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2006年10月31日

IT秘書室長からみなさまへ

2006年10月29日
サーバ移転のお知らせ
tatsuru.com 管理者のフジイです。
tatsuru.com を運用するサーバを移転することになりました。
11月1日(水)に 引っ越しの予定です。
URL の変更はありませんので、ブックマークなどはそのままでお使いいただけます。
旧サーバから新サーバへの切り替えに、少し時間がかかるかも知れません。
一部のコンテンツが一時的にアクセス出来なくなる可能性もあります。
その場合、少し時間をおいて再度アクセスしていただくようお願いします。

ドメイン丸ごと引っ越しのため、@tatsuru.com のメールアドレスにも
一時的にタイムラグが発生する可能性があります。
11月1日(水)以降、
@tatsuru.com 宛のメールが、行方不明になったかも?という場合、
お手数ながら、時間をおいて再送していただくようお願いします。

同時に、ブログシステムである Movable Type のアップデートも行います。
ブログの過去ログを整理する予定です。
これに伴い、過去のエントリーへのコメント、トラックバックは、
受け付けを終了させていただきますこと、ご了解下さい。

今回のサーバ移転に際して、不具合などがございましたら、
admin@tatsuru.com にお問い合わせ下さい。
それでは、皆様のご理解をどうぞよろしくお願いします。

投稿者 uchida : 15:58 | コメント (0) | トラックバック

Two of us

ようやくレギュラーな生活に少しだけ戻ってきた。
会議が二つ、儀式が一つ(前期卒業式)、授業が一つ、稽古が二つ。
おお、なんというスリムな日程。
卒業式と授業のあいだに奇跡的に1時間ほど時間があいたので、クリエイティヴ・ライティングのレポートを読んで、本日分のレジュメ(6頁)を作成する。
本日のテーマは「ジェンダーと言語」。
これについてはかつて『女は何を欲望するか?』でフェッタリー、イリガライ、フェルマンのフェミニズム言語論を論じたことがあった。
何を書いたのかすっかり忘れてしまっていたので、本を書棚の奥から取りだして読む。
お、面白い!
こんなに面白い本を私は書いていたのか(この自己評価の法外な甘さこそ私の生命力の源である)。
まあ、フェミニズム言語論批判なんていうフレーム設定そのものがマネジメント的にはスカだったわけで、そんな本売れるわけないんだけれど、これは自分でいうのもなんだがよい本である。
よく「主著」というものを書かされる。
『ためらいの倫理学』と『寝ながら学べる構造主義』と『レヴィナスと愛の現象学』と『他者と死者』の四つはとりあえず「主たる業績」として思いつくのだが、『女は何を欲望するか?』はかつて一度もリストに載せたことがなかった。
理由は簡単で、径書房のO庭くんがすごく急かしたのである。
もっと推敲したかったし、もう少し構成のバランスも整えたかったのだが、「営業のつごう」とかで(私として)未完成の草稿がそのまま活字になってしまったのである。
もっといいものが書けたのに・・・という憾みが残って、本のことを記憶から消去していたのであるが、4年ぶりに読んだらたいへん面白かったのである。
O庭くんには当時「もっとよい本ができたのに・・・」と悔いに枕をぬらしたりして、まことに済まないことをした。
私が後悔で枕を涙でぬらしてもO庭くんには何の実害もないのだから、「済まない」というのは筋違いではないか・・・という疑念をもたれた方が今いたであろう。
甘いね。
諸君。
私を怒らせるのはぜんぜん構わないが、私を悔悟させたり反省させたりすることは禁忌なのである。
私を怒らせた人間は私を怒らせることがもたらす災厄がどのようなものであるかただちに現認することができる。
当然、目に見える災厄である以上、それを回避することも、反撃することも、しかるべき筋に調停を求めることも、あるいはベリーニのケーキや札束などを投じて難を逃れることも可能である。
しかし、私を反省させた場合、そのやり場のない抑圧された怨念は現認できない形象を取る。
私がまくらをぬらす一滴の涙は「生き霊」となって、千里を走り、その人を撃つことになる。
これは私にも止めることができぬ。
だって「生き霊」なんだから。
「バカヤロー」という態の怒りのかたちをとる憎悪は御しやすい。
だが、「あの人を憎んではいけない。すべては私の不徳から出たことなのだ」というふうに自らに非ありとした場合、否定された「不徳」は生き霊になって時空を超えて悪逆の限りを尽くすのである。
『葵上』でご案内のとおり、生き霊は六条の御息所が「他人を憎まぬ、よい人でありたい」と無理に念じたせいで生成するのである。
主人格が「よい人」では、嫉妬のほむらは引き受け手がなくなる。
引き受け手のいない憎悪ほど始末に悪いものはない。
六条の御息所が「葵上のビッチビッチビッチ、マザファッカ」というような態度の人であれば、葵上はまるっと無事だったであろう。
現にサミュエル・“マザファッカ”・L・ジャクソンがあのようにつるつるとしたお肌で、たいへん健康そうであり、家庭円満、交友関係、契約関係などもさして問題がないように見えるのは(実情はオークランドのマチヤマさんに訊かないとわからないが)、「生き霊」をすべて「マザファッカ」記号に変換してリリースしていることが深く与っていると私は見ている。
ま、それはさておき。
「ジェンダーと言語」というお題で授業ではお話させていただいた。
ナバちゃんと絶妙のかけ合いで授業は進行し、終業の鐘が鳴ったまさにそのとき、ナバちゃんが「私たちのエクリチュールを駆動するものは・・・」と本日の結論の主語部分だけを述べて、後半を優雅なめくばせで私に振った(”Take it, Phil” @Paul McCartney)。
私はにっこり笑ってこう続けたのである。
「愛だよ、愛」
うーむ。そうきたか。

投稿者 uchida : 10:14 | コメント (0) | トラックバック

2006年10月30日

スリープレス週末

週末は学祭。
木曜の夕方から仕込み。そのあと少しお稽古をしてリハーサル。
金曜は朝からお稽古をして、お昼の本番を迎える。お客は10人弱くらい(演武者の方がぜんぜん多い)。
ウィークデイの昼間から女子大の学祭に山を登って来るのは「ボーミミーツガール」系のモチベーションの方々が主であるので、しかたがないのである。
演武会のあとソッコーで家に戻ってカレーの仕込み。一休みしてから大学に戻り、6時から会議。
会議が終わったのが(というか、「もう電車がありません」と泣きがはいったのが)11時半。
同一議題でこれで10時間議論したことになる。
会議の有効時間は1時間まで、というのが私の経験則である。
それを超えるのは次のような場合である。
(1) その会議では決めることのできないファクターを大量に含む議案を審議している
(2) その会議がなにかを決めるためではなく、何かを決めないために開かれている
(3) 上記1,2の条件を満たす会議にそれと知らずに出席してしまうほどに知的にチャレンジドな人間を多く出席者に含んでいる
私からご提案したいことがある。
会議の出席者 X 会議時間 = 会議MH(Man x hour)
という単位を作るというものである。
この会議MHを議決案件数で除すると1議案当たりに費消されたMHが算出される。
10人出席の会議で、会議時間が1時間で議案2件を処理した場合、1議案当たりのMHは5となる。
これはその会議の議長の「成績」である。
これを学内のすべての会議について算出する。
そして、各会議の議長の1会議あたりの平均MHが出たら、それで「会議を早く済ませる議長ランキング」を作って公開する。
MHを下げるためには、上記の「エンドレスで続く会議」の条件を回避すればよろしい。
すなわち
(1) その場にいない人間や組織の意向を配慮しなければならない議案は審議しない
(2) 所定の時間内に採決できないような議案は審議しない
の二点である。
私はこの「会議早回しランキング」では本学においては人間科学部のN田先生とチャンピオンを争う用意がある。
基本的な議事能力(執拗な反対者がいそうな議案は一瞬のうちに「継続審議」箱に放り込んで「じゃ、次の議題行きましょう」にスルーする技術など)については私とてN田先生には遜色がないと踏んでいるのであるが、「単位時間当たりの発語量」において、私がやや劣勢なのである。
土曜日は学祭二日目。
好天に恵まれて、前日よりは参加者が多い。
甲南合気会からはドクター佐藤、イシダ社長、タニオさん、タカモトさん、“謎の主婦”イノウエさんが参加。
気錬会OBはタカオくん、のぶちゃん、Pちゃん。
タカオの「Pちゃん首折り演武」とのぶちゃんの「エンドレス演武」とPちゃんの「シオちゃんごめんね演武」の爆笑三部作が大受け。
歴代合気道部主将も8代のカナぴょんから、エグッチ、シオちゃん、ヤベッチ、ウッキー、ナオタロウ、カヨちゃん、そして当代の永山主将まで8代勢揃い。
風邪で熱があるのにクーも来て、得意の「猫受け身」をご披露。
飯田先生、溝口さん、大西さん、セトッチ・・・お忙しい中をほんとうにありがとうございました。
ここ二三年ウッキーが独占していた最多出場(いちばん人気のある受け手賞)は復活エグッチがみごと受賞。
これはどのような入力の変化に対しても即時対応できる高度のコミュニケーション能力を備えている(と同門の人々から思われている)ことのあかしであり、その点では二重の栄誉なのである。
門人諸君はこの栄誉を求めてさらに努力を怠らぬよう。
片付けのあと、わが家に集って、さっそく打ち上げ宴会。
今回の一品持ち寄りのテーマは「癒し」。
どういうわけか「癒し」的料理というと、人々は「芋を使った料理」と「オーブンを使った料理」を発想するらしいということを発見(かなぴょんの「里芋のグラタン」がその究極形であった)。
「今日は人が少ないですね〜」とみなさんが口々に感想を述べる。
居間と和室と台所に25人くらい人がひしめいているのに「少ない」と感じるということから、いつもどれくらいの人口密度で宴会をしているのかが推察されるのである。
11時にみなさんお帰りになる。
みなさん、お疲れさまでした。
しかし、ゆっくり寝てもいられない。
あけて日曜日は應典院の寺子屋トーク。
昼過ぎに釈老師が迎えに来られるので、その前に本日締め切りの讀賣新聞の原稿を書き上げる。
老師のワーゲンで松屋町筋の應典院へ。
「死者とのコミュニケーションは可能か?」というお題である。
前半が二人で1時間半ほど対談して、後半1時間が質疑応答。
「死者とのコミュニケーションは可能か?」というと、イタコ修業というか細木数子のような話になってしまうので、「死者」の定義と「コミュニケーション」の定義を変えるところから始めないといけないのである。
二部の途中で、イラチな客が「無駄話ばかりして質疑応答になってない」と異議申し立てをする。
「死者とのコミュニケーションは可能かという問いにさっぱり答えてないじゃないか。早く答えろ。200字以内に」というような趣旨のご異議であったかに拝察する。
私たちはちょどそのとき、死というのは時間的な現象であるので、無時間モデルで一望俯瞰的には表象することができないという話をしているところであった。
「そんなごたついた話はいいから、はやく結論を言え」と望むこの客はどうも「時間」という概念そのものが理解できない人のようであった。
「時間内存在としての人間」という概念を理解できていない人間に死について理解してもらうことは絶望的に困難であるので、そのむねを簡潔に申し上げる。
簡潔すぎたのでおそらく多くの聴衆の耳には「おっさん、なめたらあかんど。わしらほんまはおっさんと勝負にならんくらいイラチなんねんど」としか聞こえなかったであろう。
「浄土宗新聞」のインタビューを受けつつ、打ち上げプチ宴会を30分ほどでお邪魔して、家に戻りシャワーを浴びるともうまぶたが重くなる。
そのまま午後6時にベッドに潜り込んで爆睡。
まことに、充実した、しかし多忙な週末でありました。
寺子屋トークご参会のみなさま、江さん、青山さん、かんきちくん、ウッキー、ドイさん。それから應典院の秋田老師、山口さん、どうもありがとうございました(うちの副専攻のアートマネジメントのインターンシップ受け容れ、ほんとにお願いしますね)。

投稿者 uchida : 11:43 | コメント (2) | トラックバック

2006年10月26日

教育破壊はどこまで続くのか

富山県立高校で発覚した履修単位不足問題は全国に飛び火して、少なくとも30000人の高校三年生が単位不足であることがわかった。
各校は冬休みなどを利用して、補習を行い、単位を確保する予定だが、200回以上(一回50分)の補習をこれから卒業までに行わなければ間に合わないケースもあり、現場は混乱の極にある。
この種の架空履修はすでに90年代から行われており、すでに卒業してしまった生徒については遡っての卒業取り消しはしないそうである。
ほおほお。そういうことをしていたわけですか。
必修の世界史をネグレクトしたケースが多い。
世界史は覚えなければいけないことが多い、というのがその理由だそうである。
なるほどね。そうだったのか。
大学生諸君が世界史の年号どころか世界史的事件について話しても、みんな「きょとん」としているのを不思議に思っていたが、そのせいであったか。
「ウェストファリア・システム」と言っても誰も反応しない。
「米西戦争」というようなものがあったことを知らない。
「ハワイの併合」の事情を知らない。
「フィリピンの独立宣言がアメリカ下院でなされたこと」も知らない。
「インドシナ半島をフランスと日本が共同統治していたこと」も知らない。
たしかにこれくらいものを知らなければ人類の歴史は「グッドガイ」と「バッドガイ」の二極のあいだの戦いであるというパッパラパ世界史認識に着地してしまうのも致し方あるまい。
若い方のあいだにナショナリズムがさかんな理由にも納得がいった。
世界の歴史を知らない夜郎自大こそナショナリズムの培養基だからである。
え?「夜郎自大」の意味がわからない?
あのね、むかし西域に「夜郎国」という国があったの。
ま、あとは世界史の参考書で調べなさい。
勉強なんかしなくても、必要があればネットでなんでも調べられると豪語する若者がときおりいるが、私はそういうものではないと思う。
検索するためには検索のためのキーワードを知っていることが必要だ。
しかし、そのキーワードそのものを知らない事項については、検索することができない。
「学ぶ」というのは、キーワード検索することとは別のことである。
自分が何を知らないかについて知ることである。
自分の知識についての知識をもつことである。
それは「知識をふやす」ということとは違う。
「知識をふやす」というのは「同一平面上で水平移動域を拡げること」である。
「知識についての知識をもつ」というのは「階段を上がること」である。
ぜんぜん違う。
学校というのは子どもに「自分は何を知らないか」を学ばせる場である。
一方、受験勉強は「自分が何を知っているか」を誇示することを生徒たちに強いる。
たくさんの教科を学校が用意しているのは、ほんらい生徒たちに「自分が何を知らないか、何ができないか」を知らせるためである。
世の中には自分の知らないことがたくさんあるんだ・・・と思うことができれば、それだけで学校に行った甲斐はある。
しかし、受験勉強は「自分にできること」に特化することを子どもたちに強いる。
もちろんそれにも意味はある。
それは「自分にできること」があれば、「自分にはできないこと」ができる人々とのコラボレーションを立ち上げることができるからである。
「自分の知らないこと/自分にできないこと」の中に位置づけられてはじめて「自分が知っていること/自分ができること」は共同的に意味をもつ。
だから、「自分の知らないこと」は「知る価値のないことだ」というふうに思い込む子どもを組織的に作り出しているのだとしたら、そんな学校は存在しない方がましである。
「架空履修」をした学校の教師たちは、そのような危険な思い込みを生徒たちに刷り込んでいたことに果たしてどれだけ自覚的であったのだろうか。
現に、これから始まる受験のハイシーズンに受験と無関係の教科の補習を強いられる生徒たちの多くは激怒している。
「そんなもんのためにこのくそ忙しい時に学校になんか行ってられっかよ」と多くの受験生たちは思っているだろう。
思って当然である。
「受験に不要な科目なんか勉強しなくていい」という考え方に同意を与えたのは当の学校だからたちである。
おそらく相当数の受験生はこのあと行われる補習をずる休みするだろう。
そのとき、教師たちに「ずる休み」した生徒たちを単位不足で留年させるだけの覚悟があるだろうか。
私は「ない」と思う。
「大学に受かりさえすれば、学校なんか来なくていい」「受験に関係ない教科は勉強しなくていい」という考え方を学校が公認していた以上、その「教え」に素直に従う生徒たちを罰する倫理的優位性は学校にはない。
しかし、私は教師たちだけを責めるのは気の毒だとも思うのである(これだけ責めておいて、いまさら何であるが)。
彼らだって受験のために履修に歪みが生じるような教育計画を進んで立てたわけではないだろう。
学習指導要領で手足を縛られ、その上大学受験の合格実績の数値目標が示され、それをクリアーするためには文科省を騙すしかない・・・という窮地に追い詰められての苦衷の選択であったという台所事情を私とて理解できないわけではない。
文科省の示すガイドラインが現場の実情と隔たることすでに遠いものであるということは間違いのない事実である。
21日の共同通信はつぎのような記事を配信している。

「ゆとり教育」の見直しなど、政治主導で目まぐるしく提案される教育改革について、全国の公立小中学校の校長を対象に聞いたところ、回答者の85%が「速すぎて現場がついていけない」と感じていることが21日、東大の基礎学力研究開発センターの調査で分かった。調査は同センターが7、8月に全国の公立小中学校の3分の1にあたる1万800校の校長を対象に実施。約4800校の回答(一部は教頭らが回答)を得た。
教育基本法改正案には66%が反対。「教育問題を政治化しすぎ」も67%に達した。教育改革を最重要課題とする安倍晋三首相が教育再生会議を始動させる中、格差拡大の懸念も大きく、現場に強い抵抗感があることが鮮明になった。
「教育改革が速すぎて現場がついていけないと考えるか」との質問に「強く思う」と答えたのは30%、「思う」は55%で、「思わない」「全く思わない」の計15%を大きく上回った。「教育改革は、学校が直面する問題に対応していない」と答えたのも79%と圧倒的多数だった。
中教審が教員の質確保のために導入を答申した教員免許の更新制は再生会議でも重要テーマの一つ。だが、これに賛成する校長は41%止まりで、59%が後ろ向きだった。
安倍首相らが再三口にする「学力低下」。だが20年前と比較して子どもの学力が「下がった」とする校長は47%で「変わらない」「上がった」の計53%を下回った。

どちらかといえば教育委員会寄りで、文科省の方針に親和的な人間が校長になりやすいということは周知の事実である。
そのような条件を勘定に入れた上でこの数値を見れば、現場の苛立ちと内圧がほとんど「爆発寸前」にまで高まっていることを政府はそろそろ察知すべきではあるまいか。
と書いたあとに今朝の新聞を開いたら、「子どもや保護者との関係のむずかしさや学校運営上の心理的な負担増などが原因で、強い抑鬱感を訴える男性教職員が11.5%に上り、国内標準値の1.8倍にあたること」が判明したと毎日新聞のトップに出ていた。
「教育再生」でこの数値はさらに危機的な水域にまでのぼることになるだろう。
もちろん、政府はそのときには「抑鬱傾向の教師をスクリーニングして排除する」政策を採用して、引き続き現場のストレスを強化することで問題解決をはかるのだろう。
エンドレスの「教育破壊」はどこまで続くのであろうか。

投稿者 uchida : 15:43 | コメント (22) | トラックバック

2006年10月25日

クリント・イーストウッドとヴォーリズと桑田乃梨子な一日

めぐみ会大阪支部のお招きで講演をすることになる。
めぐみ会支部に呼ばれるのは二度目である。
去年は京都支部で教育崩壊のお話をした。
今回は「たのしい映画のはなし」という条件がついているので、映画評論家としての講演である。
めぐみ会というのは本学の同窓会である。
会員二万余を数え、震災の直後にまたたく間に10億円の寄付金を集めてみせたその組織力と母校に対する忠誠心の深さは、『大学ランキング』に「同窓会の結束の堅さ」のランクがあれば、間違いなく全国ベスト10に入るであろう。
これは個別的な教育プログラムや個別的な教師に対する恩愛の表現ではなく(多少はあるが)、主に「神戸女学院」という幻想的共同体の放つ霊的オーラの効果であると私は考えている。
とういわけで、講演のお時間の最初に、この「オーラ」がどのように形成されてきたのかについて若干の歴史的考察を加えるところから始める。
すでに何度も申し上げたとおり、これには「岡田山を呪鎮する霊的バリヤー」と「ヴォーリズ設計の〈秘密の花園〉的ミステリアス建造物」が深くかかわっている。
仮に、かつて某シンクタンクが提言したように、岡田山の土地を売って、それを原資に三田の山中にウルトラモダンなキャンパスを建設した場合、このオーラはおそらく致命的なダメージを受けたはずである。
現に同窓生たちは定期的に岡田山に足を運ぶ。
それはそこに彼女たちが通学していたときと同じ風景、同じ校舎、同じ空気が厳重に保持されているからである。
キャンパスを「近代化する」という構想はこれまでも経済合理性に基づいて大学経営を考える人々からは繰り返しからは提言されたはずであるが、教職員の過半と同窓会はこれをかたくなに拒んできた。
それを単なる懐古趣味だと思っている人もあるやもしれぬが、そうではない。
このキャンパスにはある種の「聖なるもの」が封印されている。
私ははじめてこの大学を訪れたときに、それを感じた。
それはシャルトルの大聖堂や比叡山根本中堂で感じられるものに少し似ている。
個別的な宗派の違いを超えた「聖なるもの」の静かな脈動がここには感じられるのである。
この土地は同窓会の寄贈である。
70年前に旧尼崎藩主の別邸のあった岡田山をキャンパスのあるべき場所として選定した同窓生がどなたであるか、私は知らないけれど、彼女(たち)がたいへんにすぐれた霊的感受性の持ち主であったことは疑いを容れない。
そして、ヴォーリズもまたそれを感じることのできるだけの感受性を持った建築家であったから、彼はこの丘陵に南欧の修道院をモデルにしたきわめて宗教的なたたずまいをもつ校舎を設計したのである。
ヴォーリズの初期の設計プランの中には「日本風」という考想も含まれていた。
いまの図書館本館を「天守閣」風にアレンジした設計図が残っている。
その場合、文学館理学館総務館は「三十三間堂」のようなかたちではなかったかと想像される。
教室が書院みたいな大学である。
それはそれで「あり」じゃないかという気がしないでもない。
学生たちは白足袋を穿いてするすると畳敷きの廊下(松の廊下みたいな)を歩くのである。
うん、悪くない。
たぶん当時のアメリカ人院長たちが「ヴォーリズさん、それはちょっとやりすぎでは・・・」ということでボツになったのであろう。
まあ、おかげで21世紀まで不便なく使える建物になったのだから、その判断は正しかったのである。
というような話はせずに、ヴォーリズの建築物とクリント・イーストウッドの『父親たちの星条旗』の関連についてお話する。
クリント・イーストウッドはおそらくあと50年くらい後の映画史の教科書では「20−21世紀における最高のフィルムメイカー」として記憶されることになるであろう。
どうしてそうなるかというと・・・
これは本日来られためぐみ会大阪支部の方と、来月の「エピス」を読む方にしかわからない話なのである。ごめんね。
50分ほど映画の話をしてから、めぐみ会のみなさんとフレンチのお昼ご飯をいただきつつ、さらに駄弁を弄する。
今日も80人ほどの女性の中に私一人が男という構成であった。
どういうわけか、子どものころから、「気がついたら、まわりがみんな女の子で、ぼくひとり男の子」という状況によく出会う。
そういうときにはなぜか「水を得た魚のよう」に自由な気分になる。
私が「男は女を排除し、男だけのホモソーシャルな共同体を構築することを欲望する」というジェンダー論の命題にどうしても同意できないのはそのためである。
私は同窓会の人々といるときに自分の中にある種の「シスターフッド」が活発に作動しているのを感じる。
家にかえってから三ノ宮に出て、次の謡のお稽古の『花筺』を購入。
ついでにマンガ本を大量購入。
井上雄彦と江口寿史と川原泉と桑田乃梨子。
JRに乗って、とりあえず紙袋から桑田乃梨子を取りだして貪り読む。
車内の人々がけげんな視線で私をみつめるのがわかる(知ったことか)。
私は極度の近視なので、眼鏡がないと本を顔にくっつけるようにして読むしかない(かつて青山さんにその異常な風体を見とがめられたことがあるが)。
桑田乃梨子のマンガを耽読する中年男の姿は人々の眼にどのように映ったのであろうか。

投稿者 uchida : 20:30 | コメント (0) | トラックバック

2006年10月24日

お礼とお知らせ

應典院での寺子屋トーク(10月29日日曜日14時—17時)のアナウンスをするのを忘れておりました(よく忘れるね)。そのせいか、あるいは「現代霊性論のスピンオフ企画」があまりに多くて、ひとびとがしだいに膨満感を抱くに至ったのか、そのあたりは定かではありませんが、まだ空席が(たくさん)あるそうです。
プロデューサーの秋田老師から「朝日でも日経でも告知してもらったんですけど、申し込みが少なくて・・・」と悲痛な訴えがあったので、慎んで告知させていただきます。
場所は谷町の浄土宗應典院。
会場は巨大墓地の近くですので、企画的にはたいへんつきづきしいロケーションと申せましょう。
みなさまのお越しをお待ち申しております。
テーマは「死者とのコミュニケーションは可能か?」
え、死者とコミュニケーションが可能なんですか!釈先生?
それから土曜日の「武術的立場」第一回のご報告を忘れておりましたが、おかげさまで守伸二郎さんとのトークセッションは満員の盛況のうちに愉快に終わりました。
香川からお越し頂いた守さんと、ご来場くださったみなさまにお礼を申し上げます。
なお、当日の早朝に朝日新書のI川さんからメールが来て「まだ買い手がついてないなら、『武術的立場』朝日新書で買います」というオッファーがありました。
まだやってない講演の「先物買い」ですね。
ほんとうは守さん高橋さん平尾さんならびに朝カル事務局のご許可を頂かなければいけなかったのですが、「あ、いっすよ〜」とほいほい売ってしまいました。
関係各位には事後承諾になりましたことをお詫び申し上げます。
というわけですから、今回の連続講演にお出でになれない遠隔地の方もそのうち朝日新書で読むことができますので、ご安心ください。
福井さん「ういろう」ごちそうさまでした。桑村先生お菓子とご本ありがとうございました。海老ちゃん遠くから遊びに来てくれてありがとう。
そして、守さん「うどん」とゲスト出演ありがとうございました。
また遊んでくださいね。

投稿者 uchida : 10:47 | コメント (0) | トラックバック

2006年10月23日

核武装ニッポン

日本の核武装について「どんどん議論すればいいじゃないか」というアオリをしている方々がいる。
お上から許可を頂いたので、私も持論を申し述べたい。
日本の核武装は「あり」である。
ただし、アメリカはそれを許さない。
もちろん中国も許さない。
もちろん、ロシアも許さない。
だから、日本の核武装とはすなわち日米安保条約の廃棄ならびに日本以外のすべての国を潜在的な敵国とみなすということである。
そういう核武装についてなら一考の余地がある。
その場合、東アジアにいかなる隣国とも友好関係をもたない孤立無援の「帝国」が生まれることになる。
私はこの「ハリネズミニッポン」はなかなかに「男らしい」ありようだと思う。
いかなる同盟関係もないままに、単身で軍備するのであるから、とりあえずすべての社会的リソースは軍に集中させねばならない。
先軍主義である。
日本の「北朝鮮化」と申し上げたらよいであろう。
当然ながら徴兵制が施行される。
男女問わず国民皆兵である(フェミニストのみなさんもこれには諸手を挙げてご賛同下さるだろう)。
少子化で子どもの数が少ないので、申し訳ないが、20歳から30歳まで10年間ほどお若いみなさんには兵役を義務化させていただく。
あたら青春の日々を気の毒に・・・とは思うが祖国防衛のためである。
だが、銃後の守りについては心配するには及ばない。
君たちが戦争や戦争のための訓練をしている間、ビジネスや消費活動の方は私ら「団塊の世代」が現役にふみとどまって、きっちり引き受けようではないか。
もちろん学校は私立公立を問わず、すべて「国民学校」に改組される。
一騎当千の強兵の育成がすべてに優先するわけであるから、言っとくけど厳しいよ。
教師の言うことに反抗するような子どもにはきびしい体罰が科せられる。
戦場で指揮官の命令に「オレ的にはなっとくゆかねんですよね〜」などとなめた口をきく兵隊はその場で銃殺であるから、生き延びるためにも幼児期から目上の命令には決して抗わないようにきっちり訓育せねばならない。
TVゲームやマンガは申し訳ないが、18歳以下は禁止である。
視力が落ちちゃうからね。
あ、iPodも禁止ね。つうかヘッドセットは全部禁止。
聴覚を遮断した状態で祖国防衛ができるかどうか考えればわかるだろう。
こういうことをすると若い連中はどんどん海外に逃げ出すかもしれないから、申し訳ないけど、徴兵期間終了までは、海外旅行も留学も禁止。
ハワイとかグカムとか行きたいだろうけれど、それはハワイやグァムを占領してからのお楽しみにとっておこうじゃないか。
でも心配無用。TOEIC900点とかいう英語の得意な子たちにはアジア系移民に変装してアメリカにスパイとして送り込まれるという海外雄飛のチャンスがある。
あと、徴兵期間中はネット禁止ね。
だって、インターネット許可したら、国防情報ダダ漏れしちゃうじゃないか。
「2ちゃんねる」に部隊移動情報とか、セキュリティホールとか暴露されちゃうと、収拾つかないでしょう。
それくらいの不便は祖国防衛の烈士諸君には甘受してもらわねば。
というわけで、核武装日本の強兵たちには祖国のために瞬時のためらいもなく一命を捧げることができるように人格陶冶に励んでいただきたいと思う。
20世紀の瘴気をたっぷり吸って育った「団塊の世代」連中はいまさらイデオロギー的矯正が効かないので、こいつらの態度の悪さだけはしばらく我慢してもらうしかないが。

え?日米の友好関係を維持したまま核武装する道はないかって?
もちろん、ありますよ。
アメリカの51番目の州になるという手があります。
テキサスやハワイはそうやって州になったんだから、日本にだってアメリカの州にしてくださいとお願いする資格はあるはず。
国民投票したら、意外にこれがいちばん票を集めそう。


投稿者 uchida : 15:20 | コメント (17) | トラックバック

2006年10月22日

不適格教員からひとこと

行政は学校のことを放っておいて欲しいと書いたら、その日の毎日新聞の夕刊の一面に「教授、研修して下さい」と大書してあった。
どうも放っておいてはくれないようである。
「文部科学省は大学・短大教員の講義のレベルアップのために、全大学へ教員への研修を義務づける方針を固めた。早ければ08年度4月にも義務化する。研究中心と言われる日本の大学で、学生への教育にも力点を置く必要があると判断したもので、『大学全入時代』を迎え、学生の質の低下を懸念する経済界からの要請も背後にある。具体的な研修内容は今後、中央教育審議会で検討する。」
読んでいるうちに頭がくらくらしてきた。
研修導入の根拠の第一には「企業で戦力として使える人材となるように教育してほしい」という財界の要請を挙げられている。
あのですね。それはちょっと無理があると思うわけですね。
大学の教師のかなりは彼ら彼女ら自身が「企業として戦力として使えない人材」である。
その社会的不適応性ゆえに、大学という「逃れの街」を選んで、そこに逼塞しているという切ない事情だってあるわけである。
そういう方々にいきなり「経済界の要請に応えてほしい」と言われても無理な話である。
当然、研修内容は「従順で、専門能力が高く、現行の統治形態に十全の満足を覚えており、資本主義のさらなる発展に寄与し、雇用調整でクビにしてもにこにこ笑ってくれるような企業にとって好都合な学生を育てる教育はいかにあるべきか」というものになるほかないが、繰り返し申し上げているように、このような研修内容をすらすらと理解して、ただちに行政の指導に従って、おのれの教育理念や教育方法を「改善」してくれるような現実感覚の持ち主であれば、おそらく大学の教師はしていないであろう。
中教審が研修を義務化して、全国17万4千人の大学短大教員をスクリーニングした場合、控えめに見て、50%は「教師不適格」と診断されるであろう。
というより、そうでなければ困る。
90%が適格診断されるような研修であれば、はなからやる意味がない。
なぜなら、どの大学にも「(企業どころか大学においてでさえ)戦力としてまったく使い物にならない教師」が10%はおり、誰がその10%であるかを同僚たちはあらためてご教示いただかなくても熟知しているからである。
であるから、もくろみ通りの研修が行われた場合、かりに「不適格教師として最低50%程度をリストアップすること」が義務化された場合、私などは高い確率で「教師不適格」の烙印を押されることになると予測される。
なにしろ、研修期間中に文部科学省の教育政策を批判し、講師を罵倒し、研修生を煽動して、研修機関から逃亡・・・というような不行跡を重ねることは目に見えているからであるし、第一、今こんな文章を書いているということ自体すでに「大学教師不適格」の動かすことのできぬ証拠であると言わねばならない。
だが、私の適格性についての決定権を誰が持つことができるかについてはひとこと条件を付けておきたい。
とりあえず、文部科学省の役人方が適否の決定権を持つことはご遠慮願いたい。
なにしろ、彼らは過去35年間教育行政に継続的に失敗してきており、その結果としての現在「教育崩壊」といわれる事態を招来しているわけである。
合理的に考えて、彼らの下す教育行政についての施策が「今回も間違いである」ことは「今回に限って正しい」ことよりも蓋然性が高い。
彼らが教育施策において高い確率で正しい判断を下しているということを証明するためには、「文部科学省の正しい指導のおかげで日本の学校教育は各所ですばらしい成果を挙げている」という実例を示すしかないが、もしも「文部科学省の正しい指導のおかげで日本の学校教育は各所ですばらしい成果を挙げている」というのが事実であるとすれば、「教育再生」やら「教育改革」はもとより無用のことである。
私自身はひさしく本学のFD委員長であり、学内の反対を押し切って教員の教育活動評価を導入した張本人である。
私が導入を強行したのは、「行政に法律で強制される前に、教育活動の活性化の道筋を自分たちで進めることが必要だ」と思ったからである。
そのことは会議のたびに何度も申し上げた。
教育目的について、教員の適性について大学教員同士が進んで議論し、本学なりのプリンシプルを立てることを急いだのは、「こういう事態」になることを恐れていたからである。
「お願いだから、うちの大学のことは放っておいてくれ」
私はそう言う権利を確保するために、教員評価制度を導入し、教員の適性評価についての本学なりの基準を立てることに固執したのである。
だから、この際あらためて言わせていただく。
お願いだから学校のことは放っておいて欲しい。
あなたがたが口を出すたびに、そのつど事態は悪化しているのである。
そろそろその歴史的経験から学習してはくれないだろうか。

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2006年10月21日

学校のことは忘れて欲しい

平川くんがめずらしく教育について発言している。
その趣旨のすべてに私は賛成である。
一部を再録する。

中学校では問題児で、高校で落ちこぼれ、大学で教室に座っていた時間はほとんど無い俺にとって、教育について何か考えるというのは、盗人が人の道を語るような気恥ずかしさと後ろめたさがあって、まあ、できればスルーしたい話題である。
それでも、テレビも新聞も鬼の首でもとったように、嬉しそうに九州の教諭を叩き、教育現場の荒廃を憂うる図を見ていると、「素っ頓狂なこと言ってるんじゃねぇよ」と言いたくなる。
筑前では、同町役場にメールや電話が殺到、17日までに2500通を超えたそうである。
大半が町や不適切な言動をしたとされる元担任への抗議や中傷だという。
現場で実際に何が起こっていたのか、その空気は良くわからない。
だから、この元担任の教師を庇い立てするつもりはないけれど、彼に対する抗議や中傷こそがいじめっていうものではないのか。
多くの人が勘違いしているが、
いじめは正義感の欠如によって起こるのではない。
反対である。正義が多数と結びついたところに、いじめが起こるのである。
いじめが頻発しているような教育現場の荒廃があるから、「規範意識や情操を身につけた『美しい人づくり』」@安倍晋三が実現しないのではない。
反対である。
社会の規範意識や情操が希薄化しているから、教育の現場もそれを模倣するのである。

まったく間然するところのない指摘である。
平川くんと私は小学校のときにコンビの多動性の学習障害児であった。
さいわい私たちの担任であったT嶋先生は炯眼にも私と平川くんを隣同士に、かつ教卓のすぐ前の席に座らせておくという奇手を思いついた。
おかげで私と平川くんは相互に学習を妨害しあうというかたちでエネルギーを発散させ、余剰エネルギーが他の級友の身に及びそうになると先生は愛情のこもったヘッドロックやフルネルソンをかまして黙らせるという適切な処置を取ったので、級友たちの安寧は維持されたのである。
まことに行き届いた恩師であった。
その後も多動性の学習回避行動は癒えぬままに、気づいたら教師になってしまった私であるが、学校教育について自信をもって言えることは、平川くんと同じく、「学校教育の現場は社会における支配的イデオロギーが濃縮されたかたちで瀰漫する場所であり、子どもはその社会における支配的イデオロギーにもっとも深く浸潤された存在である」ということである。
もし理想的な教育を行おうとしたら、子どもをその社会における支配的なイデオロギー(それはしばしば教師や親をも共軛している)から隔離するか、あらゆるさまざまなイデオロギーや宗教や因習が共生できる理想的な社会を作るか、二つに一つしか方法はない。
もちろん学校の方が社会よりも小さいので、こちらをいじる方が話が早い。
それは学校を「ありうべき未来社会の萌芽形態」として先取りすることである。
つまり、「さまざまなイデオロギーがにこやかに共生する場所」とすることである。
教師たちの教育理念が異なり、教育方法が異なり、教育の達成目標が異なることが許容されている学校があれば、それこそが想像しうる最良の学校であろう。
理想的な教育というものがあるとすれば、それは「理想的な教育はありえない」という涼しい断念の上にしか築かれない。
過去35年、文部省、文科省が音頭をとって進めてきたすべての教育改革は失敗した。
これだけ失敗したら、文部官僚たちもいい加減学習してもよいのではないか。
それは「上からの斉一的な教育改革」という発想そのものが教育を破壊するという事実である。
考えてみればわかる。
「理想のたこ焼き」というものをつくり出したいとする。
あなたならどうします。
「理想的なたこ焼きレシピ」を衆知を集めて作成し、「理想的なたこ焼きマシン」を作成して、全国のたこ焼き屋に配布し、それ以外のたこ焼き作成を禁じ、全国津々浦々どこでも「同じ味のたこ焼き」が食べられるようになれば、それで日本の食文化の水準が上がったと誇らしげに言う人間がいるだろうか。
いるはずがない。
あらゆるところでレシピが違い、道具が違い、焼き加減が違い、トッピングが違い、値段が違い・・・という「でたらめさ」がたこ焼きの質的向上と不断のイノベーションを可能にしているということに誰でも気がつく。
どうして「たこ焼き」については「理想の単一のたこ焼き工程など存在しない」ということを国民のみなさんはにこやかにお認めになるのに、「人間」については、同じことをお認め頂けないのか?
私にはその理路がわからない。
人間もたこ焼きも一緒である。
「教育はどうすればもっとよくなるのか」という創意工夫を自分の責任において引き受ける人の数が増えれば増えるほど教育は「よくなる」。
当たり前のことである。
「ありうべき教育」がどのようなものであるかは「こちら」で決めるから、教師たちはそれに従うように、という教育行政のあり方そのものが教育をダメにするのである。
安倍内閣は仄聞するところでは教育改革にたいへん熱心であるらしい。
教育基本法を改定し、教師の資格制度を整備し、学習指導要領を緻密化し、教育委員会による教師たちの統制と支配を強化する・・・という施策は「ありうべきたこ焼き」を全国のたこ焼き屋に作らせるために、「たこ焼き基本法」を整備し、「たこ焼き士」認定制度を作り、「たこ焼き作成要領」を法整備し、「たこ焼き監視官」を全国に網羅的に配備して、「青のりの散布量が標準値よりも少ない」たこ焼き屋を摘発するのとまったく同じことである。
申し上げるけれど、そんなことに行政的なリソースを割くのは、税金をドブに棄てることに等しいであろう。
それによって教育が今より少しでもよい方向に行く可能性は限りなくゼロに近い(「ゼロである」と言い切れないのは、教育改革のあまりのばかばかしさに全国民が気づいて「もうこんなのやめようよ」と言い出す方向に棹さす可能性を否定できないからであるが)。
私は「教育はいかにあるべきかに」ついて首相官邸にいるどの政治家官僚よりも長い時間考えてきている。
これについては自信がある。
その私が言うのだから、信用して欲しい。
日本のたこ焼きのレベルを上げようと思ったら、たこ焼き屋に創意工夫をするフリーハンドを与えることが最良の方法である。
教育も同じである。
政治家と官僚たちは(ついでにメディアの諸君も)お願いだから学校のことは忘れて欲しい。
あなたがたが学校のことを忘れてくれたら、それだけで日本の教育はめざましい復活を遂げるであろう。
それは私がお約束する。

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2006年10月19日

会議を短くする方法について

ようやく風邪が治ったようである。
一昨日大学院の演習を中断して会議に呼ばれて、4時間半の長丁場に付き合ったせいでいっとき生命力が衰えたけれど、昨日たっぷり眠って、三宅先生にごりごりしてもらって昼寝をしたらようやく調子が回復してきた。
やれやれ。
それにしても会議が長いのは困ったものである。
会議が長くなるのは理由がいくつかある。
議題にしなくてもいいことを議題に挙げると会議は長引く。
「全会一致的合意」を求める傾向の強い人(言い換えると、穏和で気配りの行き届いた人ということであるが)が議長になると議題がふえる。
「なもん黙ってやっちゃえばいいんすよ。どうせみんなにゃわかりゃしませんから」というような態度の悪いことを言い募る人間(私のような人間)が議題の立案過程に参加していると議題は有意に減じる。
それによって会議時間はたしかに短縮されるが、組織の運営が非民主的になることは避けがたい。
うまくゆかないものである。
議題が少ないのに会議が長引くこともある。
その場合は「会議で採否を決めないことで採否を決める」戦略が採用されている可能性を吟味した方がいい。
採否を決めないことで採否を決するということが可能なのか?と疑問を持つ方がいるであろうが、これは可能なのである。
会議が長引くと「これだけ議論していても何も決まらないなら、他の議決機関に負託しましょう」ということを言い出す人間が必ず出てくる(私もしばしば提案する)。
ナントカ委員会に回付しましょうとか、ナントカ委員長に一任しましょうという言葉は長い会議で疲労しているときには甘露のように甘い響きを持つ。
もうこれでこの不毛な議論から解放されるのか・・・と思うと、みんな喜んで「そうしましょ」ということになる。
「他の議決機関」での採否の方向がある程度読めている場合には、ここで「賛否の決議をしない」ということは、実際には賛否の決議をしているのと同じことになる。
この「採否を決さないというかたちで採否を決する」というやり方は、日本社会においてはそれなりに一般的なものなのであり、劫を経たおじさんたちの中にはこの術を駆使する人がいるから、若い人たちは心しておくように。
私はあらゆる「戦略的なもの」に対して総じて好意的なので、こういうマヌーヴァーはもちろん「あり」だと思う。
ただ、「時間を引き延ばして、みんなを疲弊させることを主な目的とする会議」に出席する機会はできるかぎり避けたいと願うだけである。
いずれにせよ、私は会議に長い時間をかけることが「正しい選択」を導出する上で有用であるとは考えない。
人間は非常にしばしば熟慮の果てに、「これこそが正解だ」という深い確信に領されて、誤った選択をするということを私は経験的に知っているからである。
会議で長時間議論しても、短時間の議論でも、正解を逸する確率には残念ながらほとんど差がない。
むしろ、長時間議論して誤った結論を得た場合の方がそのあとの被害は大きい。
というのは、あまりに熟慮し、眦を決して、かつ満場一致で採決などしてしまうと、それがあきらかに間違った選択であることが事後的にわかっても、なかなか訂正ができないからである。
すぐに訂正すれば傷が浅くて済むのに、誤りを認めると「面子がつぶれる」という人が多いと、補正の必要がわかっていながら、補正ができない。
そのままどんどん被害が拡大する。
これがいちばん困る。
それくらいなら、即断即決で「あらよっと」で決めた方がずっとましである。
深く考えないで下された決断については、その撤回と補正についての抵抗が少ないからである。
「誰だよ、こんなバカな提案をしたのは」
「ウチダさん、あんたですよ」
「・・・」
というような展開になると誤謬の補正は一秒で済むのである。
だから、ものを決めるときにたいせつなのは、「ベストの選択をする」ことではない。
お若い方にはぜひこのことをお覚え願いたい。
「人間はしばしば誤った選択をする」という可能性を織り込んでおいて、「誤った選択」がもたらすネガティヴな影響を最小化する道筋をつけておくことの方が「絶えずベストの選択をし続ける」ことよりもずっとずっと重要なのである。
このことを理解している組織人はきわめて、哀しいほど少ないけれど。

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2006年10月18日

武術的立場のご案内

アナウンスをするのを忘れておりましたが、今週の土曜日から三ヶ月連続で朝カルで「武術的立場」という連続対談をやります。
ゲストは守伸二郎さん(10月)、高橋佳三さん(11月)、平尾剛さん(12月)。
詳細はこのトップページ横のイベント欄か朝カルのホームページをご覧ください。
まだ空席があるそうですので、お申し込みはお早めに。

投稿者 uchida : 09:51 | コメント (0) | トラックバック

2006年10月17日

江さんが来る

クリエイティヴ・ライティングの三回目(私は柏原高校で一回お休みしているので、実質二回目)。
今回のゲストスピーカーは140Bの江弘毅さん。
文春のヤマちゃんも来ていて、賑やかである。
江さんにエディター、ライター希望の学生たちに対して、書くこと編集することの基本について現場の知見をたっぷり語っていただく。
コミュニケーションはコンテンツではなくコンタクトだ(あら、マクルーハンじゃないですか)というお話。
難波江さんと三人で途中から乱打戦となる。
あんなに早口でしゃべって、学生さんたちはご理解いただけたであろうか。
終わったあと、途中から駆けつけたM島くんをまじえて「花ゆう」でプチ打ち上げ。
江さんのひさしぶりの「江節」を日本酒でほろ酔い機嫌に拝聴する。
トム・ウェイツのブルーズを聴きながらバーボンを飲んでいるような感じである。
江さんの話術はここちよい音楽性がある。
音の高低もリズムも、ちょっと哀しい話に転調しても、最後に「ばはははは」と笑いはじけるところも、どこも音楽的である。
本日のお支払いは文藝春秋さまでした。
一同紀尾井町方面にむかって柏手を打つ。

池田清彦さんの本を集中的に読む。
実は最近まで「生物学の人で養老先生のお友だち」ということしか知らなかったのであるが、その池田さんが編集をする『現代のエスプリ』から原稿を頼まれたので、「構造主義生物学」というものについて基礎知識を仕入れなければならなくなった。
とはいえ、急ぎに仕事が(ニート論と中国論と身体論を同時に書いてたんですよ)目白押しに立て込んでおり、『現代のエスプリ』の原稿を書く前には結局池田先生の本には一冊しか目を通すことができなかった。
それがやたらに面白かったので、原稿を書き終えたあとになって、アマゾンでまとめ買いをして端から順番に読んでいる。
どれも面白くて、風邪でぼおっとした頭でもすらすら読める(すばらしい)。
今まで読まずに来たとは不明の限りである。
少し前にその池田先生と養老先生と加藤典洋さんと甲野善紀先生が「宴会」をするからウチダさんも来ませんかというお誘いを頂いたことがあった(誰からのお誘いであったのであろう。新潮社のアダチさんかな)。
濃いですね〜。
『現代のエスプリ』に頼まれたのは「構造主義から見た構造構成主義」というタイトルのものだったのだけれど、「構造構成主義」については勉強が間に合わなかったので、「構造主義から見た構造主義」というようなわけのわからない原稿を送ってしまった。
ダメだったらボツにしてくださいと書き添えておいたが、その後何も言ってこないところをみるとボツになったのかもしれない。
そんなことはどうでもよろしいのだが、池田先生の書くものはどれも面白い。
ツイストの効き方が養老先生にちょっと似ている。
ゆうべ読んだのは『生きる力、死ぬ能力』(弘文堂)で、これはおもに進化論の話。
とりわけ面白かったのは古細菌と真正細菌の話。
真正細菌はコレラ菌とか大腸菌で古細菌とは別のグループ。
その古細菌の中にどこかで真正細菌が入ってきた。
「もしかすると古細菌が食べようとしたのかもしれません。しかし、食べようとして中に取り込んだのだけれど、うまく消化しきれずに中に入ったやつはずっと生きていた。入ってきた方もホストを食い尽くしたりしないで、お互いにパラサイト、ホストの関係のようになって共生をはじめて、お互いに自分たちの機能を補填しあいながら、新しいシステムを作ったわけです。それが、言ってみると我々の細胞なのです。これはアクシデントの結果、進化したのです。突然変異と自然選択で進化したということとは全然違います。」(161頁)
真正細菌でいちばん有名なのはミトコンドリア。
これは生物の呼吸を司っているから、ミトコンドリアがいなければ、生物は存在しない。
それから葉緑体。これは植物にしかないけれど、葉緑体がなければ植物がない。植物はすべての生物の餌だから、これがなければ生物は存在しない。
つまり、生物の起源は「異物を食べたけど消化できなかった」というアクシデントだったらしい。
共生説を最初に発表したのはマーギュリスというアメリカの女性生物学者だが、彼女はなんとジャーナルに15回掲載を拒否されたそうである。
いまはいろいろな証拠が出てきて、マーギュリスの共生説が定説になりつつあるらしい。
佳話である(15回拒否された、というところが)。
私はちょうど「複素的身体論」というのを書いたところで、これは岩波から11月から順次刊行される「身体のレッスン」シリーズの中の第三巻「脈打つ身体」に収録されている。(刊行は来年1月ごろ)
この論文では、どのようにして「敵味方」「他者と主体」という二元論を超克して、「敵と味方、他者と主体」を同時に含む複素的な身体を立ち上げるかという武術的な問題を扱っている。
複素的身体を統御する主体を「私」と呼ぶことができるかどうか、これがなかなかむずかしい問題で、今回の論文では深く考究していなかいのであるが、池田先生の本を読んで「ホストとパラサイトの共生」というのがわりと近いかなという気がしてきた。
それからラマルクの進化論であるが、私がむかしから「獲得形質は遺伝する」ということを主張しているのはみなさまご存じのとおりである。
正確に言うと、「獲得形質を遺伝させる能力は獲得形質として遺伝する」ということになる。
メタ獲得形質というか。
変化した形質そのものが遺伝するのではなく、外界の環境に合致して生き残るために自分の機能やシステムを変化させようとするフレキシビリティが遺伝するのではないか。
「変化」ではなく、「変化する仕方」が遺伝する。
だから、進化は爆発的に進行する。
私はそんなふうに考えているのであるが、誰も相手にしてくれない。
今度池田先生にあったら、訊いてみよう。

投稿者 uchida : 11:40 | コメント (2) | トラックバック

2006年10月15日

風邪ひいた

金曜の朝起きたら喉が痛い。
げ、風邪だ。
授業が一つに会議が三つあるので休むわけにゆかない。
げほげほと咳き込みながら大学へ。
げほげほとゼミをやってから私が議長をやる会議をひとつ終えて、大学の新施設についての委員会に出かける。
具合が悪いので、抑制がきかずにたいへんにストレートなものの言い方をしてしまう。
どうも具合が悪いと他人を不機嫌にすることに対する自制が効かなくなる。
ぐったり疲れて、これ以上他人を不快にしてはならぬので、教授会を逃げだして、家に戻る。
帰りに薬局に寄って「ルル」と「瑞糸」(しいたけ味のドリンク。まじ〜)を購入、ただちに服用後、パジャマに着替えて爆睡。
夜中にパジャマを三回着替える。
土曜の朝、12時間ほど寝たおかげで熱は少し下がっているが、喉の痛みと鼻水は止まらない。
朝から面接試験があるのでこれも休むわけにゆかない。
よろよろと大学へ行き、夕方までAO入試の志願者の面接をする。
AO(Admission Office) 方式というのは、一発入試ではなく、志願者と密なコンタクトを取り、能力適性を見きわめて、採否を決めるという、多少時間はかかるがミスマッチの少ない試験方式である。
秋季入試のいちばん最初のこのAOに志願してくる志願者は「ぜひとも神戸女学院大学に入りたい」と強く念じてくるわけなので、入学後の大学への適応のモチベーションが高いことが統計的に知られている。
今年はなかなか質の高い受験生ばかりで、その点はたいへんうれしいのであるが、採否を決するのがむずかしい。
面接試験をしているうちにだんだん熱が出てきて、頭がぼおっとしてくる。
試験を終えて、ばたばたと家に戻って、ルルを飲んで、パジャマに着替えて、再び爆睡。
6時に起き出して、下川先生のお宅に行く。
今日はお稽古ではなく(ほんとうはお稽古もあったのだが、とても稽古できる体調ではない)、ドクター佐藤と飯田先生の結婚を祝う下川先生ご夫妻主催の晩餐に私も呼ばれていたのである。
ご飯を食べてワインを飲んで、下川先生のお話を聴くだけなら、多少頭がくらくらしていても大丈夫である。
奥様手作りの美味しいご飯をぱくぱく食べてシャンペンワインなどを飲んでいるうちに、だんだんいい調子になってくる。
けらけら笑っているうちにあっというまに時間が経って、10時過ぎになる。
家に戻ってまたルルを飲んで寝る。
パジャマがどんどん洗濯かごに溜まってゆく。
敷き布団も毛布も汗で湿っているが、換えるのが面倒なので、そのまま潜り込んで寝てしまう。
日曜日はオフなので、昼過ぎまで寝ている。
喉の痛みがとれて、残る症状は鼻水だけとなる。
週明けまでに校正を二つ仕上げなければならない(らしい)が、起き出して仕事をする意欲がわかない。
とりあえず蒲団を干して、たまった洗濯物をじゃんじゃん洗って干してゆく。
寝ころんで『のだめカンタービレ』を1巻から15巻まで読む。
風邪を引いているときはマンガしか読めない。
それにしてもどうして鼻水というのはこれほど無尽蔵に出てくるのであろう。
だいたい、鼻水というのは何なのであろう。
なんとなく白血球の屍骸のような気もするが、これほど白血球が死んでしまって、私の身体の免疫体制が無事とも思えない。
あらゆる病症はそのせいで「何かができない」というしかたで治療として機能している。
骨が折れると痛いので、その部分は動かせない。だからはやく骨が接合する。
骨が折れても痛くないと、いつまでも骨がくっつかないから、そのうち身体がばらばらになってしまう。
風邪をひくのも、要するに「働き過ぎだから、すこし寝て休め」という身体からのメッセージである。
それはよろしい。
だが、わからないのは鼻水である。
鼻水が出ることで私は何を得るのか?

投稿者 uchida : 16:57 | コメント (5) | トラックバック

2006年10月11日

働くオフ日

久しぶりのオフなので、朝からばりばりと原稿を書く。
まず共同通信の「常識的!」1240字。
ネタは昨日の大学院で話したけれど、『七人の侍』における「平八」(千秋実)的人物の組織内的意義について。
さらさらと書き上げてから、講談社の教育論・ニート論の続きに取りかかる。
すでにフランスで書き上げているので、二度目の補筆である。どこかで止めないと終わらないのだが、たいせつな本なのでもう一回。
S経新聞社から電話がかかってきて、「村上春樹がノーベル賞をもらったときの記事」を依頼される。
まだ、受賞結果は出てないんでしょう?と聞き返したら、発表が明日の午後8時なので、結果を聞いてから原稿を書いたのでは翌日の朝刊に間に合わないそうなので、事前に「予定原稿」として書いて欲しいということである。
「村上春樹さんがノーベル文学賞をもらった。『風の歌を聴け』以来の長年の読者としてまことにうれしく思う」から始まるヴァーチャル祝辞を書く。
ついでに蓮實重彦と松浦寿輝の村上文学批判にも文句をつけておく。
村上春樹をさんざん批判してきたのであるから、彼らとしてもここはきっぱりと「ノーベル文学賞の選考委員会はバカ揃いだ」というコメントを書いてもらわないとことの筋目が通るまい。
さらさら。
昼に昨夜仕込んだおでんを食べる。
味がしみてて美味しい。
続いて日刊Gから「場の空気が読めない男たち」はどうして発生したのかというディープな質問が電話で来る。
あのね、それは幼児期の母子関係に遡るんですよ・・・と話すこと1時間。
K通信から連載エッセイをもう1年間延長というオッファーが来る。
地方紙の読者に読んでもらう数少ない機会であるので、来年も引き続き態度の悪い原稿を寄稿することにする。
不思議なところから不思議な仕事のオッファーがある。
申し訳ないけれど、お断りする。
しかし、よく考えてみたら、こういうオッファーがある可能性は吟味しておくべきだった。
意表を衝かれてびっくりするというのは武道家としてはあってはならぬことである。
でも、ちょっとびっくり。
このあと夕方から梅田に出て、越後屋さんとクリント・イーストウッドの『硫黄島二部作』の第一部「父親たちの星条旗」の試写会。
ほんとによく働くよな。

投稿者 uchida : 18:20 | コメント (2) | トラックバック

多田塾と「彼岸花」

群馬県片品村での三日間の多田塾が終了。
多田先生のかたわらで三日間を過ごし、先生の言葉に耳を傾け、先生の呼吸に同調し、先生の動きを目で追うだけで、全身が清められたような気分になる。
大げさなとお思いだろうが、200人近くの武術者(そのうちのかなりは日本語を解さない外国からの参加者である)が一堂に会し、狭いところでひしめきあって、風呂やらご飯やら限られた空間とリソースをシェアしなければならないのである。
ほんとうはあちこちで「肩が触った」「足を踏んだ」「オレの牛丼食った」「シャンプーの泡が目に入った」・・・というような細かなフリクションが起きて当然であるにもかかわらず、三日間、私たちはほとんど笑い声以外の声を聴くことがなかった。
よくよく考えると、これは現代社会ではかなり稀有な出来事といわねばならない。
これだけ穏やかな時間を過ごす機会は合気道の合宿以外にはなかなか出会うことがない。
今回も多田先生から味わい深いお話をたくさん伺った。
先生の言葉は頭にではなく、身体にしみこんでくる。
そのときには理解できなくても、時間が経つといつのまにか血肉化していることに気づく。
そういうわかり方しかできない叡智というものがあるのである。
もうすぐ岩波書店から私の「複素的身体論」の論文を収録した本が出るはずである。
これまで30年間私が多田先生から教わったことを私なりの言葉に置き換えたものである。
この本を先生に差し上げるのが私なりの先生への感謝のかたちである。
合宿の運営にお骨折りいただいた坪井先輩はじめ関係者のみなさんにお礼を申し上げます。
工藤くん、のぶちゃん、また老生と遊んでくださいね。小堀さん次は11月の自由が丘45周年でお会いしましょう。

10日の大学院の発表は「派遣」と「働くこと」というなかなか重いテーマ。
発表してくれたのはご自身派遣会社で登録者の面談をして、しかるべき職場へ送り込むマッチメイカーをしているT畑さん。
日本の雇用状況について、現場からの生々しいレポートと分析を拝聴する。
学ぶところが多かった。
伝統的な年功序列・終身雇用はすでに棄てられて、成果主義と転職の繰り返しによるキャリアデザイン・モデルに移行しつつある。
景気が回復しつつあり、雇用状況が好転しているとはいえ、依然として派遣や契約社員やアルバイトのような非正規雇用への依存は変わらない。
なぜ非正規雇用がこのように増えるのか。
この問題について考える。
「同一労働同一賃金」は労働の基本であるけれど、現在ではどこでも守られていない。
日本中どの職場も、正規非正規雇用者が混ざり合って同じような仕事をシェアしている。
場合によっては、正規雇用の社員よりも非正規雇用の社員の方が「仕事ができる」ということもある。
にもかかわらず、「たまたま」雇用形態が違うというだけで、賃金や待遇に有意な差が出る。
このような雇用形態は、どちらのタイプの労働者についても、その勤労意欲を高め、仕事の質を上げるようになるということは期待しにくい。
ならば、どうして非正規雇用が増えるのか?
それは、いったん成果主義が導入されると、自力では売り上げを増やすことのできない管理部門にとっては人件費の削減しか「目標」の達成を数値化する方法がないからである。
なるほど。
仕事の絶対量は変わらない(というか成果主義を導入すると「評価コスト」がそれに上積みされるから、仕事の絶対量は増える)のに人件費を削減するとなると、
(1) 同じ賃金でこれまで以上の仕事をやってもらうか
(2) 同じ仕事をもっと安い労賃でやってくれる人間を雇うか
二つしか方法がない。
もちろん前者は単なる「労働強化」であるから、そのようなものを「成果」と呼ぶことはできない。
「同じ仕事をもっと安い賃金でやってくれる人を探す」となると、生産拠点を人件費の安い土地に移転するか、非正規雇用をふやすか、打つ手は二つくらいしかない。
そのようにして非正規雇用形態は定着していったのである。
そして、非正規雇用者を増やしてみたら、彼らが正社員よりも有能でよく働く場合がしばしばあり、「え・・・?それなら正社員なんか要らないじゃないか」という思いがけない結論が導かれたのである。
できるところは全部非正規雇用にしちゃえばいいじゃん・・・ということで、製造部門、営業部門に続いて、ついに管理部門までアウトソーシングされることになった(派遣会社は「人事課」の仕事を代行している)。
そのうち社長まで派遣されるようになるのではないかという笑い話もあるが、平川くんの日記を読んでいると彼は13社の社長、役員、顧問を兼任しているそうであるから、これなどはほとんど「社長業のアウトソーシング」である。
さすが時代の先端を行く平川くん。
このままゆくと、いずれ「社員全員が非正規雇用の会社」というようなものも出現するのかも知れない。
そうなるとコスト削減のために青筋立てる管理部門の人間もいなくなって、かえってせいせいするかも知れない。
リナックス・カフェなんか、そういえばそんな感じだし。
考えてみれば、雇用期間が有限であるという点で言えば、終身雇用だって雇用期間は有限なわけである。
私などはあと4年ちょっとで退職であるから、もうそろそろ研究室の後片付けを始めなければいけないし、長期的なプロジェクトなどについては(あとの責任が取りきれない以上)できるだけ提言を控えるようにしている。
そういう意味ではもう非正規雇用の教員とあまり変わらない。
でも、勤務先に対するロイヤリティが15年前にくらべて落ちたかというと、そんなことはない。
あと4年半しかないから、できる限りのことはやっておこうと考える。
その方がふつうだろう。
「与えられた場所でベストを尽くす」というモラルのあり方は、残りの在職期間が10年だろうと1年であろうと、原理的には違わない(はずである)。
そう考えると、おそらく今後雇用形態は二極化するように思われる。
アウトソーシングできる仕事は全部アウトソーシングしたせいで、会社の本体は「スケルトン」になって、たいへん風通しのよい会社が一方の極にある。
他方の極には伝統的な年功序列・終身雇用の『百年目』の船場の大店みたいな濃密な人間の絆で結ばれた会社がある。
ある程度以上の規模の会社は「スケルトン化」したほうがよいだろうし、小規模の組織は「百年目モデル」の方が似つかわしいような気がする。
私の夢見る組織は小津安二郎の映画で佐田啓二や高橋貞二や司葉子や岡田茉莉子や渡辺文雄が勤めているような会社である。
終身雇用・年功序列で、伊香保の社員旅行でロマンスが生まれ、上司(佐分利信)の奥さん(田中絹代)が「うちにくる若い人のなかでは後藤さんがいちばんいいわね」とマッチメイキングに一肌脱いでくれて、結婚祝いには同期みんなでハイキングに行くような会社(歩きながら「山小屋の灯火は〜」と歌い、山小屋ではもちろん水割りを飲みながら麻雀)がいいなと思う。
もうあんな会社は丸の内のどこにも存在しないのであろうが、私はああいうのが好きである。
別にそれをニッポンのスタンダードにせよとは申し上げない。
でも、「ああいうのが好き」という同好の士が集まって、そういう組織を作ったら楽しいだろうと思うのである。
そういうふうに考えると年功序列で段位が上がり、死ぬまでメンバーシップが維持される終身雇用で、メンバー同士で結婚したり、宴会したり、麻雀したりしている多田塾というのは、「彼岸花」の会社にちょっと似ている。

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2006年10月06日

これで日本は大丈夫?

興味深い記事が今朝の朝刊に二つ出ていた。
ひとつは松本和子早稲田大学教授の研究費の不正使用についての記事。
松本教授は架空のアルバイト料として研究費1500万円を不正受給。うち900万円を投資信託で運用。バイオ系ヴェンチャーと2500万円の架空取り引きも発覚。不適切使用の疑いのある研究費の総額は3億円にのぼる。
その他にも共著論文についての不正疑惑も浮上している。
大学教授の「データ捏造」と「研究費不正使用」の記事を見ない日はない(というのはオーバーだけれど)、「見ない週はない」くらい頻繁に報道されている。
こういう場合は、
(1) もともとこういう事件は日常的にあったのだが、たまたまその事件が話題になっているので、優先的に報道されている
(2) もともとはあまりなかったのだが、最近急に増えた
のいずれであるかについて考えてみる必要がある。
教師のわいせつ行為とか、警官の不祥事とかは、(1)なのであるが、あまりに日常的に頻発している事件なのでニュースバリューがない。
たまたま話題性があると判断するとメディアは「洪水的」に報道するので、読者は「わ、こんなに急に」とびっくりしてしまうのである。
でも、ふだんからそういうものなのであるから驚くには及ばない(だから安堵するということでもないが)。
大学教授のデータ捏造や研究費の不正使用は(2)である。
これは文科省が音頭取りをしてはじめたあの「自己評価・自己点検活動」のマイナスの成果だと私は見ている。
自己点検・自己評価というのは、要するに教員の業績や能力をカタログ化し、標準化し、数値化することである。
フーコーだったら「権力を内面化すること」と言うだろうけれど、そのこと自体は特に悪いことではない(人類社会ができてからずっとやっていることだからだ)。
けれども教師の活動を網羅的にカタログに記載して、それを単一の度量衡で計測して、順位をつけて、予算を傾斜配分するということになると、たいていの人間は数値をふやすことそれ自体を自己目的化してしまう。
内容はどうでもいいから、とにかく数字を、ということになる。
本学でも私が自己評価委員長のときに、教員評価システムを導入して、活動についての外形的な評価をしようという提案をしたら、何人かの教員から「そんなことをしたら、数値だけふやそうとする教師が出てくる」という反対意見があった。
私はぜんぜん意味がわからなかったので、きょとんとしていたが、これは私が不明を恥じなければならない。
世の中には研究それ自体に愉悦を見出すことのできない研究者が想像以上にたくさんいたのである。
理科系は外形的な数値を重んじる傾向が強い(人文系の場合は、論文を10年に一本しか書かない教師が「私の論文は一本でふつうの学者の論文の10倍の価値がある」というような妄言を言い募っても、誰も咎めないから、数値化自体が無意味なのである)。
理系の場合は、データを捏造しても、とにかくはやく国際的なジャーナルに投稿して論文点数を稼がねば、という焦慮が出てくる。
理系の研究には金がかかるからである(人文系の場合は研究にあまりお金がかからない。私などは毎年大学からいただく研究費の大半を使い残している。昔買った本を読み返すのと、面白い人と会って話をするのが私の「研究」のすべてであるので、あまりお金がかからない)。
理科系の場合は、金がなければ研究が進まないので、投資信託でも株式運用でも賄賂でも、とにかく研究費を確保して、しかるべき研究成果を出せば「結果オーライ」という手荒な研究体制に傾きがちな方もおられるのである。
気の毒だが、なにしろ国立の理系の場合、年間研究費が15万円(!)というようなところもある。
これでは、コピー代も出ない。
研究費が要るなら、外部資金を導入できるような研究をしてみろ、と上の方は凄むのである。
外部資金が導入できない研究は要するに社会的ニーズがないのだから、さっさと止めてしまえ。停年まではただ飯を食わせてやるから、もう無意味な研究はするな。
そう言われている理系教員がおそらく日本中に何千人がいる。
そういうふうに「市場原理」を導入したことが大学における研究を活性化したかのか、それ以上に堕落させたのか、これについてはそろそろ損得勘定を始めてもよろしいのではないか。

もう一つ興味深かったのは靖国神社境内の戦史博物館、遊就館が米国から批判の出ていた第二次世界大戦の米国関係の記述を改めることを決定したという記事。
変更するのは「ルーズベルトに残された道は資源に乏しい日本を禁輸で追い詰めて開戦を強要することだった。参戦によって米経済は完全に復興した」という記述である。
神社は駐日アメリカ大使の批判を受けて、「開戦の強要」「米経済の復興」などを削除することを決定した。
その一方、中国関係の記述については見直しの予定はないそうである。
繰り返し申し上げるように、東京裁判を仕切ったのはアメリカである。
アメリカ人将兵29万人の死について有責であるとしてA級戦犯たちを告発したのはアメリカである。
そのアメリカがどうして同盟国の首相がそのA級戦犯たちを祀る靖国神社に公式参拝することにきびしく抗議をしないのか、その理由は一つしかない。
アメリカが抗議しないのは、もし首相の靖国参拝に国務省が正式に抗議して首相が靖国参拝を中止した場合、それがきっかけで日中日韓の歴史問題が「解決してしまう」かもしれないからである。
アメリカにとっては同盟国首相が東京裁判の判決を不服としているという心情的な不快と、東アジアに日中韓ブロックが形成されるという地政学的な損失を比較考量して、後者を優先したのである。
だから、アメリカは「アメリカについての記述」についてのみ限定的に削除を求め、中国についての記述は放置したのである。
遊就館の歴史観そのものをアメリカが批判した場合には、中国についての記述も訂正を求めないと話の筋目が通らない。
だが、そんなことをしたら、せっかく形成された日中日韓の緊張関係が緩和してしまうかもしれない。
そんなことになっては1853年からの東アジア経営に注ぎ込んだ帝国主義的リソースの元が取れない。
だから、アメリカは区々たる文言だけにクレームをつけて、東京裁判を否定する遊就館の「歴史観」そのものは手つかずに置いているのである。
中韓にはどのような失礼を言っても許すが、アメリカにはふざけた口をきくなよと釘を刺したのである。
中国韓国の言い分には決然として耳を貸す気のない靖国神社はアメリカのこの抗議にはただちに頭を下げた。
それについて素朴な疑問がある。
「アメリカと戦って死んだ英霊たち」は靖国神社のこのアメリカに対する対応をどう思うであろうか。
私は死者が何を考えているのかわからないという立場にあるので、英霊たちの反応についても想像がつかない。
英霊たちがどのような弔い方を望んでいるのか熟知していると主張している宮司たちのことだから当然答えはご存じなのであろう。
で、英霊たちはこれについては何と?

投稿者 uchida : 21:59 | コメント (5) | トラックバック

2006年10月05日

仏教ルネサンス

南直哉(みなみ・じきさい)老師との対談のために東京へ。
南老師は福井の曹洞宗霊泉寺のご住職と恐山(!)の院代を兼務されている「仏教界最左派」の「論僧」である。
ご著書も『語る禅僧』、『日常生活の中の禅』など多数。
このたび新潮社から『老師と少年』という本を出されるのを記念して、『波』のために、私との対談が企画されたのである。
ご存知のとおり、内田家の菩提寺は鶴岡の宗傳寺であり、多田先生の道場は吉祥寺の月窓寺境内にある。いずれも曹洞宗のお寺である。
そんな仏縁浅からぬ南老師は「著者紹介」を見ると、58年生まれ、早稲田の文学部を卒業後、サラリーマン生活を経て、84年に出家得度し、永平寺で20年修行生活を送った異色にしてダイハードな宗教家である。
『老師と少年』は、師弟について、悟りについて、自我について、学びの主体性について、思考のたどりうる極限まで一気に肉迫するまことに稀有の書物である。
どんな人かな〜とどきどきして新潮社まで行くと、180センチを優に越す長身痩躯の僧にご紹介いただく。
私よりでかい人と対談するのは橋本治さん以来二人目である。
行雲流水の禅僧であるから、老師も墨染めの衣を翻し、お荷物も袋一つ。
中村錦之助主演の『宮本武蔵』で三國連太郎が演じた澤庵禅師のように「かっかっか」と身体をよじるようにして、呵呵大笑せられる。
すごい迫力である。
新潮社クラブにて対座して、さっそく「問答」が始まる。
話がはずんで、あっというまに3時間。
老師は修行、私は武道、それぞれに具体的な身体技法を基礎にして理論構築をしているので、筋目がところどころでぴたりと合う。
それもそのはず、老師は永平寺での修行の日々のあいま、87年にすでに拙訳『困難な自由』を読んでおられた古手のレヴィナシアンだったのである。
私は仏教のことは何も知らない。
キリスト教とユダヤ教についてわずかばかりの知識を持つだけである。
だが、まことに意外なことに、どうやらレヴィナスと仏教は「相性」がよいようである。
ヨーロッパ的知性からすれば「存在するとは別の仕方」とか「絶対的他者」というのは思量の困難なものであろうが、仏教ではそれこそが中心的な論件である。
レヴィナス老師は私の知る限り仏教についてその著作で言及したことがないし、もちろん『正法眼蔵』や『教行信証』など読まれたことなどないはずである。
にもかかわらず、老師の述べることのうちもっとも噛み砕きにくい考想が仏教の哲理と深いところでシンクロするというのがまことに興味深い。
先日は、釈先生に応典院の秋田住職をご紹介いただいた。
秋田老師はかつて石井聡互の『狂い咲きサンダーロード』や『爆裂都市』のプロデューサーとして知られ、今は家業を継がれてお寺をベースにさまざまな文化活動を展開している異色の宗教人である。
釈先生とその応典院で対談をすることになっているので、そのご挨拶に見えたのである。
秋田老師もまことに迫力のあるお僧であった。
どうも当今、やたらに面白い人たちが仏教界に「ダマ」になっているようである。
これは鎌倉期以来の仏教ルネサンスの時代が到来しつつあることの予兆なのではないか。
私にはなんだかそんな気がする。

投稿者 uchida : 15:58 | コメント (3) | トラックバック

2006年10月02日

1600の瞳

兵庫県立柏原(かいばら)高校の進路探求WEEK−ほんとうの「知」に出会う のオープニングイベントの基調講義というものをするために丹南篠山口から176号線を長駆して柏原へ行く。
高校からの講演のお座敷がかかった場合、原則として万障お繰り合わせの上参上することにしている。
なにしろ高校に営業に行って「進路指導の先生にお会いしたいのですが・・・」と言っても、「先生はお忙しいから、パンフだけ置いて帰って」とけんもほろろの応対をされたことも一度や二度ではない。
進路指導の先生が会ってくれるというだけでもありがたいことであるのに、今度は先方の進路指導の先生から「来て高校生に講演をしてください」というご依頼である。
え、高校生に直で営業しちゃっていいんですか?
しちゃいますよ。
もちろんお呼びくださった進路指導のM下先生とF田先生(そして校長先生も)はご賢察のとおり私の読者である。
『先生はえらい』を読んで勇気づけられた全国80万の小中高教諭のみなさんのおひとりである(その割には80万部売れてないのはどういうわけだろう)。
私がリーダー・フレンドリーであることはご案内の通りである。
かててくわえて、F田先生はおそらく柏原エリアでも数少ないナイアガラーなのである。
ナイアガラーが思いがけない場所で他のナイアガラーに遭遇したときの感動はいささかの修辞的誇張を加えて言えば『スピーシーズ2』でエイリアン同士が遭遇したときの感動よりちょっと少ないくらいのものである。
もちろんナイアガラーといっても、F田先生はお若くて、81年の『ロンバケ』を小学生で聴いてからのナイアガラーであり、『Niagara Moon』で目覚めて、ラジ関でリアルタイムで『Go!Go!Niagra』を聴いて取り返しのつかない青春を過ごした第一世代ナイアガラーである私とは「年季の差」があることは否めない。
「ラジ関聴いてた」というのは、ナイアガラー世界内部的には、ソ連共産党党内において「オレはレーニンとツーショットを撮ったことがあるぜ」とかますオールド・ボルシェヴィキくらいの格を意味するのであるが、若い諸君には喩えがわかりにくかったかもしれない。
ともかくナイアガラーからの同志的連帯の挨拶に応えないナイアガラーはいないのである。
さくさくとBMWを走らせて柏原に着く。
着いてびっくり。
ここは関ヶ原以来の柏原藩の城下町だったのである。
柏原高校は旧制中学から数えて開学110年、旧藩校のような格の高校である。
廃県置藩は私の年来の持論であるが、こういうコンパクトな城下町が丹波の山中に忽然と出現するのが幕藩体制の強みであるが、この話をしだすと長くなるので割愛。
早く着きすぎて、吉田校長(三月まで県立西宮高校の校長さんだったから本学の隣組である)にお相手をしていただいて、柏原高校の歴史と今後の展望についてお話を伺う。
明日から43の講座が1週間の間続き、毎日のように京阪神の大学や各種の学校から講師が来て、高校生たちに進路のご案内をするという気合いの入った企画である。
最初に私を呼んで基調講演をさせようというあたりに「いかがなものか」的要素もかいまみられるものの、総じてまことに意欲的な教育プログラムと申し上げてよろしいであろう。
しかし、考えてみたら、私は高校生相手に講演なんかしたことがこれまでにない。
出張講義というのは二三回経験があるが、これはほんの二三十人規模のもので、時間も50分。
全校生徒800人を体育館に集めて、その前で70分しゃべるというのは初体験である。
もし、これで生徒たちがあくびをしたり、私語をしたり、立ち歩いたりされてしまっては、「先生はえらい」などと大言壮語をしてきた私の面目まるつぶれである。
どうやって70分間黙って話を聴いてもらえるか。
かねて用意の小ネタでお茶を濁すわけにはゆかない。
私自身がハイテンションの憑依状態になって、舞台上で「あああ、何かが降りてきた」というふうにならないと15−18歳のみなさん800人の注視を維持することはできない。
こういうときには必殺技があって、ここでこっそりご紹介しておくのだが、「体育館に集められたけれど、講師の話がつまらないぜ、けっ」と思っている高校生の心理ならびに身体運用ならびにリアクションのくさぐさについて、記述的な描写をするところから始めるのである。
人間は自分の「口まね」をされると絶句する。
諸君は今、前方に足を投げ出して、目を半開きにして、「たりーぜ」というシグナルを全身を記号化して表現されておるけれど、これは悲しいほど定型的な身体運用であって、あなたはそれと知らずに既成の身体運用文法に繋縛されており、すでに「出来合いの高校生型」というピットフォールに落ちこんでいるのであるという話から始めると、そういう態度がたいへんしにくくなる。
フェアな手ではないけれど、相手が800人である。こちらも多少はくさい手を使わないと勝負にならない。
いつも申し上げているように、こちらの「話の先」を読まれてしまうと、一瞬のうちに緊張感が解けてしまう。
だから、絶対に「話の落としどころ」がわからない話だけを選択的にする。
とはいえ、何を言っているのかわからない話だけをしていたのでは基調講演にならない。
それに「教育崩壊と経済合理性」という大仰なタイトルだけはパワーポイントででかでかと舞台中央に映し出されているのである。
柏原高校は風水的にたいへんすばらしいロケーションであるというところから始める(これはほんとうの話である。旧藩の陣屋敷があるところなのであるから、風水的にいいに決まっている)。
諸君はその風水の良さを皮膚で感知しているかな?
私にはこの場にみなぎる力が感じられる。だが、諸君にはそれがわかるだろうか?
というようなことを言われると、高校生諸君も、とりあえず「皮膚」の感度を上げて、「ほんとうかな?」とチェックをする。
皮膚の感度を一度上げていただければ、オッケーである。
こちらはなんといっても愛と和合の合気道家である。
インターフェイスの感度を一度上げてもらえれば、あとはその肌理にじりじりと入り込むことができる。
そのためにこそ気の錬磨の稽古を三十年からやってきたのである。
「自分探し」の虚妄について、「駒形」の泥鰌鍋おじさんについて、ストックフレーズの呪縛について、時間と身体を割る技法について、ハル・ブレインのドラミングについて(これはF田先生へのナイアガラー内輪ギャグ)、「学び」の本質について、「メノンのパラドクス」について、75分しゃべり続ける。
最後まで生徒諸君は静かに聴いていてくれる。
話を終えて、生徒諸君の暖かい拍手を浴びると、思わずピースサインを出して、「柏原ベイビー、愛し合ってるか〜い」と言いたくなるが、さすがに自制。
講演後、校長先生、教師のみなさん、高校生たち、保護者のみなさんをまじえて座談会。
女子高校生から「お話面白かったんですけど、横文字多くて、ちょっとわかりにくかったです」と言われる。
分からない言葉ありました?と訊くと「インターフェイスっていうのが、ちょっと・・・」と言われる。
おおお、キーワードが。
「でも、話をきいているうちに、だいたいそういうことかな・・・ってわかりました」
ああ、よかった〜。
テンションが上がったままなので、いろいろとご質問があるのをいいことに、ひとりでしゃべり続ける。
帰りがけに進路指導の先生方には「これから公募推薦、指定校推薦、一般入試とございますので、ぜひ生徒のみなさんを神戸女学院大学へ」とお願いする。
今回入試センターのA木課長には「なんとか5人志願者ゲットしてきます」と約束したのであるが、果たして柏原高校からは何人の志願者が来てくださるであろうか。
校長先生はじめ柏原高校のみなさん、ほんとうにありがとうございました。
とっても楽しかったです。
こういう機会を与えてくださったことにお礼を申し上げます。

投稿者 uchida : 20:10 | コメント (3) | トラックバック

土蜘蛛と山姥(あれ、オレの役、化け物ばかりじゃんか)

下川正謡会の秋の素謡と仕舞の会が無事終了。
今回はドクター佐藤とのコンビで仕舞が『土蜘蛛』、素謡が『山姥』。
『土蜘蛛』はドクターとばっちり稽古をしてきたので、型の部分は心配ないのだが、蜘蛛の巣がちゃんと飛ぶかどうか心配だった。
稽古舞台よりも本番舞台の方が二人とも動きが大きかったせいか、稽古のときのようにドクター全身巣まみれというコミカルな展開にはならず、肩の辺りに「はらり」と蜘蛛の巣がかかる程度で終わってしまった。
とりあえず四つ蜘蛛の巣がちゃんと開いたので、ほっとした。
『山姥』は仕舞が終わってほっとして、わりあいリラックスしてできた。
地謡が真後ろでがんがんくるので、ついつられて後半は声を張ってしまって、あとで下川先生に叱られた。
今回は素謡と仕舞だけの地味な会なので、あまり宣伝もしていない。
大学でもゼミの3年生にしか連絡しなかった(4年生は卒論に集中するようにとのハカライである)。
雨の中遠いところを来てくださったみなさん、どうもありがとう。
楽屋見舞いも多くのみなさんからいただきました。
お礼を申し上げます。
来年の大会は6月3日(日)。
こんどは舞囃子も能も出る賑やかな会である。
私は『天鼓』か『菊慈童』の舞囃子で舞台を踏ませていただく予定である。
みなさんもダイヤリーにチェックしておいて下さいね。
場所はいつもの湊川神社神能殿。
大会が終わって、打ち上げでビールを飲んで、ぱくぱくと中華を食べる。
ほっとする。
学会発表でも講演でも演武会でも、終わって「ほっとする」ということは別にない。
ほっとするのはこの会だけである。
この会だけは失敗すると下川先生にしこたま叱られるからである。
この年になって、叱られることをおそれてびくびくしているのは、お能のイベントだけである。
私のような態度の悪い人間には、ひとつくらい「叱られるのがこわくてびくびくする場所」があった方が人格陶冶上よろしいのではないかと思う。
だから、会の終わった夜は1年でいちばんほっとして、穏やかな気分でいられる。
家に戻り、着物を片付けて、寝ころんでウィスキーを啜っているうちに猛然と眠くなる。
やはり緊張していたのである。
10時半にばったり就寝。

投稿者 uchida : 08:46 | コメント (1) | トラックバック