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2012年03月 アーカイブ

2012.03.02

抑止力と付加形容詞について

在日米軍再編が進んでいる中で、米側が日本政府に沖縄の海兵隊の移転計画を明らかにした。
海兵隊司令部と遠征部隊は沖縄に引き続き駐留するが、陸上部隊の大半はグアムなど国外移転する。
06年のロードマップでは司令部も国外転出の予定であったが、軍備拡張を進める中国を牽制するかたちで司令部のみ残留ということになった。
これについて3月2日の毎日新聞は「日本側は、陸上部隊の国外移転で抑止力が低下しないかなどを慎重に見極めている」と書いている。
徴候的な書き方だと思う。
「抑止力が低下しないか」が問題だと言う。
抑止力とは何のことか。
ふつうは、こういう文脈では使わない言葉である。
英語ではdeterrent と言う。「引きとどめるもの、妨害者」というのが原義だが、 軍事用語では要するに「核兵器」の迂回的表現のことである。
あまりに迂回的なのでわざわざ「核抑止力」(nuclear deterrent)と表記されることもあったが、この場合の「核」は単なる形容詞ではない。
単なる形容詞であれば、「核抑止力」以外に「空母抑止力」とか「ヘリコプター抑止力」とか「竹槍抑止力」といったparadigmatic な選択肢が横並びであってよいはずだが、そのような言葉は存在しない。
「核抑止力」という場合の「核」のような語のことを文法では「名詞のうちに含まれる性質を表す付加形容詞」épithète de natureとして教える。
La blanche neige (白い雪) le triste hiver (暗い冬)la vaste mer(広い海)の類である。
レヴィナス老師がその著書にDifficile Liberté 「困難な自由」というタイトルを付したのもその一例である。師はこの世にFacile Liberté「容易な自由」というものが存在しえないことを教えているのである。
「核抑止力」も私の知見の及ぶ限りでは épithète de nature の一つであり、それ以外の使われ方をしたことがない。
という基礎的な知識の上にこの記事を読むと、私たちは日本のマスメディアが在日米軍と安全保障について語るときの抑圧とその病態の好個の適例を見ることになる。
「抑止力が低下しないか」というのは、端的に「沖縄に常置してあるはずの核兵器の数が減らないか」という意味である。
核兵器が減ると、中国に対する「脅威」が減殺しないか、という意味である。
そう書けばよいのだが、「書かない約束」になっているのである。
誰との約束か知らないが。
もう一つ、さらに深い抑圧は、この「抑止力」が誰が管理し、誰が行使するものであるかが曖昧にされていることである。
これは日本の政治家や官僚やメディアが安全保障について語るとき必ず発症する病態である。
「核の傘」というのがよい例である。
この表現は実によく用いられる軍事用語であるが、いったい誰が「傘をさしているのか」についてはつねに曖昧にされている。
アメリカ人が「核の傘」を手に持ち、高く掲げて日本やその他の同盟国を覆っている図像を思い描くこともできるし、日本人が自分たちがアメリカから借りた「核の傘」を手にして、その下で安んじている図像を思い描くこともできる。
雨が降ってきたので「ちょっと傘拝借します」「あ、持ってらっしゃい」というのは日常生活でよくある図柄である。
おそらく多くの日本人はそのような絵柄を漠然と選好している。
もともとは「あちら」の所有物なのであるが、今は入り用なので、「こちら」でちょいと拝借している。差すも閉じるも、こちらの自由。
核抑止力の「主体」はわれわれなのだ、と思っている。
少なくとも、「思いたがっている」。
それと同じ「核兵器の取り扱い主体の曖昧化」がこの記事にもそのまま露出している。
「日本側は、陸上部隊の国外移転で抑止力が低下しないかなどを慎重に見極めている」これは読みようによっては、まるで「日本側」が抑止力のハンドリングを担当しているかのようである。中国の軍拡に対する核抑止力の布置については、まるで日本が起案し、実行している「かのように」読める。
「慎重に見極める」のはふつうは抑止力をハンドルしている人間の言い分だからである。
もちろん核兵器をハンドルしているのは米軍である。
日本側はその配置も規模も知らされていない(知らされた上で「黙っていろ」と言われると、これが「密約」ということになって、政権の命取りになることがわかっているからだ)。
だから、「慎重に見極める」というのは、「手をつかねて見ている」ということである。
ある日、米軍が「もう日本から撤収するから、あとの抑止力の手当は自分でなんとかしてね」と言って去って行ったあとのことを何も考えていないということである。
日本には自前の抑止力がない、というのが国防プランを起案するときの前提である。
そこからしか話は始まらない。
じゃあ、自主核武装しようという話も出てくるだろうし、核兵器は結局使えないんだから、通常兵器を充実させて、徴兵制を施行しようという話も出てくるだろうし、何とか必死に善隣外交を展開して、ロシアとも中国とも韓国とも安全保障条約を締結しようという話も出てくるだろう。どのオプションが適切かは、そのときどきの国際関係論的状況と、日本の財政的余力で決まる。
そのようなリアルでクールな議論を始めるためには、まず「日本は抑止力をハンドルできない」という現実を見すえなければならない。
でも、日本人はそれをしていない。
それをすると、日本が結局戦後67年間、アメリカの軍事的属国であって、主権国家ではなかったという痛ましい現実に直面してしまうからである。
それを認めるだけの「心の準備」が出来ていないので、この記事のようなワーディングを誰も「おかしい」と思わない。
この記事は病的である。
そして、これが病的であるということに書いている記者も、読者もまったく気づかないでいるということがさらに病的なのである。

2012.03.10

『日本辺境論』韓国語版序文

『日本辺境論』が韓国語訳されることになって、序文を頼まれたので、それを書いた。
『日本辺境論』は中国と韓国の読者をつよく意識して書いた日本文化論であるので、これが韓国語に翻訳されることは書き手としてたいへんにうれしい。
どういう受け取り方をされるのか、興味がある。
これは私の著作の中では(たぶん)四冊目の韓国語訳である。
あちらの出版社がどういう基準で選書して、翻訳しているのか、ラインナップをみても、正直言ってよくわからない(『下流志向』、『寝ながら学べる構造主義』、『若者よマルクスを読もう』、そして本書)。
なんとなくわかるのは、「学術的にいささかややこしい話」を「コロキアルなことば」に置き換えて説明するという「学術言語と生活言語のブリッジ」という仕事に、韓国の学者たちはあまり熱心ではないのではないかということである。その「ニッチ」を埋めるような書き手を韓国の読者たちもなんとなく求めている・・・ということではあるまいか(勝手な推測ですけど)。
ともかく私の書いたものを読んでにやりとしたり、「ふん」と鼻をならしている隣国の人の顔を想像すると、なんとなく心が温かくなるのである。

というわけで、韓国語版のための序文をここに転載しておく。

『日本辺境論』韓国語版のためのまえがき

みなさん、こんにちは。内田樹です。
『日本辺境論』韓国語版お買い上げありがとうございます(まだお買い上げでなくて、本屋で立ち読みしている方も、この本を手にとってくださったことにお礼申し上げます)。
この本が韓国語に訳されたことを、とてもうれしく思います。というのは、この本は韓国の人と中国の人にはぜひ読んで欲しいと思って書かれたものだからです。

本の最初の方にも書きましたけれど、日本人は「日本人論」「日本文化論」が大好きです。自分たちがいかに特殊な国で、特殊な国民性格と特殊な文化を持っていて、それが隣国と違うか、ということをことあるごとに論じます。たぶん世界でいちばん「自国文化特殊論」が好きな国民だと思います(というような書き方がその典型です)。
そのこと自体はまあ趣味の問題ですから、「お好きに」で済ませてもいいと思うんですけれど、問題は、この日本文化特殊論がしばしば隣国(中国、朝鮮、台湾)とわが国の比較のかたちをとり、「隣国の人たちの国民性格は陋劣であり、国民文化は質が低い」という命題を主張するものが少なくないことです。これは人間的態度としてもほめられたものではありませんし、学術的な厳密さを求める上でもよろしくない。
もちろん、日本の知識人たちが書いた日本文化論、日本人論の中にはそのような自民族中心主義に堕すことのない、学術的な骨格のはっきりしたものもたくさんあります。でも、残念ながら、それらの書物も「隣国の人たちに読んでもらいたい」という意志をはっきりと持って書かれたものではありません。例えば、代表的な日本文化論である、内村鑑三の『代表的日本人』や岡倉天心の『茶の本』や新渡戸稲造の『武士道』は最初から英語で書かれています。これらの書物は、欧米の読者に向かって明治の日本が列強に匹敵する質の固有の文化を持っていることを強調して、国際関係において名誉あるポジションを請求するというつよい政治的意味を帯びていました。記述も精密ですし、中立的です。
でも、英語で書かれたということからわかるように、想定されていた読者は欧米の、それも政策決定に関与できるレベルの知識人だけでした。朝鮮半島や中国大陸の人々はたぶんこれらの書物の読者には想定されていません。
本書でも引用した丸山眞男や川島武宜の日本文化論はたいへんすぐれたものですが、「日本人の知識人でなければ知らない学術情報」に多く依拠しております。ですから、日本研究の専門家以外の、外国人一般読者がこれを読了するためには、かなりの忍耐と努力が必要でしょう。
それらのすぐれた日本文化論を除くと、外国の読者に読まれることを想定して書かれたものはほとんどありません。しかし、「日本文化はすばらしい(他の国の文化よりずっとすぐれている)」というような書き方を(読者に迎合してか、あるいは出版社の要求に従って)許してしまうと、その書物にどれほど有用な知見が含まれていても、外国の読者からは「プロパガンダ」に分類されてしまいます。
プロパガンダは国内的な「文化的消費財」ではありえるでしょうが、他国の人たちが日本の国民性格や日本の国民文化についての理解を深める役には立ちません。

本書ははじめから、外国人読者に(それも隣国の人たちに)「日本を理解してもらいたい」というはっきりとした意図を持って書かれたという点では、かなり例外的な日本文化論だと私は思っています。
それは別に私が例外的に中立的な人間であるからではありません。
たまたま、長くフランスの文学と哲学を専門的に研究してきたせいで、自分の書いたものが「フランス語に訳せるかどうか」ということをものを書くときのひとつの基準にしてきたからです。
自分が日本語で書いたものを読み返すときに、私はいつも想像的に「これを翻訳するフランス人のつもり」になって読みます。そうすると、「これはちょっとフランス語にならないな」という箇所に身体が反応します。「フランス語にならない」のは統辞構造や語彙の違いのせいばかりではなく、「外国人が読むと、よく意味がわからない」ところ、「日本人同士にしかわからない話」が書かれているからです。ですから、それについては、改めて外国の人が読んでもわかるような「説明」を考える。
「外国人にもわかるように説明する」というのは、「ラディカルに(文字通り根源的に)説明する」ことを求めます。
例えば、野球について書くとき、強打かバントか、真っ向勝負か敬遠か、といった技術的なことについて「野球を知っている同士」で話すことはそれほどむずかしくありません。でも、ここに「野球を全く知らない人」がいて、その人に「野球とは何か」を説明するのは、たいへんにむずかしい。説明しようとしたら、「ラディカルに」考えざるを得ないからです。野球の話なら、「ボールは『生きている』か『死んでいる』かいずれかの状態にある」、「『生きているボール』に人間が触れると何かが始まる(あるいは終わる)」、「二つの集団に別れて、一方は『生きているボール』に追いつかれるより早く『家』にたどりつこうとし、一方はそれを阻止しようとする」などなどという原理的な話から始まります。そして、そういう説明をしているうちに、説明している当人も、このスポーツが実はかなり神話的な構造を持ったものであることがわかってきます。他のボールゲームとの相同性も見えてくるし、差異も明らかになる。
今のは少し極端な例ですが、でも「外国人にもわかるように説明する」ためには、「原理的な話から始める」他ないというのはほんとうです。
私にとって、これは文章を書く上で、たいへんよい訓練になったと思います。別に私の書くものが「フランス語のように明晰にして判明になった」と言っているわけではありません。でも、「少しでもひっかかったら、できるだけ原理的なところから説明する」という習慣が身についたことです。
この本でも、日本人の国民性格を「できるだけ原理的なところから説明する」ことを心がけました。日本文化論としてはあまり新味のない本ですけれど、その努力に気づいてくださったら、書き手としてたいへんうれしく思います。
この本は私の著書の中で韓国語訳される四冊目の本だと思います。
私の記憶では、これまでに『下流志向』、『寝ながら学べる構造主義』、『若者よマルクスを読もう』(石川康宏との共著)が訳されています。どういう方が、どういう気持ちでこれらの本を選んで「これは韓国の読者に読ませたい」と思ったのか、またどういう方が私の本を選んで読んでくださっているのか、読んだ後にどういう感想を持たれたのか、書き手としてはたいへんに興味があります。機会があれば、ぜひどなたかご教示願いたいと思います。

私のつたない文章を韓国語に訳された訳者の方のご努力と忍耐に感謝致します。
それから、これは個人的な願いですが、もし韓国にも「韓国文化論(中国大陸と日本列島のはざまで)」というような文化研究があったら、ぜひ読みたいと思います。これもご教示いただければさいわいです。
本書の韓国語版刊行にかかわったすべての方々と、お読みくださった方々にお礼申し上げます。どうもありがとう。

不便さと教育

丸善が出している『學鐙』という雑誌に教育論を寄稿した。
一般の方にはあまり手に取るチャンスのない媒体なので、ここに採録しておく。


不便さと教育

というタイトルを頂いて原稿を書くことになった。たぶん「教育と効率」の背馳について論じて欲しいというのが編集部の趣旨であろうと思うので、それについて書くことにする(違ったらごめんなさい)。
教育と効率は本質的になじまない。というのは、効率というのは、「単位時間内の仕事量」を以て考量するものであるが、教育がそのアウトカムを計測するときの時間の幅は原理的に「その人が死ぬまで」というもので、「単位時間」を切り出すことができないからである。
もちろん、無理をすれば単位時間を切り出して(「1時間以内の」とか「一学期以内の」とか「卒業時までの」とか)教育のアウトカムを考量することもできないことではない。
けれども、そこではじき出された数値は、教育を受ける本人にとっても教育機関にとっても、実は何の意味も持っていない。
たしかに教育機関の質評価に際して、「単位時間内にどれほどの教育成果を上げたか」を見るということはやろうと思えば可能である。
例えば、「今年の大学入試で東大に何人合格したか」とか「TOEICの全校平均スコアが何点」ということは数値的に示すことができる。だが、それをある教育機関の教育の質の指標だと見なすことはできない。したい人は勝手にされればよいが、それには何の意味もない。
私たち経験的に言えるのは、「難関校合格するだけの学力をもつ生徒がたくさんいる高校」は難関校合格者が多いということ、「英語ができる生徒のたくさんいる高校のTOEIC平均スコアは高い」ということであって、それは単なる同語反復に過ぎず、当該教育機関の行っている教育の卓越性については何も語らない。
もし、本気で教育機関としての優秀性を難関校合格者で測定したいと思うなら(誰が思うか知らないが)、高校入学時点で複数の高校に同数の生徒をランダムに配分して、「よーいドン」で教育して、3年後の東大合格者数やTOEICスコアを比べればいい。新薬の治験と一緒である。ランダムにグループ分けして、こちらにはA高校の教育をほどこし、こちらにはB高校の教育をほどこし、3年後の同じ試験を課して学力を測定すればとりあえず教育プログラムの限定的な効果についてはデータが手に入るだろう。でも、そんなことをしている学校は日本のどこにもない。やろうという人もいない。教育機関の質の指標をそのような数値で示すことが実は無意味なのだということをみんなほんとうは知っているからである。
というのは「この教育方法でやってみたら、うまくゆきませんでした」ということを教育する側は絶対に言うことができないからである。学校教育の相手は生身の人間である。「出来の悪い教育プログラムを与えたせいで、学力が劣化しました」といって放り出すわけにはゆかない。教育において「実験」は許されない。だから、教育機関の卓越性は科学的には考量不能なのである。
松下村塾にしても、適塾にしても、懐徳堂にしても、劇的な成功を収めた学校は歴史上たくさんあるが、それが成功した理由を科学的に証明することは誰にもできない。それを証明するためには、松下村塾と同じ資質の塾生たちを集めて、吉田松陰ではない人が教えた場合のアウトカムを比較するしかないが、それが不可能だからである。
卓越した教育機関が卓越しているのは「卓越した資質を持った若者たちが、そこに惹きつけられて集まってきた」からである。私たちにはそれしか言えない。別に吉田松陰が有為の青年たちに向かって、「うちで学ぶとこんなに知力が上がり、いずれ歴史的転換点で大きな働きをして栄爵を得るでありましょう」というようなパブリシティをしたわけではないし、「他と比べて、こっちの方が学習努力の費用対効果がよさそうだ」と算盤を弾いて、高杉晋作や伊藤博文や山縣有朋が門下に参じたわけではない。そこで何が行われているのかわからないし、そこで講じられていることにどんな有用性があるのかよくわからないけれど、「なんだか知らないけれど、そこに行って学びたい」という若者たちが蝟集してくる学舎が教育機関として結果的に高いアチーブメントを示す。私たちが知っているのはそれだけである。教育機関の質はそこで学んだ若者たちがそれからあとなしとげた仕事の質によって見るほかない。そのときはじめて「これほど優秀な若者たちが一堂に集まった学舎はきっとすぐれた教育プログラムを行っていたに違いない」という推論が成立するのである。ある教育機関の質は、そこで学んだ人々のその後の生き方を見ることで事後的に測定するしかない。だが、「棺を覆いて定まる」という言葉が教えるように、ある人が「どのような評価を得たか」が確定するまでには長い時間がかかる。松下村塾の卓越性が歴史的に証明された頃には関係者は全員死亡しているので、科研費をつけることもできないし、塾長に紫綬褒章を送ることもできない。そうものである。私たちがある学校の卓越性や瑕疵についてのエビデンスを得るのは、いつだって「もう遅すぎる」ようになってからなのである。
だから、教育のアウトカムを単位時間を区切って計ること(つまり「効率」を論じること)には何の意味もない。教育を受けたその直後にきわだった成果を示す人もいるし、同じ教育を受けたのだが、その成果が現れたのが卒後50年してからという人もいる。死の床において来し方を振り返ってはじめて「私の人生がこのように豊かなものであったのは、小学校のときに受けた教育のおかげだ」ということに不意に気づくということだってある。 
私が30年の教師生活の経験から言えることは、教育において、教師からの「働きかけ」と学ぶものが示す「成果」(もっと散文的に「入力」と「出力」と言ってもいい)の相関は「よくわからない」ということである。ある学生にとって「学びのトリガー」となったような働きかけが別の学生には何の感動も与えないということがある。こうすれば必ず学びが起動し、学生たちの知的ブレークスルーが始まる、というような「一般的な」教育技術というものは存在しない。残念ながら。
人間は実に多様なきっかけによって心を開き、心を閉じ、学び始め、学ぶ気力を失い、成長を開始し、退行する。私たち教師が言えるのは、「経験的に比較的効果的な方法が存在する」ということだけである。その方法さえ教師ごとにみな違う。だから、教師たちが集合的に「正しい教え方」について合意形成するということは決して起こらない。
だが、まさにすべての子どもを斉一的に知性的感性的に成長させる方法が存在しないという当の事実が人間の本質的な開放性を担保していると私は思う。それは言い換えると、あらゆる人間のあらゆる言葉、あらゆるふるまいが、子どもたちにとっては「学びのトリガー」となる可能性があるということである。
やがて知的なブレークスルーを担うようになる破格にイノヴェーティヴな子ども(千人に一人くらいの確率でいる)にとって、目の前に立つ教師のほとんどは(残念ながら)知的にはあまりインスパイアリングではない。けれども、「教師が十分に知的に啓発的ではなかったためについに才能が開花しなかった天才」というようなものを私たちは想像することができない(その程度のことで萎れてしまうものを私たちは「才能」とは呼ばない)。教師は、しばしばその狭隘さや愚鈍によってさえ子どもの学びを起動させることができる。「なぜ教師たちはこれほど愚鈍なのか?」という問いはある種の子どもたちを「学校」や「教育」についてのメタ認知に導く(彼らはいずれ「誰であれ教壇の向こうに立っていてさえいれば教育的に機能する。人は教える立場にある限り、教えることができる」という人類学的知見にたどりつくだろう)。
これほどに学びの機会が多様であるのは、「自分が何を学んだか」についての決定権が最終的には個人に属しているからである。同じ教師に同じ教科を同じ教室で学んでも、それによって震えるような感動を覚える生徒もいるし、何も感じない生徒もいる。そのときは何も感じなかったが、何年も経ってから電撃的にそのときの教師の言葉の意味がわかるということがある。人間はそのつどの成長レベルに従って、自分の経験の全体を「私をこのようなものにならしめた要素の必然的な連続」として再編集する。必ずそうする。過去の出来事の意味は現在の自分の状態に基づいて、そのつど改訂されるのである。だから、過去の出来事が意味の改訂を拒絶するというのは人間が成長を止めたということと同義である(それゆえ、意味の改訂を拒絶する出来事の記憶のことをフロイトは「トラウマ」と呼んで治療の対象としたのである)。
自分が何を学んだかを決定するのは私自身である。そして、「誰も同じその人から私と同じことを学ばなかった」という事実こそが私たちひとりひとりの代替不能性、唯一無二性、この世界に私が生まれなければならなかった当の理由を形成している。
学びというのはそのようなしかたでダイナミックに構造化されている。学びが力動的で、時間的な現象である限り、私たちが生きる一瞬ごとに、私たちがかつて受けた教育の意味は改訂され続けているのである。私たちがかつて受けた教育の意味が振り返るごとに改訂され、そのつど深みと厚みを増し、そのつどそれまで気づかれなかった相をあらわにするということ以上に教育的な事況というものがあるだろうか。
「効率」というのはもう変化することのない価値(人間的尺度からすれば「死物」としての価値)を抽象的に切り出された単位時間で除して得られるものである。そのようなものを数値的に考量したり、比較したりすることに学びにおいてどれほどの意味があるのか、もうこれ以上の言葉を継ぐ必要はないだろう。

2012.03.15

教育の奇跡

『みんなのねがい』(全障研出版部)という媒体に教育について寄稿した。
「いつもの話」ではあるが、教育についてビジネスマンのような言葉づかいがあまりにメディアに瀰漫してるので、「教育はビジネスの言葉づかいでは語れない」という原理的なことを確認するために書いた。

「教える」という営みの本質についてもっとも洞察に富んだ言葉を残したのは、フランスの精神分析家ジャック・ラカンである。ラカンは(やがてフランス中の知識人がエコール・ノルマルの講堂を埋め尽くすことになる)その伝説的なセミナールの最初の時間にこう述べた。

「教えるというのは非常に問題の多いことで、私は今教卓のこちら側に立っていますが、この場所に連れてこられると、すくなくとも見掛け上は、誰でも一応それなりの役割は果たせます。(・・・) 無知ゆえに不適格である教授はいたためしがありません。人は知っている者の立場に立たされている間はつねに十分に知っているのです。誰かが教える者としての立場に立つ限り、その人が役に立たないということは決してありません。」(ジャック・ラカン、「教えるものへの問い」、『フロイト理論と精神分析技法における自我(下)』、小出浩之訳、岩波書店、1998年、56頁)

人間は知っている者の立場に立たされている間はつねに十分に知っている。
これは「教える」ということについて語られたうちで、もっとも挑発的で、もっとも生産的な命題の一つだと私は思う。教えることを職業にしているすべての人間はこの命題にまっすぐに取り組んで、自分なりの解釈を下す義務があると私は思う。
私も長く、30年以上にわたって「教卓のこちら側」にいた。そして、私の経験はこのラカンの言葉に満腔の同意を与える。
「教卓のこちら側」にいる人間は、「教卓のこちら側にいる」という事実だけによって、すでに「教師」としての条件を満たしている。
教師は別にとりわけ有用な、実利的な知識や情報や技能を持っており、それを生徒や弟子に伝えることができるから教師であるわけではない。
これが教えることの逆説である。
教師は「この人は私たちが何を学ぶべきかを知っている」という確信を持っている人々の前に立つ限り、すでに十分に教師として機能する。彼に就いて学ぶ人たちは「彼が教えた以上のこと、彼が教えなかったこと」を彼から学ぶ。
この「教えることの逆説」は、多くの教師にとっては経験的にはひそかに実感されていることのはずである。だが、話の筋道としてなかなか公言されにくい。なにしろ、「私自身にどれほど知識や技能が欠けていても、『教卓のこちら側』に立つ限り、私は教師として十分な仕事を果たしているのです」ということをカミングアウトするわけである。「だったら、誰だって教師になれるじゃないか!」という怒りの声がすぐにも聞こえて来そうである。
いや、実際にその通りなのである。
誰だって教師になれる。そうでなければ困る。
人間たちが集団的に生き延びてゆくためにほんとうに重要な社会制度は「誰でもできるように」設計されている。そうでなければ困る。例外的に卓越した資質を持っているに人間しか社会制度の枢要な機能を担い得ないという方針で社会制度が設計されていたら、とっくの昔に人類は滅亡しているだろう。
以前、大相撲の力士をしていた方から不思議な話を伺ったことがある。彼は「相撲取りというのは、ある程度身体が大きければ、誰でもプロになれるのです」という驚くべき事実を教えてくれた。
「サッカーや野球であれば、生得的に高い運動能力を持っていなければプロにはなれません。でも相撲は違う。生得的資質が凡庸であっても、プロになれる。とてつもなく強くなれる。そうなるように相撲の身体技法は合理的にプログラムされているのです。」
私は驚き、そののち深く納得した。
確かにその通りである。そうでなければ困る。
もし、十万人に一人というような例外的にすぐれた身体能力を持ったものしか相撲の力士になることができなかったら、それが1500年続くということはありえなかったはずだからである。相撲が例外的天才しか習得にできない特殊な技能であったら、一世代だけでも「例外的に卓越した身体能力の保持者」が相撲の道に入らなければ、その時点で相撲の伝統は断絶してしまったであろう。
相撲において最優先するのは「たとえ凡庸な身体能力しかもたないものについてでも、そのポテンシャルを爆発的に開花させることのできる能力開発プログラム」を次世代に継承することである。ある時代に伝説的な力士がひとり出現して、その人が人間の身体には「これほどのこと」ができることを示せれば、それで「終わり」というのでもよいなら、ある意味話は簡単である。だが、相撲は一人の天才のパフォーマンスを神話的に語り継ぐことよりも、力士養成プログラムを「存続させること」を最優先した。それは相撲という呪鎮のための神事であり、大衆芸能であり、格闘技であり、見世物である複素的なこの技芸が日本列島から決して失われてはならないという強烈な使命感を力士たちを貫いていたからである。
私自身はなぜ相撲が世代を超えて継承されなければならないのか、その理由をみなさんに向かって説得力のある言葉で語るだけの用意がない。だが、「決して失われてはならぬ制度については、『その気になれば、誰でも十分にそれを担う資格がある』ように構造化されていなければならない、という人類学的知見には深く同意する。
学校教育もまた、そのような意味で「決して失われてはならない制度」である。それなしでは人間たちが集団的に生き延びてゆくことができない制度である。
学校教育の行われない社会集団を想像してみればわかる。そこでは幼い成員たちは成熟への道筋を示されることなく、遊興に耽り、怠惰に過ごしても咎められない。子供たちは生きるための基本的な技術も知恵も教わらないままに無能な成人になり、いずれ餓え死にするか、他の攻撃的な部族に襲われて奴隷になるか殺されて終わる。
学びのシステムを持たない集団は存続することができない。
だとすれば、学校教育については、「誰でも、一定の手順を覚えさえすれば、教える仕事は果たせる」ように制度設計されていなければならないはずである。例外的に知的であったり、洞察力があったり、共感性が高かったりする人間でなければ、そのような仕事は務まらないというルールを採用していれば、人類はとうに消滅していただろう。
ジュール・ヴェルヌの『十五少年漂流記』に描かれた少年たちは、無人島に漂着した後、住むところと食べるものを確保すると、次に学校を作った。幼い子供たちが無人島の生活になじんで、知性の行使を忘れることを年長者たちが恐れたからである。教師となった少年と生徒になった少年たちのこのときの年齢差はわずか5歳である。14歳の少年に9歳の少年に対する圧倒的な知的アドバンテージを認めることはむずかしい。しかし、この「学校」はみごとに教育的に機能した。「教卓のこちら側」と「あちら側」の間には乗り越えがたい知的位階差があるという信憑が成立する限り、そこでは教育が機能する。これがほんらいの「常識」なのである。
けれども、教師はその「常識」を知っているが、口にすることをはばかる。それを卑劣だとか陰険だとか咎めてはならない。というのは、「教師という仕事は実は誰でもできるのだ」ということは「とりあえず秘密にしておく」ということも含めて教育は制度設計されているからである。「知っているけれど、知らないふりをしている」のである。そういうものなのである。
私は1950年、戦争が終わって五年目に生まれたが、当時の公立の小中学校の教師たちの中には「今では絶対に採用されない」タイプの教師が少なからず含まれていた。彼らの中にはあまり教科の内容を理解していない教師がいたし、教科書を音読させるだけで授業というものをしない教師がいたし、気分しだいで通りすがりの生徒にビンタを食わせる教師がいた。でも、そのせいで私たちの学力が低かったということはない。私たちはいまどきの子供たちよりもはるかに熱心に授業を聴いていた。むろん学力もはるかに高かった。
なぜそうであったかと言えば、私たちは「教卓の向こう側にいる人」はそのことだけで、すでに教える資格があるというルールを身体化していたからである。違いはそれだけである。それが教師たちにとっても、親にとっても、生徒たちにとっても「常識」だったからである。
残念ながら、その後、私たちは大学に進学した後に「教師はただ教卓の向こう側にいるだけで、すこしも人間的に卓越しているわけではない」という事実を意地悪く暴露して、教育制度に回復不能の深い傷を与えてしまった。私たちが指摘したのは「ほんとうのこと」だったのだが、「言うべきではなかったこと」だった。それに気づくほどに私たちは大人ではなかった。
実際に自分が教卓のこちら側に立つことになって、私は「教育制度」を支えている「氷山の水面下の部分」には大量の人類学的な叡智が埋蔵されていることを知った。
私が知って驚倒したのは、「教師は自分が知らないことを教えることができ、自分ができないことをさせることができる」という「出力過剰」のメカニズムが教育制度の根幹にあるということである。
それが教育制度の本質的豊穣性を担保している。
教師であるためには一つだけ条件がある。一つだけで十分だと私は思う。
それは教育制度のこの豊穣性を信じているということである。
自分は自分がよく知らないこと教える。なぜか、教えることができる。生徒たちは教師が教えていないことを学ぶ。なぜか、学ぶことができる。この不条理のうちに教育の卓越性は存する。それを知って「感動する」というのが教師の唯一の条件だと私は思う。
長い時間をかけて、この巧妙な制度を作り上げた先人たちの知恵に敬意を払うこと、それだけが教師の条件だと私は思う。
もし、生徒たちが学んだことは、どれも教師がすでに知っていたことの一部を移転したにすぎないと思っている教師がいたとしたら、私は「そのような人間は教卓に立つべきではない」と思うし、当人にはっきりそう告げるだろう。
その人には「教育制度に対する敬意がかけている」からである。
教育制度に敬意を持てないものは教師になるべきではない。
教育の奇跡とは、「教わるもの」が「教えるもの」を知識において技芸において凌駕することが日常的に起きるという事実のうちにある。「出力が入力を超える」という事実のうちにある。
豊かな専門知識を持ち、洗練された教育技術を駆使できるが「教育の奇跡」を信じていない教師と、知識に貧しく、教え方もたどたどしいが「教育の奇跡」を信じている教師が他の条件を同じくして教卓に立った場合、長期的には後者の方が圧倒的に高い教育的アウトカムを達成するだろう。私の経験はそう教えている。
もちろん、短期的限定的な教育課題の競争(TOEICのスコアを一学期のあいだに何ポイント上げるかとか)では、「できる教師」の方が高いパフォーマンスを発揮する。けれども、「教室とはそこに存在しないものが生成する奇跡的な場だ」という信念を持たない教師は長期にわたって(生徒たちが卒業した後になっても)彼らの成熟を支援するというような仕事はできない。
今日の「教育危機」なるものは、世上言われるように、教師に教科についての知識が不足しているからでも、教育技術が拙劣だからでも、専門職大学院を出ていないからでもない。そうではなくて、教師たちが教育を信じるのを止めてしまったからである。
教師が教育を信じることを止めて、いったい誰が教育を信じるのか。
教師たちが政治家やメディアや市場原理を信じる保護者たちの要請に屈して、「教育とは代価に見合う教育商品・教育サービスを提供するビジネスの一種である」という教育観を受け容れたときに、商取引のタームで教育が語られることを許したときに、教育の奇跡は息絶えるだろう。
「教卓の向こう側」には圧倒的な知的アドバンテージを有するものが存在する。生徒たちが差し出すどのような代価も、教師からの「贈り物」の価値を相殺することはできない。その信憑だけが私たちをドクサの檻から解放してくれる。
子供たちはまず「教卓」を介して「この世界には私の理解を超えた数理的秩序が存在する」という信憑を身体化する。そこから科学的探求心と宗教的覚醒が始まる。そこから人間は人間的なものに成長してゆく。
この理路をまったく理解していない人たちが教育について語る言葉が巷間にあふれているので、贅言と知りつつここに記すのである。

2012.03.19

教育の危機と再生

先日、兵庫県庁での研修会で講演したときの講演録が出来ました。うちうちで配布するものなので、ここに再録しておきます。
中身は「いつもの話」ですけれど、まあ、いいじゃないですか。いつもの話で。
では、どぞ。

はじめに

内田でございます。
ただ今ご紹介にありましたとおり、このすぐ先の神戸市東灘区住吉というところに去年の11月に自宅兼道場を作りまして、そちらで合気道の稽古をしております。
合気道は始めて37年になります。神戸女学院大学の合気道部を21年前に立ち上げたとき、同時に社会人の団体も創設しました。そちらの会は公共施設を借りて、西宮市の中央体育館や芦屋市の青少年センター柔道場でやっておりました。このたび宿願の専用道場をつくりまして、今は毎日稽古三昧の生活をしております。
今、学塾というご紹介もありましたけれど、大学でやっておりました社会人対象の大学院のゼミの聴講生たちから、引き続き開講してくれという要請がありましたので、こちらの方は4月から週に1回ほどのペースでやろうと考えています。

教育と市場原理

今日は、これからの教育についてお話をするわけですけれど、現況の分析と同時に、これから先、いったいわれわれは日本の教育をどうしていけばいいのか、その方向を見通すということになろうかと思います。愚痴を言ったり、批判をしたりという段階はもう終わって、次の具体的な提言をし、行動に移すべきときだろうと思います。 
日本の教育は今明らかに悪い方向に向かっています。この点に関してはどなたからも異論がない。不思議なことに。日本の教育はよくなっているという人は学校外にも学校内にも、どこにもいない。
問題は、現況がよろしくないので、改めなければならないということまでは合意しているけれど、どう変えるかについてはまったく合意がないことです。
そして、明らかに力を持っているのは、大阪の教育基本条例が代表するような、市場原理主義的な教育観です。
僕はこの「教育活動の数値的格付け」とそれに基づく「『アメとムチ』的資源分配」という教育観そのものが今日の教育の荒廃をもたらしたと思っております。十年前からそれを批判してきましたけれど、今教育改革という枠組みで語られる言葉は、驚くべきことに、まさに学校教育をこれほど荒廃させた当の教育観をさらに強化したものなのです。
学校教育への能力主義と差別的資源分配が失敗していることはすでに日本やアメリカの事例が明らかにしているのにもかかわらず、この「失敗している方法」をあたかも最新の教育の成功事例でもあるかのように押し戴いて、現場に持ちこもうとしている。いったい何を根拠にして、このような倒錯がまかり通っているのか、僕にはうまく理解できないのですが、この流れをまたメディアが持ち上げており、保護者たちも多くはその有効性を信じている。教育崩壊のアクセルをさらに踏み込むかたちで、今政治主導の教育崩壊が急速に進んでいます。それが僕たちの置かれた現状です。
市場原理主義的教育観というのは、要するに教育を全面的に市場原理に委ねれば、最高の成果が期待できるという考え方です。
学校は教育商品、教育サービスを売る売り手である。保護者や生徒は商品を買う消費者である。市場と同じく、消費者が選好する商品は生き残り、質の悪い商品は売れ残る。市場の淘汰にさらされることによって、教育現場には「いいもの」だけが残り、市場のニーズに応えられなかった学校や教員は市場から退場する。結果的に、もっとも良質な商品だけが適正価格で流通する。「マーケットの判断はつねに正しい」というのが市場原理主義者の言い分です。
学校教育がダメなのは、そこに競争原理、市場原理が働いていないからだという言い方がはやりだしたのは、この20年ぐらいです。
90年代から、すでに学校教育に競争原理や評価システムを導入して、限られた教育資源を「生産性の高い部門」に傾斜配分するという考え方が入り込んできました。
そういうビジネスもどきのシステムの大学への導入を積極的に推進してきた当の本人として申し上げることができますなど、こういうマネジメントは結局「下を見ている」だけなんです。どうやって下の方の5%ぐらいの人を見つけ出して、罰したり、排除したりするか、ということに集中してしまう。アクティヴィティの高い教員たちにどうやってさらに気分良く働いてもらって、全学的なパフォーマンスを高めるかという話では全然ないんです。
でも、学校教育を現に活発に牽引している人たちが求めているのは、フリーハンドと自由な時間だけなんです。彼らにそれを提供すれば、彼らがもたらすオーバーアチーブは、仕事をしない「下の方の5%」のもたらす損害とは比較にもならない。それを超えて余りある。
でも、今の教育現場でのマネジメントの議論の中で、どうやって現場のパフォーマンスを高めるかという話は誰もしない。しているのは、働きの悪いやつは誰か、業務命令をきかない教師は誰か、それにはどういう罰を与えればいいのか、それしか議論していない。

国際社会における日本の役割

「上を見ない」というのがいわば日本社会全体に取り憑いた病だと僕は思っています。
国際社会において国民国家の果たすべき役割があるとすれば、それは新たな世界標準の創出以外にないでしょう。未来の国際社会のあるべき姿について明確なビジョンを示す。スケールが大きくて、風通しがよく、手触りのやさしい堂々たるビジョンを提示していく。「世界はかくあるべきである。人間社会はかくあるべきである。その大ぶりなロードマップの中で、日本はこれこれこういう役割を演じようと思っている。みなさんはこの日本の提案をどう思うか」というふうに世界に向かって堂々と提言するのが主権国家としての気概というものでしょう。
でも、日本ではそういう話を誰もしない。誰もしないんです。政治家も官僚もビジネスマンも学者も、誰もしない。
彼らがするのは「日本は世界標準にこれだけ遅れている。たいへんだ。バスに乗り遅れてはいけない。他国の成功事例をすぐ取り入れて、それを模倣しよう。」そういう話だけです。
自分たちが他国から模倣されるような新しい成功の事例を創造するという発想がない。全然、ないんです。
日本は仮にも世界第3位の経済大国、軍事力でも世界第7位の国ですよ。それがシンガポールやベトナムやマレーシアの事例を真似しないと「えらいこと」になると本気で青ざめている。日本が列国から侮られているというのはほんとうです。でも、それは他国の成功事例の真似をちゃんとしていないからではなくて、他国の成功事例の模倣しかしないからです。

リスクとデインジャー

国際関係論では、2種類の危険を区別して使うそうです。一つはリスクで、一つはデインジャー。
リスクというのはコントロールでき、マネージでき、ヘッジできる種類の危険のことです。デインジャーはそういう手立てがない危険です。「こうすればうまくゆく」という手立てが知られていない種類の危険のことを言います。
例えば、競技場の中でやっている試合で負けそうであるというのは一つのリスクです。そのまま負けると、チームのランキングが下がり、スポンサーが降り、選手の年俸が下がるかも知れない・・・というのがリスクです。
それに対して、試合中に大地震がおこってアリーナが崩壊して観客も選手もみんな押しつぶされるというのがデインジャーです。
リスクは前例を考慮すれば対処のしようがある。デインジャーは「想定外」の事態なので、対処のしようを誰も知らない。 
今の日本人は、リスクをどうやってコントロールするかということにみんなが夢中になっていて、デインジャーというものがあり得るとうことを忘れている。ですから、それに対する備えの必要を誰も感じていない。
昔の人たち、ふだんから、足下が崩れるような地殻変動的変化を勘定に入れて行動していたように僕は思います。でも、あるときから日本人はデインジャーについて考えるのを止めてしまった。
いつ頃からかというと、僕の個人的印象では、1970年代の半ばからです。
その頃を境に日本社会は大きく変わった。それは社会の第一線から明治生まれの人がいなくなった時と一致しています。
僕の父親は明治45年生まれでしたが、父がサラリーマンとしての定年を迎えたのが1972年です。政治家や文化人にはその後も第一線で活躍した人はたくさんいましたが、サラリーマンや公務員といった僕たちがふだん接する社会活動のフロントラインから明治人が消えたのが1970年代半ばです。
明治生まれの人たちは社会というものは不安定なものだということを経験的に熟知していました。
父の世代は、二度にわたる世界大戦、大恐慌、革命を経験してきました。ですから、僕たちとはものの見方が違っていたと思います。
父が人を評するときによく言っていたのが「あいつには哲学がある」と「哲学がない」という言葉でした。子どもの頃の僕は父親がいったいどういう意味で「哲学がある」ということ指していたのかわかりませんでしたが、今にして思うと、「自己規範を持っている人間」かどうか、ということだったと思います。
社会がどう変化しても、戦争が起きようと、天変地異が起きようと、自分を律する規範をもっていて行動する人間と、何かあると、たちまちうろたえてきょろきょろ辺りを見回し、大勢について付和雷同する人間をそれを指標にして識別していた。そして、自己規範をもつ人間は信じてよいが、規範のない人間は信じてはいけない、そう父は考えていたのだと思います。
1960年代まで、父親たちの世代の人間は、「いつ何が起きるかわからない」と思っていました。次の戦争がいつ始まるかわからない。いつ飢餓や空襲や略奪があるかわからない。だから、自分がつきあっていく人は「もしもの時」に信頼できる人間でなければならない。たぶん、そういう基準で人を見ていたのだと思うのです。そういうときには、家柄がどうだとか、学歴がどうだとか、地位や年収がどうだとかということは何の関係もありません。父が基準に採っていたのは、「哲学があるか」どうかでした。揺るがぬ自己規範を持っているかどうかでした。それは数値で示せるものでもないし、免状や証書があるものでもない。人間が自分の見識にかけて見抜くものです。
だから、1970年代までは「人を見る眼」というものが死活的に重要だったのです。それが今はなくなった。もうそんなものは要らないと日本人は思い出したからです。
日本人が「デインジャー対応」を忘れたのは、皮肉なことに平和と繁栄になじみすぎてしまったからです。

日本的システムの危機

今、日本を覆っている政治の低調、経済の低調、学術の低調、すべての分野におけるイノベーションの欠如の根本にあるのは、自分たちが今暮らしているこの狭苦しい世界に「外側」があることを忘れているということです。
自分たちの生きているこのシステムがいかに脆いものかを忘れている。
この社会システムは、教育、医療、司法、宗教といった、いくつかの枢要な柱に支えられて共同体としての体裁をなしているけれども、それらの柱が一本でも、折れたらそこからがらがらと崩れてしまう。そういう脆弱性をかかえているのですけれど、そう思っている人がどれほどいるでしょう。
もちろん、「危機」をあげつらう人はたくさんいます。けれども、僕から見ると、それはとても危機感を感じているようには見えない。
本当に日本という国民国家が「カオスの縁」に近づいているという緊迫感が感じられない。
「こんなシステムはダメだ。日本は一回クラッシュしちゃえばいいんだよ」というようなことを言い放つ人がメディアで大きな顔をしています。
言っている本人は「システムがクラッシュする」というのがどういうことか想像して言っているのでしょうか。公共的な支えを失ったときに、自分がそれを生き延びられる、それから利益を得ることができると本気で思っているのでしょうか。
「ガラガラポン」という軽薄な言葉がありますけれど、それが含意するのは、システムの全面的な変更なんか簡単にできるという侮りです。
僕はこの「一度クラッシュしたらいいんだ」というような発言こそ「平和ぼけ」のいちばん深刻な病態だと思います。

経済の劣化も歯止めが効きません。
先日の日経で、トヨタの社長さんがもう国内生産300万台を守ることができなくなったと話していました。国内生産300万台というのは、それによって国内で雇用を創出し、地域経済を振興させ、法人税を納めて、国民経済的な義務を果たすぎりぎりのラインを意味していたわけですけれど、もうそれができなくなった。
外国人株主が企業の国民経済的なふるまいをもう許さなくなったからです。
株主たちは企業に収益を上げることだけを要求します。だから、できるだけコストの安いところに生産拠点を移動し、人件費の安い労働者を雇うことを求めます。そうやって、中国やタイやマレーシアやインドネシアに生産拠点が移った。そのせいで、日本国内の雇用は縮小し、かつての企業城下町は「シャッター商店街」となり、自治体の法人税収入は激減して、全国規模で国民経済の空洞化が進行した。
もう今の経営者たちは国内に雇用を創り出したり、地域に学校や病院や図書館や美術館を作って寄贈するというようなことはしません。うっかりそんなことをしたら、外国人株主から配当に回すべき利益を「身内」に環流させた背任行為だと訴えられかねない。
「身内」の扶養を配慮する国民経済的な企業と収益だけを求めるグローバル企業が競争したら、勝ち目はありません。だから、日本の企業は今やどんどんグローバル企業化しています。
グローバル企業ということは無国籍企業ということです。
一番地価が安く、労賃が安く、税金が安く、公害規制の緩い国で生産し、タックスヘイブンにペーパー本社を置く。そういう企業だけが勝ち残る。そうやってもう日本列島の1億3000万人を「食わせる」ことを本務と考える経済活動をする人がいなくなってきた。国民経済が崩壊するというのがどういうことか、まだ日本人は真剣に想像していないと思います。でも、それはもう間近に迫っています。

イノベーションをどう支援するか

いかにして従業員の士気を奮い立たせ、彼らをオーバーアチーブに導くかということが、実際に組織を管理運営する人間が、一番腐心しなければならないことなのですが、今、市場原理とか競争原理とか、「選択と集中」とかいっている人たちには、その発想がない。
どうやってイノベーションを果たすか、どうやって組織の集合的パフォーマンスを向上させるかについて、「アメとムチ」以外の戦略を持っていない。
それは日本人はイノベーションに関心がないということです。だから、イノベーションをどう支援してよいかわからない。
日本の教育行政の基本は「世界標準に追いつくこと」です。それだけです。だから、「すでに達成された成功事例をもっと安いコストで再現する」ことにしか関心がない。先行する成功事例の模倣にしか研究予算がつかない。
イノベーションっていうのは「当たりはずれ」があるものなんです。
自称「イノベーター」100人のうち99人は実は「はずれ」なんです。
そういうものなんです。歩留まりが悪いのが普通なんです。でも、中に1人くらいはいるわけです、本物が。
本物だけを選別して、そこに資源を集中すればいいと「選択と集中」論者は言いますけれど、それは原理的に無理なんです。「誰が本物か」なんて、始める前はわからないから。イノベーティヴな才能というのは、それが先端的であればあるほど、既存の物差しでは測れない。だから、「なんだかよくわからない人たち」に適当に資源をばらまくしか手立てがない。でも、100人いれば1人は本物がいるわけで、そこに届けばいい。その人がもたらすイノベーションの余沢は残り99人分の無駄を補ってあまりあるから。
でも、今の日本のイノベーション支援というのは、「成功することが確実な企て」にしか予算をつけない。99人に配分する無駄を惜しんでしるのです。

次の時代のイノベーターたち

もちろん、冒険したい、新しいところへ飛び出していきたい、という思いを持ってる若い人はたくさんいます。今の日本社会がやってることはおかしいと思っている子はたくさんいる。だから、僕は今の教育システムから「降ります」と言える子は健全だと思います。
最近知り合った中でこれは健全だなあと感心した若者が何人かいます。
一人は数学者の森田真生くんです。
東京大学の数学科を出たけれど、大学院には進まず、「独立研究者」と名乗って、「数学の演奏」という活動をしています。近年あった中では際だった知性でした。彼のような人が次代の知的なリーダーになるべきだと僕は思うけれど、既存の教育機関にはこのような才能のための場所が用意されていません。
もう一人は、北京大学へ留学して、今では中国と香港でテレビ番組を持ち、新聞雑誌にエッセイを書き、ツイッターのフォロアーが数十万という加藤嘉一くんです。
彼は今中国で一番有名な日本人だと言われています。胡錦濤に会った回数が日本の誰よりも多いというくらいですから。今27歳くらいですが、彼と会って話したときも、今の日本の教育システムではこういう才能は絶対開花しないだろうと思いました。
もう一人は僕の道場を建ててもらった建築家の光嶋裕介くん。
彼はニュージャージー生まれで、カナダとロンドンで育った。日本で高校を出て、早稲田の建築の大学院を出てからドイツで4年仕事をして、二年前に日本へ帰って来ました。彼の建築家としての最初の仕事が僕の家だったんです。彼も日本の学校教育の弊害をうまく免れた才能だと思います。精神が自由なんです。関心を持ったものに向かうときにまったく逡巡しない。
3人とも、素質的にももちろん優秀なんですけれど、それ以上に、自分たちの持っている生得的な資質を開花させるためにはどうすればいいのか、ということにきわめて貪欲です。自分自身の心身のポテンシャルはどうやったら上げることができるかを真剣に工夫している。どうやったら自分の知性はもっと生成的になるのか、どうやったら自分の身体の性能と感度は上がるのか、その工夫には労力を惜しまない。それは日本の学校教育が教えないことです。だから、彼らはそれを自力でやってきた。

日本の教育システムの弊害

彼らのように自由に自分のポテンシャルを開花させた事例は今の日本の学校教育では希有です。日本の教育システムはひとりひとりの子どもがその個性的なポテンシャルを開花させることをほとんど制度的に阻害しているからです。
自力でチャンスを切り開き、教育機会を自分で創り出した彼らが輝いていて、われわれが現に教育している子どもたちの方がどんよりしている。それは教育が機能していないどころか、成長の妨げになっているということです。そのことをわれわれ教育者はつよく反省しなければいけないと思います。日本の学校教育はそういうきらきらと輝くような若者を輩出することには成功していない。
それは教育に市場原理、競争原理を持ち込んだからです。教師たちも親たちも、子どもたちを競争に押しやろうとする。「あなたは頭がいいんだから、もっと勉強しなさい。もっと良い学校へ行きなさい。もっと高い年収を約束する資格を取りなさい」というふうに子どもたちが持っている知的な資質を、受験という「ゲーム」で高得点を取るためだけに限定的に使わせようとする。そういう強制に反発する健全な子どもは「じゃ、やらないよ」と学校からは脱落してしまう。
教育崩壊の最大の原因は、子どもたちを競争的環境に投じて、数値的に格付けして、点数順に社会的資源を傾斜配分するというシステムにしがみついていることです。点数の高いものには報酬を与え、低いものには罰を与えるというこの査定システムの本質的な貧しさと卑しさが子どもたちを学びから遠ざけている。学校そのものが子どもたちの潜在能力の開花を阻害し、健全な子どもたちをそこから脱落させている。そして、日本の学校をうまく逃れた若者たちだけが輝いている。これは日本の学校教育にとって恥とすべき事態だと思います。

潜在的能力を開花させる

では、危機にある日本を再生するためにどうすればいいのか。言い古された言葉ですが、日本の未来を担うのは子どもたちなんです。どうすれば、本当に日本の未来が担えるような、知的で、感情豊かで、器が大きくて、目元が涼しくて、話がおもしろくて、包容力があって・・・そういう輝く子どもが育ってくれるのか。学校教育に携わる人間は何よりもそれを考えるべきでしょう。試験で計れる点数なんか、極端な話、どうだっていいんです。
武道の道場では相対評価ということをしません。誰より誰が強いとか、巧いとか、そういうことは原則として話題にしないし、すべきでもない。だって、入門してくる時もばらばらだし、性別も年齢も身体能力も違うから比較する意味がない。
他の条件を同一にすれば、強弱巧拙は比較可能ですけれど、武道というのは「他の条件を同じにした場合に、どちらが強いか」というような気楽な話をしているわけじゃない。いつ、どこで、どういうことが起きるかわからない。どうしていいかわからないその危機的状況をどうやって生き延びるか、その生きる知恵と力を開発することが修業の目的なんです。それは他人と比較するものじゃない。比較する対象があるとしたらそれは「昨日の自分」だけです。自分自身の経時的変化をモニターすれば、自分が今やっている稽古方法が正しいかどうかは点検できる。
でも、その経時的変化にもいろいろある。すぐに上達するけれど、その後、長い停滞期に入る人もいる。あれこれ迂回したけれど、その寄り道のすべてが滋養になって開花する人もいる。いろんな人がいます。でも、稽古を続けていれば全員必ず開花するんです。よほど自分自身を縛り付けて成長することを拒否している人以外は、必ず上達する。とくに学校体育で劣等生だった人が10年20年の稽古のあと、爆発的に身体能力が開花することがある。これは感動的という他ありません。
それと同じことがなかなか学校では起きない。それは年次ごとに、ここまでという到達目標を設定し、同学齢集団をまとめて、その内部での相対的な優劣をうるさく論じているからです。格付けの高い子どもに資源を集中して、格付けの低い子どもには罰を与える。こんなシステムで才能が開花するはずがない。子どもたちはみんな実はすばらしく個性的な才能を持っているんです。でも、あまりに個性的なので、何がトリガーになって開花するのか、誰にもわからない。教師にもわからない、親にもわからない、もちろん本人にもわからない。
だから、学校ができるのは手を変え品を変えて子どもにアプローチすることしかないんです。こうすればどんな子どもでもうまくいくっていう一般的なマニュアルは存在しません。教える側の僕らにできるのは「手立てを尽くすこと」と「待つこと」だけなんです。

学校教育における緊急の課題

だから、教師に必要なのは、ぎりぎり削ぎ落として言えば、「手立てを尽くすことのできる教育上のフリーハンド」と「教育成果をひたすら待つ余裕」、それだけなんです。教育方法の自由と、数値的評価の自制、それがいちばんたいせつなことなんです。学校教育における喫緊の課題はこの2点に尽くされると僕は思っています。
忍耐強く子どもたちの成長を見守っていけるだけの余裕があり、様々な教育方法を自由に試すことができる、創意工夫が許されていれば、子どもたちはいずれそのポテンシャルを開花させます。これは僕の経験的確信です。
だから、僕たちはそういう教育環境を確保するために全力を尽くさなければいけない。それを心ない人たちは「教員たちが楽をしたいからだ」というふうにあしざまに罵りますが、それはあまりに短見というものです。自己利益のことだけ考えている教師なんかまずいません。みんな、子どもたちを伸ばしたい、成長させたいと願っている。でも、そのために必要な教育環境が破壊され続けている。学校教育に政治イデオロギーが介入し、メディアが介入し、ビジネスが介入してきて、子どもたちを選別と収奪の対象としようとしている。そういう外部からの介入に対して、教える側の人間は、全力で学校と子どもたちを守らなければいけない。
僕はもう学校を退職した人間ですけれど、今は道場と私塾を開いて、地域的なかたちで教育活動を継続しています。これから学校教育の空白部分を補うかたちで、「私塾的なもの」が同時多発的に日本各地で創り出されてゆくだろうと僕は予測しています。身銭を切って、自分の手でささやかな学びの場を作れば、とりあえず、そこではどのような教育方法を試みることができるし、いつまでも気長に待つことができる。そういう私塾的教育機関が学校教育、公教育を側面から支援するという形での教育活動を展開することが必要だろうと僕は思っています。おそらく同じような志を持っている人が、今の日本には、何千人何万人という規模で潜在的には存在すると思います。そういうローカルで、独立的な教育活動とゆるやかに連帯するかたちで僕は日本の教育の再生に協力してゆきたいと思います。皆様方のますますのご活躍を祈っております。

2012.03.22

『赤毛同盟』と愚鈍の生成について

朝日新聞の求人欄の上に日曜に出ている「仕事力」というコラムのための取材を受けた。
その中で、「適性」とか「天職」とかいう言葉がどれほど若い人たちの労働意欲を損なっているかについて語った。
今、仕事を探している若い人たちの言う「自分の適性にあった職業」というのは、装飾を削ぎ落として言えば、「自分の手持ちの資質や能力に対していちばん高い市場価値がつけられる職業」のことである。
交換比率のいちばんいい両替機会を求めているのである。
ありていに言えばそういうことである。
そういう仕事をみなさん探している。
交換比率のいちばんいい両替機会を求めてうろうろするのは、やればわかるけれど、あまり賢いことではない。
でも、消費者マインドを刷り込まれた人たちは、「限られた持ち金でどれだけ有利な取引をするか」、費用対効果にしか興味がない。
それは大学で教えているとよくわかる。
学生たちは単位や資格や学士号の「市場価値」はよく知っている。
だから、それを手に入れることを願っている。
でも、条件がある。
「最低の代価で」というのがその条件である。
消費者なんだから当然である。
最低の代価でもっとも高額の商品を手に入れたものが「賢い消費者」である。
学生たちは子どものころから「賢い消費者であれ」ということを、ほとんどそれだけを家庭でも学校でもメディアからも教え込まれてきた。
だから、大学生にとって最優先の問いは、「最低の学習努力で最高の教育商品を手に入れるためにはどうふるまえばいいか」である。
単位をとるために必要な最低点が60点で、出席日数の最低限が3分の2であるなら、「きっかり3分の2だけ授業に出て、きっかり60点の答案を書く」学生がもっともクレバーな学生だということになる。
たしかに、今の学生たちはそう信じている。
60点で合格できる教科で100点とる学生や、3分の2出ていればいい授業に皆勤する学生や124単位とれば卒業できるのに180単位もとった学生は「100円で買える商品に200円出している消費者」と同じようにナンセンスな存在なのである。
前に平尾剛さんから聴いた話だけれど、彼の指導しているクラブでの自主練習のメニューを相談しに学生が彼に「なにやっとけばいいですか?」と訊いたそうである。
「なにやっとけばいいですか?」という言葉に平尾さんはつよい違和感を覚えた。
そういう言い方はないだろう。
「なにやっとけばいいですか?」と問うた学生は「あなたがコーチとして怒り出さないミニマムはどの程度の練習ですか?」を訊いている。
この問いに答えが与えられたら、次にその学生はミニマムを達成するために最も効率的な方法(つまり最短時間、最少エネルギー消費でその課題をクリアーする方法)を探し出そうとするだろう。
論理の経済はそのようなふるまいを要請する。
だから、「なにやっとけばいいですか?」は運動能力を上げることをめざす人間が口にするはずのない問いである。
でも、そのような問いが実際に運動能力の向上を熱心にめざしているはずのスポーツのクラブにおいてさえ平然と口にされ、プレイヤーがそのような問いを口にすることの奇怪さにチームメイトさえ気づかない。
何年か前に浪速大学医学部からKCに移ってきたN田先生が浪速大学に「絶望」した理由としてこんな話をしてくれたことがある。
授業が終わったとき学生が先生のところに息せき切って近寄って「先生、質問があります」と言ってきた。
N田先生は「何だい?」とあふれるような教化的善意をもって振り返った。
「先生、さっきの、国試に出ますか?」
学生からの質問の過半が「国試に出ますか?」で占められるようになったときにN田先生は医学部教育への情熱を失ってしまったそうである。
「国試に出ますか?」は「なにやっとけばいいですか?」と同一の問いである。
学ぶべきミニマムを訊いているのである。
国試に出ないことを勉強するのは(医師になったあとにその臨床例に遭遇したときのことさえ考えなければ)まったくの無駄だからである。
ここに働いているのは「計算」ではない。
「抑圧」である。
学生たちは「最小の学習努力で必要最低限の成果を挙げる」ためにはどうすべきかという計算だけを求められている。
どのような頭の使い方や身体の使い方をすれば自分の潜在的な心身の能力は爆発的に開花し、そのパフォーマンスは最高になり、アウトカムは最大化するか、というような問いのために、この計算能力は決して利用されることがない。
ある種類の計算のためにしか知性の行使が許されないという場合、それは「計算をしている」のではなく、「計算することを強いられている」のである。
だから、私はそれを「抑圧」と呼んだのである。
最低の学習努力で、必要な教育商品を手に入れること、今の日本の学生たちはそのような「消費者的ふるまい」を強制されている。
そして、学生たちが代価として差し出すことを求められている「最低の学習努力」は、同学齢集団の学力が下がれば下がるほど少なくなる。
平たく言えば、「他の学生たちがバカになればなるほど、少ない学習努力で単位がもらえ、卒業証書が手に入る」のである(大学だって、一学年の半分を留年させるわけにはゆかないから、最初は泣く泣く「下駄を履かせ」、そのうち天を仰いで「小学生でも解けそうな問題」を定期試験に出すようになる)。
だから、消費者マインドを保持している学生にとっては、自分を含めた学生たちの集団的な学力が劣化することは「ますます安い代価で商品が手に入る」歓迎すべき状況を意味しているのである。
それが今の日本で起きていることである。
就職についても同じことが起きている。
「適職」というのは、消費者マインドをもったものにとって、「最低の努力で最高の報酬が手に入る就業機会」を意味している。
シャーロック・ホームズが解決した『赤毛同盟』というミステリアスな事件がある。
この短編でいちばん興味深いところは「燃えるような赤毛である」という何の努力も要さない生得的資質だけによって高額の報酬を約束した赤毛同盟のトリックにひっかかって、エンサイクロペディア・ブリタニカの筆写という全く無為な労働で日々を過ごしたJ・ウィルソン氏のきわだった愚鈍さである。
彼は物語の冒頭においてすでに十分愚鈍なのであるが、物語が進むにつれてその愚鈍の度を増し、シャーロック・ホームズが鮮やかに事件を解決したときも何が起きたのか全然理解していない(と思う。終幕にはもう出てこないから想像ですけど)。
この皮肉な物語からわれわれが得ることの出来る教訓の一つは、最低の努力(その極限は「先天的資質」である)でうまみのある収入を手に入れようとする人間は、その発想において本態的に愚鈍であることを宿命づけられているということである。
ウィルソン氏はこの取引があまりに市場における交換比率がよいせいで、彼の際だった先天的資質なるものにいったいどれほどの内在的な価値があるのかという、当然自分に向けて立ててよい問いを忌避してしまった。
有利な交換を求めるものは、自分が市場に差し出す手持ちの財の価値を他者が過大評価することを切望する。
当然である。
けれども、この「賢い消費者」たる交換比率原理主義者をあるピットフォールが待っている。
それは、「彼が市場に差し出す財の価値がゼロであるとき、交換比率は最大になる(だって無限なんだから)」ということである。
つねにより有利な交換比率を求めるものは、自分の手持ち資源の価値ができるだけ過大評価されることを願う。過大評価のカーブは、市場に差し出す自分の手持ち資源の価値がゼロであるときにその最高点に達する。
つまり、ひたすら有利な交換を願うものは、その論理的必然として、やがて自分の手持ちの資源の価値がゼロであることを願うようになるのである。
悪魔的なコロラリーだが、現に、日本社会はそうなっている。
学生たちは愚鈍さを競い、労働者たちは他の労働者が自分より無能でかつ薄給であることを喜ぶという倒錯のうちに落ち込んでいる。
それは彼らが怠惰であったり、不注意であったりしているからではなく、「有利な取引をするものが賢い」という市場原理のルールをあまりに深く内面化したことの帰結なのである。
というような話をする。
果たしてこんな耳障りな話がどこまで新聞紙上で許容されるかどうかわからないので、備忘のためにここに記すのである。

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