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2006年06月30日

Why do only fools pay the tax?

朝起きたら税務署から奇妙な封書が届いていた。
「消費税課税事業者届け出」をしろという知らせである。
は?
昨年度の課税売り上げ高(収入から消費税が課税されない収入を差し引いた金額)が1,000万円を超える事業者は来年から消費税の課税事業者となるから届け出をしろというのである。
意味がわからない。
私の収入は給与と原稿料と印税と講演料だけである。
そのすべてで所得税が源泉徴収されており、さらに確定申告で新車一台分の税金を追い払いしていることはご案内の通りである。
で、さらに消費税。
そ、それは何ですか?
それは私が給与や原稿料を受け取るときに、「あ、消費税分5%上乗せしてください」と言えってことなのか?
私がそう言えば、出版社は「はいはい」と5%増しの原稿料を私に払ってくれるということなのか?
意味がよくわからない。
なんだか違うような気がする。
では、どうするのか。
これまでの所得税の他に毎年所得の5%を消費税分としてさらに税務当局にむしり取られるということなのか(そ、そんな)。
さらに読み進むと「納付すべき消費税額は、課税売り上げに係わる消費税額から、課税仕入れ等に係わる消費税額を差し引いた金額です。課税仕入れ等に係わる消費税額を控除するためには、原則として課税仕入れ等の事実を記録した帳簿及び課税仕入れ等の事実を証する請求書等の両方の保存が必要です」と書いてある。
ということは、私はこれからすべての経費の出納を毎日帳簿につけておかなければならないということか。
勘弁して欲しい。
私は決して吝嗇な人間ではない。
むしろ「太っ腹な」人間だと申し上げてよろしいであろう。
これまでもいつもにこやかに税金をお支払いしてきた。
納税は国民の義務である以上当然のことである。
しかし、「帳簿を付けろ」というのはそれとは話の筋目が違うのではないか。
収入を多いのだから「もっと税金を払え」ということは条理にかなっている。
だが、おまえは収入が多いのだから「もっと仕事をしろ」というのは筋が通らない。
「金なら払う」と言っているのに、税務署は「金はいいからお前の時間をよこせ」と言ってくるのである。
それはおかしいだろう。
律令の昔から、租庸調の「庸」(ほんらいは年間20日の労役)は物納による代納が許されていた。
班田収授法の時代から、すでに「金と時間は別物で、金は払うが、時間は渡さない」と日本の良民たちはお上にきっぱり告げていたのである。
「帳簿を付けたり請求書を整理したりする」労役は「庸」である。
だが、税務当局は納税業務のために割かれる労働時間をこれを「庸」としては認めていない。彼らはこれを「ゼロ査定」している。
おそらく「そういうこと」がまったく苦にならないタイプの人間たちだけで国税局が構成されているせいなのであろう。
だが、世の中には「そういうこと」をしなければならないと考えただけで死にたくなるようなタイプの人間もいる(私がそうだ)。
そのような人間の結論は論理的に言って「では、できるだけ仕事をしないで、できるだけ納税にかかわることとは無縁な人生を送ろう」というものに落ち着くに決まっている。
少なくとも私の勤労意欲はこの一枚の役所からの書類によって95%方減殺したことをここにご報告せねばならない。
税務当局の方々は、良民の勤労意欲納税意欲をかくも劇的に低下させることを通じていったいいかなる国家目的を達成しようと考えておられるのか?
私には理解が及ばない。

投稿者 uchida : 20:07 | コメント (1) | トラックバック

謎の沈黙交易品

三宅先生のところで治療をしていただきながら世間話をしていたら、横で話を聴いているらしい次の患者がくすくす笑っている。
どうしてこんなインサイドストーリーがおもしろいのであろうと不審に思って起きあがると、青い顔をした栄養状態の悪そうな青年であった。
なんだIT秘書だったのか。
今日は越後屋さんと画伯の共催で「亀寿司中店で中トロを食べ尽くす会」というのがあるようだが、キミは行くのかね。
家賃と保険料と税金で洗いざらい持って行かれたので鮨なんか食べている経済的余裕はボクにはありませんと秘書は悲しげな顔を向けた。
そうか。でも、ご飯にフリカケだけというような食生活は改めるようにね。
たまには鰻でも食べなさい。
先生は行かれるんですか。
ボクは今日E阪歯科でインプラントの治療があるんだ。もし、先生に「今日はあまり歯を使わないように。それからお酒はダメですよ」と言われたらあきらめるけどね。
三宅先生が大きな目をぎょろりと剥いて「ダメですよお寿司なんか食べにいっちゃ」と断定する。
三宅先生は自分のいないところで患者が美味しいものを食べるという話を耳にすると「それは食べない方がいいです」という方向に話題をもってゆこうとする傾向があるように私には思われるのだが、私ひとりの錯覚であることを祈りたい。

家に戻ると、講談社チームが取材に来る。
『セオリー』というMOOKの新シリーズのための取材である。
お題は「サービス」。
私はほとんど外食をしないし、外泊するのも学士会館と野沢温泉さかや旅館だけであるので、日本のサービス業のクオリティや趨向性についてコメントできる立場にないのであるが、「知らないことについても意見を述べる」ことについてとくにご遠慮申し上げる立場にもないので、サービスを最大限享受する方法について私見を述べる。
食事であれ、旅行であれ、サービスを享受する最良の方法は「ごっつぁんです」である。
サービスを受ける側には「権力的非対称性」があること(平たく言えば、「タニマチ」がいること)がサービスを100%享受する上でベストの条件である。
残念なことに、今では池上先生と三宅先生と兄上だけが私にとっての絶滅危惧種タニマチとして残存するばかりである。
理路の詳細は割愛。

講談社のあとはE阪歯科。
1時間15分の長治療なので、歯をがりがり削られながらぐっすり昼寝をしてしまう。
歯を削られながら昼寝をするためには、医師に対する全幅の信頼がなくてはならない。
いったい何の治療をしているのかよくわからない。
はい終わりましたと言われたので、先生今日は何をしたんですかとお訊ねする。
どうも「仮歯」というものを採寸して、それをどうにかしたらしい。
インプラントの扶植はまだ先のことのようである。
今晩ご飯食べてもいいですかとお訊ねすると、いいですよというお答え。
おお、亀寿司に行ける。

家にもどって一仕事。
『ミッション・インポシブル3』の映画評をさらさらと書く。

書き上げて送稿してから亀寿司へでかける。
ゆくと越後屋さん、ホリノさん、そしてヤベッチとクーと一緒に秘書がいる。
キミはさきほど三宅接骨院の待合室で「ボクにはお寿司なんか食べるお金はないんです」と言ったばかりではないか。
「タニマチ」がいるときはサービスを受ける側にいるのがカンファタブルという講談社チーム相手の私の演説をテレパシーで受信したのであろうか。
どんどん人がやってくる。
数えたら亀寿司の二階に21人。
なんだか満員電車に乗って、つり革にぶらさがっているもの同士で献酬しつつ宴会をしているような感じである。

朝起きると越前は善久寺のカドワキ老師から郵便が届いている。
封を切ると、「沈黙交易品」とだけ書いたポストイットだけが貼ってあるCDが出てきた。
CDに収録されていたのは、Up on the roof の5ヴァージョン(キャロル・キングがひとつ、ジェームス・テイラーが二つ、キング&テイラーの『カーネギーホール・コンサート』のデュエット、そしてドリフターズ・ヴァージョン)。
ど、どうして・・・わかったのか?
というのはiPodを購入してすぐに『カーネギーホール』のCKとJTのデュエット・ヴァージョンをダウンロードしようとしてMusic Store を探索したのであるが、キャロル・キングの曲はほとんど売ってなかったので、ちょっとがっかりしたところだったのである。
なぜカドワキ老師はキャロル・キングのUp on the roofが(Crying in the rainと並んで)私の「キャロル・キング的フェバリット・ソング」のひとつであり、その音源をiPodに入れるべくじたばたしていたことをご存じだったのであろうか。
どうも学僧たちの法力的千里眼は凡人の想像のよく及ぶところではないもののようである。
当然、これには私の方からも何らかの沈黙交易品をお返ししなければならないのであるが、さて、老師のお好みは何なのであろう。
おお、そうだ「いいもの」を思いついた。
これはさすがの老師も贈与品が何を意味するのかわからずに困惑されるはずである。

投稿者 uchida : 10:38 | コメント (0) | トラックバック

2006年06月26日

緩和医療学会とi-podと『土蜘蛛』

土曜日は緩和医療学会というところのシンポジウムに出る。
お題は「わかりあうケア」。
緩和医療というのは、余命数週間、数ヶ月という回復の可能性のほとんどない患者の末期における心身の苦しみをどうやって緩和するかというたいへんシリアスな課題を背負った医療のことである。
今回の神戸の学会には4600人が集まった。
緩和医療が、それだけ現代において喫緊な医学的課題だということである。
シンポジウムは医師、看護師、臨床心理士、それぞれ三種の専門家と「シロート」ひとりという組み合わせで行われた。
私がどうしてそのような場違いなところに呼ばれたかというと、『死と身体』という本で、死者とのコミュニケーションということを論じたのが、末期医療の一部の従事者の間に共感を獲得したせいらしい。
人間は死者ともコミュニケーションできるというか、死者とのコミュニケーションこそが人間的コミュニケーションの原型である、というのが私の考えである。
だって、人間以外の動物は死者とコミュニケーションしないからである。
葬儀というものを行うのは人間だけである。
「正しい葬送儀礼を行わないと死者が祟る」という信憑を持たない社会集団は存在しない。
「祟り」というのはすでにして(ネガティヴなかたちではあるけれど)死者からのメッセージである。
「死者がもたらす現実的効果」と言い換えてもいい。
「正しい葬送儀礼」を行うと、死者は「去る」。
「葬送儀礼」を誤ると(あるいはネグレクトすると)、死者は「戻ってくる」(「幽霊」をフランス語ではrevenant 「再帰するもの」と言う)。
そして、「正しい葬送儀礼」、つまり死者をして去らしめる唯一の儀礼とは、死者を忘れることではない(その点でサンヒョクは誤ったのである。「サンヒョクって誰?」という方はこの部分はスルーしてね)
正しい喪の儀礼とは、「死者があたかもそこに臨在しているかのように生者たちがふるまう」ことなのである。
手を伸ばせば触れることができるように、語りかければ言葉が届くかのようにふるまうことによって、はじめて死者は「触れることも言葉が届くこともない境位」に立ち去る。
死者に向かって「私たちはあなたといつでもコミュニケーションできるし、これからもコミュニケーションし続けるだろう」と誓約することによって、死者は生者たちの世界から心安らかに立ち去るのである。
というふうに私たちは信じている。
この逆立したコミュニケーションの構造が人間の人間性を基礎づけている。
コミュニケーションは「あなたの言葉がよく聴き取れない」と告げ合うものたちの間でのみ成立する。
「だから、もっとあなたの話が聴きたい」という「懇請」(solicitation)がコミュニケーションを先へ進める。
「あなたの言うことはよく分かった」と宣言したときにコミュニケーションは断絶する。
それは恋愛の場面で典型的に示される。
「あなたのことがもっと知りたい」というのは純度の高い愛の言葉だが、それは言い換えれば「あなたのことがよくわからない」ということである。
論理的に言えば「よくわからない人間のことを愛したりすることができるのだろうか?」という疑問だって「あり」なのだが、そんなことを考える人間はいない。
逆に、「あなたって人間がよくわかったわ」というのは愛の終わりに告げられることばである。
「あなたって人間のことがよくわかったから、結婚しましょう」というように言葉が続くことはない。
それと同じく、逆説的なことだが、コミュニケーションは「それがまだ成立していない」と宣言することで生成し、「それはもう成立した」と宣言したときに消滅するのである。
喪の儀礼も同一の構造を有している。
それは死者に向かって「あなたはまだここにいる」と伝えることによって死者を「ここではない場所」に送り出す機制なのである。
私たちは全員が「潜在的死者」である。
だから、葬送儀礼を生者の側において執り行うときに、私たちは「安らかに死ぬこと」とはどういうことかを先取り的に経験している。
「あなたはまだここにいる」と生者たちから告げられたときに、「私は安らかに死ぬだろう」
そういう信憑を私たちは幼児期から繰り返し刷り込まれている。
この信憑から個人的な決断によって逃れることはできない。
「オレはそんなのやだよ」と言ってもはじまらない。
この信憑が人間の人間性を基礎づけている「原型」だからである。
死者に対して「あなたは生きている」と告げることばは、それが真実な思いからのものであれば、「死者に届く」。
私のこのふるまいは死者を慰めるか?
私のこのことばを死者は嘉納するか?
私からのメッセージは死者に正しく伝わるか?
そのような問いをもって生者たちはその生き方の規矩としている。
死の淵を覗き込んでいる人間に必要なのは、おそらく「死んでもコミュニケーションは継続する」ということへの確信であろう。
数十万年前に人類の始祖たちがこのような信憑を採用して、それを社会制度の基礎に据えたのは、それが万人に例外なく訪れる死を苦痛なく受け容れる上でもっとも効果的であるということを知ったからである。
私はそんなふうに考えている。
というような話はもちろんシンポジウムではしなかった。
今ごろになって思いついたのである。
緩和医療学会の会場で、I学書院のS本くんに会う。
S本くんはT居くんといっしょに数年前、「看護学雑誌」の取材で私のところに来た若い編集者である。
そのときは「インフォームド・コンセント」の是非とナースの医療的機能について、素人考えを好き放題にしゃべった。
それがナースのみなさんの琴線に(「逆鱗に」ではなく)触れたらしく、それ以後、看護関係者からは「ウチダというのは、素人にしてはなかなかもののわかった人間だ」という評価を頂いている、そのきっかけを作ってくれた編集者なのである。
一緒に三宮まで帰る。
ちょうどイワモト秘書と「鰻」を食べる計画があったので、合流することにする。
どうして秘書と「鰻」を食べることになったのかについては感動の涙なしには語り得ない佳話があるのだが、もちろんそんなことはここでは公開できないのである。
いつもの「江戸川」で生ビールを飲んで、「おひつまぶし」を食べる。
だんだんここの鰻も「味が決まってきて」、美味しさが増してくる。
「味が決まる」というのは調理の出来不出来ことではなく、食べる私の側の「このような食感、このような歯触り、このような温度、このような盛りつけ、・・・のものを食べるという期待感」と出てくる料理の間の齟齬がなくなるということである。
「味が決まる」というのはかの内田百?先生の言葉である。
それほどのものではなくても同じところに足繁く通ううちにだんだん美味しく感じられるようになるというのは私の経験的確信である。
かつて予備校講師時代に私は週二回高円寺の駅前のカレー屋で「チキンカレー、辛口、ご飯大盛り」というのを食べていた。
3年くらい食べ続けたら、もうそこのカレーなしではいられないカレー中毒になった。
そこまで症状が進むと、小走りに駆け込んだカレー屋で最初のひと匙を口中に投じるときの極快感はもう言語を絶し、背筋に戦慄が走るほどのものとなるのである。
私のカレー屋通いを怪しんだ予備校生たちはそのカレー屋を訪れて同じものを食したが、全員が「うまくねーよ、先生」と肩を落としていた。
そういうものである。
江戸川の「おひつまぶし」が美味くないという意味ではない。
鰻を食したのち、わが家に移動して、甲野善紀先生の「世界でいちばん受けたい授業」を見る。
甲野先生のあとは茂木健一郎さんが出てきたので、ひさしぶりにテレビのヴァラエティ番組を最後まで見てしまった。
そのあとイワモト秘書によるi-podの使い方講習会。
そう、私はついにi-podを購入したのである。
この手の電子ガジェットに私はわりと目がないのであるが、i-podは何となくご縁がなく日々を過ごしていたが、先般の四社会談のおりに、石川くん、兄上さらには平川くんまでが持参のi-podを取りだして、それぞれの自慢の音源をスピーカーで増幅して聴かせてくれた。
これが円丈の落語のあとにボビー・ヴィー、そのあとにモーツァルトというめちゃくちゃなコンテンツ。
石川くんと兄上がi-podを持っているのは当然のこととしてスルーしていたのであるが、平川くんが持っているというのが許せなかった。
「許せない」というのは「やめろ」ということではなく、「看過しえない」とか「黙許が与えられない」という意味である。
どうして個別平川くんのi-podに対してのみそのような激しい模倣欲望を感じたのか、その理由は幼児体験にまで遡らないと説明できないが、とにかく「平川が持ってるなら、オレも買うぞ!」と突発的に思い立って、秘書にi-podの買い入れとレクチャーを指示したのである。
これはまたよくできたガジェットである。
何しろネットで音楽が買えるのである。
「何か買ってみますか?」と秘書に促されて、60年代ポップスをスクロールしているうちに、思わずハーマンズ・ハーミッツの「朝からゴキゲン」を買ってしまう。
買ってから「しまった」と思う。
生まれてはじめてインターネットでダウンロードした音源がハーマンズ・ハーミッツとは。
取り返しのつかないことをしてしまった。

明けて日曜日は下川正謡会の歌仙会。
自分の出番の『山姥』と『土蜘蛛』の他に素謡『砧』、『求塚』、『卒塔婆小町』、『恋重荷』と仕舞の地謡がついているので、ほとんど舞台に出ずっぱりである。
『山姥』はやや声がうわずってしまい、二段落としがうまく回らなかったところがあったけれど、なんとか最後まで詞章は間違えないでゆく。
『土蜘蛛』は素がちゃんと飛ぶかどうか心配だったけれど、無事に四つとも飛んで、頼光が蜘蛛の巣まみれになって刀が納刀できないほどでやんやの喝采。
そのまま付祝言『高砂』で締め。
相生の松風颯々の声ぞ楽しむと謡い終えて、やれやれ。
冷たいビールで乾杯して、忙しい週末が終わる。

投稿者 uchida : 10:32 | コメント (4) | トラックバック

2006年06月24日

健康って何?

毎日新聞で興味深い記事を読んだ。
アメリカのペンシルバニア州のロゼトはイタリア移民が建設した街で、別に他の街とどこがどう違うわけでもないが、1950年代、心臓病による住民の死亡率が周囲の街の半分ほどだった。(「縦並び社会・8」、毎日新聞6月23日朝刊)
興味を持った医学者たちが疫学的な調査を行ったが、周辺の住民との間に差異は認められなかった。
食生活も喫煙率も同じなのに、なぜかロゼトの住民は心臓病になる確率が有意に低い。
調査チームは結局、その理由を「住民の連帯感が強い」ということ以外に見いだせなかった。
「お互いの尊敬と助け合いが健康をはぐくむ」
当たり前といえば当たり前のことである。
その連帯感が1960年代に入って失われてゆく。
「キャデラックを乗り回したり、ラスベガスに旅行する人も出始めた」と同時に死亡率が上がり、70年代にはロゼトの優位性は失われた。
「他人との比較や、富を求めて過重労働になるストレスと、社会の結束が崩れることが健康を損なう原因」であると、ハーバード大学の公衆衛生学の研究者は述べているそうである。
なるほど。
同じ紙面の下の方に関連する記事があった。
先日ロンドン大で行われた米英の55−64歳の8000人を対象とした調査で、癌や心臓病など7つの病気で、米国民の方が英国民よりも1.2−1.8倍患者が多いことがわかった。
「米国の高収入層は、がんなどの患者の割合が、英国の低収入層より高い。専門家は米国社会の競争の激しさが原因の一つだと受け止めている。」
なるほど。
新聞を畳んで大学に行ったら、一年生の基礎ゼミの発表テーマが「生活習慣病の原因と予防」というものであった。
栄養に配慮したバランスよい食生活を維持し、喫煙飲酒をせず、適度な運動をしましょう、という保健の教科書のようなプレゼンであった。
しかし学生諸君、人間というのはそれほど単純なものであろうか。
よく知られた事実に「健康法の唱道者は早死にする」というものがある。
食べ物や体操のようなフィジカルな営みに特化した健康法はしばしばメンタルストレスを増大させるからである。
そうなのである。
経験的に言って、健康法を律儀に実践している人間は必ずしも機嫌のよい人ではない。
というか非常にしばしば彼らは不機嫌な人である。
理由は簡単。
「世間の人々が自分と同じように健康によいとわかっている生き方を採用しないこと」がどうしてもうまく受け容れられないからである。
どうして、「あいつら」は平気で命を縮めるような生き方をしていられるのか。
その理由として、彼らは「世間のおおかたの人間は途方もなく愚鈍であるから」という説明しか思いつかない(それが彼らの教化的情熱にエネルギーを備給している)。
これはたしかに一面では真実を言い当てている。
だが、「世間のおおかたの人間は途方もなく愚鈍であり、私は例外的に賢明な少数のうちの一人である」というマインドセットは人間をあまり社交的にはしない。
周囲の人間の生活習慣の乱れに対する辛辣な批判と、おのれの実践している健康法に対する原理主義的確信は、彼らをしだいに社会的孤立へ追いやる。
ロゼトの事例が教えてくれるは、たとえジャンクフードを食い、煙草を吸い、酒を飲んでも、「周囲からの支援と尊敬」のうちにいれば、人間はあまり病気にならないということである。
逆から言えば、「周囲からの支援と尊敬」が欠如した状態に置かれると、どれほど生理学的・生化学的に健康な生き方をしていても、それはあまり人間の生命力を高める役には立たないということである。
健康法の効果はそれがどれほどの社会的合意を獲得しているかによって左右される。
だから偽薬(プラシーボ)というものに薬効がある。
二つの患者集団の両方に「これはあなたの病気の特効薬です」といって薬剤を投与する。
一方には新薬を、一方には小麦粉をシュガーコーティングしただけのプラシーボを与える。
ほとんどの場合、どちらの集団も有意な治療効果を示す。
新薬の認可がなかなかおりない理由の一つは、それと同じ効果を「特効薬」であるという社会的合意を(演技的に)付与された小麦粉でももたらすことができるからである。
『野生の思考』の冒頭でレヴィ=ストロースが列挙しているとおり、その治療効果についての社会的合意がある限り、どんな療法も(虫歯が痛むときはキツツキの嘴を触る・・・というようなものでも)顕著な効果をもたらす。
人間はそれほどまでに社会的な生物なのである。
ヘーゲルが言うとおり、人間は社会的承認を受けてはじめて人間になる。
だから、あなたが生きる上でもっともたいせつなのは「隣人があなたに向ける笑顔」なのである。
あなた自身を愛するように隣人を愛しなさいというのはそういうことである。
あなたが隣人を愛することによって隣人は生きながらえており、隣人があなたを愛してくれるおかげで、あなたはかろうじて生きることができる。
人間は自分が欲するものを他人から与えられることでしか手に入れることができない。

投稿者 uchida : 10:28 | コメント (9) | トラックバック

2006年06月23日

生トム

三宅先生のところに治療に行って、その足で下川先生のお稽古へ。
『土蜘蛛』の相方のドクター佐藤が当日参加できなくなってので、代役のO川さんと仕舞のお稽古。
はじめて素を四つ投げる。
頼光の全身に素が絡まってすごいことになる。
いったん家にもどってから今度は毎日新聞社へ。
紙面研究会の発題者にお招き頂いたのである。
記者のみなさんを前にして紙面に文句をつけるお仕事である。
ほかはともかく人の悪口を言うことについてなら私はかなりの自信がある。
せっかくのお招きであるから、「ここまで好き勝手を言える立場か・・・」とみなさんが絶句するくらいのことを申し上げようと気合を入れて梅田に出かける。
聴衆は各セクションのデスク、部長、論説委員のみなさん。
あらかじめ問題として取り上げる紙面を示し、どこに問題点があるのかについこちらから意見書を出した上で、先方の「言い分」を聞くというのが定型なのだそうである。
これはいかがなものか。
官僚の国会答弁じゃないんだから。
批判される側が「批判のフォーマット」を批判者に対して指定するというのは、「できるだけ批判されたくない」と言っているのと変わらない。
できるだけ批判されたくないのは人情であるから、私にもよく理解できる。
しかし、毎日新聞社は誰に命じられるでもなく、進んで批判に身をさらそうとなさっているわけであるから、「批判はもちろんされて結構なんですけれど、まあ、そのへんは魚心あれば水心ということで・・・」というようなことはされないほうがよろしいのではないか。
「表出ろコノヤロー、勝負つけたろやないけ」とすごんだあとに、「ぐうでぶつのなしね」というのではいささかアンチクライマックスである。
とはいえ、私もすでに齢還暦に近い老骨であり、聴衆の過半はすでに私よりも年少のみなさまである。いつまでも「権力に抗うストリート・ファイティング・キッズ」の風儀ではいられない。
あのね、おじさんはこんなふうに思うんだよ・・・とちょっと遠い目をしてお話をさせていただく。
いろいろとご反論もあろうが、まあ年寄りの言うこともたまには聞いてみるもんだよ。
論じること70分。
この顛末は来週あたりに毎日新聞の朝刊の「紙面研究会」のレポートとして採録される。
次まで時間が少しあるので阪急百貨店でワイシャツを仕立てる。
ついでに2Fのマックス・マーラー売り場に寄って、オガワくんを激励しようと思ったのだが、残念ながら本日は病欠。
大阪能楽会館に顔を出して、『田村』の最初の次第だけちょっと拝見してから、ナビオへ。
『M:i:III』の試写会。
今回はトム・クルーズくんが舞台挨拶に来るというので、カメラマンがひしめいている。
ウッキーやタニオさんも携帯カメラを用意して「生トム」を撮ろうと待ち構えている。
場内での写真撮影は禁止ですとアナウンスされているのだが、誰も聞くやつはいない。
IT秘書のイワモトくんは「生トム」には例のごとく何の感興も示さなかったが、通訳として舞台に出てきた戸田奈津子には身を乗り出して、「おおお、生戸田だ」と興奮していた。
不思議な青年である。
戸田奈津子のどのへんが彼の琴線に触れたのかちょっと知りたい気もするし、知らないほうがいいような気もする。
映画はなかなか面白かった。
映画評は来月の読売新聞エピスをご覧ください。
映画のあと、トムのセキュリティに動員されていた越後屋さん、亀寿司でのんだくれていた山本画伯も合流して、居酒屋でプチ宴会。
帰りのJRの車中でタニオさんが『身体を通して時代を読む』と『身体知』を取り出してサインをしてくださいというので、さらさらとネコマンガを描く。
するとウッキーが映画のパンフレットを取り出してサインをしてくださいというので、To Ukky Tom Cruise とサインをする。
「わーい、ウチダ先生の偽筆のトム・クルーズのサインだ」と喜んでいる。
そんなものがうれしいのなら、キアヌ・リーブスのサインでもジョニー・デップのサインでも、いくらでも書いてあげるよ。

投稿者 uchida : 11:32 | コメント (2) | トラックバック

2006年06月19日

ジューン・ブライドの(遊びで)忙しい一日

梅雨の合間の好天の一日、佐藤友亮&飯田祐子両人のご結婚を祝う会が芦屋のイタリアン・レストラン“ジョバンニ”において開催された。
ご両人はすでに入籍はすまされているので、お披露目のパーティである。
主催はご両人が関係するところの五つの秘密結社である。
すなわち多田塾甲南合気会、甲南麻雀連盟、うな正会、極楽スキーの会、そしてKC魔女の会である。
合気道をやって、麻雀をやって、鰻を食べて、スキーをして、最後に魔女の宴をワインで締めるといういささか享楽的にすぎるというご批判もあろう生き方をご両人にはぜひこの先完遂して頂きたいという私どもの願いをこめてのプロジェクトである。
この五結社のうち、飯田先生は「うな正会」を除く四団体に、ドクター佐藤は「魔女の会」を除く四団体に参加している(私も「魔女の会」には参加資格がない。この先グランドスラムを達成できそうなのは飯田先生とウッキーだけである)。
12時半開宴であるが、少しはやめに会場に到着。
すでに受付役のイワモト秘書とオーニシ嬢が来ている。
さらに司会役の「大迫力」と書いて「おおさこ・ちから」と読むミーツのおおさこくん、三人目の受付のタニオさん、新郎新婦がご到着。
それからどどどと全員登場。
甲南合気会からは、溝口さん、ヤベッチ、クー、エグッチ、スミッチ、セトッチ、汐ちゃんオーニシさん、ウッキー、タニオさん、ウノ先生、Pちゃん、タニグチさん、イシダ社長、イワモト秘書、イノウエ弁護士。司会のおおさこくんも(休眠)会員である。
甲南麻雀連盟からは、釈老師、ヤマモト画伯、平尾選手(平尾選手は甲南合気会の会員でもあるが、麻雀連盟の方があきらかに出席率がよいので、こちらに算入)、泳ぐ英文学者ワタナベ先生、鉄火場アオヤマ姐御。
うな正会(「街のいけない鰻屋を正す会」。会の発足とその顛末についてはドクター佐藤の1年ほど前の日記をご覧ください)からはだんじりエディター。
極楽スキーの会からはヤマモト先生、ウエノ先生、ミスギ先生、そしてキタロー。
幹事としてご挨拶頂くはずだったワルモノ先生は急用のため残念ながら欠席。
KC魔女の会からはミスギ先生、マメチョー先生、クラナカ先生、ヨコタ先生&ご令嬢、ヨネダ先生、そしてタケナカさん。他にも本学の随所に魔女たちは跳梁跋扈しているそうであるが、今回はこれだけ。
その他分類不能のタチバナさん(合気会の休眠会員ではあるのだが・・・)とタチバナさんのヨットのクルーでドクターの先輩のタナカさん。
阪大関係はそういえばこのお一人だけで、あとは全員KC関係者と140b関係者。
どうも新郎新婦の友好関係には偏りがあるようである。
このような傾向的な人物たちとばかり交際していて、若い二人が今後社会人として十分な成熟が期しうるのであろうかどうか、いささか問題なしとしないのである。
宴はまず新郎のご挨拶から始まり、私が五団体を代表してご祝辞を申し上げて、乾杯。耳を聾せんばかりの「ご歓談」とはげしくゆきかうワイン、ビール、シャンペンなどの酒杯と貪り喰われる大量のイタリアンの隙間を縫って、各団体より祝辞とお祝い品の贈与が行われる。
麻雀連盟を代表して釈老師、極楽スキーの会はヤマモト先生、うな正会はだんじりエディター、合気会はウッキー、魔女の会はミスギ先生と、それぞれから友情あふれるご祝辞を賜った。途中アメリカから国際電話でおいちゃんも飛び入り祝辞。
式の最後に飯田先生がブライドのご挨拶をして、愉しい宴会はあっという間に終了。
青空の下の午後三時にワインの生酔い状態で路上にたたずむ人々が「これから、どうします?」ということになると行く先は決まっている。
二次会はわが家での「結婚奉祝麻雀大会」。
江さん、画伯、アオヤマさん、平尾さん、ワタナベ先生、タニグチさん、そして慌ただしく着替えて新郎新婦が結集。いつものように4時キックオフ。
たぶんこれが今四半期最終戦になるであろう今宵の戦績は
一位  新郎  4戦2勝  +84
二位 ラガーマン 4戦2勝  +56
三位 英文学者 2戦1勝 +42
四位 越後屋 3戦1勝 +25
五位 画伯 3戦1勝 −14
会長は今回も不調で、3戦0勝の−12。新郎が稼いだ分、新婦が浪費して、夫婦トータルでは+4。
鉄火場アオヤマは絶不調が続き、今夜も−125。ついに累計マイナ300。
【通算成績】
【勝率の部】
一位 ホリノ社長 6戦3勝 0.500
二位 ドクター 13戦6勝 0.462
三位 越後屋 10戦4勝 0.400
四位 画伯 15戦5勝 0.333
四位 ラガーマン 15戦5勝 0.333
四位 かんきちくん 3戦1勝 0.333
次点 弱雀小僧 7戦2勝 0.286
八位位はだんじりエディターの0.250。
会長は不調のまま(18戦4勝の0.222の九位で今期を終えたのである)
【半荘平均勝ち点】
一位 かんきちくん 15.0
二位 ドクター 13.9
三位 ホリノ社長 13.3
四位 越後屋 12.9
五位 エディター 11.4
六位 弱雀小僧 10.7
七位 画伯 9.9
八位 ラガーマン 6.7
驚くべきことに、トップは最近ご無沙汰続きのかんきちくんであった。
3戦1勝でタイトル奪取とはずるこい男である。
平均プラスは以上八名。
会長は平均−1の九位(泣)。
ちなみに鉄火場姐御の平均点は−32.9。あの・・・これって毎回「ハコ下」ってことじゃないですか、アオヤマさん。
釈老師、カワカミ牧師の「聖博徒コンビ」も今期はついに未勝利に終わった。
七月開幕の第四四半期での会員諸君の(というよりまず会長自身の)健闘を期すのである。
雀力が諸君と共にありますように。
結婚式二次会麻雀は10時に終了。ただちに全員テレビの前に移動して、ワインをのみつつ「日本—クロアチア戦」鑑賞会。
こういうものは大勢で見る方が楽しいのである。
画伯は監督が憑依したらしく「ヤナギサワ、お前は交代だ!」とか「バカ!タマダ、そこはパスじゃないだろ、シュート打て、シュート」とうるさいこと。
ラガーマンは日頃「タックルされても倒れない」ことを身体運用の基本としているので、選手がへこっと転倒するたびに「なんで、そんなとこで倒れるんだ!」とイラついている。
ラグビー選手がサッカーをしたらどうなるんだろうと思って訊いてみたら、ときどき遊びでやるそうである。
さすがにボールをホールドすることはないけれど、ゴール近くまで相手に攻め込まれると、本能的にジャージをわし掴みしてしまうのだそうである。
逆にサッカー選手にラグビーをさせたらどういうことになるのであろうか。
試合は0−0で「痛恨のドロー」。
正午から真夜中まで、ぶっつづけ12時間遊んだことになる。
新郎新婦はじめみなさんたいへんお疲れさまでした。

投稿者 uchida : 11:22 | コメント (0) | トラックバック

2006年06月18日

死をめぐる二つの考察

ゼミが一つに会議が三つ。
ゼミのお題は「どうして人を殺してはいけないのか?」
むずかしい主題であり、「それはね・・・」と簡単に結論が出るような話ではない。
話は転々として解離性人格障害やコンラート・ローレンツの「狼の話」や秋田の小学生殺人事件などについてあれこれ語り合う。
興味深い指摘の一つは、「殺人事件は都会と田舎の中間で起きる」傾向である。
これは間違いない。
通り魔的、無動機的な殺人は都会で際だって見えるけれど、別に都会的な病症だとは思わない。
そういう病的なタイプの殺人者は一定の比率で必ず存在するのだから、分母が多い大都会で件数が多いの当たり前である。
だが、愛憎がわかちがたく絡み合って、それが出口を失って暴発・・・というタイプの誰の身にも起きそうな「年月かけて熟成された殺意」は都会では育ちにくい。
この種の殺意は、都会と田舎の中間に分布する「都市化されかけた(けれど決して都市にはならない)タイプの土地」を培養地として育つもののように思われる。
「ど田舎」ではあまりこういう事件は起きない。
そういう土地は共同性が濃密であり、集落全体が一種の「疑似家族」を形成している。
すべての個人情報が筒抜けである代償として、相互扶助・相互支援のネットワークが活発に機能している。
ひとりの脱落者も出ないように共同体的なセイフティネットが働いているということは、言い換えれば、社会的上昇によって共同体から抜け出す道も構造的にふさがれているということである。
ところが「ど田舎」と「都市」の中間部になると、「疑似家族的相互検察」機能だけは生きているが、「相互扶助・相互支援」機能は極端に低下する。
というのは、都市との接点を持ったときに、「市場経済と接触して、フローの現金をつかむチャンスを得た家」とそうでない家の間にあらわな階層差が生じるからである。
そこでは、「共同体から抜け出すこと」、「チャンスを求めて抜け駆けすること」と「社会的成功=金」がわかちがたく結びついている。
本来、社会的成功というのは単に「金がある」というかたちをとるだけのものではない。それは、社会的威信、質の高い情報へのアクセシビリティ、教養、社会関係資本などさまざまな形態をとり、それらの多くは外形的には認知できない。
だから、都市では「社会的上昇を遂げた」としても、それがただちに外形的に露呈することがない。というか、そういうことが外形的に露呈させないで済むというのが都市生活のメリットの一つなのである。
しかし、都市と田舎の中間部では、社会的成功の事実は必ず外形的に露出する。
というか、相互検察制度が生きている以上、わずかな社会的浮沈も絶えず外形的に申告することを強いられている。
それが結果的には必要以上の羨望や嫉妬を培養する。
個人情報が筒抜けである状態で、社会的な階層化が進行すれば、共同体は崩壊する。
社会的な階層化が避けがたい時は、必要以上の憎しみを育てないためにも、隣家との間にプライヴァシーの壁を構築しなければならない。
一軒の家に暮らす家族が貧しいなりに一つ釜の飯を分け合って生活している限り、そこに深刻なフリクションは生じない。
けれども、家族の中の一人が「オレの稼ぎはオレの好きにしていいだろう」とみんなが鰺の干物を囓っているときに、ひとりだけすき焼きを食べたり、自分の部屋にだけクーラーを付けたりしたら、家の中にはどす黒い憎悪が醸成される。
「オレの稼ぎ」を家族全員で均等にシェアするか、オレひとりで家を出るか、共同体を暴力から守るソリューションは二つしかない。
以前和歌山であった「カレー殺人事件」はたしか町内会の「夏祭りカラオケ大会」の場で起きた。
「カラオケ大会」という企画から分かるとおり、この町内にはもう伝統的な共同体儀礼は存在しない。
それはもうここには共同体成員間の自然で家族的な親しみは存在しないということである。
にもかかわらず、相互監視して抜け駆けを許さない「ムラ的な」自閉性だけは残っている。
だから、このいかにも擬似的な共同体儀礼の場で、「人には言えないような仕方で小ずるく市場経済と渡り合って個人資産を形成してきた一家」と周囲の間の憎悪が沸点にまで高まったというのは事理の平仄が合っていたのである。

土曜日は大阪の朝日カルチャーセンターで釈先生と「現代霊性論」のシリーズ三回目(このシリーズは去年の後期に大学の講義でやった話の続き。四月から六月まで大阪、七月に東京でやってとりあえず打ち上げ)。
喪の儀礼、死者とのコミュニケーションという重い問題を最後に取り上げる。
複式夢幻能という演劇形式が精神分析のセッションと同型的な構造を持っているということはよく指摘される。
前シテが分析主体(患者)で、ワキが分析家(医師)である。
ある「痕跡」をワキがみとがめて、そこに立ち止まる。
そして、「ここでいったい何が起きたのだろう?」という問いを発する。
その問いに呼応するように「影の薄い人間」(前シテ)が登場して、歌枕の来歴について説明を始める。
説明が続いているうちに、しだいに前シテは高揚してきて、やがて「ほんとうのことを言おうか?」というキーワードをワキに投げかける。
ワキがそれに応じると同時に舞台は一転して、「トラウマ的経験」が夢幻的に再演される。
後ジテが「死者」としてそのトラウマ的経験を語り、それをワキが黙って聴取することによってシテは「成仏」する(しない場合もある)。
「成仏」というのは要するに「症状の緩解」ということである。
能のこの構成はおそらく喪の儀礼の古代的形態を正しく伝えている。
そこには二人の登場人物が出てくる。
「痕跡」(症状)を見て、そこでかつて起きたこと(トラウマ的経験)をもう一度物語的に再演することを要請する生者。
その要請に応えて、その物語をもう一度生きる「死者」。
この物語は「演じるもの」と「見るもの」がそのようなトラウマ的事実があったということに合意署名することで完了する。
時間を遡行できない以上、その物語が事実であったかどうかを検証する審級は存在しない。
ということは、その物語は事実であっても嘘であっても、コンテンツは「どうでもいい」ということである。
手続きだけが重要なのだ。
それが「儀礼」ということである。
能の前シテが「影の薄い人物」であるということも重要である。
それはただの通りすがりの「誰でもいい人」(Mister Nobody)である。
あるいは、そんな人物はそこに通りがかりさえしなかったのかもしれない。
というのはほとんどの場合、ワキは長旅で疲れ果てて、人里離れたところで呆然と立ちつくしているところから物語は始まるからだ。
これは「入眠幻覚」にとって絶好の条件である。
前シテも、後ジテも、ワキが出会ったと思っている人はもしかするとはじめから最後までそこにはいなかったのである。
もしかすると、ワキは疲れ果てて短い夢を見ていただけなのかも知れない。
重要なのは、「それでよい」ということである。
むしろ、「そうでなければならない」ということである。
それが死者とのコミュニケーションの正統的なかたちなのだ。
たぶん死者が私たち生者に告げようとしているメッセージも、彼らが語る驚くべき物語も、生者が無意識的に構築したものなのである。
ラカンがただしく述べたように、分析においてもっとも活発に活動しているのは分析家の欲望だからである。
私たちは「自分の欲望」をつねに「死者からのメッセージ」というかたちで読む。
自分の欲望を「私はこんなことをしたいです」とストレートな文型で表白しても、そんなものには何のリアリティもありはしない。
そんなものは小学校の卒業文集の「将来なりたい人間」に書いた文章と同じように、私たちが自分自身についてどれほど貧しい想像力しか行使できないのかを教えてくれるだけである。
私自身の貧しい限界を超えるような仕方で「私の欲望」を解発するためには、どうあってもそれは「他者からのメッセージ」として聴き取られねばならない。
そして、あらゆる他者のうちでもっとも遂行性の強いメッセージは死者からのそれである。
「死者からのメッセージ」はその定義上「書き換え不能」だからである。
そして、「死者からのメッセージ」として読まれたときに「私の欲望」はその盤石の基礎づけを得ることになる。
ラカンはこう書いていた。
「言語活動において、私たちのメッセージは『他者』から私たちのもとに到来する。それも、逆転した仕方で」(dans le langage notre message nous vient de l’Autre, et pour l’e´noncer jusqu’au bout : sous une forme inverse´e) E´crit I, Seuil, 1966, p.15
私たち自身の欲望の表明を、私たちは「他者」からの「謎のことば」として聴き出す。
それが「喪の儀礼」の本質構造である。
それは私たちが「自分のことば」をもってしては決して語ることのできない「私の欲望」を言語化する唯一のチャンスなのである。
喪の儀礼とは「死者は私たちに何を伝えたかったのだろう?」という問いを繰り返すことである。
そして、この問いこそが「私の欲望」を解錠し、私が私の限界を越えて生きることを可能にする決定的な鍵なのである。
人類が他の霊長類と別れるきっかけになったのは、たぶんこの問いが念頭に浮かんだその瞬間だからである。


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2006年06月14日

鎖骨破壊的麻雀

久しぶりに三宅接骨院に行ってぐりぐりして頂く。
待合室で今日はI上さんに会う。
「やや、どうも」とご挨拶をする。
待合室での話題はいつでも「で、どこがお悪いんですか?」というところから入る。
こういう質問には「個人情報ですから、開示を拒否します」というのが政治的には正しい応接なのであろうが、それでは話の接ぎ穂がない。
「腰がねえ。ダメなんですよ。重いもんが持てなくて」
「そうですか、私は膝なんですよ。関節がぐちゃぐちゃで、ここまで歩いて来るのがもう一仕事」
「冗談じゃないですよ、私なんか鎖骨ですよ、鎖骨。鎖骨ぱっきり折れちゃってんですから。もう痛いなんてもんじゃないんだから」
「ははは、お気楽な方達だ。私なんか首だよ、首。頸椎ぼっきりいってるから、もう生きているのが不思議なくらい」
というふうに政治的にはたいへん正しくない会話で盛り上がるのである。
三週間ぶりだったので、お診立てはあまりよろしくないようである。
しばらく大きな声を出してはいけませんと注意される。
「お謡なんかダメですか?」
「ダメダメ。それにウチダ先生、ドクター佐藤と麻雀したでしょ?ダメですよ、鎖骨まだくっついてないんですから麻雀なんかやっちゃ」
「でも先生、麻雀は肩なんか使いませんよ」
「洗牌がいけないんです。あれは鎖骨に響くんですから。あと『自摸!』とか言って牌をばちこんと卓に打ち付けるでしょ?あれはね、鎖骨にはたいへんよろしくないです」
「じゃ、洗牌は人に任せて、自摸も控えめに、ということならよろしいんですか?」
「『ポン』とか『カン』もよくないですね。『ン』の音はね、腹腔に響くから骨に悪いんです」
「じゃ、『ロン』もダメ?」
「なもん論外ですよ、ははは『ロン』だって。自殺ですよ、それは」
なるほどー。ポン、カン、ロン、ツモがすべて禁止と・・・ドクター!麻雀やりましょう!

全身がほとびた感じになって猛烈に眠くなるが、我慢して大学へ。
会議が二つにインタビューが一つ。
インタビューは「情報労連」という労働組合のお仕事である。
日本の労働組合運動はこれからどういう方向で再構築されるべきかについて私の意見を徴したいということである。
しかし、神戸女学院大学教職員組合の執行委員長にそんなこと訊かれてもねえ。
とりあえずアメリカの覇権が崩壊し、団塊の世代がリタイアした2010年代に日本社会の組織原理は一変し、再び「万国の労働者、連帯せよ」という雄叫びが響き渡る日が来るであろうという希望的未来予測を述べる。
どういう理路でそういうことになるのかについては詳らかにしている暇がないので、興味のある方は情報労連の情宣誌が出たらお読み下さい。

投稿者 uchida : 19:23 | コメント (3) | トラックバック

夏休みまであと何日・・・

週末は箱根へ。
恒例のFィ−ド社、Lナックス・カフェ社、X2E2社の合同経営会議。
それぞれ多忙な四人が半年に一度一堂に会し、温泉に浸かりつつ、ビジネスについてのコンフィデンシャルな情報交換を行う集まりである。
私のことを仏文学者だと思っている人が多いが(思っていない人もいるが)、二十代に起業して以来、シビアで的確な資金運用によって巨富を築いてきた手練れのビジネスマンであることは世間にはあまり知られていない。
知られていない主な理由は上の表記のうち、「巨富を築いた」の部分が事実ではないからなのである。
だが、それは単に「まだ」事実ではないというだけであって、それが「いずれ」事実化する蓋然性について決して過小評価すべきではない。
かつてユーミンが歌ったように、未来はいつだって霧の中なのである。
今回の合同経営会議の議題はI川委員がプロデュースした「バートン・クレイン作品集」CDプロジェクトの収支報告。さらに同委員のM蔵小山へのカフェ展開の経営形態(キラー・メニューは「カレーうどん」ということに衆議一決)などが論じられた。
さらに「あっと驚く」ビッグトレードの話も熱く語られたが、むろんこのようなクラシファイドな情報をかかる場で公表することはできない。
ただ私が芦屋に「能舞台付き道場」を建設できる可能性がかなり高まったということだけはヨロコビと共にご報告させて頂きたいと思う。
多田塾甲南合気会関係者のみなさんは東京(とくに秋葉原)方面に向かって「満願成就満願成就」と朝夕の祈りを欠かさないように。

三日に及ぶハードでタフな四社会談を終えて新幹線で芦屋に戻り、そのまま大学へ。
毎日新聞と来週の紙面研究会の打ち合わせ。
どこの新聞でも「社外の識者から紙面について忌憚ないご意見を伺って拳々服膺する」ことをなされている。
「私たち、けっして読者のみなさんを高みからみおろして教化してやろうとか、啓蒙してやろうとか、そんな思い上がったスタンスじゃありません」というリーダー・フレンドリーネスをお示ししようというのである。
趣旨はまことに結構である。
だが、私がこれまで読んだ限りでは、識者諸氏のご指摘はあくまで「紙面」の批判にとどまり、「新聞」そのものについてのラディカルな批判がなされたことはない。
私に紙面批判を依頼してくるとは毎日新聞も無謀なことをしたものである。
周知のように、私は「悪口を言って下さい」と頼まれて遠慮するような人間ではない。
「え、ほんとうに思ってること言っちゃっていいんですか?」と頬を紅潮させるような人間である。
「誰だ!ウチダなんかに紙面批判頼もうって言い出したのは!」と社内的に紛糾して、何人かの記者が始末書を書かなければならないような事態を招来すべく全力を尽くしてご負託にお応えしたいと思う。

そのあと学院の施設関係の会議。
巨額のお金をどういうふうに使うかを決める会議なのであるが、本学におけるこの種の会議の例に漏れずに、とくに生産的な議論のないままに「まあ、落としどころはこの辺ですか・・・」的に全員不満顔でなんとなくことが決する。
本学におけるおおかたの決定がこういうかたちになってしまう理由は以下の通りである。
(1)経営についての中長期計画が存在しない
(2)経営についての中長期計画を立案し実行するのは「どの機関か」についての学内合意も存在しない
(3)にもかかわらず、過去数十年間「なんとかなってきた」という経営実績がある
私はこれまで(1)(2)の欠点を重く見て、明確な意志決定スキームの確立と合理的な指揮系統の構築の急務であることをたびたび主張してきたのであるが、さすがに最近はどうもこれは私の問題の立て方の方が間違っていたのではないかと思うようになってきた。
重視すべきなのは(3)の「これまでなんとかなってきた」の方なのである。
羅針盤も海図もないままに航行している船が難破もせずに座礁もせずに「なんとかなってきた」という事実があった場合、「この船には自主的に正しい道を選択する機能がビルトインされている」という仮説を導くことは論理的には誤っていない。
什器の類も長く手沢を重ねると命を持ち、洛中を「百鬼夜行」するようになる。
ならば、130年も存在してきた学校が「命」を持つようになっても少しも不思議はないのではないか。
もし、「学校」が固有の生命原理に基づいてその進路を自己決定する「主体」であるとすると、私どもがない知恵を絞って小細工をするより、もういっそ「学校」に行きたい方向をご自身でお選び頂くに任せてはどうか、という考え方も成り立つ。
私はなんとなくそんな気分になってきた。
いまの日本できっちりした中長期計画を立てて、その上で動いている大学など存在しない。
ファクターが多すぎて、未来予測の立てようがないのである。
人事を尽くして天命を待つ。
やれるだけのことはやった。病人の場合と同じく、あとは「学校」に生き延びる意志があるかどうかである。
「学校」が「まだ生き続けたい」と望めば、私たちが何もしなくても生き残るだろうし、「もういいよ」と思えば、私たちがどんなに努力をしても消え去るだろう。

業務連絡
7月22日に本学のオープンキャンパスで、私が講演をします。
お題は「僕が女子大を薦める理由」
女性は「時の守護者」であり、それを育てるのが女子大の使命であるということを『態度が悪くてすみません』の冒頭に書きましたけれど、「その続きが聴きたい」という入学センターのヒラヤマさんの個人的要望もあってこのタイトルに決まったようです。
つきましては企画広報の方から、「この講演に後援・協賛してくれる出版社新聞社があったら探して」というお申し出がありました。
講演させるばかりか、講演のスポンサー探しをも命じるというあたりに本学広報の「立っているものは親でも使え」思想が貫徹しておりますね。
そういうわけで、たいへん勝手なお願いではありますが、女子大論の講演に「後援・協賛」してくれる出版社・新聞社がありましたら、ご一報頂けますでしょうか。
・・・・でも、「後援・協賛」って何するんだろう。
新聞の場合はイベントを新聞で告知して、ということだろうけど、出版社に後援・協賛を頼んでどうするつもりなのであろうか(単に私がその出版社に「借り」が出来て、それからあとの仕事が断れなくなる・・・というだけのことじゃないんでしょうか。ヒラヤマさん!)

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2006年06月11日

甲南麻雀連盟六月例会

われらが不満の五月の後、ひさしぶりに甲南麻雀連盟の例会が「ドクター佐藤快気祝い」のタイトルのもとに開催された。
開催が決まったのが、前日のこと。
そのさらに前日に越後屋さんと画伯が亀寿司中店でばったり会って、画伯が「最近麻雀やってないね。ウチダに土曜日にやろうっていっといて」と(例によって)有無を言わさぬ命令口調で伝言されたので、伝え聞いたウチダは「ドクター佐藤の快気祝い麻雀」をしようねと口約束だけしてあとのことを忘れていたことを思い出して、急遽開催の運びとなったのである。
とういわけで今回はシニアメンバーだけの召集となった。
ユースの諸君はまたこんどね。
直前での召集にもかかわらず、呼びかけたシニアメンバーは弱雀ジローとホリノさん以外は全員即答で参加というあたりに甲南麻雀連盟のリーグ戦にかける会員諸兄諸姉の気概というものが伺い知れるのである。
合気道のお稽古でさわやかな汗を流したあと、恒例のごとく4時キックオフ。
すでに3時半にパドックには画伯が快気祝いのシャンペンを片手に登場していた。入れ込みが半端じゃないね。
初戦のメンバーは画伯、老師、越後屋、そして会長という実にシニアな面子。
既報のとおり、会長はこの第三四半期は絶不調であった。
10戦して1勝。累積負け点80。4月1日以来勝ち星がない。
調整のために地方競馬を回ってみたが、そこでも対面から「チー」しようとする初心者の「せいうち」相手にボロ負け。(「せいうち」はポン、チー、ロンすべての場合に「あっ!」と絹を裂くような悲鳴を上げる)。
捲土重来を期して臨んだ第一半荘で、とりあえず4月1日以来の勝利。
そのあと鉄火場アオヤマ姐さんを迎えてはげしい打牌の応酬があり、ここで南二局の親のときに、老師、越後屋、姐さんに三人立直を食らって、こっちも引かずに打ち返しているうちに姐さんが運悪く私の当たり牌の緑發をつかんで混一色緑發南の親満に放銃。
この親満で一気に風向きが変わって姐さんはマイナス2ハコで、私の圧勝。
その他の方々の戦績をご紹介しておく。
今回の冠大会の主役ドクター佐藤は4戦2勝で満足の笑顔。
前回まで6戦4勝、ダントツの勢いであった画伯は今回5戦0勝で、勝率を三割台に落とした。
勝率5割、勝ち点100のだんじりエディターも今回は3戦して勝利なし。
それも私が親のときに四暗刻を自摸上がりしたのに勝てなかった。
このときトップは越後屋さん。
今期3戦1勝、勝ち点35と、好位置につけていた越後屋さん、本日は4戦2勝で勝率を7戦3勝の0.429に押し上げ、累積勝ち点も100を越した。
ひさしく不振をかこっていたラガーマン平尾、今回は5戦3勝、残る2戦もプラスの二位の「ノーヒットノーラン麻雀」で累積勝ち点をプラスに戻した。
結局、ボロ負けしたのは姐さんと、W杯のイングランド戦のゆくえが気が気じゃなかった「泳ぐ英文学者」。
川上牧師と釈老師はつねのごとく宗教家らしい端正なたたずまいで勝敗を超越した麻雀三昧の境地を豊かに味わっておられたようであります。
真夜中近くに最後の半荘に参戦された芦屋麻雀ガールは親のハネ満を上がって「きゃー」という歓喜の悲鳴をあげていたが、残念ながら今期初勝利はならず。
昨日の戦績は
1位 ラガーマン  5戦3勝 136点
2位 連盟会長   5戦3勝 73
3位 越後屋 4戦2勝 69
4位 ドクター 4戦2勝 60
というものでありました(5位以下はマイナスね)
おまちかねの通算成績
勝率部門
1位 ドクター 0.444
2位 越後屋 0.429
3位 画伯 0.364
4位 エディター 0.333
5位 ラガーマン 0.273
会長は0.267で6位。
半荘当たり勝ち点
1位 越後屋 14.9
2位 画伯 14.7
3位 エディター 12.6
4位 ドクター 10.7
5位 ラガーマン  4.1
ここでも会長は次点の−0.6。
6月中にもう一戦できなければ、第三四半期の戦績はこれで決まってしまうことになる。
累積点数がマイナスとなるのは、まことに遺憾であるけれど、勝負は運否天賦。7月からの第四四半期に再起を期すことにしよう。
なお、熱戦中に何度か電話があり、それぞれに対してたいへん無愛想な対応に終始したことを関係各位にお詫びしたい。
とくにA新聞のK林記者からの電話のときは親の立直をかけたところであったので、受話器片手に自摸をしていたので、何を話したのか覚えていない。
K新聞からの講演依頼も言下にお断りしてしまったが「いまそれどころじゃないんです」という言葉はそういう意味でもあるんです。
愛想なしですまないことをした。
いずれにせよ、どのような用件であろうと、土曜日の午後に私の自宅に電話をかけた場合に「快諾」の返答が得られる可能性が他の週日に比して有意に低いということは関係者の方々にはぜひお覚え願いたいものである。

投稿者 uchida : 12:23 | コメント (1) | トラックバック

2006年06月09日

与ひょうのロハス

「ロハス」ってご存じだろうか?
以前『ソトコト』という雑誌にインタビューされたことがあって、そのときに「どんな雑誌なんですか?」と訊いたら「ロハス系です」と言われた。
意味わからなくて、「ロハスって何ですか?」と重ねて訊いたら、「あのですね・・・」と説明してもらったことがある。
そのときの説明をうかがって、漠然と「ソフト・エコ」というか「アウトドア志向」というか「自然派」というか、そういう記号的なものにからめて新しい消費ニーズをつくり出そうという(広告代理店が一枚噛んだ)マーケティング戦略の一つなのかと思っていて気にしなかった。
その後、ゼミでロハスについての発表が続いたので、ちょっと考えてしまった。
ロハスというのは LOHAS(Lifestyle of Health & Sustainability)「健康で持続可能なライフスタイル」というものである。
10年ほど前にアメリカで新しいライフスタイルとして提唱されたものである。
オーガニック食品を食べ、ヨガや瞑想法をし、木造りの家に住み、週末には自然に親しみ、フローベールを読みながら、モーツァルトを聴くような生活のことらしい。
流れとしては60年代のヒッピー・ムーヴメントやニュー・エイジやエコロジーと同一視されそうだが、政策的に重要なのは「sustainability」の一語である。
「持続可能な生活」というときの「持続可能」というのは何のことか。
「毎朝五時に起きて、乾布摩擦をする」というような生活プランをだらけた都会人が立てても「三日と続かない」という意味での「持続」のことではない。
「持続可能」を求められているのは「人間」ではない。
持続可能性が問われているのは「環境」である。
地球環境がこのまま持続できるように、環境を破壊する大量消費大量廃棄型の生活は慎みましょうというご提言なのである。
いい話じゃないか、とみなさんも思われるだろう。
たしかに「いい話」だ。
でも、ただの「いい話」に電通は噛まない。
電通が噛むのはそこにビジネス・チャンスがある場合だけである。
「人間にやさしく、環境にやさしく」というのがロハスのスローガンである。
これはエコロジーと違う。
ディープ・エコロジーは「人間にやさしく」ということをあまり(ほとんど)考慮しない。
エコロジカルにたいせつなのは地球環境であって、地球のためならできれば人類は存在しない方がいい、というのがヘビー・ディープ・エコな考え方である。
私はこの考え方は一理あると思う。
少子化傾向とかジェノサイドというのはどこかに「人類なんかいなくなった方がましだ」という虚無的な欲望を伏流させていて、その点ではディープエコに通じている。
しかし、そう言われてはわれわれ人間どもの立場というものがない。
電通だってトヨタだってソニーだってマクドナルドだって、人間がいなくなったら困る。
商売にならないからだ。
人間の頭数は多ければ多いほど商売になる。
これは資本主義の基本原則である。
しかるにあまり人間の頭数が増えると、地球はそれだけの人口を支えきれなくなり、人間的秩序が崩壊する。
水がなくなり、食い物がなくなり、お互いに出会い頭に相手ののど笛に食いつくようになっては資本主義も市場経済もない。
どこかで資本主義の要請する市場の無限拡大をおしとどめ、地球環境の破壊を停止しなければならない。
資本主義をおしとどめるためには一つしか方法がない(もう一つマルクスが考えたものがあるのだが、これはうまくゆかないことが歴史的に証明されてしまった)。
それは「あまり金金と言わない方が儲かりまっせ」という逆説的処方である。
リソースが有限である世界では、資本主義は過度に資本主義的でない方が安定的に機能する。
サラ金の取り立て屋たちが債務者を囲んで殺気立っている時に、訳知りの金貸しが「ちょっと待って下さいよ。ここでこいつをぶち殺しちまったんじゃ元も子もありません。どうですみなさん、こいつをしばらく生かしておいて、少しずつでも借金を返させた方が結局はお得なんじゃないないですか?」というのと同じ理屈である。
「持続可能」というのはそういうことである。
地球環境も「生かしておいた方が結局はお得」だから、生かしておくことにしようということでアメリカの業界のみなさんが衆議一決されたのである。
問題は「どうしてアメリカが?」ということである。
それはあまり知られていないことだが、アメリカの環境が危機的状況になりつつあるからである。
北米大陸はご存じのとおり「新世界」である。
近世に至るまで、あの宏大な土地にほとんど人間がいなかった。
だからヨーロッパ人はアメリカを見てびっくりした。
手つかずの自然というものを15世紀のヨーロッパ人は見たことがなかったからだ。
西ヨーロッパには森というものがない。
フランスにもイギリスにもない。
全部切り倒してしまったからである。
ペロポネソス半島はかつて深い緑に覆われていた。
今は岩山にオリーブが寒々と生えているだけである。
古代の製鉄が大量の燃料を要求したために、ギリシャ人がみんな切り倒してはげ山にしてしまったからである。
だから、北米を見たときのヨーロッパ人の感動は深かった。
「ここには神が創造したままの原初の自然が残っている」と彼らは思った。
シャトーブリアンを読むと、ロマン派の詩人の目に北米の自然がどれほど神々しいものに映ったかよくわかる。
で、その神々しい自然を見てどうしたかというと、彼らは「これを破壊し尽くすのに、たっぷりあと1500年くらいはかかる。ばんざーい」と思ったのである。
だったら遠慮はいらない。
アメリカ開拓のフィーバーはほとんど「狂気」というのに近いものであった。
開拓民たちは「荒野」を開拓し(それは要するに森林を消滅させるということである)、何年もかかってつくりあげた開拓地を棄てて、次の「荒野」へ向かった。
そして、わずか数十年で大陸を横断して、太平洋までフロンティア・ラインを伸ばしてしまった。
これはトックヴィルならずとも「ある種の狂気」という他に形容のしようがないだろう。
彼らは「破壊しても破壊しても破壊しきれないほど豊穣な自然」を前にして病的に興奮してしまったのである。
そのメンタリティはそのあともずっとアメリカ人に取り憑いている。
フロンティア・ラインの消滅の後、アメリカ人が向かったのは太平洋の反対側の小さな列島であった。
そこの囲みを砲艦でこじあけ、原爆を落として紙と木でできた文明を破壊し、その次には朝鮮半島の半分とインドシナ半島の半分を焼き払った。それからアフガニスタン、イラクとアメリカの破壊のフロンティア・ラインは西漸を続けている。
この「アメリカの西漸」を説明するために国際政治のスキームなんか使ってもあまり意味がない。
「西へ向かって、自然を破壊せよ」というのは最初に北米大陸を見たときのヨーロッパ人に点火され、それ以来消えたことのない根源的欲望なのである。
そうやってアメリカは自然を破壊してきた。
それでも北米では200年にわたって、破壊しても破壊しても尽くせないほどに豊穣な自然を人々は享受していた。
それがそろそろ「おしまい」になってきた。
地下水を汲み上げてスプリンクラーでじゃあじゃあ撒きちらすというアバウトな農業を100年やったら、ロッキー山脈の麓ではとうとう表土が流出して塩が出てきたのである。
牧畜というのはそれよりもっと環境破壊の激しい営為である。
牛一頭が育つためには膨大な量の植物が消滅する。
アメリカの牛肉が安いのはそこで消滅した「膨大な量の植物」のコストをゼロにカウントしているからである。
破壊された植生が再生しなくても、「じゃ、次行こう」でまるでオッケーだったのである。
そうやって200年やってきて、アメリカのさすがに豊穣な自然も砂漠化し始めてきた。
そりゃそうだろう。
自然破壊した分を商品のコストから控除して国際競争力を確保してきたんだから。
『夕鶴』の織物の国際競争力が強かったのは「つるの生命の減耗」というコストを「与ひょう」がゼロ査定していたからである。
アメリカがしてきたことは「与ひょう」のそれと同じである。
まあ、そんなこんなでアメリカも「これではマズイ」ということに気づいて、大量生産・大量消費・大量廃棄の文化を少しスピードダウンすることになった。
けれども、いきなり自然破壊を止めるわけにはゆかない。
それぞれの業界にはそれぞれの「お立場」というものがある。
というわけで、「人間にやさしく、環境にやさしい」(より厳密に言えば「資本主義にやさしく、環境にもやさしい」)ライフスタイルをアメリカ人は模索することになったのである。
何となく「もう手遅れ」じゃないかという気が私はする。
自然を破壊することをナショナル・アイデンティティの基盤に組み込んでしまった社会集団がそれを否定することは、彼らの存在そのものの否定につながるからである。
「本当のことを言うと、私たちの祖先は北米大陸に来るべきではなかった」ということをアメリカの多数が認めるようになったら、アメリカにもアメリカの自然にも再生のチャンスはある。
「ロハス」がその予兆であればよいが、たぶん、違うだろう。

投稿者 uchida : 09:02 | コメント (7) | トラックバック

2006年06月08日

京都のつぎは北河内

水曜日はオフのはずなのだが、仕事が入るので忙しい・・・という話を毎週書いているが、今週の水曜日は精華大学のアンテナ・ショップ(っていうのかな)京都四条のshin−biで「超・一般教養講座」講演。
例によって何も考えずにふらふらとでかける。
少し早めについたらまだ会場設営中だったので、1Fのカフェに行く。
フランスのカフェみたいに籐椅子と大理石もどきの石のはめこみテーブルが通路に向いて並んでいる。
なんとなく勢いで「カンパリソーダ」を注文してしまう。
ほんとうは「モナコ」(カンパリを生ビールで割ったもの)を飲みたかったのだが、日本では見たことがない。
美味しいんだけどなあ。
こっそりお酒を飲んでいると基礎ゼミ生のM野くんが通りかかる。
わざわざお金を払って私の講演を聴きに来たのである。
なんともったいないことを。
私の話なら大学で飽きるほどただで(というより前払いで)聴けるのに。
ほろ酔い機嫌になったところで会場へ。
アメリカのシンシナティから一時帰国している伊藤愛子さんが来ている。
どうして伊藤さんがここにいるのかを書きだすと長くなるので割愛。
講演タイトルは「記憶・時間・同期」というものであったが、もちろんそんな話にはならない。
中学生も聴きに来ているし、一年の基礎ゼミ生もアメリカから来た元ゼミ生もいるのである。
そんな他人行儀な話をするわけにはゆかない。
江戸城の風水の話や、幸運を呼ぶネックレスの話や、ヴォーリスの建物の「謎」の話といった小咄をつなげておしまい。
あの二人の女子中学生は神戸女学院大学に志願してみようかという気になってくれたであろうか。
7時スタートで講演と質疑応答とサインで9時近くまで。
それから精華大学のスタッフのみなさん、本願寺のフジモトさん、伊藤さんと打ち上げ。
丸太町の町家のような料理屋さん。ふつうの民家の六畳と三畳の部屋と台所の半分が客席になっていて、奥の台所でつくった料理を部屋で食べる。
二時間近くしゃべったあとなので生ビールが美味しい。
須川さんはじめ精華大の女性スタッフはみんな若くてアクティヴで魅力的である。
どこでもこういう手作りの「ネットワーク系」のお仕事はもう圧倒的に女性の活動域となっていることを実感する。
アメリカ・ゲイ事情で話が盛り上がったが新快速の最終に間に合わなくなるので、泣く泣く切り上げて帰宅。
翌日は教育実習校訪問。
卒業年次のゼミ生で教育実習をする学生がいるときに実習先を訪問して、ご挨拶をして学生を受け容れてくれたことについてのお礼を申し述べるのである。
今年は二校回る。今週が北河内で、来週が徳島。
どっちもけっこう遠い。
まずは既卒者のコスプレ・ナミカワの中学校。
大阪府下の公立中学校の参観にゆくのは考えてみるとこれがはじめてのことである。
それもディープ大阪。
ミニ朝吉くんたちはちゃんと跳梁跋扈しているであろうか。
授業の前に教育実習生の部屋に入ってゆくと、ひとりの教生が「大学の先生でいらっしゃいますか?」と訊ねてきた。
私が「はい」と返事をするより先にナミカワが「ううん、私の愛人なの」と紹介してくれる。
教室でもナミカワはいつものように気楽に(というより積極的に「めんどくさそうに」)授業をして、騒ぎ立てる中学生たちを軽くあしらっていた。
授業を休講にして、遠路はるばる受け容れ校に挨拶に来た大学のゼミの教師をおちょくる極悪ナミカワである。中学生が彼女を態度の悪さで凌駕するのはまだ100万年早い。

投稿者 uchida : 18:33 | コメント (3) | トラックバック

2006年06月07日

代々木ゼミナールにて

日帰りするはずが一泊したのは月曜の午前にお仕事が入ったからである。
朝日新聞の『大学ランキング』のK林さんから、代ゼミの入試情報センター本部長の坂口幸世さんと大学入試のこれからについて対談してほしいというオッファーがあった。
代ゼミの入試情報センターの持つコンフィデンシャルな情報源にダイレクトでアクセスできる希有の機会である。
二つ返事で引き受ける。
本学が『大学ランキング』に本学が上位ランクインしているのは「ファッション誌に登場する回数」と「女子アナ輩出数」いうようなものばかりで、教育内容とはあまり関係がない。
もう少し本学が上位になるようなランキングを考えてくださいとK林さんに頼んである。
とりあえず、「風水のよい大学ランキング」ではベスト5に入るはずである。
「学内の植生の多様性」もかなりハイスコアがマークできそうである。
これもあまり教育内容とは関係がないように思われるかもしれないが、私は、教育のもっとも重要な部分は数値的には表現できないと考えている。
「校舎が学生をつくる」というのは本学を設計したヴォーリズの持論であったが、このコンセプトには池上六朗先生もただちにご同意くださるであろう。
人間というのは身体の横に垂直なものがひとつぶらさがっているだけで体軸を無意識のうちに鉛直方向に補正してしまうくらいに環境に影響されるものである。
ジェームス・ギブソンに「アフォーダンス」という概念がある。
周囲の環境が、行為の可能性についてあらかじめ「下絵を描いている」のであって、動物は主観的には自由に動いているつもりでいても、環境の示す動線に沿って行動するように誘われている、という考え方のことである。
アフォーダンス(「アフォード」afford 「(機会を)与える」からの造語)についてギブソンはこんなふうに書いている。
「固い水平の表面を動物を支持することをアフォードする。広い支持面は、陸棲動物に移動をアフォードする。地面に垂直な固い表面は移動の停止と力学的接触をアフォードする。地面に垂直な表面はその後ろに隠れることをアフォードする。ある程度の空気の量を含む表面のレイアウトは、風、寒さ、雨、雪からの隠れ家をアフォードする。囲みにある隙間や割れ目はそこに出入りすることをアフォードする。支持面より上にあり膝よりも高い水平の表面は座ることをアフォードする。(・・・)支持面が大きく欠けたところ(「崖」)は落下によるケガをアフォードする・・・」(佐々木正人、『ダーウィン的方法』、岩波書店、2005年、18頁)
なるほど。
ところで、私たちを取り巻く環境には、アフォーダンスの「強い」ものとそれほどでもないものがある。
アフォーダンスが強い環境とは、そこに置かれた動物が採る行動パターンが斉一的であり、自由選択の余地がほとんどないもののことである。
監獄とか病院とか学校というのは、アフォーダンスの強い環境である。
目的自体がそうなんだから、当たり前である。
例えば土牢(私はマルセイユ沖のシャトー・ディフで実物を見たことがある)は「濡れた水平の支持面と身長にやや足りない高さの空間」から出来ており、ここに閉じこめられた人間は「濡れた地面に横たわる」というたいへん不愉快な姿勢以外の選択肢を構造的に奪われている。
これがどれほど生物の本義に反するありようであるかは、そこに身を置いてみればわかる。
しかし、それとは逆にアフォーダンスする環境的与件があまりに乏しい場合、私たちは空間的に自己定位できず、たいへん不安になる。
行動を方向付ける手がかりのまるでない環境に置かれるということも、これまた生物の本義には反するのである。
大学と高校の際だった違いはおそらくこのアフォーダンスを大学は意図的に弱めてあるという点にある。
高校までは「自分の教室」にいて、同じクラスメートと並んで授業を受ける。
大学では教科毎に教室を移動し、教室の規模や構造も、毎時間となりにすわる人間の顔ぶれも変わる。
どの教室でどの教科をどのような学生とともに受講するかの選択権は学生にある。
「自分にとっていちばん気持ちのよい環境」、「自分が生き抜く上で最適の環境」はどういうものかを自分の感覚で感知し、判断しなければならない。
これは人間にとってたいへん重要な生存能力である。
だから大学は「教育の仕上げ」として、「(確実だが微弱な)環境的アフォーダンスを感知して、環境が提供する最適のリソースを享受し続ける能力」の涵養を主眼におく。
それゆえ、すぐれた大学は構造的に「謎」がしつらえてある。
例えば、本学のヴォーリズの作った建物の場合、ある教室から別の教室に行くために必ず複数の経路が用意してある。
直線最短の誰が見てもわかる最適路というのはない。
「パイプオルガンが聴ける線」、「冷たい大理石の床の上を歩く線」、「桜の下を通る線」、「泉水の横を通る線」など複数のオプションからたぶん「そのときの気分でいちばん歩きたい線」を通行者に選択させるようにつくってある。
だから、四季の変化や温度湿度や本人の体調などで、最適動線は変わる(少なくとも私は変わる)。
自分にとって「最も快適な環境」を感知させるように、建物そのものが「問い」のかたちに構造化されているのである。
ヴォーリズの建築を「美術品」として評価するなら鑑定的にランキングすることはできるだろう。
けれども、それがアフォードしている「謎」は決して数値化することができない。
本学の教育資源の最良のものは「確実だが微弱であり、それを感知できる身体感受性の向上を促す環境的アフォーダンス」なのだと私は思っている。
近代的なオフィスビルのような校舎は強アフォーダンス環境では、学生には行動の自由が与えられていない。
それがどれほど非人間的な環境であるかを「不快に感じる」感受性もだからそこでは育ちようがないのである。
閑話休題。
代ゼミの坂口さんから大学の今後について専門的意見を伺う。
報告したいことはたくさんあるのだけれど、とりあえず重要な論点ひとつだけご報告しておこう。
それはこれから先、大学の階層化が進行するということである。
「大学淘汰」というが、淘汰という場合は「生き残る大学」と「滅びる大学」の二分法であるが、それに先行して、それに並行して、「大学らしい大学」と「大学らしくない大学」の二分化が進む。
「大学らしくない大学」にも生き残る可能性があるように、「大学らしい大学」であっても淘汰される可能性がある。
「大学らしくない大学」とは専門学校化した大学である。
大学の専門学校化と専門学校の大学化は同時に進行している。
ご存じのとおり、過去10年間で18歳人口は30%以上減少しているのに、大学の数は132校も増えている。
新設大学は医療・看護・福祉系が圧倒的に多い。
これらは主に「スキル」と「資格」を提供するための機関である。
専門学校化した大学では「老舗の暖簾」やブランド・イメージや人間的ネットワークはほとんど意味を持たない。
学生たちが欲しいのは卒業時における「スキル」であり「情報」であり「資格」であるのだから、入学偏差値が低く、サービスがよく、立地のよい大学(つまり「勉強と教育投資」というコストに対する費用対効果がすぐれた大学)が選択されるのは当然のことである。
一方、生き残りをはかる大学が新設学部学科を作る場合も多くは専門学校志向である。
医歯薬、福祉、心理、看護に志願者が集まる時代が続いたが、新設ラッシュでもう「うまみ」はなくなった。
「医学部神話」が消えるのも間近だろう。すでに「医学部卒業ニート」が出始めているし(あまりにコストパフォーマンスが悪いので「馬鹿馬鹿しくてやってられない」のである)。私学の歯薬では、巨額の教育投資の回収が困難であることに人々は気がつき始めた。
ここ二三年は「食」と「スポーツ」系に人が集まり始めているそうである。
関西でも関関同立がスポーツに予算をつぎ込んでいる。
スポーツ推薦で入る学生は活躍してくれれば大学の宣伝になるので、全国の私学が一斉に「スポーツ推薦」での学生確保に走り出した。
では「大学らしい大学」とはどのようなものか。
とりあえず坂口さんと私が合意したのは、「『文学部』という名称を残すことのできた大学」である。
文学は「実学ではない」と言われる。
実学と非実学の差はどこにあるか。
私はたぶんさきほどの例のとおり、学術にもアフォーダンスがあり、文学は「弱アフォーダンス系」の学問領域なのだろうと思っている。
それが育てるのは「自分が生き延びる上でほんとうに必要な知識と技術」を自分の感覚で探り当てる力である。
そして、もたらすアウトカムの良否を検証するためには、長い時間がかかるのである。


火曜日は聴講生諸君の熱い要望に応えて第二回「クローバー麻雀の会」が開催された。
参加者13名。3卓である。
J1卓には前回惨敗のI倉くん、初参加腕を撫してのY山さん、そして驚くべきビギナーズラックのオーラを背にした「せいうち」と今期絶不調のウチダの二度目の「師弟対決」。
J2,J3卓では前回に引き続き「マスダ先生の麻雀教室」が開かれる。
最初の半荘はウチダ、ノー和了のボロ負け。ダントツはせいうち。
二度目の半荘はY山くんに代えてマスダ先生を迎えてウチダようやく薄目があいてトップでラス前。
ここでタンピン三色ドラ一の三面聴の好手を作って会心の立直。
これにただちにせいうちが追っかけ立直。
一発でせいうちの当たり牌「三筒」を持ってきて、これが三筒単騎の立直一発七対子。
だいぶへこんだけれど、オーラスで2600あがればトップ確定なので、やや功を焦って裏ドラ期待の早めの立直。これがあがったもののリーのみ1300で3万点に届かず西入り。
ラス前で立直のI倉くんにこちらも聴牌で一瞬切り遅れのドラを一発で振り込んだら、これが立直一発純チャン三色ドラ3発の3倍満。
哀号。
本日の戦績は
せいうち +57(あなたは強い)
I倉    +37
Y山   +3
M田  −33
ウチダ −64(よえー)
どうして初心者のせいうちがこんなに強いのか。
「それにしても振らないよな」とI倉くんと私がため息をつくと、セイウチ曰く「『振る』ってどういう意味ですか?」
われわれは「ふりこみ」という概念を知らない人間を相手に麻雀を打っていたのである。
「負けを知らない」人間には勝てない。
だが、せいうちよ。やがてキミにも終わりなき敗北の白夜が訪れる日が来るのだ。
そう遠くないうちにね。
そのときにどうやって死にものぐるいに生き延びるか。
それが最初の試練なのだよ。
それまでは先生の贈る点棒で遊んでいたまえ。

投稿者 uchida : 10:46 | コメント (1) | トラックバック

2006年06月05日

月窓寺道場30周年

日曜は月窓寺道場の創立30周年記念演武会・祝賀会。二週間連続で東京に行って合気道の演武をすることになる。
かなぴょんとウッキーに「前座」をしてもらってから、私は先週に続いてノブちゃんに受けを取っていただく。
ささっと演武をして、ぱぱっと引っ込む。
演武は「え、もう終わりなの?」と思われるくらい短い方がいいよ、というのは敬愛する亀井先輩のご教示である。
「なんだよ、まだやってんのかよ」と思われるのはあまりよろしくないのであるが、プレゼンの場合と同じで、「決めのフレーズ」が出ないとなかなか引くに引けないものなのである。
月窓寺が出来たのは1976年6月1日。私が自由が丘道場に入門したのは75年の12月であるから、この30年は私の合気道人生と重なっている。
月窓寺道場は吉祥寺の駅から徒歩5分ほどの曹洞宗のお寺の境内にある。これほど環境に恵まれた道場はなかなかない。
記念演武会とて、多田塾の各道場が一堂に会する。
亀井師範の明心会、山田師範の北総合気会、窪田師範の奈良県支部、故・樋浦師範の志木合気会など自由が丘道場の先輩たちが開いた道場をはじめ、笹本先輩と小堀さんのよみうり文化センター、今崎先輩の桜台合気道クラブなど同門の先輩後輩たちの道場が勢ぞろいする。
どういうわけか自由が丘道場はスピンオフが多い(甲南合気会もその一つである)。
これは別に自由が丘道場の門人は特別に独立心が強いということではなく、自由が丘道場があった竹内道場が駅前再開発でなくなってしまったあと、長い「ディアスポラ」の時代に門人たちが稽古場確保に奔走したことがやがて習い性となってしまったためである。
祝賀会のあと小堀さんに連れられて亀井師範、八起会の山田師範、自由が丘の笹本さん、大田さん、西田さんたちと下北沢へ。
小堀さんが「壁画」を描いたというたいへんおしゃれな居酒屋へご案内いただく。
亀井先輩のおとなりに座って、謹んでお説教を拝聴する。
亀井先輩のお小言をうかがうのは私の年来の愉しみの一つである。
「ウチダくんはどうしてこういう時にネクタイをしてこないのだ。急に人前で挨拶をせよというようなことになったときにどうするのかね」「す、すみません(汗)」から始まって、1時間半ほど術理について、稽古の心構えについて濃いーいお話を伺う。
この年になっても会えば必ずお小言を言ってくださるのは、もうこの亀井先輩ただ一人となった。
16年前、関西に移るときに、先輩の道場で差し向かいで稽古をつけていただいたことがある。遠い土地で、他道場の人々にたちまじって「多田門下」の看板を背負ってゆかなければならない出来の悪い弟弟子のために、「馬のはなむけ」として、教えられる限りのことを教えておこうとご指導くださったのである。
自由が丘道場を去るときには多くの道友から心温まる贈り物をいろいろ頂いたが、亀井先輩のこの気遣いはとりわけ身にしみた。
ひさしぶりに小堀さんの笑い声をBGMにして、先輩のお小言に「熱い風呂」に浸かるように身をひたしていると、なんだか20年前にタイムスリップしたような気分になる。

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2006年06月02日

ピンの話芸で3時間

大学院のゼミにNTT出版のM島くんが来る。
ついでに『街場の中国論』のゲラも持ってくる。
これは去年の大学院のゼミでやった中国論を活字化したものである。
今年中には出したいとのご意向である。
このペースで行くと、今年度の『街場の現代日本論』(変なタイトル)は来年中には本になることになる。
ゼミをやるたびにそこでのおしゃべりが翌年本になるというのは、素材を「骨までしゃぶる」資源収奪の見本のようなやり方である。
もちろん、院生聴講生たちにとっても教化的な効果をもつ。彼らが選んだ論題が面白くて、そこでの議論が盛り上がればそれがいずれ一章を構成することになるが、ゼミがあまり盛り上がらなかった場合は静かに無視されるからである。
今回はI倉くんから「民主主義」についてご発題いただく。
例によってぜんぜん関係ない話に逸脱していって、9月の自民党総裁選の結果について、日本型民主主義の原理に基づいて「福田康夫で決まり」という予測にたどりつく。
日本型民主主義というのは、合意形成の結果がもたらす「パフォーマンス」の良否よりも、合意形成プロセスにおける手続き上の「フェアネス」を重視する。
この「フェアネス」ということばを多くの人は誤解しているようだが、日本社会における「フェアネス」とは、成員が同一の規範の前での平等の恩恵に与るということではない。そうではなくて、「全員が平等の不平を分かち合う」ことである。
きわだった受益者が出ないような裁定を下すこと。
誰もその結論に十全の満足を得ることが出来ないような結論を導き出すこと。
ステイタス・クオに対する不満度において、全員が同程度であること。
これが「三人吉三」以来の日本の伝統的ソリューションである。
安倍晋三が選ばれないのは、彼が選ばれた場合、彼がその選択から多くの利益を得、それ以外の候補者が受益できないことが高い確率で予想されるわけだが、福田康夫の場合、「選ばれることは私にとって迷惑至極である」という意思表示を繰り返しているために、福田が選ばれた場合には「選ばれた人間も選ばれなかった人間と同じ程度にその結果に不満を抱いている」という状況が醸成される可能性が高いからである。
これは日本人がもっとも好むタイプの「三方一両損」ソリューションであるから、このまま福田康夫が仏頂面をキープしていれば、彼の総裁選勝利は固いのである。
M島君を囲んで、西宮北口でプチ宴会。
渡邊さん、川上先生、I倉くん、イ・ビョンホン激似のM谷くん、東京から通っているT畑さん、カウンセラーのN羽さん、鍼灸師資格をもつ院生のY山くん、それにウッキーが参加。
翌日がお仕事なので、早めに切り上げて帰宅。
水曜はオフなのであるが、このところ毎週大きな仕事が入ってきて、一週間で一番ハードな日。
今週は浄土真宗安芸教区の布教使のかたがたをお相手に一席ぶつお仕事で広島へ。
プログラムを見ると、研修会は「1時から4時半」となっている。
もろもろの研修があって、その一環として私のおしゃべりも含まれているのであろうと楽観して伺うと、この3時間半全部が私の講演なのだと聞かされる。
3時間半の講演ですか!
む、無茶な。
ふつう人間が耐えることのできる講演時間は90分が限界である。
それを超えたらどれほど話題が興味深くても人間は寝てしまう。
もちろん、聴衆を覚醒させ続けるためには、それなりの技というものがある。
「声のピッチやイントネーションを絶えず切り替える」「話題のたびに別人格に憑依する」「壇上で挙動不審なふるまいをする」などがそれである。
今回は3時間半ピンの話芸であるので、やむなくそれらすべての必殺技を駆使することになる。
とりあえず、いちばん簡単な「挙動不審の人物を演じる」から入る。
これは私自身が布教使のかたがたからははなから「誰だろ、こいつは?」的な怪しい人物に見えているはずなので、普段通りふるまっているだけで、十分な挙動不審性は確保できるのである。
挙動不審の次には、「何を言いたいのか聞いてもよくわからない」という技を繰り出す。
これも私の得意技である。
人前で話す機会のあまりない方はしばしば誤解することであるが、聴衆の関心をある程度以上長い時間ひきつけ続けるためには、理路整然、口跡明瞭、言いたいことがきっちり伝達されるような話し方をしてはいけない。
一つ一つのセンテンスは統辞的に明瞭であるにもかかわらず、あるセンテンスの次にどういうセンテンスが続くのか、まったく予測できないような乱数的コンテクストを展開することが必要なのである。
「別人格への憑依」は言い換えると「物まね」である。
子どもの話をするときは子どもになってみせる。おばさんの話をするときはおばさんになってみせる。
声色をかえ、しなをつくり、壇上を歩き回り、ガンを飛ばし、つばきを飛ばし、しゃがみこみ、飛び上がり・・・いろいろな人物を演じ分けてみせる。
手持ちの秘技を次々と繰り出しているうちに、ついに手札が尽きたころに、なんとか予定の3時間半が終了。
やれやれ。
演題は「理解と解離」というものであったが(現地に行くまでそんな演題を決めて先方に伝えたことを忘れていた。いつものことだが)、講師自身が解離状態をお示しできたので、言いたいことはわりとよくご理解頂けたのではないであろうか。
ぐったり疲れて新幹線に乗り、そのまま爆睡。
家に帰りつき、よろよろと倒れて、スパゲッティを啜りながら呆けて『キングコング』を見る。
33年の『キング・コング』では、崖から川に飛び込んだときにフェイ・レイの胸がぱらりとはだける水中シーンに中学生の私ははげしく動揺したものであったが、ナオミ・ワッツ版にはその場面がなかったのでちょっとがっかり。

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