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2005年10月01日

態度の悪いバースデイ

Happy Birthday to Me
というのはウディ・アレンの『ハンナとその姉妹』の中で、誰も誕生日を覚えていくれていないのでダイアン・キートンが台所でひとりで泣きながらケーキを食べているときに口ずさむ歌である(という話は前もしたね)。
映画ではサム・シェパードが(例の前歯のスキマをきっちり見せる笑いとともに)台所のドアをノックして登場して、意外にハッピーな展開になるのである。
私の55歳の誕生日の夜もひとりでポトフを作ってぱくぱく食べて、『タイガー&ドラゴン』のDVDを見ているうちに終わってしまった(長瀬智也くんは芝居がますますうまくなってきた。「間」がよい)。
55歳といえば、源氏鶏太や石川達三のサラリーマン小説の時代であれば、停年退職の年である。
会社を辞めて、静に庭いじりなどをしなければならない年回りである。
『サザエさん』の父、「磯野波平さん」はマンガの設定では54歳であるから、ウチダはついに「波平さん」よりも年上になってしまった。
感無量である。
さまざまな方からバースデイ・プレゼント、バースデイ・カードを頂いた。
まとめてお礼を申し上げる。
ウチダのような態度の悪い男の行く末を気づかって下さって、どうもありがとう。
みなさまの負託に応えて、ますます世を騒がせる方向に純化してゆくことを改めてここにお誓い申し上げたいと思う。

55歳になったので態度をいっそう悪くしようと決意したところに朝日新聞の集金が来たので、「アサヒは明日から入れなくていいよ」と宣言する。
販売店のお兄ちゃんが「え、どうしてですか?」と困惑するので、「君が悪いのではない。アサヒの紙面がどうも気持ちが悪くて、朝新聞を取りに行くのが苦痛になってきたのだよ」と事情を説明する(これではわからないだろうが)。
わが家は生まれたときから朝日新聞で、私自身もずっと朝日新聞一筋のヘビー・リーダーなのであるが、その私が「もう読みたくなくなった」というのだから、ここ数年の朝日の紙面の質的低下はかなり顕著なものと言わねばならぬであろう。
コンテンツが悪いと申し上げているのではない。
「語り口」が気に入らないのである。
「イデオロギッシュ」なのである。
「イデオロギッシュ」といっても、偏向しているとか左傾しているとか、そのようなレベルのことを申し上げているのではない。
問題はコンテンツじゃないんだから。
内容ではなく、そのコンテンツの「差し出し方」が私の疳に障る、と申し上げているのである。
どのような問題についても「正解」があり、それを読者諸君は知らぬであろうが、「朝日」は知っているという話型に対する膨満感が限度を超えたのである。
もちろん、どのようなジャーナリズムもこの話型を採用しているし、「あなたが知らないことを私は知っている」というプレゼンテーションの仕方がビジネスでも教育でも医療でもきわめて効果的なものであることを私は知らないわけではない。
しかし、ものには限度がある。
こういう「技」はピンポイントで「ここ一番」というところで決め打ちで使うからこそ効果的なのであって、のべたんで紙面全体に「朝日は正解を知っている」というワーディングが瀰漫すると、さすがにうんざりしてくるのである。
前にも申し上げたことであるが、どのような社会理論にもそれがぴたりとあてはまる論件と、あまりうまくあてはまらない論件とがある。
その場合に、うまくあてはまる論件にのみ理論の適用を限定して、あまりうまくあてはまらない論件については適用を自制するというのはたいせつなマナーである。
そうすれば社会理論の信頼性はかなり「食い延ばし」が効く。
マルクス主義にしてもフェミニズムにしても、その全能性を過信して、適用しなくてもいい問題についてまで過剰適用したことによって理論としての生命を濫費してしまったと私は見ている。
「これについてはよくわからないので、判断を保留します」という節度は、メディアの生命にとってもたいへん重要なことである。
レヴィナス老師はかつて哲学の本務は「難問に回答することではなく、難問の下にアンダーラインを引くことである」と述べられたことがある。
メディアのマナーもそれと同じだと私は思う。
「資料が整い合理的に推論すれば答えることのできる問い」と、「材料が揃っていても軽々には答えの出せない問い」と、「おそらく決して人間には答えの出せない問い」については三色ボールペンでアンダーラインを引き分けるくらいの節度はメディアも持たなくてはならない。
ジャーナリストが決して口にしたがらないことばは「わからない」と「すみません」である(もし、はじめて会って五分以内にこの二語を口にしたジャーナリストがいたら、その人は信頼してよろしいかと思う)。
しかし、おのれの知力の限界についてクールな自己評価ができないもの、おのれの誤謬を他人に指摘されるより先に発見することに知的リソースを備給できないもののことばをいつまでも信じ続けられる者はいない。
朝日の後はしばらく毎日新聞を取る予定である。
朝日を止めて読売を取るというのも、朝日を止めてサンケイを取るというのも、どちらも定型的な反応でよろしくない。
「ビートルズとストーンズとどっち好き?」と問われたときは「デイヴ・クラーク・ファイヴ」と答えるのがナイアガラーの骨法であると大瀧詠一師匠はおっしゃっていたのでその風儀に従うのである。

つづいて同日午後にNHKから取材の申し込みがある。
お題は「少子化問題」。
電話をくれたのは若い記者の方で、少子化問題を論じるときの政策やメディアの議論の枠組みがどうも「変だ」という気がするのですが、「変」ですよね?というお尋ねである。
もちろん「変」である。
第一に、少子化問題の前提にある「少子化は問題だ」という発想そのものが不当前提である。
第二に、少子化の影響として年金、医療、労働力、老人介護といった「金」の問題しか誰も語らないのが変である。
少子化が問題だと言っている人々は、今のシステムを「現状のまま」に(政府のサイズも医療も教育も福祉も新幹線も高速道路もダムもこのままに)維持してゆくと、人が足りない金が足りないから「たいへんだ」と騒いでいるのである。
だが、人口が9000万人になったらどうして困るのか?
人口9000万人のときには、社会のサイズが人口9000万人規模であれば誰も困らない(現に、1950年代には「人口が少なくて困った」などと言う人間はどこにもいなかった)。
人口9000万人で人口1億3000万人サイズの今の社会システムを支えようとすれば破綻するのは当然である。
ヨーロッパの先進国がどれくらいの人口かご存じであろうか?
フランスは人口6000万、ドイツは8200万、イタリア5800万、イギリス6000万、スペイン4000万。
どの国からも「国民の頭数が少なくて困った」というような話は聞かない。
左翼の政論家がよく理想として語る高福祉国家北欧諸国の人口はそのような規模ではない。
スウェーデン898万人、フィンランド521万人、デンマーク512万人、ノルウェー457万人である。
つまりスウェーデンが神奈川県、フィンランド、デンマークが福岡県、ノルウェーは静岡県(380万)と世田谷(80万)を足したくらいの人口サイズなのである。
はっきり申し上げるが、高負担高福祉というような社会政策は「おたがいの顔が見えるサイズの社会」でしか実現できないのである。私の払う高額の税金は「この人たち」を支えるために費消されているのだということが実感される規模の共同体でなければ、高負担高福祉のようなことはできない。
そういうことは国の規模が小さいからこそ可能なのである。
日本のような大きな社会であれば、いくら税金を払っても、それが「困っている人たち」の手元に届く前に、介在する無数の官僚機構や特殊法人や中間組織によって費消されてしまう。
その不合理に日本人はうんざりし始めている。
だからこそ、「大きい政府にノー」という決断をこのたびの総選挙で有権者は下した。
どの評論家もそう評価している。
私も同感である。
ではなぜ少子化という趨勢が「大きな国にノー」という国民の審判であるとはお考えになれないのか?
それが私にはわからない。
民意というのは投票によってのみ示されるものではない。
日常の生活態度そのものを通じて民意は日々示されている。
日本国民は総意として「ダウン・サイジング」を選択した。
私はそう理解している。
少子化は「問題」ではなく「民意」である。
どうしてフランスやドイツ程度のサイズの国になることが未曾有の国難のように騒がれるのか、私には理解が届かないのである。
というような話をラジオですることになった。
朝の五時台の放送だそうである。

本日の体重74.8キロ(74キロの壁は厚い)

投稿者 uchida : 2005年10月01日 09:34

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コメント

内田先生、誕生日おめでとうございます。そしていつも読み応えのあるBLOGの更新ありがとうございます。これからも愛読してまいります。

わがやも生まれたときから朝日新聞でした。今も両親は朝日新聞を惰性で購読しているようですが、彼らも最近は多いに疑問を抱いているようであり、惰性で購読していると自覚しているようです。私は個人的にはもう、朝日新聞を報道機関として認めていません。政党機関紙か何かだと思っています。日本には言論の自由というものがあるので、どのペーパーがどんな主張をしようとまったく問題は無いのですが、朝日新聞の場合はその主張がまるで普遍的な正解のように巧みに記事を展開し、読者をそして国民の世論を確信犯的に誘導するスキルに長けていることに問題があると思います。内田先生が指摘されるところの三色ボールペンで、客観的事実と本来社説に留めておくべきアサヒ的主張を、きっちり色分けして読者に提示してくれればよいのに、意図的に黒一色で書いている。そんな感じがします。

昨日、NHK従軍慰安婦報道改変問題で朝日の社長が会見を開きましたが、案の定、他紙の社説等で袋叩きにされています。今はネットでクロスオーバー的に各紙の記事が閲覧できるので良い時代になったなとも思います。

ネットソースといえば、こんなものを見つけました。
『朝日新聞よ、中川農水相と慰安婦問題をもてあそぶな「編集室で」特別版--長い編集後記 大島 信三 (「正論」編集長)』

http://www.sankei.co.jp/pr/seiron/koukoku/1998/9810/oshima.html

平成十年の記事ですから、7年前です。まったく今回の事件の背景そのものを語っており、いやはや独善的イデオロギーに燃えたその粘着的継続性には頭が下がりますが、それを紙面で政治的に運用しようとしている本田記者と朝日上層部はもうどうしようもないですね。

PS.『本日の体重』は思ったよりドラマチックな展開になりそうなのでおおいに期待しています!食欲の秋ですね!

投稿者 ken [TypeKey Profile Page] : 2005年10月01日 10:41

√人口が九千万人になっても困らない方法はたくさんある、とは思います。でも九千万人のかなりの割合がおばあちゃんとおじいちゃんだという状況は結構シリアスではないでしょうか

ダウンサイジングだけだと悲惨な結末をむかえそうで、ちょっと怖いです

朝日新聞やNHKといった利益追求型の会社組織や目的に特化した政府組織は収入と必要にみあった規模に移行することで生き残れるとしても、『構成員の生活』をまるごと引き受けなくてはいけない『社会』だとそうもいかないような気がします

どうなんでしょう、よくわからないでいることをただ並べてしまいました、ごめんなさい

お誕生日おめでとうございましたっ、先生の体重ダウンサイジングが順調にすすまれることを採掘隊一同(5人+一匹)祈っております〆

投稿者 Mt.Baca登頂隊 [TypeKey Profile Page] : 2005年10月01日 11:37

はじめまして
フクシマナリトと申します。
最近、どこかのブログ経由で、このページのことを知り、
その後、何冊か著作をお読みさせていただくことになった、
にわか内田ファンです。

この度はお誕生日おめでとうございます。

レヴィナスとレヴィ・ストロースが同一人物と勘違い
するほどの知性しか持ち合わせていない私ですが、
内田さんの文章から、いつも刺激を受けております。

ぜひ、この一年も、健康で充実したものにしてください。
それでは、失礼いたします。

投稿者 ヨココム 福島 [TypeKey Profile Page] : 2005年10月01日 12:25

少子化の話、(また)おもしろく拝読しました。スペインでは2000年前後、出生率が日本をもすら下回っていたのですが、現在は回復して1.3くらいなのだとか。その理由は、移民の急増。国際養子縁組もますます盛んで、今年はマドリードにだけでも約800人の中国人の赤ちゃんがやってくるんですよ。さて、私たち移民は、選挙権はないし、一方で国民年金や国民保険や税金はバシバシ納める、国にとってとても都合の良い労働者。というわけで、もし日本が「少子化にもかかわらずダウンサイジングを望まない」としたら、「移民をどんどん受け入れる」という選択肢が現実的かと思うのですが(世界の人口は増えてるのだから)、でも「近所や学校が外国人だらけで、知人の子どもが明らかに貧しい国からの養子」である「大きな日本」の姿は、果たして受け入れられるのでしょうか? でなければ、「日本が『日本』のままの自然なダウンサイジング」、の方向ですよね。

投稿者 カナ (inSpain) [TypeKey Profile Page] : 2005年10月01日 16:10

遅ればせ(ファン失格ですね)ながらお誕生日おめでとうございました。

私も親の代からアサヒです。
アサヒが困ったことになっているとつくづく思ったのは例の9.11解散のあとです。私の場合は内田先生とは違った意味だと思いますが。
で、どうしたかというと近所の駅まで「日刊ゲンダイ」を買いに走りました。自民優勢(郵政?)というアンケートについて「うそだろ?」と書いてあって、なんだかほっとしたのを覚えています。
それでも、マス・メディアの代表(サンプル)としてアサヒを定点観測するというイミで当分私は取るのでしょう。
もう古い話ですが、2004/7/4にタマタマ「核燃料サイクル費用比較云々」という記事がアサヒのトップだったので、たぶん!と思って他紙を買いに走りました。毎日ではこの記事が1面の左側にありました。読売とサンケイはこの件は完全無視。読売のトップは「財団預かり金16億流用」、サンケイは「財界母体の中高一貫校本格始動」で、なんだか漫画に描いたようなサンプルが得られたのでした。
で、ベンジャミン・フルフォード『日本マスコミの「臆病」』が日本のマスコミはダメだと書いているにもかかわらず、ある種の観測の定点としてアサヒは、やはりはずせないのかなと思っているのです。記者クラブでのニュースにさらに欠けられたフィルターについて考えるために、「報道の零度」かな…

アメリカで情報源の秘匿が重罪になれば、日本の新聞が皇室報道をまず外国のメディアにリークするように、アメリカのある種の(!)ニュースがまず日本で読めるというような時代が来るのかなと期待したり。

TVで古館さんが司会していて、アメリカの要請で郵貯を自由市場に放り出すという発言を強硬に司会者が否定した。アレはなんだったのか?アメリカから郵貯の民営化の要求が出ていることは周知の事実なのに…広告代理店からのチェック?
官から民と官から米がほぼ同義語かな?

小さな国というのが理想ですね。
井上ひさし先生の「吉里吉里国独立」、野坂昭如先生の「兵庫国独立」。桃源郷にしても、ナルニア国にしても、竜宮城(クニじゃないか?)にしてもなんだか小さな感じじゃないですか。
わたしにとって、共感できる「思想」は仏教と老荘しかない。というのが本音です。
小さな政府というのが「鼓腹撃壌」を意味するのならいいのですが(非常に強い反語です、念のため)。
政府に苦しいよと助けを求めたら、われわれは小さいんだから困民を助ける力なんてないんだよ。というに決まってる。

日本の修正資本主義にはいい点があった。市場原理の欠陥を少しは補填していたと思うのですよ。(繰言なんだけど)
市場原理まるだしはよくない。

BUSHは「バカ丸出し」ではなくて、「アメリカ丸出し」だからいけないと思う。
****
例によって支離滅裂ですが、なにしろコメント依存症なのでお許し下し。

投稿者 つっかん [TypeKey Profile Page] : 2005年10月01日 17:32

たびたびすみません。
訂正:下し(誤)→下さい(正)

投稿者 つっかん [TypeKey Profile Page] : 2005年10月01日 17:58

朝の5時台といえば私にとっては深夜。残念。
NHKのラジオでは、結構本音で喋っている人がいて聞いていてうれしくなることが多い。イラク侵略の前あたりでも酒井啓子先生が歯に絹を着せない発言をなさっていて快適でした。TVになるとみんな歯に絹を着せないといけないらしくて…
そのうえなぜかみんな大声になって、
TVというのはつくづく議論には向かないメディアだなぁと思ってみています。
議論は深化することなく、何も産み出すことなく対立だけを残して終わる…

今年の8/15のころでした、上坂冬子先生がいかにもまるだしのご意見を開陳されているところを姜尚中先生がつい(あまりのひどさをみかねて)さえぎってしまった。あれは、惜しいことをした。あと少し開陳を続けていただけば、誰の目にもその丸出し加減が見えるところだったのに!そこまで丸出しにしないでもという姜尚中先生の思いやりが、残念でした。

投稿者 つっかん [TypeKey Profile Page] : 2005年10月01日 18:17

さきほど、『身体に聞け』読み終わったばかりで、少子化の話が出ていて「あ、これこれ」などと思ったのでした。「TFK」では、核家族に続く禁じ手という見方が提示されていて、早速パクッて吹聴させていただきました。
日本人が減るのはいいことのように思います。でも、私という個人は減りたくない。じゃぁ少子化はいいんじゃないでしょうか?少子化を前提にどうするかを考えるときに民話は大事じゃないかと思うのです。
柳田国男、宮本常一も大事。それ以上に坪田譲二、松谷みよ子ではないかと思うのです。
本当のところはわかりません。911選挙のあと、それこそ「OSのバージョン変更」あるいは、「OSの全とっかえ」をしなければ…向こう側に出られるのか?
という「肺活量」の出番です。「知的背筋力」なら自信があるんだけどという暴言を吐く友人などとぼやくことしきりです。

そもそも私のはた迷惑なコメント依存症は911をきっかけに発症いたしました。これがたぶん私の「息を詰めた状態」なのかと思っています。

わたしは、何もかも反小泉というわけではないのです。帆船四秒(この誤変換、気に入ったので残します。樹が陣営などとうのもあるよね。これ「たつるがじんえい」?)の裁判で控訴断念はいいことだった。そのいいことがNationalityの枠を超えられないところに限界がある。これは「よしりん」のHIVでのいいことがNationalityの枠を超えられなかったのと同工だと思っているのです。
本質的にマッチョ好みの方々はなぜか、Nationarityのわくを超えないんですよね。

投稿者 つっかん [TypeKey Profile Page] : 2005年10月01日 18:46

>つっかんさん

ちょっとコメントの量が多すぎるような。
その分量・頻度を維持されたいなら、ご自分のブログを持って、そこからトラックバックするという方法にしてもらいたいのですが。
もちろん、何か権利があってこう申し上げてるわけではありません。ただお願いするだけです。
非常に言い出しづらいのですが、本音を述べさせていただくと少々目障りかな…と。
「お、コメントいっぱいついてるな」と期待して見た時に、ほとんどがあなたのものだったりすると、特にそうです。
いや、怒らないでくださいね。

投稿者 MMR [TypeKey Profile Page] : 2005年10月01日 22:00

内田先生、お誕生日おめでとうございます!

少子化の件。当方いま36歳、同世代から少し下あたりまでの「産み世代」が産まないことが社会問題になっているようですが、わたしが小中学生の頃、社会科の時間に、「このまま世界人口が増え続けると35年後には食糧が足りなくなる」とか、「日本の人口は増加しつづけていて、住宅難のために森をどんどん切り開いたり、工業化のために海をうめたてたりすることは、問題である」とかいうことを聞いたような気がするんです。知識としての記憶に正確には残っていなくても、カラダのどこかに刷り込まれている気が(わたしは)します。
「増えることへの恐怖」です。
「人口が増えてもいいんだよ~」なんてのは聞いた覚えがありません。確かに高校あたりで人口ピラミッドの図とともに「急激に減るのはよくない」とは聞きましたが。そんな難しいこと(「生産調整」)がわたしたちに要求されちゃうの?と思った覚えがあります。
で、我が家では次世代は2名。2名から2名がうまれれば、計算上増えもしないし減りもしないし、ま、いっか、という(わたしの)気持ちです。

ちなみに我が家では福知山線事故以来、読売をとめました。今は日経産業新聞だけとってます。読売はいわゆる家庭面は好きだったんですが、社会面の事故への態度が(多分他紙と同じく)あまりに感情的・扇動的で、「涙で曇った眼で物を見る」状態だったのと、JRを批判しておきながら結局自分達も同じように「現場を知らない上層部の指示に盲従」(後日社説で反省文を掲載)しているのを見て、嫌気がさしました。
テレビガイド本を買わないといけないのと、ローカルニュースが手に入りにくいのが困りものです。いっそのこと神戸新聞でもとろうかしら...。

「NHKラジオ」というメディアの存在はすっかり忘れていました。チェックさせていただきます。

投稿者 Jreiko [TypeKey Profile Page] : 2005年10月01日 22:06

はじめまして。
内田先生お誕生日おめでとうございます。

先生のブログをいつもたのしく読ませていただいています。
お誕生日ということを知り、どうしてもコメントしたくなりサインインしました。

「タイガー&ドラゴンのDVDをみているうちに」というところと、「感無量である」というところがとても面白かったです。

朝日新聞のことも少子化のことも、とても興味深くて面白かったです。朝日新聞を読んでときどきイライラしたりしていた原因がわかったような気分です。

これからもブログ楽しみにしてます。


投稿者 まりこ [TypeKey Profile Page] : 2005年10月01日 22:26

わどと申します、こんばんは。

○内田センセー>お誕生日おめでとうございまーす! これといってお誕生プレゼントは差し上げられませんが、さっき最寄の本屋さんでご著書を2冊買ってきました。『健全な肉体に狂気は宿る』と『現代思想のパフォーマンス』です。この月締めには東京から印税が10円くらいは送られるはずですから、快くお受け取りください。よくご無事で55年間をお生きになられました。どうかこれからもケンカっ早そうなヤバ目の思考で、もとい、根っからの戦士的思考で思う存分、現代世界に切り込んでください。今月半ばには『邪悪なアメリカ論』も購入予定ですが(今日はまだ売られていませんでした。当たり前か!)、おれは死にませんのでご心配は無用です(違)。月末の一週間ほどを、恒例のラマダンで乗り切ればすむことで。

○MMRさん> おれと同じく、あなたも思想界に名を連ねる方ではないですね。なぜなら、思想界に連座される方なら、「ちょっとコメントの量が多すぎるような。」と定性的な印象をもった場合、かならず、
 多いとはどのような事態を指すのか
 なぜ私は「多い」と感じたのか
などについて思考をおめぐしになるからです。そのような信頼感を、おれは思想界のみなさんに持っています。
また、「『お、コメントいっぱいついてるな』と期待して見た時に、ほとんどがあなたのものだったりすると…(略)…」についても、ブログの左側に、コメントの付いた記事が樹形図状にかならずアップされていて、そこにはコメンテータの名前も同時に表示されています。MMRさんは、この事実を知らぬが仏と故意に無視されたか、内田ブログの簡単な仕組みも理解しないでいるかの、どちらかになりますね。だとしても、おれとほとんど同じですが。
しかし、以上にふれた2点を自覚されたうえでコメントされませんと、口数が多いのは、じつはMMRさんのほうではないかとの疑いが生じる可能性もあるのではないでしょうか。

投稿者 誤読しらず [TypeKey Profile Page] : 2005年10月01日 23:39

>誤読知らず
まあまあ、興奮なさらず。
上に書いたように私は「こっちが正しいから言うことを聞け」というような、正当性ないし権利に基づいて主張しているわけでなく、単にお願いしているに過ぎません。
同じような印象をお持ちの方がある程度は存在するのではないかと推測してのことです(このへんは身勝手であるし、一種の賭けですが)。
ですからまあ、あまり気にしないでください。お願いしてみる方法がこのコメント欄を使う以外に無かっただけのことです。

こんなのでお答えになっていますかね。
というのも、あなたのおっしゃることで意味が取れたのは、どうやら私があなたとほとんど同じである(よくわかりませんが光栄です)ということくらいだったので。
私はもちろん思想界とやらの住人ではありませんし(はあ、そんな世界が存在するんですか。)、分かっていることと言えば、「内田樹の研究室」にはRecentCommentsという欄があること、及びコメントの数を見た後にその欄に目をやった時、同一名で埋まっていたりするのを発見して気持ちが萎えるということくらいですので。

はっ…書きながら興奮してきたのは私の方かもしれませんね。
じゃ、このあたりで失礼します。

投稿者 MMR [TypeKey Profile Page] : 2005年10月02日 01:47

MMRさん
意味は無いかも知れませんが、同意です。
ほんの参考までに。

投稿者 ayako [TypeKey Profile Page] : 2005年10月02日 02:02

NHK報道問題について各社社説が出揃ったようです。朝日の袋叩かれ具合が相変わらず面白いので、ちょっとメモも兼ねて貼っておきます。どこの社説かは各ドメイン、リンク先でわかるので省略。

社説:朝日見解 事実解明なしで新聞社ですか
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20051001k0000m070151000c.html
【主張】朝日NHK問題 なぜ潔く訂正できないか
http://www.sankei.co.jp/news/051001/morning/editoria.htm
[朝日新聞『見解』]「裏付けのない報道は訂正が筋だ」
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20051001ig91.htm
社説2 幕引きにならぬ朝日の説明(10/2)
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20051001MS3M0100L01102005.html
─── 信頼される報道のために ───
http://www.asahi.com/information/

投稿者 ken [TypeKey Profile Page] : 2005年10月02日 09:11

はじめまして。いつも拝読し、刺激を受けております。

今回は、日本社会における「少子化」問題について、という、
自分にとって非常に切実なテーマだったこと、
今度「少子化」について、先生がメディアでお話になるとのことでしたので、
コメントさせていただきました。
こんな意見をもっているひともいるんだなとおもっていただければ幸いです。

こちら、現在2人の子供がおりまして、
このままいけば、Jreikoさんのように
日本の人口を増やしもせず減らしもせず、という状況です。

そして、やはり、
「少子化」はなぜ問題なのか?いけないのか?
という設問に、問題意識をもっているものです。
できれば、日本の人口は漸減していったほうがいいんだというのが、私の考えです。

ですが、今の減り方は急激すぎます。
私の子供たち世代でがくんと減って、
また漸増していけばいい、
という考え方もあるでしょうが、
そうすると、その上の世代を背負わなければいけない
子供たちの負担があまりにも大きく、
ある意味日本社会の「いけにえ」になってしまいます。

そんな社会の、「このままじゃいけないのでは」という反省が、
「「少子化」を問題だと意識する」というところに出ている、
ということもあるのではないかと思います。

そして、これだけ「少子化が問題だ」とメディアで騒がれているのに、
出生率は好転する兆しがありません。


「少子化は問題だ」言説は、急減しようとしている日本の人口を、
漸減に留めようとしている、社会のブレーキのようにも思えます。
そして、頑張って子育てしている親には、
「少子化が問題だ」言説は、励みになるのです。

ですので、できればラジオでお話になるときに、
全てをはぎとって「少子化という成り行きは国民の総意だ」
ということのみを仰るのではなくて、
そういう側面にすこしでもご配慮いただければ嬉しいです。

「「少子化は問題だ」は問題だ」言説は、
あまり表立って語られることが少ないだけに、
いざ語られだすと、
「ほら、子供いらないでしょ」
とまことしやかに言い出すひとが増えるような気がするのです…。

ただでさえ、今の日本社会、
子供の存在が祝福されているとは思えないので。

投稿者 寒州蜜柑 [TypeKey Profile Page] : 2005年10月03日 13:50

内田 樹さま

はじめまして、誕生日おめでとうございます。
ご著書にブログ、いつも楽しく拝見させていただいております。

冒頭で言及されていた、ウディ・アレンの『ハンナとその姉妹』、私の好きな映画の一つです。

その箇所で、少し気になったのですが、『ハンナとその姉妹』にダイアン・キートンは出演していなかったように思います。
(たぶん「ダイアン・ウィースト」?)。

なんだか細かい話で申し訳ありません。
これからもご活躍、お祈りしております。

投稿者 sukesan [TypeKey Profile Page] : 2005年10月08日 13:39

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