『文藝春秋』からアンケートが来た。
この前は『次の総理はこの人』についてのアンケートだった。
その次は『憲法改正試案』(これは『諸君!』から)についてのアンケートだった。
今回は「中国の反日」特集だそうで、「小泉首相の靖国神社参拝を取りやめるべきか」についての三択(「取りやめるべきだ」「取りやめるべきでない」「どちらともいえない」)とその理由を400字以内で、というものである。
ご案内のとおり、私は小泉首相は靖国参拝を取りやめるべきだと考えている。
すでにここには繰り返し書いていることだが、その理由を改めて記す。
「隣国と正常で友好的な外交関係を維持することは重要な国策の一つである。
戦没者の慰霊も国民的統合のために重要な儀礼の一つである。
どちらが優先すべきかについての汎通的基準は存在しない。
複数のオプションのうちどれがもっとも多くの国益をもたらすかを比較考量して、そのつど定量的に判断すべきであり、ことの正否を一義的に決する審級は存在しない。
『靖国に参拝することによって得られる国益』が『それによって損なわれる国益』よりも大であることについての首相の説明に得心がいけば私は靖国参拝を支持する。
私が首相の参拝を支持しないのは、自らが下した重大な政治判断の適切性を有権者に説得する努力を示さないからである。
自らの政治判断の適切性を有権者に論理的に説明する意欲がない(あるいは能力がない)政治家を支持する習慣を私は持たない。」
私が政論家に向かってお願いしているのはいつも同じことである。
「どうか私を説得してください」
私は私を説得するためのことばを聴くためにはかなりの時間を割く用意がある。
だから、ここで首相の靖国参拝を支持するみなさんに改めてお訊きしたい。
「靖国参拝によって得られる国益」が「それによって損なわれる国益」よりも大であるというご判断の根拠をお示し願いたい。
私が問題にしているのは、小泉純一郎個人のエモーションの純良さやその憂国の至情ではない。
政治的効果という一点である。
政治家の仕事は国益の最大化である。
そのためにおのれの政治的信条や好悪を「かっこに入れる」ことができない人間には政治家としての適性はないと私は考えている。
そして、わが国がいま隣国から外交的に侮られているというのが事実だとすれば(事実だが)、その理由は、自衛隊の軍事力が脆弱だからでも、自衛隊と憲法九条の不整合が致命的なものだからでもない。
わが国の為政者がしばしば「国益以外のもの」を優先的に配慮していることを隣国の政治家たちが知っているからである。
と書いたあとに、アンケートを投函するついでにモスバでお昼ご飯を食べる。
私は重度の活字中毒であるので、モスバに行くにも本を持参する。
何かないかなと見回したら、私が「憲法第九条改正」についてアンケート回答を寄せた『諸君!』が目に付いたので、それを抱えてでかける。
モスバでロースカツバーガーが来るのを待つ間に読む。
読んでいるうちに考え込んでしまった。
みなさんは「ナショナリスト(民族主義者)」と「ショーヴィニスト(排外主義者)」の違いをご存じだろうか。
おそらく厳密な区別をされる方はあまりおられまい。
私は「ナショナリスト」であるが、「ショーヴィニスト」ではない。
私が読んだ限り『諸君!』の寄稿者の多くは「ショーヴィニスト」ではあるが、「ナショナリスト」ではないように思われた。
その違いは、ショーヴィニストは自国領の保全を求め、自国民の安全を求め、隣国からの敬意と畏怖を求めるあまり、自国領が侵害され、自国民が傷つけられ、隣国からの侮りを受けるときに、それを「喜ぶ」という倒錯に犯されている点にある。
先般、道頓堀に芝居を見に行ったとき、右翼の街宣車がやたら大音量を発して中国の反日デモを攻撃していた。
彼らはたいへん元気そうであった。
中国がろくでもない国であり、日本の主権を侵害するならず者国家であることが大使館に対するデモや投石で証明されたことはどうやら彼らに多くの生き甲斐を与えてくれたようであった。
もしそのデモに巻き込まれて日本人の死者が出ていたら、彼らはおそらくもっと「幸福そう」だったろう。
何度も書いたことだが、排外主義者のピットフォールは隣国を憎むあまり、その国の為政者が邪悪であり、国民が愚鈍であることを論証することを、自国の利益を護ることよりも優先させる傾向のうちにある。
そして、隣国の為政者の邪悪さと国民の愚鈍さの最も説得力のある例証は、彼の国が自国の領土を侵犯し、自国民の権益を損ない、自国民を死傷することである。
だからショーヴィニストたちは無意識のうちに「そういう事態」が到来することを望むようになる。
『諸君!』の寄稿者のひとりは韓国が竹島を北朝鮮に譲渡し、そこにテポドンの基地ができるという韓国のSFを紹介していた。
その弾むような筆致から、その空想が彼にとってはほとんど愉悦的な経験となっていることが知られた。
私はナショナリストではあるが、ショーヴィニストではない。
ふつう、ある国の国益は、隣国の為政者が邪悪で、国民が愚鈍である場合よりも、そうでない場合の方が確実に担保されるだろうと考えているからである。
その点で、ショーヴィストと(私のような)ナショナリストは、隣国の政治判断について、しばしば正反対の反応を示すことが起きる。
ショーヴィストはしばしば隣国政府が「愚策」を犯すことを喜び、ナショナリストは隣国政府が「賢明な政策」を選択することを喜ぶ。
私は隣国政府の政治判断の賢明さを考量するとき時、「その国が取りうるオプションのうちで」という限定条件をつねに加えることにしている。
例えば、中国が尖閣列島の領有権を放棄して、中国領海内にまで及ぶ海底資源についても「ぜんぶ日本に上げる」という政策を採った場合、それがわが国に大きな利益をもたらすことはまぎれもない事実である。
けれども、それが中国政府にとって「賢明な政策」であるとは考えにくい。
だから、そのようなオプションを中国政府が選択する可能性はゼロである。
選択する可能性がゼロである選択肢を中国政府に要求するのは時間の無駄である。
中国が取りうる可能性の範囲内で「わが国の利益を最大化する施策」は何か?ということに頭を使う方がはるかに効率的であるだろう。
しかし、ショーヴィニストは「国益の比較考量」というような散文的なプロセスにはあまり関心がない。
まったく関心がないと申し上げてもいいかも知れない。
いちばん大きな理由は、「相手国のとりうるオプティマル・オプションは何かについての比較考量」は「邪悪な隣国と正義のわが国の二項対立」に比べて知的負荷が大きいからである。
平たく言えばそういうことである。
いつの世でもナショナリストよりもショーヴィニストの方が元気である理由はもうひとつある。
他人が賢明であることから利益を得る人間と、他人が愚鈍であることから利益を得る人間では、あきらかに後者の方が利益を得る確率が(経験的には)高いからである。
「他人が愚鈍であることから利益を得る人間」は、その高収益体質を維持することを望む。
そして、できるだけ多くの人間ができるだけ愚鈍であるような社会制度を構築するために全力を尽くすようになるのである。
夢のポジティヴ・フィードバックだ。
投稿者 uchida : 2005年05月02日 11:22
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.tatsuru.com/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/964
このリストは、次のエントリーを参照しています: またアンケートが来た。:
» [ネット] 靖国参拝は否か from 言霊研究者の憂鬱
[http://blog.tatsuru.com:title=内田樹先生のブログ]を覗いたら、靖国のことについて書いてあった。小生はもちろん反対なのだが、その... [続きを読む]
トラックバック時刻: 2005年05月02日 11:58
» [雑記]靖国問題が少し分かった from はてなダイアリー始めました。
最近事件の多い日中、日韓の話の中で、いつも話題に上る靖国問題。僕自身、難しい問題なので敬遠していながらも、正直「そこまで他の国に言われる筋合いはないだろう」と思... [続きを読む]
トラックバック時刻: 2005年05月03日 02:51
» ちょっと政治的な話を from 哲学するサラリーマン
少し前になりますが、内田樹さん(神戸女学院大学教授)のブログに、小泉首相の靖国参拝の是非に関する記事が載っていました。内田さんは、小泉首相は靖国に参拝すべきで... [続きを読む]
トラックバック時刻: 2005年05月06日 00:19
» コード読みのオープンソース知らず from もろ式: 読書日記
弾さんのコード読みのコード知らずを読んで、強く共感するところがあった。以前スラド [続きを読む]
トラックバック時刻: 2005年05月14日 23:42
» 招待客はなぜ from 梟の森
2003年5月 また同じ質問を繰り返して悪いのだけど、経営者も事務員も、中国の招 [続きを読む]
トラックバック時刻: 2005年06月03日 12:57
» テレビが無いから分からないけど… from あぶログ
テレビが無いから分からないけど、 新聞やネットで、靖国問題が盛んに議論されている... [続きを読む]
トラックバック時刻: 2005年06月07日 08:28
» ゴチャゴチャと靖国 from ながら族:Nagarazoku:Nagara Tribune
相変わらずゴチャゴチャしてるね、靖国の問題。内政干渉だとか、個人的にとか色んな言... [続きを読む]
トラックバック時刻: 2005年06月08日 00:03
» チラシの裏にでも書いとけ from ダイソン球建造中!
政治ネタはPVが増えるらしい。こんなに関心が高いなら、何故投票率はかくも低いのか。まあ一部が騒いでるだけなのかもしれない。
憂国な人々のブログを見ていると皆さ... [続きを読む]
トラックバック時刻: 2005年06月19日 22:09
» ■中国人の友達との徹底討論(その1)靖国問題・東京裁判 from ■グロービス堀義人ブログ
中国の友達が初来日した。この友達とは、ダボス会議で出会って、日本と中国のヤングリ [続きを読む]
トラックバック時刻: 2005年08月17日 03:00
» ■終戦記念日に靖国神社への参拝を考える from ■グロービス堀義人ブログ
~このコラムは、「中国人の友達との徹底討論その1)と2)」に対して、靖国神社への [続きを読む]
トラックバック時刻: 2005年08月17日 03:00
» phentermine from phentermine
宸騁皙宸銘〓宸〓磊宸〓瞿尢蚯〓宸〓碚宸諫茸宸簽磬宸〓磊宦〓 [続きを読む]
トラックバック時刻: 2006年10月26日 08:19
コメントさせていただきます。靖国問題につきましては思うところがございます。単純に申しまして、今回のエントリーではお考えの前提が違うのではないかと愚考いたします。それは靖国問題を「戦没者の慰霊」という効用の点で述べられている点です。そう考える向きの方もいらっしゃるでしょうが、靖国神社は一宗教法人に過ぎません。あれは現在制度的に国家祭祀にはなっておりませんし、そうしたいと思う方がおられようがどうしようが法的には何の強制力も持たない一神社です。
私は『靖国に参拝することによって得られる国益』を国家統合の側面で見るのは違うのではないかと思います。そこに国益があるとすれば、それはあくまで個人の内面の自由・信教の自由の原則を通そうとする原則論の側面にあると考えます。
小泉首相にいかなる思惑があるか、それは結局のところわかりません。それゆえ小泉氏が靖国の国家護持などを言い出さない限り、彼の靖国参拝は信教の自由の枠で語るべきことと信じます。
靖国は一宗教法人であり公共のものではありません。宗教に対する国家の介入をこそ私は危惧します。靖国がかつて愛国のために機能していたとしても、現在はシステムとしてそうではないのです。もしそれをすすめようとする人がいれば「違憲」という大きなハードルを越えなければなりません。
他国の一宗教法人に対し、近隣諸国が内容に容喙しようとする(たとえば祭神に文句をつける)ならば私は反対すべきかと思います。私自身は(個人的な関わりがないので)靖国は崇敬しておりません。政府が制度的に国家神道を復活させようとするなら私は真っ先に反対しますが、単に為政者の一部が崇敬し参拝するからといってそれを問題視することは下策だと考えます。
私は「隣国と正常で友好的な外交関係を維持すること」よりも(極端に言えば)国内の「信教・信条の自由」を守ることを優先して考えるべきと思っております。
畢竟国益は国民の益でありましょう。私が思う国民の益はここでは「内面の自由」が最も大きいのです。
誤解があるならばそれを解く努力は厭うべきではありません。もしかしたら(あるいはおそらく)私の考えるところと小泉氏の考えるところは異なるでしょう。ですが、私はおっしゃるナショナリストとして政府が対外的配慮で原則を曲げて動くことには反対なのです。現時点では隣国の説得こそ至難の業かもしれませんが、日本としてまず為すべきは、靖国神社は墓所ではなく遺骨も位牌もないこと、そしてそれは戦死者を神として祀る一宗教法人の信仰であること(国家は関与していないということ)を説明することかと思います。
長々と失礼いたしました。私もこんなに早く再度コメントいたそうとは思いもよりませんでしたが、たまたまめぐり合わせで…。多少なりとも異見として御参考にしていただければ幸いです。
投稿者 uumin3
: 2005年05月02日 23:35
>uumin3さん
少々議論が混乱している印象を受けましたので、整頓させて下さい。
別にあなたの考え方を否定しようと言うつもりはありませんので、
そこのところはご了承いただけますよう、お願いします。
まず、あなたが「考えの前提が違う」とおっしゃっている点ですが、
内田先生のエントリーの趣旨は、「標榜する国益がなんであて、それについて他人を説得しない、できない者は支持しない」ということなので、
何を国益と捉えるかについては、今回の「考えの前提」となっていないのです。
ここのところはご理解をいただけると思います。
ですから、「uumin3さんが何を国益と考えるか」についてのみ書かれた上記のコメントは、
エントリーの内容をちゃんと読んでいないような印象を読む人に与えてしまうのだと思います。
また、エントリー中の
「隣国と正常で友好的な外交関係を維持することは重要な国策の一つである。
戦没者の慰霊も国民的統合のために重要な儀礼の一つである。」
の部分も、先生がこの2つのみを靖国参拝に関わる国益を考えていると読むよりは、
肯定派否定派双方の考える代表的な国益を例示的に挙げたものと読む方が自然だと私は思いますよ。
以上、参考にしてください。
重ねて申し上げますが、あなたの考え方の当否を述べているわけではありません。
※多くの方にとっては、当たり前のことの確認に過ぎない退屈なコメントを書き込んでしまい、申し訳ありませんでした。
「そうだったのか!」
靖国参拝→反日感情UP→反日デモ→当局による抑圧→沈静→靖国参拝→反日
感情UP→反日デモ→当局による抑圧→内圧の上昇→(日本の諜報機関の暗躍)
→第2天安門事件→共産党一党独裁体制の崩壊→「小さな中国」の群雄割拠→
(内乱に告ぐ内乱の〔たまに他国に飛び火して〕4半世紀)→「大儒教経済圏」
の確立
おお、まさに百年の大計!小泉首相もやるもんだ。これがあと10年後だった
ら半日教育を受けた若者が中国の中核を担ってるからマジで戦争になりかねな
い。まさに今、やるしかないわけです。
で、そう考えると「何で常任理事国になりたいの?」と言う疑問も氷解します
な。「小さな中国」の内政に口を挟むにゃあ理事国になっとく必要もある。
うーん、完璧。 完璧な妄想。
投稿者 mamodolian
: 2005年05月03日 17:53
サイン・インを確認しました、 さん。コメントしてください。 (サイン・アウト)
(いままで、ここでコメントしたとがないときは、コメントを表示する前にこのウェブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)