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2017年12月 アーカイブ

2017.12.05

「ローカリズム宣言」まえがき

みなさん、こんにちは。内田樹です。
今回は「ローカリズム宣言」というタイトルで、地方移住、定常経済などにかかわる文章をまとめて本を一つ作りました。本の素材になったのは、この本の出版社が出している『TURNS』という雑誌で二年ほどにわたって連載したインタビュー記事です。
『TURNS』というのはUターン(生まれ故郷へ帰還する)、Jターン(生まれ故郷とちょっと違う土地に住み着く)、Iターン(都会に住んでいる人がぜんぜん縁のない土地へ移住する)という三種類の「ターン」のことです。この雑誌はそういうふうに「ターン」して、地方移住をめざす人たちのための情報誌です。
最初に『TURNS』から取材のオッファーがあったときには、この世にそんな特殊な読者を対象にした特殊な雑誌があるなんて知りませんでした。どこにも広告も出していない、名前も知らなかった雑誌にそれなりのニーズがあるということにまず驚きました。実際に地方移住するかどうかはさておき、「地方移住という選択肢を検討する気になっている人たち」は僕が考えているよりもはるかに多いらしい。
それを聞いて、まず「ああ、日本人もけっこう健全なんだな」と僕は思いました。
それは2011年の東日本大震災で露呈した都市文明の脆さと、とりわけ原発のメルトダウンによる環境破壊に対するごく自然な反応のように思えたからです。そういう動きが出てこなければ、むしろおかしい。
資本主義の終焉が近づき、今までのような都市生活はいずれ継続が困難になる、そういうふうに思う人が少しずつではありますけれど、しだいに増えてきました。もちろん、まだ圧倒的に少数派です。
そもそも資本主義経済がもうすぐ終わるかも知れないなんてことは新聞やテレビのようなマスメディアは絶対報道しません(だって、それは「そのうちわが社は消滅するかも知れません」という話なんですから)。ネットは速報性・拡散性優位のメディアですので、こんな複雑な話は扱えない。
ですから、「資本主義経済はもうすぐ終わるかも」というのはごく少数の学者やエコノミストの書くあまり読まれない本をたまたま手に取る機会がなかった人を除くと、「なんか、ふっとそんな気がしてきた」という直感以外には根拠のないアイディアなんです。でも、そういう直感を信じて、生き方を変える人たちが日本列島全土に同時多発的に登場してきた。たぶん、その数はこれからどんどん増えてくるでしょう。これはもう後戻りすることのない、歴史的必然だと思います。
でも、どうして経済システムのようなある意味で価値中立的で、誰も人為的に操作することのできない自律的な仕組みが「命数が尽きかけている」ということが直感的にわかるんでしょうか。
株式市場における投資家の行動は予測不能です。市場における消費者の購買動向も予測不能です。為替の仕組みや中央銀行の動きも変数が多すぎて予測不能です。要するに、経済体制が明日どうなるかということについては、これを一元的に管理している人も機関も存在しないので、「誰も知らない」ということです。ときどき啓明結社とかフリーメーソンとかユダヤの国際資本とか、そういう秘密組織がすべての経済的できごとを陰で操作しているという「陰謀論」を語る人がいますけれど、残念ながら、そういう理論は「世界のすべてのできごとの背後には神の摂理がひそんでいる。すべては神の意思だ」というのと同じく、今日の魂の安らぎを与えてはくれますけれど、明日何が起きるかについては何も教えてくれません。
ところがなぜか人間は直感的にこのような予測不能の、複雑怪奇な事象の本質が「わかる」ことがある。少なくともこのままの事態が続くと、自分にとって「よいこと」が起きるか、「よくないこと」が起きるのか、それがひらめくことがある。

「そういうこと」ってあるよな、と思ったのは、去年の春にイギリスに行ったときのことです。これは「マルクスのゆかりの地を訪ねる」という変わった企画のツァーで、その中で、マルクスが『資本論』を書いた時代のイギリスの工場労働がどういうものだったかを知るためにリヴァプールの産業博物館を訪れたことがありました。この産業博物館には産業革命のときの紡織機械がずらりと並んでいて、ときどきガイドさんが工場の仕組みを説明しながら、その機械を作動して見せてくれるのです。これがすごかった。
何十メートルもある紡織機械が一斉に作動して、それをわずかな人数で操作する。子どもたちが機械の下に潜り込んで、素早くを掃除する。少しでも気を抜くと機械に巻き込まれて手足が切断される。そういう非人間的な機械なんです。ところが、そういう機械にはあきらかに表情があるんです。機械を設計した人間がその機械がどういう本質のものであるかを知って、それを表情として与えてしまった。意識的であったか無意識的であったかはわかりません。でも、あきらかにそれらの機械には表情があった。
H・R・ギーガーという画家が『エイリアン』というSF映画のクリーチャーのデザインをしたことがあります。「バイオメカノイド」というのがその怪物のコンセプトでした。機械と生物の合体したものです。きわめておぞましい造形で、映画を見たときに僕はギーガーという人の作家的独創性にほとほと感服しました。でも、リヴァプールで紡織機械を見たときに、それらの機械がエイリアンの造形の原型だということがわかりました。人々を休みなく働かせ、生気を奪い、収奪し、場合によっては殺す機械にはそれにふさわしい醜悪で禍々しい「顔」があるべきだと考えた技師たちがいたのです。
「ラッダイト(luddite)」をご存じでしょうか。19世紀はじめのイギリスに登場した産業革命に反対した労働者たちのことです。彼らは機械によって職を奪われたことを恨んで、工場に乱入してさまざまな機械を叩き壊しました。イギリス政府は工場の機械を破壊したものは死刑に処するという過酷な政策でこれに応じましたが、ラッダイトの運動はそれにもかかわらず全土に広がりました。僕は高校の世界史でラッダイトのことを知ったときに「変なことをする人たちだ」と思いました。機械なんか壊してもしょうがないじゃないかと思ったからです。機械は価値中立的で、何の感情も意思も持たない、ただの道具です。機械の発明は、人間知性の発達の成果であって、それを憎むという心性がまるで無意味なものに思えました。でも、リヴァプールでほんものの紡織機械を見たときに、ラッダイトの気持ちがふっとわかりました。それはまさに「禍々しい顔」をした機械だったからです。システムを停止させるだけなら、資本家たちのオフィスに乱入して、帳簿や書類を破り捨てれば済む。あるいは工場法制定運動を通じて労働者を保護する法整備をすればいい。でも、ラッダイトたちはまず機械に憎しみを向けました。それは機械が生き物の顔をしていたからです。おそらく技師たちは「憎しみを向けることができるほどに擬人化した機械」を無意識のうちに設計してしまったのです。

今僕たちは爛熟した後期資本主義社会にいます。経済システムは想像を絶するほど複雑になり、いったい何のためにこれらのシステムが作動していて、いま何をしているのか、もう僕たちには全然わからなくなってしまった。だから、多くの人はそれを自然過程だと思って黙って受け入れている。気象と同じように、降ったり照ったりする。たまに地震があったり、津波があったりして、そのつど人が傷つき、死ぬ。でも、そこには何の人間的意味もないと思っている。
ところが、この経済システムに「顔」を見た人たちが出て来た。19世紀イギリスのラッダイトたちと同じように、科学技術や金融工学の自然な発展過程、個人の善意も悪意も関与する余地のない自然過程と思われたこの経済システムが「禍々しい顔」をしていることに気づいた人たちが出て来た。人間をただ疲弊させるためだけに働かせ、その労働の果実を収奪し、心と体を傷つけ、ついには殺す「邪悪な本性」を見たと信じた人たちが、このシステムが吐き出す「瘴気」が届かない場所へ逃れ始めた。それが今起きている「地方移住」という動きの文明史的な意味ではないかと僕は思います。
この動きの先駆者たちが何をしようとしているのか、なかなか理解が届かないだろうと僕は思います。あるいはかのラッダイトたちのように、政府や資本主義システムによって、あるいはメディアによっていわれなき非難を受けることがあるかも知れません。でも、イギリスでは、ラッダイトたちの戦いをきっかけにして工場法制定と婦人少年労働の規制のための運動が始まり、それがやがて普通選挙権を求める政治運動につながりました。バイロンとシェリーは、ラッダイト運動を人間を収奪するシステムに対する人間の尊厳と自立を追求するものとみなして、それを讃える詩を残しました。
現代日本の地方移住の運動を僕は「資本主義システムの顔を見てしまった人たち」の逃れの旅のようなものと理解しています。彼らの旅が無事なものでありますように。彼らがいつか約束の土地にたどりつけますように。God speed you

2017.12.06

Madness of the King

12月5日のJapan Times に「王の狂気」と題するトランプ大統領についての記事が載った。
今世界ではそれが最も緊急な懸念である。
痴呆症の大統領に戦争を始められては困るからだ。
もちろん、日本のメディアはそんなことは書かない。
日本は痴呆症かもしれない大統領に煽られて戦争をする気でいる世界唯一の国だからだ。
官邸がいやがりそうなことは書かないというのなら、それはそれで構わない。
でも、あとになって「いや~、はじめからちょっと怪しいなとは思っていたんですけどね」みたいなことは書かないで欲しい。

記事は長いので、終わりの方だけ訳した。ここから↓

トランプが何らかの(場合によっては複数の)精神障害を抱えているように見えることは、精神科医、政治家、ジャーナリストの間に等しくジレンマを産み出している。アメリカ精神科医協会は会員たちに診察したことのない人について診断を下さないというルールを定めている。だが、何人かの精神科医たちはこれを国難的事態と見なして、ルールを破って、トランプの精神状態についての専門的判断を公的に語ったり書いたりし始めている。
最も広く受け入れられている見解は、彼がナルシスト的人格障害に罹患しているというものである。これは単なるナルシストであることよりもはるかに深刻な症状である。
Mayo Clinicによると、これは「自分の重要性についての過大評価、自分に対して過剰な関心や称賛を求める強い欲求、病的な人間関係、他者への共感の欠如」などとして現れる。さらに「過剰な自身の仮面の背後には、わずかな批判によっても傷つく脆弱な自己評価が潜んでいる」ともされている。
この定義はトランプが日常的に示している様子をそのまま映し出している。
80年代後半に行われたインタビューでの話し方と現在の話し方を比較すると、語彙がはるかに少なくなっており、滑らかさも失われている。それを大統領は痴呆症の初期段階にあるのではないかと診断する専門家もいる。
医療データベースUpToDateによると、痴呆症の症状には苛立ち、攻撃性、思い違い、幻覚、無関心、脱抑制が含まれる。
共和党の議員たちの相当数はトランプがきわめて負担の多い大統領職を担いうるかどうかについて懸念を抱いている。ティラーソン国務長官はトランプを「魯鈍(moron)」と呼んだと言われている。
トランプの逸脱行動は最近とみに度を過ごしているが、これはミュラー検察官による2016年の大統領選挙へのクレムリンの干渉に彼と彼の陣営が関与していることについての捜査に対する彼の不安の亢進に起因するものと思われる。トランプは捜査の進展次第では、共同謀議の罪に問われる可能性があるからだ(トランプはロシアが選挙に干渉したという事実を認めないワシントンで唯一人の重要政治家である)。
彼の奇矯な行動は12月1日にトランプの最初の国家安全アドバイザーであり、選挙活動の支援者であったマイケル・フリン退役将軍が捜査への協力の見返りとしてFBIへの偽証を認めたニュースが伝えられる以前から見られた。
だが、事件が決定的に重要なのは、フリンがミューラーが「ひっくり返した」最高位の公人だからである。気前のよい司法取引によって、フリンは選挙キャンペーン中とホワイトハウスにおける彼の上司たちの名前を挙げる覚悟ができたものと思われる。
このリストに載るはずの名前は多くない。おそらくフリンはトランプの女婿であり上級顧問であるジャレド・クシュナーを指差すだろう。トランプはこれまでフリンへの検察の接近を繰り返し阻止しようとしてきたが、それは検察官の眼からトランプが隠したがっていることをフリンが知っていることのはっきりしたシグナルである。
それが何であるかはもうすぐ明らかになる。それまでアメリカ人と全世界はこの逆境にトランプがどう応じるのかを固唾をのんで見守っている。

2017.12.20

尖閣インシデント

兪先生から「フォーリンポリシー」のコピーを昨日頂いた。記事は2016年1月15日に掲載されたもので、もう2年近く前のものだが、尖閣列島の領有をめぐって日本と中国が戦闘状態に入った場合のアメリカの行動についてのシミュレーションの報告である。
「フォーリン・ポリシー」の二人のレポーターが戦争ゲームの専門家のところで「尖閣インシデント」という戦争ゲームをする話である。
「日本海軍」(Japanese navy)とか「嘉手納基地が跡形もなく吹き飛ぶ」とか「日本の乗組員が500人死ぬ」とか、われわれからすると「ずいぶん無神経な言葉づかい」と思える表現が散見されるが、ラングレーやホワイトハウスのアメリカの専門家たちはたぶんこういう言葉づかいとこういうロジックで外交的選択肢について論じているのだろうということを知る上ではたいへん裨益するところの大きな資料である。
問題はこういう「想像力の使い方」を必要なものだと思う思考の習慣が日本にはないということである。「そして、そのとき日本経済の息の根が止まる」というような話を「よそ」で勝手にされていて、何とも思わないのだろうか。
予測の適否についてはいろいろ異論もあるだろうけれど、こういう予測をして、それを語ることができる知的な環境がアメリカにはあり、日本にはないということは重く受け止めなければならない。
記事はここから↓

Foreign Policyはいかにして中国との戦争に踏み込み、そして敗北したか
By Dan de Luce, Keith Johonson
Foreign Policy 15 Jan.2016

日本と中国を隔てる海域に夜明けが訪れる。一群の日本のはぐれウルトラナショナリストたちが「魚釣島」と呼ばれる不毛の小島に上陸する。ここは尖閣諸島あるいは中国では釣魚諸島と呼ばれている無人の、居住することのできない岩のかたまりのうち最大のものである。しかし、この島々はひさしく日本と中国の間の領有権をめぐる紛争地として知られている。
活動家たちは島に日本の国旗を掲げ、この地が日本の不可譲の領土であると宣言する。彼らの様子は撮影され、Youtubeに上げられた映像は中国海軍を刺激して、中国人を諸島の実効支配に駆り立てた。
虚を突かれた日本政府のリアクションは遅かった。最終的にはウルトラナショナリストと彼らの行為について日本政府は責任がないと言明した。しかし、それ以前に中国はこの行為を敵対的なものとみなし、武装した海上保安艦と海軍の艦船を尖閣諸島周辺に配備した。中国の海兵隊は14名の活動家を逮捕し、司法当局へ引き渡すと宣言した。
翌日、F-15の飛行隊に護衛された日本の自衛艦が海域に派遣された。中国は引き続き艦船を尖閣周辺に配備し、そこからの撤収を拒絶した。両国の艦船が衝突するコースに航路を向けた時点で、日本政府は1951年に締結された日米安保条約の発動をワシントンに知らせた。ホワイトハウスに決断の時が来た。

幸いなことにこのシナリオはホワイトハウスの中ではなく、ヴァージニア州アーリントンのシンクタンク、ランド・コーポレーションのオフィスで演じられたものである。Foreign Policy はランドの戦争ゲームの専門家であるDavid Shalpakに依頼して、Foreign Policy の二人のレポーター(Dan De Luce, Keith Johnson)が東シナ海でのシミュレートされた紛争を経験することになった。
Shalpakは過去30年にわたって、軍人とワシントンの外交官のために、地図とデータファイルを使った精密な戦争ゲームの構成を行ってきた人物である。われわれが経験したのはフォーマルなものよりずっと短いヴァージョンであり、政府の役人もテーブルの上に広げた地図もなしで、われわれは三人だけで、ペンタゴンから数ブロック離れたオフィスで、会議用テーブルを囲んで座り、仮説的な危機について徹底的に論じたのである。
誤解しないで欲しいが、われわれは戦争マニアではない。われわれが戦争ゲームを始めたのは、そこからの出口を探すためである。この戦争ゲームのさまざまな段階で、われわれはあるときは中国の役をやり、あるときは米国の役をやったけれど、いずれの場合も、われわれはもっとも侵略性の少ないオプションを選び出し、戦闘を抑制しようと試みた。しかし、Shalpakが警告したように、出来事はたちまちコントロールを失い、われわれは日中両国のナショナリスト的感情に煽り立てられて、悪夢のような戦争のエスカレートのうちに巻き込まれていったのである。
ここに示されたシナリオはわれわれが意図的に作り出したものではない。現に、今週も日本政府は中国に対して中国海軍艦船が尖閣近海に接近し、近くを航行するのであれば、その艦船を退去させるために警備艇を出すだろうと告知し、中国もまたこれに対して厳しい警告を以て応じ、日本がこのような挑発的な行動を取るならば、日本は「そこで生じるすべての出来事について責任をとらねばならない」と述べていた。これは現実世界で起きている出来事である。Shalpakが設計した人工的な世界の中ではこういった修辞的なやりとりは戦闘によって置き換えられる。以下はそれから後に起きたことである。われわれは戦争を望んだわけではないし、戦うことを求めたわけでもない。だが、ゲームはきわめて悲惨なかたちで終了することになった。

尖閣インシデント 第二日
われわれはまず「ブルーチーム」つまりアメリカとしてゲームをプレイした。アメリカは締結した条約を守ると言う点では人後に落ちない国である。だから、日本やアジアだけではなく、ロシア、イラン、NATO、サウジアラビア、イスラエル、その他の国々もまたアメリカがその緊密でかつ古い同盟国からの助力要請にどう対応するかを注視している。
しかし、同盟国との条約も大切だが、そのために無価値な岩礁をめぐってもう一つの世界大国である中国を相手に戦争を始めるというのはあってはならない選択である。
というわけで、われわれは日本の領土を米国の海空軍で守ることを提案しつつ、それと同時に中国軍を相手にいかなる攻撃的行動も取らないというむずかしい道を選んだ。
われわれはまず空母ジョージ・ワシントンを横須賀の母港から出港させ、西太平洋を遊弋させた。それは必要になったらいつでも空母が使える状態にしておくためであるし、同時に中国軍からの攻撃の可能性がある以上、ドックに繋留しておくわけにはゆかなかったからである。中国軍はすでに「空母キラー」と呼ばれる大型軍艦破壊用のミサイルを開発している。
一方で、カリフォルニアの第三艦隊をいかなる偶発的事態にも対応できるように北部中央太平洋に向けて出港させた。同時に、米国の攻撃用潜水艦を係争地の周辺海域に展開し、必要があれば同盟国を支援する体制にあることを中国に対して告知した。
その後、われわれはもう一つの大きな決断に直面することになった。日本政府が尖閣周辺の部隊を掩護するために米駆逐艦の派遣を望んだからである。日本政府は日本領土の防衛上のギャップを埋めるために米国の駆逐艦を日本海に派遣することを要請してきた。事態が窮迫した場合に、この駆逐艦は危険にさらされることになる。そのリスクを知りながら、われわれは日本の要請に同意することになった。さしあたり、われわれは日本領土を攻撃から守るための支援を行うことがアメリカの責務であるという立場を守ったのである。

尖閣インシデント 第三日
事態が急変したのは、中国の沿岸警備隊軍用艦船が諸島の周辺を回航していた日本の漁船とトラブルを起こした時である。日本の艦船はこれに対して放水と電気的攪乱同地の発動によって対抗した。その間、日本の戦闘機は中国艦船の上空を低空飛行して威嚇した。これに対して、中国軍のフリゲート艦が30ミリの近距離弾を飛行機に向けて発射した。日本軍は中国艦船に対して発砲した。ただちに中国軍の戦闘機と対艦船ミサイルによる反撃がなされ、たちまちのうちに予測されなかった展開になった。数分のうちに日本の艦船のうち二隻が沈没、約500人の乗組員が死んだ。
両国軍を結ぶ「ホットライン」メカニズムを含む東京と北京の間の外交的コミュニケーションは感情的高ぶりのうちに断絶した。中国軍に艦船数で劣る日本はさらなる損失を恐れて、ワシントンに救援を求めた。参戦を求める群衆が東京のアメリカ大使館を取り囲んだ。北京では怒り狂った群衆がやはりアメリカ大使館を取り囲んだ。アメリカのケーブルニュースは口から泡を飛ばしてアメリカはいつ日本の救援に向かうべきかを論じ、議会では議員たちが好戦的な言辞を弄していた。

戦争ゲームのタイムライン

第一日 日本のウルトラナショナリストが東シナ海の小島に国旗を立てる。北京は海軍艦船を派遣する。中国海軍は活動家を「逮捕」する。
第二日 日本は艦船と戦闘機を周辺に展開する。日本政府はアメリカに安保条約の相互防衛義務を訴える。アメリカは日本領土防衛支援を約束し、潜水艦を日本近海に展開する。
第三日 対決の後、中国艦船が日本の船舶二隻を沈める。アメリカの潜水艦が中国軍の駆逐艦二隻を攻撃して撃沈する。両陣営で数百人の死者が出る。
第四日 中国、カリフォルニアのパワーグリッドとNASDAQにサイバー攻撃をかける。中国軍のミサイルが日本軍に甚大な被害を与える。
第五日 中国軍の攻撃によって日本の海軍力の20%が失われる。日本の経済的なハブが攻撃対象となる。アメリカは日本政府からの中国艦船へのさらなる攻撃要請を拒絶する。その代わり、日本軍の撤退を掩護する。中国が勝利宣言。

われわれはホワイトハウスにいたのだが、行動を起こすようにという圧力が高まっていた。そこで、われわれの戦争ゲーム・マスターは一連のオプションを示した。第一は発砲を控え、何もせず、戦争を回避すること。これはアメリカの信頼性を損ない、日本海軍の崩壊を座視することになる。第二は、中国に対してサイバーアタックを実施して、直接の軍事行動は起こさないというシグナルを送ること。第三はアメリカの潜水艦の乗組員にリスクが生じないように潜水艦を使った報復の動きをすること。極端な選択肢としては、中国本土の軍事拠点への攻撃という大規模なエスカレーション行動がある。それは中国は歴史上最強の国家との紛争に巻き込まれたという誤解の余地のないメッセージを送ることになる。
結局、われわれは日本の規模は小さいけれど有用な海軍を戦闘から守ることを心がけ、全方位からの圧力を感じながら、二隻の駆逐艦を魚雷で攻撃し、数百人の乗組員を殺害して、われわれの同盟国を支援する決意を示すメッセージを北京に送るというオプションを選んだ。
Shalpakはその時われわれに向かってこう言った。「さて諸君はいま中国人の血を流した。米中戦争を始めたのだ。」

尖閣インシデント第四日

北京の指導部はこれに驚いた。北京はこれは日本と中国の間の戦闘であり、アメリカにかかわりのないことだということを明らかにしていたからだ。しかし、これで事態は一変した。中国軍はこの数十年で強化されたように、中国の社会もかつてとは違うものになっていた。1979年に中国は越中戦争でベトナムに苦杯を喫したがそれは国内的な政治的バックラッシュを呼び起こさなかった。今や数億の中国のネチズンたちが撃沈された二隻のために怒り、報復を求めていた。
Shalpakはここでわれわれを「レッドチーム」すなわち中国に移した。われわれに提示されたオプションは、第一は沈められた船のことは忘れる(中国のナショナリストのことも忘れる)そして、戦闘を本来の方向にコントロールすること。第二は米国の艦船(日本近海にいる駆逐艦のような防御力の弱い艦船)を撃沈して、帳尻を合わせること。第三は沖縄の米軍基地をミサイル攻撃するという意図のはっきりした反攻を行うこと。
われわれはそれ以外のオプションを探した。
ナショナリストからのバックラッシュを無視して、われわれは米軍に一定の被害を与えるけれども、できるだけ死傷者が出ないような抑制された手段を選んだ。それは日本軍に対しては引き続き軍事攻撃は加えつつ、アメリカに対しては、サイバーアタックと財政的資源における非対称的な力を解き放つことにしたのである。
われわれはアメリカの電力グリッドに埋め込んでいたマルウェアを作動させて、ロサンゼルスとサンフランシスコを暗黒のうちに沈めた。NASDAQのストックマーケットのオートマティック・トレーディングを操作して、何千億ドルもの資産を消した。パニックはあっという間にファイナンシャル・マーケット全体に広がった。われわれはまたわれわれが所有するアメリカ国債の一部を売り払い、米ドルは急落した。

尖閣インシデント 第五日

その間も中国軍は尖閣周辺の日本の艦船を攻撃し続けた。24時間以内に日本の海軍力の20%が破壊され、数百人が死んだ。中国は日本経済に対する攻撃も始めた。脆弱なパワーグリッドを機能停止させ、ジェット燃料の精油所を吹き飛ばした。
国内における大規模な混乱と海軍力の喪失に直面して、日本政府は再びアメリカに出動を要請した。日本政府は三つの具体的な要求を行った。第一に、日本艦船を防衛するためにこれまで何十年も日本がその母港を提供してきたアメリカの空母艦隊を派遣すること。第二に、中国の艦船への攻撃を強めること。第三に、中国本土の対艦ミサイルの拠点を攻撃すること。
ワシントンにとってはこれはいずれも採択することのできないオプションであった。「これらの条約上の責務はほんの二三日前まではもっと重要なものに思えたのだけれど」とキースはつぶやいた。
われわれの直感的な反応は、大虐殺が始まってリスクが拡大する前に事態を収束することだった。われわれがまずしたのは、アメリカは中国本土に攻撃を加える段階にはまだ至っていないこと、そして、日本政府が中国に対して行う攻撃作戦には参加するつもりがないと日本人に告げることであった。空母を派遣することは、それが中国のミサイルによって撃沈されるリスクがある以上論外だった。われわれは日本政府に対して、尖閣周辺海域からの日本の艦船の撤収を掩護するために潜水艦と航空機を派遣することを提案した。そうすることによってアメリカは中国との全面戦争を回避し、日本の海軍が壊滅し、日本経済が息の根を止められる前に戦闘を終結させることができると考えたのである。
この選択は「作戦的には賢い」とShalpakは評した。しかし、それは中国を戦術的勝者とすることになると続けた。北京はアメリカと日本という二国を相手にして、勝利を収めたことになる。そして、中国は尖閣諸島を手に入れた。それは長期的には中国がこの地域での王位を手に入れたということである。日本もそれ以外のアジア諸国も、軍事的経済的に中国に対抗するためにこれまで以上の資源を費やさなければならなくなるだろう。
どのシナリオでも、「得をするものは一人もいない」とShalpakは言う。
もしわれわれが日本政府の要請を受け入れていたら何が起きただろう?
ゲームの帰結は次の通りだ。
米国は人道支援および災害対策チームを日本に送り、日本の本土防衛を支援する。尖閣にあまり近づかないエリアに空母を派遣する。中国海岸にあるミサイル基地に対して正確な攻撃を行って、これがあくまで限定的なものであることを中国政府に示す。
話を短くすると、戦争が長引くことで得をする国は三国のどこにもいない。
アメリカのミサイルが中国本土に雨あられと降り注ぐ。日本の商業用輸送船は公海で爆発する。中国の新海軍は冷酷な海底戦で短期間に艦船を失う。その報復として、中国軍は沖縄の嘉手納基地を跡形もなく爆撃する。空母ジョージ・ワシントンを「空母キラー」ミサイルで待ち伏せ攻撃し、空母を傷つけ海域からの撤収を余儀なくされる。死傷者は三国で数千人に達する。
「どういうことになるか、わかっただろう」とShalpakはわれわれに言った。
米軍は中国の海軍基地を攻撃し、中国の唯一の空母を標的にすることはできるし、場合によっては中国経済を締め付けるために南シナ海を封鎖することもできるだろう。けれども、日本海軍を保全することも日本領土を守ることもできない。それからも中国は無限の攻撃を日本に加え続けることができるだろう。
これらのシナリオを何年にもわたった検討してきた結果、Shalpakが得た結論は、大国間の戦争が内在するリスクを理解することの重要性である。それは近年のアメリカ軍の冒険に見られるような一国主義的行動以上のリスクをもたらす。
「それは雪崩のようなものだ。君たちが知っているのは、それがいつかは終わるということだけだ。でも、君たちはどうやってそれが終わるのか、なぜ終わるのかを知らないし、それがどれほどの被害をもたらすかも知らない」そう言って彼はテーブルを叩いた。
尖閣列島をめぐる日中の紛争にはまり込むことはアメリカにとって危険なことであり、それはどのような魅力的な帰結も期待させてはくれない。
「この戦いにかかわることは最大級の戦略的失敗だ。」と彼は言う。
われわれは東シナ海における短期の汚い戦いの後に、いくつかの教訓を手に、意気消沈して立ち去ることになった。

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