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2005年06月15日

靖国再論

靖国神社参拝の是非を論じたら、いくつかコメントやTBがあり、いろいろ議論がされている。
目を通したけれど、その中に小泉純一郎の「戦略」についてまじめに論じたものはどうもひとつもなさそうである。
だが、私が訊いたのは、それ「だけ」である。
どうして、誰も答えてくれないのだろうか。
私の設問の仕方が悪かったのかもしれないし、どなたも「そんなこと」には興味がないのかもしれない。
「興味がない」のは、おそらく靖国参拝賛成派の方も反対派の方も「小泉が何を考えているか、私にはわかっている」と思っているからである。
参拝反対派の方の中には「小泉首相が何を考えているか、わからない」と率直に言う方もある。けれどもそれに「わかりたい」という言葉は続かない。
私はそういう態度はいささか危険ではないかと思う。
彼は場数を踏んだ政治家であり、下馬評をひっくり返して自民党総裁のポストをゲットし、圧倒的な追い風ブームを作り出して選挙に連戦し、戦後最良の関係を日米間に築き上げた手練れの外交家である。
彼がまさか「強気に出ないと相手になめられる」というような路地裏政治力学のレベルで日中関係というデリケートな外交的難問に対処するほどに知性を欠いた人物だと私は思わない。
もしかしたらほんとうに「何も考えていない」のかもしれないけれど、私はこういう場合にはそういう安易な回答への誘惑を自制することにしている。
自分がその行動を理解できない人間の動機について忖度する場合には、「そこには容易に常人の想像のおよばない深い理由があるのでは・・・」と考える方が、少なくとも私にとってはスリリングである。
どちらにしても、それによって失われるのは私の時間であって、誰の迷惑にもならない。
というわけで、誰も私に代わって想像してくれる人がいないようなので、自分で小泉純一郎は何を考えているのかについて想像をめぐらせてみることにした。

以前にも書いたことをもう一度繰り返すが、日本国首相がA級戦犯が合祀されている靖国を公式参拝することについて、権利上まっさきに異議を唱えるはずの国がある。
アメリカ合衆国である。
アメリカは直前の戦争で、「日本軍国主義」と戦い、硫黄島で29000人、沖縄戦で12000人の戦死者を出した。
アメリカ大統領は、太平洋戦争で日本軍に殺された数十万の米軍兵士たちの「英霊」への配慮から、「軍国主義の指導者」が合祀されている神社への総理の参拝に強い抗議を申し入れてよいはずである。
「アメリカ人を殺した日本兵士たちを一国の首相がすすんで慰霊するということは、二度目の真珠湾攻撃のための心理的準備を行うことに等しい」というような理屈をつけて。
だが、アメリカ大統領はそういう申し入れをしない。
私たちが注目すべきなのは、中国韓国から「クレームがつく」ことではなく、むしろアメリカから「クレームがつかない」ことの方である。

靖国参拝賛成派の多くは、南京虐殺を理由に広田弘毅、松井石根を処刑した「東京裁判」の不当性についてもあわせて言及するのがつねであるが、その東京裁判を主導したのはほかならぬアメリカである。
その東京裁判の「不当」を言い立てる世論に乗って、アメリカ人将兵の死に直接責任があるとアメリカ自身が認定した戦争犯罪人を祀っている靖国参拝を繰り返す政治家に、もっとも不快を感じる国があるとしたら、常識的に考えて、アメリカである。
胡錦涛よりも先にまずジョージ・W・ブッシュが「公式参拝をやめろ」という強いメッセージを出してよいはずである。
しかし、ブッシュ大統領もアメリカ国務省もこの問題に対しては沈黙している。
「牛肉を買え」というような手前勝手なことについては日本の国民世論をいくら逆撫でしても言いつのる国が、なぜ日本国首相の靖国参拝という「外交的非常識」についてはこれを座視するのか?
そのことをどうして人々が「不思議だ」と思わないのか、それが私には不思議である。
アメリカが首相の靖国参拝を座視する理由は論理的に考えればひとつしかない。
アメリカは小泉首相の公式参拝を彼らの東アジア戦略上「有利」なカードであると評価しているからである。

外交問題を感情の次元で議論するなら、アメリカ合衆国の態度はまったく不可解である。
しかし、戦略の次元で評価するなら、アメリカの判断はごく合理的で適切なものと私には思われる。
彼らにとって60年以上前に太平洋で死んだ自国兵士の「英霊」たちはとりあえず副次的な問題でしかない。
喫緊の問題は「今後の」アメリカ合衆国の東アジアにおける政治的・軍事的プレザンスをどうやって確保するかである。
アメリカは東アジアにおける彼らの政治的プレザンスがしだいに「危機的」なものになりつつあることを感知している。
21世紀に入ってから、日中韓の三国の経済的・文化的リンケージは急速に(おそらくアメリカの予測を上回るスピードで)深まった
「日中韓東アジア共同体」ブロックの創成が具体的な政治日程にのぼってきた。
今年の12月には「東アジア共同体サミット」が開催され、ここで政治的な合意が果たされ、共同声明が発表された場合、地域内での共同体をめざす世論は一気に加熱する。
それは南北朝鮮の統一や台湾の「プレイヤー」としての承認を含む劇的な東アジア秩序再編という「不可避の」トレンドの水門が開くということを意味している。
アメリカがもっとも恐れているのは「そのこと」である。

3月に来日したライス国務長官が残した重要なメッセージは「東アジア共同体の創設を許さない」ということばであった。
なぜなら、東アジア共同体の創設は、そのままアメリカが東アジア政治のキー・プレイヤーである時代が「終わる」ということを意味しているからである。
彼らが望んでいるのは、アメリカを含んだ「パン・パシフィック・ブロック」である。
ブロック内パートナーとして中国を内側からコントロールするという立ち位置と、太平洋の反対側から「アウトサイダー」として東アジアを統制しようとするのでは外交の効率が違う。
現在、世界戦略の最重要エリアは東アジアである。そこにキー・プレイヤーとして踏みとどまることにアメリカは外交的リソースを集中的に投入している。
「アメリカ抜き」の東アジア秩序の再編はアメリカにとって最悪のシナリオである。
いかなる手段を用いても、それを阻止し、ブロック内の最重要メンバーとして東アジアにとどまること。
これがアメリカの戦略のとりあえずの「基本方針」である。
私が国務省の役人であれば、そのために使える材料はすべて使う政策を上司に提言するだろう。

帝国主義国家の伝統的なアジア戦略は「分断統治」である。
アヘン戦争のときからあまり変わっていない。
アジア諸国のあいだに利害対立を持ち込み、当事者による調停が不可能な状況を作り出して、外国の「干渉」を当事者たちが呼び求めるというかたちにしつらえることについて彼らには150年の外交史的蓄積がある。
日中韓の三国のあいだに調停のむずかしい「きしみ」があり、その調停役として絶えず三国がアメリカの干渉を要請せざるをえないという事態をキープしておくことは、アメリカにとって伝統的なアジア戦略に照らしてごく標準的な政策である。

今朝の朝日新聞に興味深い社説が出ていた。
「南北の五年」と題するこの社説では、南北朝鮮の統一が遅れていることの理由を北朝鮮による核開発であるとしている。
それにつづけてこう書いている。
「核問題は民族間の努力だけでは解決できない。日米や中国、ロシアなどを巻き込まないと朝鮮半島問題の展望はひらけないことがはっきりしてしまった。韓国はこの変化にどう向き合うのか。『民族』『自主』への思いはそれとして、目指す方向を練り直し、より具体的に示す必要があるのではないか。その意味で先週、ワシントンを訪れた盧武鉉大統領がブッシュ大統領との会談で、きしんでいた米韓同盟の重要性を再確認したことを評価したい。」
私たちは「これと同じ」ロジックで外交を論じる文章をこれまで繰り返し読まされてきた。
「・・・問題は当事者だけでは解決できない。アメリカの参加が不可欠だ」ということばはなぜか外交を論じるときの日本のメディアの常套句である。
ほかのことになると「問題を簡単にすること」にたいへん熱心な日本のメディアは、どういうわけけ、ことがアメリカがらみの外交問題になると「当事者にさらにアメリカを加えて事態をいっそう錯綜させること」をベストのソリューションとして提言する習慣がある。
中東問題でも旧ユーゴスラヴィア問題でも六カ国協議でも、つねに日本のメディアは「プレイヤーをふやして、事態をややこしくすること」を提言し続けている。
重大な外交案件については、関与者をふやし、別の問題と「リンケージ」させて膠着状態をつくりだすことは外交の「基本」である。
誰にとっての「基本」かといえば「ステイタス・クオ」から受益している国にとっての「基本」である。
状況が大きく変化することよりも膠着状態のままであることからの方が大きな利益を得られると判断する国は、必ず「プレイヤーをふやし、リンケージをはりめぐらす」戦略をとる。
朝日の社説は一見すると「アメリカに注文をつけている」ように読めるけれど、「アメリカのコミット」がない限り世界秩序は安定しないと呪文のようにつぶやいているという点では、アメリカ国務省がもっとも喜ぶタイプの外交的提言なのである。
そんなことはないというのなら、同じ論説委員がどうして「靖国問題は日中日韓間の努力だけでは解決できない。アメリカを巻き込まないと靖国問題の展望はひらけないことがはっきりしてしまった」と書かないのか?
理由は簡単。
靖国問題にアメリカは「すでに」プレイヤーとして参加しているからである。
アメリカは小泉首相の靖国参拝を許可(あるいは奨励)するという仕方ですでにこの問題に深くコミットしている。
それによって生じる日中韓のフリクションが東アジア共同体の政治日程の進行を「先延ばし」にするとりあえずは有効な政治カードの一枚だからである。
小泉首相が靖国参拝に固執するのは、彼もまたこのアメリカの東アジア戦略に「同意」しているからである。

東アジア共同体の創設はただちにアメリカの極東における軍事的プレザンスの後退を意味する。
在留米軍基地を失った日韓は、現在の国力を比較するなら、「中国の圧倒的な軍事力」の前に政治的にも圧倒される可能性が高い。
日本の政治家の中に、この新しい東アジア共同体の中で中国や統一朝鮮の政治家たちと五分でわたりあえるだけの外交的手腕と戦略的思考を備えた人物はいない(それだけは確言できる)。
小泉首相もたぶんそのことを知っているのである。
小泉首相は独特な仕方でナショナリストである(私はそのことについてはかなりの確信をもっている。かれもまた彼なりに国益を配慮しているのである)。
だから、熟慮の上で、「中韓の風下に立つくらいなら、アメリカの風下に立ち続ける方が日本国民の自尊心と国民的統合の保持の上ではベターな選択である(アメリカへの服従ならもう60年やっているので、改めて屈辱感を覚えることもない)」という政治的決断を下したのである。
私はそういうことではないかと小泉首相の胸中を想像してみる。
そういう理路なら私にも「納得がゆく」。
彼が靖国にこだわるのも、歴史問題の解決を遅らせているのも、日本がアメリカの庇護を離れた「スタンド・アロン」のプレイヤーとなったとき、東アジアの政局の中で中韓やASEAN諸国とわたりあうだけの政治的力量を備えた政治家が日本には存在しないということを彼が知っているからである。
たぶん、そうじゃないかと思う。

投稿者 uchida : 2005年06月15日 12:40

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コメント

再三コメント失礼いたします。
今回のエントリを拝見いたしますと、内田先生は小泉首相アメリカ追従、中韓アジアとは距離を置くという確信犯的な外交手法をおおむね確言されており、彼の外交手法は合理的で国益にかなうという内容であるとお読みしました。
前回のエントリにおいて、小泉首相が靖国参拝の政治判断の責任説明を果たして後、それを先生が国益にかなう合理的な決断であると納得されるならば同意するという内容でありました。彼がアメリカ追従主義の政治家というのはすでに自他ともに認める公のところではあっても、さすがに、今現在わが国の政治家諸君は中韓の政治家のように外交手腕には長けていない、風下に立つよりはアメリカ様様のほうが国民の皆さんも納得でしょう。だから参拝します。。。という説明を国民にたいしてはできないと思うのですが、いかがでしょうか。公には精神論とか外部に干渉されることではないというのが関の山であるのは彼ならず無理のないことだと思います。
ボトムラインとしては、内田先生は首相の靖国参拝に賛成していると読めるのですがどうなのでしょうか?
このままアメリカ追従で日本が行くのが良いか、東アジアブロックを形成するのが良いか、ひきこもごもの議論はありますが、少なくとも私は、現在のところアメリカ追従のほうがリスクは少ないと考えています。先生が指摘されたアメリカの分断統治主義における東アジアの緊張というのはけして新しい見解ではなく、私も実際そうだろうと思います。

投稿者 ken [TypeKey Profile Page] : 2005年06月15日 16:40

こんにちは。やっぱり先生は面白いですね。では、ぼくの意見ですが、先生はこの問題について一つ大事な国をお忘れではないですか。それは日本です。と、言うのは、歴史問題に関して日本の政治家がアジア外交をするにあたって、最も気をつけなければならないのが日本の国民世論だからです。ご存知の通り、日本では正しい主張をすると非難を浴び、ときに政治家生命を絶たれたりします。これは、そうなるように仕向けている人たちが沢山いるのでしょうがないのですが、今の日本はそういう国なのです。なのに、「日本の外交はなってない」と言うのは、少々無理があるのではないでしょうか。このような状況のなかで、まともな外交が出来る政治家が育つ筈もありません。このような状況の中で、小泉首相の「あいつは何を考えているんだ?」外交はなかなかバランスがとれているのではないかと思います。中・韓に正しい主張をすれば国内で怒られる。中・韓に気を使えばますます付け込まれる。アジア外交が上手く行かないように思っていて、このような日本になるように仕向けた米国とも仲良くしなければならない。僕は良くやっていると思います。
僕は、靖国問題で国民間の議論を活発にする事によって、左のショーヴィニストにしてやられている国民世論を正常な認識に誘導し、政治的力量を備えた政治家を育む土壌を作ろうとしているのではないかと深読みしてみました。でも、考えてこんな事出来る人はいないと思います。が、「結果的に見れば」ならありえるかもしれませんよね。下手な文章ですいません。 

投稿者 そうし [TypeKey Profile Page] : 2005年06月15日 17:37

以前にもコメントしたかと思いますが、アメリカが、靖国参拝について、口を差し挟んでこないのは、アメリカが、“勝利ある勝者”であるからであり、これに対して、中朝韓が、そうしてくるのは、彼らが、“勝利なき勝者”であるからに外なりません。ことに、中朝韓にとっては、対日戦での“勝利”こそが、彼らの“レゾンデートル”であるので、アメリカの“勝利”という“虎の威”を借りて、自らを“勝利ある勝者”に位置づけなくてはなりません。さらに、アメリカは、“対日処分”(東京裁判を含む)について、ほぼ独占的に遂行でき、戦争についての、彼の意向(復讐?)は存分に具現できたのに対し、中朝韓は、ほとんど、彼らの意向を具現できなかったということもあります。

ところで、この論考においても、やはり、“陰謀論”的思考が、見え隠れしているように思えてなりません。それは、“ブロック化は必然であり、かつ、利益である。にもかかわらず、それは停滞している。それは、このことが不利益である何者かのせいである。その者とは…”というものです。そもそも、必然であるものが、外部からの作用によって、停滞させられるということは、まずないといっていいでしょう。たかがアメリカの策動によって、停滞させられる程度のものであるならば、それは、ブロック化そのものが、別に、必然ではないということです。つまり、ブロック化の停滞は、外部(アメリカ)ではなく、内部(日中朝韓)に問題があるからであり、それは、(これも前にコメントしたと思いますが)とりわけ、儒教にその原因があります(そして、これに、上述の“勝利なき勝者”の問題が重なります。また、儒教に原因があることについては、前のコメントに挙げた資料をご参照ください)

ただ、確かに、アメリカ一辺倒という日本の外交政策が、なかば恒久化しかかってることは、外交政策のあり方として、望ましいものとは思えません。しかし、だからといって、必然ではないブロック化を、必然のものとし、その停滞を、外部の“陰謀”に帰させるのは健全な発想ではありません。まずは、内部の問題をきちんととらえ、解決するのが筋ではないでしょうか。EUですら、内部での経済問題のために躓いています。ましてや、経済よりも厄介な“歴史”問題を抱えている「東アジア共同体」ならば、さらに躓く可能性は大きいと言えるでしょう。

投稿者 truely_false [TypeKey Profile Page] : 2005年06月15日 21:11

もし内田先生の想像が当たっているとしたら。
小泉純一郎氏は靖国神社で戦死者に例えば次のように語りかけているのでしょうか。
「先の戦争で命を落とされたみなさん。私は政治家として日本の国益を熟慮した結果、みなさんが戦った最大の敵国であるアメリカとの友好を外交の最優先事項として維持する決断をしました。
このような私を(特攻隊員として散った方も)どうぞ許してください」。

どこか頽廃の匂いがします。

投稿者 三村 [TypeKey Profile Page] : 2005年06月15日 21:40

いやぁー、内田さん実に良い事を仰ってくれましたぁと、この「靖国再論」を読んだ後に満面の笑みで小泉さんが内田先生に右手を差し出すという可能性もまだいくらか残されているとは思いますが、たいへん説得力のあるご意見だと思います。国民が靖国問題の是非を歴史問題で捉えて、ああでもない、こうでもないとやって、喧々諤々としているうちは小泉首相も安泰で、彼にとって本当に危険なのは内田先生のような方なのでしょう。たぶん。何せ小泉さんにとっての「語りえぬもの」を内田先生は人気ブログで語ってしまっておられ、その理由が何であれ、国民を欺いていることを指摘してしまっておられるわけですから。

投稿者 H.Yoshida [TypeKey Profile Page] : 2005年06月15日 23:25

内田先生、こんにちは。
ヨーロッパでの冷戦終結時にこれから「ボーダレスの時代」が来る、とさんざ言われたにも関わらず、その後はボーダーも国の数もそれまでとは比べ物にならない程増えた、というのが実状です。
ですので、東アジアで経済ブロック化がさらに進み中国・北朝鮮の共産主義が崩壊した場合、それが広範囲の共同体の創設につながるというよりは、中国国内各地~朝鮮半島のみならず日本国内も含めて新たな国境線の引き直し作業がはじまる、そしてその結果国家数は増える、と考えても良いんじゃないでしょうか?
そう考えた時に、小泉首相は靖国参拝を通じて国民に祖先の兵士の霊を思い出させ、国民が分裂しないような精神的に大きな重しを与えているのだと思います。

投稿者 bcoteater [TypeKey Profile Page] : 2005年06月15日 23:29

とても興味深く読みました。
本題からずれてしまいますが、世事に疎い私は、六ヶ国協議がなぜアメリカを含む六ヶ国で構成されているのか不思議に思っていたのですが、先生の文章を読んで合点がいきました。

投稿者 mfuji [TypeKey Profile Page] : 2005年06月16日 00:25

このエントリのどこをどう解釈すれば小泉首相が国民を欺いていることになるのかは理解不能ですが、とりあえず最初に敵味方、非難の対象である政治家である、またはないとか、まず結論ありきの二言論でものごとを捉えてしまってはどうしようもないですね。

投稿者 ken [TypeKey Profile Page] : 2005年06月16日 01:11

追記させていただきます。
truely_falseさんも書いておられるように、アメリカが文句を言わないという理由は東アジア分断統治戦略だけではないと思われます。靖国参拝をめぐる駆け引きも100%歴史問題「だけ」で捉えられるものではないとしても歴史問題であるのは間違いありません。内田先生が否定的に言及されたところの路地裏の政治力学というのも実際はこの問題の大きな要素として含有されており、これも当然考慮されているものと思われます。
世の中のほとんどの事象と同様に、政治外交は数多くの要素が複雑に絡み合っているので、これは実はこうなんだ、後は実際どうでもいいんです本質ではないと言い切ってしまうのは非常に気持ちのいいやり方ではあるが、真実からはその分遠くなると考えます。

投稿者 ken [TypeKey Profile Page] : 2005年06月16日 01:39

「敵・味方の二元論」で捉えようと思ったわけでは決してなく、この論稿の凄みは小泉さんが靖国参拝反対派を欺いているばかりでなく、同時に参拝賛成派をも欺いていることを明かしてしまっているところだ、と僕は指摘したかったのです。(「欺く」という言葉より、より適切な言葉はあるかもしれませんが、この論稿に理があるとするならば、結果的に小泉さんが国民を欺くことになってしまっていることは確か。ゆえに小泉さんにとって内田先生の書かれたことは「語りえない領域」に属するのです。)そして国民が賛成派と反対派に別れて、議論しているうちは、結果的に小泉さん(の戦略)に踊らされ続けることになる、ということが内田先生の論稿から窺われるのです。それからケンさんの仰る、複合的に政治外交を捉えていくことが大切だと言う見解には僕も賛成で、内田先生のお書きになった論には凄みがあるけれども、まだあくまで仮説の段階で、検証はこれからになるのでしょう。でもこの論稿のお陰で新しい地平が少し垣間見えたことだけは確かな気がします。

投稿者 H.Yoshida [TypeKey Profile Page] : 2005年06月16日 07:30

「欺く」、「踊らされ続ける」という言葉の使い方に、このエントリから通常読み取られる以上の悪意、もう少しやわらかく言うと、小泉首相は政治決断の是非を問わず非難されるべき政治家であるという主張を正当化するための印象のマニピュレーションが伺えると感じました。
>この論稿に理があるとするならば、結果的に小泉さんが国民を欺くことになってしまっていることは確か。
もし私が指摘したところの、政治決断におけるコアの本音の部分ではあまりにも内外に差し障りがあるので公言するのは控えるよりほかはない、という部分をそのように書いておられるのでしょうか?良い意味でも欺かれることもあるという含みを持たされているのでしょうか?
拝読させていただくと、Yoshida様は概ね内田先生の見解に同意されておりますが、その首相の国民に真意の部分を伝えられていないという表層の部分はまあよいとして、その政治決断、つまり靖国参拝の是非自体については現段階でどうお考えですか?やはりまだ客観的相対的に問題を捉えることができていないとお考えでしょうか?

投稿者 ken [TypeKey Profile Page] : 2005年06月16日 08:16

>東アジアの政局の中で中韓やASEAN諸国とわたりあうだけの政治的力量を備えた政治家が日本には存在しない

 この結論が、本稿の最も重い結論だと受け止めました。

 もし、親中政策のためだけに靖国参拝を止めれば、それは東アジア統合への意思表示と受け止められるかもしれない。(東アジア統合の流れを拒むなら靖国参拝を止める根拠は薄い)
 東アジアを巻き込んでの覇権争い(東アジア統合)には、相当の人的、金銭的コストがかかると思います。そして、今の日本にはそれをまかなうだけの、人材、資金力、等が存在しない。
 NEETの問題など自国の状況をも考慮に入れると、日本がこの覇権争いに加わるには、相当の覚悟が必要かもしれません。通貨が統合されたら?職場に外国人が流入してきたら?
 自国の限界をわきまえての、外国の干渉の拒否。小泉首相にとって自国の問題を片付けることが、精一杯なのかもしれない。

 そういう日本の状況(政界を含む)を内田先生は憂慮しておられのではないかと感じました。

投稿者 サモッチ [TypeKey Profile Page] : 2005年06月16日 10:22

確かに、本気で戦死者を悼んでいるなら、彼らを殺したアメリカを憎むはずですよね。非戦闘員までを何百万人も殺されたわけだから。

でも、アメリカは一番の友好国で、日米同盟なしに日本の未来はない、って言ってる。

つまり、靖国参拝は、中国と韓国に対する嫌がらせでしかない、と。

投稿者 naka383 [TypeKey Profile Page] : 2005年06月16日 10:26

1.大局的にはアメリカ追従、東アジア共同体を積極的に形成の二択がある。
2.現時点においては、それは排他的選択肢であり両者同時に成立させることは困難である。(東アジア共同体の成立は『アメリカの極東における軍事的プレザンスの後退を意味する。』)
3.現時点においては、保守的に従来のアメリカ追従、日米同盟を選択するのがおそらくリスクが低く安全パイである。(『在留米軍基地を失った日韓は、現在の国力を比較するなら、「中国の圧倒的な軍事力」の前に政治的にも圧倒される可能性が高い。日本の政治家の中に、この新しい東アジア共同体の中で中国や統一朝鮮の政治家たちと五分でわたりあえるだけの外交的手腕と戦略的思考を備えた人物はいない(それだけは確言できる)』)
4.靖国参拝問題というのは、中国の論理に歩み寄る=取り込まれるリスクがあることを是とするかどうかの立場表明のアイコンであり、譲歩せずに歴史カードを拒否することにより、中国の論理≠日本の論理≒アメリカの論理という図式を小泉首相は靖国参拝の意思表示によって明確に表明している。(『小泉首相もたぶんそのことを知っているのである。』)
5.現在、日本の半分の世論、すでに中国の論理に取り込まれてしまっている親中派議員(私は彼らこそ外交手腕、戦略的思考が欠落した政治家の代表だと思う)をはじめ、人たちが使用している「友好」の一元論は思慮が足りない。
6.しかし長期的に見て日中友好が望ましいという論理はある意味崩しようのない論理であり、これに対して、『戦略上あえて少し距離を取っておきます。』という説明を内外に流布するのことは難しい。

私はそのようにまとめてみました。

投稿者 ken [TypeKey Profile Page] : 2005年06月16日 11:30

「国際感覚について」の欄でコメントさせていただきましたが、忙しくPCに向かえませんでしたので、その欄についての再コメントさせていただきたく思います。
内田先生ご了承ください。
kenさん。
中国の反日デモは国家先導と仰いましたが、確かですか?
私は専業主婦なので、もしかしたら皆様よりも無知かもしれません。私の知らぬ事があれば教えてください。よろしくお願いいたします。
私は政府主導というのは、あくまでも日本側の分析だと思ってます。
政府が止めない、軍隊が止めないと言うのは、彼らも同じ中国人であり、共感する部分が多々あると思います。
テレビを見ていて私も「韓国もやりたいことを中国がやってくれた」と、思いましたよ。
それと同時に、韓国側の反日運動は治まりましたよね。
ただ、勢いを増して行くのに危惧はしました。この辺でそろそろ…と思ったときに、中国政府も動き出しました。
いじめられっこが反撃に出た。止めるべき先生が「そうだ、いいたいことは言え!」と、ある程度は認める。しかし、お互い怪我をしないうちに止める。その構図ではないでしょうか?
政府主導というのは、日本側のつけた国民意識をまとめる為の、勝手な理由でしょう。
なぜなら、
「え~!なんでそんなに怒ってんの??どうしてそんなに嫌われちゃうの?そんなに嫌われるほど日本はひどいことをしたのかしら?」
なんて、若い世代に思われると、日本は困りますもんね。
それならば、「理解しがたい国の誤った教育」と、思わせることが一番簡単なのでしょう。
実際、メディアの力と言うものは恐ろしいもので、歴史のかけらも知らない中高生もそう思ってます。
私韓国旅行の際、ホテルのテレビで慰安婦の方々のインタビューを見ました。(私は韓国放送は字幕なしで理解できます。)
「生まれ変わったら男になりたい。軍人になる。」
「軍人になって日本に復讐するの?」
「違う。誰にも負けない強い軍人になって、二度と国を奪われないように韓国を守る。国を奪われるということが、どれほど悔しくて屈辱的がわかるか?」
こういう大人の下で中国、韓国の若者達は育ってると言うことを、日本の方々は理解しなければならないのです。
反日感情は国の教育のもとに生まれるのではありません。
自国の歴史の上で、反日感情は切っても切れないのです。
生き証人としての彼らがいまだに健在なのですよ。
彼らを傷つけないで、どうすればうまく共存できるのか、考えてみてください。
話は少々反れましたね。

サッカーの試合での旭日旗。少なくとも在日韓国人は不快感を覚えました。
私はサッカーに興味がないので北朝鮮戦のみのテレビ観戦でしたが、全試合観戦した友人はイラン戦もバーレーン戦も見当たらなかったと言ってましたが…間違ってたらお許しください。
しかし、中・韓・朝の時だけでもお控えください。
日本にとっては戦争の象徴ではないのですか?
それならば私たちにとっては侵略の象徴なのです。

内田先生の「中韓の風化に立つのなら、アメリカの風化に立つほうが日本人の自尊心と国民的統合ではベター」というお言葉。
私も靖国参拝を止めないのはこれだろうと思います。
ただ、在日韓国人の私たちが言うと、ひがみ根性と受け取られますから。
先生が仰ってくださり、ありがたく思います。

投稿者 kumi [TypeKey Profile Page] : 2005年06月16日 11:52

失礼しました。
先生のお言葉のところで「風下」が「風化」になってました。
お許しください。

投稿者 kumi [TypeKey Profile Page] : 2005年06月16日 11:59

>kumiさま

何かしら、ひどく傲慢な感じがします。自身を偶像化し、さらに、それへの崇敬も要求しているようなものでしょうか。中朝韓が、日本の、他意のないナショナリズムの発露すら、自国への深刻な脅威だと、今もって考えてるということは、彼らが、近代以前に持っていた経済的社会的ポテンシャルから考えると、自分自身を誹謗しているに等しいと言えるでしょう。いつまでも“弱者”という特権的立場に寄り続けるということも、「東アジア共同体」が停滞していることの、ひとつの大きな要因だと思います。

投稿者 truely_false [TypeKey Profile Page] : 2005年06月16日 12:39

kumiさん
特に傲慢とは感じません。どうぞ安心してご発言を。

投稿者 三村 [TypeKey Profile Page] : 2005年06月16日 13:27

>政府が止めない、軍隊が止めないと言うのは、彼らも同じ中国人であり、共感する部分が多々あると思います。
>いじめられっこが反撃に出た。止めるべき先生が「そうだ、いいたいことは言え!」と、ある程度は認める。しかし、お互い怪我をしないうちに止める。その構図ではないでしょうか?

事実上の官民合同のデモであるとKumiさん自身が理解されているようです。
日本人の分析だから一様に都合よく分析されており信用できないというkumiさんの見方もかなり恣意的で問題があり、しかもそのバイアスは国をまとめるためというのは暴論であると思います。日本国内においては、朝日新聞のように日中記者協定によってむしろ常に中国よりの報道がなされてきたという方が事実に近いです。冷静な立場から事実関係を見極めようとする努力よりもご自分の感情が先立って、相手に根拠もはっきりしない持論を押し付けようとされているようにお見受けいたします。内田先生の言葉を拝借しますと、「自制できていない」というところでしょうか?

とはいえ、日本のソースだけでは、反日デモが政府主導のものだったとは構造的に納得されないようなので、一応検索して探してみました。専業主婦であろうと、ネット上から得られる情報はそうでない人とは変わらないのですよ。むしろ時間に融通が利く分有利な印象さえ受けます。

ニューヨークで華人社会を対象として発刊された、「大紀元時報」と言う中国語のマスコミ紙です。

http://www.epochtimes.jp/jp/2005/04/html/d66165.html
http://www.epochtimes.jp/jp/2005/04/html/d53865.html
http://www.epochtimes.jp/jp/2005/04/html/d48622.html
http://www.epochtimes.jp/jp/2005/04/html/d76209.html
http://www.epochtimes.jp/jp/2005/04/html/d19553.html
http://www.epochtimes.jp/jp/2005/04/html/d63582.html


投稿者 ken [TypeKey Profile Page] : 2005年06月16日 13:35

truely_false様
「ひどく傲慢で自分を偶像化し崇敬も要求している」
そう思えたのならお許しください。
私は政府や研究家、その筋に詳しい(?)と言われる専門家の方々の言葉ではなく、わかりやすい言葉で町市民レベルでの韓国・中国の方たちの気持ちを伝えたかったのです。現に反日デモに参加しているような市民たちです。何よりも、反日感情はどこから?という部分ですね。
靖国問題に関してでも毎日のように「中国政府の考え方」や、
「国民の意識」なんて言葉が聞こえますが、そんな機械で計るような分析ではなく、生きてる人間の「気持ち」の部分を伝えたかったのです。
テレビなどで、中国・韓国に詳しい日本の専門家の方が中韓国民の気持ち分析・代弁しておられますが、「違うだろう…」と思うことがよくあります。よくあるというよりも、ほとんどがそうかもしれませんね。
怖いことは、「中韓一般市民たちとはかけ離れた分析」を、日本の方々が100%そうだと思ってしまう事なのです。メディアの力とはそういうものです。
私は、日本のメディア報道と同じくして、韓国側の報道も見ます。同じ事柄をどのように伝えるのか、それによって両国の報道の裏側を見れるのです。
私が思うには、日本も中国や韓国と同じ、都合のいい部分しか報道してませんね。すなわち、日本のメディアも中国のメディアを非難できる立場にないということです。
しかし、見ている側はほとんどが「そうかあ~」っと、思てしまいます。(知識人、専門家は抜きにして)
これでは中国と同じではないでしょうか?

それと「気持ち」の問題。
他意のないナショナリズムで、どうしても必要でないのなら止めてもらえませんか?
大事な意味のある事なら私たちも考えます。
あなた方にとっては他意のない行動でも、傷付く人達がいる事も事実なのですから。

それから、私は自分自身を「弱者」なんて思っておりません。
ただ、日本の方々が、私の事を「弱者」と思ってると感じたことはありますね。


投稿者 kumi [TypeKey Profile Page] : 2005年06月16日 13:55

>kumiさん

こちらでお答えくださってたんですね。ありがとうございます。
内田先生が、ご自身のエントリーとかけ離れたコメントばかりが次々と付くことに失望感を示しておられるので心苦しいのですが、もう一度だけお許しください。
(特に私のコメントはkumiさんのコメントに対する質問というか興味の表明だったので、先生の期待からもっとも遠い、ほとんどノイズみたいなものだったと思います。申し訳ないです)

>少なくとも在日韓国人は不快感を覚えました。
そうそう、これを聞きたかったんですよ。私としては、旭日旗はイメージが悪いから嫌いなんですけど、良く考えると韓国の人たちがどういう感情をどの程度抱くかについては「日本の専門家」によってしか知らなかったので、たまには生の声を聞きたかったわけです。
とすると、「旭日旗を使わないようにする」という件については、日本人の自意識過剰でなく、少なくとも在日の方々の気持ちにも適うわけですね。

そんなことしなくても、少しでも隣国を不愉快にさせる可能性があることは全部しなければいいじゃないかと思われるかもしれませんが、私にとってはこういう「線引き」は結構重要なんです。
たとえ誰かを不快にさせないようにするためでも、それが表現活動の萎縮を招いてしまっては害の方が大きいですからね。日本では表現の自由は、民主主義や人間存在の根本となる重要な価値なんですよ。というわけで、不要な萎縮状態に陥らないように、常に「線引き」はしていきたいわけです。
「スポーツ観戦における旗」については、いろいろわかりました。ありがとうございます!

あと私が
>これは許してほしいですね。
と言ったのは、それが隣国の方達を不愉快にさせるはずがないという意味ではなく(そういう風には私が考えないことは上の文章からわかっていただけると思います)、個人的な行動にあまり目くじら立てないでほしい、ということです。
みんなで紅白のTシャツを着て観客席に巨大な旭日旗を作ったなどの場合なら、集団的意思を感じることができるのですが、そういうものではないですよね。
あれを防ごうと思ったら個人的な行動を完全に統制するしかないと思うのですが、それは不可能ですし、また、やってはいけないことですよ。
個人の突発的行動は黙ってスルー。韓国の人達も狂ったように日の丸を燃やしていた人を以って韓国人の代表みたいに大きく扱われたら、きっと嫌だと思うんですよね。少なくとも韓国人留学生の友人達は嫌がってますし(彼らが韓国の中では極めて少数派という可能性もありますが)。

投稿者 K [TypeKey Profile Page] : 2005年06月16日 15:19

はじめて書き込みます。
いやあ、いつも内田先生のブログ拝見させていただいてますが、今回もすごいですねえ。
私がいつも感服するのは内田先生の位置の取り方です。
靖国問題になるとかなりの割合で議論が白熱(!?)するのが常ですが、多くの場合、それはどちらかのサイドに立った人が、この発言は自分サイドにとって都合がよいか否かという基準によって、それを事実判断してしまうからだろうと思います。内田先生の発言がいつも、思いがけないところから、やってくるように感じるのは先生の距離のとり方なんでしょうね。
歴史は事実がまず第一におかれるべきだと思いますが、政治は事実判断だけではなく、利益の比較衡量というビジネスマインドを要します。裁判でもそうですもんね。ビジネスマインドと人の感情との折り合いをつけるのが、難しい問題なのだなあと思いました。

悪文にて失礼いたしました。。。

投稿者 みょみょみょ~ [TypeKey Profile Page] : 2005年06月16日 15:41

ケンさんへ
コメント、毎度有難うございます。「結果的に国民を欺くことになってしまっている」「結果的に小泉さん(の戦略)に踊らされ続けることになる」と僕は書いていて、ケンさんはこの二度使われている「結果的に」という言葉を省いて僕のコメントを引用されておりますが、そこに「マニピュラシオンが伺えると感じました」ー。まあ別にご自由ですけれども。それにしても、村上春樹でなくとも「やれやれ」と、つい、ついつい言いたくなってしまう人が……

投稿者 H.Yoshida [TypeKey Profile Page] : 2005年06月16日 18:45

Yoshidaさま、

できれば、そのような揚げ足取り的なものではなくて論理的な回答はないですか?「言葉の使い方」という部分を指摘したもので、その結果的というのは、この場合なんら論理的な意味合いはなく、単にそのバイアスがある言葉の悪意性を弱めるための修辞用法として使われていると判断しました。『この「靖国再論」を読んだ後に満面の笑みで小泉さんが内田先生に右手を差し出すという可能性もまだいくらか残されているとは思いますが』このあたりの記述も非常に皮肉っておられますね。要するにこのような全体のトーンはこのエントリに対するコメントとしてどこから来るのか?ということです。
さらに、後半の説明責任をさしおいても、内田先生が推察されているところの小泉首相の政治決断の背景の記述には同意されているようだが、現在の靖国参拝の是非にたいする見解はどうか?という部分もうやむやにされていますね。
自己を相対化して議論できるという自負がちゃんとあるのならば、都合の悪い部分では疲れたから答えないとかいうのではなくて、きちんと回答する倫理のようなものはまったく感じないのですか?そういう倫理無き人はこのようなコメント欄でまかりなりにも論者ぽく振舞う資格に欠けると信じます。

投稿者 ken [TypeKey Profile Page] : 2005年06月16日 19:50

ケンさん
「なんら論理的な意味合いはなく、単にそのバイアスがある言葉の悪意性を弱めるための修辞用法として使われていると判断しました」って、勝手に判断されては困りますぅ。でもケンさんはとっても真面目で、真っ直ぐで、いろいろなことを学びたいという姿勢をお持ちでいらっしゃるので、お困りになるかと思いますが、僕はケンさんのこと、好きです。話せばきっとわかりあえるような気がします。でもあんまり真っ直ぐじゃあ、駄目なんですよ。本当のことに限りなく近づきたいのであれば、もっと迂回して、回り道して、寄り道しないと駄目なんです。きっと。ラ・ロシュフコーも「太陽も死もじっと見つめることはできない」と書いているじゃないですか。たぶんあれです。一度日本を出て、何処でも良いですけど、数年海外で暮らしてみては如何でしょうか。ところで話は変わりますけど、内田先生の書かれた文章、新聞に掲載されないですかね。

投稿者 H.Yoshida [TypeKey Profile Page] : 2005年06月16日 22:58

>Yoshidaさま、

LAとNYあわせて5年暮らしました。現在でも頻繁に海外へ旅行いたします。

私が投げかけた質問に関してはなんら答えることができないという理解でよろしいですね?
とりあえず、私は上で書いたディベートの場における倫理性というのはあなたが持ち合わせておられないのはよく理解できました。

投稿者 ken [TypeKey Profile Page] : 2005年06月16日 23:37

追記すると、こういう議論の機会さえ簡単に放棄してちゃかしてしまう人間が、話せばきっとわかりあえます、とかいう部分はジョークで笑うところなのでしょうか?
私は別段まじめではないのですが、どうもユーモアのセンスに一段の磨きが必要なようです。

投稿者 ken [TypeKey Profile Page] : 2005年06月16日 23:45

 こんにちは。このエントリについて誤解されている方が多いような気がします。今回は、近頃何回も触れている靖国問題に関して、小泉首相の「合理性」のみを、モノ申さない彼に代わって内田先生が説明したものだと思います。

 このエントリ中には、内田先生の価値観はあまり反映されていません。「小泉首相の戦略にはこうした<合理性>があると考えられるんだけど、それに対して君らどう思うの?」と投げかけていらっしゃるのだと思います。

 このエントリを受けて私たちが考えるべきなのは、この「アメリカ追従の<合理性>」を是とするか非とするかの議論です。非とするならば、それ以上の合理的な戦略を提示しなければなりません。東アジアがホットな状況になっている今、それを国民が考えなければいけないときに来ているということです。

 難しい問いかけだと思います。さしあたり、私は(あまり理屈はないのですが)東アジアの国々はもっと仲良くなる方がいいと思います。そのための大きなデザイン設計を日本はやった方がいいし、その方が何より面白いと思います。(ただ、そうなると内田先生が言うように「力量ある政治家がいない」ことにぶち当たりますね…)

投稿者 snusmumrik [TypeKey Profile Page] : 2005年06月17日 07:35

私もそう思います。内田先生から未来予測のことを知り、10年後はどうなるのだろう、ということを考えることが多くなりました。

投稿者 プリオン [TypeKey Profile Page] : 2005年06月17日 08:37

snusmumrikさま、

そう思います。私は今回提示された内田先生の論考は極めて合理的であると考え、あえて若干挑発的なまとめのような文章もコメントしており、それに対する反論を期待しているのですが、それ以上の合理性を満たす考えを示す方は今のところおられません。

失礼ながらsnusmumrikさんの東アジアの国々は「もっと仲良くなる方がいい、そのほうが何より面白いと思う。」というご意見も、なんら合理性を示すものではありませんね。

私が結構ひつこいのは、このような合理性を求める論考に対する論者の態度がとても気になるからです。彼らにも相応の合理性が当然もとめられます。『非とするならば、それ以上の合理的な戦略を提示しなければなりません。』これはある意味非常に科学的な姿勢で、要するにこれさえ満たす反論があれば、私も含め、靖国参拝賛成論者はグウの音もでないのです。

世間で誤解されがちなのは、靖国に賛成するひとたちは概ね右がかっていて、友好という国益をおろそかにして、プライドのような金にならない精神論を最重視している、という観方が蔓延していると思います。実際、なかにはそういう過度な国粋論者やいわゆる真性右翼の方々もおられるとはいえ、多くは国益の観点から合理的に問題を掘り下げて考えており、合理的でなく単に目的化した友好一辺倒で反対している反対論者こそ考えが足りないと感じているというのが正直なところでしょう。

ここの最初のコメントにも書いたのですが、内田先生は「国際感覚について」というエントリにおいて、
「残る過半は「反日デモは胡錦濤のヤラセ」とか「シナ人に固有の中華思想に屈するな」というような感情的なことばづかいで中国政府を非難することを自制することができずにいた。私が靖国問題で参拝に反対するのは、日本の一部で栄えているこの種の「節度のなさ」に対する不信が大きな理由を占めている。」
というように、合理的でなく感情的反発論にたいする不信感と、
「私が知りたいのは「靖国参拝によって得られる国益」が「それによって損なわれる国益」よりも大であるという政治判断の根拠である。私が問題にしているのは、小泉純一郎個人のエモーションの純良さやその憂国の至情ではない。政治的効果という一点である。政治家の仕事は国益の最大化である。」
「エモーションの純情さ、憂国の至情」といずれにしても感情論に拒否感を示しておられ、これをもって不支持の理由とされております。
さらに「『靖国に参拝することによって得られる国益』が『それによって損なわれる国益』よりも大であることについての首相の説明に得心がいけば私は靖国参拝を支持する。」
というように感情的でなく、合理的判断に得心されるならば、支持すると明記されておられます。

以上をもって、内田先生のこの問題にたいするスタンスあるいは価値観は明白に示されており、このエントリにおいて先生ご自身が小泉首相の合理性を語る代弁者になっておられる以上、合理性を満たせば支持するという条件は「偽」から「真」に転換します。参拝すべきでないとするより合理的なロジックは先生ご本人を含め、ここの皆さんどなたも提示されておられませんね?

これをもって、内田先生は現時点では、小泉首相の靖国参拝を支持している、と外野の私は判断するに十分妥当な理由になります。いかがでしょうか?

投稿者 ken [TypeKey Profile Page] : 2005年06月17日 11:16

はじめまして。下記に先生の知りたかったことが書いてあります。
田中宇さんのサイトです。

http://tanakanews.com/f0615empire.htm

投稿者 ハットリ [TypeKey Profile Page] : 2005年06月17日 21:13

中国韓国への反発で靖国を語るのはなぁ。その前に靖国って神道としてどうよ、ってな話があってしかるべきなんだが、神社本庁からしてあんなんだから望むべくもないか。これじゃあ、死んだら仏とか言いながら英霊に手を合わせることで神仏習合回帰を示唆していると見えなくもない小泉のほうがよっぽどマシだ。国会の会期が13日までになったからな。靖国と竹島と常任理事国で日本からわざわざ仕掛けてこれだけ盛り上げて、郵政でも改革と対決でこの支持率だ。やっぱ解散して15日に参拝で郵政反対派は公認しないんだろ。岸以来たぶん初めてのチャンスだな。

投稿者 れんじ [TypeKey Profile Page] : 2005年06月18日 00:02

いつも楽しみに拝見しております。

靖国再論を拝読し、日本の外交的選択について
さまざま考えさせられました。

もし究極的には
「中韓の風下に立つか、アメリカの風下に立つか」
という二者択一しかないのなら、私にとっては
後者の選択しか考えられません。


「自由」や「民主主義」や「正義」を自分の都合の
いいように振りかざし、
明るく騒がしい、ときにはナイーブなアメリカと
上手につきあっていくほうが、圧倒的に
マシだと思います。

この二者択一をつきつけらて、
何の葛藤もなく「アメリカの風下」のほうがマシ
と納得した自分に多少違和感を覚えつつ書き込みます。

投稿者 さくら [TypeKey Profile Page] : 2005年06月18日 03:31

日本の国力を「外への指導性」・人口・経済生産・文化・軍事力などで測るとすれば、大国ではあるけれど超大国ではなく、そうなる可能性は非常に乏しいと思われる。
現在超大国とは唯一アメリカ合衆国であり、超大国となるかもしれないのが中国だろう。
で、日本はどうするか。
突飛な連想であるが、「風の谷のナウシカ」コミック版をつい想起する。あれはトルメキア王国と土鬼という両超大国の戦の中で「風の谷」の人々がいかに消耗し、疲弊したかという説話としても再読できる。
わたしたちは本当に「二者択一」をしなければならないのか。
そう考えることは思考の硬直をもたらさないか。
十分に吟味する価値のある問題だと思う。

投稿者 三村 [TypeKey Profile Page] : 2005年06月18日 09:15

排他的な二択というのは避けられないと私は見ています。
結局のところ戦後の日本の繁栄はアメリカの傘の下にあるから成し遂げられた。本来は軍事的なパワーゲームに他の国々同様リソースをさく必要があるのだが、アメリカがその分すべてアウトソーシング引き受けてくれているので楽チンだったという事実はあると思います。それにたいして日本が支払った対価というのはそのリターンに比べれば微々たるものだと思います。ありがちなのが、第二次世界大戦後の平和な世界で今どき、いったいどこの国が攻撃してくるのか?パラノイアはたいがいにしろという論調です。これは社会党社民党のみなさんがよく言うことですが、現実認識が甘いといわざるを得ません。GOOGLENEWS英語版を開いてみましょう。毎日見てみましょう。常に紛争戦争は絶えることはありません。平和だ。そう感じるのは在日米軍の基地があって周りに睨みを利かせてくれているからです。当然、アメリカもアジアをコントロールしておきたいので、ただただ日本の事を思って「守ってくれている」わけではありませんが、ここは利害が一致しています。これが日米同盟です。スイスのような永世中立国になればよいと馬鹿なことを言った現社民党の党首もいましたが、あの国はいわゆる国民皆兵とで、いざとなれば国民全員戦う体制であるというのが国策です。日本における自治体の消防団のような感じで即軍隊が編成されるようになっている。
残念ながら友好を結ぶべき隣人の中国は現在大変警戒すべき国に急成長しています。ネットでもすこし調べればわかりますが、現在進行形で自衛隊も対中国を警戒して編成を組みなおしているようです。ここにトラックバックされているfrom上海to東京のBLOGをはじめいろんなところで確認できます。攻撃などしてこないだろう、この楽観的な思考は台湾に対して武力を行使することも厭わないと表明している中国を見てどこからくるのでしょうか?東シナ海の海底資源の領域問題では、沖縄の数キロ先までが大陸棚でつながっているので中国の領土であると主張しています。沖ノ鳥島も日本の領土とみとめないなどなど。ようやく最近のニュースでも一般の国民にもこのあたりのごり押しの論理はまったく納得がいくものではないと認識されてきたようです。中国の領土の考え方は国境というのは固定されているものではなく、そのときの国力によって広がったり狭まったりするというものです。中国の力が成長するにしたがってその考え方も序所に顕著になってきているようです。
明らかですが、現在の日本に覇権国家の野望はまったくありません。覇権国家にならなくてもこれまで十分成功してきたからです。できればこのままアメリカのコバンザメ状態ですーっといきたい、隣に覇権国家があり対等に交渉できそうもない。できるだけ距離を取って、その分アメリカとのほうへ擦り寄らなければならない、そういった感じでしょうか?
中国と対等に交渉でき大人のつきあいが成立すればそれ以上のことはありませんが、今まではまともな交渉をする事さえ友好に反する、歴史問題を反省していない、で中国はもとより国内に批判が巻き起こっていた状況でした。とりあえず、がぶりよつになるには危険すぎるので距離を置きたいということと土下座外交の姿勢から少なくとも必要な外交上の主張はしっかりするように転換したい、このベクトルで考えると今の状況は妥当だと思います。

投稿者 ken [TypeKey Profile Page] : 2005年06月18日 16:32

Snusmumrikさん
「靖国再論」は主観・価値観をできるだけ排除したところで書かれていて、あくまで事実に近づこうとする客観的な「分析」を試みているのであり、人を何らかの結論へと導いていこうとすような「考え・意見」とは違うと思います(僕も初めのコメントで「ご意見」と書いてしまったのではありますが……)。そしてそうであるからこそ「靖国再論」は他の論稿とは異なる力を持ちうるのです。だからSnusmumrikさんが仰る「内田先生の価値観」が「靖国再論」から窺えるとするならば、それは可能な限り自分の「価値観」から距離を保とうとする「価値観」のことになるのだと思います。もちろん実際には如何なる場合においても自らの主観・価値観から逃れることは不可能であり、そして実際に本文の中でも靖国問題が二項対立で議論されている事に対する不満や小泉首相を安易に軽視してしまう論調への不満(考え)がこの論稿の出発点となっていることが読み取られもするのですが、それでも全体に主観・思いなどとは離れて、この論考をお書きになろうとしていること、そしてそれを目指そうとしていることは間違いない。なので僕はこのコメント欄で「内田先生の価値観」が反映されなくて、ある意味、当然なのだと思います。むしろ「靖国再論」からいろいろと推測して、内田先生の価値観・考え・意見を取り出そうとする態度の方が、むしろ誤解に繋がっていくのだと思います。だからSnusmumrikさんが仰る「アメリカ追従の《合理性》を是とするか」との問題提起は非常に大切で、重要だと思うのですが、内田先生がこのエントリーの要(かなめ)として「小泉首相の戦略はこうして《合理性》があると考えられるんだけど、それに対してどう思うの?」と投げかけているわけでは必ずしもないと思います。もちろんこの問題に考えを及ばせるのは大切だと思うし、どんどんやっていくべきだと思うのですが、同時に僕はこの「靖国再論」を読んだ後に「見えざる手」の存在がとても気にかかっているのです。SFの話ではなく、僕らの知らないところで実際に大きな力が動いているという感覚、恐らく本当に限られた少数のものだけが背後で日本の未来を、日本に住む人々を動かしているという感覚、それはやはりある種の眩暈を引き起こすほどのものなのです。そう思う時、小泉首相のあの爽やかな笑顔が不気味な何かへと変わっていくように感じられるのです。いや、ひょっとすると、踊らされているのは国民だけでなく、小泉さんも背後で糸を引かれているのかもしれません。いずれにせよ、そうした「見えざる手」に日本の未来を牛耳られるのはやはりまずいのではないか、「見えざる手」にメスを入れる必要があるのではないか、と僕は結構本気で思うのです。21世紀に入り、僕らは自由を手に入れたと感じていますが、実際にはやはりかなりの部分、コントロールされている。そのことにまずは自覚的になる必要があり、そしてそうでない限り「見えざる手」に思うようにあしらわれてしまう。日本の未来が僕らのまったく及ばないところで決められてしまう。日本人の学力が低下しているなどと騒がれておりますが、騙されてはいけません。「見えざる手」にとって、国民の知的レベルが低いことは喜ばしいことなのです。

投稿者 H.Yoshida [TypeKey Profile Page] : 2005年06月18日 19:42

素直に読めば、この「靖国再論」は、深い理由があるとして、小泉純一郎の「戦略」を推理してみた結果を披露してみただけのものだと思います。
それはそれとして、kenさんにいくつかお聞きしたいと思います。論理的なコメントを書かれておられるということですが、何がいいたいのかよく理解できないからです。私が論理的でないというか、頭が悪いということだと思います。
私も「今どき、いったいどこの国が日本に攻撃してくるのか」と思っている輩です。それで、GOOGLENEWS英語版に毎日というほど載っているというどの紛争や戦争が日本に関係があるんですか?単に世界のあちこちで紛争や戦争が絶えないのだから、日本もいつその紛争や戦争に巻き込まれるか分からないということですか?民族的な争いや宗教的な争いにも巻き込まれる可能性がありますか?
「スイスのような永世中立国になればよいと馬鹿なことを言った」とありますが、その前に述べられていることとどういう関係がありますか?
スイスって、他国に攻め込まれたときはそれと戦う軍隊はもっているけれど、そうならないように外交努力を怠らない国だと理解していますが、間違っていますか?
つまらない質問で申し訳ありませんが、お時間がありましたら、お答えください。

投稿者 samso [TypeKey Profile Page] : 2005年06月18日 23:12

>samsoさま、

「今どき、いったいどこの国が日本に攻撃してくるのか」
これについて、じっくり考えることはとても有益だと思います。
これは「他国が日本に対して攻撃をしかけてくる可能性の度合い」と言い換えることができると思います。
まず、GOOGLENEWSですが、まずもっとも大局的な視点として、世界はいまだ暴力に満ち満ちている、人類はまだ争いのない世界を手に入れるにいたっていないという事を示すのが理由です。しかしこれは、人間の本質は戦争好きなので、未来永劫、これは変化することがない、という手放しであきらめているということを示したかったのではなくて、まだまだ世界全体は不安定だということを示したかったのです。大昔を考えてみると日本も戦国時代は国内でさえ戦争していたわけです。しかし今は国内で戦争をすることがなくなった。その分進歩したわけです。次にヨーロッパを見てみましょう。昔はヨーロッパ地域では延々と戦争があったわけです、ところが現在は統一憲法をつくるか失敗するかという段階にまで来ている。愚かな争いをなくすという観点では、大変大きな進歩です。私は最終的には、個々の地域のアイデンティティを守りながら、今まで人類が進歩してきたように、最終的には地球全規模でEUが形成されたように、全世界統一政府のようなものができるのが理想だと考えていますし、実際、そのときまで人類が継続することに成功すうれば、どのくらい時間がかかるかは未知ですが、そのベクトルにそって進むだろう、と考えています。つまり天下統一、EU統合というのが大昔の人たちにとっては荒唐無稽な夢物語であったのと同様、現時点ではちょっと考えにくいが最終的にはその方向へ進歩する力を人間が持っているという歴史の証明だと思います。だが、残念ながら、まだ人類はそのポイントからは程遠い時間軸のある点にいる。たかだか数十年前には日本も争っていたわけです。この大きな100年1000年単位の時間軸を考えれば、この数十年というのはまったく、誤差の範囲です。そういう大局的な観点からの危うさ、平和の担保があるという楽観性の誤りをまず示したかったのです。
おそらくあなたも私も戦争を知らない世代で、「偶然」ラッキーなことにこの数十年のポケットにいるわけです。
私たち戦後世代は、まずその楽観性をはぐくむにあたって、小学校の教育がある、-君たちが生まれるまえにはこんな戦争があった、とても愚かだった、でも今は仲良しです、日本も反省しました、こんな愚かなことを二度と繰りかえさないように、戦争を恒久的に放棄すると明記した平和憲法を手に入れました、戦争に負けたアメリカとさえ、今はこんなに仲良しです、同じように近隣諸国ともなかよくできたらいいですね。
平和憲法ですが、はたして、その小学校で教えられたときと同じように、これは金言箇条であると考えている人はどの程度いるでしょうか?国連。これが世界の警察裁判官のようなフェアな組織であると信じている人はどの程度いるでしょうか?
まず、私はそういう子供のときのころに受けた教育、自分が育ってきた戦争の無い日本という幸福な時間というのを考えて、蔓延している楽観性というのはどこからくるのかというのを自己批判的に掘り下げることはいいことだと思います。

さて、日本もいつその紛争や戦争に巻き込まれるか分からないということですか?民族的な争いや宗教的な争いにも巻き込まれる可能性がありますか?
答え、あります。というより現在世界はあなたが思っているより狭いです。対岸の火事であるということでしょうが、台湾有事になったら日本が巻き込まれないという確証はありますか?これだけ最近日本の領海を中国の潜水艦が侵犯しているのに、まったくその緊張というのは感じないのでしょうか?端的にいうと、他国が攻撃してくる、他国というのは現時点では中国です。この国が日本を支配できればなあ。。。と考えているはずはない、と考えておられるのならば、それはひじょうに現実認識が甘いといわざるを得ないでしょう。先生が本論で軍事的プレゼンスについて言及されておりましたが、あなたはこのあたりはどうお考えですか?なんで、こういう軍事的プレゼンスが本論の焦点のひとつになっているのか、まったく無批判に読んでおられますか?上のコメントにおいても、中国の覇権主義と、覇権主義を持たないでも十分に成功した日本という、根本的な立場の違いを説明しましたが、これについてはいかがお考えになりますか?中国と日本は将来目指す方向性はまったく違うのです。中国も日本と同様、戦争なぞ望んでいないと考えるのは間違いで、なんであれだけ最近軍備を増強しているのか?またそれにたいして日本、アメリカは軍事的に警戒しているのか?このあたりのことについてまったくアンテナは立ちませんか?立たないとすれば、それは私がさきにのべた、楽観論育成過程に無批判であることも理由だろうと思います。

投稿者 ken [TypeKey Profile Page] : 2005年06月19日 03:47

台湾やチベットを中国が現在、事実上、軍事的に制圧して、支配下においているのと同様、中国共産党の本音は日本も中国の属国になればよいと考えているでしょう。ここに台湾、チベットと日本は違うよ、日本に対してはリスペクトしているよ。と考えるは誤りです。これもまた上でコメントしておりますが、沖縄数キロ先の大陸棚全域、東シナ海は中国のものだ、と主張する態度、沖ノ鳥島は岩であるとする姿勢。どこにもリスペクトはありません。中国の台所事情を考えてみると、領土を担保にしてはじまる資源の確保というのは中国にとって急務です。砂漠化も進行している、国内に問題は山積みです。日本をいかなる形においても属国化、吸収することは、中国にとって計り知れないメリットがあるのです。パラノイアでしょうか?私はそうは思いません。

投稿者 ken [TypeKey Profile Page] : 2005年06月19日 03:58

kenさん、ご回答ありがとうございました。
「平和憲法」今のままでいいと思っています。本当は、好戦的な人たちに都合の良い解釈がされないように変えてもらいたいのですが、改憲というと、その人たちの方の声の大きくて改悪されそうだから、そのままでしょうがないかという立場です。
紛争や戦争に巻き込まれる可能性があるのは「台湾有事になった」ときだけですか?GOOGLENEWSに載っているような紛争や戦争とは関係がないように思えますが。
「中国の潜水艦が侵犯しているのに、まったくその緊張というのは感じないのでしょうか?」感じませんが。どこの国にも好戦的な人たちがいますね。中国には軍事機関がありますから、そこの幹部の人たちが自分たちの存在を示すためにやらせているんでしょう。日本にもそういう人たちがいるようですが、平和憲法があるから、さすがにそこまではできない。精々イラクに自衛隊の部隊を派遣するぐらいで我慢しているようですね。「台湾有事」が起こったらとか、北朝鮮が何をやらかすか分からないから言って、国民を不安にして、自分たちの主張を正当化しようということもやってますね。
中国で好戦的な人たちの勢力が大きくならないようにするにはどうするか。日本は友好国であることを常にアピールするしかないと思います。アピールするだけじゃなくて、態度で示さないといけませんがね。
相手国に対して常に友好国だったのに、その国と紛争になったとか戦争になったというような例をGOOGLENEWSで見つけることができますか?あったら、教えてください。
小泉さんが指揮官である軍隊で戦いたいですか?私はどんなことがあっても戦闘要員にだけはなりたくないですね。仮に中国軍が攻めてきたとしても逃げるか白旗を揚げて待っているだけ。戦うぐらいだったら、死んでも構わない。ですから、好戦的な人たちがいくら挑発してきても平気です。
これで答えになってますかね。論理的じゃないのでこんなふうにしか答えられません。

投稿者 samso [TypeKey Profile Page] : 2005年06月19日 07:04

私が長々と人類はまだ愚かな戦争を放棄する段階にいたっていない、残念ながら、と書いたのは、私自身のスタンスをはっきりさせるためです。好戦的ではありません。

>相手国に対して常に友好国だったのに、その国と紛争になったとか戦争になったというような例をGOOGLENEWSで見つけることができますか?あったら、教えてください。

あります。私が上ですでに出した例、中国とチベットに関して何も存知ないようです。台湾についても歴史的経緯を勉強されましたか?
GOOGLENEWSでなくてもGOOGLEで中国、チベットで検索してみてください。ひとつのサイトのみではそのサイト作成者によるバイアスがあるのは否めないので、なるべく多くのサイトを見てください。共通項、客観的判断と信じるに足りうる事実は見えてくると思います。
ちなみに台湾、チベットも過去の話ではなくて、現在進行形の話です。最低このあたりの歴史的経緯、現在の状況をしっかり把握されてからご自分で判断されてください。

要するにsamsoさんは、こちらの態度が友好的ならば、相手もそういう友好的な態度をとる「はず」だという信念に基づいておられるようです。現在の世界はそこまで成熟しておりませんし、外交はなかよしゲームではありません。

もしかしてsamsoさんは、日本がいわゆる正式な軍隊を持っていないということは、他の国よりも優れているとか、そういうようにお考えでしょうか?もしそうであるならば、誤りです。アメリカの軍事力の庇護にあるので、そのあたりはがんばらなくても良いということにすぎません。もしか何かあったら?自衛隊否定者の人たちは滑稽なことに次の瞬間、アメリカのF15戦闘機などを思い浮かべます。彼らが守ってくれると。国際世論が許すはずはないと。これは国際世論が守ってくれているのではなくて、小泉首相が死守しようとしている日米同盟が守ってくれているのです。軍事力はいけない。そう言いながら、いざとなったときにF15を想起する。Samsoさんは層ではないと思いますが、このあたりの滑稽さには同意されますね?

>小泉さんが指揮官である軍隊で戦いたいですか?私はどんなことがあっても戦闘要員にだけはなりたくないですね。仮に中国軍が攻めてきたとしても逃げるか白旗を揚げて待っているだけ。戦うぐらいだったら、死んでも構わない。ですから、好戦的な人たちがいくら挑発してきても平気です。

なるほど、samsoさんの見解は尊重いたします、しかしそれはあなた個人だからそんな自由もっと言えば勝手な事が言えるのですよ。これが政治家だとしましょう。ある政治家が、有事が起こった際は国民の皆さんその場で白旗をあげて死んでください。私はこれを日本国家の政策とします。samsoさんはその政治家に投票するかもしれません。が、果たして彼は当選するでしょうか?
要するに、戦争になれば国民全員死んでも良いという国策です。ここに国益なぞ微塵もない、そもそも国家というのは国民がいないと成り立たない。あなたは国とか日本人の生命財産の保護ということにたいしてどのように考えられているのですか?

投稿者 ken [TypeKey Profile Page] : 2005年06月19日 08:36

samsoさんの支持する政策にもっとも近いものは日本共産党でしょう、その次に社民党が近い。
どちらの党も選挙結果を見る限り、日本国民には支持されていないようです。

投稿者 ken [TypeKey Profile Page] : 2005年06月19日 08:48

中国のチベット侵攻というのは、現在の国際社会がけして仲良しゲームではないことがとてもよくわかる問題です。
samsoさんはこのことをまったく知らないようでしたが、これはなぜかというと、日本のマスコミがまったく報道しないからです。なぜ報道しないかというと、中国の「ひとつの中国政策」について干渉するなという協定に同意しているからです。実際は北朝鮮と同じレベルで国際機関からかなりの批判をあびていますが、国際社会は見てみぬふりです。完全に見捨てています。日本も見捨てています。ダライラマが訪日しても、普通に暮らしていればまったく知る事はありません。これは中国の圧力です。

投稿者 ken [TypeKey Profile Page] : 2005年06月19日 09:13

みんな本当に中国の話するのが好きなんだね。靖国なんかどうでもいいんだね。馬鹿馬鹿しい。政教分離に思いっきり反する内政問題って言い方も大笑いだけど、その問題の話をするやつがいないってのも笑うしかないよ。
まぁ、小泉はあからさまに靖国の中身を無視してるからねぇ。参拝するって形だけを重視してて、神道なんかどうでもいいんだってメッセージまで出しつづけてるわけで。中国韓国を挑発するのだけが目的に見えるし、だからみんなそういう話になっちゃうんだろうけどさ。それってありなわけ?

投稿者 れんじ [TypeKey Profile Page] : 2005年06月19日 12:28

私には支持政党はありませんが、日本版「ポリティカルコンパス」でチェックしてみたら、「リベラル左派」と分類されました。
内田さんが『「強力な悪がどこかに局在していて、世界中の出来事をコントロールしている」という考え方をする人間は、たとえ老人であっても「子ども」だ』とおっしゃってますね。内田さんの論理はよく分かります。
kenさんの論理はいくら書いていただいても理解できないですね。私が論理的でないからでしょ。もうお答えいただくなくて結構ですよ。

投稿者 samso [TypeKey Profile Page] : 2005年06月19日 12:52

samsoさん
先に書いた僕のコメント、そりゃぁもぉ、目の奥に熱を感じるくらい、心臓の鼓動が耳元に届くくらいに、だいぶ興奮して書いておりましたので、話し半分で読んで頂けると幸いです。
ケンさん
僕も長すぎたけど、ケンさん、いつもコメント長すぎぃ!誰も読んでくれないですよ。それに「私が結構ひつこいのは」なんて書いて、僕は胸がキュンとしていますけど、きっと「脇があまい」とか言われちゃいますよ。

投稿者 H.Yoshida [TypeKey Profile Page] : 2005年06月19日 15:33

>samosoさん

少なくとも私は
「相手国に対して常に友好国だったのに、その国と紛争になったとか戦争になったというような例をGOOGLENEWSで見つけることができますか?あったら、教えてください。」
というあなたの論理であろう質問に基づいて、中国のチベット侵攻というのがわかりやすいと例示させていただきました。

これは別段私の論理などではなく、「事実」です。
きちんとサイトを検索してご自分で調べられましたか?教えてくださいということなので、倫理的な義務を果たしたと思っています。それとも教えてください、というのは、どうせないので、教えれるものなら教えてみろ的なただの方便で、知らないことがあるのなら、ちゃんと事実を学ぶという姿勢は放棄しているのでしょうか?私の論理はいくら書いてもらっても理解できない、もう結構です、というように切り捨てるのは、聞きたくないものは聞きたくないというように受け取れます。このような事実を差し出されたときに、ただただ拒絶するのは宗教的態度です。

健康オタクが「健康のためには死んでもいい。」こういう笑い話もありますね。本末転倒です。
友好のためなら死んでもいい。本来なら友好は国益のためにやる外交の態度なのですが、友好が目的化してしまい国益などどうでもよくなってしまっている。友好原理主義者の登場です。

投稿者 ken [TypeKey Profile Page] : 2005年06月19日 15:39

>H.Yoshidaさん
別段あなたには読んでもらわなくて結構ですよ。ほんとに。
文章が長いか短いかなんて相対的なものですね。なにが脇が甘いのか意味不明なのですが、まあどうでもよいです。

投稿者 ken [TypeKey Profile Page] : 2005年06月19日 15:42

samso様

遅ればせながら。
samsoさんの書き込みを読み、正直驚きを禁じえません。
というより、あっけにとられた、あいた口がふさがらない、という感じです。
まあ、相当に感情的に発言されているのでしょうが。

かりにもインターネットという、不特定多数が閲覧する可能性のあるメディアで、まともな知性を持った大人が発言すべき内容ではないのでは?

実際、内田先生のblogは大変有名ですし、書き込みしている人の数倍、数十倍に方々が読んでいることでしょう。中には外国人も。

>GOOGLENEWS英語版に毎日というほど載っているというどの紛争や戦争が日本に関係があるんですか?

このように仰っています。今時、中学生のほうがもっと気の利いた発言するのではないですか?

社会を運営していく上で、相手の立場にたって考えるという「想像力」を豊かにすることは、大事なことでしょう。
高級な言葉で言えば「入れ替え可能性」とも言えましょうか。
今、日本にいて、エアコンをかけながら、ブロードバンドを使って、紛争の絶えない国政情勢に思いを馳せる・・・。あるいは、凄惨な歴史を刻む日中関係を考える。
しかし、ともするとその「私」が紛争の当事者になるかもしれない・・。中国人の弾劾の対象になるかもしれない。

という想像力を働かせられない人は(当然程度の差はあるでしょうが)、社会を運営していく一員として信用できません。
少なくとも私はそんな人と「友好関係」など絶対に結びたくない。なぜなら、結局その人は自分のことしか考えられないのだから・・。


内田先生も「発言を外国語に訳すと」、その人の国際感覚がわかると述べられていました。
この法則にのっとると、samsoさんには大事な国際感覚が完全に欠落しているのでは。

それとも、「自分は金満日本の勝ち組」と見切って、偽悪的に振舞っているのかな。

samsoさんのサイトも拝見しました。国内政治、国際情勢などに精力的に発言なさっています。
上海に住んでおられたようですね。プライベートはともかく。

このように仰っています。
>「中国の潜水艦が侵犯しているのに、まったくその緊張というのは感じないのでしょうか?」感じませんが

「安全」という、相当なコストのかかる国家サービスを上海で受益しながら、よほどのうのうと暮らしていたとしか考えられません。
親の愛情を知らず反抗する中学男子並です。


さらに下記のような発言も。

>小泉さんが指揮官である軍隊で戦いたいですか?私はどんなことがあっても戦闘要員にだけはなりたくないですね
>白旗を揚げて待っているだけ

私も戦闘要員はいやです。
でも、自分の家族が殺されたら?
自分の愛する郷土が蹂躙されたら?
現在のアジア情勢を考えたら、想像を絶する仮定ではないですよ。
少なくとも20代の私が生きる残りの人生の年数を考えたら、完全に「想定内」です。

投稿者 さくら [TypeKey Profile Page] : 2005年06月19日 15:56

おいおい、みなさん、とりあえずここは内田先生のブログですよ。
議論ならまだしも、ケンカはよそでやったほうがいいと思います。
外野が失礼しました。

投稿者 みょみょみょ~ [TypeKey Profile Page] : 2005年06月19日 22:37

>みょみょみょ~さん

そろそろ言わないといけないなと多くの人が思っていたであろうことを言っていただいて、ありがとうございます。
他人のブログであるということがだいぶ忘れられてしまってますね。

誰かの発言の引用
>別段あなたには読んでもらわなくて結構ですよ。ほんとに。
他人のブログでこういう発言はやめましょう。ほんとに(自戒込み)。コメント欄だって内田先生のブログの一部ではあるんですから。

>議論ならまだしも、ケンカはよそでやったほうがいいと思います。
「ケンカではなく、あくまで議論のつもりだ」みたいに反論されて、さらに長引くのもつまらないと思いますので、
ケンカか議論かといった水準とは関係なく、①内田先生のエントリーの内容との関係性が一定以下に薄れてきていること、②(頻度と一回あたりの分量を総合して)発言の量が、他人のブログへの(かつブログ主が議論に加わっていない場合の)コメントとしては相当性を欠くこと
などから考えて、活発に議論されている方のうちどなたかのブログなりに場を移して(もしやりたいなら)継続すべきである、と補足しておきます。

投稿者 K [TypeKey Profile Page] : 2005年06月19日 23:34

国際情勢も先行きが見えず、たいへん不安ですし、人間関係もそんなに容易でないことはここ最近のやりとりを見ていれば何となくですがわかります。何で人間関係って難しいんでしょ? まあでも、もし戦争が起こった場合、もし万一不幸にも戦争が勃発した場合、とりあえずケンさんの指揮する軍艦に乗り込むことだけはどんなことがあっても避けよう、というのがここ数日の僕なりの結論です。(ああ、ケンさん、ごめんなさい!ホント! ご迷惑だとは思いますが、心の奥底ではケンさんのこと応援してます…)

投稿者 H.Yoshida [TypeKey Profile Page] : 2005年06月20日 02:36

>Kさん
ありがとうございます。
まずご指摘の発言引用部分は私ですが、明らかに挑発的なレスに売り言葉に買い言葉で乗ってしまったのは大人げなく、反省すべき点だと思います。私も投稿してしまってから、やはりやめておけばよかったと実際感じました。
一方、私は基本的には内田テキストにそって議論しているつもりだったのですが、どうもその解釈に反発される方がいられるようで、KENさんこれについて答えてください、とコメントされる方が複数おられました。私はそれに答えただけなのですが、やはり、あなたのおっしゃるように、本論との議論が発散しすぎるので、このあたりのことは自重しようと指摘しておくべきでした。
わたしはケンカ越しでなければいくらでも議論は積み重ねるのは他人のBLOGであれかまわない、もっともこれはサーバーのリソースおよびBLOG主の主観に拠るところは当然ですが、けして今回の喧々囂々の議論、なかばケンカ腰というのは非難されるだけのものではなかったと信じています。
最後に、「誰かの発言の引用」と私を明らかに名指ししているのにもかかわらず、名前を伏せたというのは、おそらく、できればコメントを返さないでほしいというような無意識も働いたと想像しますが、それならば、最初から文章自体を引用すべきではないと思います。さらにその、ほんとに、という発言の一部を皮肉的に流用する。これは挑発的態度であり、あなたが非難する大人げない態度そのものなのです。以上、非難する立場のものは、その自らの態度に整合性がもとめられると当たり前のことを指摘させていただいて終わります。

投稿者 ken [TypeKey Profile Page] : 2005年06月20日 02:44

>Yoshidaさん、

繰り返しますが、私は軍事力、全肯定論者ではありませんし、好戦的でもありません。これははっきりさせておきたいと思います。
むしろ、そのあなたのおっしゃる人間関係という部分において、とても重要だと思うのですが、なぜあなたを含め複数のひとが私の議論をみて、わたしが好戦的だと感じるのか?ということです。私はプラグマティストです。現実の状況をなるだけ客観的に観察して、合理的な対応をすることを至上命題とするように心がけています。これは私のバックグラウンドが理系、科学だということもありますが、現実社会に対応するに当たってこの科学的手法は非常に強力なツールであります。
あえていうならば、世の中はラフでタフである、強くなければ生き残れない、自ら他人を傷つけるのは問題外であるとしても、最低限の自衛能力は必要不可欠である。という単純な論理を表明しているにすぎません。この自衛権というのは、個人にも当然認められています。警察というものがあります。彼らは警棒、銃を携帯しています。なにも無批判に暴力を肯定していないが、自衛能力の確保のために武器を携帯しているのです。もちろんこの考え方を常にドグマとしてしまうと、いくらでも不当に拡大解釈できてしまい歯止めが利かなくなるので「注意」が必要です。
さて、よく朝日新聞等で見られる文句「軍靴の音が聞こえてくる」、あなたのいう戦艦、またはsamosoさんのいう、小泉指揮官、同じような、軍事力、軍隊を拒絶するという感情の表明だと思いますが、非常に画一的で硬直した発想です。自分のいうことを効かない人はこの軍事力一辺倒の考え方を支持しているに違いない、という考え方が裏にあるからです。宗教でもそうです。このドグマを信仰しないものは悪魔の手先である。地獄に落ちる。二言論であり、その枠組み、実は非常に狭量な視野なのですが、それ以外のグレーゾーンが現実に存在するとは全く考えない。0か1かしか考えられえないのです。

投稿者 ken [TypeKey Profile Page] : 2005年06月20日 02:58

つまり、その1にたいして「危険だ。これは批判してもしすぎることはない、絶対にその1にならないようにカウンタパートの0をぶつけてやる」、社会全体としては、まあ健全です。そういういろんな意見の人がいてバランスが取れるのでしょう。しかし、実は1一色でも世界は不幸になりますが、0一色でも世界が不幸になるとは考えることができていないのです。
彼、彼女は0支持者であり、0以外のものは全部1に帰結するものだと信じている。世界を悪と混沌に導き平和を乱すと思っている。現実には1と0の微妙なスイートスポットにおいて平衡が保たれ平和、もっと国際外交戦略的にいえば、安定が保たれのが現実なのですが、0原理主義のひとはこのパワーバランスという概念が一切ありません。パワーそのものが悪だと信じています。これは警察官のもつ銃が悪だと思う子供と本質的にはかわりません。

投稿者 ken [TypeKey Profile Page] : 2005年06月20日 03:13

ケンさん
コメントありがとうございます。でも、ケンさんが好戦的で、軍事力肯定派なんて、知らなかったですし、思ってもなかったですよ。まあ僕はあんまりケンさんのお考えに興味があるというよりも、むしろそのお人柄に惹かれている口なので、正直あんまりよくわかりません! とにかくこれからも勉強の方、頑張ってください!(あっ、でも追記がちょっと多いかも!)

投稿者 H.Yoshida [TypeKey Profile Page] : 2005年06月20日 03:16

ボトムラインとして、複数のひとが私が好戦的軍事力至上主義だと、おそらくそう思ってるいるのが理由で感情的に質問などをぶつけてくるのかという理由を想像すると、彼らは彼らの信念に同調しない私のような論者は「1の権化」であると考えているからでしょう。いわゆる聖書を信じないものは地獄に落ちろです。

さて、なんで私がここまで心理状態を他人のことなのによくわかっているつもりで論じているのかというと、私が昔そうだったからです。私もただただ軍事力に関しては反対すれば、それが平和につながるものだと無批判に信じていました。ちょっとでも軍事力にたいして肯定的な人を見ると、「この人は自分の言ってる事がいかに危険なのかわかっていない、全力を持っていかに軍事力が危険なのか教えてやりたい」と思っていました。今はそういうナイーブな見方からは脱却できたと思います。

また自分の考えをだらだら書いてしまいました。

投稿者 ken [TypeKey Profile Page] : 2005年06月20日 03:24

>kenさん

>非難する立場のものは、その自らの態度に整合性がもとめられると当たり前のこと
これはまあいいでしょう、単なる一般論ですし。
しかし、
>これは挑発的態度であり、あなたが非難する大人げない態度そのものなのです。
これは違いますね。

私は、前のコメント中で大人げない態度などを問題にしてはいなかったはずです。
「議論かケンカかといった水準とは関係なく」と書きましたように、コメントの応酬の性格に関しては判断の基礎にしていません。
ただその中身が元のエントリーから離れてきていること(kenさんも一部認めておられるように)、及び特定人によるコメントの分量が多くなりすぎていることのみから、これは他人のブログのコメント欄の使い方として相当性を欠いているだろうと判断し、ご自分のブログなり(とにかく違う場所)に誘導すべきだと述べたに過ぎません。

繰り返して申し訳ないですが、つまり
挑発的な態度がいけないとか、大人げない態度がいけないとか、そういう事は言っていないのです。

kenさんが、皮肉られたから嫌な思いをしたよーというのはわかりましたので、ごめんねと謝らせていただきますが、私の態度に整合性が無いというのは失当だと思いますよ。

あと引用の意図についてですが、
ブログは基本的にブログ主個人のものだということを忘れている良い例だと思ったので、引かせてもらいました。
名前を伏せたのは、このエントリーに何度も書き込みを人には多かれ少なかれそのような傾向が(私も含めて)見られたため、kenさん個人を非難することなく、みんなに反省を促そうとしたためです。自戒込み、というのはそういう意味ですがわかっていただけましたか?

主張の当否なんか問題じゃなくて、他人の場所の使い方としてはちょっと妥当性を欠いたんじゃない?というのが、私の言いたいことです。
私のこの書き込み自体、まさにその妥当性を欠くものですね。
ですから、こうやってみなさんにご協力を呼びかけたことを持ちまして、このエントリーでの書き込みを終了します。

この後に気に入らないコメントが続いたとしても、「はあ、わかってもらえませんでしたか」と残念がりはしますが、反応はしません。

今後書き込みをするときは、このエントリーでの反省を忘れないようにしたいですね。それでは。

投稿者 K [TypeKey Profile Page] : 2005年06月20日 18:41

まだ続いてたのか!

>わたしはケンカ越しでなければいくらでも議論は積み重ねるのは他人のBLOGであれかまわない

このブログにおいて、内田先生はご自分の名前と勤務先などもろもろの個人情報を公表した上で、ときには私生活のことなども語っておられます。一方で私たちは『みょみょみょ~』なんていういい加減な名を借りて、書き込んでるわけです。
今までのコメントを見ていると、私は私はという発言が多いように思います。しかし、ネット上で、「私は~であって、あんたは誤解してるよ」なんて語るなら、ご自分の本名でもさらすくらい責任感を持ってからにして欲しいと正直思います。
はっきりいって、読み手は『あなた自身そのもの』のことなんかわかるわけないし、どうでもいいのです。
いい加減な名前で書き込んでいる時点で私は、ネットで私の書き込みを読む人にとって、それ自体では何の説得力ももたないその他大勢のうちの一人に過ぎないでしょう。
いい加減な名前を名乗ること自体は悪いことではないと思いますが、いい加減な名前の私が、世間に認められようとするのはちょっとおかしいとおもいませんか?
もちろん、内田先生もご自身の発言に責任を持たないといけないのは当然ですが、限度を超えているといわざるを得ません。
ここは著名人のブログです。内田先生の本に、もしみなさんの書き込みが掲載されるというのであれば、みなさんの発言の仕方は変わるのでしょうか?ならば、ブログでも同じように書き込みをしなければいけません。
このブログではじめて内田先生のことを知った人が、「内田樹の読者ってこんなやつばっかりか」なんて、思われないようにするのが、最低限のマナーだと思います。

ここに書き込みをしているなかで一番文章がへたくそで頭の悪そうな私がえらそうに言ってしまいました。みなさんの書き込みはすごいなーとは思うのですが、ちょっと場違いだと思っただけですので、どうかお気を悪くなさらないでください。

投稿者 みょみょみょ~ [TypeKey Profile Page] : 2005年06月20日 19:43

>みょみょみょーさん、
別に本名もBLOGも公開しても差し障りはないですよ。本に載ろうが新聞に載ろうがどこへ行っても同じことを私は言うと思います。

私個人のBLOGは一応ありますが、直近のエントリでは印象派がどうのこうの最先端は気持ちいいだのどうでも良いことばかり書いている時事評論はむしろしないと決めてかかっているまったく更新もしないBLOGなので、ここにリンクする必然性を感じませんでした。
よくわからないのですが、あるテーマにそってを議論をするときに、「自分のBLOG」を公開することは必要ですか?別に本名を出しても構いませんが、出して何か変わりますか?
おそらく自分の発言については最後っぺをかまして逃げるようなまねができないように、リアルな現実社会で責任を取るだけの覚悟を持ってほしいとおっしゃりたいのだと思います。
私の基本姿勢としては、テキストの上で十分決着がつくのなら、それを発言している人間が何者かは関係が無いと思います。これは詭弁論法においてもあるのですが、これはAという人間が発言しているから信用できるし正しいに違いない。Bはななしなので信用できないで間違っているに違いない。極論すればこういうことです。こういうのを権威主義といいます。アムウェイとかのネットワークビジネスの売り込みで、これは京都大学の先生がこのようにして認めておられると新聞の切り抜きを見せられたりします。ほうーと、一応言ってあげますが、私はああ権威主義について無批判だなあと、免疫があるのでだまされることはありません。
私は自分の議論は主張したいですが、なにも私自身を主張したいのではありません。感情的な反発に答えるために、なぜそういう考えにいたったかか個人的経緯を示すことはありますが、それは議論をたてるためであり、別に人格を認めろとかそういう意図はないです。
とおりすがりの人間が、あるBLOGのテキストをトリガーとして自分の認識している世界や考え方について語る、そこで完結してもなんの問題もないはずですが、そいつが誰かってことはそんなに気になりますか?名前は岡部です、年は30台前半で、ととつとつと自己紹介して、文章の説得力は変わってきますか?あなたがおっしゃるように、しょせんどうでもよいファクターだと思います。
私も先生のいうことは信用できるな、なぜなら頭でっかちの哲学者文学者ではなくて、からだと精神に向き合う武道をやっているから、とそういう考え方をしたりしますが、誰が書いたテキストであっても批判的に読む事は心がけています。内田先生のテキストは信用できる、完璧だ、批判するところはあるはずがない、一方名無しの言う事などどうでもいい。わかりますか?権威主義です。これがもっとすすめば信仰になっていきます。最初の靖国のエントリでも、ああここの人たちはどうせ内田先生のおっしゃるとおりですみたいなコメントばかりで、誰も反論しないだろうから自分が「あえて」反対意見を出しておくか、みたいな軽い気持ちでした。いえまったく悪い気などしていませんが、思うところはあるのでまた場違いだと叱咤されるかもしれませんが長文を書いてしまいました。

投稿者 ken [TypeKey Profile Page] : 2005年06月21日 03:00

>KENさん

レスありがとうございます。
私がいいたかったのは、名前で変わる「説得力」の問題ではありません。またしてもエラそうにいうならば名前によって引き出せるかもしれない「議論の水準」のようなものです。稚拙な文章で申し訳ありませんでした。
ここで展開されているのは、与えられた問題に関してお互いの意見や知識を出し合って解決していこうとする生産的な議論ではないと思います。特に後半は、各人が自分の持論を持ってきて正当化して、説得しようとする文章の応酬です。はたから見ていると、他人のどうでもいいような発言に反応して、肝心の本人が本当に言いたいことはなんなのかを知ろうとする想像力に欠け、結果的に自己正当化することに終始していると思います。少なくとも、新たな解決策や側面が掘り下げられたとはいえません。
その危うさはすでに内田先生がこの文章の冒頭で指摘していたことだと思います。

>「興味がない」のは、おそらく靖国参拝賛成派の方も反対派の方も「小泉が何を考えているか、私にはわかっている」と思っているからである。参拝反対派の方の中には「小泉首相が何を考えているか、わからない」と率直に言う方もある。けれどもそれに「わかりたい」という言葉は続かない。私はそういう態度はいささか危険ではないかと思う。

自己正当化に終始する以上は、内田先生のブログで書き込みする必要があるとは思えません。
また、放置プレイというテクニックを2ちゃんねるの住民に学ぶ必要があると思います。

なんか、言葉にするとすごくきついですね。ごめんなさい。ネットのコミュニケーションは難しいですね。オフ会でもしますか!
OVNIというサイトの掲示板ではそこの住民たちが集まって、OVNIの掲示板住民のための掲示板を立ち上げています。今後も、レスが頻繁にこんな脱線をしてしまうのであれば、この機会にメタ掲示板を作っちゃうほうがいいかもしれませんね。そしたら、もっとのびのびと議論できるかもしれません。ここは一日カウンタが8000回転以上するブログですから、書き込みを遠慮している人は多いと思います。
でしゃばりすぎました。失礼します。

投稿者 みょみょみょ~ [TypeKey Profile Page] : 2005年06月21日 09:16

ありがとうございます。

>「興味がない」のは、おそらく靖国参拝賛成派の方も反対派の方も「小泉が何を考えているか、私にはわかっている」と思っているからである。参拝反対派の方の中には「小泉首相が何を考えているか、わからない」と率直に言う方もある。けれどもそれに「わかりたい」という言葉は続かない。私はそういう態度はいささか危険ではないかと思う。

これ、私も書こうかなと思っていたのですが、秀逸ですね。この態度はさすがだと思いました。先生は最初の論考で、彼は説明責任を果たしていないので支持する旨はないというようなことを書いておられました。そして、その段階では感情論と国益を比較して、他の靖国参拝賛成論者と同様、小泉首相の政治判断にしてもその感情論がより所のひとつではないかと警戒感を示されていると私は読解しています。少なくともそういうトーンは論考から伝わってきます。私は、ちょっと違うな感情論ではなくて、国益、ビジネスマインドで十分靖国参拝というのは説明がつくので私は参拝を支持しますと、最初にコメントしました。
ここで、先生が指摘されたように、他の小泉反対派、参拝反対派の方々は、支持しない、なぜなら小泉だから、感情論では損失になるにきまっているからというような感じで結論さきにありき、みょみょみょーさんのおっしゃるところの自己正当化を否めない議論をされていると、すくなくとも私は感じました。
内田先生も同じように感じられ、わからにないのではなくて、最初からわかろうとしていないだろ君たち。とその態度の危うさを指摘されたのだと思います。
先生自身が彼は説明責任を果たしていないじゃないか、と発言されておられますが、実はご自分もその後に、わからないということをもって不支持の正当化しているのではないか、その後に自分はその合理性について掘り下げようとした理解の態度はあっただろうかと、自戒というか、非常にご自分の態度を客観的に考え、次の論考では、小泉首相はこう考えているのではないかと、わかろうとする立場を取られました。
ここに最初に先生が表明された、小泉首相靖国参拝不支持にたいするこだわりはまったくありません。ご自分が先に出された結論を違うものであっても、その結論に執着するあまり、批判を積み重ねるのではなく、合理性の軸にそってたんたんと論を進めておられます。
ここにトラックバックされている「数学屋のめがね」の秀さんとも議論されたのですが、彼のいう論理は、小泉首相は説明責任を果たしていない、ので先生は支持しているという結論には帰着しないというものでした。これは実は、最後には、説明責任にアンバランスなほどこだわっているのは、実は先生ではなくて、秀さん自身だということが明らかになったと私は思っているのですが、要するに、説明責任がないだろう=わかりたくない、ということなのです。またsamsoさんが、KENさんにはいくら説明してもらってもわからないですね。そのようなことをおっしゃられている。私はそれを批判しましたが、これも同じ事です。結論を曲げないためには、いくら事実を提示されても無視してわからないという態度を決め込む必要がある。そういうことです。
このように、このように、いろいろ半ばケンカ腰(一部の敬語さえろくに使えていないひとは除く)ととられかねない議論を続けていると、みょみょみょーさんが指摘されたようなことも見えてきたりします。2,3の議論だけでは、表層的ですが、この数が増えると、その下にある本質、個人の議論にたいするバイアスのかけかた、それに対する気づき、自己批判がどの程度自分でできているのかわかってきます。たまにはこういうのも先生は黙認されると思うのですがいかがでしょうか?

投稿者 ken [TypeKey Profile Page] : 2005年06月21日 13:31

あまり言われないことのような気がするのですが(僕が知らないだけか?)、日米安保条約を認めた上での、あるいはそれに対して積極的に反対しないままでの憲法九条擁護というのは、実質的にはアメリカの世界戦略をほぼ容認することになるわけですよね。(防衛負担の軽減と引き換えに、基地を受け入れ、紛争の中でアメリカを支持するのは日本にとってほぼ義務なわけですから。)内田先生が朝日新聞記者の例で言っておられるように、日本人のアメリカの世界戦略支持というのは、(ほとんどその自覚はないままに)日常の言説の隅々にまで浸透しているといったタイプのもののように思います。表面的な親米、反米というのは、この際あまり関係がないわけです。小泉首相が「中韓の風下に立つくらいなら、アメリカの風下に立ち続ける方が」ましという選択の上にたって靖国参拝を行うのも、冷静な政治判断というよりは、むしろ戦後半世紀以上にわたって日本人が刷り込まれてきた条件反射のようなものに従って行動しているという気がしないでもないです。

(前世紀の)湾岸戦争で日本が戦費を負担したときに、僕はこれで憲法九条は空文化したなと思いました。実際、市民レヴェルで見るかぎり、戦争を支持しそこに加担しているという点において、アメリカ人と日本人との間の違いは実際に思われているよりははるかに小さいのではないかという気がします。自ら銃を持って戦うくらいなら逃げ出したいと願う点においては、アメリカ市民だってわれわれと同じでしょう。それでも、もう少し大きい文脈の中で、自分に火の粉のかからない所で行われる戦争を支持するのにやぶさかではないという点では、彼らもわれわれも同様ではないでしょうか。(ただ部外者でいられるし、恨みをかう恐れが格段に低いという意味で、日本人の心的負担ははるかに軽いわけですが。)

アメリカの「分断統治」というのはアジアに限った話ではなくて、そういう形でアメリカとの関係を深めている国は世界中にあるわけです。そうした国々(日本はその一部です)の金銭的・物質的・人的・政治的協力がなければ、イラク戦争規模の戦争をアメリカが遂行することは、文字通り不可能です。
つまり、「われわれの手は汚れていない」と思うのは間違いだろうと言いたいわけです。(少し前から考えていることですが、平和主義を標榜する人々が「ブッシュ」だの「ネオコン」だのという言葉によって表象させている「悪」というのは、その当のブッシュが「悪」と名づけているものとほとんど同じくらい、実は正体不明のものではないかという気がしています。もちろんホワイトハウスやペンタゴンにはその手のイデオロギーにかけては筋金入りの人々がいるのでしょうが、そういうイデオロギーを生み出し、支えている構造というのは、われわれ普通の市民が普段その自覚もなくなんとなくそれに寄りかかって生きている構造と、そんなにかけ離れてはいないのではないかと……。)

だから、日本人として「平和主義」的な発言をする場合、憲法九条を擁護するだけでは明らかに不十分です。(もちろん、「九条擁護+安保廃棄」なら問題はないわけですが。しかし、だとすれば、それを可能にするのは何か。)それよりもはるかに有効なのは、たとえばイラクから軍隊を引き揚げるといった具体的な行為、つまり「旗を降ろす」、世界に対して「降ろした旗を見せる」ことです。これは昨年スペインがしたことです。スペインほどの規模の国がこうした態度を明瞭に示すことの意味は重要なわけで、これはEUというもう一つの枠組みがあったからこそ出来たことでしょう。残念ながら、われわれはそれに相当するものをまだ持っていません。


日本がアメリカとの蜜月関係を離れて、アジアという「隣の他者」と向き合う、アジア・ブロックの形成に積極的に関わっていくという筋書きは、少なくとも当面は「ない」という感じは否めませんが、これを難しくしているのは日本人がこれまで築いてきたアメリカとの関係の深さを自ら測りかねているからではないでしょうか。長年連れ添った夫婦がなかなか離婚に踏み切れないのは、比較計量的な判断に基づいてというよりは、「離婚後」の生活というのが想像力の限界を超えているからでしょう。僕はそういうメンタリティーの問題のような気がします。

自分たちがアメリカの軍事力の傘の下に生きているという事実に無自覚なままに理想主義的な世界像を描くことはもちろんナイーヴにすぎると思うのですが、その危険に満ちた現実自体が、われわれが生きている(日米同盟のような)構造によって作り出されているという面も当然あるわけです。たとえば、今のような北朝鮮という国が、アメリカのアジアにおける「プレゼンス」なしにありえたかどうか(もちろん共産主義国家は存在したでしょうが、それは「今のような」ものだったか)。つまり、危険から身を守ることが、新たな危険を作ることでもあるわけで、これは悪循環です。このままこの悪循環の車を押しつづけるわけにはいかない。

だから、日本の「国益」は、長期的に見ればアジア・ブロックの建設にあるのは疑いえないとして、そのようなパラダイム転換を可能にする布石と言う意味で、僕は、靖国参拝には反対、憲法改正にはどちらかというと賛成です。

もちろんその間も必要悪というか、安全策として、アメリカとの同盟関係を保ちつづけるという選択は「あり」だと思います。日本はアメリカのアジアにおける重要な足場を奪いうるという意味で、弱みを握っているのでもあるわけだから。アジアとの関係の緊密化と日米同盟というのは、KENさんがおっしゃるように究極的には両立し得ない選択ですが、態度決定を曖昧にして本来両立し得ないものの間を揺れ動くというのは、外交の場面では普通に起こることでしょう。問題は日本が自分の外交上の位置をいかに相対化しうるかということではないでしょうか。時が昭和であればそのようなことは考えられなかったでしょうが、今はだいぶ状況が変わってきていると思います。繰り返しになりますが、要はメンタリティーの問題ではないかと。


というわけで漫然と私見を書かせていただきましたが、当然反論していただいても結構です。ただ、論争に入る気はないので、こちらからの再反論はありません。

投稿者 petitM [TypeKey Profile Page] : 2005年06月23日 06:55

たいへん示唆に富む見解だと思います。
まず、長期的に見ればアジア・ブロックの建設が日本の国益になるという点ですが、これは正直私にはどうなのかわかりません。私は前に私見を述べたように、超長期的には全世界統一政府の樹立へ向かってのベクトルは歴史的には存在するという観点ではある意味同意ですが、現在の短期的な政治判断として、パラダイム変換を論じるにはいささか急だとも思います。ほとんどすべてのゲームにおいてそうですが、場面が大きく転換するときには、必ず拮抗状態があると思います。一方が戦局が安定していない場面で、一方的に転換させようとすると、petitMさんがおっしゃるところの「必要悪というか、安全策」という要素が不安定になると思います。現在の日中関係はそういう布石を置くという余裕があるのかどうか?相手の論理にYESと言い続けることが本質的にブロックの形成に建設的であるのかどうか?とか憂慮すべき点は多いと思います。現在日本がアメリカの論理にYESと言い続けているのは、アメリカの力の傘の下における戦後日本の大いなる発展という歴史的事実による信用、安心感のようなものがあるからだと思います。うまくいっている夫婦が離婚する理由はなんでしょうか?再婚相手は自国の利益のために日本から搾取する態度ではなくて、互いに繁栄しよう、という考えであるという担保はあるのでしょうか?このあたり、長年のパートナーと決別するには、相当程度の理由が必要だと思います。

これも含めメンタリティ-の問題、これは当然あると思います。態度決定を曖昧にして本来両立し得ないものの間を揺れ動く、これは本来日本人の得意技ですが、皮肉なことに中韓の国民はこのあいまいな姿勢を日本の悪いところだと批判しています。発言と態度に整合性がない、裏で何を考えているのか推し量れないと。これは内田先生もBLOGで以前指摘されたように記憶しております。小泉首相も公には個人の精神論を表明しているが、実際はそうではない、このあたり説明責任を果たしていないように捉えられている。実際、靖国参拝をするかしないか?と記者、野党に問われれば、「そのときになれば総合的に判断する」と、その時点においては、態度決定の保留を表明して矛先をかわそうとしています。しかし現実にはまたこれが内外に批判されるところとなる。彼が「何をやっても批判される!」と言っているのはやはりそうだなあと感じます。

投稿者 ken [TypeKey Profile Page] : 2005年06月23日 08:32

http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn/20050622/20050622-00000057-jnn-pol.html

靖国めぐり首相と岡田代表が論戦


とてもUpToDateなので貼っておきます。ここの議論の推移の予習がある我々にとっては非常に参考になると思います。

投稿者 ken [TypeKey Profile Page] : 2005年06月23日 09:20

投稿者 ken [TypeKey Profile Page] : 2005年06月23日 09:45

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