Warning: main(http://www.tatsuru.com/head.html): failed to open stream: HTTP request failed! HTTP/1.1 404 Not Found in /var/www/vhosts/tatsuru.com/subdomains/blog/httpdocs/archives/001212.php on line 107

Warning: main(): Failed opening 'http://www.tatsuru.com/head.html' for inclusion (include_path='.:') in /var/www/vhosts/tatsuru.com/subdomains/blog/httpdocs/archives/001212.php on line 107

<< ママなんか嫌いだい | メイン | エンドレス・ワーク・サマー >>

2005年09月06日

カトリーナのもたらした災禍

アメリカのハリケーン「カトリーナ」の被害状況は一週間経ってもまだ全貌がわからない。死者数千人と言われているが、確認された死者は4日段階でまだ211人。あとは水没した家屋の中や路上に取り残されている。排水が完了したら累々たる屍骸の山が積み上げられるということになるのであろう。
今回の被害については行政の責任を問う声が高いけれど、私には単なる行政府の防災体制の不備というより、アメリカ社会そのものの本質的欠陥が露出した結果のように思われる。
その第一の徴候は、被災者が低所得階層の黒人たちで、彼らが防災上最も危険な地域に集住していたという事実である。
これは階層化された社会においては当然のことである。
階層化社会はそうでない社会よりも強くフィードバックが働くから、「勝つ人間は勝ち続け、負ける人間は負け続ける」ことになる。
低所得層、非白人に生まれた人間はすでにハンディを背負っているが、階層化社会ではそのハンディ格差が成長過程の全局面で(財力、学歴、教養、情報、社会関係資本・・・)強化される。
幼児期のわずかな格差が成長するにつれて拡大するというのが階層化社会である。
低所得層の黒人たちはアメリカ社会では構造的に社会の上層部には浮かび上がることができない。
それは誰かが悪意をもって彼らをスラムにおしとどめているからではない。階層化社会というのはそういうふうにクールに構造化されているのである。
それは社会そのものの本質であって、行政府にどのような善意の人がいても、階層化を是とする限り、改められることはない。
黒人の国務長官が任命されたり、黒人女優がオスカーを獲得したりするのをみて、アメリカでは黒人差別は廃絶されつつあるという印象を持つ人も多いが、実際には「上層黒人」と「下層黒人」のあいだの階層化が進み、「黒人」の間のデリケートな階層差を非-黒人が記号的に認知できるほどにアメリカの人種差別が「リファイン」されてきたということだと私は解釈している。
このような階層化は人種差別を廃絶すれば改まるというものではあるまい。
人種が差別化指標として機能しなくなれば、出身地でも、言語でも、宗教でも、学歴でも、教養でも、どんなものでもそれに代替することは可能であり、あらたな指標に基づいて人々は階層化される。
「年収」と「名声」という明徴的な尺度で国民を上から下まで序列化し、その序列をよじ登りたいという欲望を主要な社会的活力源としている限り、アメリカ社会は階層的であることを止められない。
第二の徴候はアメリカが銃社会だということである。
アメリカの民間人が所有している銃器数は2億2千万丁(警察官や軍人が所有している銃器を除いて)。つまり、赤ん坊から老人まで、国民一人が一丁以上の銃を所有しているのである。
銃による犯罪は年間60万件、銃による死亡者は年間3万人。過去20年間で60万人(これはシアトルの人口と同じ)が銃で死んでいる計算になる。
これは1791年に制定された権利章典の第二条で世界にも類のない「市民の武装権」(「国民が武器を保有し、携行する権利はこれを冒してはならない」)が認められているからである。
被災地では災害の直後から略奪、強盗、レイプが始まったと伝えられている。
このような凶悪犯罪が実効的に阻止できない最大の理由は「犯人が銃を持っている」からである。
阪神大震災のときの被災地では、それに類することは報告されていない。
私のいた芦屋山手町も、あたりの家は震災後無人となり、施錠もされていないまま(というか壁が崩れたりドアが閉まらなかったりで)放置されていたが、窃盗の被害のあったことは聞いていない。
震災直後に西宮のホームセンターにホワイトガソリンを買いに行ったとき、私のあとから中年のご婦人が雨漏りがするのでビニールシートが欲しいと言って買い物に来た。店員はブルーのシートを取りだして女性客に渡した。彼女が値段を訊くと、若い店員は「いいよ、ただで。困ったときはお互いさま」と答えた。
一方、私のホワイトガソリンは定価で売った。
この市民感覚は健全だと私は思う。
私はそのとき万全な防寒重装備をしており、250ccのバイクでばりばり瓦礫の中を走り抜け、料理用にコールマンのガソリンストーブの燃料を買いに来たのである。
「こういうやつからは金を取ってもいい」というのはまっとうな判断である。
アメリカでは事態は逆になっている。
無秩序な状態において、サバイバル能力の高い人間がサバイバル能力の低い人間をおしのけて、それを食い物にしている。
「市民」という概念がここでは内面的な規範としては機能していない。
警察力や行政や地域社会からの外的規制が効いているときはやむなく「市民的」にふるまうけれど、外的規制がなくなったとたんに「市民」の仮面を棄てて恥じないという人間が多数存在するということは、アメリカ社会がことばの厳密な意味で「近代市民社会」になっていないということである。
市民的成熟を妨げているのは第一の「他人を押しのけても勝つ者が祝福される」という階層化社会の原理であるけれど、第二の理由はやはり銃の存在だろう。
物理的な暴力装置が手軽に入手でき、それを誇示しさえすれば、物質的欲望が簡単に達成できる社会では、市民的成熟への動機づけは弱まる。
そんな迂遠なことをしなくても、欲しいものは手に入るんだから。
さらに階層化によって社会下層に釘付けにされた人々「地に呪われた者たち」にとって、略奪は「ブルジョワジーに収奪された財貨を奪還する革命的行為」として政治的に正当化することが可能であり、アメリカでも左翼的な知識人はおそらく略奪に同情的なコメントを発しているはずである。
このように二重三重の仕方で市民的成熟が妨害されている社会はこの先どうなってゆくのか。
被災者の受け容れ体制が整備されないまま、ハリケーンがさらに次々とアメリカ南部を襲うという予報が届いている。
市民的成熟を放置したことのツケが国際社会における敵勢力からの攻撃によってではなく、自然力への耐性の弱さというかたちで露呈するとは、まことに意外である。

投稿者 uchida : 2005年09月06日 11:41

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.tatsuru.com/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/1216

このリストは、次のエントリーを参照しています: カトリーナのもたらした災禍:

» 『カトリーナとキャサリンと』   from 日刊バカヤマ採掘記
四追:カトリーナによる被害がここまで拡大してしまった理由について、採掘隊が私淑するウチダ先生はアメリカの社会構造が『ことばの厳密な意味で「近代市民社会」』ではな... [続きを読む]

トラックバック時刻: 2005年09月06日 13:03

» 【3:私たちの時代の「文化戦争」】 from ピョートル4世の「孫の手」雑評
それでは次に、小泉「構造改革」なるものの実質は、どのように評価されるのか。この点について詳細に論じる力量は私にはないので、これもよく言えば長期的、要するに大雑把... [続きを読む]

トラックバック時刻: 2005年09月06日 15:52

» ニューオーリンズ被災のニュースを聞いて from 言語学研究室日誌
ニューオーリンズをハリケーンが直撃し、現段階での推定死者数は数千名にのぼるというニュースを見ました。ニューオーリンズは1995年の正月に初めて訪れましたが、正月... [続きを読む]

トラックバック時刻: 2005年09月06日 17:45

» カトリーナ@ニューオーリンズ from 煩太的日々
 今日の西南地方も凄いことになっているみたいだけれど、ニューオーリンズのハリケー [続きを読む]

トラックバック時刻: 2005年09月06日 20:16

» ハリケーン『カトリーナ』の衝撃 from 大西 宏のマーケティング・エッセンス
1週間を過ぎ、ニューオーリンズの被災者の人びとの移送はやっと一段落したとはいわれていますが、まだまだ現地には多くの人たちが残っているようです。ニューオーリンズの... [続きを読む]

トラックバック時刻: 2005年09月07日 07:22

» カトリーナがニューオリンズで開けたパンドラの箱 from 恵比寿法律新聞
Wednesday, August 31st, 2005  (Survival [続きを読む]

トラックバック時刻: 2005年09月07日 09:22

» カトリーナと銃と信頼 from General Funktion
米国南部を襲ったハリケーン「カトリーナ」の惨禍は、その物理的破壊力よりも社会的破... [続きを読む]

トラックバック時刻: 2005年09月07日 11:04

» それほど銃社会であることが問題だったのでしょうか from かつて紅かった。
[http://blog.tatsuru.com/archives/001212.php:title] 未だに復旧の目処が立たないルイジアナ州ニューオーリンズ近... [続きを読む]

トラックバック時刻: 2005年09月07日 12:28

» 国内南北問題が絵的にバレバレになってしまうアメリカ from Over 40
あまりにも見事なのであきれ返っているわけだ。 ハリケーン・カトリーナで困窮するニ... [続きを読む]

トラックバック時刻: 2005年09月07日 13:57

» [時事評論] 日本民衆の武装と自律と誇りの歴史 from ピョートル4世の「孫の手」雑評
藤木久志『刀狩り−武器を封印した民衆−』(岩波新書)((asin:4004309654:image))紹介と蛇足 「豊臣秀吉の政権は、分裂していた戦国の国... [続きを読む]

トラックバック時刻: 2005年09月07日 14:34

» 『カトリーヌ』も見てるよ from どこまでいけるかな
雨がしとしと。台風14号の影響で、風が強い。でも、思ったよりは台風の影響をうけてないような気がする。でも、昨日の都内の集中豪雨にはびっくりした。都会は水の行き場... [続きを読む]

トラックバック時刻: 2005年09月08日 15:59

» [政治][論説]格差社会 Part2 from ぱのらまさんの日常雑記
カトリーナのもたらした災禍 (内田樹、blog「内田樹の研究室」、2005/09/06) http://blog.tatsuru.com/archives/00... [続きを読む]

トラックバック時刻: 2005年09月08日 18:42

» 当たり前の人災ですね from WEB徘徊日記
http://blog.tatsuru.com/archives/001212.php 毎日あふれるゴージャスな人々。 物欲をあおるきらびやかなCM。 主な収... [続きを読む]

トラックバック時刻: 2005年09月09日 20:53

» 階層社会とカトリーナ from 物語三昧
ブッシュ批判のラッパー全米初登場1位 http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1387126/detail?... [続きを読む]

トラックバック時刻: 2005年09月10日 16:06

» 階層社会とカトリーナ② from 物語三昧
先日出張でインドのムンバイ行きをキャンセルした。100年に一度の洪水だったそうだ。車とか牛が流れていた写真を見た(笑)。けれど、実は、先日九州に出張に行こうとし... [続きを読む]

トラックバック時刻: 2005年09月10日 19:13

» 被災自国民に銃を突き付ける国 from 川西情報
 アメリカで8月29日、ハリケーン「カトリーナ」が米本土に上陸しました。アメリカには連邦危機管理庁(FEMA)があり、どんな大規模災害であれ3日間程度で被災者へ... [続きを読む]

トラックバック時刻: 2006年03月17日 13:46

コメント

ほんとうに映像で見るだけだけど、なにか違いますねえ。
こういうときに、本当に一人一人バランバランになってしまうアメリカ社会って何なんだろうと感じていたところでした。
こういう状況で噴き出してくるなにか、それがあるかないかのちがいなんでしょうか、銃社会であるかないか、というのは。
被害にもまして、なんだか寒々した映像でした。

投稿者 いがらん [TypeKey Profile Page] : 2005年09月06日 13:42

ニューオーリンズは行ったことがありますが、空港から街中に向かうまでにスラムではないかと遠目に見える住宅街をタクシーで通り過ぎたことがあります。今回一番手ひどくやられたのはあの辺だろうなと思ってニュースを見ていました。トータルで見ると、アメリカに近代市民社会が成り立っていないと言えるかもしれませんが、人種間で住む場所が全く違い(オリエンタルは比較的同化しています)、白人が住んでいるストリートに黒人が越してくると、何となくいつのまにか白人が郊外へ脱出していくというのを目の当たりにすると、貧富の差というよりも、人種という要因が大きいと痛感します。日本でも似たような光景があったではないですか。大戦直後に、戦勝国民(?)と勘違いした一部の朝鮮人・中国人の横暴ぶりです。
 銃の存在もアメリカの病根として散々言われてきたことですが、隣の家まで5km離れている所ではやはり銃が必要だと思います。自分と家族を守るためにはどうしても必要です。外から批判するのは簡単ですが、自分がそこに住んだら、確実に銃を買い、射撃訓練を定期的に行うことになると思います。内田先生でも誰でもそうすると思いますよ。警察を呼べたとしても、反撃する銃がなければ、警官が来てくれるまでの間に犯罪者に殺される可能性が限りなく百%に近いですから。

投稿者 wnm [TypeKey Profile Page] : 2005年09月06日 17:58

科学者や物理学者の方の仲に矢張り別のなにか宇宙の心のようなものを感じている人がいらっしゃってそれを感じることが人類のしあわせ?もしくは質の向上につながると思うのです。
最近の富裕層の方々と話していて思うのは私たちは「金持ちだから自分は偉い」という態度をとられる方が多いことです。むかしの金持ちはそういう態度をとる方が少なかったし多分思ってなかったと思います。お金は決してあの世には持っていけないし役に立たないし、この世で自分だけいい想いをしても心が満足できないでしょう。自分は一番大切だけれど贅沢も素敵だけれど、少し寄付したりボランテアしたりして幸福を分けてあげることで自分の心も安定すると思うのです。天国と地獄は規則は同じでご馳走をながーいスプーンや箸で食べるのに、地獄の人々は何とかして自分だけいっぱい早くたべようとするのだけれど、天国の人は相手に食べさせてあげようとするので相手も自分に食べさせて下さるのでながーい道具でも大丈夫。みんな食べることができるというたとえのとおりしあわせはそのようなものだと人類が気づかねばいづれ進化しないまま滅びていくのでしょうね。

投稿者 .おきつひめ [TypeKey Profile Page] : 2005年09月06日 21:31

私は一応自然科学系なんですが、ラブロックのガイア仮説を7割方信じています。京都議定書、温暖化、猛烈なハリケーンという現象のチェーンはガイア仮説で解説可能な物語になりますね?ガイアのキラー細胞が病原の位置をおおむね見つけて攻撃したけれどピンポイントとは行かなかった。逃げ出すバス代にも事欠くカラードが直撃される。ガイアが同情とか正義とかを理解しないとはラブロックも言っていた。

銃社会は持続する構造をつくらないことは自明じゃないでしょうか?なぜ人を殺してはいけないのかに対する答えとしては木村晋介さんたちの、「殺人が日常的に許容される社会は持続しない」という(たぶん)構造主義的な答えが一番優れている。

投稿者 つっかん [TypeKey Profile Page] : 2005年09月13日 15:00

PS.こういうときにカート・ヴォネガットJr.のコメントが聞きたいですね。
最後のフレーズに「意外にも」とありますが、今西錦司風におきるべくしておきたといいたい。ちょっと「宮台」がはいってイヤかな?

投稿者 つっかん [TypeKey Profile Page] : 2005年09月13日 15:33

>さらに階層化によって社会下層に釘付けにされた人々「地に呪われた者たち」にとって、略奪は「ブルジョワジーに収奪された財貨を奪還する革命的行為」として政治的に正当化することが可能であり、

・・・聞いたことがありませんな。(@∀@)
略奪ごときで「革命的行為」が成立するなら、そろそろニューオーリンズあたりで「革命政権」が成立してもいい頃ですが。


>アメリカでも左翼的な知識人はおそらく略奪に同情的なコメントを発しているはずである。

・・・そのような人が実在したら、またぜひご教授ください。

私には「略奪が発生するかどうか」と「市民的成熟」は別の問題であるように思えます。「市民的に成熟している」はずのわたしたちであろうとも(笑)、外界から孤立していて、救援が4日も5日も来なくて、食糧が尽きたときに「誰もいないコンビニやスーパー」が目の前にあれば、そこから食べ物を持ち出す(=略奪をする)ことは十分にありうると思いますが、どうでしょうか?

投稿者 九郎政宗 [TypeKey Profile Page] : 2005年09月18日 18:12

「地に呪われたる者」にその通りのセンテンスがあったかは思い出せませんが、あの本の主旨はまさにアルジェリアの民衆の(ネグリの言葉で言うならマルチチュードの)反逆の正当性を論じていたのですから、読んだことがあるような気がしますが…文字通りではないかも知れません。

ヴォネガットは「左翼」でも思想家でもないにしても、「さよく(嶋田雅彦のとは少し違うにしても)」だと私は評価している。ナチスの捕虜として連合軍の空襲にあったという体験はかれに確乎とした「国家」への視点を与えた。しんじつかれのコメントを聞きたい。

すくなくとも、すでに20年前、ワシントンDCでアナコスタ地区へ行ったら、人を見たら先ず撃て間違いだったらSoryといえばいい。というのが必ずしもジョークとはいえない実感だったと聞き及んでおります。NRAによって強制選択法で銃を待たされた市民の行き着くところは目に見えている。という気がするのです。
ヴォネガットがかつてとりあげた、夜光時計製造労働者の放射線被曝の記憶は消し去られようとしている。ビキニ環礁での被曝。そしていわゆる湾岸戦争症候群。

投稿者 つっかん [TypeKey Profile Page] : 2005年09月19日 22:27

PS.
訂正:アナコスタ→アナコスティア

よく言われることですが、日本は唯一の被曝国ではない。アメリカだって被曝国だ。ビキニ環礁で被曝した米兵のケロイドは日本のときより無残だった。記憶している人は多いでしょう。湾岸のときでもdeetのせいだとかごまかそうとしていたけれど、ああいう奇胎はどう見たってDepleted Uraniumのせいだ。夜光時計の被曝については、K.Vonnegut.Jr.が書いていた。

プルトニウムは肺がんを確実に惹き起こす。タバコタバコと騒ぐのはプルトニウムをマスクするため。と、私はかんぐっている。ついでに、今年は観測史上最大になったオゾンホールもフロンだけじゃない。超音速ジェット(旅客機だけじゃない戦闘機もだ)がNOXを出すのは周知の事実。そのうえ、武器や戦闘用の車、飛行機には排出基準があるはずもない。むかし「週末から」という雑誌がありました。なつかしい!
戦闘機に安全基準はないということをそこで気がついたっけ。

で、銃社会であるということは重要です。銃社会にすることが共和党にライフル協会から課せられた使命だし、肉食の推進もお抱え栄養学者によって進められてきた。MSA「援助」の推進のために、小麦の栄養価が米より高いとされた。蛋白組成なんか米のほうがいいんだとようやくこのごろ言ってもいいことになった。

問題はWASP、とくにPだね。ふじもりという小型トルヒーヨもPだ。合理的にひとりの判事を「誤射」して、先住民の異議申し立てを冷酷(冷静)に皆殺しにしたあの「大統領」。

ラテンアメリカについて書くと、レヴィ=ストロースで最も共感した、悲しき熱帯での「おなぐさみ」にたいする告発を思い出す。これをやったのはたぶんPではなくてKathoricだったろうけれど。マルケスやボルヘスに漂う死の香りはKのそれだ。

誤射といえば、こんどのイラクで「誤射」されたジャーナリストの数は異常に多かった。何人だっけ?
組には気の短い若いもんがいて、という文脈で「誤射」もあるでよぉ。といわれるのは怖いと思う。

トインビーは「しがみついて待て」と言う声を(夢の中で?)聞いたという。

ケビン・カーターの一枚の写真を見ながら
http://picturenet.co.za/photographers/kc/
しがみついて待つ。どれほどの肺活量を私たちは必要とするのか?

投稿者 つっかん [TypeKey Profile Page] : 2005年09月20日 17:24

コメントしてください

サイン・インを確認しました、 さん。コメントしてください。 (サイン・アウト)

(いままで、ここでコメントしたとがないときは、コメントを表示する前にこのウェブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)


情報を登録する?