三砂ちづる先生との対談集『身体知 −身体が教えてくれること』(バジリコ、1300円)がもうすぐ出ます。4月24日発売だけど、見本刷りが届いたのでNew Release としてご紹介しておきますね。
これで2006年は3冊目。あと何冊出るのでしょう・・・
朝から原稿書き。
これは明日締め切りの吉田城君の追悼文集のためのもの。
京大教授でプルースト研究の文字通り世界的権威者であった吉田君が急逝したのは去年の夏だった。
吉田君は私にとってただひとりの「高校時代の友だちで同業者」である。
得難い友人だった。
書き出しの部分を抜き出しておく。
吉田城君は1966年に僕が東京都立日比谷高校に入学したときの同期生である。
その頃の日比谷高校がどのような教育理念やプログラムで運営されていたのか、受験実績がどうであったのかというようなことは調べれば誰にでもわかる。その時代にその場所にいないと想像的に追体験することができないのは、そのとき、その場所を覆っていた「空気」である。当時の日比谷高校の「空気」がどういうものだったかを、それを吸ったことのない人に説明するのは難しい。
吉田君と僕はその同じ「空気」を15歳から18歳までの間、肺深くまで吸い込んだ。その「空気」を吸い込んだ人々は(本人の意志にかかわらず)ある種の微弱な人格特性のようなものを共有することになる。吉田君と僕も、それを共有していた。それが僕にはわかるし、彼にもわかっていたはずだ。
日比谷高校が僕たちの身体にしみつかせた残留臭気はごく微弱なものにすぎないから、それを部外者は滅多に嗅ぎわけることはできない。でも、その「匂い」はそれを吸って育った人間同士にはすぐわかる。
それは、「シティボーイの都会性」と「強烈なエリート意識」と「小市民的なエピキュリズム」に「文学的ミスティフィケーション」をまぶしたようなものだ(書いているだけでうんざりしてくるけれど)。
日比谷では受験勉強をまじめにすることが禁忌だった。定期試験の前に級友からの麻雀の誘いを断って「今日は早く帰るよ」と言うためには捨て身の勇気が必要だった。「勉強したせいで成績がいい生徒」は日比谷高校的美意識からすると「並の生徒」にすぎなかったからである。努力のせいで得たポジションで同期生のリスペクトを得ることはできない。試験直前まで体育会系のクラブで夜遅くまで汗を流したり、文化祭の準備で徹夜したり、麻雀やビリヤードに明け暮れたり、詩や小説を書いたりして、それでも抜群の成績であるような生徒だけが「日比谷らしい」生徒と見なされたのである。
いやみな学校である。
みなさんだって、そう思われるだろう。
しかし、「いやみな学校」だと思われるということ自体「シティボーイである日比谷高校生」にとっては受け容れがたい屈辱であった。だから、当然のように僕たちは必死になって「嫌われずにすむ」方法に習熟していった。
それが「『ミスティフィケーションしていないふりをする』というミスティフィケーション」である。
「僕らは何にも深いことなんか考えちゃいませんよ。ただ、何となくまわりに合わせて、気分に任せて、のほほんと生きてるだけなんです。成績なんて、ぜんぜんたいしたことないですよ」と、さわやかな笑顔で、控えめに、かつものすごく感じよくアピールすることができるのが「真の日比谷高校生」の条件だったのである。
450人いる同期の中で、そんなふうにスマートにふるまうことできた生徒はほんの一握りだった。吉田君は僕がそのリストに名前を記すことのできる数少ない日比谷高校生の一人である。
高橋源一郎さんと灘校時代の竹信悦夫君の話を集中的にしたせいで、私自身の高校時代のことも鮮明に甦ってきた。
60年代の終わりに少年だったというのはどういうことかについて追悼文には書いてみたい(まだ続きを書いてないけど)。
原稿を途中で止めて大阪へ。
JRで越後屋さんと待ち合わせて、堂島アバンザのヘラルド試写室へ。
『Vフォー・ヴェンデッタ』の試写会。
ワーナーのババさんとひさしぶりにお会いする。
『Vフォー・ヴェンデッタ』は英国のテロ事件のせいで公開延期になったいわくつきの映画である(それにしてもこのタイトル、なんとかならないのだろうか。意味わかんない)。見れば公開延期も当然かな・・・という気がする。
だって、「かっこいいテロリストが主人公」の映画なんだから。
でも、「かっこいいテロリストが主人公の映画」がテロがあったので公開できないという抑圧的なシチュエーションそのものが「テロリストの抵抗の大義」を傍証してしまうということに映画会社は気がつかなかったのだろうか。
気がついてたのか。
そうか。
宣伝のためにわざわざ公開延期にしたのか。
なるほど。
悪魔のように賢いな。
映画はたいへんに面白かった。
どういうふうに面白かったかは四月の『エピス』で。
映画を見てから宝塚へ移動。
二期六年お勤めになった原田学長のための慰労会である。
学務連絡会(本学における内閣官房みたいなものである)のメンバーで集まって、学長のご苦労をねぎらう。
ほんとうにご苦労さまでした。しばらくゆっくり休んで下さいね。
終日原稿書き。
「複素的身体論」45枚を脱稿。
私を麻雀と合気道ばかりやっているお気楽大学教授だと思っている人はゼウスの雷撃に打たれるであろう。
これは岩波書店から出る『身体をめぐるレッスン』というシリーズの第三巻『脈打つ身体』の中の一章で、「対人的身体所作」というお題を頂いて書いたものである。
三月末日締め切りで、ちゃんと3月29日に書き上げた。
これで三月末日締め切りの原稿を二つ片づけて、あと一つを残すばかりとなった(まだ一行も書いてないけど、明日一日で一気書きする予定)。
これほど勤勉な人間であるにもかかわらず、「ウチダは仕事が遅い」という非難の声が絶えない。
残酷なことを言うものではない。
『九条どうでしょう』に続いて、このあとに『態度が悪くてすみません』(角川新書)が来月出て、そのあと三砂ちづる先生との対談集『身体知』(バジリコ)が出て、甲野善紀先生との対談集(タイトル未定、バジリコ)が出て、『子どもは判ってくれない』(文春新書)が出て、岩波の『身体をめぐるレッスン』が出て、平川くんとの共著『東京ファイティングキッズ2』(バジリコ)が出て、『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書)が出るのである。
夏までに8冊出すんだよ(その後も年内に2冊書かないといけない)。
その間に毎月新聞連載を3本書いて、合気道と杖道と能楽を稽古して、甲南麻雀連盟の三冠王を死守して、映画を年間300本見て、毎日ブログを更新して、その上、大学の授業を週6コマやって、教務部長として大学の行政職の仕事をやっているのである。
死んでいないのが不思議なくらいである。
メールの返事が遅いとか、電話口で横着な口をきくなとか、手紙の返事をなぜよこさないとか、書類の提出が締め切り過ぎたとか、約束を忘れるなとか、ダブルブッキングするなとか、伝言をちゃんと聞いておけとか文句を言われてもさ。
無理よ。
一人の人間ができる仕事量をもろにオーバーフローしてるんだから。
私は決して怠惰な人間ではない。
約束だってできるかぎりは守ろうとしているし、会いたいという人には時間を割いて会ってるし、寄稿だって講演だってインタビューだって対談だって、頼まれればできるだけ引き受けるようにしている。
仕事というのは自分で選ぶものではなくて、仕事の方が私を選んでくるものだと私は考えているし、学生にもそう教えている。
「できる仕事」か「できない仕事」かは自分で決められるものではない。
「やってください」という仕事は、先方が「できる」と判断しているからこそオッファーされたものである。
だから、「物理的にできない」ということがわかっている以外の仕事は全身全霊を挙げて引き受けるようにしている。
それでこんなことになってしまったのである。
愚痴が多くなってすまない。
さ、風呂に入って、焼きそば作って、ビール飲んで、それから『私の頭の中の消しゴム』見なくちゃ。
昨日は『親切なクムジャさん』を見た。
イ・ヨンエって、きれいだなあ。
美しい人を見ると、生き返る思いがする。
「・・・・ふん」と頷くシーンがあるけれど、イ・ヨンエの「・・・・ふん」は『チャングム』のまんま。
いいよね、「ふん」。
終日原稿書き。
『私家版・ユダヤ文化論』脱稿。
今年私が出す本の中で唯一学術的なものである。
『文學界』に去年の1月号から9月号まで連載していたものであるので、もうほとんど完成していて、枝葉を刈り取り、思いついたことをさくさくと書き込んでゆくだけ。
はじめて通読してみたが、なかなか面白い。
「たいへん面白い」と言っても過言ではない。
内容がというよりは、プレゼンテーションの仕方が、面白い(としつこく自分でいうのもどうかと思うが)。
私の性格の悪さがよく出ている。
性格の悪さというより、どんなことでも疑ってかかる猜疑心の強さというべきか。
人並みはずれて猜疑心の強い私がいちばん信用していないのは自分の判断の正しさである。
自分の判断力を信用できない人間がどうして論文なんか書けるのだ、と訝しむ方もおありになるだろう。
そこです。
これが書けてしまうのですね。
すらすらと。
なぜ、自分の判断を信用していない人間がすらすらものを書けてしまうのか。
別に不思議ではない。
そこで「すらすら書かれているもの」が「私の考え」ではないからである。
私たちが語っているとき、私たちの中で語っているのは他者の言語である。
と道破されたのはジャック・ラカン老師である。
さすが老師。
間然するところがない。
私は猜疑心が強いだけでなく、たいへんに飽きっぽい人間である。
その私がいちばん飽きているのは・・・
もちろん、おわかりですね。
私自身である。
私のことば、私の思考、私の好悪、私の感覚・・・
そういうものに私は飽き飽きしている。
だから、私が求めるのは「私がこれまでに使ったことのないことば」「私の脳裏にこれまで浮かんだことのない思念」「私がこれまで触れたことのないもの」といった一連の「ないものシリーズ」に集中することになる。
それじゃ、ウチダさんの書いていることは「他人から借りてきたもの」なんですか?
あなたは他人の判断を自分の判断と取り替えているんですか?
それって、主体性の放棄じゃないですか!
というような初々しいご質問もあるかもしれない。
違いますよ。
そんなことあるわけないじゃないですか。
考えてもみたまえ。
私は自分にさえ飽きてしまう人間である。
その私が出来合いのストックフレーズとか手垢のついたイデオロギーとか世間知とかどっかで読み囓った豆知識とかいうような「他人から借りてきたもの」に飽きないはずがないではないか。
私は自分の判断さえ信用しない人間である。
そんな人間がどうして他人の判断を信用しよう。
それくらいには私の性格の悪さを信用して頂きたい。
私が探し求めているのは、「私の考え」ではなく、また「誰かの考え」でもない。
「他者の思考」である。
ここでラカンが「他者」ということばを大文字で表記していることを思い出して頂きたい。
「他者」というのは、ただの「あかの他人」のことではない。
隣のヤマダさんは「他人」ではあるけれど、ラカン的な意味での「他者」ではない。
だって、私はヤマダさんの思考になんか何の欲望も感じないからである。
「他者の思考」とは、まだその思考が誰によっても私的に占有されたことのない思考のことである。
私たちの書くことへの欲望を無限に喚起するのは、そのような「他者の思考」だけである。
さくさくと書いているとリリリと電話が鳴って、朝日新聞から原稿の校正についてクレームが入る。
例によって「デスクが・・・」というあれである。
どうして新聞社のデスクというのは「書き直させろ」というよけいなひとことを言いたがるのであろう。
藤原正彦さんの『国家の品格』というベストセラーについての論評を求められたので、先週1時間ほど記者をあいてにおしゃべりをした。
それをまとめた原稿(デスク校閲済み)を送ってきた。
それをざくざくと校正して、原型をとどめぬまでに改稿して送り返したものについての書き直し要求である。
朝日新聞には「藤原を叩く」という基本方針がまずある。
朝日的には当然の判断である。
ベタなナショナリズム本なんだから。
「叩く」という基本方針があって、それから書き手を探し、私に目を付けたわけである。
私はその本を読んでいなかったので、頼まれてから買って読んだ。
その談話を記者がまとめた原稿は「藤原批判」が前面に出ていた。
朝日的にはそういう「わかりやすい対立構図」で提示したかったのであろう。
だが、私は原則的にメディアではそういう手荒な「ことばづかい」をしない。
もっと戦略的な書き方をする。
『国家の品格』を批判しているんだか批判していないんだか一読しただけではよくわからないように書く。
一読してよくわからないから放り出す読者は私とはご縁がなかった方がたである。
一読してよくわからなかったから二度読む、という方に私は用がある。
そういう人に向けて書いている。
『国家の品格』が問題のある本であるということをわかりやすく書くのは簡単である。
けれども、「どういう点が問題なのか」を、『国家の品格』を共感をもって読んでしまった読者にも分かってもらおうとすると話はずっと複雑になる。
メディアはどんな読者にもすらすら「わかりやすい」ように書かせようとする。
読解するときに読者に知的負荷ができるだけかからないような書き方を求めてくる。
それを「リーダー・フレンドリー」だと思っているのかも知れない。
だが、私はそれはむしろ読者を侮蔑していることだと思う。
「猫なで声」の「わかりやすい文体」からは書き手の「見下した視線」が無意識的ににじみ出す。
そのことにもう少し自覚的になったほうがいいと思う。
私が平気でわかりにくく書くのは読み手の知性に信頼を置いているからだ。
甲南麻雀連盟の番外「哭きの半荘」が春の日もうららかな月曜の午後開催された。
すでに連盟は今期の全日程を終了していたのであるが、今期未勝利の弱雀小僧が「ぼくまだ一回もトップとってないよお。もう一回やろうよお」と泣訴してきたので、会長判断で例外的に「哭きの半荘」を開くことになったのである。
弱雀次郎のための会であるので、月曜午後3時からというイレギュラーな時間設定であり、「まともなつとめ人」や「良識ある社会人」が集まるはずがないということで、弱雀小僧、連盟会長のほかにかんきちくん(院生なので春休み中)と歌う牧師(牧師さまは日曜にたくさん仕事をしているので、月曜に遊んでも宗教的な意味での内的葛藤はないようである)を確保して「これでよし」としていたのであるが、ふたをあけると勤務時間中の越後屋さんが「あ、いまからライターさんと会って打ち合わせで・・・ちょっと時間かかりそうなんで、そのまま直帰します」とオフィスに言い残してスリーピースで定時に登場(サラリーマンがそれでよろしいのであろうか)。
たしかにライターさん(私のことだが)との「牌の打ち合わせ」はたっぷりさせていただくことになったのであるが。
釈老師は前回のダブハコの雪辱を期していたのであるが法務多忙のために欠席となり、くやし涙入りのメールを送って下さった。
老師、ご安心下さい。ウチダが老師の分まで勝ちますから。
夕刻となると乱れ髪アオヤマ、栄光のウィングが仕事帰りにソッコーで飛んできて、会社設立で忙しいはずのだんじりエディターも「西成麻雀みせたろか。ごっつコワイで。すわりションベンたれたらあかんよ」と長髪を挑発的になびかせた初参加のホリノ社長を伴って登場(嘘です。ホリノさんはもっとずっと品のいいかたです)。
気がつけばいつものように二卓、打ち上げ宴会が終わったときはとうに真夜中を過ぎていた。
さて、今回の結果であるが、興味はいくつかの点に絞られていた。
(1) 弱雀小僧の初勝利はあるのか(ないと思うけど)
(2) 乱れ髪“神戸麻雀ガール”アオヤマは“芦屋麻雀ガール”に続いて初勝利を収めることができるのか
まあ、これは「マイナの世界」の出来事であって、私ども「プラの世界」の打ち手からすれば、おもに「笑いネタ」として享受されるものではあるのだが、それにしても興味深いことではある。
むしろ、今回の「哭きの半荘」の真の勝負は歌う牧師と連盟会長の熾烈な「勝率一位争い」にあった。
それはまた同時に、勝ち数、勝ち点でぶっちぎりの第一位にある連盟会長の「二期連続三冠王」なるか否かを賭けた戦いでもあった。
前回までで歌う牧師の勝率は6戦3勝、勝率5割というハイアベレージを誇っていた。
追う連盟会長は28戦12勝4割2分8厘。
分母が小さいので、牧師は一回の勝ち負けが勝率に大きく影響する。
会長は分母が大きいのでふつうに打っていればまず4割キープは手堅いが、それにさらに上積みすることはむずかしい。
つまり勝負は4割台のなかばあたりでつくものと予想されるのである。
ハイレベルの戦いである。
まして今回両者はフルエントリーで、直接対決の機会も多い。
はたして勝率一位の栄冠は誰の手に・・・
ま、そう日本テレビのアナウンサーのようなせこい「あおり」は自粛しよう。
結果を申し上げる。
そう、みなさんの予想の通りである。
牧師は6戦して2勝。
悪い勝率ではない。
累計12戦5勝、4割1分6厘。
堂々たる数字である。
しかし、その勝率をしても連盟会長の壁は乗り越えられなかったのである。
会長は5戦して3勝。
累計33戦15勝、4割5分5厘という前人未踏のハイアベレージでシーズンを終えたのである。
では、2006年第一四半期の最終結果をご報告しよう。
勝率
第1位 連盟会長 33戦15勝 0.455
第2位 歌う牧師 12戦5勝 0.417
第3位 老師 12戦5勝 0.417
第4位 シャドー影浦 10戦4勝 0.400
第5位 泳ぐ英文学者 8戦3勝 0.375
第6位 ヒラカワ社長 3戦1勝 0.333
第7位 栄光のウィング 17戦4勝 0.235
第8位 だんじりエディター 31戦7勝 0.226
第9位 越後屋 15戦3勝 0.200
第10位 ドクター 21戦4勝 0.190
第11位 画伯 11戦2勝 0.182
第12位 かんきちくん 15戦2勝 0.133
第13位 乱れ髪青山 17戦2勝 0.118(アオヤマさんはついに初勝利プラス連勝で、「女の戦い」の雌雄を決したのであった。というのも日本語として変だが)
第14位 芦屋麻雀ガール 11戦1勝 0.091
そして、未勝利者つまり勝率ゼロの方々として、ここに謹んで三名の名を記さねばならない。
ウチダ社長 3戦0勝
ホリノ社長 2戦0勝
このおふたりは「たまたま」ビジターで来られたわけであるから、この程度の半荘数で実力を推し量るのは失礼であろう。
だが、次の方についてはすでにデータとして有意な数の統計的実績があると判断できるのではないか。
弱雀小僧 9戦0勝
私が彼を連盟にお招きしたときに紹介のことばとして、「私はかつてこれほど麻雀に弱い人間を見たことがない」と述べたのが決して誇張ではなかったことを会員諸氏は身を以て実感されたことであろう。
訂正:と書きましたあと、点数表を会員全員に配布したところ、重大な記載ミスが発見されました。
「泳ぐ英文学者」は8戦3勝ではなく、8戦4勝でありました(私がトップ一回数え忘れておりました)。
結果的に勝率1位の栄冠は0.500で「泳ぐ英文学者」の手に帰したのであります。
というわけで「第二期名人位」は「泳ぐ英文学者」ということになりましたので、みなさまどうかお手元の記録(なんて取ってないでしょうけど)とご記憶を訂正くださいますようお願い申し上げます。はい。
以下に残る二冠について上位者のみを記す。
勝ち点
第1位 連盟会長 523
第2位 シャドー影浦 171
第3位 泳ぐ英文学者 118
第4位 歌う牧師 77
第5位 ヒラカワ社長 55
第6位 栄光のウィング 43
第7位 老師 9
第8位 だんじりエディター 4
残りの方々はマイナスである。
ほとんど「虐殺」と申し上げてよろしい戦績である。
なお、最下位は麻雀ガールズと越後屋の熾烈な争いとなったが、これは名誉にかかわることであるので、「ブービーは乱れ髪神戸麻雀ガール」と記すにとどめたい。
勝ち数
第1位 15勝 連盟会長
第2位 7勝 だんじりエディター
第3位 5勝 牧師/老師
第4位 4勝 シャドー影浦/栄光のウィング/ドクター
なお、勝ち数は「参加する機会の多い連盟会長がダントツであるのは当たり前ではないか。これはフェアな競争とは言えない」という会員からの苦情が予想されるので、来期よりは「勝ち数」冠を廃して、代わりに「半荘平均勝ち点」部門を新設することにした。
これだと「ぼくいつも二位ばかりなんだよお」という弱雀小僧にもベストテン入りのチャンスはある。
仮に今期にこの部門を導入するとシャドー影浦が一位で私は二位ということになり、三冠王は達成できないことになる。
ちなみに弱雀小僧の今期「半荘平均勝ち点」はマイナス10.9。
うーむ、これではやはりベストテン入りは無理だねえ・・・
次回例会は第二四半期の第一回戦である。
会員各位は心機一転、気持ちを新たにして戦いに臨んで頂きたい。
以上。
恒例の合気道合宿イン名色高原ホテル。
ここに来てもう9年になる。
今回の参加者は40名。過去最多である。
甲南合気会からの参加者が年々増えきて、男子も11名と過去最多。
人数が多いと、稽古内容も多彩になる。
同レベルの人だけを集めて、焦点を絞った稽古をする方が効率がいいという考え方もあるかも知れないけれど、私は初心者から上級者までランダムに混在している状態の方が好きである。
上級者には初心者に「教える」という仕事が課せられる。
「教える」ためにはその技の術理にについて、自分の言葉で説明し、その言葉通りに自分の身体を操作できなければならない。
これはただ「技をかける」ということとは別の能力開発を要求する。
初心者が「できない」とき、その「できなさ」には共通した特徴がある。
それは筋力とか関節の可動域とかそういうフィジカルな条件による規制ではない(それならとにかく無我夢中で動いているうちに上達するはずであるが、実際にはそうならない)。
「できない」のは身体操作の起点でのマインドセットが間違っているからである。
多田先生がいつも言われるように、稽古というのは「電車に乗って進む」ことである。
マインドセットというのは「目的地の設定」である。
いくら稽古を一生懸命やっても、東北新幹線に乗って京都にゆくことはできない。
でも、「京都行き」という目的地さえ正しく設定しておけば、乗っているのが鈍行でも横浜小田原熱海・・・といつのまにか京都に近づいている。
合気道の目的は(というよりひろく武道の目的は)、人間の潜在能力の最大化である。
「潜在能力」という言い方をすると、まるでひとりひとりの人間の中に固有の「能力の芽」のようなものが潜在していて、それに水をやったり肥料をやったりすると、だんだん開花する・・・というイメージを抱くかもしれないから、ちょっとまずいのであるが、ほんとうを言うと「潜在能力」は私たちの中に「潜在」しているわけではない。
それは「外部につながる」能力のことである。
たしかに人間の内側には「宝庫」があるのだが、その「宝庫」の扉を開いても、そこにダイヤモンドがあるわけではない。
扉が開くと、その向こうには「見たことのない風景」が拡がっているだけである。
人間の「中にあるもの」というふうに観念されているものは、実は人間の「外にあるもの」なのである。
内側に向かうのは、外に出るためである。
内側に向かうのは、「内と外」というスキームそのものの無効を宣言するためである。
ややこしいことを申し上げてすまない。
こう考えてもらえばよい。
人間存在というのは「インターフェイス」のことである。
何かと出会わない限り、「接触面」というものは生成しない。
ただし、あらかじめこちら「主体」がいて、あちらに「対象」があって、それが出会ってインターフェイスが生成するのではない。
インターフェイスが生成したことの事後的な効果として、出会う前にすでに「主体」や「対象」が自存していたかのような仮象を呈するのである。
恋愛がそうでしょう。
激しい恋愛感情はかならず「この人に出会うことが私の宿命であった」という印象をもたらす。
「宿命」というのは「既視感」のことである。
前に「どこか、ここではない別の世界」「いまではない別の時間の流れの中で」会ったような気がするのだけれど、思い出せない。
そして、そのとき「ここではない別の世界」「いまではない別の時間の流れの中」にいた「私」は「今ここにいる私より」も(奇妙な言い方だけれど)ずっと「本来の私らしい私」であったように確信されるのである。
しつこいようだが、ミニョンが「大晦日に君に言おうとしていた言葉を思い出したよ」とユジンに告げるときに私は号泣するわけだが、これは「私」が「遠い記憶の中にあるぼんやりした人間」との自己同定を果たしたときに、「もっとも私らしい私になる」という逆説が人間存在の核心に触れているからである。
「別人」であるはずのミニョンとチュンサンが同一化するときに、それぞれの固有の自己同一性よりもさらに深い自己同一性が到成する。
多くの人が勘違いしているが、私たちは「いかにも私らしい私」と自己同定することで自己同一性を成就するのではない。
そうではなくて、「それが私であるのか私でないのか、はっきりしないけど、なんか私っぽい?ような私」と自己同定するときにほとんど宇宙的な自己同一性に刺し貫かれるのである。
武道だってセッション・コミュニケーションである以上、そこで展開しているのは恋愛と同質のものである。
技を錬磨するのは、練度が上がるほどに、武術的インターフェイスの肌理が細かくなり、そこで起きる「出来事」の数が増し、「ここではない別の世界、いまではない別の時間」の中にいる「思い出すことが出来ないほど遠い記憶の中の私」のリアリティが増すからである。
その「あまりに遠いけれど、まちがいなくもっとも本来的な私」が無限消失点に向けて遠ざかって行くうちに、それはある種の「宇宙性」と溶け合ってしまう。
それは「私」の中に深い井戸を掘るような作業である。
合宿二日目は昇段級審査。
新三年生6人が初段。卒業するナオタロウが二段。石田“社長”と井上“弁護士”が二段。
そして、ウッキーとエグッチが三段となる。
これで、本会の三段位は松田先生、サトウさん、溝口さん、かなぴょん、くー、おいちゃん、ヤベッチにこの二人を加えて9人となった。
かなぴょんに続いてウッキーも四月から芦屋に自分の道場を開く。
「のれん分け」二人目である。
ますますの精進を期すのである。
昇段級祝い宴会の席で、次年度の幹部が発表される。
新主将はナガヤマさん。副将(会計)はモリタさん。部長は新二年生のイシダくん(うちのゼミの新四年生のイシダくんの妹さんである)。
恒例の在校生ミュージカルで卒業するナオタロウを送る。
ケンちゃんも四月から東京へ行ってしまう。月窓寺で稽古を続けるそうである。月窓寺のみなさん、どうぞよろしくお願いします。
去る人がいて、来る人がいる。
来月になると合気道部も甲南合気会も新しい仲間を迎えるはずである。
東京へ。
斎藤孝さんと対談。
『中央公論』のためのお仕事である。
お題は教育とコミュニケーションと身体について(もりだくさん)。
『声に出して読みたい日本語』で洛陽の紙価を高めた斎藤さんとお会いするのははじめてである。
私も斎藤さんも「コミュニケーション」とか「対話」とか「身体知」とかいうことを専門にしている人間であるので、「その二人を対談させてみたら、ぜんぜん話がはずまなくて、受け答えがぎくしゃくしててさ・・・」ということになると笑い話である。
あるいは『中央公論』のイノウエくんはそういう展開は展開でまた「ネタ」になるとリスクヘッジをした上で企画したのかも知れない。
若いのにしたたかな青年である。
さいわい、私も斎藤さんも「座持ち」のよさでは定評がある人間であるから、対談はとんとんと弾み、あっというまに予定の時間をオーバーしてしまった。
「聴覚・運動系」を軸にしての言語運用能力の開発ということについては、斎藤さんと私はだいたい同じ意見である。
読んでもわからないことが聴いたらわかったということがある。
それは聴き取られた言語音はダイレクトに肺腑や腸や心臓に触れてくるからである。
例えば、私たちを深く傷つける言葉がいつまでも忘れられないという場合、それがかりに手紙に書かれた言葉であったとしても、脳裏をよぎるのは文字の「視覚映像」ではなく、「想像的に聴き取られた音」である。
私たちが語の意味を理解するのは、辞書的に語義がわかるからではない。
それの語が私たちの呼吸や鼓動や消化器や内分泌系の活動を変化させるからである。
「ウチダくん、私たちもう終わりだと思うの・・・」と女の子に告げられたときに、まず起きるのは身体的な現象である。
呼吸が浅くなり、動悸が速くなり、胃がきゅっと収縮し、こめかみがずきずきしてくる。
そのような身体的変化を通じて、私はそのメッセージが私にとってどういう意味をもつものであったのかを「事後的に」知るのである。
言語情報が入力されたときに、それをただちに複雑で多様な身体的変化に「変換」する能力がコミュニケーションの基礎にある。
「言葉が届かない人間」は、メッセージの辞書的語義は理解しているのだが、それが身体的変容をもたらすことがない。
だから、それが自分にとって何を意味するのか(生存戦略上有利なことなのか、不利なことなのか、それどう応じるのが最適オプションなのか)がよくわからない。
コミュニケーション感度のよい人間は、発話者が話し始める前に短く息を吸っただけで、続くメッセージがどの程度の重要性をもつものかを近似的に判定することができる。
そのときに発話者の体内で起きている変化(呼吸の、動悸の、内臓の、内分泌系の変化)の波動が「オーラ」として発散しているのを感知するからである。
言語運用能力の訓練とは、畢竟するところ身体感受性の訓練(合気道的にいえば「気の錬磨」)のことである。
というような話をするつもりで、ぜんぜん違う話をする。
この対談は『中央公論』の6月号(5月10日発売)に掲載される。
面白いから読んでくださいね。
斎藤さんとの対談があった京王プラザホテルからお向かいの住友ビルに移動して、午後6時半からは朝日カルチャーセンターで、平川君と対談。
お題は「日本人の無意識を問う」
WBCの話から始まって、ナショナリズム論、アメリカ論、野球論、プロレス論、憲法論、交易論、教育論、キャリアデザイン論・・・と話題は転々とする。
ふだん、ふたりで居酒屋でビールをのみながらしゃべっているときと話す内容はあまり変わらないのだが、オーディエンスがいる分だけふたりともテンションが上がり、「等価交換」の話をしているうちに不意にレヴィ=ストロースの言う「二重化された表象」ということばの意味がわかったような気になって、興奮してその話をする。
レヴィ=ストロースは交換とは「交換当事者双方において、二重化された表象が共有されること」というふうに定義していた。
「二重化」という語の意味がこれまでずっとわからなかった。
ライブドアの堀江元社長の「金で買えないものはない」というメッセージが多くの若者たちに好意的に受け止められたという出来事の意味について話しているうちに、そのことがわかった。
「金で買えないものはない」というスキームの「内側」にいる限り、すべては等価交換であって、贈与の余地はない。
けれども、「金で買えないものはない」というメッセージそのものは「金では買えない」。
もし、誰か「ホリエくん、どうもその言い分がわしゃ気に入らんのだ。どうかね、『金で買えないものもある』というふうにキミの発言を訂正してもらえんじゃろうか。金ならいくらでも出すよ」と堀江くんに提案した場合を想像してほしい。
そのときに、もし「金で買えないものはない」というのが汎通的な真理であると堀江くんが心底確信していたならば、ただちに「へいへい、売りやしょう。で、おいくらまでなら出せます?」と応じることだろう。
けれど、彼はおそらくその「買収交渉」には応じまい。
「金で買えないものはない」というのは彼の「パラダイム」だからである。
「パラダイム」は金では買えない。
若い人たちが堀江くんにエールを送ったのは、「金で買えないものはない」という私たちの時代の支配的なイデオロギーに対して、「『金で買えないものはない』というパラダイムは金では買えない」ということを全身をあげて表現したからではないか。
現に、彼に対する肯定的評価は、彼が「商習慣の陋習」や「古い業界体質」を打ち破った「功績」についてなされている。
「陋習」や「停滞」を打ち破ることで彼自身はたしかに経済的利益も得たけれど、それとは別に、若い人たちにある種の爽快感や夢を「贈った」。
さらに言えば、彼の最大の贈与は、その身を牢獄に繋がれるというかたちで完成したとも言えるだろう。
彼の逮捕の報に、多くの人々が「ざまあみやがれ」と快哉を叫んだ。
この爽快感は彼がいなければ味わうことのできなかったものである。
それは彼がおのれの身を供物として捧げることで私たちに贈与してくれたものである。
「私は等価交換しかしない。無償の贈与なんかしない」と言い続けることで、彼は(それと知らずに)ゆたかな贈与を同時代人に対して行ってくれていたのである。
あらゆる商取引では、表面における「等価交換」とは別の次元で「無償の贈与」が行われている。
贈与されるものは「それが贈与されるそのときまで、それに『贈り物』としての価値があることを贈る側も受け取る側も知らなかったもの」である。
それが贈与されたとき、それが「贈与である」と受け手が承認したその瞬間に、贈り物はその価値を生成するのである。
価値があるものが贈与されるのではなく、「これは贈与だ」と贈るものと贈られるものが「同時に承認したときに」、贈与されたものは価値を獲得する。
それが「二重化された表象」という術語でレヴィ=ストロースが言おうとしたことではないのであろうか。
対談終了後、編集者たちと池上先生がアレンジしてくださったパークタワーのバーで打ち上げ。
文藝春秋、新潮社、医学書院、バジリコ、毎日新聞社、講談社、集英社、朝日新聞社・・・など各社の編集者が集まる。
私の存在はこれらのほとんどの編集者のかたがたにとっての「不良債権」である。
なぜその不良債権がすすんで債権者にお集まり願うかというと、それは「債権者会議に集まる債権者の数が多いほど債務取り立ての厳しさは緩和する」という法則があるからである。
債権者がふえると、債権者同士で誰が優先的に債権を回収するかで小競り合いがはじまる
そのうちに「どうですみなさん。ここで短気を起こしてウチダを絞め殺しちゃ、誰も元がとれない。しばらくこいつに餌をやって放し飼いにしときませんか。そのうち太ってきて、卵をぼろぼろ生んでからから絞め殺しても遅くはないでしょう」というふうに合意形成がなるのである。
そんな時間稼ぎをしたからと言って少しも債務が減るわけではないのだが、とりあえず放し飼いにしていただけるとたいへんありがたい。
そのうち担当編集者が配置転換になったり、家庭不和になったり、鬱病で(原因は私だが)で入院されたり、定年退職になったりする可能性がある。
そのようにして、私がずるずると「放し飼い」にされているうちに債権自体が消滅するということもかなりの確度で期待できるのである。
各社の編集者と歓談のあと、池上先生の三軸パフォーマンスでみんな身体のゆがみを直していただいて散会(翌日の池上先生のおことば「編集者っていうのは、みんな身体がゆがんでるねえ。」)
『九条どうでしょう』(毎日新聞社から3月25日発売、1200円)のご紹介をさせて頂きたい。
いっときますけど、このタイトル、私がつけたんじゃないですからね。
毎日のナカノくんです。
ということは、発音は「九条、どうでしょう?」というふうにいったん「九条」で切って、それから「どうでしょう?」と尻上がりに上がる疑問形のイントネーションではなく、「『九条どうで』賞」(演歌歌手の「九条どうで」さんを記念した歌謡賞を想像して頂きたい)というふうに平板に発音しなければならない。
この本は平川克美・小田嶋隆・町山智浩、そして私の四人の共著による憲法九条論である。
濃いメンバーである。
「たいへん濃い」と申し上げてよろしいであろう。
どういう基準で選ばせて頂いたかというと、「私が毎日読みにゆくブログの書き手」たちである。
ある事件が起きると、「この人だったら、どういうふうにコメントするだろう?」とどうしても知りたくなる人がいる。
別にその人の意見に従おうとか、その人の意見を参考にして自分の意見を修正しようとかいう理由からではない。
私が知りたいのは、私と「同じ結論」に違う理路からたどりつくことができるかどうかということである。
もし、他の人々が私と「同じ結論」に違う理路を経由してもたどりつくことができるのだとしたら、それは「私の結論」の相対的な妥当性をかなり高めることになる。
その点で、この三人は私の期待を裏切ったことがない。
たしかに、彼らはしばしば私が「事件」だと思っていることを事件視しない。
そういうときは「あら・・・空回りだったのね」と反省する。
しかし、同一の重要な論件を扱っているときに、結論が食い違ったことはない(はずである)。
憲法九条について、私は「あった方がいい」と思ってる。
これはジュリアン・ジェインズ風に言うと「神々の訓戒」であるところの、私の「右脳」のご判断である。
私の右脳がどういう思考回路でそういう結論を下されたのか、私にはよくわからない。
よくわからないので、「こういうことだろうか。それともこうか・・・」と左脳を駆使して、あれこれ理屈をこねまわしている。
驚いたことに、このお三方も私と同じように、「九条はあった方がいい」という結論は同じであるのだが、どなたも理由はよくわからないらしく、私同様「ああでもない、こうでもない」といろいろな理屈をつけている。
私は理路整然と説かれる命題よりも、「直感的にはこうなんだけど、どうしてそういう判断が成立するのか、よくわかんないんだ」という言明の方を信じることにしている。
そういう本である。
たいへん面白いので、ぜひ購入され、熟読玩味して頂きたいと思う。
というわけで、ブログ読者のみなさんには大サービスで『九条どうでしょう』の「予告編」をご覧頂くことにする。
四人の書き手がそれぞれの憲法論について加えたコメントである(これは毎日新聞のPR誌に掲載される予定)。
小田嶋さんが町山さんの憲法論を論じ、町山さんが小田嶋さんの憲法論を論じ、平川くんが私の、私が平川くんの、それぞれの憲法論を論じるという結構である。
共著者のみなさんのご了解を得たので、ここにフライング公開して、読者諸氏の「購入欲望」を喚起せんとするものである。
まずは町山さんから小田嶋さんへ
『闘うコラムニスト』
小田嶋隆さんにお会いする前は、赤羽育ちと聞いてビビっていた。山手線の内側の中高生にとって赤羽は、電車を降りた途端にカツ上げされる東京ブロンクスと思われていた。だから小田嶋さんに対してべらんめいでゴロを巻いてるイメージを勝手に持っていたが、十二年ほど昔、『宝島30』という雑誌の編集者として初めてお会いすると、繊細そうで物静かで、全然アカバネしていなかったのでホッとした。
小田嶋さんは『宝島30』で毎号「愛の天誅シリーズ」と銘打って、天野祐吉、柴門ふみ、弘兼憲史、曽野綾子、秋元康、田原総一朗、渡辺恒雄、田中康夫などの悪口を書くという連載をしていた。僕は担当ではなかったが、傍から見て「きつい仕事だなあ」と思っていた。悪口といっても別に小田嶋さんが憎んでいる人ではなく、編集者から「次はこの人を叩けませんか?」と依頼されて書いていたからだ。「これがプロのライターの仕事か。辛い思いしていろんな人から嫌われて、大変だなあ」これでお金になればいいのだが、実はぜんぜん儲からない。というのも、僕がその連載を編集して単行本にしたのだが、売れなかったのだ。すみません、僕のせいです。
今回、憲法九条について書くよう依頼された時、僕は最初、お断りしようと思った。憎まれ役になるに決まっているからだ。今の日本で憲法九条の旗色は非常に悪い。「憲法を守ろう」と言っただけでサヨクのレッテルを貼られる。まして僕は父親が韓国人の帰化人であることを明らかにしている。僕は日本や韓国について何かを書いたことはほとんどないが、自分のブログでアメリカのイラク攻撃に反対していたら、日本から「チョンは黙れ」「韓国に帰れ」といった匿名メールが山ほど来るようになった。それで憲法九条を擁護すればロクなことにならないのは想像がつく。
政治家や世間の憲法論議を見ているとトンチンカンなことばかりだ。たとえば「五十年以上も改正しないのはおかしい」とか言ってるが、アメリカでは二百年も前に作られた憲法が使われている(修正条項を付加する方式だ)。勉強不足の憲法批判に対して樋口陽一先生など立派な研究家たちが異議を唱えているが、改憲派は耳を傾けない。それなのに僕ごときが何を言っても無駄にきまってる。無駄なことをしてわざわざ敵を作ってどうする。
だけど、「小田嶋さんも一緒に書かれるんですよ」と聞いて、引き受けることにした。僕も今は一介のフリー・ライターだ。尊敬する先輩の小田嶋さんがこの損な役割を引き受けたのに、かつて小田嶋さんに無理な注文をしていた編集者の一人だった自分が逃げちゃまずいだろう。
その小田嶋さんの九条擁護論だが、一言言ってはタメイキをつくような独特のリズムのオダジマ節が堪能できる傑作。「『公』という字を良く見てごらん。/ハムというのは、死んだ肉で出来ているんだぜ」など絶妙なフレーズが次々と飛び出す。「さすが!」と膝を打ったのは「九条を憎む人々が求める日本人像」を箇条書きにする部分だ。そこで小田嶋さんがどんな結論を出すか、知りたい人は本書を読んでください。
ううう、たのしみですね。
では次は小田嶋さんから町山さんへ。
『彼の話を聞け』
町山さんについては、二通りの印象がある。
ひとつめは、ずっと昔、拙著の編集を担当してくれた折に見せてくれていた顔=非常に礼儀正しいナイスガイのイメージだ。
当時、アルコール依存症の最終段階にあった私は、酔っている間中嘘をつき続け、シラフに戻ると謝ってばかりいるという、非常に扱いにくいタイプの著者だった(と思う)のだが、そんな私に対して、町山さんは、終始、慇懃な好青年の表情を崩さなかった。編集者の職業的マナーといってしまえばそれまでだが、これはなかなかできないことなのだよ。怒鳴らないでいるということだけでも。
もうひとつの顔は、記者、ないしはライターとしての顔で、これは、慇懃とは正反対の印象だった。
町山さんは、『宝島30』という雑誌の編集部で、受話器に向かって、またある時は、仲間うちの雑談の中で、はじけるような毒舌を展開していた。その語り口の見事さを、私は、部屋の片隅に設置された出張執筆コーナーで、面白く眺めていた。私が、編集部に出向いていたのは、主に進行上の理由(締め切りがあまりにも危機的だったのでね)ならびに、自宅にいると際限なく酒を飲んでしまうからということだったのだが、それはそれとして、私自身、そこの編集部を気に入っていたのだ。職業右翼や解剖医やエロビデオ業界の仕掛け人といった、いずれも一癖のある連中を相手に、永遠に終わらない交渉事を繰り返している台風の目の、その中心に町山さんがいた。いや、面白かった。
今回、『9条どうでしょう』の執筆陣に町山さんが含まれているという話を聞いた時、私は、ジャストミートの人選だと思った。
というのも、九条は、日本人のために書かれた条文である以上に、国際社会に向けて放たれたアナウンスだと思うからだ。
ここでいう「国際社会」は、単一な立場や場所を指す言葉ではない。むしろ、どこにも無い「架空の複合的な立場」すなわち、「矛盾した存在」そのものを意味している。つまり「九条」は、「誰か」や「どこか」といった特定の場所や、単一の国家・国民のための条文ではなくて、「aとbの間」のような「関係」に対して投げかけられた言葉であり、とすれば、底なしの井戸に投げ込まれた小石が着地点を持たないのと同じく、「九条」の解釈は「国際社会」のありように沿って、常に揺れ動かざえるを得ない。
で、その「不可有国」としての「国際社会」を生身で体現している存在こそが、町山智浩、すなわち朝鮮半島出身の父親を持つ混血の帰化日本人だと、そういうふうに私は考えたわけだ。
一般に、国籍、身分、セクシャリティーといった、自らのアイデンティティーについて疑いを持たない人々は、「他者」に対して鈍感で、それゆえ、「国際」について実のある思考を展開することができない。
言い方を変えれば、町山さんのような、ほかならぬ自分の中に「他者」を見出すことを前提としたところでものを考える営為を続けた来た人でなければ、ぬえみたいな条文である「九条」の意図を正確に語ることは難しい、と、そういうことだ。
わかりにくい?
当然じゃないか。厄介な対象についての率直な原稿がわかりやすくてたまるかよ。
とにかく、町山君の文章を読んでみてくれ。
素晴らしくわかりにくくて、素晴らしく刺激的で、素晴らしく感動的なテキストだから。
わくわくしますねえ。
では次は平川くんから私へのコメント。
『内田樹の薬籠』
憲法の第九条と自衛隊の存在は、矛盾していると、護憲派も改憲派も考えている。普通に考えれば、九条を改定して継子の自衛隊を正嫡子として認めるか、あるいは自衛隊を解体して非武装中立の理想を前面に押したてるかの二者択一以外のソリューションは無いかのように見える。
これまで、論じられてきたすべての護憲論・改憲論は、このどちらかの「正論」のバリエーションであるといってもよいかもしれない。そこでは、護憲・改憲のいづれの一方に説得力があるか、整合性があるかが争われることになる。しかし、整合性というなら、どちらにも、それはあるといわなければならない。なぜなら、どちらも整合性を求めた結果、二律背反的に存在している九条と自衛隊のどちらかを消し去るという理路に至ったのであるからである。では、この二派は一体何を言い争っているのか。
この度の「九条論」で、内田樹は、このどちらとも異なる一見奇妙なソリューションを提示している。そして、この両論それぞれの無効性を宣告する。内田樹が、その薬籠の中に仕込んでいる薬石に対しての免疫がないと、彼の論は大変にトリッキィーに響くかも知れない。
もってまわった言い方はやめよう。彼は、挑発しているのである。誰を、か。内田樹がよく言う知性の定義は、「自分が何を知っているかではなく、何を知らないかということを知っている」ということで塔提されるものである。内田が「九条論」で展開しているのは、まさに旧来の護憲派も、改憲派も彼が言うところの知性の無い議論しかしていないじゃないかということである。「頭悪いんじゃないの」と内田は言っているのである。これに憤慨しても、内田が「頭悪い」という知性の枠組みの中でものを言う限り、言えば言うだけアホらしいということになってしまう。
ところで、内田が仕込んだ薬石とは、議論の次元を一つ繰り上げること。これだけのことである。これだけのことであるが、誰にも思いつかない。そして、これが内田樹の「方法」なのである。二つの相容れない意見に対して、「君たちは近親者である。一つのことの二つの側面を言い張っているに過ぎない。双方の論理的整合性というもの上位に、もう一つ上位の「常識」という舞台があるじゃないか」と言うわけである。内田的比喩で言うなら、ここでの内田の立ち位置は、「ラーメンとワンタンのどっちが客に受けるか」と論じている店員を前にして、ワンタンメンをすすりながら中華料理店の行く末を案じている店主のようなものである。(いや、これじゃ比喩になっていないか。)
論の委細は、彼の憲法論の全文をお読みいただきたいのであるが、私は一読「腰が浮くほどおもしろい」と彼にメールを打ったのである。彼が自家薬籠中のものとしているもの。それは、実は極めて正統的なヨーロッパ批評史の果実のひとつであると私は思っている。それは「方法の発見」である。私がいつも彼の文章を読んで覚える快感は、例えばポール・バレリイを読むときに覚える愉悦と似ている。ほとんど同じ味わいだといってもいい。
─ 経験的に言って、人間はプラスのインセンティヴがあったからといって必ずしも「よいこと」をするわけではないが、ペナルティがなければほとんど必ず「悪いこと」をする。
─しかし、実際には、彼らはいずれも憲法九条も自衛隊もアメリカの従属国化の政略の一環であることを知っている。知っているけれど、自分がそれを知っていることを知りたくないだけである。
言われてみれば、あたり前じゃないかと思えるのだが、あたり前過ぎて誰もがうまく表現できないような常識(それこそが、常識というに値するものだ)から出発して、誰も思い浮かばなかった新しい問いに至る内田の「方法」は、挑発的でもありスリリングでもある。養老さんは、これを「対偶証明法」を形容したそうであるが、まさに慧眼である。
ポール・バレリイは、レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」の構成を説明してこんなことを言っている。
─ この絵にはもはや神秘的という形容詞が切り離しがたくまつわりついているようだ。
(中略)神秘が、もし一つだけあるとしたら、それはこのような組み合わせをどうしてわれわれが神秘だと判断するのかという神秘である。(渡辺広士訳 『レオナルド・ダ・ヴィンチの方法』)
どうです。言われてみればあたり前じゃないかと思えるのだが、あたり前過ぎて誰もがうまく言えない常識が浮かび上がってきませんか。バレリイがレオナルドを斬り捌く手際で、内田樹は憲法第九条というものを斬り捌こうとしたのである。
すごいですね。「バレリイ」という表記がかっこいいですね。
で、最後は私から平川くんへ。
『詩人の憲法論』
平川克美くんの前身は詩人である。
「前身」というのも変な言い方だけれど、「前世」というともっと変だから、とりあえず「前身」ということにしておく。
今の平川くんはビジネスマンである。
でも、彼のビジネスの基本的な構えは彼が詩人であったときとあまり変わっていない。ぜんぜん変わっていない。
本人は気づいてないかも知れないけれど、彼は、十代の終わりからたぶん一度として、詩人という立ち位置から動いたことのない人なのである。
「詩人」というのはどういうものであるのかについて私が聞いた中でいちばん納得がいったのは高橋源一郎さんが下した定義である。高橋さんは二人の共通の友人の遺稿集に寄せた対談の中で、私を相手にこんなふうに言っている。
「詩人はね、なまものの言葉を扱っているんで。言葉ってさ、今日築地から届きました〜とかって、要するにすごくいい加減だったりするわけです。理想と違うわけ、極端なこと言うと。でも、理想と違うからそんな言葉は使わないっていうんじゃ、詩人になれない。詩人というのは、そこにある今日届いた魚で料理しなければならないと思うんです。とりあえず手元にある材料で料理するのが詩人。こんなしょぼいので作れるわけないじゃないか、と怒るのが評論家。」(竹信悦夫、『ワンコイン悦楽堂』、情報センター出版局、2005年、410頁)
高橋さんの話を聞いたときに、どうして平川くんが詩人であったのかも、その後もビジネスをやりながら、実はずっと少しも変わることなく詩人のままだったのかということにすとんと得心がいった。
むしろ、平川くんは詩人であり続けるためにビジネスマンにならざるを得なかったのかも知れない。ビジネスの世界というのは、「今日そこで届いた魚で料理する」ことしか許されない場所だからだ。「こんなしょぼい素材で仕事ができるわけないじゃないか。オレはもう今日は帰る。明日はもっといいビジネスチャンスを用意しとけよ」というような批評家的立場を取るビジネスは瞬間的に淘汰されてしまう。
だから、彼がビジネスについて語ることばはすべて詩について語っていることばとして解釈可能である。もちろん政治について語るときも。
現に、憲法について平川くんはこんなふうに書いている。
「憲法を憲法たらしめるのは、論理の一貫性といったものではなく、むしろ憲法を憲法たらしめている信頼、あるいは(他に適切な表現が思い当たらないのだが)信仰なのではないのかと思えてくる。いや、わたしにとって憲法問題とはまさにこの憲法(に書かれた言葉)への信頼という問題なのだと、わたしは思うのである。」
この文章の「憲法」を「詩」に置き換えると、それはそのまま平川くんの詩論になる。こんな文章だ。
「詩を詩たらしめるのは、論理の一貫性といったものではなく、むしろ詩を詩たらしめている信頼、あるいは(他に適切な表現が思い当たらないのだが)信仰なのではないのかと思えてくる。いや、わたしにとって詩問題とはまさにこの詩(に書かれた言葉)への信頼という問題なのだと、わたしは思うのである。」
これはほんの一例にすぎない。読者は平川くんの憲法論の全文の「憲法」の語をすべて「詩」に置き換えて読んで欲しいと思う。驚くべきことに、それはまさに全編が「詩論」として読むことができるのである。
どのようなことばも、それが存在の重みを持つのは、現実に基礎づけられているからではない。そうではなくて、ことばに現実を変成する力があるから詩のことばは自立しうるのである。
「現下の問題は、この憲法に対する信頼、信仰というものが揺らいでいるというところにあるのであって、玄人筋が言うところの、憲法が世界の実情と矛盾しているというところにあるのではない。わたしはそう思っている。(・・・)なぜなら、憲法はリアルポリティクスに合わせた都合の良いルールというよりは、リアルポリティクスそのものにコミットメントする人間に規矩を充てるテキストでもあったはずだからである。」
もう一度この文章の中の「憲法」を「詩」に書き換えて読んで欲しい。私はこれほど愚直なまでに熱い詩論を久しく読んだ覚えがない。
みなさん、書店に走り出したくなってきたでしょう?
ついついWBCの決勝戦を最後まで見てしまった。
まあ、見るよね。
休日の昼なんだから。
昼飯くってごろりとしてテレビを点けたら、なんと日本がキューバに勝ってるじゃないですか。
そのままアイロンかけをしたり、道着の破れを繕ったり、買い換えた携帯に情報を入力しながら最後まで見てしまった。
やあ、勝ったね。
勝ってよかった。
ご存じのとおり、私はこういう国際試合で熱狂的に自国を応援するタイプの人間ではないけれど、勝つ方が負けるよりもずっとよい。
その理由についてはオダジマ先生がたいへん洞察に富んだことを述べておられるのでご紹介したい。
WBCの結果について、オダジマ先生はこの1月には「優勝はない」という見通しを語っていた。
「野球はおそらくアテネオリンピック(→金メダルを当然視されながらの銅、しかもアマチュアのオーストラリアに二連敗)の二の舞に終わる。また順位とは別に、対韓国戦で惨敗するようだと、われわれのプライドは、その時点で著しく毀損されることになる。」(『九条どうでしょう』、毎日新聞社、113頁)(←そろそろ発売かな)
オダジマ先生、予測はずれちゃいましたね。
オダジマ先生は日本の敗北を恐れておられたけれども、それには十分な政治的理由がある。
覚えておいでであろうか。
2004年のサッカーアジアカップは、おおかたの日本人にとって、テレビの映像で中国の強烈な反日感情に触れたはじまりだった。
重慶でも北京でも、観客のブーイングはすさまじいものであった。
アジアカップを契機に噴出した反日感情とそれに対抗して亢進した国内での反中機運の高まりをオダジマ先生はこう総括する。
「救いは、最終的に日本が優勝したことだった。
もしあの状況で、半月以上にわたる執拗な侮蔑と失礼にさらされながら、私たちの日本代表が最終的に中国に負けていたら、われわれの対中感情はもっと致命的に硬化していたはずだ。
『ざまあみやがれ』
という感情は、もちろん立派な反応ではないが、それでも
『ちくしょう。おぼえてやがれ』
よりはずっと良い。
屈辱は、国家の健康状態にとって、最悪な危険要因になる。そういうことだ。」(119頁)
WBCでは、日本は一次リーグで中国に18−2と大勝、韓国には二敗のあと準決勝で6−0で雪辱を果たした。
問題のアメリカには「疑惑の判定」で敗北を喫したが、そのアメリカが二度目の「疑惑の判定」でモチベーションを上げたメキシコに惨敗して、日本はアメリカを退けて準決勝進出ということになった。
つまり、「ちくしょう。おぼえてやがれ」的メンタリティが日本国内に瀰漫するとたいへん危険なことになる対戦相手を幸いにもことごとく制したのである。
私が深く安堵する理由もおわかりになるであろう。
やあ、勝ってくれてよかった。
王監督ありがとう。イチロー選手も松坂選手もごくろうさん。
WBCに勝利することがわが国の「国家の品格」の向上に資するとは別に思わないが、こういうものにボロ負けしたあとに、「ちくしょう」的に鬱積する排外主義的エネルギーが「国家の品格」を下落させる方向に働くことは間違いない。
そうである以上、この優勝で「日本の品格」が維持されたことについて、王ジャパンの監督・選手ご一同に対して心からの感謝を申し上げたいと思うのである。
みなさんのおかげで日本人はしばらくのあいだ、中韓米に対する「勝ち負け」に感情的にのめり込む機会をスルーすることができる。
「勝つ」ということのもたらす最良の功績は、「勝ち負け」についてしばらくの間考えずに済むということである。
王ジャパンはティファニー製の優勝トロフィーよりもずっと価値のあるものを日本人に贈ってくれたのである。
2005年度最後の入試委員会、学務委員会、教授会。
この一年間まことによく会議に出席した。
計算したことないけど、たぶん300回は超えているであろう。
一日5つ会議なんていう日もあったから。
最後の教授会ではまたまた面倒な問題が議論されて、私も頭がぷっつんと切れて「がおがお」と発言する。
結果的には私の出した動議をウエノ先生が修正したものが採決されることになった。
「ウチダが暴れてウエノが収める」という展開について、「あれは台本があるんですか?」とあとでクールなニシダ先生からクールな笑顔で訊かれてしまったが、台本はありません。
でも、なんとなく長年会議をやっていると「阿吽の呼吸」というのができてくる。
議論の「着地点」がだいたいこの辺になりそうだという見通しが立つと、そこに着地するように、「急進的な意見」と「穏健な意見」の「混合比」をそれぞれの立場から配分するわけである。
高校生の昔から、「原則主義的にして急進的な意見」を言って、その場を壊乱状態に導くのがつねに私の役割であった。
ご存じのように、私は原則主義的な人間でもないし、急進的な人間でもない。
どちらかといえば「根回し、腹芸、言わず語らず、肝胆相照らす、ふふふ越後屋おぬしもワルじゃのう」的コリドール・ネゴシエーションを本務とするところの人間である。
あるいはそういう人間であるからこそ、「原則主義的にして急進的意見」というものがどういうものであって、どういう効果をもたらすのかについて計量的になりうるということなのかも知れない。
そのわりには本気でこめかみに青筋が立っていたようですが?
ふふ、あれ「演技」なんです。
教授会のあと、島井先生が主催するe-learning 研究会の年次報告会に出席。
携帯メールをシャトルカードに使うシステムについて、iPodをプレゼンテーションに使う方法について、ブラックボードのBBSとMLをつかった授業のフォローアップについて、研究室内の複数のPCのデータを同期するシステムについて、出口先生、池見先生、三杉先生、西田先生のニッチにしてコアな発表を聞く。
飛び交っているテクニカルタームの40%くらいは私には意味不明である。
私は「e-learning は文科省の陰謀か?」というトンデモ題で発表することになっていたが、さいわい時間切れとなって、ハイブラウな学術的雰囲気を一気に床屋政談レベルにたたき落とす好機を逸したのである。
この研究会に参加しているおかげで、島井先生から研究費の配分に与り、そのお金で私は去年(今こうして使っている)VAIOのデスクトップを購入することができたのである。理解できない話を2時間がまんして聞くくらいの苦役はなんでもないことである。
さて、私はe-learning というのは大学の教育のメインには使えないが、教場での授業を支援する副次的な教育システムとしてはたいへん機能豊かななものたりうると評価している。
それは「いまここにいない人」との予備的なあるいは追跡的なコミュニケーションが可能になるからである。
私が考えているのは「現在大学に科目登録していない学生」に対する卒後教育である。
現在科目登録している学生は情報処理センターからパスワードとIDをもらっているから、大学のシステムを利用することができる。
けれども、大学の教育というのは大学四年間で終わるはずのものではない。
これは私の持論である。
大学教育のアウトカムは定量的な測定が困難である。
上場企業への就職率とか卒業時のTOEICの点数とかいう数値的なものでも近似的には表示できるかもしれないが、それは教育活動のアウトカムのほんの一部にすぎない。
学生たちに骨肉化された教育成果は、場合によっては卒業後50年して、死の床においてはじめて「ああ、私の人生を豊かにしてくれたのは大学時代に受けた教育の成果であった・・・」と懐旧的に評価されるということだってある。
というより、卒業時点で数値的に計量可能なものよりもむしろ、そのように長いタイムスパンを経たあとにようやく確証されるような教育的アウトカムこそ、良質な成果と考えることができるのである。
だが、どこでも大学は「入学前教育」(リメディアル教育)には熱心だが、「卒後教育」には関心を示ささない。
せいぜい同窓会の文化的活動くらいしかない。
だが、卒業した元・学生は、しばしば大学発信の学術情報に対して在学生以上に感度が高く、大学の教育的リソースについて在学生以上につよい関心を持っている。
彼女たちを「卒業後もひきつづき教育し続ける」ことが大学に可能な、だがまだ試みられていない重要な仕事ではないか。
私はそう考えている。
だが、卒業生たちはもう定期的に大学を訪れることはできない。
IDもパスワードももっていないから、大学のe-learning システムには参入できない。
e-learning による教育機会からもっとも大きなベネフィットを引き出しうるし、現に活用することを望んでいるのは遠隔地にいるこれら卒業生たちであるにもかかわらず、そのチャンスが構造的に失われているのである。
もちろん、科目等履修生や聴講生や院生としてふたたび大学に戻ることはできる。
だが、遠隔地ではそれもままならないし、フルタイムの仕事に就いている場合は近場に住んでいても負荷が大きい。
彼女たちの多くが望んでいるのは、遠近にかかわらず、また現在の仕事を通常のペースで続けながら、同時に大学の発信する教育的リソースに自由に直接コンタクトする機会を保持することであるように私には思われる。
卑近な例で言うと、卒業論文を私はネット上で公開している。
二年間いっしょにすごしたゼミ生同士は友だちがどんな論文を書いたのか知りたいはずである。自分自身の論文が客観的にどの程度のクオリティのものかを比較考量してみたいはずである。
けれども在学生のためのブラックボードのフォーラムに卒業生はもう入ることができない。
しかしアクセスフリーのブログ上に公開することは学生たちの個人情報保護の立場からも避けたい。
となると学籍のない元学生たちのためには、私が個人的にフォーラムを運営するしかない。
というわけでこれまではとりあえずブログ上にSEMINARというものをつくって、そこにクローズドのフォーラムを作り、ゼミ生同士のコミュニケーションの場を確保している(卒論もそこで公開しているから、ゼミの在学生も読むことができる)。
それに加えて、mixi上に「ウチダゼミのコミュニティ」を作って、そこでゼミ同窓生間のネットコミュニケーション機会を確保しようと考えている。
コミュニティの参加者を私がチェックできるから、セキュリティ面でもたぶんそれほど心配はいらないだろう。
使えるシステムはあれこれためしに使ってみて、「卒業後のe-learning」機会をどう保証するか・・・という主題についてしばらく技術的な試行錯誤をするつもりである。
研究発表会のあと、「花ゆう」にて打ち上げをかねて池見先生の送別会。
人間科学部の先生方(池見、西田、寺嶋、遠藤、出口、島井)と総文の二人(三杉先生と私)というふしぎな取り合わせの宴会であったが、「ここだけの話・・・」「いや、ぶっちゃけた話・・・」が飛び交い、たいへん愉快にして有意義な一夕であった。
考えてみると、本学では他学部他学科の先生たちと「遊ぶ」機会がほとんどない(私も極楽スキーだけである)。
むかしは中高部の教員や職員たちも含めて、みんなでしょっちゅう野球をやったりテニスをやったりハイキングに行ったりしたという話を先日山本先生にお聞きした。
そういう機会が減ったことが学内での合意形成に手間ひまがかかるようになったことの一因かも知れない。
この研究会は私にとっては人間科学部の理系の先生たちと親しくまじわるレアな機会であるので、ぜひ来年度以降も「ウチダくんはITリテラシー低いからねえ・・・」なんて言って見捨てないで、仲間にとどめておいて頂きたいと思っている(出口先生よろしくお願いしますね)。
ほんとに。
久しぶりの(一週間ぶりですね)日曜日。
天気がいいので、掃除をして洗濯をしてふとんを干す。
日経のエッセイが行数オーバーだと言われて書き直す。
どうも字数計算をよく間違える。
ただの足し算なはずなのだが・・・
今回の日経エッセイは「小学校に英語を教科として導入」という中教審の答申(予定)に対する不安と不満を綴ったものである。
教育の現場から繰り返し指摘されているように、外国語というのは母国語習得の後に学べば、母国語を批判的にとらえ返す生産的な契機を提供してくれるが、母国語習得と並行して学ぶと、どちらの国語も不十分にしか運用できない「セミリンガル」を生み出してしまう。
私たちは母語を話すときに文法規則というものを意識しない。
文法規則を学んで「ふうん、ことばってそういう仕掛けになっていたのか・・」ということに気づくのは古文や英語を学び始めてからである(古文は中学生にとってはとりあえず「外国語のようなもの」である)。
バイリンガルというのは、二つの国語を「母語のようなもの」として運用することのできる人であり、定義からして、どちらの言語をも文法規則というものを意識しないで使うことができる。
小学生まで日本にいて、日本語を文法規則を意識せずに使いこなし、中学から高校までアメリカにいて、やはり英語を文法規則を意識しないで使いこなせるようになって・・・という人の場合がそうである。
この人の場合、「言語の文法規則を体系的に学ぶ」ということをどちらの国においても学習していない。
その結果どういうことになるかというと、「流暢なのだけれど、微妙に不自然な言葉」をどちらの国語についても使うようになる。
そして、いちばん問題なのは、「微妙に不自然らしいことは、まわりの人のちょっとしたリアクションからわかるのだけれど、どこがどういうふうにおかしいのか自分には説明できないし、周りの人も説明できない」ということである。
「うーん、なんか変だよね。日本語ではそういうふうには言わないけどね、どうしてか知らないけど」
というようなあたりさわりのない訂正がときどき入るだけである。
もちろんその程度のことなら日常のコミュニケーションには何の不自由もない。
けれども、自分の使っていることばが「母語の自然で規範的なかたちである」という自信が持てないという事実は想像以上に重いものである。
何度も書いていることだけれど、「言葉の力」というのは、それが思考を適切に表現できるヴィークルとして性能がよいということではない。
ある名詞を口にすると、それを修飾することのできる形容詞のリストが瞬間的に頭に並び、ある副詞を口にすると、それをぴたりと受け止める動詞が続く・・・というプロセスが無意識的に高速で展開するという言語の「自律」のことである。
母語運用能力というのは、平たく言えば、ひとつの語を(場合によってはひとつの音韻を)口にするたびに、それに続くことのできる語の膨大なリストが出現し、その中の最適の一つを選んだ瞬間に、それに続くべき語の膨大なリストが出現する・・・というプロセスにおける「リストの長さ」と「分岐点の細かさ」のことである。
「梅の香りが・・・」という主語の次のリストに「する」という動詞しか書かれていない話者と、「薫ずる」、「聞こえる」という動詞を含んだリストが続く話者では、そのあとに展開する文脈の多様性に有意な差が出る。
「分岐点の細かさ」というのはわかりにくい言い方だが、「分岐点がない言語」を思い浮かべればわかる。
「分岐点がない言語」というのはストックフレーズのことである。
あることばを選ぶと、そのセンテンスの最後までが「まとめて」出力されるようなフレーズだけを選択的に言い続ける人がいる(校長先生の朝礼の言葉とか議員の来賓祝辞を思い浮かべればよろしい)。
ある語の次に「予想通りの語」が続くということが数回繰り返されると、私たちはその話者とコミュニケーションを継続したいという欲望を致命的に殺がれる。
「もう、わかったよ。キミの言いたいことは」
というのはそういうときに出る言葉である。
外国語を学ぶときに、私たちはまず「ストックフレーズ丸暗記」から入る。
それは外国語の運用の最初の実践的目標が「もうわかったよ、キミの言いたいことは」と相手に言わせて、コミュニケーションを「打ち切る」ことだからである(ホテルのレセプションや航空会社のカウンターや税関の窓口で)。
「理解される」というのは「それ以上言葉を続ける必要がなくなる」ということだからである。
自分が何を言いたいのかあらかじめわかっていて、相手がそれをできるだけ早い段階で察知できるコミュニケーションが外国語のオーラル・コミュニケーションの理想的なかたちである。
それは母語のコミュニケーションが理想とするものとは違う。
母語言語運用能力というのは、端的に言えば、「次にどういう語が続くか(自分でも)わからないのだけれど、そのセンテンスが最終的にはある秩序のうちに収斂することについてはなぜか確信せられている」という心的過程を伴った言語活動のことである。
ストックフレーズを大量に暗記して適切なタイミングで再生することと、言語を通じて自分の思考や感情を造形してゆくという(時間と手間ひまのかかる)言語の生成プロセスに身を投じることは(結果的にはどちらも「たくみにある言語を操る」というふうに見えるけれど)内実はまったく別のことである。
というようなことを書こうと思ったのだが、違うことを書いてしまった(いつでもそうだな)。
午後に朝日新聞の取材。
ミリオンセラー藤原正彦さんの『国家の品格』について、著者の藤原さんへのインタビューと、私の読書感想を紙面に並べるという企画ものである。
たいへん面白く読みやすい本であった。
藤原さんの言っていることのコンテンツについては、ほぼ95%私は賛成である。
私が「私ならこういうふうには書かない」と思うのはコンテンツではなく、「プレゼンテーションの仕方」である。
「国家の品格」というのは誰が決めるのかということが問題である。
品格というものは本質的に外部評価である。
「私は品格が高い」と本人が大声で呼ばわってもしかたがない(というか、そういうのはふつう「夜郎自大」と言って、「とても品がない」人間に典型的なみぶりである)。
「あの人、品がいいね」というのはよそさまに言って頂くものである。
この本には残念ながら、「よそさま」に「言って頂く」という姿勢が乏しい。
著者は読者として「日本人」(それも「武士道」的エートスを蔵し、和歌を賞味し、自然の美を愛し、「万世一系の皇統」を誇りに思うようなタイプの日本人)を選択的に読者に想定しているように思われる。
おそらく日本に在住している外国人は読者には想定されていない。
英語や中国語に訳されて読まれることも(たぶん)想定されていない。
でも、それって少しおかしくはないだろうか。
日本という国の「国家の品格」について査定を下すのは私たちではなく「彼ら」である。
彼らが読んだときに、この「日本国家の品格を向上させるための啓発的文書」に横溢する自民族中心主義は彼らを「日本国家の品格」にハイスコアをつけるように導くだろうか。
ちょっと無理なような気がする。
私がアメリカ人なら(私はそういう種類の想像ばかりしている人間であるが)たぶんこの本を読んで「けっ」と思うだろう。
この本を読んで日本人読者が「溜飲を下げる」箇所の多くは、外国人が読んだら「むかつく」箇所である。
「溜飲とむかつき」のトレードオフが国際関係論上「有利な」バーゲンであるという判断に私は与しない。
できることなら、外国の方が読んでも「うーん、日本ってけっこういい国みたいだね」と思って頂けるようなものを書いた方が「国家の品格」のためには資するところがあるのではないか・・・というようなことを申し上げる。
ベストセラー相手にこんなことを言うと、せっかく読んで気分がよくなった読者のみなさんが激昂せられて、私はますます世間を狭くすることになるのであるが、仕方がない。
WBC(World Baseball Classic)がたいへん興味深い展開になってきた。
もとはと言えば、人気に翳りの出てきたアメリカのメジャーリーグを興行的にてこ入れする「アメリカン・メジャーリーグはこんなに強いぞキャンペーン」として「アメリカが優勝することを勘定に入れて」企画されたものである。
メジャーリーグが勝つように、打てる手はすべて打ち、球審によるホームデシジョンの悪質なものを二つ犯した。
それでも二次リーグ敗退。
まことにアイロニカルな出来事であるが、私はこれを「アメリカの凋落」の決定的な徴候と見る。
国家の凋落というのは、政治的・経済的なパワーの際だった衰えより先に、その国の「スピリチュアルな威信」というか「何となく底知れず懐の深そうな余裕」というようなものが消失するというかたちで徴候化する。
アメリカは依然として世界に冠絶するスーパーパワーであり、その軍事力の前に世界の国は屈服を余儀なくされているけれど、その覇権に「心からの敬意」を抱いている人間はもうほとんどいない。
そして、しだいに「恐怖心」もリアルではなくなってきている。
「アメリカの弱さ」についての認識がいまゆっくりと(だが確実に)全世界的に共有されつつある。
前にも書いたことだけれど、1950−60年代のアメリカン・ポップスの黄金時代に、アメリカの男性ポップシンガーたちは実に良く「泣いた」。
金髪七三分けで、Vネックセーターに、チェックのボタンダウン。コットンパンツにスリップオンを履いて、にこにこ笑顔の男の子が「キミがそんなふうにイジワルすると、ぼく、泣いちゃうよ」とか「キミと一緒に町を歩いていると、みんな振り返るんだぜ、えへん」みたいな歌詞をメロウな声で歌っていた。
それがアメリカが世界最強国へ上り詰めようとテンションがぐいぐい高まっているときのサブカルチャーの表出の仕方であった。
そういうものなのである。
力がみなぎっているとき、人間は「弱さ」や「哀しさ」や「もののあはれ」に精神的なリソースを割くことができる。
男が泣けるのは、「男泣きする余裕がある」ときだけである。
逆に言えば、余裕がなくなったとき、人間は強面になる。
強気で出てくるのは、「負けるかもしれない・・・」という恐怖が、弱い酸のように内部を冒しはじめたときからである。
アメリカはいま「負ける余裕」を失っている。
たかが野球である。
野球くらい、気楽ににこにこプレイすればよろしいではないか。
もとはといえばアメリカがアジアや中南米世界に扶植したボールゲームである。
それがアメリカ以外の土地に根づいて豊かに開花したことを、起源の国として言祝げばよろしいではないか。
それが大人の余裕というものである。
だが、いまのアメリカにはそれができない。
何がなんでも勝たねばと躍起になる・・・というのはすでに「相当負けが込んでいる」人間のメンタリティである(麻雀をやっているとよくわかる)。
ボブ・デービットソンという恥ずべき「誤審」を犯した審判に対してアメリカの世論がどういうリアクションをしたのか私は知らない。
でも、もしこの審判の「愛国的」なふるまいを「フェアネス」という観点からきびしく問い詰めて、「参加国の前にわびるべきだ」という意見がアメリカの世論の中で支配的なものになるということがなければ、たぶんアメリカはもう「終わり」だろう。
超大国ができるだけ長い期間その尊厳を維持したいと望むなら、決して失ってはならないものがある。
「フェアネス」に対する配慮はその第一のものである。
力のあるものが実際にもフェアーであるとは限らない。
力があるものは蔭ではどんなことだってできるし、現にしているだろう。
けれども、それが表に見えてはいけない。
「ほんとうにフェアーである」必要はないが、「フェアーにふるまっているように見える」必要はある。
アメリカはいま国際政治でも貿易でも、そして野球のような「遊び」でさえ、「アンフェア」なことを平気でやるようになった。
「みばえなんて構ってはいられない」ということなのだろう。
「強さ」というのは、ささいなことで涙を流し、うつろいゆくものを惜しみ、おのれのわずかな不作法を恥じることのできる「余裕」のことである。
アメリカはそれを失った。
それはおそらく二度と回復されないだろう。
謝恩会は例によってリッツカールトン大阪。
着物で行くつもりだったが、日経と共同通信の月一エッセイの締め切りだったので、夕方まで必死にキーボードを叩いていて、半襟を縫いつける時間がなくなり、しかたなくスーツででかける。
少し早めに梅田に出て、本屋で藤原正彦『国家の品格』を購入。
だいぶ前に献本で頂いたのだが、読まないうちに誰かが「これ、もらっていいですか?」「うん、いいよ」的展開で持って行ってしまったのである。
朝日新聞からこの本について意見を述べよというご依頼があったので、読むことにしたのである。
なにしろ100万部のベストセラーである。
いいなあ。
次出る新書は角川の『態度が悪くてすみません』だけれど、100万部売れないことについては書いた本人が自信をもって断言できるのである。
100万部売れる本を書くコツは・・・という不純な関心でハービスのロビーでさくさくと読み進める。
謝恩会の始まる時間になったので、会場に駆け込む。
シャンペンで乾杯して、ごうじゃすな着物やドレスのゼミ生諸君と歓談。
ゼミ生からどでかい贈り物をもらう。
中身はオランウータンの巨大ぬいぐるみ(小学生くらいの大きさ)。
ゼミ生諸君の話によると「ミッフィーちゃんに負けない」というテーマでお選びになったそうである。
知らない人には意味わかんないですね。
以前、合気道部員から誕生日のお祝いにミッフィーちゃんの巨大ぬいぐるみをもらったことがある。
黄色いものを家の南側においておくと風水的によろしいということでお贈りくださったのである。
それをずっとソファーの上に転がしておいたのだが、私のハードボイルドでコールドブラッドな書斎の真ん中にころんとミッフィーちゃんが鎮座している風景がよほどミスマッチであるらしく、はじめて来る客は必ず息を呑む。
ときどき勇敢な人がいて「あの・・・ウチダ先生、こういうのがご趣味で・・・」と訊いてくる。
まさかね。
ゼミ生たちもわが家で宴会をしているうちに、どうもミッフィーちゃんの存在感に圧倒されたらしく、「ミッフィーちゃんに負けたくない」というひそやかな欲望が芽生えたのであろう。
というわけで今回頂いたぬいぐるみは「打倒ミッフィー」というコンセプトでお選び頂いたもので、その分巨大なのである。
「センセイ、名前をつけてください」とゼミ生たちがせきたてるので、「ひらおくん」と命名する。
別に他意はない。
朝方三宅先生のところで平尾さんに会ったばかりなので、なんとなく。
ワイルドでかわいいから。
平尾さん、見に来てくださいね。
どんなものか見たい人はミクシイでご覧ください。
酒豪娘ササキさんからは手縫いのエプロンを頂く。
これでたくさんご飯をつくって私たちに食べさせて下さいという祈りを込めて前夜必死に縫い上げられたそうである。
佳話である。
みなさんありがとう(と涙をぬぐう)。
その分となりのハービスエントに移っての二次会では豪快に飲み食いしてくれた。
お勘定を払おうとしたら、50ccのバイクの新車一台分だった。
レクサスに続いて、さよならヴィーノ。
みなさん、ご卒業おめでとうございました。
卒業式。
本学はプロテスタントの大学なので、式はキリスト教の礼拝の形式で行われる。
私は役職上、式の冒頭に聖書を拝読する係を仰せつかっている。マタイによる福音書の22章の34節から40節までを朗々を読み上げるのである。
これはたいへんに気分のよろしいものである。
しかるに私はキリスト教徒ではない。
内田家の菩提寺は宗傳寺というお寺で、父の回忌ではそこで住職のお経に朗々と唱和するが私は曹洞宗の信徒ではない。
先般、湊川神社で正謡会があったときに「どうか詞章を間違えたり、道順を間違えたりしませんように」と神殿に深々と礼をしてから楽屋入りしたが私は神道家ではない。
去年は釈老師と共著で本願寺出版社から浄土真宗の入門書を出したが、私は浄土真宗の門徒ではない。
私の学問上の師はユダヤ教徒であり、私はものの考え方の多くをそのユダヤ教思想に負っているが、私はユダヤ教徒ではない。
私は宗教的な儀礼が大好きなのであるが、特定の宗派に専一的に帰依することがなぜかできない。
ふつう宗教的なひとは、いずれどこかの宗派に帰属するものである。
宗教的でないひとは、法事もお参りも賛美歌も「ま、おつきあい程度なら・・・」という感じでスルーして、私のように気合いを入れて儀礼にかかわることはない。
私はたぶん「儀礼」というものが根っから好きなのであろう。
儀礼というのは「なんだかよく意味のわからないもの」である。
にもかかわらず、「決められたとおりにちゃんとやんなきゃダメ」というものである。
「どうして?」と問い返すと、「・・・だって、むかしからそう決まってるから」という答えになっていない答えしか返ってこない。
私はおそらくこの「答えになっていない」ところを愛するのである。
どうしてこの儀礼がこうでなければならないか、逐一ご説明しよう・・・というふうに合理的に説明されてしまった場合、私の儀礼に対する情熱は一気に冷却してしまうであろう。
「理由がわかってみんながやっていること」と、「どういう理由だかわからないけどみんががやっていること」ではあきらかに後者の方が私の欲望をはげしくかきたてる。
かきたてられるのは知的好奇心ではない。
欲望である。
儀礼が太古的な起源をもつものであればあるほど、太古的な起源が歴史の暗闇に消えているほど遠く、それにもかかわらず「まだ生きている」と知ると、私はわくわくしてくる。
マタイ伝の「律法全体と預言者はこの二つの掟に基づいている」という一節は飯チャプレンのお話によると、イエスのオリジナルではなく、ユダヤの伝説的な賢者、ラビ・ヒッレルのことばだそうである。
それを聞いた後、私の朗々たる拝読の声はますます朗々としてきたのである。
それは「翁」の「とうとうたらりたらりら。たらりあがりららりとう」という詞章を謡うときの方が「これは朱雀院に仕え奉る臣下なり」という詞章のときよりも、ぐっと気合いが入るというのと同じ事情である。
制度の「根源」に触れたい、というのが私の抑えることの出来ない欲望である。
人間がどこからどういうふうにしていまのような「人間」になったのか。
それを知る手がかりはその起源が知られぬままにいまにいたるまで実修される儀礼のうちにしかない。
私が「君が代」をあまり朗々と歌う気になれないのは、その儀礼についての「合理的説明」があまりに煩いからである。
東京都教育委員会が「どうして卒業式には日の丸を掲揚し、君が代を歌わなければいけないのか、ほんとういうと理由がよくわかんないんです・・・」と正直に言ってくれたら、私は彼らにほおずりするであろう。