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2004年06月29日

福音主義と靖国の祭神

大学院ゼミは「アメリカの宗教」
おもに福音主義の歴史的展開と、それがアメリカの政治的エートスに与えた影響についてディスカッションする。
私のネタはほとんどがリチャード・ホーフスタッターの『アメリカの反知性主義』の第二部からの受け売りである。
この話はこのホームページ日記に一度書いたことがあるけれど、なかなか興味深い話であるので、しつこくもう一度採録しておく。

『アメリカの反知性主義』第三章・「福音主義の歴史」はアメリカにおけるプロテスタント諸派の独特な宣教活動について貴重なことを教えてくれる。

高校の世界史ではぜんぜん習わなかったことなので、諸賢のために、ここに概略を記す。

アメリカン・ピューリタンの第一世代には多くの知識人が含まれていた。

彼らは切り開いた開拓地のはずれでまだ狼の遠吠えが消えないうちから、すでに大学を作り、アリストテレスやホラティウスやヘブライ語を教え始めた。

ハーヴァード大学の初期の卒業生の50%はそのまま牧師になった。

しかし、1720年に「大覚醒運動」が起こり、「学識ある牧師」にかわって、無学だが宗教的熱情に駆られた人々が宣教の前衛となる。

ウィリアム・テネントという長老派の牧師は熱情的に開拓地を遍歴して、ほとんど文化的な要素のない生活をしている開拓民たちに魂の救済を熱狂的に説いた。

テネントは説教のときに絶叫し、野獣のような怒声を上げ、夜の雪の中を発作的にのたうちまわり、それを見に集まった数千の会衆たちは狂乱状態のうちに「霊的再生」を経験したのである。

こうしてピューリタンの時代が終わり、福音主義の時代が始まる。

大覚醒運動は南部西部のフロンティアにおいて、「より原始的で、より感情的な恍惚感を強調するものに変わっていった。学識のない説教師が増え、回心の手段として、肉体的反応をあまり抑制しなくなった。つまり平伏する、痙攣する、吠えるといった動作がひんぱんにみられるようになる。」(66頁)

彼らは「ますます増えて行く、教会をもたない非宗教的な人々、教会で聖化されない『結婚』と節度のない生活、過度の飲酒、野蛮な喧嘩」と戦い、開拓民の魂を浄化する必要があったのだから、ある程度フィジカルにインパクトがある説教態度をとったことはやむをえない。

巡回説教師たちがいなければ開拓時代の「流動性の高い会衆を回心させること」は不可能だった。 (だから『ペイル・ライダー』のクリント・イーストウッドが牧師なのに気楽に銃をぶっぱなして悪漢たちを殺してしまうのは福音主義の宣教師の伝統からすれば、それほど異常なことではなかったのだ)。

福音主義の宣教師に求められたのは、なによりも会衆をひきつける話術とパフォーマンスだった。

「スター説教師」たちが続々と生まれる。チャールズ・フィニー、ドワイト・L・ムーディ、ビリー・サンディ、ビリー・グラハムと続く系譜がそれである。

フィニーは1820-30年代に活躍した説教師だが、その武器は「鋭くみつめられるとしびれるような、強烈で狂気をおびた預言者の目」であった。会衆たちは彼の説教を聴くと「椅子から転げ落ち、慈悲を求めて叫び、ひざまずき、ひれ伏した」。

もっとも活動的だったのは初期メソディストの巡回牧師たちであった(すさまじい嵐の夜には「こんな夜に外にいるのは鴉かメソディストの説教師くらいだ」という言い方があるくらいに彼らは不撓不屈であった)。

1775年に3000人だったメソディストはその80年後に信徒150万の大会派になったが、その成功をもたらしたのは何千人もの無学だが宗教的熱情あふれる牧師たちの献身的な布教活動だった。「だが、そのうち一般的な英語教育以上の教育を受けているのは、おそらく五十人もいないだろう。その教育すら受けていない者も多い。まして神学校や聖書研究所で訓練を受けたものなどひとりもいまい」とあるメソディストの牧師は誇らかに語っている。

このあとにドワイト・L・ムーディが登場する。

靴の卸業者として成功したあと、ビジネスから宣教活動にシフトしたこの人物は1873年にイギリスで活動を行い250万人を動員し、帰国と同時に名声の絶頂を迎えた。彼は無学で「彼の説教を批判する者たちがずっと言い続けていたように、文法すら知らなかった」。しかし、一分間220語語るそのすさまじい早口と大音量の説教で、巨大な会堂の聴衆を一挙に救済に導く技術においてこの時代最高のパフォーマーであった。

ムーディは「聖書以外には一冊の本も読まない」と広言してはばからなかった。学問は霊の人の敵であり、「知識なき情熱は情熱なき知識にまさる」というのがムーディの一貫した立場だった。

けれどムーディはもうテネントのように転げ回ったり咆哮したりはしなかった。かれはばりっとしたスーツで登壇し、まるで有能なビジネスマンのようにまくしたてたのである。

ムーディに続くのが19世紀末から1935年にかけて圧倒的なポピュラリティを獲得し(1914年に『アメリカン・マガジン』で「アメリカでもっとも偉大な人物」投票で第八位になった)たビリー・サンディである。

彼はジャズバンドを引き連れ、ストライプのスーツ、ダイヤのタイピン、ぴかぴかのスパッツで登場して、低俗なレトリックと曲芸あり音楽ありのステージパフォーマンスで会衆を魅了した。

彼の説教はあまりに人が集まったので、既存の教会では対応できず、しばしば「大講堂」が彼の説教のために建設されたほどである。

そうやって大量に回心させた信者から一人当たり「回心料」2ドルを徴収して、ビリー・サンディは大富豪になった・・・

ホーフスタッターの本から福音主義の歴史をながながと採録してきたのはもちろん理由がある。

「トリビアル」な知識を披瀝したいからではない。

私は「関連性のあること」にしか興味がない(@大瀧詠一)

この記述が二カ所で私の「記憶の琴線」に触れたからである。

記憶の片隅を「つんつん」とつつかれのは、ドワイト・L・ムーディが1886年にシカゴに設立した「ムーディ聖書研究所」で学んだひとりの日本人のことを思いだしたからである。

中田重治(1870-1939)が1897年から98年にかけて、ここで学んでいる。

中田は日本ではメソジストの教育を受けたのち渡米し、この聖書研究所でアメリカのコアな福音主義に触れて「回心」を遂げる。帰国したあと、メソジストを離れ、1917年、教会46を擁する「東京宣教会ホーリネス教会」を設立する。

そして連続講演「聖書より見たる日本」を通じて「キリスト再臨と日本とユダヤ人のあいだには特殊な関係があることを発見」し、聖書中に「日いずる国」とか「東」とあるのはすべて「日本」のことであり、日本こそはキリストの再臨とユダヤ民族の回復の鍵を握る「選ばれた民族」であるという理説を発表し、日本における「日猶同祖説」イデオロギーの最初の一歩を踏み出すのである。

「日猶同祖論」といってもみなさんはたぶんご存じないだろうが、「日本人とユダヤ人は同じ歴史的使命を持つ」(極端な場合は、「同じ祖先から由来する」)と説き、大正年間から第二次世界大戦まで、日本の福音主義派のキリスト者、陸海の軍人、外交官、極右の一部に隠然たる勢力をもって伏流していたオカルト・イデオロギーである。

中田重治(中野重治じゃないから、まちがえないでね)は日本民族の使命は、世界に散在するディアスポラのユダヤ人を糾合し、彼らをしてパレスチナの故地に帰還せしめ、そのようにして神の摂理を成就することにあると考えた。

「東より起こる人は向こうところ敵なき勢いで諸国を征服するとあり、東から西へ西へ、大陸に向かつてグングン伸びてゆくことを預言している。大陸にむかつて武力をもつて発展してゆくのである。そして最後に偽キリストに与する王たちを押さえつけるのである。私はいたずらに日本の大陸政策を謳歌するのでもなければ、軍部に媚びるものでもない。これも聖書の光であるから、かく言うのである。肉の考へからして日本が偉いと言うのではない。神の摂理の中にかくなつていると言うのである。神はこの民族をして、その使命を果たさしめようとして、過去2500年間、外敵の侮りを受けることのないようにしたもうた。これみな摂理の中にあつたことで、全能の神がこの日いづる国をして大陸にその手を伸ばさしめんがために、深いみこころの中にかくなしたまうことであると信じている。」(「聖書より見たる日本」、デイヴィッド・グッドマン、宮澤正典、『ユダヤ人陰謀説-日本の中の反ユダヤと親ユダヤ』、講談社、1999年、125頁)

なぜ、このようなオカルト・イデオロギーがそれなりの社会的影響力を持ち得たのかを論じ始めると本を一冊書かないといけないので、ここではこれ以上触れないが、結果的に日本の帝国主義的領土拡大を悲惨な戦争を招来することになった軍国主義イデオロギーの生成に、アメリカの福音主義の「スター説教師」がちょろっと一枚噛んでいたということは記憶しておいてよい歴史的事実であるように思われる。

思い出したもう一つの話も、だいぶ「遠いところ」の出来事だ。

ビリー・サンディは説教のあと「回心した」会衆たちを「審問室」に出頭させ、その「霊的状態」をチェックし、「霊的再生」が果たされたことを確認されると「決心カード」というものを発行した。

回心した諸君がそのあとどんな使命に従事したのか、ホーフスタッターの本には書いていない。

でも、私は回心者の「末路」を別の本で読んだような気がする。

ナンビクラワ族と暮らし始めたレヴィ=ストロースは、彼が来る五年前に同じナンビクラワ族と接したプロテスタントの宣教師たちの話を聞く。

彼らはインディアンと険悪な関係になり、投与したアスピリンで一人のインディアンが死んだあと、ナンビクラワ族の男たちはそれを毒殺されたと思い込んで、復讐を果たした。

六人の伝道団が虐殺されたのである。

レヴィ=ストロースはこの虐殺の加害者であるインディアンたちが「この襲撃の模様を楽しそうに語る」のを聞かされる。

レヴィ=ストロースの証言をそのまま引用しよう。

「私はたくさんの宣教師を知っており、その多くの者が果たした人間的な、あるいは科学的な役割を尊敬している。しかし、1930年ころに、中部マト・グロッソに入り込んでいったアメリカのプロテスタントの宣教団は、特異な種類に属していた。これらの宣教団の人たちは、ネブラスカ州や南北ダコタ州の農家の出であるが、そこで若者は、文字どおり、地獄と、油の煮えたぎる釜への信仰のなかで、育てられるのである。ある者は、保険の契約でもするようなつもりで、宣教師になった。こうして、自分たちの魂の救済については安心してしまった彼らは、それに値するために、もうなにもしなくてよいと考えたのである。職務に従事して出あったさまざまな出来事において、彼らは、反逆的な冷酷さと非人間性を示した。」(『悲しき熱帯』538頁)

手元に原文が見あたらないのだが、川田順造さんが「反逆的な冷酷さ」と訳されたのはもしかするとcruaute revoltane ではないかと推察される。だとすれば、revoltant は「反逆的」ではなく「胸がむかつくような」である。

よほどひどいことをしたのであろう。

レヴィ=ストロースはの虐殺の加害者を「とがめる気にはなれなかった」と書いている。

時代を勘案すると、この宣教団がブラジルの奥地にまで入り込み、そこで「回心」しようとしない原住民に対して「胸のむかつくような残酷さと非人間性」を示して、ついには彼らの憎しみを買って虐殺されるに至った歴程のどこかで、ビリー・サンディが何らかの役割を演じていたと推論することは、それほど当を失してはいないように思われる。

世界の歴史は不思議な「結び目」で繋がっている。

(以上、引用おわり)

今日の脱線で面白かったのは、靖国神社のA級戦犯分祀の話。
日本の神社の主なる宗教的機能は死者たちが生者に災いをなさないように封印する呪鎮にある。
だから平安京に災いをなす菅原道真の悪霊は北野天満宮に祀られ、天皇に叛旗を翻した平将門の悪霊は将門神社に祀られている。
つまり、神社に祀られているものの多くは「悪霊」なのである。(ゴジラの天敵である怪獣アンギラスだって、たしか「バギダラ神社」の祭神「バギダラさま」であった)
ならば、近代以降に建立された神社に祀られるのは、心ならずも横死した死者たちのうちでも、とりわけ甦ってきたらわが国に災禍をもたらす可能性の高い死者たちであるはずである。
靖国神社はもともと戊辰戦争での戦死者を慰霊するために建てられた東京招魂社にはじまる。のちに幕末のペリー浦賀来航以来の政争や内戦で死亡した「国事殉難者」をあわせ祀り、西南戦争以降は外国との戦争での戦死者も祭神とする神社として靖国神社となった。
たしか坂本龍馬や高杉晋作も靖国の祭神のはずである。
靖国神社からA級戦犯を分祀せよという主張があるけれど、これは神社本来の機能を考えたらおかしな話だ。
むしろ、日本に災禍をもたらし(あるいは災厄をもたらした元凶と見なされているせいで)うっかり甦ると「悪霊」になりかねないA級戦犯こそ丁重に祀られるべき死者ではないのか。
分祀するとしたら、それほど戦後日本社会に恨みを抱いていなさそうな坂本龍馬ほかのみなさんを別の神社に移す方が神社の機能としては本道だと思うけれど、なぜかそういうことを主張される方はどこにもおられないようである。

投稿者 uchida : 2004年06月29日 23:05

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’福音主義と靖国の祭神’ from 内田樹の研究室. に納得。 >> 日本の神社の主なる宗教的機能は死者たちが生者に災いをなさないように封印する呪鎮にある。 だから平安京に災いをなす菅原道真の悪霊は ...... [続きを読む]

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コメント

先生の文章を読み、すでにアメリカのキリスト教は変質し終えていたのだなあ…としみじみ。

参考に
米国南部バプテスト連盟は6月15日、年次総会において圧倒的多数の賛成によって、世界バプテスト連盟脱退決定したそうです。世界連盟が「異常で危険な神学」を提唱しており、それはあまりにも自由主義的であることが理由だそうです。自由主義者の分派グループとされている『コーペラティブ・バプテスト・フェローシップ』(CBF)の加盟を世界連盟が認めたことに反発したものとも言われています。(ジミー・カーター元大統領もCBFのメンバー)
したがって、世界連盟への資金提供を中止するそうです。アメリカからの資金援助を必要としている国は、追従することも考えられ…。
南部バプテストはアメリカ・プロテスタント最大の教派で教会数約4万、信徒数1500万5千人。
アメリカのキリスト教はどこまでいってしまうんだろう…。

投稿者 yuko : 2004年06月30日 11:44

ちなみに、ゴジラも大戸島の神社に祭られていました。(呉爾羅神社、お神楽もありました)
バラダギさま(婆羅陀巍様)は大怪獣バランですね。

投稿者 匿名1 : 2004年06月30日 16:12

ゴジラも神社の祭神でしたか。そうか、当然ですよね。

「バラギダさま」は大怪獣バランですか・・・

えっと、バランって、誰でしたっけ?

投稿者 うちだ : 2004年06月30日 23:54

7月のカレンダーを見たら12日に○がしてありました。

投稿者 ととろん : 2004年07月01日 20:56

長谷川伸『日本捕虜志』(中公文庫)を読むと、敵味方共に祀るのが日本の古来からの美風であったとして様々な例を挙げています。戊辰戦争以来、官軍の死者は招魂社を建てて祀ったが、例えば函館五稜郭の賊軍の戦死者の遺骨は捨てておいた。博徒の柳川熊吉というものがあって死体が腐って函館中が迷惑しているのに官軍は何もせず、市民も官軍をはばかっているのを見ちゃいられないと乗り出して遺骨を供養した。彼は逮捕されて刑死しそうになったが官軍の軍監・田島圭蔵が奔走して赦免させたという例を引き、敵味方共に祀る事は乏しくなったとコメントしています。
 敵に対しても礼節を尽くした例を引いて、長谷川は、「かつての日本人はこうだったのである」と記しています。
 横死した魂を鎮めるための供養だけではなく、味方のみを祀るのでもなく、敵も味方も共に供養した事を讃える長谷川の筆は靖国批判となっていると思います。

投稿者 漫望 : 2004年07月02日 22:11

Jれいこと申します。KCの卒業生(ただし食物学科)です。

「アメリカ的キリスト教」は9.11以後その素顔を一層はっきりと現している、との報告があります。
2004年1月に関学で行なわれた、金城学院大の藤井助教授による講演「『アメリカ的キリスト教』の検証」によりますと、人種差別・階級差別・女性差別・同性愛差別の4拍子が、軍国主義と物質主義の土台の上に揃っているのが、「アメリカ的キリスト教」の素顔とのこと。
そしてそれは一部の右派教会のことではなく、主流教会そのものの歴史に根ざすものだ、との考察です。
出典:関西学院大学キリスト教と文化研究センター RCC Newsletter 2004.5 Vol.4
今回、内田先生の「ネタ再録」と上記ニュースレターがぴったりシンクロして手元に入ってきたので、「おおお」と感動しました。

今アメリカは中東(のエネルギー庫)へその支配を広げようとしているだけなんじゃないでしょうか。ピューリタンが大陸を切り拓いていったときと、同じ「ノリ」で。

投稿者 Jれいこ : 2004年07月08日 09:49

今どきの若い者でもないのですが、「周章狼狽」というコトバにこのサイトで生まれて初めて出会って周章狼狽。

日本の帝国主義、軍国主義というコトバはよく使われますが、かつての日本陸軍は軍国主義的というより官僚主義的だったということをたしか山本七平さんが書いておられたように記憶しています。軍国主義的だったのは軍人より民間人だったとか。

ところで「従軍慰安婦問題を考える」で示された階層的に考える手法は他の問題にも応用可能ですね。「靖国の祭神」問題にも。
政治のレベル、宗教のレベル、あと何かな。
宗教のレベルでは、靖国は一度お祭りした祭神を取り下げることは不可能だそうですよ。そういうもんじゃないそうです。
http://www.senyu-en.jp/1MOKU/1603.HTM
なので政治のレベルでうんぬんできるのは、靖国を国の機関として認めるのかあるいは宗教的でない「戦没者記念碑」を他所に作るのか、ということになるのでは。

ブッシュ政権とアメリカを同一視してよい?
中野有っていう人の論説面白かったです。
http://www.yorozubp.com/0311/031128.htm

投稿者 Hinomaru : 2004年07月11日 23:13

すみません。靖国神社のコメントURLの綴りを1文字消してしまってました。
http://www.senyu-ren.jp/1MOKU/1603.HTM
です。

投稿者 Hinomaru : 2004年07月12日 20:35

アンチ創造論的福音主義者として

新約聖書にある。

 またイエスは道の途中で、生まれつきの盲人を見られた。
弟子たちは彼についてイエスに質問して言った。「先生。彼が盲目に生まれついたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか。その両親ですか。」
イエスは答えられた。「この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。神のわざがこの人に現われるためです。(ヨハネ9:1~9:3)
 
彼が盲目という機能の不全に生まれついたのは、だれかが罪を犯したその罰なのではない。その人自身でもなく、また両親でもない。むしろ、神のわざがこの人に現われるためなのだ、とイエスは言ったのである。
神の像としての人間の姿を、能力やあるいは関係に偏って見ることは避けなければならない。盲人である彼は<神のわざ>が彼において<現れる><神の像>なのだ。ところで、神のわざとは何か。

すると彼らはイエスに言った。「私たちは、神のわざを行なうために、何をすべきでしょうか。」イエスは答えて言われた。「あなたがたが、神が遣わした者を信じること、それが神のわざです。」そこで彼らはイエスに言った。「それでは、私たちが見てあなたを信じるために、しるしとして何をしてくださいますか。どのようなことをなさいますか。(ヨハネ 6:28~30)

神のわざを行うためには、何かあることをするべきだとか、まして奇跡を示すようなことではないと、イエスに諭されながらも、何やらチンプンカンプンな問答がこの後も続く。
<神の像>において<現れる><神のわざ>、すなわち<神の像>における神の栄光の顕現とは<神が遣わした者を信じる>という信仰であると同時に、

そこで、あなたがたに言います。だれでも、わたしを人の前で認める者は、人の子もまた、その人を神の御使いたちの前で認めます。
しかし、わたしを人の前で知らないと言う者は、神の御使いたちの前で知らないと言われます。(ルカ12:8~9)

神が人となって世に来られた、言葉が人となって世に来られた、その信仰には、証言が伴うのだ。
 むかし「混沌」という神が、「秩序」という神をもてなしたところ、「秩序」はたいそう喜び、「混沌」には顔がないので、感謝のしるしに「混沌」に七つの穴を付けてあげた。すると、「混沌」は死に絶えてしまったという話が、ギリシャ神話にあるが、レヴィナスの顔における他者の思想は、まさしくこれだと、ある日、私は気付いた。顔の現象学は、顔の向こうに絶対的な他性を置くが、同化の彼岸、「存在の彼方」にあるものは、言表のうちにない。これは、本質的にカントの「物自体」と同じことである。イエスの山上の垂訓に見るように、キリスト者の主体性において律法の不要と成就がなされることを福音書に見たヘーゲルは、カントの定言命法を批判した。実際、おかしなものである。道具としてでなく、目的それ自体として扱えと言いながら、目的(物)それ自体は、認識の対象とはならないのである。
 レヴィナスに言う。「無限者はそこで栄光を失うので、超越者は自分自身の証明を中断するのを義務としなければならない。」
 これに対し、リクールは言う。「他者による命令が自己の証しと連帯していなければ、応答者として向かい合う命令される存在が存在しないために、命令は命令としての性格を失ってしまう。この自己触発の次元を排除してしまうと、極端な場合、良心というメタ・カテゴリーを蛇足的なものにしてしまい、他人のカテゴリーだけで足りるのである」と。

 すると、人々が中風の人を床に寝かせたままで、みもとに運んで来た。イエスは彼らの信仰を見て、中風の人に、「子よ。しっかりしなさい。あなたの罪は赦された。」と言われた。(マタイ 9:2)

 レヴィナス主義者がマザー・テレサを語るとき、それは瀕死の回教徒に聖書でなく、コーランをとってあげるマザー・テレサであって、これぞ宗教のちがいを越えた聖性だ、などと、それは決してイエスのみもとに人々を導くマザー・テレサではなかった。私にはこのことがどうしても腑に落ちなかった。
 あるいは、レヴィナス主義者によれば、伝道者とははたして、西洋的物質文明の高みからものを言っている者としか映らないのかもしれないが、神のわざは人に対してでなく神に対してなされるものでなければならない。
 言わせてもらえば、ハイデガーの哲学が自殺志願者で一杯なら(なぜなら死への存在なのだから)、レヴィナスの哲学は死者の弔いであり(なぜなら存在の彼方にあるのだから)、ナチスとアウシュビッツの対照的な哲学のあいだで、もしリクールを知らなかったら、私は空しくエキュメニカリズムのなかで萎縮していただろう。
 一方で、私は大学で地質学を専攻したが、多くの福音派の教会で無批判に創造論を受け入れていたりなど見るのは痛ましかった。同時に、ビリーグラハムの名とブッシュとはあえて区別して、問題意識にものぼらないのかと思うと、悲しくもある。しかし、創造論に変わる何ものをも教会が示していない以上、私はひとり何らかの対決を強いられた。
 だが、根本主義者に対する嘲笑と相伴ってエキュメニカリズム、あるいはリベラリズムの風潮に対して、私は福音宣教の率直で大胆な確かさを確信している。

投稿者 福音派 : 2004年09月10日 09:43

上の記事、すみません。出しゃばってしまいまいした。これがいけないですね。「ためらい」、いや、恥じらいでしょう。

投稿者 大坂 : 2004年09月10日 22:59

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