農業を基幹産業に

2026-10-16 vendredi

 JA沖縄のお招きで講演をしてきた。JAからの講演依頼が多い。それは前に「農業を日本の基幹産業に」という文章を書いたせいだと思う。「基幹産業に」というのは、別に農業中心に産業構造を再編しろという意味ではない。社会システムを考察するときには「農耕社会モデル」を基準にした方が大きな間違いをしないで済むという意味である。
 人類は約1万年前から農耕を始めた。そのせいで定住が可能になり、余剰食料が生まれ、非生産者専門職を養うことが可能になった。この「有閑階級」(ウェブレン)の本務は統治・宗教・戦闘であり、この「労働せずに消費するだけの階級」を有することによって人間社会は今のような無限の欲望に駆られるものになった。
 私たちはつい農耕社会というのは牧歌的なものだと思いがちだけれど、それは違う。それはその前の狩猟・採取社会の話である。農業の発明によって人間社会は今のようなものになり、以後ほとんど変わっていない。人間社会の本質は農業がもたらした「定住・余剰食料・有閑階級」に集約される。だから農耕社会を基本にものごとを考えた方が出来事の本質を洞察する上では合理的だろう、というのが私の仮説である。
 なぜ「基幹産業」という言葉を使うのか。それはその時々の基幹産業のメタファーを用いて人々は現実を記述するからである。それに気づいたのは90年代に「シラバス」というものが大学で義務化された時のことである。これは何ですかと訊いたら「学生との契約書」だと教えられた。いつ何を教え、学期末までにどういう知識や技能が学生の身につくのかを保証するものだ、と。なんと愚かなことを。相手は生身の人間である。工場で缶詰を作るような工程管理ができるはずがない。 でも、私の言い分は耳を貸してもらえなかった。その時初めて私は自分がずっと「農業の比喩」で教育を理解してきたことに気づいた。長い話になるので、続きは次週。
(信濃毎日新聞10月9日)