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2005年10月21日

富裕層の方々

知らない会社から電話がかかってきて、インタビューしたいという。
テーマは「富裕層の消費動向について」。
どうも代理店がらみの仕事のような気がする。
代理店がらみの仕事は前に一度だけやったことがある。
そのときに「今後二度と広告代理店がらみの仕事はしない」と堅く心に誓ったのである。
別に代理店でお働きになっている個々の方々に怨みがあるわけではない。
業界の風儀が私の肌には合わなかったというだけである。
別に一般論として「広告業界はよくない」などという非道なことを申し上げる気はない。
私はそちら方面の仕事は性に合わないのでやらないというだけのことである。
したい方はどんどんなされればよい。
私はそういうこととには不案内な人間なので、そちら方面には足を向けない。
東は東、西は西。
それに私に「富裕層の消費動向」を訊ねるというところに無理がある。
富裕層というのは六本木ヒルズとか御殿山の三井不動産のマンションとかに住んでいる年収数億とか数十億といった方々のことなのであろうが、私にはそのような階層の知り合いはいないし、見たことさえない。
見たことも聞いたこともない人の欲望のありかを私が知ろうはずもない。
そういうことはムラカミさんとかホリエさんとかソンさんとかミキタニさんとかに直接お訊ねになるとよろしいかと思う。
たぶん彼らが欲しがっているのは「金」だろう。
「そんなにお金があると何が欲しいですか?」
「金だね」
人間の定義は「交換するもの」である。
金で金を買うという行為は「交換」の定義に悖る。
そういうことができる方々のことは、もはや私のような古典的な人類学で涵養されたものにとっては遠く理解の埒外なのである。

と書いたあとにインタビューの「案」を読んでみたら「富裕層」というのは「世帯年収1500万円以上でかつ300万円以上の車を購入したいと考えている人および現オーナー」という定義があるのを発見した。
あら。
それが「富裕層」なのか・・・
どっちかと言うと、その辺の方たちの消費動向がいちばん「ビンボくさい」んじゃないかというような気もするので「富裕層」というのははばかられるのだが・・・そんなことを言うと敵を増やすだけだからスルーしてください。

投稿者 uchida : 2005年10月21日 10:17

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トラックバック時刻: 2005年10月22日 15:44

コメント

地代所と申します。先日拙著をお送りさせて頂いた者です。「富裕層」インタビューの件、「ぜひ、内田先生にお願いしましょう!」と提案したのは私です。
ご迷惑をおかけいたしました。スミマセン。
「いちばんビンボくさいんじゃないか」というような、まさにそういったこと、いろいろお聞きしたかったのでした(先生の敵は増えてしまうかもしれないのですが)。
それに、先生にお会いできること、楽しみにしておりましたので残念です。
ご検討頂いただけでも嬉しかったです。ありがとうございました。
でも、また懲りずにお願いにあがります!

投稿者 a.j.bossy [TypeKey Profile Page] : 2005年10月21日 16:37

いつもMEETSの文章をなるほどと思いながら読ませて
頂いている者です。

そして知りました。先生は私の母校の先生なのでは
ないですか!(すみません、無知で)

学科は違いますが、同じ文学部です。92年卒業です
ので、2年間は重なっていることを先生のプロフィール
で知りました。そして、授業を受けれなかったことを
残念に思います。今、学校に忍び込んで講義を聴きたい
くらいです。

ではでは、突然失礼致しました。そのかなわぬ思いを
とげるため、先生の本をせっせと読ませて頂くことに
します。

投稿者 minak [TypeKey Profile Page] : 2005年10月21日 17:02

地代所さま。
せっかくご紹介頂きながら、仕事断ってしまって、ごめんなさい。
でも、代理店には一度うんざりした思いがあるので、それ以来「テレビと代理店の仕事しない」というのを基本方針としているんです。
世の中にはまっとうな仕事をしているテレビマンや代理店の方々もいるのに、ほんとうにすまないと思いますけれど、最初に会った業界人に「刷り込み」されちゃったんですね。

投稿者 uchida [TypeKey Profile Page] : 2005年10月22日 18:36

内田先生こんにちは

いつも楽しく時には悩ましく先生のエッセイを読ませてもらっている広告代理店マンです。

 みなさん色々な理由があるとは思うのですが、広告代理店というのは知識人(という言葉で括らせてください)の方々にはあまりよろしくない。

村上春樹さんの「ダンス・ダンス・ダンス」にはチャップリンのモダンタイムスよろしくエレベーターとエレベーターの間をせわしなく飛び移るできるサラリーマンのテレビCMが歪んだ現在社会の断面として描かれています。

渡部直己さんの批評にも「電通文学にまみれて」というのがありました。先日も新聞を読んでいたら五十嵐太郎さんが愛知万博を思想も何もない広告代理店的なパビリオンが跋扈する大規模地方博と批判されていましたし、今朝の朝日新聞にも斉藤美奈子さんが「我が闘争」を広告会社の教科書のようだと書いていました。

 こうして見るとそれぞれ、広告代理店そのものを批判するというよりは何か俗悪で、内省を書いたものを批判するときに広告代理店の名前を引き合いにだされる方が多いようです。考えようによっては広告代理店そのものを批判されるよりも深刻かもしれません。「あいつはクズだ」と言うときの「あいつ」ではなく「クズ」に相当する部分ですからね。「クズ」よばわりではなくて「クズ」そのものですから。こりゃキツイ。

 これらの批判と内田先生の広告代理店経験を一緒にするわけではありませんが、ひとつお願いしたいのはまあ、そうおっしゃらずに気長にお付き合いいただきたいということ。先生のおっしゃるとおり広告代理店にはいろいろな人間がいます。無論、全員にあってからご判断いただきたいとは申しませんが、一回の経験で広告代理店を忌避するのはあまりに厳しいお沙汰ではありませんか。(その体験がどのようなものであったか気になるところですが...よほどひどかったのでしょうか?)

 同時に先生のような方にこそ広告代理店をうまく利用していただきたい。多くの方のご指摘の通り、ぼくたち広告代理店の手法は通俗で内実を欠いたイメージを世間に流布しています。これらは僕たちが俗悪大好きと言うわけでなく、こちらが世間に対して起こしてもらいたいという行動(多くの場合は消費行動ですね)をとってもらうために突き詰めた手法です。人を動かすための合理的手法ですね。そういう手法には批判があってしかるべきですが、それを利用しない手はないのではないでしょうか?

 それを最大限に利用したのが、斉藤美奈子さんのご指摘にもあった「我が闘争」です。そして先生の「街場のアメリカ論」と一緒にベストセラー部門を賑わせているのはプチ「我が闘争」たちです。ショービニズムが広告的手法を使い始めたのはそれこそ今に始まったわけではありませんが、今の日本で着実に成果を上げていると思われます。でなきゃ、ベストセラーになんかならないですよね。(先生の本はべつですよ)

 しかし良識的な(と敢えていわせてください)方々は広告的手段を潔しとしないのか中々使ってくれない。あるいは使わないのは本人の自由とか良心とかおっしゃる。それはあまりに無責任です。(知識人の責任なんていかにも大時代的なものいいで流行らないかもしれませんが)もしショービ二ズムが世の中闊歩して住みにくい世の中になったら、結局割りを食うのは僕たちみたいな小市民ですからね。そのときになって、広告なんてXXXだと言っていた知識人の方々はどう責任をとってくれるのでしょうか?(ちょっと言いすぎですね)

 しかし、実際アメリカなんかそうじゃないですか。大学教授(特に人文系の多く)はブッシュJrのことを知性のかけらもないアホ呼ばわりしてましたが、結局そんな人間に8年も大統領やらしちゃったわけですからね。おかげで死なずにすんだ人々が数多くイラクの地で亡くなっている。ブッシュJrが大統領になった全責任が彼を揶揄していた知識人たちにあるとはいいませんが、ある程度は責任を感じてもらいたい、もっと出来る事があったはずだと。

 これまた余談ですが、ずいぶん前の朝日新聞にシカゴ大学で日本の思想史だか文学だがを専攻しているアメリカ人の教授がエッセイで自分の周りにはイラク攻撃を賛成している人間は誰一人としていないなどどやや誇らしげに語っていました。これも深刻な現象ですね。その教授は自分の交友関係の洗練されたリベラルさを語るより自分の交友範囲の狭さを認識すべきではなかったでしょうか?何しろ当時二人に一人以上のアメリカ人がイラク攻撃に賛成していたのですから。知識人が狭い世界の住人であることに充足しているのには首肯できません。

 以前から不満だったのは知識人の方々はご自分の考え方を世の中に流布することにあまり熱心ではない。先ほどからくどくど申しあえげているように、やはりそれでは困るわけです。悪貨は良貨を簡単に駆逐しますからね(それに手を貸してるのが広告代理店なんですが・・・)別にショウビニストのように扇情的な謳い文句を流布していただきたいとはもうしません。

しかしご自分の思想の錬度を上げるのと同じくらいの労力をご自分の思想を世間にアピールするのにお使いいただきたい。そのときに広告代理店はお役に立ちますよ。僕らの仕事は
多分みなさんが思われているより多岐に渡っているし、お気に召さないところがあれば修正できるくらいの柔軟性はあります。
 
 内田先生におかれましては是非ご再考のほどをよろしくお願い申し上げます。

妄言多謝。

投稿者 海苔屋の倅 [TypeKey Profile Page] : 2005年10月28日 01:38

横レス失礼いたしますが、
哲学の先生に対して思想をショービジネスと同等にCMで宣伝してくださいとかお願いするのは、あまりにも失礼じゃないでしょうか?
>同時に先生のような方にこそ広告代理店をうまく利用していただきたい。多くの方のご指摘の通り、ぼくたち広告代理店の手法は通俗で内実を欠いたイメージを世間に流布しています。これらは僕たちが俗悪大好きと言うわけでなく、こちらが世間に対して起こしてもらいたいという行動(多くの場合は消費行動ですね)をとってもらうために突き詰めた手法です。人を動かすための合理的手法ですね。そういう手法には批判があってしかるべきですが、それを利用しない手はないのではないでしょうか?

ひとことで言うと、広告代理店のミッションというのは、海苔屋の倅さん自ら表明されているように、大衆に対して「考えるな、俺たちが取ってほしい行動を取れ。」ということですよね?その手法を合理的につきつめて最適化した行動を取っている。一方、思想家をはじめとする学者、さらに内田先生のような教育者のミッションというのは、大衆にたいして「自分の頭で考えよ。巷で流布されていることに疑問を感じよ。」というようなことであると思われます。
自分の頭で考えるためのトレーニングを学生に課す責任がある立場にあるものが、自分の頭で考えさせない手法を持って何かを押し付ける。これは首尾一貫しないばかりではなく、その人の立場、信用、プロフェショナリズムを根本的に破壊する行為なんですよ。
ですから、広告的手段を潔しとしないとか無責任なのではなくて、最初っから方向性がまったく違う。仮にあなたのおっしゃるように、思想を広告会社を活用してCMで宣伝するのを当たり前になったら日本は終わりですね。それこそわが闘争のファシズムですよ。そういうことにまったく自己無批判で、われわれ広告代理店はお役に立ちますよなんて言ってるから、ますます嫌われる。そういう人材が自然に育つ業界だからアカデミックの人間から距離を取られても至極当然だと思いますが。

投稿者 ken [TypeKey Profile Page] : 2005年10月28日 09:44

海苔屋の倅さま
コメントありがとうございました。
ご叱正のおことば、たしかに承りました。
「パブリック・アナウンスメントの重要性」ということと「広告代理店のアポロジー」というのはちょっと位相の違う論点だと思いますけれど、前者に関しては私もまったく同感です。
「私のまわりにアホはいない」というのはおっしゃる通り交友関係の狭さを露呈しているだけのことであって、一般にはアクセスすることのむずかしい種類の情報を特権的に享受している人間はそのような自己満足に安住すべきではないと思います。
そのような学者たちが愚かであることを私は喜んで認めますけれど、そのことがただちに日本の現在の広告代理店の存在理由になるようには思われません。
社会的意見を伝える仕方にはいろいろな方法があります。
それは必ずしも「オーディエンスの数」や「売り上げ」のような数値的な尺度で計量できるものではないような気がします。今の広告関係の方々はそういう「数値化できない社会的影響」というようなものをどういうふうに考えているのか折りがあればちょっとお聴かせ頂きたいなと思います。
私は一度きりしか広告関係の仕事はしませんでしたけれど、もし「万人が万人の下心をを察知している世界」というものがあるとすれば、それは私がはじめて見た「そんな世界」でした。
それでびっくりしちゃったんです。
おおお、この世界には「他者」っていないことになってるんだって。
あれは例外的経験だったのでしょうか?


投稿者 uchida [TypeKey Profile Page] : 2005年10月28日 09:53

 内田先生お返事ありがとうございました。まさか先生からレスポンスを頂戴できるとは思ってもおりませんでしたので、望外の喜びです。また、Kenさま、コメントありがとうございます。

 さて、先生のご指摘の通り、わたしの議論には破綻があります。知識人にもっと自己アピールしてくださいというアイデアと広告代理店のこともよろしくという半ばセールストークにはブリッジがありませんね。この説得力のなさがわたしが営業としていまいち数字の伸びない所以でしょう。冗談はさておいて、知識人の自己アピールの必要性が広告代理店の存在理由には必ずしもつながらないという先生のご意見には、わたしも同感です。広告代理店に存在理由はないし、そこには必然性もありません。しかし、広告代理店に限らず需要のないところに需要を作り出すのが今のビジネスです。ですからあるとすれば、存在したいという(知識人の自己アピールに関して言えば、広告代理店に勤めるわたし個人の)意思なのでしょうか?
 先日のことに付け加えるとすれば、広告代理店が万能だと言うつもりはありません。Kenさんのコメントの通り、広告代理店の方法には欠陥は当然あります。届けることのできるメッセージもあれば届けることのできないメッセージもある。届く人もいれば届かない人もいる。広告代理店がその役割と能力を認識して、出来る範囲のことでお手伝いすれば、有効な使い方が出来ると思います。とどのつまりは先生のおっしゃる「社会的意見を伝えるいろいろな方法」のうちの一つに加えていただきたいということです。

 さて数字に関してですが先生のおっしゃるとおり、数字がすべてではありません。かと言って無視もできない。数字が力を持つことだってあります。美人コンテストの話ではありませんが他の人が選んでるから自分も選ぶ。売れているから買う。多くの人に読まれているからその議論に正当性があると思う。残念ではありますが、個人が知らず知らずのうちに数字に押し流されることはままあります。そして押し流されているにもかかわらずそれを主体的選択と思う人も中にはいます。(かく言うわたしも多分そうです)そう考えると数字の持つ力は侮れない。ですから個人的には数字が大事じゃないとおっしゃる方にこそ数字のことも多少は気にしていただきたい。(その一方で、数字が大事と言う方には数字じゃないことも考えていただきたいと思います。)
 
 「数値化できない社会的影響」に関してですが、これは具体的にどういったことをおっしゃっているのかわかりませんでしたので、コメントは差し控えさせていただきます。また、広告代理店にもいろいろな人間がいますので、機会があれば是非聞いてみてください。(結果もお教えいただければ幸いです)因みに先生がお会いになった広告代理店の人間も典型でも例外でもなく、数多くいる代理店マン&ウーマンのうちの一人だと思います。

 本当はお返事のお礼だけで失礼しようかと思ったのですが、また書きすぎてしまいました。申し訳ございません。

投稿者 海苔屋の倅 [TypeKey Profile Page] : 2005年10月29日 13:24

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