連休初日は教員研修会。
午前9時から出勤。
○クルートの大学関連系のシンクタンクのみなさんがどどどと登場して、パワーポイントを駆使して、「これでもか」の大学改革の「ここがツボ」の乱れ撃ち。
本学の大学サバイバル戦略にはツボにはまっているところも多少はあるものの、ツボから大いに逸脱している点もあり、そもそもそこに「ツボがある」ということさえ覚知されていなかった点もあり、太平の眠りを覚ます「黒船的」プレゼンであった。
予期されていたこととはいえ、近隣の各大学のどの学部が「いつ」定員割れを起こすかのシミュレーションを拝見したときは、魂消える思いがした。
なにしろ、危険水位を超えて当該学部が「沈没」するときに、パワーポイントは小さな「ドッボーン」という効果音を発するのである。
「貴学については、このようなシミュレーションはしておりません」と講師の方はおっしゃっていたが、老狐ウチダはそのようなことばを軽々に信じるほど初心ではない。
講演後、階段横で講師の方をつかまえて「ほんとはしたんでしょ?」とぐりぐり脇腹を肘でつつく。
「ね、ほんとのところはどうなんです」
「ま、それはですね、ここだけの話、ごにょごにょ」
「何、『ごにょごにょ』ですか」
「というか、ごにょごにょごにょ」
「ほおお…」
伏せ字部分については賢明なる同僚諸氏の想像に委ねるとして、さまざまな状況的与件が不確定である以上、未来は依然として霧の中である。
リ○ルートのみなさんと、遠藤FDセンター・ディレクター、荒木課長と会食。
会食中も「あの、ここだけの話ですが、○○大学の○○学部ありますね、あれ、どうなんですか」「あ、あそこはですね…」というような生臭い話が続く。
あえて一般論にまとめると、「創意」のあるところに道は開け、「模倣」するものに未来はない、というのが私の総括的印象であった。
世の中というのはなべてそういうものである。
今日のプレゼンで本学について示されたデータのうち、もっとも興味深かったのは本学の知名度が想像以上に低いということであった。
それはもう、驚くべく低い。
競合校であるK女子大やD女子大やM川女子大に比べても「がくん」と低い。
しかるに、「神戸女学院を知っている」「興味がある」集団だけを対象にしたアンケートでは大学評価が高い。
たいへんに高い。
つまり、本学について何らかのことを知っている人間が伝える情報においては本学の評価が高いのである。
で、情報を伝えられない人は何も知らない。
当たり前だけど。
浅草の路地奥の排他的な天麩羅屋みたいな「知る人ぞ知る」大学なのである。
微妙な立ち位置である。
「脱=路地裏」路線を選択して、「カフェ気分でリーズナブルなランチは半天丼にエスプレッソ付きで680円!」的にカジュアル展開するという手もある。
「べらぼうめ、うちは寛永元年からの老舗でい。半チクな野郎に食わせるネタはねえよ」的にあくまでミステリアスなオーラ頼りのインビジブル・アセット勝負という手もある。
悩ましいところだ。
老舗がじたばた「若作り」をしても、空回りすることが多い。
しかし、暖簾だけでしのげる時代でもない。
この「細うで繁盛記」的葛藤そのものを、けれん味なしに、すなおに開示してゆくというのがおそらくは本学のパブリシティの王道なのであろう。
そして、「受難するリベラルアーツ・荒野に屹立するキリスト教教育」の矜恃を保ち続けることがおそらく本学教職員に共通することばにならない願いであるように私には思われた。
あるいは、そのような「あいまいな立ち位置」そのものが、退路を断って太平洋を渡ってきた二人のアメリカ人女性宣教師によって明治初頭の神戸に建てられた女学校の130年の本来的エートスにもっともふさわしいものなのかもしれない。
『冬のソナタ』全20話を見終わる。
今頃こんなところに感想を記すのはまことに時宜を得ない発言であることは重々承知であるが、あえて言わせていただく。
泣いた。
ずいぶん泣いた。
ユジンが泣くたびに、チュンサンが泣くたびに、私もまた彼らとともにハンカチ(ではなくティシュだったが)を濡らしたのである。
『冬ソナ』は日本の中高年女性の紅涙を絞ったと巷間では喧伝されていたが、そういう性差別的な発言はお控え願いたいと思う。
五十余年の劫を経た老狐ウチダでさえ、「それから10年」というタイトルが出たところから(第一話の終わりくらいからだね)最後まで、暇さえあればむせび泣いた。
心が洗われるような涙であった。
「ユジン、戻り道を忘れないでね」
というところでは、頬を流れる涙を止めることができなかった。
ミニョン、おまえ、ほんとうにいいやつだな。
一方、サンヒョクが「ユジン、もう一度やり直さないか」と言うたびに、チェリンが「ミニョン、私のところに戻ってきて」と言うたびに、私はTV画面に向かって「ナロー、これ以上うじうじしやがると、世間が許してもおいらが許さないぞ」と頬を紅潮させて怒ったのである。
ともあれ、一夜明けて、われに帰ったウチダは、映画評論家として、この世紀の傑作についてひとことの論評のことばを述べねばならない。
私は自分が見る予定の映画については映画評というものを事前には読まないことにしている。
だから、『冬ソナ』について私がこれまで得た知識は、三宅接骨院の待合室でめくる女性誌の「ヨン様」関連記事だけであった。
さいわい、女性誌の提供する情報は、どのようなものであれ作品鑑賞上益するところも害するところも全くない(ということを今回しみじみ実感した。世にあれほど「情報的に無価値」な情報を提供するメディアが存在するということも驚嘆すべきことではあるが)。
女性誌の報じるとおり、ペ・ヨンジュンくんが本邦で「ヨン様」と呼称され、彼に関するいかなる貶下的コメントも熱烈なるファンたちから断固として排撃せられてきたその理由が私にはよくわかった。
それ以外に私はこの作品についての体系的批評というものを読んでいない。
唯一の例外は兄上さまから拝聴した「韓流ドラマ四つのドラマツルギー上の秘法」すなわち「身分違いの恋」(これは『初恋』についてのものであり、『冬ソナ』には適用されない)「親の許さぬ結婚」「不治の病」「記憶喪失」がドラマの綾となるという知見のみである。
しかし、私は今回韓国TVドラマおよび韓国恋愛映画に伏流するドラマツルギー上の定型が何であるかを確信するに至った。
それについてご報告申し上げたい。
それは「宿命」である。
宿命というと大仰だが、言い換えると「既視感」である。
「同じ情景が回帰すること」
それが宿命性ということである。
フロイトはそれを「不気味なもの」と名づけた。
重要なのは「何が」回帰するかではなく、「回帰することそれ自体」である。
わけもなく繰り返し訪れる「同一の情景」。
それに私たちは呪縛される。
同じ状況が意味もなく繰り返されるという事実のうちに私たちは人知を超えた何ものか、「神の見えざる手」を直感するのである。
「宿命」について、かつてレヴィナス老師はこう書かれたことがある。
宿命的な出会いとは、その人に出会ったそのときに、その人に対する久しい欠如が自分のうちに「既に」穿たれていたことに気づくという仕方で構造化されている、と。
はじめて出会ったそのときに私が他ならぬその人を久しく「失っていた」ことに気づくような恋、それが「宿命的な恋」なのである。
「初恋」が「二度目の(あるいは何度目かの)恋」として、眩暈のするような「既視感」に満たされて重複的に経験されるような出会い。
私がこの人にこれほど惹きつけられるのは、私がその人を一度はわがものとしており、その後、その人を失い、その埋めることのできぬ欠如を抱えたまま生きてきたからだという「先取りされた既視感」。
それこそが宿命性の刻印なのである。
だから、どのような出会いも、作為なく二度繰り返され、そこに既視感の眩暈が漂うと、私たちはそこに宿命の手を感じずにはいられない。
『猟奇的な彼女』も『ラブストーリー』もそうだった。
『冬ソナ』は全編が「同一情景の回帰」によって満たされている。
そういう意味ではきわめて経済効率のよい脚本である。
なにしろ「同じ情景」が二度繰り返されると、みんな感動しちゃうんだから。
私だって、「その手はもうわかった」とうめいたこともある。
しかし、二度の交通事故、二度の「入院」による関係の断絶、そして繰り返される二人の偶然の出会い(一度目はチュンサンとして、二度目はミニョンとして、三度目はチュンサンとして、四度目は…)という「これでもか」とたたみかけるような「同一情景再帰の手法」の前にウチダはなすすべもなく、ただ滂沱の涙で応じるばかりだったのである。
ラストシーンで私はまた泣いた。
必ずや二人は偶然の糸に導かれてまた会ってしまうに違いないと知りつつ、その偶然の糸をウチダは「作為」ではなく「宿命」と呼びたくて、「宿命」の甘美さに、泣いた。
わかっちゃいるけどやめられない的に泣いた。
この確信犯的な「宿命の乱れ撃ち」に、条理をもって抗することは不可能である。
なんとでも言うがよろしい。
私はDVDを買うことにした。
おそらくこれから先、心が凍てつく夜が訪れる度に、私は「予定調和的な宿命」というドラマの不条理に「やっぱ人生って、こうじゃなくちゃ」と深く頷きつつ、熱い涙を注ぎ続けるであろう。
ブログ日記には何でも書いておくもので、Lawrence Taub さんのことを書いたら、いろいろな人からどっと情報提供があって、トーブさんのHPを教えて頂いた。
さっそくそこにあったアドレスにメールを送ったら、すぐにご返事が来た。
トーブさんはいま日本にお住まいで(来年半ばに離日されるそうであるが)、『Spiritual Imperative』はなんとご本人のところに申し込むと手ずから現品をお送り下さるそうである。
さっそく書留で代金をお送りして、本を手配する。
興味のある方は他にも多々おられるであろうから、ここにご案内しておく。
Website without ads:
http://www.larrytaub.com
http://www.spiritualimperative.com
Website with ads:
http://larrytaub.tripod.com
Article in Asia Times, April 7, 2005 http://www.atimes.com/atimes/China/GD07Ad07.html
トーブさんは日本語もおできになるそうで、私の先日のブログ日記もそこに書き込まれたコメントやTBの記事も読んでおられたそうである。
天網恢々疎にして漏さず。
「同じ時期に日本にいらっしゃるなんて奇遇ですね」と書いたら(もちろん英語で書いたんだよ)、トーブさんも「不思議なご縁を感じます」と書き送ってきた。
こういう「ご縁もの」というのは、わりと「当たり」なのである。
たまたま大学院の授業は中国研究であるから、当然のように昨日の演習では『Spiritual Imperative』の話をご紹介する。
たまたまNTT出版のM島くんがゼミに遊びに来ていて、その話を聴いているうちに「どこもまだ翻訳権取ってないですよね…」とすでに中腰姿勢に入っている。
なことをブログに書くと、あちこちの出版社の人が同じように中腰姿勢になるかもしれないので、M島くんは翻訳権の確認を急いだ方がいいかもしれない。
ゼミでは渡邊さんに「中国の政治的エートス」という主題で先週に引き続き一覧的なしかたで中国の政治史について概説してもらう。
中心的な論点のひとつは日中交渉史であるが、その中の「清算できない過去の侵略の歴史」ということについて、どうも私たちは力みすぎているのではないかという話になる。
別に保守派の論客たちが言っているように「もう外交的決着はついているんだからがたがた言うな」とういうたぐいの議論をしたいわけではない(そんなこと私が言うはずがない)。
外交的決着がつき、条約的には「手打ち」が終わっているにもかかわらず、「謝罪と補償」の問題が繰り返し浮上するのは、問題が外交レベルには「ない」ということを意味している。
本質的な確執が外交レベルにはない問題を、外交レベルでは「決着ずみ」だと言ってみても始まらない。
この場合の「本質的な確執」は歴史的「事実」の問題ではない。
歴史的事実の「解釈」の水準の問題である。
例えば、靖国神社への参拝が中国や韓国の人々が言うように「軍国主義的過去の正当化」であるというのが事実であるとすれば(かなりの程度まで事実だと私は思うが)、敗戦国の首相がそのような挑発的な政治的ジェスチャーを繰り返すことに対して、同じように強い不快の念を表してもいい戦勝国が他にもあるはずである。
アメリカ合衆国である。
アメリカは直前の戦争で、「日本軍国主義」と戦い、硫黄島で29000人、沖縄戦で12000人の戦死者を出した。
当然、ジョージ・W・ブッシュ大統領は、太平洋戦争で日本軍に殺された自国の数十万の戦死者たちの「英霊」の天上での平安を護るべき立場からして、小泉首相に強い抗議を申し入れてよいはずである。
「ふざけたことをするな」と。
「アメリカ人を殺した日本兵士たちを一国の首相がすすんで慰霊するということは、次なる対米戦争、二度目の真珠湾攻撃のための心理的準備を行うことに等しい」と。
だが、アメリカ大統領はそういう申し入れをしない。
どうしてアメリカはしないが、韓国や中国はするのか。
私は別にアメリカがしないんだから、韓国中国もするな、というようなことを申し上げたいのではない。
アメリカからのそういうクレームは理論的には「あり」だと私は思う。
にもかかわらず現実には「ない」。
私たちが注目すべきなのは、中国韓国から「クレームがつく」ことではなく、むしろアメリカから「クレームがつかない」ことの方なのである。
シャーロック・ホームズとミシェル・フーコーはともに「『どうしてその出来事が起きたのか?』ではなく『どうしてその出来事は起きたのに、それとは別の出来事は起きなかったのか?』を問うこと」を彼らの推理術の重要な技法として駆使した。
私も両家の驥尾に付して、同じ推理を行ってみたいと思う。
どうして、アメリカは日本の首相が自国民を殺害した兵士たちを慰霊することに対して「別に、どうでもいい」という態度を示しているのか?
それは日本がアメリカ領土を侵略したことがないからではない(現に真珠湾を攻撃した)。
アメリカ人を殺さなかったからではない(現にたくさん殺した)。
アメリカ人を虐待しなかったからでもない(現に米兵捕虜虐待の事例が多く報告されている)。
それにもかかわらず靖国神社の公式参拝にアメリカ大使館が強く抗議し、日米同盟の廃絶カードをちらつかせるということをしないのは、戦争が終わったときに、「そのこと」はとりあえず忘れておくことに日米が合意したからである。
「そのことをとりあえず忘れておく」ことのもたらす利益の方が「そのことを折に触れて持ち出す」ことの利益よりも大きいということについて、日米両国民のマジョリティの間で暗黙の合意が成立していたからである。
他に理由はない。
「歴史的出来事」というのは生きている側の都合で「棚上げ」されたり、「忘れられたり」「思い出されたり」する。
良い悪いではなく、「そういうもの」なのである。
典型的なのはキリストの受難だ。
キリストに死刑を宣告したのはローマ総督ピラトである。
キリストを磔刑に処したのはローマ兵である。
このことは四つの福音書すべてが証言している。
しかし、今日、イタリア人に向かって「イエスを殺したのはあなたたちの祖先なんですよね」というひとは誰もいない。
世界中の人が熟知している歴史的事実なのに。
それは「イタリア人がイエスを殺したこと」を「とりあえず忘れておくこと」の方が、「そのことを折に触れて持ち出す」ことよりも利益が大きいという政治的判断を世界のマジョリティが共有しているからである。
イタリアのカトリック信者にとってもバチカンにとっても、それは「決して触れて欲しくない忌まわしい過去」である。
だから、人々はイタリアのキリスト教徒を気づかって、「そのこと」は知っているけど、知らないふりをしているのである。
人間というのは「そういうこと」ができる生き物である。
人間のそういう能力を「ずるい」とか「弱い」とか「非倫理的」とか断罪しても仕方がない。
トラウマ的経験を忘却するか思い出すかを決定する差異はトラウマ的経験それ自体に内在するわけではない。
それはその経験が置かれる文脈に依存する。
歴史的な出来事の回帰と忘却の力学は文脈依存的である。
私たちは他人を傷つけた経験を選択的に忘れるばかりでなく(中国や韓国における植民地主義的侵略の経験を私たちは忘れたがる)、自分が傷つけられた経験もまた忘れることができる(敗戦の直後の日本人たちは日米の死闘がまるで悪夢でもあったかのような柔和な微笑をGIたちに向けた)。
問題はその能力の「善し悪し」を論うことではなく、その「非倫理的な」能力から引き出しうるもっとも「倫理的な」アウトカムは何か?というふうに問いを立てることである。
というふうに私は考えるのだが、もちろん、こういう考え方に同意してくれる人間は驚くほど少ない。
メディアでにぎやかに外交を論じている人間の中にはほとんどひとりもいない。
しかたがないので、ブログ日記にさくさくと書き記すのである。
演習が終わって小走りに梅田へ。
『ミーツ』の「哲学・上方場所」の収録最終回を中之島のリーガ・ロイヤルのリーチ・バーでやっているので、その打ち上げにお招き頂いたのである。
レギュラーの鷲田清一先生、永江朗さんに、晶文社の安藤さん、『ミーツ』の江さん、青山さん。そに私とM島くんが乱入。
最終回のテーマはメルロー=ポンティ『知覚の現象学』。
メルロー=ポンティは私の卒論のテーマであり、『知覚の現象学』は私が大学時代にもっとも長い時間をかけて読んだ書物の一つである。
私たちが到着したときはすでに3時間余にわたる対談が終わって、全員宴会状態となっていた。
鷲田先生に遅ればせながら、先般のBSでの『東京ファイティングキッズ』ご推挽のお礼を申し上げる。
鷲田先生からは小池昌代さんの話を伺う。
朝日の書評委員会でよくご一緒になるそうである。
実物はテレビ画面以上に美しい方であるらしい。
「その小池さんがウチダさんのファンなんやもんなあ。口惜しいわ」
「一度平川と一緒に小池さんご招待して、シャンペンでも差し上げようと思ってるんですけどね」
「ええなあ…」
そのあと岸和田人清原和博の話、父子家庭における母性愛について、婚姻と他者性について、などハイブラウな話題が続く。
鷲田先生と今度一緒に「ラジオのDJ番組」をやりましょうかという企画が突発的に盛り上がる。
毎週1時間ほど鷲田先生と私がとりとめもなくおしゃべりをするのである。
鷲田先生は「はんなり」とした京都弁で話され、私は噛み気味の東京弁であるのだが、この水と油のように思える語法の違いは、実際に話してみると、意外なことにたいへん相性がよろしい。
ときどきゲストに遊びに来てもらう。
あ、まず小池さんに来てもらおう!
果たしてウチダのDJレギュラー化はいずれ実現するのであろうか?
つうか、そんなことしている時間が私にはあるのだろうか?
文藝春秋から10500円の振り込みがあった。
中途半端な数字である。
いったい文藝春秋で何の仕事したっけ…と考えたが思い出せない。
明細をみたら「文藝春秋5月号・次の総理」と書いてある。
そういえば、何日か前に『文藝春秋』が送られてきたけれど、どうして送ってきたのかわからないまま机の上に置いてあった。
ぱらぱらと目次をひらくと、おお、たしかに「各界著名人が推す・次の総理はこの人」というアンケートがあるではないか。
もしかして、私は「各界著名人」の一人として誰かを「次の総理」として推したのであろうか…
しかし、いったい誰を?
と、はやる心を抑えて頁をめくると…
あ、あった。
内田樹(神戸女学院大学)
タイトルは「浮かんだことがない」
一読すると、いかにも私が言いそうなことが書いてある(書いた覚えはないんだけど)。
しかし、書いた覚えがないこと、言った覚えがないことでも、「いかにも私が言いそうなこと」については発言の責任を取る、ということを私はルールとして自らに課しているので、この原稿料は頂いてよろしいのである。(逆に、実際に書いたり言ったりしたことでも、「そんなこと言うはずがない」と思われることについては、どのような挙証をされても私は一顧だにしない)。
私はいくら酔っていても、書いた原稿をハードディスクに保存することを忘れるほどお気楽ではないから、書いた覚えがないのは、おそらく寄稿依頼が封書で来て、その場で手書きで回答したものを返送したからであろう。
何はともあれ、「書いた覚えはないが、いかにも私が書きそうなこと」を読むのは面白いものである。
64人のみなさまはどなたもたいへんまじめに回答されていて、まじめな回答をしていないのは立川談志と私だけであった(談志師匠と「同じくらい態度が悪いやつ」ということで、私の名は文春読者の方々に記憶されることになるのであろう)。
読者諸氏のために、ここに再録するのである。
「次の総理はこの人
残念ながら思いつきません。別に今の日本の政界には人物がいないからという意味ではありません。考えてみたら選挙権を頂いてから三十年『次の総理大臣に最もふさわしい政治家』の名が脳裏に浮かんだことは一度もなかったんですから。その間も日本は大過なく生き延びてこられたわけですから、今適切な総理候補者の名が思いつかなくても、さしたる不安はありません。むしろ『理想的な政治家などいない』という期待の少なさのおかげで大衆的人気に乗じるデマゴーグ型政治家の出現が阻まれてきたと考えることだってできます。『政治家は有権者よりも知的にも倫理的にもすぐれているわけではない』ということが常識になったことによって、政治がもたらす害悪はあるいは軽減しているのかもしれません。『小成は大成を阻む』と言います。それを倣って言えば、『小さな不幸が大きな不幸の到来を阻んでいる』のが日本の姿とは言えますまいか。」
「気宇壮大」と「荒唐無稽」のあいだに実定的な境界線はない。
第二次世界大戦以前に「戦後、独仏の同盟関係を基軸にしてヨーロッパ連合ができるだろう」と予測していた人間はごく少数だった(オルテガ=イ=ガセーはそのような予言をなした例外的な一人であったが)。
同時期に「日米の親密なパートナーシップが今後半世紀以上にわたって世界戦略の基軸となるだろう」と予測した人間もきわめて少数であった。
これらの「ヨーロッパ連合」論者や「日米同盟」論者は、リアルタイムでは周囲の「リアリスト」たちからは「気宇壮大と荒唐無稽を混同するな」と一笑に付されたに違いない。
しかし、経験が教えるのは、未来予測に関して言えば、「リアリスト」たちはかれらが自負するほどには高得点を上げられていないということである。
言い換えると、国際関係のようなあまりに多くのファクターが関与する複雑な系については、「十分なデータとそれを解析する適切な思考力がある人間は、そうでない場合よりも蓋然性の高い予測をする可能性が高い」とは言えない、ということである。
なぜ、そのようなことが起きるのか。それについて考えてみたい。
それは、「十分なデータとそれを解析する適切な思考力がある人間」は必ずしも「そうでない人間」よりも政治的現実に干渉する力が強いわけではないからである。
「情報の多い人間」は「情報の少ない人間」よりも世界政治の方位決定に関与する力が強いわけではないからである。
「リアリスト」のピットフォールはそのことを認めたがらない点に存する。
愚かしい幻想が合理的な分析よりも強い力を持つことがある。
「ほんとうのリアリスト」は、この「愚かしい幻想」のもつ政治的なポテンシャルを決して過小評価しない。
例えば、マルクスはそういう意味で「ほんとうのリアリスト」だったと私は思う。
マルクスは「幻想」の力について次のようなみごとな文章を書き残している。
「人間は自分じしんの歴史をつくる。だが、思う儘にではない。自分で選んだ環境のもとではなくて、すぐ目の前にある、あたえられた、持ち越されてきた環境のもとでつくるのである。死せるすべての世代の伝統が夢魔のように生ける者の頭脳をおさえつけている。またそれだから、人間が、一見、懸命になって自己を変革し、現状をくつがえし、いまだかつてあらざりしものをつくりだそうとしているかにみえるとき、まさにそういった革命の最高潮の時期に、人間はおのれの用をさせようとして、こわごわ過去の亡霊どもをよびいだし、この亡霊どもから名前と戦闘標語と衣装をかり、この由緒ある扮装と借り物のせりふで世界史のあたらしい場面を演じようとするのである、」(『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』)
マルクスが1848年から52年までのフランスにおける階級闘争の「リアルな」分析を通じて確証したことの重要なひとつは、人間が「いまだかつてあらざりしもの」をつくりだそうとしてするまさにそのときに、「過去の亡霊」が計ったように出現する、ということであった。
すぐれた歴史家はその不思議な「回帰性」のことを知っている。
「すべての世界史的な大事件や大人物は二度あらわれるものだ。一度目は悲劇として、二度目は茶番として」と看破したのはヘーゲルである。
どうして大きな出来事は「回帰」するのか。その理由を誰もうまくは説明してくれない。
たぶん、人間は「自分で思っているほどには創造的でない」からだろう。
でも、ある種の「幻想」は回帰する力をもっている。そのことは忘れない方がいい。
合理的ではないけれど起きてしまうことは歴史上無数に存在する
フランス革命とナポレオン帝政と王政復古と七月革命という世界史的な変動を生き抜いて、十分な政治的成熟を果たしたはずのフランス市民が選択した政体は詐欺師まがいの人物を皇帝に頂く「第二帝政」という時代錯誤なものであった。
第一次大戦の敗北と恐慌とワイマール共和国の破綻と革命闘争の暴発という世界史的出来事に耐えたドイツ市民が選択した政体はパラノイア的な人物を総統に頂く「第三帝国」という妄想的なものであった。
「第二帝政」も「第三帝国」もいずれも「荒唐無稽な政治的幻想」であることに私は喜んで同意する。
しかし、「荒唐無稽な政治的幻想であるから、そのようなものが現実化する可能性は低い」という判断には与することができない。
現実化してしまったのだから。
そして、私が指摘しておきたいのは、それらがいずれも(「第二」「第三」という名称が示すように)ある種の「回帰性」の幻想に駆動されていたことである。
私はTaubの「儒教圏」の話の続きをしているのである。
「儒教圏」という構想は「リアリスト」からは「荒唐無稽」な幻想に見えるだろう。
私はそれが「荒唐無稽な幻想に見える」ということには喜んで同意する。
しかし、「荒唐無稽な幻想はそうでない未来計画よりも現実化する可能性が低い」という命題には同意しない。
理由は上に述べた。
「中華圏」という政治=文化圏、中国大陸の内陸部を中心として朝鮮半島から日本列島、インドシナ半島に放射状にひろがる政治=文化圏がかつて存在したのは事実である。
そこで人々は漢字を共同使用し、儒教、仏教、老荘思想のような文化的リソースを共有し、長く中国の朝廷に朝貢していた。
その後も、中国大陸、朝鮮半島、日本列島に興った政治単位はカオティックでアモルファスな境界線をつくったり壊したりしながら、融合と解離を繰り返してきた。
この地域が「そこに住むひとびとを引き寄せ、対立させる磁力」とでもいうべき地政学的な引力・斥力のともに強い場であることは動かせない歴史的事実である。
私は2000年にわたって持続してきたこの「凝集と解離の力」が一、二世代程度の政治的フリクションで失われることはないと思っている。
1945年から続いた60年間にわたる「解離」の時代がひとまず終わって、アジア諸国はふたたび「凝集」の方向に向かっているというTaubの見通しに私も同意する。
私はそれが持続的な政治圏の構築に至るというところまで楽観的になることはできない。
しかし、一時的な解離や反発を含みつつ、総体としては「儒教圏凝集」の力学が強く働くという予測を私は支持する。
とりあえず理由は二つある。
ひとつは現実的な理由である。
それはアジア諸国の人々が「現状に飽き始めている」ということである。
日中関係はじめ、韓国の動きも台湾の動きもすべてが「温度を上げる」方向に向かっている。
リジッドな境界線があちこちでほころび、いろいろな次元でトランスボーダーなものの出入り始まっている。
それがいつどうして始まったのか、私は知らない。
でもその底流に、アジア諸国の人々の「現状に飽きた。仕組みを換えたい」という無言の欲望があることははっきり感知できる。
ふたつめは幻想的な理由である。
政治的状況が流動化するときに大きな力を発揮するのは「回帰性の政治的幻想」である。
そのことをマルクスは150年前にただしく指摘していた。
私はTaubのいう「儒教圏」はそのような「回帰性の政治的幻想」のひとつでありうると思う。
ものが「幻想」であるから、それが今後どのような消長を遂げるのか、データや数式をもって論じることはできない。
ただ、そういう強い幻想がこれから先アジア圏におけるさまざまな政治的・経済的・文化的ファクターに関与してきて、人々の政策決定に影響するであろうこと、それは間違いない。
村上龍の『半島を出よ』には朝鮮半島からきた支配者に嬉々として迎合する日本人の姿が活写されている。
半島からの侵略者たちの侵入経路は2000年まえにひとりの列島住民が「漢委奴国王」と彫られた金印を受け取った島を含んでいる。
私はここに現代アジアに伏流する「反発を含んだ融合プロセス」の動きを感知した作家的直感を見る。
カナダの方からメールを頂いた。
先日「チャイナ・リスク」について私が書いたものを読まれて、地元紙で報じられたある記事の内容と通じるものがあるように感じたと書いてあった。
どんな記事ですかとお訊ねしたら、コピーをお送りくださった。
4月18日のVancouver Sun 紙の記事(by Jonathan Manthorpe)で、Lawrence Taub という「未来学者」の 書いた《 Sex, Age and the Last Caste 》という書物の書評である。
興味深い箇所のみ訳出してみる。
「Taubは2020年までに『儒教圏』(Confucian Union)と呼ばれるもの(中国、再統一された南北朝鮮、台湾および日本)が世界最大の経済的・政治的ブロックになるだろうと予測している。
最近の新聞のヘッドラインを読む限り、この予測は愚かしいものに思える。
例えば、中国では政府の情報員と治安当局によって注意深く組織されたデモ隊が日本に対して敵意の声をあげているところである。彼らの目には日本は60年以上前にアジアに対して行った軍国主義的侵略行為にたいして適切な謝罪を行っていないものと映っている。
かつて日本の苛酷な支配を受けた植民地であった韓国は中国の反日感情に共感を示している。とはいえ、私的な会話では、韓国の人々は暴走する中国のナショナリズムと日本軍国主義の復活の対立に巻き込まれることに不安を感じている。
一方の日本はアジア諸国の怒りに無反応である。第二次世界大戦後に締結されたさまざまな条約によって過去の行動とのあいだに一線は画されていると主張して譲らない。政府の公式見解によれば、そのことは過去60年間の日本の平和主義的なふるまいによって検証されるべきものである。
中国は台湾がもし北京の主権を拒否することがあれば、この孤島を侵略する用意があると恫喝を加えている。
その後景には北朝鮮の問題が覗いている。核兵器開発への決意と、権謀術数入り乱れるキム・ジョン・イル体制の瓦解を示す徴候の増大。その帰結は予断を許さない。
Taubはこの短期的にはきわめて寒々しい光景に目を止めるべきではないと告げる。
「敵同士はほとんど一夜にして同盟者となる」とTaubは“Asia Times”とのインタビューの中で語っている。彼の学説がアジアの有力者たちの想像力を惹きつけてから以後、各国のメディアからTaubへのインタビューが続いているが、その中の一つである。
Taubが指摘するのは独仏関係である。第二次世界大戦後十年もたたないうちに独仏両国は今日EUと呼ばれることになった組織の建設に着手した。
極東諸国をつなぎ止めている儒教文化と精神的な結びつきは、彼らを対立に向ける力より強い。Taubはそう主張する。
激動の過去と長引く不和にもかかわらず、この三国は同一の文化的言語を語り、その経済の結びつきはますます深まっている。去年、中国はアメリカを抜いて日本の最大の貿易相手国となった。
日本と中国は一本のロープで繋がれたふたりのアルピニストに似ている。
Taubによれば、『儒教圏』の構築に至るドミノ倒し的展開の最初に倒れるドミノ牌は南北朝鮮の再統一である。1945年に分断された国が再統一へ向かう動きは来年には強化し、2007年に南北朝鮮は統一されるとTaubは予測している。
この地域の統合へむかうドミノはすでにかなり並べられてきている。投資、製造、貿易における結びつきは地域的なネットワークを構築しており、もはや『…製』ということがそれがどこで設計され、どこで製造されたのかの指標としては機能しなくなっている。(…)
Taubがもし正しければ(彼はマクロ歴史学的な与件を綜合して、70年代には来たるべきベルリンの壁の倒壊とイランにおけるイスラム革命を予見した)、最初のハードルは北朝鮮だということになる。いまのところ、このハードルは乗りこえ難く見えるけれど…」
というものである。
『ヴァンクーバー・サン』の方が日本の大新聞よりもだいぶ知的水準が高そうだ。
さっそくアマゾンで検索してみたが、Taubの本は残念ながら一冊もヒットしなかった。
辛抱強く探していれば、そのうち読めるだろう。
どんな人だか知らないけれど、日本のメディアや政治評論家のちまちました現状分析にくらべて、まことに気宇壮大である。
幕末や明治の政論家たちはこれくらいの「マクロ歴史的」な話が好きだった。
私もこういうスケールのお話が好きである。
保守派の論客たちには維新の志士や明治の政論家が好きな人が多いが、そのわりに彼らの話が坂本龍馬や中江兆民や宮崎滔天のスケールに達した例を私は知らない。
「リアリスト」というのは現代日本では「話がせこい」「肝が小さい」ということと同義なのであろう。たぶん。
管理職サラリーマンになって3週間目。
お給料が出たので、明細を見たら「役職手当」がついていた。
一日3000円。
そ、そうか。
時給500円のバイトなんだ。教務部長職って。
はは。と虚ろな笑いをしてから、ぺたぺたと書類にハンコを押す仕事に戻る。
いろいろな人がオフィスに遊びに来る(「遊び」じゃなくて、「仕事の打ち合わせ」なのかもしれないけれど、アーバン以来、私は「遊び」と「仕事」の区別がうまく出来ない人間なのだ)。
職務上、これまでは知り得なかったさまざまな「機密」に接する、
「おおおお」
と嘆息する。
歴代の前任者のみなさんも、こうやって「おおお」と嘆息しながら、「ま、こういうことを希望に満ちた若い人に知らせちゃうと意気阻喪するかもしれないからね。ま、おじさんの胸のうちにしまっておこう」と「ぱたん」とファイルに閉じていったのであろう。
そういう「おじさん」たちがときどき遊びに来る。
私がこの大学に来た時の教務部長だったY本先生が、真っ黒な顔をにこにこさせながら「どう?やってる?」とドアから顔を覗かせる。
「せんせー!」とすがりついて、「しんどい仕事ですねー」と泣きを入れる。
破顔一笑、Y本先生は「ま、がんばって」と去って行く。
その次の教務部長だったK田先生が、ごま塩になった頭をゆらしながら「や、ウチダさん。ご苦労さま」と顔を出す。
「せんせー!」(以下同文)
私が着任したときのチャプレンだったS先生も顔を出す。
「せんせー!…をなんとかしてください!」
「それはウチダくん、あなたの仕事でしょ」(高笑い)
学長が顔を出して、「ふふ、ウチダ先生の仕事ぶり拝見に来ましたわ。あら、机小さいですね。先生、もっと大きい机に換えないと、机から電話機落ちそう。ま、がんばって下さいね」
みなさん、私が泣きを入れると実にうれしそうに笑ってゆかれる。
そうか、私が泣きを入れることによって諸先輩たちは「私たちの仕事のつらさがわかったかね」ということを確認されているのである。
なるほど。
私たちは他人の仕事ぶりを批判するときには、実に気楽である。
その職務に自分が就いたら「もっとうまくやれる」とどこかで思っているからである。
でも、そういうもんじゃないみたいです。
三週間やって、ウチダも少しだけわかりました。
水曜日に三宅先生にベリーニにご招待頂いた。
ベリーニの名物ソムリエ、久保さんが心臓の手術から回復されて店に戻ってこられたので、その「快気祝い」をかねての宴会である。

今回もK−1の武藏さんとご一緒である。
武藏さんとベリーニでお会いしたのは、もう二年ほど前のことである。
そのときに伺った「時間の中を動く技法」のネタは、そのあと『死と身体』ほか、なんだかんだで10回くらいさまざまな書き物に使い回しさせて頂いた。
まず、そのお礼を申し上げる。
武藏さんとは三宅接骨院でよくお会いする。
いつもあの大きな体を小さく縮めて、ニットキャップを目深にかぶってソファに座って、じっと順番を待っている。
「あ、武藏さん、こんにちは」
とご挨拶すると、上体をぴんと立てて、「あ、どうも。ご無沙汰してます」とていねいに挨拶を返される。
武藏さんは声が深くて、ゆっくりことばを選んで話す。
他の人たちが大きな声で話しているときでも、武藏さんが低い声で話し出すと、いつのまにかみんな自分たちの話を止めて、武藏さんの話に耳を傾けるようになる。
そういう知的でディセントな人である。
いっしょに何時間かお話ししたが、武藏さんが人の批判をするのを聞いたことがない。
K−1は骨身がきしむようなリアル・ファイトだし、巨額のお金が動くシビアなビジネスでもある。
そういうトラブルサムな場所の真ん中にいる人なのに、武藏さんのまわりだけ時間がゆっくり豊かに流れている。
話すことはさまざまな格闘家の愛すべきエピソードと旅先での愉快な経験と映画のこと。
意外にも武藏さんはコアな映画ファンであった。
ふたりでずっと映画の話をする。
クリント・イーストウッドの映画が大好きで(ババさんも聞けばお喜びになるであろう)、その話で盛り上がる。
読賣新聞の「エピス」という映画評欄を担当しているんですけれど、最終回に特別企画で、武藏さん、ぼくと映画対談しませんか、と越後屋さんに代わって勝手に企画を立てる(谷口さん、なかなか渋い企画でしょ?)
『ミリオンダラー・ベイビー』を武藏さんがどんなふうに評するか楽しみである。
一年生の基礎ゼミの最初のレポートに「就きたい職業」というものを課してみた。
「就きたい職業」について、「その仕事に就いている人はどんなことに幸福を感じると思うか?」「その仕事のいちばん苦しい点は何か?」「その仕事に就くために自分に欠けているものは何か?」「その仕事に対する自分の適性は何か?」の四つの設問に答えつつ作文をしてもらった。
16通のレポートが届いた。
どれもたいへん面白かった。
いちばん希望者が多かった職業は何でしょう?
たぶん、だいたいご想像がつくと思うけれど、「メディア関係」である。
アナウンサーが3名、ナレーターが1名。
やっぱりね。わりと平凡だね、という感想を持たれかもしれない。
だが、実際にレポートを熟読してみると、話はそれほど簡単ではない。
アナウンサー志望の1名とナレーター志望の1名が書いていたのは、「声の力」ということであった。
よい着眼点である。
彼女たちは「女子アナ」というきらびやかな職業に憧れているというよりは、むしろ自分の「声」に人々が耳を傾け、それによって人々の意思や判断に変化が生じるという状況に憧れている。
なかなか野心的で奥行きの深い欲望である。
人にことばを届かせるために必要なものは何か?
彼女たちはそう自分に問う。
そして、「正しい日本語運用能力」「積極性」「滑舌のよさ」「幅広い知識」「自信」「英語力」などを挙げている。
もちろん、そういうものも必要だ。
けれども、ことばが「届く」ためには、もっと重要な条件がある。
というわけで、赤ペンを手にレポートの余白にさらさらと感想を書き込む。
ことばが聴き手に届くために必要な条件とは何だと思いますか?
それはなによりも「聴き手に対する敬意」と「メディア・リテラシー」です。
そして、このふたつは実は同じことなんです。
メディア・リテラシーとは日本語で言えば「情報評価能力」ということだと思います(たぶん。私の理解ではそうです)。
「情報評価能力」なら、メディアが報じる情報の真偽や信頼性について適切な判断ができる力、というふうにふつうは思いますね。
でも、私はそれはちょっと違うんじゃないかと思うんです。
たいせつなメディア・リテラシーは「外から入ってくる情報」に対する適切な評価ができるかどうかじゃなくて、むしろ「自分がいま発信しつつある情報」に対して適切な評価が下せるかどうかではないでしょうか?
自分が伝えつつある情報の信頼性について、重要性について、適所性について、きちんと評価が下せるかどうか。
自分が伝える情報は真実か?それは伝えるだけの価値のあることか?それはいつどのような文脈の中で差し出されることで聴き手にとってもっとも有用なものになるか?
そういう問いをつねに自分自身に差し向けられること、それが情報評価能力ということではないかと私には思われます。
どうしてかというと、人間は他人の言うことはそんなに軽々には信じないくせに、「自分がいったん口にした話」はどれほど不合理でも信じようと努力する不思議な生き物だからです。
ほんとですよ。
「お前のためを思って、言ってるんだ」
というのは人を深く傷つけることばを告げるときの常套句ですが、このことばを口にしている人は「私はこの人を傷つけるために、あえて傷つくようなことを言う」という「真実」を決して認めません。
ご本人は「お前のためを思って」という(端から聞くと恥ずかしいくらいに「嘘くさい」)フレーズを心から信じているんです。
「自分がいったん口にしたことば」だから。
それだけの理由で。
不思議な力です。
「どうして私みたいな善良で無垢な人間がこんな不幸な目に遭わなくちゃいけないの!」ということを言う人がときどきいます。
この種のことばの呪縛力は強烈です。
こういうことばをいったん口にしてしまった人はもう「自分の悪意が他人を傷つける」可能性の吟味には時間を使わなくなります。
怖いものです。
自分の発したことばが自分の思考や感性を呪縛する力の強さを侮ってはいけません。
だから、メディアにかかわる人間の「情報評価能力」はまずもって自分自身の伝えるメッセージの「真偽」と「重要性」と「適所性」について向けられなければならない、私はそう思います。
その評価の努力は「聴き手に対する敬意」によってしか担保されません。
いくら滑舌がよく、博識で、英語ができて、自信たっぷりな人でも、その人が「自分の話を頭から信じ込む」タイプの人であれば、その人のメディア・リテラシーはきわめて低いと断じなければなりません。
そして、その人のメディア・リテラシーの低さは聴き手に対する敬意の欠如ときれいにシンクロしているんです。
だから悲しいことですけれど、いまのマス・メディアには、そういう意味でのメディア・リテラシーを備えた人はほとんどいない、ということですね。
まことに残念ですけど。
大学院の最初のお題は「中国の経済」。
プレゼンテーターは京大の博士課程で経営学を研究している元『ミーツ』の担当編集者のカンキくんである。
カンキくんが進学のために『ミーツ』を辞めたあと後釜に座ったのがこの大学院の男子聴講生募集に応じた第一期生のオーサコくんである(彼はゼミの教室で江編集長にリクルートされてエディターになってしまったのである)。
私が『ミーツ』に対して有意に態度が大きいのは窓口が「ゼミ生」だからである。
03年度の第一期生はその『ミーツ』の江さん、ワタナベ・エディトリアルの渡邊さん、ドクター佐藤、読賣新聞の谷口さん、浜松のスーさん、ジョンナム・ナガミツ、光安さん、“ほんとはいいやつ”ミヤタケなど多士済々であった。
今年は第三期。男子聴講生数はだいぶ減って、第一期以来三年連続はワタナベさんとカゲウラくんだけとなった。
オーサコくんに代わってカンキくんが登場したので『ミーツ』系は1名枠をキープしている。
新顔は「えこま」のフクイさんと、「歌う牧師」カワカミ先生。
学部の学生にも「盗聴」を許可しているので、ゼミの四回のムネイシくんが遊びに来た。
もちろん大学院の演習であるから本学修士博士の諸君がぞろりと揃っている。
なかなか壮観である。
さっそくプレゼンを拝聴する。
このチャイナ・スタディーズ・セミナーはご案内のとおり「中国問題の専門家」がひとりもいない。
だから、最初のうちは経済、政治、歴史、社会などについて総攬的・通史的な概況を示してもらい、それから個別的なテーマに入って行くというプロセスを考えている。
「あのー、先生。『文、書く』って何度もおっしゃってますけど、何の文を書けばいいんですか?」
「トーショーヘーって、広東の名物料理のことですよね?」
というような問いかけが秋頃に出されると困るからである。
とりあえず第一回は焦眉の問題である中国の経済問題を通覧する。
カンキくんがスマートなプレゼンで問題点をいくつか提示してくれる。
そのあと私が「チャイナ・リスク」について私見を述べる。
私は「チャイナ・リスク」には四つのファクターがあると考えている。
第一は、多くの中国ウォッチャーが指摘しているように、中国では急速な資本主義化が進行しているが、経済活動の規模に対して、組織原理や職業倫理といったそれを支える「見えない資産」が十分に成熟していないという点である。
「見えない資産」(invisible assets) というのは平川くんがよく言うように、「信用・老舗の看板・顧客とのむすびつき・〈一回半ひねり〉のコミュニケーション」といった直接経済効果としては数値化されないけれど、人間がビジネスを継続的に展開し、そこに愉悦を見いだすためにはなくてはすまされないファクターのことである。
日本の近代資本主義企業は江戸時代の「大店」の組織原理をほとんどそのままに踏襲した。
「ご主人」が「社長」に、「大番頭はん」が「重役」に、「小番頭はん」が「部長」に、「手代」が「課長」に、「丁稚どん」が「ヒラ社員」になっただけである(『小早川家の秋』の山茶花究と藤木悠の会話シーンは衣装を換えれば、そのまま江戸時代の造り酒屋の帳場の会話である)。
日本の近代企業の労働者の「エートス」は賃金以外の準・家族的結びつきによって複雑に練り上げられた「伝統の逸品」である。
それが明治以降の驚異的な近代化と経済成長を支えていた。
それに類する「アセッツ」が中国資本主義には熟成していない。
「チャイナ・リスク」の第二のファクターは2億人といわれる失業者である。
彼らは年率8−9%という経済成長の勢いの中にとりあえず紛れて問題化していないが、経済成長が7%を切った段階では社会の重要な不安定要素になると言われている。
経済成長率が7%を切ったら「社会危機」というのは、時速50マイルを切ったらバスが爆発というキアヌ・リーヴスの『スピード』の状況に似ている。
中国は成長し続けなければならない。
しかし、成長し続けられる社会は存在しない。
第三のファクターは二億五千万に達した「中間層」である。
これだけの規模の中産階級が登場したのは中国史上はじめてのことである。
彼らの階層的な欲望や戦略が不透明で、先が読めない。
現在までのところ、この中間層は「生産主体」、「消費主体」としての有用性においてのみ語られてきた。
現在の反日デモの主体はこの階層の出身者だと言われている。
それはこの中間層が「政治主体」としても中国社会の表舞台に登場してきたということを意味している。
遠からずこの層は「言論の自由・信教の自由・集会結社の自由・移動の自由」など先進国における基本的人権を要求しはじめるだろう。
それは中国共産党の一党独裁が否定されるということである。
はたして中国共産党は多党化・民主化に向けて舵を切って、自己の存在そのものを否定するという政策を採択できるだろうか?
中国共産党が飽くまで一党独裁に固執した場合に、どのようなフリクションが生じるのか?
そんなことは、誰にも予測できない。
第四のファクターは中国政府のガバナビリティに対する不安である。
ただし、ここでいう「ガバナビリティ」というのは、みなさんが想像している「統治能力」というのとはだいぶスケールの違う話である。
胡錦濤−温家宝政権はかなり効果的な治績をあげている。
だが、人類史上13億人の国民を効果的に長期的に統治しえた政体は一つとして存在しない。
だから、中国の為政者はその統治戦略において「モデル」というものを持っていない(「大唐帝国」や「大モンゴル帝国」の統治システムは21世紀の世界に適用することができない。当たり前だけど)。
現代中国の為政者が政策決定に際して勘定に入れなければならないファクターはおそらく日本の為政者が勘定に入れなければならないファクターの数倍から数十倍だろうと私は想像している。
考えてみればわかる。
中国では、近いうちに現在の統治システム「そのもの」を否定する運動が登場する可能性が高い。
つまり、為政者が政策を誤った場合に、「政権の交替」ではなく、「政体そのものの交替」を選択しなければならないということである。
日本の為政者はどれほどの失政を犯した場合にも、野党に政権を奪われるという可能性は想定できるが、「天皇親政に戻る」とか「藩幕体制になる」とか「普通選挙が廃止されて、制限選挙が行われる」とか、そういう種類の社会の根底的変化への備えを講じる必要がない。
中国では政府中枢のハードパワーが落ちてきた場合に、西部地域やモンゴル地域で「独立運動」が勢いづく可能性がある。
日本の場合、政府がどれほど愚策を重ねても、それを理由に北海道が独立するとか九州が独立するという可能性を考慮する必要はない。
しかし、中国の政府首脳は政策決定に際して、ほとんどそれに類する「SF的想定」をつねにシミュレートしておかなければならないのである。
私たちは簡単に「日中関係」とか「日中首脳」というようなことばを口にして、このふたつの政治単位がまるで同種の国民国家、同水準にある政治システムであるかのように論じている。
だが、私はそれは危険な類推だろうと思う。
日中の首脳では抱えている問題・解法がわからない政治的難問・勘定に入れなければならない不確定要因の「桁」が違う。
日本の為政者と中国の為政者では「失政」によるリスクの「桁」が違う。
日本を効果的に統治できる政治家なら中国を効果的に統治することができると考える人間がいたら、その人は致命的に想像力が足りないといわなければならない。
私が「ガバナビリティに不安がある」というのはそういう意味である。
現代世界でもっとも優れた政治的才能をかき集めてきても、いまの状況的与件の中で、中国を効果的に統治して13億の国民の生活を安定させる施策を立案させ続けることは絶望的に困難である。
誰がやってもできそうもないことをやらなければならないという意味で私は「中国政府のガバナビリティに不安がある」と申し上げているのである。
それは中国政府や個別的政策に対する批判ではない。
統御不能なほどに多数のファクターを単一の政治単位が統御しなければならないという事況そのものに対する不安を言っているにすぎない。
『初恋』を見終わる。
全66話。一話70分。
計77時間。
よくぞここまで。
終わってしまうと、「続き」が見たくなる。
身もだえするほど。
他のカップルはともかく、一番気になるのは、ソン・チャヌ(ペ・ヨンジュン)とカン・ソッキ(チェ・ジウ)の恋のゆくえである。
そのまま走ってビデオ屋に行き、『冬のソナタ』の貸し出し状況をチェック。
韓国語版DVDは一本もない(日本語版のVHSはあった。でも、この状況で萩原聖人の吹き替えにあなたは耐えられるか?)
あのさ。
もうだいぶ前に韓流ブームとか終わってるわけでしょ。
困ったものである。
私は別に他意はないのである。
ソン・チャヌとカン・ソッキの「続き」が見たいだけなのである。
どうしてないの?
『冬のソナタ』を最初に借りに行ったのはもう2年前のことである。
芦屋のTSUTAYAにはきれいに一本もなかった。
ああ、流行っているのね、と私は静かに笑って、ブームが去るのを待った。
しかし、いつ行っても、ない。
ややこわばった笑いを残しつつ、私はさらにブームが去るのを待った。
そのまま二年が経った。
私は決して吝嗇な人間ではない。
ハーシェル・ゴードン・ルイスのDVDも、エド・ウッドのDVDも、ラス・メイヤーのDVDも私財を投じて購入することを厭わない人間である。
それだけで私がいかに映画マテリアルに対する投資において太っ腹な人間であるかということはご理解頂けるであろう。
しかし、二年待ったあげくにビデオ屋にないのでしかたなく私費でDVDを購入するというのでは、「待った二年間」がまるで無意味だったということになる。
私は吝嗇な人間ではないが、無意味な二年間を過ごしたという事実を認められるほど豪放な人間ではない。
『冬ソナ』は何があっても「借り」なくてはことの筋目が通らない。
ついに節を屈して大学のAVライブラリーに『冬ソナ』のDVDを借りに行く。
ビデオ屋の店員に「なんだよ、このおっさん、いまごろ『冬ソナ』かよ…」と思われるのは痛くも痒くもないが、仮にも「映画評論家」として偉そうなことを書き散らしている教員が「いまごろ」『冬ソナ』を借り出すところを職員や学生に知られたくはない。
「節を屈して」とは、そのことである。
借りたDVDのタイトルを学生に見られないように脇に抱えてあたふたと部屋に戻り、鞄にしまい込む。
夜半、人目がないのを確認して、『冬のソナタ』第一話を見る。
おお、チャヌ。
髪がずいぶん伸びたじゃん。
でも、また高校生?
おお、ソッキ。
君はまた放送部なのか?
いいよ、いいよ。
どんどんいこうじゃないの。
おおおお、車にはねられてしまった。
って、これってまるっと『銀座の恋の物語』?
チョウ・ユン・ファのアイドルが小林旭であったことはよく知られているが、韓国映画界にまで日活映画のコアなファンがいたとは。
日活恐るべし。
会議の一日。
午後1時から午後8時半まで、途中で杖道のお稽古に1時間ほど抜けさせて頂いた以外は、ずっと会議。
教務部長になると「会議漬け」ですよ、と事前にアナウンスされてはいたが、これほどとは…
もちろん、あらゆる問題が事細かにさまざまな委員会で議論される煩瑣な手続きこそが民主主義の基盤であることを私は喜んで認めるし、「賢明な独裁者による独裁」よりは「なかなかことが決まらない民主主義」に迷うことなく一票を投じる。
だから、私はにこやかに(でもないけど)会議に出席し、人々の議論に耳を傾ける用意がある。
しかし、それでも「これはこんなところで議論するべき話ではないのでは…」という案件にもしばしば遭遇する。
議事には「審級」というものがある。
あるレベルで審議されいったん結論を得た案件が、それより上位の議決機関から差し戻されて再理に付されるには、相応の理由が必要だ。
常識的には、原審級で重大な手続き上の過誤か重大な事実誤認がある場合に限られる。
そういう場合に再理が必要とされるというのは筋の通った考え方である。
しかし、いったん機関決定されたことが、それについて不満をもつ個人の異論によって覆されるということが本学ではしばしば起こる。
「…ということが前回決定しましたが」
「そんな話、私は聞いてない」(その日の会議に欠席したから)
で、審議が一からやり直しになるということがある(ほんとに)
「はい、では裁決の結果…と決まりました」
「あのー。裁決が終わったあとに言うのも何ですけど、私やっぱりその議決が納得できません」
で、その人が納得するまで、もう一度審議をやり直すということもある(ほんとに!)
ある意味では超—民主的な組織である。
一事不再理の原則よりも、組織の和を大切にしているという点では、まことに日本的な「ムラ組織」であるとも言える。
私は超—民主主義もムラ的ゲマインシャフトも決して嫌いではない。
むしろ、「好き」と言ってもいいくらいだ。
だから、こういうやりかたそのものに原理的に反対するものではない。
しかし、民主的=ムラ的人間であると同時に、私は骨の髄までビジネスマインデッドな人間である。
だから、ときどき「あのお、そういう超法規的措置もオッケーなんですけど、それって、今の局面では『コストパフォーマンス』が悪すぎませんか?」と言いたくなることがある。
組織の和もたいせつだが、時間や人間的リソースもたいせつだ。
私たちの労働時間は有限だし、使い回しできるエネルギーにも限度がある。
できることなら、有効利用したい。
手持ちのリソースを最大限に活用しなければ生き延びていけない状況の中に私たちは投じられている。
不幸なことだが、これはどうしようもない。
そうである以上、「どの問題」に最優先的にリソースを集中するのかについての合意形成にはあまり超—民主主義的な手間暇をかけることはできない。
このような局面での最悪の選択肢は、「どの問題に最優先的にリソースを集中するかについての合意形成に長時間の議論を割いたせいで手持ちのリソースを使い切ってしまうこと」である。
「諸君には残り時間1時間がある。それをどう使おうと諸君の自由である」
と言われて、「残り時間1時間をフルに使って、『残り時間1時間の使い方』を議論する」というのはたしかになかなかパラドクシカルな時間の過ごし方ではある。
「残り100万円の運転資金をどう有効利用するか?」という議案で経営会議が延々と続いているうちに、気がついたら会議の弁当代で100万円を使い切ってしまったというのもなかなかクリスピーなソリューションではある。
私たちはこれに類する「残り一時間・残り100万円」的な状況にしだいに追いつめられつつある。
そのことを率直に認めなければならない。
私たちには限られたリソースしかない。
時間も人間も予算もシステムも空間もマテリアルも。
それを最も高いコストパフォーマンスで活用しなければならない。
そのときに、「こう使うのがいちばんコストパフォーマンスがいい」「いや、そうではなくて、こう使うのがいい」「なにをおっしゃる…」というような議論に多くの時間と人間的リソースを投じるのはたいへんコストパフォーマンスが悪いということを私は申し上げたいのである。
多田先生はかつて「他の人の技を批判してはならない」という道場心得を説かれたことがある。
そのとき、まだ新米だった私は不審に思って、思い切って先生に「どうして他人の技を批判してはいけないのですか?」と訊ねたことがある。
多田先生はにっこり笑って、こう答えられた。
「他人を批判しても、合気道はうまくならないよ」
まことに得難いお師匠さまである。
大学淘汰の波がだんだんと足元をぬらし始めてきた。
「全私学新聞」(そういうコアな業界紙があるのだ)によると、文部科学省は今後、私立大学の経営悪化・破綻」それにともなう在学者の就学機会喪失という一連のカタストロフを見越した「私立大学経営支援プロジェクトチーム」を発足させることになった。
いよいよ、という感じがする。
すでに私立大学の30%が定員割れを起こしており、単年度の帰属収入で消費支出を賄えない学校法人もすでに全体の3割に達した。
その中での経営支援プロジェクトだが、もちろん傾き始めた私大に投入できるような原資は文部科学省にはない。
だから、文部科学省が行うのは「経営分析を踏まえた助言・指導を通じて学校法人の自主的な経営改善努力を促す」ことであり、それでも沈没しそうな大学には「在学者の就学機会の継続確保」のための法的措置を講じるというものである。
「仮に近い将来、学校の存続が困難になると判断される場合でも、まずは在学生が卒業するまでの間、学校を存続し授業を継続できるよう、最大限の努力を促す。」
そして最終的に大学が破綻した場合には「近隣大学等の協力を求め、転学を支援する」のである。
つまり助言や根回しはする、在学生の就学機会の確保も手伝うけれど、教職員のことはあずかり知らない。雇用確保のための自助努力はあなたたちご自身でやりなさい、ということである。
京都の大学コンソーシアムをはじめ単位互換を行うグループはだんだん整備されてきている。表向きは「いろいろな大学で興味のある科目が学べるよ」という学生フレンドリーな制度であるけれど、内向きの事情は「うちの大学が破綻したときのために、在校生の就学機会を確保しておく」という「保険」の意味も含んでいる。
すでに多くの大学が「大学の経営破綻」を勘定に入れて、破綻にハードランディングしないですむような手立てを講じ始めた。
繰り返し言うとおり、「破綻への備え」の公共的に認知されている最優先課題は学生の就学機会の保障である。
教職員の雇用機会の保障ではない。
教職員の雇用機会の保障は誰もしてくれない。
文部科学省もメディアも学生も保護者も地域社会のみなさんも、誰ひとり「つぶれる大学の教職員の雇用」に配慮する気はない。
そのことを全日本の大学人諸氏にはぜひお覚え願いたいと思う。
私たちの雇用は私たち自身が確保しなければならない。
それはこの大学淘汰状況において、経営的にきびしい大学のスタッフにとっては「労働強化を受け入れる」「賃金の切り下げを受け入れる」「福利厚生その他のサービスの劣化を受け入れる」というようなことである。
給与を上げますから、その分教育サービスの質を上げてくださいというのはリーズナブルな申し出である。
給与を下げますけど、教育サービスの質を上げてくださいというのは飲み込むのがむずかしい要請だ。
しかし、経営的に大磐石という一部の大学を除くと、日本のほとんどの大学教職員はこの「教職員の労働強化と実質的な賃金切り下げ」の逆風の中で、教育サービスの質的向上を果たすことを義務づけられている。
そんなの不条理だ、という人もいるだろう。
しかし、この不条理に耐え抜くことのできない大学は遠からず淘汰される。
不条理に耐えても雇用を確保するか、条理を通して路頭に迷うか。
選択に迷う人はいないと思うが、そうでもない。
先日のある大学のある委員会で私は不思議な発言を何度か聞いた。
それは「金の話なんかしたくない」というものであった。
私たちは教育者だ。
夢のある教育活動や新しいプロジェクトについて語りたい。
「立派な教育プログラムですが、原資がないので実施できません」というような教育者をディスカレッジするようなことを言わないでほしい。
そうおっしゃった先生方が何人かいらした。
金がないとできないことがある。
たしかにディスカレッジングリーにリアルだ。
しかし、この「ディスカレッジングなリアリティ」は私たちが大学の教育プログラムについて新たな計画を構想するときに、勘定に入れ忘れることのできない与件である。
大学教育は大学が存在する場合にしか行うことができない。
だから、「大学をどう存続させるか」というのは大学人にとってたいへん緊急性の高い論件である。
その話をしているときに、「そういう話は聞きたくない。大学教育の中身について語りたい」という気持ちを私は理解できないわけではない。
私だって金のことなど考えずに、夢のような教育プロジェクトについて語れ、それで雇用に不安がないなら、どれほど幸福だろうと思う。
しかし、それは家が火事になりかかっているときに「消火活動については聞きたくない。それより新しい家具の購入計画やその配置について話したい」といっているのに似ている。
ファンタスティックだ。
大迫力と書くが読みは「だいはくりょく」ではない『ミーツ』のオーサコくんから歌舞伎のチケットを二枚頂いたので、ドクター佐藤をお誘いして道頓堀の松竹座まででかける。
歌舞伎を平土間で見るのはうまれて始めてである(歌舞伎座の天井桟敷で見たことは何度かあるけれど)。
出し物は「菅原伝授手習鑑」。
たいへんに面白い。
片岡愛之助の松王丸がすっきりしていいてよい感じだった(口跡はやや不明瞭だけど)。
中村扇雀は「車引」では桜丸、「寺子屋」では千代の二役。
女形がすばらしい。
扇雀というと私たちの世代は父親のおしょうゆ顔を思い出すけれど、先代の扇雀はいまは鴈治郎である。
でも、小津安二郎の『浮草』と『小早川家の秋』の中村鴈治郎以外に同名の人がいるということを私はうまく受け容れられないのである。
それにしても、どうして歌舞伎の女形はごく自然に「女性的」なのに、宝塚の男役は技巧的にしか「男性的」たりえないのであろう。
もしかすると、「女である」ということは性別を超えて人間にとって「自然」なことであり、「男である」ということは性別を超えて人間にとって「不自然」なことであるのではないだろうか。
なんだか、そんな気がしてきた。
だとすると、フェミニズムのボタンのかけ違いは、「女性の男性化」という戦略によって性差の解消をはかったことにあったのではなかろうか。
むしろ、彼女たちは「男性の女性化」による性差解消をめざすべきだったのではないか。
その戦略のうちに「救い」を見いだした男性は想像以上に多く存在したのではないだろうか。
私自身も子どものころは女の子とままごとをして遊んでいる方が好きだったし、長じてからも久しく父子家庭で「母親」をやっていたし、ややもすると「おばさん化」する女子大の男性教師の中にあってさえ私の「おばさん化」傾向は突出している。
このような私の半世紀にわたる一貫した「女性化」スタンスをフェミニスト諸姉はかつて一度として「性差の解消のための努力」としては評価してくださらなかった。
むしろ諸姉たちご自身は「権力と銭金と威信を愛するおじさん」化路線を驀進せられていたのである。
あるいはこの「女性の男性化」という路線に対する生理的な嫌悪感が、私の「アンチ・フェミニズム」の根にあるのかもしれない。
というようなよしなしごとを考えつつ道頓堀にさまよいでて、ドクターと心斎橋の明治軒で「オムライスと串カツ」を食べて昼ビールを飲む。
日曜の昼に道頓堀で芝居を見て、帰りに昼酒をきこしめすというのは、なんとなく『細雪』的愉悦である。
昼ビールは少しだけ背徳の味がした。
オーサコくん、ごちそうさまでした。また歌舞伎のチケットあまったら、くださいね。
朝起きたら(そういうことはよくあるのだが)、不意にあるフレーズが浮かんできて、それがいつまでも頭の中でリフレインする。
今朝のフレーズは「シュガータウンは恋の街、ザルツブルクは塩の街」
というものであった。
ナンシー・シナトラとスタンダールの双方に思い入れのある日本人にしか思いつかないフレーズである。
というようなよしなしごとを毎日ブログ日記に書いている。
その文体についてひとつ書いておきたいことがある。
ブログは「メモ代わり」という使い方をされる方がブロガーの中にはたくさんおられる(らしい。私はほとんどほかのブログを見ないので、伝聞で知るばかりであるが)。
というのも、先日の『ユリイカ』のブログ作法特集の巻頭の座談会で著名なブロガーのみなさんがブログ文体についてこんなことを話していたからである。
「栗原裕一郎:エディタで書けばいいじゃないですか(笑)
仲俣暁生:いや、それだと面倒で、たぶん更新が続かない。直接書いているから、ガシガシ書けるんだよ。エディタで書くと、なんだか仕事用の原稿を書くのと同じ姿勢になっちゃって、丁寧に推敲をはじめたりしちゃうでしょ。そうすると、もともと思いつきで書いているものだから、いろいろアラが見えてきて、ボツにしたくなる。
栗原:オン書きに近い感覚ですか。
仲俣:そう。むしろ、しゃべっているのに近いかもしれない。
吉田アミ:しゃべり言葉に近くなりますよねー。更新が楽だと。思いついてから書いて発表するまでのスパンが自ずと短くなるので、ふつーなら見せられないような草稿もうっかりアップしてしまうって罠が。まあ、そこがオモシロイところでもあるし、危険なところでもありますが。私はその迂闊さがセクシーだと思っているのでバカを晒すためにもバンバン書いて、書くハードルを低く見積もっていく傾向にあります。これぞインプロ!ってことで。」(76-77頁)
なるほど。
私は読んで、ちょっと不思議な気がした。
「もったいないよ」と思ったからである。
私はワードで書いて、推敲して、場合によっては一日寝かせて、それからアップしてから実際の画面で読んで、さらに数回直す。
だから、アップ直後に読んだ人の中には、あとでアクセスしたら文面が変っていたことに気づいた人もいると思う。
調べ物もよくする。
気になったことについては、とりあえず資料に当たって裏を取る。
この「裏を取る」手間をかける時間を少しも惜しいと思わないのが学者というものの奇癖である。
というか、あるデータの裏を取るために読み出した資料をそのまま読み続けて、途中でいったい自分が何のためにこの資料を読んでいるのか、その当初の目的を忘れてしまう…というのは学者の「ひそかな愉悦」の一つである。
私にとってブログ日記のライティング・ハードルはかなり高めに設定されている。
言い換えると、「ブログ日記がそのまま単行本として出版されるような文体で書く」ということである。
だから、原則として文中にリンクを張らない。コメントやトラックバックを参照しないとわからない話もしない(紙媒体では、そんなことできないから)。
紙媒体に最終的に採録されることを前提としてブログ日記を書くというのは、かなり奇妙なスタンスに思われるかもしれないけれど、実はこれは私のオリジナルでもなんでもない。
私はこのやり方をバーナード・ショーに学んだ。
バーナード・ショーは「書きスケ」(@江弘毅)であった。
彼はありとあらゆる問題について、一言言わずにすまない「一家言のひと」であった。
それゆえ、彼はそのつどの政治的事件について社会問題について芸術について毎日その所見を記した。
そして、彼はそれを毎日『タイムス』の「読者投書欄」に送ったのである。
『タイムス』編集部も最初は喜んだ。
文豪バーナード・ショーの「日録エッセイ」が無料で(!)毎日届けられてくるのである。
しかし、いかな文豪の筆とはいえ、他の投稿者への配慮もあり、そう毎日投書欄に「バーナード・ショーさんの今日のご意見」ばかりを掲載するわけにはゆかない。
新聞に掲載させていただくのはせいぜい隔週くらいでご勘弁願うしかない。
しかし、そうやって投書のほとんどがボツになるのも気にせず、ショーは毎日投書を続けた。
そして、数年経ったところで、彼はそれまでの投書エッセイを撰して単行本として出版したのである。
毎日の投書をタイプで打つときにカーボンコピーを取っておいたから。
私はこの話を聞いたときに、「はた」と膝を打った。
この手があったか。
ご存知のとおり、『ためらいの倫理学』以来の私の著作の過半は、ネット上で既発のテクストを採録したものである。
私はこのシステムをひそかに「バーナード・ショー方式」と名づけている(というのは嘘で、いま思いついたんだけど)。
現在進行中の『悪い兄たちが帰ってきた』はブログに連載して、『ミーツ』で編集して、出版社から単行本で出すことになっている。
ブログ日記本体のエッセイは文春のヤマちゃんが面白そうなものを拾い集めて単行本にするべく編集中である。
「チャイナ・スタディーズ」はNTT出版から『街場の中国論』として出版が予定されている(まだ始まってもいない演習の講義録を青田買いするM島くんもまことに豪放な人物であるが)。
ブログはカジュアルなメディアだからメモ代わりにガンガン書いて、ガンガン棄てるというテクスト戦略もあるし、カジュアルなメディアだからこそ、それを「丁寧に使って、無駄を出さない」というやり方もある。
私はことばというのは単なる「メッセージの運搬基」ではなく、それ自体がある種のフィジカルな力を持っていると考えている。
その「フィジカルな力」は、繰り返し舌先で転がし、筆先でこねまわし、修辞に配慮し、韻律を調音してるうちに、しだいに書き手の意図を離れたところにゆっくりと向かってゆく「本然の趨向性」を蔵しているような気がする。
気がするだけですけど。
演習が三つ連続すると、さすがに疲れる。
でもうまく時間割が組んであって、最初が三、四年生対象のフランス語ゼミ。次が三回生の専攻ゼミ、最後が大学院の比較文化ゼミで、だんだん「楽になる」。
教員の中にも勘違いしている人が多いが、授業がいちばん楽なのは大学院である。
いちばんきついのは1年生の一般教養科目大教室講義である。
大学院は教師がじっと押し黙っていても院生や聴講生たちがそれなりのレベルの議論を進めてくれる。
一年生相手の講義では私語したり眠ったりしているテンションの低い学生たちを相手に、孤独な90分汗だくのステージ・パフォーマンスが要求される。
疲労度からいうと10倍くらい違う。
しかし、制度的には、大学院の授業は「ひとにぎりの選ばれた教師」しか担当することが許されない「高級な」教育活動であり、学部の講義は「非常勤任せ」でもよいランクの低い教育活動である、という厳然たるヒエラルヒーが存在する。
少なくとも、文部科学省の教員審査基準ではそうなっている。
ほんとうは話は逆で、大学院の演習は大学院出たての若手研究者でもなんとかなるが、一年生相手の大教室講義は新米教師にはきびしい負担である。
大学院は修士号、博士号を発行する課程だから、指導教員に専門領域についての十分な知見が必要だということはわかるけれど、それでも日々の授業そのものは「楽」なのである。
楽してごめんね。
今年の大学院の演習は「チャイナ・スタディーズ」である。
一昨年は「現代日本論」をやった。
そのときに一年間現代日本の諸相を検分してみて、日本近代の基軸がペリー以来の「日米関係」であるということが骨身にしみてわかったので、昨年は「アメリカ論」をやった。
そしたら、日本の21世紀の世界戦略を考えるときの基本的な外交スキームが「日米中」の三国関係であるということが骨身にしみてわかったので、今年は「中国論」をやることになったのである。
私はもちろん中国問題の専門家でも何でもない。
院生聴講生の中にも中国問題の専門家はひとりもいない。
全員素人である。
去年のアメリカ論もアメリカの専門家はひとりもいなかった。
でも、一年間ゼミをやってわかったのは、「全員素人」で「床屋政談」をやっていても、まったくカテゴリーもレベルも違うランダムなトピック(政治・外交から宗教・犯罪・食文化・性文化・家族・教育…)を毎週論じていると、「アメリカを読む筋目」というものがしだいにくっきり浮かび上がってきて、演習参加者の全員に共有されてくる、ということであった。
それは社会心理学的にいえば「アメリカの無意識」であり、人類学的にいえば「アメリカの基本構造」である。
そのときに、日本人のアメリカ研究の専門家、アメリカ・ウォッチャーの書くものにほぼ例外なく「無意識的なバイアス」がかかっているということもわかった。
このアメリカ専門家たちは、アメリカが世界の覇権国家であり、英語が世界の公用語であり、アメリカ経済が活動的であることから、個人的に「利益」を得ている。
それは彼と同程度にある国の文化に深く通暁している専門家、例えば、「モンゴル共和国ウォッチャー」が期待することのできない種類の「利益」である。
それゆえ、彼らは無意識的にその「利益」(それは具体的にはメディアからの出演依頼寄稿依頼の多さとか大学やシンクタンクからのポストのオッファーの多さというかたちで現れる)が今後も継続するとことを切望する。
つまり、アメリカ・ウォッチャーたちは、どれほど批判的なスタンスにある場合でも(むしろ批判的なスタンスにある場合こそ)「つねにアメリカが話題になること」を無意識的に切望するようになるのである。
そして、少し考えればわかることだが、ある国が「つねに話題になる」というのは、必ずしもその国が「よいこと」をなし続けるからではない。
アメリカが安定的に統治され、為政者たちが賢明で謙虚であり、経済が節度ある繁栄定を保ち、社会全体が穏やかな調和のうちにあるとき、「アメリカ専門家」に対する私たちの側からの需要は有意に減少するだろう。
そんな国のこと、別にどうだっていいからだ。
むしろ、その国が「劇的な愚行」や「劇的な失敗」を犯すことの方が「話題喚起力」は大きい。
その国が「他国から見てきわめて安全な国」であることより、「他国から見てきわめて危険な国」であることの方が、「話題喚起力」は大きい。
だから、アメリカ問題専門家たちは、アメリカが「劇的な愚行」や「劇的な失敗」を犯し、他国からみて「危険」な国になることを無意識的に欲望するようになる。
彼らは、その徴候を示すデータを選択的に収拾し、アメリカが実際にそうであると私たちが信じ込むように世論をリードし、アメリカが「よりスペクタキュラーな失敗」をする方向に棹さすべく、できる範囲での協力を惜しまないようになる。
どうしてそんなことを断言できるのか、と鼻白む人もいるだろうが、私自身が一年間アメリカ研究をやってきて、ちょっとだけ「専門家」になって、アメリカ本を出すことになったあたりで「私自身がそうなった」から身に染みてわかるのである。
「アメリカ本」を書いているうちに、アメリカが「賢明で温和な国」であることよりも「愚鈍で暴力的な国」であることから出版社も私もより多くの利益を得られるということに気がついた。
そのバイアスが必ずや私自身のアメリカ論の記述に影響して、ある種のデータを読み落とさせたり、形容詞の選択に関与したりしているに違いない。
そのことに気づいたのである。
これを私は「狼少年のパラドクス」と呼んでいる。
「狼が来た!」というのは村落の防衛体制整備の喫緊であることを告げる警世的・教化的アナウンスメントである。
しかし、繰り返し「狼が来た!」と告知しても村落の防衛体制の整備に人々が十分な関心を払わない場合、やがて少年は無意識的に狼がほんとうにやってきて村人たちを喰い殺すことを切望するようになる。
そのときこそ少年の予見の正しさが万人によって承認されるからである。
やがて、少年は、「狼が村を襲いやすい」ように、それと知らぬうちに、防壁の崩れを放置し、鶏や羊が無防備に歩き回るのを黙過するようになる…
この「狼少年のパラドクス」をまぬかれる「専門家」はおそらく存在しない。
どのようなイッシューの専門家であっても、それが「話題」になることで専門家自身が利益を得る場合、彼は必ず彼の専門分野の中心的ファクターが「より強い話題喚起力」を持つように無意識的に行動するようになる。
そして、「より強い話題喚起力」はしばしば「より悪い事態」によって引き起こされるのである。
私たちは今年中国問題に取り組む。
ねらいは去年と同じく、「中国の無意識」あるいは「中国の基本構造」とでもいうべき原型的なエートスを探り当てることである。
そして、その作業行程で私たちがいちばん気づかわなければいけないのは、情報の欠如や考察の不足ではなく、「中国問題がより〈喫緊で重要な〉マターになるように」問題そのものの「激化」を願ってしまう私たち自身の無意識的なバイアスをそのつど「勘定に入れる」ということである。
すみません。うっかりして業務連絡をアップするのを忘れておりました。
本日から始まる大学院の演習。
「チャイナ・スタディーズ」の教室はJD103.時間は4時35分からです。
場所がわかんないよーという人はD館の教務課窓口で「どこですか!」と叫んでください。内田が出て応対します。
『ミーツ』の江さんがNAGAYAにたいへん痛快なエッセイを書いている。
「都会的なるもの」と「街的なるもの」の違いについての考察である。
私は江さんの感覚がとても好きだ。
私は「街」ということばではなく、「都市」ということばをつかう。
その定義は江さんの「街」とはたぶん微妙に違う。
それについて書いてみたい。
10年ほど前、日本における「都市」の定義というものを思いつき的にしたことがある。
そのとき私が考えた条件は一つだけ。
それは「チャイナ・タウンのある街」というものである。
ここでいう「チャイナ・タウン」は比喩的な意味のそれである。
「チャイナ・タウン」のある街というのは「港町」であるということである。
この場合の「港」は地理的に海岸を意味するわけではない。
川沿いであろうと、内陸部であろうと、山のてっぺんであろうと、排除的な境界線が効果的に機能しないために、「入ろうと思えば、どこからでも入れる」ならば、そこは「港」の条件のひとつを備えていると言ってよい。
ある街が「港」として機能するためには、境界線のアバウトさの他に第二の条件が続く。
それは「ハーバーライト」が存在すること、である。
つねに変わりなく暗夜に信号を送る「輝く定点」がなければ、船は港に戻れない。
「ハーバーライト」には「おーいらみーさきのー」と静かに灯を守る人間(佐田啓二)がいなければならない。
いくらボーダー・コントロールがアバウトでも、誰ひとり「定点」を守る人間がいない土地は「港」としては機能しない。
私はそのような役割を引き受ける人間のことを「見守る人」(センチネル)と呼んでいる。
港町には「異族」が住みつく。
これが第三の条件である。