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2004年12月31日

今年最後のご挨拶

12月31日

恒例の「年間重大ニュース」を考える。
あまりにいろいろなことがあった一年だったので、ちゃんと思い出せないけれど、とぎれとぎれの記憶をたどってゆくと。
順不同で
1)またまた引越し(17歳以来16回目の引っ越し。ちなみに歴程は。相模原→駒場→野沢→お茶の水→平間→自由が丘→九品仏→自由が丘→尾山台→上野毛→芦屋山手町→武庫之荘→芦屋山手町→御影→芦屋業平町→芦屋大原町)
2)7年越しの翻訳、レヴィナス『困難な自由』を脱稿。翻訳権取り忘れで反古となり、すすり泣く。
3)本をさくさく出す。
『街場の現代思想』(NTT出版)、『死と身体』(医学書院)、『他者と死者』(海鳥社)、以上3冊が単著。
『東京ファイティングキッズ』(柏書房・平川克美くんとの共著)、『現代思想のパフォーマンス』(光文社新書・難波江和英さんとの共著。これは既発の単行本の新書化)、『教養教育は進化する』(冬弓舎・佐藤学先生+総文の同僚たちとの共著)、『言語と文学』(書肆心水・ポーラン/ブランショ本に『文学はいかにして可能か?』について論じた旧稿を採録)、『岩波応用倫理学講義・性/愛』(岩波書店・金井淑子編に「セックスというお仕事」を寄稿)以上5冊が共著。
その他に、高橋源一郎『ジョン・レノン対火星人』(講談社学芸文庫・に解説「過激派的外傷あるいは義人の受難について」を書く)、J=M・ドムナック編『構造主義とは何か』(平凡社ライブラリーに解説「死者が許さない」を書く)などなど。
本に関するもう一つの重大ニュースは『寝ながら学べる構造主義』が5万部突破して、文春の嶋津さんに神戸ステーキを奢ってもらったこと!(ごちそうさまでした)
4)いろいろな人にはじめてお会いした。印象深かったのは、養老孟司先生(『薬の知識』のための対談で)、加藤典洋さん(「鈴木晶さんの家を高橋源一郎さんと急襲してワインセラーのワインを飲み干すBBQパーティ」で)、橋本治さん(ちくまプリマー新書の創刊記念対談で)。
5)旧友・竹信悦夫がマレーシアで客死。久保山裕司についで、「蛍雪友の会」は二人目の会員を失う。
6)高橋源一郎さんが神戸女学院大学に集中講義に来学!ウチダも連日聴講して、「高橋源一郎の明治文学史in神戸女学院」を出版することになる。
7)京大の杉本淑彦先生から集中講義「超・身体論」に呼んで頂いたとき、光岡英稔師範をゲストでお呼びして、聴講生を驚かせる。
8)その集中講義のときエレベーターの中でばったり吉田城くんに会って、秋の学会のワークショップ出演を頼まれてやがて北海道へ行くことになる(そのときミヤタケにもばったりエレベーターの前で会って、やがて美山町の小林家での「松茸を食べる会」へ行くことになる)
9)「史上最強の呉服や若旦那」守伸二郎さんのお招きで香川で講習会を開く。その打ち上げの席で守さんに「丸亀のロレンツォ・デ・メディチ」の呼称を贈る。
これで九つ。
九つくらいがちょうどいい具合かもしれない。

今日の芦屋は朝から雪が降って、たいへんに寒い。
年末仕事もあらかた片づいたので、コーヒー片手に『TFK2』をさらさらと書いてアップ。
着物を梱包して宅急便で相模原に送り、自動車に給油しにゆくが、舞鶴道は凍結で通行禁止らしく、今年は恒例の『翁』には行けそうもない。
初詣は芦屋神社でさらりと済ませて、ゆっくり映画でも見ることにしよう。
では、みなさん、よいお年をお迎え下さい。
来年がみなさんにとってよい年でありますようにご祈念申し上げます。


投稿者 uchida : 19:19 | コメント (0) | トラックバック

2004年12月30日

師走雑感

12月29日

年賀状をだいたい書き終えて、ゲラの校正にとりかかる。
とりあえず短そうなものから…というので田口ランディさんとRe−setでやった対談「痴呆老人対談」を2時間程度で直して、メールで安藤さんに送る。
ゲラをデータで送ってもらってからもう半年くらいになる。
半年間に2時間の暇がなかったのか、と詰め寄られそうだが、「なかった」んである。
「さあ、やるぞ」という心構えが整わないと、仕事にならないのである。
続いて橋本治さんとの対談の校正。これはほとんど修正箇所がないので、見るだけ。
昼にまたまた「守さんうどん」を食す。
その守さんから「和装用コート」が送られてくる。
二種類入っていて、どちらかお好きな方を、というので、襟が別珍の角袖コート(とりあえず「高利貸しコート」と命名)を選択。
最初はインバネスか二重回しを買うつもりだった。
二重回しというと、黒澤明の『生きる』で、渡辺勘治を「地獄巡り」に誘う伊藤雄之助演じる無頼派文士が黒い二重回しをざらっと羽織って、山高帽に下駄といういでたちで銀座を遊弋していた姿を思い出す。
私の映像記憶の中では、これが二重回しの着こなしの「ベストドレッサー」賞である。
しかし、私はまだここまで和服を粋に着崩すだけの人間的蓄積がないので、今回はちょっとおとなしめの角袖にしておいたのである。
これに手提げ袋をさげて、絹のマフラーをまいて、下駄でからからと街を歩くと、年の瀬に貧乏人から貸金を取り立てた因業な金貸しが、下谷か根岸あたりに囲った妾の家に昼酒を飲みに行くような風情に見えるかもしれない。
と書いたら、突然「朝倉文法辞典」の条件法の例文を思い出した。
Quelqu’un qui me verrait croirait que je vais a rendez-vous d’amour ou chercher de l’argent.
「誰かが私を見たら、逢い引きか金の工面にゆくところだと思うだろう。」
こういうのは「He is an oyster of a man」と同じで、一度覚えてしまうとなかなか忘れないものである。
なに、このフレーズをご存じない?
「彼は蠣のように寡黙な男だ」という意味である。
故・竹信悦夫くんが朝日新聞で『Japan Quarterly』の編集長をしていたころ、副編集長のアメリカ人がある日彼に思いあまって尋ねたそうである。
「私の知っている実に多くの日本人が『彼は寡黙だね』というときに He is an oyster of a man という言い方をする。こんな古めかしい表現をするアメリカ人なんて今はいないんだけれど、いったいどうして日本人はこんなことばを知っているんだ?」
竹信くんは破顔一笑して、それは『新々英文解釈』という60年代受験生必読の英語の参考書の最初の例文だからだよと教えてあげたそうである。

そうこうしているうちに日が暮れてきたので、三宮に買い物に行く。
セーターを買おうと思って大丸の5階にゆくと、カシミアのセーターがある。
おお、これはよいものだ。いくらかしら…と思って値札を見ると「13万円」である。
おっとっと、とよろめいて、次の店にゆくと「5万円」である。
人間というのは不思議なもので、「13万円」のあとに「5万円」を見ると「安い!」という反応をしてしまうのである。
セーターを買ったついでにスーツも買ってしまう。
Corneliani というイタリアのあまり知られていないブランドであるが、5年くらい前にそこのスーツを買ったことがある。これが値段のわりにはなかなか着心地がよく、着すぎたせいで袖や肘がへたってきた。またスーツを買いに行ったら、もう店がなくなっていた。人気が出なかったのね…と残念に思っていたが、それは私の勘違いで、ちゃんと大丸にあった。
これからはアルマーニはやめて、ここにしよう。
30日の宴会用にワイングラスをまとめ買いする。
先日、皿洗いのときにわりとよいグラスを倒して割ってしまい、「あああああ」と青ざめていたら、その勢いで、そのときふきんで拭いていたリーデルのフルートグラス(ナバちゃんからの引越祝いだったのに…)もぱしんと割れてしまった。
今回はHOYAガラスのちょっと厚めのグラスにする。
帰りに小腹が空いたので、元町の「蛸の壺」で明石焼きを食べて、ビールを飲む。
けっこう夜道は寒い。
まんまるの白い月を見上げながら家路につく。
だんだん年の瀬らしい風情になってきた。


投稿者 uchida : 09:51 | コメント (0) | トラックバック

2004年12月29日

賞味期限と未来

12月29日

中日新聞のインタビューのテープ起こしの草稿が送られてきたので、少し直しを入れる。
このインタビューは1月の中日新聞・東京新聞に掲載されるそうだけれど、HP読者の中にはお読みになれない方もおられるであろうから、一部を抜粋してご紹介しておく。

現代人は「未来は今よりよくなるはずだ」という根拠のない進歩史観に骨がらみになっています。
だから、未来が今よりよくなりそうもないとなると、世界をとらえる枠組みそのものが解体して、判断不能になってしまう。
逆に、世の中はどんどん悪くなっているというフェミニストやエコロジストに多い反進歩思想も発想の根は同じです。
彼らもまた歴史は「鉄の法則性」が貫いていて、直線的に推移しているはずだから、その法則さえ発見したら全てが予見可能だと信じている。
こうした考え方は百五十年にわたってマルクス主義によって涵養されたものです。「後世の歴史が私の主張の正しかったことを証明するだろう」ということばづかいをする人は、極右であれ保守であれ、それと気づかずにマルクス的な歴史主義の信仰告白をしているんです。

冷戦後、マルクス主義が政治思想として力を失った後も、「歴史の審級」が最後に判断を下すという歴史の審判力に対する信仰は無傷のまま残っています。
なぜ「時間的に後から来たもの」が「前からあったもの」より「よりよきもの」であるとそれほど素朴に信じることができるのか。改まって問われたら、答えられないのに、依然として「…はもう古い」という言い方に審判力があると人々は信じています。
「グランドセオリーの時代は終わった」とか言ってる人間は「…の時代が終わった」という言い方そのものが「歴史主義というグランドセオリー」の内部でしか通用しない言説であることに気づいていない。

こんなふうに歴史主義の亡霊がいまだに徘徊しているのは、マルクス主義が構築してきた世界観・人間観のうち、どれが汎用性の高い知的資産であり、どれが賞味期限の切れた理説であるのかをていねいに検証しないまま、丸ごと「歴史のゴミ箱」に捨ててしまったためです。
どんな社会理論にも「賞味期限」があります。使い勝手が悪くなるときがくる。それはそういうものだから、仕方がないんです。
賞味期限がきたら「長いことありがとうございました」と手を合わせて拝んで、きちんと片づければいいんです。
それを「もう古い」と言って、これまで、その理論からどれほどの恩恵をこうむってきたかを忘れて、まるで生ゴミのように、汚らしいものでも触れるように廃棄しようとするから「思想が祟る」んです。
「思想が祟る」ということはあります。現に祟っているじゃないですか。
だから、どんなイデオロギーであれ、宗教であれ、物語であれ、もっと敬意をもって接すべきだと私はつねづね申し上げているんです。

というような内容のものである。少し書き加えたいことがあるので、それを以下に付け加えておく。

「新しい理論」に飛びついて、それがすべての説明してくれるマスターキーのような道具だと思い込んでいる人は、実は未来の「未知性」を直視できないだけである。
未来が怖いのである。
だから、未来を現在に繰り込んでしまおうとする。
そんなことできるはずないのに。
説明できないことが起きることを「怖い」と感じる知性の構造そのものがここでは問題になっている。
「説明できないこと」がたえず私たちを不意打ちにする。
そういうものなんだから、驚くほどのことではない。
不意打ちにされたときに、慌てて「こんなことはありえない」と言って逃げ出すのも、「これこそありうべき決定的事況である」として「歴史の審判力」に拝跪するのも、どちらも「未来を怖がっている」点については変らない。
「恐れず」は人倫の基本である。生存戦略の基本である。
むかしからずっと基本だったし、これからも基本である。

氷雨が降っているのでベランダの大掃除は中止。
冷蔵庫の掃除に切り替える。
賞味期限の切れた食品をどんどん捨てると冷蔵庫の中ががらんとする。
どういうわけかやたらにチョコレートがたくさんある。
仕方がないので、掃除をしながらこりこり囓る。
三宅先生のところに行って、今年最後の治療を受けて、一年のお礼を申し上げる。
ジョニー・ウォーカーの青ラベルと、池上先生からことづかったという「尺八入門ビデオ」をいただく。
さすが池上先生。追求の手は少しもゆるむことがないのである。

投稿者 uchida : 13:48 | コメント (0) | トラックバック

2004年12月28日

うどんパワー全開

12月28日

朝一の新幹線で東京へ帰る平川くんのために和風朝ご飯(ご飯、豆腐とわかめと葱のみそ汁、納豆、生卵、わさび漬け)をご用意する。
平川くんは東京でリナックスカフェの仕事納めをしてから忘年会をひとつかたづけて、それから成田からソウルに飛ぶそうである。
忙しい人だね、ほんとに。
玄関まで送ってから、新聞を開くと、アジアの津波被害はなんだかすさまじいことになっている。死者七万人という数字に驚く。
いったい地球はどうなってしまうのか。
二度寝。
10時過ぎに起き出して、大掃除二日目。
残った書斎と和室を片づける。
夕方までに一通り終わり、あとはベランダと窓と網戸だけ。
もう寒いので、これは明日回し。
お風呂にはいってからいよいよ年賀状。
とりあえず腹ごしらえ。
香川の守さんから生うどんが届いたので(18日に頂いたのをまだ食べてないのに、もう次が…)これを親の敵のように食べる。
ずるずるずる。
うううう、うまい!
さすが本場の人が厳選した讃岐うどん。
そこらで食べるうどんとモノが違う。
うどんパワーで加速したので、300枚刷りながら、がんがん宛名を書いて行く。
とりあえず今日は友人関係、大学関係150枚宛名書きを終える。
ただちに一枚ずつネコマンガ描きに取りかかる。
11時半まで描き続けて、さすがに背中がばりばりに凝ってきたので、今日はここまで。
明日は午前中に煤払いを終わらせ、昼に三宅先生に凝りをほぐしていただいて、それから残りの年賀状を片づけて、年末の諸行事はおしまいである。
夜は三宮に出て、ご飯とお買い物。
30日以降は残った原稿書きとゲラ直しだ。

投稿者 uchida : 23:40 | コメント (0) | トラックバック

朋有り、遠方より来たる

12月27日

朝起きて、ダイヤリーを開いたら「北海道新聞原稿締め切り」と書いてある。
おっと、忘れていた。
お題は「2005年の時代相」。
「教養の再構築」というテーマで1800字の原稿を書き飛ばして、メールで送信。
朝飯前に一仕事。
ただちに年末恒例の煤払いにとりかかる。
まず玄関、納戸、寝室、洗面所、台所、居間を掃除。
まだ引っ越して10ヶ月だから、ファンタスティックな汚れ方はしていないので、楽ちんである。
マイペットでシュッシュッ、ふきふき。
BGMはユーミン、大瀧詠一、ジェームス・テイラー、キャロル・キング。
よいね、お掃除のBGMにキャロル・キングは。
「あの子はぼくの天使さ」とか「君と歩くとみんなが振り返る」とかゴフィン=キングの歌詞って、そんなお気楽なのばかり。
そういうお気楽ポップスを聴きながら、ごしごしと台所のレンジの汚れをたわしでこすっていると、しみじみと幸福な気分になってくる。
掃除がもたらす「癒し効果」というのはたいへんに大きなものなのである。
気が滅入ると「とりあえず掃除する」という人がときどきいるけれど、私もそうだ。
お気楽なアメリカン・ポップスをかけながら、掃除をして窓ふきをしてアイロンかけをしているうちに、ブルーな気分が薄皮を剥ぐように消えて行く。
針仕事もいい。
半襟なんか縫いつけていると自分は「この世界にいてもいい人間らしい」ということについてのかすかな確信のようなものが芽生えてくる。
世の中には家事が大嫌いと言う方が多いが、どうしてこんな楽しいことが嫌いなのか、私にはよくわからない。
たぶん人に強いられてやるから嫌いになるのであろう。
自分でやると楽しいよ。
5時間ほどで一段落。
書斎(といっても居間の南半分のこと)と娯楽の殿堂(六畳の和室。ビデオ、DVD,小説本が置いてあるのでこの名がある)とベランダの掃除がまだ残っているが、それは明日回し。
お風呂にはいって汚れを流してから、さっぱりした気分で、卒論二本を読んでコメントを付けて返信。
夕方になって平川くんから電話があって、梅田に出て「あげさんすい」で晩ご飯。
カウンターで大阪の夜景を見下ろしながら「お店から」のシャンペンを頂いていると(この世でいちばん美味しいものの一つは、座ったときに「すっ」と出てくる、「お店からのシャンペン」である。これはただ「常連」になったくらいではゲットできるものではない。さまざまな事前工作(このような文章をネット上に掲げてお店の宣伝をする、などの)によって苦難の末に得ることのできるレアものなである)、カウンターの向こうに「キタガワさまがお見えですよ」と橘さんが教えてくれる。
私は眼が悪いので、カウンターの端の方にいる若い女性が誰だか特定できず、「キタガワさんって…誰?」と訊き返したら、橘さんがびっくりして「あのキタガワさんですよ」「あのキタガワさんて…え?おいちゃん?」。
へへへとあちらからご挨拶に見えたので、「こんな大人のくるところで何しているのだ」と頭ごなしに詰問する。
おいちゃんも梅田あたりのOLさんなのであるから、オフィスの帰りにハービスエントのお洒落な天ぷらやでディナーをするくらいのこと咎めるのはまことに筋違いというものであるが、こういうところで学生に会った場合は、教師はとりあえず「ああ何かね、君はよく来るのかね、こんなところに」と咎め立てるのが仕事なのである(『彼岸花』の佐分利信が銀座のバーで高橋貞二に言うときの声で)。
しかし、ぐるりとあたりを見回すとお客は若い女性ばかりである。
「天ぷらやって、そういうもんだっけ?」と平川くんが訊く。
違うような気がするが、おそらくは橘さんの人徳というものであろう。
しかし、若い女性に選択的に効果を発揮する人徳というのは「あり」なのか。
たいへん美味しい天ぷらを頂いたのち、仕事帰りの江さんと合流して芦屋のわが家へ。
そこに平川ブログでその文体を絶賛された「三度の飯より人に褒められるのが好き」なドクター佐藤がご挨拶に登場。
平川くんのパソコンにBSでぼくたちの本を小池昌代さんが紹介してくれたときの映像が入っているというので、全員で「ビデオ鑑賞会」。
みんなで「いやー小池さんて、綺麗な人だね」「いかにも知的ですよね」「第一、品がいいよ」「声がええですわ」などとほめたたえ、引き続き鷲田先生のコメントを聴きながら、「いやー、鷲田先生って、ほんといい人だよね」「世の中の仕組みってのがわかってるよね」「大人ですよね」「服の趣味がええですわ」などとさらに尽きせぬ賛辞を画面に送る。
何がうれしいといって、人にほめられることほどうれしいことはない。
みんなすっかり機嫌がよくなって、ヴーヴ・クリコ、越乃寒梅などを傾けつつ、芦屋の夜はしんしんと更けてゆくのであった。

投稿者 uchida : 13:28 | コメント (0) | トラックバック

2004年12月26日

酒と死に寝の日々

12月24日

朝カル最後の日。朝から必死で仕込み。
フッサールの『デカルト的省察』と『イデーン』の時間論のところをばりばり読む。
なにもクリスマスイブに、カルチャーセンターでフッサール時間論批判なんかしなくてもよろしいのであるが、もののはずみでしかたがない。
私がこのところ考えているのは、「未来は他者である」というレヴィナスの命題はどういう理路をたどってフッサールの超越論的現象学に対する批判として成立しているのか、ということである。
私たちの時代に流布している批評的言説は本質的に無時間モデルであって、そこには「時間性がない」のではないかというのが、私のこの間の問題意識である。
時間性がない、というのは言い換えると、未だ到来せざる未来に対する「レスペクト」がないんじゃないか、ということである。
「私はこの先世界がどうなるかわかる」と揚言する人を私は信用しない。
それが脳天気な進歩史観であっても、ルサンチマンに充満した反進歩史観であっても、歴史の流れを貫通する「鉄の法則性」があり、私はそれを知っているので、未来がどうなるか予見できるのであるというようなことを言う人間を私は信用しない。
時間の本質は俚諺に言う「一瞬先は闇」ということである。
これまでつねに太陽が東から昇ってきたという事実は、明日も太陽は東から昇るという推論を基礎づけることができない(本日夜半に彗星が地球に激突して、地球がなくなってしまう、という可能性だってあるからだ)。
デビッド・ヒュームというへそまがりの哲学者がそう言った。
これまでの事例がどれほど法則的に継起しても、それは次に起こる出来事がその法則に一致するということは推論できない。
例えば、こんな数列がある。
2,4,6,8,10,12
この次は何でしょう。
たいていの人は「14」と答える。
残念でした。「27」です。
こんな数列だったんです。
2、4、6、8、10,12,27,2,4,6,8,10,12,27,2,4,6,8,10、12、27
では、次は何でしょう?
「2」
ほんと?
たしかに、「オッカムの剃刀」によれば、答えは「2」である。
この数列の規則性を説明する仮説のうち、「最もシンプルなもの」がベストである、というのが「オッカムの法則」だからである。
つまり、三回続いたシークエンスに基づいて下された「27」の次には「2」が来るという判断を支えているのは、ここに示された数列は「規則性をもった数列であるはずだ(あってほしいなあ)」という、あなたの「思い込み」と「欲望」に他ならず、それは「規則はもっともシンプルなモノがベストである」という因習以外にいかなる基礎づけも持たないのである。
実は、三回目の「27」の次にくるのは、「53」かもしれないし、「Ф」かもしれないし、「これでおしまい」かもしれないのである。
未来の未知性というのは、喩えて言えばそういうことである。
ずっとむかしから知られていることなのに、私たちはすぐにそれを忘れる。
というのは未来もまた既知の規則性(少なくとも蓋然性)によって支配されているというふうに思い込むと、「時間」という概念を捨象できるからだ。
それは言い換えれば、時間の変化を「ドミノ倒し」のようなものとして図像的に表象することに似ている。
たしかに次々とドミノは倒れ、めまぐるしく運動する「現在」はたえず「現在」を「過去」へと送り込み、「未来」を「現在」に繰り込んでいる。
時は一瞬も止まらない。
というふうに私たちは考える。
でも、この「時間」を「ドミノ倒し」の比喩で語る人は、「ドミノ倒し」の全景を俯瞰的にみおろしている空間的に静止した視点を自分が不当に先取りしていることを主題的には意識していない。
時間はこのとき空間的表象のうちに回収され、その本源的他者性を剥奪されているのである。
他者性や未知性や外部性という概念はほんらい「境界」とか「越境」とか「侵犯」とか「射程」とかいう空間的な比喩で語ることのできないものである。
けれども、私たちは時間をほんとうは図像的に表象することができない(「できるよ」という人が観念しているのは「時間性を剥奪された時間」にすぎない)。
では、どのような言語で時間について語ることができるのか。
私にもまだよくわからない。
とりあえず私たちにできることは、「私は時間について適法的に語ることができず、私が時間について語るすべてのことは、そのつどすでに空間的な表象に冒されている」という「病識」を保ち続けることである。

合気道部の納会が終わって、ゴミ袋7つ分の燃えるゴミと20本あまりのワインの空き瓶を片づけてばたりと倒れて死に寝。
よろよろと起きあがったら、朝日の朝刊でも「今年の3冊」をやっていて、高橋源一郎さんが『他者と死者』を、鷲田清一先生が『東京ファイティングキッズ』をあげてくれていた。
うれしいことである(高橋さん、鷲田先生、ありがとうございます)。
先週の毎日の養老孟司先生といい、みなさん「ウチダと会って、話がけっこうもりあがった」という点が共通している。
書物は書物として著者との親疎とは無関係に、純粋に内容的に評価されるべきではないかとおっしゃる方もおられるやもしれない。
ごもっともである。
でも、「本を読んだときは面白いと思ったけれど、書いた本人と会ったら、けっこうつまらん男だったので、『なあんだ』ということで本の評価も下がってしまった」というよりは、その逆の方がいいじゃないですか。

投稿者 uchida : 11:22 | コメント (2) | トラックバック

2004年12月24日

悪い兄たちが帰ってきた

『聖風化祭』という同人誌をつくっていた大学生のころ、平川くんはそこに詩と詩論を、私は身体論や表現論を書いていた。
私は「物語」と「身体」のかかわりについて考えていて、平川くんは「ことば」のもつ現実変成の力について考えていた。
そう書くと、30年経っても、あまりかわりばえのしないことがわかってしまう二人なのであるが、そのときに平川くんが寄せた詩の一編のタイトルが「悪い兄たちが帰ってきた」というものであった。

私はこの短いことばのうちにこんな風景を一瞬見た。

古代の中東の荒野のようなところに細々と立つ幕舎がばたばたと風にあおられている。
そこから顔を出した少年が、ふとまぶしい目をして地平線を見ると、はるかな蜃気楼の中を「悪い兄たち」が荒馬を疾駆させてこちらへむかってくる姿がゆらゆらと見える。
「いよいよ『父』との命がけの戦いが始まる」
そう想像すると、少年は急に動悸が激しくなってくる・・・

まるでダーウィン=フロイトの「原父殺し」の情景のようだけれど、たぶんこの「悪い兄たちが帰ってくる」という図像は、私たちのDNAの中に残っている、遠い遠い人類が始まったころの記憶に遡る「元型的なイメージ」の一つのような気が私にはする。

そういう「つよいことば」を探り当てることができるかどうか、詩人の資質はそこにかかっている。

「つよいことば」というのは、集合的、無意識的な準位で読む人にふれることばである。
それはただ一行の、場合によってはただ数語であることもある。
けれども、長い歳月をかけて、読み手の身体の骨や肉のうちに食い込んでしまう。

このフレーズを書き付けたとき、平川くんはまさかそれから30年後に、私たちが共著で本を出し、その続編を「わかいやつらにばあんと説教してやってください」という江編集長の懇望によって、『ミーツ』に連載することになるなんて、想像していなかった。

けれども、私たちはまるで魅入られたように、カッサンドラの予言を成就するかのように、「悪い兄たちが帰ってきた」という詩句にふさわしい政治的状況に投じられたのである。

おそらく、「つよいことば」には遂行的な力がある。

装飾的なことばや、比率が美しいことばや、みごとな階調を保つことばがある。
それらをもし「空間的なうつくしさ」というならば、その一方に、装飾的でも、均衡的でもないけれど、何かを創りだしてしまうことばがある。

それが「つよいことば」だ。

レヴィナスは、時間の中でしか、その意味が検証できないことばのことを「預言」と呼んだ。

30年前に平川くんはそのような意味で「預言的」な一行を書いた。

そして、「ことば」には現実変成の力があるかという自らに向けた問いに、自分自身を「賭け金」において回答してみせたのである(おお、なんて詩的な人生なんだ)。

というわけで、『悪い兄たちが帰ってきた 東京ファイティングキッズ・リターン』は、本日より当HPならびに平川ブログで同時連載開始(だよね?)

まだTFK2用の部屋を長屋に新築していないので、とりあえず二三日は「旧・東京ファイティングキッズ部屋」に間借りしてます。
そちらをご覧ください。

投稿者 uchida : 10:19 | コメント (3) | トラックバック

2004年12月23日

歯はたいせつに

12月23日

朝からばたばたと朝カルの仕込みをしている。
こういう講演の仕込みというのは、ある意味「エンドレス」である。
講演草稿が出来上がって、はい一丁上がり、というふうにはならない。
草稿なんか読み上げても、面白くも何ともないからである。
せっかく「場」というものが設定されているわけだから、その「場」にいって思いついた話をしないと、行く意味がない。
「口から出任せ」とはいうものの、ある種の「出任せの噴出力」のようなものが担保されていないと、うまくはゆかないものなのである。
その「噴出力」をため込むために、ごりごりと仕込みをしている。
1時間半の講演のために数十時間の仕込みをする。
そのネタのほとんどは使われないで終わる。
使われないけれど、その仕込みがないと、「その場で思いつく」ということが起こらない。
たいへんコスト・パフォーマンスの悪い仕事なのである。
というわけで、朝カルの講演もこれを限りにおしまい。

ばりばりとフッサールを読んでいるところにドクターから電話があって、いっしょに湊川神社に神戸能楽協会の「歳末たすけあい能」を見に行く。
ドクターは有料公演を見るのはこれがはじめてだそうである。
来年からは下川正謡会の同門になるので、チケットをプレゼント。
能『放下僧』と『大江山』。狂言『仏師』。独鼓『笠之段』。
下川先生は独鼓で小鼓の高橋奈王子さんと共演。
高橋さんは私の神戸女学院大学赴任一年目の教え子である。
その年、私は仏文学講義で満を持してアルベール・カミュ論を講じた。
私がカミュの深遠なる思想について夜を日に継いで準備した稠密なる講義ノートを読み上げ、ふと目を上げると最前列では「不眠日記」の小川さんと高橋さんが並んで爆睡していたものである。
合気道部の創設メンバーであり、最初に初段をとった学生さんたちのうちの一人であるが、あれから十余年、いまでは大倉流小鼓方の期待の若手として縦横のご活躍なのである。

終演後、ソッコーで帰宅して、哲学者の植村恒一郎さんから頂いた『時間の本性』(勁草書房)というその名もずばりの本を取り出して読む。
植村さんとは大学入ったばかりの頃、駒場の学生会館でよく一緒におしゃべりをしたことがある。
彼とは党派が違っていて、党派同士はめちゃめちゃ仲が悪かった。
私は当時も今と同じく、その人が掲げている社会理論と人間的資質のあいだには有意な関係はないという基本的姿勢を貫いていたので、植村さんとは仲良しだったのであるが、だんだんそうも言っていられない状況となり、「困ったもんだよね」と学館の屋上から夕日をみながら嘆いたことを思い出す。
それから30年以上経ってから、たまたまこのHP日記を読んだ植村さんから「ぼくのこと覚えてますか?」という手紙とともに、この本を送って頂いたのである。
植村さんは大森荘蔵の学統につらなる正統派の哲学者であり、その時間論はウチダのようなお気楽な「寝ながら学べる」学派にはいささか歯ごたえがありすぎて、歯が欠けそうだけれど、これもまたレヴィナスの時間論を仕上げるためには避けて通ることのできない宿題のひとつである。
では、読んでみるか。
がりっ。う…ぼろっ(歯が欠ける音)。
う、うへむはくん、こ、これ、むすかひいね。

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2004年12月22日

トートロジーとケリュグマ

12月22日

一日がりがりと時間論の原稿を書いている。
直接的には24日の朝カルの仕込みなのであるが、「レヴィナス『時間と他者』の読解」は「レヴィナス三部作」の掉尾を飾る第三部『クロノキネジア』(仮題)のメインテーマなので、実は大ネタなのである。
アナグラムの話は前回で一応片づいたので、こんどは脳の話、認知の話、論理形式の話など、理科系の話に入る。
私はもともと徹底的に文科系の人なのであるが、歳と共に次第に理科系の人の書くものの方が面白く感じられるようになってきた。
最初に「来た」のは、カール・ポパー。『開かれた社会とその敵』や『推測と反駁』を読んだのは80年代に入ったころのことである。歴史主義の論理形式とそれに対抗する情緒的な言語しか知らなかった私にとって、「反証可能性」ということばは鮮烈な印象を残した。
次の「がつん」はグレゴリー・ベイトソンのMinde and Nature。これとSteps to an ecology of mind は80年代の私の「座右の書」だった。
世界の成り立ちについてほんとうに大切な命題は every school boy knows であるということ、そしてそれは中学生にもわかることばで述定可能であるというベイトソンの確信に私は深い影響を受けた。
「論理的な真理性とはトートロジーである」ということが腑に落ちたのはこの頃である。
「私たちの視野は、その外側には何もないというまさにそのゆえに、私たちにとって、視覚的な境界をもっていない。同じく、私たちの論理的世界も、私たちの論理がその外側にあるものは何も知らない以上、なんら論理的な境界をもたない。私たちが考えることができないものを、私たちは考えることができない。それゆえ、私たちが考えることができないものを私たちは語ることができない。」
これはウィトゲンシュタインの『論理哲学論』にバートランド・ラッセルが寄せた序文の一文であるが、こういうことばが歳と共に「そうだよなー、真理ってトートロジーなんだよな」と身に浸みてきたのである。
しかし、「私たちが考えることができないもの」「私たちが語ることができないもの」の「極限」とか「境界」という言い方をする言うとき、私たちは空間的な表象を用いることからはまぬかれない。
というか、論理形式の適法性について語る限り、ひとは空間的表象以外に用いることができないのである。
私はここに「血路」を見出せそうな気がする。
「トートロジー」というのは、実は空間的表象形式の別名ではないのか?
つまり、空間的ではない表象形式があれば、それは「トートロジー」(レヴィナスのことばを借りて「同一性の哲学」と称してもよい)からの脱出の方位を示してくれるのではないか…
というような大それたことを考えたのである。
空間的ではない表象形式とはもちろん「時間」のことである。
私たちは通常、時間を空間的表象によって記述する。
頭の中に「時計の絵」を描いて、例えば「12時から3時までは3時間」というふうに、時計の針が90度進むアニメーションを空間的に表象して、「時間を把持した」気になっている。
だが、このとき時計の針を見ている「視線」は誰のものなのか?
それはどこに「ある」のか?
それが時間軸上の「どこか」に定位され、その特権的視座からは「時間が一望俯瞰される」ということが前提されてはじめて、「針がカチカチと動いてゆくアニメーション」は想像可能となる。
つまり私たちが考想する時間概念はそのつどすでに空間的表象によって「汚染」されているのである。
この時間概念の根源的未知性を毀損することなく、つまり空間的表象に依存することなく、どのように記述することができるか?
これがレヴィナスの時間論の基本的な問いではなかったか、というふうに私は考えるのである。
レヴィナスはこう書いている。
「主体がもはや何かを捉えるいかなる可能性も持つことのない、そのような死という状況から、他者と共にある実存のものひとつの特徴を引き出すことも可能である。どうやっても捉えられないもの、それは未来である。未来の外在性は、未来がまったく不意打ち的に訪れるものであるという事実によって、まさしく空間的外在性とは全面的に異なったものである。(…)ベルクソンからサルトルに至るまであらゆる理論によって、時間の本質として広く認められてきた、未来の先取り、未来の投映は、未来というかたちをとった現在にすぎず、真正の未来ではない。未来とは、捉えられないもの、われわれに不意に襲いかかり、われわれを捉えるものなのである。未来とは他者なのだ。」(原田佳彦訳、『時間と他者』、67頁)
おおお、老師のおことばはいつ聞いても、寒気がするほどかっこいいなあ。
「未来とは他者なのだ」
私はこの決めの台詞が何を意味するのか、この本を20年前にはじめて読んだときにはまったく理解できなかった。
しかし、いまはおぼろげにわかってきた。
あ、そうか。
そうなんだ。
時間性とは他者性の別名だったのである。
時間を空間的論理形式によって表象することはできない。
それをあえて表象しようとするなら、言語の形式そのものを解体し改鋳しなければならないだろう。
だが、それはどのような言語でありうるか。
私たちの貧しい想像力は「空間的表象性をまぬがれた特権的言語」をさしあたり一つしか思いつくことができない。
それは「預言」、あるいは「諸言語に先行したすでに語られたこと」としての「ケリュグマ(宣告)」(ke´rygma)である。

おっと、こんなところで朝カルのネタを全部ばらしてしまっては、話すことがなくなってしまう。あとは当日のお楽しみに…でも、こんな話、おもしろがって聞いてくれる人、果たしているのかなあ。

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2004年12月21日

今日から楽しい冬休み

12月21日

ようやく大学の授業が終わり、実質的に冬休みとなる。
もちろん冬休みと言っても、「オフなので、朝からがしがし仕事をする」というだけのことであり、すこしも「休み」ではない。
机の上には山のような仕事が私を待っている。
とりあえずやらなくちゃいけないのは…
まず最優先が、金曜日の朝カル最終回「レヴィナス『時間と他者』を読む」の仕込み(例によってまだ何もやってない)
それから『インターネット持仏堂2』の校正(これは24日が締め切り。もちろんまだ何もやってない)
『高橋源一郎の明治文学史講義in 神戸女学院大学』の編集(ようやく半分終わった。この仕事が一番楽しいのだが、楽しい仕事はいつも後回し)
『名越康文先生との対談本』の校正(これも楽しいけれど、量がはんぱじゃない)
甲野先生本の書評(ゲラがさっき届いた。まだ封を切ってない)
橋本治『蝶のゆくえ』の書評(これは気合いを入れて書かないと)
北海道新聞の原稿(新年に向けて…みたいなやつ)
BRUTUSの原稿(煙草を吸って何が悪い、という反社会的エッセイ)
その間に卒論をあと十二三本読んで、コメントして戻さないといけない。
修論の面談でK田くんへの長説教も今週のどこかに入れないといけない。
インタビューや取材が年内にあと二つ。
その間に、朝カルやって、納会やって、能を二回見に行って、大阪に来る平川くんと宴会をして、煤払いをして、年賀状300枚にネコマンガを描かないといけない。
この一週間ほどの間に出版企画や原稿依頼がざわざわ来るが、新しい出版企画はすべてお断りする。
もともと残り20冊くらいあった古証文をまとめて不良債権処理してしまったくらいである。
書き下ろしなんかいまから書けるはずがない。
雑誌からの原稿依頼は、すぐに書けそうなものだけ引き受け、あまり興味のわかないものはお断りしている。
まことに傲慢不遜な態度ではあり、お怒りの方も多々あろうと思う。ほんらいであれば、「はいはい、やりますやります。もう、やらせていただきますとも。みなさまあっての売文業ですから、毎度ごひいきに」というふうに揉み手をしながら受注しなければならない筋の仕事なのであるが、そんなことを言ってどんどん引き受けた日には旬日を出ずして私は衰弱死してしまうであろう。
命あっての物種。ここは人命救護を優先的に配慮させて頂く他ないのである。

最初の休日なので、まずは三宅接骨院に行って、身体を治して頂く。
目の疲れで首筋のリンパが腫れているそうである。
年内にもう一度来なさいと厳命される。
戻ってからまずは掃除。
この三週間ほど、ほとんど掃除する暇とてなかったので、家の中はぐちゃぐちゃである。
床を掃除して、あたりかまわず散乱している本や封筒やゲラの類をとりあえず片づけ机の上に本を拡げるだけのスペースを確保する(さっきまで、90センチx180センチのデスクの上に、本を一冊拡げるスペースもなかったのである)
それだけで、なんだか一仕事終えたような気になる。

では、とパソコンを開くと、またインターネットが接続できない。
これはたいへんと秘書の勤務先にヘルプメールを送る。
ただちに沈着冷静な声でコールバックがあり、「まずルータの電源を一度落として、PCを再起動してみてください。それでダメならまた次の指示を出します」という簡にして要を得た指示をいただく。
さっそく「ルータ」(実際には秘書は「電話の横にある、UFOみたいなまるいやつ」と言ったのである。私が「あ、ルータね」と応じたら、電話機の向こうで息を呑む気配がした。「電話機の反対側においてある兜みたいなやつ」という指示に私が「あ、電気釜ね」と応じてもやはり息を呑むのであろうか)。
UFOみたいなまるいやつは部屋の隅でじっとりと埃が溜まり、「あの、私最新のデリケートな電子機器なんですから...もう少し丁寧に扱うとか、そう言う気配りはないんでございましょうか」的なややキツメの視線を私に送っていた。
ごめんね、ととりあえずそこらにあったティッシュでふきふきする。
指示のとおり一度電源を落とし、PCを再起動したら、あら不思議、ちゃんとインターネットがつながった。
もしかすると、ルータにつもった悪逆非道なハウスダストが交信を妨げていただけなのかも知れない。


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2004年12月20日

車は天下のまわりもの

12月19日

朝早く本願寺出版社のフジモトさんから携帯にメールがあって、毎日新聞の朝刊の「2004年この三冊」という企画で、養老孟司先生が『他者と死者』を挙げてくださったと書いてある。さっそく目やにを指ではじき飛ばしながら、小走りにセブンイレブンまで行って、毎日新聞を購入。モスバに入って、チーズバーガーとコーヒーの朝ご飯を食べながら新聞を拡げる。
おお、あった。
養老先生が選んだのは佐野洋子さんの『神も仏もありませぬ』(筑摩書房)と加藤典洋さんの『小説の未来』(朝日新聞社)。
養老先生のコメントが泣ける。
「なにげない生活の描写が心をひきつけてやまない。何も特別なことは書いてない。歳をとるとこういう本がしみじみよくなる。これが真のリアリズムであろう。佐野さんの本である。次の二冊は、本を読むのはこういうことだ、という本である。加藤さんのほうは日本の小説をこう読む、内田さんの本は難しいといわれる本はこう読む、というもの。他人の本について書かれたのに両書ともそれ自体が読ませる本である。現代の小説家は加藤さんの本という幸福を得た。内田さんの本は他者を語って感動を与える。」
ウチダは粗忽ものなので、「なにげない生活の描写が心をひきつけてやまない。何も特別なことは書いてない。歳をとるとこういう本がしみじみよくなる。これが真のリアリズムであろう」という部分を最初、養老先生が挙げた三冊に共通の評言だと思ってしまった。
でも、この誤読は却って正解であるかもしれない。
養老先生は「真のリアリスト」である。
そして、真のリアリストはいわゆる「リアル」といわゆる「ファンタジー」のあわいが「リアリティ」のすみかであることを知っている。
私が『他者と死者』という本に書き連ねたのは私の「ファンタジー」である。
でも、この「ファンタジー」は長い歳月をかけて私の中に根を張ったものであり、私という生身の人間はこの「ファンタジー」をビルトインしたかたちでしかもう成り立たない。
この本で私は「他者」について書いたのだが、私の「他者」は哲学的な概念ではなく、レヴィナス老師であり、多田先生であり、亡き父であり、東京で元気に遊んでいるるんちゃんである。この方たちとのかかわりは私にとって「リアルなファンタジー」なのである。
レヴィナス老師の書物を読むことも、多田先生の下で修業することも、父の位牌に(釈先生からもらった)お香を焚くことも、るんちゃんにクリスマスのおこづかいを送金することも、「なにげない生活」の一断片である。にもかかわらずそれは死や時間や暴力や愛について考えるときに、私が参照できるもっともたしかな経験なのである。

大学に忘れ物をして取りに行った帰りに芦屋のHattori Motors の前を通ったので、思い立って車を止めてショールームを訪ねる。
何台か車を見せて頂いて、営業マンにスペックのご説明を受ける。
ふんふんなるほど、525はちょっとでかすぎるな…じゃこの320iのMスポーツ・パッケージつうのがいいな、2200六気筒で、おまけにシャコタンじゃん。
「じゃ、これ下さい」というと営業マンが訝しげな顔をする。
「は?」
だから、「これください」って言ってるんですけど。
「あの…お買いになるんですか?」
八百屋に行って「キャベツください」って言ったときに「あの…お買いになるんですか?」と訊かれることはない。
どうして車屋さんはびっくりするのであろう。
だって、ここうちから一番近いBMWのディーラーさんでしょ。
今のインプレッサを買うときも、いちばん近いスバルのディーラーに行って、「あのー、インプレッサWRXワゴンください」と言ったらやはり怪訝な顔をされた。
ふつうの人は何軒かディーラーを廻って、競合車の見積書を集めて、その上で値引き交渉などをされて自動車を購入されるらしい。
どうしてそんな七面倒なことをするのか、私にはよくわからない。
そのときは黒のインプレッサを買うつもりで行ったら、黒は在庫がないという。
じゃ、おたくにあるやつでいいですと言って、シルバーのインプレッサを買った。
そういうのは「ご縁」と言って、そのときあるものを買うのが「天の配剤」というものである。
おかげで店頭にあるのを「これちょうだい」と買ったインプレッサWRXは七年間何のトラブルもなく、つねに最高のパフォーマンスを提供してくれた。
そういうものである。
愛車インプレッサは京都の小林家で余生を送ることになっている。
それまでのあと一二ヶ月がこの歴史的名車と過ごす最後の日々となる。
ほんとにいい車だった。
その前に乗っていたオースチン・ミニは関学の学生さんに受け取ってもらった。
そろそろインプレッサに乗り換えようかなと思っていたときに、たまたまいあわせた彼が、「あ、ウチダさんのミニ、かっこいいですね。僕大好きなんです、ミニ」とつぶやいてボンネットをなでなでしてくれたので、「じゃあ、君が乗って」と言って、そのまま差し上げてしまった。
愛してくれる人に運転してもらうのが車にとっての幸福だと私は思う(現に、そのあとミニは私が乗っているときよりも数倍ぴかぴかに磨き上げられて、とても幸福そうだった)。
私は車を愛しているので、下取りに出して見知らぬ人のものになるより、その車を愛してくれる人に乗って欲しい。
というわけなので、あと数年後にたまたま居合わせて「あ、これ320iじゃないですか。シリーズ最終モデルですよね。これ、ぼく大好きだったんです…」とつぶやいた方はその愛が報われる可能性が高いのである。

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2004年12月19日

守さんが来る

12月18日

合気道のお稽古に「丸亀のロレンツォ・メディチ」こと「史上最強の呉服屋の若旦那」
守伸二郎さんが遊びに来る。
守さんを最初にご紹介くださったのは、松聲館の甲野善紀先生。
三年ほど前、芦屋の道場に甲野先生、作家の多田容子さんとご一緒においでになり、
そのとき甲野先生から「四国最強」とご紹介頂いたのである。
空手はじめさまざまな武歴を誇る守さんは、甲野先生の講習会を定期的に丸亀で開催
しながら、現在は、光岡英稔師範のもとで韓氏意拳の研究に集中されている。
その守さんが芦屋にいらしたのは、別に「道場破り」とかそういう剣呑なお話ではな
い。
「讃岐うどん」の納会への差し入れ、「ウチダの着物用コート受注」といった市民的
行事をかねて、旧知の合気道会の門人諸氏と久闊を叙すべくお越しになったのである。
守さんが見えたので、一月ぶりに芦屋の道場に立つウチダも気合いが入り、Pちゃん、
ウッキー、ドクターをばこんばこんと投げ飛ばし押さえつけ締め上げ、久しぶりに暴
力衝動全開状態となったのである。ごめんね、みんな。痛くして。

稽古後、ロイホにて守さんを囲んで、意拳と合気道の共通点について熱く語る。
守さんの最近のキーワードは「構造」である。
これは甲野先生も前回の講習会で言及されていた。
人間の身体を自己組織化する構造体としてとらえ、それが「最強」の構造をとったと
きというのはどういう「感じ」になるかを探求するというアプローチのようである。
そのための稽古はほとんど「内観」というのに近くなる。
そこに少しでも計算や思考が介在すると、感覚が遮断され、情報が汚れる。
だから、站椿では、時間を気にしたり、巧拙を気にかけたり、総じて思念が入ることをきびしく禁じているのである。
たぶん、何の賢しらもない子供が、まっすぐ、気持ちよく、なんの詰まりも滞りもない状態で、すっと立っているような状態が構造的にはたいへんよい状態なのであろう。
当然ながら、そういうものを長じてから意図的に再構築することはたいへんにむずかしい。
思念を介在させなければ、「思念のない状態」を再現できないというパラドクスに私たちは遭遇する。
この矛盾を矛盾として両立させるために「術」の体系があり、その「術」の習得のために千日万日の稽古を私たちは積んでいるわけである。
その話をしているときに、ふと先日、橋本治さんと対談したときのことを思い出した。
これは「ちくま」に掲載予定なので、とりあえず「予告編」ということで一部のみ採録させて頂くが、橋本先生と私はこんなことを話していたのである。

内田:僕は、子供の原体験というのは絶対的快感だと思うんですよ。「ああ、気持ちいい!」っていう。僕らが子供の時代だと、夕焼けをぼおっと見てる時に、お豆腐屋さんのプーッていうラッパが聞こえて、薪の焼ける匂いがしたりしましたよね。そういう時に、「ああ、すごーく気持ちがいい」と思うってことあったでしょう。たぶんその時の身体ってすごくいい状態だったはずなんです。肩の力がスッと抜けて、体軸もまっすぐで、どこにも力みも詰まりもなくて。この時の「ああ、気持ちいい」っていうのが、その後生きて行く時、最終的に絶えず参照していく原点になると思うんですよ。
橋本:そのね、「ああ、気持ちがいい」を思い切り表現したことが一度だけあります。近所の子たちと知らない原っぱに遊びに行ったんですよ。そしたら地元の子らしい小さな子のグループがもう一つ来たんです。しばらく別々に遊んでる間に、どちらからともなしに「一緒に遊ばない?」ってなって、二十人ぐらいで遊んでね。知らない人とこんなに遊べるんだっていうことが、みんな子供心にもすごくエキサイティングだったんですよ。やがて林の影に日が落ちて暗くなったからもう帰ろうということで、「じゃあね、さよなら」って言って、林を抜けてフッと顔上げたら、真っ赤な夕焼けなんですよ。で、「ああ、きれい」って言うかわりに、みんなでいつの間にか「夕焼け小焼けで日が暮れて」って大声で歌いだしちゃったんですよ(笑)。まるで子供が出てくる映画のワンシーンなんだけど、そんなの子供が見ててもわざとらしいと思ってたわけですよ(笑)。でもほんと自然に、みんなで歌いながらね、ズーッと歩いちゃったんですよ。さすがに俺も五年生か六年生だったから、何かとんでもないことやってるのかなって思ったんだけど(笑)。
内田:子供の時の感動って、疑いえない原体験じゃないですか。今のお話で言えば、見知らぬ者同士の間に、確かな連帯感というものがありうるっていうことを、知っている人間と知らない人間とでは、その後の生き方がもう決定的に違ってくると思うんですね。
橋本:ほんと違いますよね。教えてもわかんないもんね。

守さんは最近は幼稚園児や小学生に意拳を教えておられるそうであるが。何も考えない幼稚園児の方が、なまじことばを覚えてしまった小学生よりも構造的に正しい動きができるという観察を述べられていた。
まことに興味深いことである。
どうやら、遠からず丸亀と岡山を結ぶ線が武道の世界的拠点になりそうである。

守さんをお送りしたあと、IT秘書を帯同して、一月ほど前から機能停止しているウィンドウズマシンのインターネット機能の復旧工事を行う。
イワモトくんは、しばらくチャカチャカとキーボードを叩いていたが、「うーむ」と腕組みして困惑している。
これはけっこう深刻な事態なのであろうかと心配して、「ダメなの?」と問いかけると、
「いや、直りました。ただ、どうして、直ったのか分らない。というか、何でこれが今まで動かなかったのか、その理由がわからない」
ふたりでしばらく顔を見合わせたのち、
「その人がパソコンに触ると理由なく壊れる、という人っているよね」
「いますね。誰とはいいませんけれど」
「ははは」
「はは、ははは」
ということで事なきを得る。
それから秘書を相手に、スパゲッティ、チーズなどを食べ散らしつつ、ワインを飲み、青年の悩みに耳を傾けてているうちに深更に至る。

書肆心水という出版社から『言語と文学』という不思議な本が出て見本版が送られてきた。
表紙を見て、「ぎゃあ」と叫んで腰を抜かす。
なにしろ著者のところに「モーリス・ブランショ、ジャン・ポーラン、内田樹」と三人名前が並んでいるのである。
私はブランショの『文学はいかにして可能か?』について15年ほど前に書いた旧稿を、求めに応じて「こんな古文書いまごろ出しても、いいんですか?」とおずおずと提供しただけであり、もとよりブランショ、ポーランのような文学史的巨人の横に同じサイズの活字で名前が書かれるような筋合いのものではない。
それって、マルクスについて論文を書いた人間が、「カール・マルクス、でこ山三太郎共著」と題して本を出すようなものである。
「バカじゃないの、ウチダって」と同僚諸氏は嘲り嗤うであろう。
ああ、困った。

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2004年12月18日

困った人たち

12月17日

今日は大学クリスマスなので、時間割がいつもと違う。
そういうことは、執拗に確認していただかないと、私のようにほとんど白昼夢を見ているような状態で人生を送っている人間にはなかなか周知徹底されないのである。
いつもの時間割の時刻に教室に行くと、すでに1時間遅刻であったことが判明する。
しかし、基礎ゼミの諸君は不満も言わず、黙って『進化する教養教育』に私が寄稿した「教養なんかなくてもいいもん症候群」を熟読玩味せられていた。
ふつうは教師が1時間も来ないと、教室から大脱走してしまうものであるが、基礎ゼミはいつも白熱した議論が展開するので、みんなそれを楽しみに律儀に待っていてくれたのである。
ありがとね。

研究室に戻って、かたっぱしから仕事を片づける。
メールを開くと、この間、私がコミットしていた学内某重大事件はマルクスレーニン主義極楽派を率いるワルモノ先生ならびに大学教職員組合の輝ける委員長イーダ先生の大活躍により、我が陣営の事実上の勝利のうちに幕を閉じることになったとの報が届く。
原告団のひとりとして裁判闘争に臨む決意であったが、その必要もなくなったのである。
不退転の決意をもってともに戦列を構築してきた同志諸君ならびに鋭意周旋にご尽力下さった教職員のみなさんに心からお礼を申し上げたい。
これを奇貨として学内における意思疎通の道が確保され、風通しのよい大学運営のシステムが立ち上がることを願っている。

とある週刊誌から「岩月教授事件」についての電話コメントを求められる。
HPにちょろっと書いたのを見とがめられたのである。
私はカウンセラーでもないし、イワツキ教授本の愛読者でもないので、事件についてはコメントのしようがない。
とりあえず、「転移」というのはどういうものであるかについてのフロイトの説を祖述する。
Ubertragung とは「置き換え」「翻訳」「すり替え」のことである。
フロイトはこう書いている。
「われわれが治療効果を上げえているのは、われわれがまさに、無意識を意識に置き換え、すなわち無意識を意識に翻訳するからなのです。われわれは無意識的なものを意識的なものに変えることによって抑圧を解消し、症状形成のための条件を取り除き、病因となる葛藤を、なんとか解決できるに違いない正常な葛藤に変えるのです。われわれが患者の心の中に引き起こすのは、この一つの心的変化だけなのです。」(懸田克躬他訳、『精神分析入門』、人文書院、358頁)
この「すり替え」が「転移」と呼ばれる治療プロセスである。
患者は分析の過程で必ず分析家に対する激しいエロス的感情を経験する。
「グロテスクに不釣り合いな場合」(白髪の老女が孫ほどの分析家に対して、少女が祖父ほどの年の分析家に対して、ほとんど同じ種類のエロス的関心を抱く)が頻発することから推して、これは分析家と患者の個人的な好悪のレベルとは違う、構造的なエロスであることが知られるのである。
それゆえ、フロイトはこれを「病気そのものの本質に最も奥深いところで関連している現象」だと認めることになった。
徹底的にプラグマティックな人間であったフロイトは、転移の「原因」には興味を示さず、「結局そこからどういう利益が引き出せるか」ということだけに関心を集中させた。
そして、治療の障害と思われたこの転移を利用して、患者の「古い葛藤」を「新しい葛藤」と「すり替え」、「新しい人為的神経症」を作り出すことでこれを操作するという画期的な分析方法を着想したのである。
だから、岩月教授の事件の場合でも、そのカウンセリングが成功的に推移している場合には、必ずクライアントの側には「グロテスクなほど不釣り合いなエロス的情愛」が一時的に現出したはずである。
それが治療の不可避のプロセスである以上、それをスキャンダラスに報じるのは的はずれなことである。
岩月教授の治療原理を基礎づける人間観についても、それがたいへんチープでシンプルな「物語」であることについて記者さんから疑念が呈された。
だが、こう言っては失礼だが、「チープでシンプルな物語」の方が、ほとんどのクライアントにとっては「リッチで複雑な物語」よりも受容しやすいのである。
ならば、カウンセラーが提示する「健康」や「幸福」のイメージが単純なものであればあるほど治療効果が高いということがあっても、少しも不思議なことではない。
岩月教授の問題は、カウンセリング方法そのものの原理にかかわる問題というより、個別的なケースにおける「操作ミス」、「技術的失敗」、「さじ加減の間違い」というふう解釈する方が適切ではないか、と申し上げる。

教授会の間にK田くんの修論の草稿をチェックする。
同性愛論である。
セクシュアリティとかジェンダーとかいうものを正面から論じるのはたいへんに難しい。
いつも申し上げていることであるが、たとえば「ジェンダー・フリー論」ということを言う人は「ジェンダー」のことばかり言っている。
「ジェンダー間に社会的な区別をしてはならない」という議論をしている方にむかって、「そうかなあ」というような反論をさしはさむとただちに「あなたは男だからわかんないよの!」という言い方をされる。
まず自分がジェンダー的に何者であるかどうかを言明しないと、ジェンダーフリーについては語らせて頂けないのである。
あの、それって、ジェンダーボーダーを解放するんじゃなくて、ジェンダーボーダーむしろ強化してません?
以前に書いたことであるが、もう一度採録する。
「ジェンダーフリー論」は「学歴無用論」と構造的に似ている。
学歴で人を差別するのはよろしくない、というので、「学歴無用の会」というものができた。
ところが、学歴によって人間的に損なわれる仕方はその人の学歴によって異なる。
東大出の人が「なまじ学歴があるばかりにスポイルされている」仕方と、中卒の人が「学歴がないばかりに差別されている」仕方は同列には論じられない。
それゆえ、この「学歴無用の会」では、会員全員は胸に最終学歴を大書したプレートを着用することを義務づけられている・・・

ジェンダー論を聞くたびに、私はこの「学歴無用の会」を思い出す。
K田さんの同性愛論にもおなじ種類の危うさを感じる。
「男性とは何か?女性とは何か?」という根源的な問題を掲げているわりには、そこここに不用意に「男性は・・・一方、女性は・・・」という書き方がみられるからだ。
性差の問題を論じるときの難点は、「性差」が何であるかについての一義的定義が確定されていないにもかかわらず、論証の過程では「男性」「女性」ということばがあたかも既知のものであるかのように使われることである。
というか、使わないと話がぜんぜん進まない。
だから、この種のテクストでは「女性性とは何かが定義不能であるということは、女性自身にもよく理解されていない」というようなあっと驚く論点先取の文章に出会うことだって珍しくない。
「一万円にどうして価値があるか分からない?ははは、バカだなあ。一万円くれたら教えてやるよ」
という文て変でしょ?
え?変だと思わない。
困ったな。
昔、バタイユとサルトルの比較論を書いた院生がいた。
サルトルはバタイユの「非知」という概念がついに理解できなかったというような話であった。
だが、「サルトルはついに『見える、見えない』という光学的な比喩の枠組みから出ることができなかった。ここがサルトル哲学の盲点である」という結論にはびっくりした。
困るでしょ?
え、分からない?
あ、そうですか。
そういう人がたくさんいるから、世の中案外平和なのかもしれないね。


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2004年12月16日

うれしいたより

12月15日

二日続きのオフなので、がしがしと原稿を書く。
『文學界』に連載が始まった「私家版ユダヤ文化論」の2月号締め切りが年末進行で前倒しになっているので、今日中に送稿しないといけない。
もう150枚以上書きためてあるので、別に焦ることはないのであるが、いざ「第二回」分の原稿を取り出して眺めてみると、説明的であまり面白くない。
ユダヤ人2000年の歴史を踏まえてのユダヤ文化論である以上、ある程度歴史的事実を列挙することは避けがたいのであるが、そういうことを中立的に記そうすると、どうしても教科書的記述になってしまって、書いた私でさえ、読み返すとあくびが出てくる。
書いた本人があくびをこらえて読むようなものを有料読者に差し出してよろしいものであろうか。
よろしいはずがない。
しかたがないので、歴史的記述を一段落書くたびに、「てなことを世間では申しますが、なに実はこれには裏がありまして、ま、ここだけの話でやんすが・・・」というような半畳を投げ込んで、読者諸賢が眠り込まないように、いろいろと工夫を凝らす。
そうこうしているうちにとっぷり日が暮れる。
私は午後7時になったら、どんなことがあっても仕事を切り上げることにしているので、原稿の続きは明日の朝ということにして、お買い物に出かける。
コープのレジで並んでいたら、ハルちゃんのお母さんに声をかけられる。
「あ、るんちゃんのお父さん!」
「あ、ハルちゃんのお母さん!」
という挨拶をするふたりは、ともに相手の姓がとっさには思い出せないのである(ふたりとも途中でちゃんと思い出した)。
夜は「マーボードーフ麺」という過激に辛い食物。
そのまま「うううう」と腹をゆらしながら「娯楽の殿堂」に移動して、『恋愛適齢期』を見る。
これは邦訳タイトルが大変よろしい。
なにしろ原題が Something’s gotta give であるから、いつものように手抜きで『サムシングズ・ガッタ・ギブ』なんてタイトルにした日には客が一人も来ないであろうから、やむを得なかったのであろう。
しかし、やむを得なければ、それなりにちゃんとタイトル付けられるんだから、ふだんもそうしていただきたいものである。
ジャック・ニコルソンとキアヌ・リーブスに同時に愛される調子のいいおばさんの役をダイアン・キートンが楽しそうに演じていた。
これって、きっとバツイチ・シングル・子どもも独立もうすぐ還暦のアメリカ女性のある種の夢なんだろうな。
こういう「虫のいい夢」を平気で図像化してしまう節度のなさがハリウッド映画の最大の魅力である。

小池昌代さんからメールにご返事が来た。
さすが、美貌の女流詩人のメールは字体や文字の配列まで美しい・・・
「ワルモノではありますが、怪しい者ではありません」というネット上からの説得が奏功したのであろうか、ちゃんと住所も電話番号も教えていただいた(!)
小池さん、ありがとうございました。
新年早々に出ます『先生はえらい』(ちくまプリマー新書)から順次お送りさせていただきます。
小池さんの詩集もエッセイもさっそく買って読むことにしよう。

高橋源一郎さんからもご返事が来た。
本願寺出版社から出る『インターネット持仏堂』の帯文をお願いしたのである。
高橋さんは死ぬほどお忙しい身の上なので、ゲラを送りつけて「全部読んでから帯書いてね」というような図々しいことはお願いできない。
しかし、高橋さんはかつて「私は出だしの五行を読んだだけで、その本のクオリティを判定することができる」と豪語されたことのある炯眼の批評家である。
五行読んでいただければ、帯くらい楽勝であろう。
とりあえず「まえがき」と「あとがき」だけ送稿する。
「こんな感じの本なんですけど、帯お願いできますか?」とメールしたら、すぐにオッケーのご返事をいただいたのである。

「帯」の件、喜んで。内田先生が参加されているものなら、「5行」どころか、「1行」も読まずとも傑作と決まっております。なんなら、先生が帯を書かれて、それに、ぼくが署名しても……(って、いくらなんでもやりすぎか)。

「やりすぎ」どころか、実は私も本願寺のフジモトくんも同じことを(一瞬だけ)考えたのである。
私が考えた高橋さんのコピーは
「まだ読んでいないのであるが、そのうち読むはずである。面白いかどうかわからないけれど、たぶん面白いはずである」
というものである。
真実のみを語っていて間然するところがない名コピーだとは思うのであるが、惜しむらくは文学の香りにいささか欠けているのである。
高橋さんがどんなコピーを付けてくれるか、わくわくして待っているのである。

アナグラムについて書いた頁にパリにいる中野さんという方がコメントを付けてくれた。
返事を書こうと思ったけれど、またもサインインがはねかえされてしまった(困ったね)
しかたがないので、ここに貼り付けておくのである。

中野さま

大分大学といえば・・・Y田くんの同僚ということですね。おまけにブルーノくんともつながりがあるとは。
What a small world!

アナグラム論を私が取り上げたのは、時間というのはどういうものだろうという素朴な疑問からです。

私たちがセンテンスを構築する場合に、実際にはどのような時間の流れの中で語が配列されているのか、きちんと説明してくれたものを私はまだ読んだことがありません。

私にわかっているのは、私たちが因習的に「過去」とか「未来」とか呼んでいるものを、直線的で均質的な流れの上の点というふうに考想している限り、時間と他者性の問題は解決できそうもないというです。

いろいろな言語モデルがありますが、私の偏見かも知れませんけれど、どれも「無時間モデル」というか、「空間的表象」に依存しすぎているような気がするんです。
普遍文法にしても、しばしば個別言語の「下」に普遍言語があるというあらわに空間的な表象をもって語られますし。

でも、ほんらい時間は空間的には表象できないもののはずです。

言語は原理的には時間的現象です。
時間の中で語は離合集散し、意味は生成しています。
その時間の運動がどのようにして「他者」や「善」とリンクするのか(これは間違いなくリンクするはずなんです、というか他者性や善性という概念そのものが時間的な現象なんですから)、それが私がこのところ考えていることの一つです。

中野さんも同じ主題について考えているとしたら、このへんが現代思想のぐっと濃い目の「point chuaud」なのかも知れませんね。

ではまた

投稿者 uchida : 15:38 | コメント (0) | トラックバック

2004年12月15日

忙中閑あり

12月14日

ひさしぶりの、ひさしぶりのオフである。
何も予定がない。
ありがたいことである。
さっそく掃除、洗濯、アイロンかけ。
手紙を何通か出して、電話をするところに電話をして、払い込むお金を払い込んで。とりあえず「あ、あれやっとかないと・・・」という案件は片づいた。
やれやれ。
買い物をすませてから、『葵上』の謡と『巻絹』の神楽の道順をおさらいしているうちにとっぷり日が暮れる。
机に向かって仕事にかかったのが6時。
名越康文先生との対談(『14歳の子供を持つ親のために』(仮題)、新潮新書)の草稿がデータで上がってきたのをばしばし直してゆく。
名越先生との話は、ほんとうに面白かった。
すでに編集してあるので、はいちばん最後に大阪のフレンチでシャンペンを飲みながら話したところから始まる。
私も最初はわりとまじめに話しているのだが、だんだんワインが回ってきて、途中から「なもん、ダメに決まってんじゃないすか」とか「もうそんなの禁止。法律で禁止しちゃいましょうよ」というような居酒屋で酔っぱらいサラリーマンが管を巻いているような口調になっている。
これをこのまま残しておくべきか、クールで内省的な学者の語り口に改変すべきか、いささか心迷うところである。

市川のマスダくんからメールが来て、小池昌代さんのメールアドレスがURLで公開されてますよ、というご教示を受ける。
さっそく拝見して、メールを差し上げる。
「私、怪しいものではありません」というのがこういうメールの挨拶のことばであるらしいが、「あなたが怪しいものではないということの真理性をあなた自身が基礎づけられない以上、そんなこと言ってもしょうがないでしょう」と言われると一言もないのである。
これから出ます著書をお送りしますから、よろしければご住所を教えてくださいという申し出も、いかにも怪しげである。
私が小池さんならそんなメールに返事をして、うっかり自宅住所を教えるような無謀なことはしない。
というわけで小池さんからはご返事メールがきっと来ないと思うけれど、小池さん、もしこのHP日記をお読みでしたら、ひとことだけ釈明させてください。
私、(「悪いもの」ではありますが)怪しいものではありません。

投稿者 uchida : 10:11 | コメント (0) | トラックバック

2004年12月14日

読書および敬老の心について

12月13日

みすず書房から封書が来て、あけたら読書アンケートであった。
「先生が2004年にお読みになった本のなかから、とくに印象深かったものを五点以内上げて頂ければ幸いに存じます」と書いてある。
はらりと手紙を落としてしまった。
どうしてかというと、今年一年で私はもしかしたら本を五冊読んでないかもしんない・・・と思ったからである。
たしかに本はたくさん買った。
50万円くらい買ったはずである。
研究室の書棚にも、私の机のまわりにも、危機的な状況で本が積み上げてある。しかし、これらの本を私は「読んだ」といえるのか?
個人的な基準によれば、私はこれらの本のほとんどを「読んで」はいない。
調べものをするために、1時間くらいでざっと斜め読みするような読み方なら何百冊か「目を通した」。
書評を頼まれて、がりがりと読み込んだ本もある。
でも、子供のころのような、「時間の経つのを忘れて」、ご飯を食べるのも忘れて読みふけってしまった本には出会っていない
正直に言うと、自分の書いた本だけは、「時間の経つのも忘れて読みふけって」しまうけれど、それは「自分の言いたいこと」が「自分の生理にぴったり合った文体」で書いてあるんだから、仕方がない(自分の書いた本は読む気にならない、というような人間の書いたものを読者が読んで愉悦を得るということがありうるだろうか?)
他人が書いた本の中で、最近唯一時間を忘れて読みふけったのは『高橋源一郎の明治文学史in 神戸女学院』であるが、これはまだゲラの段階のものであるので、『みすず』にご紹介するわけにはゆかない。
村上春樹の『アフターダーク』も「時間の経つのを忘れて・・・」というほどではなかった。矢作俊彦の『The Wrong Goodbye』も、橋本治の『蝶のゆくえ』も、『マイク・ハマーに伝言』や『桃尻娘』のときのような衝撃はない(これは読者の期待値がそれ以上に上がっているんだから仕方がない)。
時間が経つ前に読み終わってしまった、という本ならあるけど(『セカチュー』とか)。
今年読んだ本で、あ、これはすごい・・・と思って仰天したのはレヴィナスの『時間と他者』とラカンの『エクリ』の序文とレヴィ=ストロースの『悲しき熱帯』とフロイトの『日常生活の精神病理学』であるが、いまさらそんな古典的名著を読んでびっくりしたというのも、ねえ。
でも、ほんとにびっくりした。足がちょっと震えたもの。

日曜の多田塾研修会は愉しかった。
やはり月に一度は多田先生のお話を聞いて、その芸術的な動きを見ていないと、私の中のどこかに「澱」がたまってゆくような気がする。
先生と同じ空間に数時間いるだけで、心身が「浄化」されるのがわかる。
先生の正面に立って呼吸法をしているだけで、軽いトランス状態に入れる。
今回はラッキーなことに最初の1時間半ほどは一列目正面のポジションをゲットできた。いつもはクッチーやウッチーやツッチーと激しい肘でのどづきあいによるポジション争いがあるのだが(誰のことかわからないね、これじゃ)、今回はスムーズにそこに入れた。おそらく若い方たちのあいだに「敬老の心」が芽生えはじめたのであろう。よいことである。
そういえば、ヒロタカくんというのは、こういうときに決して老人を押しのけて前に出ようというようなことがない。まことにディセントな好青年である。

研修会で身も心も清らかな人間に(一時的だが)改変されたが、今回は「多田塾研修会の後に生ビールを飲む会」はパスして新幹線に直行。
新幹線内で研修会初参加のドクター佐藤と「特選とんかつ弁当」を食べながら、ビールで乾杯。
美味しいね、稽古の後に新幹線発車の瞬間に飲み干すビールは。
そのまま2時間余、武道ならびに教育および哲学方面の話題で爆談(前回「爆話」という語を採用したが、「バクワ」はどうも最後が尻抜けで語感がよろしくないので、今後「バクダン」とすることにした。「爆睡」、「爆食」、「爆勉」などの語についてはすでに江口寿史先生にコピーライツがあるが、「爆談」は未登録)

月曜日はユダヤ文化論。
残り三回なので、大急ぎで「巻き」に入る。
昭和の日本の反ユダヤ主義(日猶同祖論+『シオンの議定書』+ヒトラー主義)の奇怪なる論理構造を瞥見したのち、「陰謀史観」と「帰納法的推理」と「機械論的世界観」に基づくところのエドゥアール・ドリュモンの『ユダヤ的フランス』(La France Juive, 1886) の解読に進む。
こんな講義をやっている大学って、日本でこの教室だけだろうなと思う。
とてもたいせつな思想史的論件なんだけどね。
五限は杖道。
学部の授業は三本目引提ゲまで。クラブでは乱合(らんあい)に入る。
乱合を教えるのははじめてだが(私自身、二回くらいしか教わってない)、なんとかなるものである。
時間のかかる形なので、真冬なのにみんな汗をかいている。
でも杖の形稽古は合気道とは違った意味で楽しい。

投稿者 uchida : 10:52 | コメント (0) | トラックバック

2004年12月12日

三砂先生と会う

12月11日

東京の朝日カルチャーセンターで、三砂ちづる先生(津田塾大学)と「身体性を超えて」というお題で対談。
三砂先生との対談は、これでたしか四回目。
基本的に「身体は頭より賢い」んだから、がたがた言わずに「身体のいうことを聴きなさい」という主張をふたりでさまざまなトピックにからめてご提言申し上げるという趣旨のものである。

『オニババ化する女たち』に私は帯文を書かせていただいた(といっても、このHP日記に書いたことばを光文社さんがそのまま転載しただけなんだけど)ので、この本の評判は気になる。
すでに12万部のベストセラーになって、オニババ論争もかまびすしいけれど、批判する人で中身をちゃんと読んでいる人がほとんどいない、と三砂先生はちょっとがっかりしていた。
毎日新聞の先週末の二日続きの記事で、この本が取り上げられ、その中で小倉千加子さんがコメントをしていたが、これがフェミニストの「大物」からのはじめての公式コメントだったらしい。
三砂先生はけっこう楽しみにしていたのだが、やはり本のセンセーショナルな部分にしか触れていない・・・と肩すかしを食わされたようで、すこし片づかない顔をされていた。

フェミニストのみなさんからの批判は、総じて「第二次フェミニスト論争」ですでに決着済みの身体問題をなぜいまごろ蒸し返すのか、というところに帰着するようである。
「第二次フェミニスト論争」というのは、いまが大惨事じゃなくて第三次フェミニズムだそうで、そのイッコ前の世代のことらしいが、いわゆる「フェミニスト本質主義」と「構築主義」の間の熾烈な戦い
のことらしい(「らしい」ばかりですみません。あんまり詳しくないので)
本質主義というのは「女性性」とか「母性」というものを生物学的差異にもとづく実質的ファクターととらえる立場で、構築主義というのは、そういうのは制度的なフィクションだという立場(これも乱暴なくくり方だけど)。
で、ご存じのとおり、論争は同点のまま試合終了となり、PK戦で構築主義の勝利に終わったのである。
でも、これはどっちもどっちで、性差というのは、いくぶんかは生物学的であり、いくぶんかは制度的である。いくぶんかは固定的であり、いくぶんかは可塑的である。
どちらかに決めろといわれても困る。
私の立場は、性差というのはかなりの部分制度的なものであるけれど、やっぱり自然的な要素もあって、これを「こっちからこっちは人為的制度!あっちは生物学的与件!」ときっちり切り分けることなんかできるはずないし、そのへんの境目については、「ま、グレーといったら、灰色だわな」タケシタノボル的曖昧さでへらへらしている方がよろしいのではないか、という「立場」というのも気恥ずかしいような「立場」である(三砂先生のお立場もそれほど違わないような気がする)。
まあ、そういう「グレー」な立ち位置からすると、現況は人間存在の「自然的ファクター」についての気配りというかレスペクトがいささか足りないのではないかということで、「身体性の見直し」とか「身体の声に耳を傾けよう」というようなことを申し上げているわけである。
しかし、フェミニストの方々にはその点にはあまりご配慮いただけず、問題は行政だ、とか問題は教育だとか、問題は父権制的パラダイムだというところに話がいつも落ちてしまうので、私たちはつい退屈して「だから、その話はもうわかったから(話を先に進めない?)」とつぶやいてしまうのである。
するとあまりご機嫌がよろしくない。
「あなたの話はよく理解できた(から、次行かない?)」というと怒るのである(誰でもそうか)。
というような「フェミニストの地雷」をばかばか踏みながら歩いている二人の対談であるが、話題は転々奇を究めて叙しがたいのである。
カルチャーセンターでの対談二回分と医学書院と晶文社での二回を併せて、四回分の対談をまとめた本が晶文社からそのうち(「桜の咲く頃」(@安藤)「青葉が目にしみる頃」(@ウチダ))出るはずである。興味のある方はそちらを徴されよ。

対談のあと、三砂先生率いる「和服美女軍団」(フジイはやくも脱落)と編集者のみなさまとお茶(私はビールだが)。時間が早いので、打ち上げ宴会なしで、みなさまとお別れして、まっすぐ相模原の実家に。
母上のご機嫌を伺い、父の位牌に線香を手向け、兄上と歓談。
ここに来ると、なんだか時間が止まったままのようである。ときどきぎっとドアが開いて、隣の書斎から父がスコッチのボトルを手にふらりと出てきて「お、樹、一杯飲むか」と言うんじゃないかというような気がする。
残念ながら父は登場しないので、ひとり手酌で父の好きだったオールドパーを飲みつつ、兄上と「日本的システムはなぜ構造的に破綻するか」についてスルドク意見交換を行う。

日曜は午前中から麹町のPHP研究所で『voice』のためのインタビューを受ける。
『死と身体』をめぐって、時間の他者性とはどういうことか、知的難民たちをどうやって救済するか、合気道とレヴィナスの脳内連関というようなことを読売新聞の尾崎さんという方をお相手にひとしきりお話しする。
1時間ほどでインタビューを切り上げて若松町へ。これから今年最後の多田塾研修会である。
ドクター佐藤の到着を待ちつつ、若松河田駅前のTully's coffee でコーヒーをのみつつ日記をいま書いているのである。


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2004年12月10日

脳による汎化とアナグラム

12月10日

本願寺出版社のフジモトさんご推奨の池谷裕二『進化しすぎた脳』(朝日出版社)を読む(ほんとうは、本を読む時間があったら『インターネット持仏堂』の校正をしなければいけないのであるが)。
たいへんにおもしろい。
このところ時間があっちへ行ったりこっちへ行ったりという「時間のゆらぎ」のメカニズムについてずっと考えていたのであるが、ちょうどそれにどんぴしゃの事例を脳生理学の最先端の知見としてご紹介していただいた。
まず最初に次のリストをご覧いただきたい。
「苦い、砂糖、クッキー、食べる、おいしい、心、タルト、チョコレート、パイ、味、マーマレード、甘酸っぱい、ヌガー、イチゴ、蜂蜜、プリン」
ここには16のことばが並んでいる。
これを5秒間ご覧いただきたい。
次にちょっとだけ違う話をする。
19世紀の中頃、鉄パイプが顎から刺さって頭頂部に抜けてしまったフィネアス・ゲイジの話。彼は奇跡的に命を長らえたけれど、前頭葉に傷を負ったために、事故以後人格変容を来してしまった(むかしは几帳面で上品な人だったのに、事故の後、だらしなく下品な人間になってしまった)。
この症例がきっかけになって、人間の個性や人格といわれる部分が脳の前頭葉に局在しているのでは・・・という仮説が立てられるようになり、以後の解剖学はおおいに発達したのである。
という話でちょっと間を取っておいて。
では、さきほどのリストを思い出してください。
あのリストの中にあった語は次のどれでしょう。
「硬い、味、甘い」。
・ ・・・
この実験では、被験者たちは全員「甘い」と答えた。
でも正解は「味」。
これは脳がリストの名詞を記憶するときに、その共通点を選び出して自動的に「ファイル」を作り、そこにまとめているからだ。
そのファイル名が「甘いもの」であるが、それはリストには存在しない語である。
このような作用を「汎化」と呼ぶ。
対象に共通する一般的性質を抽出して、それを「手がかり」として記憶するという、いわば情報の階層化の自動プロセスのことである。
「汎化」はほとんど自動的になされており、私たちはそれを意識的に統御することができない。
そのようにして、私たちは「そこにないもの」を情報として記憶することになる。
もう一つは時間の話。
眼から入った視覚情報は視覚野で解析される。
そのとき、形、色、運動の情報解析には時間差がある。
まず色が処理され、ついで形が処理され、最後に運動が処理される。
だから「赤いりんごが転がっている」という記述は実は正確ではない。
「赤」と「りんご」と「転がり」がわずかな時間差をもって順次脳に入力されて、それらを総合して、「赤いりんごが転がっている」という情景が構築されているのである。
つまり厳密に視覚野で起きている解析プロセスを言語化すると
「いま目の前に転がっている物体があるんだけど、それはちょっと前にはリンゴであって、その直前には赤い色をしていました。でもいまはどうか分かりません!」(142頁)
ということになる。
文字の場合はもっと時間がかかる。
文字やことばが眼や耳に入ってきてから情報処理されるまでには、少なくとも0.1秒、ふつうは0.5秒かかる。
だから、私たちが「いま」生きているように感じているのは、ほんとうは嘘で、実はこれは「0.5秒前の世界」なのである。

池谷さんのこの説明を読んでいるときに、ふと「トマトソース」に仰天した北杜夫の経験の意味がどういうものだったか少し分かった。
北杜夫の話というのは、前にも紹介したけれど、こんなエピソードだ。

北杜夫は若い頃にトーマス・マンに心酔していた時期があった(「杜夫」というペンネームも、もともとは『トニオ・クレエゲル』から借用した「杜二夫」だったそうである)。トーマス・マンのことばかり考えて暮らしていたある日、北杜夫は所用で降り立った田舎の駅前で、突然「ぎくり」として立ち止まった。
どうして「ぎくり」としたのか、その理由がとっさにはわからなかったが、何かを見て衝撃を受けたことだけはたしかである。そこで、ゆっくりと駅前の寂しい風景をもう一度眺めわたしてみたら、酒屋らしき店に「トマトソース」という文字が見えて、「ぎくり」の理由がわかった。

北杜夫は「トマトソース」という「単語」を一挙に読んだわけではない。そうではなくて、「ト」「マ」「ト」「ソ」「—」「ス」という6つの図形を連続的に視覚野に入力したのである。
そして、たぶん最後の「ス」まで来たところで、0.何秒か前に見た「ト」と「マ」と「—」の文字順をひとつだけ入れ替えて、彼にとって重要な意味を持つ「トーマス」という文字を構成した。
ここまでは過去の再構成である。
でも、次はすこし違う。
「トーマス」と来れば、あとは「マン」が続くしかない。
ここから脳は現実の経験と記憶を操作しはじめる。
一度使ってもう「使えない文字列」に分類されたはずの「マ」をもう一度「未使用文字リスト」に登録しなおし、さらに「ソ」を「ン」と誤読するという、ふたつの「詐術」を行ったのである。
つまり「トーマス」を読んだときの脳の作用と、「マン」を読み出した脳の作用では、「犯意」の濃淡が明らかに違うのである。
「トーマス」はかなり自然な誤読であるけれど、「マン」を読み出した誤読はそれに比べると相当に「無理がある」からである。
これは「こうなったら、ぜったい『マン』を読み出すぞ」という脳の決断と意欲なしには起こり得ない種類の半ば意図的な誤読である。

前回の朝カルで出したアナグラムの例文をもう一度解析してみよう。
ジョナサン・カラーはボードレールの次の詩句のうちにアナグラムを見つけた。

Je sentis ma gorge serre´e par la main terrible de l'hyste´rie. (僕は咽喉がヒステリイの凶暴な手で締めつけられるのを感じた)

だが、sentis のis と terrible のterri で「isteri」(ヒステリー)の音を得たので詩句の末尾の「hysterie」の語がボードレールの脳内に「浮かんだ」というクロノロジックな説明でアナグラムの説明は尽くされているだろうか。
ここにも二重の操作がかかわっているのではないだろうか。
先行する音によって次の語が導き出される自然な連想だけではなく、もっと強引な作為的な脳の活動がアナグラム形成にはかかわっているのではないか。
それを証明してみたい。
ボードレールの詩のそのすぐ次の詩句はこうなっているから。

道化や阿呆は、風や雨や太陽に曝されて硬ばった顔の筋を引きつらせ、自分の効果を十分に承知している喜劇俳優の落ち着きを見せながら、例えばモリエール風の古めかしい、重苦しい戯談や慣用の台詞を吐き散らしている。力持ち達は隆々たる筋肉を誇示しながら、猩々のように額もなければ頭蓋骨もない頭を振り立て、今日の晴衣にもと昨日洗濯した肉襦袢を着込んで、得意然と歩き廻っている。(『バリの憂愁』、福永武彦訳)

Ils lancaient avec l'aplomb des come´dies su^rs de leurs effets, des bons mots et des plaisanteries d'un comique solide et lourd, comme celui de Moliere. Les Hercules, fiers de l'e´normite de leurs membres, sans front et sans cra^ne, comme les orangs-outangs,se pre´lassaeint majeusteusement sous les maillots lave´s la veille pour la circonstance.

この詩句の中に強い語感をもつ語は三つある。
「モリエール」と「力持ち」(原文では「ヘラクレスたち」)と「猩々」(オランウータン)である。
「モリエール」を構成する「モ」と「リ」の音はmots「モ」と solide「ソリッド」から得られる。
不足しているのは「エール」の音であるが、それはすぐ次の文の「ヘラクレス」(Herculesエルキュール)で補填される。
でもこれは「エル」であって「エール」じゃないから・・・ついでにもひとつfiers 「フィエール」をくっつけて「モリエール」の音を完成させる。
この操作は「モ」と「リ」の音の自然さにくらべると強引さが目立つ。
「エル」「エール」と同種の音が二度使いされている、というあたりにどうも作為性が感じられる。
おそらく「ヘラクレス」は「モリエール」のアナグラムを完成させるために道具的に使用された名詞なのである。だから、「ヘラクレス」のアナグラムは詩句内には存在しない。
もうひとつ語感の強い語である「猩々」(オランウータン)のうち「オラン」を構成する音は enorimite 「エノルミテ」とsans「サン」 から得ることができる。
「ウータン」はsous 「スウ」とcirconstance「シルコンスタンス」 から得られる。
ここはみごとに「オランウータン」のうち「オラン」のアナグラムが前に、「ウータン」のアナグラムが後にきっちり配列されている。
ここにもなんとなく作為性が感じられる。
もちろんここでいう作為性というのは「詩人」の作為ではない。
詩人の「脳」の作為である。
つまり、こういうことではないか。
詩人はすらすらと詩を書いているうちに「モ」と「リ」の音を得て、勢いで「モリエール」という語につないでしまった(ここまでは北杜夫における「トーマス」に近い、わりと自然な連想プロセスだ)。
でも「エール」が足りない。
そこで次の語に「エルキュール・フィエール」を置くことで補填した(これは「マ」の二度読みとか「ソ」と「ン」の意図的な読み違えに近い作為的操作だ)。
さらに「オ」と「ラン」ときたので、「オランウータン」が得られた(これは自然な連想)。
でも、「ウータン」の不足分を補うための「スウ」と「シルコンスタンス」を要請したときには、それらの語が選び出された語群は「オランウータン」より前に配列された語が選び出されたときの語群よりもかなり限定的なものではなかっただろうか。
こうして、アナグラムというのは「音による自然な連想」と、その連想を与件とする作為的な「語の並べ替え」(メタ連想)という階層性を異にする二種の言語活動の絡まり合いではないか・・・という仮説がここに成り立つのである。
脳の操作性が深く関与しているのは、おそらくこの「メタ連想」の工程である。

晩年のソシュールは一般言語学への興味を失い、アナグラム研究に没頭して「狂気」を疑われた。
残念ながら、ソシュールのアナグラム論がどういうものだったのか、主題的に研究したものを私は知らない(私が知らないだけで、ちゃんとあるのかも知れないけれど)。
ほとんどのソシューリアンはアナグラム論に関心を示さない。
たぶんそれはアナグラムの構造を理解するためには、脳が言語と時間をどういうふうにいじっているかについてかなり大胆な仮説を立て、私たち自身の時間概念、言語概念をかなり根源的に改鋳する必要があるからではないかと私は思う。
この点について池谷さんの本はたいへん豊かなヒントを含んでいた。
彼の他の本も読んでみることにしよう。

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2004年12月09日

ルーティン主義の復活

朝日の石川記者が『AERA』を送ってきてくれたので、ぱらぱら読む。
「ルーティンはたいせつだ」というお話で特集を組んでいる。
基本的に毎日おなじことを繰り返す。
一度始めたことは止めない。
年中行事は厳密に実施する。
などなど、毎日が同じことの繰り返しがいかに生存戦略上すぐれた生き方であるかをウチダはひさしく称揚してきたのであるが、これまでそういうのは「人間として本来的でない生き方」として白眼視される傾向にあった。
私見によれば、「毎日が同じことの繰り返し」であるのを「よくないこと」というふうに決めつけるイデオロギーが支配的なものとなったのは、1970年のなかばほどのことである。
メルクマールとなったのは、かのポール・マッカートニーが「アナザーデイ」という曲を発表したことにある。
ご存じの方も多いと思うが、この歌は「It 's just another day 毎日おなじことの繰り返しでは、もう死んでいるのもおなじだわ」という30代OLの愚痴を歌ったものである(ポールというのは、意外なことにこういう「下世話」な歌詞のものをよく書く人なのである。ジョン・レノンの地球的スケールの歌詞とそこが違う)。
しかし、これはある意味で画期的なことであった。
というのは、それまでのゴールデン・エイジ・オブ・アメリカン・ポップスの歌詞というのは、基本的に「ふつうの高校生がふつうに暮らして、クラスメートや隣の家の女の子とちょっと目が合ってどきどきしたり、別の男の子と仲良さそうにおしゃべりしているのでやきもきしたり」というような、どーでもいい歌詞ばかりだったからである。
それを軟弱とかふぬけとかいろいろ批判される方もあるだろうが、60年代前半までのアメリカン・ポップスの歌詞は「何も特別なことが起こらない日常生活の中でのちょっとしたささやかなどきどきわくわく感」というようなものをていねいに掘り起こしてきたのである。
それがブリティッシュ・ロックの侵入によって一蹴された。
理由は簡単。
アメリカのハイスクールの少年少女はリッチだったけれど、イギリスの少年少女はビンボーだったからだね。
「金がねー、車もねー、仕事もねー、バカな友達と下品なガールフレンドしかいねー、あーつまらねー」というイギリス・ワーキングクラスのビンボーな少年の痩せた生活感覚がロックの歌詞のうちに浸透し、それがパンク以後のロックミュージックの歌詞のドミナントな「型」となってしまったのである。
たしかにそんなルーティンであれば、「今日もまた昨日と同じ」というのはたいへんに切ないことであろう。
できることなら、「明日は今日とは別の日」であっていただきたいと念じるのも無理からぬことである。
そして、の80−90年代のバブル期が「小さいけれど確実な幸せ」を求めるルーティン志向をほとんど根こそぎにした。
難波江さんが『恋するJポップ』で活写したように、80年代以降のJポップの歌詞は「不毛な日常」へのいらだちと、そこからのやみくもな「脱出」の欲望と「刺激」の追求を歌い続けてきた。

そのようにして日常生活の中の「ささやかだけれど大切なこと」に穏やかなまなざしを向けるという知的態度にとっては長く不遇な時代が続いたのである。
しかし、「ルーティンを守ることは緩慢に死ぬことだ」というラディカルな「変化主義」そのものが定型化して可塑性を失い、変化を求め刺激を追う生き方そのものが少しの変化も新たな刺激ももらさないものであることがわかってきた21世紀になって、ようやく40年ぶりに「ルーティンって、やっぱりいいよね」というルーティン再評価の兆しが見えてきたのである。
この趨勢は人類学的に言えば、レヴィ=ストロースのいう「熱い社会」から「冷たい社会」へのシフトというふうにとらえることもできるだろう。
グローバリズムに抗して久しくルーティン墨守主義の孤立無援の戦いを展開してきたウチダとしては、まことにうれしい限りである。

『AERA』をぱらぱらとめくっていたら、「アキハバラ萌えるバザール」という特集記事が目に入った。
あら、アキハバラ。
もしかして・・・と頁をめくると、これはびつくり。
「秋葉原でベンチャー企業の集まるビル、リナックスカフェを運営する平川克美氏は、ITセンター構想を批判的にとらえている。『秋葉原が持っているのは怪しげなものを含めて雑多に売られているバザール的魅力。ピカピカのビルはそんな魅力をこわし、どこにでもある待ちにしてしまうからもしれない。」

東京ファイティングキッズ、『AERA』12月13日号紙上で接近遭遇。

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2004年12月08日

これはびつくり

新聞を開いたら、「香川大教授、わいせつ容疑で逮捕」という見出しが目に入った。
あらまあ、大学の先生がまたですか、これだから大学教授の威信も地に落ちちゃうんだよね・・・とがっくりしつつ、「香川大といえば、あのベストセラーを書いた・・・」とぼんやり記事を読み進んだら、なんと逮捕されたのが香川大学教育学部の岩月謙司教授ご本人だったので二度びつくり。

『「おじさん」的思考』と岩月教授の『女は男のどこを見ているか』という本はほぼ同時期の刊行である。
そのときに、どういうわけか、両者の内容には深く通じるところがあると思った某出版社の編集者から「イワツキ先生と対談しませんか」というオッファーがあった。
どういう方なのか存じ上げないと申し上げたら、その本を送ってくれた。
読んでみたら、どうもその説かれるところが私の考えと「相性」があまりよくなさそうであったので、ごめんねとお断りしたのである。
そのとき対談して、すっかり意気投合「対談本」などを出していたら・・・と思うと、どきどきしてしまう。
まことに世の中どこにピットフォールがあるかわからない。
これまで出版社から打診された対談の企画をお断りしたのは、二回しかないから、なかなか私も勘がいいということになる。

しかし、それにしてもいささか気になる記事の内容である。
報道によると、「岩月容疑者は02年4月下旬、東京から来た20代の女性のカウンセリングをしたが、その際『今が自己分析をするチャンスだ』などと話し、自宅で一緒に入浴したり、寝室で女性の胸や下腹部を触ったりした疑い」で、岩月教授自身は容疑を否認している。

岩月教授がどのようなロジックで否認しているのかは記事からはわからないが、おそらく「これは両者の合意に基づくプライヴェートな自由恋愛であって、司法の関与するところではない」という主張をされているのではないかと思う。

分析的なカウンセリングでは必ず「転移」があり、患者は分析家にエロティックな関心を示す。
これは構造的なものであり、陽性転移が生じなければそもそも分析は成功しない。
フロイトは、このエロティックな固着を、分析家は構造的に生じる「症状」として冷静に受け止め、決して分析家個人に対する感情と誤認してはならないと注意を促している。
岩月教授がどのようなカウンセリングを行っていたかは分からないが、もしカウンセラーとしてそれなりの評価を得ていたのだとしたら、教授は分析のこの基本ルールをよくご存じだったはずである。
だから、クライアントがカウンセリングの後に、教授について自宅へ行ったりお風呂に入ったりベッドに入ったりしたがったとしても、それを純粋に自発的な感情とみなすことはむずかしい。

奇しくも『「おじさん」的思考』で私は「セクハラ」問題に関して、教師に対して学生が向けるエロティックな関心は構造的なものであるから、教師はそれを自分の性的魅力の効果であると勘違いしてはならないということをくどくどと説いていた。
断ったりしないで、ちゃんと対談して、そのへんのところを岩月教授に力説して差し上げておいた方が
よかったのかも知れない。
むずかしいものである。


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売れた新書が五万冊

12月7日

ゼミ最終回。こういうふうにゼミ室でみんなとわいわいおしゃべりするのもこれが最後。
コミュニケーション感度の高い学生たちばかりで、私もとても楽ちんなゼミであった。
最後なので、授業評価アンケートに記入してもらう。
例年この調査項目の中の「あなたがこの授業で得たもの」というところに「雑学」とか「豆知識」とか「トリビアな知識」というようなことを書く学生がいるので、そういうことを書いてはいけませんとあらかじめ牽制しておく。
諸君はどうも「雑学」と「教養」の違いをご存じないようであるので、その点について確認をしておきたい。
雑学とかトリヴィアクイズのようなものは、単一のフレームの中に収納可能である。
どれほど大量な知識であっても、「雑学」というラベルを貼った一つの「箱」に収めることができる。
「教養」とはそのような数値化できる知識や情報のことではない。
そうではなくて、まったく関係のない「箱」に入っている、ディレクトリー階層をまったく異にする情報単位のあいだの「関係性を発見する力」である。
「雑学者」には「知っている」か「知らない」かの二つのことばしか知らない。
一方、「教養者」がしばしば口にするのは次のことばである。
「それって、もしかして『あれ』のことじゃない?」

グレゴリー・ベイトソンは『精神と自然』で、こんな小話を紹介している。
ある科学者がスーパーコンピュータに「コンピュータは人間と同じように思考できるか?」という問いを与えた。
コンピュータは演算の末にごとごとプリントアウトした紙片を吐き出した(ベイトソンの時代のコンピュータにはまだディスプレイというものがなかったのである)。科学者が駆け寄ってみると、そこにはこう書いてあった。
That reminds me of a story.
このセンテンスを意訳すると次のようになる。
「それって、もしかして『あれ』のことじゃない?」
「『あれ』って、何?」
「あのね、ちょっと長い話になるけど、いいかな?」

ごらんの通り、この「対話」には有意の「情報」は含まれていない。
ここに示されているのは、ある情報単位と、それとはふつうは関連づけられることない別の情報単位とのあいだに「見えないリンケージ」があり、関連づけられないものを関連づけるためには、時間をかけて手持ちの知的スキームの「組み替え」をしなければならない、ということである。
だから、「教養が邪魔をする」というのはほんとうなのである。
雑学はいくらあっても邪魔にならない(それは「箱」に収納できる)。
教養はあると邪魔になる(それは私たちの知的OSの絶えざるヴァージョンアップを要求するからだ)。
私が諸君に二年間のゼミを通じてお伝えしてきたのは、ただひとつ。あらゆる論件について、「これって、もしかして、『あれ』じゃない?」をもって対処する、ということである。
以上が私の諸君への「はなむけのことば」である。Bonne chance

大学院はウッキーの発表で「アメコミ」。
私はアメコミというものに全然関心がないし、これをアートとしても批評としても評価しないという立場なので、ウッキーの報告と関係なく、日米マンガ比較という論点から「あれって、これじゃない」的妄説を伸べさせて頂く。
繰り返し申し上げているとおり、アメコミの「スーパーヒーロー」はすべてアメリカの「セルフイメージ」である。
それは「生来ひよわな青年」がなぜか「恐るべき破壊力」を賦与され、とりあえず「悪を倒し、世界に平和をもたらす」ために日々献身的に活動するのであるが、あまり期待通りには感謝されず、「おまえこそ世界を破壊しているじゃないか」という人々の心ない罵詈雑言を浴びて傷つく・・・というものである。
『スパイダーマン2』がアメリカのイラク侵攻の心理劇化であるということに気づいている人はあまりいない。
一方、日本の戦後マンガのヒーローものの説話的定型は「生来ひよわな少年」が、もののはずみで「恐るべき破壊力をもったモビルスーツ状のメカ」の「操縦」を委ねられ、「無垢な魂を持った少年」だけが操作できるこの破壊装置の「善用」によって、とりあえず極東の一部に地域限定的な平和をもたらしている、というものである。
これは『魔神ガロン』から『鉄人28号』、『ガンダム』、『デビルマン』、『マジンガーZ』を経て『エヴァンゲリオン』に至る「ヒーローマンガの王道」である。
この「恐るべき破壊力をもったモビルスーツ状のメカ」は日米安保条約によって駐留する在日米軍であり、それを「文民統制」している「無垢な少年」こそ日本のセルフイメージに他ならない。
1950年代の日本のメンタリティをもっともみごとに映し出している『鉄人28号』において、「鉄人」は米軍(および創設されたばかりの自衛隊)を表している。だとすれば、その操縦を委ねられる「戦後生まれで、侵略戦争に荷担した経験をもたない無垢な正太郎少年」は、論理の経済からして、「憲法第九条」の表象以外にはありえないのである。

授業を終えて、ソッコーで三宮へ。
本日は『寝ながら学べる構造主義』5万部突破記念祝賀会(sponsored by 文藝春秋)。
嶋津さん、ヤマちゃん、『文學界』の山下さんとともにステーキハウスKOKUBUにおいてシャンペンで乾杯(これは「お店からです」と国分さん。ごっつぁんです)。ただちにワイン、ビールなどを摂取しつつ、最高級神戸牛のステーキをぱくぱくと嚥下する作業に取りかかる。一同しばし無言。
満腹してエネルギー充填を果たした一同は元気いっぱいで時間論、身体論をがしがしと交わしつつ、Re−setへ河岸を変え、イワモト秘書、ドクター佐藤、元美人聴講生E田さん、青山さんをまじえて、さらに午前1時まで「爆話」。
7時半から5時間半しゃべりっぱなし。
さすがに疲れました。
嶋津さん、ごちそうさまでした!

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2004年12月06日

はしご学会

12月5日

週末は学会が二つ。
土曜日は日本イスラエル文化研究会関西研究例会(神戸女学院大学)。
日曜日は大学教育学会(立教大学)で、東京まで日帰り出張。
スケジュール的にはタイトな週末であったが、学会そのものはどちらもたいへんに面白かった。

日本イスラエル文化研究会は、はたから見ると「ちょっとマッド」な会であるが、実際の構成メンバーはそれぞれ聖書学、歴史学、言語学、人類学、文学、医学などの錚々たる専門家の方々ばかりである。
私はここにかれこれ20年ほど所属しており、この研究会で学んだ「耳学問」が私のユダヤ学のhidden curriculumをなしていると申し上げて過言でないのである。
この学会のよいところは、私たちの日常生活にまるで関係のないようにおもわれる時代、関係のない場所、関係のない人々の出来事を微に入り細を穿って考究することである。
この徹底したデタッチメントというスキームが逆に私たちがいかにローカルな経験枠組みの中でものを眺めているのかを思い知らせてくれる。
今回のテーマは長田浩彰会員がエドウィン・ゴルドマンというナチ第三帝国下の「キリスト教ユダヤ人」の民族アイデンティティについての研究。屋山久美子会員が「シラート・ハバカショート」(シナゴーグでアレッポ系ユダヤ人たちが安息日に朗唱する嘆願歌)の研究。
どちらもまことに「コア」な研究である。
しかし、大変に面白かった。
1935年のニュルンベルク法で第三帝国のユダヤ人たちは公職追放や集合住宅への移住、アーリア人との婚姻や性交渉の禁止といった差別待遇を受けるわけであるが、このときに「キリスト教徒に改宗したユダヤ人と「キリスト教徒のドイツ人」夫婦、そのキリスト教徒の子どもたちのような「中間的存在」はどのような社会的処遇を受け、また彼らの民族的アイデンティティはどのように揺れ動いたのか・・・というのが長田先生の発表である。
意外なことに、彼らの多くは自分たちを差別するナチの人種政策をあくまで支持し続けたのである。
その国家への法外な忠誠によって、「ユダヤ人」カテゴリーからの解放がもたらされると信じて。

屋山先生は音楽民族学あるいは音楽人類学という領域の方である。
エルサレムに腰を据えて、シナゴーグに通い詰めて、無数のバカショート(たいへん覚えやすいヘブライ語であるので、特殊な術語であるにもかかわらず、会の終了までには全員がこの単語を覚えてしまった)を採譜した屋山先生は、このユダヤ教の典礼音楽が「サビ」のところ(ソロシンガーのきかせどころ)にモロッコ、シリア、エジプト、トルコなどの「はやりうた」の旋法が入れ込んであって、そのような外的要素の取り込みによってバカショートが絶えざる変容を遂げている「生きた伝統」であることを豊富な映像資料や音源を駆使して論証してくれた。
私たちはユダヤ人とアラブ人の非妥協的対立という政治的準位での構図に慣れているけれど、言い古されたことばだが、「音楽に国境はない」のである。
Imagine thereユs no country (@John Lennon)
心温まる話であった。
学会後は、西宮北口「大龍門」にて懇親会。
石川耕一郎、宮澤正典、大内幸一、中田一郎、高尾千津子といった懐かしい会員のみなさんと久闊を叙すとともに、このたび不肖ウチダが『文學界』に「私家版ユダヤ文化論」を書くけれども、浅学非才による誤報誤伝についてはあらかじめ土下座してお詫び申し上げますとご挨拶をする。
あらかじめ誤記を詫びて土下座するくらいなら、きちんと勉強して正しいことを書けばよろしいのであるが、それができるくらいなら私だって何の苦労もありはしないのである。

日曜の大学教育学会はうってかわって、たいへんにシリアスかつビジネスライクな学会であり、われわれ大学人にとって焦眉の急であるところのPD問題(professional development)と中教審の審議報告「高等教育のグランドデザイン」に示された大学の機能分化と教養教育の再構築についての徹底論議が行われる。
シンポジウムに登壇された方々はみなさん実に歯切れのよいプレゼンテーションを行う。聴いていて、ほとんど生理的快感を覚えるほどである。
人文系の学会では絶えて経験することのない種類の「ドライブ感」がある。
自己評価委員長になってから、この種のシンポジウムやセミナーにずいぶん出たけれど、理科系の論客って、ほんとに「地頭」(「じとう」じゃなくて「じあたま」と読む(@ハヤナギ))がいいなあ。
ただ一日シンポジウムを聴いたけれど、得られた結論は「ま、各大学のみなさん、自分の頭で判断して、自己責任で決めなさい。ラディカルな混乱期を生き抜くにはマニュアルもガイドラインもありゃあせんのですよ」という「それなら私にもわかっておりますが・・・」的なものであった。
でも、「わかんねーもんはわかんねーよ」と歯切れよく言って頂くと、こちらも安心は安心である。
この学会には自己評価委員会の渡部先生と大学事務長の東松さんも参加してくれていた。お二人は前日からである。まことにご苦労なことである。
夕方終わって、別の列車で帰る東松さんと別れて、渡部先生と新幹線に乗り込み、ビール、ウイスキー、ワインなどを喫しつつ、学会総括ならびに本学の将来構想などについて引き続きたいへんまじめな議論を行う。
こうして大変忙しい週末が終わる。


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2004年12月04日

身体の逆説

12月3日

ネットで自殺の相手を求めて、知り合った数名が車の中で練炭による一酸化炭素中毒で死ぬ、というのが「はやり」らしい。
ネット上で「相手」を募り、ランデブーが成就すると「では、さっそく」ということで、自己紹介もそこそこに(あるいはまったく抜きで)「ことに及ぶ」ということになると、これはもう一つのネット上のマッチメーキングと酷似している。
ネット上で成立したコンタクトが、現実の場面での生身の人間同士の出会いにまで発展しうるケースは、なぜ「自殺」と「セックス」に限定されているのだろう。
もちろん、それ以外にも、ネットでの買い物とか、ネット上で成立した「同好の士」たちとの「オフ会」といった多様な人間的ネットワークは存在する。
けれども、ネット上での物品の売り買いや情報やデータのやりとりは、「交換」ではあるけれども、そこには「生身」の介在が必要とされていない。
「オフ会」というのも、ネット上で構築されたヴァーチャルな人格同士の出会いのことであって、しばしば人々は「ハンドルネーム」で互いを呼び合う。
ネット上で始まった関係がリアルな身体の登場を切実に必要とする場合というのは、おそらく「出会い系サイト」と「自殺系サイト」の二つしかない。

この二つの「出会い」の特徴は、「リアルな身体の登場」が、まさに当の身体に抹消符号を引くために要請されている、ということである。
「出会い系」セックスというのは、金銭の授受を伴わないケースが多い。つまり、これはもう「売春」でさえない。
売春であれば、「売られる身体」は擬似的には商品として、つまり一定の交換価値のあるものとして扱われている。
しかし、出会い系サイトが提供する「無償の性行為」においては、身体はもはや商品ではない。それはただ、「使用される」ためにだけ、そこに無管理・無保護の状態で放りだされるのである。
おそらく人類史上ここまで性的身体の交換価値が下落したことはないだろう。

セックスというのは身体的快楽の追求なんだから、そこで身体が軽んじられているというのは話が通らないと考える人がいるかも知れない。
だが、セックスの快楽というのは、ほとんど「脳」の作用である。
現に、ポルノグラフィーはいかなる身体的快楽も提供しない。それはただ脳に図像や言語記号を送るだけである。それを「快楽」に読み替えるのは脳の仕事である。
同じように、倒錯や変態はどのようなものであれ、「ジェンダー構造」抜きには存立しえない。それらは純粋に「記号的なふるまい」「社会的な態度表明」である。
セックスは「シニフィアン」である。
性的快楽を極限まで追求するものは、だから必ず身体固有の価値を否定することに至り着くのである(ジル・ド・レーとか阿部定とか切り裂きジャックとか)。

出会い系セックスとネット自殺は、ともに「身体固有の価値を損なうこと」をまっすぐに目指している点で深いところで通じている。
むしろ私が興味を引かれるのは、「身体固有の価値を損なうこと」を目指す人々が、ともにそのときに「証人の身体」を要請せずにはいられないということである。
セックスにおいても集団自殺においても、自分と同じように自分の身体を軽んじる人間がその場に居合わせることを、彼らは要求する。
私はこれが「人間の身体性の逆説」ではないかと思う。

脳は身体をいくらでも記号的に貶下することができるけれど、それを物質的に抹消することだけはできない。
身体を「不可能なもの」として抹消するためには「可能態としての」身体が必要だ。
自殺するためには、自殺するだけの体力が要る。
だから、自殺しようとする人間は、その日に備えて最低限の「体力作り」をすることを義務づけられる。

共同性を否定しようとする人々は、その「共同性を否定するふるまい」を他ならぬ「否定のふるまい」として認知してもらうために「共同性」を要請する。
それは「おれは一人だ。だれもおれのことばを理解しない」と独語する人間が、それでもなお日本語の文法に則り、日本語の語彙を用い、日本語で音韻として聴取可能な分節音を発することで、「それを聴き取る人間」が権利上存在することを自明の前提にしている事況に端的に示される。
それと同じように、身体固有の価値を否定しようとする人々は、身体固有の能力や機能を活用することなしにはその否定行為を成就することができない。

共同性を否定するものはそのふるまいを「共同性否定のみぶり」として認知してくれる共同性を要請し、身体の価値を否定するものは、その否定を貫徹するために身体の介助を必須とする。
出会い系セックスとネット自殺は、共同体と身体、生と死にかかわるこの極限的な逆説を私たちにつきつけているように思われる。
これらの事例は「ここまでゆくと、もうこの先はない」という「オフ・リミット」の指標のような気が私にはするのである。
人類学が教えてくれるのは、人間は「いかに生きるべきか」についての実定的なガイドラインを作れるほど賢くはないが、「このような生き方をすると、後がない」という「極限的事例」を並べて、危険標識に見立てることができる程度には賢いということである。
「ふたつの標識の間」
そこに私たちは生きており、そこしか私たちの生きることのできる場所はない。
それゆえ私は「標識作り」に命をかける人々に、実は一抹の敬意を禁じ得ないのである。

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2004年12月03日

全身ダンボ者

お稽古ごとが多くてたいへん。
「巻絹」の道順を覚えてなかったので(というかまだ教わってなかったんだけど、下川先生はそういうことをあまり厳密には区別されないのである)しこたま絞られたので、家で舞囃子のお稽古をしなくてはならなくなった。
能管の唱歌をぶつぶつ言いながら狭い居間をくるくる舞う。
ひとが見たらなんだと思うであろう。
舞の稽古が一段落したら、こんどは尺八のお稽古。
次に会うまでにはちゃんと吹いてみせますと池上先生にお約束してしまったので、なんとか音を出さなければならない。
運指はそれほどむずかしくないので(リコーダーと変わらない)、問題は「音が出るか」どうかである。
出ないんだな、これが。
ぜんぜん。
しゅーしゅーというむなしい排気音がいつまでも響く。
うう、くやしい。
他の諸君もまじめにお稽古されているのであろうか。
三宅先生、最上さん、やってます?やってないでしょ。

越後屋さんに12月号の「エピス」の原稿を送ったら、「著者プロフィール」に書くから、今年出した本を教えてくれという問い合わせがきた。
『街場の現代思想』『東京ファイティングキッズ』『死と身体』『他者と死者』『現代思想のパフォーマンス』『岩波応用倫理学講義』と共著含めて6冊。あと一冊年内に『ポーラン/ブランショ』本が出るはずなのでトータル7冊。
来年刊行予定の単著は
『先生はえらい』(ちくまプリマー新書)と『私家版ユダヤ文化論』(文春新書)の新書二冊。
対談本がたくさん予定されている。
『14歳の子供を持つ親のために』(名越先生との対談、新潮新書)
『Right time right place』(池上六朗先生との対談、毎日新聞社)はもうゲラ段階。
(追記:と書いてアップしたあとに、本願寺出版社のフジモトさんから『インターネット持仏堂』はどうしたんですか!という嘆きのメールが届いた。あ、すみません。忘れてました(ひどい・・・)。
って、この間ゲラもらったばかりなんだ。あのゲラどこに行っちゃったんだろう・・・と思って探したら、このパソコンの裏に置いてあった。
フジモトさん、釈先生ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい)
あと、三砂ちづる先生との対談(晶文社)、甲野善紀先生との対談(晶文社)、橋本治先生との対談(筑摩書房)がかなり進行中。
春日武彦先生との対談(角川書店)があらたに二月に予定されているし、光岡英稔先生との対談も冬弓舎で企画中。
加えて、もののはずみで(詳細はカフェ・ヒラカワをご参照ください)『悪い兄たちが帰ってきた 東京ファイティングキッズ・リターン』の連載が『ミーツ』で来月から始まることになった。
リストをごらんになるとおわかりになると思うが、私はインディペンデントでセルフィッシュな外貌とはうらはらに、「誰かといっしょじゃないと仕事ができない」へたれの関東つれしょんべん小僧なのであった。
だが、これほど大量の対談仕事を同時並行的にこなしうるのは、トニー谷、玉置浩を措くと、現在の日本の学界には私の他にはおらないであろう。
これはびっくり。意外なことに「聞き上手」の才能が私には備わっていたのであった。
そういえば、むかしから見ず知らずの人が私のところへやってきて、いきなり「生まれて初めてこんなこと人に話すんですけど・・・」と言って、告白を始める、ということが少なからずあった。
どうして私のような非人情な人間にそのような告白をなすのか、さっぱり理由がわからなかったが、どうやら私が「調子よく相づちはうつが、実は他人の話を記憶していない」ということをその方たちは看破されていたようである。
ただし、これは私が人の話を「右の耳から左の耳へ聞き流す」ような誠意のない人間であるということではない。
そうではなくて、人の話を聴いている時の私は、その話を後になって回想しているときの私とは「別人」である、ということなのである。
人の話を聴いているときの私は眼前にいる人の発信する信号に同調しようとして、前のめりな人格変容を来して、「全身ダンボ者」と化している。
そして、そのときの《聴き手》としての「ダンボ者」は、まさにその当の対話相手が私に現前したことによって生成した「一回的」なものであるから、対話の相手が不在の場所においては再生することができぬものなのである。
それは「ラリっているときに知り合った人間には、またラリっているときにしか出会えない」という「ラリハイ」の法則(@山下洋輔)にも通じるのである。
私の「聴き手」としての能力は、この「普通人」から「ダンボ者」への人格切り替えがたいへんなめらかに行われることにある。

しかし、ジョージ・ルーカスが教えるとおり、あらゆるフォースにはダークサイドがある。
先の対談本において、私はまじめな聴き手であり、「聞き流し」というような失礼なことはまったくしていないのである。
していないはずなのであるが、どんな話をしたのか、あらためて思い返そうとすると、何一つ思い出せないのである。

PS:『ミーツ』の江さんの「ダンジリアス・エディター・イン・ザ・タウン」が再開してます。
danjirious editor is back!


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2004年12月02日

謝辞と応援

12月1日

いそがしさに取り紛れ報告を二点忘れていた。
一つは朝日新聞の書評に『他者と死者』が取り上げられたこと。
評者は詩人の小池昌代さんという方。
この方は前の日のBSでも、『東京ファイティングキッズ』を「お薦め本」として取り上げてくださったそうで、連続二日にわたり、ウチダ本をマスメディアを通じてご推奨くださったことになる。
うちのテレビではBSを見られないので、「見たよ」という人の話を聴いただけであるが、平川くんによると「美しい人」だったそうである。
別に評者の容貌と批評の妥当性のあいだには何のリンケージもないのであるが、それはそれ。やはり「美貌の詩人に激賞された」という話の方が個人史的記憶としては甘美ではありませんか。
小池さんどうもありがとうございます。この場を借りて販促活動へのご協力に平川ともどもお礼を申し上げます。いずれご尊顔を拝する機会などありましたら、ぜひシャンペンなど一献差し上げたく存じます。

もうひとつうれしい話は、神戸製鋼ラグビー部の平尾剛史選手からメールをいただいたこと。
平尾さんはご存じ、コベルコ・スティーラーズの現役ウィングである。
『ミーツ』の青山さんのオススメで、『私の身体は頭がいい』をお読みになり、「おお、これはラグビーにも通じる」と私のワニ的身体論(ブランキ主義的なワニ革命党派形成論、なんてなんのことだかわかりませんよね、読んでないと)にいたく共感されて、ご自身のサイトとのリンクの許諾を求めてメールをくださったのである。
ウチダはプロスポーツというものに何の関心もないのであるが、ラグビーだけは例外的に好きである。
早稲田に藤原優がいて、明治に松尾雄治がいた時代からのラグビー・ウォッチャーであるから年期だけは長い。
以前は松尾率いる新日鐵釜石のファンであり、のちに平尾誠二選手の同志社大学時代の仰天のドロップゴールを見て平尾ファンとなり、そのまま神鋼ファンに移行したのである。大学はずっと早稲田一筋。増保、堀越、今泉を擁した時代の早稲田は多くの感動的な試合をしてくれたけれど、雪の早明戦はまさに日本ラグビー史上に残るすばらしいパフォーマンスだった。神鋼ラグビー部の現在の監督はそのおりの「スーパー一年生」増保輝則選手である。
さっそく平尾選手にご返事メールを出した。シーズンが終わったらぜひ一度お会いして、ラグビーと武道の術理の接点についてお話ししたいものである(ついでにゼミ三回生の諸君からスティーラーズの若手選手との合コンをアレンジしてくれと頼まれているので、それもお願いしてみるつもりである)。
神鋼、今シーズンはやや不調であるが、今季残り試合をしっかり応援させていただきます。
がんばれ、スティーラーズ!


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2004年12月01日

星降る六甲の夜は更けて

11月30日

どたばたと大学の中を走り回ってゼミを二つ片づける。
四年生のゼミはもうあと残り二回。
このメンバーでこのゼミ室でわいわいとおしゃべりをするのもあとわずかと思うと、ちょっと切なくなってくる。
教師というのは、こうやって毎年「切ない」気持ちで卒業生を送り出してゆくのである。
きゅん。

大学院のゼミでは京大から来ている神吉くんが「社会関係資本」について発表。ネットワーク、人脈といった「見えない資産」をどう計量し統御するかという論件である。
「invisible asset」については『東京ファイティングキッズ』で平川君と論じたし、文化資本についても『街場の現代思想』であれこれ書いた。
「文化資本」や「社会関係資本」というのは、それを「資本」だと思って考量する人間の眼には「資本」に見え、そういうふうに見ない人間の眼には「資本」には見えない、という一種の構築主義的同語反復である。
こういうものに対しては、「なもの、どうだっていいじゃないか」とほうっておく、というのが正しい社会人のマナーではないかと私は考えている。

ゼミ終了後、六甲セミナーハウスまでソッコーで移動。
本日は、内田ゼミの三四回生合同「懇親会」。
四回の諸君が、「かわいい子ばかり」と評判の三回生たちを見てみたいと言い出したので、この企画となったのである。
別に私としてもゼミ生たちが学年を超えて懇親されることに異論のあろうはずもない。
訓辞も開会の挨拶も何もなく、とりあえず乾杯して、ただちに総員20名による大規模な「すき焼き撤去作業」が行われる。
引き続き河岸を二階に移して、ワイン、ポテトチップスなどの撤去作業が継続される。
ムラサキくんの「恋バナ」にオカムラくんが絶え間なく突っ込みをいれるのをげらげら笑って聴いているうちに六甲の夜はしんしんと更けて行くのであった。

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