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2005年02月28日

「自己アピール」って何ですか?

2月28日

新四年生のE並くんからメールが来て、「***放送の書類選考に通って、第一次面接があります。自己アピールを自由に書けというのですが、どんなことを書いたらいいんですか?」という質問があった。
よい質問である。
質問してくるということ自体がよい。
こういうことを私に携帯メールで訊いてくるという点で、E並くんの就活能力の高さがすでに証明されていると申し上げてよろしいであろう。
社会性というのは、ひとことでいうと、「システムがどういうふうに機能しているか、だいたい見当が付く」能力のことである。
よく使う図書館の比喩を使わせて頂ければ、「自分が読んだ本」(それがどれほどささやかなものであれ)が図書館のどの階のどの棚に配架されているかを知っていることを社会性という。
「自分が読んだ本」がどこにあるかを知っている人間というのは、「自分がまだ読んだことのない本」がどこにあるかだいたい見当が付けられる人間である。
逆に、「自分が読んだ本」について、それらにどのような分類上の特徴や偏りがあるのかについて記述することができない人間は、どれほど膨大な書物的知識を有していても、「図書館」の中では迷子になる。
「読んだ本」というのは学生さんたちがこれまで習得した知識やスキルのことで、「図書館」は社会の比喩である。

「自己アピール」ということを就活中のほとんどの学生さんは勘違いしていて、英検が何級であるとか、留学経験があるとか、どこそこにボランティアに行ったとか、武道の段位を持っているとか、日舞ができるとかいう外形的な資格や能力を誇示することだと思っている。
あのね、人事のおじさんたちが、そんなチープな学生の自慢話を聞きたがると思うかね。
彼らは毎日何十人、一シーズンに数千人からの学生を面接するのである。
「そんな話は聞き飽きた」話をすることが、どうして「アピール」になるであろう。
「アピールする」というのは、自分がこの社会の中のどのポジションにいるのか、それをできるかぎりわかりやすく記述するということである。
それだけのことである。
だって、あなたは63億から人口があるこの世界にただ一人しかいないわけで、そうである以上、あなた以外の誰によっても占めることのできない、代替不能の「ポジション」を今占めているわけでしょう?
それがどんなポジションかを告げる、というのが自己アピールということでしょう?
そのポジションの人が有用であると先方が判断すれば採用されるし、そのポジションはいまのところ不要だわ、ということなら採用されない。
ただ、それだけのことである。
その人事の手間をできるだけ省いてあげるのが自己アピールの意味である。
勘違いしないでね。
就職活動の要諦というのは、人事の人の「採否の判定の手間をできるだけ省いてあげる」ことに存する。
肩にフケだらけのアオキの29800円のスーツを着て、鞄からギャルゲー攻略本をはみださせて、何を訊かれても「ええええっっとおおお」と不得要領で答える学生は、
「あ、キミは間違いなく本社にはまったく不要な人間です」
ということを人事の担当者に面接10秒で納得させられるから、これもまたある種の社会的能力と申し上げてよいのである。
それは彼のたたずまいが、彼が「この社会において占めているポジション」を適切に指示していることのネガティヴな効果である。
その逆を考えればよろしい。

「リクルート」というのは「新兵徴募」ということである。
こんな情景を想像してみて欲しい。
戦場で、小隊長から前線の兵士たちに無線が入る。
「現在位置を報告せよ」
「えっと、ですね。上には空があります。下は地面です」
というような報告をする兵士は「パス」される。
当たり前だね。
「何か麦畑みたいなところにいます。ひばりが鳴いてます。あ、ヒマワリきれい…」
なんていう報告をする兵士も「パス」。
「はい、私はこのあとばりばりと功績を上げてですね、いずれは将官となって三軍に指令する立場になりたいと思っております、はい」
というような報告も「パス」。
必要なのは
「はい、現在位置マルヌ橋西方300メートル。橋の東側に敵戦車一台、歩兵一個小隊。機関銃二座です。こちらが高台で遮蔽物もありますので、分隊の応援あればただちに攻撃可能です」
というような報告である。
私はどこにいるのか、何が見えるのか、どこに行けるのか、何ができるのか。
そして、そのミッションがなぜ私以外の誰によってもいまのところ代替できないのか。
それを報告できる兵士だけが前線で「使い物」になる。

E並くんはおそらく就活でただちに成果を挙げるものと私は予測している。
それは「自己アピールって何を書いたらいいんだろう?」という問いに逢着したときに、ただちに携帯メールでウチダに問い合わせたからである。
どこの紐を引っ張ると、何が出てくるかをだいたい見当がつくということ、これが繰り返し申し上げているように、システム内におけるふるまい方の基本である。
E並くんは、「就職活動心得本」のようなものを読むより先生に携帯メールした方がメンドーがなくていいわと判断した。
手間と効果のコストパフォーマンスのソロバン勘定をしたのである。
そしてふつうの会社の人事の人は「そういうソロバン勘定ができる人間」を求めているのである。

投稿者 uchida : 12:08 | コメント (2) | トラックバック

2005年02月27日

茂山千作とラス・メイヤーって、ちょっと似てません?

2月27日

晴れた日曜日。
土曜の夜早寝したので、わりと早めに起きて、仕事。
まず『エピス』のために『エターナル・サンシャイン』の映画評をさらさらっと書く。
これまたハリウッドの大好きな「クリスマス・キャロルもの」である。
「クリスマス・キャロル」と記憶操作というハリウッドの「ツボ」を抑えたシナリオなので、アメリカで大ヒットするのはよくわかる。
では日本ではヒットするかと問われれば、私の答えは申し訳ないけれど「ノー」だ。
配給会社の諸君は、「アメリカの観客が好きな映画」と「日本の観客が好きな映画」はどこがちがうかということについてもう少し真剣に研究した方がいいと思う。
日本の観客の好みについてはある程度リサーチがあるだろうけれど、「特殊アメリカ人だけしか好まない映画」ジャンルというものが存在することを忘れてはいないだろうか。
この点について踏み込んだ考察をしている映画批評家は町山智浩くらいしかいない。
町山さんのアカデミー賞予想は読み応えがある。
さて、結果はどうなるんだろう。

映画評をさらさらと書いたので、次は小田嶋隆『人はなぜ学歴にこだわるのか』の文庫版解説を書き上げる。
タイトルは「中腰の知性」。
「中腰」というのは、春日武彦先生のキーワードで、最初に会ったときにお聞きしてから、ずっと気に入っている。
「中腰の人」というのは、「腰は低い」けれど、「けっこう足早」である。
温泉旅館の仲居さんなんか、中腰のまま重たいトランクなんか下げて、さっさと迷路のような廊下の奥へと客をいざなってゆく。
小田嶋先生の知性の働き方も、おそらくそのような意味で「中腰」なのである。

二つとも書き上げたので、昼飯を食べる。腹一杯になると眠気が襲ってくる。
佐野洋子の『神も仏もありませぬ』を読みながら深い眠りに落ちる。
一時間寝てから着替えて、大阪のNHKホールへ。
茂山千作さんと宗彦さんの狂言『寝音曲』と片山九郎右衛門さんの『隅田川』。
人間国宝を二人見られて、お代はなんとリーズナブルな2000円。
ウッキーが一緒だったので、帰りに「お茶でも」ということになるが、梅田の街は「がわんがわん」と耳鳴りがするほどうるさく、あきらめてマクドでハンバーガーを囓ってお別れ。

大阪駅に行く途中、ふと思い立って、梅田の「ヨドバシカメラ」にはじめて足を踏み入れる。
3FのDVD売り場でどんなものがあるのか点検しに行ったのである。
やあ、驚いた。
なんと「エド・ウッド・コレクション」がボックスで出てるのである。みなさん、信じられます?
「ラス・メイヤー」なんかボックスが3つも出てる。
ラス・メイヤーのバカ映画を家のこたつに寝ころんで吐くまで見られるなんて。
「ラス・メイヤー・ワイルド・ボックス」の隣は「ダイアン・ソーン姐さん三本セット」。
なんとよい時代であろうか。
荷物になりそうなので、エド・ウッドとラス・メイヤーはアマゾンで買うことにする。
ここまで時代が進んでいるということは、もしかすると「ジョン・ウォーターズ・全作品」なんていうのも出てたりして…と思ったが、さすがにそこまで時代は進んでいなかった。
でも、『ヘアスプレー』と『ピンク・フラミンゴ』がDVDで出ていることは確認。現品のあった『ヘアスプレー』をとりあえずゲット。
ついでに『ジェリー・スプリンガー・ザ・ムービー』も購入。
「ジェリー・スプリンガー・ショー」は町山さんの『アメリカ横断TVガイド』で読んでから、ぜひ一度みたいものだと切望していたのであるが、TV番組ではなく、ご本人主演の映画。とりあえずこれで雰囲気だけでも味わってみることにしよう。
やあ、なんとなく春休みっぽい気分になってきたなあ。

投稿者 uchida : 19:55 | コメント (6) | トラックバック

2005年02月26日

江戸の政治技術

2月26日

JD館の玄関で転んで、腰をしたたかに打つ。
引っ越し作業をしていて、床に「養生」用のプラスチックが張り巡らしてあったのだが、私が乗ったときに、畳一畳分ほどのプラスチック板を止めているガムテープが剥がれて、そのまま1メートルほど滑ってしまった。
つるつるの床で靴が滑るというなら「あわわ」と叫びつつなんとか持ちこたえられるけれど、靴ではなくて床が滑ったので身体が真横に浮いてしまった。
右手が鞄でふさがっていたので、左手一本で身体を支えたけれど、持ちこたえきれずに腰を打ってしまった。
ううう、いてて。
建物に傷を付けないための配慮なんだろうけれど、それで人間が怪我をするのでは何のためのものだかわからない。
とはいえ、かりそめにも武道家、滑って転んで人に文句を言える筋合いではない。
プラスチック板をとめているガムテープが剥がれかかっているのすばやくを発見できなかった私の不注意こそ責められねばならない。
脚下照顧。
足下を見よ。
武道家の第一の心得は何ですかという問いに、多田先生は私にかつてそう教えてくださった。
先生、ウチダはまだ修業が足りません。

大学院博士後期課程の入試の口頭試問がある。
タウンゼント・ハリスの江戸出府(安政4年)のときの幕府の外交プロトコルについての研究で修士論文を書いた方である。
実に稠密で実証的な研究で、たいへん面白かった。
私もはじめて知った話ばかりである。
こんな話。
アメリカ合衆国大統領の親書をもって将軍に謁見を望んだハリスは「欧米の外交プロトコルはこうなっている」と正面からごり押しに押した。
それに対して、「祖法」に基づく外国人謁見プロトコルを護持しようとする幕府は原理原則では争わない。
「じゃ、馬じゃなくて、駕籠で江戸まで来てもいいです」とか「じゃ、中之橋まで下車しなくてもいいです」とか「じゃ、立ったままでもいいです」とか「じゃ、ご飯食べずに帰ってもいいです」とかいうようにだらだらとアドホックに妥協を重ねる。
その結果、ハリスは「欧米的プロトコルを幕府に呑ませた」と思い、幕府は「祖法に基づくプロトコルを護持した」と思うという「同床異夢」的結論にたどりつく。
この「じゃ、…でもいいです」という「原則は曲げないけれど、この際だから一回だけ目をつむりましょう。これはあなただけのために特別に配慮しての例外措置なんですから、他の人に言っちゃだめですよ」という不思議な対応が、実は150年前から日本外交の基本方針だったということがわかって、私は「へえー」と感心したのである。
そもそも出府前から、幕閣内でも、「洋夷の謁見などまかりならん」という強硬派と「ま、そうもいってられんわな、ご時世だし」という穏健派の意見がなかなかまとまらず、ハリスは下田でいらいらしっぱなしだった。
本質的な問題は「欧米的政治原理」と「祖法によるところの統治原理」の対立にあるわけだが、幕閣たちは、それをローカルな「守旧派」と「改革派」の対立という熟知したスキームに矮小化したのである。
そして、いざハリスが登城ということになると、「朝鮮通信使」「琉球通商使」「阿蘭陀甲比丹」たちが将軍に謁見した場合の「将軍と外交官の目の高さの差」や「御簾との距離」といったトリビアルな差異にここでもまた問題を矮小化してしまう。
結果的にハリスは朝鮮通信使よりも下座、琉球通商使よりも上座という立ち位置を畳の上に指定され、立って挨拶をするハリスに対して、将軍は座布団を7枚重ねた椅子に座って、あくまで「見下ろす視線」を確保したのである。

システムそのものの見直しを求めてくる本質的な「外圧」をローカルな党派的問題や数量的な「つじつまあわせ」の問題に還元して「骨抜き」にするこの政治技術は、おそらく江戸300年において洗練の極致に達した。
その政治技術の伝統は今に脈々と伝えられていると私には思われる。
前に書いたように、憲法九条と日米安保は「ゼロサム」の関係になっている。
非武装中立の方に進もうとすると日米安保がそれを妨げ、日米安保を軍事同盟化しようとすると九条がストップをかける。
どちらにも身動きできず、動けたとしても、それは「今回一回だけの緊急避難的措置ですから、ね、ね?」という言い訳がついてまわる。
そういうのがいやだからすっきり戦争ができるようにしようというので憲法九条を変えようというのが改憲運動なのだが、その改憲運動そのものもまた「親米」派と「反米」派のローカルな対立を含んでいる。
だからアメリカの世界戦略が成功裡に展開しているあいだは「アメリカ追随」ムードになって「ま、アメリカさんに任せておきましょうよ」ということで「自主憲法制定」の機運が衰え、アメリカの世界戦略が行き詰まると「だからアメリカはダメなんだ」ムードになって、「これからはシーレーンの防衛や朝鮮半島の軍事的コントロールはアメリカなんかに任せず、ワシラがやらないかんねん」という嫌米派がのさばってくる。
結果的に、アメリカの世界戦略が成功しても失敗しても、改憲勢力の半数は活性化し、残る半数は不活性化するという仕掛けになっているのである。
だから、アメリカの世界戦略とリンクしているかぎり、憲法論議は一歩も動かないように構造化されている。
これって、ハリスのときの江戸幕府と「現状維持」の力学法則についてはぜんぜん変っていない。
私は正直言って、ちょっと感動してしまった。
日本人て、けっこう賢いのかも。
億兆心を一にして撃ちてし止まん鬼畜米英という路線がむしろ日本政治においては例外的なありようであって、「小田原評定」的柔構造による、外圧の「分散」ストラテジーこそが日本のリスク・コントロールの祖法だったのではないか。
言われてみると、私自身の中に骨肉化している政治的エートスって、まさしく「ま、おっしゃることはまことに正論なんですけどね、あちらにはあちらのお立場というものがあるわけで…で、どうです、この際、ナカとって」というきわだって無原則なものである。
そのような無原則的カオスを一人の人間の中につくりだすことによって、非妥協的対立のスキームそのものを「わや」にする政治技術を私は半世紀かけて習得してきたわけなのだが、この深く日本人のメンタリティに根づいた政治技術について、精密かつ好意的に研究した政治学者のあることを私は知らない。

投稿者 uchida : 11:17 | コメント (1) | トラックバック

2005年02月25日

Back to Confucius

2月25日

『文藝春秋』からアンケートが送られてくる。
「あなたは日本の次の首相には誰になって欲しいか?その理由を400字以内で述べよ」というものである。
これはむずかしい。
これに即答できる日本人がいったい幾人おられるであろう。
アンケート用紙を眼光紙背に徹するまで熟視すること五分。
私の脳裏にはついに一名の名前も浮かばなかった。
別に「人物払底の時代である」というようなことを申し上げたいのではない。
だって、考えてみても、二十歳で選挙権を頂いて以来、「この人に総理大臣になってほしい」というような政治家の名が私の脳裏に浮かんだことなど一度もなかったからだ。
別に今に始まったことではない。
にもかかわらず過去35年間、日本が一度も他国の軍隊に侵略されず、とりあえず法治国家であり続け、通貨の安定を維持してこられたということからして、「私にとって理想的な政治家がいない」ことが日本社会にとって致命的なことではないということが知れるのである。
むしろ、「私にとって理想的な政治家がいない」というような多くの日本人に共有された「あらかじめ失われた期待」のおかげで、大衆的な人気に乗じるデマゴーグ型政治家の出現が阻止されてきたというふうに前向きに考えることだってできるわけである。
「政治家というのは有権者よりも知的にも倫理的にも優れていない」
という事実が周知のものとなったことによって、政治のもたらす害悪はあるいは軽減しているとも言えるのである。
「小成は大成を阻む」ということばがある。
同じように「小さな不幸が大きな不幸の出現を阻む」ということもあるのかもしれない。
うん。
何でも前向きに考えよう。
あ、そうだこの文章をそのまま『文藝春秋』のアンケートに書いちゃえばいいんだ。
義理も果たせるし、原稿料ももらえる。
何でも、前向きに考えてみるものである。

その文春のヤマちゃんから電話がかかってくる。
『先生はえらい』を読んで感動したので、その感動をお伝え下さったのである。
ヤマちゃんは角川書店から『疲れすぎて・・・』を出したときの担当編集者である。その後、文春にコンバートして、先日の『寝な構』五万部記念パーティには新書の嶋津さん、『文學界』の山下さんともども神戸まで遊びに来てくれた。
ヤマちゃん相手に、今後のメディアのとるべき方向について熱く語る。
やはりこれからは「韓流」だね、ということになる。
「韓流」TVドラマに私が深く惑溺していることは既報の通りである。
『冬ソナ』にはいまだ手が届かないが、それまでの「つなぎ」に見始めたペ・ヨンジュンくん、チェ・ジウちゃんの出世作『初恋』は全66話のうち、ついに36話にまで到達した。
ようやく道半ばを越えた訳である。
寒風ふきすさぶ年頭に見始めて、すでに陽春の候。思えば長い道のりであった。
しかし、長いねえ。66話ですよ、66話。
一話70分。
全部見ると77時間ですよ。
これだけの時間をチャニョクとチャヌとヒョギョンとソクチンとソッキとシンジャとドンパルと過ごしてくると、さすがに20話を越えたあたりから登場人物たちに「身内」のような親しみが湧いてくる。
「チャヌ、飯は食ったか?」
「ドンパル、おまえはいい奴だな」
私はNHKの朝の連続TV小説というのを見る習慣を持たない人間であるが、あれの及ぼす「麻薬的」な習慣性がよくわかる。
そんな話をしたいのではない。
「韓流」ドラマで私が感動したのは、かの若者たちの驚くべき「礼儀正しさ」である。
父親が「いいからそこに座れ」というと二十歳すぎた青年がうなだれて正座する。
酒席で年長者から注がれるまでは杯に手を出さず、飲むときも横をむいて杯を干す。
子は親に仕え、妻は夫を立て、部下は上司に忠実に従う。
よい習慣である。
日本のTVドラマで、「いいから、ここに来て座れ」という父親の説教に「はい」とうなずいて、その峻厳な叱責に涙ぐむ青年主人公などというものが描かれたことが過去15年間にあっただろうか?
私は「なかった」と思う。
「夫という字は『天』の上に点一つだ。これは『夫は天よりえらい』ということである。家族よりも誰よりも、まずおまえの夫をたいせつにしなさい」というような父からの説教に「はい」とうなずいて頬を赤らめる娘などというものをあなたは日本のTVドラマで見たことがあるだろうか?
私はない。
その代わり、「うっせんだよ。オヤジはよ」とか「黙ってろよクソババア」というような台詞なら毎日何度でもドラマの中で耳にすることができる。
おそらくTVドラマの制作者は「私たちは日本の現実をそのまま忠実に描いているだけです。現実にそうなんだからこれはリアリズムですよ」といいわけするであろう。
しかし、物語と現実というのはそんな単純なものではなく、ある種のループをなしている。物語は現実を映し、現実は物語を模倣する。
だから、提供される物語が単一の家族の風景や定型的な人物像だけを集中的に描けば、現実の日本人たちもまたそのような風景や人物像をすすんで造形するようになる。
だって、その方が「リアル」だから。
そう、「TVに出てるみたいなもの」の方が、現実に目の前にあるものよりも「リアル」なのである。少なくとも「リアルであることを主張する力」においては現実を圧倒している。
「TVじゃこうしてるよ」というのと「家では昔からこう決まってるの」というのでは、前者の方に説得力がある。
そのようにして日本中の家庭はTVドラマの家族たちの「せりふ」を模倣する人たちで埋め尽くされてしまった。
これを「嘆かわしいことだ」とする知識人が多い。
私はそうでもないと思う(今日はなんでも前向きなウチダである)。
TVドラマを集中的にみせられたくらいで、日本中が同じ顔つき同じ服装同じ価値観になってしまうくらいに「被暗示性が強い」というのは、ある意味で日本人の最大の強みでもある。
ならば、韓流ドラマをばんばん流せばよろしいではないか。
そんなこと私が言わなくても、すでにばんばん流しているけどね。
そう。
その結果、日本のおばさまたちは、いまどちらかというと「キムタク」よりも「ヨンさま」の方が男性像として「好ましい」という価値観のシフトを経験している。
これはどういうことかというと、彼女たちが息子を育てるときに、「父の叱責に『うっせんだよ』と席を立つ」ような子供よりも「父の叱責に『すみません』と涙ぐむ」ような子供をより好もしいと感じる気持ちがドミナントになるということである。
日本の少年少女たちが親を罵倒したり、足蹴にしたり、刺し殺したりしていることの遠因の一つは、親自身が「そういうのがふつうの子供だ」と無意識にそのような暴力的なメンタリティを「容認」し、そのようにして容認された事実をメディアが「リアルな現実」として垂れ流していることにある。
でも、親の側のマインドセットが変わるだけで、子供は変わる。
子供というのは、親が口に出して言うことはほとんどの聴かないが、親の無意識の欲望には鋭く反応するものだからである。
時代はいま「ディセント」な方向に舵を切りつつある、私はそう見ている。
こういうのは、誰がどうこう旗を振って始まるものではなく、静かに、誰が仕掛けるのでもなく、社会全体が無意識的に方向を変えるのである。
「やっぱり礼儀はたいせつだし、長幼の序は守らなければいけないし、家族は仲良い方がいいし、夫婦も夫唱婦随的の方がやっぱ落ち着きがいいよね」というような方向に日本社会の無意識はシフトしている。
私はそう見ている。
ま、これは私の無意識的願望がかなり色濃く反映した予測ではあるが、人間の無意識的願望が色濃く反映した予測はそうでない予測よりも実現される可能性が高いから、それでよろしいのである。

投稿者 uchida : 10:18 | コメント (2) | トラックバック

2005年02月24日

お代官さま、それではわしらは生きていけねえだよ

2月23日

年貢の納め時がやってきた。
朝から確定申告のために一年間引き出しに詰め込んであった「支払い調書」と「領収証」の束を取り出して、電卓を手に机に向かう。
むかしは確定申告は書類作成から銀行振り込みまで2時間ほどの作業であったのだが、そうもゆかない。
ここで恥を告白しなければならないのだが、私は「足し算に弱い」。
もちろん足し算に弱い人間が引き算やかけ算や割り算に強いということはありえないのであって、当然ながら二次方程式も解けないし、三角関数がなぜピラミッド建築の場以外で必要なのか、微分積分に文学的メタファー以外にどのような使い道があるのかも私にはわからない。
私にわかるのは、数字に「円」という単位がつくと私の四則計算能力が劇的に減退するということだけである。
それまでかなり順調にこの不得意科目をしのいできた私が味わった最初の挫折は中学数学の利息の複利計算においてであった。
複利というシステムを私にはすぐに理解できた。
しかし計算が合わないのである。
何回やっても何十回やっても、そのつど信じられないようなケアレスミスを重ねて、私は決して正解に到達することができなかった。
これはあきらかになんらかの「トラウマ」のなせるわざである。
「トラウマ」というような言葉はこういう時のためにとっておかねばならない。
私が数学が受験科目に含まれている試験を何度か通過できたのは、80%は奇跡であり、20%はそこで用いられる数値に「円」単位が用いられていなかったことによる。
そう。私は「金の計算に弱い」人間なのである。
都立大学の助手時代、私は研究室の年間500万円程度の予算の会計を担当させられた。
これが他のどのような助手仕事よりも私にとっては苦痛であった。
ただの「足し算」なのである。
納品された本と請求書を照合して、予算を使い切るまで買い続ければそれでよいのである。
それが合わない。
朝から晩まで計算しても、年度内に購入した書籍の請求書の総額と会計簿の残金が合わないのである。
私は足し算だけのために土日を潰して研究室に閉じこもって20時間くらい電卓を叩いたことがある。
恥ずかしい話だが、ほんとうなのである。
そして、やっと計算があったら、翌日会計係から電話があって、今年度の特別割り当ての100万円が未執行であるから明日までに全額執行しろと命令された。
お役所というのは、そういうところなのである。
部署予算は最後の1円まで使い切らなければならない。
「使わないからいいです。ほかのもっとお金が要るところに回してください」という常識的な申し出が受け容れられないところなのである。
私は泣きながらフランス図書に行き、「この棚の本ぜんぶ頂戴」という「棚買い」というものをして予算執行を果たしたのであった。
そのような金の遣い方は、税金を払ってくださっている都民のみなさまに対しても、書物そのものに対しても敬意を欠いたふるまいだろうと思う。
それが「二度目のトラウマ」となって、私の四則計算能力はさらに劇的な減退をみたのである。
電卓を叩くこと4時間。
気の利いた小学生なら15分ほどで終えるはずの足し算引き算に私は4時間を投じた。
給与を計算し、指数を乗じて所得を弾き出し、雑収入を足して必要経費を引き、さらに社会保険料、生命保険、扶養者控除、基礎控除を引いて税額を決めて、そこから源泉徴収税額と予定納税額を引けば支払うべき税額はおのずと算出される。
理屈は単純だ。
しかし、計算が合わないのである。
まず給与計算が合わない。
もちろん雑所得の計算も合わない。
源泉徴収税額の計算も合わない。
何回計算しても私の税額は一つ数字に落ち着かない。
泣きたくなってきた。
夕方ついに諦めて、足し算を明日まわしにして、大阪能楽会館に養成会の能を見に出かける。
養成会で、能『鍾馗』、舞囃子『老松』、『玉鬘』を見る。
『老松』は序之舞。大倉慶之助くんの大鼓がぱこーんと響いて、たいへん緊張した舞台で、シテもみごとだったのであるが、すさまじくまぶたが重くなる。ううう眠い。
終わってウッキー、鵜野先生、渡邊さんとロビーで出会い、そのままずるずると亀寿司中店へ。
中トロ、あなご、烏賊、鰺などを食べてお酒を飲む。
渡邊さんが神戸高校で村上春樹さんの1学年下だったという話と、鵜野先生が中野好夫さんの晩年の弟子だったという話を聴く。
軽く切り上げて家に戻り、『サルにもわかるExcel』を取りだして熟読、慣れぬExcelを使って税額の計算を始める。
やっと計算が合う。
時計を見上げるとすでに日付が変っていた。

翌日、起きてすぐにラポルテ芦屋本館の「確定申告相談窓口」へ。
相談相手の税理士さんが私が机の上にどかんと置いた支払い調書の束をみて、「なんですか・・・あんたは」と絶句する。
一枚に100万円ずつくらい記載してあると「ぬはは」と笑みももれるのだが、「支払い金額2222円源泉徴収額222円」なんていう支払い調書が50枚あっても虚しいばかりである。
とても糊では貼り切れないので、てんこもりにしたままホッチキスで止める。
お上はウチダの給与から源泉で10%を徴税し、印税原稿料からきっちり10%取り、そのお金で購入するすべてのものに消費税を課し、さらに年度末に三ヶ月分の給料手取り額の税金を召し上げられてゆくのである。哀号。
今から銀行に行って普通預金口座の全額をおろして税金を払う。
それでも、去年のように定期預金を解約しなくても税金が払えるだけ幸運としなければならない。
古人曰く。苛税は虎より猛なり。


投稿者 uchida : 11:01 | コメント (1) | トラックバック

2005年02月23日

ヨイショ批評再論

2月22日

なんとなく春休みっぽい気分の日が続く。
本日は『文學界』締め切り以外に特段の用事もない。
昨日書いたとおり、すでに原稿はあらかた出来上がっていて、ちょいちょいと添削するだけである。
締め切り一つだけとは、なんと静かな一日なのであろう。これほど平和な日が私の身に訪れたのは何週間ぶりであろうか。
とりあえず『Emergency Care』という救急医療の専門誌(がどうして私に原稿依頼をしてきたのか謎であったのだが、その後、担当者が女学院の卒業生であったことが判明)のためにさらさらとコミュニケーションについてのエッセイを書く。
1200字というご指定であったのだが、気がついたら2500字も書いてしまった。
ちょうど真ん中当たりに段落があったので、字数オーバーの場合はそこで切ってくださいと無責任なコメントをつけて送信。
続いて小田嶋隆論にとりかかる。
「小田嶋隆の偉大さ」を正面から論じた書き物は管見の及ぶ限りまだ存在しない。
私はご存じのように「ヨイショのウチダ」と異名をとるほどの「ほめ批評の名手」である。
残念なことに、「ほめ批評」をよくする本邦の批評家はほとんど存在しない。
もちろん「仲間褒め」というのはあるけれど、そんなもの読まされても面白くもおかしくもない。
「ほめ批評」は「ごますり批評」とは違う。
それは「なぜ私はこの人をかくも尊敬するのであろうか?」「この人のどこが私の琴線に触れるのだろうか?」という私自身への向けての問いかけをつきつめるものだからである。
私はそのようにしてこの一年間、高橋源一郎論、橋本治論、大瀧詠一論を書いた。
そして今回は小田嶋隆論のリクエストが到来したのである。
私のところにその種のリクエストが続くのは、編集者の方々もまた人間である以上、それぞれ個人的に偏愛している書き手があり、彼らもまた「どうして私はこの人の書くものがこんなに好きなんだろう?」という問いの答えを知りたがっているからである。
「どうして好きなんだろう?」というのは、とてもたいせつな問いのかたちである。
もちろん「どうして嫌いなんだろう?」という問いもたいせつだけれど、私はこの二つは同じくらいの重みを持っていると思う。
しかし、世の批評家たちはどうも嫌悪や軽蔑を語ることをのみ専一的に「批評的態度」だと思っている節がある。
「ふん」と鼻でせせら笑って「なもん、文学じゃねーよ」と言い捨てると、それだけでなんだか知的なポジションが少しだけせり上がるというふうにお考えのようである。
私はこういう態度を若いときからたくさん見てきた。
いちばん最初は「不良高校生のみなさん」がそうであった。
彼らは「ふん」と鼻でせせらわらって、洋モクの煙を鼻から吹き出しながら、「なもん、反抗じゃねーよ」と言い捨てた。
あ、そうですか。
というので、私は高校を止めて中卒で働くことにした。
もちろん不良高校生のみなさんはきちんと高校に通い続けて、立派にご卒業遊ばして、一流大学に進学された。
次にお会いした「左翼学生のみなさん」がそうであった。
彼らは「ふん」と鼻でせせらわらって、ガリ版刷りで黒く汚れた手で前髪をかきあげながら「なもん、革命じゃねーよ」と言い捨てた。
あ、そうですか。
というので、私は卒業後ルンペンとなってプロレタリア的階級意識の形成に身を投じることを決意した。
もちろん左翼学生のみなさんの多くは、きちんと大学をご卒業遊ばして、一流企業に入社された。
さすがに私も二度騙されると、「こういう言葉遣いをするやつは信用できない」ということくらいは学習した。
それ以後、私は「ふん、なもん…」的批評性というものを信用しないようにしている。
不在のもの(例えば「真の文学」「純粋な革命」「完全な愛」など)の名において現実に存在するものを断罪していると、人々は批評的態度を通じて「自分が偉そうに見える」ことと、「その発言から派生する責任はとらずにすませること」のふたつを同時的に達成できることを知るようになる。
人間は弱いものだから、こういう「おいしい」やり方を一度覚えてしまうと、なかなかその嗜癖から抜け出すことができない。
「ほめ批評」はこの「過激な批評」のドミナンスに対する私からのささやかな異議申し立てである。

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2005年02月22日

鼻骨がグルーヴする

2月21日

讀賣新聞のエッセイ800字をさらさら書いて送信。
つづいて、明日が締め切りの『文學界』「私家版・ユダヤ文化論」をさくさくと書き進める。
これは04年度後期の授業で講義したものなので、講義ノートがある。
それを適当なところで区切って「はい、一月分」とパッケージして『文學界』編集部に送信するのである。
完結すると文春新書になる予定。
講義でお給料を頂き、月刊誌連載で原稿料を頂き、新書で印税を頂くという「一つネタで三回稼ぐ」たいへんに収奪率の高い仕事である。
考えてみれば『寝ながら学べる構造主義』も、『映画の構造分析』も、もとは講義ノートだった。
今年NTT出版から出る『街場のアメリカ論』も大学院の演習を録音したものである(私は院生聴講生諸君が調べてくれてきたネタに半畳を入れるだけ)。
対談本も多いが、これはたいていご馳走付きであり、口のいやしいウチダは「美味しいもん出しますから…」と言われると、ふらふらとでかけてしまう。
池上先生との対談の場合などは、それに加えて「温泉付き」だったし。
なるほど。
私が「書き下ろしの本を」という編集者の懇望に対してあまりフレンドリーな対応をしないできたのは、おそらく「同一ネタからの収奪率が低い」からだったのだ。
なんという「せこい人間」であろう。
百歩譲って(五歩くらいかな)、ご指摘を甘受するとしても、限られた時間とリソースを最大限に駆使しないと生きてはいけないタイトな人生を私が過ごしているというのもまた譲れぬ事実なのである。

増田聡くんから『音楽未来形』(洋泉社)が送られてくる。
谷口文和さんという増田くんよりさらにお若い音楽学者との共著(というかユニット著)である。
帯に曰く。
「いままでの『音楽』の常識はもう通用しない!iPod, CCCD,MP3,サンプリング…激変する音楽をめぐるテクノロジー環境は、音楽を、リスナーを、ビジネスを、著作権をどう変えるのか?」
お値段1900円プラス税。
編集は洋泉社の渡邊秀樹さん。
渡邊さんは私の『子供は判ってくれない』、平川くんの『反戦略的ビジネスのすすめ』、町山智浩さんの『底抜け合衆国』の担当編集者でもある。
町山・平川・増田・ウチダというラインを見ると、渡邊さんというひとの「好み」がわかる。

私は古手のロックファンであり、1982年頃を最後に新しい音楽にキャッチアップすることを止めてしまったために、ここで増田くんが論じているような音楽環境をめぐる諸問題について論じる資格はまったくない。
私はiPod も持ってないし、CCCDを買ったこともないし、サンプリングやMP3については、それが何を意味するのかさえ知らない「太古の人」である。
ちなみに私が昨日一日の間に聴いた音楽は「巻絹」の謡、スモーキー・ロビンソン&ミラクルズ、ボビー・ライデル、ボビー・ヴィー、コニー・スティーヴンス、ジーン・ピットニー、スティーヴ・ローレンス、仕上げは志ん生の「芝浜」である。
ほとんど「音楽過去完了形」である。
しかし、音楽がこれからどうなってしまうのか、私とてまったく興味がないわけではない。
私が予測している音楽の未来は
(1)音楽ビジネスの衰微
(2)ロックミュージックの衰微
である。
(1)についてはご異論のある方はいないだろう。
どうして(2)かということについて、若干ご説明が要るだろう。
私が感じるのは、リスナーの「聴取能力」のあきらかな低下である。
ここで「聴取能力」というのは、音感がどうであるとか「ノリ」がどうであるかとか音楽史的知識がどうであるかということとは関係がない。
音楽の発する「グルーヴ」に対する感応能力である。
「グルーヴ」というのは、身体的なものであり、一言で言えば「波動同期性」ということである。
プレイヤーは波動を発信し、リスナーは波動を感知する。
その波動の波形の種類、帯域の広さ、共振する身体部位によって、グルーヴは変る。
「頸椎に来るロック」と「仙骨に響くロック」ではグルーヴが違う。
ところが現在のリスナーのみなさんは「デジタル音源の楽曲をヘッドセットで聴取する」というメカニカルな聴取態度に幼児期からなじんでおられるために、グルーヴ感知器官の下位分節というような身体的レベルでの訓練が十分とは思われないのである。
しかし、音楽というのは想像されている以上に身体的なものなのである。
私が愛して止まないシンガーたちは、ジョン・レノン、ニール・ヤング、ジェームス・テイラー、J・D・サウザー、ブライアン・ウィルソン、大瀧詠一、山下達郎…
彼らの特徴は全員が「鼻声」ということである。
「鼻声」というのは、声帯よりもむしろ鼻骨や頭骨の震動が出す「倍音」で勝負するタイプのシンガーだということである。
私は彼らの音楽を聴くときに、私自身の骨がそれに共振する事態を「ロック」として経験してきたのである。
この身体の一部が共振する感覚は、デジタル音源では感知するのがむずかしい。
だから「ロックはラジオで聴くものだ」という大瀧詠一+ムッシュかまやつのご指摘は正しいのである。
みなさんも「ラーメンを啜っているときに、薄汚い食堂のラジオから漏れ聞こえてきた歌謡曲の一節にいきなり涙がとまらなくなった…」というような経験はおありだろうと思う。
しかし、「iPod からヘッドセットを通じて聞こえてくるラップの一節を聴いているうちにいきなり涙が止まらなくなった」というようなことはあまり起こらないのではないかと推察する。
これは別に楽曲の音楽性やみなさんの感性とは関係ない。
端的に身体に届く波動の違いによるものだと私は考えている。
歌謡曲が選択している音域や波形と、ラップの音域や波形は、あきらかに共振対応する身体部位が違うし、加えてアナログかデジタルかでも身体的共振への干渉は違ってくる。
というようなことを研究している音楽学者がいるといいんだけど…増田くんはこんな暇なネタは研究してないよね。
『音楽未来形』を読み終えたらそのときにまた感想を書きます。


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2005年02月21日

正謡会の夜

2月20日は下川正謡会練習会。
5月29日の大会の予行演習を兼ねての新年会である。
私は舞囃子『巻絹』、素謡『熊野』(「ゆや」と読んでね)のワキツレ。あとは仕舞『杜若』、『西行桜』、『景清』,舞囃子『頼政』、『砧』、素謡『定家』、『正尊』の地謡。午後はほぼ全時間出ずっぱり。
能楽『船弁慶』は「不眠日記」のオガワくんが9度の熱を出してダウンのため、本日は割愛。
あれだけ稽古した、肝心の日に発熱とはまことに気の毒なことである。
下川社中にはウッキー、飯田先生、ドクター佐藤に続いて大西さんも入門されたので神戸女学院合気道会メンバーが私を含めて5名。
大西さん、ドクターは初謡『鶴亀』。ウッキーは仕舞『吉野天人』、飯田先生は『猩々』。
ふたりが「エヴァリー・シスターズ」的にハモった『小袖曽我』もなかなか秀逸なできであった。
このまま合気道関係メンバーが増えて行くと、「シングルベル」で素謡や仕舞が見られる日もくる遠くない。

打ち上げの後、まだ七時前なので、わが家にドクター、飯田先生、ウッキーが立ち寄って、大丸で買い入れたワインとチーズで「打ち上げの二次会」。
ぜんぜん能楽の話にはならず、大学における赤腹問題、急く腹問題などについて、シビアな情報交換が行われる。
こういう事件は当事者間に双方向的な対話の回路が確保されていれば起こりえないことである。
私たちの日常的なコミュニケーションはほとんど無限の誤解の可能性に満たされている。
誤解している人が多いが、コミュニケーション能力とは、そのつど政治的に最適な言葉を正しい統辞法に従って語る能力ではない(そのような能力を備えた人はほとんどの場合「私はそのつど政治的に最適な言葉を正しい統辞法に従って語る能力のある人である」という以上の内容のメッセージを発信していない)。
そうではなくて、コミュニケーション能力とは、「よく意味のわからないメッセージ」を前後の文脈から、相手の表情から、音調やピッチから、みぶりや体感から推量する能力のことである。
言い換えれば、「コミュニケーションにおける誤解の幅を許容範囲内にとどめておける能力」のことである。
「言った言わない」とか「そんなつもりじゃなかった」とかいう種類の話が行き交うというのは、当事者間で「誤解の幅」についての適正な相互了解が成り立っていないことの結果である。
「誤解の幅」についての相互了解が整っていれば、極端な話、相手の話が聴こえなくても、コミュニケーションには何の支障もないのである。
赤腹問題、急く腹問題ある種の「コミュニケーションの病」と考えるべきだろう。
それが頻発するようになったというのは、別に社会組織がいきなり邪悪なものになったということではなく、社会人のコミュニケーション能力が低下しつつあることの症候なのだと私は思う。
だから、「自分の身に何が起こり、自分はいまどういう状況の中に置かれているのか」をまわりの人たちに、短くわかりやすいことばで説明できる人は、こういう問題にめったなことでは巻き込まれないのである。

さまざまな話をしているうちにワインが4本空いて、さすがに四人とも朝からの緊張が解けて、「へべのれけ」状態になり、11時に解散。
みなさんお疲れさまでした。

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2005年02月19日

原稿作成機械の最期

2月18日

仕事がどんどん来る。また2件新しい仕事が入ってきた。
これがビジネスであるなら、「おお毎日のように注文が入って笑いが止まらんのう」ということになる。
だが、個人営業・期間限定の物書き稼業であるから、それではというので「工場を増設して生産ラインを倍増」とか「従業員をどっと新規雇用」というようなわけには参らない。
どう転んでも指は10本、眼は2つ、一時に使える頭はイッコだけである。
一日に書ける目方にだって限界がある。
だいたい、「目方」で原稿をカウントするというところに根本的な問題があるような気がする。
しかも、4月以降は、物書き仕事のために割ける時間が事実上ほぼゼロになる。
ということは、今とりかかっている仕事は3月末日までにすべて片づけてしまわなければならないということである。
単行本の校正(まだ初校以前の生データのままのもの)が「池上本」「三砂本」「アメリカ本」とまるっと三冊分机の上に積み上げられている。
これを眼前から消去するのが急務なのであるが、「急務」に取りかかろうとすると、そのたびにアドホックな用事が入ってくるので、それをこなしているうちに一日が終わってしまう。
もちろん原稿書きはあくまで私事にすぎない。
宮仕えの身としては、その間に「自己評価委員会報告書」(4年に一度提出の浩瀚なるドキュメント)を取りまとめ、委員長報告を起草し、「読み書き能力開発プロジェクト」をウエノ先生、ナバちゃんと立ち上げ、教務関係のプロジェクトの引き継ぎをし、e−learningの実践報告を行い、ゼミ教育実践研修会で事例報告を行い、大学教育フォーラムに出席して学長に報告書を提出し、「ダウンサイジング」の具体的ロードマップを作成するなど数々の公務が私には課されている。
その間にも後期入試、大学院入試、教授会、研究科委員会などの大学業務がなくなるわけではない。
かつまたその隙を縫って確定申告を行い、「極楽スキー」のために野沢温泉に飛び、「極楽麻雀」のために箱根に走り、乞われるまま各地での講演、トークショー、対談、インタビュー、販促活動などなどに馳せ参じるのである。
そのさらに隙間に「1200字くらい、さらさらっとお願いしますよ」というような、頼む方の主観からすれば「いくら忙しいったって、それくらいやってくれてもいいじゃないですか」的な「軽作業」が「目方」で入るわけである。
破滅的な状況、と申し上げてよろしいかと思う。
で、とりあえずどうしたかというと、私は昨日一日で原稿を5本送稿した。
筑摩書房「反ユダヤ主義の歴史」書評600字、『ユリイカ』ブログ論6300字、『AERA』デトックスダイエット論1600字、 『名越本』前書き3700字、関西学院大学出版会『理』のエッセイ1200字。
もちろんこの5本の中にはある程度まで草稿ができていたものもあるが、書き上げたのは昨日である。
関西学院大学出版会の原稿は事務室のメールボックスに原稿依頼の手紙が来ているのを見て、その日のうちに書き上げた。
「原稿執筆の諾否の問い合わせ」に「原稿」で返信するというのは私の得意技の一つであるが、それくらいの「自転車操業」でないととてもじゃないけど間に合わないのである。
お断りしておくが昨日はオフの日ではなく、午後1時から6時まで大学でずっと会議をしていたのである。
大学に行く前と帰った後にこれだけ書いた。
ほんとうはあと一本『Emergency Care』という雑誌から依頼された1200字原稿も書き上げてしまおうと思ったのであるが、夜中にワイン片手にキーボードを叩いているうちに、だんだん書いていることが支離滅裂になってきたので、断念したのである。
「破滅的な状況」とさきに記したのが決して誇張ではないことがみなさんにもおわかりになるであろう。
このような状況にある人間に対して新規の仕事を依頼するというのが、どれほど「非人間的な」所業であるか、関係各位にはよくよくご周知願いたいと思う。
というわけではなはだ唐突ながら、本日2月19日を以て新規の原稿・講演・対談依頼の類はメディアの種類を問わずすべてお断りすることにいたしました。
次回の「お仕事受け付け窓口の営業再開」は夏期休業中の7月26日から9月25日までとさせていただきます。
それでは、みなさんさようなら。


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2005年02月18日

四月になればウチダは

2月17日

三日に一件くらいの割合でいろいろなところから原稿依頼が来る。
一つ一つは3枚とか5枚とか、どうということとない字数だし、断り切れない筋からの依頼(ヤマモト画伯からとか)であったり、「それ書きたい」というような主題にかかわることなので、「あ、いいすよ」っと気楽に引き受けてしまう。
でも、たまると結構な量になる。
忘れないように締め切りをダイヤリーに書き込んでいるが、眺めてみたら、今週は締め切りが二本、来週は締め切りが三本、さ来週は四本あることが判明した。
今週は「讀賣新聞」のエッセイ800字と『名越本』の「まえがき」2000字。
来週は「讀賣新聞」800字と『文學界』「私家版ユダヤ文化論」五月号原稿20枚と『AERA』の「デトックスダイエット」論2000字。
さ来週は「讀賣」800字、『ユリイカ』ブログ論10枚くらい、筑摩の『反ユダヤ主義の歴史』書評600字、小田嶋隆『人はなぜ学歴にこだわるのか』文庫本「解説」10枚。
「デトックスダイエット」のような「なもん、あんたが書くことないじゃないの」というようなものも散見されるが、それはそれで依頼者への義理筋というものがあったりするのである。
「讀賣」のエッセイは、この時期に全国紙に「神戸女学院大学」という名前を毎週出してもらうというのは後期入試を控えた時点でのパブリシティ効果を見越したものである。当然その内容もまたそれとなく「神戸女学院大学って、いい大学ですよ」という言外のメッセージが伏流するものとなっている。こういったグラスルーツの営業努力がマーケットに及ぼす心理的効果というものは存外侮ることのできぬものなのである。
「ブログ論」なんかなんで門外漢のウチダに書かせるのだとお怒り方は全国津々浦々に多々おられるだろうが、『ユリイカ』編集部の編集方針は私のあずかり知らぬことである。
あるいは、「はっぴいえんど」特集に寄稿した「大瀧詠一論」が編集部内の「ナイアガラー」の琴線に触れたのかもしれない(「ナイアガラー」は日本音楽界における「クルド族」のように長い不遇と弾圧の時代を生きてきたので、同胞意識が強固なのである)。
それより何より、今週のハイライトは、光文社から小田嶋隆先生のご著書の文庫化にあたって「解説」のご指名を受けたことである。
オダジマ先生は私の若年の頃からの「アイドル」であり、私が「現代日本最良の批評的知性」と敬慕している方である。
『シティロード』に先生が書かれていた短いエッセイがたいへん気に入って、当時光文社文庫で出ていた『我が心はICにあらず』を購入。一読、オダジマ先生の崇拝者となり、以後十数年にわたり(『親子で遊ぶパソピア7』を除く)先生の全著作およびホームページ日記を眼光紙背に徹するまで読み続けてきたのである。
私の文体および思想にオダジマ先生が与えた影響は、他のどの作家・思想家のものよりも強く深いと言わねばならないであろう。
その影響とはいかなるものかについてはこれから「解説」にがしがし書き込んでゆくのである。
というような理由によって、せっかく春休みとなったのだから、少しはごろごろしたり、部屋の掃除をしたり、映画を見に行ったり、ベーエムを駆ってドライブにでも行きたいなあと思っているのであるが、何一つ果たすことができず、相変わらず終日パソコンのディスプレイの前でキーボードを叩き続けているのである。
こんな生活が三月末まで続く。
そして、年度替わりとともにすべてが終わり、私は管理職サラリーマンとして「オフィス・教室・道場・自宅」を循環するだけのシンプルライフの人となるのである。

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2005年02月17日

「原因」という物語

2月17日

教職員殺傷事件後の緊急の保護者集会で市教委や学校からは事件を防げなかったことへの謝罪はなく、保護者らは終了後、怒りと不信感をぶつけた。
市教委が示した、校門の施錠徹底、心のカウンセリング、家庭訪問などの対策に対して、集会後、ある父親は「ありきたりなものばかり」と吐き捨てた。別の父親は「学校も教育委員会も一言も謝罪しない。悪いのは犯人だが、管理責任だってある。腹が立つ」と話した。(2月15日配信の共同通信より)

「うなとろ日記」の鈴木先生がこの記事に対して公立中学校教員としての現場の声を書き留めている。

私は深い共感をもって鈴木先生の一文を読んだ。

この「別の父親」は、何を謝罪してほしいのだろう。「学校の管理責任」か?「今回は、不幸中の幸いというべきか、児童には傷害が及びませんでしたが、かような不審者が校内に侵入したことが、そもそも学校の管理不行き届きと言わざるを得ません。保護者の皆様にはたいへんなご心配をおかけしたことを、まずもって心からお詫び申し上げます」とでも釈明すれば溜飲が下がったのだろうか。

どんなマニュアルを作成しようとも、「100%のセキュリティ」を保証することなど夢物語に等しい。(…)いくらマニュアルを作成しようが、それは事件の未然防止にはつながらず、事件の後追いにしかならないことが明らかであろう。

学校現場では地域や保護者に「開かれた学校」となるよう求められている。「学校を開きつつ、不審者の侵入を防ぐ」のは、いかにも「学校のセキュリティというアポリア」なのである。

「別の父親」さん、あなたが言っていることは、今回の犯人が供述していることと通底しているということに気づいてほしい。
伏流しているのは、常に他罰的に思考する「被害者意識」である。

鈴木先生のコメントはできれば全文を徴して頂きたい。
私が気になるのは、この「管理責任」の追求をする父親の発言を選択的に報道しているメディアの姿勢である。
共同通信の記者は何を考えて、この父親たちの発言を報道したのだろう。
それが事実だから?
ほかにもいろいろな考え方をもった保護者たちがいたはずである。
それなのにどうして「他罰的」な枠組みで問題を解釈する人間の発言のみを選択的に報道したのだろう?
おそらく記事を書いた記者はこのような発言には「先生には気の毒なことをしました」というような感想を語る保護者の発言よりも、「社会性・批評性がある」と考えたのだろう。
だが、私はこの記者の判断に与することができない。
批評性というのは「悪いのは誰だ?」という問いの形式で思考する習慣のことではない。
こんなことを何度も繰り返し書かなければならないのは「面倒くさい」を通り越して、もはや「恥ずかしい」に近いのだが、このことが「世間の常識」に登録されるまで、私は執拗に同じことを言い続けるつもりである。
もう一度繰り返す。
批評性というのは「悪いのは誰だ?」という問いの形式で思考する習慣のことではない。
批評性というのは、どのような臆断によって、どのような歴史的条件によって、どのような無意識的欲望によって、私の認識や判断は限定づけられているのかを優先的に問う知性の姿勢のことである。

「悪いのは誰だ?」という問いが優先的に配慮されるべき局面はもちろん多々ある。
例えば、殺人事件の現場で包丁を振り回して、「みんな殺してやる」と叫んでいる容疑者の逮捕を手控えて、「私の捜査活動に伏流し、私の犯罪観そのものを無意識的に規定しているかもしれないイデオロギー的なバイアスを吟味したいので、ちょっと家に帰ります」というような刑事はおそらく長くその職場にとどまることができないであろう。
しかし、「悪いのは誰だ?」という問いが有効な場面は、人々が信じているよりもはるかに少ない。
というのは、そのような問いが有効なのは、「線形方程式」で記述できる状況、つまり入力に対して出力が相関する「単純系」においてだけだからである。
現実には、人間の世界のほとんどの場面は、わずかな入力の変化が劇的な出力変化をもたらす「複雑系」である。
出力(=結果)が劇的なカタストロフであることは、結果と同規模の劇的な入力(=原因)があったことを意味しない。
「蟻の一穴から堤防が崩れる」
これはプリゴジーヌのいう「バタフライ効果」と同じ意味のことである。

私たちは「原因と結果」ということを簡単に口にするけれど、「原因」ということばは「とりあえず原因が分からない場合」にしか使われない。
このことに気づいている人は少ない。
ゆきずりの見知らぬ人にいきなりぽかりと殴られたときに「どうして殴るんだ?」という問いを立てる人はいるけれど「どうして痛いんだ?」と問う人はいない。
原因がわかっていることは誰も問わないからである。
私が「どうして?」と訊くのは、「原因がわからないこと」、あるいは「はい、これが原因ですよ」と答えを与えられてもたぶん心から納得するということがないことについてだけである。

1917年にロシア革命でロマノフ王朝が倒壊したとき、人々は巨大な帝国があっという間に崩壊したことに一驚を喫した。
そして、「原因=結果」の線形方程式で歴史過程を考想する人々はこう考えた。
「世界的な規模の帝国の倒壊という劇的な結果は、世界的な規模の帝国を倒壊させる力をもった〈何か〉がによってしかもたらされない」
もちろん、そんなものはあたりを見回してもどこにも存在しない。
苦しい推論の結果、彼らは次のような結論に導かれた。
「ロシア帝国以上の政治的力量と財力と官僚組織と軍隊を備えた〈見えない帝国〉が存在するという仮説以外にこの事態を説明できるものはない」
人々はそうやって『シオンのプロトコル』の誇大妄想狂的な世界像を信じ、やがてそれは600万ユダヤ人の〈ホロコースト〉に帰結することになった。

すべての結果には単一の原因があるという考え方をする人間は、そうすることで知的負荷を軽減することができる。
だが、この怠惰を「頭が悪い」と笑って済ませる気に私はなれない。
「頭の悪い人間」のもたらす災厄を過小評価してはいけない。

私たちの社会で起きるさまざまな事件のほとんどすべては複数のファクターの総合的な効果であり、「単一の原因」に還元できるような出来事はまず存在しない。
しかし、「蟻の一穴から堤防が崩壊する」ということは、逆に言えば、堤防が決壊する前に「蟻の一穴」を塞いでおけば何も起こらなかったかもしれないということである。
人々は、堤防が決壊し、村が全滅した後になってから「龍神さまの祟りじゃ。若い娘を生け贄に捧げるだよ」とか「与作の野郎が夜中に堤防を掘り崩したのをおらあ見ただ。みんなで与作をうっころすべ」といったスペクタキュラーな「原因」究明作業に励む。
この種の「原因究明」の非日常性がもたらす興奮に比べると、「堤防の蟻の穴探し」はやや派手さに欠けるきらいがあるから、やりたがる人はあまりいない。
しかし、私はこのような「ささやかだけれど大事なこと」をていねいにやってゆくことでしか世の中はよくならないと信じている。
他者の責任を追求する言葉を「吐き捨て」たり、「腹が立つ」人間だけがいても、世の中は少しも住みやすくならない。
そのことについては、経験的に私には確信がある。
メディアに携わる人々はもう少しそういうことにもご配慮頂いて、「他罰的な語法で語られる原因究明の言説」の批評性について、一度ゆっくり考えて頂きたいと思う。

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2005年02月16日

年に一度のことだけど

2月16日

卒業旅行とて雄琴温泉に出かける。
うちのゼミのムラサキくんはオ○ク業界では知る人ぞ知る人であり、その得難い人脈をたどってわれわれは豪華温泉旅館半額大サービスを享受することができたのである。
ゼミ生ともども9名でぞろぞろと比叡山坂本へ。
JR大阪から新快速で50分。
投宿するとただちに露天風呂に進撃。
霧雨そぼふる二月の平日の昼であるから、露天風呂は無人。
琵琶湖を見下ろしながら、手足を伸ばしてお風呂にゆったりと浸かる。
うう、天国じゃ。
風呂上がりに昼寝。
1時間半ほど昼寝してからのろのろ起き出して、また別の露天風呂に浸かる。ここも無人。
うう、天国じゃ。
風呂上がりにパソコンで池上六朗先生との対談をがしがしと直して行く。
やがて夕食となり、浴衣姿の一同と冷たいビールで乾杯してから、わしわしとご飯を食べ進む。
美味である。
食べ散らしつつ歓談。食後に学生諸君の懇望により館内のカラオケルームへ。
私はナバちゃんや鈴木晶先生と違って、ほんらいカラオケというものをなさない人間なのであるが、一年に一度くらいは浮世の義理でマイクを握ることがある。
今回は一年前にるんちゃんと二人でカラオケに行ったときに歌ったのと同じく「幸せな結末」と「スピーチバルーン」(@大瀧詠一)と「空に星があるように」(@荒木一郎)。
学生諸君はぱらぱらと拍手をしてくれるが、曲自体を知らないらしいので、私が音程をはずしているのかどうかさえ判定されていないようである。
こうなったらいやがらせで小林旭の「アキラのダンチョネ節」を歌おうと思ったが、カラオケに収録されていない。
植木等の「これが男の生きる道」も「無責任一代男」も、このサイトの今年のタイトルに使わせていただきました「面倒みたヨ」も収録されていない。
では、というので高倉健の「唐獅子牡丹」をと思って、頭の中でトレースしてみると、「義理と人情をはかりにかけりゃ…」と歌い出した後に「義理が廃ればこの世は闇だ」といつのまにか「人生劇場」になってしまうことに気づいて、断念する。
学生たちはアニメソングやラップや演歌などノンジャンルでばしばし歌いまくる。
たいへんにお上手である。
この子たちはうちのるんちゃんと同い年なので、選択する歌曲がるんちゃんの子供時代によく聴かされたものがまじっている。
「すいみん不足」とか川本真琴とか。
ムラサキ、ナミカワは裏返り「アニメ声」でアップテンポの歌をばしばし歌い、シン&ヤマモトは演歌系に底知れぬ力量を発揮されていた。
シンくんの「津軽海峡冬景色」とムラサキくんの「天城越え」でぐっと盛り上げて、最後は全員でフィンガー5の「学園天国」を合唱して締め。
汗びっしょりになったので、またまた露天風呂へ。
夜を徹して遊ぶ覚悟の学生諸君と別れて、こちらは一人でぐーすか寝る。
起きてまた風呂メシ。
氷雨のなかをまたまた大阪へ戻る。
みなさんお疲れさまでした。みんな卒業できるといいね。


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2005年02月15日

危機管理の陥穽

2月15日

大阪府寝屋川の小学校で、刃物を持った若い男が学校に侵入して教職員三人を殺傷するという事件が起きた。犯人は17歳の卒業生で、「中学から不登校」だったと報じられている。
朝日新聞の社説は学校の危機管理(要するに不審者を「門前払い」する体制)の充実の急務であることについてのみコメントしていた。
しかし、私はこれが「防犯システムの設置や警備員の配置など効果がありそうな対策」を講じることで片づく問題だとは思わない。
たしかに学校の建物への出入りの管理を強化すれば学校「敷地内」での事件発生は食い止められるだろう。
敷地内で事件が起こらなければ、それは学校の責任でも教育委員会の責任でも文部科学省の責任でもない。それはただの「路上での通り魔」の事件であり、「私どもの責任です」とカメラの放列の前で頭を下げる公的立場の人間を出さずに済む。
「学校の危機管理体制が不十分だったから事件が起きた」という言い方は正確を欠くのではないかと私は思っている。正確には、「学校の危機管理体制が不十分だったから学校敷地内で事件が起きた」のである。
それは言い換えれば、「学校の危機管理体制が十分だった場合は、学校敷地外で事件が起きただろう」ということである。
たしかに、「やるならよそでやってくれ」というのはシニックだが現実的な考え方である。
私は外国の事例はあまり知らないが、フランス人はそういう考え方にあまり抵抗がないように思われる。
私はかつてフランス人相手に「クラブ活動」という言葉の説明に窮したことがある。
「あなたは合気道をどこで教えているのか」という問いに対して、「クラブ活動で」と言おうとして、「部活」とか「クラブ活動」ってフランス語で何ていうんだっけ?と考え込んでしまったのである。
とりあえず「学校施設を利用した課外の諸活動」というような説明的な表現をしたのであるが、フランス人には「学校施設を授業以外の活動に使う」ということがぜんぜんご理解頂けなかった。
「学校で、授業のあとに、学校施設を使って、カリキュラム以外のことをやるの?そんなこと日本では許されているの?」と驚かれた。
そういわれてみると、フランス映画をこれまで何百本と見てきたけれど、放課後に校庭でサッカーをやったり給食室でお料理を作ったり理科室で化学実験をやったりしている子供たちを描いた場面というのを見た記憶がなかった。
「え?フランスって、クラブ活動ってないの?」と訊ねたら、そんなもの知らないよと怪訝な顔をされた。サッカーやりたい子供はどこかのサッカーのクラブにお金を払って入会して、コーチについて練習するもんだよ。
それにウチダくんは教師だろ?教師を正規の労働時間後に無給で何時間も働かせるなんて、労働者の権利侵害じゃないか。
なるほど、そういう考え方もあるかもね。
私は合気道と杖道の課外指導に一週間三日8時間拘束されているが、これはもちろん労働時間にはカウントされていない。
たしかにフランス人にはきわめて理解しにくい事態かもしれない。
しかし、それ以上に驚いたのは、フランスでは小学校から大学まで、授業時間以外は教室も校舎も「施錠」するのが当たり前と教えられたことである。
学校は勉強するところだから、授業が終わったら教師も生徒もそこにいる理由がないというのである。第一、学校に放課後も好きに居残ってよいということになったら、生徒たちは教室でドラッグの取引したり、レイプしたり悪いことするに決まっているじゃないと笑っていた。
はあ、そういう考え方をするんだ。
なるほど。
そういえばマチュー・カソヴィッツの『暗殺者たち』という映画の中に、不良小学生が学校に入ろうとして教師に「お前は来るな」と追い出される場面があった。
お前がワルだということはもうどうしようもない。だから悪事を働くのを止めろとは言わない。でも学校でやるのはやめてくれ。オレの仕事場にトラブルを持ち込むな。
教師はそういうロジックで小学生を追い返す。
小学生は「あ、そう」と教師に背を向けて歩き出してから、振り返ってポケットから銃を取りだして教師を撃ち殺す。
銃撃は学校の門扉の前で行われたから、これが「学校敷地内」での事件として扱われるのか、「路上」での事件として扱われるのかは微妙なところだが、とりあえず、この教師は「学校敷地内では事件を起こさせない」ということには身体を張っていたように思われる。
日本でも何年か前から、学校における犯罪について「危機管理の強化」ということが声高に叫ばれ出した。
たぶん学校における凶悪犯罪の多発が報告されたときに、文部科学省の役人だか教育学者だかが、欧米から「危機管理」という考え方を「輸入」してきて、「危機管理を徹底すれば学校敷地内での犯罪を防げる」と考えたのであろう(だいたい「欧米では…だから、これに倣って」というのが本邦の識者たちの定型的な発想である)。
しかし、これは彼我の国情の違いを無視した浅知恵といわなければならない。
「危機管理」というのは身も蓋もない言い方をすれば、「やるならよそでやってくれ」ということである。
フランスやアメリカ(も映画を観る限り多分そうだろうと思う。ゾンビやシリアルキラーに追われて学校の扉を破って逃げ込んできた高校生がどの教室も施錠されていてピンチ!というのはよく見るシーンだから)における危機管理は、教室も校舎も原則的に施錠してあり、鍵は担当教師だけが持っており、授業以外の時間、授業以外の目的には決して使用してはならないという先方の「学校観」と込みで受け容れるのでなければ実効性はない。
それはまた、部活・クラブ活動・文化祭・運動会・バンドの練習・芝居の稽古などなど生徒たちが課外に学校施設を利用して行うすべての活動には教師の監督が必須であり、これは教師の正規の労働時間に算入されるということである(アメリカではスポーツ系のクラブ活動のコーチには専門のプロが雇用されているらしい)。
そのように条件を整えるなら「危機管理」はかなり効果的に実行できるだろう。
しかし、それは現状と比較して言えば「できるだけ学校から子供たちを遠ざける」ということである。
たしかに、そうすれば「ここ」で起きる事件は激減するだろう。
それを「学校における安全が確保された」と喜ぶ人もいるだろう。
「学校」の活動を限定し、空間を封鎖し、子どもたちがそこに滞在する時間を減らせば、間違いなく学校におけるトラブルはそれだけ減少する。
「学校は安全」になるかもしれない。
しかし、それはただ危険なファクターを「学校外」に押し出すだけのことであって、危険なファクターそのものは手つかずのまま残される。
たしかに学校に恨みを抱いた少年が教師を「職員室で刺殺する」可能性は減じるだろう。けれども、それは代わりに「校門を出たところで刺殺する」可能性を高めるだけのことのように私には思われるのである。
日本において「学校」は、江戸時代の「寺子屋」以来、教育機関であると同時に、遊び場であり、擬似的な家庭であり、癒しの場であり、アジールでもあった。
私はこの固有の学校観は日本社会にはかなり深く根づいていると考えているし、軽々に放棄してよいとも思わない。
むしろ、私たちがその伝統を放棄しつつあることが、このような事件の遠因にあるように私には思われるのである。

投稿者 uchida : 09:56 | コメント (2) | トラックバック

2005年02月14日

フェアネスとプチ権力とセクシュアリティ

2月13日

学士会館で目覚める。
食堂で朝食を食べて部屋にもどって二度寝。
チェックアウトしてから1Fのカフェでメールをチェックすると、IT秘書から「火事警報」メールが立て続けに四通届いている。
アクセス数を増やしたいという願い、「一人でも多くの人とつながりたい」という素朴なコミュニケーション拡大欲求を私はよく理解できる。
しかし、それが「金」とリンクするということになると、それはもう「素朴」と呼ぶことはできない。
このようなかたちで金を稼ぐのは、それがかりに百円、千円という程度の金額であっても、稼ぎ方としてフェアではない。
そして、社会生活を営むときにもっとも優先的に配慮しなければならないのは「フェアネス」だと私は思っている。

学士会館を出て、潮出版社に。
『潮』で『先生はえらい』の紹介記事を書いてくれるというので、その取材である。
『第三文明』といい『潮』といい『公明新聞』といい、創価学会系のメディアは私の著作紹介に比較的好意的である。
別に学会が組織的に好意的であるわけではなく、担当編集者が個人的に愛読者であるにすぎないのであるが、このまま学会が組織的にウチダ本の愛読者となってしまい、1000万学会員がまとめ買いをしてくださることになってしまうと、これに浄土真宗門徒1500万人と合わせ、本を出すたびに2500万部ということになる。
それでは森林資源の枯渇を招かぬであろうか・・・と取り越し苦労をしつつ取材を受ける。
『先生はえらい』の出版意図についてご説明をする。
つねづね申し上げているように、現在日本のメディアでなされている教育論はすべて「・・・が悪い」という告発形の文型で語られている。
たしかに文部科学省も教育委員会も日教組も教員も生徒も親も産業界も資本主義も父権制も、みんな今日の教育の荒廃には責任の一端がある。
だが、「一番悪いのは誰か」を科学的手続きによって論証したことで、問題は解決するという見通しに私は与しない。
私は推論の手続きが「正しい」ことよりも、その推論が「よりまし」な結果をもたらすことを評価する人間である。
だが、教育について語る識者の多くは「教育をどうやってよりましなものにするか」という問いに答えを出すことよりも、「教育がここまで悪くなった原因は何か」という問いに答えを出すことの方が緊急であるし、知的威信ともつながりが深いと考えているように見える。
その結果、教育論が語られる場面では、賛否両論が入り乱れているときでさえ、「もう、こうなったら、このまま落ちるところまで落ちればいいんだよ」というなんとなく「なげやり」な気分だけは参加する全員に共有されている。
たぶん、「落ちるところまで落ちた」ときにはじめて、どこがほんとうに悪かったのかが分かるからだろう。
瀕死の病人の病因について、意見が対立している医者たちが、「とりあえず早く死んでくれないかな。解剖しないと結論でないからさ」と病人の枕元で「死ね死ね」と念じているのに似ている。
たしかに、早く死ねば死ぬほど、死因の発見は早い。
けれども、瀕死の病人はまだ死んではいないのである。
死ぬまでのQOLについてもう少し配慮してもよろしいのではないか。あるいはもうすこしましな延命療法を探してもいいのではないか。回復の可能性をはなからゼロと決めてかかることもないのではないか。
どの場合にしても、「病人」に「生きる意欲」をもって頂かなければ話は始まらない。
「学校は楽しい。先生はえらい。生徒はかわいい」という不可能と思われる理想の境位をどこまでもめざすのを断念すべきではないと私は思う。
だが、そういう立場から語られている教育論は少ない。というか、ほとんど存在しないのである。
というようなことをお話しする。

潮出版社の前に、「新徴組屯所跡」という石碑があった。
清河八郎に組織された浪士隊が京都で新撰組と分派したあと、江戸に戻って、この飯田橋の地に屯所を置いた。その後戊辰戦争の後退戦を戦い、庄内藩鶴岡の地に住居を下賜されたが、維新後悲痛な末路をたどったと石碑には記してあった。
以前も書いたように私の四代前の父祖内田柳松は新徴組の一員であり、その墓は鶴岡にある。
140年前、高祖父もこの同じ場所に立ったことがあるのだろうかと想像する。

『潮』の取材のあとは、角川書店で春日武彦先生との対談。
角川は歩いて三分ほどのところである。
先週に続いて二度目の長時間対談。
前回は「30代女性の悩み相談」的な構成であったが、今回はもうこの二人に統制は不可能、話したいだけ話させとこ・・・的ななかば「あきらめ」ムードが漂っていたのをいちはやく察知した二人は、ここを先途と思いつくままにめちゃくちゃな話を展開する。
5時間話し続けて、最後に春日先生が「サナダムシがお尻の穴からでないなら、私もサナダムシダイエットをしてもいいのだが」と言ったところでテープが終わり、たいへん教訓的なひとことをもって対談が締めくくられた。
それにしても二週連続10時間におよぶ愉快痛快奇々怪々な座談であった。
私もぜひ早く活字化されたものを読んでみたい。
ぱたぱたと荷物を片づけて新幹線に飛び乗る。
土曜日の午後2時半から始まった「死のロード」がこうして終わる。

月曜は朝から修士論文の口頭試問。
I原さんの「公共ホール論」の副査とK田さんの「同性愛論」の主査を相務める。
公共ホール論では、行政と芸術活動のデリケートな関係、国家と市民の相互規定など私自身が興味がある論件についていろいろと質問をさせて頂く。
行政が芸術振興に積極的にコミットすべきであるということに反対する人はほとんどいない。
しかし、私は芸術活動というのは、できれば行政から自立している方がいいと考えている。
権力が芸術活動に介入してくることを恐れているからではない。
そうではなくて、芸術活動の側の人間で行政とのパイプ役をつとめる人間が構造的に「芸術界」における「プチ権力者」になるからである。
私は権力者には特に含むところはないが、どのような領域であれ「プチ権力者」を見ると鳥肌が立つ。
私が一番嫌いなのは、「反権力的な立場の人々」の業界における「プチ権力者」である。
だから私は能楽を行政が支援することにはあまり抵抗を感じずにいられるのである。

「同性愛論」についてはもう何度も書いたが、今セクシュアリティ論とかジェンダー論というようなものを書く人は、「既成の性言説の一層の緻密化・細分化」以外のオプションを選ぶことが構造的にむずかしくなっていると思う。
私は性的言説のこの異常な増殖とセクシュアリティの無限の細分化を「セクシュアリティのパーソナリティ化」の趨勢ととらえている。
つまり「ひとりにひとつのセクシュアリティ」あるいは「名刺代わりのセクシュアリティ」である。
ひとびとは争って「オレにもオレ専用の名刺作ってくれよ」と口を尖らせている。
もちろんオッケーだけれど、62億の人間が62億のそれぞれ差異化されたセクシュアリティを有することになると、そのときセクシュアリティは識別指標としては何の役にも立たなくなる。
名前かIDか納税者番号で識別には用が足りるからだ。
「名刺」があるときには「名刺代わり」のものは要らない。
私たちの時代は、セクシュアリティが「個人の識別指標」として限りなく「パーソナライズ」されてゆくプロセスをたどっている。
それはセクシュアリティやジェンダー・アイデンティティが社会的記号としてどんどん「無用化する」プロセスである。
性による個体識別の無用化に向かうこのプロセスはいったいどのような歴史的条件によってドライブされているのか?
と問いを立てている人はあまりいないようである。
少なくとも私は知らない。
でも、問いはややこしいが、答えは簡単。
資本主義である。
資本主義は生産主体の規格化と消費主体の規格化によって大量生産、大量流通、大量消費、大量廃棄プロセスを実現し、それによって環境が破壊されて人間が死滅するか、人間が性的再生産を止めて死滅するまで、そのプロセスを継続する「マシーン」である。
セクシュアリティのパーソナライゼーションとは、社会的識別指標としての性的差異の廃絶に他ならず、それは生産主体=消費主体の規格化のために資本主義が私たちに懇請している当のものなのである。
でも、私のこんな話に耳を傾けてくれる人はほとんどいない。
人々は嬉々として性的差異の個人化による社会的記号としての性差の解消に日々努めている。
そんな「オレのセクシュアリティにこだわり」なみなさんにウチダから贈る言葉。
Everybody's sexuality is nobody's sexuality.


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2005年02月13日

ブログ「火事」について、報告とお詫び。

IT秘書から「お祭り警報」の発信があり「危険度イエロー」が告知された。
本ブログ長屋の一住人がネット・コミュニケーションの基本的なマナー違反を犯して、それがネット界できびしく指弾されているということである。
それについて秘書からの問題点指摘は以下の通り。

(1)自作自演&身分虚偽:自分が偽名で開設したサイトに自分で自分をほめたたえる内容のコメントを書き付けこと。

(2)トラバ大量送信:アクセス数一位には賞金制度のあるブログがあり、そこでアクセス数一位を獲得した。その背景にはトラバ大量送信が背景にあると思われる。有名人のサイトにリンクをつけて読者を呼び込むのは売名行為の一番簡単な手段。オリジナルの記事とほとんど無関係な内容でトラバを張る事はトラックバックスパムといい最低のマナー違反の一つ。特に小田嶋隆さんのブログに大量のトラバ送信を行ったことで小田嶋さんはかなり不快な思いをされているはず。

(3)読者無視:偽名でのブログを予告や弁明なしに削除し、再び再開したがその後コメントを削除、コメント、トラバ拒否状態にしている。

以上、三点である。
これまで長屋を含めて私のサイトは開設以来6年間ノートラブルで過ごしてきた(「2ちゃんねる」方面で二度ほど軽度のものはあったようだが、私はそういう剣呑な場所には敬して近寄らないので、存じ上げないのである)。
私の発言の政治的内容などについて異論のある方がご自身のサイトなりメディアなりを用いて私を批判されるのはまったく言論の自由の正当なる行使であって、私はその権利行使に何の異議もない。
しかし、「コンテンツ」ではなくて「マナー」に問題があるというご指摘を頂くと話は違う。
他人のサイトにコメントを書き込み、トラックバックすることができるというのはブログというコミュニケーションツールの利便性と開放性の最良の要素である。
その最良の要素を「偽名ブログ」の開設や「トラックバックスパム」で、自分のサイトのアクセス数を水増しするために功利的に利用するというのは、ネット・コミュニケーションの倫理に悖る行為だという秘書の指摘に私も同意する。
ぜひとも言いたいこと、聴いて欲しいことがあるという発信者の欲望を私は理解できるが、その欲望の達成のために他人を「利用する」ということはそうしてまで伝えたいメッセージの純度や信頼性そのものを損なうことではないのか。
ご本人は自分のブログでコメントやTBの削除についても、スパム行為についても、謝罪をしており、そのブログも閉鎖するということである。
その決断はそれで結構だと思う。
けれども、これは個別的なブログでの偶発的な出来事でなく、ネット・コミュニケーションにかかわる人間の節度にかかわることであるから、ご自身が開設したブログを閉鎖するだけでは片づかないだろう。
「大家」の権限により、当該「長屋」住人については、「店立て」の処分を行うことにした。
私が他のブログにリンクを張るのではなく、自分の「地所」に「長屋」をつくって送受信の場を提供するのは、「私からの精神的支援」も意味している。その責任が取れない「店子」には「長屋」を提供することはできない。
ご迷惑をかけたブロガーのみなさまにこの場を借りてお詫び申し上げる。


投稿者 uchida : 18:32 | コメント (1) | トラックバック

同期・時間・コミュニケーション

2月12日

「宣伝会議」というところが主催している「編集・ライター養成講座」というところにお招き頂いて、ここで一席ぶつことになる。
この講座は業界的にはなかなか有名なものらしく、『ミーツ』の江編集長も講師をされているし、本願寺のフジモトくんも生徒をしているというワッタスモールワールド的講座である。
生徒さんたちは半分くらいが編集や物書き実務に携わっている若い方々で、メディアにおける「コミュニケーションの作法」のようなものを学習せんとして通われているらしい(よく知らないけど、たぶん)。
人間はどのようにものを書くのか、ということになると、これは30年来の私の専門研究領域のことがらであるから、話すことはいくらでもある。
因習的に考えられているように、私たちは過去から未来に向けてシーケンシャルにものを考えたり書いたりしているわけではない(時間はあっちへ行ったりこっちへ行ったり、停まったり戻ったりしている)。
メッセージの送受信というのも、送信者から受信者へ向かっているわけではない(自分が送信するほとんどのメッセージは他者から自分あてにきたものを受信するというかたちで閲読される。Return to sender である)。
ものを創造するのはほとんどの場合「私」ではなく、「私の中にある無−知」である。
「私」を発信主体として構想されたすべての書き物はだからジャンクであり、そのようなライティングスタイルは必ず枯渇する。
「書き方」を外形的なノウハウとして学ぶというのは、その意味では悪いことではない。それはいわば自分のことばのかなりの部分を「私ならざるもの」(他人の声あるいは定型的話法)に託すことだからだ。
人間は経験的に「他人のふりをして語る」時の方が「自分の正味の本音だけを選択的に語る」場合よりも口がくるくるよく回るということを知っている。
それは言い換えれば、「他人のふりをして語る」ことの方が「語る」という行為の本質にはかなっている、ということを意味している。
「語る」と「騙る」は同音異義ではなく、たぶん同音同義なのである。
というところで安心してしまうのがシロートの浅知恵で、「他人の声を借りて、定型的な語法をもって語る」といくらでも語れるので、95%くらいの人は、それが「語る」ということだと思い込んでしまう。
そして、それが「他人の声を借りて、定型的な語法をもって語っている」という当の事実を忘れてしまう。
それが自分の「地声」だと信じ込んでしまうのである。
なにしろすらすら、いくらでもあふれるように出てくるんだから。どうしてそれが「自分の声でない」ということがありえようか。
だが、真に内省的な人間はここで「あまりに調子よくすらすら出てくる言葉」の起源が自分の「内部」にはないことに気づく。
それはどこか「よそ」にリンクしている「回路」から流れ込んでくるのである。
だって、こんなに調子よくしゃべれるはずないから、オレは。
そこで、ラッキョの皮を剥くような内省が始まる。
「『だって、こんなに調子よくしゃべれるはずがないから、オレは』というこの自己省察の言葉を語っているのは権利的には『誰』なんだ?」という問いが当然わいてくる。
と当然にも「で、この問いを発しているのは権利的には『誰』なんだ?」ということになり。もちろん、この問いも(以下同文)
誤解のないように付言するが、「ラッキョの皮剥き」というのは「どこまでいっても終わりがない」という意味ではない。『ちびくろサンボ』の「バター虎」と同じく、「どこまで行っても終わりがないプロセス」に身を投じたものは「どこか」で「虎がバターになる」ような種類の変容を経験するということをこれは意味している。
「語る」とか「書く」とかいうのは生成的なプロセスであるが、それはそのプロセスに身を置くと「私」が何かを無から生み出すからそう呼ばれるのではない。逆である。「何か」が「私」を作り出すから、そのプロセスは「生成的」と呼ばれるのである。
「私」を主語にして語ることにつねに「疚しさ」や「気恥ずかしさ」を覚えることのできる人間だけが、おそらくどこかで「私」に出会うことができるのである。

アナグラムの話、朝カルでマクラに使った「トマトソース」と「ちちんぷいぷい」の話、『パリの憂愁』のアナグラム解析などから始まって、最後はブランショとラカンの引用で締める。
考えてみるとたいへんにむずかしい話なのであるが、生徒のみなさんはにこにこしながら聴いていて、終わると「たいへんよくわかりました」と感想を告げてくれた。
あの話が「わかる」というのは、要するにみんなも内心では「こんなこと、誰にも信じてもらえんと思っていたんですけど・・・」という限定付きで、私と同じことを常日頃から感じていた、ということである。
「私だけの固有の、共有されえぬ思念や感覚」と思いなしていたものが、実は「みんなそうなんだよ」ということがわかるときに、人間はおのれの唯一無二性とおのれの普遍性を「同時」に経験する。
私たちがコミュニケーションのために膨大なリソースを投じるのは、畢竟、その経験を求めてのことなのである。


投稿者 uchida : 09:12 | コメント (0) | トラックバック

2005年02月11日

フィールドの和音

2月11日

「急ぎの原稿がない」という状態にうまくなじめない。
ごろんと横になってマンガでも読んでいればいいのかもしれないけれど、三十分もしていると「おっと、こうしちゃいられない」とがばっとはね起きる。
でも別に急ぎの仕事はないので、しかたがないから「あまり急ぎでない仕事」をどんどん片づけ始める。
まず平川くんからTFK2のその7が届いたので、さっそくさくさくと返信を書く。
たちまち書き終えてしまう。
しかし、これをガッシンと送信してしまうと、平川くんが「げ、いま送ったばかりなのに、もう次かよ」と青ざめることは必定であるので、そのまましばらく塩漬けにしておくことにする。
平川くんは私ほど暇じゃないからね。
讀賣新聞の来週のエッセイも書く。
800字なので、15分くらいで終わってしまう。
うう、退屈だよん。
しかたがないので(などと書くと中野さんが激怒されるであろうが)、途中まで終わっていた池上先生との対談データをがしがし直してゆく。
100枚程度のものだし、半分は池上先生のお話なので、私の分はすぐに終わってしまう。
することがなくなったので、しかたなく本を読む。
リン・マクタガードの『フィールド 響き合う生命・意識・宇宙』(The Zero Point Field 野中浩一訳、インターシフト、2004)を読み始める。
先週の朝日の書評で天外伺朗さんか山形浩生さんか、どっちかが激賞していたのですぐにアマゾンでゲットしたのである。
このところ池谷裕二さんとか茂木健一郎さんとかの脳についての本を立て続けに読んでいるが、これも脳の話。
内容的には「ニューエイジすれすれ」という感じだけれど、量子物理学や生物学や生理学の話。
ふむふむ、そうだよなー。当然そうなるよねー。だって、そうなんだもん。
とはげしくうなずきながら読み進む。
多田先生や甲野先生や光岡先生や池上先生がふだん話していることと「ほとんど同じ話」が先端的なサイエンスの世界でも語られているらしい。
例えばこんなふうに。
「宇宙は、物質のあらゆる可能な形態と状態がふくまれる基本的サブ構造をもち、ダイナミックにエネルギー交換が行われる巨大なクモの巣だった。自然は盲目でも機械的でもなく、変更可能で、知的で、意思をもった存在であり、生き物とその環境とのあいだでやりとりされる情報を学習する、コヒーレントなフィードバック・プロセスを利用している。自然が統一性のあるメカニズムをもつのは、たんなる幸運な偶然のできごとではなく、暗号化され、あらゆる場所に同時に伝えられる情報があったからである。」(147頁)
うん、そうだよね、わかるよ。だって、そうなんだもん。
「アイディアが浮かぶとき、ときには断片的であるが、しばしば奇跡的にまとまったひとつの全体として一気に見通しが得られる」直観経験を私たちはしばしば経験するが、それを著者は「コヒーレンスの一致」として説明している。
「それは、知識やコミュニケーションについて、私たちが現在理解しているよりもずっと深くて広範囲の能力を人間がもっていることをほのめかしている。それはまた、私たちの個別性-私たちが孤立した存在だという感覚そのもの-の境界線をぼやけさせることにもなった。もし生き物の究極の姿が、フィールドと相互作用をしながら量子情報を交換する荷電粒子だというのなら、どこまでが自分で、どこからが外界になるのだろう?」(148-9頁)
ほとんど同じことをこの間読んだ『もう牛を食べても安心か』(文春新書、2004)の中で化学・生命科学の福岡伸一先生も書いていたような気がする。
福岡先生は重窒素をつかってネズミの代謝システムの流れを調べたシェーンハイマーの研究を紹介したあとに、こう書いている。
「外から来た重窒素は、ネズミの身体の中を通り過ぎていったのである。しかし、通り過ぎた、という表現は正確ではない。なぜなら、そこには物質が“通り過ぎる”べき入れ物があったわけではなく、ここで入れ物と呼んでいるもの自体を、“通り過ぎつつある”物質が一時、形づくっていたに過ぎないからである。つまりここにあるのは流れそのものでしかない。(…)肉体というものについて、感覚としては、外界と隔てられた個物としての実体があるように私たちは感じているが、分子のレベルでは、たまたまそこに密度が高まっている、分子の『淀み』でしかない。しかも、それは高速で入れ換わっている。この回転自体が『生きる』ということである」(61頁)
人間の自己同一性というのは自体的に存在するものではなく、ネットワークの「効果」であるということは、考えてみると、遠くヘーゲル=マルクスから、フッサール現象学でもラカン派精神分析でもレヴィナス倫理学でも、共通して説いていることである。脳科学で「クオリア」と呼ばれているものも、プラトンが「イデア」と名づけたものも、「コヒーレンス」という状態については同一のことを述べている。
要するに、「あ、これって『あれ』じゃん」という命題形式のことである。
現にいま私がやっているような推論形式そのものが「コヒーレンス」(秩序・整合性)構築の典型的なかたちである。
未知は既知と「和音」を奏でる。
知性の働きとは、つきるところこの「和音」を奏し、それを「聴く」能力に他ならない。
では、どうしてヨーロッパ音楽以外の音楽には「和音」がないのか?
理由はたぶんヨーロッパ以外の音楽では奏者の身体が「倍音」を出しているからである。
同一の波形を「私ならざるもの」のうちに繰り返し再認すること、それが人間のみならず生物の根源的な趨勢なのだろう。たぶん。

投稿者 uchida : 20:18 | コメント (0) | トラックバック

2005年02月10日

舌先三寸男の悲哀

2月10日

昨日、E阪歯科で左の大臼歯に差し歯を入れた。
これまで空虚だった奥歯ができたので、ご飯がこれからは美味しく食べられるだろうと思ったのであるが、まだ傷口がふさがってないらしく、歯茎が痛くて食べ物を噛めない。
右の奥の臼歯はもともとないので、「食物をすりつぶす」機能が口腔内に存在しないことになった。
前歯で噛み切ることだけはできるのだが、あとはすることがない。
しかたなく口の中でぼんやりと食物が遊弋している。
奥歯でがしがしとものを噛み砕くのがどれほどの快感であるかをしみじみと思い知る。
これまでない歯が突然出現したので、舌も見当識が狂ったらしく、横に擦過傷ができてしまい、それが痛くて口の開け閉めが面倒だ。
ご飯が美味しくないくらいは我慢ができるが、舌がうまく動かないというのは切実である。
なにしろ「舌先三寸」で渡世しているしがない身の上である。
「舌先三寸」というのは思考より舌の回転の方が早いのだけが手柄であるので、舌がもごもごした日には目も当てられない。
週末は講演が一つ、インタビューが一つ、対談が一つ入っている。
それまでに舌が回復しないと困ったことになる。
とはいえ、私はもともと身体局部が不全になっても、システムの別の場所が活性化して機能を代補するという「恐怖のヒドラ体質」なので、その場合はその場合で、何か思いがけない潜在能力が開花する可能性もある。
舌がうまく回らない場合は、非常にゆっくりしゃべることで、これまでその「速度」では使用されていなかった脳の部位が活動し始め、「ウチダがそんなまともなことを言うなんて…」というような発言がなされるのではないかと予想されるのであるが、こればかりはなってみないとわからない。
とりあえず、抗生物質と鎮痛剤を服用して、口腔機能の復旧を待つのである。

ある総合誌から「首都大問題」について寄稿の依頼がある。
私は先般ブログに「首都大問題」について私見を述べたが、それは「15年前に都立大の助手だった」ということと「都立大仏文主催の講演会にお呼びいただいた」ということによる「もののはずみ」であって、この問題について私が余人にはアクセスできない種類の専門的知見を有しているからではない。
都立大の当事者の教員たちの中にはこの件については「ぜひとも言っておきたいこと」がある方があまたおられるであろうから、首都大問題については当事者からのご説明とご意見をまず聞くのが筋であろうとお答えする。
もちろん私も大学人として、首都大問題が高等教育の再編の大きなうねりの中のきわだった徴候であることはよく承知しているし、それに対しての私なりの意見を持っている。でも、個別首都大問題に限って言えば、私の意見はあくまで「対岸の火事」について、火の粉の飛ばないところからものを言える人間のものであって、当事者の切実さには及びもつかない。
都立大の「末期」においてはかなり壮絶な「抵抗戦線の切り崩し」があったように仄聞している。
たしかにそうでなければ、石原都知事がいうとおり、左翼的・反権力的な発言で知られる教員を相当数かかえていた都立大があれほど簡単に、あのように貧しい教育構想の前に屈服するということは考えにくい。
そういうことに関して(ある程度まで)説明する権利と責任はあわせて都立大の教員たちのものだろう。
その経緯を開示する機会を全国的なメディアが都立大の教員たちに提供してくれるのであれば、それは一大学人としてたいへんありがたいことだと思う。
この問題については、私としてはできれば「情報を開示される」側にとどまっていたいと思っている。

投稿者 uchida : 21:37 | コメント (0) | トラックバック

2005年02月09日

史上最弱のブロガー

2月9日

どうやら今日が私にとっての「春休み初日」のようである。
とりあえず学校には行かなくてよろしい。
締め切り間近の原稿もとりあえずはないのでお気楽である。
とはいえ、昨日一昨日はずいぶんばたばたと仕事の依頼が入ってきた。
『ユリイカ』から「ブログ作法」という特集の原稿を頼まれた。
正直申し上げるが、私は「ブログ」というのが何のことなのかよく分からない。
たしか以前は「ホームページ」という呼称がドミナントであったような気がするのであるが、最近は同一のものを指して「ブログ」というらしい。
どこがどう違うの?と以前IT秘書に訊いたことがあるのだが、「先生は、そんなこと知らなくてもいいんですよ」と静かにスルーされてしまった。
あ、そう。
書いたものをインターネットに載せる操作も以前は「アップロード」と言ったように記憶しているが、最近は同種の動作を「エントリー」と呼んでいるようである。
「リンクを張る」というのも、ちょっと様子が変ってきて、「トラバる」とか「トラバを打つ」という言い回しをされるようである(ところで、こういうときの「張る」とか「打つ」とか動詞部分については、誰がどのように決定されているのであろうか?おそらくは「リンクを流す」とか「トラバを決める」というような類縁動詞も候補として検討されたはずであるが、その銓衡過程について私どもには情報開示される様子がない)。
とにかく、私が知らないうちに、「ホームページ」という表現が後退して、「ブログ」(これは「ブ」にアクセントを置かず、「付録」と同じように平板に発音するのが正しいようである)ということばが跳梁跋扈するようになった。
仄聞するところでは、「はてなダイヤリー」という「巨大ホームページ団地」のようなものが存在し、そこが供給している団地の3LDKのような規格サイズの日記がたいへん操作性がよろしいので、日本中の人々が争って日記を書き出した…というのがことの真相らしい。
というのが私の理解なのであるが、たぶん間違っているだろうから拝して諸氏のご叱正を待つのである。
その「ブログ」の定義も知らない人間に「ブログ論を書いてください」と平気でオッファーしてくる『ユリイカ』編集部の識見にも瑕疵なしとしないが、「うん、いいよ」と受けてしまう方の識見にはそれ以上の問題があると言わねばならない。
もちろん、仕事帰りのIT秘書を召喚して、「ひとくちブログ講座」のようなものを拝聴してから、訳知り顔のことを書いてもよろしいのであるが、それでは曲がない。
やはりここは「何も知らない人間がブログ論を語る」という「すかし技」を笑いネタにして客寄せに使おうという『ユリイカ』編集部の戦略にまんまとはまってみせて、「やだなあ、もう。恥かかせないでくださいよお」と昭和30年代の日活青春映画における浜田光夫や高橋英樹のように、頬を赤らめてアタマを掻いてみせるのが真の大人の態度というものであろう。
というわけで、さっそく「史上最弱のブロガー」とタイトル(@青木るえか)だけ決めて、ばんばん書き出す。
これはたいへん使い勝手のよい技法であるので、この際開示して差し上げることにするが、「自分がよく知らないテーマ」についてレポートやコメントを書く場合には、泥縄で調べ物をして書いてもたいしたものは書けない。むしろ、この「よく知らない」という原事実から出発して、「なぜ、私はこの論題についてかくも無知であるのか?」という問いをわが身に差し向けることが思いの外に生産的なのである。
私はこう問いを立てた。
なぜ私は自身で新しいコンピュータ・リテラシーを獲得することにこれほど不熱心であるのか?
にもかかわらず、なぜ私は「IT関係作業の丸投げ路線」を驀進することによて「人文系学者でおそらく日本最高」といわれるIT環境を享受できているのか?
おのれの「無知・無能」のよってきたるところを追尋する問いを二つ立てることによって、私はただちに結論を得たのである。
それは「インターネット・コミュニケーションもまた『人間はひとりでは何もできない』ということを私たちに思い知らしめるための人類学的装置であるという点で、先行するすべてのコミュニケーションと同質である」というものである。
締めのお言葉はいつものようにレヴィナス老師にお願いする。
議論の詳細は『ユリイカ』の四月号を徴されよ。

筑摩書房からはレオン・ポリアコフの『反ユダヤ主義の歴史』の書評(というかパブリシティ用原稿)を頼まれる。
レオン・ポリアコフのこの浩瀚な歴史研究は「反ユダヤ主義研究者」のマストアイテムなのであるが、残念なことに「反ユダヤ主義研究者」というもの自体、その実数が少ないのでセールス的には楽観を許さない出版事業なのである。
ともあれ私としてはこれが日本語で読めるようになるのはたいへんありがたいことである。
訳者は菅野賢治・合田正人のお二人。菅野さんにはついこのあいだ都立大の講演のときにお世話になったばかりなので、こういう場面でご恩返しをしておかないと渡世の仁義が通らない。

『讀賣新聞』に今日から「仕事/私事」というタイトルのエッセイが四週掲載されている(はずである)。
一回800字なので、書くのは楽ちんである。
一回目をさっさと書いて寝かしておいたら、締め切りを忘れてしまい、締め切り当日の夜半に担当のO崎さんから「まだ届いてませんが、まさか忘れてませんよね」とせっぱ詰まったファックスが届いた。
こりゃすみませんすぐ送信しますね…とパソコンを起動して「注文原稿」というファイルを開いたら…
ない。
げげ。どこにしまい込んでしまったのか。
すでにワインなど飲み始めて定例の痴呆化が始まった時刻であったので、いまから800字書くなどということは思いもよらない。
青くなってあちこちのファイルを開く。
しばらく虚しい検索作業をしたのち、「みつからないものは、たいてい最初に探してみつからなかったところにある」の法則を思い出して、「注文原稿」のファイルをもう一度開いてみたら、隅っこの方に「2005年度」というファイルがあって、それを開いたら「讀賣新聞原稿」というのがあった。
どうやら原稿をはやばやと書き上げてすっかり上機嫌となり、「そうだ、この機会に『注文原稿』などというアバウトなファイル名のところに数百編の原稿をランダムに放り込んでおくのはやめて、ちゃんと年代別に整理しよう」と思い立ったのはよいのだが、「2005年度」というファイルを作って讀賣の原稿を保存したところで作業そのものに飽きてしまって、どこかへ遊びに行ってしまったものと思われる。
まことに目を離すことのできぬ人物である。

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2005年02月08日

『メトロポリス』型学校

2月8日

今朝、新聞を開いたら「丸ごと関大ビル」という文字が目に入った。
「学校法人関西大学(大阪府吹田市)は七日、同府高槻市に30階建ての高層ビルを建て、幼稚園から小中高校までの学校と、新設学部、大学院を新たに開設する構想を発表した。関大にとっては四番目のキャンパスで、初の小学校計画も含む。(…)少子化で受験生の減少が続く中、新しい形のキャンパスをつくって改革に積極的な姿勢を内外にアピールするねらいだ。」
なるほどね。
で、昨日は同志社と立命館大学が小学校を開学する計画を発表していた。関西学院もこれに続くらしい。
関西で言われるところの関関同立の巨大私立四大学が「大学淘汰」を好機として、二極化による市場の寡占化(小学校からの「囲い込み」)を明確に意図して、一気に「攻勢」に出てきたということである。
大学を「学生獲得ビジネス」というふうに考えた場合、この「業界そのものの低落局面では残るクライアントの囲い込みを狙う」という戦略は常識的なオプションだ。
いずれ中小の大学の中からも同一の戦略に追随するものが出てくるだろう。
しかし、私はこの戦略は投下資本に引き合うだけの効果をあげることができないだろうと予測している。
理由は「私みたいな人間」が一定数存在するからである。

「小学校から大学院まで」を同一学校法人の中に囲い込むという戦略は日本社会が社会資本・文化資本の差による階層化の道をこのまま進むだろうという見通しの上に立っている。
見通しの上に立っているどころか、その趨勢を一層強化しようとするものである。
私はご存じのとおり、文化資本による社会の階層化には反対する立場にある。
『街場の現代思想』に詳述(どこが?)したように、その理由は「階層化された社会では、社会的リソースがより狭隘な社会集団に累積される傾向がある」からである。
私はどんな状況であれ、ものが「偏る」ということを好まない。
別にしかるべき社会理論があって申し上げているのではない。
私の身体のDNAが「そういうのって、好きじゃないんだ」と私に告げるのである。

私は関大の「30階建てビル」の記事を読んだときに、フリッツ・ラングの『メトロポリス』を思い出した。
『メトロポリス』の世界を領する重苦しさと窒息感は、そこでは水平方向の空間移動の余地がなく、エレベーターによる垂直移動しか許されていないという空間的設定そのものから由来している。
よくメディアは「空間的な限定」のことを「養鶏場のブロイラー」という定型的な比喩で語るが、「養鶏場」は水平方向に広がりがあり、屋根を打ち破れば「青空が見える」という可能性があるだけまだ「まし」である。
限定された地面の上に高層ビルを建てて、垂直方向に確保された空間における「学び」というのは何かが「根本的に間違っている」という気が私にはする。
どうしてかはうまく言えない。
でも、私がいま就学前の子供で、親に「お前は、あの30階建てのビルにいまから大学卒業まで通うんだよ」と言われたら、きっと恐ろしさに泣き出すだろう。
東電OL殺人事件を素材にした桐野夏生の『グロテスク』ではKOに通う少女たちが、その「囲い込まれ純度」の微細な差異(幼稚舎からKOか高校からか大学からか…など外部からは識別すべくもない差異)に基づいて排他的な集団を形成し、排除された少女たちがしだいに精神に変調を来す様子が活写されている。
『グロテスク』はフィクションだから多少の誇張もあるだろうが、本質的なところはだいたいあの通りだろうと思う(学生時代に、中等部から上がって来た学生たちが「あいつは高校からったって志木だぜ(笑)」というような会話で盛り上がっているのを横で聴いた覚えがある)。
そういう階層性や閉鎖性を私は好まない。
「嫌い」というより「怖い」のである。
学校というのはそういうふうに人間を階層化したり差別化したり囲い込んだりするための社会的装置ではないと私は思う。
むしろ逆だろう。
人間をその出自からも、身分からも、階層からも、信教からも解放し、その差別意識を廃し、知的閉域からの自由を得させるための「逃れの街」、「アジール」であるというのが学校の重要な社会的機能の一つではないのか。
「30階建て高層ビル」というものは私にとって、「アジール」ということばから隔たることもっとも遠いヴィジュアル・イメージである。

「幼稚園から大学院までを収容する30階建て高層ビル」は私たちの国のいくつかの学校が選ぼうとしている「学校による囲い込みと社会の階層化」を端的に図示するものだと思う。
「幼稚園から大学院までを収容する30階建て高層ビル」がなぜ私を恐怖させるか、その理由がここまで書いてやっとわかった。
それは「時間がすみずみまで空間的な表象で語り尽くされた情景」そのものだからだ。
そこで損なわれ、汚されているのは「時間の未知性」なのである。


投稿者 uchida : 09:35 | コメント (3) | トラックバック

2005年02月07日

ローレンツの雛鳥たち

2月7日

判定教授会と人事教授会と科別教授会の「教授会三暗刻」。
アタマに「コース会議」と「杖道稽古」があったのだが、残念ながらどちらも果たせず流局。
杖道の稽古に来たみなさん、ごめんね。
合否判定教授会は、私が着任したころは粛々とほとんど数学的精密さをもって進行していたのであるが、「歩留まり率」の経年変化が読み切れず、この数年は「…というのが原案なんですけど」と提案する入試部長の声も「どうだ、文句あるか」的迫力には乏しい。
それでも「歩留まり」を計算できる身分であるというだけでも、「ありがたい」と思わなければならない。志願者を全部受け容れてもまだ定員割れという大学も少なくない今日この頃なのであるから。

科別教授会ではウエノ先生の発議で1,2年生対象に開講している「基礎ゼミ・文献ゼミ」の教育効果の点検が行われる。
私どもの文学部総合文化学科では、全学年にゼミを開講して、在学中はどこかのゼミにつねに所属しているというかたちにしている。
低学年の場合、ゼミは「ホームルーム」のようなものである。
十人ちょっとのサイズのゼミで教師と毎週顔をあわせていると大学に対するインティマシーは有意に高まる。
そのせいか、私が1年前期のゼミで担当した学生たちが7人大挙して3年の専攻ゼミに入ってきた。
コンラート・ローレンツの「刷り込み」じゃないけど、大学に入って最初に見た「先生」を「母鳥」だと思い込んでしまったのかもしれない。
あるいは私を「与し易し」と見ての政治的ご判断なのかもしれない。
いずれにせよ、うちのような小さなカレッジの場合は、教師と学生が在学中も卒業後も親しく行き来するということによって教育活動の「補完」ができる。
卒業した後の学生をつかまえて、「あのとき私がキミたちに言いたかったのはねえ…」というような言い訳の機会が保証されているのは、教師にしてみるとたいへんありがたい。
学生時代の経験の意味というのは単体でそこに不可避的に貼り付いているものではなく、「あれはいったいどういうことだったのだろう?」という事後的な回想の中で絶えず書き換えられるものだからである。
後から「あれはね…」という解説をさせていただく機会があると、卒業生諸君に「なるほど、ウチダはそのような深慮遠謀を以て教育活動に従事していたのか、別に口からデマカセをしゃべっていたわけではなかったのだ…」というふうに過去の改竄をしていただくことも可能なのである。
過去は新たな時間の中で絶えず再解釈され、新たな意味を獲得してゆく。
極端な話、大学在学中も卒業後もずっと「ろくでもない大学だった」と恨まれていても、ご本人が臨終の床でふと「考えてみると、あの大学にいたおかげで私の人生はそれなりに豊かだったのかもしれない…」というような回想がなされた瞬間に、過去はその意味を刷新される。
つねづね申し上げているように、教育のアウトカムが「計量不能」であるというのはそういうことである。
うちの大学を出ればTOEICの点数が何点上がりますとか、これこれの資格が取れますというような計量可能なアチーブメントが提供された場合、自分が受けた教育の意味を生涯かけて吟味し続けるというようなことはあまり起こらない。
しかし、教育の本旨というのは、自分が受けた教育の意味を問い続けるというかたちで知性を開放状態にしておくという遂行性のうちに存するのではないか。
そのためには、「何を習ったんだかよくわからない」という感想を学生諸君が抱くのは決して悪いことではないと私は思っている。
そして、「何を言っているだかわからない」ことを教えるという点についてなら私はたいへんに自信がある。
おそらく1年生のゼミで生き別れた諸君が大挙して3年生のゼミに登場してきたのは、「だから、あのとき何が言いたかったんですか?」という問いがトラウマとなったせいであろう。
もちろん私はそんな問いに答えてさしあげる気はさらさらない(だって、何を言ったか覚えてないから)。


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東京でお仕事

2月6日

今週と来週は東京で仕事。
午前中は学士会館のカフェで『AERA』の石川さんの取材(というのかね、これを)。
石川さんは近々アメリカ取材旅行に行かれるそうで、渡米前に私が『街場のアメリカ論』でどのような変痴奇論を展開したのかを聞き出すべく訪れられたのである。
現地に赴いて私の仮説の当否を実地検証してくださるそうである。

私のアメリカ論はアメリカの現実にはほとんど関係ない(だって知らないから)。
私が興味があるのは「アメリカの現実」ではなくて「アメリカのファンタジー」である。
現実は現場にゆかないとわからない。
現場より遠目からの方が現実がよく見えるということはない。
しかし、ファンタジーは遠目からもわかる。しばしば遠目からの方がよくわかる。
私が去年のアメリカ論で主題化したのは、「アメリカ人とは何ものであるか」ということではなく、「アメリカ人は自分たちのことを何ものだと思っているのか」ということである。
これを知るためにはデータよりも想像力の方が必要だ。
たとえば、「英語話者である」ということのリアリティを私たちは想像力抜きには理解することができない。
想像してみて頂きたい。
世界中どこに言っても日本語が通じ、世界中どこの公共施設にも日本語の表示があり、日本語をしゃべれる人間がおり、日本語ができることがその人々にとっては社会的プレスティージであり、商談でも国際会議でもふだんどおり日本語でプレゼンすればそれでオッケー・・・・という言語的状況におかれた人間に自国文化の辺境性やローカリティについて内省する機会がどれほど頻繁に訪れるか。
私たち日本人はこういう(想像のおよばないような状況を)想像をしない限り英語話者の世界像にたどりつくことができない。
しかし、この「英語の覇権性」というような事実は、アメリカ事情に精通した人間やアメリカに長くいて英語が母国語同様に話せる人間にとっては「想像することを無意識的に回避したくなる」論件である。
というのはまさに英語が世界の標準語であるという事実から、そのアメリカ研究者自身が恩恵を蒙っているからである。
日本人アメリカ通の語るアメリカ論のピットフォールはこの点にある。
英米文学者であれ、アメリカ政治や経済の専門家であれ、アメリカの大学で学位をとってきた心理学者や自然科学者であれ、彼らは「アメリカが当面世界の覇権国家であり続け、文明の中心であり続ける」という事実から、そうでない場合よりも多くの利益を得ている。
であれば、その方たちの語るアメリカ論には「アメリカン・ドリーム・フォーエバー」という主観的バイアスが多少ともかかるのは避けがたい。
私はそれが悪いと申し上げているのではない。
人間とはそういうものであって、それを非難する権利のある人間はいない。
私はただ、そういうアメリカ論ばかりでなくてもよろしいのではないかと申し上げているのである。
私のアメリカ論は「アメリカは近くその世界的威信を失い、ゆっくり滅亡に向かうであろう」という予言とともにある。
予言というのは遂行的なものであるから、私自身はこの予言が「当たる」ことを願っている。
ということは、「アメリカがさらに生き延びる」オプションと「アメリカの衰退を促進しそうな」オプションの二つがあり、私にその選択権が委ねられて「どちらを選ぶ?」と訊かれたら、私は迷わず後者を選ぶということである。
そういう否定的なバイアスのかかった「歪んだ主観」からのアメリカ論がひとつくらいあってもいいだろうと私は思う。
はなから「私のアメリカ論は私の主観的バイアスのかかった妄想です」と宣言しているのであるから、それを事実として信じる読者がおられるはずもない。
「お前の議論には現実的基礎づけがない」とか「データがない」とか「学問的根拠がない」という批判も当然予想されるのであるが、こちらははじめから「そういうものは、ないんですってば」と申し上げているのであるから、かかる批判は日本語読解能力がない方からのものとみなして、軽くスルーさせていただくのである。
果たして石川記者のアメリカ探訪は私のアメリカン・ファンタジー論を裏付けることになるのか、それとも「ウチダさんのいうことまるっとデタラメじゃないですか!(怒)」ということになるのか、帰国後のお話を伺うのが楽しみである。

昼からは精神科医の春日武彦先生との対談のために飯田橋の角川書店に行く。
名越先生もそうだけれど、精神科医の方との対談は気楽である。
どうしてかというと、精神科医というのは職業的に、決してこちらの話を遮ったり、反論を向けたりされないからである。
どんなむちゃくちゃなことを言っても、にっこり笑ってうなずいてくれる。
もちろん先方は私の暴言暴論にうんざりされることもままあるのであろうが、そのようなうんざり感をスルーする技術にもまた熟達されているはずなのであるから、こちらはどんどん「患者」状態になることができる。

今回の対談テーマは角川書店の女性編集者たちのリクエストで、「30代女性の生き方」についてというものである。
50代のおじさんたちにそんなこと訊いてどうするんだろうと思うけれど、訊きたいと先方がおっしゃるのであれば致し方ない。
たたみかけるように連打される質問にふたりでどんどんお答えする。
私と春日先生の基本的な考え方はかなり似ていて、「ま、なるようにしか、ならんわな」という未来の未知性への敬意あふれる態度と「強く念じたことはそうでない場合よりも実現する可能性が高い」という能動的・主体的な構えの不気味なアマルガムである。
そんなことを言われても少しも生き方のガイドラインにはならないのであるが、私たちの主張は「生き方にガイドラインはない」というものなので、こればかりは仕方がないのである。


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2005年02月06日

構造と自己組織化

2月5日

芦屋で合気道のお稽古。
正面打ちからの展開。
このあいだ守さんがいらしたときにうかがった「構造」ということばがずっと頭に残っている。
合気道も意拳も「ファーストコンタクト」の瞬間に勝負が決まるという点では同じはずである。
ただ合気道は接触したあと、相手との接触がかなり長い時間継続する(投げが決まって空間的に乖離したあとも、「一体化」は持続している)。
この相手との「一体化」(それを多田先生は「対峙しない」「とらわれない」「敵を作らない」「嫌わない」という言い方で表現されている)の原理を「構造」ということばで捉え返すと非常に見通しがよくなるような気がしてきたのである。
意拳の站椿はおのれの身体の「最強の構造」を内観によって覚知するための稽古法である(たぶん、そうだと思う。違っていたらご指摘くださいね、守さん)。

その「構造」に外的なファクターが加わった場合、「構造」は新たなファクターを取り込んで、最もバランスのよい、生き生きとした構造へと「自己組織化」するはずである。
だとすると、合気道に限らず、すべての武術の形稽古というのは、この単独で存立する「構造」が未知のファクターや負荷(つまり相手からの加撃や妨害)が加わったことで、いったん解離し、その新たなファクターを組み込んだかたちで自己組織化し、「構造」をヴァージョン・アップする無窮のプロセス、というふうに理解することができるのではないか。
そう考えたのである。
となると、このような稽古のねらいは「不壊の構造」を維持することではなく、むしろ「未知なるファクター」を迎え入れたときに、瞬間的に「それを含んだ新しい構造」を再構築する「柔軟性」と「開放性」の感覚をとぎすますことにあるのではないか。
手と手が触れあう一瞬のうちに、「私を攻撃してくる相手」をも含んでなめらかに運動するバランスのよい構造を望見し、それを成就するためにもっとも効率的な動線を選んでただしく動く。
そのような絶えざる自己解体=自己再構築の運動性をたかめることが形稽古のねらいではないのか。

「負けない」とか「崩されない」とかいうタームで身体運用をしている限り、負荷がある閾値を超えたところで術は崩壊する。
しかし、「相手の攻撃をも含んだかたちでの構造の自己組織化」というダイナミックなスキームで構想するならば、喩えて言えば、小企業が短期的に効率的な資金運用によっておのれに数倍する巨大な企業を買収することができるように、相手の大小や彼我の強弱とは関係のない次元で「自己組織化」は果たしうるはずである。
そんなことを思いついた。
ただし、この比喩は誤解を招きそうなので、補足しておくけれど、「小能く大を倒す」という術が成就するためには、当の「私」自身を単体で存在する個物と考えてはならない。そうではなくて、私自身が私と相手をともに含む巨大な「構造」の一部分であるという「ネットワーク感覚」が欠かせないように思われる。
「私」が天然の理法を「知っている」とかそれを「統御している」というのではなく、「私」の中に天然の理法・構造法則が活発に活動しており、「私」はそのひとつの表出にすぎない。

多田先生は武人の心得として「用のないところにはゆかない」ということをよくおっしゃっている。
私が震災のあとの復旧作業の経験で学んだことの一つは「誰かが手助けを必要としているとき、まるではかったようにそこに登場する身体感覚のすぐれた人間」が存在するということであった。
「用のないところにゆかない人間」と「誰かが自分を必要としているときにそれを察知できる人間=用のあるところに選択的にいる人間」はおそらく同一の人である。
この感覚を私は上で「ネットワーク感覚」と呼んだのである。
この感覚を身体運用レベルで言うと、ある身体部位が「どこに用があって、どこに用がないのか」を瞬時に察知する能力ということになる。この能力が「構造」の安定性を担保している。

同じ話を何度も繰り返して恐縮だが、意拳の光岡英稔師範がハワイで組み手をしているときに、スパーリング・パートナーの前歯の一本にまるで「リールが釣り糸を巻き取るように」一本拳が入ったことがあった。その前歯は虫歯でその日の朝からぐらぐらしていてそうである。
もちろん光岡先生は相手の口腔の状態なんかぜんぜん知らなかった。
拳が虫歯に吸い寄せられるように動いたのである。
相手の「最弱」のポイントに拳が動くという感覚は、「手助けを必要として困っている人がいるところに、気がつかないうちに立ち会っている」感覚と実は同質のものである。
発勁はつよく発すれば武器となるが、やわらかく発すれば治療技術となる。
いずれの場合も、「相手の身体の最弱のポイントを直感的に探り当てる」という感覚に変わりはない。
「最弱」という言い方も語弊がありそうだが、これまでの記述に則して言い換えると「構造の自己組織化が始まる起点」というふうに言うこともできるだろう。
「レバレッジ」と言ってもいい。
そこを探り当てる。
そのために必要なのは筋肉の強化でも心肺機能の向上でもない。
いま自分が何を求めているのか、誰がどこで私を呼び求めているのか、それを聴き取る力である。
その力にもし近似的な表現を与えるとすれば、私は「愛する力」ということばではないかと思う。

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2005年02月05日

(笑)問題

2月5日

ようやく名越先生との対談本『十四歳の子供を持つ親たちのために』(新潮新書)のデータ校正が終わる。
去年数回にわたって行った対談を起こしたものだが、なにしろ名越先生と私であるから話頭は転々奇を究めてとどまらず。足立さんはよくぞあんな支離滅裂なるおしゃべりを一冊の本にまとめたものである。さすがプロ。
その場の勢いで思いつくままいろいろなことを話しているせいで、今読み返すといったい自分が何を言っているのかよくわからないところも散見される。
書いた本人が何を言っているのかわからない箇所を読者が理解できるはずがない。そういうところはさくさくと削って、あらたに書き足してゆく。
対談の校正の難点は、あらたに書き足した箇所に(笑)を入れる権利が加筆者にあるかどうかという「(笑)問題」である。
笑ってもいないどころか、そのことばを聞いてさえいない名越先生に代って私が「あなたの述べることに私も同意する」を近似的に意味する(笑)の符号を私自身のコメントに付すというのは、いわば「ひとりうなずき」というか「自画自賛」というか、倫理的にも審美的にも許容しがたいことと言わねばならない。
とはいいながら、実際にその場で私がそのことばを述べたあとには、かならずや名越先生が爆笑されるであろうということが確証せらるることを書き足したあとに、(笑)が入ってないと、「おや、このネタで名越先生は笑わなかったのか…ということは、名越先生はウチダのこのような物言いに対して、何らかのご批判なり、ご不快なりを感知せられたということであろうか…」というような取り越し苦労を読者にさせかねない。
これも困る。
というわけで、「(笑)問題」は対談本校正における永遠に解決されることのないアポリアなのである。
で、今回はどうしたかというと、私は二箇所にこっそり(笑)を入れた。
私の校正のあとに名越先生が朱を入れられるはずであるが、おそらく炯眼なる名越先生にしても私が挿入した「偽(笑)」がどこであるかを判定することには困難を覚えられることであろう。

優秀卒業選考のために候補論文五点を読む。
私の属する現代国際文化コースのゼミの先生方が自分のゼミから一点選んだ論文を読み比べて、最も優秀なものを選び、論文集に掲載するのである。
がんばった学生への報奨であると同時に、「卒論というのはこういうふうに書くのだよ」というモデルを下の学年の学生たちに提示することも意図されている。
その論文を一気読みする。
ナバちゃんのゼミの子の「時間論」のレベルの高さに驚く。
論文定型からは外れているからおそらく選考会議の席では評価が割れるであろうが、大学生でここまで時間の本質について独力で思索できるというのはたいしたものである。ベルクソン、ジャンケレヴィッチまで読んだのであれば、あと一歩、レヴィナス老師の『時間と他者』までたどりついてくれたらいうことはなかったのであるが、それにしても学生の卒論を読んで思わず「お、これ使わせて頂こう」とメモをとってしまう、というのはレアなことである。
もう一点、シミチュー先生のゼミの「国立公園論」にも感心。アメリカのフロンティア開拓と自然観の推移を扱ったものだが、文章の流れがよい。
読んだ資料をいったん自分の中で咀嚼して、それを自分のことばで整えると、ことばはある種の「身体性」を獲得する。文体の「肌理」といってもいいし、「温度」といってもいい。
知性の上質さが感じられるような文体である。

続いて『讀賣新聞』から2月に4本エッセイを頼まれているので、第一回分800字をさらさらと書く。
知性の上質さがあまり感じられない文体であるが、身の不徳の致すところであるから仕方がない。

これで急ぎの仕事はすべて片づいた。
「急ぎの仕事がすべて片づいた」というのは数ヶ月ぶりのことではないだろうか。
あとパソコンのハードディスクに校正データがまだ三冊分入っている。
次はとりあえず「池上先生との対談本」にかかるとしよう。
どうやら春休みのうちにたまった仕事を一括処理できそうな見通しが出てきた。
これで四月から晴れて「お気楽サラリーマン」だ。

鈴木晶さんからメールが届いて、鈴木先生はHP上で「マイ古書店」というものを開設せられたそうである。
あまりに蔵書がふえて収拾がつかなくなったので、好書家のみなさんにリーズナブルなプライスで専門書を頒布しよう企図されたのである。
グッドアイディアであるけれど、こういうことは「蔵書リスト」というものをハードディスクに収納している人じゃないとできないことである。私は自分がどんな本を持っているかよく知らない(読んでないから)ので、古書店は開けないのである(泣)。

鈴木晶先生のマイ古書店はこちら
http://www.shosbar.com/shop/shop-index.html
どんどん買って鈴木先生の書架に隙間をつくってあげましょう、


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2005年02月04日

違いのわかる男です

2月4日

だいぶ前だがこの日記に「四月からお気楽サラリーマン稼業になるので、オフィスに欲しいものがある」と書いたことがある。
そのとき、「昼寝用ソファー、観葉植物、オーディオ、液晶テレビ、美人秘書、運転手」などとともに「コーヒーメイカー」というものを挙げたのをご記憶の方があるかと思う。
こういうものはなんでも書いておくもので、さっそくネスカフェに勤務されている方から「ネスプレッソ・マシン」という商品名のコーヒーメイカーのご寄贈を賜った。
これはコーヒー粉がカプセルに封入されていて、お水を注いでカプセルを「ガッシン」(@石川先生)すると「たらりたらり」とエスプレッソが漏れ出てくるというすぐれものである。
事務室のヒラヤマくんによるとたいへん高額のものであるらしい。その情報供与の代償として「前から欲しかったので私にください」というお申し出を受けた。私もたいがい世間をなめた生き方をしているが上には上がいるものである。このコーヒーメイカーは新装してくれるオフィスに持ち込む予定なので、それまでは使わないのである。
ヨシイさん、どうもありがとうございました。ネスカフェって、ほんとうにいい会社ですね。インスタントコーヒー毎日飲んでます。お礼が遅れて申し訳ありませんでした。

しかし、何でもHP日記には書いてみるものである。
だいぶ前になるが、紀要用に書いた原稿が長くなりすぎて、紀要編集者から「分載にしてください」と言われて困じ果て、ふと思いついてこのHP日記で「原稿の引き取り手」を探したら、奇特なる出版社が引き取ってくださり、単行本にしてもらったことがあった。
だが、これらはやはり例外的な事例であろう。
BMWやジャガーについては執拗に「欲しい欲しい」と書いておいたのだが、両社からの試供品供与の打診はなかった(『NAVI』からは「BMW買ったらインプレッション書いてください」という申し出があったけど、それってただの「仕事」である)。
そうそう。「テレビは嫌いだがラジオは好きだ」と書いたら、いまたいへん世間からバッシングされている某放送局(私はちゃんと受信料を払っているが)のラジオ局から出演依頼が来た。
ラジオで『先生はえらい』について話してほしいということであったので、ちくまのヨシザキさんの販促活動のお手伝いになればとお受けしたのである。
企画書を見たら、インタビュアーは「遙洋子さん」という方となっている。
「上野千鶴子に喧嘩の仕方を習ってきた」フェミニストのタレントさんである。
いかなる天の配剤であろうか。
公共放送の電波上で私の頭上にフェミニズムからの歴史的鉄槌が下り、その学者生命が完膚無きまでに粉砕されるさまがリアルタイムで放送されることになるのであろうか。
4月9日生放送だそうであるから、みなさまお楽しみに。

三宅先生からメールが来て、今朝のTV朝日の「今週のベストセラー」に『先生はえらい』が七位でランクインしていましたよという情報提供を受ける。
ほんとかしらとbk1のランキングをチェック。
おおお、これはびつくり。
新書部門で『先生はえらい』がなんと堂々の第一位ではないか。
総合部門ではと見ると、これがチャート初登場8位。
8位ということは『魔法使いハウルと火の悪魔』より『ダヴィンチ・コード』より『電車男』より『ジャニーズJr 2005/2006スクールカレンダー』よりもさらに上位ということである。
そのようなことがあってよろしいのであろうか。
『先生はえらい』は中学生高校生にむかってラカンの転移論を「噛み砕いて」説くという趣旨のものである。
そのような書き物の出現を待望していた中高生などというものが存在するはずがない。
となると、「7モーラのタイトル」と「いかなる制度文物をも批判しない教育論」という点だけがセールスポイントである。
そんな本がどのようにしてニーズの掘り起こしを果たし得たのか。
ジュンク堂紀伊国屋他の書店員のみなさんが「ウチダ本」に熱い応援を送って下さったことが大きく貢献していることはまぎれもない事実であるが、それにしても新書部門チャート初登場第一位というのはそれだけでは説明がつかない。
これはやはり先般申し上げたように、「学校は愉しい」「がんばれ!文部科学省」「ぼくらの日教組」といった、教育現場にたいする「暖かいまなざし」路線へのゆるやかなシフトによって、ゆきすぎた教育批判を補正することの必要性に日本のみなさんが気づき始めたことの徴候として見るのがよろしいのではないかと私は思う。
日本全国の「先生」たち、どうか私とともにチャート入りを喜んでいただきたい。
文部科学省と日教組が同時に本書を「指定推薦図書」にご指名くださってもウチダ的にはぜんぜんオッケーであるということをあらためて確認してお礼のご挨拶に代えさせて頂くのである。

投稿者 uchida : 10:06 | コメント (0) | トラックバック

2005年02月03日

めでたい初トラックバック

2月3日

茂木健一郎さんがブログ日記で『先生はえらい』のコメントしてますよ、と本願寺のフジモトくんからご注進が入ったので、さっそく拝読してみる。
http://kenmogi.cocolog-nifty.com/qualia/
ごていねいなプレゼンテーションありがとうございます。
茂木さんの全文はそちらを徴して頂くとして、私も茂木さんのおっしゃる「フランス=底抜け思想」対「アングロサクソン=プラクティカルな経験主義」という対立図式は事態の本質をうまくとらえていると思う。私自身も同じような言い方をすることがあるし。
ちょうどそれと似たことを私も自分の日記でちょっと前に書いた。去年の10月の日記だけれど、院生のS田くんが相談に来たのでこんな話をした。

「さらさらと小テストの採点をしていると院生のS田くんが、修論の相談に来る。
学術論文のライティングスタイルとして規範化されている作法がどうも肌に合わないというご相談である。
学術論文のスタイルには『アングロサクソン型』と『大陸型』の二種類がある。
社会科学系の論文は(理科系の論文に準じて)アングロサクソン型で書かれるのが普通であるが、宗教や哲学や文学などについて論じる場合は、論文を書きつつある主体自身の思考や文体そのものの被投性を遡及的に問うという面倒な作業を伴うために『大陸型』(フーコーやデリダやレヴィナスやラカンのような書き方)で書かれるのが普通である、ということをご説明する。『大陸型』の書き手は『アングロサクソン型』の書き物をすらすら読めるが(だってわかりやすいんだもん)、『アングロサクソン型』の書き手は『大陸型』の書き物を理解しようとする努力を惜しむ傾向にある。S田さんは宗教的経験・霊的経験について論述する予定であるようだが、こういう論文では鍵語(『神』とか『霊』とか)を一義的に定義することができない。鍵語を定義しないままで、『鍵語を定義しえない人間知性の限界性』そのものを問い返す作業をアングロサクソン型の論述で進めるのはかなりむずかしい(できないことではないが)。
学術性を確保しながら、学術性の基礎づけそのものを問い返すためには、言語的なアクロバシーが要求される。まず『言葉を操る技術』がなければ、何も始まらない、というようなことをお話しする。
お役に立てたであろうか。」

私は陣営的にはもちろん「大陸型エクリチュールの擁護と顕彰」委員会のメンバーであるが、70年代以降に大陸型エクリチュールが社会科学、人文科学の領域にもたらした「前代未聞の災厄」については、私自身も内心忸怩たる思いがある。私だってそれでずいぶん迷惑な思いをしたのであるから、ソーカルの怒りには深く共感している。
しかし、かりそめにも私は「邪悪なまでに難解なエクリチュール」を駆使するレヴィナス老師の弟子である以上、大陸型エクリチュールを「産湯といっしょに赤子まで」放逐するようなことはちょっと我慢してね、お怒りはごもっともですが…となだめる側に立たねばならない。
私の『寝ながら学べる』というような「腰の低い」アプローチは実は「大陸型」の「底抜けエクリチュール」の尻拭いというか放蕩な兄たちがあちこちでこさえた借金を割賦で払って回っている末の弟、というような立ち位置からなされているものなのである。
「あ、兄貴たちはああ木で鼻をくくったみたいに横柄なものいいしますけど、そんな悪い人たちじゃないです。あれで、けっこう優しいとこあるし。ときどき病気の母にヨーカンなんか買ってきてくれたりすることだってあるんです」というような弱気な言い訳をしているわけである。
もちろん「悪い兄たち」の所業は「ヨーカン」でトレードオフできるようなものではないのだが、まそこはそれとして。

さて、茂木さんはこんな愉快なことばでその日記を締めている。

「この複雑怪奇な現代世界では、複眼的な思想が必要だ。
no nonsenseで世界を平面的にしか見れない人に対しては、『君、少しフランス思想を服用したまえ』と言いたいし、 フランス思想にかぶれてぐちゃぐちゃな人には、『君、もう少しプラクティカルになりたまえ』と言いたい。いっしょにドーバー海峡の真ん中あたりに沈みましょう。」

私が「言語的なアクロバシー」ということばで言おうとしていることと、茂木さんが「ドーバー海峡の真ん中あたりでの立ち泳ぎ(たぶん沈んだまんまじゃないと思うので)」という比喩で語ろうとしていることは、そんなに違わないような気が私にはする。
締めにこのようなドーバー海峡中央点的立ち位置における「泳法」の心得について、最近読んだいちばんかっこいいフレーズをご紹介しておこう。

「批判とは自他を区別することである。それは他者を媒介としてみずからをあらわすことであるが、自他の区別がはじめから明らかである場合、批判という行為は生まれない。批判とは、自他を包む全体のうちにあって、自己を区別することである。それは従って、他を媒介としながら、つねにみずからの批判の根拠を問うことであり、みずからを批判し形成する行為に外ならない。思想はそのようにして形成される。」(白川静『孔子伝』)

うーん。ほれぼれするね。白川先生のこともこれから「師匠」と呼ばせていただくことにしようかしら。

あ、それからこういうのって、茂木さんのブログにトラックバックするんでしょ?ネット仁義としては。でも私トラックバックて、したことないから。秘書室の諸君あとはよろしく頼んだよ。これ、トラバしといてね。

投稿者 uchida : 14:47 | コメント (7) | トラックバック

山瀬まみ化する男と『ハウルの動く城』の厚み

2月3日

イタリアのブタさんが来る。
ブタさんと言っても「仔ぶた」や「野ぶた」ではなくて妙齢の女性である。
うちのゼミの96年の卒業生。この代はベルギーでピアニストをしているカナ姫とか岡山のガラス工場で働くマキちゃんとか島原のシリコンバレーで働くイシモリくんとか夫婦別姓問題に奇跡の決着をつけたイトウくんとか…とにかく多士済々で賑やかな学年であった。
ブタさんは就職してドイツに赴任し、そこでロマンスグレーのイタリア紳士と道ならぬ恋に落ち、怒濤の略奪愛を成就し、いまは北イタリアの日系企業に勤めつつ、嫁姑問題、前妻とのバトル、義理の子供たちとの葛藤などの渦中にあって「ネタ的には昼ドラにしたいけどロケ代がかさむので企画倒れ」的なカラフルな人生を送っている卒業生である。
さっそくお茶を啜りながらイタリア嫁姑問題、略奪愛バトル問題、継母葛藤問題など「まあ!そ、そんなことってあるのかしら!やあねえ、信じられないわ」というような「おばさん」的受けをまじえつつ二時間半にわたって「まあ!」的話題に耽る。
私は「こういう話」にヨワイ。
話しているうちにぐいぐいと「山瀬まみ」化してゆく。
ときどき「はっ」と我に返って「それはどうかと思うよ、センセイは」というような教師的コメントを差し挟むのであるが、ついつい「政治的に正しい諫言」より「家庭内バトルがより過激化する方向へのサジェッション」が口を衝いて出てしまうのである。
悪い先生ですまない。

『ハウルの動く城』を見に行く。
映画館の前にゆくと長蛇の列である。
げ、まだそんなに客が入るのかよと驚いていたら、それは『Tokyo Tower』の方の列であった。「『東京タワー』ってどんな映画なの?」と聴くと「黒木瞳と岡田准一が年の差なんか超えた愛を貫く話」であるという回答が得られた。『さよならをもう一度』みたいな映画なのかな(なんて言っても誰も知らんか。年上の人イングリット・バーグマンがアンソニー・パーキンス青年に許されぬ恋心を抱くのを、訳知りおじさんイブ・モンタンが苦悩しつつ受け容れるというハートエイキングな名画である)。
しかし、黒木瞳と岡田准一のまんまTVで見られそうな恋愛ドラマを見るために平日の昼間から若い女性およびあまり若くない女性が長蛇の列をなしているというのはどう理解すればよろしいのであろうか。
私にはよくわからないし、ぜひとも考究したいという意欲もわかないので軽くスルー。
さいわい『ハウルの動く城』は五分の入り。「子連れの母」たちが多い。
子供がわいわい騒いでいる映画館で映画を見るというのも久しぶりである。
私はこれから劇場で見る予定の映画については一切映画評というものを見ないことにしているので、どういうストーリーでどういうねらいでどういう俳優が出ているというようなことは何も知らない。
だから、最初にソフィーの声を聴いたときに、「どこかで聴いたことのある声だなあ…」と考えて「あ、さくらの声だ」と気がつくまで10分くらいかかり、ハウルの声を聴いてから「どこかで…」(以下同文)、カルシファーの声を聴いて「どこかで…」でこれは最後のクレジットを見るまでわからなかった(『鮫肌男』の我集院達也=若人あきらさんでした)。
ストーリーも「若い女の子が呪いをかけられておばあさんになる」ということしか知らなかった。
何も知らないで見る映画は実に愉しい。
わくわくどきどきの二時間でした。
宮崎駿はそれにしてもほんとうに「産業革命直後のオーストリアあたり」の風景が好きなんだ。
前世では19世紀のウィーンでパン屋でもやっていたのではないか。
そんな気がするほどに、細部にリアリティがある。
家具や壁や床の「質感」や「温度」や「凹凸」まで画面を見ていると感じ取れる。
そんなアニメ作れる?ふつう。
第二帝政期の装飾のある部屋の温度や湿度や匂いや家具の手触りなんて、「そこ」にいたことのある人間にしかわからないと思う。
すごいよな。それだけでも他の追随を許さないと私は思う。
それに宮崎自身もいちばん見て欲しいのは、そういう細部の「書き込み」だと思う。
黒澤明は『赤ひげ』のセットで、小石川療養所の赤ひげの診療室の薬草棚の全部にほんものの薬草を詰めたそうである。
もちろん画面には映らない。薬草を取り出すシーンなんてないんだから。
でも、映画を見るとたしかにそれは薬草がぎっしり詰まっている棚のように見える。
重みや匂いが「わかる」のだ。
それと同じような「厚み」が宮崎駿のアニメにはある。
たぶんあの「動く城」についても宮崎は精密な「図面」を書いていて、どこに何があって、どういう「隠し階段」や「隠し部屋」があるか、どの棚にはどんなお皿が入っているか、どの箪笥にはどんなリネンが入っているかまでぜんぶきっちり書き込んだはずである。
もちろん、そんなものは画面には映らない。
でも、見る人には「わかる」。
子供だって(むしろ子供の方こそ)そういうところをちゃんと見ている。
だから、「ジブリのアニメはすごい。ほかと全然違う」ということがわかるのだ。

投稿者 uchida : 11:05 | コメント (0) | トラックバック

2005年02月02日

改憲護憲といいますが・・・

2月2日

ああ、疲れた。
朝からずっと「課題感想文」の添削をしている。
推薦入試で合格された受験生たちが「わーい合格だあ」と10月から遊んでしまわれると高校のカリキュラムにも支障が出るし、4月に入学したときに遊び疲れで気息奄々ということも懸念されるために、本学では推薦入試やAO入試の合格者には指定書籍を課して、それについての感想文を書いていただき、それを専任教員が添削しコメントを加えてお返しするという作業を行っている。
400字詰め8-10枚ほどの感想文10点を読みコメントを付す。
けっこうきつい。
私に与えられたのは竹内敏晴さんの『「からだ」と「ことば」のレッスン』(講談社現代新書)と憲法再生フォーラム編『改憲は必要か』(岩波新書)を選択された高校生たちの感想文である。
竹内さんの方は私のいわば「専門」領域であり、高校生の諸君よりはこの問題に通じているのでコメントも比較的しやすいのであるが、改憲問題となると、高校生の政治的意見と私の政治的意見のどちらが「熟成しているか」というようなことは軽々には私の方から申し上げることができない。
憲法九条を改正して通常の軍備をすべきだというご意見をもたれる高校生に向かって「それは正しい」とも「その考えは間違っている」とも採点者の側としては申し上げるわけにはゆかない。
こ、これはけっこう苦しい。
私は「誰に対しても好きなだけ悪口を言う自由」の確保を人生の目標に掲げて孜々たる営為をしてきた人間であるが、こと学生諸君に対してはこの自由の行使を自制している。
私は査定する側であり、彼女たちは査定される側である。
査定する側が「悪口をいう自由」を言い立ててはことの筋目が通らない。
したがって、私のコメントはきわめて歯切れの悪いものになる。
こんなふうに。

「重要な政治的案件のほとんどは、賛成反対どちらの言い分にもそれぞれ理があります。
100%正しい選択とか100%間違った選択というのは、政治の世界ではありえません。
場合によってはある時点では51%正しくて、翌日はその正しさが49%に減じた…というようなこともままあるわけです。
改憲問題も、単独の案件ではありません。いろいろな可変的ファクターが関与していますから。
憲法問題は日米関係と密接にリンクしています。
日米関係を控除して、憲法九条だけを議論するということは論の性質上不可能です。
ここに憲法問題がごちゃごちゃする原因があるように私は思うのです。
ご存じのとおり、日本の改憲論者陣営は「親米派」と「嫌米派」という立場の異なる二陣営から構成されています。
親米派はアメリカとの同盟関係を密にし、その世界戦略を支援することが直接日本の国益を最大化する方途だろうと考えています。
一方の嫌米派は、日本国憲法がアメリカの軍事的圧力の下で「押しつけられた」ということを屈辱的に感じ、自主憲法を制定することが日本の独立国としての誇りを再建するために必要だと考えています。
そして、不思議なことに、この親米的態度と嫌米的態度が同一人物の中に混在している場合さえあるのです。
というより、そういう人たちが改憲派のマジョリティではないかと私は考えています。
そして、奇妙に聞こえるかも知れませんが、この種の「アマルガム的」改憲派の存在こそが日本の改憲勢力の政治的姿勢の一貫性を担保しているのです。
というのは、アメリカの対日戦略や世界戦略が『正解』を選び取ると、日本の対米感情が好転し、アメリカの国際社会における威信が高まり、『親米派』が優勢になり、アメリカの対日政策や世界戦略が『失敗』して、対米感情が悪化し、アメリカの国際社会における威信が低下すると『嫌米派』が優勢になるからです。
親米・嫌米の比率は変りますが、両者の総和であるところの「改憲の必要の訴求力」そのものは変らない。
つまり、アメリカの世界戦略や対日政策が成功しても失敗しても改憲の必要性を求める心情には少しの変化もない…というふうに改憲派の議論は構築されているんです。
つまり日本における改憲議論というのは戦後60年間、日米関係にリンクして憲法が語られる限り、議論が前に進まないように構造化されてきたんです。
この立論は誰が思いついたのか知りませんが(吉田茂かな)、よくできていますね。
いまの日本でこの論点がすこし動き出したのは、実はこのバランスが崩れてきたことと関係がありそうに思います。
これまでの改憲護憲の議論は「アメリカの世界戦略を支援する/阻止する」という対立図式に還元できたわけですが、その前提には「アメリカがその戦略を粛々と展開した場合には、ある世界秩序が構築される」という見通しが(賛否はわかれますが)両陣営に共有されていたという事実があります。
いま、その前提が崩れ始めています。
つまり、「アメリカがその世界戦略を粛々と展開した場合、世界にはある種の〈無秩序〉が到来するのではないか…」という暗鬱な見通しを人々が持ち始めたということです。
これはえらい違いですよね、これまでとは。
ですから、改憲護憲のことばづかいは同じですし、問題が日米同盟の評価にかかわることも変らないのですが、その前提にある「アメリカによる世界秩序の構築」という見通しだけが何となく怪しくなってきたということがあるように私には思われるのです。
このまだ意識的には主題化されていない不安を政治的言説の水準に繰り上げる作業をしないままに、古典的なスキームで改憲護憲の議論をしていると、それは空語にしかならないのではないかと私は懸念するのです。」

しかし、推薦入試合格者の課題論文を提出したらこんなコメントを返されてしまった高校生にはえらい迷惑であろう。
ごめんね。ややこしいこと書いて。さらっとご放念ください。

投稿者 uchida : 21:27 | コメント (0) | トラックバック

パリ症候群

2月2日

朝日新聞の朝刊に興味深い記事が載っていた。
「在留日本人のパリ症候群」という記事である。
パリ在住の日本人の中に鬱病を発するものが多く(毎年百人程度)、中にはかなり重篤なものも含まれる。これを現地に在住のドクター太田という方が「パリ症候群」(syndro^me de Paris) と命名した。
朝日の記事によると「診察者の73%は女性で、20代、30代が突出する。バブル経済期には、仕送りは多いが、学習意欲が低い女性が大挙留学し、言葉の壁に跳ね返される例が相次いだ。いま危ないのは転職志望の女性たちだ。仏語を身につけ、服飾や旅行、メディア関係の『パリらしい』仕事をしたい。そんな夢想を抱いた人たちがこの街に来て打ちひしがれる。」
典型的な症候は、将来への見通し不安とことばによるコミュニケーション失調。それから対人恐怖、外出恐怖、「自分をバカにしている声が聞こえる」ようになり、妄想を発して強制入院、自殺未遂に至るケースもある。
原因についてドクター太田はこう語っている。
「日本のサービスの質は官民ともに世界最高だが、フランスは残念ながらその対極に近い。日本基準のままだと不快な体験を重ねることになる。きちんとした日本人はこの国のいい加減さではなく、それについていけない自分を責めてしまう。」
朝日新聞によると、『リベラシオン』の12月の記事がきっかけで取材をしたそうであるので、さっそく当の『リベラシオン』の記事を読んでみる(インターネットって、ほんとに便利だなあ)
フランス人は「パリ症候群」をどうとらえ、その原因をどう解析しているか興味がわいたのである。(まさか「フランスのサービスは世界最低水準なので、日本人は不愉快な経験を重ねてしまう」という説明はしてないよね)
どれどれ。
ふむふむ。
では04年12月13日の『リベラシオン』の記事をご紹介しよう。
症状の現状報告はだいたい朝日の記事と同じだが、分析にはだいぶ温度差がある。
「症状は渡仏して三月目くらいから始まる。日常生活の些細な不調がきっかけで軽い鬱状態になり、それが不安、外出恐怖、交通機関への恐怖症と症状は進行し、25%が帰国する前に入院加療を必要とする状態にまで悪化する。ドクター太田によると、『症状は異文化との違和感でフランスに適応できない人に発症する』。
Association Jeune Japon のベルナール・ドゥラージュは家父長的な日本社会の厳格さを原因に挙げる。『患者のほとんどは甘やかされ、過保護で育てられたええとこのお嬢さんたちだ。西欧的な自由に免疫がないので、頭が変になってしまうんだね。』
日仏協会のマリオ・ルヌーがこれにこう付け加える。『社会関係がぜんぜん違う。日本的な集団主義は西欧的な個人主義と相容れない。日本人は自分たちの集団から離れるとまるで無防備になったような気になるんだ。』
われわれの社会は日出るところの国の居留民を変調させてしまうのであろうか?
ドクター太田はことばの問題とコミュニケーションの問題を指摘する。『日本人は臆病だから、フランス人のいらだちに恐怖を感じる。ぺらぺらしゃべるのは日本では不作法なことだ。日本人は何も言わないでも内心を察知してもらえるから。フランス人のユーモアもきまじめな日本人にとっては攻撃的なものと感じられる。』(中略)
マリオ・ルヌーの仕上げの説明によれば、これらの心理的トラブルは夢と現実の乖離を前にした日本人の幻滅に起因する。
『雑誌が日本人の幻想を育てているんだよ。あんなものばかり読んでいると、パリではそこらじゅうにマヌカンがいて、女性はみんなヴィトンでまとめていると思うんだろうね。』
残念ながら現実はそれとはほど遠い。街にはヴァン・ゴッホもいないし、そこらじゅうにトップモデルがぞろぞろ歩いているわけでもない。別にだからといって病気になることはないじゃないか。」

というものであった。
同一の論件について日仏二つのメディアを徴すると、その「ずれ」や温度差から出来事の意味がよくわかる。
『リベラシオン』の論調は精神的に失調している日本人にたいしてあまりフレンドリーであるようには思われなかった(きっとこれがドクター太田の言うところの「ちょっと攻撃的なフランス的ユーモア」というものなのであろう)。
たしかにバブル期のパリでヴィトンやエルメスの店に観光バスで乗り付け店の品物をあらかたさらっていった日本人のレディーたちに対していまなおフランスのみなさんがあまり親近感を抱くことが出来ないでいるというのもわからないではない。
しかし、それにしても「病気になるのはお前が弱いからだ」ときっぱり決めつけるあたり、ほんとに「フランス的個人主義」の面目躍如である。
こういう風土の中で暮らせる日本人はたしかにそれほど多くはないだろうと私は思う。
現在の若い日本人のほとんどは自分の不幸や失敗を「他の人のせい」にする他罰的説明に依存している。「社会が悪い」「親が悪い」「学校が悪い」「メディアが悪い」などなど。
「私が不幸なのは私のせいではない(「父」のせいだ)」という発想そのものを「家父長制」と呼ぶのである(その点ではわが国の作物は、マルクス主義もフェミニズムもポストモダニスムもすべては「日本的家父長制」の消しがたい刻印を負っている)。
これはフランス的個人主義の採用する説明原理ともっともなじまない発想法である。
かの国では、すべての不幸や失敗を(それがかなりの程度まで制度や他人の責任である場合でも)自分の責任として引き受けることを市民に要求するからである。
日本的家父長制の発想になじんだ人々がフランスで精神的に参ってしまうのはある意味当然である。
特に20代30代の若い女性が発症するというのは、彼女たちの社会集団が「他罰的」な構文で自身を語る習慣をもっとも深く内面化していることと関係があると私には思えるのである。

しかし、考えてみると私もパリ滞在中はだいたいホテルの部屋から一歩も出ないでパソコンに向かって仕事をし、ベッドに寝ころんで成島柳北や夏目漱石や白川静を読み、ごはんは「ひぐま」の味噌ラーメンである。
ドクター太田によれば、これは「パリ症候群」の初期症状にほかならない。
でも、日本にいるときも、私は一日部屋から出ないでパソコンに向かって仕事をして、同じような時代錯誤的な本を読み、昼ごはんにはうどんかラーメンかカレーを部屋でもそもそ食べている。
これをして「芦屋症候群」と言ってよいのであれば、私は世界中どこにいっても土地にかかわりなく同一の精神の病を患っていることになる。
おそらくかのドクター名越はこれをして「狂い過ぎている人は発症しないんです」と診断されたのであろう。

投稿者 uchida : 10:50 | コメント (3) | トラックバック

2005年02月01日

首都大学東京の予告された没落

2月1日

首都大東京について都立大講演のあとにこのHP日記に所見を記したところこれまでほとんどメディアが報じてこなかった都立大廃校問題の社会的・教育的意義について、大学関係者以外の方からもいろいろご発言を頂いた(トラックバックというのは、こういうときに便利だね)。
貴重なご意見をたまわったみなさまにこの場を借りてお礼を申し上げたい。

この論件について、情報的にいちばん充実しているのは
都立大の教員たちで首都大学への就任を拒否した「首大非就任者の会」
http://www.kubidai.com/
それから「都立大の危機 FAQ」 http://www.bcomp.metro-u.ac.jp/~jok/kiki.html
そして、私を先般都立大にお招きくださった西川直子先生が率いる「開かれた大学改革を求める会」http://www.geocities.jp/hirakareta_daigakukaikaku/
のサイトであるので、首都大問題についてさらに考究されたい方はぜひそれらをご覧ください。

私としてはとりあえずそのときに「今後の首都大の志願者数や偏差値の推移や前年比について逐次ご報告申し上げる」というお約束をしたので、それを果たすべく、簡単な数値だけご紹介したいと思う。

まず河合塾のHPにおける首都大の出願状況分析から

「東京都立の3大学と1短大が統合してできる首都大学東京は統合前の各大学志望者総数の約6割しか集まっていない。健康福祉学部以外の学部で大きく志望者を減らしている。もともとセンター試験科目数が少なく、首都圏の有名私立大との併願者が多かった大学であり、来年度からセンター科目数を増やす学科が多いこともあり、多数の私立大併願者に逃げられたものと考えられる。ただ、5〜6科目で受験できる学科が多いだけに、センター試験本番の平均点が低くなった場合などは、志願者が集中する可能性もあり予断を許さない。」(河合塾入試直前動向分析から)

つぎは「非就任者の会」の調査報告

「当会調査班が調べたところによれば,駿台予備校のサイトに,「2004年度大学ランキング表」があることが分かった。駿台予備校では,ハイレベルの模試を「駿台全国模試」と呼び,標準的な模試を「駿台全国判定模試」と呼んでいるが,「駿台全国模試」において,「国公立大学」と「専攻学部」を選んで「首都大学東京」の偏差値を確認してみた。
その結果,
引用:
首都大学東京 都市教養・都市-人文・社会系  前期 56
首都大学東京 都市教養・都市-法学系     前期 56
首都大学東京 都市教養・都市-経営学系    前期 54
首都大学東京 都市教養・都市-機械      前期 54
首都大学東京 都市環境・都市-材料化     前期 54
首都大学東京 都市教養・都市-物理      前期 53
首都大学東京 都市教養・都市-生命科学    前期 53
首都大学東京 都市教養・都市-電気電子    前期 53
首都大学東京 都市教養・都市-化学      前期 52
首都大学東京 都市環境・都市-都市基盤環境  前期 52
首都大学東京 都市教養・都市-数理科学    前期 51
という数字が出てきた。
参考までに,前年度の都立大の偏差値(ベネッセ)を以下に挙げる。
引用:
都立大(人文)   前期 69
都立大(法)    前期 68
都立大(経済)   前期 62
都立大(工)    前期 61
都立大(理)    前期 60
さらに,システムデザイン学部では,
引用:
首都大学東京 システムデザ・シス-航空宇宙シス  前期 49
首都大学東京 システムデザ・シス-ヒューマンメカ 前期 46
首都大学東京 システムデザ・シス-情報通信シス  前期 46
となっており,関係者にとってはかなりショッキングな数字である。
昨年度の科学技術大学の偏差値(ベネッセ)が 57 だったのに比べて,やはり大幅に低下している。」

同サイトには予備校の進路指導担当者へのインタビューも採録されていた。
都内某大手予備校におけるやりとりは次のとおり(短縮版なので、全文を読みたい方は上記「非就任者の会」のサイトをご覧ください)

「-首都大学東京の難易度はどうなりますか。
これまで都立大は人気がありましたけれども,今は不安感が広がっています。
-不安感とは。
先生方がいなくなるとか,新大学の中身がよくわからないとか,そういうことです。
-予想偏差値などはどうですか。
これまで,都立大は模擬試験に記入する志望校として,第1,第2に挙げる学生も多かったのですが... 今年はちょっと...
-つまり,今年の首都大学は第4志望とか,第5志望に挙がってくるような,ということですか。
ええ。
-滑り止めの学校として考えられているということですね。
はい。ただ,センター試験が終わってみないと,実際どういう風に変動するかわかりません。
-というのは?
センターで失敗した受験生が雪崩れ込むということです。
-つまり,センター前には近くの横浜国大とか千葉大を志望としていたけれど,センターが失敗したのでとりあえず受かりやすい首都大学を受けようということですか。
はい。
-センターで足切りとかありますか。
いえ,このレベルではありません。人によっては狙い目だと言う人もいます。
-えっ,そうですか。そうするとつまり,センター入試の配点の高い横浜国大や千葉大志望の学生がセンターで失敗して,ぐぐっと雪崩れ込んでくると予測されていると,理解して良いですか。
はい。そうなるだろうと...
-ところで,不安というところで,教員がいなくなるというお話がありましたが,そういう情報は予備校でもきちんと把握されているのですか。
はい。いろいろと。インターネットなどもありますから。
-なるほど。ところで,クビダイドットコムってご存知ですか。
いえ,私はそこまでは。上の人が情報を集めているので。
-ところで,予備校の進路相談では,大学の内容面などについても情報を提供したり,相談にのってらっしゃるのですか。
はい。
-では,首都大学の先生がいなくなるとか,中身がよくわからないとか,そういう情報も予備校生に教えているのですか。
いや,そこまでは。やはり私どもは予備校なので,受験面が中心になります。
-それでは,自己責任ということでしょうか。入り易く出難い大学なので,入ったのは良いかもしれませんが,入ってから惨事になったらどうするのですか。
そこまでの責任となると私どもはちょっと...
-もう,そこまでは学生の方で判断してもらうしかない,という感じですか。
はい。...まずは大学に入れるというのが私どもの仕事ですから。
-なるほど,そうですね。まずは入ってから,他大学に編入することもできますからね。
はい。」

次は別の大手予備校でのインタビュー。

「-首都大に入りやすいと聞いたのですが,どの位のものかと。入試のためのデータとかわかると良いのですが。
何学部ですか。
-都市教養学部です。
(なぜか理系の偏差値予測バインダーをその方は持ってくる...)
-あのー,文系なんですが。
そうですか。すいません。持ってきます。
(「都市教養学部」という語感は,理系的な響きがあるのだろうか。文理融合をめざしているそうだが...文系の偏差値予測バインダーを持ってきてもらう)
-レベルはどういう感じになりそうですか。
ちょっと予測しづらいですね。(バインダーの中の数字をいろいろと見せてもらっても,母集団が少なすぎるので,正直言って信頼性のある偏差値ではないと言う)
-率直にお尋ねして,予備校生には首都大を薦めているのですか。
いえ,率直に言いまして,学生の方から積極的に志望するということであれば相談にのっていますが,こちらから学生にお薦めはしていません。
-えっ,他の予備校では,首都大は狙い目だとか言っていましたが。
それは国公立大の合格者総数を増やしたいからで。まあ,そういう理由で首都大を薦めている他の予備校もあるらしいですが。
-なるほど。あなた方は,予備校の実績を上げるためだけではないのですね。
はい。やっぱり学生の将来が心配なので。
-ある予備校さんは,まずは学生を大学に入れるというのが仕事だと言っていましたが。
偏差値の問題よりも学生の将来に不安がありますから,そういうのは...
-ところで,全体でミーティングなどして,首都大の情報とか分析したりするのですか。教員がいなくなるとか,そういう話も
はい。あと,予備校のOB生が都立大に多くいますので,そういう学生さんと会って今の現状を聞くと,ちょっと可哀想で...
-なるほど。卒業生ともネットワークがあって,各大学の情報を収集しているのですね。
えぇ。  
-大学から,新大学の内容について予備校に説明に来たりということはあるのですか。
いえ,まったくありません。
-えっ,まったくですか。それだと,学生は新大学の情報について不足しませんか。
はい。私どもが得ている情報を予備校の新聞などに書こうとしたのですが,都に問い合わせをしたら,まだ不確定なことが多いので情報を出すのはとりあえず止めておいてほしいと言われて 
-えっ,本当ですか。
はい。」

というなかなか臨場感あふれるインタビューが紹介されていた。この調査結果についての「非就任者の会」の分析は次のようなものである。

「以上から次のことがわかった。
? 首都大学東京の偏差値は,都立大学と比較してかなり下がっている。
? しかし,受験者数はセンター試験で点を取れなかった学生が雪崩れ込むため,それなりの数になるかもしれない。
? とはいえ,首都大学東京の評判は予備校でも悪い。
? 首都大学東京がクビ大【kubidai】と呼ばれていることは,予備校関係者でも周知の事実のようだ
全国の受験生のみなさん,やはり受験校はくれぐれも慎重に選ぶのが良いのではなかろうか。」

「クビ大」というのは「イシハラの言うことをきかないやつはクビだい」というところからつけられた愛称とのことであるが、「シュト大」と「クビ大」とどちらが最終的に略称として定着するかもまた興味をもってみつめてゆきたい論点の一つである。

以上で首都大東京の出願状況についての中間報告を終えたいと思う。
この件についての論及は大学関係者以外からも多かった、その中で首都大東京が高等教育の「成功事例」となるであろうという予見をされる方は一人もいなかった。ゼロ。
教育というのはつねづね申し上げているように、ある種の「幻想」をビルトインするかたちでしか機能しない。
そこに行けば、何か素晴らしいことがあるのではないかという(しばしば根拠を欠いた)思い込みが若者たちをして教育の場へ足を向けさせる。
「数値」によってひとは学びを動機づけられるわけではない。「幻想」によって衝き動かされるのである。
その意味で首都大東京は十分に誘惑的な幻想の醸成には失敗したと私は思う。
この先、都がれほどの投資を行って教育研究環境を整備しても、一度失われた「ブランドイメージ」を回復するには最低10年を要するであろう。
その間も18歳人口は減少を続ける。
志願者減とそれによる教育水準の低下と市場による前代未聞の大学淘汰圧に10年間耐え続けるためには、大学人としての熱い理想と連帯感が必要である。
いまの首都大スタッフにそれが共有されているという判断に与することのできる人はおそらくほとんど存在しないであろう。

投稿者 uchida : 10:53 | コメント (4) | トラックバック