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2005年11月01日

「下流生活者」たち

『下流社会』三浦展(光文社新書)を読了。
ここで指摘されている貧富への階層分化の趨勢はすでに苅谷剛彦『階層化日本と教育危機』や山田昌弘『希望格差社会』でもおなじみの知見であるが、新たに出現してきた「下流社会」の意外な相貌を三浦さんはクールに活写している。
階層ごとの行動様式の差を戯画化したものにバブル期の傑作、渡辺和博の『金魂巻』がある。若い人はご存じないだろうし、年配のかたはもうお忘れだろうが、「○金」「○ビ」という二分法が80年代末の日本では一世を風靡したことがあったのである。
その伝でいけば、本書のは三分法で、「○上」「○中」「○下」である。
これまで私たちの社会は「上」と「下」はとりあえず脇に置いておいて、自分たち自身の自画像であるところの「中流生活」をアイロニカルに描くことを伝統としてきた。
国民のほとんどが「中」であった時代であれば、マジョリティを標的しないと批評性はたちゆかない。
だが、時代は変わった。
『下流社会』は「下」をターゲットにして、その風儀をひじょうに皮肉な筆致で描き出している。
これはこれまでの日本の言説伝統には見られなかったことである。
「貧乏自慢」には百鬼園先生や志ん生の至芸があるけれど、「他人の貧乏ぶりを笑う」というのは、どのような立場の人間がするにせよ、あまり品のよいことだとは思われていなかったからである。
ひとつには「貧しき人々」に対する人道主義的な配慮があったからであるし、ひとつには「社会的弱者はその社会の全矛盾の集積点であり、彼らこそが社会のラディカルな改革の主体となるべきである」という左翼的な社会理論がごく最近まで(いまだに?)支配的な言説の地位を占めていたからである。
人道主義も左翼的社会理論も、ふたつながらに影響力を失ってしまい、かつ「下」が消費文化やグローバリズム・イデオロギーの「主導者」であるという現今の特異な市場編制がおそらくは「下流社会」のクールでリアルな描写を可能にしたのであろう。
その「前代未聞」の仕事の中で三浦さんはいくつか掬すべき重要な指摘を行っている。
これは社会批判として(あるいはメディア批判としても)重く受け止めるべきものだろう。
「下」の趣味として三浦さんが引く統計は次のようなものを挙げている。
パソコン・インターネット、AV機器、テレビゲーム、音楽コンサート鑑賞、スポーツ観戦。
どこか「下」なのか?ちょっと不思議に思えるチョイスである。
三浦さんはこれをこう解説する。
「パソコンというと『デジタルディヴァイド』と言われて、お金のある人は持てるが、お金のない人は持てず、よって所得によってパソコンを使えるかどうかに差がつき、ひいては情報格差がつく、という懸念があった。しかし、今やパソコンは接続料さえ払えば何でも手に入る最も安い娯楽となっており、低階層の男性の最も好むものになっているようである。(・・・)パソコンを所有し、それで楽しむという点では階層差はなく、むしろ趣味がパソコン・インターネットである者は『下』ほど多いというのもまた事実なのである。」(179-180頁)
そして、「下」を表象する「五つのP」を三浦さんは提唱している。
Personal Computer
Pager
Play Station
Pet Bottle
Potato chips
(「ペイジャー」というのはもともと「ポケベル」のことだが、三浦さんは「モバイル通信ツール」というひろい意味でこの語を使っている)。
つまり「下流階層」の肖像として、「パソコンの前に座って、ペットボトルの飲料を飲み、ポテトチップスを食べながら、インターネットをしたり、ゲームをしたり、携帯でメールを打ったりしているという姿が浮かび上がってくるのだ。」(181-2頁)
三浦さんはここで、「彼らは果たして不幸なのか?」という問いを発している。
たしかに日給240円のニカラグアの小作農に比べると、彼らはほとんど「王侯貴族」の暮らしをしていると言ってよい。
客観的条件として彼らは「搾取されている」という説明にどの程度の妥当性があるのか、正直言って私にもよくわからない。
彼らが内的に幸福かどうかは、これはご本人たち次第である。
社会学者は客観的には搾取されていながら、内的には幸福でいられる大衆のありように警鐘を鳴らすが、三浦さんは「それで何か問題でも?」と反問する。
もし「下流」の人々が客観的に恵まれた社会的地位にいないことを受け容れつつ、「その程度の不幸なら瞬間的な盛り上がりやら何やらを介して適当にやり過ごすことができる程度にタフ」(186頁)であるなら、それほど内的には不幸ではないのかもしれない。
ただ、三浦さんが指摘しており、私も危機感を抱いているのは、こうして構造的に発生している「下層民」たちの「やり過ごし」のために企画されている「サッカーワールドカップなど」のメディア誘導型のイベントが過度に「装置化・管理化」されている点である。
先般の総選挙も、そのあとの小泉首相の靖国参拝もある種の「イベント」として功利的に活用されて、若年の「下」たちに強い牽引力を発揮したことは記憶に新しい。
三浦さんも「『下』は自民党とフジテレビが好き」であることを指摘している。
これは数字をお示ししよう。
対象世代は「団塊ジュニア世代」(1973-80年生まれ)。
「上」の自民党支持率は8.3%、民主党支持が16.7%、支持政党なしが75%。
「下」の自民党支持率は18.8%、民主党も同率、支持政党なしが60%。
はっきりと政治意識の階層差がこの世代には現れている。
つまり、階層が下になるほど資本主義的な、競争原理と市場原理、つまり社会的弱者である当の彼ら自身を排除と収奪の対象としている体制をより好むという倒錯が生じているのである。
なお、この統計で用いられている「上」とか「下」とかいう分類はあくまで自己申告による階層区分である。
「あなたの生活レベルは世間一般に比べてどのくらいですか?」という質問に「上」と「中の上」と答えた階層を「上」、「中の中」を「中」、「中の下」「下」と答えた階層を「下」に類別している。
だから、年収800万円で「中の上」だと思っている人もいるだろうし、「中の中」だと思っている人もいるだろう。
階層意識というのはかなりの程度まで主観的な問題なのである。
ジェンダー意識についてもたいへん興味深いデータが示されている。
「男は男らしく、女は女らしくあるべきだ」に「そう思う」と答えたものは「上」で29.4%、「下」で16.2%。
つまり「ジェンダーフリー」的な社会理論は社会的に「下」の階層で支持されているということである。
これはこれまでのフェミニストの考え方とはずいぶん隔たっている。
高学歴で、専門性の高い仕事をして、高収入であるような「勝ち組」の女性の方が、家事手伝いやフリーターの女性よりも「ジェンダー的因習」に対する容認度が高いのである。
これはなかなか興味深い事実である。
社会的に「下」の階層でむしろジェンダー規範が弛緩しているのは、権力、財貨、情報、社会関係資本などを「重要な価値」とみなす支配的なイデオロギーを内面化する傾向はむしろ「下」において強いということを意味しているだろう。
つまり「金がある」ということを無条件に「偉い」みなす人間は、男女の性差よりも「勝ち負け」の階層差の方をむしろ意識するということである。
それが父権制イデオロギーが解体してジェンダーフリーが達成された徴だと言祝ぐフェミニストはおそらくいないだろう。
けれども、繰り返し言っているように、「男女に均等な成功機会を」という提案は、「成功」(端的に言えば「金があること」)こそが至上の価値であるという支配的なイデオロギーに同意することを意味している。
そのようなイデオロギーに軽々に同意してよろしいのだろうかという懸念を私は何度も語ってきたが、あまり賛同の声が得られない。
とりあえず、ある種の「ジェンダーフリー」が現在の支配的イデオロギーをもっとも深く内面化した階層において実現したという統計的事実は記憶しておこう。
もう一つ、これもこれまでに何度か書いてきたことだが「自分らしさ」ということばがキーワードになっていることが「下」の特徴だということである。
団塊ジュニア世代で「個性・自分らしさ」をたいせつだと考えるものは、「上」で25%、「下」で41.7%。「自立・自己実現」は「上」が16.7%、「下」が29.3%。「自由に自分らしく生きる」を人生観として選んだのは、「上」が58.3%、「下」が75.0%。
つまり、下層の若者の方が「個性」や「自己実現」に高い価値を賦与しているのである。
三浦さんはクールに「そうした価値観の浸潤が、好きなことだけしたいとか、嫌いな仕事はしたくないという若者を『下』においてより増加させ、結果、低所得の若者の増加を助長したと考えることができる。」(160頁)と書いている。
私も同感である。
マルクスは『フランスにおける階級闘争』において、客観的にもっとも収奪されていながら、主観的に彼らを収奪する体制イデオロギーにもっとも深く親和している階層を「ルンペン・プロレタリアート」と呼んだ。
レーニンは『帝国主義』において、自らは収奪されている労働者でありながら、植民地住民からの収奪の余沢に浴しているせいで、資本主義イデオロギーを支配階級以上に深く内面化してしまった社会階層を「ブルジョワ的プロレタリアート」と呼んだ。
マルクス、レーニンのような天才でさえ階級理論との不整合にてこずって「別のカテゴリー」を作ってそこにねじ込まなければならなかった社会階層に似たものが現在の日本に発生しているのかも知れない。
21世紀の社会理論家たちは彼らを何と名づけることになるのだろうか。


投稿者 uchida : 2005年11月01日 00:09

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コメント

下流社会、私も興味深く読みました。
個人的な話をいたしますと、私は大学4年次に某一流企業に内定を決めていましたが、とある理論系学問に強く魅かれ大学院進学を決意しました。大学院生としては、それなりに実績も積み、来年から某西欧の有名大学院に奨学金付で留学することが決定いたしました。

一昔前のように、海外の博士を持って帰国すればアカデミック関係の就職があまたであった時代とは異なり、昨今では定職に就けるかどうかも分からないありさま。正直、不安もありますし、自分が進学を決めたのは誤りではなかったかと思うこともありますが、自分の選択に後悔はしていません。

それはひとえに価値観の問題ということもあるのではないかと思います。科学技術が発展したおかげで、「金を稼ぐ=生存方法」という図式が成り立たなくなり、下流層でもそれなりに生きていくことができる社会構造ができあがりました。このおかげで、四六時中「カネカネ」と言わなくても生活できるようになり、知力や科学といったものに没頭しても暮らしていけるようになった。その結果、価値観の中で知力に一番重きを置くことも可能になった。

それは別にいいんじゃないかなぁーって思いますけどね。仮に莫大なお金を貯め込んだとしても、例えば日本が借金を減らすためにハイパーインフレかなんかを起こして資産価値をゼロにするような政策を行えば、金銭的価値なんてのも吹き飛んでしまうわけですし。

生きるためにお金を稼ぐ重要性を全く否定しませんが(むしろ肯定しますが)、生きていくのに理性と知性が活用できることの心地よさも強調されていいかな、なんて思ったりしますけどね。むしろ、若さというのは資本ですから、若いうちにいろいろと吸収してsurviveしていく能力を育むのも悪くはないかな、と。

投稿者 (・∀・) [TypeKey Profile Page] : 2005年11月01日 11:05

√本当にそんな方々が無視できない存在になる社会が来るのなら住んでみたいような気もしますけど、限られた時期と地域でだけ許される存在でしかないような気がします

それに問われて自分たちの生活レベル?は『上』だとか『中の上』と答える人が本当に『そういう生活』をなさっているかどうかはちょっとアレかも

questionnaire surveyって雑誌選びと一緒で『なりたいスタイル』を申告する場合が多くありませんか。少なくともわたし達はそうだし〆

投稿者 Mt.Baca登頂隊 [TypeKey Profile Page] : 2005年11月01日 13:59

わかものたちに接する機会多いのですが、したい仕事だけしたい。嫌な仕事はしたくない。と思っているのではない人も多いです。したい仕事がない!職人がいるのを知らない。したい仕事では生活できない!
伝統産業と言われている職人職を継ぐ人がいない。それは修行中に食事だけでは今の世の中やっていけないのです。
税金、生活必需品、水何から何までお金がないと駄目なのが日本の現状です。介護職に雪崩打って入ってきている若者、育てれば才がある人材もいるのでしょうが、今の日本の生活環境では月5万円くらいの給与で7年~10年修行できません。親のすねかじりかよほど変人でないとむりでしょう。もっと打ち込める仕事したいと潜在的に思っている若者はいると思います。
機織のロケットみたいなてづくりの横糸通しの美しい名前失念
あれももう後継者いないのです。杉の皮で作る屋根も先細り
伝統工芸はとても魅力的な仕事です。しかしせめて10万円くらい貰わないと最低暮らせないのでは?職人には保護をして育てる時代です。奨学金10年間10万円などつけないと育たないのではアマリに生活レベルが低いと今の日本ではいきていけないでしょう。江戸時代より職業が少ないのでは?
自分をかける仕事がしたいと思っている人多いです。
使い捨てになりたいなんて思って生まれてくる人いないですよ

投稿者 .おきつひめ [TypeKey Profile Page] : 2005年11月01日 23:18

本書はほとんどの方が階層論として読んでいると思いますが、私は病理学の本なんじゃないかと思いました。「総じて人生への意欲が低い」とは、鬱病のもっとも一般的な症状ではないかと。
私自身、鬱病の既往歴があり、病気についていろんな本を読みましたが、もっとも納得したのは筒井末春『うつと自殺』集英社新書の言葉でした。いわく、「うつ病は、ひと言でいうと『生きる意欲』が失われてしまう病気である」。ほら、同じでしょ!

コミュニケーションが下手なのも、働く意欲が低いのも、趣味がPCとゲームしかなくて2ちゃんねるに憎悪の書き込みをするのが唯一の気晴らしなのも……ほとんど鬱病患者の日常とシンクロする(自分の実感として言ってます。患者への偏見と取らないでほしいのですが)。

下流的な環境が先か、病気が先なのかは鶏と卵になってしまいますが、本書の印象では「下流」の人々の日常はかぎりなく鬱的です。そして、鬱病患者は統計的にも増えている。実感的にも増えている。

鬱病は、身体的にも精神的にもダイナミズムを喪失してしまう病です。そして、この病気のようなムードがある社会階層にぴったり重なって日本を覆いつつあるとしたら、それはとてもイヤなことです。

もう一つ、本書を読んで思い出したこと。「個性」についてですが。
ずっと以前、オタキング・岡田斗志夫が言っていたことです。
PTA集会に行くと、いろんな親御さんが「子どもの個性を伸ばす教育を」と学校に注文つけていた。しかし、発言を求められた彼は、「個性を伸ばす教育ではなく、個性を叩きつぶす教育をしてほしい。自分は個性が強くてすごく苦労した。こういう苦労を子どもにはさせたくないのが一つ。もう一つは、教育ごときに叩かれてつぶれるようなものは個性と呼べない。どんなに叩いても起ち上がってくるものだけが個性ではないか」と言ったという。

私はこの言葉が好きです。

投稿者 両足ぴんざ [TypeKey Profile Page] : 2005年11月02日 12:55

福沢諭吉氏が赤貧にまみれて学問をされたのは伝記などで知っていますが時代が違うので矢張り最低限生活保障がないと
研究もできないでしょう。竹中氏もむかしTVでうんと貧乏になったほうが鍛えられていい、今の人はフリーターでも生きていられるのが成長しない原因、厳しい環境にして脱落した人は福祉で救済と言っておられたことがありそれから好ましくない人になりました。シュタイナー関係ではいまは意識魂の時代に移行しているので、努力、根性などの悟性魂ではなくもっと透明な魂の時代になっているのだそうです。若者はいつの時代でもその時代既成の時代より進化した存在であるのでなかなか大人には理解できないのだそうです。うつになるのはいいことなのかも・・うちの子も21歳から24歳までとじこもりになっていました。やっと復帰しましたがNPO的にしか働けないのです。親の私もそうでしたからしょうがないかもしれません。
わたしはひきこもったことはありませんが人をおしのけてまで
地位につけないし、人がものすごくほしがったら「へーこの人には必要なのかも」と思い大抵の物や仕事地位は譲ってしまう質であったからです。最近は会うべき人には会った。見るべきものは見た。もういいかも早く帰りたい。むかし火葬場の火がとても怖かったのにああもう大丈夫と思えるのです。霊も怖かったのですが、なぜか親しみを覚え「もうちょっとしたらいくからね」というとむかしは「まだ来ては駄目」としかられていたのに「待ってるよ」言われてうれしくなってくるのですからね。普通に物質欲はあるのですがもっともっととは思えない
もういいかなと思ってしまいます。触るとなんでも金になってしまうお話。三つの願いなどあの童話は支配階級の庶民への思想教育だったのでしょうか、私は心の、魂の、問題だと思って読んで見事にはまっててしまったのかも、もうどうしようもないわそのほうが心が楽なんだから。

投稿者 .おきつひめ [TypeKey Profile Page] : 2005年11月02日 16:12

寝坊助です。こんばんは。
TVアニメ『ブラックジャック』で、ブラックジャックが、
「笑うということは、高等な生物にしかできないことだ」
と、ピノ子の爆笑を見て言ってました。
大人だと思いました。
かっこいいぜ。

投稿者 寝坊助 [TypeKey Profile Page] : 2005年11月02日 19:26

「ジェンダーフリー」や「自分らしさ」を求める気持ちについて「上」の方が低くなるのは、現状として「ジェンダーフリー」や「自分らしさ」がどのくらい実現されているかを反映しているだけではないですか?
それとも他に何か統計的根拠があるのでしょうか?

女子大でウホウホしながら、男女は別だという主張を展開される先生にはどこか滑稽なものというか、醜い自己肯定を感じます。

投稿者 ok [TypeKey Profile Page] : 2005年11月06日 12:20

>バカヤマ
知りたいのは階層「意識」だから、まさにそれでいいんじゃないですか?

投稿者 MMR [TypeKey Profile Page] : 2005年11月19日 13:00

MMRさん

なるほど、そうですね〆

投稿者 Mt.Baca登頂隊 [TypeKey Profile Page] : 2005年11月19日 17:46

意図的に、構造計算をさせた小泉がいて、それを引き受けた平蔵という「学者」がいて、下のほうからどんどん鉄筋を減らしてOK!
ということで、「下」のほうが増えて自民支持が増えて…計算どおりなんだけど倒壊するところまで予見しているようで、独裁者(信長にしてもヒトラーにしても)ネクロフィル。悲惨な最期というのが彼らの美学の到達点なのだろう。

レーニンが出てくるので、蛇足ですが:
大衆を領導するプロの革命家がいなければ革命はできないと考えたレーニンは産業時代(トフラーの第二の波・梅棹の中胚葉産業)に深くとらえられていた。天才といえども文明のバックボーンからは逃れられない。

投稿者 つっかん [TypeKey Profile Page] : 2005年12月01日 13:27

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