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2015年02月 アーカイブ

2015.02.05

人質殺害後、岐路に立つ日本

The Guardian 紙が2月1日に東京特派員発のKilling leave Japan's pursuit bigger foreign role at the crossroad (「死者が出たせいで、国際関係で目立とうと思っていた日本の足が止まった」)という記事を掲載した。
現在の日本の政治状況について、日本のどのメディアよりも冷静で、かつ情報量が多い。たった一人の特派員(取材対象から見て、たぶん日本語ができない記者)の書く記事の方が、何十人何百人を動員して取材し、記事を書いているマスメディアより中身があるというのは、どういうことなのだろう・・・


国際関係においてこれまで以上に目立つ活躍をしたいという日本政府の決意は、イスラム国(ISIS)の活動家による市民二人の暴力的な死を迎えて、岐路に立っている。
日曜の朝、日本は後藤健二の斬首という残酷なニュースで目覚めた。同国人湯川遙菜が同じ運命をたどったその一週間後のことだった。日本はそのとき自分たちがISISの標的リストに登録されたことを知ったのである。
「積極的平和主義」とは記録的な軍事費支出、武器輸出、戦後日本の外交的なレゾンデートルに対する法改正による攻撃といった一連の政策を正当化するために安倍晋三首相が用いてきたこれまでより強硬な防衛構想のことであるが、その適否がこれから問われることになる。
ISISに対する非難を一通り済ませたあと、安倍はシリアでの出来事に関与するものと見られている。それが結果的に日本国民を危険にさらすことになろうとも、アメリカの有力な同盟国であり、かつ中東の石油の輸入国という立場にある以上、日本はこの地域の安全を保証するためにこれまで以上に大きな役割を演ずるべきだということを示すためにである。
後藤の斬首映像が発表された後も、安倍は強硬姿勢を変える様子がない。
「ご家族の悲しみを思うと、言葉もありません」と明らかに動揺した様子で語ったあと、安倍は日本は引続きISISと戦う国々への人道的支援を続けると述べた。
後藤の死は激しい嫌悪感をもって迎えられたが、安倍はこれを奇貨として、憲法が彼の国の軍隊に課している制約(憲法九条の下では自衛隊の活動は専守防衛に限定されている)を緩和したいという彼の宿願を達成しようとしている。
「今回の悲劇は九条の再解釈と自衛隊の海外活動の軍事的権限の拡大を計画する安倍の決意を強めただろうと私は見ている」とMark Mullins (オークランド大学教授、日本研究)は語っている。
「彼がこれまでこの問題のために注ぎ込んだ政治資本を考えると、彼が立場を転換させるということはありえない。」
二年前に首相の座に就いて以来、安倍は過去10年以上にわたる軍事費削減の方向を反転させ、中国の領海侵犯と北朝鮮の核兵器プログラムに対して強硬姿勢を示してきた。
これらの問題は日本の安全と領土の保全に直接かかわる地域的な問題である。しかし、複数の専門家によれば、安倍は最近の中東歴訪中に、2億ドルの人道支援に加えて、ISISに対する軍事作戦を公然と支持するという無謀な挑発行為をとった。
中野晃一(上智大学教授・政治学)は、日本人の多くは同胞の死のあと、安倍外交に対してはこれまでより用心深く対応するものと見ている。
しかし、かれはこう付言している。「政府はこれから先、この事件を根拠に、軍事活動についての憲法上の制約を解除することの必要性が一層高まっており、『テロとの戦い』においてこれまで以上に大きな役割を引き受ける必要が出て来たと主張することになるだろう。」
「過半の日本人がこの問題について『なんだかわからない』『自分には関係ない』という態度をとる一方で、相当数の日本人はこの考え方に同意するだろう。」
にもかかわらず、昨年末の総選挙で、歴史的な低投票率で彼を政権の座に送った有権者たちが安倍の最大の敵になる可能性もある。
「日本の軍事的役割を拡大することを求めた法律はこれから議会を通過しなければならない。だが、近年の事件を考えると、法案は簡単には議会を通らないだろうし、議案の審議過程で日本がこれから向かおうとしている方向についての国民的な議論が巻き起こることになるだろう」とMullinsは述べている。
安倍は今のところは憲法9条の即時改定については断念している。国民投票で過半数をとれる確信がないからである。
その代わり、彼はアメリカの起草した文書を再解釈しようとしている。彼と彼の率いる保守勢力は、70年に及ぶ平和と繁栄にもかかわらず、憲法こそが戦争の歴史についての『自虐史観』を創り出した元凶と見えているのである。
憲法の再解釈と、関連法制の整備によって、日本の軍隊は戦後はじめて外国領土での戦闘が可能になる。ただし、それは同盟国が攻撃を受けたときにそれを防衛する場合に限られるが。
少なくとも、安倍は人質危機に対する日本の危機管理能力を強化するだろうと見られている。2013年はじめのアルジェリアでの起きたテロリストによる攻撃に際しては、救出のための軍事行動が法律で禁じられていたせいで、対処の不適切さが露呈したからである。
しかし、外交的な冒険主義は結果的に日本をアメリカの「副保安官」にしてしまう可能性があるが、そのような冒険主義に対する世論の傾斜はこのところ少しは緩和しているようにも見える。
それに、自民党内のハト派勢力が、安倍が70年にわたる平和主義的ドクトリンを根こそぎにするのを座視しているという保証はない。
「斬首のニュースを受け止めて、恐怖感を覚えた後に、世論がどういうふうに振れるかは予測できない」とJeff Kingstonテンプル大学教授(アジア研究)は述べる。
「安倍支持の旗の下に結集するという動きがあるだろう。彼がこの危機を無駄にするはずがない。今期の国会審議を利用して、日本の自衛隊の活動強化とアメリカとの安全保障上の協力の必要性を言い立てることだろう。しかし、大衆は安倍の安全保障政策と、反ISIS勢力に同調することの明らかなリスクに対して、深い懸念を抱いている。」

2015.02.08

歴史の検閲について

韓国のヨンハップニュースがアメリカの歴史家たちが「慰安婦」問題で、日本政府の検閲をきびしく告発していると報じた。そのニュースを訳出しておく。
韓国メディアなので、当然日本に対して批判的なスタンスからの報道だが、声明の内容についてはこれまで見た中では最も詳しく紹介している。

「米国の学者たち、日本の『歴史検閲』に抗議」(2015年2月5日)
by Chang Jae-soon and Roh Hyo-dong Yonhap News Agency

アメリカの歴史家団体は5日、日本の教科書出版社に対して第二次世界大戦中に日本が行った女性の性奴隷化についての記述を変更するように日本政府が圧力をかけようとしたことに対して強く抗議する共同声明を発表した。
名を連ねた19人の学者たちは共同声明の中で、学術調査と蛮行の生存者からの聴き取りに基づく限り、これが「国家後援の性奴隷制度の本質的な特徴を備えていたことは議論の余地がない」ものであるとしている。
アメリカの歴史家たちが特定の歴史的事件について集団的に声明を発表するというのはきわめて例外的なことである。歴史家たちはいずれも米国歴史協会(American Historical Association)の会員であり、声明は「日本の歴史家たちと共に立って」というタイトルが付されている。
歴史家たちがこの問題に目を向けたのは、アメリカの出版社McGraw-Hill発行の教科書『伝統と遭遇:過去についての包括的展望』中の性奴隷問題について、日本が教科書内に重大な誤謬があるとして記述の変更を求めたことに発する。この要請は日本が犯した蛮行を弥縫する企てと見なされた。
日本の安倍晋三首相は今月初めの国会での審議中にMcGraw-Hill社の教科書が性奴隷問題をどのように記述しているかを知って驚愕したと述べ、政府としては記述変更を求め続ける努力をすると誓言した。
「歴史家として、われわれは日本政府が国内および海外の歴史教科書に記載されている、婉曲的に『慰安婦』と呼ばれているところの第二次世界大戦中日本帝国軍のための野蛮な性的搾取システムによって傷つけられた女性たちについての記述を削除させようとする近年の企てに対して失望を覚えている」と共同声明でアメリカの歴史家たちは述べた。
彼らはまた安倍政権が慰安婦のすでに確定している歴史に対してことさらに疑義を唱え、教科書内での慰安婦たちへの言及を消去させようとしているのは、政権の進めている愛国主義教育の一環であるとして告発している。
歴史家たちは出版社を支持し、「いかなる政府も歴史を検閲する権利を持つべきではない」とする著者Herbert Zieglermの立場に同意を示している。また第二次世界大戦中のもろもろの非道についての事実を明るみに出そうとしている日本及びその他の国々の多くの歴史家たちと連帯したいとも述べている。
「われわれは過去から学ぶことで歴史を実践し、歴史を創り出す。われわれはそれゆえに出版社や歴史家に圧力をかけて、特定の政治目的のために歴史研究の結果を歪曲しようとする国家や特定の関係者の企てに反対する」と声明は述べている。
歴史家たちは第二次世界大戦中に日本兵のための前線の売春宿で強制的に働かされていた女性たち(主に1910年から45年まで日本の植民地であった韓国の女性)は20万人に及ぶと推定している。しかし、日本はこの蛮行をごまかそうしてきた。
性奴隷問題は久しく日本と韓国の間の不安定な関係に刺さった最大の棘であった。韓国政府は日本政府に対してこの蛮行の犠牲者である韓国人の老齢の女性たちの申し立てに向き合うことを要求してきたが、日本政府はそれを拒んできた。
米国の歴史家たちはこの共同声明の中で、犠牲者の数は数万人か、数十万人か、また軍が女性の徴募において厳密にどのような役割を果してきたのかについてはこれまでさまざまな議論があったと述べている。しかし、吉見義明(中央大学教授)の日本政府の公文書館における入念な調査と、アジア各国での生存者からの聴き取りは、国家後援の性奴隷制度が存在したことは異論の余地のないものであることを明らかにした、と彼らは語る。
「多くの女性たちは意に沿わないかたちで徴募され、前線にある事業所に送られ、そこでは移動の自由はなかった。生存者たちは士官たちによってレイプされ、逃亡を企てると殴られた様子について証言している」と声明は述べている。
にもかかわらず、日本の保守政治家たちは国家責任を否認するために法律的な議論を展開し、あまつさえ生存者たちを中傷する者もいる。右翼の過激派は性奴隷制度と犠牲者たちの話を文書化することに関与したジャーナリストや学者たちを威嚇し、恫喝してきた。
この声明は米国歴史家協会の発行する「歴史の展望」の3月号に掲載される予定である。
共同声明に署名した19名の歴史学者の名は以下の通りである。
- Jeremy Adelman, Princeton University
- W. Jelani Cobb, University of Connecticut
- Alexis Dudden, University of Connecticut
- Sabine Fruhstuck, University of California Santa Barbara
- Sheldon Garon, Princeton University
- Carol Gluck, Columbia University
- Mark Healey, University of Connecticut
- Miriam Kingsberg, University of Colorado
- Nikolay Koposov, Georgia Institute of Technology
- Peter Kuznick, American University
- Patrick Manning, University of Pittsburgh
- Devin Pendas, Boston College
- Mark Selden, Cornell University
- Franziska Seraphim, Boston College
- Stefan Tanaka, University of California San Diego
- Julia Adeney Thomas, Notre Dame University
- Jeffrey Wasserstrom, University of California Irvine
- Theodore Jun Yoo, University of Hawaii

2015.02.09

ロイターの記事

2月8日にロイターの記事で人質問題での中田考先生の関与について報じられた。
「報道特集」で語った内容とだいたい同じ話だけれど、CTSS Japan というセキュリティ・コンサルタント会社名が出て来たのは、はじめてではないかと思う。
政府は自分たちが一体何をしたのか、何をしなかったのかについて「コメントしない」としているが、それでは彼らがの対応の適否についての判定は下せない。
政策の適否について国民が判断できる情報をいっさい提供しないというのは、それ自体が「口に出せないような致命的失策を繰り返し犯していたこと」ことの証拠である。常識はそう解釈する。
それにしても、日本国内で何が起きているのかを外国のメディアを経由して知らなければならないというのは、ほんとうに悲しいことである。

「過激な学者、人質事件でISとの交渉チャンネルを提供」

日本政府は人質危機の決定的局面においてISとのコミュニケーションチャンネルを開いたが、それを用いて交渉に入ることを望まなかった、と一時的に交渉の間に入った東京在住のイスラム法学者は語った。
ハサン中田考(54歳)は警察からはISのリクルーター容疑をかけられているが、先月の人質事件の決定的局面で外務省から集団あてにメッセージを手渡すように依頼された。
これまで明らかにされてこなかったが、この要請はシリアで身代金のために拘留されていた二人の日本人を解放するために日本政府が、テロリズムには屈しないと公的には表明しながら、ある時点までISと話し合いをする準備をしていたことを示している。
ISが二人の人質(一人は自称セキュリティ・コンサルタント、一人はベテランの戦場レポーター)を斬首したのは日本政府が人質問題に対処するためにヨルダン政府と連携することを決定した後のことである。この対応の適否については今日本国内では吟味がなされている。
ISからのヨルダン市民の解放の手立てを求めていたヨルダン政府とのみ排他的に連携するというこの決定は、中田経由のコミュニケーション回路を閉ざしただけでなく、後藤健二(47歳)の妻とISの間で開かれていた別のコンタクトも事実上終結させることになった。
「政府は使えたはずの私的なコミュニケーション・チャンネルを制約したが、過激派との直接交渉の回路は最終局面までついに持つことができなかった。これは失敗だった」と日本政府のために動いていたセキュリティ・コンサルタント会社CTSS JapanのNils Bildt社長は語っている。
外務省のテロ対策タスクフォースは中田の主張についてのコメントを拒否している。
「日本政府は人質問題についてできる限りの手立てを尽くし、すべてのオプションを検討した。しかし、政府が何をしたのかについての個別的はコメントを控えたい」とタスクフォースのハヤシタカノリは回答している。
中田は現在ではISを支持する立場にはないが、昨年9月に自発的にシリアに渡航し、最初の人質、湯川遙菜の解放を試み、そのときに人質事件にかかわることになった。
後藤も同様のミッションを果すべく去年10月湯川の解放に向かったが、彼自身が拘留されることになった。
その直後、後藤の妻はIS代表部からメールを受け取り、イギリスのセキュリティ・コンサルタントと中東での後藤の仕事仲間たちからの支援を受けて、ISとの話し合いに入ろうとしていた。
日本の当局は湯川と後藤の家族にはたとえ請求があっても身代金を払うことはないと私的には伝えていた。
その後、シリアから日本に戻ってきた中田はISと行動を共にしてシリア北部にいるチェチェンの活動家Umar Ghuraba と外務省の間の橋渡し役をすることになった。
「この事件を解決する一助として、私のISとの個人的なコネクションを使いたいと思った」と中田は語っている。
中田は1979年にイスラムに改宗した。彼はかつてはISへの支持を表明し、IS国旗の前で銃を擬している写真をTwitterで公開してもいるが、現在ではもうISを支援していない。それでも活動家たちとの友情は継続している。
1月21日、ISが後藤と湯川のために2億ドルの身代金支払いまで72時間の期限を宣告した一日後、日本政府のテロ対策タスクフォースは中田の友人Shiko Ogata(31歳)宛てにメールを送った。
メールにはIS宛てのメッセージが含まれており、それを先方に手渡すように要請された。Ogataは中田にメールを転送した。
メッセージは英語とアラビア語で書かれており「われわれは集団が二人の日本国民に危害を加えることなく、ただちに解放することを強く要求する」とあった。身代金についての言及はなかった。
中田はこのメッセージを転送しなかった。このメールは日本政府が対話を拒んでいるという印象を抱かせるものだったからだ。「もしこれを先方に送ったら、それは人質を殺せというメッセージを送ることになる」と中田は言う。
外務省からはメッセージについてもISからの返信についてもその後問い合わせはなかった。
しかし、1月23日、身代金の支払い期限が近づくと、中田はWhatsapp(スマートフォンアプリ)経由でUmarからのメッセージを受信した。日本時間の午前4:30,シリアでは夜9:30のことである。
「もうあまり時間が残されていない。ISは約束を実行するだろう」とUmarからのアラビア語メッセージは告げた。Umar の身元と、彼と人質捕獲者たちとの関係は確認されていない。
Umarは中田に対して「交渉のチャンネル」経由で得られた音声メッセージについて、それが信頼できるものであるかどうか訊ねてきた。
その音声メッセージの中では、一人の男が自分はヨルダンの日本大使館の外交官Masayuki Magoshiであると名乗っていた。日本語で語られたこのメッセージで、彼は日本政府は人質の安全に「真剣」であると語り、人質たちの氏名と生年月日を告げた。
ロイターはこの音声録音の真正性については確認がとれなかった。
「これはたぶん本物だろう」と中田は深夜外務省テロ対策タスクフォースのトップに電話を入れてステートメントの確認を求めた後にそう返信した。
「ISの条件が満たされることが重要だ」とUmarは返信してきた。
翌日、湯川の斬首とされるビデオがネット上に配信された。後藤はその一週間後に殺された。
中田はその後テロ対策タスクフォースからは音信がないと語っている。Umarとの連絡も途絶えたままだ。

2015.02.12

またまたロイターの記事から

2月11日のロイター発の記事が日本政府の歴史問題についての広報活動が結果的に日本にとって痛い結果をもたらすだろうという観測を述べている。
アメリカの歴史家たちの声明に続いて、英米から安倍政権の歴史認識についての批判的なコメントが続いているが、日本のメディアは国際社会から安倍政権がどういう評価をされているかについてほとんど報道しない。
こうやってSNSで手仕事をするしかない。こういう手立てがあるだけありがたいといえばありがたいけれど。日本のメディアに対する信頼が急落していることについて、もう少しメディア関係者は危機感を持って欲しい。
記事はここから。

日本の戦時下の行為についての偏見を訂正しようとする日本政府の運動が引き起こした騒動は、海外に友邦を創り出そうとする巨額のPR活動の積極的なメッセージを台無しにするリスクがある。
PRの予算規模は5億ドルを超えるが、これは日本の戦前戦中における行為について、これまでのように謝罪一辺倒ではないスタンスを採り、日本の戦後の防衛政策に課された平和憲法の足かせを外そうとする安倍晋三首相の意を体したものである。
歴史問題だけがPRプログラムの唯一の焦点ではない。多くのファンドが「親日」国の開発のためのソフトパワー事業(大学における日本研究の支援、「日本ブランド」プロモートのための「ジャパン・ハウス」センターの設立など)のために投じられる。
しかし、それと同時に日本政府は同時に海外の教科書出版社の日本の戦時下での行動についての記述などを日本のイメージに悪影響を与える不正確なものと見なしてこれを標的にしている。
このような試みに対してはすでに反撃が始まっている。
アメリカの19人の歴史学者たちが、日本政府がMcGraw-Hill社に対して「慰安婦」(戦時中に日本軍の売春宿で強制労働させられていた人々について日本で使われている呼称)に関する記述を改めるように要請したことに抗議して声明を発表した。
記述変更の要請は却下された。
「われわれは第二次世界大戦中になされた蛮行を明るみに出すために働いてきた日本をはじめとする国々の多数の歴史家たちと立場を共にしている。われわれは過去から学ぶことで歴史を実践し、歴史を創り出す」と声明は語っている。この声明は米国歴史協会のニューズレターの3月号に掲載される。
「われわれはそれゆえに出版社や歴史家に対してその研究成果を政治目的のために変更するように圧力を加えてくる、国家や特定団体の企てに反対する。」
安倍自身はさらに積極的なPR攻勢をする方針を固めている。「穏健でいるだけでは国際社会において信認を受けることができない。われわれは必要とあらば論争を辞すべきではない」と彼は最近国会で述べた。
日本政府の動きは、アジア諸国とりわけ戦争の苦い記憶がまだ生々しい中国と南北朝鮮が第二次世界大戦終戦70周年を迎える敏感な時期に当たってなされている。
十年にわたって広報活動予算を削減してきた日本の外務省は戦略的コミュニケーションのために700億円の予算(2014-15念の補正予算と四月から始まる次年度の当初予算)を組んだが、これは前年度の当初予算よりも200億円増額されている。
日本の多くの政治家と官僚たちは、日本が地域のライバル国である中国と韓国の積極的な広報外交によって圧倒されてきたことに不安を抱いている。
「多くの国々はこの分野に巨額の予算を投じているが、日本の予算は十分ではない」とある外務省の役人は述べている。

保守派は予算増額を歓迎しているが、彼らのプライオリティは歴史についての誤謬訂正にある。
「日本の歴史に対する多くの誤解や偏見を知ると、少なくとも記録を正すことはしたい」と櫻井よしこ(ジャーナリスト、保守派のシンクタンク国家基本問題研究所の理事長)は語る。
「われわれはすでに(情報戦で)敗北している。押し戻す必要がある」と彼女はロイターのインタビューの中で語った。
反撃の危険を察知して、外交官たちは「ジャパンハウス」センター(2016年にまずロンドン、ロサンゼルス、サンパウロに設立される予定)を日本政府の公的歴史観の宣布拠点にするようにという圧力を緩和しているように見られる。その代わりに、これらの機関を、ある官僚の言葉を借りれば、論争的なトピックについて例えばセミナーを開催するなどして「バランスのとれた議論の土台」とすることをめざしている。
しかし、保守派の政治家たちはより大胆なステップを望んでいる。
「まだやりたいことの半分もできていない。あらゆる手立てを通じて、われわれは日本の情報戦略を強化して、本当の意味で日本のどこがすばらしいのかを他国に適切に理解させることが必要である」と与党自民党の衆議院議員原田義昭(党のコミュニケーション戦略改善のための委員会の委員長)は語っている。
専門家たちは歴史記述について変更を求める政府の努力は、日本の戦時中の問題に公的な焦点を当て続けることになり、意図とは逆効果を招くと見ている。
「歴史についての長い議論のうちに引きずり込まれた人々は結果的に日本について残虐な国という印象を抱いてしまうことになるだろう」とダートマス大学のJennifer Lind 教授は語る。「それこそ敗北だ。」

2015.02.18

アパルトヘイトをめぐるThe Daily Beast の記事から

曾野綾子が産経新聞のコラムに掲げた「アパルトヘイト支持」発言について、海外のメディアはこれを大きく取り上げない日本の主要メディアと政府の不誠実さに対してつよい懸念を抱いている。
一人の人間が人種差別的な思想の持ち主であることは、その想念がその人の脳内にとどまる限り咎めることはできないし、咎めるべきでもない。けれども、それを公開するときは、それが伴う「社会的責任」がどのようなものかを意識する必要がある。大人なら、誰でもそうしている。
曾野綾子の知性が不調なのは、彼女の個人的信念が世界標準では「許されない非人道的なもの」として認定されているという「事実」を勘定に入れることを怠った点にある。
そして、さらに問題なのは、このように低調な知性の持ち主に定期的なコラムを掲載していた新聞が存在し、そのような人物を教育政策の諮問機関に「有識者」として登用してきた政府が存在するという事実の方である。
個人の頭の悪いのは処罰ではなく教化の対象である。だが、公的機関が愚鈍であることについては、そのような教化的善意では応じることはできない。
それははっきりと国益を損なうふるまいであり、それが私たち日本人ひとりひとりに長期にわたって有形無形の損害をもたらすからである。
The Daily Beast の記事はその記事内容の適否とは違う水準で「このような記事が海外メディアで配信されているという事実がもたらす国益損失」がどういうものかを教えてくれる。

記事原文はこちら。
http://www.thedailybeast.com/articles/2015/02/16/south-africa-scolds-japanese-author-for-endorsing-apartheid.html

南アフリカ、日本の作家をアパルトヘイト支持を糾弾
曾野綾子が人種隔離体制を称賛して、これを日本がめざすべきモデルとして示唆したコラムが憤激と反響を巻き起こしている。
2月11日、著名な作家であり、日本の総理大臣の教育政策についての元アドバイザーである人物が日本の全国紙の一つのコラム内で南アフリカにおける人種隔離政策(アパルトヘイト)を日本の移民政策のモデルとして称賛する文章を発表した。
以来、曾野綾子(83歳)のこのコラムは国際的なスキャンダルと困惑の種となっている。
このスキャンダルを日本の主要メディアは当初は無視した。だが、2月13日日本の南アフリカ大使館がこのコラムを掲載した産経新聞に抗議文を送り、新聞と作家と日本それ自体をきびしく批判した。大使館は月曜夜に抗議文のコピーを日本語と英語で大使館のフェイスブックに掲示した。
アパルトヘイトは人道に対する犯罪である。これは21世紀において正当化されることのできぬものである。産経新聞は翌日オンライン記事内で南アフリカ政府からの抗議を受け取ったことを認めた。産経新聞は抗議内容を要約して、すでに本紙宛てに示されたステートメント(本紙はひとつの意見を掲載しただけであり、それに対してさまざまな反応があると思う)を繰り返した。産経新聞はさらに新聞はアパルトヘイトを支持したり、許容したことはなく、「人種差別もどのような差別も許されるべきではないと考えている」と付け加えた。
共同通信その他の日本の新聞はその段階になってはじめてこの消息を伝えた。だが、日本最大の日刊紙である保守系の讀賣新聞は曾野綾子が安倍晋三首相の教育政策についてのアドバイザーであった事実も、彼女が日本の文科省によって昨年全国の中学に配布されたテキストブックに大きく取り上げられた事実も報道しなかった。この「私たちの道徳」とタイトルされたテキストブックの中で彼女は「誠実」のモデルとして取り上げられていたのである。
日本の主要メディアが曾野および産経新聞の批判に及び腰である理由の一つは安倍首相が日本のメディアグループのトップたちと定期的にほぼ同時期に(たいていは重要な政治的アナウンスメンや政治的決定の直前に)ワインとディナーを共にしていることにあるように思われる。そのように親密な関係を構築することでメディアが首相や首相周辺の人物を批判することに気後れや困難さを感じる雰囲気が日本文化の中に醸成されてきている。
この議論に対する非体制的メディアとインターネットの対応はきわめて激烈なもので、10万人以上の人々が怒りと嫌悪感を表わしている。本紙の英訳コピーは1万以上のビューを記録した。
安倍首相は問題発言をする人々とのかかわりやレイシストを閣僚に指名したことで同様のニュースをたびたび提供している。
2月15日版の産経新聞において、曾野綾子は批判に対して次のように回答した。「私の文章の中で、私はアパルトヘイト政策が日本において進められるべきだとは述べていない。私はただ生活習慣の異なる人たちと暮らすことは難しいという個人的な経験について書いただけである。」
これでは南アメリカ大使Mohau Phekoから産経新聞編集者宛ての抗議文に作家も新聞も答えているとは言えない。抗議文はこれまで書かれたどのようなものよりもはっきりとこの問題を論じているからである。
重要なのは、いかなる国においても人種隔離を政策的選択として称揚することを許さないために、アパルトヘイトをその正しい文脈に置くことである。
南アフリカ国民は人種手的に三つのカテゴリーのうちのいずれかに分類されていた。白人、黒人(アフリカ人)または有色人種(混血系)、およびアジア人である。これらのカテゴリーへの分類は皮膚の色、外見、社会的承認および血統に基づいてなされた。不服従は厳しく処罰された。これらの法律に基づいて、アパルトヘイト体制下では黒人たちを恣意的に拷問し、拘禁することが可能になり、黒人たちはわずかな賃金を稼ぐためにきわめて屈辱的な条件で働くことを強いられたのである。
著名なコラムニストであり、作家である曾野は本気でこのような危険でアルカイックな法律を介護移民の日本への導入のために提案しているのだろうか?国連の名誉あるメンバーであり、2016年の国連安保理事会の非常任理事国の席を目指している日本に、このような法律を考慮するいかなる理由があるというのだろうか?
アパルトヘイトは人道に対する犯罪である。世界中のどこであれ、皮膚の色やその他の指標に基づいて他の人間を区別しようとすることは21世紀においては決して正当化されることではない。
ネルソン・マンデラ大統領はかつてこう語った。「いかなる人間も皮膚の色や、その出自や、その宗教ゆえに他の人間を憎むように生まれついてはいない。人は憎むことを学ばねばならない。そしてもし人が憎むことを学ぶことができるのだとしたら、同様に愛することも教えられるはずである。なぜなら愛は人間の心にとって憎しみよりも自然なものだからだ。」
日本政府ははっきりと曾野との立場の違いを強調しようとして、彼女はすでに首相の諮問機関であり日本の現在の「道徳教育」の創造を支援している教育再生実行会議のメンバーではないことを指摘している。
ロイターによれば、菅義偉内閣官房長官は定例の記者会見で曾野の発言についてはコメントせず、ただ「わが国の移民政策は平等に基づいており、それは日本においては保証されている」と繰り返した。
曾野は長きにわたって安倍首相が総裁である自民党のアドバイザーであり、首相夫人の友人でもあると伝えられている。

2015.02.20

『日本の反知性主義』のまえがき

『日本の反知性主義』は3月刊行予定。編者として「まえがき」を書いたので、それを掲載しておきます。
どういう趣旨の本なのか、その緊急性は何か、それをぜひご理解ください。

編者のまえがき

みなさん、こんにちは。内田樹です。
本書、『日本の反知性主義』は昨年の『街場の憂国会議』に続いて、私がその見識を高く評価する書き手の方々に寄稿を依頼して編んだアンソロジーです。本書の企図が何であるかは昨夏に発送した寄稿依頼の書面に明らかにされております。それを再掲して、本書編纂の意図を示しておきたいと思います。まずそれをお読みください。

私たちは先に晶文社から『街場の憂国会議』を刊行しました。これは特定秘密保護法の国会審議においてあらわになった立憲政治、民主制の危機について、できるだけ多様な視点からその文脈と意味を考察しようとした試みでした。不肖内田がその編著者を拝命いたしましたが、多くのすぐれた書き手の方に集まって頂き、発行部数も予想以上の数字に達しました(ほんとうはこういう「危機に警鐘を」的な書物が売れるというのは、市民にとっては少しもうれしいことではないのですが・・・)
しかし、さまざまな市民レベルからの抵抗や批判の甲斐もなく、安倍政権による民主制空洞化の動きはその後も着実に進行しており、集団的自衛権の行使容認、学校教育法の改定など、次々と「成果」を挙げています。
しかし、あきらかに国民主権を蝕み、平和国家を危機に導くはずのこれらの政策に国民の40%以上が今でも「支持」を与えています。長期的に見れば自己利益を損なうことが確実な政策を国民がどうして支持することができるのか、正直に言って私にはその理由がよく理解できません。
これは先の戦争のとき、知性的にも倫理的にも信頼しがたい戦争指導部に人々が国の運命を託したのと同じく、国民の知性が(とりわけ歴史的なものの見方が)総体として不調になっているからでしょうか。それとも、私たちには理解しがたい、私たちがまだ見たことのない種類の構造的な変化が起りつつあることの徴候なのでしょうか。私たちにはこの問題を精査する責任があると思います。そして、この作業を、かつての京都学派に倣って、共同研究というかたちで進めることができれば、読者のみならず、私たち自身にとっても裨益するところが大きいのではないかと思いました。
今回の主題は「日本の反知性主義」です。ホーフスタッターの『アメリカの反知性主義』は植民地時代から説き起こして、アメリカ人の国民感情の底に絶えず伏流する、アメリカ人であることのアイデンティティとしての反知性主義を摘抉した名著でした。現代日本の反知性主義はそれとはかなり異質なもののような気がしますが、それでも為政者からメディアまで、ビジネスから大学まで、社会の根幹部分に反知性主義・反教養主義が深く食い入っていることは間違いありません。それはどのような歴史的要因によってもたらされたものなのか? 人々が知性の活動を停止させることによって得られる疾病利得があるとすればそれは何なのか? これについてのラディカルな分析には残念ながらまだほとんど手が着けられておりません。
今回も複数の書き手にそれぞれのお立場からの知見を伺いたいと思います。「日本の反知性主義」というトピックにどこかでかかわるものであれば、どのような書き方をされても結構です。どうぞ微志ご諒察の上、ご協力賜りますよう拝してお願い申し上げます。

依頼書は以上です。私が寄稿をお願いしたのは11名でしたが、うち9名がご寄稿下さいました(残念ながらご事情により寄稿して頂けなかったお二人も刊行の趣旨にはご賛同して下さいました)。寄稿者の職業は、ビジネスマン、哲学者、政治学者、コラムニスト、作家、ドキュメンタリー映画作家、生命科学者、精神科医、武道家と職種職能はさまざまです。どなたも政治について語ることや政治活動に従事することを主務としている方ではありませんし、特定の政治的党派や政治的立場をあきらかにしている方でもありません。それでも、全員がそれぞれの現場に毒性のつよい「反知性主義・反教養主義」がしみ込んできていることに警戒心を感じている点で変わりはないと思います。
この共同研究は、別に統一的な「解」をとりまとめることをめざすものではありません。ひとつの論件をできるだけ多面的に、多層的に、多声的に論じてみたいというのが編者の願いです。寄稿者のおひとり鷲田清一先生が引いてくれたエリオットの言葉にあるように、このアンソロジーのうちに「(相違が)多ければ多いほど(・・・)はじめて単に一種の闘争、嫉妬、恐怖のみが他のすべてを支配するという危険から脱却することが可能となる」という「摩擦」の原理に私も賛同の一票を投じたいと思うからです
 寄稿して下さったすべての書き手の方々と編集の労をとって下さった晶文社の安藤聡さんに編集者として心からの謝意と敬意を表したいと思います。ありがとうございました。
「そういえば、ずいぶん危機感をもって、『あんな本』を出したことがあったね」という思い出話をみんなで笑いながら話せる日が来ることを切望しております。

2015年2月 内田樹

*寄稿してくださったのは 平川克美、鷲田清一、白井聡、小田嶋隆、赤坂真理、高橋源一郎、想田和弘、仲野徹、名越康文のみなさんでした。改めてご寄稿に感謝申し上げます。

2015.02.25

日本はアジアの次の独裁国家になるのか?

Bloomberg Viewという海外メディアに安倍政権の改憲の企てがめざす方向についての興味深いコメントが載っていた。
書いたのはNoa Smithさん。ニューヨーク州立大学Stony Brook 校の准教授とある。
たぶんアメリカのリベラル知識人の「最大公約数」的見解だろう。
こういう判断をする人たちがホワイトハウスに影響力を持つならば、安倍の暴走は「外圧」によって阻止される希望がある。
著者は野党が自民党の対抗勢力としてほとんど役に立たないことについては言及しているが、日本のメディアの反権力的な機能については一語も費やしていない。
話題にするだけ「無駄」だということを知っているのだろう。
それにしても、天皇とホワイトハウスしか自民党の「革命」を止める実効的な勢力が存在しないというような時代を生きているうちに迎えることになるとは思ってもみなかった。
もとの記事はこちら。

http://www.bloombergview.com/articles/2015-02-20/japan-s-constitutional-change-is-move-toward-autocracy


日本はアジアの次の独裁国家になるのか?
FEB 20, 2015 9:00
By Noah Smith

今年初め私は世界各国における政権の反自由主義的な動きと、人権軽視という心傷む傾向につい書いた。残念ながら、日本はこの危うい流れに追いつきつつある。
これは奇妙な言いがかりに聞こえるかもしれない。というのは、安倍晋三首相はこれまでいくつかの自由主義な政策(女性労働者への平等な扱いの推進など)を実行してきており、移民受け容れにも前向きな姿勢を示してきたからである。日本社会は、全般的に見ると、過去数十年にわたって、より自由主義な方向に向かってきた。裁判員制度の導入もその一つだし、クラブにおける長年のダンス禁止も無効にされたのもその一つである。
しかし、こういったことは安倍の政党が日本国憲法を彼らの思い通りに変更した場合には、ほとんどが意味のないものになってしまうだろう。
日本の自由民主党(現存するうちで最も実体と異なる党名をもつ政党の一つ)は戦後史のほぼ全時期、短期的な中断をはさんで、日本を支配し続けてきた。この政党の実質的な部分は哲学的にも、組織的にも、またしばしば遺伝学的にも、日本軍国主義時代の政治的支配者の流れを汲んでいる。それゆえに、当然ながら、アメリカ占領期に日本におしつけられた自由主義な価値観をこの党派はまったく内面化することがなかった。かつては少数派であったこの党派が、現在では自民党内の支配的な勢力となっている。
自民党は現在、アメリカが起草した憲法を廃棄し、代わりに自主憲法を制定しようとしている。
自民党の改憲草案は「現行憲法の条項のいくつかは自然権についての西欧的な理論に基づいており、そのような条項は変更されねばならない」と謳っている。この考えに基づいて、自民党改憲草案では、国は「公益及び公の秩序に違背する場合」には、言論の自由、表現の自由を規制することができるとされている。また、宗教集団に国家が「政治的権威」を賦与することを禁じた条項も廃絶される。つまり、政教分離原則が放棄されるのである。
さらに悪いことに、草案は国民が従うべき六つの「義務」をあらたに付け加えた。
「憲法擁護義務」や家族扶養義務のようにあいまいで無害なものもあるが、「国家国旗に敬意を払う義務」を国民に求めるようなアメリカにおける保守派が推進している憲法修正と同趣旨のものもある。
他の三つの「義務」はあきらかに反自由主義と独裁制を目指している。
「国民は責任と義務は自由と権利の代償であるということを自覚せねばならない」「国民は公益および公の秩序に従わねばならない」「国民は緊急事態においては国家あるいはその下部機構の命令に従わねばならない」
これは中国やロシアであれば憲法に書かれていてもおかしくないだろうし、「緊急事態」についての条項は、多くの中東諸国で弾圧のために利用されている正当化の論拠と同じものを感じさせる。
残念ながら、この自民党改憲草案のきわめて反自由主義的な本質は欧米ではほとんど注目されていない。欧米の人々は改憲というのは日本国憲法の一部、軍隊を保有することを禁じた現行憲法九条の改定のことだと思っているからである。
自民党改憲草案が九条廃絶をめざすのは事実だし、九条廃絶が安倍の改憲の主要な目的であることも事実である。けれども、われわれががこの問題を非武装という論点にだけ焦点を合わて見るのは、重要な論点から目をそらせることになる。
たしかに、九条廃絶はデリケートな問題である。日本はすでに軍隊を保有している(名前は「自衛隊」だが)。そして、九条の非武装条項はかなりゆるく解釈されているから、ここで九条を廃絶してみても事態はほとんど変わらない。憲法が改定されたからと言って、日本が他国に侵略を始めるということはほとんど考えられない。日本はただ、その事実上の軍隊をふつうに軍隊と呼ぶようになるというだけの話である。
しかし、九条問題に気を取られていると、われわれは自民党草案が日本国民の自由にどのような打撃を与えることになるのかを見落としてしまう。
日本国民はもちろん反自由主義的な国で暮らすことを望んではいない。
日本国民の80%以上は安倍政権が最近採決した「特定秘密保護法」に反対したし、憲法改定手続きを容易にする自民党の企てにも反対した。日本国民は過去70年間きわめて自由な空気の中で生きてきた。それがもともとは外国勢力によって与えられた自由であったにせよ、それを享受してきたことに変わりはない。
われわれが危険だと思うのは、日本国民が彼ら自身の自由をみずから進んで手放すように欺かれているように見えることである。
欧米のジャーナリストと同じように、日本国民もまた九条の廃絶だけに論点を絞り過ぎたせいで、改憲草案が人権を「義務」に置き換えるためのものだということに気づいていない。日本の野党が弱く、分断され、統治能力がないこと、それに比べて安倍政権は経済再生の最後の希望であるということで許される話ではない。
まずもう少し冷静になってみよう。憲法は所詮は一片の紙切れに過ぎない。すべての国がアメリカのように自分たちの憲法を杓子定規に守っているわけでもない。
日本の指導者たちが非自由主義的な国家を作り出そうとすれば、アメリカが1947年に書いた憲法には彼らを引き止める力はないだろう。事実、自民党内の歴史修正主義者たちは自分たちの改憲草案をこの国の「ほんとうの」法律だと暗黙のうちにみなしている。改憲草案のすべてが非自由主義的というわけではない。性別、人種、宗教的な理由による差別の禁止は原稿憲法のまま残されるし、健常者障害者の差別禁止にまで拡大されている。
しかし、自民党の新しい憲法には真に危険なものが含まれている。
第一に、これが自民党による市民社会抑圧の企ての一部だということである。
この動きは経済の低迷と福島原発事故の後、一層物騒なものになってきている。特定秘密保護法とその他の出版の自由に対する弾圧はその危険を知らせる徴候である。国境なきジャーナリストが発表した報道の自由ランキングで、日本は2010年の10位から2015年には61位にまで転落した。
第二は自民党改憲草案を採択した場合、それが国際社会にもたらすマイナスの影響である。もし日本がトルコやハンガリーのような非自由主義的な民主政体に向かって舵を切った場合、それはアジア地域において日本がこれまで保持してきた、中国という抑圧的な国家の対抗軸としての特性を打ち消すことになるだろう。その結果、日米同盟も弱体化する。日米両国はこれまで価値観の共有によって一体化してきたわけだが、それが失われるからである。これから先、アメリカは非自由主義的な中国と、かなり非自由主義的な日本の双方に対して、これまで以上に中立的な立場を採択することになるだろう。
日本にとっての最適解はたぶん九条を廃絶して、残りの条項は手つかずに残すことである。しかし、このトリックが政治的に何を意味するかはすぐ見破られるだろう。自民党が九条に手を着けた場合、どのようなやり方でそれを成し遂げようと、それは独裁主義的な「義務」と人権の弱体化に向かうドアを開くことに変わりはないからである。
だから、日本にとって現実的な最良の解は現行憲法にはいろいろ瑕疵があるが、その改定をできるだけ先送りして、いまだに1940年代のマインドをとどめているような人々が政権の座にとどまり続ける日が終わるのを待つことである。
日本はいま歴史的な転換点に立っている。
日本にはこれまで以上に自由主義的な社会になる可能性もあるし、これまでよりずっと自由主義的でない社会になる可能性もある。
より自由主義的な社会をめざすことこそが賢明であり、かつ道徳的な選択である。

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