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2010年12月 アーカイブ

2010.12.03

無垢の言語とは

クリエイティヴ・ライティングでバルトの「ランガージュ論」についてお話しする。
この授業、ほんとうは少人数で、毎回課題を出して書いてもらい、それをみんなで分析するというインタラクティブなかたちで進めたかったのだが、履修希望者が多すぎて、90人に受講者を絞って講義形式でやっている。
90人分の書きものを読んで、それぞれに適切に書き方の指導することは、いまの私にはできない(高橋源一郎さんならできるかもしれないけど)。
でも、講義形式では講義ならではの緊張感がある。
それは「つまらない話をすると学生さんたちは寝ちゃう」ということである。
どういうトピック、どういう語り口のときに学生たちはばたばたと机につっぷし、何を話しているときに眼がきらりと光って(ほんとに光るのである)一斉にペンを動かしてノートを取り始めるか、それを教壇で私は身体的に確認することができる。
彼女たちは「いま生成した言葉」に鋭く反応する。
できあいのストックフレーズが続くと、どれほどロジカルに整合的であっても、どれほど内容的に面白い話であっても、微妙な「眠気」をもたらす。
「いま生成した言葉」はどれほどつっかえながらでも、同じところをぐるぐる回っていても、前言撤回や言いよどみを含んでいても、彼女たちを目覚めさせる。
それはよくわかる。
でも、こちらも生身の人間であり、90分間「いま生成した言葉」だけを語り続けるわけにはゆかない。
しかし、このクリエイティヴ・ライティングではまさに「生成しつつある言葉」を語ることはどうすれば可能かという古典的主題をめぐって半期の講義を展開しているわけである。
逆から言えば、「なぜ私たちは生成しつつある言葉(バルトのいう「無垢のエクリチュール」「白いエクリチュール」「中立的エクリチュール」)を語ることができないのか?」という問いをつねに前景化することを義務づけられているということである。
どうして私の言葉で諸君は眠ってしまうのか?
これが優先的な論件になる。
ふつうの場合なら「寝ちゃだめだよお」と講義を止めても泣訴せねばならないのであるが、今回に限っては、私が語っている当のこのときに諸君が眠っているという事態そのものを学的課題として受け止めることが教壇にいる私には課せられているわけである。
なんで君たちは寝ちゃうのか。
という話をすると、不思議なもので、みんな「きらり」と眼を光らせてペンを取り出すのである。
つまり、こういうことではないか。
イノベーティヴな言語というものを私たちは(というかシュールレアリストも未来派もダダイストも)「生まれたままの言語」の「鮮度」という度量衡で考量しようとしてきた。
だが、考えてみればわかることだが、「ずっと新しい言葉」などというものは存在しない。
だって、「あ、それ『新しい言葉』だね、かっこいいね。オレもさっそく使おう」というなリアクションがありうるということは、その「新しい言葉」の語義は聴いた瞬間にすでに聴き手によって熟知されているということだからである。
言葉が「新しい」のは一瞬に過ぎない。
はかないものである。
絶えず陳腐化してゆく言葉を強迫的に生み出し続けることが「クリエイティブ」な言語活動だと私にはどうも思われないのである。
だって、退屈じゃないですか。
「退屈なクリエイティヴィティ」というのは、どう考えても形容矛盾である。
ということは、真に「クリエイティヴ」な言語活動は別に「新しい言葉」を語ることではない、ということになる。
では、どんな言葉を語ることがクリエイティヴなのか。
以下、思弁は暴走するが、言語活動におけるクリエイティヴィティとは、ありえない(あってもはかない)「言語の鮮度」を虚しく求めるものではなく、自分がいま現に語りつつある言語の「鮮度のなさ」、その定型性、その被制性についての「病識」のことではないかと私は思うのである。
自分がいま用いている言葉がつねに「言い過ぎる」か「言い足りないか」のどちらかであって、「言いたいこと」に決して十全的に対応しないという不充足感。
「そんなこと言う気のなかったこと」を制度的な言語運用をしているうちに「言わされてしまっている」という被制感覚。
自分が言語活動を通じて、「想定読者層を排他的に限定した『内輪のジャルゴン』」を作り出そうとしているのではないかという罪の意識。
そのような、私たちの言語を幾重にも取り囲んでいるもろもろの「躓き」についての自覚のことを「創造性」と呼んでよろしいのではないか、と私は思うのである。
「無垢なエクリチュール」は自体的には存在しない。
けれども、「私が今依拠しているエクリチュールは無垢ではない」という宣告は機能的には無垢である。
前回のクリライでは「宣言」という言語の無垢性について語った。
『シュールレアリスム宣言』も『ダダ宣言』も『未来派宣言』も『共産党宣言』も『人権宣言』も『独立宣言』も、「宣言」というかたちをとるときには機能的には無垢である。
けれども、「以上、ということで宣言は述べ終わりましたので、以後は党派的活動に入ります」ということになると、とたんにつまらないものになる。
「宣言は鮮度が高い」ということではない。
そうではなくて、宣言というのは、その定義上、「ここで述べられているようなことを全然予期していない読者たちにもわかるように」書かれているからである(『ダダ宣言』はちょっとあれですけど)。
「私の言うことはたぶんうまく理解されないだろう。だが、みなさまにはぜひ私の言葉を理解していただかないと話が始まらない」という「読者を作り出す」ための切羽詰まった志向がこれらの宣言を貫いている。
宣言の無垢性を基礎づけているのは「まだ存在しない読者をめざす自己超越の緊張」である。
それは外形的には「内輪のジャルゴン」を作り出す営みと酷似している。
酷似しているけれど、志向が違う。
「ジャルゴン」はその言語で送受信できる「身内」を限定し、そこに文化資本(できれば権力や財貨や威信も)排他的に蓄積することをめざしている。
「宣言」はその言語でコミュニケートできる「身内」をかなう限り拡大し、文化資本(はじめもろもろの社会的リソース)をできるだけ広い範囲で共有し、シェアすることをめざしている。
どちらも、「それまで聴いたことがないような言葉でいきなり語り始める」という点では似ている。
でも、めざす方向が逆なのである。
バルトはこう書いている。
 「私たちは誰しもが、自分の使っている語法(langage)の真理のうちに、すなわちその地域性のうちに、からめとられている。私の語法と隣人の語法の間には激烈な競合関係があり、そこに私たちは引きずり込まれている。というのも、すべての語法(すべてのフィクション)は覇権を争う闘争だからである。だから、ひとたびある語法が覇権を手に入れると、それは社会生活の全域に広がり、無徴候的な《偏見》(doxa) となる。政治家や官僚が語る非政治的なコトバ、新聞やテレビやラジオがしゃべることば、日常のおしゃべりことば、それが覇権をにぎった語法なのだ。」(Roland Barthes, Le Plaisir du texte, in Œuvres complètes Tome II, Édition du Seuil, 1994, p.1508)
私は大学院生のころにはじめてこのテクストを読んで「なるほど」と思った。
そして赤鉛筆でぐいぐいアンダーラインを引きながら、ランガージュの「地域性」にからめとられないようにしないとね・・・と自戒したのである。
そのときにはバルトのこのテクストがいったいどれほどの読者を想定して書かれているものかについては考えなかった。
それからさまざまなフランスの思想家が書いたものを読んだ。
感想は「むずかしい」である。
どうしてこんなに「むずかしい」のか。
理由は簡単で、書き手と同じような社会階層に生まれ、同じような教育を受け、同じような書物を読み、同じような音楽を聴き、同じような映画を
観て、同じようなレストランで飯を食い、同じようなホテルでバカンスを過ごす「ような読者」を想定して書いているからである。
「セレクトのテラスでサルトルがすべった」とか「ガリマールの選書委員会でジャン・ポーランが転んだ」とか「ミシェル・レリスの夜会でシルヴィア・バタイユがゲロを吐いた」とか「エベルト座でジェラール・フィリップがくしゃみをした」というような話をしたときに、それがどのような歴史的文脈の「事件」であるかが「ほうほう」と「わかる」人たちを読者に想定して書かれているからである。
その「コノタシオン」がわからない人には意味がぜんぜんわからない。
そのようにして、排他的な読者層が形成されている。
その読者層はそのまま権力的な社会階層と同期している。
私たち仏文学者が必死になってその「読者層」にまぎれこもうとしたのは、それが階層上位への社会的向上の隘路だと信じたからである。
「この人たちの話」がわかるようになると、日本のアカデミアでも高いポジションに這い上がれる。
そう思ったので、ぐいぐい勉強したのである。
でも、この院生の直感はある意味で正しいのである。
思想書がむずかしく書かれているのは、「それが読める人間と読めない人間」を差別化し、「読める人間」に文化資本を傾斜配分するという社会的要請が現に活発に機能しているからである。
問題は「難しい本」を書いている思想家たちが、そのことを自覚しているかどうか、ということである。
前に「リーダビリティについて」で書いたことだが、文化資本の排他的蓄積のメカニズムについて怜悧な分析を行ったピエール・ブルデューの『ディスタンクシオン』はすでに文化資本の排他的蓄積の恩恵をこうむっている社会階層の読者にしかリーダブルではないような文体で書かれていた。
それは『ディスタンクシオン』という書物それ自体が階層社会の階層化を文化的にはさらに強化するかもしれないというリスクを含んでいるということである。
ブルデューはそのことにどれほど自覚的であったのか。
私にはそれがよくわからない。
「リーダビリティ」ということは、私の知る限り、フランスの思想家たちのあいだで喫緊な課題としては論じられたことがない。
「リーダブルな書き手でありたい」という願望を表明したフランス知識人のあることを私は知らない。
「それはウチダ君が無学なだけであって、こういう人もああいう人もリーダビリティについては語っているぞ」と教えてくれる人がいるかもしれないが、「学問がないと、『学問がある人間にしか届かない情報がある』という情報が耳に届かない」という私の命題はそれによってさらに補強されるだけである。
そもそもリーダブルというのは英語のreadbleもフランス語lisible もよい意味ではない。
「わかりやすく、簡単に書かれている」ということで、書きものとしては「下等なもの」というニュアンスが貼り付いている。
「リーダブル」という形容詞がもっぱら貶下的にしか用いられない文化圏で「リーダビリティ」が優先的課題になることはありえない。
では、どのような文化的環境において、リーダビリティは知的・学的課題となりうるのか・・・と講義は進んだのであるが、もうすぐ授業が始まるので、今日はここまで。
この話はいずれ『街場の文体論』でじっくり展開しますので、お楽しみに。

2010.12.05

成瀬先生が来る

ヨガの成瀬雅春先生と対談。
何度かの対談をまとめて単行本にするのである。
対談は今日が最後で、来春には本が出る予定。
成瀬先生たちご一行が合気道のお稽古を見学に来た。
木曜日から「股関節と肩甲骨をがばっと開いて、身体を刃のような一重身にして、深層筋からの力をそのまま作用点に伝える」という身体の使い方を工夫している。
それは先日黒田鉄山先生のDVDで、駒形改心流の型のいくつかを見て、その独特の一重身から、「やっぱ股関節と肩甲骨だわな」と思ったからである。
前に大相撲の一ノ矢さんと『考える人』の「日本の身体」で対談したときに、シコが股関節、テッポウが肩甲骨の「開き」のためのものだということを教えていただいた。
相撲の場合は「自分の身体から出せる最大の力を出すためにはどういうふうに身体を使うか」というはっきりした目標がある。
そのための稽古法として、シコと摺り足とテッポウと股割りがある。
この四つに共通する身体運用上の効果は「一重身になる」ということである。
股関節を開き、肩甲骨を「抜いて」、一重身になる。
それによって下半身の太い筋肉群の力が足先指先にまでロスなしに伝導される。
体術の場合、相手が接している身体部位が緊張すると、相手はすぐに反応して、そこを咎める。
そのことを「起こり」という。
「起こりを消す」というのは技法上の最優先の課題であるが、物理的に言えば、それは「相手に感知されない部位の筋肉を動かして、技を遣う」ということである。
合気道の場合は手首が接点になる型がたいへん多い。
それはおそらく手首がもっとも「起こり」が出やすく、かつそこを制すると全身の運動が規制されてしまう鍵になる部位だからである。
だから、手首周辺の筋肉にまったく緊張がないままに深層筋からの強い力が指先まで一気に伝わるために、どんなふうに身体を使えばよいのかということが技法上の課題になるのである。
股関節の「開き」と肩甲骨の「抜き」によって、手首周辺の筋肉には緊張がないまま、身体は一気に一重身になり、深層筋の強い力がそのまま剣先にまで伝わる。
その術理が鉄山先生の映像をみていてよくわかった。
木曜日に大学のクラブで数人を実験台に稽古してみて、その実効性がわかったので、さっそく土曜日に芦屋の道場でも適用してみる。
たしかな効果があったと思う。
もともと上体の筋肉に頼らないタイプの人たちは股関節の開きが自然にできている。でも、肩甲骨の使い方について意識的に工夫するということは、あまりなかったように思う。
それは「肩甲骨を抜く」と出力が変化するという「実感」がなかったからである。
今回は、これまで稽古のときに私がうるさく口にしていた「背中に意識を置いて一重身をつくる」「身体を正中線に対してできる限り薄くする」「全身の筋肉の緊張を均等にする」といった指示を「肩甲骨の抜きによって達成された力感の変化」としてとらえてもらった。
人間の身体はそれまで意識したことのなかった身体部位を「使え」という指令が脳から来たときに、当然ながら「混乱」に陥る。
だが、この混乱は生産的な混乱である。
「運動精度を高めよ」という指示と「雄渾に動け」という指示が同時に来ると、身体は混乱する。
そして、何かこれまでしたことのない不思議な動きを始めてしまうのである。
それは「カレーが食べたい」という欲求と「トンカツが食べたい」という欲求が同時に到来したときに、「えいや」とばかりにカツカレーを作ってしまった料理人の経験に似たものである。
稽古とは混乱と葛藤の連続である。
それをどのように生産的なかたちで連続的に提示できるか。
それが指導者のエンドレスの宿題である。
今日、特にその稽古に重点を置いたのは、もちろん成瀬先生がご覧になっていたからである。
このやり方や説明が正しいかどうかわからなかったので、成瀬先生に見て頂いたのである。
私のやっていることが正しければ、笑って「それでいいんじゃないですか」と言うはずである。
間違ったことをしていたら、やっぱり笑って「それでもいいんじゃないですか」と言うはずである。
「も」が入るか入らないかの違いであるけれど、私にとっては大きな問題である。
さいわい「も」が入らなかったので、ほっとしたのである。
達人が同時代にいて、定期的に会えることの最大の恩恵は「自分が正しい方向に向かっているかどうかを確かめることができる」ということである。
そのありがたさを噛み締める。

2010.12.09

PISAのスコアについて

AFPによると、OECDが12月7日に公表した国際学習到達度調査(PISA=Program for International Student Assessment)結果で上海が世界のトップに立った。
国別のトップは韓国とフィンランドだが、初参加の上海が全科目で首位を独占した。
アジアのほかの国・地域も極めて良い成績を収めた。韓国は読解力部門で2位、数学で4位、科学で6位にランクイン。香港、シンガポール、台湾、日本も好成績だった。
OECDの教育専門家は「質だけでなく機会の平等も重視する教育思想がアジア大陸の成功をもたらした」と分析している。
西洋諸国の専門家が高く評価する教育システムを持つフィンランドは、欧州勢でトップの成績で、読解力部門で3位、科学で2位、数学で3位につけた。
また、報告書によると、すべての国で、女性の方が男性よりも読解力の成績が良く、その差は学校教育1年分だった。この性差は2000年以降縮んでおらず、フランスやイスラエル、韓国、ポルトガル、スウェーデンでは逆に差が開いた。
また、分析の結果、成績が優秀な学校では1クラスあたりの人数を減らす代わりに教員給与を上げる傾向があった。
というのはフランスの通信社からの報告。次は日本の通信社の報道。
日本の高校1年生の成績は一部回復した。
「読解力」が前回調査時の15位から8位。「数学的応用力」は10位から9位、「科学的応用力」は6位から5位とわずかに上昇した。
文部科学省は03年に行われた第2回調査での順位急落を受け、読解力向上や学力強化を打ち出したことが成績回復につながったと分析。「学力は改善傾向にある」に改めた。
以上。
二つだけの記事を読み比べて決定的なことを言うことはできないが、それでも「徴候的」なことは見て取れる。
それは、フランスの通信社の配信記事が「フランスの高校生の学力」については一行も書いていないことである。
それに対して、日本の記事は「日本人の学力」についてだけしか報道していない。
たぶん中国や韓国や台湾の新聞報道も日本に似たものではないかと推察される。
それに対して、フランス人やドイツ人やイタリア人やアメリカ人は、自国の高校生の学力を他国のそれと比較して一喜一憂するということはあまりなさそうな気がする(気がするだけで、調べたわけじゃないけど)。
それは欧米の国々が基本的には「階層構造」を持っているからである。
前にも書いたけれど、欧州の人々は階層が違う自国民よりも、階層が同じ他国民の方に親近感を覚える傾向がある。
『大いなる幻影』はその好個の適例である。
「大いなる幻影」(la grande illusion)とは、同じ貴族階級出身のフランス人捕虜ド・ボアルデュー大尉と、ドイツの収容所長ラウフェンシュタイン大尉のあいだの「国境を越えた階層的友情」のことである。
それが国民国家という「新しい幻影」の前に崩れ去ることを、ジャン・ルノワールは一掬の涙とともに点綴した。
そのような超国家的な横のつながりはヨーロッパにはその後もかたちを変えて残っている。
「文芸の共和国」(République des lettres)とは、「文化資本を潤沢に享受している人々」の国境を越えた集団のことである。
そのような集団を意識的に形成する努力はすでに中世から始まっている。
文化資本はその集団に排他的に蓄積されてきたし、いまもされている。
オックスフォードやケンブリッジやハーヴァードに世界中から秀才が集まるのは、そこにいけば「世界中から集まった秀才たちだけから成る集団」に加盟して、国民国家の枠を超えた相互支援・相互扶助の利益集団に参与できるからである。
それを今日「グローバリズム」と呼ばれるものの先駆的形態とみなすことも可能である。
グローバル化というのは、「国境を越えた能力主義的社会編成」のことである。
どこの国の国民であるかにかかわりなく、能力のあるものは高いランキングに格付けされ、能力のないものは資源の分配で不利益を蒙るというのがグローバル化の実相である。
ヨーロッパの階層上位の方たちは自国民の平均学力にはあまり関心がない。というのは、自分の帰属する集団が潤沢な文化資本を享受しているなら、それを優先的にわかちあう相手は他国の「同類」collègue たちであって、自国の下層階級の人々ではないからである。
超領域的・超国家的なエリート集団に社会的リソースを蓄積することを優的課題にしている人たちはたぶんPISAの結果にはあまり関心がない。
PISAに異常に高い関心を示すのは、国民国家こそ自分が帰属すべき究極の場であると信じている人たちである。
アジアの人たちは、たぶんそうなのである。
OECDの専門家(フランス語圏の人でした)が何と言っていたか。
「質だけでなく機会の平等も重視する教育思想がアジア大陸の成功をもたらした」と言っていたのである。
それは裏返して言えば、アジア諸国では、何よりも先ず「他国との競争に勝つ」というナショナリスティックな課題がつよく意識されているということである。
国民全体の斉一的な「底上げ」をどうやって達成するか、それについてアジア諸国は工夫をめぐらせている。
けれども、アジア諸国の人々がそのような工夫に知恵を絞るのは、「国民国家という幻影」が「文芸の共和国という幻影」よりもつよいからである。
資源の配分についての考え方がヨーロッパとアジアでは違うのである。
アメリカは移民の国だから階層はヨーロッパほど強くはないが、「エスニック・アイデンティティー」というかたちで利益集団は残存している。
アメリカでは、どのエスニック・グループがヨーロッパにおける「貴族」の地位を占めるか-もっとも有利な資源配分を受けるか-を国内の集団間で争っている。
だから、教育についてもアメリカ国民全体の「斉一的な底上げ」ということがホワイトハウスのアジェンダに載ることはたぶんないはずである。そういうことは州政府やコミュニティの専管事項であって、連邦政府の所管ではない。
でも、アジアは違う。
中国や韓国や日本では教育は国家的事業として観念されている。
成績競争がナショナリズムの発露になっているのである。
別にそれがいいとか悪いとか申し上げているのではない。
「そういうこと」をしているのはたぶんアジア諸国だけではないのか、という問に少し時間を割いても罰は当たらないのではないかと申し上げているのである。
たぶんPISAのスコアは、その国の「国民的統合度」に相関する。
だから今回上海が世界一になったが、それは上海という「選ばれた人間しか住めない」エリアの住民たちの「均質性」が世界一高いということとほぼ同義だと解釈できる。
韓国も台湾もそれぞれ国民的統合度を高めていることがスコアに反映しているように思われる。
どちらも「臨戦体制」にある国である。
そういう国では、国民の全体的な知的パフォーマンスを斉一的に底上げするほうが「国力」を早急に高める上では効果的であるという考え方が支配的になる。
PISAのスコアを私は毎回興味深く眺めているのであるが、このスコアにはたぶん次のようなさまざまなファクターが関与している。
(1) その国の階層化の進行度
(2) その国の国民的均質性の高さ
(3) その国における資源配分のフェアネスの程度
(4) その国の隣国との軍事的・外交的緊張関係の有無
(5) 「華夷秩序的先富論」(中国)や「先駆的エリートによる一点突破全面展開戦略」(韓国)のような資源の傾斜配分システムについての伝統的国是の有無
日本の教育行政の人々や教育評論家は「ゆとり教育」がどうしたというような瑣末な論件に学力問題を落とし込んで論じているが、それほど簡単な話ではないと私は思う。
だいたい、つい先日までは多くのメディアはPISAのランキングを根拠に「フィンランドに学べ」と言っていたのではなかったか。
だったら、同じロジックで今回は「上海に学べ!」と社説に大書すべきではないのか。
けれども私が知る限り、PISAのスコアの発表の後に、「上海や韓国の成功事例に学ぼう」と呼号した社説は存在しない。
けれどもそう書かないと、これまでの議論との整合性がとれないのではないか。
「上海に学べ」と書けないのは彼らが畢竟するところ学力の優劣を「ナショナルな威信の問題」だと思っているからである。
学力の高下は教科書やカリキュラムの問題ではなく、社会がどのように構造化されているか、そこではどのような階層イデオロギーが支配的であるかという、すぐれて政治な条件に相関する。
そのような仮説をめぐって、もうすこしマクロな教育議論がそろそろ始まってもよいのではないかと私は思う。

2010.12.10

既視感のある青少年健全育成条例についてのコメント

東京都の青少年の健全な育成に関する条例の制定をめぐって、表現規制についての議論がさかんである。けれども、「有害な表現」とは何かという根本の問題は主題的には問われていない。
最初に確認しておきたいのは、「それ自体が有害な表現」というものは存在しないということである。
どれほど残虐で猥褻な図画や文字であっても、マリアナ海溝の底や人跡未踏の洞窟の中に放置されているものを「有害」と呼ぶことはできない。どのような記号も人間を媒介とすることなしには有害たりえないからである。全米ライフル協会の定型句を借りて言えば、有害なのは人間であって、記号ではない。
「有害な表現」というのは人間が「有害な行為」をした後に、「これが主因で私は有害な行為に踏み切りました」とカミングアウトしてはじめてそのように呼ばれることになる。
有害な行為の実行に先んじて(有害な行為抜きで)、存在自体が有害であるような記号というものは存在しない。
次に確認しておきたいことは、「有害な行為」についての基礎的データである。
統計が私たちに教えてくれるのは、わが国が世界でも例外的に犯罪の少ない国だということである。殺人事件発生率は先進国最低である。ロシアは日本の22倍、イギリスは15倍、アメリカは5倍。2009年には日本は殺人発生件数で戦後最低を記録した。
少年犯罪も同様である。殺人、強盗、放火、強姦といった凶悪犯罪が多かったのは1960年前後であり、以後急カーブで減り続けている。だから、日本には欧米からも「どうしてこんなに少年犯罪が少ないのか」を知りに視察団が送り込まれてくる。
私の記憶する限り、強姦件数が史上最多であった1958年というのは「有害図書」に子どもたちが自由にアクセスできるような時代ではなかった。「有害図書」を売るコンビニもなかったし、エロゲーもポルノビデオもなかった。性に関する情報から子どもたちは隔離されていた。それでも性犯罪は起きた。ということは有害図書の流布と性犯罪発生のあいだに統計的な相関は見出しがたいということである。
現在世界で性表現についての規制がもっとも厳しいのはイスラム圏であるが、イスラム圏では他の国々でよりも女性の人権が尊重され、性的暴力が効果的に抑止されていると考える人は少ない。映画や漫画における暴力表現についての規制がもっとも峻厳なのはアメリカだが、そのせいでアメリカでは暴力が効果的に抑止されているという判断に与する人も少ない。
この事実から知れるのは、人が有害な行為を行うに至るには無数の要因がかかわっているということである。遺伝的形質も家庭環境も学校教育もメディアもそれに関与しているだろう。
もちろん政治文化もその一因のはずである。政治家たちが原理的な議論をネグレクトし、統計的根拠も示さずに重大な政治的決定を下すことが許される社会では、そうでない社会よりも人々が非寛容で攻撃的になる可能性は高いと私は思う。
この「有害政治家」たちのもたらす社会的災厄の責任は誰が取ってくれるのであろう。

2010.12.20

退職記念パーティの申し込み締め切りの件

みなさま、こんにちは。
1月22日の最終講義のあとの退職記念パーティにおおぜいのお申し込みをいただきまして、ありがとうございました。

すでに参加予定者が200名を超えたとのことですので、これ以上は入らない・・・ということで申し訳ありませんが、パーティの受付を明日を締め切らせていただきます。

当日になって「飛び込みで入れて」というようなことがありませんようにお願いいたします。

それにしても200人とはすごいですね。もちろん立食パーティですけれど、それでも満員電車の中で宴会やっているような感じになるんじゃないでしょうか。

まあ合気道の諸君は「満員電車の中で宴会をやる」ことには慣れてるんですけどね。


2010.12.23

テクノロジーと常識について

MBSの「辺境ラジオ」で名越康文先生、西靖アナウンサー、それと吉本新喜劇の宇都宮まきさんと2時間おしゃべり。
今年の重大ニュースということで、ひとつだけトピックを選んでくださいというので、ウィキリークス事件を取り上げた。
ウィキリークス事件については、「すばらしい達成である」と声高に評価する威勢の良い人たちと、ぼそぼそと説得力のあまりない反論をする人たちに二分されてしまった。
インターネット・テクノロジーがらみの議論では、だいたいいつもインターネット賛美者たちが理路整然、博覧強記、縦横無尽の論陣を張って、「そういうのは、ちょっとどうかね・・・」という陰気な反論を鮮やかに蹴散らしている。
私はこういう言説状況をあまり健全なものだと思わない。
議論というのは同じくらい威勢の良い人たちが、同じくらい説得力のある論拠を示し合う拮抗関係においてもっとも生産的になるというのが私の経験的確信だからである。
インターネット・テクノロジーは「こういうものを作り出して、こういうふうに運転すると、こういう結果が出るだろう」という射程の遠い見通しがあって構築されたものというよりは、「いろいろいじっていたら、こんなものができちゃったよ」という「瓢箪から駒」的な要素が濃いような気がする。
ツイッターをやっていると、そう感じる。
ツイッターの字数を140字に制限したときに、設計をした人はその効果について確定的な見通しを持っていたようには思えない。
まあ、140字くらいだわな、的な感じで決めたんじゃないかと思う。
でも、その結果不思議なことが起きた。
この字数内での「つぶやき」でわが身に起きた事件について、高い優先順位にしたがって「実況中継」をしようとすると、「たくさん仕事をして疲労している」という話と「疲れて、あちこち具合が悪い」という話がしだいに増えてくるということである。
ブログ日記ではそういう「愁訴」はあまり書かれない。
ブログ日記は、リアルタイムでの断片的な「つぶやき」ではなく、ある程度まとまりのある時間内におきたできごと全体を総括したかたちで書かれるからである。
もちろんブログでも悩みや痛みや苦しみは吐露されるが、それは「観念のフィルター」をくぐって、いったん「記号化」された愁訴である。
そういうことを書くと、どういう効果があるかをある程度クールに考量して、功利的に利用される「悩みや痛み」である。
でも、ツイッターでつぶやかれるのはリアルタイムでの「寒さ」や「疲れ」や「空腹」や「痛み」や「吐き気」のようなものが多い。
たいへんに多い。
とりわけ、「空腹」についての記述が多い。
空腹というのは、テンポラリーなものであって、そのあとご飯やおやつを食べると消えてしまうものだから、一日の終わりに明窓浄机に端座して、「さて」と日記帳を取り出したときに主題的に書かれることはふつうはない。
これはツイッターというメディアの特徴を端的に表している。
一日の終わりに「今日一日の出来事は?」というふうに総括したときには「空腹だった」という言葉は出てこない(だって、もうご飯食べちゃった後だから)。
でも、実際には「空腹感」が、その一日のうちのかなり長い時間にわたって、当人における支配的な身体実感だったということがありうるのである。
ツイッターでは「ご飯の話」が実によく出てくるが、それは多くの場合「これから・・・を食べる予定」というふうに書かれる。
つまり、「もうじき満たされるはずのリアルな空腹感」にドライブされるかたちで語られることが多く、「いま・・・を食べてたいへん満足した」という総括の言説をとることの方が少ない。
「さあ、これからカツ丼を食うぞ」というときに人間の胃袋は「カツ丼型にへこんでいる」というふうに比喩的に言われるが、ツイッターはまさにこの「カツ丼型にへこんでいる」欲望を表すことにきわめて適しているのである。
「回顧的に自分を語るときには語られることの少ない、しかしながら現時的にはきわめて切実だった身体実感」を実況中継するという効能をこれほど豊かに備えたメディアを私たちはこれまで持ったことがなかった。
私の母親はコンピュータを持たないので、兄が私のブログ日記を一週間分まとめてプリントアウトしたものを手渡していた。
それによって私の日常、とりわけ私の病気や疲労について知ることができることを母はブログの手柄としていた。
母がもっとも知りたいのは、息子の対外的な活動よりむしろ、ちゃんと食べているのか、ちゃんと寝ているのかといった身体にかかわる情報だからである。
でも、私の最近のブログ日記にはそういう身体情報はもうほとんど書かれていない(そこには「演説」しか書かないことになってしまった)。
疲れたとか腹減ったとか眠いとかいう私の身体の実況情報はすべてツイッターに流れ込んでしまったからである。
ツイッターはインターネットが発明されて以来、「もっとも身体的な」メディアである。
それが投稿者の「身体的近さ」を実感させる。
名越先生とお会いするのは久しぶりなのだが、私は名越先生が昨日どこにいて何を食べて、どんな仕事をして、何時間くらい寝て、どれくらい疲れているのかについて、私と会う前にどこにいて、どんな交通手段でこちらに向かっているのかまで、会うに先立って、リアルタイムの情報を手にしている。
もちろん名越先生は私についても同じことを知っている。
だから、会ったときに感じる「近さ」がこれまでとは全然違う。
「それでさ」という感じで話が始まる。
会うのが半年ぶりでも、「さっきの話の続き」なのである。
こういうことはこれまでなかった。
どんなメディアもここまでリアルな身体実感を伝播することはなかった。
インターネットに身体性を載せることに成功したという点でツイッターは画期的なメディアだと私は思うのだが、ツイッターの設計をしたエンジニアは「そんなこと」をたぶん全然予測していなかったと思う。
そういうものなのである。
インターネット・テクノロジーは設計者の期待には含まれていなかった副次的・派生的な機能においてイノベーションをもたらすことがある。
そのような生成的なテクノロジーについて、「既成の人間的価値観」に基づいて良否を論じることが果たして適切なのか。
ウィキリークスの発明者はたぶん国民国家という政治的幻想に対する批判をこめてこのシステムを考案したのだと思う。
でも、こういうテクノロジーは「国民国家という政治的幻想に対する批判」というようなスケールを軽々と超えてしまうことがある。
ウィキリークスは「攻城器」のような破壊兵器である。
何かを破壊するためにはきわめて有効な道具である。
もちろん、世界には破壊されねばならない多くのものがある(たぶんそうなのだろう)。
破壊されるべきものはてきぱきと効果的に破壊されるべきだという考え方にも私は反対しない。
けれども、それと同時に、あやうい土台の上に、はかない人間的価値を忍耐積み上げてゆくおもしろみのない作業も誰かが担わなければならないということも告げなければならない。
そのような作業に「攻城器」はあまり役に立たないということも。
ウィキリークスによってリークされた今回のアメリカの公電情報は『ガーディアン』のような世界的な声望を誇るクオリティペーパーにその吟味と発表を委ねられた。
その真偽について、発表の適切性について、「既存のメディア」という「スクリーン」を一回通したのである。
「重大な情報の扱いは常識によってコントロールされるべきである」という「常識」がここではまだ生き残っている。
情報公開を賛美する人々は「抑止」がかかったことの意義についてほとんど言及しない。
けれども、私はこの事件でいちばん重要なのは「常識による抑止」の機能について改めて考えることではないかと思うのである。

2010.12.26

才能の枯渇について

クリエイティヴ・ライティングの今年最後の授業で、「才能」について考える。
天賦の才能というものがある。
自己努力の成果として獲得した知識や技術とは違う、「なんだか知らないけれど、できちゃうこと」が人間にはある。
「天賦」という言葉が示すように、それは天から与えられたものである。
外部からの贈り物である。
私たちは才能を「自分の中深くにあったものが発現した」というふうな言い方でとらえるけれど、それは正確ではない。
才能は「贈り物」である。
外来のもので、たまたま今は私の手元に預けられているだけである。
それは一時的に私に負託され、それを「うまく」使うことが私に委ねられている。
どう使うのが「うまく使う」ことであるかを私は自分で考えなければならない。
私はそのように考えている。
才能を「うまく使う」というのは、それから最大の利益を引き出すということではない。
私がこれまで見聞きしてきた限りのことを申し上げると、才能は自己利益のために用いると失われる。
「世のため人のため」に使っているうちに、才能はだんだんその人に血肉化してゆき、やがて、その人の本性の一部になる。
そこまで内面化した才能はもう揺るがない。
でも、逆に天賦の才能をもっぱら自己利益のために使うと、才能はゆっくり目減りしてくる。
才能を威信や名声や貨幣と交換していると、それはだんだんその人自身から「疎遠」なものとなってゆく。
他人のために使うと、才能は内在化し、血肉化し、自分のために使うと、才能は外在化し、モノ化し、やがて剥離して、風に飛ばされて、消えてゆく。
長く生きてきてそのことがわかった。
豊かな天賦の才に恵まれた多くの若者を見てきた。
彼ら彼女らは若くからはなやかな業績や作品を生み出し、高い評価を受け、すてきなスピードで社会的なプロモーションを果たした。
彼らは自分の才能の効率的な使い方については十分に知っていたが、「才能とは何か?」という一般的な問いを自分に向けることはあまりなかったようである。
なにしろ、生まれたときからずっと才能があり、才能がいきいきと活動している状態が天然自然なので、あらためて自分の才能の構造や機能について省察する必要を感じなかったのである。
それも無理はないと思う。
でも、ある程度生きてくれば、現在自分の享受している社会的なアドバンテージのかなりの部分が「自己努力」による獲得物ではなく、天賦の贈り物だということに気づくはずである。
それに対して「反対給付義務」を感じるかどうか、それが才能の死活の分岐点である。
反対給付義務とは、この贈り物に対して返礼の義務が自分にはあると感じることである。
贈り物がもたらしたさまざまな利得を自分が占有し退蔵していると「何か悪いことが起こり、自分は死ぬことになる」と感じることである。
才能がもたらしたアドバンテージは「私有物」ではない。だから、返礼をしなければならない。
ただし、それは「贈与者に直接等価のものを返礼する」というかたちをとらない。
とりあえず相手は「天」であるから、返しようがないということもあるけれど、あらゆる贈与において、「最初に贈与した人間は、どのような返礼によっても相殺することのできない絶対的債権者である」というルールがあるからである。
世界で最初に贈与した人間が「いちばんえらい」のである。
その原初の一撃(le premier coup)はどのような返礼を以てしても償却することができない。
それゆえ、返礼義務は「贈与者」に対して、債務の相殺を求めてなされてはならない。
してもいいけれど、「贈与を始めた」というアドバンテージはどのような返礼によっても、相殺できないからやっても無意味なのである。
この被贈与者が贈与者に対して感じる負債感は、自分自身を別の人にとっての「贈与者」たらしめることによってしか相殺できない。
自分が新たな贈与サイクルの創始者になるときはじめて負債感はその切迫を緩和する。
そのようにして、贈与はドミノ倒しのように、最初に一人が始めると、あとは無限に連鎖してゆくプロセスなのである。
才能はある種の贈り物である。
それに対する反対給付義務は、その贈り物のもたらした利益を別の誰かに向けて、いかなる対価も求めない純粋贈与として差し出すことによってしか果たされない。
けれども実に多くの「才能ある若者」たちは、返礼義務を怠ってしまう。
「自分の才能が自分にもたらした利益はすべて自分の私有財産である。誰ともこれをシェアする必要を私は認めない」という利己的な構えを「危険だ」というふうに思う人はしだいに稀な存在になりつつある。
でも、ほんとうに危険なのである。
『贈与論』でモースが書いているとおり、贈り物がもたらした利得を退蔵すると「何か悪いことが起こり、死ぬ」のである。
別にオカルト的な話ではなくて、人間の人間性がそのように構造化されているのである。
だから、人間らしいふるまいを怠ると、「人間的に悪いことが起こり、人間的に死ぬ」のである。
生物学的には何も起こらず、長命健康を保っていても、「人間的には死ぬ」ということがある。
贈与のもたらす利得を退蔵した人には「次の贈り物」はもう届けられない。
そこに贈与しても、そこを起点として新しい贈与のサイクルが始まらないとわかると、「天」は贈与を止めてしまうからである。
天賦の才能というのは、いわば「呼び水」なのである。
その才能の「使いっぷり」を見て、次の贈り物のスケールとクオリティが決まる。
天賦の才能を専一的に自己利益の増大に費やした子どもは、最初はそれによって大きな利益を得るが、やがて、ありあまるほどにあるかに見えた才能が枯渇する日を迎えることになる。
前に「スランプ」について書いたことがある。
スランプというのは「私たちがそれまでできていたことができなくなること」ではない。
できることは、いつでもできる。
そうではなくて、スランプというのは「私たちにできるはずがないのに、軽々とできていたこと」ができなくなることを言うのである。
「できるから、できる」ことと、「できるはずがないのに、できる」ことはまるで別のことである。
「できるはずのないことが、自分にはできる(だから、この能力は私物ではない)」と自覚しえたものだけが、次の贈与サイクルの創始者になることができる。
自分は世のため人のために何をなしうるか、という問いを切実に引き受けるものだけが、才能の枯渇をまぬかれることができる。
「自分は世のため人のために何をなしうるか」という問いは、自分の才能の成り立ちと機能についての徹底的な省察を要求するからである。
自分が成し遂げたことのうち、「これだけは自分が創造したものだ」「これは誰にも依存しないオリジナルだ」と言いうるようなものは、ほとんど一つもないことを思い知らせてくれるからである。
才能の消長について語る人があまりいないので、ここに経験的知見を記すのである。

2010.12.31

2010年の重大ニュース

大晦日恒例の2010年の重大ニュース。
さて、今年は何があったのでしょうか。
(1)『日本辺境論』で2010年度新書大賞を頂いた。
『私家版・ユダヤ文化論』で2007年の小林秀雄賞を頂いたのに続いての受賞。
「言葉が読み手に届く」ということが私がものを書くときにいちばん気に懸けていることだが、それが「届いた」らしいということが、何よりうれしい。
(2)書いたものが外国語に訳された。
フランスの雑誌から農業についてのエッセイを訳したいというオッファーがあった。ドイツの雑誌からは「日本人の自殺」についてのエッセイの寄稿を求められた。
ヨーロッパの言語に訳されるのははじめてである(ユーロで原稿料が振り込まれたのも)。
これまで中国語では『村上春樹にご用心』が中国と台湾で、名越先生との『十四歳の子を持つ親のために』が台湾で、『下流志向』は台湾と韓国で訳された。
今年は『若者よマルクスを読もう』と『寝ながら学べる構造主義』が韓国語訳された。
この選書から察するに、韓国の人文系の学者には「アカデミックな話をコロキアルな文体に噛み砕く」という仕事をしたがる人があまりいないようである。
なんか、わかるような気がする。
でも、これまで「英訳したい」というオッファーは一つも来たことがない。
『日本辺境論』は英語圏の人が読んでもけっこう面白いと思うんだけど。
(3)大阪市の特別顧問を委嘱された。
平松邦夫市長と仲良しになって、ときどきお酒なんか飲んでいるうちに、顧問就任を要請された。
教育関連のことで市長にアドバイスするお仕事で、ボランティアである(代わりに美味しいフレンチをごちそうしてくれる)。
私は「教育のことは現場に任せて欲しい」ということをずっと書いているので、市長へのアドバイスも「地方自治体の首長は教育行政に容喙しない方がよろしい」というものである。
平松さんも「『市長は何もするな』と言われてはせっかく顧問に頼んだ甲斐がない・・・」と内心ではずいぶんがっかりされていると思うけれど、紳士なので、失望は顔に出さずに、会うとにこにこしている。
できた方である。
(4)ラジオによく出た。
平川くんと二人でやっているラジオデイズの『たぶん月刊・話半分』の他に、西靖さんが司会で名越康文先生と僕がおしゃべりする『辺境ラジオ』がMBSで不定期放送されることになった。子守康範さんの生放送『朝からてんこもり』にもいつのまにか「季刊」で出演することになってしまった(次の出演は1月27日の朝早く)。大瀧詠一さんとの『年末放談』も恒例化したし、ラジオによく出るウチダです。
ラジオはいいですよね。カジュアルで。ジーンズにポロシャツで出かけて、好き勝手おしゃべりして、「んじゃ」って帰ればいいんですから。
(5)道場の土地を取得した。
2月17日に住吉に道場用地75坪を購入。念願の道場用地をついに獲得することができた。
(6)光嶋裕介くんを設計者に指名した。
去年の暮れの打ち納めに画伯が連れてきた早稲田の建築での教え子、光嶋君の麻雀の負けっぷりのよさが気に入って、まだ一軒も住宅を設計したことがないという光嶋くんに道場と住宅の設計を依頼。光嶋君も気合いを入れてすごい図面を引いてくる。
この不思議な建物のニュースが建築業界になぜか広まり、ミサワホーム主催の住宅建築についてのシンポジウムで光嶋君、五十嵐太郎さんと鼎談。その勢いで、いくつかの住宅雑誌に取材されることになる。
一階がパブリックスペース(道場)、二階の半分がセミ・パブリック・スペース(書斎と客間とお稽古場)、残り半分がプライベートという「三極構造」コンセプトが珍しかったようである。
今般土地を取得したのは、土地建物は私物化すべきものではなく、公共財としてひろく活用すべきだという年来の主張をちょっとだけ実現するためである。
「縁側のある家」「隣近所の人がテレビを見に来る家」というのが50年生まれの私や平川くんにとっては「家の原風景」である。
そのような開放的な家を現代に再現することはできぬものか。
アブラハムの幕屋は東西南北どの方向から人が到来しても歓待できるように、四方に入り口があったそうである。
私はそれこそが家の理想型だと思っている。
レヴィナス先生がそうおっしゃっているんだから、たぶんそうなのである。
けれども、果たして「外に向かって開放された家」というのが、ほんとに可能なのかどうか。ちょっと(かなり)不安である。
でも、せっかくそういう機会を頂いたのだから、やってみるのである。
(7)「塩漬け宣言」をしてみた。
あまりにゲラがたまってきたので、「ゲラ塩漬け宣言」を発令する。
こんなにたくさんのゲラを読んでいたら眼が悪くなってしまうし、だいいち、買う方だってどれを買えばいいのかわからなくて、困ってしまう。
集中豪雨的な出版は私には身体的につらいし、読者だって物入りが続いてかなわない。
というわけで、せめて季刊ペースくらいでは、という割と「つつましい」願いを抱いたのである。
どういうわけかこれが「断筆宣言」というふうに誤伝されて、「断筆宣言しているわりには書いているじゃないですか」というようなイジワルなことを言われてちょっと傷ついたりした。
(8)いろいろな方とお仕事をさせてもらった。
養老孟司先生、茂木健一郎さん、中沢新一さん、安田登さん、成瀬雅春先生、釈徹宗先生、名越康文先生、高橋源一郎さん、平川克美くん、そして大瀧詠一さん。今年はほんとうにありがとうございました。来年もよろしくお願いします。
数えたら8つだけれど、まあ、こんなものでしょう。
では、みなさんもどうぞよいお年をお迎えください。

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