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「今年最悪の二週間」もあとわずか。
疲労でぼちぼち足腰が立たなくなってきた。
月曜からレギュラーの授業と会議に加えて取材が4件、お稽古が二回、ゼミ面接35人、ラジオ出演が一回。
ああ、疲れた。
ゼミ面接がいちばん体力消耗した。
面接者トータル83人。一人10分平均として14時間。
次々とやってくるその全員と面談を行い、その知的リソースとポテンシャルについて査定するという作業は、はためには気楽に見えるかもしれないけれど(けらけら笑ってばかりいるから)、83人相手にそのつどの話題で「けらけら笑う」ためには、相手が変わるたびに83通りのモード変換を行っているのである。
マニュアルの車でワインディングロードを疾走しているとクラッチを踏む足とシフトする手が疲れるように、モード変換疲労というものがある。
でも、総文の二年生の30%ほどにまとめてインタビューしたので、本学の20歳の学生たちの「傾向と対策」についてはかなり潤沢な情報がゲットできた。
毎年、面接した学生については5段階評価で点数をつけている。
実際には5段階ではとても差別化できないので、5.00から1.00まで3桁の点数をつけるのである。
採点基準を明らかにすると、
私が重視するのは、「コミュニケーション感度」である。
こちらのモード変換にどれくらいすばやく反応するか、その反応速度でだいたい点数が決まる。
私の出す質問や脱線する無駄話の内容だけでなく、こちらの話し声のピッチやトーンや姿勢やテンションの変化といったシグナルを「どう読んだか」ということを見るのである。
コミュニケーション感度の向上を妨げる要因は、つねづね申し上げているように「こだわり・プライド・被害妄想」(@春日武彦)であるので、「こだわらない・よく笑う・いじけない」という構えを私は高く評価する。
これは別に私の趣味でやっていることではなくて、この構えは生物の個体としての「生存能力の高さ」に相関するからである。
私は限りある教育的リソースを彼女たちに一定期間集中的に投じるわけである。
そのために要求する条件がだから、「どんな状況もなんとか生き延びることのできる能力」であることはハインラインの『宇宙の戦士』の新兵の選別条件と変わらない。
新聞、雑誌、ラジオなどで問われたテーマははいずれも「現代の家庭、学校はどうして『こんなに』なってしまったのか?この先、どうやって日本社会を再建したらよろしいのか?」という問いにかかわるものであった。
原因についてはいくつか思い当たることもあり、ブログや本に書いてもいるが、どう対処すべきかについて私に妙案があるわけではない。
基本的な認識として私はこれらの日本を蝕む構造的な不調の原因は「平和ボケ」だと考えている。
戦後60年間の静穏な平和の中で日本人は「動物園の動物」のピットフォールにはまりこんだ。
それは「生き延びるためにどうすべきか」という生物にとってもっとも喫緊な問いを自らに向ける必要がない、というある意味では「ありがたい」状況が長期にわたって続くことがもたらした病である。
「明日も今日と同じように平和が続く」という条件を丸飲みにして、危険に対する緊張感を失った生物は「生き物」として脆弱になる。
これは避けがたい。
緊張感の欠如がもたらす脆弱さの端的な徴候は「視野狭窄」である。
言い方を換えれば「未知なるものに対する想像力」の欠如である。
自分自身の足下が崩れるようなシステム・クラッシュの可能性をつねに勘定に入れる習慣を失った生物は、パニックに際会したときに生き延びることができない。
「パニック」というのは、「手持ちの判断基準が使い物にならなくなる」という事態のことである。
何も判断基準がなくても、生物は生き延びるためには判断しなければならない。
この矛盾に耐える力をどう育成するか。
むずかしい宿題である。
とりあえず、ひとつだけわかっていることがある。
それはどんな場合でも、とりわけ危機的状況であればあるほど、「他者からの支援」をとりつける能力の有無が生き延びる可能性に深く関与するということである。
他者からの支援をとりつけるための最良のアプローチは何か?
たぶん、ほとんどのひとは驚かれるだろうけれど、それは「ディセンシー」である。
「強い個体」とは「礼儀正しい個体」である。
この理路は、わかる人にはわかるし、わからない人にはわからない。
投稿者 uchida : 2005年12月09日 20:53
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トラックバック時刻: 2005年12月22日 21:28
わどです。/やっぱり! 相当にお疲れなんじゃないかなって心配していたんです。どうでしょう、一週間の「禁ブログ宣言」をなさるっての。
少しずつ過去ログを遡って拝読させていただいてるかぎりで、更新は一週間に数回。すごい量産であり、ひとつの記事が日本に誇る深遠な思想に覆われていることを思えば、僭越ながら世代を超えて、他に追随を許さないお仕事をなさっていると受けとめております。ですから、なおさら先生の「お疲れ」は困るところです。おれが、といより、現代に生きようとする日本人が(笑)。
たとえば「この理路は、わかる人にはわかるし、わからない人にはわからない」とお書きですが、これって先生の「疲労」のシグナルではないか、なんて…。
もちろん、このお言葉なりに、強烈な痛みを受容しております。「危機的状況」下で無視されるのは、まず自分を置いてほかにないなと(でも今日まで生きてこれたのは、そうとは清算できないモノもあったのかな?)。
しかし、おれにキャッチできた先生のご印象は、第一に「排他」とは無関係な「開放性」でした。ブログに文章を開放することにも見られますが、先生と「排他」は本来的には無縁ではないのでしょうか(誤読かな?)。ですからこそ、最後の一文に「疲労」のシグナルを読めてしまうのです。「心配」の押付けって、あるのかな?(あるかも)。これがそれなら、ヒップホップで無視を。ピ-ス。
投稿者 誤読しらず
: 2005年12月10日 18:26
「こだわり・プライド・被害妄想」(@春日武彦)という引用。内田先生、この春日先生の言葉を先生なりになんの吟味もなしに引用したとは思えませんが、「こだわり」という言葉、これには多くの解釈がなされると思います。私はこの語を肯定的に「己の美学、もしくは美意識」と捉えます。内田先生は多分「融通の利かない頑なさ」「頑迷さ」とネガティブに捉えたのでしょうが。ネガティブにもポジティブにも解釈できる言葉を「@春日武彦」とだけ記してポーンと放り出される様は、10代の頃から文章を書くこととはどういうことか?と自分に問うてきた方にしては、多少粗雑な言葉の扱いをなされているな、との思いを抱きました。 「こだわり」=「美意識」は私個人的には、病的でない限り、自らの「精神・肉体」を瑞々しく保つためには必要なことと思います。何も老化を防ぐと言いたいのではありません。歳相応にヴィヴィッドな感性を保つために必要なものではないか、と私は思うのです。 ● 同様に、「プライド」と「よく笑う」とはいったいどのような対応関係にあるのでしょうか? この箇所粗雑ですね。 ま、先生のブログも本業の傍らの「余興」でしょうから、私のような「揚げ足取り」をするのは無粋で野暮なことかもしれませんが、内田先生の疲労が、この「生き延びる力」という文章に多少の瑕疵を生じさせているとお見受けした私としては、内田先生の疲労回復を切に願わざるをえません。
そもそも「こだわり」はネガティブな言葉ですね。
近年は「こだわりの味」など肯定的な文脈で使われますが、
誤用が多用されて慣用句となる例は多いので、
いずれこちらが主流の使用法になるのでしょうか。
春日先生の挙げられた3つの要因は、先生御自身の臨床経験に基づくものなのでしょうね。
此間、同志社女子で行われました内田先生のレヴィナスの発表に置きまして、緊張から口角を上げること能わなかったのですが、後に『時間と他者』を読み始めた結果、「意識とは、眠る能力のことである」という箇所に当たって、大いに笑いを禁じ得ませんでした。思うに先日の緊張は自分との対峙に置けるそれであって、後日の哄笑は「全く分からん」という潔いものでったような気も致します。
ずっと先生の発表を拝聴するまで、購入していた本と緊張関係が続いていたのですが、お蔭様で時間を掛けた長い付き合いが出来そうです。ありがとうございます。
投稿者 daiaku
: 2005年12月11日 22:20
>この理路は、わかる人にはわかるし、わからない人にはわからない。
この痛快なまとめにすっきりしました!
グローバルスタンダードな考えに染まってる人の中には、「こだわり・プライド」を強さと思い込んで「礼儀正しく振舞う」という戦略の有効性をほとんど評価しない人が多いですよね。
というかその「こだわり・プライド」を持っているせいで評価したがらない(笑)
仮にその人が「それを認めると自分の足元が揺らいでしまうような言説でも認められる知性」を持った人ならばこの理路にも理解を示せるでしょうが、それを認められないから「こだわり・プライド」と呼ぶわけで、強い思い込みを持った人がこの「わからなさのループ」から抜け出すのは難しいでしょうね。
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