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2006年01月11日

現代中国論打ち上げ

大学院の現代中国論の最終回。
広州から留学中の丁先生と張さんが出てくれたおかげで、この一年間たいへん内容のある中国論ゼミが出来た。
出席してくださった院生聴講生のみなさんに深謝。
別にそのトピックの専門家がいなくても、みんなで知恵を絞って考えれば、メディアで専門家が論じている程度の学的考察は十分可能であることは前年度のアメリカ論で検証済みである。
もちろん、メディアで発言している中国ウォッチャーたちは私たちとは比較にならないほどの専門的知識を備えており、私たちにはアクセスできない情報を知っている。
けれども、だからといって彼らの中国論の方が素人の中国論よりも現状分析や展望において適切かというと、必ずしもそうではない。
「非専門家以上に情報が多い」ということから彼が「非専門家以上に適切に状況判断している」という結論は論理的には導くことができない。
例えば、1966年文化大革命の勃発のとき、実に多くの中国問題専門家がそれについて専門的知見を語ったが、その政治的事件が十年後にどれほどの規模の破壊の末に、どういうかたちで収束するかを予見できた中国問題専門家は私の知る限りひとりもいなかった。
そのとき、専門的知識がどれほどあっても人は予測を誤るということを私は学んだ。
もう一つ、専門家というのは、彼らが判断を誤ったという事実からほとんど何も学ばない人々であるということも学んだ。文化大革命の後に、「あのとき私が書いたことはまったく的はずれでした。ごめんなさい」と反省のことばを述べた中国問題専門家は私の知る限りひとりもいなかったからである。
それゆえ、私は現在の中国専門家たちもその先輩たちと同じように現状分析においても未来予測においても多くの誤りを犯すであろうし、そのことを将来反省も謝罪もしないであろうと予測するのである。
そう推論することは、「2006年の中国専門家は1996年の中国専門家よりもはるかにすぐれた知性と倫理性の持ち主である」推論するよりもおそらく蓋然性が高い。
しかし、私はそれを責めているわけではない。
人間というのは「そういうもの」だと申し上げているだけである。
専門家たちの多くは彼らの「主観的願望」を語っている。
彼らが「中国はこうなる」と断言するのは、ほとんどの場合、「中国がこうなったらいいなあ」と思っているからである。
人間である以上、誰であれ隣国の事情を紹介するときの口調に主観的バイアスがかかることは避けられない。
繰り返し言うが、私はそれを責めているのではない。
しかし、自分が「客観的情報」を提供しているつもりでいるときに、記述に必ず「主観的願望」が入り込むことを彼らが「勘定に入れている」かどうかについては吟味を怠らない方がよいと思う。
自分の欲望を勘定に入れ忘れて推論をする人間は、「私の予測は他人の予測よりも当たる確率が高い。なぜなら私が『当たるといいな』と望んでいるからである」という推論を自分がしていることを忘れている。
そのような推論の仕方がごく「人間的」なものであることを私は喜んで認めるが、それを「科学的」なものと呼ぶことには同意しない。
先日送ってもらったある総合誌を読んでいたら、何人かの論客が中国を論じていた。
彼らはほとんど例外なしに、中国の中央政府のガバナンスが機能せず、経済が破綻し、環境が劣化し、人民解放軍の暴走が始まる近未来を「予測」していた。
その予測はかなりの程度まで信じてよいことなのかも知れない。
しかし、彼らのその文章には「そのような事態」が到来することへの彼らの「期待」(ほとんど「願望」)が伏流していることに彼らが無自覚であることに私はつよい不安を抱いた。
アジアにおける中国の失墜が相対的にわが国の「国威発揚」に結びつくと彼らは信じているのであろう。
その気持ちはわからないでもない。
だが、彼らは行間から自分のそのような無意識的な欲望が「だだ洩れ」になっていることに気づいていない。彼らは「科学的で中立的な事実」だけを語っているつもりでいる。少なくとも、そのような人間であると読者から思われたがっている。
私は人間が利己的な欲望に駆動されることを決して悪いことだとは思わない。
しかし、自分が利己的な欲望に駆動されて行動していることに気づかないことは非常に有害なことだと思う。
中国が嫌いな人が中国の国家的破綻を願うのは自然なことである。
たいせつなのは、そのときに自分が中国を論じるのは「アジアの国際状勢について適切な見通しを持ちたいから」ではなく、「中国が嫌いだから」(そして「どうして自分が中国を嫌いなのか、その理由を自分は言うことができない」)という自身の原点にある「欲望」と「無知」のことは心にとどめていた方がいいと思う。
逆に言えば、自身の「欲望」や「利己心」や「愛」や「悪意」が自分の思考や判断に大きなバイアスをかけていることを自覚している人間は、しばしばそうでない人間よりも科学的に推論する。
わが子が罹った不治の病の治療法を探し求める医学者の思考法は間違いなく「科学的」である。
自分の子供がかかった難病の治療法を探求している医学者は決して「治験データの改竄」などしないからである。
誤りの多い耐震強度設計のビルを建てて巨富を築いた社長がいたが、彼がそうやって得た金で自分の家を建てようとするときに、どのようなデータの改竄も許さないはずであるし、そもそも自分の知り合いには決して建築を委託しないであろう。
グルーチョ・マルクスがみごとに言ったとおり、「私を入会させるようなクラブには私は入会したくない」というのが、「欲望を勘定に入れる習慣をもった人間」の基本的な構えなのである。
目的そのものが過度に「主観的」であることを熟知している人間は、その目的を達成するためのプロセスにおいて「リアルかつクール」であろうとする。
素人が玄人よりもしばしば科学的でありうるのはそのような理路によるのである。

演習のあと、最終回の録音に来たNTT出版のM島くんもいっしょに「鳥半」にて打ち上げ宴会。
飲んで焼き鳥食べておおいに語る。
最後は川上先生の「蘇州夜曲」できっちりと締め。
来年はみんなで丁先生、張さんのいる広州にご飯を食べに行きましょうという話がまとまる。
みなさん一年間ほんとうにありがとうございました。


そろそろ来年度の大学院聴講生の募集が始まります。
大学院の来年の演習のテーマは「現代日本論」です。
聴講希望の方はどうぞ下記要領でお申し込み下さい。

博士前期・修士課程 一般聴講
2006年度の要項を掲載しています。

出願資格
次のいずれかに該当する者。
大学を卒業した者または文部科学大臣の定めるところにより、これと同等以上の学力があると認められた者。

受付期間
2006年2月13日(月)・14日(火)・15日(水)
郵送に限る。受付期間内消印有効。

審査料
5,000円。但し本学院設置の諸学校卒業生は不要。

選考方法
神戸女学院大学・神戸女学院大学大学院の卒業生は書類審査のみ。
その他の志願者は、2006年2月24日(金) 15時(予定)より面接。

入学時期・在学期間
入学は学年の始めのみとし、在学期間は1年とする。

履修を認める単位数
履修できる単位数は、1年間に12単位(3科目)以内とする。
ただし、授業担当者の判断によって聴講を許可しない場合がある。

聴講料
1単位につき7,500円(演習は4単位なので、年間30000円。演習の開講数は年間30回だから、1回(100分)1000円という計算になる。1分10円・・・これを高いと考えるか安いと考えるか。判断は微妙である。

投稿者 uchida : 2006年01月11日 19:52

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コメント

街場のアメリカ論と知に働けば蔵が建つを楽しく読ませていただきました。有難うございました。

以前、投稿させていただいた際、戦争に少し肯定的な意見を
述べたせいで、怖いメールが見知らぬ方から届き、いやな思いをしたので悩んだのですが、もう一度投稿させて頂きます。


塾という立場から見た場合、先生に教えていただいたダブルーバインド論という視点で見ると、程度の差はあれ、コミュニケーション能力を欠く子供たちが増えてきたような気がします。
ただ、これに対する処方箋は、とても難しいですね。
大きくこの論を適用することは危険かもしれません。最近、私たちの社会は、他者に責任をなすりつけることを膨らましてきたために、次に母親をターゲットにしてしまうかもしれませんから。

母親のせいだと言う声が大きくなると仮定した場合、女性とは
どうすればいいのでしょうね。結局は、介護者にとって幸せであるような介護をしたほうが介護されるものにとっても良いことだから、無理をしすぎないといった例のように、無理をしすぎない母親像に帰着していくのでしょうか、ある程度の混迷を経た後に。
自分は、女性のありようがわからなくなってしまいました。

また、ケースバイケースでしょうが、二律背反するメッセージにさらされてきた子供たち、元子供たちはいかにすべきなのでしょうか。犯罪を犯す人たちは氷山の一角ですから、かなりの数の人々が、傷ついて痛んだ心をさすりながら生きていると思われます。これが、カレン・ホルナレイでしたっけ、あの説にふむふむと納得すると、苦しみが憎しみに変わりそうで怖いですが。


もう一つ、今回のプログに関して。
専門家が信用ならないというのは、私たち大衆が生きていくために自然発生的に身につけていると思われます。
知より先に経験則が働き、ほんまかいなと思うのではないですか。関西人特有ですかね。
ただ、これからは微妙ですが・・・・・・。

拙い文章ですみませんでした。


投稿者 little-wing [TypeKey Profile Page] : 2006年01月16日 00:56

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