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9月23日
三砂先生から送って頂いた『オニババ化する女たち』を読む。
「オニババ」を三砂先生は次のように定義する。
「社会のなかで適切な役割を与えられない独身の更年期女性が、山に籠もるしかなくなり、オニババとなり、ときおり『エネルギー』の行き場を求めて、若い男を襲うしかない、という話だったと私はとらえています。
この『エネルギー』は、性と生殖に関わるエネルギーでしょう。女性のからだには、次の世代を準備する仕組みがあります。ですから、それを抑えつけて使わないようにしていると、その弊害があちこちに出てくるのではないでしょうか。」(3-4頁)
すごいな、三砂先生は。
ひとことでいえば(ひとことで言うのは失礼だけれど)、三砂先生の主張は、「はやくセックスしなさい」「誰でもいいから結婚しちゃいなさい」「とりあえず子どもうんじゃいなさい」ということになる。
こ、これはすごい。
「大人になると何が楽しいかといえば、昔は『セックスができる』ということにつきたわけです。」(211頁)
「つきたわけです」と言い切ってしまうところがすごいです。
「めかけのすすめ」とか「卵子の気持ち」とか「子宮を空き家にしてはいけない」とか、もう縦横無尽。
「負け犬」論争にも言及して、三砂先生はあそこで「負け犬」を自称している女性たちは社会的には「強者」であると看破している。
「今までずっと優秀で来て、勉強も仕事も見事にこなしてきたけれど、ふと気づくと結婚していなくて、キャリアウーマンになってしまっているので、あえて『負け犬』と自称しているという感じですよね。そしてそれはごく少数の、インテリ層の人たちの目に映っているような『エリート女性』の話で、ごくふつうの女性の話ではないと思います。」(139頁)
なるほど。
「負け犬」諸君も内心では「ちょっと条件を緩和すれば、結婚することなんて簡単なんだけど、なんか、安売りしたくないのよね」と思っているわけか。
マインドセットを切り替えさえすれば、いつでも「負け犬」状態はリセット可能であると思っているからこそ、にこやかに「負け犬なんですう。きゃいん♡」と言っておられるわけである。
三砂先生が問題にしているのは、そういう余裕のある方々ではなく、本格的な性的弱者である。
「放っておいたら、自分で相手もみつけられないような人たちのほうが、本当は数がおおいのだと思います。弱者という言い方をすると非常に語弊があるのですが、メスとして強くない人、エネルギーがそんなにない人たちのほうが本当は多いのではないでしょうか。」(139頁)
女性性を開花させる機会を逸したまま「オニババ化」するこのタイプの女性たちがもたらす社会的害悪をどのように最小化するか。三砂先生はそのように問題を立てる。
だから、「いいから、結婚しちゃいなさい。男なんて、まあ、どれも似たようなもんなんだから」とむりやり所帯を持たせた方がよろしい、というのが三砂先生のご意見である。
こういう考え方はフェミニストからは「女性の自立と自己決定を損なう父権制イデオロギー」として猛然と批判されてきたわけだけれど、少なくても「女として生きろ」というメッセージは発信してきた。
しかし、いまの女性たちには「女として生きろ」というようなはっきりした指針はもう誰からも示されない。
「好きにしていいのよ」
「そうそう、結婚なんかしなくていい。ずっと家にいればいいじゃないか」
「結婚なんかしても、いいことなんか、なんにもないんだから、ね、お母さんを見てるとわかるでしょ?」
「…」
という仲が悪いわりには妙に物わかりが良い親たちの囲い込みの中で、若い女性たちは組織的に「女として生きる」機会そのものを奪われている。
ここで「女として生きる」というのは、エロス的な活動を中心にして生きるということである。
エロス的活動というのはセックスや結婚には限られない。育児だってそうだし、親密圏の構築だってそうだ。
どのようなものであれ、「世代間で、何かたいせつなものを受け渡す」場に当事者としてかかわっているときに、人間は自分の中に「軸」や「芯」が通るのを感じる。
時空を超えて、長いリンクにひとつの環として自分はいま連接しているという実感を覚える。
もちろん経済活動だって、コミュニケーションの一種であり、私たちはたしかにそこで「他者とつながっている」という感覚をもつことができる。
というより、「他者とつながりたい」がために人類は貨幣を発明し、株式を発明し、マーケットを発明したのである。
しかし、経済活動だけではやはり人間の「他者とつながっていたい」という根本的な飢えを満たすには足りない。
ご存じのとおり、レヴィ=ストロースは「他者とのつながり」に三つの水準を設定した。
財貨サービスの交換、メッセージの交換、そして「女の交換」である。
経済活動、言語運用、親族制度。
この三つの水準で交換がバランスよく果たされているときに、人間は自分を「人間らしい」と感じることができる。
というか、人間の定義そのものが「この三つのレベルで交換を行うことに愉悦を感じる動物」というものなのである。
レヴィ=ストロースによれば、「男は『他の男が娘または姉妹として所有していた女』を受け取った反対給付として、自分の娘または姉妹を他の男に提供しなければならない」というのが「女の交換」の基本原理である。
フェミニストがどうして「男の交換」ではなくて「女の交換」なのか、それこそ男性中心主義的発想であるとさんざん批判したけれど、そんなこといわれても困る。
だって、「男の交換」では親族は形成されないからである。
「男の交換」とは「奴隷の交換」であり「労働力の交換」であり、所詮は経済活動である。
男はリプロダクションのリソースではないからだ。
当然でしょ?
次世代を再生産するためには、相当規模の社会集団でも、男は「種オス」が一人いれば足りる。
男の交換価値は「奴隷」としてのそれに限定されており、男には人類学的な意味での性的価値はないのである。
だから男なんかいくら交換しても親族は形成されない。
「女として生きる」というのは、この人間的コミュニケーションの場で、自分を「財貨・サービスの提供者」としてよりむしろ「親族形成の主体」として立ち上げるということである。
おっと堅い話になってしまった。これは明日三砂先生との対談でお話するとして、あとひとつだけ、大笑いしたところを引用。
「身の回りでよく見ることですが。たとえば看護婦として病院で働いている女性で、三十代半ばでとても綺麗で独身で、という人は、だいたい医者のそういう相手がいます。『いつかは君と一緒になるから』って言われていますけど、『なんないよっ』って言いたくなります。」(214頁)
とにかく抱腹絶倒の目ウロコ本であるので、若い学生諸君はただちに書店で購入するように。
それからフェミニストのみなさんからの熱い反論をお待ちしています。
投稿者 uchida : 2004年09月24日 10:27
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このリストは、次のエントリーを参照しています: 『オニババ化する女たち』:
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まだ読みかけなんだけれども、話題になっているようなので、大急ぎで。
最初に目にしたのはこちらのブログ。
内田樹の研究室
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『オニババ化する女たち』
オニババ本に対する内田樹氏のコメント [続きを読む]
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かなり出遅れた感があるが、話題になった『オニババ化する女たち』を読んでみた。 タイトルはナンだが(このタイトルでは、本当に届けたいであろう出産適齢期の女性に... [続きを読む]
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ハイエンド画像安定装置モデル誕生!CRX-9000 画像安定装置デジタルビデオエディター(ダビング) [続きを読む]
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オニババ化する女たち 女性の身体性を取り戻す三砂 ちづる おすすめ平均 確信犯?オニババはひどいが・・・ある意味驚き男の人は読んでも、読まなくてもどっちでもイイ... [続きを読む]
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トラックバック時刻: 2006年03月24日 00:30
男は元来弱いものである。よって強く強くと昔は育てたのに、現代はやさしくなどと育てたので、4人に一人しか女が魅力を感じる男は育っていない。女が結婚したくないのも当然。と野口先生は書いておられました。
相手を交換する場合ですが、双方の了解もしくは女の意見を尊重すべきでは?
男は若い女ならだれでもいい?と言う人が多いと認識しています。
女は一部の変人を除いてほとんどの場合選びます。
いまは
聖書と逆ではじめに女ありき(生殖作用ができる生物と言う意味)同様な生命体では、命の戦いで壊滅的打撃をうけたため、遺伝子を複雑化して強くなるために生殖状況を別につまり男を生み出したことになっています。
生物的には女の形体が絶対強いのだそうですね。産むほうが弱くては、生命の連鎖が断ち切れる可能性が大」である。
私は、女の中ではで弱いほうだそうです。でも一番強い男よりは強いそうですよ。
投稿者 komoizoorakarasu : 2004年09月24日 10:59
三砂先生の『オニババ化する女たち』を拝読しました。
「放っておいたら、自分で相手もみつけられないような人たちのほうが、本当は数がおおい~・・・」って納得です。
私はその中の代表選手でもあります(ぐすん)。
酒井順子さんの本を読んでいると、同じ負け犬とはいえ、私との間に壁が何枚もあるなーといつも思っていました。
カメラに例えると「フラッグシップ機」と「レンズ付きフィルム」くらいの差でしょうか・・・
でもでもー撮影者によっては、レンズ付きフィルムでもフラッグシップ機より上手く撮ることができるかもしれない・・・
レンズ付きフィルムに属する私でも頑張れば何とかなるかも???
・・・と先生に救いを求めるのでした(^^ゞ
投稿者 ととろん : 2004年09月24日 13:43
負け犬という言葉をずいぶん前から知ってましたが、どうして結婚しないだけでそうなるのか ずっと疑問でした。
今日読んで、理解できました。母親じゃないと知れない文化、そしてそれを継げないのは 負け犬ですね。継げないというか、継がない状況に選択をしてる事が、負け犬ですね。
でも本当の意味の負け犬を知らない人が多いと思います。
ちょっと違う意味で、負け犬と思ってる人が多い気がします。だから、いちいち結婚してる人をひがむのでしょう。見てて疲れます。
看護婦さんの「そういう人」が多いのはびっくりしましたが、そういう人がいる人 そして そういう人について、いつか書いてください。よろしくお願いします。
投稿者 なかじょう : 2004年09月24日 13:46
「ほうっておくと自分で相手を見つけられそうにない人」は男女問わず存在するはずですが(私がいる、私が。だから少なくとも一人はいる)、「性的に魅力がなく、もてない男」に関して声を上げている人はあんまり見かけません。日本の場合、配偶者を持ったことが一度もない男は、社会的にあまり害のない存在になるケースが多い気がします。出世に響いて影響力をもてないとか、一人の世界で完結して人畜無害とか。男には負け犬遊びの余裕がないのかな?
それは別として、なんとなく、内田先生のレヴィ=ストロースの言及の後ろにレヴィナスが見えるように見えて、興味深いです。「負け犬」論も面白いですが、こちらの話がぜひ聞きたいというか。
投稿者 山木 良祐 : 2004年09月24日 15:00
母親の世代が結婚生活をいいものだと思わなかったのは、相手の父親の結婚生活に対する自覚が足りなかったせいもあるのではないでしょうか。結婚生活のモデルはなんといっても両親だと思います。まあまあ幸せな結婚生活をしている両親を見て育った娘は適当な年齢が来たら本能に従って結婚しようと思うと思いますが、仲の良くない、ストレスのある家庭に育った娘は結婚に躊躇してしまいます。
(反面教師という場合もありますが。)
男性が経済活動にそのエネルギーの多くを使い(社会システムがそうなっている)、ともに
家庭を築くという面で配慮が足りない(特に若い頃)ので、女性は結婚しても苦労が多い。
また、「男なんてどれもどれも似たようなものだから」なんて教えてもらえない。
結局、まあまあの夫婦仲の両親のもとに育つか、とんでもなく夫婦仲の悪い家庭に育つか、若さ故血迷って情熱に浮かされて突っ走るか(これは性的強者)、素直に両親のいうことを聞ける弱い自我の持ち主であるかしか、結婚に至る道はないのではと思うのです。
ところで、非婚で更年期を迎えてしまって、オニババ目前という世代はどうしたらいいのでしょうか。保育や拡大親族の形成を援助するボランティアでもすればいいのでしょうか。
投稿者 hoshizora : 2004年09月24日 16:26
ウチダ先生、はじめまして。
さっそく本屋で立ち読みしてきました。この本を書かれた方はブラジルに10年近く住んでおられたというのを知って、はたとひざをうちました(じっさいには打ってません、本屋でしたから)。
あの、ラテンの国ではオトコも女も必死でパートナーを探します。小さいころからその訓練をします。それは恥ずかしいことではないのです。日本ではそういうことをあまり教えませんよね。必死でパートナーを見つけてセックスする、家族を作る、おろそかにすべきことではない、ということを言っていると私は解釈しました。
もちろんそのためには、こどもを持った時点で、自分のキャリアを追及するのをあきらめざるをえないような社会のあり方を考え直すべきだ、ということもちゃんと発言されてます。
面白い本だと思いました。参考書に入ってた赤松啓介の本も多くの人に読んでもらいたいです。
投稿者 まりあ : 2004年09月24日 19:34
暴論です。
今の日本で一番sexしたがっているのはteenagerなんだから、どんどんさせれば良い。 妊娠したら生めばよい。 育児は、エネルギー有り余る、松田聖子世代の40歳代ママにお任せすればよい。 あわよくば、40歳ママも「久しぶりの育児って楽しい・・・私も妊娠しちゃおうかな・・・?」なんて、相乗効果も期待できるかも。 少子化解決。
別に保守的な家族像を脅迫的に押し付けなくても良い。 新しい生命の存在は、理屈ぬきでいろいろなことを当事者に考えさせるものだ(通常は)。 よってたかって、皆で育児したらいいやん・・・。
投稿者 chikako : 2004年09月24日 19:57
結婚・出産・育児をひととおり通過した40代半ばです。オニババ化しているか? 部分的にはたぶんしております。
「どれも似たようなもん」男と結婚して,性的エネルギーが昇華できるか? 育児をすれば「母親だけが知りうる文化」を継承できるか?
答えはnoです,経験上。
オニババ化するかどうかは,「子宮」「生殖」とは別の,「毎日の,ささやかな」次元で決まっていくようです。村上春樹氏のお言葉を借りれば,「小確幸」の持ち合わせ,と言えばいいかしら。
これから結婚なさる方へー
「どれも似たようなもん」と感じられるうちは結婚しない方がよろしいと思います。それって「結婚してもしなくても,どっちもどっち」ってことです。そのうち「どの家庭にも似たような」失望感が訪れる危険性大です。「どれも似たようなもん」という悟りは,金婚式が過ぎてからのセリフでは。
ともかく「母でいること」「母になること」に,格別の重要性をおくことが不思議でしょうがないです。ひとりの母親として。「母親」って,一人の人間の一部にしか過ぎないのに。
投稿者 ぶるがりあん : 2004年09月25日 14:56
隠された真実の話 投稿者:森田裕之
私の家の近所20軒くらいの中で、子ずれの出戻り娘の居る家が5軒もあります、私がPTA会長だった当時の小学生が、子供を自分の両親に任せて、颯爽とお勤めに出かけています。
両親は孫の世話を生き生きとやっている様子が垣間見えます、妻の話ではeverybody looks happyだそうです。
さてそんなときに、「オニババ化する女たちー女性の身体性を取り戻す」三砂ちづる著、を読みました。
内容は、私が昔からそうじゃないかなと考えていた事ですから、あまり驚きませんでしたが、世の中はこの先生の言っていることより進んでいて、女の子を持つ両親は、子供に対して「結婚して、子供を作ってから、かえっていらっしゃい」と、密かに語っているのです。
投稿者 森田裕之 : 2004年09月26日 09:22
こんにちは 3月頃からロムしております。
たまに「いいトシをして独身」の男性の性犯罪のニュースがあると私は「これが50年前の日本の農村で、ムラの中にそういう男がブラついていたら、親戚縁者一同あつまって、適当な嫁さんを見つけて所帯をもたせて『落ち着かせる』ことをして(犯罪は未然に防げていた)かもしれない」と、思うことがあります。結婚は社会安定装置で、「恋愛→結婚」の一般化は近年のことだろうし。
だからといって「未婚の男性=犯罪者予備軍」と云うものではなかろうと思うので(それを云うなら生きてる人は誰でも予備軍)、「オニババ」というのもきっとそういう直裁の意味ではないのだろうと予想しますが、なんだか「すさまじきもの」という語感がひしひしと伝わってきます。図書館で注文しようと思います。
しかし「男はどれも似たようなもの」というのは暴論かと。また、養育里親さん(養子縁組を目的とせず子供を育てる制度)の友達がいるので、「育てよ」はともかく「産めよ」に拘る必要はどうかとも。
投稿者 k : 2004年09月27日 10:49
なんでこんなに独身であることに過剰に意味が求められるのかが、私にはわかりません。オニババですか。ふーん。
そういう意味付けをされること/することの鬱陶しさからの逃走の手段として、「負け犬」という表現が開発されたのに、また引き戻しちゃうんですね。
メスとして弱い個体は、子孫を残さず淘汰されていくんですから、結構なことじゃないですか。私は正々堂々とオニババになるつもりです。ひがみたくなろうと、性的エネルギーが昇華されまいと、自分でしりぬぐいをする覚悟はありますので。
また、ぶるがりあんさんの「『母親』って、一人の人間の一部にしか過ぎないのに」という意見が深くしみいりました。私は母ではなく、メスとして弱い単なる独身女ですので、経験的にはわかりえませんが、そういうふうにサラっと言えてしまう人ってステキだと思いました。
投稿者 ダメメス : 2004年09月27日 17:48
うーん、そういう社会的な位置づけとか主観的な意味づけとか「負け犬」と呼ぶか呼ばないかとか、そういうレベルの話じゃなくてさー、
ぶっちゃけ、
2ヶ月セックスしないと生理痛が重くなるじゃないですか? はっきりと化粧ノリは悪くなるじゃないですか?
で、20代後半から、生理痛より排卵痛の方が不快な鈍痛が続くようになって、「あぁ、これってバイオロジカル・アラームってやつ? 卵子が残り半分になりました、ってこと?」とか思うわけですよ。
年上の友人から、怖い話も聞くわけですよ。40歳になったばかりの人なんだけど、原因不明のダルさ・むくみ・眠気が続くから医者に行ったら、「申し上げにくいですが、若年性更年期障害です」と言われたとか。しかも、若年性更年期は、ふつーの更年期よりキツくて長い、と知って、彼女は「子宮の逆襲なのね」と思ったそうです。
「とにかく、生んどけ。忙しくても貧乏でも未婚でもいいから、生んどけ。セックスだけじゃダメなのよ。ついてる器官は使わなアカン。後で身体に来るんやで」と、切々と説教されました。
人生の意味とか、自分の覚悟とか以前に、身体に良くなさそうだなー、と、そういう話かと思います。
身体に悪いってことは、やっぱ、心にもあまりよろしくないんじゃないでしょうか。
すみません、内田先生、アケスケな話を書いてしまって。
投稿者 natsumi : 2004年09月27日 20:41
40代・子持ちから,再度(主に独身の方に)申し上げたき儀がございます。
「子宮」は逆襲してきません。「淋しい気持ち」が時折襲ってくることはあるかもしれませんが,これは結婚してても同じことです。
「ついてる器官は使わなアカン」?
ついてる器官は「大事に」使ってください。後で身体にも精神にも「良からぬこと」が来ないために。
なお,子供を持つ理由として「ついてる器官は使わなアカン」は,あまりにも即物的・近視眼的です。「子供を産んでみたら,肉体的に成熟・安定したの」という結果論ならわかりますが。
私はフェミニストでも何でもなく,フェミニストが書いた「好戦的な本」は読むに耐えないと思っているひとりですが,「結婚」や「出産」経験でいろんなことがめでたく解決できる,という奨励作戦には,正直たまげました。いつの時代の話やら,と。そんなに簡単に解決するなら,とっくに女性の各種悩みなんか消滅してるはずです。
そんなわけで,私も同世代の多くの母親たちと同様,自分の娘に「結婚せよ,産めよ」と進言する気は全くありません。娘には「自分の判断力で生きていけ」というだけです。
投稿者 ぶるがりあん : 2004年09月27日 22:28
natsumiさんってサイテー!!
本当キモイ。
投稿者 emi : 2004年09月27日 23:36
三砂ちずるさんの本を買いました。
内田樹さんの日記を読んで、買ったのですが・・・。とても良かったです。
正直、わたしは いままで出産が怖くて自分が産むっていうイメージができなかったんですけど、出産の事それからそれ以外にも、女の体について とても詳しく書いていましたので、読んでとてもよかったと思いました。
まだどんな生き方になるかわかりませんが、女である事、日本の残ってる文化について本当に知らなかったことが一気に知れて嬉しかったです。まだ産んだことありませんが、産むことについてもっと勉強しようと思いました。
母子保健も、これこそ母子保健だと思いました。少子化対策とか市町村や国レベルで盛んですが、この本も読んでその上で対策も進めてほしいと思いました。
性教育というものも、考えさせられました
三砂ちづるさんはもっと別のことを、言いたかったんだと思いますが、ブラジルの話がとても私には実感して あと日本の文化だということも 知るすべが今までなかったので、この本と出会ってよかったと思いました。
投稿者 なかじょう : 2004年09月28日 00:40
「オニババ化・・・」の各種書評を読む限りでは、「女の幸せはやっぱり子どもを産むことよ~」との、昔ながらの言説の焼き直しにも聞こえるのですが、内田先生がお勧めということは、一味違うに違いないと期待してます。現在日本の本は入手しにくい状況にありますが、ぜひ読んでみようと思います。
ところで私は、日本では、子どもを溺愛する母親が、子どもを(精神的に)喰らって駄目にしてしまう問題の方が大きいのかと思ってました。オールドミスのオニババ化もさることながら、三砂さんが、結婚制度にはまって鬼子母神化する女の問題にも処方箋を示されたのか、興味があります。
結婚してようとしてまいと、子どもがいようといまいと、結局女はオニババになるのかなとふと思いました。
ところで、「安達原」の鬼婆は、もともと周辺部でひっそり商売していた娼婦なんじゃないかという説があると聞きました。「舌切雀」にも、類似の解釈がある(あの雀は遊郭から追われた娼婦である)とも。最近出た、「ふくろう」という映画(まだみていませんが)もある意味似たような舞台設定ではなかったでしょうか。興味深いです。
投稿者 モンブラン : 2004年10月01日 02:10
書店で手に取りましたが、面白そうだが信用できない本だと思って買いませんでした。読んでないのでナンですが、うちの夫を見る限り、男にも「生理」によるヒステリー期間ってありますよ。それに独身男で独り身がたたって犯罪者になる奴も多いのに、なんで女ばっかり「オニババ」なの?
投稿者 ぽん : 2004年10月16日 23:43
遅まきながら昨日読みました。科学者の本とは思えません。思い込みしか書かれていないではないですか。私が編集なら違う対象に違う形で売りに出します。1つだけどうしても許せないのは、「読者をバカにすんな!」です。女は自分の身体に、そしてそれとつながっている心に(つまり動物としての自然性に)そんなに無頓着ではありません。負け犬は気づきつつ、多分努力もしてみたけど負け犬になってしまったわけで、「ホントは社会にいられないはずなんだけど、生き延びちゃってるのでちょっと居場所作ってもいい?」と言ってるだけです。生きてることの切なさや繊細さがわからないこんな神経の人が新書を出す野はおかしい。ばんばん!!
投稿者 さんちゃん : 2004年10月20日 18:07
好意的な読者の方には申し訳ないのですが…
何度読んでも,上記の「さんちゃん」のご意見に賛成です。
「たいした仕事もしてない」とおっしゃる方は,「たいした仕事をしてない」方々に日々支えられているのをお忘れではないですか。
映画館の切符のもぎり,電車のホームの清掃,著者の方には「たいした仕事でない」のかもしれませんが,「みんながそれぞれの役割」をもっているのです。
それとも「たいした仕事をしてない男」にも仕事を辞めて結婚しろ,と主張なさるのでしょうか。
一万歩譲って,「男と女の仲はつまるところそれしかない」という著者の意見に一理あったとしましょう(私はそうは思いませんが)。それでも,著者の労働に関する考え方には賛同できかねます。
こういう方を教授になさっている女子大は,これまで女性の行き方を真摯に考えてきた先人に対して「しめしがつかない」と思われないのでしょうか。私がこの女子大の卒業生なら,とても不快感を覚え,娘の受験校からは真っ先にはずします。フェミニズム以前の,人品の問題ですね。
投稿者 ぶるがりあん : 2004年10月21日 00:07
はじめまして。
オニババは生物性を無視してしまった人かなと。
(チャンスを逃してしまった人も含め)
田口ランディさんの本から始まって、人間らしいって、生物(自然)性、社会性のほかになにかないのか最近考えているのですが、何か参考になる本はないでしょうか?
勉強とか、おもてなしとか、昔の日本らしさのような、『情けは人のためならず』のような、優しさのような、
生物性の準備のために社会性があるように
社会性の準備のためにある何かってなんでしょうか?
とても言葉がずれているように感じます。本当にすみません。
なんとなくでもいいので、教えていただけたら助かります。
投稿者 sayu : 2004年10月22日 20:52
三砂先生の本、読みました。批判的なコメントが多いので、そうでないひともいます、ということで投稿します。
40代、子アリ、離婚後単身者です。
そういう立場なので、想像の域で、あえてものを言います。いきなり低俗ですが「30させごろ、40しごろ」というフレーズがあります。どうも、女性は40歳前後で、SEXに関して、1ステージ上昇し、人間的にもさらに孵化するように思います。ただし、これは、精神的にも肉体的にも真に開放されうる、よいパートナーに恵まれた、一部(何割?)の女性だけのようです。
孵化したほとんどの女性は、プライベートなこと、とあえて口にはしないようですが、「知らないひと、本当に損よ・・・」とお感じになっているふしがあります。三砂先生も40代。他にも、(その御容姿と官能的小説の内容の乖離に、正直びっくりしましたが)作家の坂東真砂子さん(40代)などがこの体験を正直に表現なさっているのではないでしょうか?
日本はポルノ産業が(陰ながら)非常に発展している国でありながら、勃起不全治療薬「バイxxラ」の売り上げが当初の予想に比し非常に悪く、「そんなはずはない・・」と製薬会社がやっきになって新聞やTVで(商品名は出さず、EDとして)大宣伝しているのは皆さん御存知のとおりです。
よその国の事情に精通しているわけではありませんが、やっぱり、この国、何かがズレているのでは?
投稿者 chikako : 2004年10月23日 13:24
ブルガリアンさん、
あなたが「私の娘の受験校からは真っ先にはずします」とおっしゃるのは当然です。
実にお恥ずかしい。私は三砂ちづるが大學教授をしている津田塾大学の卒業生です。(幸い、三砂は卒業生ではありません)
「オニババ化・・・」の肩書きに「津田塾大学教授」とあって、目を疑いました。誤記か誤植かと思いました。なぜならば津田塾大学精神に反しているからです。三砂は私達津田塾大学の卒業生や先輩達を冒涜し、侮辱しています。
私達津田塾大学生は女性、男性という性差を問わず、人間として誇りを持って、自己実現のみならず、社会のために役立つよう大學で学びました。
例えば、ハンセン病患者の方々のために一生をつくされた神谷美恵子先生、女性初の大使赤松良子さん、女性初のILO局長、国際関係機関、民間企業、自由業、主婦、政治家といったそれぞれの立場から、社会のために活躍、貢献している卒業生達に対する侮辱です。
ただ、三砂ちづるが津田塾大学教授に採用されたのは今年の2004年です。「オニババ・・・」が出版されたのは今年の秋ですよね。三砂が採用される前にこの本を出版していたならば、おそらく津田塾大学には採用されなかったでしょう。ただし、三砂がこのような偏ったセクハラに近い人生観を持っていることをサーチできずに採用した大學側にも大きな責任があります。
私達卒業生、同窓生に対して、そして在学生にも謝罪していただきたい。憂慮するは三砂が在学生にどのような講義をし、どのように偏った教えをしているかです。
このオニババは単に大学教授になりたかっただけだと思います。でなければ、津田塾大学精神を知っていたら、躊躇して採用に応募なぞできなかったはずですから。
今後、三砂が(あちらこちらででしゃばっているようですが)講演、座談会、講習会を開く時は「津田塾大学教授」という肩書きをはずしていただきたい。私達卒業生に対する冒涜です。
ブルがりアンさん、どうぞあなたのメールを学長宛てに転送してください。私達卒業生も決して三砂を許しません。
幼少時にアメリカ合衆国に渡り、米国大学で学び、日本の教育に命を尽くされた津田梅子先生もあの世で泣いていらっしゃるはずです。
実に不快極まりない。そして情けなく思います。
投稿者 激怒する卒業生 : 2004年10月27日 00:20
ちょっとひとこと。
誰のどんな考えも、自分の人生観に沿って都合よく偏っています。
そうでない考え方は思考として意味がない。
現に激怒する卒業生さんの意見は「母校津田塾にプライドを持って生きる」というところに沿って都合よく偏っています。
しかし、自分以外の卒業生の業績がどうして御自身の誇りになるのでしょうか? そこが個人的に不思議です。
純然たる不偏不党の意見なるものがありえないことに自覚的であることは知性の証左であると、おおむねそういう趣旨のことを、このブログの主である内田師が書いておられますが、そちらは読んでおられないようにお見受けします。
いわゆる常識に照らして、この場を設けたそもそもの人物を無視するという振る舞いが失礼な挙措であるとはお考えにならないのでしょうか。
どうしても三砂氏の除名嘆願運動をなさるなら、ご自身でサイトを立ち上げてなさるのが必然と存じます。
あるいは、立ち上げられていたとしても、例えばここで宣伝したり仲間を増やしたりするするのは筋違いです。
ここがそのための場ではないことは一目瞭然であると思いますが、いかがでしょう。
投稿者 山木 : 2004年10月27日 01:10
私も津田塾の卒業生ですが、この本の内容にはうなずきました。
確かに、足りない視点や不十分な論証はいくつかあります。でも、著者が言いたいことは決して女性の自立を妨げるような内容だとは思いませんでした。
以前は、男女平等が進むほどよいとされ、女性が男性と同じ条件で働くことがフェミニストの理想でしたが、それには限界があります。女性が「子どもを産み育てる性」であることは間違いない事実であり、それが男性よりも劣るものではないのも事実です。著者はむしろ、子どもを産み育てるからこそ、女性は男性よりも優れた身体を持っていると考えていて、その身体を使おうとしない現代の女性を嘆き、警告を出しているのです。
男性との競争の中で生きてきた女性にとっては、裏切りの内容に映るかもしれません。でも、長い人類の歴史の中で、現代が特殊なだけです。
私がこの著者の内容に共感できるのは、子育てしながら仕事をしている立場だからかもしれません。著者の提案する、専業主婦でもない、仕事オンリーだけでもない女の生き方ー若いときに産んで、中年以降にバリバリ働くーに大賛成です。
投稿者 : 2004年11月01日 11:17
Jreiko@食物の卒業生です。
「19歳の中絶、03年度は50人に1人・厚労省が初集計」
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20041102AT3K0200A02112004.html
もったいないもったいない。それぞれ事情はあるにせよ、もうすこし「産む」選択をしやすいように、環境を整えてみるのもいいんじゃないでしょうか。
たとえば大学のキャンパス内に託児所を設けるとか、育児奨学金を貸与するとか。いかがですか?神戸女学院。児童科はなくなっちゃいましたけどね...。
投稿者 Jreiko
: 2004年11月05日 10:44
わたしも津田塾の出身ですが、三砂教授に大賛成です。
教授と同じく、四十路の二女の母有職(有職)です。
新卒で総合職として商社に就職し、男女雇用機会均等法の影響を受け、
男性並みに残業・出張などをこなし、男性と肩を並べた一人前のつもりでした。
ところが、結婚、出産・育児を通じて、男女は身体的に異なる生物だと痛感しました。
同じに、わたしの人生で一番幸せだったのは、初めての娘が誕生した日です。
女性として生まれた喜び、命をはぐくむ楽しさ、思い通りにならない辛さなどを子どもは教えてくれてます。
わたしのような子育て世代の人間、特に女性のことを「おばさん」として
生殖を軽視している風潮があり、疑問を持ってます。
このように、命や生殖にまつわることを軽蔑する日本社会が、
超少子化したのは、当然の結果だと思われます。
現行の男女雇用機会均等法、男女参画社会の構想は、
女性の身体性を否定し、男女が同様に働くことばかり重視されている点に、違和感を感じます。
男女が中性的になり、効率的なロボットとして家庭を持ち仕事もこなすというのは、
未来の空想物語のようで、まるで現実味がありません。
三砂教授の本書を読むと、
男女ともに、互いの性を大切にいとおしみ、尊重して初めて健全な性愛が育ち、
子どもとして結実する、
そして、老若男女がたがいを尊敬し、補い合う、暖かい社会を建設できると言う、
ラテン系の熱いメッセージ、次世代へのエールが、
伝わってくるような気がします。
親戚に既にオニババがいます。
祖父の妹(約2人…姿が似ているけど結婚しているのが1人)なので、戦争中には生まれていたことは間違いないと思うのですが、結婚もせず、有名ではない小さな会社ですが、常務として働いているので、定年もないようです。(学暦は無いようです)
数回しか逢ったことが無いですが、逢うと私から見ても「欲しい~!」というようなグッチとかシャネルとか持ってます。
実の長兄である祖父の葬式にはイッセイ・ミヤケを着てきました。おまけに遅刻もしてました。(泣いた後に笑ってました。)
つまりフェミニズムが流行る前から、やりたいことをやっている人はいるのデス(´∀`)゛゛
そのオニババに可愛がられて育ったのが私の父。
父は中身が出川哲朗で、外見が蛭子さんに似ています。
お金はくれましたが、話が通じません(`へ´)!!
投稿者 ibaraki
: 2004年11月20日 16:36
結婚をしようとしまいと、子供を生もうと生まずとも、棺桶の蓋を閉めるときに後悔しない人生ならそれで良い、と思うのですが。
子供が欲しくても生めない人だっているのだし、その方たちの苦しみはその人たちにしかわからないし、いろいろな事情があって、子供を生みたくない人だっていれば望まない妊娠をする場合もある。やはり、“子供は天からの授かりもの”なんです。
私と母は30年程歳が離れているけれど、私は若いきゃぴきゃぴの母親を持つよりはずっと良かった・・・と思います。産んでくれた母、育ててくれた両親に感謝の気持ちでいっぱいです。
母になることに重きを置くのはどうか、と言うご意見の方は良いお母様に恵まれなかったでしょうか。母親業はしんどい。ひとつの人格相手にしてるんだから、と母はいつも言っています。そう思います。それを理解してこそ本当の母親、大人だと思います。それが出来ないなら子供を生んでも母親失格、大人としてもどうか・・・と思います。
三砂氏の本を読んだわけでもなく、立ち読みしたくても日本に居りませんから出来ませんが、彼女が何を言おうと、周りが何と言おうと私は自分の人生を精一杯生きているから、それで良いと思います。22歳の若造がごちゃごちゃ言うべきことではないかもしれません。でも、どんな人生であれ、生きるのは自分なのですから、一人の女性の私見が書かれた本にいちいち反応することもないのでは?とROMをしながら思った次第です。
長々と筋のずれた話をして、失礼致しました。
投稿者 Baerchen
: 2004年11月22日 23:58
セックスも出産も育児も、手をつなぐことでさえも、愛があるからこそ、喜びなのではないのでしょうか?
どんな時でも「子供は天からの授かりもの」だとするなら、レイプや愛のないセックスで出産したとしても、やはり女として幸せなのでしょうか?
動物的に見れば、子孫繁栄に貢献してるようですが、私たちは人間であって、気持ちというものがありますよね。
動物と人間の違いって理性と知性だとしたら、それは動物的には喜びなのでしょうが、私たちは動物とはちょっと違う人間なわけで。
より動物に近い人?(理性や知性に欠けた人)ならば、そういうこと特に疑問に思わないのかもしれませんが、理性や知性を持った人間にとっては、とりあえず相手みつけて産めばいいってのは、どうなんでしょう?
例えばレイプ犯の子供、私は愛せるのかな?っとか思います。
母親になれば、乗り越えられるんでしょうか?
親になった経験のある方々にうかがいたいのですが。
レイプ犯の子供と自分が本当に愛した人との間に生まれた子供がいたとして、同じように愛せるものなのでしょうか?
愛情に違いって出ないんでしょうか?
それとこれとは別の話なのでしょうか?
ゆうさん、こんにちは。
40代子持ち職持ちの女です。
「レイプ」とはまた随分と極端な例をお尋ねですね。
>どんな時でも「子供は天からの授かりもの」だとしたら
??・・・えーと。『どんな時でも』授かりもの、とは、三砂先生の「オニババ本」にも今までのコメントにも無いと思うのですが(あったらごめんなさい)・・・それらとは関係のないところからの質問ですか?
私だったらレイプされて妊娠したら中絶します。今は既婚者ですが、未婚でも離婚後でもそうしますが。
そもそも、レイプによる妊娠の場合、「授かりもの」という表現は当てはまらないと思いますがいかがでしょう。あなたは女性ですか?あなたならどうします?あなたは自分の親しい友人や家族がレイプで妊娠したときに「子供は授かりもの(だそう)だから(産みなさい)」と言えますか?
また、「レイプ以外の愛のない妊娠をして出産する」場合とは、すっかり愛が冷めた既婚者の場合などのことを言っていますか?愛(または愛みたいなもの)が無くなった相手とセックスするというのはなかなか私には考えにくいのですが、その場合「授かりもの」と思えたら産むでしょうし、そう思えなかったら中絶するでしょう。この場合授かりものだと思った時点で、「離婚しても産んで育てる」は込みです。
>セックスも出産も育児も、手をつなぐことでさえも、
>愛があるからこそ、喜びなのではないのでしょうか?
家庭生活のことを言っているのなら、ここはイエスでもあるし、ノーでもありますね。愛の他にも、(多少の)お金、生活の技術など、無いよりはある方がいい物事はいろいろありますからね。ただ家庭生活は「愛(または愛みたいなもの)」がないと継続していくのはなかなか大変であろうという感じはいたしますね。
今までのコメントのなかでは、11月15日のQchanさんのものが私の読後感に一番近いものでした。三砂さんが言いたかったことは「生殖を軽視するな」ということだと思います。ゆうさんは「オニババ本」をお読みになりましたか?
子供は天からの授かりものだから、強姦による妊娠であっても生みなさいといったわけではありませんよ。
三砂さんがどんなにがんばって主張しても、子供の生まれないカップルも居る。別に結婚なんて考えても居なかったのに出来ちゃったから結婚したカップルも居る。もちろん、子供が出来て初めて結婚するというのも、最近は多いですから何が良い悪いというわけではありません。
命というものは、望むと望まざるとに関わらず生まれ、消えていく。だからでこそ大切にすべきなのでは?と思った次第です。
新しい命だって、勝手に生まれてきたからなんとなく育てられるよりも、誕生を待ち望まれ、愛されて育つ方が幸せだと思うんですけれど・・・。自分の言いたいことをうまく書き表せないのがもどかしい。
pikaさんのコメントの文末に>三砂さんが言いたかったことは「生殖を軽視するな」ということだと思います。<と書かれているとおりだと思います。まだ読んでないのでなんとも言えませんけど、すでに読んだ私の母が似たようなことを言っていたように思います。
投稿者 Baerchen
: 2004年12月30日 08:40
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