「もともと存在していたのだが、新しい理説の登場によって主題化された事象」と「最近になって出現したもので、それを説明するために新しい理説が要請された事象」をみわけるのはむずかしい。
アメリカにおける「ミソジニー(女性嫌悪)の文化」について調べたときに、そう思った。
フェミニストたちはふつう「ミソジニーはほとんど人類の歴史と同じだけ古いが、フェミニズムがその〈意識化されなかった事実〉を前景化した」というふうに説明する。
アメリカ映画にみられる女性嫌悪の変遷に興味をもったときに、私は「それはちょっと違うんじゃないかな」と思った。
アメリカのミソジニーはどうも「アメリカ固有のもの」のように思えたからである。
あそこまで病的に女性を嫌い、憎み、蔑む文化と同種のものを他の社会に見出すことはむずかしい。
ジュディス・フェッタリー(私が知る限り、リュス・イリガライとならんで「息を呑むほど頭の悪い」フェミニストのひとり)と私は、なぜかこの点についてだけは同意見なのである。
フェッタリーによれば、アメリカ文学はその発生の瞬間からすでに女性嫌悪的であった。『リップ・ヴァン・ウィンクル』から始まるアメリカ文学全史は「アメリカ文学における登場人物とテーマの古典的言説」つまり、成熟を拒絶する男と、その「快楽の成就を邪魔する女」という「根本的にアメリカ的な」説話原型を飽きることなく繰り返してきた。
私はフェッタリーのこの読み方にはとくに異存がない。
だが、なぜ、そういう説話原型がとりわけアメリカに根づいたのか?このような特異な性文化が成り立つにはどのような歴史的的事情があるのか?という問いを彼女が自分に向けないことを不思議に思うのである。
かりに、私たちの知り合いのうちに「女嫌い」の男がいて、ことあるごとに「私の自己実現はつねに女によって妨害されている」というような話をして回っていた場合、私たちは彼が執拗に反復する女性嫌悪的言動を「あそこでも言っている、ここでも言っている」と逐一報告するよりも、「どうして、彼は女性嫌悪的な人間になったのだろう」という「起源」をめぐる問いについて考えることの方に知的な興味を惹かれるだろう。
少なくとも、私はそちらの方に興味がある。
しかし、フェッタリーはアメリカにおける女性嫌悪の「事例の羅列」にはたいへん熱心であるが、その「起源」については何の関心も示さない。
フェッタリーはアメリカにおける女性嫌悪の起源を「西欧文化全体」(おそらくその先には「人類文化全体」があるのだろう)に先送りして、あっというまに話を終わらせる。
たしかに、「西欧文化全体」が女性嫌悪的であるなら、ヨーロッパからの移民たちを中核とするアメリカ文化が女性嫌悪的であるのは怪しむに足りない。
「西欧文化全体」が女性嫌悪的であるなら、「なぜ、アメリカでは・・・」という問いが立てられるはずもない。
しかし、このような問題の処理の仕方こそ実に「アメリカ的」だ、という印象を私は拭うことができないのである。
ご存知の通り、「アメリカでは・・・である」という事態について、それを厳密な検証手続き抜きで、「世界全体では・・・である」というふうに拡大適用すること、これは現代アメリカ人に固有の思考上の「奇習」であると申し上げてよろしいかと思う。
私がフェッタリーに感じる印象は、私が彼女たちの国の大統領に感じる印象に少し似ている。
それは、「アメリカの問題」はただちに「世界の問題」であると信じ込めるそのナイーブさである。
「アメリカの問題」とは、「特殊アメリカ的な原因」から派生した「アメリカ固有の」問題であり、その処方は風土病のワクチンがウイルスの発生地で作られるように、彼ら自身の内側を覗き込むことによってしか発見できないのではないか、という内省の視線がここには構造的に欠落している。
というような話をしたいわけではない。
昨日の「階層化=大衆社会」の話の続きをしようと思っていたのである。
「学びからの逃走」(@佐藤学)を使嗾し、「学びから降りるものを自己満足・自己肯定に誘うメカニズム」(@苅谷剛彦)は「昔から存在したけれど、こういうことばでは主題化されたことのなかった事態」なのか、それとも「最近になって特殊日本社会にのみ出現したまったく新しい事態」なのか、その見きわめがたいせつなような気がしたのである。
メディアの論調を徴すると、ほぼ例外なく、すべての論者が後者の、つまり「これは最近になってあらわれた日本に固有の現象である」と解釈する立場を取っている。
さきのフェッタリーの場合のちょうど逆である。
彼女はミソジニーが「最近になって特殊アメリカ社会にのみ出現したまったく新しい事態」である可能性の検証への手間を惜しんだ。
同じように、「階層化社会論」を語る人々は、これが「昔から存在した、もしかすると人類と同じくらい古い、ある種の無意識的な社会的行動」の21世紀的変奏ではないか、という解釈可能性の吟味にはあまり時間を割く気がないようである。
「すべての論者が同一の前提を採用する」場合には、「それがどれほど説得力のある前提であっても、前提そのものを疑う反論を準備せよ」というのは、ほかならぬレヴィナス老師の遺訓である。
私は老師の遺訓にはつねに忠実である。
だからといって、私は「階層化社会論」に反対なわけではない。
これまでの祖述から知られるように、私は彼らの現状分析のほとんどに同感である(示される政策的対応については、必ずしもその効果に期待してはいないけれど)。
私がとくに先賢の驥尾に付して発言するほどの情報をもたない以上、私ができる「お返し」は、とりあえず彼らが「しなかったこと」(例えば、彼らが採用している「自明の前提」そのものの「確かさ」をチェックすること)をすることだろう。
いまの「ニート論」や「希望格差論」の基調にあるのは「不況」という与件である。
経済がぱっとしない。
コスト削減のプロセスで、新卒者の求人が減り、終身雇用・年功序列システムも崩壊した。
高齢化・少子化で年金医療福祉を支える財政的基盤が崩れ始めている。
それに対する政策的対応として、ほとんどの人が(意識的と無意識的の違いはあるけれど)「問題は金だ」という結論にたどりつく。
このまま放置しておくと、いずれ年金・福祉・失業対策・生活保護・治安維持に要する莫大な社会的コストで日本は財政的に「沈没」してしまう…
そういう予測が共有されている。
これは「特殊日本の問題」であり、特殊日本の問題には特殊日本的な解法しかない。
それは「金」だ。
すべては「金がない」ことに起因しており、それゆえ「金さえあれば」万事解決。
そういう考え方が(たぶん多くの場合は無意識的に)刻下の議論には伏流しているように私には思われる。
「机上の空論はやめろ。現実を語れ」と声を荒立てる人が言うことは、最終的にはいつも「だから、金が要るんだよ」という結論に落ち着く。
これはほとんど例外がない。
そして、彼らの政策構想は「では、どうやってその金を工面するか?」というたいへん実際的な方向に進んでゆくことになる。
「金がない」のが人間の不幸の主因で、とりあえず「金さえあれば」問題は解決(ないしは先送りできる)。
だから「もっと金(あるいは就業機会を、あるいは自己実現のチャンスを、あるいは私の個性的ふるまいを理解し尊敬するような価値観を…)を」
という点については、右翼も左翼も経営者も労働者も父権制主義者もフェミニストもほとんど言うことに違いがない。
だが、むしろ「こういう考え方そのもの」が現在の危機的状況を「生み出した」ということはないのか。
その可能性について考えてみたい。
私が昨日オルテガを引いたのは、いま日本で起きている事態が、どことなく75年前のスペインに通じているように思えたからである。
オルテガが『大衆の反逆』を書いた大戦間期のスペインは、戦後不況の構造的危機のうちにあり、各地で労働者農民の反政府的活動が暴力化し、軍隊や官僚は右翼的に党派化し、カタルーニャやバスクで属領モロッコで独立運動が激化していた。
つまり、ブルジョワと労働者農民、左翼と右翼、都市と農村、宗主国と植民地…というあらゆる水準で政治的・文化的な「分極化」が進行していたのである。
オルテガが『大衆の反逆』で主張したのは、この「分立」に対する「否」である。
スペインは「統合」されなければならない。
オルテガはそう説いた。
オルテガによれば、「分極化」とは「個人化」のことではない。
むしろその反対である。
偏狭なナショナリストや宗教的ファナティックがそうであるように、ある特定の「群れ」に忘我的に同一化することで個人の「単独性」を引き受けることを拒絶する人間が社会を「分極化」「階層化」するのである。
だから、「分極化」から「統合」へ向かう道筋は、因習的に発想されるように「包括的な共同体」を創出して、そこにみんなが溶け込むことではない。
まったくその逆である。
個人が「マッス」への溶解を拒否し、その単独性を引き受けて生きること、それが「統合への王道」なのである。
オルテガ的な「統合」は「理解も共感も絶した他者と、それでもなお共存してゆく能力」によってしか基礎づけることができない。
オルテガの言う「大衆」は社会階層とも年収とも文化資本とも関係がない。
「大衆とは、みずからを、特別な理由によって−よいとも悪いとも-評価しようとせず、自分が〈みんなと同じ〉だと感ずることに、いっこうに苦痛を覚えず、他人と自分が同一であると感じて、かえっていい気持ちになる、そのような人々全部である」(『大衆の反逆』寺田和夫訳)
「自分と同一である他人」の数が多ければ多いほど大衆の「いい気持ち」は高まる。
だから、大衆はまわりの人々をできるだけ自分に似せようとする。そのための努力を惜しまない。
しかし、自分と似ている人間がふえればふえるほど、個人の唯一無二性は脅かされる。
だから、逆説的なことだが、大衆社会では、「みんなが単独性を放棄して、マッスに溶け込み、お互いにそっくりになればなるほど、みんなが『自分だけは特別だ』という不可能な事実を自己責任において挙証しなければならなくなる」という構造的にストレスフルな社会となる。
それはゴールデンウィークにディズニーランドに子連れででかけて、「なんで、こんなに人が多いんだよ」と毒づいているひとによく似ている。
彼は「他人と同じようにふるまう」ことでしか快感を得ることができない人間なのだが、その行為によって彼自身の快感はつねに、構造的に損なわれることになるである。
全員が見分けがたく同じようにふるまうことでしか快感が得られない社会、それは誰ひとり(他者を退け、蹴落とし、排除することでしか)快感を持続的に確保することができない社会である。
そういう社会をオルテガは「超民主主義」社会と名づけた。
「現時の特徴は、凡庸な精神が、自己の凡庸であることを承知のうえで、大胆にも凡庸なるものの権利を確認し、これをあらゆる場所に押しつけようとする点にある。」
そして、スペインの政治的文化的危機はまさにこの「おのれの凡庸に満足しきった大衆たち」のあいだの終わりなき抗争として展開している、オルテガはそう考えたのである。
この恐るべき「大衆」に対して、オルテガは「市民」という概念を対置してみせた。
統合と分裂、他者と自我、大衆と市民…この理路は簡単ではない。
オルテガがどのようにしてスペインの「統合」と「市民」の成熟を望見したのか、その話はまた明日書くことにする。
階層化=大衆社会の危機を「要するに、金(および類=金的なもの)が足りない」ということばで説明し、「だから問題はどうやって金(および類=金的なもの)を与えるかだ」という仕方で政策提言をしていると、それがむしろ社会の一層の階層化=大衆化をドライブすることにはならないであろうか…という危惧について、しばらく考えてみたい。
しかし、毎日長い話になるなあ。
書くほうも肩凝るけど、読むほうも大変だよね。
このところずっと階層化と教育の問題ばかり考えている。
遅まきながら、苅谷剛彦『階層化日本と教育危機-不平等再生産から意欲格差社会へ-』(有信堂)を読了。
四年前の本なので、この中で苅谷さんが統計的に証明してみせた「子どもの学力は母親の学歴と相関する」という命題は広く人口に膾炙したから、どなたもご存じだろう。
しかし、それだけにとどまらない多くの重要な指摘がここではなされており、教育を考える上でのランドマークとして残る本だと私は思う。
この本のいちばん重要な命題をひとつだけ挙げるならば、それは「日本は学歴社会ではない」ということである。
私たちの社会は「学歴によって序列化されている社会」ではなく、「学歴以前のカテゴリカルな条件づけによってあらかじめ序列化されている社会」であって、学歴における差別化は、すでに制度化している差別化のひとつの徴候にすぎない。
というのが苅谷さんの主張である。
かつて『ひょっこりひょうたん島』で、ドンガバチョがエレベーターの停止階表示の「針」を止めて、エレベーター「本体」を止めようとするという大技をくりだしたことがあったが、学歴社会の是正を通じてフェアな能力主義社会の実現を求めることは、それに似ている(『ひょうたん島』ではもちろんドンガバチョはエレベーターを止めてしまうのだが、そんな奇跡は「ひょうたん島」世界でしか起こらない)。
「メリトクラシーが、個人の業績、すなわちメリットを基準に社会的選抜を行い、なおかつ出身階層などの属性要因の影響を受けずに社会的平等をもたらすしくみであるとすれば、メリットの構成要素である能力も努力も、出身階層やその他の属性要因にかかわりなく分布していることが前提となる。」(147頁)
ところがこの前提は間違っていた。
メリットの構成要素のうち、とりわけ「努力する能力」はあきらかに出身階層の属性要因の影響を受けるからである。
わが兄上はかつてこううそぶいたことがある。
「『勉強ができる』というのは『頭がいい』という意味ではない。勉強のような『くだらないこと』に限りあるリソースを惜しみなく注ぎ込むことが『できる』という、一種の『狂気』に罹患していることを言うにすぎない。タツル、お前は気が狂っているだけなのだよ」
そう言って兄は受験勉強に孜々としていそしむ私に哀れみのまなざしを向けたことがあった(今にして思えばたいへん先駆的な洞察であったのだが、この洞察がもっぱら受験生であったご自身の学習時間の少なさを弁明するために功利的に用いられていたことが惜しまれる)。
しかし、目的はどうあれ、兄上の指摘はただしく「学歴社会」における「勉強が出来る」という語の語義を言い当てていた。
メリトクラシーというのは、努力するものに報いる制度である。
それは「誰でもその気になれば努力することができる」ということを前提としている。
しかし、「その気になれば」というところに落とし穴がある。
というのは、世の中には、「その気になれる人間」と「その気になれない人間」がおり、この差異は個人の資質というよりも、社会的条件(階層差)に深くリンクしているからである。
「総合的な学習」や「体験学習」は学力よりも創意や自発性を重視したカリキュラムである。
これが教育的に「コレクト」であるとされたのは、学力には「生得的・後天的なばらつき」があるが、創意や自発性はすべての子どものうちに等しく分配されているということを人々が信じていたからである。
しかし、いったい何を根拠にして、創意や自発性や、自然体験や職業体験を通じて「学ぶ喜び」を見いだす能力が「すべての子どものうちに等しく分配されている」ということを人々は信じられたのか。
教室での「勉強」以外の学習においても、学習意欲の高い子どもと低い子どもの差は歴然と存在する。
そして、しばしば、その差は学力以上に既決的である。
例えば、「本を読んで自分の感想を自由に書く」というのと「漢字を100個覚える」というのでは、何となく前者の方が自由度の高い、学力差のつかない教育法であるような感じがする。
しかし、家庭内に語彙が豊かで、修辞や論理的なプレゼンテーションにすぐれた人間が何人もいる子どもと、そうでない子どもの間では「自分の気持ちを自由に表現する」ことにおいてすでに決定的な差が存在するだろう。
親の一方が英語話者で、家では英語と日本語をバイリンガルにしゃべっているという子どもが「英語で読み書きする」教科でハイスコアを取るのを見て、たいていの人は「それはあまりフェアな競争ではない」というふうに考える。
しかし、親が「すぐれた日本語話者」である子どもが「日本語で読み書きする」教科でハイスコアを取ることを「フェアな競争ではない」と考える人はほとんどいない。
それは「日本人は誰でもみんな同じように日本語が使える」とみんなが信じているからである(少し考えれば、そんなはずないことにすぐ気づくはずなのに)。
同じように、「努力さえすれば報われる」という物言いが通るのは、「すべての子どもには『努力する能力』が等しく備わっている」と人々が信じているからである。
苅谷さんは「学習意欲」(インセンティヴ)そのものが学習に先立ってすでに「階層化」(ディヴァイド)していることを指摘している。
「インセンティヴへの反応において、社会階層による差異が拡大しているのである。インセンティヴへの反応の違いが教育における不平等、さらにはその帰結としての社会における不平等を拡大するしくみ−インセンティヴ・ディバイドの作動である。」(210頁)
この「意欲格差」(インセンティヴ・ディバイド)は短期的に加速している。
この階層分化が急速に進んでいるのは、「インセンティヴが見えにくくなることは、学校での成功から降りてしまう、相対的に階層の低いグループの子どもたちにとって、あえて降りることが自己の有能感を高めるはたらきをももつようになっている」(210頁)からである。
不思議なことだが、「勉強しない」という事実から自己有能感を得る人間が増えているのである。
これについては苅谷さんが恐ろしい統計を示している。
私たちは「勉強ができない」子どもは「自分は人よりすぐれたところがある」というふうになかなか考えることができないだろうと推測する。
ところが統計は微妙な経年変化を示している。
もちろん、いまでも勉強ができない子どもが有能感をもつことは少ない。
しかし、階層間では有意な差が生じている。
「相対的に出身階層の低い生徒たちにとってのみ、『将来のことを考えるより今を楽しみたい』と思うほど、『自分は人よりすぐれたところがある』という〈自信〉が強まるのである。同様に、(…)社会階層の下位グループの場合にのみ、『あくせく勉強してよい学校やよい会社に入っても将来の生活にたいした違いはない』と思う生徒(成功物語・否定)ほど、『自分は人よりすぐれたところがある』と思うようになることがわかる。」(198頁)
つまり、「現在の享楽を志向し、学校を通した成功物語を否定する-すなわち業績主義的価値観から離脱することが社会階層の相対的に低い生徒たちにとっては〈自信〉を高めることにつながるのである。」(199頁)
苅谷さんは97年の統計に表われたこのような「ねじれ」は1979年段階では見られない点を指摘している。
階層間で自己有能感形成のメカニズムに差異が生じたのは、ごく最近の現象なのであり、それは強化されつつ進行しているのである。
そこから導かれる暗澹たる結論は次のようなものである。
「結論を先取りすれば、意欲をもつものともたざる者、努力を続ける者と避ける者、自ら学ぼうとする者と学びから降りる者との二極分化の進行であり、さらに問題と思われるのは、降りた者たちを自己満足・自己肯定へと誘うメカニズムの作動である。」(211頁)
どうして、「学びから降りる」ことが自己満足や自己肯定に結びつくのか、その理路はわかりにくい。
けれども、このような状況は決して「いまはじめて」起きたことではないように思われる。
私は苅谷さんが指摘したのと似た状況を記述したテクストを読んだ記憶がある。
それは今から75年前にスペインの哲学者が書いた『大衆の反逆』という書物である。
この本について私が書いた解説の一部をそのまま引用しておこう。
思想家たちは、「邪悪な人間」と「バカな人間」のどちらを優先的に憎むかによって、二つのカテゴリーに分けることができる。「バカ」を「悪人」よりも憎むタイプの思想家たち(ニーチェ、ハイデガー、ポパー、フーコー)の系列にオルテガも間違いなく属している。
アナトール・フランスの「愚か者は邪悪な人間よりも始末が悪い」という金言を引いたあと、オルテガはこう続けている。「邪悪な人間はときどき邪悪でなくなるが、愚か者は死ぬまで治らないからだ。」
『大衆の反逆』は「古典」がつねにそうであるように、具体的な経験と観察に深く根ざしている。オルテガはひたすら怒る。彼が怒るのは、「現代大衆社会」という抽象概念に対してではない。彼が投宿するホテル、通っている劇場、休暇をすごすバカンス先を「いっぱい」にして、オルテガの快適な生活を妨害している生身の「大衆」に対してである。
オルテガは「大衆」をこう定義する。
「大衆とは、自分が『みんなと同じ』だと感ずることに、いっこうに苦痛を覚えず、他人と自分が同一であると感じてかえっていい気持ちになる、そのような人々全部である。」
この言葉遣いは一見するとニーチェの「畜群論」によく似ている。しかし、両者のあいだには、決定的な違いがあると私は思う。
オルテガは「自分以外のいかなる権威にもみずから訴えかける習慣をもたず」、「ありのままで満足している」ことを「大衆」の条件とした。オルテガ的「大衆」は、自分が「知的に完全である」と思い上がり、「自分の外にあるものの必要性を感じない」ままに深い満足のうちに自己閉塞している。これはニーチェが彼の「貴族」を描写した言葉とほとんど変わらない。つまり、ニーチェにおいて「貴族」の特権であった「勝ち誇った自己肯定」が社会全体に蔓延した状態、それが、オルテガの「大衆社会」なのである。(現に、『大衆の反逆』の刊行の一年後に、ニーチェの「貴族主義」を看板に掲げた20世紀最悪の「大衆運動」がドイツで政権の座に就くことになる)。
オルテガの大衆社会論を苅谷さんの本を読んだあと読むと、なんだか背筋が寒くなってくる。
私たちは疾くから自分たちのいるのは「大衆社会」だと思っていた。
しかし、もしかすると私たちは「見通しが甘かった」のかもしれない。
オルテガやニーチェが絶望的な筆致で記述した「大衆社会」は日本では「これから」始まるのかも知れない。
「死のロード」から帰還した翌日から名色高原ホテルで合気道の合宿。
合気道の合宿中は活字も読まず、テレビも見ず、パソコンのディスプレイも存在しない。
ひたすら「稽古、フロ、飯、寝る、稽古、フロ、飯、寝る、(酒)、寝る」の繰り返しの「極楽合気道」である。
しかし、合気道の稽古ほど「頭脳」を使う経験はないのではないか、と私は思う。
稽古のあいだ、私はほとんど「しゃべりっぱなし」だからである。
どうして、武道の稽古で私が「しゃべりっぱなし」であるかというと、私のひとことで、稽古している諸君の動きが「一変」するからである。
身体は固有のシステムであり、脳の支配にあらがう、というような心身二元論を私自身もよく口走るが、これはあまり正確ではない。というか、ぜんぜん正確ではない。
身体運用はきわめて脳化された経験だからである。
私たちは自分の身体の動きを言語的に分節しない限り、身体運用モードを意識的に統御することができない。
たとえば、私がこのところ凝っている「コヒーレンス合気道」では「内臓運動感覚」(kinesthesie)というものを重視する。
この術語を私がはじめて見たのはたぶんメルロー=ポンティの『知覚の現象学』においてであったが、このことばは以来30年、私の「喉」に「小骨」のように刺さったままだった。
「『キネステジー』って何だろう?」
「もしかして、『これ』かな」
という coup de foudre (電撃的衝撃)が私を訪れたのは、ロイホで「丸亀のロレンツォ・ディ・メディチ」守伸二郎さんが「構造」ということばを告げて站椿のかたちをした瞬間であった。
守さんの腕を頭上に掲げるだけの動きには、どこにも関節的なセグメントがない。
このなめらかさを担保しているのは何だろうと思って見つめているときに、
「守さん、もしかして内臓を動かしているんじゃないかな」
と思い至ったのである。
両腕を頭上にかかげるときに、肩や肘の関節がヒンジ運動をしないようにコントロールすると、内臓がわずかに下がるのが感じられる。
人体の構造的安定を配慮すれば当然のことだ。
屋根の梁を高くあげようとするときには、礎石を重くしなければ構造物の安定は維持できない。
逆に手を下げるときは、内臓を少し巻き上げるようにすると動きはなめらかになる。
「キネステジー」とはもしかすると「このこと」かと、ふと思い至ったのである。
「キネステジー」というような術語はもちろん私たちの日常語にはない。
だから、私たちの内部でざわめく無数の身体的シグナルのうちのいくつかをそのような語をもって分節し主題化する習慣は私たちにはない。
けれども、その語が発語された瞬間、語はそれ固有の意味を持ってせり上がってくる。
意味とは畢竟「差異」である。
「キネステジー」という語を知らなかったときには非主題的であった身体的シグナルのうちのいくつかが、この語を耳にしたときに「それって、もしかして『これ』のこと?」という文型でなんらかの「輪郭」を持つようになったとしたら、この「輪郭」の生成はほかならぬ記号の効果である。
身体の分節は記号的な分節である。
だとすれば、身体語彙が豊かな人間は、そうでない人間にくらべて統御できる(といわぬまでも感知できる)部位の数が有意に多いということは十分にありうることなのである。
だから、私は稽古の間中、しゃべりつづける。
マシンガンのように無数の「メタファー」を乱れ打つ。
今般稽古で多用したのは「ごらん、ヴィルジニイ、あれがぼくたちのお星様だよ」(@ベルナルダン・ド・サン=ピエール)からお借りした「ごらん、のぶちゃん、あれがぼくたちのシリウスだよ」というフレーズである。
合気道の身体運用には物理学の用語よりはむしろ詩的なことばの方が効果的であるのではないかと前々から思っていたのであるが、予想通り。
以前、稽古のとき、腕をまっすぐに伸ばして相手を制するときの身体運用のメタファーとして、「軒下から手をそっと差し出して、小雨が降り出したかどうかを手のひらで確かめるときの心地で」ということを申し上げたら、全員が一斉にみごとな動きを見せたことがあった。
雨もよいの空を見上げて、見えない雨粒の予兆を手のひらで感じようとするとき、手のひらはどんな微細な入力にも対応できるように感受性を高める。
精密な天秤で軽量の物体を量るときのように、体軸はただ一本の細い線となる。
この「ごくわずかな入力にも反応できるほどに精密で繊細な構え」から発動する勁さと速さは人間が発揮しうるもののうちでも最高水準のものである。
そのような状態を私たちの身体はわずかな詩的イメージからつくりあげることができる。
人間の身体はまことに精妙に言語的に分節されているのである。
私はこれまでしばしば「脳」と「身体」を二元論的な対立図式の中で語ってきたけれど、実際には、身体運用の精密化は喚起力の強いことばを介在させずには果たすことができない。
そして、言語運用はやはり脳の管轄なのである。
その意味で、どれだけ「喚起力のあることば」を駆使できるかということが武道の指導において(「ある段階までの」という限定は付くが)、たいへんに重要であるように私には思われるのである。
現に、わが師である多田先生も、敬愛する甲野善紀先生も光岡英稔先生も卓越した「ことばづかいの名手」である。
もちろん「定型的なイメージ」に頼ることがかえって身体運用を限定する危険はつねにある。
けれども、「イメージに頼ってはいけない」ということを伝えるためには、言語記号を経由せざるをえない。
そして、イメージを伴わない言語記号はありえないのである。
だから、武道の技術について語る言語は、その言語が指示する定型的イメージをそのつど打ち消さなくてはならないという背理を背負っている。
そのつど前言撤回的である言語記号。
おお、これってまるでレヴィナスではないか。
とりあえず、「シリウス」というのが取りと受けのコヒーレンスを合わせるためにはたいへん効果的なイメージであることは今回の合宿で経験的に確証されたのである。
もしかすると、「コヒーレンスを合わせる」ということが技術的な目標である場合は、双方に共有され易い定型的イメージの方がかえって有効、ということなのかも知れない。
「だから、『シリウス』って何なんだよ」とイラつかれている読者もおられるであろう。
その方は前日の日記の写真の「シリウスのポーズ」が達成している身体的コヒーレンスの状をご覧いただきたい。
これが「シリウスをみつめたせいでコヒーレンスが合ってしまった人々」の姿である。
(付言すると、「かなぴょんのポーズ」で二列目左から三人目が「オリジナル・かなぴょん」であり、これこそが伝説の「必殺かなぴょんのポーズ」である。部員諸君はよくよく拝見して会得しておくように)。
合宿明けの本日は、インタビューが二件。
最初は高雄くんの中学時代からのご学友のN大のY地さん。
「あの」高雄くんにこんな聡明で美しいご学友がいたとは…と、思わず高雄くんを見直す。
そういえば、内古閑のぶちゃんも高雄くんを評して「彼はすごくセンスいいですよ」と最大級の賛辞を送っていた。
どうもKC合気会一同は「一品持ち寄り宴会に手ぶらで来る体と態度の大きい前髪のうるさい男」という定型的イメージにふりまわされて、知性とセンスあふれる彼の真実の姿を見失っていたようである。
ウッキー、反省しようね。
Y地さんをお相手に、言語と身体、「謎の発生装置」としての型、師と型の二元による教育システムというようなお話を2時間する。
果たして学術情報として有意なことをお伝えできたかどうかはなはだ疑問なのであるが、にこにこと笑顔を残してお帰りになった。
お帰りになると入れ違いに朝日新聞のK林記者が登場。
四月から始まる新企画「大学面」の「誌上講義」に私が出講させていただけるらしい。
「神戸女学院大学」という名前が三週間紙面に出るばかりか大学の写真や紹介記事まで書いていただけるというから、これは管理職サラリーマンの「本務」としてお引き受けせざるを得ない。
日本の高等教育の諸問題ならびに「知の身体性、身体の知性」というお題でノンストップ4時間しゃべり続ける。
朝から連続6時間。
23日から今日まで、ほとんど「しゃべりっぱなし」である。
さすがに喉がかれて声が出ない。
インタビューが終わって、三宅先生のところに行って、身体の歪みを補正し、筋肉中の痛みを消していただく。
「乳酸、消しておきました」
ヤクルトが一本筋肉中からかき消えたイメージを思い浮かべようとするが、うまくゆかない。
たぶんそういうことではないからであろう。
おみやげに三宅先生から「身体が良くなるブレスレット」をいただく。
よく寝られて、ご飯が美味しくなって、いくらのんでも二日酔いをしなくなるこの魔法のブレスレットは、韓国のオリンピック選手団ご愛用の品だそうである。
わーい。
最終ステージは朝カルで、高橋源一郎さんと文学をめぐる対談。
会場にたどりついたときは、すでにへろへろの半死状態。
高橋さんにすがりついて「タカハシさん、2時間全部しゃべってください。ぼく、『はあ』とか『へえ』とか相づちだけ打ってますから」とお願いする。
高橋さんは、育児と競馬にTV出演と15本の連載で忙殺されている上、四月から明治学院大学の専任になって週5コマ担当することになる。
その超人的エネルギーがあの細いからだのどこから湧出するのか、私には理解も及ばない。
その高橋さん、にっこり笑って「いいよ、ちょうどいま来るタクシーの中で思いついたネタがあるから、ウチダさんは休んでて」とお答えくださった。
タカハシさんて、ほんとにいい人!
「楽屋」に高橋さんのお嬢さんの橋本麻里さんと、茂木健一郎さんが遊びに来る。
橋本さんとお会いするのは3回目(前回は鈴木晶先生のおうちのBBQパーティ)
たいへん美しく聡明な方であり、鈴を転がすような声で父の文学的創造の構造を解明する。
なんか、うらやましい。
うちのるんちゃんが私の書いた本についてコメントしてくれたのは、「お父さんの本、本屋にあったよ!」という一回だけだった。
茂木さんとは「めでたい初トラックバック」でネット上ではご挨拶をかわしたが、お会いするのははじめてである。
茂木さんも高橋さんも私も『文學界』に連載評論を書いている。
「締め切り今日ですよ」
と私がちょっといばってみせる(私はちゃんと「死のロード」に出発する前に送稿してきた)。
茂木さんも高橋さんもまだ書き上げていない。
茂木さんは「明日までに書きますよ」、高橋さんは「30日までに書きますよ」と笑っていた(30日って、締め切りの6日先じゃないですか!)。
時間になって対談の始まり。
会場には通常の聴衆の他に、池上先生がお連れになった70名の三軸関係者が加わって超満員。
「秘書です」と偽って、申し込み忘れのフジイくんをむりやり押し込む。
楽屋での打ち合わせ通り、高橋さんが四月号の「ニッポンの小説」に書かれた『セカチュー』と『風立ちぬ』と『電車男』と『友情』の話をマクラに、近代小説の「定型」がどのようにしていま破綻と再生の瀬戸際に立っているか、というたいへんスリリングなお話を始める。
最初は高橋さんにマイクを預けてぺたりと伏せっていた私も、あまりの話の面白さについつい目が覚めて、「そういえば、こんな話が…」と「デインジャーとリスク」の話、「他者性には、時間的に表象されるものと空間的に表象されるものの二種類がある」という話になる。
そして、「日本文学の謎」橋本治についてどうして批評家は論じることができないのかという大ネタでぐっと盛り上がり、「オレ様化する作家たち」「作品の価格設定権を手放さない作り手たち」「明治の速度」…とテンポ良く話は進み、文学にかぎらず日本の知的状況状は sauve qui peut 「逃れうるものは逃れよ」という前線崩壊状態になっているということを確認した上で、「前線から敗走してきた敗残兵たちが踏みとどまって集合する地点・難破船の乗組員たちが浮遊物を集めて組む筏」のような「次の時代の秩序」の起点がおそらくは2005年にその姿を現すであろうという希望にみちた予言で対談を終える。
実によい話であった。
(高橋さんは「ソーヴ・キ・プ」という語感がたいへんお気に召したらしく「ソウブキップ」というのは競走馬の名前にぴったりだとおっしゃっていた。「総武切符」と覚えると中山競馬場に行く人はすぐに覚えてくれるし)
録音してどこかの雑誌に掲載すればよかったのだが、誰も企画してくれなかったのである。
先週は橋本治さんと、今週は高橋源一郎さんと、それぞれかなり集中的に文学について語る機会に恵まれたことになる。
このおふたりは考えてみると、文壇的にはほとんど対極的なポジションに位置する作家であるけれど、いかなる定型にもとらわれない「文学する自由」を全身で愉悦する態度と「文学の現実変成の力」への信頼において深いところで共通しているように私には思われた。
近代100年の歴史を終えつつある「ニッポンの小説」の再生を担うのは間違いなくこのお二人ともう一人村上春樹さんであろう。
対談の後、高橋さん、橋本さん、茂木さんの「楽屋組」、釈先生、藤本さん、ウッキーの「前日からずっと一緒組」と、秘書のフジイくん、大学院聴講生の後藤愛さん、毎日新聞の中野さんらとぞろぞろと池上先生主催の「アシュラム・ノヴァ25周年記念パーティ」にでかける。
打ち上げプチ宴会のつもりだったら、グラン宴会であった。
「あ、そうだったんですか…聞いてませんでした」
「言ってませんでした」
という不得要領な会話が三宅先生との間でかわされ、乾杯のビールが入って、ご飯をぱくぱく食べ始めて、三軸のみなさんにご挨拶をして、最上さんが「ややややや」と現れたあたりで「いつもの宴会」になる。
高橋さんたちは途中で帰られたが、残る一同はそのまま二次会に突入。
1時過ぎまで最上さんの「恋の話」と「Xイブドアの資金源はXX組とユダヤと・・」という類のディープで濃おおい「極道系情報」に耳をダンボにして聴き入る。
三宅先生がご用意下さったホテルに投宿、爆睡。
翌朝、ホテルの並びにあるアシュラムで池上先生に全身をほぐしていただき、「死のロード」の疲れをすべてぬぐい去っていただき、生まれ変わったような軽やかな気分で芦屋に戻る。
池上先生、ほんとうにありがとうございました。
ただメシただ酒を存分に頂きました一同になりかわりまして御礼申し上げます。
死のロードが終わったと思ったら、明日からは「合気道合宿」。
頭を絞るほど使ったダイハードな二日間のあとは、脳への負荷がゼロになる愉悦の三日間。
よいバランスである。
死のロード二日目。
疲労困憊して学士会館で死に寝。
起きてまず小学館『中学教育』のインタビュー。
「公立中学校のクラス担任必携マガジン」ということなので、中学校の先生用のお話をする。
私の場合は「すーさん」という具体的な公立中学校の先生の読者モデルがいるので、「すーさん」を相手に話すようなつもりで話す。
今日の新ネタは、「子どもの自己評価肥大によって受益している『業界』は決して子どもの自己評価を適正に下方修正する教育プログラムに同意しないであろう」というものである。
というのも、「業界」は「自分には無限の可能性がある」と信じ込む子どもとその親から「収奪」することで莫大な利益を上げているからである。
卒業後「フレンチのシェフになりたい」から料理専門学校に進学したいという相談をしてきた学生がいた。
「料理が得意なの?」と訊いたら
「別に・・・」
ということであった。
料理が得意でも特に好きでもない人間がなぜ…
と不審に思って、ふと「授業料いくら?」と訊いたら「250万円」ということであった。
なるほど。
「あなたには無限の可能性があります」というイデオロギーがこれほど瀰漫して、子どもたちの自己評価を狂わせることに何の益があるのだろう…と思っていたが、ちゃんと「益」はあったのである。
「子どもが自己の可能性を過大評価すること」から受益している業界は「あなたには無限の可能性があります」という危険なイデオロギーを瀰漫させることにこれからも加担し続けるはずである。
ほとんどの業界は「その業界で就職すること」を夢見る子どもたちから骨の髄までしゃぶり尽くすような「収奪メカニズム」を整備している。
メディア業界はその最たるものである。
メディアの周辺には「メディアで働きたい」という夢を抱いた数十万の若者が蝟集している。
この若者たちは、機会さえあれば法外な低賃金で滅私奉公的に働いてくれるばかりか、メディアが提供する商品の購入に生活費に比して過大な支出を投じることによって業界を下支えしてもいる。
「そんなことをしてもメディア業界に収奪されるだけだよ」ということをメディアは決してアナウンスしない。
するはずがない。
だから、子どもたちは嬉々として「注文の多い料理屋」のドアを叩くのである。
私たちの時代に「自己の可能性を過大評価したせいで、学校教育から脱落してゆく子どもたち」が大量生産されているのは、子ども自身の愚かさのためだけでなく、「子どもが(たいていの場合はその親も)愚かである」という事実から受益している人々が存在するからなのである。
この人々は「あなたには無限の可能性があります。さあ、レッツ・チャレンジ!」というようなアオリをこれからも続けるであろう。
「そういう甘い話を信じるな」とむかしの大人たちは苦い顔をして子どもに諭したものだが、いまどきの親たちはしばしば子どもと同じくらい夢に対して無防備だ。
子どもばかりを責めても始まらない。
というような話をする。
続いて『週刊ダイヤモンド』のインタビュー。
トピックはこちらも教育問題。
どうも私はいきなり教育問題の専門家になってしまったようである。
中学の話はもうしてしまったので、こんどは大学教育の話をする。
ネタはおととい仕込んだばかりの大学評価。
私は業務命令で送り込まれたセミナーで聞いた話をそのまま週刊誌のインタビューで自分の創見であるかのように語ることのできる、たいへん「情報燃費のよい人間」なのである。
『週刊ダイヤモンド』は経営者や40−50代の管理職サラリーマンが読者ということなので、「マネジメントモデルで教育を語ることの危険」について滔々と論じる。
大学の教員相手には「マネジメントモデルで教育を語ることの必要性」を滔々と弁じ、経営者相手にはその反対のことを語る。
首尾一貫していないじゃないかと怒る方もおられるであろうが、「人を見て法を説け」と俚諺にも言う。
経営者はもう少し教育の「ファンタジー的要素」にご配慮いただき、教員のみなさんにはもう少し教育の「市場性」にご配慮いただく。
これをして「リスクヘッジ」(原義は「賭けに負けないために、両方に賭金を張ること」)と言うのである。
インタビュアーのお嬢さんはもと苦楽園の住人、甲南女子から東大というある種ティピカルな「阪神間ガール」であるので、たいへん話の周波数がよく合って1時間の予定が、2時間半近くしゃべり続けてしまった。
さて、このあとは最後の大イベント。朝カルで高橋源一郎さんと文学についての対談である。
果たしてテンションの高い対談に耐えられるだけの体力気力が私に残されているであろうか。
死のロードが始まる。
まず初日は神田外語大異文化コミュニケーション研究所主催の講演会。
大学は神田にあるのかと思っていたら、千葉の幕張というところにある。
早起きして眠い眼で新幹線に飛び乗る。
「天むす」と「とん蝶」を朝ご飯に頂いて、そのまま爆睡。
東京駅から京葉線で海浜幕張へ。
目を上げるとウルトラモダーンな未来都市が出現したので仰天。
タクシーの運転手さんに「この街、いつできたんですか?むかしは(って35年くらい前だけど)には、こんな街なかったですよね」と訊いたら、
「むかしは海ですよ」
というクールな答えが返ってきた。
そうだよね。
神田外語大はその広大な埋め立て地の一角にある。
敷地が広いので、せいせいしたキャンパスである。
会場で、お招きいただいた藤田知子先生、ギブソン松井先生、はるばる福岡からこの講演を聴くために飛んできたという吉武正樹先生(吉武先生は海鳥社の別府さんの『ライオンとペリカンの会』のメンバーで、私の『他者と死者』の読書会のレポーターをされたご縁でいらしたのである)にご挨拶。
さっそく、十数名の聴衆を前にして、「ジェンダー論をめぐる背理的状況」と題して小咄一席を伺う。
『希望格差社会』や『オレ様化する子どもたち』や『オニババ化する女たち』に活写された現代日本の「階層化とリスク社会化」趨勢にたいして70年代以降のフェミニズムは、その流れをとどめる方向ではなく、むしろ積極的に流れに棹さす方向で機能してきたのではないか、という問題提起を行う。
フェミニズムの基幹的主張をなすのは「社会的リソースの分配における性的差異の解消」と「自己決定」である。
前者は「社会的リソース」(ボーヴォワールのことばを借りれば「男性と同一の資格、採用条件、給与、昇進機会、ヒエラルヒーの頂点に達する同一のチャンス」)そのものは「よきもの」であるということを前提としている。
「自己決定」は、「リスクを多くとるものが自己決定の領域を拡大できる」というマネジメントの原則によって、自己決定機会の多い人間ほどハイリスクを負うことを自明としている。
いずれも「能力がありリスクを冒すものは(性別、人種、国籍、信教などにかかわらず)、それにふさわしいリターンを権力、財貨、威信、情報、知識などのかたちで獲得することができる社会がフェアな社会である」という前提の上に成り立つ。
つまり、近代のフェミニズムはメリトクラシー(能力主義)ときわめて親和性の高いものだったということである。
フェミニズムは「女性弱者のリスクをいかにして軽減するか」よりもむしろ「リスク・テイク機会を可能な限り拡大することで女性強者の自己実現を支援すること」を優先させた(というのは、弱者のリスクを軽減できるのは、強者しかおらず、父権制社会で強者であるのはさしあたり男性だけであり、女性が同性の弱者のリスクを軽減しようと望めば父権制内部で強者になるほかないからである)。
リスク・テイキングとデシジョン・メイキングがワンセットであることはマネジメントの常識であるし、潜在可能性豊かな人間がそのポテンシャルを最大化したいと望むこともごく自然なことである。
その限りでは、この主張には別に何の理論的破綻もない。
だから、日本のフェミニズムは、社会の階層化と中間的共同体(地縁=血縁共同体、「親方日の丸型企業」)の消滅を社会の能力主義的再編をうながす流動化の契機とみなして、むしろ歓迎する立場をとってきた。
しかし、今私たちはその流動化が加速した結果、予想以上にはやく能力主義による階層化が進行して、一部の社会集団にリソースが集中して社会の流動性がむしろ失われつつあるという状況に直面している。
そして、この「リスク社会」においては、個人に代わってリスクヘッジする中間的共同体に支援されているものたちが勝ち続けることになる。
背理的なことであるが、自己決定=自己責任社会では、ひとりで決定しひとりリスクを引き受ける人間よりも、自分に代わって決定し自分に代わってリスクを引き受けてくれる複数の中間的共同体=「強者連合」に加盟している人間の方が競争において圧倒的に有利なのである。
それゆえ、社会的弱者の救済のためにも、個人のデシジョンを限定する代わりにリスクをヘッジする中間的な共同体(金井淑子さんが提唱している「親密圏」というのはそのような共同体の一つだろう)の創設が喫緊の政治的課題として論じられているのである。
しかし、この政治的課題とフェミニズムがこれまで掲げてきた自己決定=自己責任論を整合させることがほとんど不可能であることは誰にもわかる。
というような話(でもない、もっと支離滅裂な話)を1時間半ほどして、それから質疑応答。
たいへん活発な議論が展開した。
フェミニストの「虎の尾」を踏みまくったので、さすがにフェミニストの方からはきびしいご反論をいただくことになったが、それは身の不徳の致すところであるから、甘んじて受けるしかない。
興味深かったのは、今回は論じきれずに質問の中で触れることになった「身体性を開発する教育」という主題をめぐって、「女性にとって身体経験とは何よりもまず自分の性を意識させられる経験である」という命題がふたりの発言者からあたかも「自明の真理」として語られたことである。
私自身は身体の覚知が必ず「自分の性を意識させられる経験」であるというふうに考えたことがない。
性の意識というのは、器官レベルと社会的幻想のレベルの錯綜する、かなり「脳化された経験」である。
私が内観とかコヒーレンスとか気の感応とか言うときの「身体」はどちらかというと分子レベルの話であって、社会構築的な「ジェンダー」とは関係がない。
「ジェンダーコード」をあてはめて身体的シグナルを解読すれば、身体は「性的なもの」として経験されるだろうし、「人種コード」をあてはめて解読すれば「人種的なもの」として経験されるであろうし、「宗教コード」をあてはめれば「宗教的なもの」として経験されるであろう。
そして、身体的シグナルを解読するコードはそのような社会構築的なものばかりではない。
コヒーレンスやキネステジアやアラインメントというような特殊なタームで記述される身体経験にジェンダーはまったく関与しない。
細胞の整い方や内臓を支える筋肉の動きや重力にむけて感覚を統御しなければならないときに「まず自分の性を意識してしまう」という人がいたら、その人は少なくとも武道には適性がないと申し上げなければならない。
フェミニストと私の食い違いはだいたいいつも同じ仕方で起こる。
私は「性」以外にも人間的経験の意味を考量するコードはあるだろうと思うのだが、フェミニストの方には「性以外にも人間的経験の意味を考量するコードがある」という考え方は男性に固有のものであると言われてしまうので、私も話を先に続けることができなくなってしまうのである。
神田外語大のみなさんとお別れして(藤田先生、お世話になりました。お礼申し上げます)、雨の中池袋に移動。
本日の第二ステージはジュンク堂池袋店で『インターネット持仏堂』の刊行記念の釈徹宗先生とのトークセッションへ。
タクシーの中で角川書店の江澤さんと1時間半ほどおしゃべりしていたので、1時から6時まで5時間話し続けということになる。
そのあとさらに2時間のトークセッション。
7時間連続マラソントークというのはさすがに私もはじめての経験である。
さいわい、釈先生はご商売がら、話題が「ツボ」にはまると、さくさくと噛んで含めるようにありがたい法話が湧出する「説教体質」であるので、ふたりでどんどんおしゃべりをしているうちにめでたく時間となる。
サインとマンガ(私はネコマンガ、釈先生は「お地蔵さんマンガ」)をかりかりと50冊ほど書いて、無事仕事は終了。
ジュンク堂と本願寺出版社とスタッフのみなさんのご案内で、藤本さん、医学書院のワルモノエディター白石さん、文春のヤマちゃん、『文學界』のヤマシタさん、新潮新書の足立さん、(なぜか長谷の大仏を見るツァーの途次ここにいあわせている)ウッキーらとぞろぞろ打ち上げ会場に。
そこにK錬会のK野くんがおともだちをつれて乱入。
あっという間に「ただの宴会」状態になり、爆笑のうちにお開き。お勘定は西本願寺さまが太っ腹で引き受けてくださいました。ごちそうさまでした。
担当の藤本真美さんにしてみると、2002年の10月から始まった2年半がかりの仕事である、「ようやく終わったか・・・」と軽い自失状態であった。
釈先生はともかく、私や山本浩二画伯のような「編集者の人権や出版社のご都合をあまり優先的に配慮しない人間」を相手にして、本願寺と印刷所の間を周旋するご奔走に、さぞやご心労を重ねたことであっただろう。
この場を借りて、篤くお礼を申し上げるのである。
こんどお礼にごちそうしますね。
雨のなか、とぼとぼと京大時計台の講堂で「大学教育フォーラム」の「大学評価」についての講演を聴きに行く。
行きがけの電車で苅谷剛彦『大衆教育社会のゆくえ 学歴主義と平等神話の戦後史』(中公新書)を読む。
電車で移動すると、ほんとうによく本が読める。
10年前の本なので、今の「ニート」とか「文化資本」とか「二極化」ということはまだ主題的には扱われていないが、ほぼ正確に今日の教育状況を予見している。
苅谷先生もまことに炯眼の人である。
小田嶋隆の『人はなぜ学歴にこだわるのか』(もうすぐ文庫刊行)とこの本をあわせて読むと、学歴をめぐる戦後日本の「神話の構造」がほぼ完全に解明されるだろう。
アマゾンで「この本を買った人は、こんな本も買っています」というかたちで紹介されることはたぶんないであろうから、私が「アマゾン」に代ってお薦めさせていただくのである。
講堂にゆくと、S井先生がいる。
私は業務命令でぶーたれながら来ているのに、S井先生は自費を投じて研究のために進んで参加されていたのである。
「本学でいちばんイジワルな」などと心ないことをいってすまないことをしたと内心で手を合わせる。
こんなことならはじめからS井先生に出張をお願いすればよかったですね、と申し上げたら、「業務じゃ来ません」と爽やかに言われた。
やっぱりけっこうイジワルかも。
隣にすわっていっしょに拝聴。
こういうフォーラムでは、みなさんたいへん早口ですばらしいアーティキュレーションでお話しになる。
そのテンポが、私のような「イラチ」人間にはたいへんに心地よい。
大学評価・学位授与機構の木村孟先生と大学基準協会の前田早苗さんの「個人的な感想を申し上げれば」というマクラを振っての話がたいへん面白かった。
こういう口頭発表の場では、「ま、ここだけの話ですが…」という本音のところがぽろぽろと漏れ聞こえるのがありがたい。
半日つぶして来た甲斐があった。
家にもどってすぐにさくさくと報告書を起草。
明日から「死のロード」が始まる。
25日に生きて芦屋に帰り着けるであろうか。
終日、原稿書き。
『私家版・ユダヤ文化論』の「その5」を送信。
この『私家版・ユダヤ文化論』は私が今書いているテクストの中ではダントツに面白いものなのであるが、どなたからも感想や批判を頂くことがない。
どうしてかというと『文學界』に連載されているからである。
『文學界』を読んでいる人は私のまわりに誰もいない。
この間、ある出版社の人に『群像』とか『新潮『』とか『文學界』の発売実数って、どれくらいですか、と訊いてみた。
実数は3000くらいじゃないですか、ということであった。
同じ数字を前にもどこかで聴いたから、きっと真実なのであろう。
読んでいるのは「編集者と作家と批評家と、将来編集者か作家か批評家になりたがっている人たち」だそうである。
それで3000人というのは、多いのか少ないのか。
よくわからない。
(という記事をアップしたあとに『文學界』の編集長の大川さんから部数についての正確なデータを教えて頂いた。「部数はここ数ヶ月は12000部。実売は最低で約5500部、最高に売れたのが10500部。普通で、6500部から7000部」ということだそうである。不正確な情報をお伝えして『文學界』ならびに純文学各誌の名誉を損なったことをここに伏してお詫びしたい)。
『私家版・ユダヤ文化論』は完結したら文春で新書にしてもらう予定である。
どこでいつ完結してもいいような、だらだらした思想史講談なのであるが、書きたいことがいろいろあるので、なかなか終わらない。
「書きたいこと」というより「もう書いてしまったこと」なんだけど。
講義ノートとして書いたものを筐底に蔵するにしのびないので、月刊誌連載をして原稿料を頂いているのである。
あまりほめられた態度とは言えない。
どちらかというと、「世間をなめた」態度と申し上げなければならない。
続いて、23日の神田外語大異文化コミュニケーション研究所で講演するネタを考える。
ジェンダー論を、というご要望であったかに記憶しているのであるが、ジェンダー論をやると必ず誰かの「虎の尾」を踏んでひどい目に遭う。
「だったら、止めるか」というと、私は「誰かの虎の尾を踏む」ことの誘惑にどうしても勝てないタイプの人間なのである。
さいわい、今回は『希望格差社会』と『オレ様化する子どもたち』と『オニババ化する女たち』といういずれ劣らぬ大ネタがあるので、これを存分に引用させていただいて、刻下のジェンダー状況について暴論奇論を述べ、オーディエンスが怒り出す前に逃走する、という展開に持ち込む予定である。
22日は京大で大学教育研究フォーラムというのがあるので、京都まで行かなくてはならない。
また大学評価の話である。
もう同じような話を何回聴いたかわからないけれど、とりあえずシンポジウムで情報を仕入れて、報告書を書くようにと学長から業務命令が下された。
本学では、学長の業務命令に「はい」と素直にご返事をする教職員があまり多くない。
というか、かなり少ない、と申し上げてよろしいかと思う。
多くの同輩がたが「ええ、やだなあ、誰か、他の人にやらせてくださいよ。私、忙しいんです」といって業務命令の受領を受け流す風景は本学の「風物詩」のひとつである。
私はもとが体育会系サラリーマンなので、業務組織の指揮系統は上意下達ということが身体化している。
学長に「…してください」と言われれば四の五のいわずににっこりほほえんで「はい」とご返事する。
当然ながら、その結果、業務命令はしだいに「業務命令を聞く人」のところに集中するようになるのである。
このようにして学内における「デューティ・ディヴァイド」(業務負担の二極化)が進行する。
私としては、「デューティ・ディヴァイド」が「ウェイジ・ディヴァイド」(賃金の二極化)に結実するのであれば、業務命令受諾への動機づけも高まるのでは、と考えるのであるが、どなたからもそういうご提案はない。
一日つぶして雨の中京都まで行って、日当2000円。
時給300円くらいの業務である。
ご同輩たちが業務命令をにこやかに受諾したがらない理由もわからないではない。
満室だったのに三宅先生がコネでねじこんでくれた(三宅先生はどの世界にもコネがある)品川プリンスに泊る。
橋本さんとの対談で脳がほどよく「ほとびて」爆睡したので、朝6時に目が覚めてしまった。そのまま朝一の新幹線で芦屋に戻る。
帰りの車中で山田昌弘『希望格差社会』(筑摩書房)を読む。
電車の中では本がよく読める。
私の読書量が通常の大学教員に比して著しく劣っているのは、私が電車通勤していないせいである。
もし片道1時間半ほどの距離にいたら、私は往復車中で一日2冊ずつ本を読破して、あらゆる問題についてさくさくとロジカルにしてクリアカットな意見を述べることのできる人間になれたであろう。
「家で読めばいいではないか」という方もおられるだろうが、家では書かなければならない原稿の続きがHDの中で「おいでおいで」をしており、居間には途中まで見たラス・メイヤーの巨○DVDが私を待っており、納戸にはただちに整理しなければならない夏物冬物の山が崩れかけており、仕事のため以外の本を読むような暇は私には一瞬とてないのである。
『希望格差社会』の残りを芦屋のモスバで朝ご飯を食べながら読み終える。
「言いにくいこと」がはっきり書いてある本である。
メディアがいいにくいことをはっきり言い切ってしまっているという点では、先日ご紹介した『オレ様化する子どもたち』に通じている。
諏訪さんの本は「子どもが危ない」ということを(「子どもが危険にさらされている」という意味と、「子どもが私たちに危険をもたらす」という意味の両方において)明言していた。
山田さんの指摘は「若者が危ない」ということである。
これも同じく、「若者が社会的弱者になりつつある」ということと、「やがてこの弱者たちが社会に危険をもたらすであろう」ということの二点を指摘している。
まず統計を見てみよう。
親と同居している未婚成人(その過半がいわゆる「パラサイト・シングル」)は1200万人。
離婚数は年間29万組(結婚75万に対する数値だから結婚したカップルの40%が離婚)
結婚75万のうち、「できちゃった婚」(婚姻届提出後10ヶ月以内に出産)は15万。
フリーター(未婚若年アルバイト雇用者)は200万人。失業中、未婚派遣社員を入れると未婚若年不安定雇用者数は400万。
「引きこもり」については正確な数値がないが、推定50万人。
義務教育期の不登校は13万。
児童虐待は児童相談所が把握しているだけで年間2万件。
「将来、自分の生活がよくなる」と考えている若者(25−34歳)は15%。
中学生の70%が「将来、日本は今以上豊かにならない」と考えている。
どうして、こんなことになったのか。
山田さんはその理由を「リスク社会」の出現に求めている。
「リスク社会」とは何か、山田さんはこう説明する。
それは「リスクをとることを強制される社会」、「選択を強制される社会」のことである。
「自分のことに対しては、自分が決定する。これが自己決定の原則である。そして、自分で選択したことの結果に対しては、自分で責任をとる、これが『自己責任』の原則である。リスクの個人化が進行するということは、自己決定や自己責任の原則の浸透と表裏一体である。リスクに出会うのは、自分の決定に基づいているのだから、そのリスクは、誰の助けも期待せずに、自分で処理することが求められている。
失業したり、フリーターになったりするのは、自分の能力の問題である。離婚したのは、離婚するような相手と結婚したからである。(…)リスクが避け得ないものとなると同時に、個人は、そのリスクをヘッジすること、そして、生じたリスクに対処することを、個人で行わなくてはならない時代になっている。」(46-47頁)
「リスク社会」とは、これまで個人にかわってリスク・ヘッジを担当してくれた社会的機能(国民国家や地域共同体や血縁集団や「親方日の丸」的企業)がその仕事を放棄し、「これからは自分のことは自分で決めてよろしい。その代りに諸君がどんなことになっても当局は一切関知しないからそのつもりで」というルールを採用することになった社会のことである。
『ミッション・インポシブル』がそうであるように、そこでは「リスクヘッジが適切にできる個人とできない個人の間」に(しばしば破滅的な)クレバスが開口することになる。
みなさんご案内のとおり、いわゆる「構造改革」とか「市場淘汰」というのは、この流れのことだ。
そういう社会では、基礎的な能力が高く、かつプライヴェートな相互扶助組織(人脈、学閥、閨閥など)に支援されていて、かつ「戦略的に考えることのできる人間」はたくみにリスクヘッジすることができる。
彼らはリスクヘッジをさらに確実化するために、「強者同士の相互扶助組織」を強化する方向に向かう。
その端的な表れが、「強者同士の婚姻」である。
これまでの家族社会学の常識では、「夫が高収入の場合は妻が専業主婦となり、夫が低収入の場合は妻が就労して家計を補完する」ということになっていた。
この常識はもう覆えされつつある。
話は逆になっているのである。
「夫が高収入の場合ほど、妻の就労率が高く、夫が低収入であるほど、妻の就労率が低い」という傾向が顕著になってきている。
高度専門職についている「強者」の男女が婚姻し、さらに豪奢な生活を享受する一方で、不安定就労者同士が結婚した生活能力のないカップルに「できちゃった婚」で子どもが生まれて一層困窮化する。
不安定就労者の若年男性は、事実上、自分と同程度に社会的弱者である不安定就労者の女性の中からしか配偶者を選ぶことができない(高度専門職に就いている女性強者が男性弱者を配偶者に選ぶ可能性はほとんどない)。
だが、弱者同士の結婚は、「共倒れ」のリスクをむしろ増大させるだけだろう。
不安定就労の若年女性が、男性強者の配偶者に選ばれる(「玉の輿」の)確率はそれよりはずっと高い。
しかし、リスク社会では、かりに女性が不安定就労者であっても、男性強者は配偶者に相当の学歴や教養や人脈などの文化資本を要求する。
言い換えれば、男性強者の専業主婦たりうる条件は「文化資本を備えた強者の家庭のご令嬢」であるというかたちで、あらかじめ限定されているのである。
未婚率の急上昇、少子化の進行の背景には、この勢いづく「強者連合」によって蹴散らされた「結婚したくてもできない弱者」の急増という事実がある。
リスク社会は「勝つ人間は勝ち続け、負ける人間は負け続ける」というフィードバックを繰り返して短期的に二極に分化する。
その結果はどうなるのか。
「夢に向かって努力すればその夢は必ず実現するというのは『ウソ』である。全ての人が希望通りの職に就けることはあり得ない。『一生』大学教員になれない博士課程入学者は年に一万人ずつ、『一生』上場企業のホワイトカラーや技術職につけない大学卒業生は、多分、年に数万人ずつ、『一生』中小企業の正社員にさえなれない高校卒業生は、年10万人ずつ増えてゆく。これに呼応して、正社員と結婚するつもりだが、一生結婚できないフリーター女性は、年20万人ずつ発生していくのである。(…)
いつかは受かるといって公務員試験を受け続けても、三十歳を過ぎれば年齢制限に引っかかる。どうせ正社員に雇ってくれないからと就職をあきらめ、単純作業のアルバイトをしていた高卒者は、仕事経験や能力が身に付かないまま、歳だけとり続ける。よい結婚相手に巡り会えないからと結婚を先延ばしにしていた女性は、四十過ぎれば見合いの口もかからなくなる。当の若者は、考えると暗くなるから考えない。若者自身が、不良債権と化すのだ。(…)
結婚や子供を作ることなく、高齢を迎える元フリーターの中年男性、女性が100万人規模で存在する社会はどのようなものになるだろうか。」(127−8頁)
ここまではっきり書く人はあまりいないが、私は山田さんの暗鬱な未来予測には十分な根拠があると思う。
戦後日本はひたすら「中間的なセーフティネット」を破壊してきた。
都市化・近代化で、まず農村的な地域共同体と血縁集団が破壊された。
しばらくは「親方日の丸」的な企業が終身雇用と年功序列制によって失われたこの共同体を代補した。
だが、「社畜化」したサラリーマン男性が家庭より企業に優先的に帰属感を抱いているうちに、最小の血縁集団であった核家族が解体してしまった。
ポスト産業社会化とともに、サラリーマンにとっての最後の共同体的よりどころだった企業も解体して、とうとう「中間的共同体」が何もなくなってしまった。
まるはだかにされて、正味の個体の生存能力をフル動員して生き延びるしかない、リアル・ファイトの闘技場に私たちは放り出されたのである。
文句を言っても始まらない。
「そういうのが、いい」とみんなが言ったからそうなったのである。
「夫らしく妻らしくなんて役割演技はたくさんだ」「親の介護なんかしたくない」「子どもの面倒なんかみたくない」「隣の家とのつきあいなんて鬱陶しい」「会社の同僚の顔なんか終業後に見たくない」「オレはやりたいようにやる」「あたしの人生なんだからほっといてよ」…ということをみなさんがおっしゃったので、「こういうこと」になったわけである。
誰を恨んでも始まらない。
山田さんは、あと20年後に確実に不良債権化する「元若者」たち(社会的能力もなく、家族もなく、年金受給資格もなく、保険にも入っていないような中年老年の男女)の生活保護のための財政支出と、自暴自棄になった「元若者」たちの犯罪に対処するための治安コストを考えると、いまのうちに、なんとか手を打った方がいいと提案している。
もっともだと思う。
けれども、公共政策によって彼らに最低限の生活保障を行っても、彼らの「将来に希望がもてない」という実感をどうにかすることはできない。
問題は山田さん自身が言うとおりに、どちらかというと「心理的なもの」だからである。
「個人的対処への公共的支援が必要である」と山田さんは書いている。
「私は、リスク化や二極化に耐えうる個人を、公共的支援によって作り出せるかどうかが、今後の日本社会の活性化の鍵となると信じている。(…)
能力をつけたくても資力のない者には、様々な形での能力開発の機会を、そして、努力したらそれだけ報われることが実感できる仕組みをつくることである。(…)
学校システム、職業訓練システムでは、これくらい努力したら卒業、もしくは、資格をとれば、これくらいの仕事に就ける、収入が得られるという保障をつけたメカニズムをつくるべきである。」(241頁)
なるほど。
もうひとつの提案はもっとシビアだ。
「自分の能力に比べて過大な夢をもっているために、職業に就けない人々への対策をとらなければならない。そのため、過大な期待をクールダウンさせる『職業的カウンセリング』をシステム化する必要がある。」(242頁)
この「過大な期待を諦めさせる」ということは子どもを社会化するためにたいへん重要なプロセスであると私も思う。
これまで学校教育はこの「自己の潜在能力を過大評価する『夢見る』子どもの自己評価をゆっくり下方修正させる」ことをだいたい十数年かけてやってきた。
中学高校大学の入試と就職試験による選別をつうじて、子どもたちは「まあ、自分の社会的評価値はこんなとこか…」といういささか切ない自己評価を受け容れるだけの心理的素地をゆっくり時間をかけて形成することができた。
しかし、「オレ様化」した子どもたちは、教師が示唆する自己評価の「下方修正」をなかなか受け付けない。
彼らは過大な自己評価を抱いたまま、無給やそれに近い待遇で(場合によっては自分の方から「月謝」を支払ってまで)「クリエイティヴな業界」に入ってしまう。
「業界」そのものは無給薄給でこき使える非正規労働力がいくらでも提供されるわけだから笑いが止まらない。
自己を過大評価する「夢見る」若者たちを収奪するだけ収奪して、100人のうちの一人くらい、力のある者だけ残して、あとは「棄てる」というラフな人事を「業界」は続けている。
時間とエネルギーを捨て値で買われて、使い棄てされる前に、どこかで「君にはそこで勝ち残るだけの能力がないのだから、諦めなさい」というカウンセリングが必要なのだけれど、そのような作業を担当する社会的機能は、いまは誰によっても担われていない。
問題は心理的なものだという点については山田さんにまったく賛成である。
けれどもその心理的な欠落感をどうやって埋めてゆくのか、ということについては、「逆年金」や職業訓練や「パイプラインの補修」など、山田さんが提示したもの以外にも、いろいろなやり方があるだろうと思う。
重要なのは「哲学」だと私は思っている。
人間の社会的能力は「自分が強者として特権を享受するため」に利己的に開発し利用するものではなく、「異邦人、寡婦、孤児をわが幕屋のうちに招き入れるために」、その成果をひとびとと分かち合うために天から賦与されたものだ。
そう考えることのできる人間たちによって、もう一度破壊された「中間的共同体」を再構築すること。
「喜び」は分かち合うことによって倍加し、「痛み」は分かち合うことによって癒される。
そういう素朴な人間的知見を、もう一度「常識」に再登録すること。
それが、迂遠だけれど、私たちが将来に「希望」をつなげることのできるいちばんたしかな道だろうと私は思う。
どちらにせよ、この本はいま若者である方たちと「元若者」になりつつある不安定就労者のみなさんに熟読して欲しい。
橋本治さんとの二回目の対談。
前回は「ちくまプリマー新書」の創刊記念の販促キャンペーンという単発イベントだったのであるが、そのときに橋本さんと4時間わいわいしゃべった話がたいへんに面白かったというので、筑摩書房の吉崎さんが「もう一回やって、本にしましょう」という企画を出してこられたのである。
橋本先生は私の二十代からの「アイドル」であるから、私の側に否応のあるはずがない。
橋本先生は「やなもんはや」の人であるが、この対談はさいわいにも「や」じゃなくてご快諾頂けたのである。
午後4時に山の上ホテルの一室に集合して、それから9時半まで、5時間半にわたって、話しまくる。
でも、話していたのは90%は橋本さんで、私は「へえええええ」とか「そ、そうなんですか」というような間抜けな相づちを打つばかり。
とはいえ、橋本治のエクリチュールのメカニズムについてこれほどまで深く踏み込んだインタビューは前代未聞と申し上げてよいであろう。
私の書いた本がすべて「歴史のゴミ箱」に投じられて、私の名がすべての人の記憶から消えたあとも、「橋本治が『桃尻娘』から『窯変源氏物語』にいたる作品のバックステージ情報を全公開」したこの対談本は「橋本治研究の必読文献」として末永く日本の文学研究者によって読み継がれるはずである。
「で、この対談相手のウチダって、誰なの?」
「ウチダ?知らないなあ。なんだか、『へええ』って言ってるばかりで芸のないインタビュアーだよね」
というような会話が半世紀後のどこかの大学の日本文学の院生たちのあいだで交わされることを想像すると、なんだかうれしくなってしまうのである。
どうしてこの対談本がレア文献になりうるかというと、橋本治の文学についてまともに論じた文芸批評家も研究書も評論も存在しないからである。
嘘だと思うかもしれないが、ほんとうなのである。
橋本さんのところにY売新聞の学芸の記者が『窯変』のあとにインタビューに来たことがあった。インタビューに来る前に新聞のデータベースを検索して「橋本治」についての予備的情報を得ようと調べたら、過去の学芸欄には「橋本治」にかかわる記事がひとつもなかったそうである。
すごい話である。
事実、『桃尻娘』シリーズも『源氏物語』も『平家物語』も『愛』のシリーズも『蓮と刀』シリーズも、これまで文芸批評家によってまともに論じられたことがない。
先般私が『図書新聞』から『蝶のゆくえ』の書評を頼まれたときに編集者が告げたのは、「橋本さんの本の書評って、書いてくれる人がいないんです」ということであった。
たしかに批評家にしてみたら、きわめて扱いにくい素材だろう。
「何考えてこんなものを書いたのか」さっぱり見当がつかないものばかり書いているからである。
まず文学上の系譜がわからない(ご本人によれば先達は鶴屋南北と近松門左衛門らしい)。いかなる文学理論に準拠して書いているのかわからない(ご本人によれば「理論てキライ」ということである)。どれほどの教養があるのかわからない(「底知れぬ」と申し上げてよろしいかと思う)。
批評家が当惑してしまうのは、橋本文学を「自己表現」「自己正当化」「自己弁明」だと思って読もうとするからである。
「この作品を通じて、橋本治はどのような《メッセージ》を語ろうとしているのか?どのような《立場》を正当化しようとしているのか?」
というふうに問いを立てると誰だって何が何だかわからなくなる。
『枕草子』を逐語訳したり、『古事記』を児童書に書き換えたりすることによって「橋本治に何の得があるのか?」という問いを立てても答えが得られるはずはない。
だって、「何の得もない」からである。
「個人的に何の得もないこと」をなぜ橋本治は骨身を削ってやるのか?
そう問えばいいのである。
でも、日本の批評家の中にはそういう問い方をする人はあまりいない。
おそらくは批評家たち自身が「どうすれば自分は他の人間よりも知的に見えるか」という競争に熱中しているので、自己顕示にも自己治癒にもかかわりのない知的営為が存在しうるということがうまく理解できないからであろう。
橋本先生が「個人的に何の得もないこと」を骨身を削ってやっている理由はひとつしかない。
愛、である。
自分の書き物を読む人も、読まない人も、すべての人々に惜しみなく「愛」をそそぐためにのみ橋本先生は彫心鏤骨の文を刻んでいるのである。
なぜウチダごとき三文学者がこの日本文学史に屹立する巨人の対談相手に招かれるという誉れを得られたかというと、ウチダが『デビッド100コラム』とか『アストロモモンガ』とか『シネマほらセット』とかいう、橋本さん自身がいちばん好きな「イタズラ本」の選択的な愛好者だからである。
橋本先生は惜しみなく衆生に愛をそそぐ薬師如来みたいな人なのであるが、そういうことばかりやっていても、誰からも気づかれないので、ときどき、「あー、もうやってらんねー」というふうに「ぐれて」しまうのである。
その「ぐれた」ときに噴出する一群の作品こそ橋本治の「自己治癒のためのテクスト」なのである。
そして、私はそのほとんど無目的で暴走的なギャグの乱れ打ちのうちに橋本さんのいちばんインティメイトな息づかいを感じるのである。
対談本は今夏刊行予定。
タイトルは「タイトル付けの名人」である橋本先生が『仏滅の日にアンチョビを』と即答されたので、それに決定。
諏訪哲二『オレ様化する子どもたち』(中公新書ラクレ)を読了。
なんだか既視感のあるタイトルだな…と思っていたら、三砂先生の『オニババ化する女たち』と一対をなしているのであった。
なるほど、女たちは「オニババ化」し、子供たちは「オレ様化」しているのか。
では、「オニババ」と「オレ様」に囲繞された男たちは「何もの」になっているのであろうか。
当然、「ほにゃらら化する男たち」という新書企画を思いついた編集者が必ずや三人はいるであろう(一人は文春のヤマちゃん、もう一人がNTTのM島くんであることを私はかなりの確度で断言することができる)。
それはさておき。
タイトルはややマーケット・オリエンテッドであるが、内容は掬すべき知見にあふれた名著であるので、読者諸氏にはただちに書店にて購入されrんことをつよくお薦めしたい。
いくつかの点というか、ほとんどの点で、私は諏訪さんの考えに共感できる。
諏訪さんの主張は、ある意味、拍子抜けするほど常識的なものである。
ひとつは、学校教育の今日における危機的状況は単一の有責者に帰することのできない複合的なファクターの効果であるということ。
メディアと知識人たちが発信する教育批判のほとんどが「西欧的モデルへのキャッチアップ」への焦燥と「子供=聖なるもの」というイデオロギーが伏流していること。
その上で、諏訪さんはいったい学校教育の現場では「何が起きているのか」をイデオロギー的な先入主を抜きにして、ありのままにみつめようということを提言している。
諏訪さんが指摘しているのは、変ったのは学校ではなく、社会の方だということである。
勘違いしている人が多いが、子供というのは、そのときの社会におけるドミナントなイデオロギーにもっとも洗脳されやすい。
授業中に私語をして、教師が注意すると「しゃべってねえよ、オカマ」と怒鳴り返す中学生、喫煙の現場をおさえられて注意する教師に「吸ってない」と言い張る高校生、カンニングペーパーを発見されても「見てない」と言い張る高校生たちの「不可解な」行動を諏訪さんは、彼らが「商取引」における「等価交換」の関係を教育の場に持ち込んできたことの効果であると考える。
つまり、彼らは自分がした「行為」とそれに対する「処罰」が等価交換でないことに怒っているのである。
教師による処罰は、子供たちを「社会化」「公民化」するための教化的なバイパスである。それは直接に喫煙やカンニングという行為を照準しているのではなく、ある私的な行為がその主観的意図とはかかわりなく、公的空間では別の水準での「解釈」にさらされるという「公私のフリクション」を教えるためのものである。
例えば、喫煙がなぜ「悪い」のかということを合理的に高校生に説明できる教師はいない。
それは「共同体におけるフルメンバーとはどのような人間のことか」ということについて熟慮したことのある人間にしか答えのでない問いかけであり、もちろんそのような人類学的回答は人生経験の足りない高校生の頭では決して理解できないから、結果的には誰も説明できないのである。
あるいはカンニングがなぜ「悪い」のか。
これもきちんと説明できる教師はいないだろう。
「フェアネス」ということの重要さにまだ気づかない人間に「フェアネス」の原理を説いても始まらない。
つまり、学校が「規則」を通じて教えているのは、「学校には規則があり、教師たちはその遵守を子供たちに要求するが、その規則の起源を教師たちは言うことができない」という(人類学的=類的スパンにおいては合理的なのだが)個人的=短期的スパンを取るとまったく意味不明の事況に子どもたちをなじませるためなのである。
この「ぜんぜんはなしがみえねーよ」的事況を混乱のうちに通過することによってしか子供は大人になることができない。
しかし、今の子供たちは、それに耐えることを拒絶している。
カンニングや喫煙をする子供たちは、学校側が用意する「処罰」と自分の「行為」を「合理的に」勘定してみて「引き合わない取引」だと思っている。
「彼および彼女は自分の行為の、自分が認定しているマイナス性と、教師側が下すことになっている処分とをまっとうな『等価交換』にしたいと『思っている』。(…)そこで、自己の考える公正さを確保するために、事実そのものを『なくす』か、できるだけ『小さくする』道を選んだ。これ以降、どこの学校でも、生徒の起こす『事件』の展開はこれと同じものになる(今でもそうである)。」(83-84)
この「等価交換」を求める消費主体としての全能的「オレ様」の立ち上げという諏訪さんの子供解釈はたいへんに汎用性の高い知見だと私は思う。
すべての頁に私は「おおお」と赤鉛筆で線をひいてしまったが、いちばんたいせつと思われる箇所を最後にひとつだけ引用しておく。
「私たちは、生活のすみからすみまでお金が入り込んでいる生活を、初めて経験している。朝から夜まで『情報メディア』から情報が入ってくる生活も初めてである。お金がお金を生み出す経済の運動のなかに完全にまきこまれている。子どもたちが早くから『自立』(一人前)の感覚を身につけるのも、そういう経済のサイクルに入り込み、『消費主体』としての確信をもつからであろう。子どもたちは今や経済システムから直接メッセージを受け取っている(教育されている)。学校が『近代』を教えようとして『生活主体』や『労働主体』としての自立を説くまえに、すでに子どもたちは立派な『消費主体』としての自己を確立している。すでに経済的な主体であるのに、学校に入って、教育の『客体』にされることは、子どもたちにとっては、まったく不本意なことであろう。」(222頁)
子供がこの先幸福に生きて行くためには、「教育の客体」という立場をあえて引き受けて「生活主体」「労働主体」としての自己形成をたどることが不可欠であると考える親たちがいる。そのような親たちの子どもは「学び」に向かうだろう。一方、そのような文化資本を持たない家庭の子どもは「学び」から逃走するだろう。
諏訪さんはそう予測している。
親の教養の差、文化力の差、人間についての洞察の深さの差。そのようなものを「前期消費社会」は資産にカウントする習慣がなかったが、私たちが踏み入りつつある「後期消費社会」においては、それが階層分化の決定的なファクターになる可能性があるという諏訪さんの仮説は私にはとても刺激的なものであった。
3月18日
17日は謝恩会。
リッツカールトンに和服を着てでかける。
学生諸君の多くは振り袖をきて、帯で締め上げてたいへん苦しい身体的条件に耐えておられるのであるから、教師である私もその苦しみをわかちあうことを卒業生への「むまのはなむけ」としようという心優しい配慮である。
能州紡の着物に、「いかりや呉服線」謹製の袴を穿き、「高利貸しコート」を羽織って、じゃらじゃらと雨の中をでかける。
ゼミ生諸君はそれぞれにゴージャスな衣装で登場。
天下御免のコスプレ大会みたいなものである。
謝恩会のあと、ハービスエントのバーで二次会。
「あげさんすい」の橘さんにアレンジして頂いた。
「あのー、隣のリッツカールトンで謝恩会なんで、二次会の手配お願いしますね、ひとり3000円でね」というような傍若無人のお願いをあの多忙な橘さんに丸投げするというのは許し難い暴挙なのであるが、ま、この子たちもいずれは橘さんのお店の常連になるかもしれないということで、ご海容を願うのである。
今年のゼミ生たちはとても仲良しであった。
卒論の提出のあとにも、まだ「ゼミがやりたい」というので、「おまけのゼミ」までやった。
「また、みんなで集まろうね」とちょっとしんみりしながら大阪駅頭でお別れする。「次は、じゃ、先生の家でね」って、勝手に決めている。
「だって、先生の家なら、お金かからないし。何時間でもいられるし」
そうだろうけど、私だって忙しいんだしさ、日程の調整とかさ。
「あ、先生のいないときでもいいんです。部屋だけ貸して」
18日は朝から会議が四つ。
入試判定教授会+臨時教授会、個人情報保護法の説明会、自己評価委員会、e-learning 研究会。
前の二つは居眠りしながらのアテンドが許されるが、自己評価委員会は今次委員会の最後のセッションであり、私は議長なので眠ることが許されない。
二年越しの教員評価システムの評価表の最終案がようやく委員会決議され、これを学長に答申すれば、私ども自己評価委員は重責から解放される(しかし、その答申案を「受け取って」その当否について審議することになる学部長会、学務委員会の私はメンバーなので、結局どこまでいっても「ウチダくんはいったい何を考えてこのようなものを起案したのかね、400字以内で述べよ」というようなご下問から逃れることはできないのである)。
最終報告書の要点説明を拝聴し、めんどうな仕事を山のように次期委員長である遠藤先生に丸投げして、とりあえず四年間にわたる自己評価委員長の仕事を終える。
やれやれ。
e−learning 報告会は「女学院でいちばんイジワルなS井先生」(二番目は私)の主宰する研究班の報告会である。
私はそこでパワーポイントを駆使した諸先生方の「Black board を活用した授業実践例」のご報告を拝聴したあとに、ITリテラシーにおいてチャレンジドなパンピーを代表して、パワーポイントなしで(「サルにもわかるパワーポイント」をどこかにしまい込んでしまってから、ご縁がないのだ)「卒業後のe−learning」というカッキ的主題について報告させていただく(ネタを思いついたのは発表のために登壇する3分前)。
私見によれば、学校教育の成果というのは、事後的に確認されるしかないものである。
つまり、卒業して何年もしてから、「あ、あのとき私が学んだのは、『こういうこと』だったのか」とはたと膝を打つその瞬間に遡及的に学校教育の意味は構成的に立ち上がるのであって、あらかじめ実定的に教育過程のどこかに実在するわけではない。
だから、「あ、あのときの、あれは…」という「思い出し笑い」的な教育情報の解釈をどのようにし