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2005年09月22日

邪悪なアメリカ論

『別冊文藝』の大瀧詠一特集号の対談の校正を片づけてから、『街場のアメリカ論』の校正を一日で終わらせる。
あああ、疲れた。
大瀧さんとの対談での私の発言は「へえ」とか「なるほど」とか「そ、そうなんですか」というようなものばかりなので、校正ではそれを「へへへへえ」「な、なーるほど」「そそそそそそうなんですか」というふうに「しゃっくり唱法」的に音韻をふやせばいいだけなので、たいへん楽ちんである。
すぐに終わる。
『街場のアメリカ論』の方はいったいこれがまともな研究書なのか、トンデモ本なのか、書いた本人には判定できない。
読み返しても、やっぱりよくわからない。
わかるのは、非常に多くの人がこの本を読んで腹を立てるだろうということだけである。
「物議を醸す」というようなレベルに止まらず、「罵倒の十字砲火を浴びる」「学者生命の終わりを宣告される」「読んだらバカになると断定される」「ついに馬脚をあらわしたと嘲弄される」といったかなりアグレッシブな反応が予想されるのである。
NTTのM島くんがあれほど「この本はいいです」と断言されるのは、内容がいいという意味ではなく、批判の嵐、ネガティヴ・キャンペーンが全国展開されるおかげでNTT的にはパブリシティにお金を使う必要がなくてラッキーという意味だろうと推察される。
なにしろ考えられる限りの領域のアメリカ研究者の「虎の尾」を踏みまくっているんだから、そりゃ関係者のみなさんはさぞやお怒りになるであろう。
英米文学関係の友人は多いが、彼らとて、この本を一読したあとは、私とは二度と口をきいてくれまい。
あの寛大なるナバちゃんでさえ、「ウチダさん・・・これはひどいよ」と絶句されるであろう。
まちがいなく私の書いたなかではいちばん態度の悪い本である。
なにしろ、私はアメリカ論のシロートであるから、どんなことを書いてもアメリカ研究関係の学界から放逐される気遣いがないのである(学界にメンバー登録されてないから)。
「このようなろくでもない本を決して読んではならない」という批評を関係者各位から受けた場合にも、ご存じのとおり、読者というのは「読むな」と言われると「そこまで悪口を言われる本なら、いちおう後学のために読んでおこうか・・・」というふうな反応をするものであるから、批判はさらなる災厄を広げることになりかねない。
唯一クレバーな反応は「無視する」ということである。
しかし、ここまで態度の悪い人間を「無視する」だけでは、煮えくりかえった腹はなかなか収まるものではない。
結局は、どのように怜悧な論者も批判のことばを禁じ得ないのである。
そのときの批判は「まさにウチダの語り口こそは日本人に典型的なアメリカに対する無意識的な悪意と欲望が露出したものに他ならない」という語形をとらざるをえないのであるが、この本は「日本人がアメリカを語るときにどのような無意識的な語り口を採用することを強いられるのか?」という問いについて日本のみなさんいっしょに考えましょうということをご提案しているので、その切り口からの批判は私を喜ばせるばかりなのである。
となると事実誤認をきびしく指摘するくらいしかやることがないのであるが、残念なことに本書は、南北戦争で南部が勝った場合の20世紀世界とか、ワイアット・アープは『ギャツビー』を読んだか?とか、『スターシップ・トゥルーパーズ』を日本で映画化したらこんな映像になるはずであるとかいう、誰にも論証することも反証することもできない「起きなかった出来事」についての話で埋め尽くされているので、事実関係の反証もなかなか容易なことではないのである。
といふうに人を怒らせるだけ怒らせておいて、振り上げた拳のやり場をみつけるの一苦労、という構成をして「態度が悪い」と申し上げているわけである。
『街場のアメリカ論』はNTT出版より10月中旬発売。
「世間をなめて生きる」人間の末路を知りたい方は必読だ!

投稿者 uchida : 2005年09月22日 21:25

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トラックバック時刻: 2005年09月22日 21:43

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コメント

こんばんわ。
むかしあるイギリス人がニューヨークに行ったときのこと。どのパーティに行ってもカポーティの『冷血』の噂でもちきりだった。あんまりすごい評判なので、どんな話なんですかと訊くと誰も知らない。実はまだ本が出ていないのだという。みなさんはどうして読んでもいない本をほめることができるのか、と尋ねると、おまえはなんで読んでもいない本の悪口を言うんだよ、とアメリカ人に怒られた。
——という話を思い出しました。(笑)

投稿者 かわうそ亭 [TypeKey Profile Page] : 2005年09月22日 23:00

一回登録済みだったのに、再登録してやっとコメント可になりました。家賃が払えず、NTT回線を切ったからですね? プロバイダーも替えたのでメルアドが変わったためですね? ザッツライト!
おれ、この『街場のアメリカ論』ぜったい読んでみます。内田センセーの煽動に乗せられた? いいじゃありませんか、○泉さんほどのキナ臭さはないんだし…。

投稿者 わど [TypeKey Profile Page] : 2005年09月23日 05:14

高橋源一郎さんは「どんな本でも最初の数行を読んだだけでどの程度の本かは判定できる」と豪語しておりましたが、あるときに橋本治さんが「どんな本でもその本について人が話しているのを聴いただけでどの程度の本かは判定できる」と言っているのを伝え聞いて「負けた」と思ったそうです。
『街場のアメリカ論』は正直いってどの程度の質の本か書いた本人にはわからないんです。
かなりいい線いっているような気もするし、まるでダメなような気もするし。
いずれにせよ、「読んだら怒り出す人がすごくたくさんいる」ということだけは確信されるのであります。
じゃあ、そんな本出すなよといわれそうですが、「人が怒る」とわかってしまうと、もうどきどきわくわくしちゃって我慢できないんです。
どういう性格なんでしょうか。

投稿者 uchida [TypeKey Profile Page] : 2005年09月23日 10:33

コメント依存症のわたしです。
私が怒るほうの人なのか違うのか、興味あります。というスタンスで私は当然読む羽目になる。
「この人の本は読む」と決めたリストに内田樹先生を入れてまだ一年ほど。
『東京ファイティングキッズ』でハマリました。
まだ読んでないのもイロイロあります。高橋源一郎、橋本治もリストに入っていて私が読むよりこの連中の書くのが速くて積読のヤマが高くなるばかり。
書いてあるのがアメリカの悪口に分類できるなら読まねば。少なくとも積読します。

アメリカについてしっかりした批判と思った最初はダグラス・ラミスの『イデオロギーとしての英会話』(題名は多分あっている)でした。その前にトマス・ペイン『コモンセンス』があって、クニというものに対するラディカルな批判の(私にとっては)草分けだった。コモン・センスがあのクニの建国精神だとすればそれを台無しにしたのはJFKの「国家が何をしてくれるかではなく、国家に対して何ができるか…(正確にはおぼえていないんだけど大体こういうことだったと思います)」という演説だったと思う。なぜか、わりに評判がよくてしかもWASPでないJFKがこういう幕ひきの役割を担ったのも妙な回り合わせ、とはいえ、キューバ進攻の失敗は夙にエンツェンスベルガー(『政治と犯罪』)のとりあげるところとなった。のではあった。
それ以前にも諸々のろくでもないことをこのクニはしてきたわけだが、少なくとも建て前は「クニが私に対して何をしてくれるか」であったと、(勝手に)信じている。「忠誠の誓い」をつくったのは、1892で、その「忠誠の誓い」にunder Godをいれたのはアイゼンハワーだったという(アーサー・ビナード『空からやってきた魚』)。そしてついにJFKが禁じ手を放った。と、私は勝手に思っている。
NYの眺めに蟻塚をみたのはレヴィ=ストロースだった。(1940年代?)ある種のすがすがしさを感じたと語られていた。その後のアメリカで何かが変ったのだろうか?
シャガールもアメリカで死んだ。どこか侘しい死であったと想像する。

ピッツバーグは侘しさを湛えたある種の美しい町になった。

鶴見俊介『学ぶとは何だろうか』p.366-367から、プエブロインディアンの詩です。

     今日は死ぬのにとてもよい日だ。
     あらゆる生あるものが私と共に仲よくしている。
     あらゆる声が私の内で声をそろえて歌っている。
     すべての美しいものがやってきて私の日のなかで憩っている。
     すべての悪い考えは私から出ていってしまった。
     今日は死ぬのにとてもよい日だ。
     私の土地は平穏で私をとり巻いている。
     私の畑にはもう最後の鋤を入れ終えた。
     わが家は笑い声で満ちている。
     
     子どもたちが帰ってきた。
     うん、今日は死ぬのにとてもよい日だ。
                  (丸元淑生『地方色』)
蛇足ですが:丸元淑生著『何を食べるべきか』は読む価値があると思う。

投稿者 つっかん [TypeKey Profile Page] : 2005年09月23日 21:38

某図書館員です。図書館系のメールマガジンに載ってた記事をちょっとご紹介します。アメリカの図書館で勤めるのは命がけです…。

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木靴はカーペットを傷つけるので禁止できるが,銃の持ち込みを禁止することはできない。米ミシガン州のウォーターフォード郡区理事会は,6月に定めた公共図書館の利用規則に銃の持ち込み禁止を盛り込んでいたが,8月22日,その条文を実質的に無効にする改訂に踏み切った。
ミシガン州では州法によって許可を受けての銃の所持・携帯が認められているが,同時に一部の場所への銃の持ち込みは禁止されている。学校や病院が禁止区域に当たるが,図書館などの市の施設は含まれていない。そのため,図書館の利用規則で銃の持ち込みを禁止することは州法に抵触すると一部住民から抗議を受けていた。ミシガン州には,銃の持ち込みを禁止できるかをめぐって争われた前例がある。2001年に市の施設への銃の持ち込みを禁止する法令を制定したファーンデール市が全米ライフル協会に提訴された例だ。
2003年に下された最高裁判決では,州法で決められた以上の制限を自治体が独自に課すことはできないとされ,市側が敗訴している。
 
なお,ヴァージニア州では,2005年1月,公共図書館への銃の持ち込みを禁止する法案が州議会に提出されたが否決されている。オハイオ州では,禁止区域に図書館が含まれているが,認知度が低いため,掲示などで周知を図る必要性があると議論されている。

http://www.ala.org/ala/alonline/currentnews/newsarchive/2005abc/september2005abc/waterford.htm

投稿者 naka383 [TypeKey Profile Page] : 2005年10月05日 12:23

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