<< 街場の九鬼周造 | メイン | 最後の授業 >>
大学院の前期打ち上げ。
もう半分終わってしまったのである。早いね。
前期最終回はS井くんの官僚論。
日米仏官僚組織の比較、中央省庁のプロモーションシステムと宝塚歌劇団のプロモーションシステムの相同性、東大法学部のフリーメーソンなど、「ここだけの話」で盛り上がる。
その後、わが家に移動して打ち上げ宴会。
参加者20名。
今期の聴講生は「おばさま」もとい「おねいさま」方が多いので、「一品持ち寄り宴会」のメニューの豪華さはゼミ宴会や合気道宴会の比ではない。
おおお、うまいうまいとワイン片手にばりばり食べ進む。
かんきちくんやイワモト秘書など男子組も台所にこもって、あれこれと調理して出してくれる。
S井くんが神戸大のフルバンでドラムを叩いていたことがあるという話で、W邊さんや(フルバンでピアノを弾いていたことがあるという)M山さんと60年代ジャズ話に興じる。
1965年の『スイング・ジャーナル』10月号の特集は「エリック・ドルフィー死す」だった。それが中学生の私が最初に覚えたジャズマンの名前だった。
65年の夏休みの間、私は受験勉強のあいまにディジー・ガレスピーやゲッツ&ジルベルトやリー・モーガンを聴いていた。
私が生まれてはじめて聴いたライブ演奏はMJQの東京公演だった。
ジョン・ルイスのピアノに必死で拍手を送っていた15歳の私はたぶんあの会場の最年少観客だったろう。
高校入試に受かったとき、祖母から貰った小遣いで私が買ったのはヤマハのハイハットだった。
それから二十歳までの私のバンドマン人生(というほどのものでもないが)を遠い目で回顧する。
聴講生のM谷くんは私が勝手に「京都のイ・ビョンホン」と名づけていたボ・ギャルソンであるが、実は茂山家につらなる狂言方であることがわかった。
さっそく「M谷Y一郎後援会」を結成し、私が会長に就任する。
60歳になったら「還暦記念能」をする予定なのであるが、そのときにはM谷くんに間狂言をお願いすることに決定(ギャラは「おともだち価格」でお願いね)。
明けて水曜はオフ。でも、用事が目白押し。
まず三宅接骨院に行ってぐりぐりしてもらう。
それからE阪歯科でインプラントの治療の続き。
午後に静岡からK島さんがやってくる。
消費税事業者となってしまったので、税務の心的負荷で気が狂いそうになってしまった私のために天が遣わしてくださった「マイ税理士」である(ふつうそうですけど)。
昨年度の確定申告書を見て、K島さんは深いため息をついておられた。
あのですね。節税するとなると、標準的には会社組織にするという手なんですけれど、ウチダ先生は、「そんなめんどくさいことするなら税金払った方がましだ」とお考えになりますよね。
はい、そうです。よくおわかりで。
そうだと思ってました。じゃ、まとにかく、「経費」という概念だけでもご理解ください。
は、はい。でも、それって「足し算」しないといけないものですか?
センセイはしなくていいです。
わーい。
すっかりいい機嫌になって、次は下川先生のところのお稽古。
ドクターの頼光ともども装束をつけて、『土蜘蛛』の仕舞をおさらい。
暑いよお。
家に戻ってメールを見ると、どうも今週末締め切りの原稿が三つあるらしい。
いつ書けばいいのか。
私の原稿執筆作業は税制上「営利事業」に分類されるそうだが、個人的な印象を言わせていただくと、「営利事業」というよりはむしろ「ガレー船の奴隷」である。
事業主が必死になって新規の受注を断っている「営利事業」とはいったい何なのであろうか?
投稿者 uchida : 2006年07月12日 21:10
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.tatsuru.com/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/1820
内田先生
始めまして。私は康弘1957というHNで様々なサイトを訪問しています。内田先生の角川新書を読み、少しだけ生きる勇気を頂きました。私の生き方に共通するものがいくつかあったので、人に非難されても、この生き方を貫いていいのだと感じました。もともと他人の生き方をあれこれいう人が好きではなく、避けて通っていたのですが、これからは堂々と門前払い出来そうです。私は先生の専門分野については門外漢です。どちらかといえば、先生の「マイ税理士」殿に近いことを研究しておりますが、先生のご著書は、読んでよかったと思える何冊かの1冊として私の記憶に残るものでした。私も、皆に「読んで良かった。」と言われるモノを残して、セミ・リタイヤーしたいと考えております。団塊の世代の少し後に生まれたために、象牙の塔に閉じこめられることはありませんでしたが、学位を取るためにはペーパーを書かねばなりません。そのペーパーをどの大学に出すかさえ慎重に考えねばならない人間関係を背負っていると思うと、ちょっと気分が凹みますが、意図的にそれをライフ・ワークとしてゆっくり時間をかけて書こうと思います。
少子化の波により、近い将来はどの道、独立行政法人のみで全入時代を迎えるでしょう。私学は様々な方法で生き残り戦略を練っているようですが、私には徒労に思えて仕方ありません。それでも学位に執着し、無駄な努力を重ねることを厭わなければ自己完結は出来るはずと思います。大学の存亡より自分の自己満足。国益より公益。何らかの組織に所属していても、人は組織と運命共同体ではありません。それを信じられない人があまりにも多いことに驚き、一度は一線を画しましたが、再度その荒波に出てゆく決意が出来ました。これも先生のお陰です。それが言いたくて、長々と書いてしまいましたが、今後とも、ご著書を通じてご指導の程、宜しくお願い申し上げます。
かしこ
投稿者 康弘1957
: 2006年07月13日 22:15
1月に折れて
7月と12月に手術
1月にインプラントを、装着して感受性と見かけが老けた
のではずし、7月になって再度挑戦しました。
OKでした。
骨盤の関係らしいですが、良かった。
2年半かかりました。
投稿者 .おきつひめ
: 2006年07月15日 12:04
> 事業主が必死になって新規の受注を断っている「営利事業」とはいったい何なのであろうか?
よくあることです。
投稿者 furukawa
: 2006年07月17日 13:24
サイン・インを確認しました、 さん。コメントしてください。 (サイン・アウト)
(いままで、ここでコメントしたとがないときは、コメントを表示する前にこのウェブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)