」(whitewash the history)という言葉と、安倍のナショナリスト的政策は東アジアだけでなく国際社会においても日本を孤立させるだろうとうアイディアに対してクレームがつけられた。口調はきわめて冷淡なもので、説明し説得するというよりは譴責するという態度だった。ドイツのメディアがなぜ歴史修正主義に対して特別にセンシティブであるのかについての私の説明には誰も耳を貸さなかった。
政府当局者から海外特派員へのランチ招待数が増えていること、第二次世界大戦についての日本の見解を広めるための予算が増額されていること、そして海外特派員のボスたちがしばしば招待されていること(もちろん飛行機はビジネスクラス)は私の耳に届いていた。たぶん彼らへの提案は慎重に行われたのだと思う。このエディターたちは最高レベルの政治的PRにさらされてきており、そういうものに慣れ切っているから、うかつなことをすると逆効果になるからである。
私が中国から資金を受け取っているという総領事のコメントについて私が公式に抗議したときに、私が告げられたのは、それは「誤解」だということであった。
以下は私の離日に際してのメッセージである。私の同僚たちの中には意見の違うものもいるけれど、私自身は日本において報道の自由が脅かされているとは思っていない。たしかに民主党政権下に比べると政府批判の声は低くなってはいるけれど、依然として報道されている。日本の政治的エリートたちの内向き姿勢と、海外メディアとオープンなディスカッションを避ける政府高官たちの無能はいまのところ報道の自由に影響を与えるほどには至っていない。それに、情報を集めるためにはそれ以外にいくらでも方法がある。それでも、民主制においては、政策を国民と国際社会に対して説明することが、どれほど重要であるのかを安倍政権がよく理解していないということはあきらかである。
海外特派員の同僚たちから自民党は広報セクションに英語を話せる職員を配置していないとか、外国人ジャーナリストには資料を提供しないとかいう話を聞いても、私はもう驚かなくなった。海外旅行が多いことを自慢している現在の首相が海外特派員協会で私たちを相手にスピーチするための短い旅についてはこれを固辞していると聞いてももう驚かなくなった。ただ、私の気持ちが沈むのは、この政府が海外メディアに対して秘密主義的であるだけでなく、自国民に対しても秘密主義的であるからである。
過去5年間、私は日本列島を東奔西走してきた。北海道から九州まで東京以外の土地では私が日本に対して敵対的な記事を書いているという非難を受けたことは一度もない。反対に、さまざまな興味深い話題を提供され、全国で気分のよい人々に出会ってきた。
日本は今もまだ世界で最も豊かで、最も開放的な国の一つである。日本に暮らし、日本についてのレポートを送ることは海外特派員にとってまことに楽しい経験である。
私の望みは外国人ジャーナリストが、そしてそれ以上に日本国民が、自分の思いを語り続けることができることである。社会的調和が抑圧や無知から由来することはないということ、そして、真に開かれた健全な民主制こそが過去5年間私が住まっていたこの国にふさわしい目標であると私は信じている。

2015.04.14

Japan Times の記事から「安倍訪米」を前にした内外からのコメント

Japan Times が4月11日に安倍首相訪米を前にしての、内外のウオッチャーからの安倍政治への評価を報じた。
予想通り、評価はきわめて手厳しいものである。
けれども、問題はむしろ内外の温度差である。
なぜ、国際的には、同盟国の人々からさえもこれほど評価の低い政治家が国内的には50%近い支持率を誇っていられるのか。私はそれに興味がある。
政策に対する支持率が低いのにもかかわらず、内閣支持率が高いということは、日本国民は政策以外の点で安倍晋三を支持しているということになる。
論理的にはそれ以外にない。
では、「政策以外の点」とは何か。
日本人が心に思っているけれど、心理的抑圧があって容易には言挙げできないことと言えば、二つのタブーについてしかない。
アメリカと天皇制である。
たぶん日本人に安倍がアピールする最大の理由は安倍がこの二つの禁忌に挑んでいるからだと私は思う。
安倍は対米従属のポーズをとりながら、アメリカに対する嫌悪と敵意が漏洩することを少しも意に介さないし、ナショナリストのポーズをとりながら、天皇にいかなる敬意も示さない。
反米でかつ天皇を「道具視」する政治家は1930〜40年代は戦争指導部のマジョリティを占めていたが、戦後は出番がなかった。
安倍は70年ぶりに登場してきた「大本営」仕様の政治家である。
安倍が戦争をしたがっているのは端的に「戦争がしたい」からである。だが、戦争は戦後日本では「アメリカの軍略内部で、アメリカの支援部隊として、アメリカの国益を資するかたち」でしか許されない。
だったら、それでいいから、とにかく戦争ができる国になりたい。
戦争ができる国になったら、いつかどこかでアメリカに対して「うるせえよ。いつまでも親分顔すんじゃね〜よ。あんまり人なめてっと、殺すぞてめえ」と凄んでみたいのである。
いや、ほんとに。
日本人の半数はその無意識の、抑圧された、アメリカに対する憎悪に共感しているのである。
だから、アメリカの政治学者たちは、安倍が本質的に反米的であることを直感的には理解している。でも、あまりに屈折しているその理路が理解できないでいるのである。

訪米に先立って安倍に与えられた厳しい評価
Jeff Kingston, JEFF KINGSTON

APR 11, 2015
今月末、安倍晋三首相はワシントンを訪れ、レッドカーペットの待遇を受けることになっている。ペンタゴンの「ウィッシュリスト」に彼のどのような前任者よりもすみやかに対応してきたからである。
将軍たちや官僚たちは安倍を日本における彼らの代理人、求めるものはなんでも配達してくれる頼りになる同盟者と見なしている。
しかし、『ワシントンポスト』ノコラムニストDavid Ignatius は最近安倍と会見したが、安倍はアメリカが求めるものを与えていないという理由で、あまり高い評価を与えなかった。
「アベノミクス」はいっとき日本経済の救済策として高い評価を得ていたが、さしたる効果のないものであることが明らかになった。今では富裕層に対する福祉政策という以上のものではないとみなされている。最近のNHKでの世論調査では、日本人の90%がアベノミクスの恩恵を受けていないと回答している。円の価値は30%下がったが、輸出は期待されるほどには伸びなかった。経済はぱっとしないままで、家計は苦しい。賃上げ交渉でも、労働者のマジョリティは低賃金のまま据え置かれ、大企業の賃上げも微々たるものにとどまった。
たしかに、日本株式会社にはお金が余っているが、それらの金はアベノミクス買いには向わず、国内の投資を増加させてもいない。唯一の好材料は株価の高騰だが、それはトリクルダウンには回っていない。株を所有しているのは所帯総数の15%以下にすぎないからだ。
さらに、安倍は社会福祉プログラムに大鉈をふるったが、そのせいで貧困層、社会的弱者たちはいっそう困窮度を増した。日本の女性、若者たちにとって、現実的な問題は雇用の拡大が低賃金の非正規雇用に限定されており、フルタイムの雇用にありつく機会はますます困難になりつつある。」
「安倍のいわゆる“womenomics”(女性登用政策)は指導的な層における女性のプレゼンスの強化だけにフォーカスしたトップダウン・アプローチである」とHelen Macnaughtan(London School of Oriental and African Studies)は語っている。
「問題は日本の企業文化、企業社会においてはジェンダー規範と実践が女性のキャリア形成機会への強固な妨害物として機能しているという問題に向き合う明確な戦略がないことだ。」
それゆえMacnauthtanはアベノミクスは「過去数十年にわたって日本に蔓延してきた雇用にかかわるジェンダー化されたパターン」を強化するものと判定する。
私は上智大学の中野晃一に安倍について訊ねてみた。というのも、ある海外特派員が日本政府当局者の一人から、中野は「信頼できない」ので取材しないように実際に要求されたからである。ということは、中野の言うことは信用できそうだということになる。
「エア・ギタリストというのがいるけれど、安倍は『エア・ナショナリスト』だ」と中野は言う。「大げさな身振りと口パクはあるけれど、それはみなフェイクであり空っぽだ。彼は国のためにほとんど何の貢献もしていない。
彼のあの歴史修正主義的な構えや反中国・反韓国感情の煽りはアベノミクスの失敗、アメリカに日本を叩き売るTPP、集団的自衛権、辺野古基地問題から国民の目を逸らすためのものである。」
上智大学の歴史学者Sven Saalerは「日本の安全保障政策における対米従属と、安倍の『戦後レジームからの脱却』プログラムに含まれる反米性のあいだには本質的な矛盾がある」と指摘している。
「『戦後レジームからの脱却』とは戦後アメリカの占領下で行われた民主化・脱軍国主義化の改革を拒否することを意味するからだ。」
安倍は公的には日米は価値観を共有していると強調しているが、Saalerの見るところ、安倍のアジェンダは「民主主義と自由の価値観にはっきりと反対するものであり、日本の戦前戦中の価値観への回帰をめざしている」。
好評をもって迎えられた『日本と過去の足枷』(Japan and the Shackles of the Past, 2014)の著者であり、筑波大学教授のR. Taggart Murphyも同じ考えだ。
「安倍は自分の失敗から学ぶことにおいてはなかなかに有能な政略家である。だが、戦後に決着したはずのことをもう一度ひっくり返そうとする彼の最終目標は変わっていない。彼と夢を共有しているのは、日本の人口のうちきわめて少数であるにもかかわらず、彼は自分の目標を包み隠すことができずにいる。」
Murphyはアメリカの政策決定者たちは安倍のことを「あまり気にしていない」という。「というのは、日本はチェスにおける『歩』以上のものではなく、今アメリカはそのゲームで北京を相手に必死だからだ。」
Roger PulversはCounterpointにおける私の前任者であり、最近『星空物語』というタイトルの書物を日本語で出したばかりである。彼の意見では「安倍の政策は、内政も外交も、明治時代的な国家的統合モデルの再構築に向けての真率かつ揺るぎない努力と、企業活動への国富の注入という戦後的パラダイムのふたつを混ぜ合わせたものである。この体制はイデオロギー的熱狂と確信で膨れ上がっているけれども、あきらかに時代錯誤のものであって、遠からずつまずくことになるだろう。」
しかし、Pulversは日本の未来に対しては楽観的である。「この『古い秩序』は論争の的になり、思いがけなくそれをきっかけに本当の変革への道筋が開けるかもしれないからだ。」
上智大学で政治的リーダーシップについて教えているMicheal Cucek は彼のブログ (www.shisaku.blogspot.com).でも洞察に満ちた見識を示している。
「安倍はメリトクラシーにおいてリーダーシップに求められる基準に照らすと、ほとんどの条件を満たしていない」と彼は書く。
「カリスマ性、人の話を聴く力、判断力、包容力、ヴィジョン、身体的な勇壮さ、演劇的センスなどの点で安倍について語ろうとしても、ほとんど語ることは何もないだろう。」
Cucekによると、それはつまり首相は信頼感を引き出すことも、情熱を書き立てることもできないということである。
「実際に彼はそれと反対のことを達成している。彼が政治について語れば語るほど、彼は不人気になる。私は皮肉をこめてこの才能を『安倍マジック』と呼んでいる。」
Cucekはまた「安倍パラドクス」なる単語も新造した。安倍内閣に対する高い支持率と、内閣の個々の政策に対する限定的な支持のことである。
「安倍政権は政府が直面した難問の解決においては十分な政治力を発揮しているが、国民が待望している問題の解決にはいかなる政治力も発揮しない」とCucekは語り、きわめて手厳しい評点を与えている。
誰か安倍をほめる人はいないのだろうか?
立教大学の公共政策専門家Andrew DeWitは安倍の原発再稼働アジェンダについて批判的だが、地方自治体に対して「バイオマス、バイオガス、地熱その他のある程度安定的に供給できる発電技術の開発」を奨励した点については評価している。
「それは効率と再生について、地域のエネルギー自給のためのエネルギー分配という観点からするならば、財政的・行政的な資源の創出に寄与することになるだろう」とDeWitは言う。
ハワイのCenter for Strategic and International Studies の研究主任Brad Glossermanは安倍のわかりにくさに困惑している。
「日本人の政策と歴史についての公式見解の基準になるべきステートメントを言葉を変えずに繰り返すこと」を安倍が忌避するからである。
「彼が口にしている言葉が彼の真意なら、なぜ彼は言葉通りのことを実行しないのか?」
安倍の言い抜けは彼の意図とは反対の結果を生み出しているとGlossermanは指摘する。
というのは隣国の人々はこれを「単なる攻撃的なふるまい以上の、彼らの感情に対する露骨な無関心」と受け取っているからだ。.
降伏70周年を記念する談話の中で、日本はアジア諸国に対してはっきりとした配慮を示す必要がある。それができるかどうかに安倍外交の成否はかかっているとGlossermanは考えている。
「私たちが論じてるのは尽きるところモラルの問題である。隣国を落胆させているのは日本が(少なくとも日本政府が)ここにほんとうの問題があるということに気づいていないように見えるからである。」

2015.04.15

Japan Times の記事から「日本の厄介な歴史修正主義者たち」

海外メディアは連日安倍政権の歴史修正主義と国際的孤立について報道している。
ドイツの新聞に対してフランクフルト総領事が「親中国プロパガンダン」と抗議したことが、世界のジャーナリストたちに与えた衝撃を日本の外務省も日本のメディアも過小評価しているのではないか。
日本では「政治的主人たち」(political masters)に外交官もジャーナリストも学者も無批判に屈従しているのが、外から見るとどれほど異様な風景なのか、気づいていないのは日本人だけである。

日本の厄介な歴史修正主義者たち(Japan Times, 14 April)
by Hugh Cortazzi(1980-84 英国駐日大使)

日本の右翼政治家たちは海外メディアの報道を意に介さないでいる。彼らが外国人の感情に対する配慮に乏しいのは、外国人を蔑んでいるからである。
右翼政治家たちは日本をすべての面で称讃しない外国人、日本の歴史の中に暗黒面が存在することを指摘する外国人を「反日」(Japan basher)、日本の敵とみなしている。このような態度は日本の国益と評価を損なうものである。
Frankfuter Allgemaine Zeitungの特派員が東京を離れる際に寄稿した記事を海外特派員協会のジャーナルの最近刊で読んで、私はつよいショックを受けた。この新聞は職業上私も知っているが、センセーショナルな物語を掲載したことはないし、つねに事実の裏付けを取っていることでドイツでは高い評価を受けているまっとうな新聞である。
この新聞の特派員が以前安倍政権の歴史修正主義に対して批判的な記事を書いたときに、フランクフルトの日本総領事が、おそらくは東京からの指示に従って、同紙の外信部のシニア・エディターを訪れ、記事に対する抗議を行った。
日本総領事は特派員の書いた記事が事実に反する証拠を示すことなく、この記事には金が「絡んでおり」、レポーターは中国行きのビザを手に入れるためにプロ中国的なプロパガンダを書いたとして記者と新聞を侮辱した。このような発言は単に不当であるのみならず、許すことのできないものである。
残念ながら、このケースは単独ではない。1月にはニューヨークの日本総領事がアメリカの評価の高い教育出版社であるMcGraw-Hillに対して、ふたりのアメリカ人学者が書いた「慰安婦」についての記述を削除するように要請した。出版社はこの要請を拒絶して、日本政府当局者に対して執筆者たちは事実を適切に確認していると答えた。
具体的に何人の「慰安婦」が日本帝国軍兵士のために奉仕することを強制されたのか数字を確定することは不可能だろう。だが、この忌まわしい営みが広く行われていたことについては無数の証言が存在する。売春を強要されたのは韓国人女性だけに限られない。
日本の歴史修正主義者たちは南京虐殺についても事実を受け入れることを拒絶している。この場合も、現段階では被害者の数を確定することはできない。しかし、日本人自身を含むさまざまなソースからの証言は日本軍兵士によって南京のみならず中国各地において無数の残虐な行為が行われたことを確証している。この事実を指摘する者はただ事実をそのまま述べているだけで、中国のプロパガンダに与しているわけではない。
私自身数ヶ月前に尖閣列島については論争が存在するという記事を書いた。北京の反民主主義的態度に対する私の反感は周知のはずだが、にもかかわらず、私もまた中国のプロパガンダを繰り返し、中国を利しているとしてはげしい罵倒を浴びた。
日本の学校の歴史教科書について、英国メディアはそれが南京虐殺と「慰安婦」問題を控えめに記述しているという事実を伝えるに止めた。イギリス人戦時捕虜と強制労働者が泰緬鉄道建設において何千人死んだか、シンガポールと香港で、日本人がジュネーブ協定にも日本人自身の道徳律にも違背して、どんなふるまいをしたのかについて日本の歴史教科書に何が書いてあるか(あるいは何が書かれていないか)について、われわれイギリス人はこれまでコメントしたことがない。怨恨の思いを甦らせることで戦後の日英関係を損なうこと望まなかったからである。だが、もし日本人が歴史的事実を希釈したり記録から削除したりしようとするなら、それは両国の関係を傷つけることにしかならない。
日本の歴史修正主義者によって標的とされた学者やジャーナリストたちは、当然ながら歴史修正主義者たちが歴史資料から消し去ろうとしている事実をさらに掘り下げ、そこに耳目を集めるように努めるだろう。日本の歴史修正主義者たちのふるまいは私にはナチやソ連のコミュニストが駆使したオーウェル的な「ダブルスピーク」や「二重思考」を思い起こさせる。
英国の知日派の人々は「アベノミクス」と国防問題に見通しについては意見がそれぞれ違うが、日本の歴史修正主義者を擁護する人はひとりもいない。
最近の曽野綾子によるアパルトヘイト擁護の論の愚劣さは英国の日本観察者に衝撃を与えた。日本ではこのような見解が真剣に受け止められ、活字になるということがわれわれにはほとんど信じがたいのである。安倍晋三首相がどうしてこのような意見の持ち主を教育政策のアドバイザーに任命することができたのか私たちには理解できない。
また、日本人の知的で教育もある人たちが『日本人論』家たちによって提出されている日本の独自性についての思想を流布しているのも、われわれ非日本人には理解しがたいことのひとつである。日本はたしかに独自な国だが、それを言えば世界中どこの国だってそれぞれに独自である。日本人は1億2千万人以上いる。全員が別の人間である。日本と日本人の性格についての一般化はせいぜい近似的なものにしかならない。
日本人論家たちは、歴史修正主義者と同じく、現実世界の外側にある泡の中で暮らしているように私には見える。明治時代の彼らの父祖たちと違って、彼らは日本の外にある世界をほんとうは知らない。彼らには現実の海外の友人がいない。彼らこそ経済的にも政治的にも急激にグローバル化している世界において日本がおのれの正当な地位を獲得するための努力を妨害しているのである。
バブル期において、ロンドンにはたくさんの日本人が行き来していた。だが、今では日本人の影は薄い。英国当局の学生に対する規制の厳しさも一因かもしれないが、やはり主な理由は日本人が海外に出かける気力を失っていることだろう。ロンドンに来る日本人たちはもう妻子を連れてこなくなった。子どもの教育や老いた親の介護が彼らに「単身赴任」を余儀なくさせているのだ。日本人ビジネスマンや外交官の中にはロンドン滞在を一種の一時的な苦役と見なしている人たちさえいる。
日本の外交官たちは彼らの政治的主人の要望を実行しなければならない。それゆえフランクフルトやニューヨークの総領事が本国からの指令に従って行動したということを私は理解している。しかし、それでも日本の外務省は外交官に指示を出す前に、まず彼らの政治的主人に対して、歴史的事実は恣意的に変更することはできないこと、ジャーナリストや学者に対する検閲は反対の効果をもたらしがちであることを理解させるべく努めることを私は希望するのである。

2015.04.21

New York Times の記事から。安倍訪米を前に

4月20日付け、New York Times の社説「安倍晋三と日本の歴史」を翻訳した。
訪米と上下院での演説を前にして、NYTは安倍首相に「彼の右翼的同盟者たちとの絶縁」を迫っている。一国の首相に、国益のために彼の政治的支持者たちを見捨てることを要求するというのはかなり踏み込んだ要求である。
官邸がこれを読んでどういう演説草稿を作文をしてくるか、NYTはそれを吟味するつもりなのだろう。
気に掛るのは、二度にわたって「曖昧な形容詞」「わかりにくい表現」を咎めていることである。そこに彼らの苛立ちを感じる。国内メディアなら、何を言っているのかわからない「玉虫色」の答弁はそのままスルーされるだろうが、NYTは首相が「何を言っているのかわからない」のは「ほんとうのことを言うとはげしい批判を引き起こすこと」を内心で思っているからだという推論をしている。
この推論に私も同意する。
安倍首相が「何を言っているのかわけがわからないこと」を国会で言っても日本では誰も咎めない。同じ手口がアメリカ議会で通じるかどうか。官邸はいま秘策を練っている最中だろう。
記事はここから↓

日本の安倍晋三首相の来週の訪米はいくつかのレベルで重要である。彼は上下院で演説する最初の日本の首相となる。
彼とオバマ大統領は共同防衛行動の促進という最重要課題について進展があったことをアナウンスするとみられている。可能であれば、第二の論点、貿易問題についても言及するかもしれないし、おそらく第三の難題であるアジアにおける中国の影響力増大についても議論すると予測されている。
どういう文脈での訪米であるかも重要である。
今年は日本が第二次世界大戦に負けて70年目に当たる。ある意味で、この訪米は戦後日本のめざましい再生と、アジアにおける安定の基盤となったかつての敵国との堅固な同盟関係を奉祝することを意図している。
しかし、訪米の成否は日本の戦時の歴史について、すなわち戦争遂行の意志決定、中国朝鮮半島の暴力的な支配、さまざまな暴虐、何千人もの女性を奴隷化し性奴隷あるいは「慰安婦」として戦時売春宿で強制労働させていた事実などに安倍氏がどの程度誠実に直面するかにかかっている。
これらの問題はとうに決着を見ているはずであった。歴史問題が決着を見ていないのは主として安倍氏と彼の右翼の政治的同盟者たちが歴史に疑念を呈すばかりか、それを書き換えようと企て、アジア地域の緊張を高めているという失策がもたらしたものである。
安倍氏はこれらの論点について降伏の日である8月15日に多くのことを語るであろう。しかし、彼の議会での発言は重要なシグナルを発信することになる。
安倍氏のナショナリスト的見解と競合する政治勢力からのプレッシャーはこれらのデリケートな問題についての彼の判断に影響を及ぼしてきた。彼は公的には戦争について遺憾の意を表し、性奴隷制を含む侵略の過去についての謝罪を履行すると述べている。しかし、コメントに曖昧な形容詞を付け加えることで、彼は謝罪を真剣に引き受ける気がなく、むしろそれを洗い流そうとしているのではないかという疑惑をかきたてている。
彼の政府は歴史を改竄しようとする企てによってこれまでも繰り返し問題を起こしてきた。今月、韓国と中国は、日本の文科省が中学の教科書出版社に対して、領土係争中の島々と戦争犯罪を含む歴史的事実の記述を、より曖昧な政府の公式見解に合致させるよう書き換えを命じたことを批判した。去年は、安倍政府は日本が性奴隷化した女性たちについての1996年の人権レポートの書き換えを国連に求めて失敗している。
日本の右派は彼らの国が戦後アメリカとその同盟国によって不当に中傷されてきたと信じている。日本はすでにその軍国主義的行動と蛮行について十分な償いを済ませていると信じているという印象を安倍氏は与えてきた。そんなことよりもアジアにおけるアメリカの対中国政策を支援し、グローバルな責任を果すことのできる21世紀のリーダーとして彼の国を基礎づけることを優先させようとしている。
しかし、日本がその過去についての批判を退けようとする限り、今以上の大きな役割を引き受けることができるようには思われない。明仁天皇と彼の家族たちは首相よりずっとよい範例を示している。最近の談話の中で、あきらかに安倍氏を批判する意図で、皇太子は未来の世代に「正しく歴史を伝える」ことの必要性について言及した。
安倍氏とオバマ氏が拡大された日米の防衛協力の新ガイドラインについて最終合意に達し、TPPについての実質的な進展があれば、ワシントンでの日米会談は実りあるものになる可能性がある。成否はひとえに安倍氏が彼の右翼的支持者たちを振り切って、アジアの安定を脅かすのではなく、アジアの安定を強化できるようなトーンで語ることができるかにかかっている。

2015.04.27

旦那芸について

観世流の謡と舞の稽古を始めて十八年になる。
三年前に初能で『土蜘蛛』を披き、去年の六月には『羽衣』で二度目の能の舞台を踏んだ。次の能は来年。『敦盛』を舞う予定になっている。
私が専門とする合気道の基準を当てはめると、まず「三段」というあたりである。ようやく薄目が開いてきて、自分がそもそもどういう技芸を学んでいるのか、自分はなぜこの技芸の習得をめざしたのか、自分はこの芸能の「地図」のどのあたりに位置しているのか、いささか構えて言えば、芸能史におけるおのれの「歴史的役割」は何かということがようやくぼんやりわかってきたあたりである。
こういう自己認知のしかたを「マッピング」と呼ぶ。自分自身を含む風景を上空から鳥瞰的に見下ろしてみるということである。そうやってみてわかったことがある。それは私がしているのは「旦那芸」だということである。
こういう言い方を好まない人がいることはわかっている。けれども、芸能史をひもとくならば、「趣味の稽古事に夢中になって、そのために本業を忘れ、社交上若干の問題を抱えるようになった困った旦那たち」が芸能の力強い支援者であったという事実は否定できない。
落語には『寝床』という秀逸な「旦那芸」咄がある。義太夫語りに夢中になって長屋の店子や店のものたちに辟易される旦那の話である。私は志ん生の『寝床』が好きで、旦那の下手な義太夫を嫌って逃げ出す隣人たちの身勝手よりも、酒肴も甘味も用意しているのに誰も聴きに来てくれない旦那の孤独にむしろ親しみを覚えた。こういうはた迷惑な素人衆の「裾野」があってこそ芸能の峰はその高度を獲得することができる。それはどのような領域においても変わらない。
私はもともと仏文学者である(今ではその名乗りも怪しいが)。私が仏文を志したのは、中学生高校生だった頃、日本の仏文学者たちが(桑原武夫や渡辺一夫や鈴木道彦が)「裾野の拡大」にずいぶん熱心だったからである。知的に背伸びしたがる子供たちに向かって「この世にはこれほど面白く刺激的な学問領域がある」ことを彼らは教えてくれた。そして、専門領域にとどまらず、政治についても哲学についても歴史についても、底知れぬ学殖を示し、しばしば社会的実践にも身を投じた。「仏文学者というのは、こういうダイナミックな生き方をする人たちなのだ」と私は思い込み、その姿に惹きつけられた。おそらくは私と同じ理由で仏文を志した若者たちで、当時どこの大学でも仏文学科研究室は汗牛充棟の状を呈していたのである。
けれども、しばらくして、その仏文人気が急速に冷え込んだ。他の歴史的理由もあるかも知れないが、私は(私をも含めた)専門家たちが「裾野の拡大」のための努力を止めてしまったからではないかと思っている。「脱構築」だとか「ポストモダン」だとか「対象a」だとか、難解な専門用語を操り、俗衆の頭上で玄人同士にだけ通じる内輪話に興じているうちに、気がついたら仏文科には学生がぱたりと来なくなってしまっていた。わずか30年の間のことである。その30年間に中学生や高校生のために「フランスの文学や思想や歴史を研究することがどれほど愉快なことか」を熱く説いて、次世代に自分たちの仕事を継承してくれるように懇望した学者はほとんどいなかった。今にして思うなら、その仕事を怠るべきではなかったのだ。
経験的に言って、一人の「まっとうな学者」を育てるためには、五十人の「できれば学者になりたかった中途半端な知識人」が必要である。非人情な言い方に聞こえるだろうが、ほんとうだから仕方がない。
一人の「まともな玄人」を育てるためには、その数十倍の「半玄人」が必要である。別に、競争的環境に放り込んで「弱肉強食」で勝ち残らせたら質のよい個体が生き残るというような冷酷な話をしているわけではない。「自分はついにその専門家になることはできなかったが、その知識や技芸がどれほど習得に困難なものであり、どれほどの価値があるものかを身を以て知っている人々」が集団的に存在していることが一人の専門家を生かし、その専門知を深め、広め、次世代に繋げるためにはどうしても不可欠なのだということを申し上げているのである。
私は仏文学者として「裾野」の拡大に失敗した。そして、先人たちが明治初年から営々として築き上げてきた齢百年に及ばない年若い学問の命脈を断ってしまったことについてつよい責任を感じている。今、日本の大学には専門の仏文学者を育てるための教育環境がもう存在しない。個人的興味から海外留学してフランス文学研究の学位を取る人はこれからも出てくるだろうが、それはもう枯死した学統を蘇生させるという集団的責任を果すためではない。
能楽の場合でも事情は変わらない。一人の玄人を育てるためには、その数十倍、数百倍の「半玄人」が要る。それが絶えたときに、伝統も絶える。
私が「旦那」と呼ぶのは「裾野」として芸能に関与する人のことである。余暇があれば能楽堂に足を運び、微醺を帯びれば低い声で謡い、折々着物を仕立て、機会があるごとに知り合いにチケットを配り、「能もなかなかよいものでしょう。どうです、謡と仕舞を習ってみちゃあ?」と誘いをかけ、自分の素人会の舞台が近づくと、「『お幕』と言った瞬間に最初の詞章を忘れた夢」を見ては冷や汗をかくような人間のことである。
私はそういう人間になりたいと思う。そういう人間が一定数存在しなければならないと思う。技芸の伝承は集団の営為だからである。全員が玄人である必要はないし、全員が名人である必要もない。玄人の芸を見て「たいしたものだ」と感服し、おのれの素人芸の不出来に恥じ入り、それゆえ熟達し洗練された技芸への欲望に灼かれる人々もまた能楽の繁昌と伝統の継承のためになくてはならぬ存在なのである。
私たちの社会は「身の程を知る」という徳目が評価されなくなって久しい。「身の程を知る」というのは自分が帰属する集団の中で自分が果すべき役割を自得することである。「身の程を知る人間」は、おのれの存在の意味や重要性を、個人としての達成によってではなく、自分が属する集団がなしとげたことを通じて考量する。
それができるのが「大人」である。
私たちは「大人」になる仕方を「旦那芸」を研鑽することによって学ぶことができる。私はそう思っている。同意してくれる人はまだ少ないが、そう思っている。

2015.04.28

国旗・国歌に関する国立大学への要請に反対する声明

国旗・国歌に関する国立大学への要請に反対する声明

本年4月9日の参議院予算委員会における安倍晋三首相の答弁を機に、文部科学省は国立大学に対して、入学式、卒業式において国旗を掲揚し、国歌を斉唱するよう要請するとされている。これは、日本における学問の自由と大学の自治を揺るがしかねない大きな政策転換であり、看過できない。
そもそも大学は、ヨーロッパにおけるその発祥以来、民族や地域の違いを超えて、人類の普遍的な知識を追究する場として位置付けられてきた。それぞれの国民国家の独自性は尊重されるが、排他的な民族意識につながらないよう慎重さが求められる。現在、日本の大学は世界に開かれたグローバルな大学へと改革を進めているが、政府主導の今回の動きが、そうした方向性に逆行することがあってはならない。
日本近代史を振り返れば、滝川事件、天皇機関説事件、矢内原事件など、大学における研究や学者の言論が、その時代の国家権力や社会の主流派と対立し、抑圧された例は枚挙にいとまがない。その後の歴史は、それらの研究・言論が普遍的な価値にもとづくものであったことを示している。大学が国家権力から距離を置き、独立を保つことは、学問が進展・開花する必要条件である。文部科学省は今回のはたらきかけは要請にすぎないと説明しているが、国立大学法人が運営費交付金に依存する以上、「要請」が圧力となることは明白である。
たしかに教育基本法第二条は、教育目標の一つとして、「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する(中略)態度を養う」ことを掲げる。しかし、伝統と文化とは何かを考究すること自体、大学人の使命の一つであり、既存の伝統の問い直しが新しい伝統を生み、時の権力への抵抗が国家の暴走や国策の誤りを食い止めることも多い。教育基本法第七条が「大学については、自主性、自律性その他の大学における教育及び研究の特性が尊重されなければならない」とするゆえんである。政府の権力、権威に基づいて国旗国歌を強制することは、知の自律性を否定し、大学の役割を根底から損なうことにつながる。
以上の理由から、我々は、大学に対する国旗国歌に関する要請を撤回するよう、文部科学省に求める。

2015年4月28日

学問の自由を考える会
呼びかけ人(4月28日現在21人)
広田照幸(日本大学・教育学・本会代表)、内田樹(神戸女学院大学名誉教授・哲学)、佐藤学(学習院大学・教育学)、本田由紀(東京大学・教育社会学)、米田俊彦(お茶の水女子大学・教育史)、木村元(一橋大学・教育史)、加藤陽子(東京大学・日本近代史)、樋口陽一(東京大学名誉教授・憲法学)、池内了(名古屋大学・宇宙物理学)、石川健治(東京大学・憲法学)、毛利透(京都大学・憲法学)、蟻川恒正(日本大学法科大学院・憲法学)、中島岳志(北海道大学・政治学)、山口二郎(法政大学・政治学)、杉田敦(法政大学・政治学)、川本隆史(国際基督教大学・社会倫理学)、平川克美(立教大学・経営学)、石川康宏(神戸女学院大学・経済学)、平尾剛(神戸親和女子大学・身体論)、森まゆみ(作家)、斎藤美奈子(文芸評論家)


連絡先:academicfreedomjp+contact@gmail.com
TEL:080-4200-1687(代表携帯電話)

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