WBC(World Baseball Classic)がたいへん興味深い展開になってきた。
もとはと言えば、人気に翳りの出てきたアメリカのメジャーリーグを興行的にてこ入れする「アメリカン・メジャーリーグはこんなに強いぞキャンペーン」として「アメリカが優勝することを勘定に入れて」企画されたものである。
メジャーリーグが勝つように、打てる手はすべて打ち、球審によるホームデシジョンの悪質なものを二つ犯した。
それでも二次リーグ敗退。
まことにアイロニカルな出来事であるが、私はこれを「アメリカの凋落」の決定的な徴候と見る。
国家の凋落というのは、政治的・経済的なパワーの際だった衰えより先に、その国の「スピリチュアルな威信」というか「何となく底知れず懐の深そうな余裕」というようなものが消失するというかたちで徴候化する。
アメリカは依然として世界に冠絶するスーパーパワーであり、その軍事力の前に世界の国は屈服を余儀なくされているけれど、その覇権に「心からの敬意」を抱いている人間はもうほとんどいない。
そして、しだいに「恐怖心」もリアルではなくなってきている。
「アメリカの弱さ」についての認識がいまゆっくりと(だが確実に)全世界的に共有されつつある。
前にも書いたことだけれど、1950-60年代のアメリカン・ポップスの黄金時代に、アメリカの男性ポップシンガーたちは実に良く「泣いた」。
金髪七三分けで、Vネックセーターに、チェックのボタンダウン。コットンパンツにスリップオンを履いて、にこにこ笑顔の男の子が「キミがそんなふうにイジワルすると、ぼく、泣いちゃうよ」とか「キミと一緒に町を歩いていると、みんな振り返るんだぜ、えへん」みたいな歌詞をメロウな声で歌っていた。
それがアメリカが世界最強国へ上り詰めようとテンションがぐいぐい高まっているときのサブカルチャーの表出の仕方であった。
そういうものなのである。
力がみなぎっているとき、人間は「弱さ」や「哀しさ」や「もののあはれ」に精神的なリソースを割くことができる。
男が泣けるのは、「男泣きする余裕がある」ときだけである。
逆に言えば、余裕がなくなったとき、人間は強面になる。
強気で出てくるのは、「負けるかもしれない・・・」という恐怖が、弱い酸のように内部を冒しはじめたときからである。
アメリカはいま「負ける余裕」を失っている。
たかが野球である。
野球くらい、気楽ににこにこプレイすればよろしいではないか。
もとはといえばアメリカがアジアや中南米世界に扶植したボールゲームである。
それがアメリカ以外の土地に根づいて豊かに開花したことを、起源の国として言祝げばよろしいではないか。
それが大人の余裕というものである。
だが、いまのアメリカにはそれができない。
何がなんでも勝たねばと躍起になる・・・というのはすでに「相当負けが込んでいる」人間のメンタリティである(麻雀をやっているとよくわかる)。
ボブ・デービットソンという恥ずべき「誤審」を犯した審判に対してアメリカの世論がどういうリアクションをしたのか私は知らない。
でも、もしこの審判の「愛国的」なふるまいを「フェアネス」という観点からきびしく問い詰めて、「参加国の前にわびるべきだ」という意見がアメリカの世論の中で支配的なものになるということがなければ、たぶんアメリカはもう「終わり」だろう。
超大国ができるだけ長い期間その尊厳を維持したいと望むなら、決して失ってはならないものがある。
「フェアネス」に対する配慮はその第一のものである。
力のあるものが実際にもフェアーであるとは限らない。
力があるものは蔭ではどんなことだってできるし、現にしているだろう。
けれども、それが表に見えてはいけない。
「ほんとうにフェアーである」必要はないが、「フェアーにふるまっているように見える」必要はある。
アメリカはいま国際政治でも貿易でも、そして野球のような「遊び」でさえ、「アンフェア」なことを平気でやるようになった。
「みばえなんて構ってはいられない」ということなのだろう。
「強さ」というのは、ささいなことで涙を流し、うつろいゆくものを惜しみ、おのれのわずかな不作法を恥じることのできる「余裕」のことである。
アメリカはそれを失った。
それはおそらく二度と回復されないだろう。
投稿者 uchida : 2006年03月19日 10:19
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トラックバック時刻: 2006年05月12日 01:35
いつも楽しませていただいています。
誤審については、米国内でも厳しく批判されていました。
各紙一斉に論調は同じで、開催国の恥とも。
今年のスーパーボウルで地元ひいきをした(と見られても仕方のないお粗末な判定を繰り返し下した、地元出身の)審判員を引き合いに出し、WBCは国際試合という状況なので開催国がフェアネスを提供できないようであればWBCの意味がない、という風でした。
WBCの開催についてですが、MLB自体、高額契約をしている選手に怪我をされては困るので開催(というか参加自体)をかなり渋っていました。
各メディアも疑問視していましたし、全体的に消極的な姿勢だったので開催されたこと自体、私には驚きでした。
この風潮は、スポーツ専門局のアンケートで視聴者のほぼ半分が「WBCに興味なし」の結果だったことにも表れていると思います。
外から見ると米国は必死になっていると映るのかもしれませんが、国内ではどうでしょう。
国力の低下は当然だと思います。
米国とは何か、米国人とは何か、わからない人ばかりで構成されているのですから。それを選択した国ですし、「強い国」にしがみついているのはほんの一部だけで、現在は自然の流れに乗っている感じです。
投稿者 asukab
: 2006年03月20日 09:01
このWBCについての先生の文章は、誤審への怒りからのホラ話、なのでしょうか?どの程度、まじめに受け取って良いのか分からないのですが、とにかく気になったことを書かせていただきます。
相手国のことを考える際の日米間での非対称については大抵の日本人なら認識しているものと思います。なのに、いまだにアメリカがらみの意見が述べらる時は、なぜそのことがすっと忘れられてしまうのでしょう?
先生がおっしゃられたように今回のことは、「たかが野球」のことでしかなく、さらには大半のアメリカ人にはたかがWBCのことでしかないはずです、もしWBCのことを知っていれば。僕はアメリカの田舎に住んでいますが、残念ながらこの辺りの人は野球にあまり関心がなく、ましてWBCのことなど全然興味がないようです。WBCへの関心の薄さは僕の住んでいる地方だけでなく、上の方もかかれているように、全米全体でのことだと思います。ですから、もし内田先生がアメリカに赴き、市井の人をつかまえて誤審のことを説明し、お前はどう思うかと訊かれたならば、皆一様にそれはひどいねと言うでしょうが、それで世論がどうこうということにはなりません。興味ないからです。アメリカからみれば、誤審は誤審であって、アメリカの凋落だとか余裕がどうこうとか言ってみても、「はぁ?たかが野球だぜ?」と言われるだけでしょう。
それなのに、なぜ日本においては誤審からこういう話が導き出されるのか?なぜ日本はいまだにアメリカの話になるとこうもムキなることがあるのか?誤審への怒りとはぜんぜん別の何かがあるのだろうなとは思いますが。
投稿者 stock&flow
: 2006年03月20日 14:39
前の方の意見にもある通り、「たかが野球」における一現象を「アメリカ国民性」にまで拡大解釈する論法は「ホラ話」かもしれませんが、野球に熱狂的な国々を自分から誘っておいていざ始まるとなると彼らの良心的な期待を思い切り幻滅させるようなアバウトさを実務面で続出させクレームしても「最初に合意してるだろ」と開き直る既得権益者というのはアメリカ人のステレオタイプのひとつといえ、「ブッシュ的」といえるかもしれません。
合衆国に居住した経験を持ちアメリカの良さ(日本のダメさ)を実感した日本人がそうでない日本人に「わかってもらえないなあ」と半永久的に思い続けるのは、「アメリカ人すべてが「ブッシュ的」であるはずがない」というすぐわかりそうなことが実際に住まないと本当に、本当に、本当に実感できない、しかし実際に住めばけっこうすぐにわかるという元も子もなさによるわけです。
「価値観のちがい」という一言で片付け切れない様々な具体的つみかさね、「なるほど、日本もそうすればよいのに」と思ってもその実現には相当なストレスと煩雑さが予想されるようなことがすでに当たり前のように実践され、現在議論されている問題に対しても比較的スピーディに指針が実行されていくという「思い切りのよさ」のようなものは日本にいるだけではリアリティを持ちにくい一面です。また、例えば無数のそのへんの地味なお金持ちの中年夫婦が、捨て子や貧乏人の子供の里親になり彼らにひじょうに豊かな教育をほどこして一人前にすることを「真の金持ちの条件」と考え当然のこととして実践していることなどは、米国にいると自分の社会的・経済的・倫理的無能さを思い知らされる感じになりますが、日本にいれば「よくやるよ、ご苦労さん」という程度のリアリティなのかもしれません。
そんな感じでこの手の違和感を解消したいなら「俺は知ってるぞ」的な立場からではなく、多少の思い込み・拡大解釈は許容し愚直に言論し続けるしかないと私は思います。
投稿者 New Boat People
: 2006年03月21日 00:15
New Boat Peopleさん
それは、アメリカの国内に向けての話で国外について異なるのではないでしょうか?WBCの例の審判についてアメリカ的な対応として、審判から外す位の事がすぐに出来ると思ったのですが、実際に今日も1塁の塁審のようです。まぁ、たかだか野球の話ですけど。
失敗を認められないようになってるんでは?というのが、趣旨だと私は思います。日本は思いっきり失敗を認められない国ですが、そこが違うアメリカに素晴らしさを感じていたのが、誤りだったと思うとガッカリ。
私は「日本はすべてだめだと思っているような在外日本人」(いまどきそういうタイプはほとんどいないでしょう)ではありませんが、「こういうところは非常にダメだな」と思うことのひとつは、直接関わっている人達の気持ちなど考慮に入れず「たかが野球」などと言っても注意されないような部外者のメンタリティがけっこう多数の意見として国民性にしみこんでいると感じることです(自分自身もまだまだ払拭できていないと思います、「」で区別したつもりでしたが言葉が足りなかったと思います、すみません)。
誤審の件については外野はいろいろいうことができますが、本来厳格にクレームすべきなのはプロ野球機構の偉い人達であり、彼らが「たかが野球」などと思っていないのなら、開封してもらえるかわからないような手紙をまわりくどく出すのではなく、代表5人くらいでアメリカに乗り込んで一室借りてコミッショナーに抗議すればデビットソン氏を謹慎させるくらいは容易だったと思う、のがアメリカ人的感覚ではないでしょうか、たぶん。日本人的感覚ではそれは「子供のけんかに親が口を出す」ように見えるのかもしれないが、では機構が「おとな」でチームは「こども」なのか?と問えばぜんぜん違うでしょう。
王監督をはじめとする選手団は、日本野球の歴史や彼ら自身の周囲から受けた恩恵に優勝で報いようと必死に戦ったのであり、大会の運営が二流だったとしても、出場辞退した選手がたくさんいたとしても、敗者復活したのだとしても、それを表現するのは今この機会しかなかったのであり、その精神性の価値は少しも割り引かれるものではなく、むしろより輝くのではないでしょうか?
そうした尊敬すべき精神性がもたらした結果に対して、「謙譲の美徳」「国家の品格」といったものを結びつけるのは何かさもしい感じがします。
投稿者 New Boat People
: 2006年03月21日 22:45
「小さな事でガタガタ言うな」という事でしょうか?しかし、日本では大きな事として扱われています。こんな事を大きく扱うメンタリティに問題があるという事でしょうか?
今回の失敗は明らかです。物事の大小でいえば、アメリカにとっては極小、日本にとっては「大」でしょう。それならば、「ごめんなさい。審判変えますね」で済む話ですが、そうはしなかった。なぜでしょう?
いちいち小さな問題で国外の人間のご機嫌なんて取る必要は無いと。そんな話でしょうか?「アイツ、クビ」と言えば、もっと簡単な話でした。それが出来ないから、「余裕が無いのかね?」という話です。会社が潰れそうで交通費も出せない会社の株は、大暴落だと思います。
上の書き込みは、大きな間違いで、私のアメリカに対する評価が妄想的に高い為に誤っているのかもしれません。偉そうにしているのでつい、偉いもんだと考えたのがそもそも誤りだったように感じました。これがイタリアで起きても「うーん、イタリアだったらしょうがない」なんて感覚かもしれません。不覚でした。
こんにちわ
個人的な妄想だったのか、日本人に広がる妄想だったのか?気になりましたので、はてなでアンケートを実施しました。その結果を記載します。
http://q.hatena.ne.jp/1143182186
http://q.hatena.ne.jp/1143124651
母数が違うので、グラフを見ていただきたいのですが、択一式の質問と複数回答の質問では、アメリカに対する信用に関して少し面白い傾向が取れたと思います。アメリカとロシアに対する疑念が高いことは、どちらも同じ結果ですが、択一式にした場合、アメリカのパーセンテージが上がっています。これは、「信用できない国は沢山あるけれど、一つ選ぶとすればアメリカ」という人が多いことを示している様に感じます。
「はてな」がどの程度偏った人々の集まりなのかを判断する材料がありませんが、結果は、それを差し引いてもある程度の妥当性はある差が現れたと思います。
凋落を考えると、今回の日本人の意識を考慮に入れず行われているWBC以外も含めた様々な対外的な行為の「余裕のなさ」がこの結果に現れていると思います。
同じ事をアメリカでやるとどんな結果が得られるか気になります。同じ結果であれば、「お互い信用なら無い」という整合性がとれますが、これが違った場合、「コミニケーションがとれていない」という考察が得られると思います。あちら側からは、「敗戦国の僻み」もしくは「そんな事、無関心」くらいの話なんでしょうか?
アンケートのとり方でさらに精度が得られる方法があれば、教えてください。試してみたいと思います。
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